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2008.03.29

映画『人のセックスを笑うな』

映画館での失態の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 恥ずかしい失態を暴露してしまいましたね。(笑)今回は、そんな恥ずかしい失態をしでかした映画館で鑑賞した映画のレビューをお届けしたいと思います。

 『人のセックスを笑うな』というインパクトのあるタイトルを掲げたこの映画は、女性監督の作品で、ミニシアター系の映画館としては比較的長く上映されていた。私が足を運んだときには、上映されてから既に何週間も経っていたが、鑑賞してみると、この映画が何故、長く上映され続けているのかが良くわかった。

 描かれているのは、美術大学に通う男女三人グループの友情と、三人グループの一人である男子学生みるめの切ない恋物語である。みるめは、同じ大学の非常勤講師であるユリと恋に落ちるのだが、深い関係になったあと、ユリには何と夫がいることが判明してしまう。みるめは女性を見る目がない? いやいや、そんな洒落を言っている場合ではない。みるめは真剣なのだ。ユリに夫がいることを知って苦悩するみるめの役を松山ケンイチくんが演じ、夫が居ても、決して悪びれる様子のない無邪気なユリの役を元ribbonの永作博美ちゃんが演じている。

 この映画を観てまず感じるのは、登場人物のキャラクターが完成されているということだ。うらやましく思えるほど仲の良い男女三人グループの紅一点えんちゃんを演じているのは蒼井優ちゃん、三人グループのもう一人の男子学生堂本を演じているのは忍成修吾くんである。みるめ、えんちゃん、堂本の三人の絶妙な関係が実にいい。熱くもなく、冷めているわけでもなく、とにかく三人の距離の保ち方が絶妙にいいのだ。あたかも正三角形であるかのように見える三人の姿は、男女の友情を無理なく成り立たせているようにも見える。しかし実際には、単に友情だけではない感情も芽生えていたようである。

 そして、疑うことを知らない人のいいユリの夫猪熊さんの役を演じていたのが『赤色エレジー』で有名なあがた森魚さんである。とにかく、これ以外のキャラクターでは、この映画が成り立たなくなると思ってしまうほど、登場人物が完璧なキャラクターに仕上がっていた。

 台詞がまるでアドリブのように感じられたことも、この映画の特徴である。台詞を覚えて演じているのではなく、状況だけを理解した役者さんたちが、気ままに演じているように見えたのだ。そのため、会話がまるで日常会話のように自然で、計算されたところがないと感じた。

 全体を通して描かれているのは、エネルギーの矢印が一方向にしか向いていない状況だった。堂本→えんちゃん→みるめ→ユリ、猪熊さん→ユリといった感じだ。みるめと猪熊さんから好かれているユリの矢印は、一体どこに向いているのかわからなかった。面白いのは、ユリは若いみるめを子供扱いしているが、ユリ自身は猪熊さんがいなければストーブに灯油も入れられないという事実だ。一方、ユリに子供扱いされているみるめは、自分でストーブに灯油を入れることができる。年齢に関係なく、人のある部分は子供であり、また、ある部分は大人であるということだろう。

 ところで、鑑賞し終えると、何故『人のセックスを笑うな』というタイトルが掲げられているのかが気になってしまう。セックスという言葉がタイトルに含まれてはいるが、全体を通して目を覆いたくなるようなセックスシーンはない。みるめとユリのラブシーンはあっても、二人の裸体は布団で隠されている。では、何故、『人のセックスを笑うな』というタイトルなのだろうか。

 まず、『人のセックスを笑うな』と言っているのは誰なのだろう。この映画の中でセックスをしたのは、みるめとユリだ。だとすると、『人のセックスを笑うな』と言っているのは、二人のうちのどちらかだろう。それとも、二人の関係を知る第三者なのか。私なりに考えたのは、みるめにとって、あまりにも切なく苦しい恋愛になってしまったので、本来ならば『人の恋愛を笑うな』と言いたいところだが、恋愛ではなくセックスに置き換えることで、自分の気持ちに踏ん切りを付けようとしたのではないかということだ。「笑うな」という言葉に託された意味としては、「当事者は真剣なのだから」という背景を想像することができるからだ。もしくはユリにとって、みるめとの逢瀬は恋愛ではなく、肉体的な関係に過ぎなかったということだろうか。

 不思議なタイトルに引き寄せられて鑑賞した人も多いかもしれないが、出演者たちの完璧なキャラクターが、映画としての魅力を際立たせている。この映画が長い間上映され続けている魅力はそこにあったのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 『人のセックスを笑うな』というタイトルから、誰かが人のセックスを覗き見するのだろうかと勝手に想像してしまいましたが、内容はまったく違うものでした。この映画の中では、それぞれが一方通行の矢印に苦しんでいるようにも見えました。そうした苦悩を体験することによって、人は成長して行くのかもしれません。個人的には、男女三人のからっとした友情に憧れます。男女の友情を成り立たせるには、女性がボーイッシュであることも条件の一つなのでしょうか。逆に男性一人、女性二人の三人グループだとしたら、その中にいる男性は、少々女性っぽいほうが男女の友情は成り立ち易いように思います。つまり、男女間の友情は、異性を意識しないところにあるということでしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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