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2008.04.23

映画『ファクトリー・ガール』

ヒルズダイエットの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 一週間で六百グラム痩せたと書きましたが、実は記事公開から一日経って、更に痩せました。これはなかなかいい感じであります。私には、ヒルズダイエットのパステルゼリーよりも、バランスパワーのほうが満腹感が感じられるようです。ガンモは残りのパステルゼリーでダイエットを頑張っています。以前は体重もほとんどお揃いの私たちでしたが、今は私のほうがガンモよりも数キロ軽くなっています。と言っても、あまり自慢できることじゃないかもしれませんね。(苦笑)

 映画『スルース』を鑑賞した私は、ただちに神戸から三宮まで移動した。映画『スルース』の上映前に放映された別の映画の予告編で、観たい映画に出会ったからだ。携帯電話に登録している映画の上映スケジュールと照らし合わせてみると、あと数十分後の上映である。そこで、その映画を上映している三宮のミニシアター系映画館へと急いだわけである。実は、私はその映画館のシネマポイントカード会員でもある。しかも、都合良くポイントが溜まっていたので、今回はポイントを使用しての鑑賞となった。

 この映画は、ポップ・アートの世界で有名な芸術家かつ画家かつ版画家のアンディ・ウォーホールと出会い、「ファクトリー」と呼ばれていたスタジオで撮影されていた彼の実験映画に出演するようになったイーディ・セジウィックが世間から脚光を浴びて成功し、その後、転落して行く様を描いた伝記映画である。

 美術の勉強のためにニューヨークにやって来たイーディが、アンディ・ウォーホールに一目で気に入られたところから人生が大きく変わって行く。アンディはやがて、公の場にもイーディを伴うようになったらしいが、二人が男女の関係だったかどうかはこの映画からは読み取れなかった。それは、イーディが後に出会ったボブ・ディランとの運命的な恋を強調するためだったかもしれない。アンディとの一対一の関係は、電話で会話するというシーンに留められていた。そのことからも、アンディとイーディが生活を共にするほどの間柄ではなかったことが想像される。

 ディランと付き合うようになったイーディは、アンディとディランを引き合わせる。しかし、映画の感触からすると、アンディよりもディランのほうがずっと知名度が高かったようだ。ファクトリーにやって来たディランが、あたかもアンディを見下しているかのような雰囲気が見て取れた。

 短い人生を駆け抜けたイーディにとって、ボブ・ディランとの恋が一生の恋になったらしい。しかし、運命が二人を引き合わせたはずなのに、やがて運命が二人を引き裂いた。それからのイーディは、アンディからも見放され、映画の仕事ももらえず、転落の人生を辿ることになる。もともと裕福な家庭に育ったはずのイーディなのに、実家の両親からの仕送りまで制限され、やがて借金とドラッグにまみれた人生を送るようになるのである。

 一度崩れたものが元に戻ることがなく、どんどん転落して行く彼女の人生を見守っていると、生涯を通して密に関わることのできる人は限られているのかもしれないと痛感する。多くの場合、人と人は人生のある時期においてのみ密に関わる。例えイーディにとって、アンディやディランとの出会いが運命的であったとしても、その運命を生かすのは彼女自身だったのだ。運命を生かすことができなければ、ふとしたことで歯車が狂い始め、これまで築き上げて来たものがガラガラと音を立てて崩れて行く。のちにイーディは、ディランとの別れが、自分の人生にとって最大の後悔だったと述べている。実際、二人のラブシーンには目を見張るものがあった。男女の愛のエネルギーがみなぎっていたからだ。アンディとのラブシーンが表現されていないだけに、二人のラブシーンは特に映えていた。

 人にはそれぞれ、人生の分岐点がある。人生の分岐点に立ったときに、既存の環境との共存がうまく行かない場合は、涙をのんで既存の環境を捨て去らなければならないこともあるのだろう。イーディはアンディとディランの両方を選んで共存させようとしたが、その方法ではうまく行かなかった。アンディとイーディが男女の間柄だったかどうかはわからないが、ディランの登場でアンディとイーディの関係が崩れたのだとすると、男女の間柄に近いものがあったと想像する。

 この映画を観ると、「栄枯盛衰」という言葉をついつい思い出してしまう。栄華を体験した人ほど人生の落ち込みも激しい。あたかもそれは、静かに死んで行くことへの準備を始めているかのようだ。

 現在は、イーディもアンディも他界してしまったが、ボブ・ディランはまだ活動している。彼はこの映画をどのような気持ちで鑑賞したのだろうか。それとも、イーディとの恋人時代は遠い過去のものとして胸の中にしまいこみ、今をしっかりと生きているのだろうか。もうすぐ、『アイム・ノット・ゼア』というボブ・ディランの伝記映画が公開される。この映画の中にも、イーディやアンディが登場するのだろうか。別の側面から三人の関係が映し出されることを期待して、『アイム・ノット・ゼア』も観に行こうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画を観ている私にとっても、イーディとディランの別れはとても残念でした。二人が運命的に出会い、激しい恋に落ちたことがわかったからです。もしも二人が強烈な想いを残したまま別れたのだとしたら、イーディの魂はまだ肉体を持たず、再生のチャンスをじっとうかがっているのかもしれません。ちなみに、アンディは既に亡くなっていますが、生涯独身を通したそうです。映画のエンドロールの中で、イーディの死に対し、「特に親しい間柄でもなかったしね」というような台詞が流れていましたが、果たして本当にそうなのでしょうか。もし親しい間柄でなかったとしたら、ディランの登場でイーディとの関係が崩れなくても良かったのに、と思います。私たちは、いろいろな後悔を残したまま、肉体を去って行くのかもしれませんね。そして、次なる人生を生きるときは、その後悔をバネにしながら、少しずつ前に進んで行こうとしているのかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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