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2008.04.03

映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』

何度でも出会う運命の人の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今になってみれば、残してはいけないと、ご飯を一生懸命、ゆっくりと口に運んでいたことが懐かしく思い出されます。少々大袈裟かもしれませんが、それがこのような結末に繋がっていたのですから、人生とはわからないものですね。ご飯を食べ終えてから最寄駅に着くまで、本当に苦しかったです。単に頭が痛いだけでもこれだけ苦い経験になってしまうのですから、常に身体が健康であることはとても大切なことなのだと思いました。視界に入って来る景色さえも違って来ますから。女性の皆さん、ホルモンバランスの崩れには十分ご注意ください。さて今回は、映画のレビューをお届けしますね。

 この映画を観たのは、ちょうどガンモが鳥取に出張に出掛けているときのことだった。正直に書いてしまうと、予告編を観たときには、それほど観たいと思えるような映画ではなかった。しかし、このまま家に帰ってもガンモはいない。それならば、映画をもう一本観て帰ろうと思い、一日に観る映画としては自己最高記録の三本目の映画として、レイトショーで鑑賞したのだった。さすがに、一日に三本も映画を観るのはかなり疲れが出てしまうものだが、鑑賞しているうちに、予告編から抱いていた印象はどこかに消えてしまい、いつの間にかこの映画の世界に引き込まれていた。そして、映画を観終わる頃には、絶対にこの映画のレビューを書こうと心に決めていたのである。

 この映画は、アメリカが舞台だというのに、全体的にアメリカ映画とはどこか違う雰囲気が漂っていた。帰宅してからインターネットで調べてみると、この映画の製作国は香港/中国/フランスとなっていた。アメリカが舞台の映画なのに、何故、アメリカ映画ではないのだろう? 答えはすぐにわかった。この作品の映画監督は、中国・上海出身のウォン・カーウァイ監督だったのだ。私が彼の過去の作品で観ているのは、男性同士の愛情を描いた『ブエノスアイレス』だ。私には、ウォン・カーウァイ監督は、人間の感情を丁寧に描き出す監督として映っている。

 出演者がまたいい。カフェのオーナーをロンドン出身のジュード・ロウが演じている。彼の熱心なファンのために、ごく控えめに言っておこう。おそらく私は、彼のことが好きである。特に彼目当てでなくても、彼の出演した作品はいくつか観ている。『イグジステンズ』、『A.I.』、『ホリデイ』、『オール・ザ・キングスメン』などの作品である。おそらく、もうすぐ公開される『スルース』も観ることだろう。そして、失恋した女性を演じているのが歌手のノラ・ジョーンズだ。この映画の予告編やポスターからも容易に想像できる通り、この映画が最終的に行き着くところは、ジュード・ロウ演じるジェレミーとノラ・ジョーンズ演じるエリザベスとの恋物語である。しかし、二人がすぐにはくっつかないところにこの映画の面白さがある。

 実際の恋愛においても、きっとそうに違いない。いくら失恋したことがきっかけで急接近したとは言え、長続きする恋愛に発展させるためには、一方の感情がひどく落ち込んだままでいては、もう一方に依存する関係になってしまう。お互いが自立した関係を築いて行くには、彼女は過去の痛みを手放す必要があったのだ。やがて彼女は、過去の痛みを手放すための旅に出ることになる。

 彼女は滞在先で、自分と同じように痛みを抱えた人たちに出会って行く。このあたりの展開も実に良く出来ている。「人の振り見て我が振り直せ」ということわざがあるが、結果的に彼女の痛みを癒したのは、彼女と同じように、心に痛みを抱えた人たちが彼女の鏡になってくれたからではないだろうか。決して自分だけが大きな痛みを抱えて生きているわけではないということに、彼女は気づいて行ったのだろう。

 この映画の中には、恋愛の醍醐味が宝石のようにちりばめられている。例えば、カフェのオーナーであるジェレミーは、これまでたくさんの客から預かったいくつもの部屋の鍵を大事そうにビンの中に入れて保管している。一つ一つの鍵にはそれぞれの愛の物語があり、ジェレミーはそれらをちゃんと記憶している。

 何故、すべての鍵を大事に取っておくのかと尋ねるエリザベスに、ジェレミーは「何故って、扉が閉まっていたら困るだろ?」と言う。実はこの言葉、ジェレミー自身の言葉ではない。ネタバレになってしまうのだが、彼が昔付き合っていた恋人が彼に言った言葉なのだ。そう、私が恋愛の醍醐味として、何を挙げておきたいか。それは、例え男女としての付き合いが幕を閉じてしまったとしても、二人が共に過ごした時間は、お互いの言葉や行動の中に自然に溶け込む形でずっと残って行くということだ。つまり、人と付き合うということは、知らず知らずのうちに互いに影響を与え合っているということである。相手の言葉が自分の言葉になってしまうほどに。ジェレミーがエリザベスに扉のことを話して聞かせたのは、今でも彼の中に、元恋人への想いがちょっぴり残っているからに他ならないだろう。

 実際、その元恋人がジェレミーに別れを告げるために店にやって来る。そのとき、ジェレミーと元恋人は別れのキスを交わす。そのキスがまた自然でいい。これから別れようとしているのにキスを交わすなんて、通常では考えられないことである。しかし、この映画の中で起こるとなると、ごく自然な出来事として受け入れられるのだ。

 旅に出たエリザベスは、旅先からジェレミーに手紙を書く。エリザベスが旅に出る前から、二人の間には既にちょっぴり恋愛めいたものが始まっていた。だからジェレミーはエリザベスの居場所を突き止めようと躍起になる。しかし、そんなことをしなくても二人は・・・・・・。

 ううん、とにかくわくわくするような、いい映画である。ジェレミーとエリザベスのキスシーンが、まるでジグソーパズルを並べているかのような映像に仕上がっている。予告編でそのシーンを観たとき、私はてっきり絨毯の上に寝転がってキスしようとしているのだと思い込んでいたのだが、実際は違っていた。なるほど、ジェレミーがエリザベスにキスをしたのは、エリザベスの口の周りについたブルーベリーの食べかすをきれいに取ってあげるという大義名分があったのだ。私は、鳩の父ちゃんや母ちゃんがチョンチョン、チョンチョンと嘴(くちばし)を使ってお互いの身体の汚れを取っている姿と重ねた。そう考えると、自分の口を使って食べかすを取ってあげるような行為は、ちょっぴり動物的と言えるのではないだろうか。そういう愛情表現の仕方が、現代の私たちには、とても新鮮に映って見えたのだった。

 もしかすると、ジェレミーが一回目にキスをしたとき、エリザベスは気付いていたのに気付かない振りをしていたのだろうか? もしも本当は気付いていたのだとしたら、そのあとすぐにエリザベスが旅に出掛けて行ったことと言い、二人の間には余裕のある確かな恋愛が始まっていたに違いない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最近、あちらこちらの映画でご活躍のナタリー・ポートマンも出演されていました。彼女はショートヘアがとても良く似合いますね。私は個人的に、ジェレミーがエリザベスを探すために、あちらこちらのお店に電話を掛けまくっているシーンが好きです。あのシーンには、ちゃんとオチもありましたね。ジェレミーとエリザベスがそれぞれ鼻血を拭くシーンも良かったです。しかも、二人とも同じ時期に鼻血を出したばかりか、鼻血の出ている鼻が左右対称なんですよね。これから始まりそうな恋を予感させながらも、観客を決して裏切らない、実に良く出来た映画だと思いました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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受信: 2008.04.08 20:24

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