小さなプロジェクト
※逃げ場のない選択の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの応援クリックに、心より感謝致します。手術に関しては、まだまだ揺らぐ気持ちもありますし、時期と方法についても詰めて行かなければなりません。そのあたりのことは、またこちらでご報告させていただこうと思っています。それから、電子メールをいただいていますが、なかなかお返事が追いつかず、申し訳ありません。気長にお待ちくだされば幸いです。
ホットヨガのレッスンとI医師の診察を受けた土曜日、ガンモは早朝から仕事に出掛けて行った。そして、夕方にいったん帰宅して仮眠を取ると、今度は徹夜作業のために別の顧客のところに出掛けて行った。一方、私はと言うと、I医師の診察のあと、映画を二本観て帰宅し、徹夜作業のために出掛けて行くガンモを送り出した。ガンモはハードスケジュールをこなしていたが、決して仕事を一週間と一日休んだ皺寄せというわけではなく、顧客の都合でたまたまこのようなスケジュールが組まれることになったらしい。
徹夜作業をこなしたガンモは、日曜日の朝六時過ぎに帰宅した。ガンモはいったん仮眠を取ったあと、今度は香川にあるガンモの実家に向かうべく、自家用車を神戸の港へと走らせた。そして私たちは午前十時半のフェリーに乗り込み、高松へと向かったのである。
港に向かうために高速道路を走っているとき、一週間と一日の滞在となった前回の帰省と同じ道を走っているはずなのに、車に乗っているときの気持ちが前回とはまったく違うことに気が付いた。前回、ここを通ったときは不安でいっぱいだった。しかし今回は・・・・・・。
寝不足だったガンモは、フェリーの中で暖かい毛布にくるまり、三時間近く眠った。ただ、冷房が効き過ぎていたため、ひどく寒かったようだ。
今回の帰省は、義父のためというだけではない。メインは、小さなプロジェクトに参加することだった。これからおよそ一ヶ月に渡り、ガンモの実家で毎週日曜日に小さなプロジェクトを開催することになっているのである。そのプロジェクトには親戚の人たちも参加してくださるため、義弟がその準備を進めてくれていた。
実家に足を踏み入れてみると、義弟が家をきれいに掃除して、プロジェクトの準備もすっかり整えてくれていた。義弟と義妹にお礼を言うと、義弟がほとんど一人でこなしてくれたのだそうだ。義弟にばかり負担を掛けて申し訳なく思いながらも、私たちは義弟に深く感謝した。
義父は、前回とはかなり様子が違っていた。残念なことに、一週間と一日の滞在で築き上げた親しさは、根底にその形跡を残したまま、次第に失われつつあった。私には、義父が、自分が傷つかないように防御しているように見えた。親しさを築き上げてしまえば別れが辛い。そのために、義父は私たちからわざと遠ざかっているように思えたのだ。その証拠に、義父からは、
「もう帰るん?」
という言葉が何度も出て来た。私たちは義父を安心させるべく、
「今日は泊まりますよ」
と答えた。ガンモの実家に足を運んだのは日曜日だったが、私たちは二人とも、月曜日に休みを取っていたのだ。
私は、何となく距離感ができてしまった義父と、これからどのように接して行けばいいのかわからずに、暗中模索していた。義父も私たちと同じ気持ちだったかどうかはわからないが、私には、義父の病院に一人で付き添ったときの義父との一体感が妙に懐かしく思い出されるのだった。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このような書き方は少々変かもしれませんが、ガンモの親戚の人たちと過ごす時間はとても楽しいのです。まったくの他人である私がガンモ家の嫁になり、親戚の人たちとほとんど会話するチャンスもなく、ここまで来ました。しかし、今回の一連の出来事により、親戚同士が一同に集まり、会話をするチャンスに恵まれると、これまで知らなかったお互いの一面が見えて来ます。現在の状況で「楽しい」などと書くと不謹慎かもしれませんが、私にはその新たな発見が、毎回、楽しいのです。
さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。
上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。
| 固定リンク





