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2008年5月

2008.05.31

紙ナプキン、あります

「家」の結束の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回のような究極的なことでも起こらない限り、義父や義弟たちとの距離は縮まらないままだったかもしれません。究極的なことが起こると、遠慮などしていられない状況に陥るために、理性ではなく、「○○したい」気持ちで動くことができるのでしょう。しかし、究極的な状況に陥らなければ、理性に左右され、例えそれがとても心地良くない距離感であるにもかかわらず、いつまでも相手との距離感を保ち続けてしまうのだと思います。

 ガンモの実家への滞在期間も一週間となり、実践しておくべきことも次第に落ち着いて来たので、そろそろ帰宅しようかという話が持ち上がっていた。しかし、一週間も滞在していると、さすがに名残惜しいものである。義父もまた、私たちがいつ帰宅するのかを気に掛けてくれているのが手に取るようにわかった。というのも、私たちの帰宅が近づくに従って、義父の口数が次第に減ってしまったからだ。この一週間のうちに起こった出来事はさておいて、普段よりも家の中がにぎやかだったので、義父も私たちとの別れを惜しんでくれているのだろう。そこで、私たちは相談の結果、滞在期間をもう一日だけ延長し、日曜日に帰宅することに決めたのだった。

 そうと決まれば買い物に出掛けることにしよう。私たちが買い物に出掛ける準備を整えていると、折しも義弟が一人でやって来た。義弟はまだ実家での事務的な作業を残しているらしい。そこで、義弟に留守番を頼んで私たち二人で買い物に出掛けることにしたのだった。

 私たちがお店で購入したのは、網戸を修理するためのガムテープや張替え用の網などだった。ガンモの実家には、どういうわけか、蚊がたくさん入って来ている。睡眠中も蚊が耳元でぶんぶん飛び回るため、ひどく気になってしまう。もちろん、寝ている間に身体の至るところにその小さな針を突き立てられることもしばしばだ。一体どうして蚊が家の中を我が物顔で飛び回っているのだろうと不思議に思っていると、家のあちらこちらで網戸が破れていることがわかった。そこで、破れた網戸を修繕しようと思い立ったわけだ。

 私たちが網戸修繕グッズの他にもいろいろ購入して帰宅すると、義妹が三人の子供たちを連れて来ていた。相変わらず、三人の子供たちはひどくにぎやかである。私たちは、購入した修繕グッズで実家のあちらこちらの網戸を修繕し、蚊の出入口を塞いだ。

 今回の滞在で、予定より四日も早く生理が始まってしまったことを書いたと思う。普段の生理のときには布ナプキンを愛用している私だが、今回は布ナプキンの持ち合わせがなかったので、市販の紙ナプキンでしのいだ。久しぶりに使う紙ナプキンは、洗う必要もなく使い捨てることができるので、忙しい人にはもってこいだと思った。ただ、およそ一年近くもの間、布ナプキンを再利用して来ただけに、汚れた紙ナプキンを捨ててしまうことに対し、多少の罪悪感を覚えてしまった。紙ナプキンを使い捨ててしまうことは、ナプキンの使用者とナプキンとの間に会話が成立していないことを意味していると実感した。

 私は、こうした使い捨ての現象を、最近私が感じつつある一方通行のコミュニケーションと重ね合わせて考えた。かつては実現できていた、「返信の返信」という双方向のコミュニケーション。しかし現在は、「発信と発信」という一方通行のコミュニケーションが主流である。一方通行のコミュニケーションが主流になってしまったのも、こうした使い捨ての文化が背景にあるからではないだろうか。子供の頃にお世話になった布製のおしめや、私が愛用している布ナプキンは、使ったものを洗って再利用するという意味においては、双方向のコミュニケーションに匹敵していると思うのだ。
 
 そう言えば、自宅に帰れば、もう使用しなくなった紙ナプキンの買い置きがいくつも残っている。それらをどうしようか、と私はぼんやりと考えていた。誰かが使ってくれればいいのだが、職場に持って行くにはひどくかさばるし、物が物だけにコソコソしなければならないし、何よりも、布ナプキンのほうが女性の身体に優しいとわかっているのに、化学成分の入った紙ナプキンを人に使ってもらうように誰かに働きかけるのも気が引ける。しかし、相手が婦人科系の病とは無縁の人ならば、こうした抵抗感は軽減される。

 布ナプキンを使ってくれそうな対象として、私は義妹たちのことを思い浮かべた。私には義妹が二人いる。実の弟の嫁と、ガンモの弟の嫁だ。どちらも私とはまったく異なるタイプの二人だが、子供を三人も産んでくれたガンモの弟の嫁なら、婦人科系の病とは無縁なのではないか。私はふとそんなことを考えていた。義妹ともう少しコミュニケーションを重ねて、それとなく切り出してみることにしようか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 使わなくなった紙ナプキンを使ってもらうように誰かに持ち掛けるには、様々な想いが交錯します。女性の身体に優しくないとわかっているものを人に勧めることになるという複雑な想いもあるのですが、逆に、洗う手間を考えると、紙ナプキンを使用している人に対し、布ナプキンを勧めることにも抵抗があります。また、ナプキンを使用しなくなるということは、生理とお別れしたという意味もあります。紙ナプキンが不要だということで、こちらが説明するよりも前にいろいろなことを想像されたりしないかなどと考え、頭の中にあるそうした様々な想いを的確に相手に伝えることができるかどうか、頭の中でリハーサルしています。(笑)

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2008.05.30

「家」の結束

二つ目のプロジェクトの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 二つのプロジェクトが終了して、ひとまず落ち着きました。しばらく仕事を休んでいると、曜日の感覚がなくなってしまうものなのですね。(苦笑)まだまだ終えなければならない作業は山積みなのですが、平日に行わなければならない細かなものは義弟に託して、私たちはこの週末まで滞在したあと、帰宅する予定です。とは言うものの、少なくともあと一ヶ月は、週末を中心にガンモの実家を行き来することになりそうです。

 私たちは久しぶりにたっぷりと睡眠を取って気持ち良く目を覚ました。ただ、睡眠を取ることで、ここ数日の寝不足は解消されつつあったものの、情けないことに、私はこれまでの疲れがどっと出てしまったのと、生理の二日目のため、身体が思うように動いてくれなかった。

 それでも私たちは、お昼前からペアを組んで、数時間掛けてせっせと数学的な作業を行った。私は、ノートパソコンにインストールしているExcelを使って計算したかったのだが、こうした作業はアナログで行うことが世の常らしい。Excelに計算を委託してしまえばあっという間に処理が終わるというのに、私たちは電卓を使ったり暗算したりして数学的な作業をこなして行った。あとからやって来た義弟も、私たちの作業を珍しそうにしばらく見守っていた。

 私は、途中でどうしても休憩を取りたくなり、
「ガンモ、ごめん。お客さん(ガンまる用語で生理のこと)二日目で身体がきつい」
と言って一人で二階に上がり、しばらく横になって休んでいた。横になっていると、身体が吸い込まれるように布団に沈んで行く。私はそのまま二時間ほど眠った。

 目が覚めたときには、身体がとてもすっきりしていた。やはり、身体が休みたがっているときに無理に活動を続けるのは身体に優しくないばかりか、作業効率も悪くなる。たった二時間程度の睡眠でこれだけ元気になれるのだから、身体が欲していないときは決して無理をせず、きちんと休みを取るべきだと実感した。

 ガンモは私と一緒に行っていた数学的な作業をとっくにこなし、義弟もまた、今後のための事務的な作業をてきぱきとこなしていた。いつの間にか義妹もやって来て、実家を掃除してくれたようだ。義弟の三人の子供たちがまたしてもにぎやかに走り回っている。彼らは、ついさきほどまで仲良くしていたかと思えば、瞬く間に喧嘩を始める。育ち盛りの彼らはちっとも大人しくしてくれない。大人の心理的な状況とは関係なく、テレビゲームを始める。この一週間、義弟もほとんど睡眠時間を取っていないはずだったが、果たしてこれほどにぎやかな家族で義弟が肉体と精神を休ませる時間と空間があるのだろうかと、こちらが心配になってしまうほどだった。しかも、上の二人の男の子たちと義弟とは血の繋がりがないのに、まるで本当の親子のようである。義弟の懐の広さにはただただ感心させられるばかりだった。

 それぞれの感情の動きの大きさは計り知れないものがある。しかし、今回のことで、これまでよりも義父や義弟たちとの絆が深まったように思う。特に、こんな日だから・・・の記事に書いたような深刻な状況のときに、義父のかかりつけの病院に付き添ったことが、義父と私の距離を縮めるきっかけになった。これまでよりも義父が私に対して親しさを感じてくれているのが手に取るようにわかる。また、離れて暮らしていた義弟や義妹たちとも、これまで話をするのがどこかぎこちなく、敬語まじりの会話しか成り立っていなかったのに、今では自然な会話が成り立つようになった。こんなふうにして、「家」の結束が固まって行くのだとしたら、私たちは貴重な何かを失いながらも、同時に別の貴重な何かを得ていることになる。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の滞在が、ガンモと結婚してからこれまでで、最も長い滞在となりました。「家」を二つ持って切り盛りするのは大変ですが、毎日のようにこまめに洗濯をしたりして、生活の場を完全にこちらに切り替えていたので、こちらでの生活に専念することができました。しかし、こちらでの生活に専念して来た分、今後の課題も浮き彫りになって来ました。課題はまだまだ山積みであります。(苦笑)

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2008.05.29

二つ目のプロジェクト

一つ目のプロジェクトの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 長い間、風習やしきたりを守り続けて来たお年寄りの知恵と知識は、手段としての風習やしきたりを実践しようとしている私たちにとって、本当にありがたいと思いました。しかし私たちは、お年寄りの知恵や知識を次の世代に繋げて行くことができるのでしょうか。できないかもしれません。あまりにもお年寄りに頼り過ぎている自分たちをちょっぴり省みました。

 プロジェクトを催す会場にガンモと二人で泊まったものの、頭の中をいろいろな想いが駆け巡り過ぎて、私たちはほとんど眠ることができなかった。目を閉じてからわずか二時間ほどでぱっちりと目が覚めてしまったのだ。ただ、いつもはガンモと二人だけの気楽な生活をしている私たちが、ガンモの実家に帰省してからというもの、毎日のように大勢の人たちと関わり続けて来たため、久しぶりにガンモと二人だけの夜を過ごすことができたことで、私たちは自分たちの時間を取り戻すことができた。私は、就寝までの時間を「ガンまる日記」の更新に費やした。

 ガンモは私に、
「俺、ブログの更新やめる」
とぼそりと言った。ガンモも自分のブログを持っていて、「ガンまる日記」同様、毎日更新し続けて来た。しかし、自分の周りで起こった出来事のショックがあまりにも強過ぎて、もはやブログを更新して行く気力がないと言う。では、私自身はどうなのだろうと、私は自分のことを振り返った。こんな状況に及んでも私がまだ「ガンまる日記」を書き続けているということは、通常では考えられないことなのかもしれない。しかし、私は例えたった一行でも毎日書き続けたい。そう思うのは、書ける気力が残っている分だけ、私自身の衝撃がガンモよりもずっと少ないからなのだろうか。それとも、ガンモよりも書くことが好きで好きでたまらないからなのだろうか。そんなことをグルグルと考えていた。

 三時半過ぎに目を覚ました私たちは、明け方近くまでいろいろなことを語り合っていた。そのとき、ガンモが私にだけ見せた激情については、詳細を書くのを控えよう。今回のことをきっかけに、ガンモは過去の自分の行動を振り返り、様々な検証を行っているようだ。その中には、今更どうにもならない過去の出来事への強い後悔の念があり、そうした強い後悔の念がガンモの激情をどうしようもなく掻き立てるようだった。私は、その都度、激情の中にいるガンモを強く抱き締めたが、ガンモの激情は、私の抱擁で穴埋めできるものではなかった。これから長い時間を掛けて、ガンモ自身が穴埋めして行くしかないのだろう。

 一夜明けると、再び慌しい一日が始まった。驚いたことに、体調が良くなかったはずの義父が、いつも以上に元気になっていた。顔色が良くなり、陽気におしゃべりをするだけではない。具合が良くないときには足元さえおぼつかなくて、車椅子が必要だったはずの義父が、自分の足で歩き始めたのである。私たちは義父の変化に驚き、そして喜んだ。

 多くの人たちの協力を得ながら、二つ目のプロジェクトも滞りなく終了した。親戚の人たちとの宴も開かれ、これまで遠かった人たちとの距離も少しずつ縮まったように思えた。様々な人たちが一つの感情を共有することで、「ひとつ」に向かおうとする。だから、こうした出来事はプロジェクトと呼んでいいのだ。

 愛媛からやって来た父母を見送り、実質的なプロジェクトリーダーであるガンモの役目も無事に終わった。ここ数日、肉体的にも精神的にもハードな日々を送っていたが、これでようやく肉体的なハードさからは解放されそうである。しかし、肉体的なハードさから解放された分、今度は精神に目を向ける余裕が出て来た。私は、頭の中でいろいろなことを考え始めたガンモに寄り添って、過去の反省点やこれからのことを心行くまで語り合った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 感情はさておいて、肉体的にはひとまず落ち着くことができました。やはり私も精神的なダメージが大きかったのか、予定よりも四日も早く生理がやって来てしまいました。生理が始まったのは、二つ目のプロジェクトが終わり、帰宅してすぐのことだったので、そのタイミングの良さに驚きました。もしもあと数時間、生理が始まるのが早ければ、そちらに意識を奪われていたかもしれません。ガンモも私も仕事を一週間休める状況にあったことと言い、いろいろなことが実にタイミング良く起こっているものなのですね。

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2008.05.28

一つ目のプロジェクト

こんな日だから・・・の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 先週末にガンモの実家に帰ってから、実にいろいろなことが起こっています。一日のうちに、めまぐるしいスピードでいろいろなことが過ぎ去って行くような感じでしょうか。身体を休ませる暇もなく、心もどこかに置き去りにされたまま、ただ時間だけが正確に時を刻んでいます。

 朝、電子メールをチェックしてみると、ゆうべ送信した電子メールに上司から、「こちらのことは気にせず、専念してがんばってください」と書かれた返信メールが届いていた。理性や義務により支配されていた週の初め頃とはうって変わって、休暇を取ることへの感情が、休暇を取りたいという願望に変わっていた。

 一つの感情を味わい尽くす暇もなく、寝不足の私たちは、朝から忙(せわ)しく動き回っていた。過去に同じような経験をした人たちからも、一つの感情を味わい尽くす暇はないとは聞いていたが、実際に経験してみると、確かに過去の経験者たちの言う通りであることがわかった。理性や義務から切り離されたところで、一つのプロジェクトとしてそれは時間刻みに流れて行く。そしてガンモは、そのプロジェクトの実質的なリーダーとして音頭を取ることになった。これから二日間、ガンモが音頭を取るプロジェクトにいろいろな人たちをお招きすることになるのだ。

 ガンモは、そのプロジェクトを実現させてくれる人と念入りに打ち合わせを重ねながら、プロジェクトを実現させてくれる人の力を借りて、まずは一つ目のプロジェクトを催した。プロジェクトは、流れ作業や儀式のようでもあるが、別の観点から言えば、親戚一同が集まるチャンスでもある。近所に住んでいる親戚たちはもちろんのこと、ゴールデンウイークに会ったばかりの愛媛に住んでいる私の実家の両親も、このプロジェクトに参加するために駆けつけた。このプロジェクトに参加することで、普段はまったく異なる立場にいる様々な人たちが同じ感情を共有することで、協力し合いながら、「ひとつ」の状態へと近づいて行く。

 プロジェクトは、これまでの風習やしきたりに従って構成されている。風習やしきたりについて、ガンモや義弟にわからないことがあれば、親戚のお年寄りに尋ねると、すぐに答えが返って来た。彼らこそ、風習やしきたりの生き字引だ。風習やしきたりの意味もわからずに丸暗記することには抵抗があるが、生き字引であるお年寄りたちは、風習やしきたりの意味をきちんと理解している。そうした意味づけが行われているからこそ、何十年経っても彼らの記憶は鮮明であり続けるのかもしれない。

 前日、急に具合が悪くなってしまった義父も何とか回復し、一つ目のプロジェクトに無事に参加することができた。翌日には、二つ目のプロジェクトを催すことになっている。私たちは二つ目のプロジェクトを目前に控え、プロジェクトを催す会場に二人で泊まった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もともと風習やしきたりに抵抗があった私たちですが、風習やしきたりを守ることを目的とせずに手段と考えることで納得することができました。風習やしきたりを目的とするのは、それらの意味づけが行われていない場合だったのですね。意味づけがきちんと行われてさえいれば、風習やしきたりも、目的ではなく手段に変わるのではないかと思います。

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2008.05.27

こんな日だから・・・

私たちの特別な時間の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この特別な時間のおかげで、私たちは停滞していた自分たちの中の時間を少し進めることができました。その結果、これから起こるであろう出来事に対しても、受身になることができたのです。それにしても、このような状況になっても「ガンまる日記」を書き続けることができるというのは不思議であります。今日こそは書けないのではないか、という状況なのですが、必ずノートパソコンに向かう時間を確保することができるので、今日も書かせていただくことにします。

 いつものように電子メールではなく、朝、上司が出勤する時間を待って、勤務先に電話を掛けて、今日も休暇を取りたい旨を伝えた。その結果、来月頭に納品が決まっている仕事に関して、私が残している仕事については、私が電子メールでフォローすることにより、上司が直接的な作業を請け負ってくださることになった。その後、届いた上司からの電子メールには、「大変だとは思うが、仕事のことは私たちに任せて頑張ってください」と書かれていた。ありがたいお言葉である。本当に切羽詰ったときは、こうして手を差し伸べてくれる人がいるものだ。私が残していた仕事上の問題点は、上司と電子メールを二回ほど交わすだけで難なく片付いた。

 いつもは電子メールで済ませてしまうところを、勤務先に電話を掛けたことと言い、朝からとても奇妙なことが起こっていた。まず、いつもはお昼頃まで寝ている義父が朝早くから起きていた。義弟が靴の中に潜んでいた百足(ムカデ)に刺され、大騒ぎになった。また、糖尿病を患っている義父の具合が急に悪くなり、私が義父の通院している病院に付き添うことになった。義父は、いつもの検査と診察を受けたあと、いつものように点滴を打ってもらうことになり、私は一時間半以上も待合所で待つことになった。点滴を打ってもらえさえすれば落ち着くだろうということだったので、このような状況の中、私はこの一時間半を「ガンまる日記」を書くために与えられた貴重な時間と判断して気持ちを切り替え、持っていたノートパソコンを取り出して、「ガンまる日記」を書かせていただいた。

 こんな奇妙なことばかり起こる日だから、それは起こったのかもしれない。朝から起こっていた一連の奇妙な出来事はすべて、夜に起こった一つの出来事へのプロローグだったのだろうか。その出来事は、多くの人たちに見守られながら起こった。しかし私は、義父の病院に付き添ったあと、義父を連れてガンモの実家に帰宅したため、他の人たちとは別行動を取ることになってしまった。だから私は、その出来事を見守る人にはなれなかった。これまでまっすぐに続いていたかのように見えていた道が、私の目の前に広がっている道だけ急に曲がってしまったのだ。

 私はその無念さをガンモに伝えた。しかし、ガンモもガンモなりに、深刻な状況に立ち会っていた。点滴を打ってもらった義父の具合が少しでも良くなっていれば、私も義父と一緒にガンモのいる場所に向かうこともできたのに、義父はすぐには良くならなかった。果たして、これが何を意味していたのかはわからない。

 義父と一緒にガンモの実家に帰宅してからしばらくして、ガンモから届いたメールを読み、私はその場にへなへなと崩れ落ちた。私たちの特別な時間のおかげで、爆発的な感情までには至ることなかったが、涙がつーと流れたあと、私はしばらく泣きじゃくっていた。

 こんなことが起こった日だったから、私は、ある一つの感情を味わい尽くしたかった。しかし、その後、義弟たちファミリーがやって来て、ガンモの実家はにわかににぎやかになった。大人たちがどんな状況にあろうとも、子供たちは何故、無邪気にはしゃぎ回ることができるのだろう。この日だけは、彼らの無邪気さを恨めしく思った。

 義弟たちファミリーを見送ったあと、私は勤務先の上司たちに、「今週いっぱいは出勤できそうにありません」とメールを送信した。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 奇妙なことがたくさん起こって私に印象付けて行ったのに、振り返ってみれば、既に何日も前に起こった出来事であるかのように思えます。新しい出来事が起こると、少し前の記憶が少しずつ塗り替えられてしまうのでしょうか。私は良く、携帯電話の「画面メモ」にいろいろな情報を保存しますが、「画面メモ」には百件までしか保存することができないため、保存数が百件を超えるときは、過去に保存した内容に対し、上書きしています。人間の記憶もそれと同じように、足りなくなった領域を少しずつ削りながら保存しているならば、すぐに過去の記憶に塗り変わってしまうのかもしれませんね。

