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2008年3月

2008.03.31

突然始まる展覧会

ホットヨガ(九十九回目)とガンモの帰宅の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 鳥取から帰って来た翌日も、ガンモは体調が優れなかったようですが、いつもよりも早めに就寝することを心掛けていたら、ようやく普段のガンモに戻ることができました。やはり、出張疲れが出ていたようです。普段のガンモに戻って来たので、私はようやくガンモにすりすりできました。(笑)ガンモは、「やっぱりウチのベッドが一番良く眠れる」などと言っております。私たちは結婚当初から一つのシングルベッドに寄り添って寝ているので、ホテルのベッドのほうがずっと伸び伸びできるはずなのですが。(笑)

 夜、寝る前にガンモがベッドの中でクレジットカード会社から届いた明細書をチェックしていた。二月、三月はホットヨガの回数券や新しい携帯電話を購入したりと、いつもよりもクレジットカードの出番が多かった。ガンモは主に、明細書に記載されている一万円以上の買い物について振り返っていた。

 その中に、何を買ったのか不明な明細があったようだ。
「二月二十五日の○○円、これ、何? 家族カードからの支払いだけど?」
とガンモ検査官が言う。私たちにはこれまで長く愛用して来たクレジットカードがあったのだが、効率的にマイルを貯めるため、最近になって、航空会社系のクレジットカードに切り替えた。そのカードは、ガンモが本会員で私が家族会員である。つまり、家族カードを使用しているのは私だ。ガンモ検査官は、家族カードを使った私が何を購入したのか、聞き出そうとする。ガンモ検査官から聞かされた金額は、どこか聞き覚えのある金額だと思った。しかし、私は一体何を購入したのか、なかなか思い出すことができなかった。

 しばらく考えているうちに、
「あっ!」
と思い出した。
「英語の教材を買ったんだ!」

 ニンテンドー DS Liteの「えいご漬け」で英語学習を進めているガンモに遅れを取らないように、私はインターネットで信頼のできる英語教材を購入したのだ。そのサイトには、これまで私が実践して来たような英語学習方法では生きた英語を習得することはできないだろうと書かれていた。受験勉強のように、英単語や英熟語を丸暗記したところで、覚えた英語を実用に生かすことができなければ意味がないとも書かれていた。

 私自身、中学・高校と英語が好きで、どちらかと言えば得意なほうだっただけに、TOEICを受ける度に郵送されて来る予想以上に情けないスコアに打ちのめされていた。TOEICに対し、受験英語がほとんど役に立たないことはもう十分わかっていた。そろそろ生きた英語を身につけなければ・・・・・・。そう思い、思い切って購入した教材だったのだ。
 
 実際にその教材を使って英語学習を始めてみると、痒いところに手が届く実に素晴らしい教材であることがわかった。私の弱いところを見事にカバーしてくれているばかりか、目から鱗(うろこ)が剥がれ落ちるような驚くべき事実に出くわすことが何度もあった。私はその度に、学校で学んだ英語が丸暗記の英語であり、生きた英語ではなかったことに気づかされるのだった。

 また、何と言っても有難いのは、日本人向けの英語教材に多く見受けられるように、ネイティヴスピーカーが比較的ゆっくりとしたスピードで会話したものを録音して教材にしているのではなく、ネイティヴスピーカーが容赦なく日常会話のスピードで会話したものが教材として採用されていることだった。教材の発案者曰く、この教材のCDのスピードに慣れてしまうと、TOEICのヒアリングが遅いと感じられるようになるそうだ。そんなふうにスピードの速い教材を何度も繰り返し聴き込んでいるうちに、教材の効果が少しずつ現れ始めたのか、ガンモが学習しているニンテンドー DS Liteの「えいご漬け」から流れて来る英語が多少速くても、少しずつ聞き取れるようになって来たのだ。ガンモはその度に、私に対してメラメラとライバル意識を燃やしているようだった。

 ところで、ガンモが熱心に学習しているニンテンドー DS Liteの「えいご漬け」だが、私も自分のニックネームを登録して参加してみた。これは、なかなか良くできたソフトだと思った。ネイティブスピーカーが話す内容を聞き取って書き取るディクテーションを中心とした教材だが、ときどき絵を描いてくださいというお題目が掲げられることがある。

 あるとき、「サッカーボールを描いてください」と画面に表示されたので、私は絵が下手なのに戸惑いながら描いてみた。その後、ガンモが自分のニックネームでレッスンを始めたときに、「これから展覧会が始まります」というメッセージが表示され、ガンモが描いたサッカーボールの絵と私が描いたサッカーボールの絵が画面に表示されたそうだ。しかし、とにかく私は絵が下手なので、絵の上手なガンモには、
「あれがサッカーボールなの?」
などと茶化されてしまった。展覧会などという形で他のユーザが描いた絵を参照できるようになっているとは、なかなか粋な作りのソフトである。もともと、同じニンテンドー DS Liteでソフトを共有するのは、親しい間柄に違いないので、世の中で騒がれているような個人情報云々という問題は難なくクリアできるのだろう。

 ガンモは三月の終わりにTOEICの試験を受けたばかりだが、私は四月の半ばにTOEICの試験を受けることになっている。お互い、熱中できる教材に出会った私たちであるが、果たして、ガンモと私の百五点の差は縮まるのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 先日、ガンモがTOEICの試験に出掛けて行くときに、時計がないと言うので、私の時計を貸し出しました。しかし、その時計の文字盤が小さかったとかで、時間配分を間違えてしまい、いつもよりもたくさんのリーディング問題を残してしまったそうです。一方、私もIPテストといえども、次回から大きな会場で受験することになるので、これまでとはガラリと雰囲気が変わってしまい、調子が出ないかもしれません。時計が変わることと言い、受験会場が変わることと言い、自分の力を発揮するのに外的要因のせいにしてしまうのは、やはりまだまだなんですよね。はい、もっと頑張りたいと思います。(苦笑)ちなみに、私が購入した教材は、The Nativebusterという教材です。こちらからリンクを張るのははばかられるので、興味のある方はインターネットで検索してみてください。

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2008.03.30

ホットヨガ(九十九回目)とガンモの帰宅

映画『人のセックスを笑うな』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 話題になっている映画なので、既にご覧になられた方も多いかもしれませんね。自分なりのレビューを書き終えてから、他の方たちがどのような感想を抱いたのか、拝見してみたのですが、意外にも酷評されている方が多いように見受けられました。多くの方たちが「長回し」について触れられていましたが、どうやら長回しで撮影されている作品であるがために、観客はまるで覗き見でもしているような感覚になり、『人のセックスを笑うな』というタイトルに繋がっていたようです。

 ガンモのいない土曜日は、お昼から映画を一本観たあと、神戸店でホットヨガのレッスンを受けた。私のお気に入りの脂肪燃焼コース2のレッスンである。前回のレッスンとは異なり、今回は十二名の方たちが参加されていた。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、久しぶりにフリーパス会員の方たちがいらっしゃった。彼女たちは鏡に継ぎ目のある場所を避けて、ヨガマットを一つ挟んでスタンバイされていた。私は、彼女たちの間にあるヨガマットを選んで腰を下ろした。何となく、お二人の間に割り込んでしまったかのようにも思えたが、キャンセルが出ない限り、レッスン中はすべてのヨガマットが埋まってしまうので、例え私がそこに腰を下ろさなかったとしても、他の方がそのヨガマットを選ぶかもしれなかった。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、やはり、いつもお話をさせていただいているインストラクターだった。実は、彼女のレッスンを受けるのは久しぶりのことである。

 脂肪燃焼コース2では、レッスン開始前にカパラバティ呼吸を行う。カパラバティ呼吸とは、息を大きく吸い込んだあと、お腹をポンプのようにして空気を吐き出して行く呼吸法だ。脂肪燃焼コース2のほとんどのレッスンでは、この呼吸法を十回一セットで行うのだが、インストラクターによっては二十回一セットのときもある。そして今回のレッスンでは、二十回一セットが採用された。十回一セットは比較的楽に行うことができるのだが、二十回一セットとなるとかなりきつい。十数回目になると、既に吐き出すべき息が足りなくなり、呼吸困難に陥ってしまうのだ。

 カパラバティ呼吸が終わると、太陽礼拝のポーズに入った。今回のレッスンは十六時からのレッスンだったのだが、前回参加した二十時半からのレッスンよりもずっとたくさんの汗をかいていることに気が付いていた。やはり、夜のレッスンでは汗をかかないという私の持論は正しいのだろうか。

 レッスンを終えたあと、そのことをインストラクターに話してみると、彼女は夜だから汗をかきにくいということはないとおっしゃった。どうやら、夜に汗をかきにくいのは私だけのようである。

 その後、インストラクターから、神戸店においても脂肪燃焼コース2のレッスンが終わってしまうことを告げられた。四月はまだ脂肪燃焼コース2のレッスンを行うが、五月になると、新しいレッスンに切り替わってしまうのだそうだ。ということは、脂肪燃焼コース2のレッスンを受けられるのも、あと一ヶ月余りしかないわけである。私はできる限りたくさんのレッスンを受けておきたいと思ったのだった。

 さて、一夜明けて、いよいよガンモが鳥取への出張から帰って来る日がやって来た。ガンモは夕方まで鳥取で仕事をこなしたあと、午前〇時前に帰宅した。特急スーパーはくとで帰宅すれば鳥取から三ノ宮まで二時間半ほどで着くのだが、ガンモは何と、青春18きっぷを使って列車を乗り継いで帰って来たのである。というのも、青春18きっぷの使用期限が迫りつつあるというのに、未使用の切符があと四回分も余っていたからだ。特急列車を使えば二時間半ほどで移動できるところを、ガンモは青春18きっぷを使って普通列車を乗り継いで、六時間も掛けて帰って来たのである。

 そのせいか、家に帰るなり、
「疲れた、疲れた」
と連発していたので、三日ぶりの再会でおおはしゃぎするのも遠慮してしまった。確かに、神奈川県に寝台特急サンライズ瀬戸を使って日帰りで出張したあと、一日休んで早朝から鳥取に出掛けて行き、鳥取で二日間仕事をこなしたあと青春18きっぷで帰宅したのだから無理もない。また、普通列車を乗り継いで六時間も掛けて帰宅するとなると、かなり疲れも出て来る。列車の移動は、単に座っているだけなので、疲れるはずもないだろうと思う方もいらっしゃるかもしれない。しかし、乗り換え時間を合わせて普通列車で六時間も移動するとなると、移動量は少なくても疲れが出るものなのである。

 かくいう私も、青春18きっぷの旅ではないが、ガンモの出張中、映画館をはしごして、一日のうちに映画を三本観るという自己最高記録を更新してしまった。移動量は少なく、映画館でずっと座っているだけなのに、やはり疲れるのだ。私たちの身体はむしろ、適度な運動をこなしているほうが疲れないように出来ているのではないだろうか。

 帰宅したガンモは、お風呂に入ると沈み込むようにしてベッドに横になった。いつもならば、ニンテンドーDS Liteの「英語漬け」で英語を勉強してから眠りに就くのだが、出張にもニンテンドーDS Liteを持参したガンモは、帰りの列車の中でさんざん英語の勉強をしたとかで、ベッドに横になると、私よりも早く寝息を立て始めた。余程疲れていたのだろう。ガンモ、出張お疲れさん。ゆっくりお休み。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もう桜が咲いているようですね。皆さんはもうお花見に行かれましたか? 私たちはまだなのです。しかし、桜の名所などではなく、通勤途中に見掛けるちょっとした桜の木の前で自転車を止めて立ち止まり、お花見気分を味わっています。この間、年賀状を書いたばかりだと思っていたら、桜の季節があっという間にやって来たのですね。桜が散ってしまうのも、きっと、あっという間なんでしょう。

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2008.03.29

映画『人のセックスを笑うな』

映画館での失態の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 恥ずかしい失態を暴露してしまいましたね。(笑)今回は、そんな恥ずかしい失態をしでかした映画館で鑑賞した映画のレビューをお届けしたいと思います。

 『人のセックスを笑うな』というインパクトのあるタイトルを掲げたこの映画は、女性監督の作品で、ミニシアター系の映画館としては比較的長く上映されていた。私が足を運んだときには、上映されてから既に何週間も経っていたが、鑑賞してみると、この映画が何故、長く上映され続けているのかが良くわかった。

 描かれているのは、美術大学に通う男女三人グループの友情と、三人グループの一人である男子学生みるめの切ない恋物語である。みるめは、同じ大学の非常勤講師であるユリと恋に落ちるのだが、深い関係になったあと、ユリには何と夫がいることが判明してしまう。みるめは女性を見る目がない? いやいや、そんな洒落を言っている場合ではない。みるめは真剣なのだ。ユリに夫がいることを知って苦悩するみるめの役を松山ケンイチくんが演じ、夫が居ても、決して悪びれる様子のない無邪気なユリの役を元ribbonの永作博美ちゃんが演じている。

 この映画を観てまず感じるのは、登場人物のキャラクターが完成されているということだ。うらやましく思えるほど仲の良い男女三人グループの紅一点えんちゃんを演じているのは蒼井優ちゃん、三人グループのもう一人の男子学生堂本を演じているのは忍成修吾くんである。みるめ、えんちゃん、堂本の三人の絶妙な関係が実にいい。熱くもなく、冷めているわけでもなく、とにかく三人の距離の保ち方が絶妙にいいのだ。あたかも正三角形であるかのように見える三人の姿は、男女の友情を無理なく成り立たせているようにも見える。しかし実際には、単に友情だけではない感情も芽生えていたようである。

 そして、疑うことを知らない人のいいユリの夫猪熊さんの役を演じていたのが『赤色エレジー』で有名なあがた森魚さんである。とにかく、これ以外のキャラクターでは、この映画が成り立たなくなると思ってしまうほど、登場人物が完璧なキャラクターに仕上がっていた。

 台詞がまるでアドリブのように感じられたことも、この映画の特徴である。台詞を覚えて演じているのではなく、状況だけを理解した役者さんたちが、気ままに演じているように見えたのだ。そのため、会話がまるで日常会話のように自然で、計算されたところがないと感じた。

 全体を通して描かれているのは、エネルギーの矢印が一方向にしか向いていない状況だった。堂本→えんちゃん→みるめ→ユリ、猪熊さん→ユリといった感じだ。みるめと猪熊さんから好かれているユリの矢印は、一体どこに向いているのかわからなかった。面白いのは、ユリは若いみるめを子供扱いしているが、ユリ自身は猪熊さんがいなければストーブに灯油も入れられないという事実だ。一方、ユリに子供扱いされているみるめは、自分でストーブに灯油を入れることができる。年齢に関係なく、人のある部分は子供であり、また、ある部分は大人であるということだろう。

 ところで、鑑賞し終えると、何故『人のセックスを笑うな』というタイトルが掲げられているのかが気になってしまう。セックスという言葉がタイトルに含まれてはいるが、全体を通して目を覆いたくなるようなセックスシーンはない。みるめとユリのラブシーンはあっても、二人の裸体は布団で隠されている。では、何故、『人のセックスを笑うな』というタイトルなのだろうか。

 まず、『人のセックスを笑うな』と言っているのは誰なのだろう。この映画の中でセックスをしたのは、みるめとユリだ。だとすると、『人のセックスを笑うな』と言っているのは、二人のうちのどちらかだろう。それとも、二人の関係を知る第三者なのか。私なりに考えたのは、みるめにとって、あまりにも切なく苦しい恋愛になってしまったので、本来ならば『人の恋愛を笑うな』と言いたいところだが、恋愛ではなくセックスに置き換えることで、自分の気持ちに踏ん切りを付けようとしたのではないかということだ。「笑うな」という言葉に託された意味としては、「当事者は真剣なのだから」という背景を想像することができるからだ。もしくはユリにとって、みるめとの逢瀬は恋愛ではなく、肉体的な関係に過ぎなかったということだろうか。

 不思議なタイトルに引き寄せられて鑑賞した人も多いかもしれないが、出演者たちの完璧なキャラクターが、映画としての魅力を際立たせている。この映画が長い間上映され続けている魅力はそこにあったのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 『人のセックスを笑うな』というタイトルから、誰かが人のセックスを覗き見するのだろうかと勝手に想像してしまいましたが、内容はまったく違うものでした。この映画の中では、それぞれが一方通行の矢印に苦しんでいるようにも見えました。そうした苦悩を体験することによって、人は成長して行くのかもしれません。個人的には、男女三人のからっとした友情に憧れます。男女の友情を成り立たせるには、女性がボーイッシュであることも条件の一つなのでしょうか。逆に男性一人、女性二人の三人グループだとしたら、その中にいる男性は、少々女性っぽいほうが男女の友情は成り立ち易いように思います。つまり、男女間の友情は、異性を意識しないところにあるということでしょうか。

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2008.03.28

映画館での失態

 ガンモは朝早く起きて支度を整え、鳥取まで出張に出掛けて行った。出張は二泊だけの予定なので、私は映画を鑑賞しながらガンモの帰りを待っている。ガンモの出張がきっかけというだけでなく、今月は特に映画鑑賞に火がついて、映画館でいつもよりもたくさんの映画を観ている。ちなみに、レビューを書いていない映画もたくさんあるのだが、今月鑑賞した映画は以下の通りである。

・ジャンパー
アメリカン・ギャングスター
明日への遺言
ライラの冒険 黄金の羅針盤
ダージリン急行
・プライスレス 素敵な恋の見つけ方
人のセックスを笑うな
・Sweet Rain 死神の精度
アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生
・ミスター・ロンリー
・レンブラントの夜警
・非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎
マイ・ブルーベリー・ナイツ

 これだけ映画館に足を運んでいると、映画館でちょっとした失態もする。今日はそんな話を書いてみたいと思う。

 私は、ひざ掛けを貸し出してくれる映画館が好きだ。有難いことに、私が良く足を運んでいる映画館のうち、ほとんどの映画館がひざ掛けを貸し出してくれる。しかし、ひざ掛けの貸し出しは非常に有難いことには違いないのだが、暖かくなるとついついうとうとしてしまうこともある。特に、事実が淡々と伝えられるだけのドキュメンタリー映画を鑑賞するときに暖かいひざ掛けをお供にすると、心地良い眠気に誘われる。

 あるドキュメンタリー映画を観ていたとき、まぶたが下りて来たので、「こら、まぶたよ。ちゃんと開いておくれよ!」とまぶたを叱咤しながら鑑賞を続けていたのだが、とうとう眠気に負けてしまい、終了まであともう少しというところで寝入ってしまった。

 気が付くと、映画館のスタッフの方が私の目の前に立っていて、私に何か語りかけていた。そこはミニシアター系の映画館で、その回の上映では、私の他にもう一人の観客しかいなかった。これから入れ替えを行おうにも、私がなかなか席を立とうとしないので、スタッフの方がしびれを切らして私のところにやって来たのである。私ははっと起き上がって出て行こうとした。

 そのとき、スタッフの方が、私が手に持っているひざ掛けを引き取ってくださろうとしたのだが、更に恥ずかしいことに、私はそのスクリーンで次に上映される作品のチケットも購入していたのだ。ついさっきまで気持ち良く眠っていた私は、スタッフの方に、
「ひざ掛け、こちらでお預かりします」
とわざわざ気遣っていただいたというのに、
「いえ、次の回の上映も鑑賞しますので」
などと偉そうなことを言って、入れ替え制に従って、いったんスクリーンを出たのである。恥ずかしいと言ったらない。しかし、次の回の上映はドキュメンタリー映画ではなかったので、映画の世界にグイグイ引き込まれた。上映が終わったあと、私は自分が眠らなかったことをスタッフに主張するかのように、胸を張ってスクリーンをあとにしたのだった。

 ところが、別の日に同じ映画館でまたしても失態をやらかしてしまった。布ケースに入れた携帯電話を首からぶら下げて映画を鑑賞していたのだが、鑑賞し終わってトイレに立ったときに、携帯電話の布ケースが空っぽであることに気が付いてしまった。布ケースに付いていたマジックテープが緩くなり、おそらく上映中に携帯電話が布ケースから滑り落ちてしまったのだ。私は青ざめた。それこそ、トイレで用を足しているというのに、パンツもろくに引き上げないまま、慌ててトイレから出て来てしまった。ズボンの中で下着やら腹巻やらがぐちゃぐちゃになって気持ちが悪かったが、そんなことはおかまいなしだ。

 さきほどまで私が映画を鑑賞していたスクリーンは、入れ替えのため、既に次の回の上映待ちの方たちが入場されていたのだが、スタッフの方に事情を話して、携帯電話を探させてもらった。しかし、私の携帯電話は見当たらなかった。スクリーンには緩い傾斜があるため、私の胸元から滑り落ちた携帯電話が、更に前の席まで滑って行ったのではないかと思い、座席の下のほうを覗き込みながら、携帯電話の所在を念入りに確認してみたのだが、やはり見当たらなかった。

 私が慌てていると、親切なスタッフが声を掛けてくださり、次の回の上映待ちをしている方たちにご協力をお願いしてくださった。しかし、それでも私の携帯電話は見付からなかった。上映中、確かに胸元にぶら下がっていたので、間違いなくこのスクリーンの中にあるはずなのだ。私がおろおろしていると、観客の一人が、
「携帯電話に掛けてみたらええんちゃう?」
と提案してくださった。スタッフの方がその提案を受け入れてくださり、事務所に入って、私の携帯電話に電話を掛けてくださった。しかし、スタッフの方の話では、呼び出し音は鳴るものの、しばらくすると留守番電話に切り替わってしまったそうだ。上映中は携帯電話をマナーモードに設定していたため、よほど耳を澄まさない限り、聞こえないのである。

 ああ、困った。それが十四時過ぎの出来事だったのだが、実は十八時半過ぎにも、同じ映画館で別の映画を鑑賞することにしていたので、それまでに私の携帯電話が見付かれば、保管しておいてくださいとスタッフの方にお願いした。

 携帯電話を紛失してしまったとしても、保険代わりにDoCoMoのクレジットカードに加入しているため、紛失時の保障は利くはずだが、使い始めてから携帯電話に登録した個人情報が漏れてしまうことへの懸念と、購入してからまだ一ヶ月ほどしか経っていないのに、早くも携帯電話を失くしてしまったことに対して情けない気持ちでいっぱいだった。購入するとき、DoCoMoの店員さんに、保険に加入しておくことを強く推奨されたのは、こうした事態からら守るためだったのかと回想していた。何故なら、私が購入した携帯電話の店頭価格は五万円を超えていたからだ。同じ携帯電話を自腹でもう一度買い直すとなると、冷や汗ものである。

 半ば諦め掛けながら、私は自分のリュックを背負うべく、手に取った。すると、リュックに何かが引っ掛かっているのに気が付いた。それは紛れもなく私の携帯電話だった。こんなところにあったとは!

