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2008年6月

2008.06.30

ガンモ家の嫁、形成中

映画『JUNO/ジュノ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 確か『神との対話』という本の中に、人生経験の少ない若者たちが子供を産み、人生経験を積んだお年寄りたちが子供を育てればいいというようなことが書かれていたと思います。つまり、子供を産む人と育てる人が必ずしもイコールでなければならないということはなく、子供は、人生経験の少ない若者に育てられるよりもむしろ、人生経験を積んだお年よりに育てられたほうがいいというような内容だったと思います。この映画はそうした新しい価値観をさらりと表現したものだととらえることができます。予想外の妊娠というテーマに限らず、それを必要としている人に巡り合うことができずに泣く泣く手放してしまったりすることも多いですよね。大変無機質な言い方ではありますが、需要と供給を結び付ける手段がもっと確実になればいいのに、と思うのでありました。

 小さなプロジェクトを開催するため、日曜日はまたしてもガンモの実家に足を運んだ。いつものように、ガンモの運転する自家用車で神戸の港へと向かい、そこからフェリーに乗り込んだ。やはり、日曜日の午前中に高松に向かう便は空いている。私たちはいつものように和室の船室にテーブルと毛布を持ち込み、ノートパソコンを広げて操作したり、寝転がったりしながら三時間半余りを過ごした。

 高松の港に着いてからは、坂出にあるガンモの実家まで自家用車を走らせた。もう六月の終わりなので、外の気温はそれなりに高い。本来ならば、クーラーを使うべきところだが、私たちの自家用車のクーラーは壊れてしまっている。ガンモの話では、ガスが漏れているらしい。そのため、クーラーのスイッチを入れても生ぬるい風しか出て来ない。窓を開ければそれなりに涼しいのだが、風の音がうるさくて話ができないし、髪の毛も振り乱れてしまう。また、雨が降っていれば、窓を開けて走るわけにも行かず、少々不便を感じてはいる。

 こういうとき、メカに強い人は、自分自身で自家用車のメンテナンスを行い、治してしまうそうだ。私たちの知っているメカに強い人も、古い自家用車のクーラーが動作しなくなり、自分でパッキンを交換して治したそうだ。他力本願ではなく、故障の原因を自分で探ろうとする姿勢には好感が持てる。
「この車もパッキンを替えれば何とかなるのかもしれないなあ」
とガンモがつぶやいた。しかし、そんなことを心の中で思いながらも、マンションの立体駐車場に車を停めていると、なかなか実行に移せないのが実情である。自家用車をメンテナンスするには、それなりのスペースが必要になるからだ。おまけに、私たちの自家用車はボンネットの蓋を固定する軸が弱っているため、ガンモがボンネットを開けてメンテナンスを行っている間は、私がボンネットの蓋を手で支えておかないと、ボンネットが勝手に閉まり、ガンモが首を挟んでしまう。だから、自家用車をメンテナンスしようと思ったら、意を決して二人でまとまった時間を作り、どこかメンテナンス作業を行うことのできる安全な場所に出掛けて行かなければならない。しかし、今の私たちには、自家用車のメンテナンスよりも優先させたいことがたくさんあるのだ。

 ガンモの実家に着くと、既に義弟が小さなプロジェクトの準備を進めてくれていた。義弟には、先週の欠席のお詫びとお礼を述べた。毎週のように小さなプロジェクトを行って来たので、もはや手馴れたものである。時間になると、親戚の方たちも集まってくださり、私はまたしても秘密兵器を使って小さなプロジェクトに臨んだ。

 小さなプロジェクトが終わってから、義弟と今後の打ち合わせをした。こうして毎週のように続けて来た小さなプロジェクトも、もうすぐ一つの区切りを迎えることになる。そのときは、毎週のプロジェクトに参加してくださっている親戚の方たちよりも、もっと多くの親戚の方たちをお迎えすることになる。これからしばらくは、そのための準備で忙しくなりそうだ。何しろ、初めての経験なので、何をどのようにしたらいいのかがわからない。経験を積んだお年寄りたちの智恵を拝借しながら前に進んでいるという状況である。

 義父は、初めて秘密兵器を使った、前回、帰省したときよりも元気そうだった。体調の良し悪しはすぐに表情に表れる。私自身も、筋腫の暴れ具合によっては体調の良し悪しに差が出ている。だからこそ、義父の変化にも敏感でありたいと思うのだった。

 十九時過ぎにガンモの実家をあとにした私たちは、途中でうどんを食べたあと、陸路を走り、三時間余り掛けて我が家に帰宅した。さすがに日帰りはきついと思ったが、その分、得ているものも大きい。こうした慌しさの中にあっても、私は少しずつ、ガンモ家の人間になって行く喜びを実感しているのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 区切りのプロジェクトを目前に控え、おまけに仕事も忙しくなり、てんてこまいの毎日であります。慌しい毎日の中で、ともすればこぼれ落ちてしまいそうな多くのものを見逃さずに生きていたいものです。

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2008.06.29

映画『JUNO/ジュノ』

ホットヨガ(一〇九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私の知る限りでは、アーユルヴェーダによる施術はものすごく高価なイメージがあります。やはり、保険が適用されないからでしょうか。医学というよりもむしろ、贅沢なサロンという印象を受けます。アーユルヴェーダにも保険が適用されたらうれしいですよね。さて、最近は映画をたくさん観ているのに、レビューの更新がなかなか追いついていません。今回は、またしても二週間ほど前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただくことにします。

 六月も映画館を駆けずり回り、合計十三本の映画を鑑賞した。

譜めくりの女
痛いほどきみが好きなのに
・ラスベガスをぶっつぶせ
幻影師アイゼンハイム
僕の彼女はサイボーグ
JUNO/ジュノ
パリ、恋人たちの2日間
・ジェイン・オースティンの読書会
・イースタン・プロミス
・美しすぎる母
インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国
アウェイ・フロム・ハー 君を想う
マンデラの名もなき看守

 今日は、これらの中から映画『JUNO/ジュノ』のレビューをお届けすることにしよう。

 この映画は、ミニシアター系の映画館で公開される映画としては珍しく、公開前からかなり積極的な宣伝が行われていた。十六歳の少女の予想外の妊娠を扱ったこの映画は、公開直後はアメリカのわずか七つ映画館でこじんまりと上映されているだけのマイナーな映画だったらしい。それがヒットして、やがて全米で二千四百四十八の映画館で上映されるようになり、ついにはアメリカだけでなく、他国でも上映されるほどのメジャーな映画に成長したのである。私は、公開前から積極的な宣伝が行われると、かえって身構えてしまう傾向がある。そのため、この映画に対しても、最初からあまり期待はしていなかった。しかし、実際に鑑賞してみると、もともとマイナーなはずの映画が多くの人たちに支持され続けて来た理由が良くわかった。

 予告編にもあるように、この映画は、予想外の妊娠をした十六歳のジュノが、子供を欲しがっている夫婦に自分のお腹の子供を引き取ってもらうおうとする物語だ。まず、TOEICを意識した英語学習をしている私は、主人公のジュノの早口なしゃべりに圧倒された。最初から挫折してしまうほど、あまりにも見事な早口で聞き取れない。その早口が彼女の特徴でもある。早口な上、どこか冷めたような雰囲気を漂わせているジュノは、自分が妊娠していることを知っても冷静であるように思えた。

 この映画を鑑賞した人たちは、やがて、登場人物たちの人間同士の触れ合いに目が離せなくなるだろう。注目すべきは、ジュノと継母のやりとり、それから、ジュノと子供を欲しがっている夫婦との交流である。アメリカでは何故、こんなにもフレンドリーなやりとりが実現できるのだろう。それだけ、みんなが正直に生きているからなのだろうか。どの映画を観ても、初対面の人たちが物怖じせずに友好的に握手を交わしたあとは、まるでずっと以前からの友人であったかのように交流を始めている。以前も別の映画のレビューで書いたが、ほとんどの場合、自宅をベースにした交流が成り立っている。自宅が自分自身に返ることのできる唯一の場所であるとするならば、最初から人を自宅に招いて交流を始めるということは、フランクな付き合いが成り立ち易いのかもしれない。日本では、初対面の人と顔を合わせるのに、相手を自宅に招き入れたり、相手の自宅まで出掛けて行ったりはしない。それだけでなく、初対面の相手と握手も交わさなければ、ハグもしない。だから、相手との距離感を縮めることがなかなか加速しないのだろうか。

 映画の中では、予想外の妊娠というデリケートな問題を抱えている十六歳のジュノと、妊娠したくても妊娠できない女性を、フリーペーパーの呼びかけコーナーが引き合わせる。大胆な表現ではあるが、簡単に言ってしまえば、「譲ります/譲ってください」のコーナーの、赤ちゃん版である。

 手放したい人と引き取りたい人が出会うことにより、様々なドラマが生まれる。どういうわけかジュノは、子供を引き取りたいという夫婦の夫と、少し時代を溯った音楽が好きという意外な共通点を見つけてしまう。しかし、子供を引き取りたい妻は、夫の趣味に理解を示してはいない。夫は妻のいない間に、こっそり自分の趣味を楽しんでいるような状況である。そこに、彼の趣味に刺激を与えるジュノが現れたというわけだ。

 そうした少しハラハラするような展開を見守りながら、観客は様々な想像を働かせる。もしかしたらジュノは、子供を引き取りたいという夫婦の夫と結び付いてしまうのではないかとか、子供を引き取ってもらう約束を交わしても、妊娠期間が長くなるにつれて、子供に対する愛情が芽生えて手放せなくなってしまうのではないかとか・・・・・・。それらの予想を胸に抱きながら迎える結末は、実にほのぼのとしたものだった。

 人と人が真に結ばれるというのは、決して甘ったるいものではない。むき出しにした感情を受け入れてこそ成り立つものではないだろうか。エコーの診断を受けているときに、継母がジュノをかばうシーンがいい。子供を引き取るかどうかでもめたとき、ジュノが子供を引き取りたい夫婦の妻に宛てた手紙に書いた言葉がいい。感動を与えてくれたシーンのどれもが本気の感情だ。

 単に生ぬるい感情を交わすだけでは、相手の本気を引き出すことはできない。本当の気持ちを伝え合うことの大切さについて考えさせてくれる、とてもいい映画だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 予想外の子供を妊娠した女性と、子供を欲しがる女性を結び付けたという点においても、この映画は素晴らしい発想で成り立っている映画だと思います。実際、こうしたことは、水面下で行われたり、互いに自分の情報を示すことなく、コミュニケーションも取らないまま、第三者の介入により、子供の引渡しだけが行われているのかもしれません。でも、この映画のように、産みの母と育ての母が交流を持っていれば、これから先、産みの母も子供に会いに行き易くなると思います。映画の中で、妊娠中のジュノは子供を欲しがっている夫婦のところに何度も出掛けて行くのですね。とてもデリケートな内容ではあるのですが、この映画を観ると、そうしたデリケートな内容でさえも、オープンにしたほうがうまく行くのではないかと思ってしまいます。結局、オープンにしないということは、人と人のコミュニケーションさえも阻んでしまっているのではないでしょうか。

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2008.06.28

ホットヨガ(一〇九回目)

三度目のロマンスの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ようやく父ちゃんにも新しいパートナーが見付かりました。そして、早速子作りに励んだようです。(笑)とても仲睦まじい様子なので、今度の母ちゃんとは、できる限り長く連れ添って欲しいものです。

 前日の夜、ガンモはコールセンタから呼び出しが掛かり、夜中に仕事に出掛けて行った。帰宅したのは、朝四時だった。仕事で待機要員の当番が当たっていたガンモは、外には自由に出掛けられないため、自宅で睡眠不足を解消していた。

 一方、私はと言うと、朝から時計を何度もチラチラと確認していた。休日ともなると、平日に消化できない予定を、これでもかというくらいびっしり詰め込んでしまう。まず、九時から、近所の歯科に足を運んだ。特に虫歯があるわけではないのだが、およそ三ヶ月に一度の割合でデンタルケアのために通っているのである。それが終わると、十時半からの上映に間に合うように、三宮の映画館へと急いだ。そして、映画を一本鑑賞してから昼食をとり、今度はホットヨガのレッスンのため、神戸へと向かった。ああ、忙しや、忙しや。

 実は、今回も先週に引き続き、梅田店のスタジオに予約を入れていたのだが、しばらく神戸店のスタジオにご無沙汰してしまっていることや、観たい映画の都合で、梅田店の予約をキャンセルして神戸店でのレッスンに切り替えたのである。

 受付には、吉本興業のインストラクターがレッスンウェアを着て立っていた。どうやら、久しぶりに彼女がレッスンを担当してくださるようである。久しぶりのあいさつを交わしたあと、私は着替えを済ませてスタジオに入った。

 今回も九十分のベーシックコースに参加したのだが、土曜日の昼間のレッスンだったからだろうか。意外にも参加者が少なく、私を入れてわずか七人の参加者だった。あの梅田店のひしめき合いからすれば、のびのびと手を伸ばせるレッスンはいい。とは言うものの、神戸店も、毎回人が少ないわけではない。

 レッスンが始まる前に、吉本興業のインストラクターが、改めて久しぶりですねとあいさつしてくださったので、私はしばらく梅田店に浮気していたことを告白した。そして、梅田店はJR大阪駅からひどく遠いところにあるが、男性会員もいらっしゃるので目新しい感じがするといったことを話した。吉本興業のインストラクターも、梅田店の事情は良くご存知の様子だった。確か、以前、別のインストラクターから伺った話では、関西圏のインストラクターは梅田店に集められ、研修を受けているとのことだった。

 ところで、九十分のレッスンとなると、いつも持参する水の量に悩んでしまう。現在は、一リットル入りのペットボトルにたっぷりと水を入れて持参しているのだが、日によっては喉の渇きが激しいこともあり、一リットルだけでは物足りないと感じることもある。できれば、一.二~三リットル入りの気の利いた容器が欲しいものである。今回は、普段よりも喉の渇きが激しかったようで、私は後半に向けて水を温存すべく、ちびちびと飲んでいた。持参した水がなくなってしまえば、いったんスタジオに出て、水道の水でも足せばいいのかもしれない。しかし、妙なところで完璧主義の私は、できれば水道の水ではない水で喉をうるおしたかったし、また、レッスンの途中でスタジオの外に出たくないとも思うのだった。

 前半は順調にレッスンをこなしていたのだが、後半になると、次第に疲れが出て来た。吉本興業のインストラクターが私の変化を敏感に感じ取ってくださり、レッスンの途中に冷たいタオルを持って来てくださった。そのタオルのおかげで私は生き返った。水を飲む回数も抑えることができ、最後までスタジオの外に出ることなくレッスンを受けることができたのである。吉本興業のインストラクターに感謝である。

 シャワーを浴びたあと、着替えを済ませて受付に足を運ぶと、いつもお話をさせていただくインストラクターが受付にいらっしゃった。彼女と顔を合わせると、おしゃべりが楽しくて、ついつい話し込んでしまう。今回もそうだった。彼女は、私が脂肪燃焼コース2のレッスンが終わってしまうことをとても残念に思い、次なるパワーアクティヴコースのレッスンに情熱を燃やしていたことを良くご存知だ。しかし、パワーアクティヴコースのレッスンは今の私にはきつ過ぎるため、こうしてベーシックコースのレッスンに通っていることを、ちょっぴりい言い訳しておきたくなったのだ。私が、
「パワーアクティヴコースのレッスンに挫折して、ベーシックコースに切り替えましたよ」
と言うと、彼女は、
「確かにパワーアクティヴコースは厳しいですもんね」
と同意してくださったあと、インストラクターとしては、九十分のベーシックコースが一番厳しいとおっしゃった。私は、緩いポーズの続くベーシックコースのレッスンは、身体には優しいと思い込んでいたので、彼女の言葉が意外だった。やはり、ポーズは緩くても、九十分という長い時間は身体に負担が掛かるのだろうか。そう思っていると、彼女がこう言った。
「九十分のベーシックコースでは、前半の終わりにバランスのポーズを四つも取るのがきつくて・・・・・・」
それを聞いた私は、
「バランスのポーズを三つにしても、(レッスンを受ける人たちには)わからないと思いますよ」
などと言って笑った。

 そのあと、先月初めに、ホットヨガのインストラクターを辞めてインドに旅立って行かれたインストラクターの話になった。私は、てっきりヨガの勉強のためにインドに旅立って行かれたのだと思い込んでいたのだが、何と、まずはアーユルヴェーダの勉強のためなのだそうだ。それを聞いた私は、西洋医学ではカバーし切れない分野の病気もあるので、是非とも日本にアーユルヴェーダの技術を持ち帰って広めて欲しいと言った。そして、私自身、大きな筋腫があるので、お腹を下にするポーズが取りにくいことを話した上で、西洋医学では筋腫は切るしかないが、もっと違う分野の医学で、筋腫を根本から治すような治療法があればいいのにと言った。

 すると彼女は、内緒だけど、自分が通っている○○(彼女に内緒だと言われたので伏字にさせていただくことにする)の先生にも筋腫があったが、自分の自然治癒力で筋腫を治したという話を聞かせてくださった。私は、ホットヨガのインストラクターが○○に通っているなんておかしいと指摘したのだが、彼女は、インストラクターは声を出しながらポーズを取るので、それなりに大変なのだとおっしゃっていた。言われてみれば、確かにその通りである。

 自然治癒力で筋腫を治すなんて、まったく思い付きもしなかった。果たしてそんなことができるのだろうか。そう言えば、ガンなどの難病に対し、免疫力を高めて自分で治すことを薦めている本が存在していることを私は知っている。そういう本には、実際に自然治癒力を高めるヒントが隠されているいるのかもしれない。とは言うものの、まだまだ半信半疑の私であった。

 神戸店のスタジオをあとにした私は、「ガンまる日記」を書き上げたあと、再びホットヨガのレッスンを受けたビルの同じ階に戻り、ホットヨガ神戸店のすぐ隣にある映画館で映画をもう一本鑑賞してから帰宅したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人と話をすることは楽しいものですね。昔、東京のデパートで開催されている中古カメラ市にガンモと二人で足繁く通っていた頃、カメラを掘り出すことよりも、カメラ仲間たちと話をすることに楽しみを見出していたことを思い出します。ホットヨガもそのうち、レッスンは二の次で、インストラクターの方たちといろいろな話をすることが目的になってしまうかもしれません。(笑)ちなみに、「子宮筋腫 自然治癒力」というキーワードを検索エンジンに与えてみましたら、いろいろ出て来ました。私自身、他力本願はあまり好きではないので、自分の力で治すというのは興味あります。ただ、自分の症状が既にここまで来ているのに、今から新しい選択肢に踏み切るのは、なかなか勇気が要りますね。(苦笑)

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2008.06.27

三度目のロマンス

映画『僕の彼女はサイボーグ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 相手が学習型のサイボーグだから、ラブストーリーとしてはとてもわかり易い内容に仕上がっていますが、相手がサイボーグでなくても、男女の愛は最初から形成されているものではないんですよね。実際、サイボーグでない私たちも、相手からの愛を受け取り、また、自分自身も相手に愛を与えながら、少しずつお互いの愛を形成しています。だから、恋愛の相手がサイボーグであろうとなかろうと、関係ないのかもしれません。ただ、学習型のサイボーグのほうが、人間よりもちょっぴり感情面での反応がにぶいというだけのことかもしれませんね。さて、今回の記事は、久しぶりに鳩について書かせていただくことにします。

 いつの間にか、母ちゃんの姿が見えなくなり、独りぼっちになってしまった父ちゃんが寂しい毎日を過ごしていることを、もう一つの悲劇の記事に書いた。一番目の母ちゃんがいなくなってからおよそ一ヶ月半で、父ちゃんは二番目の母ちゃんと夫婦の契りを結んだ。だから、これから先、父ちゃんが三番目の母ちゃんと出会い、夫婦の契りを結ぶのも時間の問題だろうと思っていたのだが、私たちの思惑に反して、父ちゃんはなかなか新しい母ちゃんと巡り合うことができなかった。

 思えば、私たちが父ちゃんと出会ってから、既に三年の月日が経過している。鼻のあたりに貫禄が出ているので、おそらく父ちゃんは、鳩としてはかなり高齢のはずである。そのため、父ちゃんは、年齢的に釣り合う雌鳩と巡り合うことができずに、このまま独りぼっちの余生を送ることになるのだろうか? と心配していたところ、平日に代休を取っていたガンモからメールが届いた。
「父ちゃんが新しい彼女を連れて来た」
私は自分のことのようにうれしくなり、仕事から帰宅してすぐに、ベランダの様子をうかがった。