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2008.05.26

私たちの特別な時間

理性のフィルターが外れるときの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m とても不思議なことなのですが、どういうわけか、このような状況に至ってもなお、私にはノートパソコンに向かう時間が割り当てられています。現在、私たちが経験していることからすれば、とても考えられないほどの状況であります。ある事情で私だけが別行動を取ることになり、「ガンまる日記」を書く時間がぽっかりと割り当てられたのです。「『ガンまる日記』は毎日更新。どんな状況になってもできる限り書き続けたい」と思っていると、こうして書かせてもらえるのでしょうか。

 勤務先には、朝、メールを入れて、休暇を取ることを伝えた。午前中のうちは、翌日にはガンモが残り、私だけが帰宅するという話が持ち上がっていたので、明日は出勤するつもりだとメールに添えた。しかし、午後になってから状況が変化し、それが崩れた。

 この日、私たちは二人で特別な時間を過ごした。かつて私は映画『私たちの幸せな時間』のレビューを書いた。その映画の内容とはまったく異なるのだが、その時間は私たちにとって、特別でとても幸せな時間となった。

 それは、私たち二人だけの特別な時間というよりも、私たちの他にもう一人交えた特別な交流だった。その交流を通じて、人と人は互いに見詰め合いながら理解し合うものだとわかった。見詰め合ったまま目を逸らさずにいることは、魂の交流にも匹敵する行為だとわかった。

 更に、魂の振れ具合を示す針があるならば、「ありがとう」という言葉が発せられるとき、もっとも針が大きく触れるということがわかった。「ありがとう」の言葉を発した人の意識レベルも、「ありがとう」の言葉を投げ掛けてもらった人の意識レベルも同時に高くなっている。「ありがとう」という言葉を一日に何度も口にすることで、幸せがやって来ると言っていた人がいたが、実際にその通りかもしれない。「ありがとう」は確かにプラスの波動を持っている言葉だったのだ。

 私たちはとても長い時間、その特別な時間を過ごしていた。それはまるで私たちのために容易された特別なプレゼントなのではないかと思えるくらい幸せで貴重で幸せな時間だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の記事は短めで申し訳ありません。また、今回のことを通じて非常に多くのことを学びましたが、内容を詳細に綴ることができず、申しありません。いつか、このとき起こっていたことをまとめて詳細にご報告できるときが来たらいいなと思っています。そのためにも、こうして断片的に書き留めておいた情報が、過去を振り返るヒントになるかもしれません。

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2008.05.25

理性のフィルターが外れるとき

コンセントクエストの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 広大な海の上を走る船だからこそ、航海中も広いスペースを確保することができるんですよね。陸路を走る公共の乗り物と言えばバスや鉄道ですが、どちらも占有できるスペースがとても狭いですよね。だからこそ、寝台特急への憧れが強いのかもしれません。寝台特急も、個室ならば、コンセントがありますしね。(笑)

 私たちは普段、理性のフィルターを操作しながら自分の立場を守っている。例えば、本当は「○○したい」と思っているのに、理性でその願望を押し込めてしまい、本来の願望とはかけ離れた行動を取ってしまうことがある。それは、「○○したい」というよりも、「○○しなければならない」という義務の感情が強いからだ。しかし、時として、そうした理性のフィルターが完全に外れ、義務の感情から解放されることがある。

 ガンモの実家に一泊した私たちは、月曜日からの予定を立て直す必要があった。状況により、仕事を休んでガンモの実家に滞在し続けることも覚悟して出掛けて来たのだが、それでも仕事を休めるのは三日が限度だろうと思っていた。しかし、実際は、滞在期間がもっと長引きそうな状況になっていた。ガンモは月曜日からの五日間、たまたまセミナーに参加するという予定が組まれていたので、それをキャンセルすることで、影響範囲を最小限に留めることができた。もしも通常の勤務を予定していたならば、ガンモが担当している仕事を他の人に割り振る必要があったのだ。もちろん、セミナーに参加しなかったことで、ガンモの今後の仕事に影響が出て来るかもしれない。しかし、今はそんなことを言っている状況ではなかった。

 一方、私は、遅くとも来月の頭には納品しなければならない仕事を抱えていた。その作業がまだ完了しているわけではない。私は、仕事を取るか、それとも、このままガンモの実家に滞在するのか、しばらく悩んだ。その結果、ガンモは実家に残して、私だけがいったん帰宅することに決めた。しかし、そうした選択に対し、何となく後味が悪かった。

 夜行便の一つ前のフェリーで私だけが帰宅する予定で準備を始めたものの、実家に帰って来てからも寝不足が続いていたガンモは、帰宅する私を最寄駅まで送り届ける言ってくれているのに、なかなか起き上がろうとしなかった。私自身も、私だけが帰宅するという決断を下したことに対し、もやもやした気持ちを抱えていた。そんなとき、
「まるみが居てくれたほうが心強いんだけど」
とガンモが言った。私は、
「うん、わかったよ」
と、二つ返事で滞在を延長することに決めたのだ。

 そのとき私は気が付いた。「○○しなければならない」ではなく、「○○したい」という気持ちを優先させることのほうが大切だったということに。私にとっての仕事は、「○○したい」ではなく、「○○しなければならない」部類に入る。それを「○○したい」気持ちよりも優先させてしまうと、今回のように後味の悪い想いを体験することになるということだ。確かに私は、私以外の人にはわからない仕事を抱えている。しかし、実際のところ、「○○しなければならない」ことというのは、他の人に替わりが効くものなのだ。むしろ、「○○したい」ことのほうが替わりが効かないものなのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「○○したいこと」というのは、理性に対し、本能に相当するのでしょうか。今回の記事ではあまりピンと来なかったので、本能という表現を使いませんでした。動物は本能で生きているなどと言われていますよね。では、人間にとっての本能とは、どのような状態なのでしょう。人間の場合、様々な感情が入り混じっているために、本能を見極め難い状況にあるかもしれません。でも、掃除機や乾燥機のフィルターを掃除するのと同じように、理性のフィルターも時々掃除をしたほうがいいかもしれませんね。(苦笑)

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2008.05.24

コンセントクエスト

映画『紀元前1万年』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画『紀元前1万年』を鑑賞した翌日、ずっと気になっていた映画『クローバーフィールド/HAKAISHA』をレイトショーで鑑賞しました。映画『クローバーフィールド/HAKAISHA』は、「男性が、命を掛けて愛する女性を救い出す」という観点では映画『紀元前1万年』と同じテーマ性を持っていたと言っても過言ではないかもしれません。思えば、健康診断をきっかけに、ここ数日は狂ったように映画を鑑賞しました。しばらく映画を鑑賞していなかった反動と、これからしばらく映画を鑑賞できなくなるかもしれないと危惧しての行動かもしれません。

 先週に引き続き、週末はガンモの実家で過ごすことになった。この週末、ガンモは仕事の待機要員とTOEICの試験、私はホットヨガのレッスンを予約していたのだが、急遽、それらの予定をすべてキャンセルしてガンモの実家に向かうことになった。私は、いつものようにフェリーを利用したかったのだが、ガンモは少しでも早く実家に帰りたいと言って、自家用車で陸路を走ると主張した。しかしガンモは、木曜日の深夜に客先で発生した急なトラブルに対応するため、朝方まで仕事をしていた。半ば徹夜明けの状態で、ガンモは金曜日も普通に出勤していたので、寝不足のまま高速道路を走るのは非常に危険な行為だと思った。そこで私は断固として陸路で帰省したいと言い張るガンモをやっとのことで説得し、その結果、ついにフェリーで帰省することになったのだ。

 私たちが乗り込んだのは土曜日の午前中の便だった。やはり、週末に高松まで出掛けて行くには午前中の便を利用する人たちが多いらしい。フェリーは思いの外混み合っていた。そのため、またしてもコンセントのある場所を確保することができず、私たちはがっかりしてしまった。せっかくノートパソコンを操作しやすいように、自宅から小さなテーブルを持ち込んだというのにがっかりである。何かが足りると何かが足りなくなる。まるで、お金はなくても時間だけはたっぷりあった学生時代のようだ。

 私たちが腰を下ろした席から一番近いコンセントは、既に他の人が携帯電話の充電のために使用していた。私たちはこんなときのために三叉コンセントプラグを持ち歩いているので、勇気を振り絞って、
「ちょっとコンセントを拝借します」
と言って、既に差し込まれている携帯電話の充電器を三叉コンセントプラグに差し替えてしまえば良かったのだが、さすがに出会ったばかりの人にそこまで言えるほど図々しくはなかった。コンセント近くの席を確保することのできなかった私たちは、これから四時間近くもの間、コンセントなしで過ごすことに不安を感じながら、悶々としていた。

  私たちは、船室内でコンセントのある場所をぐるっと見渡した。その中の一つに、既に人が座っているものの、使用されていないコンセントがある場所を見つけ出し、密かにそこに移動することに決めた。先にガンモが移動して、続いて私もじわじわと移動し、申し訳なさそうに、使われていないコンセントを拝借した。さて、これでめでたくノートパソコンを広げられる準備が整った。やれやれである。

 お昼ごはんは、船の中でうどんを食べた。メニューにはうどんしか用意されていなかったが、神戸とうどんの国を結ぶフェリーなので、まったく問題はないのだ。

船内でうどんを食べることができる

 いつもは、和室の船室の写真ばかり掲載しているので、今回は別の船室もご紹介することにしよう。こちらは和室ではなく、シート式の客室である。まるで列車に乗っているかのような気分に浸ることができる。本を読んだりするには、私たちがいつも利用している和室の船室よりも、背もたれがある分、こちらの客室のほうがいいかもしれない。シート式の客室には、テーブルを挟んで向かい合わせに座ることのできるコーナーもある。ありがたいことに、テーブルの下にはコンセントも備え付けられているようだ。ちなみに、私がゴールデンウイークに利用したレディースルームには、シート式の船室と和室の船室の両方が備えられている。

シート式の客室

まるで列車に乗っているような気分に浸ることができる

 四時間近くフェリーに揺られて、私たちは無事に高松に上陸した。最初は陸路を走ると言い張っていたガンモも、ノートパソコンの操作が一段落すると、船室で横になって休んでいた。四時間近くもフェリーに乗るので、二時間好きなことをしたあと、二時間眠ってもいい。仕事疲れのガンモの身体を休ませるためにも、やはりフェリーで帰省して良かったと私は思った。スーパーで買出しをしたあと、私たちは心して、ガンモの実家のある坂出方面へと向かった。

ガンまるコムサーバのCGIスクリプトが正常に実行されない現象が続いています。現在、サーバを再起動できない状態にあるため、皆さんにはご不便をお掛けしますが、復旧までしばらくお待ちください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m フェリーの利用客は、一般客も多かったのですが、長距離トラックのドライバーが圧倒的に多かったですね。やはり、長距離トラックのドライバーにとっても、陸路を走るよりも、フェリーを利用したほうが身体が楽ちんなのでしょう。船内が快適に過ごせる温度に保たれていさえすれば、フェリーは大変リラックス度の高い乗り物だと思います。ご紹介したように、フェリーにはいろいろなタイプの船室が用意されているため、皆さんいろいろなタイプの船室で思い思いの時間を過ごされているようですね。もちろん、私たちはやはり、ゴロンと横になることのできる和室が一番お気に入りです。(^^)

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2008.05.23

映画『紀元前1万年』

ホットヨガ(一〇五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 久しぶりのレッスンだったので、かなりバテてしまいました。歳を取ると、すぐに身体に来ますね。(苦笑)午前中、健康診断を受けて、午後からは映画を二本観て、夜はホットヨガのレッスンという盛りだくさんな一日となりました。以前、木曜日の夜に脂肪燃焼コース2のレッスンを受けていましたが、現在、あの時間帯のレッスンはビギナーコースのレッスンに変わってしまいました。木曜日は、どの映画館の割引デーにも当たっていなかったので、仕事が忙しくない時期は、ホットヨガのレッスンにはもってこいだったのに残念です。(苦笑)それほど遠い昔のことではないはずなのに、あの頃がちょっぴり懐かしく思い出されますね。

 月に一度の定時退社日に鑑賞したのは、ホットヨガの神戸店のスタジオのすぐ隣の映画館で上映されていた映画『パラノイドパーク』だった。映画を観ようが、ホットヨガのレッスンを受けようが、足を運ぶ場所がほぼ同じであるというのはなかなか興味深い。GPSの力を借りて、月に一度の定時退社日の私の居場所を知ろうとする人が居たならば、余程精度の高い装置を使わない限り、私が映画を観ているのか、ホットヨガのレッスンを受けているのか、区別がつかないかもしれない。

 映画『パラノイドパーク』は、なかなかレビューを書き難い映画だったので、その翌日にレイトショーで鑑賞した映画『紀元前1万年』について書いてみたい。

 この映画の存在を知ったのは、確か映画館で観た予告編だったと思う。『紀元前1万年』というタイトルからして心惹かれた。監督はローランド・エメリッヒという人だが、私はこの監督の作品をまだ鑑賞したことがない。彼の他の作品を鑑賞している人たちは、今回の作品に対してやや期待外れの感想を抱いているようだが、前作と比較する術のない私は十分楽しませてもらった。

 昔、『はじめ人間ギャートルズ』という原始時代の生活を描写したユーモラスな漫画があった。マンモスが登場する時代というと、その漫画と重ね合わせて、私は勝手に原始時代をイメージしていた。紀元前一万年前と原始時代、どちらがより古い時代なのかは良くわからないが、『はじめ人間ギャートルズ』とは違って、この映画に登場する人たちは既に立派な文化を持っていた。言葉があり、権力もあった。また、この映画のテーマの一つとなっている男女の愛や男同志の友情もあった。

 この映画で描かれている男女の愛は、大人になっても強く惹かれ合い続ける幼馴染の男女の愛だ。子供の頃に出会いを果たした二人が、お互いを愛しく想いながらともに成長し、脇目も振らずにただお互いへの愛をあたためて来た。多くの人たちは、いくつかの恋愛を経て運命的な相手にようやく出会えるというのに、子供の頃から既に運命的な相手に出会うことのできた二人がちょっぴりうらやましくもあった。何故なら、二人の出会いが早ければ早いほど、一緒に過ごせる時間も長くなるからだ。この二人の場合、子供の頃に出会っているというのに、その愛の深さが半端じゃない。何者かに連れ去られてしまった恋人エバレットを取り戻すため、勇者デレーは仲間たちを率いて命を掛けた長い長い旅をするのだ。

 旅を続ける中で、男同士の友情が生まれる。デレーは旅先で、かつて自分の父と交流があったという人物と出会う。その人物と父との交流が大変好ましいものであったおかげで、デレーは彼の援助を得られることになる。紀元前一万年前といえどもあちらこちらで様々な部族が生活しているのだが、デレーの父との交流により、デレーの父が使っていた言葉をマスターした彼は、様々な部族とデレーの部族との通訳の役割を果たしてくれるのである。そのおかげで、デレーはバレットを取り戻すための数多くの味方を得ることになる。こうした友情は、父が遺してくれた偉大な財産でもあった。

 マンモスや巨大鳥などのCGの描写もリアルで美しく、愛する女性を救い出すという壮大で感動的なストーリーに仕上がっているにもかかわらず、この映画の評価がそれほど高くないのは、いったん悲しい結末を迎えながらも、あとからどんでん返しがあるからかもしれないと思う。このどんでん返しにより、映画の余韻が持ち去られてしまうのではないだろうか。

 この映画を鑑賞して、時代背景も場所も違うはずなのに、作品から漂って来る雰囲気から、去年鑑賞したメル・ギブソン監督の映画『アポカリプト』を思い出した。私には、この映画と同じような雰囲気を漂わせていると感じられるのに、映画『アポカリプト』のほうがずっと評価が高い。そもそも、時代背景が違うのに、二つの作品を並べてしまうということは、それだけこの作品が近代的に感じられるからかもしれない。それが逆に人々に違和感を与えてしまっているのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 『紀元前1万年』というタイトルから、言葉らしい言葉もなく、文化もない時代が描写されているのだろうと思い込んでいたのですが、まったく違っていました。私は、映画『もののけ姫』のように、人間と動物の共存を目指した作品に憧れています。今は共存が難しくても、紀元前一万年前くらいなら実現可能だったかもしれません。でも、どんな映画を鑑賞しても、そこに描写されているのは動物たちとの共存ではなく、戦いです。動物と人間は、一体いつから分かれてしまったのでしょう。昔はもっともっと彼らと密接だった時代があったとしてもおかしくはないと思うのですが。この映画の中にも、鋭い牙を持ったタイガーとテレパシーが通じたかのようなシーンが登場しますが、言葉が存在しなかった時代には、テレパシーで動物たちとの会話が成り立っていたのではないかと想像するのは、私の勝手な思い込みでしょうか。

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2008.05.22

ホットヨガ(一〇五回目)

映画『スパイダーウィックの謎』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m とにかく、わくわくする映画でありました。私が昔から思っていたことの一つに、「名前がついているのだから、存在してもおかしくはないはずだ」という考えがあります。名前があるということは、それなりの概念が存在しているということだと思います。要するに、妖精という名前が存在しているのだから、妖精が存在してもおかしくはないということです。目に見えないものをなかなか信頼しようとしない私たちですが、私は独身の頃、夜、寝ているときに、私たちの目に見えているものはいくつもの層に分かれて存在しているということを実感したことがあります。ある人にとっては当たり前のように存在している層が、別の人にとっては存在しない層かもしれません。その人にとって、特定の層が存在するか否かが、「見える」、「見えない」を切り分けているのではないかと私は思っています。

 映画『スパイダーウィックの謎』を鑑賞したあと、せっかくのレディースデイに映画をもう一本観るため、私はただちに電車に乗り込み、三ノ宮から神戸へと移動した。そして、ホットヨガのスタジオのすぐ隣にある映画館で映画『ラフマニノフ ある愛の調べ』を鑑賞したあと、「ガンまる日記」を書き上げてから、ホットヨガのレッスンに臨んだ。映画『ラフマニノフ ある愛の調べ』はとても情緒的な映画だった。芸術家と呼ばれる人たちは、一体何を探し続けているのだろう。常に満たされない想いを抱えながら、自分自身の意図しないところで横道に反れてしまっているように思えた。

 ホットヨガのレッスンは、もはや何回目のレッスンなのか、ページをめくらなければわからなくなってしまうほど、久しぶりのレッスンとなってしまった。五月から始まったパワーアクティヴコースのレッスンをずっと心待ちにしていたはずなのに、諸事情でレッスンに参加することができず、今回のレッスンが私にとって初めてのパワーアクティヴコースのレッスンとなった。

 パワーアクティヴコースのレッスンは、四月末に脂肪燃焼コース2のレッスンが終了になり、これまでの脂肪燃焼コース2に替わるレッスンとして新しく登場した七十五分のレッスンである。スタジオには私を入れて十一名の参加者がいた。レッスンを担当してくださったのは、いつもお話をさせていただいている顔馴染みのインストラクターである。私は、インストラクターと久しぶりのあいさつを交わしながら、
「(パワーアクティヴのレッスンへの参加に)出遅れましたよ」
と苦笑いした。レッスンに参加している人たちの中に、私と同じようにパワーアクティヴコースのレッスンに初めて参加する人がもう一人だけ居た。ということは、他の人たちは既に何度かパワーアクティヴコースのレッスンに参加しているということだ。十一名の参加者のうち、九名までは既にパワーアクティヴコースのレッスンを受けているということがわかり、初めてレッスンを受ける私は何となく気後れしてしまった。

 パワーアクティヴコースのレッスンは、これまで受けて来たあらゆるレッスンの集大成であるように思えた。いろいろなコースで取っているポーズがなるほど思う形で組み合わさって、納得の行く形で一つの方向に集結したという印象を受けた。パワーアクティヴコースのレッスンには、とりわけ、太陽礼拝のポーズが多く登場するが、太陽礼拝のポーズ単体ではなく、他のポーズと組み合わせたような形で登場する。ポーズを曲のフレーズに例えるならば、この曲のフレーズとあの曲のフレーズを組み合わせて別の曲を作り上げたような感じである。しかも、その組み合わせ方がとても自然で、全体的に美しい流れのポーズに仕上がっていた。