 私は急いでスタッフの方に、携帯電話が見付かったことを伝えた。スタッフの方も安心してくださった。こうして、いろいろな人たちを巻き込みながら、私はいったん映画館を離れ、夕方になると、再び何食わぬ顔で別の映画を鑑賞したのだった。もちろん、携帯電話を紛失したときに対応してくださったスタッフの方がそこに居れば、お詫びを言うつもりだったが、夕方にはそのスタッフがいらっしゃらなかったのである。

 居眠りと言い、携帯電話を紛失してお騒がせしてしまったことと言い、恥ずかしい形で映画館のスタッフに私の存在を印象付けてしまった。私はこれを機会に、もっと気を引き締めて携帯電話を取り扱おうと心に決めたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ひざ掛けの貸し出しは、女性にとってはとても有難いですよね。しかし、暖かくなると気持ち良くなり、ついついうとうとしてしまうこともしばしばです。鑑賞には、ある程度の緊張感も必要なのかもしれません。こうした失態が、大事には至らない加減で起こるというところに意味があるのでしょうね。皆さんも、上映中の居眠りと携帯電話の紛失には十分ご注意くださいませ。(笑)

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2008.03.27

ホットヨガ(九十八回目)

風呂の日に果たされた約束の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この時期、鳥取のホテルがどこも満室なのは、何かイベントでもあるのでしょうか。思えば、去年は週末婚で鳥取まで出掛けて行って、ガンモと一緒に鳥取県立図書館で休日を過ごしていたのです。今思い出しても、とても贅沢な時間でありました。

 鳥取への移動のために休暇を取っていたガンモだったが、前日の日帰り出張の疲れを癒すために、鳥取への移動を一日遅らせて、翌朝一番の特急スーパーはくとで移動することにしたのだった。一方、私はと言うと、ホットヨガの脂肪燃焼コース2のレッスンを受けたくて、神戸店にレッスンの予約を入れていた。木曜日の夜は、神戸店で脂肪燃焼コース2のレッスンが行われているのだ。鳥取のホテルが取れるものと思い込んでいたので、週末にホットヨガのレッスンを受けられないなら、ウイークデイにレッスンを受けておきたいと思っていたのである。

 平日のレッスンと言うと、水曜日の定時退社日に参加しているアクティヴコースのレッスンが馴染み深い。しかし、水曜日の夜のレッスンは十九時半から開始されるので、定時退社日といえども、少々慌しい移動になってしまう。それに対し、木曜日の夜に行われる脂肪燃焼コース2のレッスンは二十時半から開始されるので、仕事を持つ身としては比較的参加しやすい。

 仕事を上がる直前に、
「今日はホットヨガのレッスンに行くんだよね」
と派遣仲間に言うと、
「いいなあ」
とうらやましがられた。彼女もホットヨガに興味を持ってはいるものの、神戸市の西方面に住んでいるため、仕事帰りに三宮や神戸に立ち寄る習慣がないと言う。そのため彼女は、
「明石や垂水(たるみ)にスタジオができたらいいのにな」
と言っていた。私は、
「わかった。じゃあ、今日行ったらリクエストしておくよ」
と言って職場をあとにしたのだった。

 スタジオに入り、受付でロッカーの鍵とタオルを受け取った。着替えを済ませてスタジオに入ろうとすると、スタジオはまだ準備中だった。そのスタジオでは直前まで別のレッスンが行われていたため、これからインストラクターがスタジオ内を掃除したあと、ヨガマットを敷き直すのだ。

 今回のレッスンを担当してくださるのは、いつもお話をさせていただいているインストラクターである。私がスタジオの準備が整うまでスタジオの外で待っていると、ようやくスタジオの準備が整ったと、インストラクターが声を掛けてくださった。

 インストラクターは、
「今日は参加される方が少ないんですよ。見栄を張って、二枚ほど余分に(ヨガマットを)敷いておきましたので
と言う。
「えっ? 見栄ですか?」
と私は繰り返した。私の本名が美恵であることは、インストラクターには内緒だ。一体、ヨガマットは何枚敷かれているのだろうと胸を躍らせながらスタジオの扉を開けてみると、何と、ヨガマットの数は全部で六枚だった。そのうち二枚が余分だとすると、今回のレッスンの参加者はわずか四名ということになる。インストラクターは見栄などと言ったが、直前になって急に予約が入ることもあるため、その分を考慮しての二枚追加なのだろう。それにしても、参加者がわずか四名とは、ずいぶん贅沢なレッスンになりそうである。少人数が好きな私はわくわくしていた。

 レッスンの開始時間になると、私を含めた特別に選ばれし四人の参加者が集結した。広々としたスタジオの中に、わずか四名の参加者とインストラクターが一人だけである。しかも、神戸店には大きなスタジオと小さなスタジオと二つあるというのに、今回は大きなスタジオのほうを使っているのだ。隣のヨガマットまで、両手を広げてもまだまだ余裕がある。しかも、いつもは二列に並べられているヨガマットが、今回は一列限りなのだ。

 今回のレッスンでは、私は、お腹に力を入れることを意識しながらレッスンを受けた。以前ご紹介した女神のポーズを取るときに、インストラクターがヒントをくださった。足を外側に開いてお尻を下にストンと落とすには、足の付け根あたりにえくぼができるような状態にすることがポイントらしい。インストラクターに、足にえくぼができる状態と言われ、頭の中ではその状態を思い描くことができたのだが、果たして自分の足にえくぼができているかどうかは自信がなかった。更に、私が毎回、お尻をストンと真下に落とすことができないでいるのは、お腹が斜め上を向いてしまっていることが原因だという結論に達した。女神のポーズでは、お腹をぐっと引き締めた上で正面に向けることで、お尻がストンと真下に降りて来るようだ。

 参加者が四名ということで、インストラクターは私たちの顔をかわるがわる確認しながら、一人一人に語りかけるようなレッスンを展開してくださった。参加者が少ないからこそ実現できることである。

 レッスンを終えたあと、シャワーを浴びて帰り支度を整えていると、さきほどのインストラクターが他のスタッフとともにロッカールームに入って来られた。一日の最終レッスンを終えたので、これからシャワールームの掃除をされるらしい。

 インストラクターには、さきほどのレッスンのお礼を言ったあと、
「人数が少ないほうが、マンツーマンみたいでいいですね」
と感想を述べた。そのあと、インストラクターが改まって何かを話し始めようとしてくださったので、私は彼女の話に耳を傾けた。彼女は何と、二月の終わりにヨガの研修目的で、二週間ほどインドに滞在されたのだと言う。その間、毎日のようにカレーを食べていたが、とてもおいしかったそうだ。時期的にも、雨季を外した今のインドは気候がいいらしい。また、物価も安く、とても過ごし易かったそうだ。インストラクターの話を聞いていると、私もインドに行きたくなってしまった。インドにはいつか行きたいと思いつつも、なかなか実行に移すことができないので、インドグッズを買ってインドに行った気分になっている私である。

 そう言えば、インストラクターからインド旅行の話を聞いたとき、私はなるほど、と思った。というのも、前回のレッスンで、たまたまそのインストラクターと顔を合わせたとき、彼女は私がガネーシャのTシャツを着ているのを見て、
「あっ、ガネーシャだ」
とおっしゃったのである。私はこれまで何度もガネーシャのTシャツを着てレッスンを受けているのに、確か彼女からは、一度も「ガネーシャ」という言葉を聞かなかったはずだ。そのことを思い出して、私はくすくす笑いながら彼女に言った。
「なるほど、インドに行って来られたから、この間、私がガネーシャのTシャツを着ているときに声を掛けてくださったんですね」
それを聞いた彼女も笑っていた。

 彼女はすっかりインドに魅了されてしまったようである。彼女の話を聞きながら、私もインドへの想いを馳せていた。そして、つい先日、『ダージリン急行』という映画観て来たことを彼女に話した。すると彼女は、
「その映画、私も観に行きたいです」
とおっしゃった。次回、彼女と顔を合わせる頃には、『ダージリン急行』の話ができるだろうか。

 まだまだインド旅行の話を聞いていたかったが、シャワールームの掃除にやって来られた彼女をお引止めしてしまうのも何なので、
 「またインドの話を聞かせてくださいね」
と締めくくって、受付にロッカーの鍵を返しに行った。受付で対応してくださったのも、良くお話をさせていただいているインストラクターだった。

 彼女に、
「今回は人数が少なかったですが、いかがでしたか?」
と聞かれたので、
「人数が少ないほうがいいですよ」
と答えた。参加者の数がわずか四名というのは、おそらく私がホットヨガのレッスンに通い始めてから初めてのことだと思う。人数が少ないほうが密な関係を築けるような気がするので、少ないほうがいいと私は答えたのである。

 私は、派遣仲間との約束を果たすべく、
「明石とか垂水で支店を出す予定はありますか?」
と尋ねてみた。すると彼女は、
「そういうリクエストはあるんですけども、今のところ、まだ予定はないんです」
と申し訳なさそうに答えてくださった。やはり、兵庫県の西方面にお住まいの方たちは、わざわざ神戸店や三宮店に出向いていらっしゃるそうだ。ただ、そうした方たちは、勤務先が神戸市内にあるのだそうだ。そのため、平日の仕事帰りに立ち寄ることができるのだろう。私にとっても、映画やホットヨガは、仕事帰りに立ち寄ることができるのが大きな魅力なのである。

卓上カレンダーで見付けたヨガのスフィンクスのポーズ。
脂肪燃焼コース2のレッスンでは、毎回、このポーズを取っている

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 帰宅してから、ガンモにインドに行きたいと言ってみたのは言うまでもありません。ガンモの職場にも、毎年のようにインドに出掛けている人がいます。きっと、インドは人々を継続的に魅惑する場所なんでしょうね。私はインドに行ったら、お弁当箱を買いたいですね。(笑)

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2008.03.26

風呂の日に果たされた約束

一時間のドタバタ劇の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 携帯電話で路線情報が参照できるのは便利ですね。私も、FOMAに変えてパケ・ホーダイの契約をしてからは、携帯電話のBookmarkを着々と増やしています。これまでノートパソコンを広げて確認していた映画の上映スケジュールも、携帯電話から参照できるのでとても便利です。しかし、携帯電話は参照するのは便利ですが、入力したり発信するとなると、まだまだ不便ですよね。もともと、書くスピードよりも読むスピードのほうがずっと速いのに加えて、両手を使うことのできない携帯電話は、相変わらず入力し辛く、いつも四苦八苦しています。(苦笑)

 一人寝の寂しい夜を過ごしたあと、朝起きてからガンモに電話を掛けてみると、ガンモは既に横浜に到着していた。モーニングを食べるため、コーヒーショップの前で開店待ちをしているところだと言う。あいにく、寝台特急サンライズ瀬戸の中ではほとんど眠ることができなかったそうだ。おかげで寝不足のまま横浜に着いてしまったらしい。

 それでも、何とか現地での仕事はこなしたようで、私が仕事を終えて再びガンモに電話を掛けてみると、ガンモは新横浜駅に居た。仕事を終えたので、今夜のうちに帰宅できると言う。ただ、ガンモは窓際にコンセントの付いた新幹線に乗りたかったらしく、その新幹線の指定券が取れるまで、二時間ほど待つことにしたようだ。ガンモの帰りが遅くなるとわかったため、私は三宮で映画を観て帰宅することにしたのだった。

 ところで、ガンモは翌日の鳥取行きを一日だけ引き伸ばし、更に翌日の朝一番の特急スーパーはくとで鳥取入りすることにしたようだ。もともと鳥取には神奈川から帰宅した翌日から六泊する予定だったが、仕事の都合で滞在期間が短縮され、二泊するだけで帰って来られると言う。その二泊は、ちょうど金曜日と土曜日に当たっていた。そこで私は、ガンモが鳥取に滞在している間、ガンモの宿泊しているホテルに押しかけようと思い立ち、金曜日の夜に仕事を終えたあと鳥取に向かうべく、鳥取行きの高速バスを予約したのである。高速バスはすんなり取れた。ただ、何となく私は予約したその高速バスには乗らないような気がしていた。何故かはわからないのだが、直感的にそんな気がしていたのだ。

 その予感は的中した。ガンモから、
「年度末だからなのか、鳥取のホテルが取れない」
とメールが届いたのである。ガンモはもともと一人で出張に出掛けるつもりで、六泊分のシングルの部屋を予約していた。しかし、それを二泊分に変更し、更に二人で宿泊できないかとホテルに打診してみたところ、ホテルからは断られてしまったそうだ。

 去年、ガンモが鳥取出張のとき、今回と同じようにガンモが宿泊していたホテルに打診して、週末だけ二人で宿泊できるように調整してもらったことがある。しかし、今回はそのときに宿泊したホテルとは別のホテルに宿泊することになっていた。以前、二人で宿泊させてもらったホテルのベッドは、シングルルームではあったが、セミダブルベッドを使用していた。そのため、利用客からのリクエストにより、シングルルームをダブルルームに切り替えることができたのだろう。しかし、ガンモが今回予約したホテルのベッドは、おそらくシングルベッドを使用しているのだろう。そのため、シングルルームをダブルルームに切り替えることができないのではないだろうか。ガンモは、今回宿泊する予定にしているホテルと、他の複数のホテルにも問い合わせてみたが、二人で泊まれる部屋はどこも満室だったそうだ。

 ホテルが取れないなら、鳥取に出掛けて行っても仕方がない。別々の部屋に宿泊するくらいなら、わざわざ週末を鳥取で過ごす意味がないからだ。そこで私は、予約したばかりの高速バスをキャンセルすることにしたのだった。こちらに残り、ガンモのいない週末を過ごすのだ。

 さて、私が映画を観終えて帰宅すると、およそ二時間後にガンモがへろへろになって帰宅した。〇時を回った深夜に大阪を出発し、早朝に横浜に着いて、寝不足のまま神奈川県のとある場所で仕事をこなして帰宅したガンモ。さすがに長い日帰り出張は体力的にも精神的にも疲れたようだ。しかも、帰りの新幹線の中で、FOMAのモバイルカードが思いのほか繋がり易いということを確認してしまったため、寝不足を解消することもなく、ずっとパソコンをいじっていたらしい。ガンモはつい先日、これまで使用していた某社の128Kのモバイルカードから、7.2MBもスピードの出るFOMAのモバイルカードに切り替えたばかりなのだ。コンセント付きの新幹線に乗りかかったのも、新幹線走行中に、切り替えたばかりのFOMAのモバイルカードがどのくらいのスピードで接続できるかを確かめたかったらしい。

 それから約束通り、私たちは一緒にお風呂に入った。
「ゆうべ、『帰ってくるから』と言って出掛けたけど、ちゃんと約束を果たしたね」
と私がガンモに言うと、ガンモは得意げに、
「ちゃんと果たすから」
と言った。前日の夜、お風呂で交わした約束が果たされたのは、奇しくも風呂の日(二十六日)のことだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 既にお気づきのことと思いますが、「○○(だ)から」と言うのは、ガンモの口癖であります。「行くから」、「果たすから」、「帰るから」、「あるから」など、動詞のあとに「から」を付けて使用します。まるで、試験にでも出そうな構文ですね。(笑)ところで、仕事帰りに観た映画とは、『Sweet Rain 死神の精度』でありました。金城武くんにとっては久しぶりの日本映画だったようです。金城くんが、人間とは常識の異なる天然ボケの死神を演じていらっしゃいました。死神の話というと、ニコラス・ケイジとメグ・ライアンの映画『シティ・オブ・エンジェル』を思い出しました。映画『シティ・オブ・エンジェル』でニコラス・ケイジが演じていたのは死神ではなく、天使だったのですが、映画の中では死神のイメージが強かったのです。

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2008.03.25

一時間のドタバタ劇

着替えは投げてくれればいいからの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 途中の駅で着替えや差し入れを投げ込む人たちのために、寝台列車にトラックの荷台のような開放車両が連結されていれば面白いですよね。荷物を投げ込む人たちは、自分の投げた荷物が的確に届くように、目的の人の座席番号を荷札に記入しておきます。そして、寝台列車が最寄駅を通過している最中に、開放された荷台に向かって投げ込むのです。時には荷台の上に荷物が載らずに、線路の外に落ちてしまうこともあるかもしれませんが、それも運であります。そんな寝台列車があれば、寝台列車に乗車しない人も楽しめるのではないでしょうか。

 いつもならば、仕事を終えるとガンモに電話を掛けるのだが、三宮で送別会に参加しているであろうガンモの邪魔をしないように、電話を掛けずに黙って三宮まで出た。そして、ガンモが飲み会を途中で失敬して私に連絡して来るのをそれとなく待っていた。ところが、二十時を過ぎてもガンモからの連絡はなかった。

 ガンモは確か、
「二十一時には家に帰ってお風呂に入りたいなあ」
とつぶやいていたはずだった。それなのに、飲み会の席にまだ残っているのは、ガンモのことだから、飲み会を途中で失敬したいとはなかなか言い出せないでいるのではないだろうか。それならば、私が電話を掛けてきっかけを作ることにしよう。そう思い立って、思い切ってガンモに電話を掛けてみた。するとガンモは、何やらもごもごした口調で私の電話に出たのだ。

 私はガンモに、
「まだ出られないの?」
と尋ねた。するとガンモは、
「うん、まだ」
と言う。
「出張の準備もしてないのに、大丈夫なの?」
と尋ねると、ガンモは、
「いや、大丈夫じゃない」
と答えた。
「私がガンモの代わりにお風呂に入るわけには行かないんだからね」
と言うと、ようやくガンモが笑った。

 ガンモがまだ退出できそうにないので、そこで私はいったん電話を切ったのだが、やはり気になって、数十分後にもう一度電話を掛けてみた。しかし、やはりガンモはまだ退出できないと言う。そのとき、ふとガンモが、
「今、○○に居るんだよ」
と言った。ガンモが口にした場所は、三宮ではなく、我が家から電車で一時間ほど離れた場所だった。私はてっきり三宮あたりで送別会が開催されているものと思い込んでいたのだが、どうやら三宮から遠く離れたところで開催されているようだ。

 ガンモと三宮で待ち合わせて一緒に帰ろうと思っていたのに、ガンモが三宮から遠く離れたところに居るとなると、このまま私だけが三宮に残っていても仕方がない。そこで私は一人で帰宅することにしたのである。

 しかし、二十一時前になっても、ガンモからの連絡はなかった。ガンモが乗ろうとしている寝台特急サンライズ瀬戸は、大阪駅を〇時三十四分に発車する。私は、時間を逆算しておろおろしながら、もう一度ガンモに電話を掛けた。すると、ようやく帰宅できるとガンモが明るい声で言った。そこで私は携帯電話を使って電車の路線情報にアクセスし、ガンモがこれから乗ろうとしている電車に乗った場合、自宅の最寄駅に何時に着くかを調べてガンモの携帯電話にメールで送信した。やはり、ガンモのいる場所から自宅の最寄駅までは、一時間近く掛かってしまうようだ。

 取得した路線情報によれば、ガンモが自宅の最寄り駅に到着できるのは二十二時過ぎだった。そこから自転車で帰宅するとなると、帰宅時間はやはり二十二時半を回ってしまうことだろう。寝台特急サンライズ瀬戸に余裕を持って乗車するには、二十三時半には家を出なければならない。ということは、ガンモが帰宅してからわずか一時間のうちに出張の準備を整え、お風呂にも入らなければならないのだ。私は、ガンモが帰宅する直前にお風呂を沸かして待機した。ガンモが帰ったらすぐにお風呂に入ろうと思っていたからだ。

 ところが、帰宅したガンモは、どういうわけかハンバーガーをほおばっていた。ガンモは飲み会で何かを食べたわけではなかったのだろうか。
「お帰り。あれっ? 飲み会じゃなかったの?」
と尋ねると、
「うん。実は客先でトラブルが発生して、ミーティングしてたんだよ」
と言う。なるほど、どうりで電話を掛けたときに周りが静かなはずだった。客先でトラブル対応のミーティングをしていたガンモは、事情を説明して、早く上がらせてもらったと言う。ガンモは帰宅するや、
「今、食べたばっかりで腹いっぱいだから、風呂はあとにする」
と言って、先に出張の準備を始めた。

 そこからはもう、しっちゃかめっちゃかである。出張のために必要な荷物を次々にリュックの中に詰め込んで行く。さしあたっては、寝台特急サンライズ瀬戸の車中一泊だけなので、ガンモはリュックで出張に出掛けて行くと言うのだ。

 リュックに荷物を詰め終わると、ようやく一緒にお風呂に入ることができた。お風呂の中で、
「明日も一緒にお風呂に入れるよね?」
と私が尋ねると、
「一緒に入るから」
とガンモは言った。

 お風呂から出ると、時計は早くも二十三時二十分を指していた。出発まであと十分ほどしかない。忘れ物はないか、大急ぎでチェックしながら、ガンモは支度を整えてドタバタと出掛けて行った。

 乗ろうと思っていた電車に乗車することができて、ガンモは余裕を持って無事に大阪駅に着いたらしい。こうしてガンモは、寝台特急サンライズ瀬戸に乗り、神奈川へと向かったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ドタバタしながらも、ガンモは出張に出掛けて行きました。前日の夜に、出張の荷物だけでもまとめておけば、これほどドタバタすることもなかったのでしょうが、読みが甘かったのか、こんなことになろうとは思ってもいなかったようです。何はともあれ、終わり良ければすべてよし、としておくことにしましょう。

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2008.03.24

着替えを投げてくれればいいから

映画『ダージリン急行』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方々から応援クリックを賜り、深く感謝致します。映画『ダージリン急行』を観たあとは、既に夕方だったので、ガンモの仕事が終わるのを根気強く待って、ガンモと一緒に帰宅しました。実はその翌日もガンモが仕事だったため、映画三枚の休日を過ごしたのですが、映画の話ばかりに偏ってしまうので、また後日ご紹介させていただくことにします。そうそう、ちなみに、日本で一番長い距離を走る寝台列車は、大阪と札幌を結ぶ「トワイライトエクスプレス」だそうです。残念ながら、私たちはまだトワイライトエクスプレスには乗車したことがありません。そう言えば、「カシオペア」にもまだ乗車していませんでした。それ以外の寝台列車については、ほとんど乗車していると思います。いずれにしましても、日本で最も長い距離を走るはずのトワイライトエクスプレスでさえ二十四時間足らずの運行ですので、日本を走る寝台列車ではせいぜい一泊くらいしかできません。ガンモがブログを通じて交流している鉄道仲間には、北京とモスクワを結ぶ国際列車に乗車したり、アメリカ横断鉄道に乗車して、列車の中で何泊も過ごした人もいるそうです。大変うらやましい限りであります。

