« 倉敷再発見の旅 | トップページ | 睡眠を貪る »

2008.05.05

眠らない、眠らせない。

倉敷再発見の旅の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m コンサートの帰りに、美観地区周辺で、周辺の旅館に宿泊していると思われる中年のカップルに出会いました。男性は手に行灯(あんどん)を持って、美観地区を歩いていました。倉敷は、ずいぶん粋な観光地でありますね。

 高松駅前から無料送迎バスに乗ってフェリー乗り場に着いてみると、神戸からのたくさんのフェリー利用客が私たちの乗った無料送迎バスの到着を待っていた。無料送迎バスは、高松駅前から乗車した私たちをフェリー乗り場で降ろすと、今度は神戸からのフェリー利用客を乗せて、再び高松駅方面に向けて走らせるのだろう。

 港に着いたのは、出航のおよそ十分前だった。通常ならば、乗船手続きを行ってから乗り込むのだが、回数券を購入している私は、乗船手続きをせずにそのまま乗船することができた。おそらく、回数券を購入したときに回数券の番号が控えられ、あとで乗船名簿と照らし合わせられるようになっているのだろう。回数券を購入しておいたことは正解だった。何故ならこのあと、席の争奪戦が始まったからだ。

 無料送迎バスで一番前の席に座っていた私は、無料送迎バスから一番に飛び降りて、席を確保するために乗船口まで走り始めた。すると、私と同じように回数券を購入しているのか、私のすぐ後ろから追いかけて来る人がいた。その人に先を越されてはならないと、私は必死に走ったが、荷物が重く、途中で追い越されてしまった。見ると、私を追い越して行ったのは女性だった。

 何とか乗船口まで辿り着き、息を切らしながらも係の人に回数券を手渡し、三階の船室にすべり込んだ。しかし、いつもはガラガラの船室も、ゴールデンウイークということで既にたくさんの人たちで溢れ返っていた。早くも船室にいるのは、無料送迎バスを利用しなかった人たちなので、おそらく自家用車と一緒に乗船されている人たちなのだろう。

 ぐるっと船室を見渡してみたが、コンセントの使える席にはどの場所にも既に人がいたので、私はせめて横になることのできる場所を探すモードに切り替えていた。しかし、広い船室の周辺には既にたくさんの人たちが陣取っている。船室の真ん中は開いているようだが、さすがに真ん中で寝るのは落ち着かない。

 そこで私は、レディースルームに足を運んでみることにした。レディースルームには、リクライニング式の席が主だったが、できればゆったりと横になれる場所がいい。見ると、リクライニング式のレディースルームの横っちょに、雑魚寝できるレディースルームがあるのを見付けた。中を覗き込んでみると、横になれるスペースがあったので、靴を脱いでそこに入った。入口付近だったが、贅沢は言えない。私は荷物を置いて一息ついた。

 コンセントの使える場所を確保することはできなかったが、フェリーは〇時半に出航して四時過ぎには神戸に着くのだから、コンセントを使うこともないだろう。そう思いながら、私は普段、映画鑑賞のために持ち歩いているひざかけ用のショールや、毛糸のベスト、Tシャツなどを次々に取り出して、布団代わりに掛けた。長距離フェリーならば、毛布の貸し出しがあるのだが、このフェリーにはフリースの販売はあっても、貸し出しはないようだ。

 ひとまず落ち着いたので、私は就寝前の洗面と歯磨きを済ませるために席を立った。レディースルームの外に出てみると、通路にゴザを広げて横になっている人たちがいた。おそらく、一般の船室が既に人で溢れ返っているので、少しでもゆったりと横になれる場所を求めて、通路にゴザを広げたのだろう。少し気の毒に思ったが、予めゴザを持ち込んだということは、最初から通路に寝ることを覚悟していたのかもしれないと思い直した。

 私が洗面所から帰ると、私の確保した場所のすぐ隣に、新たな人が来ていた。彼女の登場で、私は自分がどこに横になったらいいか、少し戸惑ってしまった。彼女は、私がそこにいることに最初から気づいていたはずなのに、私の登場で、あたかもたった今気づいたかのように私を気遣ったので、少しムッとした。結局私は、身体を斜めにして横になることにした。

 レディースルームの入口には、「盗難防止のため、消灯はしません」と張り紙がしてあった。つまり、例え夜中であっても、電気は点いたままということだ。その点に関しては、私はアイマスクを持参していたので問題はなかった。しかし、あとから来た人が風邪を引いていたらしく、私のすぐ隣で鼻をすすったり咳をしたりするので、その音が気になって、目を閉じてもなかなか眠りに就くことができなかった。そこで私は耳栓を取り出して、周りの音をシャットアウトした。耳栓のおかげで、彼女の立てる音も、船が走行するときのエンジンの音も遠ざけることができた。