 ただ、およそ三週間ぶりのレッスンとして受けるには、かなりきついレッスンであると言える。私は大きな息を繰り返しながらも、途中で退出することなく最後までレッスンを受け続けた。特に後半はお腹に力を入れるポーズが続くので、レッスンから逃げ出しさえしなければお腹を十分に鍛えられるかもしれない。とは言うものの、久しぶりにレッスンを受ける私にはあまりにもきつくて、後半はヨガマットの上でしばらく休息を取っていた。

 レッスンを終えてシャワーを浴びるために、ピチピチと身体に張り付いたTシャツを脱いだとき、脱水したくなるほどTシャツに大汗をかいていることに気が付いた。パワーアクティヴコース、恐るべしである。その汗のかき具合からすると、パワーアクティヴコースのレッスンと仲良く付き合って行けば、今後、新たな自分を発見できるかもしれないと思った。

 新しいコースが開設されたことで、私たち参加者にも新たな目標が生まれた。新しいコースが開設されると、私たちはまず、ポーズの流れを覚えることから始める。その微妙な緊張感がたまらなくいいのだ。

 着替えを済ませて受付にロッカーの鍵を返しに行くと、レッスンを担当してくださったインストラクターに、
「パワーアクティヴコースはいかがでしたか?」
と尋ねられた。私は正直に、
「久しぶりのレッスンにはきついですね」
と答えた。

 実は、その翌日は月に一度の定時退社日だったので、その翌日もパワーアクティヴコースの夜のレッスンを予約していたのだ。しかし、
「やっぱり二日連続はきついので、明日の予約はキャンセルしておいてください」
とお願いしてスタジオをあとにした。心の中で、「明日の定時退社後のお楽しみは、映画鑑賞にしよう」と考えていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 念願のパワーアクティヴコースのレッスンに参加しました。諸事情により、他の方たちよりもすっかり出遅れてしまったのが残念ではありますが、まだまだ数回の差だろうと思っていますので、これからグングン追い上げて(?)、ポーズを自分のものにして行きたいと思います。新しいコースを受ける度に思うのは、ホットヨガのレッスンはとても工夫されているなあということです。本文の中で作曲に例えましたが、まさしくそんな感じで、いくつものフレーズをあちらこちらい散りばめながら、自然で美しいメロディを作り上げて行くような感じです。ポーズを覚えるまではしばらく戸惑うかと思いますが、かつての脂肪燃焼コース2のレッスンのように、私にとって象徴的なレッスンになることを夢見ています。

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2008.05.21

映画『スパイダーウィックの謎』

ゆったり健康診断の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私の仕事は、例えば数ヶ月単位で一つのものを作り上げるという、仕事に取り掛かってから結果が導き出されるまでのサイクルが比較的長くなっています。それに対し、医療に携わる方たちは、短ければわずか数分で一つの仕事のサイクルが終わることになります。それだけ達成感を味わう回数が多い仕事であるとも言えると思いますが、私のように比較的長いサイクルで仕事をしている立場からすると、次々に達成感の対象が切り替わることについて、「めまぐるしい」という印象も覚えます。仕事のサイクルが短い分、納期に追われることがないという点においては、残業しなければならないような状況にはなりにくいかと思いますが、それだけに、仕事中の集中力が問われる仕事だと思いました。

 昼食を取る頃から、お腹のあたりでグルグルと下剤が反応し始めていた。胃の検査を行うために飲んだバリウムを身体の外に排泄してしまうために、下剤を飲んでいるのだ。これまでの健康診断の経験からすると、私の場合、下剤は二、三時間のうちに効いて来る。既にお腹がグルグルと反応し始めてはいるものの、できれば食事中や映画の鑑賞中にはトイレに駆け込みたくないものだ。私は、「もう少し待ってね」とお腹をなだめながら昼食を取り、映画館へと向かった。

 実は、派遣会社の福利厚生ページから申し込んでおいた映画の前売券が手元に残っていたのだが、公開されてから既に三週間ほど経っているにもかかわらず、まだ映画館に足を運べない状態が続いていた。このままでは公開が打ち切られてしまい、後悔してしまう(ちょっとだけシャレのつもり)と思い、映画を千円で鑑賞できるレディースデイだったが、健康診断のあとに前売券を使用して映画を鑑賞することにしたのである。

 受付で前売券を提示すると、
「本日はレディースデイで女性の方は千円で鑑賞できますが、よろしいですか?」
と尋ねてくださった。この映画館は、レイトショーを鑑賞するときもこのように尋ねてくれることがある。というのも、前売券の額面が千三百円となっているため、レディスデイの千円よりも、また、レイトショーの千二百円よりも、千三百円の前売券を使用する方が割高になってしまうからだ。とは言うものの、私はいつも派遣会社の福利厚生ページから購入しているので、映画の前売券はたいてい千百五十円前後だ。そのため、レディースデイに前売券で鑑賞することは、それほど高いリスクを背負うことにはならない。私はひとまず、
「この映画の公開はいつまでですか?」
と係の人に尋ねた。すると、係の人は、上映スケジュールを調べてくださり、
「そうですね。二十三日までの公開となっております」
と答えてくださった。二十三日までの公開となれば、今日を逃してしまえば、上映期間中に映画館に足を運べる保障はない。私は、
「わかりました。では、この前売券を使います」
と宣言し、レディースデイに前売券を使って鑑賞することにしたのである。

 ありがたいことに、映画を鑑賞する直前に、ほとんどのバリウムが私の身体から出て行ってくれた。バリウムにとって、私の身体はそれほど住み心地が良くなかったのかもしれない。これで安心して映画を鑑賞できるというものである。それでも、万が一に備えて、出入口に近い席を確保しておいた。

 この映画を既に鑑賞された方の興奮したブログを拝見していたので、私には少なからずこの映画に対する期待があった。しかし、あまり期待し過ぎても自由な鑑賞ができなくなってしまうので、私はできる限りこの映画について下調べをせずに鑑賞に臨んだのだ。それが良かったのかどうかはわからないが、ここ最近の鑑賞の中で最も興奮する映画となった。この映画は、妖精伝説を扱ったミステリアス・アドベンチャー映画なのだが、妖精と対峙するゴブリンの存在もあって、何ともドキドキハラハラさせられる展開に仕上がっていた。「もう、この映画、大好き!」と大声で周りに宣言したくなるような、わくわくさせてくれる映画だった。すぐにでももう一度鑑賞したくなる映画の一つと出会えたと言えよう。

 どうやらこの映画は、私だけでなく、他の人たちにとってもわくわくする映画だったようだ。もうすぐ公開打ち切りになろうとしているのに、映画館にはたくさんの人たちが訪れていた。男性客も多かったので、決してレディースデイだから鑑賞しようと思い立ったわけではなさそうだ。この映画は、熱狂的なファンを生み出し易い雰囲気を持っているので、もしかすると、二回目、三回目の鑑賞という方も多いのかもしれない。

 しかし、そうした熱狂的な想いが、時として歪んでしまうこともあるようだ。上映中、周りに対する気遣いもなく、バサバサとビニールの音を立てて私の気を散らせる女性がいた。上映中なのだから、もう少し静かにして欲しいと思いながら、その人ほうを何度も振り返ったのだが、彼女は他の人のことなどまったくおかまいなしの様子だった。パサパサという音が止んだかと思うと、今度は劇場内でフラッシュが光った。信じられないことだが、さきほどバサバサと音を立てていた女性がデジタルカメラで上映中のスクリーンを撮影しているのだ。しかも、堂々とフラッシュをたいて。おそらくだが、バサバサと音を立てていたのは、バッグの中に入れておいたデジタルカメラを探している音だったのだ。

 暗い部屋で明るい対象を撮影するのにフラッシュを使用するという発想にも驚いたが、何よりも映画の上映中にフラッシュをたいて上映中の映画を撮影するという非常識極まりない行為に驚いた。それも、一度や二度ではない。上映中、何度もフラッシュが光る。私はだんだん腹が立って来た。わくわくする映画なのだから、この映画に魅せられる気持ちは良くわかる。しかし、他の人も同じように、この映画に魅せられているのだ。そういう人たちに対する気遣いはないのだろうか。

 下剤を飲んでいたために、出入口付近の席を選んでいた私は、映画館のスタッフを呼んで来ようかどうしようか、しばらく迷っていた。しかし、せっかく上映前にトイレを済ませておいてお腹も落ち着いているのに、このわくわくする映画の途中で席を立ちたくない気持ちもあった。私は何も言わず、フラッシュをたいている女性をキッと睨んでいた。すると、その女性の前に座っていた若い男の子がその女性に声を掛けた。
「やめてもらえませんか?」
ああ、ありがとう。君は若いけど、英雄だよ。私は心の中でそう思っていた。それからは、フラッシュの光がピタリと止まったので、ようやく映画に集中することができた。

 ところで、この映画の面白さは、言葉だけでは言い表せないものがある。妖精に存在して欲しいと想う気持ちを満たしてくれるだけでなく、妖精に対するゴブリンという邪悪な存在を登場させることにより、二元的な世界を象徴する構成となっている。妖精たちの秘密を守るためにゴブリンと勇気を持って戦うことが、両親が離婚し、母と子だけになった家族を一つにして行く。花からぽーんと飛び出る妖精もいい。妖精は、私たちの目に見えていないだけで、本当は存在するのではないかと思ってしまう。

 私は子供の頃のことを思い出す。子供の頃、私は小人が存在すると思っていた。というのも、視界の端のほうにチラチラと小人の残像を感じていたからだ。大人になってからは、そうした残像を感じ取ることもなくなって来た。しかし、この映画を観ると、私が体験して来たことも、まんざら勘違いではないかもしれないという気持ちになったのだ。

 妖精というと、やはりイギリスが発祥地なので、この映画がアメリカ映画であることが不思議に思えて来る。しかし、いつも鑑賞しているアメリカ映画の大雑把な雰囲気が漂っていないところがまたいい。時間の流れを止める風の精の描写など、なるほどと思いながらも、ついつい引き込まれてしまういくつもの独創的な表現や展開に強く惹き付けられたまま鑑賞を終えたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく、大満足の映画でありました。前売券を購入していたので、何とか公開中に足を運ぶことができて良かったと思います。大人でも十分楽しめる映画だと思います。これからも、こうしたわくわくする映画に出会いたいものです。まだご覧になっていない方たちのためにも、もう少し早くご紹介したかったです。(苦笑)

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2008.05.20

ゆったり健康診断

創造主の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m いろいろな選択肢があったとしても、選ぶ前から決まってしまっていることもあるのかもしれませんね。それが、運命学的には宿命といわれるものなのでしょうか。確か、自分で変えられるのは宿命ではなく、運命という定義だったと思います。まあ、歳を重ねると、いろいろありますね。(苦笑)

 真剣勝負の課題が目の前に広がっていたとしても、私たちは自分自身の予定もこなして行く必要がある。

 健康診断を受けるため、私は休暇を取っていた。私の所属している派遣会社では、毎年四月から七月までの間に指定の医療機関で健康診断を受診することになっている。去年、京都の医療機関でどっきり健康診断を受けて気に入ったので、今年も同じ医療機関で受診しようと思っていたのだが、なかなか京都まで出掛けて行くパワーがなく、今回は三宮の医療機関で受診することにした。

 派遣会社が指定する三宮の医療機関は二つある。一つは駅から近いがロッカーもなく、検査着に着替えることもせず、検査室を移動するときには自分の荷物を抱えて移動する医療機関で、もう一つは、駅から遠いがロッカーに荷物を預けて検査着に着替えてゆったりと受診できる医療機関である。駅から近い医療機関は、歩いて行くにはとても便利なのだが、私の場合、普段から荷物が多い上に、健康診断で休暇を取るときはホットヨガのレッスンもセットにするため、健康診断に出掛けて行くときは普段よりも荷物が多くなってしまう。そのため、駅から多少遠くても、ロッカーに荷物を預けることのできる医療機関を選ぶことにしたのである。

 聞くところによれば、駅から近い医療機関は、婦人科の医師を確保することができないため、近くの婦人科の病院まで歩いて行って子宮がん検診を受けることになっているらしい。それに対し、私の選んだ駅から遠い医療機関は、婦人科の医師がその医療機関にやって来て、乳がんと子宮がんの検診を行ってくださる。

 三ノ宮駅から十分以上歩き、目的の医療機関に着いた。確か、以前ここで受診したときは、火曜日はレディースデイになっていて、男性の受診者はいらっしゃらなかったはずだ。しかし、待合所に目をやると、わずかながらも男性がいらっしゃるのである。てっきり女の園だとばかり思い込んでいたので、少し驚いたが、男性がいるというだけで気持ちが引き締まって来る感覚を味わうことができた。

 私は更衣室で着替えを済ませ、ロッカーに荷物を預けた。細長タイプのロッカーだったので、手帳やノートパソコンで肥大しているリュックの中身を取り出してスリムにしたあと、ロッカーの中に押し込めた。検査着は紺のスウェットの上下だった。

 着替えを済ませて待合所の椅子に座って待っていると、ほどなくして名前を呼ばれた。体重と身長を測定したあと、血圧を測ってもらう。どういうわけか私の血圧は、最高値が百三十を超えていた。係の方が、
「深呼吸をして、もう一度測りましょう」
と言ってくださったので言われた通りにすると、今度は百十台に下がった。これまで血圧では問題がなかったはずなのに、一体何だったのだろう?

 若い頃から苦手なのは採血だ。
「採血のときに気分が悪くなったことがありますか?」
と係の人に聞かれ、私は
「はい」
と答えた。確か大学生の頃、採血をしている最中に気を失いそうになってしまい、慌てて酸素呼吸をしてもらったことがある。そのため、心配なときはベッドに横たわって採血して来たのだが、今回はおそらく大丈夫だろうと思い、
「でも、今日は大丈夫だと思います」
と答えた。

 ありがたいことに、採血担当の方は熟練者だった。ひるんだ様子もなく、わかりにくい私の血管に狙いを定め、注射針を突き刺した。私は目を瞑り、採血が終わるのをじっと待っていた。すると、採血担当の方は、
「目を瞑るよりも、遠くの景色をご覧になったほうがいいですよ。目を瞑っているとどうしても、自分だけの世界に入ってしまって、想像力を掻き立ててしまいますので」
とおっしゃった。なかなか面白いことを言う方だ。その一言で、私は彼女を信頼した。気がつくと、採血は終わっていた。私は、
「あなたのおかげで安心して採血していただきました」
と言おうとしたのに、単なるお礼を述べるだけに終わってしまった。もし私が「あなたの採血は素晴らしい」という気持ちを表現できていれば、これからも彼女は、私のように採血が苦手な人を励まし続けることができるというのに。

 続いて、子宮がん検診と乳がん検診を行った。二つの検診をそれぞれ別の医師が担当してくださった。子宮がん検診は、子宮頸がんのみの検査だった。医師には、私に筋腫があることがすぐにわかったらしい。そのせいか、細胞を採取したあと、
「触診します」
と言われ、膣の中に指を突っ込まれた。これまで健康診断で何度か子宮がん検診を受けてはいるが、触診されたのは初めてのことだった。あとで派遣仲間にそのことを話して聞かせると、ひどく驚かれ、
「筋腫があるからやとちがう?」
と言われた。確かにそうかもしれない。

 子宮がん検診のあとに行われた乳がん検診も、何だか笑いの出るような検診だった。おじいちゃんの医師が私のバストに手をかけ、しこりがあるかどうかを、えっさほいさと触診して確認するのである。最初は椅子に座って向き合った状態で行い、続いて施術台の上に横になり、同じような触診を繰り返す。見知らぬ男性医師の前で両足を開く子宮がん検診もそうだが、検診とは言え、女性にとってはかなりショッキングな診断である。私は、ここ最近、生理のあとにときどき胸が痛くなる症状を覚えていたのだが、乳がん検診を担当してくださった医師曰く、問題はないそうだ。

 その後、胸部エコーも受診した。こちらは医師ではなく、女性スタッフが対応してくださったのだが、ゼリーを塗った胸にローラーを転がしてエコーにかけるというものだ。これがかなり気持ちが悪い。年に一度のこととは言え、女性であり続けるというのは、なかなか大変なことであると実感した。

 バリウムを飲んで胃の検査も行った。毎年のように健康診断でバリウムを飲んでいるが、あまり気持ちのいいものではない。検査のあと、下剤をもらってすぐに飲んだ。そのあと映画を観ることにしていたので、上映までの間に下剤が効いてくれることを祈りながら、医療機関をあとにした。

 私はすぐには移動せずに、医療機関のあるビルの外でしばらくくつろいでいた。実は、普段、あまりにも重い荷物を運び過ぎているせいか、リュックがほころんで来たので、針と糸を使って縫い合わせていたのだ。お天気が良かったからだろうか。近くのオフィスで働いている人たちが外でお弁当を広げて食べていた。ああ、のどかでいいなあと思う。そこには、オフィス街に良く見られる、お弁当売りのおばさんの姿もあった。私もかつてオフィス街で働いたことがあったが、お昼になるとどこからともなくお弁当売りのおばさんがやって来て、お弁当を売り始めるのだ。現在の職場で働き始めてからは、そうした光景からも遠ざかっていたので、久しぶりに見るオフィス街のこの光景がとても新鮮だった。

 リュックの修繕を終えた私は、再び重いリュックを背負い、三ノ宮駅方面に向かって歩き始めた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 健康診断は二時間足らずですべての検査項目を終えました。子宮がん検診では、子宮頸がんの検査しかしてもらえなかったので、子宮体がんの検査も行っておきたいと思います。子宮頸がんと子宮体がんでは、確か細胞を取る場所が違うんですよね。追加料金を払えば子宮体がんの検査も行えるというシステムだったら良かったのですが、そういうわけにも行かないようでした。

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2008.05.19

創造主

魂の居心地の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 魂のフィット感と言いましょうか。居心地のいい魂に出会うと、「もっともっと話をしたい」という気持ちになるので、すぐにわかります。魂の居心地が良いと、目を見開きながら、相手の言うことに熱心に耳を傾けようとします。相手と話をしていると、自分の中の何かが開いて来る感じなんですね。でも、こういうことに気づかせてくれるのは、実は、魂の居心地が良い人の存在ばかりではありません。魂の居心地が良い人とそうでない人が存在しているからこそ、わかるのだと思います。

 ガンモはこれまでのことを振り返りながら、真剣勝負の課題に対して他に選択肢はなかったのかどうか、じっくりと検証を行ったようだ。私たちが直面している真剣勝負の課題は、最初の段階における選択肢は一つだけだったが、途中でいくつかの選択肢が浮上して来た。そのときに、今回選択したのとは別の選択肢を選ぶことができたかどうかを、ガンモは過去を振り返りながら、検証したのだ。その結果、他の選択肢を選ぶことは不可能だったという確証を得たようだ。

 最近は、その方面に関してまったく知識がなかったとしても、インターネットにアクセスするだけで、多くの情報を得ることができる。ただ、得られる情報が常に信憑性の高いものであるとは限らない。インターネットで入手できる情報は、時として、その道に精通している人たちからすれば異端であることも有り得る。それらの情報の有効性を見極めるには、情報を得る側に、単なる表面的な知識だけではなく、もっと応用の利く知識のベースが必要だ。

 真剣勝負の課題については、かつて私もインターネットで調査し、こうすれば切り抜けらるだろうという情報を得ていた。ガンモはそのことについて口にはしなかったが、ある時点で私と同じ情報を得ていたようだ。しかし、私たちがその方法に辿り着いたのは、既にその情報が適用される時期を過ぎてしまってからのことだった。しかし残念なことに、人生はDVDのようには巻き戻しすることができない。

 また、例えその方法を選択するにしても、その方法は孤独で都会的な選択だった。有益な情報といえども、価値観の違いなどにより、すべての環境の人に当てはまるわけではないということだ。また、その方法を選択するということは、目の前にいる力のある人を信頼せずに、遠方にいるもっと力のありそうな人に頼ろうとする行為でもあった。仮に私たちの調査がその時期に見合っていたとして、その選択肢のメリットとデメリットがはっきりと見えていない状況でその方法を推進して行くためには、選択することによって環境が大きく変わることを考慮した上で、多くの人たちの同意を得ることが必要だった。また、私たちがインターネットで得た情報の中には、提示するときにオブラートに包まなければならない情報もあった。しかし、その方法を提示するには、オブラートに包んでもいられず、どこからどこまで提示すべきかという葛藤もあった。

