直系による繋がりと婚姻による繋がり
※生活感の漂う再会の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私が五箱のティッシュを持っているところを職場の人に見られたとしても、おそらくその人のブログの記事になることはなかったでしょう。美しい彼女だからこそ、記事になったのです。もしかすると、逆に普段、こうした雰囲気を漂わせることなく仕事をしていることのほうが問題なのでしょうか。私たちは、自分を使い分けているわけですよね。私がスピリチュアルなアンテナをどこかに仕舞い込んで仕事をしているのと同じことかもしれません。
週末はガンモの実家で過ごすことになっていた。今回の帰省では、ガンモの運転する自家用車と一緒に、眠らない、眠らせないのフェリーに乗り込んだ。前回のように夜行便ではなく、昼間の便ならば快適に過ごせるのではないかと思ったのだ。また、自動車の免許を持っていない私は、フェリーの中ではガンモと対等でいられるのでとても安心できる。そんな想いを胸に乗船したものの、やはり船内は冷房が効き過ぎていてひどく寒かった。それでも、ゴールデンウイークのように混雑していない分だけ、ゆったりとした時間を過ごすことができた。念願のコンセントのある場所を確保することができた私たちは、高松に着くまでのおよそ四時間、ノートパソコンを広げてくつろいでいた。
冷房が効き過ぎているのが玉に瑕(きず)だが、利用客も少なく、のんびりゆったりとしている船内
今回の帰省は私たちにとって、真剣勝負となった。真剣勝負なのに、私たちの意見が合わず、方向性を定めるのにガンモと議論してしてしまった。私はそれをきっかけに、「家」というシステムについて考え始めていた。真剣勝負の課題が目前に広がっているとき、私たちは結婚して一つの戸籍に入っていることを容易に忘れ去ってしまう。集約させたシステム手帳ではないが、ガンモ家とまるみ家に分けて考えようとする動きが出て来るのだ。
「家」には直系により結び付いた内側に向かう繋がりと、婚姻により結び付いた外側に向かう繋がりがある。「家」が一体感を体験できるのは、例えば子供がいじめに遭うなど、「家」が外敵による攻撃を受けたときである。しかし、「家」が内側、すなわち直系の繋がりを重視し始めると、嫁はたちまち蚊帳の外にはじき出されてしまう。簡単に言ってしまえば、ガンモは私にガンモ家の苦労を負わせようとしない。私はそのことにカチンと来て、
「私はガンモの何なの?」
と声を荒げて言ったのだ。
ガンモに言わせてみれば、私たちが直面している真剣勝負の課題に対し、ガンモの感情と私の感情には温度差があるように感じてしまうのだろう。実際、直系の繋がりを第一に考えれば、例え夫婦間であろうとも、感情の温度差は生じる。だからガンモは、ガンモ家の真剣勝負の課題にできるだけ私を巻き込まないようにすることで、私との間に温度差が発生していることを示そうとする。しかし、ガンモと常に対等でいたい私はそれが気に食わない。そこで私はガンモにこう言ったのだ。
「確かに私はガンモに比べれば間接的かもしれないけれど、ガンモの感情を通して私も一緒に体験しているんだよ」
しかし、それでもガンモは、まだ私に対して頑な態度を示し続けていた。
結婚式のスピーチなどでしばしば用いられる言葉で、「喜びは二倍に、悲しみは半分に」という表現がある。しかし実際のところ、ポジティヴな感情は共有し易いが、ネガティヴな感情を分かち合うのは、普段、私たちが考えているほど容易なことではない。どちらかと言えば、ポジティヴな感情よりも、ネガティヴな感情のほうが温度差の問題に発展し易い。また、ポジティヴな感情よりもネガティヴな感情のほうが、長い時間、私たちの中に停滞する。それは、ネガティヴな感情が、他のポジティヴな感情で穴埋めできるものではないからだろう。
私がガンモに言った「ガンモの感情を通して私も一緒に体験している」というのは、ガンモの直接的な感情が私自身の感情に間接的に影響を与えているということだ。私の感情は、直接的ではなく、ガンモを通して遠回りをしながら表現される。そのため、温度差もあれば時間差もある。だから、結婚式のスピーチで語られるようには行かない。
ただ、議論を繰り返したあと、少し時間が経って冷静になると、私たちは自然に寄り添う。お互い、ふてくされている間、私はガンモをさりげなく観察し、ガンモもまた、さりげなく私を観察している。そして、二人の視線が絡み合ったとき、既に許しが起こっている。私たちははっと我に返り、お互いに言い過ぎたことを反省する。そして、相手の置かれている立場を理解しようとする。そんなことを繰り返しながら、私たちは本当の意味で、直系による繋がりと婚姻による繋がりを共存させて行くことになるのかもしれない。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 曖昧な書き方で申し訳ありません。真剣勝負の課題を目前にして、ガンモがどんどん現実的になろうとするのに対し、私は冷静にスピリチュアルな観点から見つめようとしているようです。それがガンモとの温度差になっているのかもしれません。「喜びは二倍に、悲しみは半分に」というのは、結婚式などで語られている分、理想かもしれませんが、実際はなかなかそうも行かないのではないでしょうか。何故なら、同じ直系の元に生まれたわけでもないので、最初からお互いを取り巻く環境に違いがあるからです。また、ぽっかりと空いた心に詰め物をするわけにも行きません。夫婦は、「喜びは二倍に、悲しみは半分に」のように美しくなくても、試行錯誤を繰り返しながら、反発しては寄り添うといった繰り返しでいいのではないかと思っています。
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