 急にガンモの出張が決まった。まずは神奈川県のとあるところで仕事をこなしたあと日帰りし、いったん帰宅するや、その翌日には鳥取に向けて旅立つことになると言う。しかも、神奈川県での仕事は、朝十時からだと言うのだ。

 朝十時に神奈川県の指定の場所に着くには、早起きして、朝一番の新幹線に乗れば何とか間に合うらしい。しかしガンモは、早起きすることで寝不足になってしまうよりも、寝台特急に乗り、夜のうちに移動したいと言う。そうすれば、早朝に神奈川県入りできるからだ。

 「俺、明日の寝台特急サンライズ瀬戸で横浜に向かうから」
とガンモは言った。出張と言えば、これまで寝台急行銀河を気に入って利用して来たガンモだったが、寝台急行銀河が引退してしまったので、寝台特急サンライズ瀬戸を利用すると言うのだ。ちなみに、寝台特急サンライズ瀬戸は、以前、ガンモと二人で高松から東京まで乗車したことのある寝台特急である。

 私は、あまりにも突然の展開に驚いた。映画『ダージリン急行』の興奮もまだ覚めやらぬうちに決まったガンモの出張。映画『ダージリン急行』の鑑賞によって、寝台列車への想いが募っていただけに、何だかうらやましくもあった。

 ガンモは翌日、取引先の方の送別会の予定が入っていたが、その送別会に少しだけ参加したあと、送別会を途中で失敬して帰宅し、自宅で私と一緒にお風呂に入ってから寝台特急サンライズ瀬戸に乗ると言う。寝台特急サンライズ瀬戸にはシャワーの設備もあるのだが、シャワーに時間を費やすくらいなら、睡眠に充てたいらしい。

 「もしかしたら、神奈川での作業が長引いて、直接鳥取に行くことになるかもしれないなあ」
とガンモは言った。
「もしそうなったらどうするの?」
と私が尋ねると、
「東京から直接寝台特急サンライズ出雲に乗るかなあ」
などと言うではないか。

 寝台特急サンライズ出雲とは、東京から山陰方面に向かう寝台特急である。
「神奈川へは日帰りで行くから、一日分の着替えしか持って行かないんでしょ? もし直接鳥取に行くことになったら、鳥取での着替えはどうするの?」
とガンモに尋ねると、
「夜中に○○駅(自宅の最寄駅)付近を通過するから、着替えを投げてくれればいいから」
などと言う。そんな馬鹿な。

 寝台特急サンライズ出雲は、上りと下りで停車駅が違う。上りは、大阪駅にも三ノ宮駅にも停車して乗客を受け入れるのだが、下りは乗客の昇降はなく、大阪駅には運転停車のみで、三ノ宮駅は通過してしまう。ガンモが着替えを投げてくれと言ったのは、そのためである。

 しかし、寝台特急は窓を開けて走るわけではないし、例え窓を開けて走っていたとしても、高速で走っている列車に向かってガンモの着替えを私が投げ込み、ガンモが確実にそれを受け取ることのできる保障などどこにもないのだ。諦めたガンモは、
「直接鳥取に行くことになったら、着替えは鳥取で買うしかないかな」
とつぶやいた。

 そしてガンモは、明日、いったん帰宅してから出張の準備をすると言って、出張の準備もせずに床に就いたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ココログメンテナンスのため、お待たせ致しました。何となく、出張の準備をしなかったことが翌日の記事に繋がるように匂わせながらペンを置きましたが(決して、ペンで書いているわけではありませんが)、実は繋がって行くのですよ。次回の更新は、夜のうちに書き上げたいと思っています。続きをお楽しみに。

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2008.03.23

映画『ダージリン急行』

 ホットヨガのレッスンを終えたあと向かったのは、シネマカード会員に加入しているミニシアター系の映画館である。その映画館では、シネマカード会員になると、毎週金曜日に上映される映画を一本千円で観られるのだ。今回、観ようと思った映画は、予告編を観たときから気になっていた『ダージリン急行』である。映画館に着いてみると、既に予告編が始まっていたので、私は大急ぎでスクリーンに滑り込んだ。

 予告編が終わると、本編の上映前に本編のプロローグとなる短編映画『ホテル・シュヴァリエ』が上映された。パリのホテル・シュヴァリエに宿泊している男が、男の宿泊しているホテルを自ら探し当てて押しかけて来た元恋人と一夜を共にする話だ。男は本編に登場する三兄弟の三男で、映画『マリー・アントワネット』でルイ十六世の役を演じていたジェイソン・シュワルツマンが演じている。また、元恋人役の女性を映画『マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋』でモリー役を演じていたナタリー・ポートマンが演じている。この短編映画の内容は、本編の中でも時折触れられることになる。

 さて、本編の内容は、父親を亡くしてから、お互いに連絡を取り合っていなかった三兄弟が、長男からの召集によりインド北西部を走るダージリン急行に乗り込み、兄弟の絆を取り戻すための旅をするというものだ。ダージリン急行というインドの列車内の様子も映し出されているので、鉄道ファンにとってはたまらない映像になっている。しかし、ガンモが持っている世界の鉄道の本には、ダージリン急行に相当する列車が掲載されていなかった。映画に登場する列車は、インド国鉄の車両なのだろうか。ダージリン急行が一体何物なのか、実在する列車なのか、詳細は良くわからないままなのだが、列車の中で何泊もすることから、とにかく長い距離を走るコンパーメント形式の寝台急行のようであった。

 日本の列車に慣れている私たちは、列車が発車する前から列車に乗り込んで、列車が発車するのを大人しく待つことが当たり前になっている。もしくは、発車間際に閉まり掛けた扉を押し分けて車内に滑り込むことを日常としている人もいるかもしれない。しかし、この映画では、滑り込みセーフはおろか、既に動き始めた列車に一生懸命追い付いて、やっとのことで乗り込むシーンが何度か登場する。日本で同じことをしたならば、安全のために、列車はきっと急停車してしまうことだろう。しかし、インドを走るダージリン急行は、動き始めた列車に人々が飛び乗ることをあたかも了承するような造りになっていると言っても過言ではない。何故なら、動き始めた列車に人々が飛び乗ることができるように、デッキがむき出しになっているからだ。

 動き始めた列車に無事に飛び乗ることができたのを見届けると、今度は検札の様子に注目したくなる。日本では、検札のあと、切符を自分の懐に大事そうに仕舞い込むが、ダージリン急行の中では、検札の終わった切符をコンパートメントの入口付近の切符置き場に差し込んでおくのである。また、飲み物サービスが用意されているのもいい。飲み物サービスを受けた人は、女性の給仕さんから額に第三の目を付けてもらえる。その瞬間の三兄弟の無防備な姿に思わず笑みがこぼれる。このように、列車の中でもインドの雰囲気がたっぷりと漂っているのだ。

 何かと仕切り屋の長男、もうすぐ子供が生まれようとしている次男、女性に手を付けるのが早い三男。個性溢れる三兄弟だが、個人的なわがままを言わせてもらえば、三人の中に私好みの男性が一人もいなかったのが残念だった。そのため、三兄弟の誰を心の中で応援すべきか、戸惑いながらの鑑賞となった。

 それはさておき。ダージリン急行は、とある駅で二時間近く停車するため、三兄弟は途中下車して観光を楽しむことになる。そこには、いかにもインドらしい光景が映し出されていた。本当にこのような列車があるのなら、観光には最適だろう。何故なら、重い荷物をわざわざ列車の中からひきずり降ろすことなく、列車内に残したまま身軽に観光することができるからだ。ただ、一つの駅で二時間近くも停車するとなると、通勤や通学用列車としてはあまり好まれないだろう。しかし、インドの鉄道は、予定通り列車が来ないことなど、日常茶飯事だそうである。日本では、列車がわずか数分遅れただけで乗客はピリピリしてしまうのに、インドの人たちが列車の遅れを許容しているのは、それだけのんびりとした国民性だからなのだろうか。

 ダージリン急行の中で何かと問題を起こしてしまう三兄弟は、とうとう車掌さんから大目玉を喰らい、ダージリン急行から降ろされてしまう。しかし、ダージリン急行を降りてからの旅のほうが、三兄弟の絆を深めて行くための本当の旅の始まりだったと言えるのかもしれない。ダージリン急行の中では喧嘩の絶えなかった三兄弟も、ダージリン急行の外の世界では喧嘩をしなくなる。外の世界の広さが、内の世界の結束を固めてくれたのかもしれない。

 外の世界では、これまで見たこともないようなインドの田舎の暮らしが映し出されていた。そんな田舎で行われることになった葬儀を静かに見守っていると、例え方法は違っても愛する者を失った悲しみは万国共通なのだと実感する。かつて父を亡くした三兄弟も、自分たちの体験した父の葬儀や喪失感と重ね合わせたのではないだろうか。私たちは、言葉は通じなくても感情を共有することができる。そんなことを感じさせてくれる貴重なシーンでもあった。

 まだまだ続く三兄弟の旅。旅が終わる頃には、失われていたはずの信頼関係をすっかり取り戻していた。「俺たちにはこの旅が必要なんだ」としきりに主張していた長男の思惑通りの結末となったわけだが、皮肉なことに、レールの上を走るよりも、レールから外れたところに兄弟の絆を深めるきっかけが転がっていたことになる。かつては大事そうに抱えていたはずの荷物に対してさえ、執着しなくなるということは、物質的なものよりも素晴らしいものを手に入れたことを象徴しているのだろうか。

 はちゃめちゃな展開を、一体どのように収束させるのだろうと不安にもなっていたが、最初のうちはちょっぴり軽い乗りで進行しながらも、最後にはにっこり微笑みたくなるような作品に仕上がっていた。至るところにちりばめられたユーモアも観客を飽きさせない。インドの景色も美しい。もちろん、鉄道好きならば誰でも、ダージリン急行という列車に恋焦がれてしまうことだろう。

ココログメンテナンスのため、次回の更新は深夜ではなく、翌日のお昼休み頃になります。ご了承ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今になって思えば、三兄弟のキャラクターは、この映画のはちゃめちゃな展開にぴったりのキャラクターだったのかもしれません。この映画はアメリカ映画ですが、三兄弟の中で最もアメリカ人らしいのは、長男だと思いました。レールを外れたところで三兄弟の絆が深まって行ったのなら、ダージリン急行を途中で降ろされたことにもそれなりに意味があったのでしょうね。それにしても、鉄道ファンとしては、寝台車のあるダージリン急行にむしょうに乗ってみたくなりました。何日も同じ列車に乗り続けるというのは、それなりに国が広くないと実現できないことですものね。

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2008.03.22

ホットヨガ(九十七回目)

映画『ライラの冒険 黄金の羅針盤』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 話題の映画なので、既にご覧になられた方も多いことでしょう。皆さんにとって、期待通りの映画でしたか? ところで、記事の中でご紹介させていただいたメディスン・カードですが、現在は絶版になってしまっているようで、古本でもずいぶん高値が付いているようです。私が持っているのは以下のタイプのもので、昔、古本屋さんで千五百円で購入したお買い得品です。(苦笑)記事を書いたあと、思わず懐かしくなって、取り出してしばらく眺めてしまいました。


 映画『ライラの冒険 黄金の羅針盤』を観終わると、私の時計はお昼の十二時過ぎを指していた。映画三昧の休日もいいが、お腹は空いて来るし、「ガンまる日記」も書いておきたいし、ホットヨガのレッスンも受けておきたい。私の休日はいつもそんな欲望を満たして行くうちに、容赦なく過ぎ去って行く。私は昼食をとったあと、ノートパソコンを広げて「ガンまる日記」を書き始めた。このあと、三宮店でホットヨガのレッスンを予約していたのだが、あいにく、レッスンまでに「ガンまる日記」を書き上げることができなかった。十四時からのレッスンを予約していたので、十三時半頃にはノートパソコンをパタンと閉じて、三宮店へと向かったのである。

 予約していたのは、脂肪燃焼コース2のレッスンである。しかし、着替えを済ませてスタジオの扉に手を掛けようとしたとき、スタジオの扉に掲げられているレッスンの案内板を見て驚いた。そこには、そのスタジオで行われるレッスンの開始時間が十四時三十分と提示されていたからである。確か、受付でロッカーの鍵を受け取ったとき、こちらのスタジオだと案内されたはずだった。私は不安になり、ひとまず、スタジオの中をのぞいてみた。しかし、十四時少し前であるにもかかわらず、スタジオの中にはまだ誰もいなかった。レッスンの開始時間が十四時半からならば、無理もないだろう。十四時からのレッスンは、もう一つのスタジオで開始されるようだが、もしかすると受付の方が間違えて案内してくださったのだろうか。不安を拭い去るために受付のスタッフの方に確認してみると、何と、私が予約していた脂肪燃焼コース2のレッスンは十四時半からだった。どうやら三十分も早くスタジオ入りしてしまったようである。

 私はほっと胸を撫で下ろしながらも、しめしめと思いながらロッカールームに戻り、化粧台の隅っこのほうにあるACアダプタを接続できるコンセントをこっそり拝借してノートパソコンを広げ、「ガンまる日記」の続きを書き上げてアップした。そして、すがすがしい気持ちでレッスンに参加したのである。

 平日の昼間のレッスンということで、参加者はわずか九名だった。私に隣には、三宮店の脂肪燃焼コース2のレッスンで時々お会いする外人さんがいらっしゃった。レッスンを担当してくださったのは、以前、ハートのチャクラという言葉で私を泣かせてくれたインストラクターである。レッスンが始まるや、彼女から衝撃的な事実を聞かされることになる。何と、三宮店の脂肪燃焼コース2のレッスンが、今回で最後だというのだ。

 私は驚いた。脂肪燃焼コース2のレッスンは、おそらく私にとって最も刺激的で、集中して参加できるレッスンだった。そのレッスンが三宮店からなくなってしまうという。何と悲しいことだろう。確かに、平日の夜に脂肪燃焼コース2のレッスンを受けたときも、穴場だと思えるくらい参加者が少ないことがあった。そのため、人気のないコースだと判断されてしまったのかもしれない。こんなことになってしまうのなら、もっと積極的に三宮店の脂肪燃焼コース2のレッスンに参加すべきだったと後悔してしていた。

 三宮店の最後の脂肪燃焼コース2のレッスンを担当してくださったハートのチャクラのインストラクターは、まるで総仕上げでもするかのように、手厳しいレッスンを繰り広げてくださった。きついポーズ取ったあと、「はあー」と一息ついていると、「では、もう一回行きましょう」と、容赦なく同じポーズをもう一度繰り返すように促して来る。いやはや、手厳しい。もう、助けて! 私は、インストラクターの「もう一回」という掛け声を聞く度に、「えーっ!」という泣き声を上げていた。

 今回のレッスンは、いつになくへとへとだった。ハートのチャクラのインストラクターの手厳しいレッスンに加え、スタジオの湿度が高くなっているせいもあったと思う。息が荒くなっているのがわかった。すると、休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)のときに、インストラクターがスタジオの外に出て、私ともう一人の参加者のために冷たいタオルを持って来てくださった。私はそれを受け取り、顔を冷やして生き返った。ありがたやありがたや。

 こうしてハートのチャクラーのインストラクターによる、三宮店最後の脂肪燃焼コース2のレッスンが幕を閉じた。着替えを済ませたあと、受付にロッカーの鍵を返却しに行ったときに、脂肪燃焼コース2のレッスンが今日で終了することを初めて知ったと受付のスタッフに伝えた。そして、脂肪燃焼コース2のレッスンはとても好きなレッスンだっただけに、終わってしまうのはとても残念だとも伝えた。すると、受付で対応してくださったスタッフは、四月はまだゆるいレッスンしか用意できないが、五月になれば、脂肪燃焼コース2に変わるような激しいレッスンが始まると教えてくれた。更に、神戸店で行われていたスクイーズコースのレッスンが三宮店でも開催されているそうだ。何故、脂肪燃焼コース2のレッスンが終了してしまったのかは良くわからなかったが、五月から始まる新しいレッスンに期待しようと思った。

 受付でそんなやりとりをしていると、さきほどの手厳しいハートのチャクラのインストラクターが奥から出て来たので、レッスンのお礼とともに、
「今日はいじめてくださってありがとうございました」
と述べた。彼女には、きついポーズがもうこれで終わりだと一息ついているところへ、「では、もう一回行きましょう」と何度も導かれたからだ。しかも彼女はレッスンの最中に、
「いつもは使わない筋肉を使っていますので、明日あたり、皆さんが筋肉痛になってくれたら、私はうれしいです」
とも言ったのだ。レッスンを受けている私たちとしては、苦笑いするしかないだろう。ハートのチャクラのインストラクターは、私たちをいじめるのが好きだと感じたので、いじめてもらったお礼を述べたのである。ハートのチャクラのインストラクターは、にこにこしながら私を送り出してくれた。

 たまたま自分のために休暇を取り、映画三昧の一日にしようと思いつつも、ホットヨガのレッスンの予約を入れておいて良かったと思う。おかげで、三宮店で行われる最後の脂肪燃焼コース2のレッスンに参加することができたわけである。私は複雑な気持ちを抱えながらも、次なる映画を鑑賞するために三宮店を後にしたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今後、脂肪燃焼コース2のレッスンを受けるためには、三宮店以外の支店に足を運ばなくてはならなくなってしまいました。神戸店のレッスンスケジュールを見ても、四月になると、脂肪燃焼コース2のレッスンが減っているようです。きっと、いろいろな事情があるのでしょう。でも、考え方によっては、継続会員は数ヶ月サイクルで新しいコースに進みたがるので、ホットヨガとしても、次々に新しいレッスンを開発して行かなければならないのでしょうね。しばらくは、脂肪燃焼コース2のレッスンを求めてあちこち彷徨い歩くことになるかもしれません。(笑)

残念ではありますが、五月から始まる新しいレッスンに期待したいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.03.21

映画『ライラの冒険 黄金の羅針盤』

 祝日と土日に挟まれた金曜日、ガンモは朝から仕事に出掛けて行ったが、私は有給休暇を取得していた。日頃の自分へのご褒美にと、夢の四連休を過ごしていたのである。初日は日頃の寝不足を解消するため、ゆっくりと自宅で過ごした。そして二日目からは、映画三昧の休日を過すことにしていた。

 私は、上映中の映画のタイムテーブルとにらめっこしながら、どの映画を観るか、スケジューリングした。そして、いつも仕事に出掛けて行くよりも少し遅めに家を出て、まずは前売券を購入している『ライラの冒険 黄金の羅針盤』を観るために、朝十時に三宮の映画館に出勤したのである。

 この映画は、既に鑑賞された方たちのがっかりした声を聞いていたため、公開前からの大掛かりな宣伝に惑わされることなく、最初から冷静な気持ちで鑑賞することができた。私がこの映画を冷静に、そして、それなりに楽しむことができたのは、この映画を鑑賞してがっかりしたという感想を述べられた方たちのおかげかもしれない。もしも反対に、「ものすごく面白い映画で最初から最後まで惹き付けられっぱなしだったよ」というエキサイティングな感想を耳にしていたならば、映画を鑑賞する前から自分自身の感情のレベルを引き上げ、やがてがっかりしてしまっていたことだろう。もちろん、中には最後までがっかりすることなく、期待通りの面白さを体験させてくれる映画もある。しかし、この映画は少なくとも、観ているうちに感情が高ぶって来るような展開ではなかった。

 冷静に、それなりに楽しむことのできる作品ではあったのだが、全体的に温かみに欠ける作品だと思ったのも事実である。そう感じたのは、本編が始まってすぐのところで目にした主人公ライラの表情からだった。「えっ? この子、こんな表情をするの?」という裏切りにも似た感情を抱いてしまったのを覚えている。ストーリーとして、子供同士の横の繋がりも描かれてはいるのだが、『ハリーポッター』のような温かさを感じることができない。何故、それを感じられないのだろう。登場人物に笑顔が少ないからだろうか。

 魂がそれぞれの肉体の中に納まっているのではなく、動物に化身したダイモンとして人々のすぐ側に存在するという発想はいい。また、魂なのに、動物という肉体を持っているところも面白い。私は個人的にメディスン・カードと呼ばれるネイティブ・アメリカンの動物占いカードを思い出した。というのも、私自身がメディスン・カードを持っているからだ。それはさておき、もしも私が魂としてのダイモンを映画の表現材料として扱うならば、ダイモン同士が仲の良い者同士と、ダイモン同士が顔を合わせると、ついつい喧嘩になってしまう者同士など、ダイモン同士の関係がそのまま人間関係に現れるような表現方法を選ぶだろうと思った。

 精神世界が好きな人にとって、ダイモンがあたかも人間の友達であるかのように描かれている本作に対する期待は、最初から大きいかもしれない。私も、それだけの材料で、どんどん想像を膨らませて行った。ダイモンは、動物の格好をしたハイヤーセルフといったところだろうか。そうだとしたら、この作品の中で、ダイモンがあたかもペットであるかのように描かれているのはとても残念なことだ。ハイヤーセルフならば、肉体が困ったときに現れて気付きを与えて欲しいものである。

 更に私なら、魂と肉体の会話をもっと葛藤めいたものに描きたい。何故なら、魂の想いと肉体の想いは必ずしも一致しないこともあるからだ。魂には、魂として誕生してからの古い古い記憶が刻み込まれているが、肉体はその生(せい)限りという考えもある。魂は思慮深く、肉体は欲望を抱え込んでいるというイメージもある。または、魂の尊い想いにお行儀の良い肉体が応えるというイメージもある。だから、時には魂と肉体が対立するシーンがあっても良いのではないかと思ったりもするのだ。しかし、そう思うのは、私がこちらの世界の住人だからだろうか。映画で描かれているのは、まったく別の世界のことであるという割り切りが必要かもしれない。

 この映画では、ダイモンと人間を科学的な方法を使って分離させる方向へと傾いて行く。私たちの世界では、魂は肉体の中に入り込んでいて見えないが、本作では、魂が動物に化身して肉体から離れ、視覚的に確認できるだけに、ダイモンと引き離されるのは恐ろしい。これを私たちの世界の常識に置き換えると、魂と肉体が離れることは、死を意味する。何故、魂と肉体を分離させるかというと、それはこの映画を観てのお楽しみである。

 この映画で温かみを感じさせてくれないキャラクターとして、もう一人忘れてはならないのが、ニコール・キッドマン演じるコールター夫人の存在である。ライラとコールター夫人は急接近し、一緒に旅をするようになる。ライラの味方なのか敵なのかわからないコールター夫人。やがて明かされる秘密とは?