 とにかく、いろいろな要因が重なって、「現在」がある。その中のどれが欠けても「現在」は形成されなかったかもしれない。つまり私たちは、「現在」を作り上げることに責任を持って関わって来た。だから、創造主であもある私たちは、私たちが創造して来た「現在」に対して反発はできないのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こうして思い返してみれば、過去に悶々としていた時期があったのを思い出します。もちろん、その中には、私たちが頭の中で考えていただけの葛藤もありました。でも、私たちの中だけに留めず、もっともっと問題提起して、いろいろな人たちを巻き込んでも良かったのかもしれません。何かを選択するときに、ほんの少し未来を垣間見ることができたらいいのにと思いませんか? お店でCDを購入するときは視聴できますよね。CDを購入するという未来に対して、そのCDの中に入っている曲を視聴できるわけです。今回のことを通して、大切な未来の選択も、そんな感じでプレビューできたらいいのにと思いました。

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2008.05.18

魂の居心地

直系による繋がりと婚姻による繋がりの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 曖昧な書き方にも拘わらず、お読みくださり、ありがとうございました。私の場合、ガンモと温度差が出て来てしまうのは、筋腫のせいもあるかもしれません。以前は感情の針がビンビンに触れていたのに、筋腫と付き合うようになってからは、自分の感情がずいぶん鈍くなったと感じます。それで、映画を観るようになったんですよね。自分の感情を引き出すために。これまで、感情の中枢は心臓のあたりにあるのかと思っていましたが、もしかしたらお腹のあたりにあるのかもしれませんね。

 もっともっと話をしたいと思える魂に出会った。ガンモの叔母である。叔母と顔を合わせたのは、数年前にガンモの伯父の葬儀に参列して以来のことだ。そのときは、大勢の中であいさつを交わす程度で終わってしまったのだが、今回は周りに人がいない状態でじっくりと話をすることができた。実際、そうして向き合ってみなければ、魂の居心地の良さを実感できるほどの体験はできないものだと感じた。

 魂の居心地が良いと感じる相手とのコミュニケーションには、最初からお互いに相手を許容する姿勢があり、そうした許容をベースに、お互いをもっと良く知ろうとする意気込みが感じられる。また、お互いに相手に対して入口を開放しているために、会話がどんどん深くなる。しかし、魂の居心地が良くない場合、お互いがスタート地点に立ったままで会話が終わってしまう。時として、長い時間、会話をしても、達成感を感じられないまま会話が終わってしまうことがあるが、そういう場合は、お互いに相手を知ろうとせず、自分の世界に留まっているだけだということがわかった。コミュニケーションとは、自分の立っている場所から相手に向かって手を伸ばして行うものだったのだ。

 私たちは、ガンモの実家に一泊したあと、高松を二十時に出航するフェリーに乗船して帰宅した。眠らない、眠らせないの便よりも一つ前の便である。神戸への上陸が〇時前ということで、多くの人たちが毛布を持ち込み、寝る体制に入っていた。フェリーはとても空いていたので、私たちはまたしてもコンセントのある席を確保することができた。私たちのすぐ近くに若い居たカップルが、羽毛布団と毛布を持ち込んで、二人で一つの布団に横になっていたので、何だかドキドキしてしまった。映画ではしばしば目にするシーンでも、本当に愛し合う男女が一つの布団に横になっているのは、なかなかお目に掛かることがないので大変貴重である。

 今回の帰省は、考えなければならないことの多い真剣勝負の帰省となったが、ガンモの叔母の魂に触れることができたということが、大きな救いになった。こうした魂を持っている人たちは、普段は散らばっていて、いざというときに手を差し伸べてくれる貴重な存在なのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなりまして申し訳ありません。更新が遅れたのは、前日の記事とは関係がありませんので、ご心配なきよう(^^)。それにしても、フェリーの中には、皆さん、様々なものを持ち込んでいます。記事に書いた若いカップルは、対戦型のゲームを持ち込んで仲良く対戦していました。言うまでもなく、私たちはノートパソコンを持ち込んでいましたが、テーブルがないとノートパソコンを使うにも不便なので、次回からは簡易テーブルを持ち込もうと思っています。(苦笑)

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2008.05.17

直系による繋がりと婚姻による繋がり

生活感の漂う再会の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私が五箱のティッシュを持っているところを職場の人に見られたとしても、おそらくその人のブログの記事になることはなかったでしょう。美しい彼女だからこそ、記事になったのです。もしかすると、逆に普段、こうした雰囲気を漂わせることなく仕事をしていることのほうが問題なのでしょうか。私たちは、自分を使い分けているわけですよね。私がスピリチュアルなアンテナをどこかに仕舞い込んで仕事をしているのと同じことかもしれません。

 週末はガンモの実家で過ごすことになっていた。今回の帰省では、ガンモの運転する自家用車と一緒に、眠らない、眠らせないのフェリーに乗り込んだ。前回のように夜行便ではなく、昼間の便ならば快適に過ごせるのではないかと思ったのだ。また、自動車の免許を持っていない私は、フェリーの中ではガンモと対等でいられるのでとても安心できる。そんな想いを胸に乗船したものの、やはり船内は冷房が効き過ぎていてひどく寒かった。それでも、ゴールデンウイークのように混雑していない分だけ、ゆったりとした時間を過ごすことができた。念願のコンセントのある場所を確保することができた私たちは、高松に着くまでのおよそ四時間、ノートパソコンを広げてくつろいでいた。


冷房が効き過ぎているのが玉に瑕(きず)だが、利用客も少なく、のんびりゆったりとしている船内

 今回の帰省は私たちにとって、真剣勝負となった。真剣勝負なのに、私たちの意見が合わず、方向性を定めるのにガンモと議論してしてしまった。私はそれをきっかけに、「家」というシステムについて考え始めていた。真剣勝負の課題が目前に広がっているとき、私たちは結婚して一つの戸籍に入っていることを容易に忘れ去ってしまう。集約させたシステム手帳ではないが、ガンモ家とまるみ家に分けて考えようとする動きが出て来るのだ。

 「家」には直系により結び付いた内側に向かう繋がりと、婚姻により結び付いた外側に向かう繋がりがある。「家」が一体感を体験できるのは、例えば子供がいじめに遭うなど、「家」が外敵による攻撃を受けたときである。しかし、「家」が内側、すなわち直系の繋がりを重視し始めると、嫁はたちまち蚊帳の外にはじき出されてしまう。簡単に言ってしまえば、ガンモは私にガンモ家の苦労を負わせようとしない。私はそのことにカチンと来て、
「私はガンモの何なの?」
と声を荒げて言ったのだ。

 ガンモに言わせてみれば、私たちが直面している真剣勝負の課題に対し、ガンモの感情と私の感情には温度差があるように感じてしまうのだろう。実際、直系の繋がりを第一に考えれば、例え夫婦間であろうとも、感情の温度差は生じる。だからガンモは、ガンモ家の真剣勝負の課題にできるだけ私を巻き込まないようにすることで、私との間に温度差が発生していることを示そうとする。しかし、ガンモと常に対等でいたい私はそれが気に食わない。そこで私はガンモにこう言ったのだ。
「確かに私はガンモに比べれば間接的かもしれないけれど、ガンモの感情を通して私も一緒に体験しているんだよ」
しかし、それでもガンモは、まだ私に対して頑な態度を示し続けていた。

 結婚式のスピーチなどでしばしば用いられる言葉で、「喜びは二倍に、悲しみは半分に」という表現がある。しかし実際のところ、ポジティヴな感情は共有し易いが、ネガティヴな感情を分かち合うのは、普段、私たちが考えているほど容易なことではない。どちらかと言えば、ポジティヴな感情よりも、ネガティヴな感情のほうが温度差の問題に発展し易い。また、ポジティヴな感情よりもネガティヴな感情のほうが、長い時間、私たちの中に停滞する。それは、ネガティヴな感情が、他のポジティヴな感情で穴埋めできるものではないからだろう。

 私がガンモに言った「ガンモの感情を通して私も一緒に体験している」というのは、ガンモの直接的な感情が私自身の感情に間接的に影響を与えているということだ。私の感情は、直接的ではなく、ガンモを通して遠回りをしながら表現される。そのため、温度差もあれば時間差もある。だから、結婚式のスピーチで語られるようには行かない。

 ただ、議論を繰り返したあと、少し時間が経って冷静になると、私たちは自然に寄り添う。お互い、ふてくされている間、私はガンモをさりげなく観察し、ガンモもまた、さりげなく私を観察している。そして、二人の視線が絡み合ったとき、既に許しが起こっている。私たちははっと我に返り、お互いに言い過ぎたことを反省する。そして、相手の置かれている立場を理解しようとする。そんなことを繰り返しながら、私たちは本当の意味で、直系による繋がりと婚姻による繋がりを共存させて行くことになるのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 曖昧な書き方で申し訳ありません。真剣勝負の課題を目前にして、ガンモがどんどん現実的になろうとするのに対し、私は冷静にスピリチュアルな観点から見つめようとしているようです。それがガンモとの温度差になっているのかもしれません。「喜びは二倍に、悲しみは半分に」というのは、結婚式などで語られている分、理想かもしれませんが、実際はなかなかそうも行かないのではないでしょうか。何故なら、同じ直系の元に生まれたわけでもないので、最初からお互いを取り巻く環境に違いがあるからです。また、ぽっかりと空いた心に詰め物をするわけにも行きません。夫婦は、「喜びは二倍に、悲しみは半分に」のように美しくなくても、試行錯誤を繰り返しながら、反発しては寄り添うといった繰り返しでいいのではないかと思っています。

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2008.05.16

生活感の漂う再会

集約と分解の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 集約させた重いシステム手帳は去年の十一月くらいから稼動させています。ということは、既におよそ半年間に渡り、二〇〇八年度の活動を記録し続けて来たわけです。それを、今回購入した四月始まりの新しい手帳に移行させる必要があります。移行が終わるまでは、集約させた重いシステム手帳と、今回新しく購入した固定長の手帳のすべてを持ち歩くことになります。ダ○エーからもらって帰っている水もかなり重いですが、私の手帳群も重いです。(苦笑)

 仕事帰りに三ノ宮駅でいきなり名前を呼ばれた。驚いて顔を上げてみると、現在の派遣先で知り合い、しばしば一緒にご飯を食べに出掛けている派遣仲間の一人だった。彼女は派遣生活を卒業し、現在は契約社員という形で、とある企業でバリバリに仕事をこなしている。奇しくもその企業は、ガンモの会社の関連会社でもある。現在の私の職場近くに住んでいた彼女だったが、仕事があまりにも忙しく、帰宅時間が遅いため、職場近くにアパートを借りて一人暮らしを始めたそうだ。確か、以前、派遣仲間たちと食事をしたとき、彼女も参加する予定だったのだが、当日になって、仕事で来られなくなってしまったことがある。仕事で忙しくしているという彼女の目は、目的を持って、きらきらと輝いているように見えた。

 いろいろ話をしているうちに、快速電車がやって来たので、私がこれに乗って帰ると言うと、彼女の降りる駅は快速電車の停車駅ではないにもかかわらず、彼女も私と一緒に途中の駅まで快速電車に乗車してくれることになった。快速電車の中で彼女は、ガンモと仕事で会うことがあったら声を掛けてもいいかと尋ねて来た。もちろん私は、
「いいよ」
と答えた。しかし、現在のところ、彼女は仕事で、私と同じ苗字でガンモと同じ会社の男性には出会っていないらしい。私は、
「多分、私と同じ体型で、背の高さもほとんど同じだから、すぐにわかると思うよ」
と言っておいた。

 ところで、彼女はとても美しい。彼女のような女優さんがいたとしても、決して不思議ではないくらいだ。それほど美しい彼女が手に持っていたのは、何と、五箱入りのティッシュだった。三ノ宮駅で彼女とばったり会ったのが二十二時半過ぎだったので、習い事の帰りだと言う彼女はおそらく、自宅近くのスーパーが既に閉まっているために、習い事を始める前にどこかでそのティッシュを購入しておいたのだろう。そしておそらく、習い事で着替えをするときに、購入したティッシュの箱をロッカーの中に忍ばせておいたはずだ。習い事に出掛ける日にわざわざそのティッシュを購入したということは、そのティッシュが特別安かったか、どうしても購入しなければならない必要に迫られていたかのどちらかだ。しかし、後者ならば、何も五箱入りを購入しなくても、一箱だけで良かったはずである。

 私は、美しい彼女がそこまでして五箱入りのティッシュを自宅に持ち帰ろうとしていたことがうれしかった。何故なら、現在の私の職場に勤務していた頃の彼女は自宅通勤のためか、ほとんどと言っていいほど生活感を漂わせていなかったからだ。しかし、一人暮らしを始めたことにより、例え習い事に出掛ける日であったとしても、五箱入りのティッシュを購入し、自宅に持ち帰ろうとする新しい彼女に出会えたのである。

 私は、彼女と生活感を張り合うために、ダ○エーから持ち帰っている水を彼女に見せた。
「これも生活感、あるでしょ?」
と私が言うと、彼女は水の入ったバッグを手に持ち、
「重いですねえ」
と言った。

 軽いティッシュと重い水。重さに関係なく、どちらも生活感の溢れるアイテムである。彼女と仕事帰りに偶然、顔を合わせることで、お互いの生活の一部まで示し合った。美しい彼女だけに、これまで隙がないと思っていたのか、私には、彼女から漂って来る生活感に妙に親近感を覚えたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 普段から生活感を漂わせている私にとっては、五箱入りのティッシュを購入するのは、ごく当たり前の出来事であります。しかし、美しい彼女はそのような買い物をしないと思い込んでいたのですね。(笑)だから、彼女の意外な一面を発見できたような気持ちになり、とてもうれしかったのです。でも、どうでしょうか。記事の中では、彼女が五箱入りのティッシュを持ち、私がダ○エーの水を持っていますが、もしもそれが逆だったら・・・・・・? そうそう考えると、ダ○エーの水のほうが、生活感を漂わせるには、多少のインパクトがあるでしょうか。(苦笑)

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2008.05.15

集約と分解

振り返るの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この記事にたくさんの応援クリックをいただきました。心よりお礼申し上げます。仕事だけでなく、男女の愛や人間関係にも言えることかもしれませんね。関係がこじれると、心の中が「あの人がこれをしてくれない」という不満に変わって行きますよね。そのときは、「あの人が過去にこれをしてくれた」という感謝の気持ちはすっかり忘れ去っていて、「あの人がこれをしてくれない」という目先の不満で心の中がいっぱいになっています。でも、こじれてしまった状況を打破するには、過去を振り返って、「あの人がこれをしてくれた」という発想に切り替えて再スタートを切ることが大切であるように思います。

 仕事帰りに水をもらいに、職場近くのダ○エーに寄ってみると、初夏の一掃セールなるものが開催されていた。要するに、商品入れ替えのための在庫一掃セールである。残業のあとで、一分でも早く家に帰りたい心境のはずなのに、こうした一掃セールに目がない私は、ついつい一掃セールの会場に足を踏み入れてしまった。

 案の定、セール品の中に、私の興味を惹きつけて離さない商品があった。それは、四月始まりの手帳である。もう五月も半ばだからだろう。これまで千五百円程度で売られていた手帳が一冊五百円で売られているのである。可変長のシステム手帳を愛用している私には、固定長の手帳はそもそも必要ないはずだった。しかし、実は私が愛用しているバイブルサイズのシステム手帳は、欲張ってあれこれ追加し過ぎてしまい、リュックの中でひどくかさばっている。多くの人が私の持ち歩く荷物の多さに目を見張っているが、実は私のリュックの中身はノートパソコンとシステム手帳でほとんど占められていると言ってもいいくらいだ。そこで、目の前にある手帳を購入すれば、大きく膨らんでしまったシステム手帳を分解できるのではないかと考えたのである。

いつも持ち歩いているシステム手帳。厚さおよそ七センチもある

実は、システム手帳の他にも持ち歩いているノートがある。
一冊は外出中の走り書き用(百円ショップの三百円商品)(写真左)、
もう一冊は机に向かっているときに心の中にあるものを書き留めるノート。(写真右)

 実際にそれらの手帳を手に取ってみると、なかなか使い易そうなコンテンツが揃っていた。ただ、一冊だけではどうしても心許ない。私のように頭の中が常にごちゃごちゃしている人は、手帳に対し、スペースの広さや用紙のボリュームなどを求めるのである。何しろ書きたい病に取り付かれているようなものなので、パソコンに向かっていないときはアナログの手帳に向かっていたいのである。

 しかし、これらの手帳を購入するとなると、やはり葛藤が生まれる。これまで使っていたシステム手帳をどのように分解させるかだ。そのため私は、目の前にある五百円の手帳を手に取っては元に戻し、再び手に取っては元に戻しといった作業を繰り返していた。

 しばらく悩んだあと、ついに私は意を決して、一冊五百円の手帳を二冊手に取り、買い物かごに入れた。一つは縦長タイプのもの、そしてもう一つは文庫本タイプのものである。どちらもカントリー系のカバーがかわいらしい。

購入した二冊の手帳。縦長タイプのもの(写真左)と文庫本タイプのもの(写真右)

 さて、新しい手帳を購入した私は、縦長タイプの一冊をツインソウルのエネルギー帳にしようと決めていた。縦長タイプのものは、時間単位のスケジュールを書き込めるようになっていたので、ツインソウルからのエネルギーが届いた時間帯に印を付けて行こうと思い、購入してすぐに活用し始めた。これまで使っていたシステム手帳には、ツインソウルからエネルギーが届いた時間帯を自分の手で書き込んでいたので、最初から時間帯が書き込まれている用紙に印を入れて行くのは、グラフを描いているようでわかり易かった。ちなみにもう一冊の文庫本タイプの手帳は、普段のスケジュール帳か筋腫日記にする予定である。それらの手帳の活用が軌道に乗れば、現在持ち歩いているシステム手帳をもう少しコンパクトにできるはずだ。

 そもそも、私のシステム手帳が大きく膨らんでしまったのは、これまでバラバラに使っていた複数の手帳を一つにまとめようと思い立ったからだ。そうすることで、いくつもの機能を一つに集約できると思っていたのだ。ところが、集約されたシステム手帳を実際に使い始めてみると、集約されたいくつもの機能のうち、特定の機能だけを頻繁に使うことが多いことがわかって来た。そうなると、ほんの少しの機能を使いたいがために、毎回、大きな大きなシステム手帳をリュックの中から取り出して開くことになる。しかし、システム手帳があまりにも大きくなり過ぎると、取り出すのが億劫になり、機能が集約されたはずのシステム手帳が機能しなくなりつつあったのだ。そこで、再び分解の道を辿ることにしたのである。

 便利だからと言って、いくつもの機能を一つにまとめてしまうと、これまで活性化していたものまでもが一緒に停滞してしまう。手帳は特に、スケジュールなどの流動的な可変の情報と、住所録などの固定の情報が混在している。私がシステム手帳を使うようになったのも、毎年住所録の書き換えをしたくなかったためである。手帳はやはり、使用する頻度や更新する頻度によって使い分けて行くのが一番いいようである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 毎年、この時期になると、四月始まりの心惹かれる固定長の手帳が安売りされていて、売り場で何度も何度も手に取る羽目になるのです。(苦笑)確か、以前も同じような記事を書かせていただいたのを覚えています。固定長の手帳を購入していつも思うのは、卓上カレンダーくらいの狭いスペースに一日の予定を書き込むことができる人がいるのだろうかということです。一日の出来事をわずか二センチ四方程度の枠の中に収めるなんて、私には到底できません。だから、あのページはいつも、チェックリストに早変わりしてしまいます。(苦笑)私の手帳は集約させたり、分解させたりと忙しいですが、ひとまず今は、頻度の高いもの、用途のはっきりしているものを分解させる方向に動き始めたようです。しばらくするとまた、集約に向けて動き始めるかもしれませんが、そのときは笑って許してやってくださいね。(苦笑)

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2008.05.14

振り返る

ガンモの寝不足バトルの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この記事にたくさんの応援クリックをいただきました。心よりお礼申し上げます。突っ走り過ぎた先にいつも用意されているのは、突っ走り過ぎた自分を「振り返る」きっかけです。「立ち止まらなければ前に進めない」という状況は、「振り返れ」というメッセージなのかもしれません。さて今回は、仕事に関して「振り返る」ことで成功した実績があったので、書かせていただこうと思います。

 昨日の記事に、仕事で行き詰っているという話を書いた。このままではいつまで経っても解決には至らないと思い、私は自分の考えを整理するために、仕事で使っているノートに自分の頭の中にあるものを次々に書き出してみた。その中に、普段の仕事モードの私らしくない言葉を見付けた。それは、「発想の転換をしてみる。まだ実現できていないことに目を向けるのではなく、既に実現できたことに目を向けて、そこからもう一度発展させてみよう」だった。普段、仕事をしているときは、スピリチュアルな感覚からは遠ざかっているため、私は自分で書いた言葉に驚いてしまった。これが普段の私なのに、仕事をしているときは普段の私からは遠ざかってしまっていることにも気付かされた。

