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2008年2月

2008.02.29

生き字引を目指す

遊んでくれる鳩の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ちなみに、鳩パンチがどれくらいの威力かと言いますと、うちわで勢い良く叩かれる程度のものですので、屁とも思いません。(笑)でも、嘴(くちばし)で突付くだけでなく、手の皮に噛み付かれるとなると、洗濯バサミで挟まれたくらいの痛さがあります。これらのエネルギーを別のところで有効活用できないものでしょうかね。例えば、夏向けに鳩パンチうちわとか。嘴で突付くくるみ割り人形とか。もしもそんなおもちゃがオークションで売られていたならば、おそらく私は買い求めるでしょう。(笑)

 時々集まって、一緒に晩御飯を食べに行っている派遣仲間たちがいる。直径十二センチの彼女と、一月で退職してしまった好敵手の派遣仲間、そして、英語がペラペラの派遣仲間の三人だ。どの派遣仲間も、現在の私の勤務先で出会った派遣仲間たちだが、とうとう私以外の全員が退職し、現在の勤務先に残っているのは私だけとなってしまった。私が現在の勤務先に派遣されてからもうすぐ六年になろうとしているが、好敵手の派遣仲間は、現在の私の職場に私よりも一年長く勤め、周りからも惜しまれながら退職したのだった。今回は、好敵手の派遣仲間のお疲れ様会ということでみんなで集まる計画を立てたのである。しかし、当日になって、英語がペラペラの派遣仲間が仕事で急な打ち合わせが入ってしまい、残念なことに彼女はこの会に参加することができなかった。

 待ち合わせ場所で二人と再会したとき、私はダ○エーから汲んで来ている三.八リットル入りの水を持っていた。こういうことは、下手に露見してしまうよりも、自分からさっさと告白してしまったほうがいい。私は彼女たちに、バッグの中身を見せながら、
「いつもダ○エーで水をもらって帰ってるんだよね」
と告白した。すると彼女たちは目を丸くして、
「ええっ? ○○(勤務先の最寄駅)から△△(私の最寄駅)まで、こんな重たい水を運んでるの?」
と言って驚いていた。確かに、かよわい女性ならば、そんなことは思いつきもしないのだろう。直径十二センチの彼女が、
「何か、外国の水汲みの女性みたいですね」
と言った。私はそれを聞いて、半裸のスリムな女性が、川から汲んで来た水を頭の上に乗せて歩いている姿を想像した。

 私たちは、直径十二センチの彼女が予約しておいてくれたイタリアンのお店に入った。女性客の多いとても落ち着いた雰囲気のお店だった。私たちはコース料理を注文し、お互いの近況などを語り合った。直径十二センチの彼女は、一年ほど勤め上げた派遣先との契約が切れたばかりで、これからしばらく旅に出るのだそうだ。好敵手の派遣仲間も、現在は新しい職場で働いている。新しい職場では、制服の着用が義務付けられているらしく、女性の制服がスカートしかないのは嫌だと愚痴をこぼしていた。私も若い頃は、スカートの制服を履く職場に派遣されていたことがあったが、歳を重ねて来ると、スカートよりも保温効果の高いズボンを愛用したくなるので、仕事中にズボンを履けないことに対し、彼女がストレスを感じてしまうのも良くわかる。

 実に不思議なことだが、現在の私の職場を退職して行った派遣仲間の多くは、新しい職場で働き始めると、現在の私の職場を懐かしく思うようになるらしい。それは、現在の職場の環境が恵まれていたからだろうと思う。現在の私の職場は、社員の方にとっても、派遣社員にとっても、とても働き易い環境にあると思う。その証拠に、社員の方たちからは、ほとんど退職者が出ない。私が現在の職場に派遣されてから六年の間に、一人しか退職者が出ていないのだ。派遣社員も、いったん働き始めると、契約期間が長くなるケースが多い。コンスタントに仕事があるということと、派遣社員の要望を聞き入れてもらえるというところで、居心地が良いと感じる派遣社員が多いのだ。しかし、中には仕事内容や職場の雰囲気が合わないと感じて退職して行く派遣社員もいる。そういう人たちは、比較的早い段階で退職して行く。