 『ライラの冒険』は、三部作からなる作品群で、今回の『黄金の羅針盤』というサブタイトルの付いた物語は第一作に当たる。おそらく私は、第二作も第三作も観に行くことになるだろう。ただ、次回作ではストーリーよりも、成長期のライラがどのくらい大きくなっているかがちょっぴり不安でもある。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 劇場でも、昨年末に公開されるのかと錯覚してしまうくらい、ずいぶん早いうちから何度も予告編が上映されていましたが、テレビなどのメディアでも同様だったのでしょうか。スピリチュアルな要素を匂わせるような材料を最初からちらつかせながらも、実際はそれほどスピリチュアルでもないという展開が、意外と言えば意外かもしれませんね。また、全体に漂う「温かくない感じ」は、この作品の狙いなのでしょうか。これから先、ライラがどのような冒険を重ねて行くのか、静かに見守ることにします。

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2008.03.20

うれしい帰還

ホットヨガ(九十六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実は先日、ガンモの実家に帰っていたときに、朝、なかなか起き上がれなかったのです。というのも、自宅ではスプリングの入ったベッドに寝ているのですが、ガンモの実家では布団を敷いて寝ているので、寝ている間に背骨がまっすぐ伸びているようなのです。そのため、朝、起きるときは、お腹に力を入れなければなかなか起き上がることができず、四苦八苦していました。お腹に力を入れることができれば、難なく起き上がることができるのでしょうが、まるで亀の甲羅が裏返ったみたいに、布団の中でしばらく格闘していました。(苦笑)

 好敵手の記事に書いた彼女は、一月下旬に私の職場を退職して行った。彼女は現在、新しい職場で短期の仕事をしている。先月末に直径十二センチの彼女も含めて三人でご飯を食べに行ったときに、お互いの近況などを交わし合ったばかりだ。

 その彼女から連絡が入り、派遣会社の営業担当から、現在、私が働いているビル内の別会社の仕事を強く推されていると言う。確か、彼女が退職する前に別の派遣仲間とご飯を食べに行ったときに、現在の職場には戻りにくいが、同じビル内の別会社なら、チャンスがあれば戻って来たいと言っていた。しかし、いきなり戻るのは現在の職場に対して申し訳ないので、いったん、どこかよその職場で働いてから戻って来たいと言っていた。もしかすると、それが叶うかもしれないのだ。

 私は、何だかわくわくしていた。すると、彼女はあれよあれよという間に面接を済ませ、何と、私が働いているビル内の別会社に四月から勤務することになったのだ。いやはや、うれしい帰還である。ちなみに私は、ソフトウェア技術者の晩餐会の記事の中で以下のように記述している。

私がまだ現在の職場にいるうちに、好敵手の派遣仲間が同じビルの別会社に戻って来たら、きっと刺激的でしょうね。別会社で働き始めた派遣仲間とも、まさかこのような形で身近に再会できるとは思ってもいなかったので、可能性は残されています。ひとまず、その日を楽しみに待ち続けることにします。

 このように書いたことが、こんなにも早く現実になろうとは。やはり、願望というものは、単に心の中に留めておくだけでなく、言葉にして表現したほうが良さそうである。

 同じ職場で出会って分かれても、そのあとまったく連絡を取り合わない派遣仲間もいる。退職して行くときに、お互いのメールアドレスや携帯電話の番号などを交換し合ったとしても、かつて毎日のように顔を合わせていたオフィスでの交流が既に確立されていなければ、職場を離れたあとに新たな交流が始まろうはずがない。反対に、かつて毎日のように顔を合わせていたオフィスでの交流が既に確立されていれば、お互いにどこで働いていようとも、継続的に連絡を取り合うことができる。

 ところで、今回のように帰還する場合、「一度辞めたのに帰り辛い」と思うのは帰還する側だけで、帰還を迎え入れる側は、まったく気にしてはいない。特に彼女の場合、送別してもらったのに帰り辛いという気持ちが働いたらしい。彼女の気持ちもわからなくはないが、帰還を迎え入れる側の立場としては、いったん送別した人を迎え入れることを気にするというよりもむしろ、歓迎する気持ちのほうが強いものなのだ。

 それにしても、わずか三ヶ月足らずで彼女が帰還できるとは、実に不思議なものである。ご縁があるというのは、こういうことを言うのだろうか。それとも、互いに引き寄せ合ったのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 彼女が面接を受けた日、たまたま派遣会社の営業担当と話をする機会があったのですが、もしも彼女の帰還が決まれば、別会社とは言え、同じビルで勤務することになるので、現在の私の職場の部長に報告しておくつもりだと言っていました。これを聞いたとき、派遣会社の営業担当と私の職場の部長とは、既に人間的な交流が成り立っているのだと感じました。実際、こういうことを気にせずに、ビジネスだけをこなして行く派遣会社の営業担当もいるのです。しかし、このように、ビジネスとは別のところで人間的な交流が成り立っているのを確認できると、派遣社員としても安心できるというものです。

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2008.03.19

ホットヨガ(九十六回目)

インド色に染めるの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m お弁当箱には、食卓を持ち歩くような夢がありますよね。以前もここに書いたかもしれませんが、フェリシモという雑貨の通販ショップで、お弁当箱シリーズを毎月購入していたことがあります。お菓子をモチーフにしたかわいらしいお弁当箱が毎月届き、お弁当を作って持って行くのがとても楽しみでした。私はもともと、家にある何かを持って外に出て行くのが好きなようです。もしかすると、自分では気付いていないだけで、隠れアウトドア派なのかもしれません。(笑)

 月に一度の定時退社日がやって来た。ここのところ、神戸店でのレッスンをすっかりご無沙汰してしまっていたので、久しぶりに神戸店でレッスンを受けることにした。すっかりご無沙汰してしまった理由は、本当は三宮店の会員だったのに、あたかも神戸店の会員であるかのように振舞い続けていたことがとても恥ずかしくなってしまったからだ。そんなことを気にしなくてもいいはずなのだが、恥ずかしい気持ちと、ちょっぴり三宮店にも申し訳ないような気もして、ここのところ、三宮店でレッスンを受けたりしていたのである。

 神戸店で水曜日の夜に行われているレッスンと言えば、以前も通っていた七十五分のアクティヴコースである。レッスンを担当してくださったのは、いつもの顔馴染みのインストラクターだった。レッスンに参加していたのは、私を入れて十一名である。参加者の数が神戸店のシャワーの数と一致していたので、余裕を持ってレッスンに臨むことができた。

 今回のレッスンで痛感したのは、私はやはり、お腹に力を入れることがとても苦手だということだった。特に、英雄のポーズで足を九十度に踏ん張るときにそう思ってしまう。ほとんどの参加者は、インストラクターの導くままに足を九十度に折り曲げて踏ん張るポーズを取ることができているのだが、お腹に力を入れることができない私は、足を九十度に折り曲げて踏ん張るポーズを取ることができない。そのため、ポーズが深くならず、踏ん張ろうとするとグラグラとしてとてもバランスが悪いのだ。

 足を踏ん張るポーズとしては、脂肪燃焼コース2のときに取る女神のポーズがある。お腹に力が入らず、足を開いて踏ん張ることができないため、私はこのポーズも苦手である。

 確か、私のホームページでもご紹介させていただいている、満月さんが書かれた女性のためのセックスの本、フラワーまたはエクスタシーに、スクワット体操をすると女性の下半身が鍛えられると書かれていた。おそらくこれは、第二チャクラの活性化に結び付いているのだろうと思う。また、トイレに立ったときに、尿をもらさないように踏ん張ることも、下半身を鍛えることに繋がって行くそうだ。確かに、第二チャクラが弱いと、下半身も緩くなりがちだ。以前、月経血コントロールの話を書く予定だと宣言したままになっているが、私が読んでいる月経血コントロールの本にも、トイレに立ったときに、出ている尿を途中で止める練習を重ねることで、月経血の量をコントロールしやすくなると書かれていた。しかし、実践してみると、これがなかなか難しい。やはり、お腹に力を入れることに意識を集中しなければならないようである。しかし、お腹に力を入れようとすると筋腫をかばう力が働いてしまい、なかなかうまく行かない。どうやら悪循環に陥ってしまったようである。

 満月に近かったせいだろうか。あまり汗をかくことなく、七十五分のレッスンが終わってしまった。今回のレッスンでは、いつも顔を合わせている常連さんたちの姿が見えず、少し寂しかった。こういうときは、反対に、私が参加しないことで、誰かを寂しくさせたりしていることへのメッセージなのだろうか。

 レッスンを終えてガンモに電話を掛けてみると、ちょうどガンモも仕事を終えたところだと言う。特に申し合わせたわけでもないのに、グッドタイミングな私たちである。ガンモとは、三ノ宮駅のホームで待ち合わせて、仲良く連れ立って帰宅したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 第二チャクラが弱っている状態で、第二チャクラを活性化させるのは、なかなか難しいことだとわかりました。自分の弱点がわかっているのに、克服できないのは、とてももどかしいですね。スクワット体操で鍛えられるなら、鍛えたいものです。

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2008.03.18

インド色に染める

卵が一つありましたの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 動画の再生がうまく行かなかった方もいらっしゃるかもしれませんね。その場合は、最新のFlashをインストールしてみてください。実は、私も最初は動画の再生がうまく行かず、ガンモのノートパソコンで試してみて、最新のFlashが必要だとわかりました。(苦笑)

 ガンモが自宅近くの顧客のところで一日中、仕事をすることになった。もちろん、恒久的な話ではなく、一日だけの話である。その顧客の事務所は坂道の多い住宅街にあるため、ガンモは自転車を使わず、いつも歩いて出掛けて行く。自宅からその顧客のところまで歩いて行く途中に、お弁当を調達できるようなコンビニエンスストアはないらしい。また、歩いて出掛けているため、お昼ご飯を外に食べに行くのも不便だと言う。そこで私が、
「じゃあ、お弁当作ろうか?」
と言うと、
「作ってくれたほうがありがたいな」
とガンモが答えた。

 車で出掛けて行く夜勤のときは、私の手作り弁当を喜んで持参するガンモだったが、普段は仕事で持ち歩いている荷物が多いため、私の手作り弁当を手に持つ余裕がなかった。また、仕事の状況によっては、作業場所が自社のオフィスだったり、また、客先だったりと、一箇所に留まらないため、基本的にはお昼ご飯は外食だったのだ。しかし、今回のような状況であれば、多少荷物は多くなったとしても、お弁当を持参するのがふさわしい。

 私は、いつも自分がオフィスに持ち込んでいる二段重ねのステンレス製のお弁当箱にお弁当を詰め始めた。できる限り環境エストロゲンの影響を受けないようにするために、私はプラスチック製のお弁当箱は控え、ステンレス製のお弁当箱を使っているのだ。

 ガンモが夜勤のときはいつも、おにぎりを握っているので、ガンモはてっきり今回もおにぎりだと思っていたらしい。しかし、私がステンレス製のお弁当箱にご飯とおかずを詰めているのを見て、ガンモは、
「インド人じゃないんだから」
などと言った。確かに私が愛用しているのは、インド雑貨のお店で売られているようなお弁当箱だ。お気に入りのインド雑貨のお店に入ると、私がいつもステンレス製のお弁当箱の前で固まっているのをガンモは知っている。私は、ステンレス製のお弁当箱を見ると、ついつい欲しくなってしまうのだ。

 やがて、ステンレス製のお弁当箱にご飯とおかずをたっぷり詰め込んだお弁当が出来上がった。それに、お茶代わりのストレートティーをペットボトルに詰めたものを加えてガンモに手渡した。ガンモはそれらを持って仕事に出掛けて行った。

 お昼を過ぎた頃、ガンモに電話を掛けて、お弁当の感想を尋ねてみた。どうやらガンモは私の作ったお弁当を気に入ってくれたようだ。
「インド人じゃないんだから」
などと言っていたので、ステンレス製のお弁当箱が気に入らないのではないかと思ったりもしたが、取り越し苦労だったようだ。

 実は、今回使用したのと同じステンレス製のお弁当箱をあと四つ持っている。同じものが全部で五つもあるのは、オークションでまとめて五個セットの商品を落札したからである。ガンモがステンレス製のお弁当箱を気に入ってくれたのなら、そのうちの一つはガンモに譲ることにしよう。ガンモにはインド人になってもらうのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何故か心惹かれるものってありますよね。私にとって、心惹かれるものとは、ステンレス製のお弁当箱です。インド雑貨のお店で見掛けると、もうたまりません。同じお弁当箱を五つも持っている私ですが、実はその他にも二種類のステンレス製お弁当箱を持っています。好きなんですねえ、ステンレス製のお弁当箱が。今回、自分のお気に入りのお弁当箱にガンモのお弁当を詰めることも楽しいということがわかりました。しかしこれは、相手を自分色に染める楽しさに相当するのでしょうか。いえいえ、自分色というよりは、インド色かもしれませんが。

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2008.03.17

卵が一つありました

注目する愛の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 諸事情により、相変わらず歯切れの悪い記事になってしまっていますが、それにもかかわらず、応援してくださってありがとうございました。今、私の中にあることは、赤ちゃんとして生まれた人間は、年老いて、再び赤ちゃんに戻って行くのではないかということです。赤ちゃんのときに親の世話になった子供は、親が赤ちゃんになったときに、親に恩返しをできるようになっているのではないでしょうか。

 ガンモの実家から帰宅すると、ベランダの鳩たちが私たちを迎えてくれた。いや、迎えてくれたというよりは、餌をおねだりされたと言ったほうが適切だろう。しばらく留守にしていたのだから無理もない。私が餌を与えると、父ちゃん、母ちゃん、二羽の雛たち、そしてTKMYとキッコロがむさぼるように餌を食べ始めた。

 真冬に生まれた父ちゃん、母ちゃんの雛たちは、次第に大きくなり、もはやピジョンミルクで育つ時期も過ぎつつあり、自分で餌を食べられるようになっていた。それでも、ときどき父ちゃんや母ちゃんにピジョンミルクをねだっている。父ちゃん、母ちゃんたちは、お腹を空かせているためか、それとも、既に自分で餌を食べられることを知っているためか、雛たちにピジョンミルクをおねだりされても、あちらこちら逃げ回っている。

 つい先日までぼたもちサイズだった二羽の雛たちの成長はめまぐるしく、産毛もほとんど取れかけていて、頭の上にわずかに残っているだけだ。ただ、鳴き声だけはまだピイピイと言っている。ときどき羽をばたつかせながら、飛行に備えてイメージトレーニングを重ねているかのようだ。

 できれば、父ちゃん、母ちゃんがピジョンミルクを与えているところを動画に収めておきたかったのだが、雛が小さいうちはベランダの掃除ができないため、ベランダがひどく汚い。そのため、撮影は控えることにした。その代わりと言っては何だが、父ちゃんとキッコロのバトルを動画に収めたので、ご紹介しておこう。


父ちゃんVSキッコロ posted by (C)まるみ
※なお、動画を再生するためには、最新のFlashが必要です。

 人間ならば、唇と唇を合わせてもみあうのは、何となく激しい愛情を交し合っているようにも思えるのだが、鳩の場合は嘴(くちばし)が武器になる。対決している二羽のうち、一番右がキッコロ、その左が父ちゃんである。そして、対決している二羽の左隣でおろおろしているのが母ちゃんだ。撮影しているうちに、居場所を失くした母ちゃんが寝室に入って来たので、驚いて声を上げている人がいる。はて、それは誰だろう?

 ところで、私たちが出掛ける前から、TKMYとキッコロがせっせと巣作りをしていたので、「もしや?」と思って見てみると、巣の上に卵が一つあった。またしてもTKMYとキッコロがベランダの排水溝付近に巣を作り、卵を温めているのだ。ああ、これでまたしばらくベランダの掃除ができない。やれやれ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 記事の中に貼り付けた動画ですが、わずか32Kという私の恐ろしく遅いモバイル環境からは、再生の確認ができていません。もし再生できなかったらごめんなさい。m(__)m もしこれで再生可能であれば、我家のベランダの汚いところは大目に見てやってくださいませ。(笑)

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2008.03.16

注目する愛

十時間の大移動と映画『UDON』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画『UDON』の中で一つだけ惜しい点があるとすれば、讃岐弁の表現でしょうか。大阪弁に近い言葉に仕上がっていたことが、とても残念に思えました。確かに讃岐弁には大阪弁に似たアクセントも多いのですが、讃岐弁特有ののんびりとした雰囲気が伝わって来なかったのはとても惜しいですね。ちなみに、のんびりとした讃岐弁の一つに、「何ができよんな?」という言葉があります。これは、「何を作っているの?」ではなく、「何をしているの?」という意味であります。

 廊下のある家の朝は、カーテンを開けて光を取り入れることから始まる。私は、朝からかっぽうぎを着て動き回っていた。実家に帰ったときはいつもお寝坊さんだったガンモも、最近は早く起きて私と一緒に動き回っている。

 城崎温泉に泊まって浴衣の上に丹前を羽織り、テーブルの上に並べられたカニを食べながら思ったことは、袖に広がりのある着物では、動き回るのに不便を感じてしまうということだった。料理に箸を伸ばすことでさえ不便に感じられたのである。おそらく、浴衣に丹前といういでたちは、自分では何もしないお客様モードでくつろぐ着物なのだろう。それに対し、袖がしっかり絞られているかっぽうぎは、能動的な活動に向いている。何をするにも袖が邪魔にならないので、アクティヴに動き回ることができるのだ。かっぽうぎの魔法は、意外にも、きゅっとしぼられた袖にかけられているのかもしれない。

 今回の帰省で、ガンモと私は親との関係がとても良く似ていると感じた。ガンモも私も十代の頃から親元を離れて暮らしている。そして、現在も親元からは物理的に離れたところで生活している。しかし、ずっと地元に留まる人たちもいる。例えば、義父も義母も、また、私の父母も、ずっと故郷から遠く離れず、地元に残って生活をしている人たちだ。しかも、お互いの両親が、自分たちの兄弟姉妹の住む家のすぐ近くに家を建てて住んでいることまで同じである。これが典型的な田舎の暮らし方なのかもしれないが、私たち夫婦は、そうした典型からは大きくかけ離れた生活を送って来た。そんな私たちが出会い、田舎の典型的な暮らし方から外れたところで、同じ価値観を共有している。言い換えると、私たちはどちらの実家にも大きく傾くことなく、両家のバランスを取りながら生活できているというわけだ。

 ガンモの実家に帰ると、普段、ガンモが見せることのない、自分の両親への深い愛情を実感させられる。ガンモはいつも、私の気付かないところで、自分の両親の言動に対するアンテナをピンと張っているのだ。例えば、糖尿病を患っている義父が、夜、痛がって、ほとんど眠れていないことなどを、私よりも敏感に感じ取っている。また、義父が義母を必要としていることを暗にほのめかした言葉を見逃すことなくずっと心に留めておき、義母に的確に伝える。その度に私は、自分がぼうっと過ごしていることに気付かされる。私には、義父や義母の言動に注目するという愛が、ガンモよりも足りていない。そのことを、毎回、実感させられているのだ。

 マザー・テレサは、愛の反対は無関心であると言ったそうだ。私よりも感度の高いアンテナを張り、両親の言動に注目することによって、両親の変化を見逃さないでいることは、ガンモなりの愛情表現だったのである。

 私たちはガンモの実家に一泊したあと、またしても青春18きっぷを使用して我家に辿り着いた。最近は、接続のいい列車が運行されているため、坂出から私たちの自宅の最寄駅までわずか三時間余りで到着した。あまりにも接続がいいので、自家用車で帰省するのとほとんどあまり変わりがないことに気が付き、驚いている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモの実家に帰ると、いつもはっと気付かされます。小さい頃、私の実家の両親が、「まったく、自分の身内だけがかわいいんだから!」などと言いながら、ちょっとした夫婦喧嘩を繰り広げていたことを思い出しました。これは、愛情の示し方が違うということを意味していたのでしょうね。でも、それは当たり前のことなのだとわかりました。自分の両親に対しては、いつも高度のアンテナを張り巡らせているものなのですね。でも、それでいいのだと思いました。

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2008.03.15

十時間の大移動と映画『UDON』

城崎温泉カニ尽くしの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 暖かくなり、カニのシーズンもそろそろ終わりです。すべり込みセーフでしょうか。ちなみに、撮影に使用したカメラは、先日購入した携帯電話(SO905iCS)に付属のカメラであります。

 城崎温泉の旅館をチェックアウトした私たちは、再び青春18きっぷの旅に出た。ご存知のように、青春18きっぷとは、一日二千三百円で全国のJRの普通列車に何度でも乗り降り可能な切符である。私たちが次に目指したのは、ガンモの実家のある香川県坂出市である。週末をガンモの実家で過ごすため、私たちは城崎温泉からおよそ十時間掛けてようやく坂出に辿り着いた。

 乗車したルートは、城崎温泉→浜坂→鳥取→智頭(ちず)→津山→岡山→坂出である。坂出以外の→が指す駅で乗り換えを行った。乗り換え駅に着いて、次の列車までの乗り換え時間は、四十分前後のところもあれば、一時間半のところもあった。大きな荷物を抱え、乗り換えの度に駅の階段を降りたり昇ったりするのはなかなかやっかいな仕事だったが、それでも、青春18きっぷで大移動しているという充実感が私たちを突き動かしていた。列車を一つ乗り過ごしたとしても、わずか数分のうちに次の列車がやって来るような便利な環境で生活している私たちにとって、一つの列車を逃せば一時間以上は待たなければならないローカル線に乗り、長い長い道のりを普通列車でのんびりトロトロ走る時間を過ごすことは、とても大切なことなのだ。

 普通列車を乗り継いで、ガンモの実家に着いたのは、二十時半過ぎだった。私たちはやがて、お茶の間で流れていたテレビで、映画『UDON』を鑑賞することになる。この映画が映画館で上映されていた頃、この映画に対する酷評が多かった。私自身もそれらの酷評を気にして、他に観たい映画を優先させてしまった記憶がある。どれほど酷評に値する映画なのだろうと思いながら、ガンモと二人でその映画に見入った。

 鑑賞しているうちに、この映画を製作したのは、香川県にかなり詳しい人なのではないかという気がして来た。というのも、数々のシーンに香川県の丸亀・坂出周辺を象徴する「さぬき富士」と呼ばれる形の良い山が映し出されているほか、香川県出身の役者さんたちがさりげなく登場しているからである。さぬき富士は、ガンモの故郷である坂出からも良く見えるので、帰省する度に目にしている。香川の人たちは、さぬき富士が近くにあることで安心しながら生活していると言っても過言ではないだろう。だから私には、この映画は、香川県に詳しい人たちに向けたメッセージが含まれていると感じたのである。

 この映画の製作に関わった監督は、この映画を通して、全国的なレベルでの讃岐うどんブームと、実際の香川県におけるうどんと関わり方のギャップを表現したかったのではないだろうか。私が東京に住んでいた頃に何度も食べた宇高(うこう)連絡線のうどんが、この映画の中では、「あいさつ代わりに食べるうどん」として紹介されている。そうなのだ。香川の人たちにとってのうどんは、決して全国的なブームになるようなものではなく、生活の中に当たり前のように染み付いているものなのだ。だから、製麺所でうどんの麺だけを買った人が、あたかもパンをかじるかのごとく、買ったばかりのうどんにつゆも付けずにつまみ食いしながら歩いている。香川の人たちにとってのうどんとは、そういうものなのだ。