 すると、居た、居た。我が家では見掛けない柄(がら)の雌鳩が、父ちゃんのテリトリーにいるのだ。良く見ると、柄そのものは、一番目の母ちゃんに良く似ている。鳩はたくさん子供を産むので、果たして父ちゃんが新しい母ちゃんを探し出すときに、自分の娘を選んで連れて来たりはしないものだろうかと心配になっていたのだが、私たちがそんな心配をしなくても、鳩はちゃんと、近親相姦にはならないように、パートナーを選んでいるようだ。一緒に暮らしているわけでもなく、親戚同士が寄り合うわけでもなさそうなのに、どのようにして自分の血縁の鳩ではないことを見極めているのかがとても不思議である。

 三番目の母ちゃんは、私たちとの間にまだ信頼関係が出来上がっていないため、餌を与えながら少しずつ警戒心を解いて行くことになった。しかし、三番目の母ちゃんと父ちゃんの間には、既に会話が成り立っていたのだろう。三番目の母ちゃんの警戒心は、予想していたほど強くはなく、すぐに私たちの与える餌を食べるようになった。しかも、餌箱に入れた餌だけでなく、ガンモが寝室の窓から与える餌も食べるようになったのだ。餌箱に入っている餌を食べるのは、私たちから遠く離れた場所で食べるので、鳩の警戒心が強くても、飛び立つ準備さえ整っていれば可能なことである。しかし、寝室の窓から与える餌を食べるとなると、私たち人間との距離がすこぶる近い。これだけ警戒心が解けるのが速いと、父ちゃんが三番目の母ちゃんをナンパするときに、
「俺と一緒になると、餌つきの快適空間に巣作りできるんだぜ」
などと言い寄ったに違いないと想像する。

 三番目の母ちゃんと父ちゃんはすこぶる仲が良く、私は早速、台所の窓から二羽がいちゃついている現場を目撃した。チョンチョン、チョンチョンと、お互いの顔のあたりを突付き合っているのである。突付かれている鳩は、さも気持ち良さそうに目を細めている。

 これだけ仲がいいと、三番目の母ちゃんが卵を産むのも時間の問題だと思っていたら、案の定、いつもの場所に巣作りを始めた。ところが、父ちゃんと三番目の母ちゃんがせっせと集めて来た木の枝などの巣の材料を、キッコロが横取りしている現場を私は目撃することになった。父ちゃんと三番目の母ちゃんが出掛けている隙に、キッコロが彼らの巣から、枝を咥えて飛び立って行く姿を見掛けたのである。どうやらキッコロは、私たちのベランダから少し離れたところに巣作りをしているらしい。キッコロは、巣の材料をいったん運び終わると、再び私たちのベランダに戻って来て、父ちゃんたちの巣から巣の材料である枝を横取りし、またしてもどこかに飛び立って行ったのである。私がキッコロの様子をそっと見守っていると、キッコロは同じことを数回繰り返していた。

 キッコロに巣の材料を盗まれながらも、父ちゃんと三番目の母ちゃんは巣を完成させた。そして、三番目の母ちゃんは巣に篭(こも)り、卵を産んだ。最初は一つだけだった卵も、今では二つある。こうして父ちゃんは、三度目のロマンスに花を咲かせたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 寂しそうにしていた父ちゃんも、三番目の母ちゃんと夫婦の契りを結ぶことにより、活気づいて来たようです。それにしても、どこかに中高年対象の鳩の社交場でもあるのでしょうか。三番目の母ちゃんは、鼻の肉付きの感じから、それほど若くはなさそうなのです。そういう意味で、とてもバランスの取れたカップルだと思います。近いうちに、三番目の母ちゃんの写真もご紹介させていただきますね。

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2008.06.26

映画『僕の彼女はサイボーグ』

意外な喪失感の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 記事を書き終えてからも、かなり複雑な気持ちではあります。周りの人たちにも手術のことについて少しずつ宣言し始めているのですが、特に親しい人たちへの宣言が後回しになっています。できれば心配を掛けたくないという想いと、このまま黙っているのは心苦しいという両方の想いが入り混じっているのです。しばらく、この複雑な思いを抱え続けることになるかもしれません。それと、布ナプキンを使用したあとに折りたたんだ写真を意外な喪失感の記事に付け加えておきました。布ナプキンに興味のある方はどうぞご覧ください。では、今回は、二週間ほど前に鑑賞した映画のレビューを書かせていただきますね。

 サイボーグが登場する映画というと、去年の十一月に鑑賞した韓国映画『サイボーグでも大丈夫』を思い出す。映画『サイボーグでも大丈夫』では、精神クリニックに入院している少女が、自分のことをサイボーグだと信じて疑わないというおかしな映画だった。少女はやがて、同じ精神クリニックに入院している物まね上手な少年と心を通い合わせるようになる。だた、監督の思想的な世界が表現された作品だったので、その世界に入り込めない観客は置いてけぼりを食らってしまうような難解な作品だった。そして、見事に置いてけぼりを食らってしまった観客がここにいる。

 今回鑑賞した映画『僕の彼女はサイボーグ』は、サイボーグとの触れ合いを描いた作品でありながらも、もっと血の通った作品に仕上がっている。少し冗長的な構成ではあるものの、おそらく観客は、至るところで笑い、そして至るところで泣かされることになるだろう。私はこの映画を大阪の映画館で鑑賞したのだが、私の後ろに座っていた年配の女性もじゅるじゅると鼻の音を立てながら泣いていた。映画館では、そういう感情豊かな人が近くに居てくれると、私も思い切り泣くことができる。感情豊かな人が、ムードメーカー的な役割を果たしてくれるため、笑い易いし泣き易いのだ。

 この映画でサイボーグの役を演じているのは、綾瀬はるかちゃんである。恥ずかしながら、私は彼女の存在をこの映画を観て初めて認識した。彼女は、若かりし頃の高島礼子さんを思わせるようなかわいらしい顔つきである。どこか小悪魔的な彼女こそ、サイボーグの役にぴったりだだと思う。もう、彼女以外の女優さんはサイボーグには考えられない。いや、もしかしたら彼女は本物のサイボーグなのかもしれない。

 それに対し、どこか頼りない青年ジローの役を演じていたのは、映画『キサラギ』にも出演していた小出恵介くんである。鑑賞し終わった今では、もう、彼以外の俳優さんはジローの役には考えられない。主演の二人が映画の役柄のイメージとぴったり重なるくらい、私の満足度は高かったのである。

 ジローが一人ぼっちで誕生日を迎えた日に、サイボーグの彼女が未来からやって来たところから、この物語は始まる。何と、サイボーグの彼女もジローと同じ誕生日だった。愛し合う男女が同じ誕生日であることに憧れのある私は、その時点で既にこの映画に釘付けだった。やがてジローは、サイボーグの彼女がどうして自分のところにやって来たのかを知ることになる。それから二人は、学習機能を持つサイボーグの彼女に感情を吹き込むために、一緒に暮らし始めるのだ。

 最も泣けたのは、ジローの故郷にサイボーグの彼女とジローが一緒に出掛けたシーンだった。何だろう。このシーンはとにかくたまらない。彼らが見ている世界がもはや過ぎ去ってしまった過去であり、彼らにとってはRead Onlyの世界に過ぎないとわかっているからだろうか。それとも、大地震により、既に崩壊してしまった故郷であるという背景が、思わず涙を誘うのだろうか。良くわからないが、過去を参照することはできても、実際に自分がそこに入り込み、そこに住んでいる人たちに何らかの影響を与えることはできないという事実が、どうしようもなく私の涙腺を揺さぶったのだろう。

 時間旅行を扱った作品は、どんな作品であっても、厳密に言うと、いくつものパラドックスを生じさせる。例えば、さきほどの故郷に対してはRead Onlyの働き掛けしか実現できていないのに、もともとサイボーグの彼女は、ジローが生きた別の人生における後悔を軌道修正するためにやって来ている。過去に溯って軌道修正してしまうと、軌道修正する前の未来は存在しなくなってしまうはずなのに、軌道修正する前の未来からやって来ているというのもどこかおかしい。このように、考え始めるといろいろなパラドックスを生じさせてしまうのだが、そのあたりは面白い映画だったということで大目に見ることにしよう。

 この映画は、単に一つのテーマだけを追うのではなく、多様なテーマが盛り込まれた壮大な作品だった。それらの大仕掛けの意味を、ラストの展開に任せてしまっているため、私にとっては少々理解し難い結末になってしまったが、至るところで私を笑わせ、そして、泣かせてもくれたこの作品に拍手を送りたい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 綾瀬はるかちゃんは、とても可愛い女優さんですね。ジロー役の小出恵介くんの二枚目ぶりも実に良かったです。盛りだくさんな結末にちょっぴり戸惑ってしまうのは事実ですが、全体的にとても良く出来た映画だと思いました。映画を観て泣かされてみたいと思われる方にはお勧めの映画であります。(^^)

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2008.06.25

意外な喪失感

省電力モードの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 何だか記事そのものも省電力モードになってしまったような気がします。(苦笑)最近気付いたのですが、私たちは歩くときもお腹に力をこめているのですね。そのせいでしょうか。少し歩いただけでも、とても疲れ易くなりました。ダイエットのためにと思い、重い靴を履いていることも強く影響しているかと思いますので、お腹に力が入り過ぎないように、重い靴をやめてみました。

 私が所属している派遣会社の営業担当は、月に一度のペースで派遣先にやって来ては、派遣社員一人一人の状況をヒアリングしてくれている。もしも派遣社員が派遣先で何か問題を抱えていたり、営業担当を通じて派遣先の企業に伝えて欲しいことがあれば、その機会に営業担当に話をすることになっている。

 いつものように営業担当に、
「作業の状況はどうですか?」
と聞かれたので、私は先月、仕事を一週間休むことになった経緯とともに、とうとう現在の主治医に手術が必要だと診断されたことを話した。そして、実に不思議な展開なのだが、何の躊躇もなく、
「年末に手術を受けようと思っていますので、仕事の都合上、その時期に手術を受けても差し支えないか、派遣先に了解を取っていただけないでしょうか」
とお願いしたのだ。私は自分でも驚くくらい迷いもなく、営業担当に対してしっかりと意志表示をしていた。これまでの経過を良く知っていた営業担当もまた、冷静に、
「わかりました。手術後はお仕事に復帰されますか?」
と聞いて来た。私はしばらく考えて、
「手術の内容が内容ですから、ちょっと復帰し辛いですよね」
と言った。すると、営業担当は、
「そんなことないですよ。いえね、同じ症状で手術を受けられる方が多いんですけど、皆さん、だいたい手術後に復帰されてますよ」
と言うのだ。今回、初めて知ったのだが、どうやら私の営業担当が関わっている派遣社員の中に、子宮筋腫の手術を受けた人が何人もいるらしい。もちろん、直径十二センチの彼女もその一人である。そして、手術後に仕事に復帰されている方が多いそうだ。私は、
「仕事に復帰するかどうかは、手術後の状況によって判断させてください」
と答えた。

 実は、ある事情により、次回のI医師の診察の予約を少し早めることになった。そのとき用意しているI医師への回答としては、お腹の脂肪を取る薬を処方していただきながら、年末に腹腔鏡による子宮全摘手術を希望したいということだった。手術までの間、一時的に女性ホルモンの分泌を抑える注射を打ってもらい、腹腔鏡による手術の負担を軽減するため、筋腫を小さくしておくのだ。ただ、注射による女性ホルモンの抑制で、果たしてどれくらい筋腫が小さくなるかは未知数である。しかも、その間は女性ホルモンが分泌されなくなるため、生理が止まるため貧血の症状は緩和されるものの、ホットフラッシュなどの更年期障害に似た症状に悩まされる人もいるらしい。もしも女性ホルモンを抑制する注射により、腹腔鏡の手術を受けられるほど筋腫が小さくならなければ、開腹手術に切り替えてもらおうとも考えている。

 手術の時期として年末を選んだのは、現時点において、少なくとも夏休み明け頃までは仕事が忙しくなることがわかっていることと、女性ホルモンの分泌を抑制する注射を打つことのできる期間(最大六ヶ月)を考慮してのことだった。また、仮に手術後に仕事に復帰することを考えると、年末年始の休みを含めたほうが都合が良いと思ったからだ。ただ、これらのことは、まだ私の中で考えているだけのことであって、これに対するI医師の正式な見解はまだ得ていない。

 手術に関しては、まだまだ迷いがないとは言い切れない。しかし、先日のライブのときも、ライブのあとも、歩行が困難に感じられるほど筋腫が大きくなっているのを感じていた。歩くと、わき腹に痛みを感じるので、結局、ライブの翌日は仕事を休んでしまったのだ。私はひたすらお腹にお灸をすえて、お腹の血行を良くすることを心掛けた。お灸をすえると、確かに痛みは和らいで来るのである。しかし、こうした対処もほんの一時しのぎに過ぎない。それを思うと、潔く手術を受けたほうが楽になれるのではないかと思ってしまうのだった。

 手術を決意し、派遣会社の営業担当にもそのことを話したことをガンモに聞かせると、ガンモはベッドの上でくつろいでいた私のところに擦り寄って来た。そして、
「本当に手術を受けるの?」
と私に確認したあと、
「子宮を失ってしまうことへの喪失感はないの?」
と尋ねて来た。それに対し、私は、
「うん。手術は受けるよ。子宮を失うことへの喪失感は多分ないけど、布ナプキンを使わなくなることが寂しいな」
と答えた。私の答えがあまりにも意外だったようで、ガンモは目を丸くして驚いていた。

 つい先日、いつも購入している布ナプキンの製作者さんから、新しい布ナプキンを買い足したばかりだった。それらの新しい布ナプキンも含めて、今後は布ナプキンを使わなくなってしまうということが、私には寂しくてたまらなかった。

 このまま女性ホルモンを抑制する注射を始めれば、もはや布ナプキンは使わなくなってしまう。私は寂しさのあまり、仕事先のトイレに、新しい布ナプキンを並べてみた。

使うのが楽しくなるようなかわいらしい柄の布ナプキン

ネル生地で肌ざわりがとてもいい

使い終わったあとは、このように折りたたんでビニール袋に入れて持ち帰る
(※注 携帯用灰皿ではありません。)

 使い心地の良かった布ナプキンとの付き合いが、わずか一年余りとなってしまうかもしれない。その別れの辛さを思うと、女性ホルモンの分泌を抑制する注射をせずに開腹手術を選ぼうかとも思うのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いろいろなタイプの布ナプキンがありますが、私が使用しているのは、写真のような布ナプキンです。ウィングも付いていて、紙ナプキンと形がそっくりなんですよね。撥水布が使用されているので、量が多くても漏れにくくなっています。いつも私が購入しているサイトでは、注文時に中に入れる布を増減するかどうか尋ねてくださるので、私は布を一枚多く入れてもらいました。ちなみに、購入価格は、このサイズですと一枚八百円です。これより大きいサイズもありますし、小さいサイズもあります。これらの布ナプキンとお別れするのが、とにかく辛くてたまりません。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.06.24

省電力モード

映画『パリ、恋人たちの2日間』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この映画の中で、「パリの人たちは、生涯一人の相手を愛し続けることが恐怖なのだ」というようなことが語られていました。「はて、その恐怖とは一体どのようなものなのだろう?」と考えてみたのですが、もしかすると、映画『痛いほどきみが好きなのに』に登場する女性サラが抱いていた恐怖なのかもしれません。つまり、愛する相手を失ってしまうことを先回りして考えた結果、一人の相手に自分のすべてを預けることができないという恐怖です。私には、この手の恐怖はわかりませんが・・・・・・。(苦笑)さて、気を取り直して、今回の記事では、交換で好感度アップ!の続きを書かせていただきますね。

 昼食を食べて腹ごしらえをした私たちは、あちらこちらで買い物を済ませたあと、HERBIS PLAZA“世界の旅”市場へと向かった。ここには、トラベルラウンジと名付けられた旅行ガイドブックなどを中心とした小さな図書館のようなラウンジがあり、旅行ガイドブックなどを無料で閲覧および貸し出してもらえる。私たちは、まだまだ迷いはあるものの、パリのガイドブックを閲覧しながら、パリへの想いを膨らませていた。

 しばらくそのラウンジで過ごしたあと、私たちは次なる目的地に向かって歩き始めた。これから二人で、私の好きなアーチストのライブに参加することになっていたのだ。ライブが行われる会館までは、地下鉄でわずか一駅の距離だったので、私たちは地下鉄は利用せずにおしゃべりをしながらてくてく歩いた。

 今回のライブは、土曜日と日曜日の二日間に渡って行われた。大阪で二日間、ライブが開催されるともなると、二日間とも足を運びたくなるのがファンの心理というものである。ガンモは一日目だけの参加だったが、私は二日間とも参加した。両日とも、チケットを手配してくださったのは、ライブ仲間のお友達である。彼女たちもまた、毎回、彼らのライブを心待ちにしているのだ。

 ただ、二日間連続のライブ参加となると、実際のところ、私にとっては体力的にも厳しい状況ではあった。大きな筋腫が邪魔をして、お腹に力を入れることができないため、長時間立ちっぱなしの姿勢を取り続けるのが辛いのだ。そのため、今回は省電力モードでほとんど座りながらの参加となった。

 実は、今回のライブ参加に当たっては、毎週日曜日に行っている小さなプロジェクトと重なってしまうため、二日目の日曜日の参加は難しいのではないかと思っていた。そうなると、わざわざチケットを手配してくださったライブ仲間のお友達にも申し訳ないと思っていたところ、二日目の日曜日に、ガンモに外せない仕事が入ってしまったのだ。そのため、私たちはガンモの実家には帰省しないことになり、私もライブに参加させていただくことができたというわけである。

 一日目は、前から十列目の席を取っていただいたので、とても良く見えた。ただ、私のすぐ前の席の女性が少し背の高い人だったので、私は視界を確保するために、左に寄ったり、右に寄ったりと、ビューティフルネームを熱唱するタケカワユキヒデ氏のように、身体を左右にくねらせながらの鑑賞となった。そのおかげで、少しはウエストにくびれが出来たかもしれない。

 二日目は、二階席の前から五列目の席を取っていただいたので、上から見下ろす形でこれまた良く見えた。ただ、二階席がひどく揺れる会館だったため、高所恐怖症の私は、乗りのいい曲のときに揺れを感じても、どこにも掴まるところがなくておろおろする羽目になってしまった。お腹に力が入らない事情もあったが、立っていると二階席の揺れに恐怖を感じてしまうという理由から、二日目も一日目と同じように、ほとんど席に座っての鑑賞となったのである。私のように、二階席の揺れがひどく気になってしまう高所恐怖症の人たちの要望に応えるためかどうかはわからないが、今回、足を運んだ会館は、これからしばらくの間、改築工事に入るのだそうだ。会館が新しく生まれ変わるなら、高所恐怖症の人でも怖がることなく二階席に堂々と立てる会館に変身して欲しいと願う。

 それほどたいしたことではないのだが、高所恐怖症の他にも、ライブの途中、少し困ったことが起こった。それは、好きなアーチストたちが繰り広げる音楽以外のネタを理解できないということだった。彼らは毎回、演奏の合間に、音楽以外のネタを披露し、会場を訪れたファンを楽しませてくれている。ライブのときに彼らが音楽以外に傾ける情熱は、さだまさしさんと張り合ってもいいくらいだ。そんな彼らの今回のネタは、テレビを材料にしているものも多かったようだ。会場からはどっと笑いが沸き起こっているものの、テレビを見る習慣のない私はわけがわからない。私は、会場から取り残されたような寂しい気持ちになってしまったのだった。

 二日間連続のライブといえども、両日とも、ステージに立つ彼らはとてもパワフルだった。彼らは、私よりもひとまわり近くも年上のはずなのに、肉体的にも精神的にも健康であるように見えた。また、ステージの上で繰り広げられている互いに遠慮のないトークに耳を傾けていると、彼らの絆は年を追うごとに深くなっているように思えた。ずっと気持ちが変わらずに、同じ仲間で好きな音楽を続けているという喜びがにじみ出ているのだ。持つべきものは気の合う友達。彼らは私たちに、そう語りかけているかのようだった。そんな彼らのおかげで、私も彼らのライブやイベントを通じて、様々な地域に住む様々な年齢の同士たちに巡り合うことができた。彼らが私に与えてくれたものは計り知れないのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 二日間連続のライブへの参加は、体力的には厳しい状況にはありますが、一日だけのライブとは若干メニューが異なっているので、実はとてもお得なのです。彼らのライブにはゴールデンウィークにも参加していますので、二日目のライブの演奏曲目が通常のライブとは異なっていることに気が付き、お得な気分を味わっていました。体力的なことを考えると、同じ会館でのライブ参加は一日で十分という想いもありますが、メニューの異なるライブを鑑賞するのもまた好きなので、ついつい皆勤賞(たった二日間で皆勤賞とは大袈裟ではありますが)を狙ってしまうのです。駅から近い会館で、ずっと座ったままで鑑賞できるライブならば、省電力モードで参加できるため、体力もあまり消耗しないのかもしれません。(苦笑)