 作業に行き詰ってしまうと、自分の中を「出来ない」という感覚で百パーセント埋めてしまいがちだ。例えその作業が全体から見れば既に八十パーセントまでは仕上がっていたとしても、残りの二十パーセントの作業が遅々として進まない状況ならば、もはや八十パーセントは既に出来上がっているという感覚はどこか遠くへ消え去ってしまい、残りの二十パーセントを全体の百パーセントに見立ててすべてを懸けてしまうのだ。そうなると、作業に対する達成感がなく、余計に行き詰ってしまう。そこで私が思い付いたのは、「これが出来ない」ではなく、「ここまでは出来ている」という発想に切り替えようということだった。

 私は、ノートに書いた内容に従って、発想を切り替えることを試みた。その作業の中で、もう一度全体を振り返ることになった。すると、これまで見えなかったものが見えて来た。これまでは、これしかないと思い込んでいた切り口の他に、別の切り口を見付けることができたのである。その結果、それまで選択していた方法は遠回りの道のりだったことにも気が付いた。もう一度全体を振り返ることにより、既にここまでは出来上がっているという自信を付けることから再スタートし、別の切り口を見付けることができたのである。私はその切り口を生かし、躓(つまづ)いていた作業の続きを行った。すると、これまで何日も悩み続けていたことが、わずか二時間ほどで解決してしまったのである。

 実現させたいことをノートに書くという行為は、意外にもおまじないのような効力を発揮することがわかった。また、今回のことで、仕事にもスピリチュアルな感覚を使えるということにも気が付いた。にっちもさっちも行かない状態というのは、別の道があるということを知らせるメッセージなのかもしれない。もちろん、にっちもさっちも行かなくても、同じ道を進み続けて成功する場合もあるが、その場合は、今回とは別の方法でメッセージを受け取ることになるのだろう。

 あともう少し。そう思っていても、そこで立ち止まってしまったのならば、それは「振り返れ」というメッセージかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何とか仕事の一つが片付きそうであります。(笑)とは言うものの、今月末までに仕上げなければならない本来の仕事に戻るだけですが。(苦笑)何日も悩み続けていたことがわずか二時間ほどで解決してしまうのですから、「振り返る」作業の大切さが身にしみた出来事でありました。

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2008.05.13

ガンモの寝不足バトル

三人のツインソウルの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ご紹介したサイトで既に診断された方もいらっしゃるかもしれませんね。実際は、ご紹介した以外にもいろいろなバリエーションがあるのでしょうか。そう言えば、この手の診断で気になった表現があります。それは、ツインソウルとは魂が近すぎて反発するというというものです。この表現は、私にはあまりピンと来ませんでした。反発するのは、根本では同じことを言っているのに、正反対の表現をするために、相手が同じことを言っていることに気づかずに、お互いの言い分を主張してしまうところにあると思うのです。ツインソウルは、お互いをもっと理解しようとするために、容赦なく反発し合っていると思います。

 仕事が忙しい。今月末に仕上げなければならない仕事があるというのに、過去にリリースした製品の障害対応に追われている。しかも、その障害対応が遅々として進まない。特定ユーザのところで発生している障害なのだが、原因が良くわからないのだ。回避策はあるのだが、回避策を盛り込んだプログラムを提供するまでにひどく時間が掛かってしまう。そのため、ガンモには毎日のように、「飯、残業」メールを送信し続けている。

 あるとき、私の送信した「飯、残業」メールに対し、ガンモから、
「明日五時半起きやし、眠いから帰るわ」
という返信のメールが届いた。ガンモは前日の夜、あまり良く眠れなかったらしい。それにもかかわらず、翌日は五時半に起きて仕事に出掛けて行くという。メールを受け取ったのが十九時過ぎだったので、ガンモはおそらく二十時頃には帰宅して、睡眠不足を補っているものと思い込んでいた。そのため、私は仕事を終えてもガンモに電話を掛けずに職場の最寄駅から地下鉄に乗り込んだ。

 地下鉄の中で携帯電話を開いてみると、着信履歴があることに気が付いた。見ると、ガンモである。ガンモは早く帰宅して寝ているはずではなかったのか。そう思い、発車待ちをしている地下鉄の中から声をひそめてガンモに電話を掛けた。するとガンモは、
「早く帰って来い。今夜は十二時には寝るから」
と言う。私はガンモが寝ているものとばかり思い込んでいたので、
「えっ? 早く帰って寝てたんじゃなかったの?」
と尋ねた。するとガンモは、
「今から寝たら、夜、寝られなくなるから、寝ない」
と言うではないか。私はそれを聞いて、何だかカチンと来たので、
「だって、もらったメールには、『明日五時半起きやし、眠いから帰るわ』と書いてあったよ。これ読んだら、家に帰って寝るって思うじゃん。だから仕事が終わっても電話しなかったんだよ。早く帰ってるのに寝ないでおいて、残業して帰宅時間の遅い私に早く帰って来い、十二時には寝るからって、それはないでしょ? 私だって家に帰ってからやりたいことがあるんだよ」
と主張した。それに対し、ガンモは黙っていたが、私はムカムカした気持ちのまま電話を切った。

 帰宅すると、「おかえり」の言葉もなく、家の中がやけに静かだった。寝室に足を踏み入れてみると、ガンモが電気を点けたままベッドで横になって眠っていた。なあんだ。あれだけ、
「今から寝たら、夜、寝られなくなるから、寝ない」
などと主張していたガンモも、睡魔には勝てなかったようだ。

 ガンモが寝ている間、私は自分がしたいと思っていたことをてきぱきとこなしながらも、早く帰って来ているのに、十二時には寝ると言い切ったガンモの言い分に対し、まだ少しムカムカした感情を残していた。帰宅時間が遅くなればなるほど、帰宅してから就寝までの時間はとても貴重な時間となるのだ。私は、せめてあと一時間、帰宅してからの時間を自分がしたいことに費やしたかったのである。

 そして私は、飲み物を飲むために、台所にある冷蔵庫を開けた。冷蔵庫の中には、ガンモが仕事帰りに買ったと思われる明日の食料が入っていた。おそらくそれは、ガンモが車の中で食べようと思っている朝食用の調理パンなのだろう。

 それを見た途端、私の目から涙が溢れて来た。ああ、ガンモは朝五時半に起きて仕事に出掛けて行くのだ。ガンモはいつも、早朝に仕事に出掛けて行くときは、自分でパンを買って車の中で食べている。そうか、明日はそんな日だったのだ。私は、自分の仕事が忙しいばっかりに、自分の事情を優先させて、ガンモが早朝から起き出して出掛けて行くことを考慮しなかった。私がこうして働いているばっかりに、早朝から出掛けて行くことになっているガンモに気が回らなかったのだ。そのことを思うと、もう居ても立ってもいられなくなり、ただちに寝室に戻り、ベッドで寝ているガンモに静かに寄り添い、ガンモの額にそっとキスをした。眠っていたガンモが目を覚まし、私のキスに反応した。これで仲直りだ。

 今回のことで、自分を幸せな状態に保っておかなければ、人を幸せになどできないと実感した。何故なら、自分が幸せでないと、自分自身を幸せにすることで精一杯になってしまうからだ。

 ちなみに、冷蔵庫に入っていたのは、ガンモの朝食ではなく、昼食だったそうだ。ほとんど一日中、客先に篭(こも)ることになるため、予め買っておいたらしい。そしてその翌朝、ガンモのゴソゴソする音で目を覚ますと、
「やっぱり眠れなくて、二時に目が覚めた。結局三時間しか寝てない」
と言いながら、しぶしぶ仕事に出掛けて行くガンモの姿があった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモと喧嘩をすると、必ずと言っていいほど、一人で突っ走り過ぎた私に何かを気づかせてくれるという感動的な結末が待っています。今回もそのパターンでした。一人で突っ走り過ぎては戻り、また突っ走り過ぎては戻りと、いつもそんな感じですね。ガンモは私よりも冷静なので、喧嘩のときはずっと黙っています。つまり、ガンモは静で私が動の相性です。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.05.12

三人のツインソウル

心の領域と魂の領域の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この記事にたくさんの応援クリックをいただきました。心よりお礼申し上げます。私の中に自然に沸き上がって来た内容を綴った記事だったので、ここで皆さんとシェアさせていただいて本当に良かったと思いました。「魂は傷つかない」ということに気が付けば、多くの人たちが心の領域にある喜怒哀楽に左右されることなく、しっかりと前を向いて生きられるのかもしれませんね。さて今回は、「ソウルメイト診断」に関するお話です。

 最近の私は前世づいている。若い頃から自分の前世に興味があり、退行催眠誘導CDを購入して自分自身で退行催眠を行い、いくつかの前世を断片的に思い出したこともある。退行催眠に取り組んだ当時、問題を抱えていた私は、前世の自分の行いを知ることで、問題解決の糸口を見つけることができた。そうした探求もひと段落ついて、ここしばらくの間、前世への探究を休止していたのだが、最近になって再燃して来た。そこで、携帯電話のパケット通信を使い放題のパケホーダイに加入しているのをいいことに、自分の前世を探るために「前世からの約束」と「前世療法」という有料サイトに登録してみた。

 このようなサイトにアクセスすると、やはり気になるのは、現世で出会った、魂が近いと感じる人たちとの前世からの繋がりである。登録したどちらのサイトにも「ソウルメイト判定」なる診断メニューが設けられ、魂が近いと感じる人たちの生年月日を入力して簡単な質問に答えると、その人と自分が前世からどのような繋がりを持っているかを診断してくれるようになっていた。

 こんな判定、ばかばかしいと思う方もいらっしゃるかもしれない。しかし、魂が近いと感じる人たちに対しては、出会いの初期の段階から、何か特別な親しさを感じている。そのような対象に出会った人たちは、自分の奥底から沸き上がって来るその特別な親しさが一体何であるかを知りたくなってしまうものなのだ。

 そんな出会いを経験した私は、二十年以上前からソウルメイトについての探求を始め、それが高じてソウルメイトやツインソウルについてのサイトも立ち上げることになった。そして、私のサイトでも、この手の判定ページを設けている。というのも、それを設置する以前の掲示板や電子メールに、「彼と私はソウルメイトなのでしょうか?」といった問い合わせが多かったからだ。

 それはさておき、私は登録した二つのサイトに、魂が近いと思う三人の男性の情報を入力してみた。ガンモ、好きなミュージシャン、そしてツインソウルである。まずは、「前世からの約束」というサイトからの診断結果をご紹介しよう。

 ガンモと好きなミュージシャンは、「パートナー」という同じ結果が出た。

パートナー

まるみさんとガンモさん(好きなミュージシャンさん)はパートナーソウルの要素があります。人生におけるさまざまな出会いの中で、親密な関係を持つ相手はそれなりの縁を持って生まれて来るようです。単なる出会いと別れの繰り返しのように見えても、実はまるみさんの成長のために現れた存在であり、現在気になるガンモさん(好きなミュージシャンさん)もそんな魂のひとつと思われます。一緒にいると自由を与えられたようにのびやかな恋愛が楽しめ、多少の困難にぶつかったとしても、ふたりの努力で難なくクリアーして行けることでしょう。しかし、魂の成長には時として別れが必要なことも。もしその時を迎えることになったとしても、それはまるみさんが更に前進するきっかけであり、幸せになるためのひとつの過程に過ぎないのです。

 なるほど。この診断結果を読むと、「パートナー」とは、私の中の「ソウルメイト」という感覚と近いようである。ガンモと好きなミュージシャンで同じ結果が出たというのは興味深い。

 そしてツインソウルは、「ツインソウル」との結果が出た。

ツインソウル

まるみさんと○○さんはツインソウルの要素があります。一緒にいると、本来の自分に戻れるような開放感をおぼえ、激しい恋愛感情というよりも穏やかな気持ちでお互いをいたわり合うでしょう。そんなふたりは、ともすれば短命で終わりがちな男女の恋愛よりも、さながら無二の親友のような信頼を築き上げるかもしれません。ほどよい距離を保つことで理想の関係が維持できるとも考えられます。どのような関係であれ、お互いが人生の要所要所で必要なメッセージを運んで来てくれる、かけがえのない存在となることでしょう。日常の中でふと相手のことが頭をよぎったら、それは○○さんを必要としているサインかもしれませんので、すぐに連絡をとってみましょう。

 この表現もしっくり来る。とりわけ、私にとっては、男女の愛ではなく、無二の親友を目指したい点においても一致している。

 ちなみに、「前世からの約束」サイトには、ツインソウル、パートナーのほか、メンター、エネミー、スピリチュアルファミリーというカテゴリがあった。メンターというのは、魂の成長の指導者だそうだ。エネミーというのがどうやら私の解釈するところのカルマの相手らしい。そして、スピリチュアルファミリーは、血縁関係ではないが、家族以上の絆で結ばれたグループだそうだ。

 さて、続いて「前世療法」サイトでの診断結果をご紹介しよう。「前世からの約束」サイトで私のツインソウルが「ツインソウル」と診断されたので、最初にツインソウルから診断してみた。すると結果は・・・・・・。

まるみさんと○○さんは、運命のツインソウルです。まるで2つのろうそくの炎が互いを照らしあうように、互いの魂に共通した使命や目的達成のために助け合うソウルメイトです。他人なのに家族のような安心感と信頼感があり、過去世では夫婦や恋人のような近い存在だったのでしょう。今世で困っていると不思議とタイミング良く「やってきて」助けてくれる相手です。共通の学びが多い関係に当たるので、お互いに高めあうには理想的な相手となり、一緒にいることで自分に足りない部分を補うことができるでしょう。

 なるほど、こちらでもツインソウルと診断された。そして、ガンモと好きなミュージシャンを診断してみると・・・・・・。あれれ? あろうことか、ガンモも好きなミュージシャンも、ツインソウルと同じ結果が出てしまったのである。この診断結果を素直に受け入れるならば、私には「前世療法」サイトで言うところの「運命のツインソウル」が三人もいることになってしまう。しかも、書かれている内容も、ソウルメイトの特徴とツインソウルの特徴が混同されているようだ。私にとっては、助けてくれる魂は、ツインソウルというよりも、ソウルメイトのほうがしっくり来る。一方、自分に足りない部分を補い合うのはツインソウルだ。この診断結果を見て、何となくだが、どこかから借りて来たような表現を用いているという印象を抱いてしまった。

 三人に対して「運命のツインソウル」という同じ診断結果が出てしまったものだから、「前世療法」サイトにおいては、ガンモで診断しても、好きなミュージシャンで診断しても、ツインソウルで診断しても、どの項目もほとんど同じ結果が表示されるようになってしまった。三人も「運命のツインソウル」に当てはまってしまうなんて、もう少し診断プログラムに工夫があって欲しいものである。同じ結果ばかり表示されてつまらないので、他の人で診断しようとしたのだが、意外にも生年月日を正確に覚えている異性は少ないということに気が付いてしまった。

 とは言うものの、私たちは、こうしたサイトの診断結果に一喜一憂してしまうのも事実である。おそらくだが、こうしたサイトに使用されているソウルメイトやツインソウルの「診断プログラム」は、相手の生年月日が一番の判断材料になっていると思われる。逆に、たったそれだけの材料で、ある程度の関係性が診断できてしまうのだから、生年月日というものに神秘を感じてしまう。

 ある程度の自由意思はあるにしても、多くの占いや診断が生年月日を判断材料にしているように、私には、人が誕生するのに、この世に生まれ出てから他の人とどのような関係を結ぶかが予め決められているような気がしてならない。三人いっぺんに「運命のツインソウル」などと診断されてしまったが、私にとって、それだけ縁の深い人たちなのだろう。「○○の星の下に生まれる」などと言うが、もしかすると、最初から人間そのものが星なのかもしれない。私たちは、誕生した日付と実際に結ぶ交友関係により、最初から夜空の星のように配置され、きらめく。実際のところ、私たちの誕生の物語には、夜空にきらめく星と同じくらいの神秘があるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。実は、ゴールデンウイークが明けてから、仕事が忙しくなり、慌しい毎日を送っています。心の中では、「ゴールデンウイークが早く来ないかな」などと、既に終わったゴールデンウイークに想いを馳せています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.05.11

心の領域と魂の領域

IKEAに行けばの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m お店の名前がIKEAではなくIKEYAであれば、「IKEYAに行けや」というタイトルにしたかったところです。(笑)さて、今日は久しぶりに(?)スピリチュアルな話を書いてみたいと思います。

 最近になって、心と魂の明確な違いを実感するようになって来た。私たちはしばしば、「傷ついた」という表現を使うことがある。実際にその人がひどくしょげ返っているならば、傷ついているのかもしれない。しかし、傷ついているのは、おそらく心の領域だ。魂の領域までは侵されていない。

 心の領域は相対的であるがゆえに、第三者からの影響を受け易い。第三者の言動による喜怒哀楽は、心の領域に配置される。しかし、時として、喜怒哀楽の感情に支配されることなく、何かに突き動かされるような想いで行動することがある。

 第三者の言動による喜怒哀楽に左右されることなく、何かに突き動かされているような行動を取っているときは、魂の領域にある想いを実現させていると言える。心の領域が第三者の影響を受け易く相対的と表現するならば、魂の領域は絶対的だ。魂の領域は、何者にも支配されない。心が深く傷ついているように見えても、魂は決して傷つかず、時に心に反した行動を取ることさえある。そのような状況に陥ると、私たちはひどく戸惑う。言い方を変えれば、心の領域にある想いはコントロール可能であり、時には押し込めてしまうこともできるが、魂の領域にある想いはコントロール不可能だということだ。

 例えば、男女の愛で、心が傷ついても傷ついてもやがて立ち直り、何ごともなかったかのように付き合いを存続させようとする強い愛がある。これは、心の領域にある喜怒哀楽を通り越して、魂の領域にある想いを実現させていることになる。反対に、心が傷ついたとして、やむなく別れを選択する場合、心の領域にある想いだけが存在し、魂の領域にある想いの手助けがないことになる。

 心の領域にある想いはいつも複雑で、時には自我との戦いを強いられる。しかし、何者にも左右されない魂の領域にある想いは、もっとシンプルだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回は短いですが、この手の記事はできるだけ簡潔に書いたほうが、皆さんの中にある同じ想いとリンクし易いのではないかと思い、書かせていただきました。私たちは普段、心の領域と魂の領域をあまりにも混同し過ぎているかもしれません。でも、戸惑いを感じてしまうのは、いつも心の領域なんですよね。魂の領域にある想いは揺れませんから。(^^)

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2008.05.10

IKEAに行けば

もう一つの悲劇の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 鳩の雄は、気に入った雌に出会うと、雌の前でクルクルと回りながら落ち着きなく鳴き声をあげて求愛します。雌が雄の求愛を受け入れれば、めでたくカップルの誕生となります。父ちゃんが恋をすると、ベランダが求愛行為で騒がしくなるのですぐわかります。求愛行為が始まったら、また皆さんにご報告しますね。

 神戸ポートピアランド跡地にIKEAというスウェーデン生まれの大型家具店が開店した。JR三ノ宮駅には大々的な広告が張り巡らされ、周りの人たちからも、
「明日は早起きしてIKEAに行く」
といった意気込みを聞いていた。何でも、価格が安いためか、ものすごく混雑しているらしい。私たちも、
「行きたいね」
とは話していたものの、そのままゴールデンウイークに突入し、なかなか足を運べないでいた。

 二人揃って休日の土曜日。前日の夜に早くベッドに入ったせいか、珍しく二人とも朝五時に目が覚めた。朝から雨が降っていたので、私はIKEAが空いていると思い、
「IKEAに行こうか」
とガンモに提案してみた。するとガンモは、
「IKEAかあ」
と言いながら考えていたが、
「行くとしたら夜のほうがいいんじゃないかな」
と言った。そして私たちは、十八時頃から支度を始めて、十八時半過ぎに家を出た。ガンモの運転する車で目指すIKEAに着いたのは、十九時過ぎだった。時間帯によっては、駐車場の空きが出るまで三時間待ちなどという情報を得ていたが、待つことなくスイスイ入ることができた。

 少しでもIKEAの情報を得ようと、予めインターネットでIKEAの情報を調べておいたのだが、IKEAという単語を耳で聞いていただけで、IKEYAだと思い込み、検索してしまった。そのとき、検索エンジンのGoogleに、"もしかしてIKEA?"と尋ねられたように思ったが、再度、同じことを実践しても尋ねられなくなった。Googleも間違った検索キーワードに慣れてしまったようだ。

 IKEAはスウェーデンの家具屋さんなので、入場するときはスウェーデン・マーチで入場しようと思っていたのに、入口に着いたときには、予想に反してスイスイ入場できたことがうれしくて、すっかり忘れてしまっていた。