 だからこそ、この映画の中では小さな製麺所にスポットを当てている。自分のどんぶりを持参すれば食べられるといううどん屋さん。村上春樹さんのエッセーでも紹介されていた「なかむらうどん」のような、「ネギが入っていなければ、外の畑でネギを取って来い」と店主に言われてしまうほどディープなうどん屋さん。こういうところに、讃岐うどんブームに乗って全国からやって来る讃岐うどんファンの想いと、実際の香川県におけるうどんとの関わりのギャップがある。そうしたギャップを描きたかったからこそ、学校帰りに食べるような生活の中に当たり前のように染み付いたうどんが大事に扱われているのだ。

 また、うどんファンの高校生たちが作る冊子が『うどんをめぐる冒険』というタイトルであることも、村上春樹さんの『羊をめぐる冒険』に馴染みの深い人なら、思わずニヤリとしてしまうことだろう。すなわちこの映画は、鑑賞する人の中にある過去の記憶を心地良く刺激してくれるような仕上がりになっているのだ。

 この映画を製作した監督は、『踊る大捜査線』などの人気作品の演出を手がけた監督さんなのだそうだ。どうやらそのシリーズの作品を観て楽しんでいた人たちが、それらと同じ乗りで楽しませてもらおうとして鑑賞し、がっかりしてしまったようである。私はそのシリーズの作品を観ていないので、純粋に香川県の素朴さを感じ取ることができた。香川県に詳しい人が製作に関わっているのではないかと睨んでいたが、やはりこの監督は、香川県の丸亀のご出身だった。丸亀ならば、さぬき富士を眺めながら育ったわけである。だから、何度も何度もさぬき富士が登場するのだ。さぬき富士を映画の中に登場させるのは、「香川県が好き!」という監督からのメッセージだったに違いない。おそらく監督はこの作品を、香川の人たちに贈りたかったのではないだろうか。

 この映画は、さぬき富士を身近に感じ、香川の人たちにとって、うどんがいかに生活の中に深く染み付いたものであるかということを知っている私たちにとっては、とても面白く、楽しめる映画だった。だから、断じて酷評されるような映画ではない。この映画に対する酷評は、監督の発信したメッセージを的確に受け取ることができなかったぼやきに過ぎないと私は思う。ガンモの故郷である香川県に帰省し、香川県でこの映画を鑑賞することができたことを私はうれしく思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、ガンモはこの映画にも登場しているナンチャンと、学生時代、落語研究会を通じて少しだけ交流があったそうです。ナンチャンの自宅に電話を掛けて、連絡を取ったこともあったとか。ガンモの話では、ナンチャンは、学生の頃からずば抜けて落語が上手かったそうです。それはガンモの記憶ですが、ガンモと一緒に映画を観ていると、ガンモの記憶が私の中にも染みて来ます。そして、いつの間にか、心の中でナンチャンの活躍を応援しているのですね。ただ、ナンチャンの記憶の中にガンモが残っているかどうかは不明です。(笑)

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2008.03.14

城崎温泉カニ尽くし

応えた身体の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ふと思い出したのですが、プロゲステロンクリームの入手方法が良くわからなかった頃、オークションでワイルドヤムクリームを購入したことがあります。そのときの出品者の方は業者さんだったようですが、商品説明のページにプロゲステロンでバストが大きくなると書かれていました。バストを大きくするのはプロゲステロンではなくエストロゲンのほうですよね。だから、エストロゲン優勢になると、バストが大きくなるようです。また、ワイルドヤム(野生のヤマイモ)は、天然のプロゲステロンクリームよりも純度が低いようですので、皆さんもお気をつけください。

 春はもうすぐそこまでやって来ているというのに、私にはまだ、冬のうちにやり残していることがあった。それは、カニを食べるということだ。私たちは去年の十二月、私の勤務先近くのホテルに宿泊し、カニ三昧の夜を満喫しようと計画したものの、不完全燃焼に終わってしまった。そのあと、ガンモは会社の人たちと鳥取まで泊りがけでカニを食べに行った。しかし、私はまだカニを食べてはいない。そこで私たちは、およそ二年振りに城崎温泉でカニ尽くしの夜を体験することにしたのである。

 城崎温泉は、兵庫県の日本海側にある温泉で、文芸界の人たちに広く愛された温泉である。七つの外湯があり、カニのシーズンともなると、多くの人たちで賑わう。いつも利用させていただいている温泉旅館からご案内をいただいたのだが、週末は満室だったことから、思い切って平日に休みを取って出掛けたわけである。

 青春18きっぷを利用して移動したので、私たちが城崎温泉に着いたのは十七時前だった。夕食まで一時間ほどしか時間がなかったので、私たちは急いで支度を整え、外湯の一つである「さとの湯」に出掛けた。さとの湯は、城崎温泉駅前にある、七つの外湯の中では最も新しい外湯である。城崎温泉に来ると、ついつい昔ながらの外湯を好んで利用するため、さとの湯をずっと後回しにしていた。しかし、宿泊していた旅館からも近いことから、ようやくさとの湯を利用しようと思い立ったのである。

 城崎温泉の外湯は、城崎温泉の旅館に宿泊している人ならば、旅館で無料配布している入浴券を使用して入浴できるようになっている。旅館に宿泊していない人は、八百円を支払う。少し金額が高いのは、さとの湯が温泉だけでなく、クアハウスのような施設を備えているからだろう。何種類かのサウナがあり、露天風呂もあり、アロマの香りの漂うミストサウナのようなところもあり、ジェットバスもあり、また、カランも充実している。

 ガンモと一緒に城崎温泉の七つの外湯を回っているときに必要不可欠だと思うのは、待ち合わせに使える休息所だ。夫婦といえども一緒にお風呂に入ることはできないので、先に出たほうが待つことになる。そのときに湯冷めすることなく、快適に待てる場所があると、利用客の心理としては、次もまたそこを利用したいと思うものなのだ。

 温泉に入って身体をしっかり温めたあとは、いよいよお待ちかねのカニ三昧の夕食である。何度も宿泊していると、その旅館がどのくらいのボリュームの料理でもてなしてくださるのかが既にわかっている。というのも、前回、宿泊したときは、オプションのカニ料理を注文してしまい、お腹がよじれるほどカニを食べることになってしまった。それでは、カニを食べることがまるでノルマのようになってしまい、カニを楽しめない。そのため、今回はオプションのカニ料理を注文しなかったのだ。それだけでなく、ビールなどの飲み物も、必要以上にお腹を膨らませてしまうので注文しなかった。とにかく今回は、カニだけに集中したのである。

 私たちの部屋番号の札が置かれたテーブルの上に並べられていたのは、カニすきの材料とカニのお刺身、それからカニミソなどの小皿だった。それに加え、あたたかい焼きガニと、カニすきを食べたあとにカニ雑炊とデザートが運ばれて来た。

 カニを食べていると、みんなひどく無口になる。私たちが宿泊した日は満室だったので、食堂にはたくさんの宿泊客が居たのだが、ほとんどの人たちが静かにカニを食べていた。おしゃべりをすることよりも、カニの肉を突付き出すことに忙しいのである。驚いたのは、カニのお刺身が、ちょっと力を加えるだけで、中の身がプルルンと形良く取り出されることだった。もちろん、味もおいしい。満足である。

 カニという一つの食材を、カニすきとして、お刺身として、焼きガニとして、更にはカニ雑炊として、あらゆる方向から味わった。必要以上のものを求めなかったからだろうか。「カニはもうしばらくいい」という過飽和の状態ではなく、最初から旅館の方が用意してくださったちょうど良い状態で満足感を得ることができた。不足しているか、ちょうど良いか、過剰になっているかによって、カニを食べ終えたときに残る感情が異なって来る。ちょうど良いという感情は、そのまま満足感にも繋がる。私たちが二年ほど城崎温泉のカニを食べに来なかったのも、前回の過飽和の状態をしばらく引きずっていたからかもしれなかった。

 私は「カニが足りていない」という状態から、「カニで満たされたちょうど良い」状態になった。この冬にやり残したことを一つクリアしたので、これで心置きなく春を迎えることができるだろう。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、城崎温泉カニ尽くしをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 旅館の食事は量が多く、ついつい食べ過ぎてしまいますよね。旅館で食事を始めるときに、「お飲み物はいかがなさいますか?」と尋ねられますが、私たちは食卓にビールがなければ特に困るわけでもないので、毎回、何も注文しません。更に売り上げを伸ばすという面においては協力できませんが、出してくださった料理を残さず食べるという面においては、いつも協力できています。でも、こうした方法に落ち着いたのも、欲張ってオプションの料理を注文してしまい、過飽和の状態に陥ってしまった経験があるからであります。つまり、失敗を成功に生かしながらの今があるというわけなのです。(苦笑)

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2008.03.13

応えた身体

 一ヶ月前に自分自身の身体だけが知っているという記事を書いた。この頃の私は、生理の前後を中心に、毎日のように頭痛に見舞われていた。

 そこで私が導き出した結論はこうである。私の身体は、いつの間にかエストロゲン優勢に傾き、筋腫が増えてしまった。ホルモンバランスを取り戻すために始めたリー博士の推奨する天然のプロゲステロンの補充は、筋腫を小さくするまでには及ばなかったが、ある程度のホルモンバランスを取り戻すことはできた。しかし、現在の主治医であるI医師にエストロゲンだけでなくプロゲステロンも筋腫を成長させると言われ、天然のプロゲステロンの補充を止めた。その頃から私のホルモンバランスは再び崩れ始め、エストロゲン優勢に傾き、度々頭痛に見舞われるようになった。

 先月のMRI検査の結果、天然のプロゲステロンの補充を止めても、私の筋腫は若干成長していることがわかった。そこで私は、先月より、天然のプロゲステロンの補充を再開したのだ。天然のプロゲステロンを補充し始めた途端、私は、私自身の身体が天然のプロゲステロンを求めていることを実感した。というのも、天然のプロゲステロンを塗り始めると、これまで固かった私の筋腫が一気に柔らかくなったからだ。そして、生理の周期に合わせて天然のプロゲステロンを補充し続けている間、私の筋腫はずっと柔らかいままだった。

 一方、天然のプロゲステロンの補充を止めていた頃の私の筋腫はずっと固かった。それは、システム手帳に残した筋腫日記からも明らかなことである。そう言えば、これまで天然のプロゲステロンを補充していた頃は、筋腫が固くなったり柔らかくなっていたりしたものだった。私はその度に、筋腫日記に「筋腫が柔らかくなった」とか「固くなった」とか、筋腫の変化を書き込んでいたのだ。しかし、天然のプロゲステロンの補充を止めてからは、筋腫が柔らかくなったという手応えを感じることができなかった。そうした状態が続いていたのに、天然のプロゲステロンを補充し始めた途端、筋腫が恐ろしいほど柔らかくなったので、私の身体は天然のプロゲステロンを求めているのだとわかったのだ。

 筋腫が柔らかくなるということは、筋腫の体積が減っていると判断できるようだ。これは私の個人的な解釈だが、リー博士が生理の周期に合わせてプロゲステロンの分泌が盛んな時期に天然のプロゲステロンを補充することを推奨したのは、その時期に活発なプロゲステロンの働きを助けるためだと思われる。プロゲステロンの分泌が盛んな時期にプロゲステロンの分泌量が少ないと、本来、プロゲステロンがこの時期に為すべき仕事をこなし切れないのではないだろうか。だから、プロゲステロンの分泌が盛んな時期に天然のプロゲステロンを補充することは、本来のプロゲステロンの仕事を助けて正常な状態に近づけて行くのだろう。

 実際、リー博士の推奨する時期に天然のプロゲステロンを補うことで、私の頭痛はほとんど治まった。生理が始まる直前に、頭のてっぺんに軽く不快感を感じることが二日ほど続いただけで、頭痛には至らなかった。この劇的な変化に私は驚いている。久しぶりの補充だったので、いつもよりも多めに天然のプロゲステロンを補充したのだが、天然のプロゲステロンは多く補充したとしても、エストロゲンと違って身体に悪い影響を及ぼすわけではなく、眠気と戦うくらいの覚悟が必要なだけである。

 自分でも驚いているのだが、まるで魔法のような展開である。プロゲステロンの分泌が盛んな時期に筋腫が柔らかくなったことからも、私にはやはり、天然のプロゲステロンの補充が筋腫を小さくする鍵を握っているように思える。この状態を繰り返し、エストロゲンの分泌が盛んな時期にエストロゲンに悪さをされなければ、閉経まで安泰に過ごせるような気がして来た。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 劇的な変化に驚いています。天然のプロゲステロンの使用を続けても筋腫がなかなか小さくならないので、一時は懐疑的になっていましたが、使用を一時中断したことで、プロゲステロンの持つ役割がはっきりと見えて来ました。懐疑的な状況のまま補充を続けるよりも、遠回りではありましたが、今回のような展開のほうが良かったと思っています。頭痛から解放されたこともうれしいですね。同じような症状を抱えていらっしゃる方の参考になれば幸いです。

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2008.03.12

動画が教えてくれたこと

覆面パトカーの刑事さんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 何かが起こるときは、いろいろな要因が重なるものですよね。私も、マンションのエントランス付近に覆面パトカーのような車が停まっていなければ、ここまで想像を膨らませることもなかっただろうと思います。人間の想像力とは、果てしないものであります。

 先日購入した新しい携帯電話で、動画や静止画の撮影を楽しんでいる。これらをパソコンに取り込むためのUSB接続ケーブルも購入したばかりだ。ところが、またしても新しい難関にぶち当たってしまった。それは、FOMAの携帯電話で撮影した動画をパソコンで再生できるようにするためには、動画変換ツールをインストールしなければならないことと、そうした動画変換ツールを使用するためには、Appleの提供するQuickTimeをインストールしなければならないことだった。

 動画変換ツールをインストールするのはいい。しかし私は、自分のパソコンにはQuickTimeをインストールしない主義だった。というのも、以前、midiシーケンスソフトを使っていたときに、自分で作成したmidiを再生するために明示的に指定したいプラグインがあった。midiの再生音は、midiを作成したときの環境と、midiを再生するときの環境に依存するため、最も美しい音色で再生可能な環境を維持したかったのだ。そこに、QuickTimeという新しいプラグインが加わると、QuickTimeでmidiを再生する設定にしていないにもかかわらず、midi再生時にQuickTimeがしゃしゃり出て来るようになってしまい、自分の意図しない音でmidiが再生されてしまうという現象に悩まされていたのである。

 今になって思えば、その頃のQuickTimeはインストーラの作りが良くなかったのだろうと思う。QuickTimeに対して、midiを再生するための関連付けを行わない設定にしているにもかかわらず、midiを再生しようとすると、QuickTimeは自分の出番がやって来たと勘違いしてしゃしゃり出て来ていたのだから。そうなると、こちらが明示的に使用したいmidi再生用プラグインをいったんアンインストールしてからもう一度インストールし直さなければならず、かなりやっかいな状況に陥っていた。そのため、QuickTimeに対しては、あまりいいイメージを持っていなかったのである。midiシーケンサをいじらなくなって久しくなった今でも、QuickTimeをインストールするとパソコンの設定が大幅に変更されてしまうのではないかという不安が常につきまとうのだった。

 しかし、携帯電話で撮影した動画をパソコンでどうしても見たい。そのためにはどうしたらいいのだろう。いろいろ調べた結果、私はとうとうQuickTimeを必要としない動画変換ツールを見付けた。しかし、その動画変換ツールをインストールしてみたところ、私のパソコン上ではうまく動作しなかった。ああ、困った、困った。他にもいろいろな動画変換ツールがあったのだが、動画変換ツールの多くがQuickTimeのエンジンを使用しているらしく、動画変換ツールを使用するためには、QuickTimeのインストールが必須となっていた。

 もはや、これ以上の抵抗は無理だ。
「君は完全に包囲されている。大人しくQuickTimeをインストールしなさい」
何だかそう言われているような気がして、私はとうとう意を決してQuickTimeを自分のノートパソコンに入れる覚悟を決めたのである。

 Appleのサイトにアクセスしてみると、最近のQuickTimeはiTuneとセットになって配布されているようだ。QuickTimeはおそらく音楽の再生に関しても、
「俺に任しとけ」
と言いながら、これまで他のソフトが行っていた仕事を簡単に請け負ってしまうのだろう。インストール時には、どのようなファイルをQuickTimeに関連付けるかというようなことを聞かれたので、私は慎重に対処した。

 インストールが終わると、
「おめでとうございます」
などとQuickTimeのインストーラに言われた。何とも憎たらしい奴だ。必要以上にユーザのパソコンの設定を変えているかもしれないのに、「おめでとうございます」などと言えるのだから。

 こうしてQuickTimeをしぶしぶインストールすると、ようやく動画変換ツールが動作するようになった。おお、これはいい!

 しかし、わずかFOMAの携帯電話で作成した2MB足らずの動画ファイルをWindowsで再生できるaviファイルに変換してみると、ファイルサイズが一気に数十MBに膨らんでしまっていた。困ったことに、私が普段持ち歩いているノートパソコンは、もともと14GBしか容量がないのだ。これではすぐにハードディスクが変換した動画ファイルでパンパンになってしまう。しかも、「ガンまる日記」で動画を公開したいとは思っているものの、公開するには、いったん編集してから公開したい。そのためには、どんなソフトを使えばいいのだろうか。ああ、動画の公開に関しては、まだまだ敷居が高い。

 現在、インターネットで公開されている動画の多くは、こうした難関を見事に突破してようやく公開されたものなのだろう。変換までのルートを一度確立させてしまえば、あとは慣れなのかもしれないが、ルートを確立させるまでに戸惑い、途中で投げ出してしまう人も多いはずである。

 ただ、自分で楽しむ限りにおいては、動画は写真と違って同時に音まで拾うことができる上に動作が連続しているため、とても楽しい。小さい頃、テープレコーダを初めて親に買ってもらい、いろいろなものを録音しては何度も再生した楽しさを思い出す。

 一筋縄では行かないからこそ、出来上がったときに達成感を感じることのできる作業もある。動画の変換や編集作業もまた、自分で何とかしたい気持ちを掻き立てて、達成感を感じさせてくれる作業の一つなのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 確かに動画は撮影も再生も楽しいですね。いかに手ぶれしないように撮るか、いかに動く被写体を画面の中心に納めるか。そんな技術も問われます。写真は、動いている対象物を瞬間的に切り取るわけですが、動画は、動いている対象物のある連続した時間を切り取ります。連続した時間を切り取っている分、動画の情報量が多いのは当たり前のことですが、むしろ動画がそのような性格を持っているからこそ、その情報量の多さに甘んじてはいけないという気持ちも働きます。また、情報量の多い動画に負けないような写真を撮りたいと、静止画を撮るときの原動力にもなるように思います。今後の静止画の撮影に生かせるような刺激を、私は動画の撮影から受け取っています。

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2008.03.11

覆面パトカーの刑事さん

ホットヨガ(九十五回目)と格安メディア対戦の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実のところガンモは、micro SDを使う携帯電話もデジタルカメラも持ち合わせていないのですが、私が同じ容量のメディアを購入したときに付いていた変換アダプタを使うことによって、ガンモのデジタルカメラでmicro SDが使えるようになるのだそうです。ガンモは、わずか千六百八十九円で、自分のデジタルカメラで使える2GBのメディアが手に入ったと言って喜んでいました。私のおかげなのに。(笑)

 仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、呼び出し音は鳴るものの、何度掛けても電話が繋がらなかった。緊急用に教えてもらっているガンモの業務用携帯電話に掛けてみても、状況はまったく同じだった。

 ガンモは事務所で仕事をすることもあるが、一日中、顧客のところで仕事をすることも多い。顧客の環境によっては、マシン室の奥など、電波状態の良くないところで作業をすることもある。ガンモがそういうところで作業をしていると、今回のように呼び出し音は鳴るものの、ガンモには電話の音が聞こえていないということが良くあるので、今回もそのような状況なのかもしれない。そうした場合、ガンモが電波状態の良い場所に移動すれば、電話が繋がることがあるので、私はそのタイミングを見計らっていた。

 しかし、勤務先の最寄駅に着いて再びガンモに電話を掛けてみたが、やはり状況は変わらなかった。私はひとまず三宮まで出ようと思い、ガンモにメールを送ってから地下鉄に乗り込んだ。

 ところが、三宮に着いてからガンモに電話を掛けてみても、やはりガンモは電話に出なかった。一体どうしたのだろう? もしかすると、携帯電話の使用に厳しい顧客のところで仕事をしていて、マナーモードに設定しているのだろうか? 考えてもわからなかったが、もしそうなら、ガンモが私の着信履歴に気が付いたときに私に電話をくれるだろうとも思っていた。

 いつもならば、ガンモと待ち合わせて晩ご飯を食べて帰るのだが、ガンモと連絡が取れないとなると、はてさて、どうしたものだろう。こういうときは、ガンモからの連絡を待つよりも自宅に帰ったほうが良さそうだ。私はそう思い、私は三ノ宮からJRに乗り換えて自宅の最寄駅へと向かった。

 自宅の最寄駅に着いてからも、私はしつこくガンモに電話を掛けてみたが、やはりガンモは電話には出なかった。ガンモの身の上に何かあったのだろうか。もしそうならば、ガンモの携帯電話はどのような状況にさらされているのだろうか。この際、誰でもいいからガンモの携帯電話に出て欲しいと私は思った。

 当然のことながら、自宅の最寄駅の駐輪場には、ガンモの自転車があった。電話が繋がらないので、ガンモにメモでも置いておこうかとも思った。しかし、メモを残すための筆記用具は持ち合わせているものの、自転車にメモを貼り付けておけるものを持っていなかったので、ガンモの自転車にメモを残すことは諦めた。

 この時点で、私の中にはガンモが電話に出られないという状況に関して、あまり良くない感情が渦巻いていた。これほど電話が繋がらないとなると、きっとガンモの身の上に何かあったに違いない。今頃、ガンモは病院に運び込まれて、ウンウンうなっているかもしれない。もしもそのような状況なら、ガンモを病院に運び込ぶことに関わった人たちは、ガンモの携帯電話の着信履歴を見て私に連絡をくれたりはしないものなのだろうか。あるいは、ガンモの携帯電話が鳴っていることに気が付いた人が、ガンモの携帯電話に出てくたりはしないものなのだろうか。ともかく、ガンモの身の上に何かあったのならば、一分でも早く自宅に戻って、誰かからの連絡を待つしかない。しかし、本当にガンモが事件に巻き込まれているのだとしたら、今の私にその事実を受け止められるほどの大きな器があるのだろうか。私はあまり自信がなかったが、覚悟を決めて自分の自転車にまたがり、自宅へと向かった。

 自宅付近まで自転車を走らせたとき、何だか嫌な予感がした。マンションのエントランスから少し離れたところに、黒い車が停まっているのである。もしかすると、覆面パトカーというものだろうか? 中には人が二人乗っている。きっと刑事さんに違いない。しかし、その車は、私たちのマンションのエントランスに背を向けて停められていた。もしかするとそれは、これから悲劇のヒロインになろうとしている私への精一杯の心遣いなのかもしれない。覆面パトカーに乗っている刑事さんたちは、私がマンションのエントランスに入って行くのをバックミラーで確認したあと、静かに車から降りてやって来て、私の肩をポンと叩くに違いない。

 覆面パトカーに刑事さんがいることで、ガンモの身の上に何かがあったことはほぼ間違いないだろうと私は思った。私の心臓はバクバクしていた。ガンモと出会って十二年。結婚してからは十一年余りだ。私との結婚生活は、ガンモの魂に何を刻み込んだのだろう? 私と出会って、ガンモの人生は輝いていたと言えるのだろうか?