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2008.06.23

映画『パリ、恋人たちの2日間』

交換で好感度アップ!の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの応援クリックに感謝申し上げます。どのような出来事にも、山場がもう一つ用意されているとしたらどうでしょう。一つの山場だけを体験して、これで完結したと判断してしまうのは、何だかもったいない気がしますね。ところで、現在、週末の出来事を綴っている最中ではありますが、今月は映画をたくさん鑑賞していますので、途中で流れるCMのごとく、映画のレビューを書かせていただくことにします。

 映画鑑賞には、まずはその作品を鑑賞したいという前向きな気持ちと、上映スケジュール、そして自分自身のスケジュール、それから自分自身の居場所という、いくつもの要素が同時に必要である。少々大袈裟かもしれないが、それらの要素が重なり合って初めて、一つの映画を鑑賞することができるのである。この映画は、予告編を観たときから気になってはいたのだが、なかなかそれらの要素が重なり合わず、公開されてもしばらく鑑賞できずにいた。しかし、いよいよ公開が打ち切られてしまうという段階になって、これはいかんと奮い立ち、何とか要素を重なり合わせて、ようやく鑑賞することができたのである。

 この映画を上映している三宮の映画館に足を運び、受付でチケットを購入するついでに、先月末で切れてしまっていたこの映画館のシネマポイントカードの更新手続きをした。手続きが終わり、後ろを振り返ると、チケット購入待ちの列の中に、ホットヨガ神戸店のすぐ隣にある映画館の男性スタッフの姿を見付けた。やはり、映画館のスタッフというだけあって、映画がお好きなのだろう。私は、彼の働いている映画館に最も頻繁に足を運んではいるが、こうして別の映画館にも足を運んでいることを彼に知られたことが少し恥ずかしかった。また、彼のほうも、いつもは仕事の顔なのに、現在は完全にプライベートな時間である。そうしたことが、私には何となく気まずく感じられたので、軽くあいさつだけ交わしてその場を離れた。どうか、彼がこれから鑑賞する映画が私と同じではありませんようにと願いながら。その後、彼は私と同じスクリーンには入場して来なかったので、どうやら彼は、別の作品を鑑賞したようだ。

 すっかり前置きが長くなってしまったが、ここで簡単に、この映画のあらすじをご紹介しておこう。イタリアを旅行したアメリカ人男性とパリ生まれのフランス人女性のカップルが、ニューヨークに戻る前に、寝台列車を使ってフランス人女性の故郷であるパリに立ち寄る。そこで二日間を過ごすのだが、アメリカ人男性から見ると、パリでの生活は、はっきり言って驚きの連続だった。言葉の壁や、価値観の大きな違いが、アメリカ人男性を著しく困惑させる。

 私はつい先日、価値観の異なるカップルを描いた作品として、映画『痛いほどきみが好きなのに』を鑑賞したばかりである。あの映画は、常に冷静な女性に対し、男性のほうが体当たりでぶつかって行く映画だった。そして、今回鑑賞した映画『パリ、恋人たちの2日間』は、国際的な価値観の違いを材料に、涙と笑いありのラブコメディに仕立てられている。しかも、ラブコメディでありながらも、台詞がどこか哲学的で奥深い。思わず、台詞を書き留めたくなる衝動に駆られてしまうほどだった。それにしても、価値観の異なる者同士の会話を、客観的に観察できるのは面白い。おそらく、自分自身がその渦中にいるわけではなく、他人ごととして観察できるからこそ、ここまで楽しめるのだろう。

 アメリカ人男性ジャックを演じているのは、俳優アダム・ゴールドバーグである。最近、鑑賞した彼の出演作は、映画『ゾディアック』と映画『デジャヴ』だった。彼は私から見ても、いかにもアメリカ人らしいアメリカ人である。彼の、アメリカとフランスの価値観の違いに対する驚きを表現する演技が実に良かった。

 一方、パリ生まれの女性マリオンを演じているのは、この映画の監督、脚本、音楽、編集、そして主演を手がけた女優ジュリー・デルピーである。彼女は、大人の落ち着きを感じさせる女優さんである。見たところ、私は彼女の過去の出演作を拝見してはいないようだ。私は、実際にパリ生まれである彼女が流暢な英語をしゃべっていることに驚いた。TOEICの結果が返って来る度にしょげ返っている私としては、実にうらやましい限りである。

 不思議なことに、パリ生まれの彼女がこの映画の製作を手掛けているというのに、この映画は、彼女の恋人として登場しているアメリカ人男性ジャックの視点で描かれている。つまり、パリ生まれの彼女は、アメリカ人男性の視点を借りて、パリという都市の見方を主観から客観へと変換させたわけである。むしろそうした変換が行われたからこそ、この映画はユーモアたっぷりの作品に仕上がっているのだ。

 映画の中では、マリオンの過去の男性遍歴が次々に明るみになって行く。現在の恋人であるジャックからすれば、マリオンの過去が気になって仕方がない。知らなければ単に通り過ぎて行くだけの出来事も、彼女が実際に付き合っていた男性と今でも交流を持っているとわかってしまえば、気が気ではないのだ。アメリカでは、過去の恋人と交流を持ち続けるようなことは当たり前ではないらしい。そうしたいくつもの不可解な出来事の延長線上に、ついにはマリオンへの信頼を失ってしまうほどの出来事も起こる。価値観の違いを乗り越えることができず、信頼を失ったまま、二人は二年間の交際に終止符を打つのだろうか。

 私は、ラストの展開に泣けた。ラストを観れば、これまでクローズアップされ続けて来たパリ独特とも思える、いくつものはちゃめちゃな価値観の描写が、単なるプロローグに過ぎなかったことがわかる。男女間だけでなく、あらゆる人間関係にも通じる哲学的な選択に対し、そうした選択がベストであることを知っている観客は、涙せずにはいられないだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 主観を客観に置き換えると、驚きが加わりますよね。そうした驚きが新鮮かつ面白おかしく表現された映画でありました。特に、アメリカ人男性を演じていた俳優アダム・ゴールドバーグは、そうした驚きを的確かつ新鮮に表現していたと思います。そういう意味では、この映画は、客観性の重要性が強調された作品と言えるのかもしれません。主観で表現すると盲目的になりがちですが、客観的に表現しながら、第三者的な驚きを加えることによって、面白さが加わって行くのでしょう。パリの有名な観光地ではなく、ガイドブックにも載っていない下町を見せてもらったような、貴重な感覚の味わえる映画でありました。果たして私たちは、夏休みにこの地を踏むことになるのでしょうか。(笑)

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2008.06.22

交換で好感度アップ!

ホットヨガ(一〇八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 前回のレッスンでバスタオル無料レンタルTicketを使い切ってしまったので、今回からはマイ・バスタオルを持参しました。しばらくの間、バスタオル無料レンタルTicketのお世話になりっぱなしでしたので、今後のレッスン時の忘れ物として、新たにバスタオルが加わりそうです。(苦笑)

 私は遠くの見えないコンタクトレンズ販売店に向かって、大阪の大通りを歩きながら、右目を閉じたり、左目を閉じたりを繰り返していた。コンタクトレンズを交換していただくにあたり、遠くが良く見えないことを確認しようとしていたのだ。ところが、どういうわけか、一週間前よりも遠くが良く見えるようになっていたのである。

 私は不思議に思い、何度も何度も瞬きした。しかし、何度瞬きをしてみても、一週間前よりも遠くが良く見えるようになっているのは事実だった。いや、実際は遠くが良く見えるようになっていたのではなく、単にそのレンズの度数に私の目が馴染んでしまっただけなのかもしれなかった。ただ、右目は左目よりも度数が緩いのか、少し見えにくいことがわかった。

 先週、度数の調整のあと、購入したばかりのコンタクトレンズを装着したところ、あまりにも遠くが良く見えないので、コンタクトレンズの度数を更に上げてもらった。その後、再び外に出たものの、再調整してもらってもなお遠くが良く見えないことに対し、ストレスを感じていたはずだった。レンズを購入した翌日、ガンモの実家に帰省したときも、私はガンモの運転する自家用車の助手席で、
「目が見えない!」
と叫んでいたのだ。しかし、どうしたことか、今は先週よりも良く見えるように感じている。

 それでも私は、遠くが良く見えなかった先週の出来事を思い出しながら、勇気を振り絞ってコンタクトレンズ販売店の受付を訪問したのである。

 対応してくださったのは、先週、私を担当してくださった若い検査技師の女性だった。私は、「ああ、彼女のことを『ガンまる日記』に書かせてもらったなあ」と思った。彼女に事情を話すと、すぐに私のことを思い出してくださったようだ。私が、
「できれば左目をもう一段階、右目をもう二段階上げて欲しいんです」
とお願いすると、
「ああ、それは難しいですねえ・・・・・・」
と頭を抱えながらおっしゃった。彼女が言うには、もはや私のレンズはこれ以上、度数を上げられないところまで上げてしまっているのだそうだ。私は、
「でも、左目よりも右目のほうが見えにくいので、せめて右目だけでももう一段階上げていただけないでしょうか」
と懇願した。彼女に、
「少々お待ちください」
と言われたので、しばらく待合室で待っていると、間もなく私の苗字が呼ばれたので、検査室に入った。

 彼女の導きで、私はもう一度視力検査を行った。先週と同じように、現在のレンズで両眼とも一.五まで見えていることがわかった。しかし、私にその実感がなかったのは、どうしてなのだろう。これまで使用していたレンズが良く見え過ぎていたからだろうか。彼女は、
「両眼とも一.五まで見えているようですので、これ以上、レンズの度数を上げることはできないんですよ。ただ、度数は上げられないんですけども、右目だけ、目のカーブを緩くさせていただきます。個人差はありますが、そうすることで、涙の働きで度数を一つ上げたのと同じ効果が出るようになりますので」
とおっしゃった。私は、
「わかりました。では、それでお願いします」
と言った。

 こうして彼女にコンタクトレンズを再々調整していただいているうちに、そう言えば、かつて三宮のコンタクトレンズ販売店でも、検査技師の方と同じような会話を交わしたことを思い出した。これまで私の使っていたコンタクトレンズは、右目のカーブが目に完全にフィットしてはいなかった。そのため、右目のレンズだけが常にずれ易い状態にあったのだ。そうなるに至ったいきさつをすっかり忘れてしまっていたのだが、おそらく三宮のコンタクトレンズ販売店においても、検査技師の方と私の間で今回のようなやりとりが交わされ、一度購入したレンズを交換してもらったことを思い出したのだ。確かそのとき、三宮のコンタクトレンズ販売店と連携している眼科医に、右目のレンズのカーブが完全にフィットしてはいないことを告げられた。カーブがフィットしていないことは記憶に残っていたが、その詳細ないきさつまでは覚えていなかった。しかし、おそらく今回と同じような状況だったと推測する。

 そのことを思い出したとき、私は彼女の検査技師としての技術を疑ったことを申し訳なく思った。彼女はもともと、検査技師として、あまり度数のきついレンズを患者には勧めたがらないようだった。というのも、彼女は私に、
「あまり度数を上げないほうがいいですよ」
とおっしゃったからだ。それがどのような意味なのかは良くわからないが、私なりに精神世界的な解釈をすると、もしも眼に自由意思があるのだとすれば、コンタクトレンズによる矯正ではっきりと見えている状態にあるとき、眼は、「もっと見えるようになろう」とする努力を怠ってしまうのではないだろうか。むしろ、少し見えにくい状態のほうが、眼は、「自分が頑張らなくちゃ!」という気持ちになり、視力が回復に向かって行くのではないだろうか。

 さて、彼女による再々調整により、緩いカーブのレンズを装着すると、確かにこれまでよりも良く見えるようになった。そのまま眼科医の診察を受けたが、やはり眼科医は先週と同様、簡単な検査を行い、
「傷もなくきれいですよ」
とおっしゃった。私は、「もしかすると眼科医はロボットかもしれない」と思った。

 こうして私は、めでたく、カーブの緩い新しいレンズに交換してもらうことができた。外に出ると、これまでよりも視界が良くなっていることを実感した。やはり、もう一度訪問して良かったと思った。良く見えるレンズに交換してもらえたことも有難かったが、私にとっては、検査技師の彼女の技術を疑うべきではなかったことに気づいたことも大きかった。少々大袈裟かもしれないが、粘り強く関わり続ければ、誤解は解けるということだ。

 私は軽い足取りでガンモの待っている場所まで移動し、二人で少し遅めの昼食をとったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 思い切って、交換をお願いして本当に良かったと思いました。もしも彼女のもとをもう一度訪れなければ、彼女の技術を疑ったままになってしまっていました。それを考えると、今回はかなりお得な価格でコンタクトレンズを入手できたことになります。新たな発見をして、満足度をアップさせた私は、前回の記事とはまったく違うことを書いています。(苦笑)彼女の検査技師としての技術に敬意を払っておきたかったのですね。

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2008.06.21

ホットヨガ(一〇八回目)

映画『幻影師アイゼンハイム』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m とてもユーザ評価の高い映画なのですが、ご覧になっていない方が多かったかもしれませんね。面白い映画を観ると、ついついレビューを書くことに力が入ってしまいます。(苦笑)今月は、もっともっとたくさんの映画を鑑賞していますので、できるだけ映画の記事だけに偏ってしまわないように、少しずつ織り交ぜて行きますね。

 夕方、大阪で用があるため、先週に引き続き、今回のレッスンも梅田店に予約を入れていた。ところが、もたもたしているうちに家を出るのがすっかり遅くなってしまい、梅田店に着いたのはレッスン開始五分前だった。梅田店のスタジオは、阪急電車を利用している人には比較的便利な場所にあるのだが、JRを利用している私にとっては、大阪駅から十五分以上も歩かなければならず、かなり不便なのだ。だから、毎回、余裕を持って出掛け行こうと思っていたはずなのに、ついつい遅くなってしまった。それでも、何とかレッスン開始前には梅田店に到着し、慌てて受付に会員証と回数券を差し出すと、
「十時からのレッスンですか? それとも、十時半からのレッスンですか?」
と尋ねられた。私が申し込んでおいた九十分のベーシックコースは、朝十時からのレッスンと朝十時半からのレッスンが用意されていたのだ。神戸店や三宮店では、同じコースのレッスンがこれほど近い時間にスケジュールされるようなことは有り得ないのだが、梅田店は大きいので、このようなことが有り得るのである。私は、
「確か十時からのレッスンを予約だったと思います」
と答えたのだが、受付のスタッフが調べてくれたところ、朝十時からのレッスンの参加者名簿の中には私の名前はなかった。すると、隣にいた別のスタッフが、十時半からのレッスンの参加者名簿の中に私の名前があるのを確認してくださった。どうやら私は、自分が予約していたレッスンを、三十分早い時間に間違えてしまったらしい。以前にも三宮店で同じようなことがあったが、どちらも実際に参加するのが三十分前のレッスンではなく、三十分後のレッスンで助かった。

 レッスン開始までに少し時間があるので、私はノートパソコンを取り出して、前日の夜に書き上げた「ガンまる日記」に手を加えた。この作業を行わないまま記事を公開し続けると、誤字や脱字があったり、文章の言い回しがどこかおかしかったりと、あとから読み返すと恥ずかしい文章になってしまっているからだ。

 レッスン開始時間が近づいて来たので、準備を整えてスタジオに向かうと、いつもの横長いスタジオに、インストラクターの分を除いて十七枚分のヨガマットが用意されていた。間もなく、インストラクターがスタジオに入って来てレッスンが始まったのだが、今回のレッスンでは男性会員の姿は一人も見受けられなかった。前回のレッスンでも、男性会員はわずか一名だけだったが、ベーシックコースのレッスンは、男性会員にはあまり人気がないのかもしれない。

 そう言えば、ホットヨガのレッスンも、今回で一〇八回目である。毎回、煩悩を一つずつクリアしていれば、今回ですべての煩悩が消失しているはずである。とは言うものの、ホットヨガは煩悩をクリアすることを目的としたレッスンではない。身体を整えて行くことが目的である。

 九十分という長い時間に緩いポーズを取って行くベーシックコースのレッスンは、ぬるま湯に長い時間浸かり続けるのと同じような感覚かもしれないと思った。それに対し、今はなき六十分の脂肪燃焼コース2は、短時間で熱いお湯に浸かる感覚に匹敵する。単に汗を掻きたいという目的ならば、忙しい人にとっては六十分の激しいコースに参加するのが最も手っ取り早いかもしれない。しかし、今の私の身体は、そうしたスピードを望んでいないようだった。

 ところで、今回のレッスンではっきりと認識したことがある。それは、うつ伏せのポーズを取るのがとても辛いということだ。九十分のベーシックコースでは、後半になると、うつ伏せになって取るポーズが入る。特にポーズを取らなくても、単にうつ伏せになって片方の頬を下にして身体を休ませているだけの状態だというのに、身体がもっと別のポーズを取りたがっているのがわかる。そのため私は、カエルのように手足を斜めに広げ、ロッククライミングのような格好をしてしのいでいる。大きな筋腫が下にあることも辛い原因の一つだが、身体に歪みがあることのほうが大きいようにも思えた。

 九十分でたっぷり汗を掻き、ゆったりとシャワーを浴びた。梅田店はシャワールームの数が多いので、レッスン後にシャワー争奪戦にならないのがうれしい。シャワーを浴びた私は、ガンモに電話を掛けた。ガンモも仕事が休みだったので、私がホットヨガのレッスンを受けている間に、梅田にやって来ることになっていたのだ。電話を掛けたとき、ガンモはまだ自宅の最寄駅に居た。私は、
「今、レッスン終わったけど、このあと、コンタクトレンズを交換してもらう予定だから」
と言った。先週、購入したコンタクトレンズの度数が合わないため、度数の合うレンズに交換してもらおうと思っていたのだ。幸い、コンタクトレンズを購入したお店は、ホットヨガ梅田店から比較的近いところにあったので、ガンモとはコンタクトレンズを交換してもらったあとでお昼ごはんを一緒に食べるために落ち合うことにした。

 着替えを済ませてスタジオを後にした私は、コンタクトレンズの交換をお願いするに当たっての強い意気込みを胸に抱きながら、固いアスファルトを一歩一歩踏みしめていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ホットヨガ梅田店は、大阪駅からひどく遠いのですが、魅惑されるお店がたくさんありますし、レッスンの数も多いので、通うのが楽しいですね。これまで、一人で大阪を出歩くことのなかった私は、大阪駅周辺には特に不案内だったのです。でも、ホットヨガのレッスンに通うようになってからは、大阪駅周辺の位置関係が少しずつわかり掛けて来ました。やはり、誰かに案内してもらうのではなく、自分の足で迷いながらでも歩かなければ、なかなか道は覚えられないような気がします。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.06.20

映画『幻影師アイゼンハイム』

年結婚(としけっこん)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 結婚して十二年経ったと言っても、振り返ってみれば本当にあっという間の出来事であります。その間、出張や仕事の都合以外は毎日、一つのシングルベッドに寝続けているんですよね。例え体型が変わったとしても。(笑)そう言えば、私たちには、夫婦喧嘩をして一晩だけ別々に寝るとか、腹を立てた私が実家に帰り、あとからガンモが決まり悪そうに迎えに来るといった経験が一度もないのですね。人生、何ごとも経験だとすると、一度は経験しておく必要があるのでしょうか。(笑)

 今月は、まるで何かの反動のように映画館にせっせと足を運んでいる。どういうわけか、この時期に上映されている映画は、私にとって心惹かれる作品が多い。それらの作品の中で、今日は映画『幻影師アイゼンハイム』をご紹介したい。

 私にとって、この映画は、何の前知識もなく映画館に飛び込み、レイトショーで鑑賞した作品である。まず、「幻影師」という聞き慣れない言葉から、私はどこか胡散臭いストーリーを勝手に想像していたのだが、実際に鑑賞してみると、「開けてびっくり玉手箱」、「驚き桃の木山椒の木」の内容だった。映画を観てこんなに興奮したのは、映画『パフューム ある人殺しの物語』を鑑賞して以来ではないだろうか。「幻影師」というどこか胡散臭い言葉が、この映画を鑑賞した人を妙に構えさせず、意外性を与えているのかもしれない。また、その一方で、「幻影師」というどこか胡散臭い言葉に惑わされ、この映画の玉手箱を開けるチャンスを失ってしまう人がいるかもしれないと思うと、残念にも思える。ちなみに、幻影師というのは、イリュージョンを演出する奇術師のことのようである。

