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2008.05.18

魂の居心地

直系による繋がりと婚姻による繋がりの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 曖昧な書き方にも拘わらず、お読みくださり、ありがとうございました。私の場合、ガンモと温度差が出て来てしまうのは、筋腫のせいもあるかもしれません。以前は感情の針がビンビンに触れていたのに、筋腫と付き合うようになってからは、自分の感情がずいぶん鈍くなったと感じます。それで、映画を観るようになったんですよね。自分の感情を引き出すために。これまで、感情の中枢は心臓のあたりにあるのかと思っていましたが、もしかしたらお腹のあたりにあるのかもしれませんね。

 もっともっと話をしたいと思える魂に出会った。ガンモの叔母である。叔母と顔を合わせたのは、数年前にガンモの伯父の葬儀に参列して以来のことだ。そのときは、大勢の中であいさつを交わす程度で終わってしまったのだが、今回は周りに人がいない状態でじっくりと話をすることができた。実際、そうして向き合ってみなければ、魂の居心地の良さを実感できるほどの体験はできないものだと感じた。

 魂の居心地が良いと感じる相手とのコミュニケーションには、最初からお互いに相手を許容する姿勢があり、そうした許容をベースに、お互いをもっと良く知ろうとする意気込みが感じられる。また、お互いに相手に対して入口を開放しているために、会話がどんどん深くなる。しかし、魂の居心地が良くない場合、お互いがスタート地点に立ったままで会話が終わってしまう。時として、長い時間、会話をしても、達成感を感じられないまま会話が終わってしまうことがあるが、そういう場合は、お互いに相手を知ろうとせず、自分の世界に留まっているだけだということがわかった。コミュニケーションとは、自分の立っている場所から相手に向かって手を伸ばして行うものだったのだ。

 私たちは、ガンモの実家に一泊したあと、高松を二十時に出航するフェリーに乗船して帰宅した。眠らない、眠らせないの便よりも一つ前の便である。神戸への上陸が〇時前ということで、多くの人たちが毛布を持ち込み、寝る体制に入っていた。フェリーはとても空いていたので、私たちはまたしてもコンセントのある席を確保することができた。私たちのすぐ近くに若い居たカップルが、羽毛布団と毛布を持ち込んで、二人で一つの布団に横になっていたので、何だかドキドキしてしまった。映画ではしばしば目にするシーンでも、本当に愛し合う男女が一つの布団に横になっているのは、なかなかお目に掛かることがないので大変貴重である。

 今回の帰省は、考えなければならないことの多い真剣勝負の帰省となったが、ガンモの叔母の魂に触れることができたということが、大きな救いになった。こうした魂を持っている人たちは、普段は散らばっていて、いざというときに手を差し伸べてくれる貴重な存在なのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなりまして申し訳ありません。更新が遅れたのは、前日の記事とは関係がありませんので、ご心配なきよう(^^)。それにしても、フェリーの中には、皆さん、様々なものを持ち込んでいます。記事に書いた若いカップルは、対戦型のゲームを持ち込んで仲良く対戦していました。言うまでもなく、私たちはノートパソコンを持ち込んでいましたが、テーブルがないとノートパソコンを使うにも不便なので、次回からは簡易テーブルを持ち込もうと思っています。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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