 しかし、私がエントランスのオートロックを解除してマンションの中に入っても、覆面パトカーの中からは誰も降りては来なかった。私と時を同じくして、他の住人さんもエントランスから入って来たが、覆面パトカーに乗っている刑事さんたちの動きはなかった。いや、もしかすると、私の帰りが遅いので、覆面パトカーの中でパンを食べている最中なのかもしれない。

 私はびくびくしながらも、いつものようにエレベータに乗り、私たちの部屋のある階で降りた。部屋の前に刑事さんが居たらどうしようなどと思ったが、刑事さんはいなかった。玄関のドアを開けて部屋に入ってみると、ガンモの仕事用の荷物はなかった。ガンモが仕事に出掛けているのは間違いない。この私が、朝、ガンモを送り出したのだから。

 そして私は、荷物を置くために寝室に入ってみて驚いた。何ということだろう! ガンモの携帯電話が二台とも寝室のパソコン机の上に放置されているのだ。ガンモの携帯電話は、着信を示すランプがチカチカしていた。私は一気に気が抜けて、へなへなと座り込んだ。と同時に、ガンモに何かがあって、電話に出られなかったわけではないということがわかり、またたく間に元気になった。マンションのエントランス付近に停車していた車は覆面パトカーではなく、中に乗っている人も刑事さんではなかったのだ。ああ、やれやれ。

 それにしても、携帯電話を忘れて行ったガンモは、私にメールくらい寄越してもいいのではないだろうか。ガンモは私の携帯電話の番号も、携帯電話のメモリに頼るあまり、空(そら)では覚えていないのかもしれない。過去にもガンモが携帯電話を忘れて仕事に出掛けて行ったことはあったが、パソコンからメールをくれたので、このようなことにはならなかったのだ。

 数十分後、玄関のドアがガチャガチャと音を立てて開いて、ガンモが帰宅した。私は興奮して、ガンモに抱きつきながら、さきほどまでの出来事の一部始終を話して聞かせた。
「私の携帯電話の番号は覚えてなくても、メールくらいくれても良かったのに」
と言うと、ガンモは、
「ごめん。ノートパソコンをずっと社内のネットワークに接続してたからさ」
と言う。ガンモは私があれほど心配していたというのに、意外にもあっけらかんとしている。確かに、社内のネットワークを使って私用のメールを送信するのはまずい。というのも、私の職場でもそうだが、社内のネットワークを流れて行く情報は常に監視されているからだ。そうした情報は、職場で何かあったときの材料になる。とにかく、ガンモが無事でいてくれて良かった。何よりも、それが一番大切なことだった。

 携帯電話の便利さが、私たちの生活にもたらしたものは予想以上に大きい。携帯電話が繋がることが当たり前になると、逆に繋がらなかったときに、私たちの想像力を恐ろしく掻き立ててしまう。私は、単にマンションの近くに停まっていた黒っぽい普通乗用車を覆面パトカーに仕立て上げてしまった。それだけでなく、その車に乗っている人を刑事さんにしてしまった。その刑事さんが、覆面パトカーの中でパンを食べているとさえ思い込んでしまった。皆さんも、携帯電話が繋がらないときに膨らみ過ぎてしまう想像力には気を付けよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 携帯電話は便利な道具ですが、便利なだけに、長い間、繋がらなかったときの不安が大きいですよね。これもまた、便利さの裏側にある不便さでしょうか。でも、ここに書いたようなことは、形こそ違うかもしれませんが、私たちが生きている限り、起こり得ることだと思います。実際にそういうことが起こったときのために、私たちは日々、自分の器が大きくなるように、自分を磨いているのかもしれませんね。

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2008.03.10

ホットヨガ(九十五回目)と格安メディア対戦

卒業アルバムと箱菓子の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今になって思い返せば、私は一体何を勘違いしていたのかわかりませんね。(苦笑)おそらく、若さゆえに、思い込みで突っ走ってしまったんでしょうね。

 日曜日は、早朝からガンモが仕事に出掛けて行った。一方、私はと言うと、午後から梅田店でホットヨガのレッスンを予約していた。ガンモの仕事が早く終われば、ホットヨガのレッスンを終えたあと、梅田でガンモと落ち合うことになっていた。それならば、レッスンの前に映画を観ておこうと思い、レッスンよりも三時間半前に家を出たのである。ところが、自転車に乗って駅の駐輪場に着く頃、自分の履いているズボンの様子がおかしいことに気が付いた。ズボンが大きく裂けていたのだ。

 私は、先日、そのズボンを履いたときに、ズボンの劣化していた布が大きく裂けてしまったことを思い出した。自分自身の名誉のために書いておくが、決してズボンのサイズが合わないために大きく裂けてしまったのではない。あくまでも生地が劣化して裂けたのである。あまりにも救いようのない裂け方だったので、糸で縫い合わせることを諦めて、そのままにしていたのだ。ガンモが洗濯してくれたそのズボンは、裂けていない他のズボンと一緒に置かれていたので、何も考えずにそのズボンを履いて出て来てしまったのである。大きく裂けていたはずなのに、履くときにまったく気が付かなかったのが不思議なくらいだ。

 履いているズボンが大きく裂けているとなると、私は自分の後ろ姿が気になった。当然、映画を観るのは諦めることにした。私は、ズボンが裂けていることを周りに悟られないように細心の注意を払いつつ、持っている荷物でズボンの後ろを隠しながら歩くという実に不自然な格好で、駅前のビルにある婦人服売り場を目指した。そこで替えのズボンを買い求め、トイレで新しいズボンに履き替えて何食わぬ顔で出て来た。やれやれである。

 緊急事態の発生により、映画を観ることを諦めたので、予定よりもずいぶん早く大阪に着いてしまった。そこで私は、大阪駅前のヨ○バシカメラに足を運び、先日購入したばかりの新しい携帯電話のアクセサリを探すことにした。電池の消耗に備えて予備の電池と、パソコン本体とのデータ転送のためにFOMA 充電機能付USB接続ケーブルを手に入れたかったのだ。実は、ズボンを購入したあと、自宅の最寄駅前にあるDoCoMoショップでFOMA 充電機能付USB接続ケーブルの在庫を確認してみたところ、在庫がなく、取り寄せになると言われた。そこで、大阪駅前のヨ○バシカメラなら、在庫があるかもしれないと思ったのである。

 日曜日ということもあって、ヨ○バシカメラの携帯電話売り場はひどく混雑していた。ヨ○バシカメラには、DoCoMoのアクセサリコーナーがあり、ありがたいことに、予備の電池もFOMA 充電機能付USB接続ケーブルも在庫があった。私はガンモに電話を掛け、夕方、確実に梅田に来られるかどうかを確認した。ガンモはヨ○バシカメラのポイントをしっかり溜め込んでいるので、それらのアクセサリをガンモのポイントで購入しようと思ったのである。ガンモは夕方には梅田で待ち合わせできそうだと答えてくれた。

 さて、今回参加したレッスンは、久しぶりのフロウコースである。久しぶりと言っても、フロウコースのレッスンに参加したのは、今回でまだ二回目だ。前回のレッスンのあと、軽い筋肉痛に見舞われたので、普段使っていない筋肉を使うレッスンであると感じた。そこで、その感覚をもう一度体験しようと、フロウコースのレッスンを申し込んだのである。レッスンを担当してくださったのは、前回担当してくださったインストラクターとは違うインストラクターだった。

 横長いスタジオにヨガマットは二十枚敷かれていたが、実際にレッスンに参加していたのは十八名ほどだった。そのうち、男性会員は二人だけで、いつもお見掛けする方たちだった。

 フロウコースのレッスンは、動きが難しい。何度も同じポーズを繰り返すのに、私はなかなか覚えることができない。まるで踊りの練習でもしているような気持ちになる。レッスンにまだ慣れないので、みんなが手を挙げていないところで手を挙げてしまったりと、恥ずかしい思いをしてしまった。

 生理前だったからだろうか。たくさんの汗をかくことなくレッスンを終えた。シャワーを浴びるときにレッスンウェアを脱ぐと、汗をびっちょりとかいていたのだが、調子がいいときに脂肪燃焼コース2のレッスンを受けたときのような、噴き出すほどの汗は出て来なかった。

 梅田店のスタジオを出てからガンモに電話を掛けてみると、今、仕事を終えたばかりでこれから最寄駅に向かうと言う。ガンモが仕事をしていたのは明石だったが、新快速電車に乗れば、およそ四十分ほどで大阪に着くはずだ。

 仕事を終えたガンモとヨ○バシカメラで落ち合って、ガンモのポイントで私の携帯電話のアクセサリを買ってもらった。これで携帯電話で撮影した静止画や動画をパソコンに取り込むことができるようになるのだ。私はすっかり満足してルンルン気分になっていたが、ヨ○バシカメラにはガンモがこれと言って欲しいものがなかったらしく、消化不良の様子だった。そのためガンモは、
「ソ○マップに行こう」
と私を誘った。私は、早い時間から梅田に出て来ていたのでひどく疲れていたが、ガンモの提案に従ってソ○マップまで歩いて移動した。

 ガンモはソ○マップで、2GBのmicro SDをわずか千六百八十円で購入し、私に見せ付けた。というのも、私が先日、DoCoMoショップの店頭にあった2GBのmicro SDを四千九百八十円で購入したことに対抗したわけである。私が携帯電話を購入して帰宅した日、ガンモは、
「DoCoMoショップで売ってるメディアは高いんだから、買うの、禁止!」
と言った。しかし私は、本体メモリだけでなく、すぐに使える大容量の外部記憶装置が欲しかったのだ。携帯電話を購入したあと、ソ○マップのような場所に足を運んで、2GBのmicro SDを買い求める時間は、平日の私にはなかった。

 ガンモは、パソコンショップのチラシを私に見せて、メーカは異なるものの、同じ容量のメディアが、私が購入した金額よりも千百円安く売られていることを示した。それを見た私はちょっぴり悔しくなった。しかし、そんなことよりも、ガンモがソ○マップで同じ容量のメディアをわずか千六百八十円で購入したので、その悔しさはちょっぴりどころか、一気に大きく膨らんだ。ガンモは、格安のメディアを購入できたことで、私に対して鼻高々だったようである。

 しかし、私が先日購入したばかりのメディアにおまけで付いていた変換アダプタをガンモに見せるや、ガンモの顔色が変わった。その中には、ガンモが今回千六百八十円で購入したメディアには付いていなかった変換アダプタが含まれていたのだ。ガンモは、
「まるみは今日買ったUSBケーブルでデータ転送するんだろ? じゃあ、この変換アダプタ、要らないよね?」
と言って、私がDoCoMoショップで購入したときに付いていた変換アダプタをちゃっかり自分のものにしてしまった。私はすかさずガンモに言い返した。
「実は、その変換アダプタが三千五百円するんだよ」
私がDoCoMoショップで購入した2GBのmicro SDは四千九百八十円だった。そのうちの三千五百円を変換アダプタの値段にしてしまえば、ガンモがわずか千六百八十円で同じ容量のメディアを購入したことに対抗できるので、そう言ったわけである。どんなときライバル意識を絶やさない私たちであった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ホットヨガの記事のはずが、ガンモの登場で、まったく違ったものとなってしまいました。(笑)いろいろなレッスンを受けながら、やはり今の私に合っているのは、脂肪燃焼コース2なのではないかという気がして来ました。神戸店でもフロウコースのレッスンが始まったようですが、私はまだ神戸店では参加していません。一度、参加してみて、今の自分が本当に求めているコースかどうか、確かめてみたいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.03.09

卒業アルバムと箱菓子

ショートフルネームの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの応援クリックをいただきましたので、応援クリックしてくださった皆さんに感謝状をお贈りしたいと思います。

=== 感謝状 ===

応援クリックしてくださった皆様

応援クリックをどうもありがとうございました。
ここに感謝の気持ちを述べさせていただきたいと思います。
思い起こしてみれば、いつまでも私の心に残っている出来事が他にもあります。
今回も、そのような出来事の一つを掘り起こしてみたいと思います。

まるみ

 これも、私の中に強烈な思い出として残っている出来事の一つなので、別サイトに書いた私の記事を読んでくださった方もいらっしゃるかもしれない。ちょうど卒業のシーズンなので、たまたま思い出してガンモに話して聞かせたのだ。

 あれは私が大学四年生のときのことだった。学内の掲示板に、「卒業の見込みのない人(つまり、留年が確定している人)は、卒業アルバムの代金を振り込まなくて良い」といった趣旨の告知がなされた。私は何を思ったか、卒業の見込みがあるのに、その掲示板に書かれている内容が自分に該当しているものと思い込み、卒業アルバムの代金を振り込まなかった。この頃の私は、キャンパスライフ以外に大いなる楽しみを見付けていたので、大学の授業にはほとんど出席せず、大学以外の場所で知り合った友人たちと良く遊び、大学の友人たちとの付き合いは浅かった。今のように携帯電話が普及している時代でもなかったので、学内の掲示板の内容を確認するために、それほど付き合いの深くない友人の自宅にわざわざ電話を掛けて確認するといったこともしなかったのである。

 そのとき既に、卒業アルバムに掲載する写真として、個人写真、サークルの集合写真、ゼミの集合写真を撮影していたはずだった。学内では、卒業アルバム製作委員会なるものが発足され、学生たちの手により運営されていた。卒業アルバム製作委員会の仕事は、撮影した写真を集めて卒業アルバム全体のレイアウトを考えて、印刷屋さんに発注するというものだった。

 それから数ヵ月後、卒業アルバムが出来上がり、その引き取りを促す案内が、卒業アルバムの代金を振り込んだ人たちには届けられたようだった。しかし、当然のことながら、卒業アルバムの代金を振り込んでいない私のところにはその案内は届かなかった。そのときになってようやく私は気が付いたのだ。掲示板に告知されていた内容を勘違いしてしまっていたことを。冷静になった今では考えられないことだが、おそらく、卒業する見込みのある人と、卒業する見込みのない人の意味を取り違えていたのだろう。

 私は困った。授業にはあまり顔を出していなかった私だったが、大学に在籍した一つの証として、卒業アルバムは手元に取っておきたい。そこで私は考えた末に、藁(わら)をもすがる思いで卒業アルバム製作委員会の元を訪ねてみることにしたのである。

 卒業アルバム製作委員会の本拠地は、どこかのサークルボックスのようなところだった。ドアをノックすると、おそらく私よりも一学年下の男の子が対応してくださった。
「あの、すみません。今度の卒業生なんですが、掲示板の内容を読み違えてしまって、卒業アルバムの代金を振り込まなかったんです。でも、卒業アルバムはどうしても欲しくて・・・・・・」
と、いかにも困った様子で申し出た。思い切って卒業アルバム製作委員会の門を叩いたのだから、実際に困っていたのだ。すると、対応してくださった卒業アルバム製作委員の方は、意外にもすんなりと、
「じゃあ、予備のアルバムがありますので、それをお分けしますよ」
と言ってくださったのだ。突然、降って湧いたような幸運に、私は狂喜した。最初から諦めずに、頼み込んでみるものである。

 記憶が定かではないのだが、おそらく私はその場ですぐに卒業アルバムを受け取ったはずだ。とてもありがたいことだが、卒業アルバムの代金はどうすればいいのだろう。私が気になって、
「代金は・・・・・・?」
と尋ねると、対応してくださった卒業アルバム製作委員の方は、
「いえ、代金はいいですよ」
などとおっしゃるではないか。しかし、それではあまりにも申し訳ないので、後日、箱菓子を一つ持って行った。箱菓子と言っても、金額にすればせいぜいニ、三千円程度のものである。卒業アルバムの代金を正確に覚えているわけではないが、おそらく一万円前後はしたと思う。金額だけで言うならば、私は驚くほど格安で卒業アルバムを手に入れたことになるのだが、そんなことよりも、卒業アルバム製作委員の方が意外にもあっさりと予備のアルバムを提供してくださったことが私の記憶に深く刻まれた。

 私の勝手な思い込みに過ぎないが、予備のアルバムが卒業アルバム製作委員会の元に留まるよりも、卒業アルバムを切望している私の元にやって来たほうが卒業アルバムとしての役目をしっかりと果たせたのではないだろうか。予備のアルバムと言われていたくらいだから、もしかすると、これから先もずっと、卒業アルバム委員会の本拠地で埃をかぶったままになってしまったかもしれない。この物語は、埃をかぶったまま卒業アルバム実行委員会の本拠地に留まりたくなかった卒業アルバムと、掲示板の内容を読み違えたドジな私の想いが直結した両想いの物語だったのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m あまり出席することのなかった大学の授業よりも、友人たちよりも、サークルよりも、私の中にはここに書いた卒業アルバムを手に入れたいきさつのことが強く胸に焼き付いています。私にとって、大学時代の思い出と言えば、この卒業アルバムなのです。(笑)もう顔もわからなくなってしまいましたが、対応してくださった卒業アルバム製作委員会の男の子に感謝状を贈りたい気持ちです。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.03.08

ショートフルネーム

ガンモに連行された夜の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ガンモとの生活は、いつもユーモアに満ち溢れています。ガンモも私と組むと、面白さが一層増すようです。当たり前のことではありますが、私もガンモと結婚したから、「ガンまる日記」を綴ることができるというものです。(^^) さて今日は、いつもとは違うアプローチで、ちょっと古い話を書いてみたいと思います。

 ガンモと話をしているときに、ふと、私の旧姓のフルネームが話題になった。私の旧姓のフルネームは「おちみえ」である。この中で、「おち」というのが愛媛県に多い「越智」という名字で、「みえ」というのが現在も継続してい使用している名前である。つまり私の旧姓のフルネームは、名字も二文字、名前も二文字、両方合わせても四文字にしかならないという、日本人としては比較的短いフルネームだったのである。

 これから書くことは、私の中に強烈な記憶として留まっている出来事なので、既にどこかに書いているかもしれない。私がまだ小学生低学年の頃の話だ。音楽の授業で先生が配ったプリントの中に、平仮名で自分の名前を書き込むための丸い空欄が八文字分用意されていた。私たち生徒は先生の教えに従って、丸い空欄の中に自分の名前を平仮名で埋めて、一拍分のリズムに合わせて手を叩きながら、自分の名前を一字ずつ読み上げて行った。

 そこで、先生が私たち生徒に尋ねた。
「丸が一個も余らなかった人?」
フルネームが八文字の誰かが手を挙げた。
「丸が一個余った人?」
フルネームが七文字の誰かが手を挙げた。
「丸が二個余った人?」
フルネームが六文字の誰かが手を挙げた。
「丸が三個余った人?
フルネームが五文字の誰かが手を挙げた。
「はい、それでは皆さん・・・・・・」
おいおい、先生、ちょっと待っておくれよ。丸が四個余った人もここにいるんだよ。私は心の中でそう思っていたが、何となく発言する機会を失ってしまい、「丸が四個余った人?」と先生がみんなの前で聞いてくれなかったことだけが強烈な記憶として私の中に留まったのである。

 私はそのフルネームを平仮名だけにして、パソコン通信のハンドルとして使用していた。私は主に写真フォーラムのクラシックカメラ関係の電子会議室(インターネットで言うところの掲示板)で発言していたのだが、現代のようにインターネットが普及して、一家に一台はパソコンがあるような時代ではなかったので、電子会議室にアクティヴに書き込みをしている人たちの数もそれほど多くはなく、常連さんたちのハンドルはたいてい私の頭の中に入っていた。

 あるとき、某クラシックカメラクラブのパーティー会場(パーティと言っても、参加者が食べ物を持ち寄って歓談するアットホームな雰囲気のもの)に参加していると、私が書き込みをしている写真フォーラムの電子会議室を読んでいるという人に出会った。私はその人に、自分が「おちみえ」であることを名乗り出で、「おちみえ」が本名であることも同時に告げた。すると、その人は、信じられないことを言ったのだ。
「『おちみえ』何さんですか?」
「いや、その・・・・・・。『おちみえ』でフルネームなんです」
と答えたものの、その人が本当に理解してくださったかどうかは良くわからなかった。

 そんな私はガンモと結婚して、名字だけでも四文字に昇格した。今なら、小学校のときの先生に、
「丸が二個余った人?」
と聞かれたならば、
「はあい!」
と元気良く手を挙げられるのに。また、インターネットで本名をフルネームで名乗ったとしても、それに続く名前を求められたりはしないだろう。平仮名で四文字の名字を与えてくれたガンモに感謝する次第である。

=== 感謝状 ===

ガンモ殿

あなたは私の名字を四文字に昇格させました。
よって、ここにそれを賞します。

まるみ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今では考えられないことですが、当時の私は本名で活動していました。しかも、オフ会などで出会った人たちにも、本名や自宅の住所・電話番号などを書いた名刺を手渡ししていました。ほんの十三、四年ほど前のことなのに、今はもうそんな時代ではなくなってしまいましたね。何がこんなに時代を変えてしまったのでしょうか。一つ考えられるのは、パソコン通信という世界では、まだ世界も狭かったですし、お互いの本名もわかるようになっていたのです。だから、新しく知り合う人に対して、それほど大きな構えがありませんでした。でも、インターネットが普及して、一気に匿名性が増しました。インターネットという便利なものは、同時に不便なものも運んで来たようです。

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2008.03.07

ガンモに連行された夜

目の回るサービスの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 良く駅前でテュッシュが配られていますよね。時々、分譲マンションなどのチラシと一緒に、ティッシュが透明のビニール袋に収められて配布されていることがあります。チラシだけだと受け取りませんが、透明のビニール袋の中にティッシュが見え隠れしていると受け取る心理があります。しかし、駅のホームに着くや否や、透明のビニール袋からティッシュだけを取り出して、それ以外は駅のゴミ箱に捨てたりします。目の回るサービスは、そういう行為と似ていると思いました。