 この映画は、全体を通して壮大なラブストーリーに仕上がっている。子供の頃に出会い、身分の違いによって引き裂かれた男女の切ない愛の物語なのだ。二人は大人になって、世の中にその実力を認められつつある人気幻影師アイゼンハイムと、皇太子の婚約者ソフィとして再会する。子供の頃に引き裂かれ、何年も顔を合わせなかったとしても、お互いの中に相手を想う気持ちはずっと生き続けていた。公爵令嬢として生まれ、子供の頃から自由意思が尊重されずに、抑圧された生活を送り続けて来たソフィは、人生最大のイベントである結婚でさえも、他の人の意志により決められているように見えた。そんな状況下においての、子供の頃に引き裂かれた愛する男性との再会。二人の愛の炎が再び燃え上がったとしても無理はない。

 ソフィの婚約者である皇太子には、過去に付き合いのあった女性を殺害したという噂がある。皇太子に逆らえば、ソフィもまた、皇太子に殺害されてしまうかもしれない。皇太子の絶対的な権力に対し、二人がどのように立ち向かって行くのか。それがこの映画の最大の見所でもある。

 映画『痛いほどきみが好きなのに』の記事で、本当に愛し合っている男女のラブシーンを好ましく思うと書いたが、アイゼンハイムとソフィのラブシーンもまた、愛に溢れ、心ときめくラブシーンだった。アイゼンハイムは、「どうしたら君のことを忘れられるのか、そればかり考えていた」というようなことをソフィに言う。相手がどこにいるかもわからない状態で、相手のことを継続的に想い続けることができるのは、お互いの中で愛のエネルギーが通い合っていたとしか思えない。二人は引き裂かれたあともお互いに相手のことを想い続け、お互いに決して片思いではなかったということだ。双方向のエネルギーが見えないところでバランスを取り続け、二人の想いを持続させていたのだと思う。子供の頃に出会い、身分の違いにより引き裂かれた二人が、ようやく結ばれる大切なシーンから、観客は目を離すことができないだろう。

 良い映画を観ると、それぞれの配役が適役だと強く感じることが多い。この映画も例外ではない。特に、皇太子役を演じていた俳優ルーファス・シーウェルは、この役にぴったりだ。確か彼は、過去に同じようなシチュエーションで、同じような役を演じられていたはずだと過去の記憶帳をめくっていたら、映画『トリスタンとイゾルデ』に出演されていたことがわかった。映画『トリスタンとイゾルデ』のときも、彼は半ば政略結婚のような形で、トリスタンと愛し合っているイゾルデを妻に迎えたのだった。彼に皇太子の役がぴったりだと思ったのは、そのときの役の印象が強かったからなのだろう。

 また、警部役の俳優ポール・ジアマッティもいい。確か、ここ一年ほどの間に彼の出演する作品を鑑賞したことがあると思っていたら、映画『レディ・イン・ザ・ウォーター』だった。

 もちろん、主役の二人もいい。特に、アイゼンハイムを演じた俳優エドワード・ノートンは、一人の女性を一途に愛し続ける幻影師の役を見事に演じ切っていた。女性に対する深い愛情がにじみ出るような俳優さんである。

 この映画について、これ以上、多くは語るまい。もしも幻影師という言葉がタイトルに掲げられていることがどこか胡散臭いと思ってこの映画を敬遠された方がいらっしゃるなら、是非とも公開終了までに映画館に足を運んで欲しい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 記事の中でご紹介したキャストの中で、私よりも年上の男性は誰一人としていません。(笑)何とも複雑な気持ちであります。日本人は、外国人から若く見られがちですが、日本人にとっては、彼らがあまりにも大人過ぎるのでしょうかね。私よりも絶対に年上だと思ってプロフィールを拝見しても、たいていは年下です。こうした傾向は、男優さんよりも女優さんのほうが顕著だと思われます。時には、私と同い年くらいの女優さんだろうと思いながらプロフィールを拝見すると、十歳以上も年下だったりします。

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2008.06.19

年結婚(としけっこん)

秘密兵器の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ご紹介させていただいた秘密兵器を使用して正座していると、本当に楽ちんなのです。足が痛くなる原因は、お尻が重いからなのでしょうか。思えば、ホットヨガのレッスンのときも、座ったまま前屈のポーズを取る際に、ブロックをお尻の下に敷いてポーズを取ると、とても楽ちんなのです。ホットヨガのレッスンのときに使用するブロックも、この秘密兵器と同じ原理なのかもしれませんね。ということは、ホットヨガのレッスンのときに使用するブロックも、秘密兵器の仲間に加えてもいいことになりますね。(笑)

 六月十六日は、私たちの十二回目の結婚記念日だった。私は、
「今日は結婚記念日なのよ」
と言いながら、そそくさと仕事を上がり、ガンモと三宮で待ち合わせをした。

 二ヶ月ほど前に、指定された映画を三本(映画『ダージリン急行』映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』映画『ファクトリー・ガール』)鑑賞して、それらの映画とタイアップしていた飲食店で使えるパフェ無料券を三枚もらった。そのお店では、指定された映画を三本鑑賞した場合の特典として、パフェの他に三千円の食事券をプレゼントしてくれることになっていた。私は、三本目の映画を鑑賞したあと、映画館でもらったパフェ無料券を持ってそのお店にパフェを食べに行った。お店の人にパフェ無料券を三枚差し出すと、
「パフェは何個お持ちすればよろしいでしょうか?」
と聞かれた。パフェ無料券をいっぺんに三枚も差し出したものだから、パフェを三つも食べる意気込みだと思われたらしい。私は、
「一個でいいです」
と遠慮がちに答え、パフェをおいしくいただいた。更にその帰りに、そのお店で使える三千円分の食事券をいただいた。その食事券の有効期限が六月末までだったので、ガンモと二人で結婚記念日にこのお店で食事をしようと思っていたのである。

 仕事を終えた私は、ガンモに電話を掛けた。前日のうちにガンモには、三千円の食事券があるので、仕事帰りにそのお店に寄り、二人で結婚記念日を祝おうと話しておいたのだ。しかし、電話に出たガンモは、
「お昼ご飯、うどんだけだったから、腹減った! いつ三宮に着く? 腹減ったから、まるみが三宮に着くまでに何か食っていいか?」
と言う。私は、
「禁止! せっかく三千円の食事券があるんだから。私が三宮に着くまで何も食べないでよ!」
お昼ご飯にうどんしか食べなかったと主張するガンモは、既にお腹を空かせて私の到着を待っていた。三千円の食事券があるというのに、ガンモが他のものを食べて空腹を少しでもしのいでしまえば、もはやそのお店でははおいしいものが食べられなくなってしまう。私は、ガンモが何か食べてしまわないように、三宮へと急いだ。

 ところで、そのお店は、どちらかというと三宮よりは元町に近い場所にある。中に入ってみると、クーラーがギンギンに効いていた。まだ時間が早かったのか、お客の姿はなかった。すぐ上のフロアも同じお店になっているので、他のお客は上のフロアを利用しているのかもしれなかった。

 私たちは窓際のテーブルに着いた。テーブルの上にはキャンドルが灯され、結婚十二周年を迎えるカップルにはちょっぴりロマンチックな演出となっていた。私は、財布の中から三千円の食事券を取り出して、お店の人に渡した。お店の人は、私の差し出した食事券を快く受け取ってくださった。そして私たちは、メニューを眺めながら、コース料理を注文した。

 ガンモが、
「何でこのお店を知ってる?」
と私に尋ねるので、私は映画を三本観てパフェ無料券をもらったことをガンモに話して聞かせた。確か、ガンモにはリアルタイムでその話を聞かせているはずだが、ガンモはすっかり忘れてしまっているのだ。パフェを食べ損ねたと思ったガンモは、
「パフェ無料券が三枚もあったのに、何で俺を誘ってくれない?」
とちょっぴりすねていた。私は、ガンモにリアルタイムでそのことを報告したことと、その頃、私たちはダイエットをしていたこと、それから、このお店が三宮の繁華街からは遠いことなどをガンモに話し、納得してもらった。

 食事をしながら、ガンモと夏休みの旅行の計画について話し合った。ガンモは、
「やっぱり、パリに行こう。まるみと一緒に行くのが面白いんだから」
と言う。去年出掛けたロンドンも、その前の年に出掛けたハワイや北京も、それぞれ旅先でちょっとしたハプニングに見舞われた。しかしガンモは、私と一緒にそれらのピンチを切り抜けて来たと言う。だから、パリも私と一緒に行きたいと言うのだ。そんなことを言われては、ついつい私の顔もほころんでしまう。しかし私は、しばらくは厳粛に過ごすべきだということと、筋腫が大きくなり過ぎると、元気で動き回ることにあまり自信がないことを伝えた。果たして、ガンモに耳に入っているのかどうか・・・・・・。

 私たちが注文したのは、一人二千五百円のコース料理だった。それがこのお店で最も値段の高いコース料理だったので、このお店がいかにリーズナブルな値段のお店であるかがおわかりいただけるだろう。そのため、お料理のボリュームのことはほとんど気にしていなかった。しかし、次から次へと運ばれて来るお料理の多さに、私たちは驚いた。私たちのお腹は既に満足し切っていたが、せっかく注文したのだから、残さずに食べて帰りたいと思っていた。私たちは最後までギブアップすることなく、コース料理をきれいに平らげた。ああ、お腹を空かせたガンモが、夕食の前に食べるのを我慢してくれて本当に良かった。もしもガンモが先に何かを食べていれば、間違いなく、せっかくのお料理を残してしまっていたことだろう。

 食事を済ませて外に出た私たちは、どちらからともなく手を繋ぎ、元町駅に向かって歩き始めていた。結婚十二年というと、ちょうど干支が一周したことになる。ということは、私たちが結婚した年は、ネズミ年だったのだ。十二年に一度の結婚記念日を、年女や年男にちなんで、年結婚(としけっこん)とでも名づけることにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とうとう本格的な梅雨に入ったのでしょうか。毎日、雨具が手放せなくなってしまいましたね。私は、最寄駅までは自転車を使用していますが、雨の日に自転車に乗るときは上下ともカッパを着込み、リュックにはカバーを掛けています。自転車に乗った状態で傘をさすのはとても危険ですので、皆さんもカッパを愛用されてみてはいかがでしょうか。ちなみに、カッパの上下とも百円ショップで揃いまよ。(笑)

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2008.06.18

秘密兵器

ホットヨガ(一〇七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ホットヨガのレッスンに出掛けるときに、一つのことに専念せずに支度を始めてしまうと、たいてい忘れものをしてしまいます。一番多い忘れ物が、下着の替えでしょうか。あと、汗でびっちょり濡れた下着やレッスン着を入れるためのビニール袋を忘れてしまうこともあります。でも、私の場合、リュックの中に常にビニール袋が入っていたりしますので、忘れても毎回、それでしのいでいます。下着を忘れたときは、さすがに毎回、青ざめていますね。でも、下着よりももっと怖いのが、替えのズボンを忘れてしまうことですね。(苦笑)実は、替えのズボンを忘れてしまった経験もありますが、このときも何とかピンチを切り抜けました。

 父の日と重なった日曜日、私たちは毎週日曜日に行われることになっている小さなプロジェクトに参加するため、午前中のフェリーに乗船すべく、神戸の港へと車を走らせた。今回は仕事の都合で宿泊はせずに、日帰りすることになっていた。

 日曜日の午前中ということもあってか、フェリーはとても空いていた。私たちはめでたくコンセントの使用できる席を確保し、フェリーの中で四時間足らずの時間をゆったりと過ごした。ありがたいことに、いつもはきつ過ぎる船内の冷房も、今回は緩めの温度に設定されていたので、比較的快適に過ごすことができた。

 私たちのすぐ近くでは、若いカップルが横になって休んでいた。彼らは向き合い、お互いの顔が触れるくらい接近して、さも気持ち良さそうに眠っていた。今回だけでなく、フェリーの和室で見掛ける男女はとても仲がいい。むしろ、横になって一緒に寝られるという理由で、フェリーを利用する男女が多いのかもしれない。

 一週間ぶりに再会した義父に、父の日のプレゼントとして介護シューズを持参した。というのも、足の悪いはずの義父が、ひどく手間の掛かる皮靴を愛用していたからだ。実は、二、三年前にも義父に履き易い履物をプレゼントしたことがある。しかし、それはスーパーのサンダル売り場で慌てて購入したスリッパのようなタイプの履物だったため、足と履物が固定されず、義父にとっては履き易くても、ひどく歩きにくいらしかった。しばらくすると、そのサンダルは、下駄箱の隅のほうに追いやられてしまっていた。おそらく義父は、フィット感のある靴を履きたいのだろうと思い、あらかじめ義父に足のサイズを確認しておき、インターネットで介護シューズを販売しているサイトを見付け、購入しておいたのである。

 マジックテープで開閉できる介護シューズは、履くときも脱ぐときも手間が掛からず、履き易そうな感じだったので、義父も気に入ってくれたようだ。軽量で、サイズも義父の足にぴったりだったので、これからは外出時のお供にしてくれることだろう。

 さて、今回も、親戚の方たちが足を運んでくださった。先週お会いしたばかりの人たちが、次々に集まって来てくださる中で、私は少しずつ親戚同士の結束というのか、密度が緩くなりつつあるのを感じていた。大きなプロジェクトから日数が経ち、お互いが遠慮し合う仲に戻り、密に関わることから遠ざかってしまったように思えたのだ。そのため、かつてのような一体感を感じられなくなってしまっているのである。どうやら一体感というものは、いつまでも持続できるものではないらしい。究極的な状況にのみ、瞬間的に感じられるもののようである。あれほどの一体感を感じていたというのに、今では互いに何を話したらいいか、遠慮し合っているように見えてしまうのだった。

 ところで、今回のプロジェクトで、私は初めて秘密兵器を使ってみた。

秘密兵器

 これは、正座を続けても足が痛くならない秘密兵器と言われている。先日、仕事帰りにダ○エーに寄ったところ、アイディア商品フェアなるものが開催されていたので、思い切って購入してみたのである。実際に使ってみると、正座を続けても確かに足が痛くならなかった。ただし、自分だけズルをしているような、そんな後ろめたい気持ちも一緒に付いて来る。

 しかし、秘密兵器という観点で言うならば、義父にプレゼントした介護シューズだって秘密兵器だ。更に、もっと厳密に言うならば、携帯電話だって秘密兵器だし、ノートパソコンだって秘密兵器なのだ。世の中、秘密兵器だらけなのだから、私がこの秘密兵器を使ったとしても許されるはずなのだ。秘密兵器を使うことに後ろめたさを感じないようにするためには、秘密兵器がもっともっと世の中に普及して行くことだ。

 こうして、小さなプロジェクトのあと、私たちは三時間余り掛けて陸路を走り、無事に我が家に辿り着いたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は先日より、「秘密兵器」カテゴリをこっそり追加しています。(笑)実際、もっとたくさんの秘密兵器をご紹介させていただいるはずですが、まだまだ登録している記事の数が少ないように思います。思い出したら、過去の記事から厳選して、随時仲間に加えて行きたいと思います。ちなみに、私にとっては、手帳なども秘密兵器の一つであります。

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2008.06.17

ホットヨガ(一〇七回目)

コンタクトレンズ購入奮闘記(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この話を、私と同じB社のハードコンタクトレンズを愛用している派遣仲間に話して聞かせたところ、「それは検査技師の合わせ方が下手なんちゃうん?」と言われました。それを聞いて、「ああ、私が感じていたことを彼女が代弁してくれたなあ」と思いました。ところで、その派遣仲間は、少し前にレーシックの手術を受けたようです。私はレーシックという言葉を知らなかったのですが、近視や乱視を矯正するレーザーによる手術なのですね。彼女の元の視力は確認しませんでしたが、現在、裸眼で二.〇くらい見えているそうです。手術もあっという間だったとか。勇気ある決断だと思います。

 遠くの見えないコンタクトレンズを装着したまま、私はホットヨガ梅田店へと向かった。先日も書いた通り、TOEICの試験会場遠くの見えないコンタクトレンズ販売店、ホットヨガ梅田店、それから、レッスン後に鑑賞しようと思っている映画が上映されている映画館は、すべて同じ大きな道路沿いにあった。ありとあらゆる予定を休日に集結させたがる私が、そのチャンスを活かさないわけには行かなかった。

 ホットヨガ梅田店の受付で、
「お水やタオルのご用意はよろしいですか?」
と聞かれたので、私はバスタオルをレンタルしたいと申し出た。通常ならば、バスタオルのレンタルは百円掛かるのだが、五十回分の回数券を購入したときに、バスタオル無料レンタルTicketが十五回分付いて来たのだ。しかし、今回でとうとう十五回分のバスタオル無料レンタルTicketをすべて消費することになってしまった。受付のスタッフは、私の回数券に貼り付けられていたバスタオル無料レンタルTicketの存在に気が付かなかったのか、バスタオルをレンタルしたいと申し出た私に対し、
「では百円になります」
とおっしゃった。私が、
「バスタオル無料レンタルTicketがあるはずですが・・・・・・」
と控え目に主張すると、スタッフは慌てて私の回数券に貼り付けられている、バスタオル無料レンタルTicketの存在を確認し、了解してくださった。しかし、その後、何を思ったのか、彼女はバスタオルを私に渡しておきながら、
「お水やタオルのご用意はよろしいですか?」
と再び同じことを口にしたのである。それを聞いた途端、私は彼女の気持ちを理解し、ぷぷっと笑った。何故なら、彼女がこれまで受付の仕事をこなして来た限りでは、バスタオルをレンタルしたいと申し出る人はそれほどいなかったのだろう。そのため彼女は、
「お水やタオルのご用意はよろしいですか?」
と尋ねたあと、
「いえ、結構です」
と断られることが日常になっていたのだろう。しかし、私がバスタオルをレンタルしたばっかりに、彼女のルーチンワークから外れることになってしまった。しかし、彼女は直ちにルーチンワークに戻り、再び同じことを私に尋ねてしまったのだ。私は笑いながらバスタオルとロッカーの鍵を受け取り、ロッカールームへと移動した。

 少し余裕を持って入ったので、私はかつてのように、ロッカールームにあるメイク台の上でノートパソコンを広げて、「ガンまる日記」の下書きを始めた。レッスンが始まるまでにはとても書き上げられないが、書き出しさえ決め手しまえば、レッスン中に頭の中で文章を組み立てていたりする。そうこうしているうちに、ほど良い時間になったので、私は水とタオルを持って、スタジオに入った。

 スタジオに入った途端、「狭い!」と思った。梅田店のスタジオは、縦に短く、横に長い。ヨガマットは前後二段に並べられている。前後の幅が狭いので、インストラクターの使用するヨガマットも前列の人と同じ位置に敷かれている。数えてみると、参加者のために並べられたヨガマットは全部で二十一枚あった。手を広げるポーズでは、横の人と交互に並ばなければ、広げた手が当たってしまう。二十一名のうち、男性会員は一人だけだった。他のレッスンには、多いときで三人ほど男性会員が参加していらっしゃるのだが、今回の参加者はわずか一人だけである。毎回感じることだが、やはりホットヨガのレッスンに参加されている男性は、男性といえどもどこか中性的なエネルギーが感じられる。

 今回、参加したのは、九十分のベーシックコースである。脂肪燃焼コース2のあとに登場したパワーアクティヴコースは、今の私には激し過ぎるので、しばらくは九十分のベーシックコースのレッスンで身体を整えようと思っている。九十分もの間、ずっと暑い部屋でポーズを取ったり休んだりしていると、汗をかく量が半端ではない。当然、水もたくさん飲む。レッスンを終えると、「だへーっ」という感じだった。

 ところで、今回のレッスンでは、ちょっとした忘れ物をしていた。それは、ショーツと腹巻である。出掛ける前に、TOEICとホットヨガのレッスンの両方の準備を慌ててこなしたためか、ショーツと腹巻を忘れてしまったのである。腹巻はまだいい。問題はショーツだ。幸い、レッスン前にこのことに気が付いた私は、一生懸命考えた。レッスンのあとは、さきほどの遠くの見えないコンタクトレンズ販売店の近くまで戻り、映画を鑑賞する予定である。映画鑑賞中にショーツを履いていたほうがいいか、履かなくてもいいか、考え抜いた挙句、映画鑑賞中にショーツを履いていたほうがいいと判断した。そこで私は、レッスンを受ける前にショーツを脱いでおき、ショーツを履かないままじかにレッスン着のズボンを履いてレッスンを受けた。何故なら、レッスン後は、一枚しかないショーツが汗でびちょびちょに濡れてしまうからである。レッスンを受けている時間と、レッスン後の時間、どちらが長い時間になるかを考慮した結果、レッスン後の時間のほうがずっと長いと判断し、レッスン前の時間をショーツなしに設定し、レッスン後の時間をショーツ有りで過ごせるように工夫したのである。このようなことが実現できたのは、何かあったときのために、布ナプキンを使用していたからだ。布ナプキンを使用していたおかげで、レッスン後にもう一度同じショーツを履くことに対し、ほとんど抵抗を感じることがなかったのである。

