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2008.03.21

映画『ライラの冒険 黄金の羅針盤』

 祝日と土日に挟まれた金曜日、ガンモは朝から仕事に出掛けて行ったが、私は有給休暇を取得していた。日頃の自分へのご褒美にと、夢の四連休を過ごしていたのである。初日は日頃の寝不足を解消するため、ゆっくりと自宅で過ごした。そして二日目からは、映画三昧の休日を過すことにしていた。

 私は、上映中の映画のタイムテーブルとにらめっこしながら、どの映画を観るか、スケジューリングした。そして、いつも仕事に出掛けて行くよりも少し遅めに家を出て、まずは前売券を購入している『ライラの冒険 黄金の羅針盤』を観るために、朝十時に三宮の映画館に出勤したのである。

 この映画は、既に鑑賞された方たちのがっかりした声を聞いていたため、公開前からの大掛かりな宣伝に惑わされることなく、最初から冷静な気持ちで鑑賞することができた。私がこの映画を冷静に、そして、それなりに楽しむことができたのは、この映画を鑑賞してがっかりしたという感想を述べられた方たちのおかげかもしれない。もしも反対に、「ものすごく面白い映画で最初から最後まで惹き付けられっぱなしだったよ」というエキサイティングな感想を耳にしていたならば、映画を鑑賞する前から自分自身の感情のレベルを引き上げ、やがてがっかりしてしまっていたことだろう。もちろん、中には最後までがっかりすることなく、期待通りの面白さを体験させてくれる映画もある。しかし、この映画は少なくとも、観ているうちに感情が高ぶって来るような展開ではなかった。

 冷静に、それなりに楽しむことのできる作品ではあったのだが、全体的に温かみに欠ける作品だと思ったのも事実である。そう感じたのは、本編が始まってすぐのところで目にした主人公ライラの表情からだった。「えっ? この子、こんな表情をするの?」という裏切りにも似た感情を抱いてしまったのを覚えている。ストーリーとして、子供同士の横の繋がりも描かれてはいるのだが、『ハリーポッター』のような温かさを感じることができない。何故、それを感じられないのだろう。登場人物に笑顔が少ないからだろうか。

 魂がそれぞれの肉体の中に納まっているのではなく、動物に化身したダイモンとして人々のすぐ側に存在するという発想はいい。また、魂なのに、動物という肉体を持っているところも面白い。私は個人的にメディスン・カードと呼ばれるネイティブ・アメリカンの動物占いカードを思い出した。というのも、私自身がメディスン・カードを持っているからだ。それはさておき、もしも私が魂としてのダイモンを映画の表現材料として扱うならば、ダイモン同士が仲の良い者同士と、ダイモン同士が顔を合わせると、ついつい喧嘩になってしまう者同士など、ダイモン同士の関係がそのまま人間関係に現れるような表現方法を選ぶだろうと思った。

 精神世界が好きな人にとって、ダイモンがあたかも人間の友達であるかのように描かれている本作に対する期待は、最初から大きいかもしれない。私も、それだけの材料で、どんどん想像を膨らませて行った。ダイモンは、動物の格好をしたハイヤーセルフといったところだろうか。そうだとしたら、この作品の中で、ダイモンがあたかもペットであるかのように描かれているのはとても残念なことだ。ハイヤーセルフならば、肉体が困ったときに現れて気付きを与えて欲しいものである。

 更に私なら、魂と肉体の会話をもっと葛藤めいたものに描きたい。何故なら、魂の想いと肉体の想いは必ずしも一致しないこともあるからだ。魂には、魂として誕生してからの古い古い記憶が刻み込まれているが、肉体はその生(せい)限りという考えもある。魂は思慮深く、肉体は欲望を抱え込んでいるというイメージもある。または、魂の尊い想いにお行儀の良い肉体が応えるというイメージもある。だから、時には魂と肉体が対立するシーンがあっても良いのではないかと思ったりもするのだ。しかし、そう思うのは、私がこちらの世界の住人だからだろうか。映画で描かれているのは、まったく別の世界のことであるという割り切りが必要かもしれない。

 この映画では、ダイモンと人間を科学的な方法を使って分離させる方向へと傾いて行く。私たちの世界では、魂は肉体の中に入り込んでいて見えないが、本作では、魂が動物に化身して肉体から離れ、視覚的に確認できるだけに、ダイモンと引き離されるのは恐ろしい。これを私たちの世界の常識に置き換えると、魂と肉体が離れることは、死を意味する。何故、魂と肉体を分離させるかというと、それはこの映画を観てのお楽しみである。

 この映画で温かみを感じさせてくれないキャラクターとして、もう一人忘れてはならないのが、ニコール・キッドマン演じるコールター夫人の存在である。ライラとコールター夫人は急接近し、一緒に旅をするようになる。ライラの味方なのか敵なのかわからないコールター夫人。やがて明かされる秘密とは?

 『ライラの冒険』は、三部作からなる作品群で、今回の『黄金の羅針盤』というサブタイトルの付いた物語は第一作に当たる。おそらく私は、第二作も第三作も観に行くことになるだろう。ただ、次回作ではストーリーよりも、成長期のライラがどのくらい大きくなっているかがちょっぴり不安でもある。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 劇場でも、昨年末に公開されるのかと錯覚してしまうくらい、ずいぶん早いうちから何度も予告編が上映されていましたが、テレビなどのメディアでも同様だったのでしょうか。スピリチュアルな要素を匂わせるような材料を最初からちらつかせながらも、実際はそれほどスピリチュアルでもないという展開が、意外と言えば意外かもしれませんね。また、全体に漂う「温かくない感じ」は、この作品の狙いなのでしょうか。これから先、ライラがどのような冒険を重ねて行くのか、静かに見守ることにします。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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