 「ガンまる日記」を一日遅れの夜に書いてから寝るという生活を続けていると、ついつい力が入ってしまい、夜中の二時過ぎまでパソコンに向かってしまうことがある。そうなると、当然、次の日は寝不足になってしまう。そして、寝不足になった日の夜は、何よりも睡眠時間を確保することを優先させたくなってしまう。特に翌日、仕事が休みの金曜日の夜ともなると、仕事から帰宅したあと、「ガンまる日記」をまだ書き上げていなかったとしても、ガンモに、
「あまりにも眠いから、ちょっと寝るよ」
と宣言して、しばらくベッドに横になて睡眠を取ることがある。

 目を覚ますと、当然、夜中である。ガンモは、私が目を覚ますのを待ちかねたように、
「風呂、入ろう」
と言う。しかし、目覚めたばかりの私はひどく眠い。私は、
「眠いから、今日はお風呂、いい」
と言って、そのまま布団にくるまって眠り続けようとする。しかし、どんなに疲れていても必ずお風呂に入ろうとするガンモの熱心なアプローチにより、私は起こされるのだ。

 しぶしぶ起き上がった私は、ガンモに連行されてひとまず洗面所兼脱衣場へと向かう。「連行されて」と書いたのは、以前、ガンモが着替えを済ませて先にお風呂に入った隙に脱衣場から逃げ出して、そのままベッドに舞い戻ったことがあったからだ。そんな前例があったので、ガンモは私がお風呂に入ることを途中で放棄してしまわないか、細心の注意を払っているのである。

 トイレを済ませたあと、歯を磨く。いつもならば、ガンモはさっさと服を脱いでお風呂に入るのだが、私が歯を磨き終わるまでじっと待っている。私がベッドに舞い戻ることを阻止しようとしているのだ。一方、私はと言うと、ガンモの隙をついて、ベッドに舞い戻るタイミングを見計らっている。とにかく眠いのだ。しかし、今回はガンモのガードがかなり固い。やはり、一度脱走を試みているからだろう。ガンモに、
「ガードが固いね」
と言うと、
「前に逃げられたことがあるからね」
という答えが返って来た。

 結局私はそのまま服を脱ぎ、大人しくお風呂に入った。ガンモは、私が浴室に入ったことを見届けてからようやく服を脱ぎ、浴室に入って来た。今回はガンモの勝利だった。

 お風呂に入らないまま眠ってしまうと、翌朝、起きたときの感じが違う。その日のうちに実践すべきことを後回しにしたまま眠りに就いているので、ゆうべの続きから一日を始めなければならない。夏ならば、ささっとシャワーを浴びえしまえば済むことだが、冬となると、シャワーだけでは寒い。そこで、浴室に付いている予備暖房を使いながらシャワーを浴びることになる。ガンモがお風呂を沸かしてくれているというのに、お風呂に入らずに、翌朝になってこのような手間を掛けてシャワーを浴びるのは、地球の資源を無駄遣いしている上に不経済でもある。

 ガンモが私を連行するのは、このように、私自身が出遅れた一日を始めなくていいようにするためでもある。"Never put off until tomorrow what you can do today."今日できることを明日に延ばすな。そう言いつつも、私はこの「ガンまる日記」を夜のうちに書かずに翌朝に書いている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 眠い目をこすりながらお風呂に入るのは、かなり苦しいことではありますが、結果的にはガンモのおかげで快適な朝を迎えられることにも繋がっています。私の弱い部分をガンモがカバーして、ガンモの弱い部分を私がカバーしているとも言えます。どうやら、私たち夫婦にはそんな一面もあるようです。例え似たもの同士の夫婦であっても、似ていないところがお互いの役に立っているのですね。ちなみに、今回のタイトルは、間違っても、「ガンモが連行された夜」ではありません。お間違えなきよう。(笑)

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2008.03.06

目の回るサービス

○○フェアの記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの応援クリックに感謝しています。普段は主婦らしくない私ではありますが、こういうところでちゃんと主婦業を営業しているのですよ。なあんて、自己を弁護してみたりして。こうした恩恵をこうむることができるのも、現在の職場で働いているおかげです。現在の職場に感謝であります。

 使用している携帯電話が古くなって来たので、新しい携帯電話に機種変更することにした。私が使用していたのは、三年ほど前に購入した携帯電話で、コンパクトではあるものの、内臓カメラを使って写真を撮影しても画像がひどく不鮮明であるため、いつも不満に思っていた。そのため、機種変更したい気持ちはずっとあったものの、なかなか私のライフスタイルに合った携帯電話に巡り合うことができず、足踏みしていた。例えば、現在主流のワンセグ携帯などは、テレビを観る習慣のない私のライフスタイルには合わなかった。しかし、どのメーカもワンセグ携帯の開発に命を燃やしていたため、ワンセグ以外の携帯電話にこれといって心を奪われるような機種が出て来なかったのだ。

 そんな悶々とした日々を過ごしていたある日のことである。とうとう私の心を激しく揺さぶる機種が登場したのだ。本格デジタルカメラ付き携帯電話である。そう、SonyのCyber-shot付き携帯電話SO905iCSだ。店頭でこの機種を見付けたとき、私は瞬く間に恋に落ちた。何度も何度も手に取って眺めながら、スペックを確認した。更に私は、サンプルで提示されていた画像を見て驚いた。本当にこれが携帯電話で撮影した写真なのだろうか? ひょっとすると、私が普段、使用している一眼レフ型デジタルカメラよりも写りがいいかもしれない。そんなことを思いながら、店頭に並べられている本体に何度も何度も繰り返し手垢を付けていた。

 しかし、機種変更するにしては値段が高い。ちょっとしたデジタルカメラを購入するくらいの価格である。そこで私は、その機種を諦められるような別の機種を探そうと、店内を更に探し回った。しかし、他の携帯電話を手に取ろうとも、私の身体はすぐにSonyのCyber-shot付き携帯電話の前に戻ってしまうのだった。店員さんは、諦め切れずにその携帯電話の前に戻って行く私の姿を見ながら、私がその携帯電話に心惹かれていることを見抜いていたことだろう。

 帰宅した私は、店頭から持ち帰ったカタログをガンモに見せながら、
「SonyのCyber-shot付き携帯電話が欲しい。機種変更はこれにする!」
と言った。ガンモも古い機種の携帯電話を使っていて、そろそろ機種変更したい気持ちがずっとあるようだが、私がひどく気に入ったSonyのCyber-shot付き携帯電話に対してはあまり興味を示さなかった。どうやらデザインが気に入らなかったらしい。

 私は、ガンモが機種変更するタイミングに合わせて、同じ機種の色違いの携帯電話に機種変更しようと思っていたのだが、SonyのCyber-shot付き携帯電話以外の携帯電話は欲しくないと思った。そこで私はガンモに、
「決めた。私はやっぱりSonyのCyber-shot付き携帯電話にする」
と宣言したのだ。

 それから数日後、とうとう私は勤務先近くにあるDoCoMoショップに立ち寄り、SonyのCyber-shot付き携帯電話を申し込んだ。この機種は完全予約制なので、入荷までにしばらく時間が掛かると言う。私は根気強く待った。

 申し込みをしてからおよそ一週間後にDoCoMoショップから連絡が入り、私はとうとうSonyのCyber-shot付き携帯電話を手に入れることができた。このときの事務手続きが実に複雑だった。古いmovaを使っていた私は、プランAという古い料金プランを選択していたため、まずは料金プランの変更から始まった。携帯電話がmovaからFOMAに変わるので、FOMAの体系に従った料金プランに変更してもらったのだ。そして、割引サービスとしてはパケ・ホーダイを選択した。更に、ファミ割MAX50という割引サービスを利用することにした。これは、向こう二年間はDoCoMoの携帯電話を解約しない代わりに、基本使用料を割引してもらえるサービスだ。しかし、やむなく二年以内に解約する場合は、解約金として税込で九千九百七十五円をDoCoMoに支払うことになるのだそうだ。なるほど、携帯電話の乗り換えを防止するために、各社がいろいろなサービスを提供する時代になったというわけだ。

 更に、二つのオプションサービスに加入すると、千円割引してもらえるというので、それらのサービスにも加入することにした。それらのサービスが不要な場合は、翌日に解除してしまってもかまわないそうだ。それから、保険をどうするかと聞かれ、私はしばらく考え込んだ。窓口の女性には、「本体価格が高額なので、万が一のことを考えると、保険に加入しておくことをお勧めします」と言われた。しかし、どうだろう。私がなかなか即答できないでいると、窓口の女性は、会費は無料だが、DoCoMoのクレジットカードに加入すると、携帯電話の保険のサービスも受けられるという新たな提案をしてくれた。こちらも、一年間は会費が無料なので、一年経って必要なければ、解約してもらってもかまわないと言われた。私は考えた末にクレジットカードに加入することにした。

 いろいろな割引サービスがくっついた上に、貯まっていたDoCoMoポイントをまるまる使ってもらったので、店頭で私が支払った金額は四万円台になっていた。分割払いという選択肢もあったようだが、利子が付くのは嫌なので、クレジットカードで一括払いにしてもらった。

 こうして私は念願のCyber-shot付き携帯電話を手に入れることができたのである。使ってみて驚いたのは、これまでの古いmovaで見ていたiモードの画面とは、まったく異なっていることだ。古いmovaでiモードページにアクセスしていた頃は、「指定サイズを超えたため、表示できませんでした」というエラーメッセージが表示され、一部の画像が表示されないことが多かった。しかし、FOMAの携帯電話は違う。すべてが目を見張るほどのカラフルなページだ。これまでとまったく同じページにアクセスしているというのに、まるで白黒の世界からフルカラーの世界にワープしたような違いを感じる。

 何よりもうれしいのは、きれいに写るデジタルカメラが付いていることだ。うれしくてうれしくて、自宅の洗面所で自分を撮影してみたり、職場のトイレで自分を撮影してみたり、寝ているガンモを撮影してみたり、鳩を動画で撮影したりして楽しんでいる。しかし、私としたことが、携帯電話の本体とパソコンを結ぶケーブルを購入するのを忘れてしまった。そのため、まだここに画像を公開することができないのだ。いや、実は外部メディアとして使用しているmicro SDとの変換アダプタがあるのだが、micro SDが爪のように小さいので、できれば変換アダプタを使うことなく、常に本体に入れっぱなしにしておきたいのだ。携帯電話で撮影した画像をパソコンに転送できるようになれば、「ガンまる日記」でもご紹介できることだろう。それまでは、一人でじっくりとに画像や映像を楽しませていただくことにする。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私だけがFOMAに切り替えたので、プライベートではまだmovaを使っているガンモは、ちょっとご機嫌斜めでした。(苦笑)ガンモは、仕事ではFOMAを早くから使っていますが、プライベートな携帯電話をFOMAに機種変更しようと、闘志を燃やしているところであります。それにしても、機種変更のときの各種割引サービスの多彩なバリエーションには驚きました。その割引サービスを受けるために、一時的に何かに加入することを推奨されるのですが、実際に必要なければ解約してしまっても良いというサービスがいくつかありました。実際に私は、二つのオプションサービスをすぐに解約させていただきました。そうした割引サービスは、目的と手段がごちゃごちゃになってしまっているような気がします。すぐに解約する場合、手段だけが残り、本来の目的がただちに消え去ってしまっているような気がしますね。それでも、宣伝効果はあるのでしょうが、顧客にとっては理解するのに目の回るサービスでありました。これらの割引サービスを覚えて顧客に伝える窓口の女性も大変だと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.03.05

○○フェア

映画『明日への遺言』の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 評価の高い映画なので、私とは違う感じ方をされた方も多かったかもしれません。死刑については、片側にだけ突起のあるブロックを組んでいるような違和感を覚えます。ふと考えていたのですが、実現できるかどうかは別として、投獄するよりも、遺族の方たちと生活を共にすることのほうがずっと学びが多い気がします。投獄や処刑は、現実から目をそむける行為だとも思えます。生活を共にすることは難しいとしても、互いに顔を合わせることで、遺族の方たちにとっても、加害者にとっても、大きな変化が起こるような気がしてなりません。

 私の勤務先には、およそ半年に一度のペースで、特定のメーカーさんが行商に来られている。いろいろなメーカーさんをお招きしているので、並べられる商品は時に消耗品だったり、ファンシーグッズだったりと様々である。ほとんどの場合、そうした催し物は一日限りの開催であり、販売時間は昼休みに限られている。通常よりも安い値段で売られているので、昼休みになると、催し物の特設会場は同じビルに勤務している人たちで賑わっている。

 そうした催し物のことを、メーカーさんの名前を先頭に付けて○○フェアと呼んでいる。例えば、「まるみ」というメーカーさんが行商に来られるときには、「今日は『まるみフェア』がある」などと言う。ところで、今回は消耗品のフェアが行われた。何を隠そう、私はこのメーカのフェアをいつも楽しみにしている。

 屋外の特設会場には、シャンプーやリンス、ボディーソープ、歯磨き、固形石鹸、ヘアスプレー、洗剤などが格安料金で並べられていた。私は、シャンプーとボディソープの詰め替え用セットを四個五百円で購入した。それだけではない。ガンモに電話を掛けて、固形石鹸を買っておいたほうがいいかどうか尋ねた。お風呂に入るとき、私はボディソープを主に使用しているが、ガンモは固形石鹸を好んで使用しているからだ。ガンモが「その値段なら買っておいてもいいと思う」と言うので、十個入りの固形石鹸を二箱五百円で購入した。

 ここまでは、まだまだ序の口だ。何と言っても、目玉は洗剤なのである。ここで売られているのは、スーパーなどで売られている単品売りの洗剤ではない。一.〇キログラム入りの洗剤が、ダンボール箱に八個入って一箱千五百円なのだ。スーパーで買ったならば、例え安売りでも一個二百九十八円はする洗剤だ。八個千五百円なら、一個百八十七.五円の計算になる。ただし、ここではバラ売りはない。ダンボール一箱で千五百円だ。

 私の職場は神戸市の郊外にあるため、車で通勤している人が多い。職場としても、敷地内に駐車場を用意し、車通勤を認めている。だから、八個入りの洗剤を、一箱どころかニ箱、三箱購入している人もいる。しかし、私のように電車で通勤している人たちは、八個入りの洗剤のダンボールの前で立ち止まっていったん悩む。悩んだときは、ガンモに電話を掛ける。
「ガンモ、八個入りの洗剤が千五百円なんだけど」
するとガンモは、
「安い。買っとけー」
と言う。私は、
「よっしゃ、わかった」
と言って電話を切り、ダンボール箱を一箱抱え込んだ。手で持つには、一箱が限度だ。自宅に持ち帰るときは、ダンボールから一個ずつ取り出して、持てるだけ持ち帰る。なあに、ダ○エーで三.八リットルもの水をもらって帰っているくらいだから、洗剤が増えるくらい、ちょろいもんだ。

 昼休みが終わる頃には、オフィスはざわついている。私だけでなく、この催し物を楽しみにしている人たちは多い。買い物をした人たちは、他の人たちがどんなものを買ったのかが気になり、互いに戦利品を見せ合っている。私の戦利品は、シャンプーとボディーソープの詰め替えセット、それから固形石鹸、そして八個入りの洗剤だ。これらをオフィスの机の下に置いておいて、少しずつ持ち帰る。

 中には、オフィスの台車を持ち出して、自分の席まで運び込む人もいた。社員で主婦の方だ。見ると、台車の上には洗剤のダンボールが四箱も積み重なっている。どうやら、その女性と、派遣仲間の女性で洗剤を二箱ずつ購入したらしい。私も勇気を出してダンボール入りの洗剤を買ったほうだが、彼女たちには恐れ入った。しかも、彼女たちは車で通勤しているわけではないのだ。派遣仲間に聞いてみると、購入した洗剤を近所の人にも分けてあげるのだそうだ。

 こうしたフェアでは、女性だけでなく、男性たちも楽しそうに買い物をしている。自分がこうしたフェアが好きだからというわけではないが、私はこうしたフェアで熱心に買い物をしている男性たちが好きだ。とりわけ既婚者の方たちは、職場でメーカーの消耗品を購入することで、家を守ってくれている奥様に協力していることになる。それは言い換えると、奥様の家事に対して決して無関心ではないということでもある。主婦の方たちは、いいものを安く買いたがる。主婦の方たちが群がるような商品に、男性たちも群がっているということは、夫婦のコミュニケーションがきちんと取れているということに他ならない。だから好感が持てるのである。

 もしもガンモの職場でも、同じようなフェアがあったとしたら、おそらくガンモは真剣に商品を選び、○○フェアが開催される日に限って、車で出勤して行くことだろう。何故ならガンモは、私がそうしたフェアを好きなことを良く知っているからだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく、○○フェアはうれしい安さなのであります。半年前にも同じフェアが開催されたのですが、そのときはダンボール箱入りの洗剤を買う決心がつかず、ボディーソープとシャンプーの詰め替えセット、歯磨きセット、歯磨きチューブなどを大量に購入して終わりました。もちろん、大量に購入した消耗品は、小分けして少しずつ持ち帰りました。今回、洗剤を買う勇気が持てたのは、日々のダ○エーの水運びで自信をつけたからかもしれません。(笑)

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2008.03.04

映画『明日への遺言』

待つこと三時間の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これが、ソウルメイト夫婦の日常であります。(笑)そのため私たちは、場所によって、「待つ」場所を決めています。三宮ならここ、○○ならここ、というふうに。一日の行動は別々であっても、帰宅までのわずかな時間を共有して一日を締めくくる私たちの姿は、皆さんにはどのように映ったでしょうか。さて、今回もまた、映画のレビューを書かせていただくことにします。もともと戦争ものの映画のレビューを書くのは苦手なのですが、どうして苦手なのか、この映画を観てようやくわかったような気がします。ちょっと、異端児的なレビューになるかと思いますが、書いてみますね。

 日曜日は、ガンモの運転する自家用車で、大阪の箕面(みのお)にある箕面マーケットパーク visolaに出掛けた。公開中の映画『明日への遺言』を観るためである。この日は、私たちが出向いた映画館において、この映画の監督を手掛けた小泉堯史監督と藤田まことさんの舞台挨拶が行われたらしい。当然のことながら、その上映回の座席券は既に完売だったので、私たちは舞台挨拶よりもあとの回の上映を鑑賞することにした。

 日曜日だったからだろうか。箕面に着くまでに道がひどく混み合っていた。そのため、予定よりも到着が大幅に遅れ、映画館の駐車場に着いたのは、上映のわずか十数分前だった。しかも、駐車場もかなり混雑していたため、予告編の鑑賞を半ば諦めかけていたところだった。すると、まるで私たちを導くかのように、私たちの目の前に停まっていた車が一台、出て行ったのだ。停車すべき場所を求めて私たちのすぐ前を走っていた車は、既に先へと進んでしまっていた。駐車場は一方通行なので、もはや先行の車がバックすることはできない。そこで私たちは、振って沸いたような幸運に感謝しながら、空いたばかりのその場所に車を収めたのである。

 この映画は、ガンモが観たいと言うので、派遣会社の福利厚生ページから前売券を購入しておいたものである。公開されてまだ二日目とあって、映画館には多くの人たちが足を運んでいた。しかも、年齢層がかなり高い。

 第二次世界大戦の頃、名古屋で再三に渡り、空爆をけしかけて来たアメリカ軍の兵士たちが、パラシュートで降下して来た。本来ならば、そうした兵士たちは捕虜にするのが当時の決まりだったらしい。しかし、彼らを処刑したとして、東海軍の司令官だった岡田資(たすく)中将が軍人としての責任を問われ、裁判にかけられている。

 この映画のほとんどは、そうした裁判のシーンで成り立っている。その裁判は、裁く人たちと弁護人がアメリカ人、そして裁かれる人が日本人という私たちにとっては見慣れない光景だった。処刑された兵士たちがアメリカ人だったことから、アメリカ人が裁判を開いているのである。裁判に出席している人たちは、通訳に頼るために、ヘッドフォンを耳につけている。

 不思議なことに、生死を賭けた裁判のはずなのに、どことなくアットホームな雰囲気さえ感じられる。岡田資中将が傍聴席に座っている自分の家族や親戚をアメリカ人たち紹介したり、また、傍聴席に座っている親族から、生まれて間もない孫を抱かせてもらったりする。そうした行為を、法廷で自分を裁こうとしている人たちの前でごく自然に行っている。つまり、この裁判には「許容」があるのがわかる。その「許容」はどこから来ているのか。やがて私たち観客は、岡田資中将自身が生み出した「許容」が循環しているのだということに気が付いて行く。

 岡田資中将は、裁判で部下たちを全面的にかばい、中将としての責任を一人で背負った。裁判において、自分の行為を正当化してしまう人が多い中で、岡田資中将は自分の不利になるような発言でさえも厭わない態度で自身の裁判に臨んだ。

 私はこの映画を鑑賞し終えてから、他の人たちのレビューを参考にさせていただきながら、じっくりと復習しているところだ。正直に書いてしまえば、私はこの映画を観て、他の人たちが書かれているほど大きな感動を味わうことができなかった。裁判のシーンが多い上に、裁判で使われている用語が難解だったことも理由の一つである。

 別の理由として、戦争による無差別殺人と、アメリカ軍の兵士たちを捕虜にせずに処刑したこと、更には法が定める死刑というものを、私の中で明確に区別することができなかったことも大きい。私から見れば、どれも殺人であることには変わりがない。それなのに、国のために戦い、相手国の人たちを死に至らしめることについては罪を問われず、捕虜にすることなく処刑した人は罪を問われ、はたまた、法に基づき死刑を執行するという大義名分を振りかざして新たな殺人を犯す人たちについては罪を問われないというのがどうしても納得が行かない。それらが連鎖し合っているにもかかわらず、ある特定の期間だけを切り取って判断することに強い反感を覚えるのだ。国が戦争を始めたことにより、名古屋が激しい空爆を受けた。そのとき、空爆に関わったアメリカ軍の兵士たちがパラシュートで降りて来た。そして、岡田資中将が指揮を取り、彼らを処刑した。

 起こっているすべての出来事に理由がある。国が戦争を始めたことにも理由があり、名古屋が激しい空爆を受けたことにも理由がある。アメリカ軍の兵士たちがパラシュートで降りて来たことにも理由があり、その人たちを処刑したことにも理由がある。しかし、裁判では、国が戦争を始めたことまではさかのぼらない。国が戦争を始めさえしなければ、起こらなかったであろう出来事であるにもかかわらず。