 私は梅田店をあとにし、レッスン前に書き始めていた「ガンまる日記」を書き上げると、遠くの見えないコンタクトレンズ販売店の近くにある映画館へと向かったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またまた着替えのショーツを忘れてしまい、ピンチでしたが、今回は布ナプキンに救われました。(^^) 冷静に考えれば、ピンチからは脱出できるものなのですね。とは言うものの、最近、ホットヨガの受付には、着替えの下着やシャンプー、リンスなども用意されているようです。だから、それほどピンチというほどのことでもなかったのですが、負けず嫌いの私としては、自分で解決できないのは何となく悔しいのですよ。(笑)ところで、話の流れからすると、次回は映画のレビューを書かせていただきたいところですが、先に別の記事を書かせていただくことにしますね。

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2008.06.16

コンタクトレンズ購入奮闘記(後編)

コンタクトレンズ購入奮闘記(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東京に住んでいたときにお世話になっていたコンタクトレンズ販売店は、何を隠そう、ヨ○バシカメラでした。(笑)私はかなり近視が進んでいるため、いつもレンズの在庫がなく、毎回、取り寄せてもらっていました。しかし、結婚のために兵庫県に移り住み、三宮でコンタクトレンズを購入するようになると、どういうわけか在庫に恵まれ、持ち帰りできるようになりました。東京では毎回、取り寄せてもらっていたのに、とても不思議です。

 インターネットで見付けたコンタクトレンズ販売店は、雑居ビルの五階にあった。エレベータを降りると、すぐ目の前に眼科があったので、私は受付に出向き、コンタクトレンズを購入したい旨を申し出た。そのとき、奥の検査室にいる男性の検査技師がリラックスし切っているのが見えた。彼は、私と目が合うと、慌てて厳粛な仕事モードに切り替わった。

 初診だったので、受付の方に勧められるがまま、問診票に記入した。待合室には数人の患者さんがいたが、書き終えた問診票を提出すると、すぐに私の苗字が呼ばれた。現在、装着しているコンタクトレンズを外しておいて欲しいとのことだった。私はコンタクトレンズのケースを持参していなかったのだが、受付の方が、
「こちらはお持ち帰りいただけるケースですので、どうぞお使いください。ソフト用ですが、ハードにも使えますのでね」
と、ソフトコンタクトレンズ用のケースを差し出してくださったので、私はありがたく頂戴した。おそらく、使い捨て用のソフトコンタクトレンズのケースなのだろう。私は、待合所にある洗面台でコンタクトレンズを外し、さきほどのケースに収めた。

 再び私の苗字が呼ばれたので、私は検査室に入った。若い検査技師の女性が私の担当してくださり、遠くに気球が映っている機器を使って私の眼を測定してくださった。推測でしかないのだが、この検査では、眼の焦点の様子や、眼球のカーブを測定しているのではないだろうか。その後、どのレンズを希望しているか、若い検査技師の女性が尋ねてくださった。私は洗浄液の買い置きがあるので、これまで愛用していたのと同じハードコンタクトレンズを購入したいと申し出た。インターネットで調べた内容によれば、そのコンタクトレンズ販売店では、私がこれまで使用していたコンタクトレンズを扱っていたからだ。

 しかし、若い検査技師の女性は、
「そちらですと、お取り寄せになってしまいますが、よろしいですか? T社のレンズでしたら、おそらく在庫がありますので、お持ち帰りできるかと思いますが・・・・・・」
と言って来た。せっかく出向いて来たのだから、できれば新しいコンタクトレンズを装着して帰りたい。私はしばらく考えたあと、
「わかりました。では、T社のレンズでお願いします」
と、これまで愛用していたB社のレンズよりも千円高いT社のレンズを購入する意志を伝えた。若い検査技師の女性は、
「こちらのほうが酸素の通貨性も高いですし、洗浄液も、だいたいのレンズでも使えますのでね」
とおっしゃった。

 レンズのカーブとレンズの種類が決まれば、あとは度数を合わせるだけである。私は、若い検査技師の女性の導きで、テスト用のレンズを装着した。若い検査技師の女性に、
「普段は近くを見るのと、遠くを見るのとどちらが多いですか?」
と尋ねられたので、私はすかさず、
「近くを見ることのほうが多いです」
と答えた。私はブッシュマンのように狩りをして生活しているわけではないし、普段はパソコンを扱うことが多いので、そのように答えたのである。すると、私が答えた情報を基に、若い検査技師の女性は私の視力検査を始めた。彼女に、
「赤い◎(二重丸)と緑の◎はどちらがはっきりと見えていますか?」
と尋ねられたので、私は正直に、
「赤です」
と答えた。あとから人に聞いた話によれば、赤い◎がはっきりと見えているのは、乱視の影響が出ている状態なのだそうだ。私は、指示された位置の視力検査のマークを次々に読み上げると、視力検査は思いの外、早く終わった。どうやらこれで私のコンタクトレンズの度数が決定したようである。

 「ひとまず先生に眼のカーブを見てもらいますので、こちらにお越しください」
と案内され、私は眼科医の診察を待った。黒いカーテンだけで覆われた診察室の前の椅子に座っていると、直前の患者さんの診察内容が筒抜けで聞こえて来た。これでは、個人情報も何もあったもんじゃないと私は思った。

 いよいよ私の苗字が呼ばれ、私は診察室の中に入った。そこで、眼科医の診察を受けたのだが、何を思ったのか眼科医は、テスト用のレンズを装着している私の眼を簡単に検査して、
「傷もなくきれいですよ」
とおっしゃったのだ。その時点で、私は、
「この眼科はどこかおかしい」
と思ってしまったのである。私は新規の患者であり、テスト用のレンズを装着しているのだ。だから、眼科医はおそらくレンズを装着したときの眼のカーブを確認すべきなのではないだろうか。それなのに眼科医は、これまでお世話になった他の眼科医とは比べ物にならないくらいのスピードで診察を終え、さきほど書いたような言葉を放ったのだ。果たして、私がこれから購入しようとしているレンズのカーブと私の眼のカーブは一致しているのだろうか? 不安を覚えながらも、コンタクトレンズの価格が安いということはこういうものなのかもしれないと思い直し、黙っていた。

 眼科医から、特に問題はないとの診断が下されたので、若い検査技師の女性に私の度数のレンズの在庫を確認してもらったところ、在庫が確認できたため、私はT社の新しいレンズを持ち帰りできることになった。私が携帯電話の画面メモに保存しておいた割引券を提示すると、レンズは両眼で千円引きになった。ひとまず眼科の診察料金を支払ったあと、すぐ隣にあるコンタクトレンズ販売店で念願のコンタクトレンズを受け取った。私は直ちにそのレンズを装着した。新しいレンズを着けて、これまでのゴロゴロ感から解放された私は、すがすがしい気持ちでコンタクトレンズ販売店をあとにした。

 ところが、一歩外に出た途端、遠くが見えにくいことに気が付いてしまった。これまで装着していたレンズとは、明らかに見え方が異なっているのである。はっきり言って、遠くがぼやけていて見え辛い。道路を走る車のナンバープレートも、ぼやけてしまって良く見えない。これまでのコンタクトレンズでは、同じ距離からはっきりと見えていたはずだった。これでは、自分に縁(ゆかり)のある人たちの誕生日を示すナンバープレートを探し出す楽しみがなくなってしまう。

 私はすぐにガンモに電話を掛けた。コンタクトレンズを購入したが、遠くが見え辛いことを話して聞かせると、ガンモは、
「すぐに変えてもらえー」
と言った。意を決した私は電話を切り、再びコンタクトレンズ販売店へと向かったのである。

 受付で事情を話すと、すぐに検査室に通してもらえた。そして、さきほどと同じ若い検査技師の女性が対応してくださった。
「遠くが良く見えないんです。これまで着けていたコンタクトレンズとは明らかに見え方が違っています」
と言うと、若い検査技師の女性は、再び私の視力検査を始めてくださった。

 先月、健康診断を受けたときに、コンタクトレンズを装着したままの視力は一.五だった。さきほど、レンズの度数を確定させたときに、私がそのことを告げると、彼女は、
「一.五は見え過ぎではないでしょうかねえ。うちではたいてい、一.〇から一.二に合わせているんですよ」
とおっしゃった。それではあまりにも見えなくなってしまうので、私は無理を言って、一.五まで見えるように矯正してもらったはずなのだ。それなのに、私がまだ良く見えないと訴えるので、若い検査技師の女性は、私の度数の調整に四苦八苦している様子だった。

 度重なる調整の結果、右目と左目の度数をそれぞれ一段階上げてもらった。新しいレンズの度数が決まり、在庫を確認してもらうと、新しい度数のレンズは持ち帰りできる状態にあることがわかった。私は新しい度数のレンズを装着し、
「はい、これでいいです」
と言った。こうしてめでたく元のレンズとの交換が成り立ったわけである。

 ところが、もう一度外に出てみると、やはり遠くがぼやけてしまって良く見えない。これは困った。しかし、さきほどレンズを交換してもらったばかりなので、一日に何度も足を運ぶのは気が引ける。おまけに、このあとホットヨガのレッスンも控えていた。それに、来週も大阪に出掛けて来る予定があったので、来週、もう一度このコンタクトレンズ販売店を訪れ、もっと良く見えるレンズに交換してもらうことに決めたのである。

 コンタクトレンズの値段は、患者にレンズをフィットさせる技術や丁寧さ、根気強さに比例していることがわかった。コンタクトレンズは長く使うものだから、安易に価格の安いレンズに飛びつくものではない。私は、これまでお世話になっていた三宮のコンタクトレンズ販売店の検査技師の方の丁寧な対応を懐かしく思い出していた。コンタクトレンズの値段が三千円ほど高くても、これからは気持ちのいい検査技師さんのいるお店を選びたいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 前編では、田舎と都会の比較させていただきましたが、後編では、検査技師の方の対応の違いについて比較させていただきました。私が通っていた三宮のコンタクトレンズ販売店では、古いレンズにもちゃんと目を向けて、古いレンズがこれ以上使えないということを判断してから、新しいレンズの購入に向けて検査を始めます。しかし、今回、訪れたコンタクトレンズ販売店では、古いレンズには見向きもせず、最初からお払い箱でした。三宮では、温故知新の格言が生かされていたわけです。ここまで対応に違いが出るとなると、レンズそのものの値段ではなく、人件費が反映されていると言っても過言ではないのかもしれませんね。また、あまりにも価格が安いと、プライドを持って仕事ができなくなってしまうのかもしれませんね。足を踏み入れた瞬間から、自分が歓迎されていないことがわかってしまうようなお店は、どこか一癖ありそうな気がします。

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2008.06.15

コンタクトレンズ購入奮闘記(前編)

不勉強なTOEICの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 性懲りもなく、またまた二ヵ月後、更には四ヶ月後のTOEICまで申し込んでしまいました。英語学習のための時間をなかなか割けないというのもありますが、どうも英語学習方法自体、行き詰っているようにも思えます。そろそろ新しい価値観が必要な時期なのかもしれません。

 小さい頃から近視と付き合っていた私は、小学生の頃から眼鏡をかけ始めた。男子生徒から、「メガネザル」と呼ばれていたことは言うまでもない。私は、「メガネザル」と呼ばれる度に目くじらを立て、私を「メガネザル」呼ばわりした男子生徒たちを追い掛け回すおてんばだった。

 眼鏡からコンタクトレンズに変えたのは、確か高校一年のときだった。おそらく恋をしたことがきっかけで、メガネザルを卒業したくなったのだ。初めて眼科でコンタクトレンズを装着したとき、私は目に異物が入ったことが気持ち悪くて、あろうことか、診察中に気を失ってしまった。慌てた眼科医は、直ちに私に酸素呼吸を施した。なかなか気難しい眼科医だったようで、当時、一緒に診察に付き添ってくれていた母は、私が気を失ったことに対し、眼科医が明らかに不機嫌な態度を示したのを感じ取ったという。

 眼科医を不機嫌にさせてしまうほどの状況に陥りながらも、田舎で生まれ育った私には、他にコンタクトレンズを処方してくださる眼科医を見つけることができなかったため、日を改めて再びその眼科を訪れた。そして、今度は気を失うことなく、念願のコンタクトレンズを手に入れることができたのである。今からおよそ二十七年前の出来事だが、当時のコンタクトレンズの価格は一枚およそ一万円だったと記憶している。すなわち、両眼で二万円の出費だった。

 高校を卒業したあと、私は進学のためにいったん広島に住むようになった。しかし、進学した広島の大学へは、わずか二ヶ月で休学届を提出し、予備校に通い始めた。そして、翌年に再受験し、東京(正確には神奈川)の大学へと再入学したのである。

 東京で生活を始めた私は、
「東京はコンタクトレンズが安い!」
ということを身を持って体験することになる。確か、高校時代に気を失った眼科で購入したコンタクトレンズは、定価売りだった。しかし、東京では、コンタクトレンズが何十パーセントも割引きされて販売されている。まるでコンタクトレンズの定価など、あってないようなものである。コンタクトレンズ販売店同士の競争も激しいのか、街角では、首都圏の路線図などが印刷されたコンタクトレンズ販売店のチラシが配布されていた。

 結婚して兵庫県に移り住むようになると、私は三宮にあるコンタクトレンズ販売店でコンタクトレンズを購入するようになった。東京ほど大安売りではないものの、定価よりも三割程度は値引きされていたようである。コンタクトレンズの点検に行くと、検査技師の方がレンズの汚れに気付き、正しい方法でレンズを根気強く洗浄してくださり、レンズの汚れをきれいに取ってくださったことがあった。どうやらその汚れは、私がレンズを丁寧に洗浄しなかったことにより付着したものらしかった。商売っ気のあるコンタクトレンズ販売店ならば、洗浄などせずにすぐに新しいコンタクトレンズを薦めることだろう。しかし、その販売店は決してそうではなかったのだ。

 ここのところ、使用しているコンタクトレンズにずっとゴロゴロ感があった。考えてみると、前回、コンタクトレンズを購入してからおそらく三年以上は経過している。そのため、コンタクトレンズもとうとう寿命を迎えたのだろう。できれば新しいコンタクトレンズを購入したい。しかし、なかなか時間が取れない。そこで私は、大阪(梅田)でTOEICを受験したことをきっかけに、大阪でコンタクトレンズを購入しようと考え、インターネットで格安コンタクトレンズを扱う販売店を探し当てたのだった。販売価格を見てみると、これまでお世話になっていた三宮のコンタクトレンズ販売店よりもずいぶん価格が安いようである。

 そのコンタクトレンズ販売店では、インターネットから情報を得て来店した人のために、割引券が用意されていた。その割引券を印刷して提示するか、携帯電話からアクセスして画面メモに保存して提示すると、レンズ一枚につき五百円の割引きが受けられるという。私は、その割引券を携帯電話に保存して出掛けた。

 奇しくもそのコンタクトレンズ販売店は、観たい映画を上映している映画館のすぐ側にあった。しかも、TOEICの受験会場からも、ホットヨガ梅田店からも一本道で移動できる場所にあった。コンタクトレンズを購入したあとは、ホットヨガのレッスンを受けて、映画を鑑賞する予定だったので、あまりにも好都合な展開に喜びさえ感じていたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 長くなってしまいますので、申し訳ありませんが、記事を二回に分けて書かせていただきます。次回の記事は、できるだけ早く更新させていただきますね。田舎は競争がないために、コンタクトレンズがひどく高価なのでしょう。現在もなお、ほぼ定価で売られているとしたら、恐ろしい価格です。ちなみに、私が購入しているハードコンタクトレンズのメーカー希望小売価格は、一枚二万五千円以上となっています。二枚購入すると、五万円以上かかります。恐ろしく高価ですよね。しかし、だからと言って、あまりにも競争があり過ぎるのもかえって考え物かもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.06.14

不勉強なTOEIC

映画『痛いほどきみが好きなのに』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 記事をアップしたあと、この映画をご覧になった他の方たちがどのように感じられたのかを、映画のレビューサイトで拝見しました。その中に、サラの気持ちを検証されている書き込みがありました。記事の中では触れませんでしたが、実はサラには、過去の恋愛で深く傷ついたという経験があったのです。そのことが、彼女を恋愛に依存しない自立した女性へと導いているのではないかという解釈があり、なるほど、と思いました。でも、もし本当にそうだとすると、サラの取った行動は本当の意味での自立ではなく、愛を失ってしまうことへの防御であるように思いました。恋愛に対して自分自身のすべてを預け切れないために、先回りをして、自分が傷つかないようにコントロールしていたことになると思うからです。

 二ヶ月周期で偶数月に受けているTOEICの試験のため、私は朝から大阪に出掛けて行った。派遣会社の主催するTOEICのIPテストが前回と同じ大阪(梅田)の貸し会議室で行われるのだ。前回の試験のときに、貸し会議室内の冷房がキンキンに効いていて、かなり寒い思いをしたので、私は半袖Tシャツで出掛けたものの、レッグウォーマーやらショールやらを会場に持ち込んでいた。私の場合、レッグウォーマーは両足に着けるのではなく、両手に着けて、半袖Tシャツを長袖Tシャツに変身させてしまうのである。

 二ヶ月振りのTOEICの試験というのに、諸事情により、今回はほとんど学習できていなかった。購入している英語教材CDも、特定のレッスンで止まったまま、同じトラックを何度も何度も繰り返し聞いていた。この時期は、英語学習よりも、他に為すべきことがあまりにも多過ぎた。それでも、せっかく申し込んでおいたのだから、自分の素の実力を知るために、大胆にも試験に挑んだというわけである。

 会場に着いてみると、既に四十名ほどの人たちが着席していた。受付で受験票を見せると、受付の方に、
「四十一番の席にお座りください」
と案内された。定員は五十名のはずなので、私の他にはあと十名足らずの参加ということになる。

 着席してしばらく経つと、前回よりは多少、暖かく感じられるものの、やはり私には冷房がきつ過ぎると感じた。私は、用意しておいたレッグウォーマーを両手に着けて、肩からはショールを掛けて、ひざの上にはもう一枚のショールを掛けた。それらの防御により、上から降り注いで来る冷風は何とかしのいだが、下に溜まった冷たい空気が私の足元を継続的に冷やし続けていた。私は我慢できずに、試験官(試験管ではない)に申し出た。
「あの、寒いので、冷房を緩めてもらえませんか?」
すると、長袖のスーツを着込んだ試験官は、私が寒さをしのぐためにある程度の防御を施しているのを確認すると、
「それなりに着込んでいらっしゃいますよね。わかりました。少し冷房を緩めてもらうようにビルの管理の方にお願いしておきますね」
と言ってくださった。

 ほどなくして、冷房が弱まったのがわかった。試験官が再び私のところにやって来て、
「さきほど冷房を緩めてもらいましたので」
と報告してくださった。私は試験官に、
「ありがとうございました。助かります」
とお礼を言った。

 前回、初めてこの貸会議室でTOEICの試験を受けたわけだが、そのときは冷房が効き過ぎていることを試験官になかなか言い出すことができずにストレスを感じてしまった。しかし、他の受験者の方が試験官に冷房を緩めて欲しいと申し出てくださったおかげで命拾いしたのだ。ちなみに、前回の開催は四月だったので、まだまだ長袖を着ている人が多かったが、今回はもう六月なので、中にはノースリーブのワンピースを着て受験している方もいらっしゃった。その方が、あのきつい冷房でほとんど寒がっていなかったということが、私にはとても不思議に思えた。自律神経の元気な人は、多少寒くても、自分自身で体温調節ができるのだろう。

 さて、試験の本番は、しばらく英語学習から離れてしまっていたため、お察しの通りである。もしかすると、過去最低スコアを更新してしまったかもしれない。それはまあ、よしとすることにしよう。落ちるところまで落ちてしまうと、自分の弱点も見えて来るはずだ。やはり私はリスニングが弱い。リーディングに関しても、集中力がないためにてきぱきと問題を解き進めることができない。私の課題は、リスニング能力を養うことと、集中力を高めることだ。

