一つ目のプロジェクト
※こんな日だから・・・の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 先週末にガンモの実家に帰ってから、実にいろいろなことが起こっています。一日のうちに、めまぐるしいスピードでいろいろなことが過ぎ去って行くような感じでしょうか。身体を休ませる暇もなく、心もどこかに置き去りにされたまま、ただ時間だけが正確に時を刻んでいます。
朝、電子メールをチェックしてみると、ゆうべ送信した電子メールに上司から、「こちらのことは気にせず、専念してがんばってください」と書かれた返信メールが届いていた。理性や義務により支配されていた週の初め頃とはうって変わって、休暇を取ることへの感情が、休暇を取りたいという願望に変わっていた。
一つの感情を味わい尽くす暇もなく、寝不足の私たちは、朝から忙(せわ)しく動き回っていた。過去に同じような経験をした人たちからも、一つの感情を味わい尽くす暇はないとは聞いていたが、実際に経験してみると、確かに過去の経験者たちの言う通りであることがわかった。理性や義務から切り離されたところで、一つのプロジェクトとしてそれは時間刻みに流れて行く。そしてガンモは、そのプロジェクトの実質的なリーダーとして音頭を取ることになった。これから二日間、ガンモが音頭を取るプロジェクトにいろいろな人たちをお招きすることになるのだ。
ガンモは、そのプロジェクトを実現させてくれる人と念入りに打ち合わせを重ねながら、プロジェクトを実現させてくれる人の力を借りて、まずは一つ目のプロジェクトを催した。プロジェクトは、流れ作業や儀式のようでもあるが、別の観点から言えば、親戚一同が集まるチャンスでもある。近所に住んでいる親戚たちはもちろんのこと、ゴールデンウイークに会ったばかりの愛媛に住んでいる私の実家の両親も、このプロジェクトに参加するために駆けつけた。このプロジェクトに参加することで、普段はまったく異なる立場にいる様々な人たちが同じ感情を共有することで、協力し合いながら、「ひとつ」の状態へと近づいて行く。
プロジェクトは、これまでの風習やしきたりに従って構成されている。風習やしきたりについて、ガンモや義弟にわからないことがあれば、親戚のお年寄りに尋ねると、すぐに答えが返って来た。彼らこそ、風習やしきたりの生き字引だ。風習やしきたりの意味もわからずに丸暗記することには抵抗があるが、生き字引であるお年寄りたちは、風習やしきたりの意味をきちんと理解している。そうした意味づけが行われているからこそ、何十年経っても彼らの記憶は鮮明であり続けるのかもしれない。
前日、急に具合が悪くなってしまった義父も何とか回復し、一つ目のプロジェクトに無事に参加することができた。翌日には、二つ目のプロジェクトを催すことになっている。私たちは二つ目のプロジェクトを目前に控え、プロジェクトを催す会場に二人で泊まった。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もともと風習やしきたりに抵抗があった私たちですが、風習やしきたりを守ることを目的とせずに手段と考えることで納得することができました。風習やしきたりを目的とするのは、それらの意味づけが行われていない場合だったのですね。意味づけがきちんと行われてさえいれば、風習やしきたりも、目的ではなく手段に変わるのではないかと思います。
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