 そうした不完全な追求は、芋づる式に連鎖し合っている。だから、どこかでその連鎖を絶たなければならないのに、誰にもその連鎖を絶つ勇気がない。何もこの映画に限ったことだけでなく、現実世界でも同じである。

 死刑をも含めて、もしも人を死に至らしめることに筋の通った理由があるならば、人を死に至らしめるという点においては、立場や状況を問わず、どれも同じなのではないだろうか。法に基づくだとか国のためだとか、私たちの魂の想いとは別のところにある無機質なものを重んじる意味が、私には良くわからないのである。

 死刑は、現代でも当たり前のように行われている。しかし、「本当にそれでいいの?」とは誰も言わない。去年観た映画『私たちの幸せな時間』では、刑を執行する人たちの苦悩が描かれていた。また、殺人を犯した死刑囚が、遺族と対面するという難しいシーンも描写されていた。私はそこに人間の真実を見た。遺族である母親は、人間としては自分の娘を殺した死刑囚を許したい。しかし、彼女にはまだその準備が整っていない。死刑囚と対面したあと、許したいのにまだ許せないという葛藤を抱えることになる。それが人間の真実というものではないだろうか。だから、例え死刑が確定し、その刑が執行されたとしても、それで終わりではないのである。世の中の人たちにもそれがわかっているはずなのに、今後もそうした行為を法に基づく正当な行為として認めて行くべきなのだろうか。

 私が最も納得が行かなかったのは、「人を死に至らしめたこと」を裁こうとしているのに、同じように人を死に至らしめる死刑という方法でもって、新たな殺人を行おうとしているところだ。「裁く」という誰かの行為を認めるならば、戦争中に個人が裁こうが、法廷で裁こうが、区別などないのではないだろうか。それなのに、法廷で裁くことだけが正当化されるのはおかしい。私には、法というものが人間の想いよりも大切なものであるとは思えないからだ。

 おそらくこの映画は、そういうところで立ち止まるべき映画ではないのだろう。裁く人たちとも友好的に接することができた岡田資中将の人柄にスポットを当てるべきなのだろう。私がこの映画に感動できなかったのは、人を死に至らしめるという点において、公平にとらえようとしまったからだ。それは、今でも日本にまかり通っている制度の問題であって、小泉堯史監督のせいではないと思いたい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私はやはり、戦争に関する映画は苦手です。理不尽な想いがふつふつと沸いて来るからです。でも、多くの人たちは、この映画で感動されているようです。私は別のところに視点が向いてしまったために、このような感想を抱くことになりました。おそらく、ご覧になった皆さんも、私とは違う感想だと思います。異端児的なレビューでごめんなさい。m(__)m

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2008.03.03

待つこと三時間

映画『アメリカン・ギャングスター』の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 記事の中には綴りませんでしたが、長い長い映画を観ている間に、実はこんなことが起こっていました。今日は、映画『アメリカン・ギャングスター』鑑賞の裏話をお伝えしますね。

 レイトショーで映画『アメリカン・ギャングスター』を観ようと、映画館のシートに腰を埋(うず)め込んだ直後のことである。携帯電話にガンモからの着信履歴が残っていることに気が付いた。それだけではない。ガンモからのメールも届いていた。出歩くときは、携帯電話を肌身離さず持っているわけではないので、映画館で携帯電話をマナーモードに設定するときにようやく気が付いたのだ。それにしても、今の時間、ガンモは仕事中のはずなのに、一体どうしたのだろう。そう思いながら、ガンモからのメールを開封してみると、何と、「今、ダ○エーにいるの」などと書かれていた。何故、仕事中のガンモがダ○エーにいるのだろう? ますます不思議に思いながらも、ガンモからのメールに返信しようと携帯電話を操作していると、ちょうどガンモから電話が掛かって来た。映画館では、そろそろ予告編が始まろうとしている頃だった。私は戸惑いながらも、声を潜めて電話に出ることにした。
「もしもし?」

 ガンモは、夜中まで掛かるはずだった仕事が意外にも早く終わったのだと言う。だから、私と一緒に晩御飯を食べようと思って電話を掛けて来たのだった。私はこれから映画を観ようとしているところだと声を潜めて言うと、どういうわけかガンモは、キッコロみたいに怒り始めた。最近のガンモはキッコロの真似ばかりしているので、性格まで似て来たのかもしれない。ガンモは、
「わかったよ。じゃあ俺、飯、食うから」
と言って、不機嫌そうに電話を切ったのだった。

 ガンモには、映画を観る前に、二十時から二十二時四十五分まで映画を観るとメールを入れておいたはずだった。もともと、今夜は仕事が遅くなると言ったのはガンモのほうなのだ。もしかすると、タクシー帰りになるかもしれないなどと言っていたくらいなのに。私は、ガンモの仕事の状況に合わせてレイトショーを観るという計画を、予定通り実行に移しているだけなのに、ガンモが不機嫌になる理由が良くわからなかった。私は既にレイトショーのチケットを購入して映画館に入ってしまっているし、晩御飯も食べてしまっていた。あとは映画が上映されるのを待つだけだったのだ。だから、いくら映画サービスデーで千円しか払っていないとは言え、予定よりも早く仕事を終えたガンモと合流するために、映画を観ずに映画館を出て行く気にはなれなかった。私は、完璧な展開にならなかったことを残念に思いながらも、そのまま映画館に居座り続けた。

 映画が始まって、一時間半ほど経過した頃だろうか。マナーモードに設定している携帯電話が反応した。私は、携帯電話から光が漏れないように、ひざ掛け代わりに使っているコートで携帯電話を覆いながら、携帯電話をチェックした。すると、ガンモからメールが届いていた。そのまま光を漏らさないようにして、ガンモからのメールに目を通してみると、ガンモは今、かつて私と一緒に行ったことのあるセルフサービスのカフェにいると言う。そこならば、長い時間を過ごせるので、私が映画を観終わるまでそこで待つことに決めたらしい。しかし、ガンモよ、私が観ている映画は長いのだぞ? 私は、光を漏らさないように注意を払いながら、映画の終了時間が遅いという内容のメールをガンモに送った。

 それから一時間ほど経った頃だろうか。再びガンモからメールが届いたのだ。またしても、光を漏らさないように注意しながら読んでみると、カフェが閉店になってしまったので、もう帰ると書かれてあった。映画が終了するまでには、まだまだ四十分以上も時間があったので、私は了解したとガンモに返信した。

 ようやく映画を観終えた頃、またしてもガンモからメールが届いた。今度は、自宅の最寄駅のホームにある待合所に居ると言う。私は、ようやく映画を観終えて映画館を出たところだと伝えた。ガンモとは、最寄駅の待合所で再会できることになった。ところが、私が最寄駅に着いた頃、またしてもガンモからメールが届いたのだ。そのメールには、ホームの待合所が寒いので、改札口にいると書かれていた。

 そして私は改札をくぐり、ようやくガンモと再会した。ガンモは、
「三時間も待った」
と私に言う。私は自分を正当化するかのように、
「あのね、ガンモ。だいたいガンモは今日、仕事で遅くなるって言ってたのに、何で今日に限ってこんなに早く上がったの?」
と言った。するとガンモは、
「今日は仕事がうまいこと行ったんだよ」
と言った。私は、自分を正当化しながらも、ガンモがずっと待っていてくれたことがとてもうれしかった。

 私の仕事がそれほど忙しくないとき、仕事帰りにガンモと待ち合わせをすると、予定よりも仕事が長引いてしまうのはいつもガンモのほうだ。私が職場を出た直後にガンモに電話を掛けて、
「じゃあ、一時間後にね」
と約束を交わしても、三宮に着いてみると、ガンモはたいていまだ仕事をしている。しかも、まだ仕事が終わりそうにない雰囲気だ。

 そのため、私がガンモを一時間、二時間待つのは良くあることだ。一方、私はというと、暖かくて座る場所があり、普段、持ち歩いているノートパソコンの電池さえ余裕があるならば、根気強くガンモを待ち続けることができる。ガンモは一見、温和そうに見えるが、実は気が短いので、長い時間、私を待つことができない。だから、私の仕事が長引くときは、私を置いてさっさと帰宅してしまうことが多い。そんな気の短いガンモが、私の観ていた映画が長かったにもかかわらず、私をずっと待っていてくれたのだ。

 気の短いガンモも、私を待つことができたことがうれしかったのか、ガンモはその日、
「まるみを三時間も待った」
と何度も何度も口にしていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモが三時間も待ってくれたのは、翌日、仕事が休みだったことも関係していたようです。ただ、ガンモが三時間待ってくれたとしても、私たちは最寄駅から自転車で一緒に帰るだけなのです。そのためにガンモは三時間待ってくれたわけですが、途中に届いたメールがまるで次なる指令みたいで面白かったですね。最寄駅に着いて、ようやくガンモに会えると思えば、改札にいるという新たな指令が届いたり・・・・・・。でも、共働きの私たちにとっては、一緒に家に帰るということがとても大切なことのような気がしています。

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2008.03.02

映画『アメリカン・ギャングスター』

ホットヨガ(九十三回目/九十四回目)の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 通勤途中の見知らぬ男性の言葉には参りましたね。良くもあんな表現を思いつくものだと感心してしまいました。でも、例えば私が、いかにも旅に出掛けて行くことがわかるように、スーツケースをコロコロと転がしていたならば、彼は何と言って話し掛けて来たのでしょうか。それを考えると、彼のあの言葉は、「旅行に出掛けて行くのではないにしては、ずいぶん荷物が多いね」という遠回しの表現だったと思うのです。

 ホットヨガのレッスンのあと、私は三宮界隈の金券ショップを渡り歩いていた。土曜日だったが、夕方から深夜に掛けてガンモに仕事の予定が入っていると聞いていたので、映画を二本観てから帰宅しようと思っていたのだ。現在公開中の映画であっても、金券ショップで格安の前売券を購入できることがある。映画をたくさん観たいと思うと、ついつい格安の前売券を手に入れたくなるのだ。

 私はある金券ショップで、公開されたばかりの『ライラの冒険 黄金の羅針盤』の前売券を、派遣会社の福利厚生ページよりも安い千百円で購入することができたことを喜んでいた。昼間の明るいうちに、『ライラの冒険 黄金の羅針盤』を観ておいて、休憩を挟んだあと、千二百円で観られるレイトショーで別の映画を鑑賞すれば、満足して帰宅できるだろうと思っていたのだ。

 ところが、『ライラの冒険 黄金の羅針盤』を上映している映画館に足を運んでみると、これまでにないほどの混雑ぶりだった。私はそれらの人たちの多くが『ライラの冒険 黄金の羅針盤』を鑑賞するために映画館に足を運んだに違いないと思い込んでいた。『ライラの冒険 黄金の羅針盤』は、公開前からの宣伝がずいぶん派手だったので、十分に有り得る話だと思っていたのだ。

 しかし、いざ、受付カウンターで、さきほど購入した『ライラの冒険 黄金の羅針盤』の前売券を座席指定券に取り替えてもらおうとして、とんでもないことに気が付いてしまった。受付カウンターの横に、「サービスデー 千円」と書かれた札が立て掛けられているではないか。

 そのときになって、私はようやく気が付いたのだ。毎月一日は、映画サービスデーであり、男女問わず、千円で映画が観られるということに。それなのに、私は数十分もの間、三宮のあちらこちらの金券ショップを渡り歩いて、格安の映画の前売券を探し回っていたのである。しかも、『ライラの冒険 黄金の羅針盤』の前売券を千百円で購入できたことを喜んでさえいたのだ。千円で映画を観られる日に、千百円の前売券を購入できて喜んでいた。ああ、情けない。

 私は、受付カウンターの前でしばらく固まっていた。しかし、ショックのために直立不動の私のことなどおかまいなしに、とうとう私の順番が巡って来た。観たい映画を受付カウンターの女性に告げなければ・・・・・・。混雑しているので、受付カウンターの女性は私に決断を急いでいるようだった。映画を千円で観られる日に、千百円で購入した前売券を差し出すのはもったいない。そこで私は、上映スケジュールとにらめっこしながら、まだ観ていない、そして、まだ前売券を購入していない映画を一つ選んだ。その映画は先行上映の『ジャンパー』だった。私はその映画を鑑賞したが、ここにレビューを書くにはとても難しい作品だった。そこで、そのあとのレイトショーで観た『アメリカン・ギャングスター』のレビューを書いてみたいと思う。

 映画サービスデーのことをすっかり忘れてしまっていたショックがあまりにも大きかったので、ついつい前置きが長くなってしまった。ちなみにこの映画は、公開されてから既に一ヶ月が経過している。それにも関わらず、たくさんの人たちがレイトショーに足を運んでいた。タイトルにもあるように、アメリカのギャングの話なので、私にとってはおそらく映画サービスデーでもなければ、観る機会に恵まれることのなかった分野の映画だろう。しかし、そんな先入観などまったくおかまいなしに、また、百五十七分という長い上映時間も気にならないほど、見ごたえのある映画に仕上がっていたのである。

 この映画は、事実に基づいた作品なのだそうだ。ベトナム戦争を利用して大規模な麻薬密売ルートを築き上げた闇の帝王フランク・ルーカスを、映画『デジャヴ』のデンゼル・ワシントンが演じている。一方、警察関係者であっても、ギャングたちと利害関係を結ぶことが当たり前の時代に、正義を貫き通した刑事リッチー・ロバーツを、映画『シンデレラ・マン』のラッセル・クロウが演じている。二人とも、驚くほどそれぞれの役にぴったりはまっていた。私は、「ラッセル・クロウみたいな刑事さんは、絶対にアメリカにいる!」と心の中で叫びながら、この映画を観ていた。

 最初のうちは、ギャングが主役の物語と刑事が主役の物語と、二つの物語が別々に進行しているかのように見えていた。そして、まるで下ごしらえをするかのように、二人を取り巻く周辺の物語が地道に描かれて行く。ギャングであるフランク・ルーカスについては家族や親戚たちとの繋がりが描き出され、刑事であるリッチー・ロバーツについては、別れた妻や同僚との繋がりについて描き出されていた。前者は次第に結束して行く繋がりだが、後者は解(ほど)けて行く繋がりだ。やがて二つの主人公の物語が交差するとき、いよいよ映画としての緊張感が高まって来る。

 私は、アメリカ史上において、実際にこのような出来事が起こっていたということに対し、驚きを隠し切れなかった。ギャングと警察関係者の多くが利害関係で結び付いていたとは・・・・・・。それでは、ギャングも捕まらないし、世の中も良くはならないだろう。光よりも闇。とにかくそんな時代だった。警察には、別の事件の捜査の延長線上で発見した大金を署に届けたことが、いつまでも語り草になっている正義感の強いリッチーとは対照的な人たちばかりが揃っていたわけだ。

 リッチーの取った行動に対し、私は「大金を見つけたのだから、警察に届けるのは当たり前だろう」という気持ちで観ていた。しかし、私の感覚がおかしいのか、この映画の登場人物たちは、そんなことをするリッチーが馬鹿正直なんだと言わんばかりの展開だった。もしも誰にも見つからないならば、最初から署に届けたりせずに、こっそり自分の懐に入れてしまうのが当然だと思っている人たちがいかに多かったかということだ。そんな考えの警察関係者が多かったから、警察関係者がギャングと利害関係で結び付いたとしても、おかしくはなかったのだろう。しかし、自分の周りがどのような人たちであろうとも、決して朱に染まって赤くなることのなかったリッチーは、いよいよフランクとご対面となる。

 闇の帝王フランクは、刑事リッチーが自分がこれまで出会って来た刑事とはまったく違うことに気が付く。最初は
、正義感の強いリッチーを馬鹿にしているフランクだが、不思議なことに、対立していたはずの二人は、やがて手を取り合って一つの方向へと向かって行く。

 フランクとリッチーは対照的な存在である。ギャングと刑事という立場からも、闇と光の正反対のエネルギーを持ち合わせているように見える。しかし、だからこそフランクは、逮捕されたあと、リッチーに協力したのではないだろうか。普段から大きなエネルギーを持っている人は、そのエネルギーが闇に傾いても光に傾いてもかまわないと思っている。例えベクトルは正反対だったとしても、相手の中に自分と同じものを見出し、わかり合えるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m フランクの逮捕をきっかけにして、検挙された警察関係者は相当な数に上ったようです。捜査に協力したフランクは、捜査への貢献が考慮されて、通常よりも早く出所できたとか。フランクが出所してからのことは描かれていませんでしたが、フランクとリッチーは親友にも匹敵するほどの友情を築き上げることができたのではないでしょうか。ベクトルの向きが正反対であっても、絶対値が近ければ、どういうわけか安心することができるのです。

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2008.03.01

ホットヨガ(九十三回目/九十四回目)

生き字引を目指すの記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m キョンキョンは、きちんと自分の世界を持っている人なのだと実感しました。インタビューを見ていて、ついつい引き込まれる女優さん(?)の一人です。彼女は昔、同じようにテレビのインタビューで、「早く四十代になりたい」と言っていたと記憶しています。多くの若者たちが、歳を取りたくないものだと願う中で、キョンキョンはそう言っていたのです。まさしく今が、彼女の望んでいた四十代でありますが、キョンキョンならきっと、四十代の自分に満足していることでしょう。芸能界に深い根を張って活躍している人たちは、その人なりの哲学を持っている人たちが多いのかもしれませんね。

 今週は、三宮店で一週間のうちに合計三回も脂肪燃焼コース2のレッスンを受けた。一回は特例となった月曜日の定時退社日のレッスン、そして残りの二回は木曜日の夜と土曜日の昼のレッスンだった。定時退社日でもないのに、木曜日の夜のレッスンに参加することができたのは、上司が出張に出掛けたからである。私は「しめしめ」と思いながら、月曜日と同様、三宮店で行われている脂肪燃焼コース2の夜のレッスンを予約したのだ。

 今回から一年間有効の五十回回数券に変えたので、何もしゃかりきになってレッスンに参加しなくてもいいはずなのに、ついつい自由になる時間が出来ると、映画館に足を運んだり、ホットヨガのレッスンを受けたりと、自宅以外の場所で何かを吸収しようとする。いつもやりたいことが頭の中を渦巻いているというのに、なかなか時間を自由にすることが出来ないために、自由になる時間を手に入れたときの反動が特に大きいのだ。

 木曜日にレッスンを受けて確信したのは、やはり、三宮店で行われている平日の夜の脂肪燃焼コース2のレッスンは、参加者が少ないということだった。神戸店で平日のレッスンに参加すると、両手を広げるのも遠慮してしまうくらい、たくさんの方たちが参加しているものだが、三宮店はそれほど混雑しないようである。神戸よりも三宮のほうが仕事帰りに立ち寄るのに便利な方たちも多いはずなのに、不思議である。

 木曜日のレッスンを担当してくださったのは、三宮店の店長さんだった。やはり、店長さんというだけあって、導き方がとても上手である。確か、店長さんのレッスンを受けるのはこれで二回目である。初めて店長さんのレッスンを受けたとき、また店長さんのレッスンを受けたいと思ったので、私の願いが叶ったことになる。

 土曜日のレッスンを担当してくださったのは、かつて土曜日の脂肪燃焼コース2のレッスンで何度かお世話になっていたインストラクターである。久しぶりに彼女の担当するレッスンに戻って来たというわけである。平日の夜と違って、土曜日は十六名が参加していた。ポーカーフェースの女性は、木曜日同様、参加されていなかったが、月曜日のレッスンでお見掛けした外人さんや、かつてアクティヴコースのレッスンに通っていた頃にお見掛けしていた会員さん、それから、脂肪燃焼コース2のレッスンで燃焼させるべき脂肪などまったくなさそうな会員さんも参加されていた。

 レッスンを受けながら、私はぼんやりと、レッスンの帰りに買い物をしたり、映画を観たりしたい欲求があることを思うと、もっと身軽な状態でレッスンに参加することができないものかと考えていた。現在は、五十回回数券を購入したときにサービスで付いて来た貸タオル券があるので、シャワーを浴びたあとに使用するバスタオルだけは無料でレンタルさせてもらっている。つまり、通常よりもバスタオルの分だけ荷物が少なくて助かっている状態である。しかし、一回分の回数券で、バスタオルだけでなく、それこそレッスンウェアやお風呂道具までセットになっているとしたら、持ち歩く荷物が今よりもぐっと減って、もっと楽になるのだろうかと考えたのだ。

 例えば、日帰り温泉施設などに良くありがちなのだが、カランにシャンプーやリンスが常備され、貸タオルの料金まで入浴料金に含まれているような贅沢な施設もある。そうした施設は、仕事帰りにふと思い付いて、手ぶらで立ち寄ることができるという利点はあるが、自分自身のお気に入りのシャンプーやボディーソープや美容タオルを持ち込む楽しさからは遠ざかってしまう。それらのことを考慮に入れたとき、私の中で、自分自身でレッスンに持ち込めるものをいろいろとカスタマイズすることができるという楽しさが、ホットヨガのレッスンに参加する面白さに繋がってもいるということがわかったのだ。もしもレッスンに参加している人たちが、全員同じレッスンウェアを着ていたならば、スタジオ内での鏡越しの人間ウォッチングもそれほど楽しいものではなくなってしまうかもしれない。

 実は、こんなことを考えるようになったのも、木曜日のレッスンの日の通勤途中に、見知らぬ男性から声を掛けられたからだ。彼は、私が大きなリュックを背負い、手にはホットヨガのレッスンに必要なグッズを持っていることに反応して、
「旅に出るん?」
と話し掛けて来たのだ。私が、
「そうです」
と答えると、彼は更に、
「やっぱり旅に出るんや。どこからスタートしたん?」
などと聞いて来た。関西人らしい無邪気でユニークな発想である。私は、
「家(うち)からですよ」
と言って立ち去った。

 旅好きな私は、自宅で使っているシャンプーやボディーソープを小さな容器に小分けして持ち歩くのが好きだ。自分のお気に入りのレッスンウェアを着てレッスンを受けるのが好きだ。シャワーを浴びたあとは、自分のお気に入りのバスタオルで身体を拭くのが好きだ。つまり、荷物が多くなることで、肉体的にはある程度、不自由を感じてしまったとしても、精神的には自由度が高いということでもあったのだ。ようやくそのことに気が付いたので、荷物が多くなることで肉体的には不自由を感じたとしても、「私は自由を持ち歩いている」と感じられるようになった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 以前にもご紹介させていただいたように、私は常にいろいろなものを持ち歩いていますので、ホットヨガのレッスンを受ける日はとりわけ荷物が多くなってしまいます。でもそれは、「自分の選んだ自由を持ち歩いている」ことだったのですね。制服のある職場で働いている派遣仲間が不便を感じていることを考えると、どんな服を着て仕事をするか、あれこれ考えなくてもいいという利点はありますが、やはり選択肢がないということで、必ずしも自由であるとは言い切れないように思うのです。

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