 IKEAでは買い物かごとしてパサパサの大きなイエローバッグが用意されている。イエローバッグのほか、ショッピングリストと鉛筆が店内への入口や店内の至るところに用意されている。私たちはショッピングリストを使わなかったが、どうやら大きな家具を購入する際に番号を控えるのに使うらしい。

 フロアは二階と一階があり、広い店内にはたくさんの家具を始めとする商品が並べられていた。価格も驚くほど安い。しかも、単にだだっ広いフロアなら迷ってしまうところだが、まるで迷路を案内するかのように順路がある。その順路のおかげで、フロアのすべての商品を見て回ることができるように作られている。実に不思議な作りである。欲しいものがあれば、パサパサのイエローバッグに入れて行く。会計を済ませてもいないのに、バッグの中に商品を入れるのは、何だか変な気持ちでもある。

 二階で一番楽しかったのは、子供部屋用の家具コーナーだった。子供たちはもちろんのこと、私たち大人も一緒に喜びそうな商品がたくさん並んでいる。中でも私たちの目を引いたのは、ケロッコデメタンの傘のような、葉っぱの日避けである。ベッドに取り付けると、電気スタンドみたいに葉っぱの位置を調整できるようになっている。屋外で眠るわけではないので、実用性はないが、これはなかなか楽しいではないか。

 楽しい子供部屋の家具コーナーを過ぎると、目の前に広がっているのはフードコートだった。フードコートにはカフェとレストランがあり、私たちはお腹も空いていたのでレストランに入った。ダイエットは特別にお休みである。それにしても、並んでいる人の数が多い。しばらく列に並ぶと、ようやく順番が回って来た。レストランで採用されていたのは、目の前に並べられているお料理の中から、自分の欲しいものをトレーに取って行く方式である。価格も、単品ではそれほど高くはない。そのせいか、欲張って取り過ぎてしまうのが難点だ。私は、シュリンプ入りのパンをサラダと間違えて取ってしまい、炭水化物を余分に摂取する羽目になってしまった。そこで、ガンモに応援を頼んだ次第である。

 IKEA FAMILY CARDなるカードに加入すると、様々な特典を受けられるらしい。私たちはその存在を知らずにレストランを利用したのだが、会計を済ませてから、IKEA FAMILY CARDに加入していればレストランでも割引特典が受けられることがわかって悔しい思いをした。IKEA FAMILY CARDの入会申込書は至るところに設置されていて、利用客が自由に取って書き込めるようになっていた。しかも、係の人のチェックなど必要なく、自主的に申込書に書き込んで、申込書にくっついているカードをもぎ取って、その日から使うことができる。ガンモはIKEA FAMILY CARDの特典が悔しかったのか、慌てて申し込み用紙に必要事項を書き込んでIKEA FAMILY CARDの会員になっていた。

 レストランでご飯を食べ終わると、二十一時だった。ところが、IKEAの閉店時間は二十二時のはずなのに、間もなくの閉店を知らせる「蛍の光」が流れ始めた。一体どういうことなのだろう? と思いながら耳をそばだてていると、近くに座っていた利用客の一人が、
「ここは、『蛍の光』が一時間、流れ続けるねん」
と誰かに話しているのが聞こえて来た。閉店まであと一時間もあるのに、「蛍の光」が聞こえているのは、何だか落ち着かないものだ。

 食事を済ませた私たちはレストランを離れ、一階に降りてみた。すると、そこには広大な雑貨ワールドが広がっていた。特に買いたい家具もなかった私たちにとっては、たくさんの家具が並べられた二階よりも、気になる雑貨がたくさん並んでいる一階のほうが好みだった。そして、私たちは理解したのだ。「蛍の光」を早めに流し始めないと、二階で買い物をしていた人たちが、一階の雑貨ワールドで買い物を楽しむことができないということに。何故なら、一階も二階に負けず劣らず広いフロアで、たくさんの商品が並べられていたからだ。しかも、二階で買い物をした人たちも、お会計は一階で済ませることになっている。なるほど、閉店時間の一時間前から「蛍の光」を流して、利用客を一階に誘導することで、ゆったりと一時間掛けて一階の商品を見て回れるようになっているわけだ。

 一階にはまるで倉庫のような作りのコーナーもあり、私たちがちょっぴり気になるマットレスなども売られていた。本格的なマットレスに手を伸ばし、家族でせっせと運んでいる人たちもいた。おそらく、マットレスを運ぶことのできる比較的大きな自家用車で来店しているのだろう。

 ガンモはおもむろに、
「ヘビを買う」
と言って、ヘビのぬいぐるみをパサパサのイエローバッグに入れた。値段はわずか四百九十九円である。どうやらこのヘビは、IKEAの目玉商品らしく、たくさんの人たちがヘビを首に巻いて連れて帰っていた。ガンモもその人たちにならい、ヘビを首に巻いて帰った。一方、私は、オフィスで使えそうなフリース地のひざ掛けを四枚買った。

 一階のレジにたどり着いたとき、その列の長さから、私は海外旅行の入国審査待ちの列を思い出した。列に並んでからおよそ三十分ほども待っただろうか。お会計を済ませると、既に閉店時間の二十二時を二十分ほど越えていた。

 レジの前では、自分の買ったものをカートに並べ、仕切り棒を置くようになっている。買い物に使用したパサパサのイエローバッグは返却しなければならない。買い物袋は有料だ。私は、エコバッグを持ち込んでいたので、買い物袋は購入しなかった。

 神戸市にいるというのに、何だか異国の地に辿り着いてしまったかのような不思議な体験をさせてくれたIKEA。価格が安くて商品も豊富なだけに、人々がここを目指す理由がわかったような気がする。ガンモは、
「来て良かった」
と言っていた。そして、
「家を片付けたら新しい家具も買えるかな」
と言った。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、IKEAに行けばをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m IKEAの攻略法(?)なる情報が、あちらこちらのサイトにあるようですね。皆さんのご自宅の近くにもIKEAはありますか? IKEAはとても混雑していますが、それだけ楽しい場所なのだと実感しました。ベッド売り場で、若いカップルがダブルベッドの上に寝転がって、寝心地を確かめている光景に出くわしました。コマーシャルではなく、本物のカップルがダブルベッドの上に寝転がっているのを見るのは、何だかドキッとしてしまいましたが、とても微笑ましい光景だと思いました。

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2008.05.09

もう一つの悲劇

ベランダの悲劇の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m TKMYやキッコロが雛の亡骸を突付く行為を見守っていると、人間にはわかりにくいけれど、鳩にもちゃんと感情があるということが良くわかります。それと、自分が愛情を感じない対象ほど、亡骸の存在が恐ろしいということも感じました。他の鳩たちは、雛の亡骸に近づこうとはしませんでしたし、この話を私たちと縁の薄い誰かに話して聞かせたならば、何故、さっさと亡骸を片付けなかったのだろうと思うのではないでしょうか。

 実は、ベランダでは、もう一つの悲劇が起こっている。それは、母ちゃんの長期不在である。

 私がゴールデンウイークの後半を実家で過ごしていた頃、ガンモとの電話で母ちゃんの不在を知った。まだ事情を把握していなかったガンモは、
「母ちゃんがよそで卵を温めているみたい」
と言った。。

 卵を産んだ場合、夕方から夜にかけては雌が卵を温め、日中は雄が温める。先日の雛の事件もあってか、TKMYはもっと安全な場所を探して巣を作ったようだった。ガンモは、おそらく母ちゃんも、どこか安全な場所を探して巣作りしたのではないかと思っていたらしい。

 ところが、私が実家から帰宅してからも、母ちゃんは帰って来なかった。日中は雄が卵を温めるので、もしも母ちゃんがどこかで卵を温めているならば、父ちゃんと交替した母ちゃんが姿を見せていいはずなのだ。実際、TKMYもときどき私たちのベランダに帰って来ている。しかし、母ちゃんだけは姿を見せず、父ちゃんも日中、私たちのベランダを行き来している。ということは、父ちゃんは母ちゃんと交替で卵を温めているわけではないということだ。しかも父ちゃんは、母ちゃんの長期不在で気分が落ち込んでいるのか、いつもよりもホーホーと悲しげに鳴いている。

 今は、TKMYとキッコロが卵を交替で温めているため、日中はキッコロがベランダにいない。それを知ってか知らずか、キッコロがいないのを見計らって、TKMYとキッコロの縄張りである私たちの寝室の窓辺に父ちゃんが餌を求めてやって来る。しかも、私たちがわざと餌を与えないでいると、窓の外で根気強く張り込みを続けているのだ。やがて私たちは、母ちゃんがいなくなって、どことなく元気のない父ちゃんを不憫に思い、餌を与える。そして父ちゃんに、
「父ちゃん、母ちゃんはどうした? どこへ行った?」
と話し掛けるのだった。もちろん、父ちゃんは何も答えはしない。

 私たちと父ちゃんとの付き合いはそろそろ三年になるが、およそ一年半前には旧母ちゃんが帰って来なくなり、今度はこれまでの母ちゃんが帰って来なくなった。二羽とも何の前触れもなく、突然、帰って来なくなったのである。何らかの事件に巻き込まれたのかもしれない。人間ならば、警察に相談したり、テレビで呼びかけたりできるのだろう。しかし、鳩の世界には尋ね鳩のシステムはない。父ちゃんは、ひたすら母ちゃんの帰りを待つしかないのだろう。

 父ちゃんは、旧母ちゃんがいなくなってから、およそ一ヶ月余りでこれまでの母ちゃんである新しいお嫁さんをもらった。今回も、新しいお嫁さんをもらうことになるのだろうか。ただ、私たちと出会って既に三年にもなるので、父ちゃんも男としての盛りはとうに過ぎているかもしれない。いつも仲睦まじい鳩にとって、パートナーとの別れはおそらく死別しか有り得ないのだろう。そうだとすると、次に父ちゃんのお嫁さんになるのは、またしても若い鳩ということになる。

 私たちにとっても突然、やって来た母ちゃんとの別れ。最初は警戒して、私たちの与える餌も食べなかった母ちゃんが、少しずつ私たちに心を開いてくれたことが懐かしい。もうすぐ私たちは、父ちゃんの新しい恋に立ち会うことになるのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 用心深い母ちゃんだっただけに、どんな事件に巻き込まれたのか、想像できません。もしかすると、私たちという人間に慣れ過ぎてしまったために、他の人間に対しても警戒心が解けて、何か帰宅できないような状況に陥ってしまったのかもしれません。意図しない別れは辛いものですね。父ちゃんは、少なくとも二回も意図しない別れを経験しています。だからでしょうか。私は何だか父ちゃんに男としての哀愁を感じてしまうのです。

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2008.05.08

ベランダの悲劇

鉄剤がもたらした現象の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この記事を書いてからも、鉄剤を服用するのを忘れています。もう少し身体に優しい鉄剤があれば、服用したい気持ちにもなるのですが・・・・・・。(苦笑)私の場合、それほど深刻な値ではないので、サプリメントで十分のような気がします。

 TKMYとキッコロがまたしてもベランダの排水溝付近に巣を作り、卵を産んだという話を卵が一つありましたの記事に書いた。その後、卵は二つに増え、一つは無事に孵ったのだが、もう一つはとうとう孵らなかった。私は、生まれた雛の成長記録をつけようと思い、雛の写真を撮り始めた。

 孵化したばかりの雛はまだ黄色い産毛で覆われているが、日が経つごとに黒い毛が生えて来て、やがてぼたもちのように変身して行く。そして、更に少しずつ黒い毛が生えて来て、黒い毛の間から黄色い産毛がにょきにょき飛び出しているような状態になる。黄色い産毛がまだ残っている間は、ピイピイと泣きながら、親鳩に餌をねだる。それが雛の特権である。

 こうして記録を付けて、雛の成長ぶりをいつかブログで皆さんにご紹介しようと思っていたところ、悲劇が起こった。

 あれは確かタケのライブの日のことだった。ライブの前に映画を観ようと、早めに家を出て行こうとしたとき、ふとベランダの外を見てみると、雛が目を開いたまま横たわり、TKMYが雛をしきりに突付いているのが見えた。ベランダには血痕があった。ああああ・・・・・・。と思った。またしても雛がカラスにやられたのだ。

 雛はぐったりとして動かない。おそらく既に息絶えているのだろう。しかし、TKMYは雛を起こそうとしているのか、しきりに雛の身体を突付いている。既に息絶えていることがわかっている私には、その姿が痛々しい。つい先日まで、TKMYとキッコロは、ピジョンミルクを交互に出し合って、雛を大事に育てていた。これだけ大きくなり、あとは飛べるようになるのを待つだけの状態だったのだ。

 しばらくすると、どこからともなくキッコロが飛んで来た。そして、やはりベランダに横たわっている雛の傍にやって来て、TKMYがしていたように、雛の身体を愛情をこめてチョンチョンチョンチョンと突付き始めた。その愛情のこもった行為を見守りながら、私は、これは鳩の儀式だと思った。だから、すぐに雛の亡骸を片付けてしまうよりも、一日だけ亡骸をそのままにしておいて、TKMYとキッコロに心行くまで最後のお別れの儀式を行う時間を与えようと思ったのである。

 私はすぐに仕事中のガンモに電話を掛けた。ガンモにベランダで起こった出来事を伝えると、ガンモも雛の死を悲しみ、やはり、TKMYとキッコロの儀式のために、すぐに雛の亡骸を取り上げるようなことはしないでおこうということになった。幸い、ガンモも私も翌日は仕事が休みだった。

 翌日、ガンモはTKMYとキッコロがいない間に雛の亡骸を小さな紙の箱に収めた。そして、二人で近くの空き地に雛を埋葬しに行った。金属性のスコップで雛がすっぽり埋まるくらいの土を掘り、その中に紙の箱から取り出した雛の亡骸をそっと横たわらせた。ガンモは、土をかける直前に、小瓶に入れて持参した鳩の餌を小瓶から取り出して雛の亡骸にお供えした。その餌の中には、とうもろこしがたくさん入っていた。ガンモは、
「かわいい目をしてたのに。安らかに眠れよな。しばらくすると、ここからとうもろこしが生えるかな」
と言いながら土を掛けた。

 今はちょうどカラスの繁殖期らしい。雛の亡骸を埋葬した翌日、カラスの群れが私たちのマンションの周辺で確認された。カラスはカアカアと大袈裟に鳴きながら、餌を探して集団で少しずつ移動しているようだった。我が家のベランダの鳩たちは、これまでよりもカラスの声に敏感になっていた。誰かがカラスの気配を感じ取ると、警告の一声を発して、バサバサバサと一斉にどこかに飛んで行くようになった。おそらく、カラスが私たちの家のベランダにやって来たとき、まだ飛ぶことのできなかった雛だけが襲われ、飛ぶことのできる他の鳩たちは、雛が襲われる様子をどこかで見ていたのだろう。

 ガンモは、
「あれだけ成長してたから、大き過ぎて、カラスも襲うだけで連れ去ることができなかったんだろうな。殺すだけなら、最初から襲わなきゃいいのに」
と言った。これまでにも、鳩の雛がカラスに襲われたことは何度かあったが、亡骸が残っているのは今回だけだった。これまで襲われた雛はまだ小さかったので、カラスに連れ去られてしまったと思われる。

 カラスが鳩の雛を襲う度に、私は弱肉強食について考える。命を奪われた雛や雛の親であるTKMYやキッコロにも、それぞれ愛のドラマがある。ただ、鳩はいつまでも悲しみを引きずらない。雛が亡くなってから二、三日は肩を落としていた(鳩に肩があるのかどうかは別にして)が、やがて彼らも日常に戻った。人間と違って十数年しか生きられない鳩は、時間の進み方が速いのかもしれない。そして今、TKMYはどこかよそで巣を作り、新しい卵を温めているようだ。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、鳩の雛の観察日記をご覧ください。

※なお、スライドショーを再生するためには、最新のFlashが必要です。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 亡くなった雛は、目がくりくりしてとてもかわいい雛でした。鳩を見ていると、魂は目に宿っているのではないかと思ってしまいます。あれ以来、ベランダの鳩たちは、カラスに対してとても敏感になっていますが、単にカラスの鳴き声が聞こえただけでは反応しないこともあります。鳴き声だけでなく、危険な信号をテレパシーのようなものを敏感にキャッチしているのかもしれません。TKMYとキッコロが前回、同じ排水溝付近に巣を作ったときは、雛の姿がカラスから見えないように、ついたてを立てかけてやったのです。しかし、ついたてが倒れて雛をつぶしてしまう心配もあり、今回はついたてを立てかけてやらなかったのですね。私たちがついたてを立てかけてやっていれば、こんなことにはならなかったかもしれません。

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2008.05.07

鉄剤がもたらした現象

睡眠を貪るの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 睡眠を貪ったおかげで、睡眠不足は解消されたのですが、生活のリズムが少し前倒しになりました。以前は、午前二時前に就寝というリズムだったのに、最近は午前〇時を過ぎるともう眠いのです。健康にはいいのかもしれませんが、夜のうちに「ガンまる日記」を書くことが出来なくなってしまいました。(苦笑)

 ゴールデンウイーク明けの出勤日、朝、トイレに立ってみると、夜用の布ナプキンにおびただしい量の出血が確認された。ゴールデンウイーク最終日から始まった生理は二日目を迎えようとしていたが、布ナプキンに変えてから初めての大量出血となってしまった。私は先月の検診で、とうとうI医師に鉄剤を処方していただいたことを思い出していた。私の血液検査の結果をご覧になったI医師は、処方してくださっている桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を服用し始めてから出血が少なくなったという私の報告に反して、実際は出血が多くなっているのではないかとおっしゃっていた。

 トイレから出た私はガンモに言った。
「お客さん(ガンまる用語で生理のこと)が大変。すごい出血してる。これだど、出勤してもナプキンの取り替えが大変だから休むわ」
ガンモを送り出して、私は生理の二日目を一日中、自宅で過ごした。出血量が多かったからだろうか。久しぶりに生理痛にも見舞われ、これから先のことが不安になりつつあった。

 自宅でゆったりと過ごしながら、私は何度もトイレに立ち、布ナプキンを取り替えた。取り替えた枚数を数えると、職場に持参する布ナプキンだけでは足りなかっただろうと思えた。私はかつて、職場でズボンに生理の血液をにじませて、ひどく慌ててしまたことがある。おそらく今日、出勤していたら、間違いなくそのときと同じ結果になっていたことだろう。

 それにしても何故、I医師から生理の出血を抑えるために桂枝茯苓丸を処方していただいているのに、このような結果になってしまったのだろう。私はふと、鉄剤のことを思い浮かべた。タンポンを使用すると、出血の量が多くなってしまうように、鉄剤を飲み始めたことにより、私の身体が貧血になってもいいと安心してしまったのではないだろうか。

 去年の夏休み、ガンモと二人でロンドンに出掛けた。そのとき、予定よりも早く生理が始まってしまい、少々慌ててしまったのだが、持参していた布ナプキンで生理をしのいだ。生理が始まった頃、私たちはロンドンの地下鉄を中心に利用しながら観光していた。ご存知の方もいらっしゃるかもしれないが、日本と違って、ロンドンの地下鉄にはトイレの設備がない。地下鉄にトイレの設備がない代わりに、バーガーキングやマクドナルドなどのファーストフード店で、トイレを無料で借りられることになっている。だから、地下鉄を利用してロンドンの街を歩くときは、ファーストフード店のトイレを借りながらの観光となるのだ。

 そのように、頻繁にトイレに行くことのできない環境で生理を迎えると、驚くべきことに、二日目だというのに出血の量が少なかったのだ。まだI医師の診察を受ける前のことだったので、桂枝茯苓丸の力は借りていない。それを思うと、私の中で心理的に月経血コントロールが行われていたものと思われる。

 鉄剤を飲むと、胃がムカムカするなど、気分が悪くなってしまう。特にダイエットを意識して、あまり食事を取らないでいると、その現象が顕著である。また、同じI医師から処方していただいている薬でも、桂枝茯苓丸を服用するときの気持ちと、鉄剤を服用するときの気持ちがまったく違う。服用に対して前者は積極的になれるが、後者は積極的になれない。時には服用するのを忘れてしまうことさえある。おそらく、私の身体が鉄剤を必要としていないのだろう。