 試験が終わり、会場内を見渡して驚いた。何と、外人さんがいらっしゃるのである。その外人さんは、三十代くらいの男性だった。外人さんが、私と同じ派遣会社で働いている(あるいは、スタッフ登録されているだけかもしれない)ことも驚きだったが、TOEICの試験を受けているというのももっと驚きだった。日本への滞在期間が長くなり、ご自分の英語能力を試そうとしていらっしゃるのだろうか。それとも、英語圏以外のご出身なのだろうか。TOEICの問題自体はすべて英語で記載されているが、解答用紙の記入方法を記した説明書などは、すべて日本語で書かれている。当然、試験官の案内もすべて日本語である。ということは、日本語が達者な外人さんで、漢字も難なく読めるのだろう。

 貸し会議室をあとにして、仕事の待機要員のために自宅にいるガンモに電話を掛けてみると、珍しく、試験の様子を聞かれなかった。いつものガンモならば、
「できたか?」
と真っ先に尋ねてくれるはずなのだ。ガンモは、
「東北地方で大きな地震があったみたいだよ」
と言う。ガンモの話では、二年前に出掛けたくりはら田園鉄道の周辺で大きな被害が出ているそうだ。
「地震の規模は大きいの?」
と尋ねると、
「震度六くらいだって」
とガンモが言う。私は、東北地方に住んでいる人たちのことを思い浮かべた。そして、大丈夫、きっと大丈夫。そう、自分に言い聞かせた。

 その後、ガンモとしばらく地震の話をして、普通に電話を切る雰囲気になった。私は慌てて、
「ねえ、ガンモ。何で私のTOEICの様子を聞かないの?」
と尋ねてみた。すると、ガンモは、
「だって勉強してないんだから、できるわけないだろ?」
と言った。確かにその通りだった。
「そうだね。じゃあ、私はこれからコンタクトレンズを作りに行って来るよ」
私はそう言って電話を切り、次なる目的地となるコンタクトレンズ販売店へと向かったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 宮城・岩手にお住まいの皆さん、地震による被害へのお見舞い申し上げます。まだまだ余震の心配もあるようですが、十分ご注意くださいね。自然に対しては受身になるしかないので、不安も大きいと思います。でも、不謹慎な言い方かもしれませんが、例えどんな状況に陥ったとしても、私たちは決して失うばかりではありません。嵐が過ぎ去ってしまえば、こうした究極的な状況を通じて感じた一体感を懐かしく思うことさえあると思うのです。

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2008.06.13

映画『痛いほどきみが好きなのに』

気持ちだけパリ!の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私がパリでかけたパーマは、ちょうどミュージカル『アニー』の主人公のような髪型でした。思えば、その頃は会社員をしていたんですよね。そのような髪型で出勤しても受け入れてもらえたのですから、いい会社だったと思います。(笑)さて今回は、I医師の診察のあとで鑑賞した二つ目の映画のレビューを書かせていただくことにします。

 この映画を観ようと思ったのは、『痛いほどきみが好きなのに』という切ないタイトルに強く魅かれたからだ。果たしてどのような映画なのか、映画の紹介サイトで調べてみたところ、どうやら互いに深く愛し合っているはずなのに、相手のことが良くわからずにひどく悩み続けてしまう映画らしい。愛し合う男女といえども、すべての価値観においてまったく同じというわけではない。価値観の異なる相手が、社会的な付き合いだけで済む存在ならば、できるだけ関わらないようにしてしまえば済むことだが、この映画の場合、相手はもっとも身近で愛を交し合うべき存在である。悩みを抱え込んでしまうのも無理はないだろう。

 この映画は、俳優イーサン・ホークの体験に基づいた小説をイーサン・ホーク自身が監督をつとめた作品である。映画の中には、イーサン・ホーク自身も主人公の父親役として登場している。

 さて、簡単なストーリーだが、若手俳優のウィリアムとシンガーソングライターの卵であるサラが出会い、互いに恋に落ちる。しかし、ストレートな愛情表現をするウィリアムに対し、サラはいつも冷静で、ウィリアムのようにこの恋にのめりこむことはない。また、二十歳のウィリアムは、恋人ができればセックスをしたくてたまらない。それなのに、サラはウィリアムの要求をじらし続ける。次第にウィリアムは、自分が本当にサラに愛されているのかどうかがわからなくなってしまう。「愛している」気持ちは互いに一致していても、外見えの行動がまったく異なっているのである。そんな、どこかツインソウル的な愛の展開に、私は思わずくすっと笑ってしまうのだった。

 やがてウィリアムは、メキシコで行われる撮影旅行にサラを誘う。そこでようやくウィリアムとサラは肉体的に結ばれる。ひとたび肉体的な繋がりができると、二人はモーテルのような一室で一週間を共に過ごし、一日のうちに何度も何度も愛し合う。部屋の中じゅう、セックスの匂いが立ち込めていたという。私はその表現をとても好ましく思った。欲望にまみれたアダルトビデオなどによるセックスの映像は、比較的容易に私たちの手の届くところに存在しているが、本当に愛し合う男女のセックスが描かれた映画は数少なく、わざわざ見つけ出すとなると困難である。つまり私たちは、本当に愛し合う男女のセックスが描かれた作品を鑑賞する機会にはなかなか恵まれない状況にある。だからこそ、そうした機会に恵まれたならば、欲望ではなく、真剣に愛を交し合っている男女の美しい姿をしっかりと目に焼き付けておくべきなのだ。

 サラは独自の世界を持ち、自立を目指している。ウィリアムと過ごす時間も大切だが、自分の時間も大切にしたい。ウィリアムと肉体的な絆ができたサラは、次第に自立へと傾き始める。ウィリアムは、それが不安でたまらない。サラに対るす溢れ出さんばかりの愛情を常に表現し続けたいウィリアムと、ウィリアムとの基盤が整うと、自分自身の目的を達成することにエネルギーを費やし始めるサラ。こうして客観的に映画として鑑賞していると、ツインソウル的に擦れ違っている二人の気持ちが痛いほど良くわかる。ウィリアムは、常に目に見える方法でサラに愛を表現して欲しい。一方、サラは、基盤が整ったことで安心し、その基盤の上に自分を築き上げたい。サラが自分の道を行きたがったのは、ウィリアムとの信頼関係が出来上がったからこそだったのだ。ウィリアムにとっては、サラの愛情が以前よりも衰えてしまったかのように映って見えたかもしれないが、実際は、サラのウィリアムへの愛情はちっとも衰えていなかったのかもしれない。

 与える人は、自分自身も受け取ることで安心する。しかし、与えられることに慣れた人は、自分自身が与えることを忘れてしまう。ウィリアムが持っているのは縦に伸びるエネルギーで、サラが持っているの横に伸びるエネルギーだった。両者は接点でしか交わることができない。まさしくツインソウル的な愛である。それなのにウィリアムは接点ではなく、面の付き合いをサラに求めた。

 二人の愛の頂点を極めたかのように思えたメキシコでの一週間が、その後の二人の人生を大きく変えてしまった。精神も肉体もたくさん重ね合って、互いを感じ合ったはずなのに、まだまだ足りなかった。ツインソウルの愛は、互いに大きな信頼を得たあと、相手の自由意思を尊重できるかどうかで道が二手に分かれる。別れを決めたあとも、サラを引きずり続けるウィリアムの姿がとても痛々しい。ウィリアムにしてみれば、「あれほど深く愛し合ったのに何故?」という気持ちでいっぱいなのだろう。だから、プライドなんて一切省みずに、サラに積極的なアプローチを繰り返す。それに対し、頑なに自分の立場を守り抜こうとするサラ。愛し合っているはずの二人があれよあれよという間に擦れ違って行く様が、まさしくタイトル通りに描かれた切ない映画だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画に描かれているのは、愛情表現に差がある男女の愛の典型だと思いますす。私はどちらかと言うと、ウィリアム寄りの人間ですので、鑑賞中もウィリアムの言動にうなずき、彼を応援していました。この映画を観て、ひとたび愛の信頼を築き上げたならば、例えどんな状況に陥ったとしても、相手の愛を疑ったりしてはいけないと痛感しました。楽しかった日々までも、否定してしまってはいけませんよね。それができなければ、信頼と同時に、愛する相手をも失ってしまうことになるのですね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.06.12

気持ちだけパリ!

映画『譜めくりの女』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m こういう静かな心理描写の行き届いた作品は、鑑賞する側としても、心に残るものが多いですね。ちなみに、私は普段から感情を押し殺せないタイプですので、むしろメラニーのように感情をすぐに具現化せずに溜め込む行為を見習ったほうがいいのかもしれません。おそらく、メラニーと私を足して二で割ってしまえば、偏りのないキャラクターが誕生するだろうと思います。(笑)

 仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモが開口一番で私に尋ねた。
「動脈を縛るUAEの手術を受けるの? もしも間違えて、他のところが塞がったどうるすの? 怖い」
仕事が休みだったガンモは、ネットサーフィンをしながら、子宮筋腫の手術についていろいろ調べていたようだ。私は、
「UAEを選択するかどうかはまだわからないよ。でも、もし手術するとしたら、現時点では、開腹による子宮全摘手術を選択しようと思ってる」
と答えた。それに対し、ガンモはやはり、
「怖い」
と言った。我が家では、手術を怖がっているのはガンモだけではないのだ。

 「でもさ、開腹手術を受けるんだったら、自己血輸血するんだろ? 何百CCも採るらしいよ」
とガンモは、インターネットで調べた情報を私に聞かせた。確か、直径十二センチの彼女が開腹による筋腫核手術(筋腫だけを取り出す手術)を受けたとき、見ず知らずの人からの輸血だと心配なので、手術に備えて自分の血液を取っておいて輸血してもらったそうだ。
「うん、そうらしいね。でも、どうしよう。健康診断の採血でさえも怖いのに、一回に何百CCもの採血は絶対に無理だなあ。全身麻酔も怖いけど、採血も怖い」
と私は言った。

 「開腹手術を受けるにしても、次に病院に行くのは夏休み前なんだろ? だとしたら、その間に自己血輸血のための準備もしないわけだし、夏休みに即手術ってわけにもいかないだろ。それなら、夏休みは旅行に行くか? パリ♪」
いきなりガンモが突拍子もないことを言い出した。
「は? このお腹で長時間、飛行機に乗るの? 絶対、嫌だ!」
私は断固として反対した。

 去年の夏休みを涼しいロンドンで過ごした私たちは、次回はパリに出掛けて行こうと話をしていたのだった。しかし、先月、あんなことがあったばっかりでなく、私の筋腫も大きくなっている。ガンモは一体何を考えているのだろう。

 しかしガンモは、パリへの想いを着実にふくらませているようだ。
「映画『アメリ』の撮影に使われたカフェにも行かなきゃいけないし、証明写真も撮らなきゃいけないし・・・・・・」
映画『アメリ』の中には、パリのどこかの駅に設置されている証明写真撮影機が頻繁に登場する。ガンモはその駅を探し出し、そこに設置されている証明写真撮影機で証明写真を撮るのだと言う。

 そんなことを言われると、私だって暑い夏を涼しいヨーロッパで過ごしたい。去年の夏に出掛けたロンドンは、少々肌寒いくらいの気候だった。しかし私たちは、今後一年くらいは海外旅行を自粛すべき状況なのではないのだろうか。それに、私自身も片道十数時間も飛行機に揺られる自信がない。

 ガンモは、
「俺の分だけなら、ヨーロッパを往復できるくらいのマイルは溜まってるよ」
と言う。
「え? そのマイルって、ガンモだけのマイル?」
と尋ねてみると、ガンモは、
「いや、みんなのマイル」
と答えた。「みんな」と言っても、家族は私たち二人だけなのである。ガンモは更に、
「でも、マイルを使えるような便は限定されるんだけどね」
と付け加えた。

 本当に出掛けて行くつもりなのかどうか知らないが、去年もそうだったように、ガンモは毎晩、夜寝る前にパリのガイドブックを真剣に眺めている。以前も書いたが、私は独身の頃、ツアーでヨーロッパ五カ国を回っている。これまた何度も書くようだが、そのときのパリでの自由行動時間にシャンゼリゼ通りの美容院でパーマをかけたのだ。パリに入ったときの私の髪型はソバージュだったので、ストレートパーマをかけたいと思っていた。お店に入り、「ストレートパーマにしてください」とフランス語でお願いしたつもりだったのに、どういうわけか次々にロットを巻かれ始めてしまった。日本でストレートパーマをかけるときは、鉄の板のようなもので引き伸ばして行くのだが、パリでは事情が違うのかと思い、私は何も言わず、されるがままにしていたのだ。その結果、出来上がりは黒人歌手のようなカーリーヘアになってしまった。私は帰国したあと、そのまま仕事に行った。もちろん、同じツアーに参加していた人たちをも含め、職場の人たちもみんな、私の突然のカーリーヘアに驚いていた。それからは、パーマをかけたくなると、
「パーマをかけにパリに行かなくちゃ」
というのが私の口癖になっていた。

 「私も、パリにパーマをかけに行きたい気持ちはあるけどね」
と私はガンモに言った。しかし、果たしてこの状況でどうなるのだろう。ガンモは、
「人間、いつ何があるかわからないんだから、思い立ったときに行動しておかないと、後悔することになるから」
と言う。

 私たちの夏休みはいつも、自分の都合で夏休みを取ることのできるガンモが、私の職場の夏休みに合わせてくれている。
「来年からは、仕事の都合で夏休みを取る自由度が下がるかもしれない。だから、今年が最後のチャンスなんだよ」
ガンモは寂しそうにそう言っていた。

 毎日を一生懸命に生きていると、一つの状態に留まる時間が短くなる。確かに私たちは、いつまでも同じところに留まることはできない。しかし、そうだとしても、今年の夏休みくらいは地味な休日を過ごしてもいいのではないだろうか。これから先、私がガンモに流されるか、ガンモが私に流されるか。それは今後のお楽しみである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 夏休みに手術をしないのならと、ガンモが突拍子もないことを言い始めました。自己血輸血という新たな難関を乗り越えて、全身麻酔の開腹手術に対して夏休みまでに積極的に動くというところまでは、まだまだ決意が固まっていません。ただ、思うのは、私たちの中には常に相反する二つの気持ちが共存し、時と場合によって、表面に出て来る気持ちが異なって来るということです。私自身の中にも、パリに行きたい気持ちはあります。しかし、今の私たちはそういう状況ではないと思うのですね。ガンモも私と同じ気持ちだとは思うのですが、ガンモは時として妙に割り切った行動を取り、後悔することがあるのです。今回もそのパターンかもしれません。

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2008.06.11

映画『譜めくりの女』

生まれながらのおじゅっさんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私たちはガンモの実家に一泊したあと、月曜日にフェリーではなく陸路を走って帰宅しました。この時期、いつも利用しているフェリーはメンテナンスを行っているため、便数が少なくなっているのです。平日だったからか、高速道路もずいぶん空いていて、四時間足らずで自宅に辿り着きました。陸路を走れば、ちょうどフェリーに乗っているくらいの時間で移動できてしまうわけですが、同じ移動するにしても、フェリーの中でノートパソコンを広げてのんびり過ごすのと、高速道路をびゅんびゅん走りながら緊張が解けないでいるのとでは、気持ちが全然違いますね。人間、高速で移動するのは向いていないということでしょうか。(笑)さて今回は、I医師の診察のあとで鑑賞した一つ目の映画のレビューを書かせていただくことにします。

 「譜めくりの女」という奇妙なタイトルの付いたこのフランス映画を、私は予告編を観たときから気に掛けていた。何故なら、「譜めくりの女」を演じている若い女性が感情を読み取れないほど無機質な表情をしていたからだ。

 実際に鑑賞してみてわかったことだが、「譜めくり」とは、演奏会のときに両手の塞がっているピアニストのために楽譜のページめくりをする人のことを言う。この映画の中ではピアニストのための譜めくりだったが、決してピアニストの演奏だけを手助けする人のことではない。当然のことながら、譜めくりをする人は楽譜を正確に読めなければならない。この映画に登場する人気ピアニスト、アリアーヌの譜めくりを担当している若い女性メラニーは、何年か前に行われたピアノの実技試験中に、審査員をつとめていたアリアーヌの無神経な態度が原因でミスを犯し、ピアニストへの夢が絶たれてしまったのである。そんなメラニーが、アリアーヌの息子の子守役としてアリアーヌの家に住み込むようになる。そして、アリアーヌの譜めくりまで担当するようになり、ついにはアリアーヌにとってかけがえのない存在になるという話だ。そう、この映画は、最初からどこか復讐めいた雰囲気が漂っていて、鑑賞する私たちに絶えず緊張感を与える展開となっている。

 著名なピアニストを演じているのは、映画『地上5センチの恋心』で人気作家に恋をするデパート店員を演じていたカトリーヌ・フロだ。映画『地上5センチの恋心』では、コミカルで感情豊かなキャラクターを演じていたが、今回の役は人気ピアニストということで、隙がなく、威厳を保ったキャラクターを演じている。

 一方、ピアニストの夢を絶たれた若い女性メラニーを演じているのは、デボラ・フランソワという若手女優だ。映画を鑑賞した人たちは、彼女の無機質な演技に惹き付けられるだろう。彼女の行為を見守っていると、自分の感情を押し殺している状態というのは、ポジティヴな感情だけでなく、自分の中に眠るネガティヴな感情をも押し殺している状態であることがわかる。

 最初のうち、メラニーはアリアーヌの信頼を得るために、何ごともそつなくこなして行く。しかし、ひとたびアリアーヌの信頼が得られるや、メラニーの行為は次第にエスカレートして行き、ついにはアリアーヌを心理的に崖の上から突き落とすような行為を始めるのだ。そのため、私たちはいつの間にか、メラニーが次にアリアーヌに対して何をしでかすか、目が離せなくなっている。そうした意味で、この映画はとても繊細な心理ドラマであると言ってもいい。

 メラニーは、最後まで淡々と、とても静かに復讐を実行して行く。一人の若い女性が、幸せな家庭を崩壊させて行くのだ。そのあまりにも静かな展開に、私たち観客は鑑賞し終わったあとも、恐ろしい余韻を引きずることになる。感情を振り乱したにぎやかな映画よりも恐ろしい結末がそこに広がっているのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本当に恐ろしいことというのは、恐ろしいことを冷静に実行できる状態にあることなのかもしれません。もしもこの映画を途中から鑑賞した人がいたならば、メラニーがアリアーヌに対して好意を抱いていると錯覚してしまうと思ってしまうほど、メラニーの取った行動は完璧でした。この映画を鑑賞し終わると、感情を振り乱して騒ぐ人をもはや怖いとは思わなくなるかもしれません。何故なら、感情を振り乱して騒いでいる人は、自分自身の感情を最大限に表現することでやがて落ち着き、ネガティヴな感情をも解放することができると思うからです。しかし、メラニーのように感情を解放しない人は、長い間、ネガティヴな感情を温存し続けることになるのだと思います。メラニーのことなどすっかり忘れてしまっていたアリアーヌにとっても、何故このようなことが起こってしまったのか、きっと理解できないことでしょう。ネガティヴな感情を解放せずに持続させ、復讐を淡々と実行することができるということは、とても恐ろしいことだと実感しました。

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2008.06.10

生まれながらのおじゅっさん

小さなプロジェクトの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m せっかく築き上げた親しさが根底に隠れてしまうのは寂しいものです。しかし、今の状況では、感情をブロックしてしまう義父の気持ちも良くわかります。義父にとっても、私たちにとっても、今は基盤を整え直さなければならない時期のようであります。

 「おじゅっさん」とは、香川県や徳島県の方言で「お坊さん」のことを意味している。数年前にガンモの伯父が亡くなったとき、私は初めて「おじゅっさん」という言葉を耳にした。調べてみると、「おじゅっさん」は、「お住持(じゅうじ)さん」が訛(なま)ったものらしい。また、「おじゅっさん」という呼び方は、関西地方でも使われているそうだが、ネイティヴ関西人ではない私は知らなかった。

 ガンモの実家の宗派は浄土真宗である。一方、私の結婚前の宗派は真言宗だったので、真言宗で最も良く唱えられている「般若心経」をほぼ暗記していた。しかし、浄土真宗では「般若心経」は唱えない。そのため、せっかく覚えた「般若心経」は活躍の場がなかった。

 浄土真宗で最も良く唱えられているのは、「正信偈(しょうしんげ)」というお経である。私は、これまで親しみのなかった「正信偈」となかなか仲良くなることができかった。新しいお経を覚えるのではなく、せっかく覚えた「般若心経」を唱えたい気持ちが強かったのだと思う。

