« 祝・瀬戸大橋開通二十周年 | トップページ | 「ガンまる日記」はいかにして出来上がるか? »

2008.04.14

おならブル

祝・瀬戸大橋開通二十周年の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m テレビでも、瀬戸大橋が開通した当時の番組が再放送されていました。瀬戸大橋の建設には、実に多くの人たちが関わっていたようです。そんな映像の中で、私たちの目を引いたのが、瀬戸大橋の状態を確認するために使用されていたパソコンでした。二十年前と言えば、まだWindows OSが登場する以前の時代です。当然、パソコンのOSとなると、MS-DOSなのですね。私がコンピュータ業界で仕事を始めたのが一九八九年のことでしたので、瀬戸大橋の開通当時に使用されていたMS-DOSベースのパソコンを見ながら、自分のコンピュータ業界における歴史を振り返るようで懐かしく思えました。

 ガンモの実家に帰っていたときに、珍しくテレビを観た。和田アキ子さんが、ご自身がパーソナリティを務める番組の中で、ご主人さんとの間の夫婦の取り決めについて語っていらっしゃった。アッコさんは、ご主人さんよりも先に新聞の朝刊を開かないし、ご主人さんの前でおならもしないそうだ。アッコさんほどの人だから、きっとご主人さんを立てていらっしゃるのだろうが、私たち夫婦との違いの大きさに目を丸くした。

 私が勝手に想像するに、アッコさんは、日本全国の人たちに存在が知れ渡っているほど有名な方である。しかも、おそらく芸能界においてもその存在は大きい。そんなアッコさんが、家庭においても天下を取っているのだとしたら、きっと夫婦関係はうまく行かない。だから、ご主人さんよりも先に新聞を開かないことで、アッコさんはご主人さんを立てている。そういうことなのではないだろうか。普段、大きく出っ張っている分、家庭では引っ込んで、アッコさんなりにバランスを取っているのだろう。そして、アッコさんにしてみれば、それが夫婦円満の秘訣と言えるのだろう。

 もう一つの「夫婦の間でもおならをしない」という状況は、私たちには良くわからない。私たち夫婦の場合、結婚前に私のほうがガンモよりも先におならをして、ガンモを悔しがらせてしまった。ガンモは、自分のほうが先に私の前でおならをしようと心に決めていたようなのだ。だから、ガンモが初めておならをするとき、別の部屋にいたのに、わざわざ私に音を聞かせるために、私のいる部屋の戸を開けて、お尻を突き出し、「ブッ」と放屁したのだ。私たちは、そんなやりとりがおかしく、お互いに許容されていることを温かく感じる。つまり、相手の前でおならをすることで、根本からの繋がりを持とうとしているのである。

 しかし、例えば職場で仕事中におならをする人がいるとしたら、私は許容できるのだろうか。おそらく、その人がおならをしても笑うことができずに、聞いてはいけないものを聞いてしまったかのように、平静を装いながら黙って仕事を続けることだろう。また、仕事中、日常的に放屁を繰り返す人がいるならば、その人のおならを許容することができずに、その人を避けるようになってしまうかもしれない。

 ガンモのおならはうれしいのに、他の人のおならはうれしくないところに、何かヒントが隠されているようである。つまり、「おなら」そのものに好き嫌いがあるわけではなく、誰のおならであるかということが重要であるかということだ。

 身体のことを考えると、おならは我慢するよりも、出してしまったほうがいいだろう。しかし、恥ずかしさや他の人に与える不快感や礼儀などの理由から、多くの人たちが人前でおならをすることを我慢する。もちろん、私だって、仕事中におならをしたくなったら我慢する。何故なら、自分のおならが許容されないことを知っているからだ。言い換えれば、私がガンモの前でおならをするのは、ガンモに自分のおならを許容してもらえることを知っているからだ。そこには、男女の愛の前に、人間としての愛が存在しているからである。

 こうした許容の対象は、何もおならに限ったことではないだろう。例えば、毎月生理のときに使用している布ナプキンを、私は職場では洗うことができないが、自宅では堂々と洗っている。しかし、中には、そんなものは自分の目の届かないところでこっそり洗って欲しいと願う男性もいるかもしれない。もしも私がそういう男性と共同生活をしたとしたら、きっと窮屈に感じてしまうことだろう。何故なら、先ほども書いたように、既に許容される喜びを知っているからだ。

 ちなみに、おならについては、以下の記事にも書いている。

おならのススメ
マンネリって何?
愛のエネルギー

 私たち夫婦の場合は、たまたま嗜好が似通っているが、片方が許容を望んでいるのに、もう片方が許容できない場合、夫婦生活において、何らかの取り決めが必要になって来るのだろう。そして、夫婦間の取り決めが必要な場合は、夫婦であっても介入しない領域を作って守ろうとしたり、一人の時間を尊重するような付き合い方になるのではないだろうか。また、人間としての関わりよりも、男女としての関わりを重視している場合に、おならを許容しない関わりが出来上がって行くように思う。

 私たち夫婦の場合、男女である前に、人間として関わっているように思う。言い換えれば、世間で言うところの、男女としての色気が足りていないとも言える。それでも、夫婦として成り立っているのだからそれでいいのだ。世の中、いろいろな夫婦がいるのだから、他のご夫婦が私たちと同じであっても、同じでなくてもいいと思う。勤務先によって、自分の力を発揮できたり発揮できなかったりするのと同じように、人生を誰と一緒に過ごすかによって、自分という人間はどんどん変化して行くものだ。夫婦として結ばれたということは、男女として密に関わることによって学ぶことの多い間柄であることには間違いないのだから。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m タイトルに掲げた「おならブル」ですが、英語の"honorable"から来ています。日本語の意味は、「尊敬すべき、名誉ある、敬意を示す」などであります。ブルっと音を立てておならをすることは、実に名誉あることだと主張したかったのです。(苦笑)皆さんは、和田アキ子さん派ですか? それとも、ガンまる派ですか?

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

« 祝・瀬戸大橋開通二十周年 | トップページ | 「ガンまる日記」はいかにして出来上がるか? »