« IKEAに行けば | トップページ | 三人のツインソウル »

2008.05.11

心の領域と魂の領域

IKEAに行けばの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m お店の名前がIKEAではなくIKEYAであれば、「IKEYAに行けや」というタイトルにしたかったところです。(笑)さて、今日は久しぶりに(?)スピリチュアルな話を書いてみたいと思います。

 最近になって、心と魂の明確な違いを実感するようになって来た。私たちはしばしば、「傷ついた」という表現を使うことがある。実際にその人がひどくしょげ返っているならば、傷ついているのかもしれない。しかし、傷ついているのは、おそらく心の領域だ。魂の領域までは侵されていない。

 心の領域は相対的であるがゆえに、第三者からの影響を受け易い。第三者の言動による喜怒哀楽は、心の領域に配置される。しかし、時として、喜怒哀楽の感情に支配されることなく、何かに突き動かされるような想いで行動することがある。

 第三者の言動による喜怒哀楽に左右されることなく、何かに突き動かされているような行動を取っているときは、魂の領域にある想いを実現させていると言える。心の領域が第三者の影響を受け易く相対的と表現するならば、魂の領域は絶対的だ。魂の領域は、何者にも支配されない。心が深く傷ついているように見えても、魂は決して傷つかず、時に心に反した行動を取ることさえある。そのような状況に陥ると、私たちはひどく戸惑う。言い方を変えれば、心の領域にある想いはコントロール可能であり、時には押し込めてしまうこともできるが、魂の領域にある想いはコントロール不可能だということだ。

 例えば、男女の愛で、心が傷ついても傷ついてもやがて立ち直り、何ごともなかったかのように付き合いを存続させようとする強い愛がある。これは、心の領域にある喜怒哀楽を通り越して、魂の領域にある想いを実現させていることになる。反対に、心が傷ついたとして、やむなく別れを選択する場合、心の領域にある想いだけが存在し、魂の領域にある想いの手助けがないことになる。

 心の領域にある想いはいつも複雑で、時には自我との戦いを強いられる。しかし、何者にも左右されない魂の領域にある想いは、もっとシンプルだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回は短いですが、この手の記事はできるだけ簡潔に書いたほうが、皆さんの中にある同じ想いとリンクし易いのではないかと思い、書かせていただきました。私たちは普段、心の領域と魂の領域をあまりにも混同し過ぎているかもしれません。でも、戸惑いを感じてしまうのは、いつも心の領域なんですよね。魂の領域にある想いは揺れませんから。(^^)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

« IKEAに行けば | トップページ | 三人のツインソウル »