 しかし、在家勤行のための冊子に目を通しているうちに、「正信偈」に節が付けられていることを面白いと思うようになった。まるで楽譜のように、伸ばすところや下げるところなどの記号が詳細に書き込まれているのである。更に、インターネットで検索してみると、「正信偈」のMP3ファイルが公開されていたり、YouTubeに動画がアップロードされていることもわかった。ただし、浄土真宗にもいくつかの派があり、インターネット上にアップロードされているのは、ガンモの実家とは異なる派のものが多かった。それでも、雰囲気だけは掴めるので、「正信偈」がこれまでよりも少しずつ身近になって行ったのである。

 ところで、ガンモの実家には、お世話になっているおじゅっさんがいる。何と、年齢わずか二十六歳のおじゅっさんだ。初めてお目に掛かったとき、私は見た目だけで判断してしまい、こんなに若いおじゅっさんで大丈夫だろうかと、少し心配になったりもしたのだが、お経を唱える声を耳にした途端、彼は生まれながらのおじゅっさんだと実感した。例え年齢は若くても、声はおじゅさんそのものだったのだ。

 この度、用があって、ガンモと一緒にそのおじゅっさんのいらっしゃるお寺に足を運んだ。何の連絡もせずに出掛けて行ったところ、あいにく若いおじゅっさんはご不在だった。おじゅっさんのお母様と思われる方が対応してくださり、葬儀が入ってしまい、今は出掛けていると教えてくださった。おじゅっさんのお母様に、
「もうそろそろ帰って来る頃だとは思うんですが・・・・・・」
と言われ、ひとまず退散しようと玄関の扉を閉めて元来た道を歩き始めたところ、葬儀から帰宅されたばかりのおじゅっさんとご対面となった。

 お母様もすぐにそのことに気付かれたようで、私たちはいったん帰りかけていた足を再び玄関に向けて、お母様に案内されるがままに、靴を脱いで応接室へと足を踏み入れた。そこは、お寺のイメージとはうって変わって、とても近代的な雰囲気の漂う応接室だった。

 しばらくすると、おじゅっさんがノートパソコンのiBookを持参して応接室に入って来られた。さすが二十六歳。檀家の情報はすべてノートパソコンで管理されているらしい。

 実は、つい先日の某新聞に、そのおじゅっさんのインタビュー記事が掲載されているのを義弟が見せてくれていた。わずか二十六歳にしてお寺のご住職の仕事をこなしていることが記事になっていたのである。その記事によると、何でも大学時代、珍しいスポーツをされていたようである。奇しくも、おじゅっさんの通っていた大学が、私たちの自宅の近くにあるキリスト教系の大学だった。おじゅっさんがキリスト教系の大学に進学されたというのもおかしいのだが、私はその記事を拝見したときから、おじゅっさんに大学の話をしようと思い、チャンスを狙っていた。

 おじゅっさんとの会話の流れがふと途切れたとき、私が
「○○大学のご出身なんですよね?」
と持ち掛けると、これまで固かった場の雰囲気が一気に柔らかくなった。
「私たち、△△市に住んでるんです」
と言うと、それを聞いたおじゅっさんの顔がぱっと明るくなったのだ。そして、
「ああ、なるほど。さきほど、神戸ナンバーの車が外に停まっているので、不思議に思っていたんですよ。△△、いい街ですよねえ。大好きなんです」
と、ほころんだ顔でおっしゃった。

 私はおじゅっさんに、大学在学中にどの辺りに住んでいらっしゃったかを尋ねてみた。すると、おじゅっさんは、地元民が良く使うように、略称した地名で答えてくださった。おじゅっさんが住んでいたという場所は、私たちの最寄駅周辺ではないが、自転車でわずか十分程度のところである。おじゅっさんは、とにかく△△市が大好きなようで、私たちがそこの住民であることをとてもうらやましがっていた。私が、
「じゃあ、変わりますか?」
と冗談を言うと、
「変われるものなら変わりたいくらいです」
と笑いながらおっしゃっていた。

 帰り際に、大学在学中におじゅっさんがアルバイトをされていたという銭湯の話になった。おじゅっさんは、△△市の銭湯でアルバイトをして、そこでご飯を食べさせてもらっていたそうだ。銭湯の常連さんたちとも積極的にコミュニケーションを取っていらっしゃったようで、私がかつてその銭湯を利用したときは、サウナを利用されている常連さんたちが幅を利かせていて、新参者には敷居が高かったことを話すと、
「話しにくい場合は、僕のことをネタにしてくださってかまいませんよ」
とおっしゃってくださったのである。

 これまでお目に掛かったときは、特にお互いの接点もなく、プライベートな話を始めるまでには至らなかったのだが、こうしてほんの少しの接点を見つけて話を始めただけで、おじゅっさんという職業の顔が、二十六歳の青年の顔に変わって行くのはとても微笑ましかった。接点を見つければ、会話は広がる。それを身を持って体験した貴重な時間だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「おじゅっさん」と聞くと、手にお数珠を持って足を上げて踊っている人をイメージします。ちなみに、私たちがお世話になっているおじゅっさんは、大学卒業後、一般の企業にいったん入社されたそうですが、先代のおじいさまがご病気になられたことをきっかけに、仏門に入られたのだそうです。現在二十六歳ということからすると、おじゅさんになられてからまだわずかだと思われますが、記事の中にも書かせていただいた通り、声はおじゅっさんそのものであります。やはり、小さい頃からお経を聞きながら育って来られたからでしょうか。生まれながらのおじゅっさんのお話でありました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.06.09

小さなプロジェクト

逃げ場のない選択の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの応援クリックに、心より感謝致します。手術に関しては、まだまだ揺らぐ気持ちもありますし、時期と方法についても詰めて行かなければなりません。そのあたりのことは、またこちらでご報告させていただこうと思っています。それから、電子メールをいただいていますが、なかなかお返事が追いつかず、申し訳ありません。気長にお待ちくだされば幸いです。

 ホットヨガのレッスンI医師の診察を受けた土曜日、ガンモは早朝から仕事に出掛けて行った。そして、夕方にいったん帰宅して仮眠を取ると、今度は徹夜作業のために別の顧客のところに出掛けて行った。一方、私はと言うと、I医師の診察のあと、映画を二本観て帰宅し、徹夜作業のために出掛けて行くガンモを送り出した。ガンモはハードスケジュールをこなしていたが、決して仕事を一週間と一日休んだ皺寄せというわけではなく、顧客の都合でたまたまこのようなスケジュールが組まれることになったらしい。

 徹夜作業をこなしたガンモは、日曜日の朝六時過ぎに帰宅した。ガンモはいったん仮眠を取ったあと、今度は香川にあるガンモの実家に向かうべく、自家用車を神戸の港へと走らせた。そして私たちは午前十時半のフェリーに乗り込み、高松へと向かったのである。

 港に向かうために高速道路を走っているとき、一週間と一日の滞在となった前回の帰省と同じ道を走っているはずなのに、車に乗っているときの気持ちが前回とはまったく違うことに気が付いた。前回、ここを通ったときは不安でいっぱいだった。しかし今回は・・・・・・。

 寝不足だったガンモは、フェリーの中で暖かい毛布にくるまり、三時間近く眠った。ただ、冷房が効き過ぎていたため、ひどく寒かったようだ。

 今回の帰省は、義父のためというだけではない。メインは、小さなプロジェクトに参加することだった。これからおよそ一ヶ月に渡り、ガンモの実家で毎週日曜日に小さなプロジェクトを開催することになっているのである。そのプロジェクトには親戚の人たちも参加してくださるため、義弟がその準備を進めてくれていた。

 実家に足を踏み入れてみると、義弟が家をきれいに掃除して、プロジェクトの準備もすっかり整えてくれていた。義弟と義妹にお礼を言うと、義弟がほとんど一人でこなしてくれたのだそうだ。義弟にばかり負担を掛けて申し訳なく思いながらも、私たちは義弟に深く感謝した。

 義父は、前回とはかなり様子が違っていた。残念なことに、一週間と一日の滞在で築き上げた親しさは、根底にその形跡を残したまま、次第に失われつつあった。私には、義父が、自分が傷つかないように防御しているように見えた。親しさを築き上げてしまえば別れが辛い。そのために、義父は私たちからわざと遠ざかっているように思えたのだ。その証拠に、義父からは、
「もう帰るん?」
という言葉が何度も出て来た。私たちは義父を安心させるべく、
「今日は泊まりますよ」
と答えた。ガンモの実家に足を運んだのは日曜日だったが、私たちは二人とも、月曜日に休みを取っていたのだ。

 私は、何となく距離感ができてしまった義父と、これからどのように接して行けばいいのかわからずに、暗中模索していた。義父も私たちと同じ気持ちだったかどうかはわからないが、私には、義父の病院に一人で付き添ったときの義父との一体感が妙に懐かしく思い出されるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このような書き方は少々変かもしれませんが、ガンモの親戚の人たちと過ごす時間はとても楽しいのです。まったくの他人である私がガンモ家の嫁になり、親戚の人たちとほとんど会話するチャンスもなく、ここまで来ました。しかし、今回の一連の出来事により、親戚同士が一同に集まり、会話をするチャンスに恵まれると、これまで知らなかったお互いの一面が見えて来ます。現在の状況で「楽しい」などと書くと不謹慎かもしれませんが、私にはその新たな発見が、毎回、楽しいのです。

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2008.06.08

逃げ場のない選択

ホットヨガ(一〇六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実はレッスンのあと、神戸店のスタジオのすぐ隣にある映画館で、鑑賞したい映画のチケットを購入したのです。鑑賞するのは数時間先だったのですが、早めに購入しておけば、良い席で鑑賞できるのです。そのとき、顔見知りの映画館のスタッフの男性が私にあいさつをしてくださったのですが、ホットヨガのレッスンを終えたばかりの私は、顔から汗をダラダラと流していました。いつものことながら、身体は寒いのに、顔からは汗が噴き出しているのですよ。ちょっぴり恥ずかしかったです。(苦笑)

 ホットヨガのレッスンを終えてお昼ごはんを食べたあと、午後からはいつものようにずんずん歩き、I医師が午後から診察を担当してくださっている病院に向かい、I医師の診察を受けた。診察室に入るなり、I医師に、
「調子はどうですか?」
と聞かれたので、私は五月に生理が二回あったことと、一回目の生理の出血量が思いの外多かったことなどを話した。I医師は、生理の出血量が多かったことに反応し、
「筋腫が大きくなって来ている感じはありますか?」
と尋ねてくださった。私はそれに対し、
「はい、あります。以前は、周期によって筋腫が柔らかくなったり固くなったりしていましたが、最近はずっと大きくて固い感じが続いています」
と正直に答えた。そして、お腹に力が入らなくなってしまっていることを報告したあと、いったん寝転がると、甲羅を背にして仰向けになった亀のように、なかなか起き上がることができないことも付け加えた。

 二月にMRIの検査を受けたとき、私がI医師の元に持ち込んだ、去年の六月に撮影したMRIの検査結果よりも筋腫が若干成長していると診断された。I医師は、現在の私の状況から、二月にMRIの検査を受けたときよりも、私の筋腫が更に大きくなっていると判断されたようだ。
「エコーで診てみましょう」
とI医師がおっしゃったので、私はI医師の元で初めてエコーの検査を受けることになった。というのも、以前、I医師からは、私ほどの大きさになってしまうと、エコーでは正確な大きさを把握できないと言われていたからだ。確かに、以前の病院でも、エコーの検査を受けると、毎回誤差が出ていた。そして、その誤差に一喜一憂していたのも事実である。おそらく、I医師が私にエコーによる診断を推進したのは、二月にMRIの検査を受けたばかりであるため、筋腫のある程度の大きさの目安が把握できていたためだろうと思われる。

 施術台の上に仰向けになると、お腹にゼリーを塗られた。ほどなくして、I医師が真剣な表情で私の子宮のエコーを撮り始めた。
「縦方向に二十センチ、横方向に十五センチやね」
とI医師はおっしゃった。それは、筋腫により肥大してしまった私の子宮の大きさだろうと思われる。正常な子宮の大きさは、ニワトリの卵サイズ(長さ七センチ程度、厚さ三~四センチ程度)と言われているので、私の子宮が筋腫により、いかに肥大してしまっているかがわかる。私の子宮の大きさを知ったI医師は、
「薬で何とかしようとするのは、もう限界かもしれんね」
とおっしゃった。

 その後、再び診察室に戻り、私はI医師の話に耳を傾けた。I医師曰く、私の場合、既に大きな筋腫がおへその上のほうまで来ているので、あまり良くない状況らしい。これだけ筋腫が大きくなってしまえば、血栓ができることもあると言われた。更に、血栓ができるとなかなかやっかいなことになるとも付け加えられた。また、大きな筋腫は腎臓を圧迫するため、腎臓の機能に支障が出る場合があるとも言われた。実際、私は去年の健康診断で、尿淡白が出ていることを指摘されている。I医師に、トイレは近いかと尋ねられ、
「以前は一時間に一度くらいのペースでしたが、最近は一時間半から二時間に一度のペースです」
と答えると、
「やはり頻尿やね」
と言われた。

 ああ、私はついに逃げ場を失いつつある気がした。確かに私の筋腫は、以前よりも成長していると感じている。薄着の季節になり、人々の視線は、筋腫で大きくなった私のお腹に注がれている。相変わらず集中力はない。最近は、座ることにも違和感を覚える。心臓は胸にあるのに、私だけ、ほとんど機能しない心臓が子宮にどっしりと収まっているかのように思えた。

 I医師は、有無を言わさず手術の段取りについて説明を始めた。ここまで来れば、もはや手術以外の選択の余地はなさそうだった。I医師曰く、腹腔鏡を使った子宮全摘手術を希望するのであれば、私の場合、予めお腹の脂肪を取っておく必要があるのだそうだ。腹腔鏡を使った手術への決意が固まれば、お腹の脂肪を取る薬も処方してくださるという。更に、私には出産経験がないので、開腹せずに筋腫を膣から摘出するためには、ホルモン療法の注射で筋腫を小さくしてから手術に臨むことになるのだそうだ。注射は手術の数ヶ月前から行うため、そろそろ注射の段取りも決めなければならないとI医師はおっしゃった。他の選択肢としては、私の場合、子宮動脈塞栓術(UAE)が有効かもしれないとI医師はおっしゃった。UAEとは、簡単に言えば、動脈内に細い管を入れて、筋腫に栄養が行き届かないように閉塞させてしまう手術である。そのことにより、筋腫が壊死組織に変わるため、次第に収縮して行くそうだ。UAEは保険が適用されない手術だと聞いているが、UAEを選択肢に挙げるならば、四十万円程度で手術できるところをご紹介してくださるという。ただし、筋腫に繋がる動脈だけでなく、卵巣に繋がる動脈も塞ぐ必要が出て来るケースも多いという。

 私は、あれよあれよという展開に驚いてしまった。今回の診察では、I医師が完全に主導権を握っていた。つい先日までのI医師は、大きな症状がなく、手術を望まないのであれば、無理に手術をする必要はないとおっしゃっていたはずなのだ。しかし、もはや私の状況は、I医師の許容範囲を超えてしまいそうな状況に陥っているらしい。私は、これまでのI医師とは違う雰囲気を感じ取っていた。

 とは言うものの、手術と言われても、すぐには決心がつかないものである。私は、そのことをI医師に正直に伝えた。その結果、手術をするかどうかの結論は次回への持ち越しとし、それまでの繋ぎとして、I医師はいつものように、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)と鉄剤を処方してくださった。ちなみに、次回の診察は私の夏休みに当たってしまうため、およそ一ヶ月半後となった。それまでに手術の決断を下さなければならないのだ。

 これまでにも別の複数の医師から同じような診断を下されてはいたものの、私は毎回納得が行かず、抵抗し続けて来た。しかし、信頼するI医師に手術が必要と診断されたことは、私にとって、最後通告のようなものだった。信頼するI医師に手術が必要と診断されたのだからと、心の中では私も納得していた。もちろん、ここ最近の自分自身の状況も考慮してのことだった。そして私は初めて、手術に対して前向きに考えることができるようになった。手術を受ければ、今よりも身体が楽になるかもしれないという希望もあったからだ。

 ガンモにこのことを報告すると、I医師のことを良く知らないガンモは、全身麻酔の恐ろしさを語った。確かに私も全身麻酔は恐ろしい。もしかしたら、そのまま目を覚まさないかもしれない。しかし、そうした恐怖と引き換えに、私は別のものを手に入れられるかもしれない。ここ数年のエネルギー不足からも解放され、集中力も取り戻せるかもしれない。ホットヨガのレッスンのときも、前屈のポーズを取るのが楽になるかもしれない。お腹を使ったポーズも楽に取れるようになるかもしれない。こんなふうに、これまで受け入れることのできなかった手術を受け入れ、手術後の自分を前向きに考えることができるのは、信頼するI医師による納得の行く診察を受けたからに他ならない。

 まだまだ完全に決意が固まったわけではないが、本来、ニワトリの卵大の大きさであるはずの子宮が、筋腫により、縦方向に二十センチ、横方向に十五センチにまで肥大していると知ってしまっては、これ以上、放置するわけには行かないと考え始めている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 仕事が忙しい時期に仕事を一週間休んでも、仕事が回っていたという安心感が後押ししているのもあると思います。思えば、かつての主治医に手術以外の方法はないと匙を投げられたのは、一年前だったんですよね。他の医師が手術以外の方法はないと匙を投げてしまってから一年近くもの間、I医師は私の手術をしたくないというわがままに付き合ってくださったのです。それだけでも、十分感謝に値すると思います。これから決めなければならないことがたくさんありますし、途中で意志が揺らぐかもしれません。しかし、手術への希望もわいて来たのは初めてのことですので、このまま流れて行く可能性も大きいと思います。どのような方向に進んで行くかはまだ未確定ではありますが、今後の展開をあたたかく見守ってくだされば幸いです。

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2008.06.07

ホットヨガ(一〇六回目)

運のつく、ありがたいお話の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m どのようにすれば夫婦で面白おかしく生きられるかということを考えていると、私たちの場合、このような展開になってしまうのですね。そう言えば、子供の頃、「ギャフン!」の意味が良くわからなかった時期がありました。誰かに言葉で説明を求めて理解する類の言葉ではないため、前後の文脈から言葉の意味を推察することが難しかったのです。しかし、前回の記事のオチなら、「ギャフン!」を理解するには最適ですね。ちょうど、フンの話でもありますすし・・・・・・。(笑)

 先月、たった一度しか受けることができなかったホットヨガのレッスンを神戸店で受けた。前回のレッスンで、初めてパワーアクティヴコースのレッスンを受けることになったのだが、久しぶりに受けるにしてはかなりハードなレッスンだったため、今回はもう少し身体に優しいレッスンを受けようと思い、九十分のベーシックコースのレッスンを申し込んだ。九十分のベーシックコースのレッスンと言うと、かつて脂肪燃焼コース2のレッスンを受け始めた頃、ポーズに行き詰まりを感じて、いったん基本に帰ろうと思い、しばらく受けていたレッスンでもある。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、受付では度々顔を合わせていたものの、これまで一度もレッスンを担当してくださったことのなかったインストラクターだった。これまでは、平日の夜の遅い時間のレッスンや土曜日の夕方のレッスンに参加することが多かったのだが、今回参加したのは、土曜日の朝十時からのレッスンだった。レッスンに参加する時間帯が異なれば、レッスンを担当してくださるインストラクターもおのずと違って来るのかもしれない。受付で対応してくださっているときには気が付かなかったのだが、彼女は舞台に立ったときのような発声をするインストラクターだった。おかげで、レッスン中の彼女の声はとても良く通り、私たちの耳に届き易かった。

 今回のレッスンに参加していたのは、私を入れて十七人の参加者だった。レッスンで何度もお見掛けしたことのあるベテラン参加者も二人ほどいらっしゃったのだが、ほとんどの方たちが初々しい雰囲気を持った若い人たちだった。それだけ、ホットヨガが若い人たちにも浸透している証拠でもある。

 レッスンを受けているうちに、久しぶりのレッスンとして、九十分のベーシックコースのレッスンを選んで正解だったと実感した。しばらくレッスンから遠ざかってしまっていた私の身体にちょうどいいレッスンだと感じたからだ。レッスンを受けているうちに汗もじわじわとたくさんかいて、シャワーを浴びる頃にはレッスン着が汗でびっちょりと重くなっていた。おまけにレッスン後には、汗が顔から噴出して来る悩ましい現象にも見舞われた。

 しかし、見舞われたのはそれだけではなかった。久しぶりに、レッスン後の頭痛がやって来たのだ。しかも、頭痛と気持ち悪さのため、お昼ご飯に食べたものをトイレですっかり戻してしまうほどだった。一体どうしたものかと思いながら、インターネットで検索してみると、運動をしたあとに頭痛に悩まされている人は意外にも多いようだ。私はこの現象を酸素不足から来る頭痛だと思っていたのだが、どうやらそれだけではないらしい。水分不足が原因としていたり、運動によって血管が拡張されるためだと解説しているページもあった。そのための対処方法としては、水分を補給したり、患部を冷やしたりすることが推奨されていたが、私の場合は、首の後ろをカイロで温めることで毎回、緩和されている。

 また、このような頭痛に見舞われるときは、たいてい、暑いのか寒いのか、身体が判断できない状況に陥っている。例えば、この時期にありがちな過度の冷房に対してひどく敏感になり、身体を温めると、頭や顔からは汗が出て来るのに身体のどこかが寒いといった症状が表れるのである。まるで、身体の中で、暑いのと寒いのが共存しているような、とても気持ち悪い現象である。自立神経が乱れているために、このようなことが起こっているのか、私には良くわからないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 暑いのに寒いという現象は、職場で仕事をしているときもしばしば起こっています。頭の上と足元には冷たい風が降り注いで来ているのですが、その他の部分は暑がっているのです。まさしく、汗をかきながら寒がっているという表現がぴったり来ます。身体の体温が均等でないのでしょうかね。やはり、こうした現象は、自律神経の乱れから来ているものなのでしょうか。

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2008.06.06

運のつく、ありがたいお話

一度しか言わないの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 物忘れが激しい現象は、職場においても起こっているようです。普段、あまり話をしない同じ職場の人の名前がなかなか出て来ないことがしばしばあるのです。「ええと、誰だっけ? あの人」と言いながら、その人の名前を思い出すのに、同僚に助けを求めています。脳に酸素が行き届いていないのでしょうかね。

 いつも同じ時間にご飯を食べているからだろうか。私たちは、便意を催すタイミングが似通っている。夜であろうと、朝であろうと、お互い、別々の作業をしているときであっても、私が急に便意を催してトイレに駆け込もうとすると、トイレの電気が点いていることがある。あれ? ガンモも?
「ちょっ、ちょっと待ってよ。トイレは一つしかないんだよ。ねえ、まだなの?」
と、私はガンモを急かす。我が家は、例え他の人(と言っても二人しかいないのだが)がトイレを使用中であっても、出入自由なのだ。するとガンモは、
「今、終わって、余韻に浸ってるとこだから」
と言う。
「余韻なんていいから、早くして!」
と私が言うと、ガンモは、
「そんなに急いでいるなら、はい、どうぞ」
と言って、汚物を流さずにそのまま便器から立ち上がって、私にトイレを譲ってくれるのだった。運のつく、ありがたいお話である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回は短めですみません。これ以上、むやみに足さないほうがよろしいかと思いまして。(苦笑)お昼どきにこんなことを書いてしまってごめんなさい。皆さんにも運がつきますように!