 これでようやく安眠できるかと思いきや、まだまだ難題が残されていた。というのも、掛け布団に代わるものは何とか持参したものの、私は布団を敷かずにじゅうたんの上にそのまま横になっているわけである。実家に三日間滞在して、固い布団の上に横になることにようやく慣れかけていた頃だったが、さすがにじゅうたんの上に直接横になるのは厳しかった。それだけならまだいい。ゴールデンウイークで利用客が多いからだろうか。私たちのいる雑魚寝できるレディースルームには、クーラーがガンガンかけられ、足元が冷えて冷えて眠れないのだ。

 私は、これまでに体験したことのないほど居心地の悪さを感じていた。眠りたいのに眠れない。私は何度も何度も寝返りを打ちながら、時間が過ぎて行くのを静かに待っていた。それでも、しばらくうとうとしていたのか、はっと気がついて時計を見てみると、三時半を回っていた。耳栓を外して起き上がってみると、咳や鼻の音を立てていた隣人は、荷物をまとめていなくなっていた。おそらく、寒過ぎるため、暖かい場所を求めて出て行ったのだろう。

 起き上がった私を見て、別の人が私に、
「冷えますねえ」
と声を掛けて来た。私は、
「本当に。冷房、効き過ぎてますよねえ」
と言った。日中、とても暖かかったからだろう。その方は私よりもずっと軽装で、しかも、夜寝るときに布団代わりにできるようなものを何も持ち合わせていないらしかった。

 毛布を持参して真ん中で横になって寝ている年配の女性二人も、ジャケットを着たまま毛布にくるまっているのに、ひどく寒そうだった。私が、
「寒いですよねえ」
と言うと、二人連れの方も、
「そうですねえ。めちゃ寒いですねえ」
と、冷たい空気が噴出して来る空調の噴出し口を見上げながら、私に同意してくれた。

 そろそろ着岸する時間だったので、私はトイレに立ち、ズボンを履き替えた。トイレの中で、
「まもなく着岸します」
とのアナウンスを聞いた。寒いだけでほとんど眠ることができなかったが、わずか千四百七十五円で神戸に渡ることができるのだから、文句も言えまい。

 間もなく船は着岸した。そこから三ノ宮駅まで連絡バスに乗り、およそ十分程度で三ノ宮駅に着いた。駅の案内板を見ると、まだ始発電車は動いていないようである。始発までまだ三十分以上時間があったが、私は駅の改札をくぐった。

三ノ宮駅のホームで始発電車を待つ

 私は、徹夜で仕事をしているであろうガンモにメールを送った。

〇時三十分の便にはもう二度と乗らんぞ。寒い。固い。混む。コンセントなし。眠らない、眠らせない!

 「眠らない、眠らせない」というのは、昔、フジテレビの深夜番組の時間帯に流れていたキャッチコピーである。ガンモも私も、このキャッチコピーが流れていた頃、それぞれ神奈川と東京に住んでいたのだ。

 その後、ガンモと電話が通じて話しをしたところ、ガンモの帰宅は八時過ぎになると言う。私は始発電車に乗って自宅の最寄駅まで帰った。夜行の乗り物にでも乗らなければ、このような時間に帰宅することなど皆無である。寒さのせいで身体が冷え切ってしまっていたからだろうか。寝不足のはずなのに、不思議と眠気は感じなかった。

 帰宅した私は、ガンモが一人で横になっていたときのベッドの皺(しわ)を愛しく感じながら、ベッドに横になり、睡眠を取った。そして、ガサゴソという物音で目を覚ますと、四日振りに顔を合わせるガンモが立っていた。

※なお、この話には続編があります。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m フェリーの中で寒くて歯を食いしばり過ぎたのか、あごがとても痛かったです。(苦笑)普段、オフィスで寒がりと思われている私ですが、他の人たちもフェリーの冷房を寒いと感じていたということが、私に自信を与えてくれました。私は大丈夫だったのですが、他の方たちは風邪を引いたのか、鼻をズルズルすすっていました。利用客が多いとアバウトになり、サービスが行き届かなくなりますね。夜のうちにフェリーで移動できるのはとても便利なのですが、夜行フェリーで運航時間が四時間足らずと短いのは、ちょっと考えものです。昼間のゆったりとした時間ならば、四時間という運航時間は、とても優雅な時間になるのですが。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

« 倉敷再発見の旅 | トップページ | 睡眠を貪る »