 できれば私は、鉄剤を服用せずに済ませたい。そう思っているのに、実際のヘモグロビン値が低くなってしまったものだから、主治医であるI医師には逆らえない。次回の検診で、I医師はおそらく血液検査を勧め、鉄剤の効果を確かめようとするはずだ。鉄剤を服用しなくても良くなる条件が、鉄剤を服用しなくなることだなどという理屈が、果たしてI医師に通じるのだろうか。その問題が、ちょっぴり私の頭を悩ませている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 飲みたくない薬は忘れてしまうものですね。処方していただいた鉄剤を月、水、金に服用しようと、いつも持ち歩いているリュックのポケットに桂枝茯苓丸と同じ場所に入れているのですが、どうしても忘れてしまうのですよ。私は、自分がいかに正直であるかを日々実感しています。(笑)

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2008.05.06

睡眠を貪る

眠らない、眠らせないの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 同じフェリーを利用したのに、行きと帰りでは快適さがまるで違いました。行きは午前中の便だったので、四時間という運航時間がとても心地良かったのです。暖かい日でしたが、冷房が入っていなかったので、半袖Tシャツとズボンでちょうど過ごせるくらいの室温でした。それを考えると、ゴールデンウイークで混み合っている夜行フェリーとは言え、毛布を持参している人は少ないはずですから、冷房を入れる必要もなかったのではないかと思います。エネルギーがもったいないですよね。

 私は、四日ぶりに顔を合わせたガンモに向かって、
「ガンモ!」
と言った。すぐにでもガンモに抱きつきたかったが、目覚めたばかりでまだ眠く、身体が自由にならなかった。ガンモとは四日振りの再会だったが、私は自分が新婚当時のように、ガンモの出張のため、しばらく離れ離れになったあとに果たした再会で、ガンモの顔を見た途端、ぎゃんぎゃん泣き叫ぶようなことはなくなっていることに気が付いた。そして、仕事から帰宅したばかりのガンモもまた、ベッドに上がって来たかと思うと、おもむろに窓を開け、鳩の様子を確認したりしていた。私はちょっぴり拍子抜けしてしまった。

 仕事から帰って来たばかりのガンモは間もなくシャワーを浴びたが、私は眠いのでまだベッドの中でくすぶっていた。ガンモが帰って来たら一緒にシャワーを浴びようと思って待っていたのに、身体が言うことをきかなかったのだ。

 ようやく起き上がってシャワーを浴びたあと、再び私がベッドに戻ってみると、ベッドの上でガンモが両手を広げて来た。そうそう、そう来なくっちゃ。私はガンモの腕の中に自分の身体を預けた。そして、熱い抱擁を交わしすと、ガンモが、
「お帰り」
と言ってくれた。私は、
「ただいま」
と言った。

 ガンモと離れている間、一日に何度も携帯電話で会話をしていた。家族への通話が無料になるという携帯電話の新しいサービスは、離れている私たちにはとてもありがたかった。

 それから私たちは、ベッドに横になり、睡眠を貪(むさぼ)った。ガンモは仕事で徹夜明け、私は眠らない、眠らせない夜行フェリー帰りだ。そのままお昼過ぎまで寝ていただろうか。目が覚めて時計を見ると、既に十三時を回っていた。

 私はごそごそと起き出して、スパゲティをゆでてガンモと食べた。しかし、その後も私は旅の疲れが取れず、また、徹夜帰りのガンモもまた、仕事の疲れがなかなか取れないようで、二人でベッドで横になり、再び睡眠を貪った。

 そして、その翌日はゴールデンウイークの最終日だったが、ガンモは仕事の待機要員の当番が当たっていた。私はホットヨガのレッスンを予約していたのだが、ガンモとの時間を大切にしたかったことと、生理が始まってしまったこと、それから、旅の疲れがまだ取れなかったことで、予約していたレッスンをキャンセルしてしまった。レッスンに参加していれば、私にとって、初めてのパワーアクティヴコースのレッスンとなったわけだが、それでもまあいいか、と思うのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もう歳なのでしょうかねえ。昔は、夜行バスを利用して実家から東京まで移動しても、そのまま仕事に出掛けていたこともあったのです。最近は、そんな体力がありません。普段は年齢など、特に気にもかけずに毎日を過ごしているのですが、タフではなくなってしまったことだけは確かなようです。(苦笑)しかし、眠らない、眠らせない夜行フェリーが、ガンモとのゆったりとした時間を与えてくれたことも事実であります。ガンモが徹夜の仕事を終えて帰宅しているのに、私が一人でピンピンしていたとしたら、このようなゆるい時間を過ごすこともできなかっただろうと思うからです。

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2008.05.05

眠らない、眠らせない。

倉敷再発見の旅の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m コンサートの帰りに、美観地区周辺で、周辺の旅館に宿泊していると思われる中年のカップルに出会いました。男性は手に行灯(あんどん)を持って、美観地区を歩いていました。倉敷は、ずいぶん粋な観光地でありますね。

 高松駅前から無料送迎バスに乗ってフェリー乗り場に着いてみると、神戸からのたくさんのフェリー利用客が私たちの乗った無料送迎バスの到着を待っていた。無料送迎バスは、高松駅前から乗車した私たちをフェリー乗り場で降ろすと、今度は神戸からのフェリー利用客を乗せて、再び高松駅方面に向けて走らせるのだろう。

 港に着いたのは、出航のおよそ十分前だった。通常ならば、乗船手続きを行ってから乗り込むのだが、回数券を購入している私は、乗船手続きをせずにそのまま乗船することができた。おそらく、回数券を購入したときに回数券の番号が控えられ、あとで乗船名簿と照らし合わせられるようになっているのだろう。回数券を購入しておいたことは正解だった。何故ならこのあと、席の争奪戦が始まったからだ。

 無料送迎バスで一番前の席に座っていた私は、無料送迎バスから一番に飛び降りて、席を確保するために乗船口まで走り始めた。すると、私と同じように回数券を購入しているのか、私のすぐ後ろから追いかけて来る人がいた。その人に先を越されてはならないと、私は必死に走ったが、荷物が重く、途中で追い越されてしまった。見ると、私を追い越して行ったのは女性だった。

 何とか乗船口まで辿り着き、息を切らしながらも係の人に回数券を手渡し、三階の船室にすべり込んだ。しかし、いつもはガラガラの船室も、ゴールデンウイークということで既にたくさんの人たちで溢れ返っていた。早くも船室にいるのは、無料送迎バスを利用しなかった人たちなので、おそらく自家用車と一緒に乗船されている人たちなのだろう。

 ぐるっと船室を見渡してみたが、コンセントの使える席にはどの場所にも既に人がいたので、私はせめて横になることのできる場所を探すモードに切り替えていた。しかし、広い船室の周辺には既にたくさんの人たちが陣取っている。船室の真ん中は開いているようだが、さすがに真ん中で寝るのは落ち着かない。

 そこで私は、レディースルームに足を運んでみることにした。レディースルームには、リクライニング式の席が主だったが、できればゆったりと横になれる場所がいい。見ると、リクライニング式のレディースルームの横っちょに、雑魚寝できるレディースルームがあるのを見付けた。中を覗き込んでみると、横になれるスペースがあったので、靴を脱いでそこに入った。入口付近だったが、贅沢は言えない。私は荷物を置いて一息ついた。

 コンセントの使える場所を確保することはできなかったが、フェリーは〇時半に出航して四時過ぎには神戸に着くのだから、コンセントを使うこともないだろう。そう思いながら、私は普段、映画鑑賞のために持ち歩いているひざかけ用のショールや、毛糸のベスト、Tシャツなどを次々に取り出して、布団代わりに掛けた。長距離フェリーならば、毛布の貸し出しがあるのだが、このフェリーにはフリースの販売はあっても、貸し出しはないようだ。

 ひとまず落ち着いたので、私は就寝前の洗面と歯磨きを済ませるために席を立った。レディースルームの外に出てみると、通路にゴザを広げて横になっている人たちがいた。おそらく、一般の船室が既に人で溢れ返っているので、少しでもゆったりと横になれる場所を求めて、通路にゴザを広げたのだろう。少し気の毒に思ったが、予めゴザを持ち込んだということは、最初から通路に寝ることを覚悟していたのかもしれないと思い直した。

 私が洗面所から帰ると、私の確保した場所のすぐ隣に、新たな人が来ていた。彼女の登場で、私は自分がどこに横になったらいいか、少し戸惑ってしまった。彼女は、私がそこにいることに最初から気づいていたはずなのに、私の登場で、あたかもたった今気づいたかのように私を気遣ったので、少しムッとした。結局私は、身体を斜めにして横になることにした。

 レディースルームの入口には、「盗難防止のため、消灯はしません」と張り紙がしてあった。つまり、例え夜中であっても、電気は点いたままということだ。その点に関しては、私はアイマスクを持参していたので問題はなかった。しかし、あとから来た人が風邪を引いていたらしく、私のすぐ隣で鼻をすすったり咳をしたりするので、その音が気になって、目を閉じてもなかなか眠りに就くことができなかった。そこで私は耳栓を取り出して、周りの音をシャットアウトした。耳栓のおかげで、彼女の立てる音も、船が走行するときのエンジンの音も遠ざけることができた。

 これでようやく安眠できるかと思いきや、まだまだ難題が残されていた。というのも、掛け布団に代わるものは何とか持参したものの、私は布団を敷かずにじゅうたんの上にそのまま横になっているわけである。実家に三日間滞在して、固い布団の上に横になることにようやく慣れかけていた頃だったが、さすがにじゅうたんの上に直接横になるのは厳しかった。それだけならまだいい。ゴールデンウイークで利用客が多いからだろうか。私たちのいる雑魚寝できるレディースルームには、クーラーがガンガンかけられ、足元が冷えて冷えて眠れないのだ。

 私は、これまでに体験したことのないほど居心地の悪さを感じていた。眠りたいのに眠れない。私は何度も何度も寝返りを打ちながら、時間が過ぎて行くのを静かに待っていた。それでも、しばらくうとうとしていたのか、はっと気がついて時計を見てみると、三時半を回っていた。耳栓を外して起き上がってみると、咳や鼻の音を立てていた隣人は、荷物をまとめていなくなっていた。おそらく、寒過ぎるため、暖かい場所を求めて出て行ったのだろう。

 起き上がった私を見て、別の人が私に、
「冷えますねえ」
と声を掛けて来た。私は、
「本当に。冷房、効き過ぎてますよねえ」
と言った。日中、とても暖かかったからだろう。その方は私よりもずっと軽装で、しかも、夜寝るときに布団代わりにできるようなものを何も持ち合わせていないらしかった。

 毛布を持参して真ん中で横になって寝ている年配の女性二人も、ジャケットを着たまま毛布にくるまっているのに、ひどく寒そうだった。私が、
「寒いですよねえ」
と言うと、二人連れの方も、
「そうですねえ。めちゃ寒いですねえ」
と、冷たい空気が噴出して来る空調の噴出し口を見上げながら、私に同意してくれた。

 そろそろ着岸する時間だったので、私はトイレに立ち、ズボンを履き替えた。トイレの中で、
「まもなく着岸します」
とのアナウンスを聞いた。寒いだけでほとんど眠ることができなかったが、わずか千四百七十五円で神戸に渡ることができるのだから、文句も言えまい。

 間もなく船は着岸した。そこから三ノ宮駅まで連絡バスに乗り、およそ十分程度で三ノ宮駅に着いた。駅の案内板を見ると、まだ始発電車は動いていないようである。始発までまだ三十分以上時間があったが、私は駅の改札をくぐった。

三ノ宮駅のホームで始発電車を待つ

 私は、徹夜で仕事をしているであろうガンモにメールを送った。

〇時三十分の便にはもう二度と乗らんぞ。寒い。固い。混む。コンセントなし。眠らない、眠らせない!

 「眠らない、眠らせない」というのは、昔、フジテレビの深夜番組の時間帯に流れていたキャッチコピーである。ガンモも私も、このキャッチコピーが流れていた頃、それぞれ神奈川と東京に住んでいたのだ。

 その後、ガンモと電話が通じて話しをしたところ、ガンモの帰宅は八時過ぎになると言う。私は始発電車に乗って自宅の最寄駅まで帰った。夜行の乗り物にでも乗らなければ、このような時間に帰宅することなど皆無である。寒さのせいで身体が冷え切ってしまっていたからだろうか。寝不足のはずなのに、不思議と眠気は感じなかった。

 帰宅した私は、ガンモが一人で横になっていたときのベッドの皺(しわ)を愛しく感じながら、ベッドに横になり、睡眠を取った。そして、ガサゴソという物音で目を覚ますと、四日振りに顔を合わせるガンモが立っていた。

※なお、この話には続編があります。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m フェリーの中で寒くて歯を食いしばり過ぎたのか、あごがとても痛かったです。(苦笑)普段、オフィスで寒がりと思われている私ですが、他の人たちもフェリーの冷房を寒いと感じていたということが、私に自信を与えてくれました。私は大丈夫だったのですが、他の方たちは風邪を引いたのか、鼻をズルズルすすっていました。利用客が多いとアバウトになり、サービスが行き届かなくなりますね。夜のうちにフェリーで移動できるのはとても便利なのですが、夜行フェリーで運航時間が四時間足らずと短いのは、ちょっと考えものです。昼間のゆったりとした時間ならば、四時間という運航時間は、とても優雅な時間になるのですが。(苦笑)

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2008.05.04

倉敷再発見の旅

道後温泉再発見の旅の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回は混雑のため、道後温泉本館の利用を見送ったのですが、三年前に利用したときの写真がこちらにあります。数枚程度の写真ですが、よろしければご覧ください。

 実家に三泊したあと、私は父母に車で実家の最寄駅まで送ってもらい、今度は倉敷で行われるコンサートに参加するため、再び四国再発見きっぷを使用して倉敷へと向かった。ありがたいことに、途中で食べるお昼ごはんのお弁当を母が作ってくれた。

 今回の旅は、時間もたっぷりある上に、格安料金で移動することを目的としているため、ちょっぴり特殊なプランになっていた。倉敷でコンサートを観たあとは、新幹線で陸から帰らずに、再びJRで瀬戸大橋を渡って四国まで戻り、行きに購入した回数券を有効活用して、高松から夜のフェリーで神戸に帰ることになっているのだ。ちなみに、ガンモが打ち出してくれたルートは以下のようになっている。

・実家の最寄駅から坂出までJR(所要時間およそ三時間:千百円<四国再発見きっぷ五千五百円の一回分>)
・坂出から倉敷までJR(所要時間およそ一時間:千二百五十円)
・倉敷から坂出までJR(所要時間およそ一時間:千二百五十円)
・坂出から高松までJR(所要時間およそ二十分:四国再発見きっぷ再利用)
・高松駅前から港で無料連絡バス(所要時間およそ十分:〇円)
・神戸行きフェリー(所要時間およそ四時間:千四百七十五円<四回分の回数券五千九百円の一回分>)

 倉敷のコンサートを観たあと、四国に戻って実家の最寄駅から使用した四国再発見きっぷを再利用し、高松から行きと同じフェリーに乗るというのは、実に大胆な発想である。最初は例年通り、岡山から新幹線で帰るつもりだったのだが、フェリーの回数券が四枚綴りなので、奇数回分の回数券を余らせてしまっても仕方がないということで、帰りも同じルートにしたのである。それには、ガンモに徹夜作業の仕事が入っていたことも大きい。つまり、私が夜のうちに新幹線で帰宅したとしても、ガンモに会えるのは翌朝の予定だったのだ。

 さて、無事に倉敷入りした私は、松山でもそうしたように、お風呂に入ってからコンサートに参加したいと思っていた。というのも、夜のフェリーで神戸まで帰ることになっていたものの、長距離フェリーではないためか、お風呂を利用できないことになっていたからだ。フェリーにお風呂の設備がないわけではないのだが、お風呂を利用できるのは、トラックの運転手さんのみとなっていたのである。そのため、コンサート前に銭湯に入っておきたいと思っていたのだ。

 私は、インターネットで倉敷駅周辺の銭湯を探した。そうして見付けたのが、昭和の雰囲気を漂わせているという「えびす湯」だった。しかし、地図で示された住所に足を運んでみると、残念ながら閉まっていた。定休日ではなかったのだが、ゴールデンウイークのため、おそらくお休みにされたのだろうと思う。

 私は銭湯に入るのを諦めて、倉敷の美観地区をふらふらと歩き始めた。倉敷へは、毎年、この時期にコンサートで訪れているため、既に勝手知ったる何とかである。コンサートの時間まで、お土産を買ったり、写真撮影をしたりしながら、美観地区を堪能したあと、会館へと向かった。

 前日の松山に続くコンサートは、これまでにないほとの盛り上がりを見せていた。私の隣の席に座っていた見知らぬ男性も、まるで応援団のように力を込めて乗りまくっていた。席に座る前に、隣が男性であることを確認してから席に着いたのだが、コンサートが始まってから、あまりにも彼の盛り上がり方が強烈なので、本当は女性なのではないかと何度も確認してしまったほどだ。しかし、彼は確かに男性だった。彼は、ときどきメモ帳を取り出して、しきりに何か書き込んでいる。おそらく、自分なりのセットリストを作成しているのだろう。私も昔は自分でセットリストを作成したものだったが、曲順を書き留め始めると、コンサートに集中できないので止めてしまった。

 会場が波打つような感覚は、倉敷のコンサートに参加すれば体験することができるだろう。いや、波打つというよりも、呼吸が一つになっているという感覚のほうがしっくり来る。手拍子をしながら彼らの演奏に聞き入るのだが、手を打つリズムと、手を打っていない静寂のリズムが、まるで呼吸をしているかのようにぴたりと重なっているのだ。

 ゴールデンウイーク中のコンサートなので、地元の方たちよりも、全国から集まって来ている方が多いはずなのに、恐ろしいほどの会場の一体感である。メンバーの一人が感動のあまり、
「みなさんに伝えておきたいことがあります。今夜が、このツアーの中で最高です!」
と言った。

 彼らが二回のアンコールに応えてくれると、十八時過ぎに開演したコンサートは二十一時頃にお開きになった。コンサートが終わると、会場に残った人たちが万歳三唱をし、三本締めをしたあと、拍手で終わるのが恒例になっている。私が列車の時間を気にして立ち去ろうとすると、私の隣の席に座っていた元気な男性が、突然、音頭を取り始めた。やはり彼はただものではなかった。

 私は倉敷駅までずんずん歩き、ガンモが行程表に書いてくれていた列車よりも一本早い列車に乗った。仕事中のガンモに電話を掛けてみると、行程表に書いたのは、高松からのフェリーに乗るためのタイムリミットの列車なので、絶対に逃してはいけないと言われた。毎年のことながら、コンサート帰りの人たちが多かったため、倉敷から岡山までの列車はひどく混雑していた。私は岡山から更に快速マリンライナーに乗り換え、高松まで出た。深夜の運行のため、快速マリンライナーはわずか三両編成だった。たくさんの人たちが順番待ちをしていたが、三両編成でも奇跡的に座ることができたので、私はほっと胸を撫で下ろした。

 高松に着いたのは、二十三時を少し回った頃だった。フェリー乗り場まで運んでくれる無料送迎バスの発車時刻まで一時間近くあったので、私は高松駅の待合所でしばらくくつろいでいた。

 その後、少し早めに無料送迎バス乗り場に足を運んでみると、暗い中、人影がちらほらと見えていた。おそらくゴールデンウイークだからだろう。フェリーの深夜便の利用客が多いようである。無料送迎バスがやって来る頃には、無料送迎バスのバス停には二十人の利用客が集まって来ていた。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、倉敷再発見の旅をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またしても更新が遅くなりまして申し訳ありません。松山に引き続き、倉敷のコンサートも観て来ました。さすがに歳を重ねて来ると、同じアーチストのコンサートに二日連続足を運ぶのは、体力的にも厳しいものがありますね。しかし、演奏している彼らは、私よりももっと年上ですから、そんなことも言ってられません。(苦笑)倉敷は、昔ながらの商店街も楽しめますし、美観地区のお土産屋さんも楽しめます。最近オープンしたのか、「倉敷屋」という雑貨屋さんがひどく賑わっていました。こちらの商品は、私もかなり心惹かれて、お土産を買い込みました。

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2008.05.03

道後温泉再発見の旅

田舎の知恵の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 携帯電話で写真を撮るのはなかなか難しいものですね。(苦笑)特に、私の場合は、覗き見防止フィルタを使用しているのですが、そのフィルタが邪魔をして、撮影時に携帯電話の液晶モニタがファインダーの役割をしてくれません。おまけに、外の天気がすこぶる良いものですから、液晶モニタに映し出されている映像を確認しながらシャッターを押すことができません。というわけで、毎回、ほとんどノーファインダーで撮っています。(※「ノーファインダーで撮る」とは、カメラ用語で、ファインダーを覗かずに撮るという意味です。昔のカメラは、使用するレンズごとにファインダーを取り替えなければならないこともあり、レンズとファインダーが別売りだったことから、レンズに対応したファインダーを装着しないまま撮影をすることを、「ノーファインダーで撮る」と呼んでいました)