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2008.06.05

一度しか言わない

自立と依存の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実は、私は昔から「保険」も好きではないのです。「保険」もまた、「保険が必要になる状況に対する準備を予め整えておくこと」だと思うからです。「保険」が必要になったときは、保険が必要になるような状況を、予め自分が整えておいたのだから、文句は言えないと思うのです。とは言うものの、実際は、いざというときに「保険」のお世話になって、ほっとすることが多いんですよね。(苦笑)

 仕事を再開して二、三日もすると、私たちはこれまでの日常を取り戻しつつあった。仕事帰りにガンモと連絡を取り合い、待ち合わせて一緒に帰宅する。ガンモが、
「明日はちょっとだけ早起きだから」
と言った。
「どこかに行くの?」
と尋ねると、ガンモは、
「加古川(かこがわ)に行く」
と答えた。

 我が家から加古川までは、おそらく一時間半ほど掛かってしまうことだろう。そのため、ガンモは少しだけ早起きして出掛けて行くらしい。そんな話を夜のうちにしておいたのに、次の朝になると、ガンモが早起きすることは覚えていても、一体どこに出掛けて行くのか、コロッと忘れていた。

 「ガンモ、今日はどこに行くんだっけ?」
と悪びれた様子もなく尋ねる私に、ガンモは、
「ゆうべ言ったからもう言わない。一度しか言わないから」
と言いながら、少々ふてくされた様子で出掛けて行った。

 はて、ガンモは一体どこに出掛けて行ったのだろうと、出勤時間までまだ時間のある私はトイレに座ってしばらく考えた。そして、はたと気がついたのだ。加古川だ。ガンモは確かに加古川に行くと言っていた。私は、正解かどうかを確かめるために、すぐにガンモに電話を掛けた。
「わかった。加古川でしょ?」
と私が言うと、そのときガンモは電話で話すには余裕がなかったのか、
「そうだから」
と淡々と答えてくれた。

 歳のせいなのか、何となく上の空でガンモの話を聞いてしまっていたのか、最近、特に物忘れが激しくなってしまった。ガンモはその翌日も、今度は仕事で福知山(ふくちやま)に出掛けるとかで、JRのみどりの窓口で福知山への往復切符を購入していた。私もその切符を購入するのに立ち合っていたというのに、当日になると、またしてもコロッと忘れていたのだ。ガンモに電話を掛けてもなかなか通じず、やっとのことで通じたと思ったら、ガンモは
「今、三ノ宮に帰って来た」
と言うではないか。そこで私はガンモが福知山に出掛けていたことをようやく思い出したのだ。この先、介護が必要になるのは、むしろ私のほうかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 多分、ぼーっとしながらガンモの話を聞いてしまっているのでしょうね。とにかく物忘れが激しくなりました。それだけに、思い出したときはうれしくて、ついついガンモに電話を掛けてしまうのです。そう言えば、もうすぐ、認知症の妻の恋を見守るという映画『アウェイ・フロム・ハー』が公開されますね。予告編を観ただけでも切ない感じの映画のようですが、もちろん、観に行こうと思っています。(^^)

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2008.06.04

自立と依存

介護の記録の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 病院での介護の経験がある義妹にこの話をすると、彼女が介護士として働いていたときは、特に担当を決めず、手の空いている人が自主的に介護の対象を決めて次々に世話をしていたそうです。おそらくですが、重視されているのはコミュニケーションではなく、「身の回りの世話」なんでしょうね。

 介護について、もう少し思うところを書いておきたい。先日、日々の気づきという別ブログに、何が親切?という目の不自由な方に関する記事を書いた。私にとっては、後ろからやって来た男性が率先して目の不自由な方の手を取って歩き始めたことが衝撃的だったのだ。

 身体の不自由な方に対して最初から手を差し出すことは、身体の不自由な方の自分で何かをしようとする気持ちを奪い去ってしまうと思う。何故なら、私たちはできる限り自立して生きて行くことを目指していると思うからだ。だから私は、身体の不自由な方を見掛けると、すぐには手を差し出さずにしばらくじっと見守る。見守りながら、いつでも手を差し出せる体制を整えるのだ。時には、手を差し出すのが間に合わないこともあるかもしれない。しかし、身体の不自由な方たちの自立したいという自由意思を奪って、最初から手を差し出すようなことはできるだけしたくない。

 今回の帰省で、義父が歩けなくなってしまう事態に遭遇した。自宅にいるときは、義父は手すりを使いながらそろそろ歩く。しかし、具合の悪くなった義父は、手すりのない出先で車椅子をお借りすることになった。そうした状況の中で、私は考えた。義父に車椅子を買ってあげたほうがいいのだろうかと。

 しかし私はすぐにその考えを打ち消した。何故なら、車椅子を購入することは、義父が歩けなくなるための準備を進めてしまうようなものだと感じたからだ。義父には、もっともっと自分の足で歩いてもらいたい。車椅子を購入して、歩けなくなる準備を先に進めておくことは、まだまだ自分の足で歩きたいと思っているであろう義父に対して失礼なのではないかとも思ったのだ。

 自立について考えて行くと、様々な関係性が浮き上がって来る。例えば私の母は、何から何まで家事をこなす人である。しかし、私が母に似なかったのは、母が何から何までこなす人だったからではないだろうか。つまり、私は家事をこなすという点において、母に依存し続けていたのだ。

 先日より、あるご夫婦のブログを拝見している。そのご夫婦のご家庭では、子供たちのお弁当のおかずはお母さんが作るが、お弁当におかずを詰めるのは子供たち自身なのだそうだ。お母さんが、子供たちのために何から何まで世話を焼かずにいるところが素晴らしい。まさしく、子供たちの自立を促す育て方だと思う。

 何から何まで世話を焼いてしまうと、甘えの気持ちが生まれ、世話を焼いてくれる人に依存するようになる。妻が何から何まで面倒を見ていると、家では何もしないダメ夫が育ってしまう。介護についても同じことが言えるのではないだろうか。その人ができるかできないか、ギリギリのところでなければ手を貸さないという姿勢でなければ、その人が持っている本来の力は活躍のチャンスを失い、やがて失われてしまうように思えるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、こんなことを書いている私は、ガンモに洗濯の作業を依存しています。(苦笑)ガンモは時々、「まるみは手伝ってくれない」と愚痴をこぼしますが、ガンモが洗濯を完璧にこなすために、ガンモに依存してしまうのですね。「私にも、活躍の場を与えておくれよ」と、小さい声で言っておきます。(笑)

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2008.06.03

介護の記録

家事と仕事の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 同じ「事」という漢字を使用しているのに、家事は「じ」と読み、仕事は「ごと」と読むんですね。「じ」のほうが事務的な感じがするのに、家事が「じ」で仕事が「ごと」なのは少し変な気がしますね。

 今回のことでは、義弟をはじめ、いろいろな人たちのお世話になった。その中でも特に忙しく動きまわっていたのが義弟である。私たちは、実家から離れて暮らしているという理由で、義弟に甘え、すべてを任せてしまっていた。しかし、今年の初めに帰省したときに、義弟が駆けずり回って疲れ果てていることを知った私たちは、少しでも義弟の負担を軽くするために実家に帰るようにした。それでも、月に一度のペースで帰省するのが精一杯だった。しかし実際は、義弟のほうがもっともっと大変な状況にあったのだ。

 実家の近くで仕事をしている義弟は、一日に三回、義父の様子を見に行ってくれている。しかし、もう一つの問題に専念するために、昨年末の数日間、義弟は義父に事情を話して、一時的に公共の介護施設のショートステイを利用させてもらったそうだ。糖尿病を患っている義父は、調子のいいときであれば、日常生活を普通にこなすことのできる人である。おかずは医療食の宅配サービスを利用しているが、ご飯も自分で炊けるし、食後の炊事も自分でこなす。そのため、日常生活にはほとんど支障がなかった。ただ、食後の薬やインシュリンの注射を忘れてしまうことがあるので、義弟の手が回らない特別な時期に限って、介護施設を利用させてもらったそうだ。

 数ヶ月前にガンモの実家に帰省したとき、義父が介護施設を利用させてもらったときに介護士さんが書いた手記を見た。それは、幼稚園や小学校の先生と父兄の間に交わされる「連絡帳」のようなものだった。そこには、義父が介護施設の中であまり人と話をしなかったことや、食欲はあるが、自室にこもり、テレビに見入っていたこと、電気屋さんの話をするとようやく打ち解けてくれたことなどが書かれていた。

 私はその内容だけでなく、筆跡にも注目した。介護士さんが書かれたと思われるそれらの記録は、ほぼ毎日、筆跡が異なっていた。それはすなわち、義父の世話をしてくれた介護士さんが、毎日のように入れ替わっていたということだ。私はそのことに対し、胸を痛めた。何故なら、日頃から消極的な性格の義父が、毎日のように入れ替わる介護士さんに対し、心を開くとは思えなかったからだ。

 現実問題としては、二十四時間体制で動いている介護施設でシフトを組むためには、何人もの介護士さんが入れ替わり立ち代わり世話をしてくれることになるのだろう。しかし、それでは利用者が介護施設に馴染むのに時間が掛かってしまうのではないだろうか。私は、人と人のコミュニケーションのはじめの一歩は、一対一のコミュニケーションから始まると思っている。しかし、介護施設のように人の入れ替わりが激しい環境においては、一対一のコミュニケーションは成り立ちにくい。それは、何冊もの本を同時に読み進めることを余儀なくされ、詠みかけの本をあちらこちらに散らかしてしまうようなものではないだろうか。

 介護施設に孤独があるとすれば、一対一のコミュニケーションを結べないことにあるように思える。だから私は、介護施設を利用することに対し、ひどく胸を痛めるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このような状況は、シフトを組む介護士さんにとっても本望ではないと思います。人々が愛に生きることに立ち止まってしまうのは、すべてお金の存在が原因だと私は思っているのですが、いかがでしょうか。世の中からお金という概念がなくなり、人への奉仕を喜びにできる世の中になればいいと思うのですが、そんな時代はまだまだ先のことでしょうね。

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2008.06.02

家事と仕事

忘れるのではなく、留めるの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m フェリーは海の上をスイスイ走りますね。もしかすると海は、香川のガンモの実家と兵庫の私たちの自宅の間にある生活のギャップに相当しているのかもしれません。時間旅行をするように、海という空間をゆっくりと移動して、まったく別の生活を営む空間にやって来たわけです。やがてそのギャップは、職場でも感じることになります。

 一週間ぶりに出勤するのは、何となく気恥ずかしいものがあった。勤務先では、私の個人情報は守られ、メールで個別に報告した上司たち以外は、私の休暇の理由を知らなかった。ただ、トイレで顔を合わせた同じプロジェクトメンバの派遣仲間に、
「まるみさん(実際に呼ばれたのは私の苗字)、今、大変なんやってね」
と言われた。私が、
「えっ? うん、ありがとう」
と言うと、彼女は同じプロジェクトメンバの別の派遣仲間とともに、私が丸々一週間出勤して来ないので、心配してくれていたらしい。そんなとき、たまたま同じビルの別会社で働いている好敵手の彼女とばったり会い、私の抱えていた事情を知ったそうだ。私は、好敵手の彼女にはある程度の事情を話していたのだが、他の派遣仲間たちには話していなかったのだ。トイレで声を掛けてくれた同じプロジェクトメンバの派遣仲間にこの一週間のこ出来事を話して聞かせると、彼女はその内容を予期していなかったのか、驚きの表情を隠し切れない様子だった。

 職場の人たちに香川のお土産を配ると、遊びに行って来たと思われたらしく、明るい表情で、
「うどんを食べに行って来たの?」
とか、
「香川に行って来たんや」
と言われた。私が声のトーンを落として事情を説明すると、その人たちは瞬く間に申し訳なさそうな顔をして私に謝って来た。そのような展開になると、かえって私のほうが恐縮してしまうので、つとめて明るく振舞うようにした。

 心配していた仕事は、私がいなくてもちゃんと回っていた。休暇中、上司からの質問にメールで答えたことが確実に生かされていたのだ。おかげで今月頭の納品も無事に終えることができそうである。ガンモの実家に滞在中、休暇を取るべきか取らざるべきか理性で悩み、一時は私だけが帰宅して仕事に出掛けようとしていたことが、今となっては恥ずかしい。本当に究極的な状況に陥ったときは、なるようになるものだ。

 ただ、先日までのガンモの実家での生活と一変してしまったことが、私にはまだ受け入れられなかった。頭に浮かんで来るのは、仕事のことよりも義父のことばかり。毎日、三度の食事を義父やガンモと一緒に取ったことが忘れられないのである。

 私は初めて、女性が外で仕事をするということについて考えさせられた。大学を卒業してからも東京に残り続け、独り暮らしをしながら仕事をしていた。ガンモと出会い、関西に移り住んでからも、当たり前のように外で仕事を続けて来た。外で仕事をしていることを理由に、自宅ではほとんど家事をしていなかった。そんな私が、ガンモの実家に滞在している間、及ばずながらも家事をこなしていた。社会人になってからというもの、私には、家事よりも仕事のほうが似合っているとさえ思っていた。外で働くことが、自分が奉仕できる最も自然な形だと信じて疑わなかったのだ。しかし、実際はそうではなかった。私の中には、それなりに家事をこなし、家事を楽しむ自分もいたのである。

 私は、意外な自分を発見できたことに驚いた。そして、今後のことを考えるにあたって、実現を妨げるであろう様々な項目について心に留めてみた。これから先、私たちがどのような選択をして行くか、まだわからない。しかし、ガンモの実家で過ごした一週間と一日は、これからの新しい未来に繋がって行くかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 休暇明けは、外で仕事をする自分と、家で家事をする自分のギャップに戸惑いました。今回、納品間近の仕事の危機を切り抜けられたことで、「仕事をこなすのは、自分でなくても良かった」という気持ちが新たに芽生えたことは確かです。それならば、「自分でなければならないところに身を置いてもいいのではないか」という考えも沸いて来ています。とは言うものの、まだまだ実現にはほど遠い状況ではあります。

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2008.06.01

忘れるのではなく、留める

紙ナプキン、ありますの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実践する前は、頭の中でいろいろなことを考えてしまいます。究極的な状況に陥っているわけではないので、理性が働く余裕があるんですね。理性が働いているときは、「密度」が低いと感じます。反対に、理性を捨て去るときは、「密度」が高くなっているときですね。例えどんな状況にあろうとも、状況が少しずつ落ち着いて来ると、過ぎ去ってしまった高密度の時期を懐かしく思うものです。

 朝からガンモは、洗濯機と乾燥機を次々に回したり、家の中をせっせと片付けしたりと、これまでにないほど忙(せわ)しく動き回っていた。高松の港を十五時半に出航するフェリーに乗って帰宅する予定にしていたので、お昼過ぎには実家を出発することになるため、実家を離れる前に思い付く限りのことを実践していたようだ。

 一週間と一日の滞在は、日を追うごとに口数の少なくなってしまった義父にとってだけでなく、私たちにとっても大変思い出深いものとなった。このような気持ちになったのは、私たちが毎日、食卓を共にしていたからではないだろうか。これだけ長い期間滞在したのは、私たちが結婚して初めてのことだった。ガンモはその間にすっかり讃岐弁を思い出したらしく、義父や義弟ら讃岐弁のネイティヴスピーカーたちに劣ることなく、自然な讃岐弁を話していた。讃岐弁のTOEICのようなものがあれば、きっと高得点を取れるはずだ。

 昼食のあと、いよいよ出発することになっていたのだが、ガンモは義父に、
「じゃあ、これから帰るきん(讃岐弁で、『じゃあ、これから帰るから』」
とはなかなか言い出し辛い様子だった。一週間と一日という長い期間をともに過ごしたことで、離れ難いような感情がお互いの中に芽生えていたのだ。私は、
「来週の日曜日にまた来ますね」
と義父に言った。義父はそれに対し、こっくりとうなずいた。

 日本人は、愛していることを表現するのがとても下手である。だから、愛していることを伝え切れなかったことを、後になってからひどく後悔することになる。そうした後悔を身をもって体験することになったガンモは、私に、
「親を大切にしろー」
と言った。

 高松まで自家用車を走らせ、フェリー乗り場の近くにあるショッピングセンターでそれぞれの職場に持参するお土産を購入し、私たちは自家用車ごとフェリーに乗り込んだ。何とかコンセントのある席を確保することはできたものの、いつもはノートパソコンを操作することに熱心な私たちも、さすがに今回は疲れが出たのか、ノートパソコンを置いてしばらく横になって眠った。おかげで少し疲れが取れた。

 帰宅すると、義父ではなく、父ちゃんが私たちを迎えてくれた。突然、母ちゃんが帰って来なくなり、独りぼっちになってしまった父ちゃん。歳のせいか、求愛活動もやや控えめのようである。一週間以上、不在にしていたので、私たちが帰宅する頃にはきっと新しいお嫁さんをもらって一緒に生活を始めているものと思い込んでいたのだが、父ちゃんはまだ独りだった。久しぶりの再会で恥ずかしいのか、父ちゃんは私たちの姿を確認すると、ベランダの奥のほうに隠れてしまった。父ちゃんは、キッコロと違ってひどくシャイなのだ。一方、キッコロはと言うと、早速ガンモに餌をねだっていた。

 ガンモはあと一日休暇を取っているが、私は月曜日から仕事である。今回のことをきっかけに、一時は自分のブログを休止させると宣言したガンモだったが、少し前向きの気持ちになることができたのか、実家にいる間にブログを更新したようだ。実家を離れ、場所も変われば、少しずつ気持ちも切り替わって行くのかもしれない。忘れるのではなく、留(とど)めるという方向に。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回のことで、義父や義弟たちとの距離が縮まったことは確かですが、こうしてそれぞれの生活に戻って行くことで、この次に再会したときには、少しやり直しの部分も出て来るかと思います。しかし、それを繰り返すことで、本当の絆が出来上がって行くのかもしれませんね。その繰り返しにより、絆の形成もまた、忘れるのではなく、留めるという方向に動いて行くのでしょう。

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