 朝、実家の最寄駅まで車で父に送り届けてもらうと、私は再び四国再発見きっぷを使用して、松山へと向かった。好きなアーチストのコンサートが松山で行われることになっていたので、松山に住んでいる友人と連絡を取り、コンサートの前に一緒にランチを食べる約束をしていたのだ。彼女は、小学校から高校まで同じ学校に通っていた古い友人である。しかし、結婚してからは、一人で帰省することもほとんどない上に、ガンモの実家と私の実家の両方を行き来するようになったため、それぞれの実家への滞在期間も短く、友人たちともなかなか会うことができなかった。そんなこともあって、彼女ともしばらく連絡が途絶えていたのだが、携帯電話のメールが普及したおかげで、再び交流が活発になったというわけである。

 待ち合わせ場所に足を運んでみると、懐かしい彼女が待っていてくれた。彼女と顔を合わせるのは、およそ十年振りかもしれない。ほとんど変わっていない彼女の姿にほっと安心する。

 彼女が連れて行ってくれた自然食のお店でランチを食べながら、お互いの近況などを報告し合った。彼女と話をしながら気が付いたことがある。お互い、小学校の頃から知っている間柄だからだろうか。久しぶりの再会なのに、相手に対する構えがないのだ。一言で言うと、彼女の前では自然体でいられる自分に気が付いたのである。もっと歳を重ねてから出会った友人たちに対しては、言葉を発する前に多くのことをフィルタに掛けて、なかなか本音を明かさない自分を演じて来たように思う。

 ランチを食べたあともまだまだ話し足りず、私たちは近くの喫茶店に入り、様々な話に花を咲かせた。不思議なことに、他の人にはもっと多くの説明が必要なはずの私の思想的な表現も、彼女にはすっと届いているようだった。彼女と会話をしながら、自分がすっかりリラックスしているのがわかった。彼女との会話を通して、歳を重ねてから出会った友人たちに対しては、もっと良い自分を見てもらおうと、自分を演出していたことに気が付いたのである。

 実は、彼女と私は、中学のときに同じ男の子のことが好きだった。しかし、おそらく相手の男の子も、彼女のことが好きだった。端から見れば両想いの二人なのに、その後の運命のいたずらにより、二人は結ばれなかった。そんな二人を、私はずっと見守って来た。今になって思えば、二人はツインソウルだと思う。

 懐かしい彼との思い出話で盛り上がりつつも、毎日の家事が大変だと言う彼女をこれ以上引き止めてはいけないと思い、再会を果たしてから三時間半ほどでお開きにした。それから私は、道後温泉に入ってからコンサートに臨もうと、路面電車に乗り、道後温泉へと向かった。

 ゴールデンウイークで連休中とあって、道後温泉周辺はたくさんの人たちで賑わっていた。お目当ての道後温泉本館も、入館待ちをする人たちの行列が出来ていた。時計を見ると、コンサートの開始まで、もうあまり時間がない。そこで私は、道後温泉本館の近くにある比較的新しい「椿の湯」に入ることにした。

 椿の湯も混み合ってはいたが、道後温泉本館のように、入場待ちをしなければならないほどの混雑ぶりではなかった。私は汗を流し、ツルツルのお肌になる湯船に浸かり、さっぱりした気分でコンサート会場へと向かった。

 コンサート会場に向かう前に、ライブ仲間の友人から連絡が入っていたので、入場前に会って少し話をした。彼女は兵庫県の私の自宅近くに住んでいるライブ仲間である。何故か、お互いご近所さんだというのに、自宅近くでは会わずに、こうしてコンサートで遠征したときに顔を合わせている。彼女はコンサートのほか、演劇とのご縁も深く、ときどき演劇のチケットを手配してくれている。今回は、七月に行われるとある演劇のチケットを手配してくれるというので、ガンモの分も合わせて、彼女に託したのだった。

 さて、本日のメインイベントであるコンサートだが、前回のツアーではくぐもったような音で構成されていて、とても残念に感じられたものだったが、再びクリアな音に戻っていたので、安心して耳を傾けることができた。コンサート中の余興もずいぶん楽しませてもらった。そう言えば、先日、派遣仲間に、私が足を運んでいる好きなアーチストのコンサートについて、
「余興がすごく面白いんだってね。テレビでやってたよ」
と言われた。彼女に、
「一度観てみるといいよ」
と言おうとしてその言葉を慌てて引っ込めたのは、確かに彼らのコンサートの余興は面白いかもしれないが、それ以外で、初心者が驚くような世界も待っているであろうことがわかっていたからだ。毎回、会場が一体化し過ぎてしまうコンサートは、初心者にはなかなか入り込むことのできないディープな世界かもしれない。また、活動期間も長いので、曲を覚えてから参加するのも大変だろう。コンサートに足を運んでいる人たちがほぼ全員、熱狂的なファンであると言っても過言ではない。だから、軽い気持ちで彼らのコンサートに足を運んだ多くの初心者は、温度差を感じて長続きしないのである。

 先日観たボブ・ディランの伝記映画『アイム・ノット・ゼア』の中で、彼の唄うプロテストソングを支持していた古いファンが、ロックに転向した彼に対して、裏切り者呼ばわりするシーンがある。音楽性の転向は、音楽活動を長く続けているアーチストにはありがちな現象だろう。実は、私がこうしてコンサートに足しげく通っているアーチストにも、こうした転機があった。そのとき、ずっと昔から彼らを支持し続けて来たファンの中には、彼らの新しい音楽性について行くことができずに、彼らから離れて行ったファンも多かったようだ。正直なところ、私自身も、彼らの音楽性には戸惑いを感じる時期もあった。しかし、こんなこと、ご本人たちの前では言えないが、音楽性よりも人間性に惹かれていたので、私が彼らから離れることはなかった。

 今回のコンサートでもそうだが、彼らのコンサートでは、転機を迎える前の曲と、転機を迎えてからの曲が当たり前のように演奏されている。新しい曲と古い曲が共存しても、まったく違和感を感じないのは、彼らが古い曲に現代風のアレンジを加えているからだと思う。つまり彼らは、例え古くても、曲を生かし続けているアーチストであるとも言える。

 彼らが松山でコンサートを開いてくれたおかげで、私も一年振りに実家に帰省することができた。そして、古い友人との貴重な時間を過ごすことができた。ライブ仲間の友人は、私がガンモと一緒に帰省したとばかり思っていたので驚いていたが、今回の帰省は、彼らが私にプレゼントしてくれた親孝行のチャンスだと思っている。

 親孝行と言いつつも、コンサートを終えて再び四国再発見きっぷを使って実家の最寄駅に着いたときには、とっくに二十三時を回っていた。いつもは二十一時頃には就寝している母が、眠い目をこすりながら、最寄駅まで母に迎えに来てくれたのは、やはり親孝行と言っていいのだろうか。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、道後温泉再発見の旅をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。このゴールデンウイークは、もう夏がやって来たみたいに暑いですね。昼間は半袖でも十分過ごせるほどの暖かさであります。観光地では、お土産のTシャツがたくさん売れたのではないでしょうか。しかし、昼間は暑くても、夜はそれなりに涼しいようですので、帰りが遅くなるときは、昼間との気温差にお気をつけください。

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2008.05.02

田舎の知恵

四国再発見の旅の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「ゴールデンウイークも後半に入りました」などとあちこちでささやかれているようですが、「前半」と言われている部分で仕事をしていた人にとっては、「後半と言われてもねえ」とぼやきたくなるでしょうね。はい、私もぼやいています。(笑)今年のゴールデンウイークはお天気も良く、絶好の行楽日和が続いていますね。皆さんも、楽しいゴールデンウイークをお過ごしください。

 一夜明けると、私は背中の痛みとともに目が覚めた。時計を見ると、まだ朝の五時である。背中の痛みのため、熟睡できなかったのだ。ガンモの実家に帰ったときも、毎回、同じような現象で目が覚める。それは、実家に帰ると、布団に寝るため、自宅の柔らかいベッドよりも、背中が真っ直ぐに伸び過ぎてしまうからだ。私は背骨に歪みがあるため、固い布団で寝ると、翌朝、辛い想いをしてしまうのだ。

 しかも、起き上がるときに筋腫をかばう気持ちが先走り、お腹に力を入れることができないため、仰向けに転がったまま起き上がることのできない亀のような切ない気持ちでしばらく布団の中でじたばたしている。しかし、そのまま寝続けるにしても背中が痛くて辛いので、ようやく意を決してお腹に力を入れて起き上がるというわけだ。

 ただ、固い布団で寝ることは、背骨をまっすぐに矯正するためにはとてもいいことだと感じてもいる。だから、
「背中が痛いんやったらマットレスでも敷こうか?」
と気遣ってくれる父の提案を断って、私はそのまま固い布団で眠り続けることにした。
                   
 実家に帰るといつも私がすることは、入院中の祖母のお見舞いとお墓参りだ。祖母は入院してもう何年になるのだろう。母の献身的な介護に支えられ、危機的な状況を何度も乗り越えながらも、長生きしてくれている。祖母は何と、先月、九十歳を迎えたそうだ。

 お墓参りの帰り、母が、
「わらびを採りに行こう」
と誘って来た。
「わらび?」
と私が聞き返すと、野生のわらびが土手(どて)にたくさん生えているのだと言う。

 母は車を土手に回し、野生のわらびを採り始めた。わらびは、頭の部分をキューピーさんの頭のようにくるっと巻き込んでいる。きっと、わらびは天然パーマなのだ。採取する時期を逃してしまうと、わらびはどんどん成長して、シダのような葉を広げる。母曰く、シダのようなわらびの成長した葉があれば、その近くに若いわらびが生えている可能性があるそうだ。

若いわらび
(わかりにくいが、手前の真ん中の天然パーマに注目)

成長したわらび
(採取する時期を逃すと、シダのような葉を広げる)

 母と一緒に私も野生のわらびを探した。わらびを見付けては、母に教わったように、茎のぽきんと折れるところをちぎった。初めて採取する野生のわらび。採取している間、私はわらびに話しかける。
「わらびさん、どこにいるの?」
そうすると、次々にわらびが姿を現す。わらびを見つけると、私は、
「ありがとう。じゃあ、もらって行くよ」
と言って、茎をぽきんと折った。

 しばらく採取すると、母と二人で片手いっぱいのわらびが採れた。初めての私がたくさん採ったので、母が驚いていた。

採取したわらびの一部
(携帯電話で撮影したため、お天気のいい日には液晶モニタを確認することができず、このような画像に(苦笑))

 わらびを採っているときに、かまきりの卵を見付けた。かまきりの卵は、小さい頃、慣れ親しんだ光景だ。この卵から、おびただしい数のかまきりが生まれて来る。

カマキリの卵

 母は、採取したわらびを料理した。
「ちょっとアクが強い」
と母は言ったが、かじってみると、コリコリしておいしかった。

食卓に並んだわらび
(実際の色はもっと黒い)

 母は、わらびの他にも、自宅近くの土手で、野生の土筆(つくし)を採取する。母の作る土筆の卵とじ料理は、小さい頃からの私の好物だ。私が春に帰省すると、母は冷凍庫で冷凍させておいた土筆の卵とじ料理を食卓に出してくれる。私はそれを、さもおいしそうにぱくぱく食べるのだ。

 田舎には、自然と一体になった、都会にはない暮らしがある。そして、こうした自然と一体になることへの知恵は、通常、母から子へと受け継がれて行く。しかし、都会に渡ってしまった私は、母から教わった知恵を堰き止めてしまうかもしれない。だから、ここ書かせていただいた次第である。田舎の人たちの知恵として、少しでも皆さんに伝われば幸いである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 都会では、土を見掛けることさえ少なくなりました。ほとんどアスファルトで舗装され、土が覆いつくされているんですね。草木たちは、アスファルトの間からたくましく生えています。しかし、都会では、さすがにわらびも土筆も生えていませんね。田舎に帰ってから、何だか土手が懐かしくなりました。(笑)自宅近くに土手があったら、ガンモと一緒に散歩もできるのに、と思いますね。

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2008.05.01

四国再発見の旅

映画『アイム・ノット・ゼア』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 『アイム・ノット・ゼア』というタイトルは、六人の俳優さんたちがそれぞれ演じたボブ・ディランのどこにも本当の彼はいないというところから来ているのかもしれません。詩人や俳優やミュージシャンでもある彼ですが、実際は、その中の誰も彼自身ではなかったという意味なのかもしれません。だからいつも、何かを探し続けて満たされないような雰囲気を漂わせていたのでしょうか。これは、人生の中で重要な一つの出来事だけにスポットを当てて描いて行く手法とはまったく逆の手法かもしれませんね。多くをちらつかせながらも、実際はそのどれでもないという手法でしたから。

 私の職場は、五月一日から五月六日まで六連休となっている。この大型連休に、ガンモにはほとんど仕事が入っていた。私はというと、ゴールデンウイーク中に私の実家方面で行われる好きなアーチストのライブに参加したい気持ちもあり、珍しく一人で実家に帰ることになった。ここのところ、ガンモの実家にばかり帰っていたので、私の実家へは、およそ一年振りの帰省となった。

 それ以前の飛び石連休に有給休暇も取らずに真面目に出勤したのは、以前と同じ派遣仲間のメンバーでソフトウェア技術者の晩餐会を開くことになっていたからだ。実家に帰省する前日だというのに、私はまだ旅行の準備を整えていなかった。それnにもかかわらず、ソフトウェア技術者の晩餐会から二十三時過ぎに帰宅し、実家に持ち帰る荷物の整理を後回しにして、まずは先日より調子の悪かったノートパソコンのデータ移行作業に入った。これまで使っていたノートパソコンのディスクが壊れてから、しばらくロースペックのノートパソコンを持ち歩いていたのだが、ガンモが新たなディスクを購入し、これまで使っていたノートパソコンのディスクを入れ替えて再セットアップしてくれたので、眠い目をこすりながらも、ロースペックのノートパソコンからこれまで使っていたノートパソコンへとデータ移行したのである。

 そんなこんなで寝不足のまま床に就いたかと思えば、今度は早朝から起き出して実家に持ち帰る荷物の準備を始めた。今回は四泊五日の旅になるので、四日分の着替えを用意し、実家に持って帰る荷物をてきぱきと旅行用バッグに詰め込んだ。

 ところで、今回の帰省では、時間を掛けて格安料金でのんびり移動しようと計画していたので、以下のようなルートを辿ることにしていた。

・自宅の最寄駅から三ノ宮までJR(所要時間およそ十数分:通勤定期券使用)
・三宮から高松行きのフェリー乗り場に向かう連絡バス(所要時間およそ十分:二百円)
・高松行きフェリー(所要時間およそ四時間:千四百七十五円<四回分の回数券五千九百円の一回分>)
・高松の港から高松駅まで無料連絡バス(所要時間およそ十分:〇円)
・高松から実家の最寄駅までJR各駅停車(所要時間およそ三時間:千百円<四国再発見きっぷ五千五百円の一回分>)

 今回、四国へ渡るために利用したのは神戸から高松行きのフェリーだった。私の実家方面に向かうには、大阪南港から運行しているフェリーを利用するのが、着いてからの便利はいい。しかし、我が家から大阪南港までは一時間ほど掛かってしまうため、比較的近い神戸からのフェリーを選んだのである。

 何と言ってもありがたかったのは、四時間近く乗船する高松行きのフェリーの中で、コンセントを使用できる場所を確保し、「ガンまる日記」を綴ることができたことだった。フェリーは鉄道と違って広いスペースを占有することができる上に、運が良ければコンセントを使用することもできるため、特に急ぐ必要のない旅にはもってこいの移動手段なのである。時には寝転がって仮眠できることもうれしい。船室の中では、本を読んだり、寝転がったり、ノートパソコンをいじったりと、それぞれの人たちが思い思いの時間を過ごしていた。

 今回の旅は、ガンモが詳細な行程を練ってくれた。いつも二人で出掛けている旅のように、ガンモは今回の旅の行程表を作成し、プリントアウトして私に手渡してくれた。私はその行程表に従って行動した。ただ、高松行きのフェリーの到着が予定よりも十五分ほど遅れてしまった上に、高松駅のみどりの窓口がひどく混雑していたため、「四国再発見きっぷ」という四国内だけで使える青春18きっぷと同等の便利で格安の切符を購入してから予讃線に乗り換える時間が少々短く、冷や冷やしてしまった。それでも、何とかガンモの作ってくれた行程表通りの列車に乗ることができたのである。

 高松から乗車した列車は観音寺(かんおんじ)行きだったので、私は観音寺で隣のホームに停車していた松山行きの列車に乗り換えた。途中、その列車は私が高校時代、通学に利用していた区間を走り始めた。そして、私が通っていた高校の最寄駅からは、私の出身校の制服を着た女子高生が何人か乗り込んで来た。彼女たちが身に纏(まと)っている制服を目にした途端、急に懐かしさがこみ上げて来た。私が高校を卒業してから何年経っているのだろう。計算してみると、いつの間にか、およそ二十五年も経っていることに気がついた。二十五年! 私にとって、高校生や大学生はまだまだ身近な存在のはずだったが、二十五歳も年が離れていては、ジェネレーションギャップも甚だしいだろう。

 これまで、四国の実家にフェリーや鉄道を利用して帰省することはあっても、四国内で利用しているのはほとんど特急列車だったため、制服を着た母校の女子高生たちに出会うこともなかった。今回、四国再発見きっぷを購入して普通列車に乗車したおかげで、後輩たちに出会えたわけである。私には、母校の制服がひどく懐かしく思われたので、携帯電話に付属のデジタルカメラで車内をこっそり撮影した。このとき私は、自分が女性に生まれて良かったと思った。例え女子高生の制服に懐かしさを感じたとしても、私と同い年くらいの男性が、携帯電話に付属のデジタルカメラで女子高生の乗っている車内を撮影していたら、きっと怪しまれることだろう。

 それにしても、かつて自分も身に纏っていたはずの制服を着ている女子高生をこっそり撮影するのは、とても不思議な気持ちだった。私には、彼女たちが自分の分身であるかのように思えた。彼女たちを撮影しているのは、二十五年後の彼女たちだ。彼女たちだって、二十五年も経てば、今、身に纏っている制服姿が懐かしくて仕方がなくなるに違いないのだ。

 高松からおよそ三時間掛けて、実家の最寄駅に到着した。予め列車の到着時刻を母に連絡しておいたので、母が車で最寄駅まで迎えに来てくれていた。およそ一年振りの母との再会である。私は、例え久しぶりでも、あっという間に年月の隙間が埋まって行く血縁の親しさを感じていた。会えない日々が長くても、常にお互いのことを思いやっている証拠である。

 母に、列車の中で母校の制服を着た女子高生に会ったことを話して聞かせた。
「私の高校時代の制服、まだ実家にあるのかな?」
と母に尋ねてみると、
「あるんじゃない?」
という答えが返って来た。
「制服を着た姿を写真に撮って、ガンモに見せようかな」
と私が言うと、
「やめとき(やめておきなさい)」
と母が制した。母にそう言われなくても、私の体型は、既に高校時代のそれとは明らかに異なっていることが自分でもわかっていた。私にはもう、あの制服は着られない。そう思うと余計に、列車の中で出会った女子高生たちとの間に大きなギャップを感じてしまうのだった。

 私たちは、自分の姿をいろいろな角度から見届けるために歳を重ねているのかもしれない。そして、過去の自分に出会うのと同じように、未来の自分にも密かに出会っているはずだ。過去の自分を振り返り、自分が歩んで来た人生をおさらいしつつも、未来の自分にしっかりと目を向け、時には手を差し伸べることも必要なのではないだろうか。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、四国再発見の旅をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 高校の制服は、二十五年経っても変わらないものなのですね。私と同じ高校の後輩の眞鍋かをりちゃんも、何年か前まで同じ制服を着ていたはずです。(笑)ところで、今はどのように呼ばれているか知りませんが、私たちの高校時代は、列車で通学することを「汽車通(きしゃつう)」と呼んでいました。何故なら、電車ではなく、汽車だったからです。汽車は古めかしい車両が何両も連結され、時には一つの駅で三十分近く停車することもありました。さすがに通学の途中にそのようなことはありませんでしたが、単線ですから、時間帯によっては、対向列車の待ち合わせのため、停車時間がひどく長かったのです。未だに単線区間は多いのですが、特定の区間までは電化されていますので、「汽車通」という言葉はもはや使われなくなっているのかもしれません。連結されている車両もわずか一両もしくは二両で、ワンマン列車も多く見受けられます。二十五年前と同じ線路を走る列車なのに、車両も近代化され、コンパクトになった予讃線であります。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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