 それはさておき、先日、ガンモの実家に帰っていたときに、久しぶりにテレビというものを見た。その中に、私と同い年のキョンキョンがインタビューに答えている番組があり、「今後、子供を産む可能性が少なくなった今、若い人たちに、古い世代の出来事を伝えて行く生き字引のような存在になりたい」と話しているのに心を打たれた。例えば、若い人たちに八十年代のことを聞かれたならば、八十年代はこういう時代だったと、ちゃんと伝えられる存在になりたいと、キョンキョンは話していた。おそらく、子供を産んで育てることを、自分たちの生きてきた時代を次の世代へと繋げて行くために重要な役割を持っているととらえたのだろう。そして、世の中に対して自分に何が出来るかを考えたときに、生き字引になることを自分自身の役割として見出したのだと思う。

 派遣仲間たちと会っているとき、私はふと、キョンキョンの言葉を思い出していた。彼女たちが現在の私の職場を退職してしまった今、私は現在の職場の生き字引となって、そこで何が起こっているかを彼女たちに正確に伝えて行く人になろうと思ったのだ。

 好敵手の派遣仲間が、現在の職場で最も長く働いていた派遣仲間だったため、彼女が退職してしまった今、現在の職場においても、私が最も長く働いている派遣社員となった。まるで宝塚のトップスターみたいに繰り上がったのである。つまり私は、内(現在の職場に残っている比較的新しい派遣されている派遣仲間たち)からも外(時々一緒に晩御飯を食べに行っている派遣仲間たち)からも、現在の職場で最も長く働く派遣社員となったというわけである。キョンキョンの目指そうとしている生き字引よりもずっと範囲は狭いが、私が現在の職場の生き字引になり、過去に起こった出来事や、現在起こっている出来事を内にも外にも伝えて行くことが私自身の役割なのではないか。そんなことを思った次第である。

 時間の経つのも忘れてしまうほどおしゃべりに花を咲かせたあと、駅で派遣仲間たちと分かれたのだが、彼女たちに明日も職場で会えるような気がしてならなかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回、参加できなかった派遣仲間は、現在の私の職場において、自分の役割を見出すことができずに退職して行きました。彼女は現在の私の職場で、プログラム開発の仕事をしていたわけではなかったのですが、新しい職場では何と、プログラム開発の仕事に携わっているそうです。聞くところによると、好敵手の派遣仲間や私に感化されて、自分もプログラム開発の仕事をしたいと思ったそうです。しかも、彼女はもはや、派遣社員ではありません。彼女は今の職場で成功しているようです。彼女の経験が物語っているのは、自分を生かしてくれる職場とそうでない職場があるということだと思います。これについては、私も常々感じて来たことであります。やはり、人間は、仕事を任されると大きく羽ばたいて行くのではないでしょうか。しかし、最初から羽ばたく可能性が摘み取られてしまっていては、何も始まりませんよね。更に、自分と同じポジションの人が他に存在しない環境というのも、自分の役割を見つけ易い貴重な環境なのだと思います。

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2008.02.28

遊んでくれる鳩

 父ちゃんと母ちゃんがかわりばんこに温めていた卵が二つとも孵化して、元気な雛たちが生まれた。雛たちはすくすくと成長し、今ではすっかりぼたもちサイズを超え、少しずつ鳩らしい毛が生え始めている。雛たちは、父ちゃんや母ちゃんに餌をねだるときに、ピイピイと鳴きながら、まだ完全に出来上がっていない小さな羽根を広げて自分の存在をしきりにアピールしている。

 子育てをしているために、父ちゃんと母ちゃんの食欲は実に旺盛である。しかし、我が家にある鳩の餌がそろそろ底をつきかけているので、最近の私たちは節約モードで彼らに餌を与えている。節約モードになると、子育てをしてお腹を空かせている父ちゃんや母ちゃんをついつい優先させて、ベランダの窓を開けるなり私たちの手を突付いて来たり、鳩パンチを食らわして来るTKMYやキッコロに餌を与えるのは後回しになってしまう。

 私たちがそうして差別をするものだから、最近、キッコロの怒りが特に激しい。キッコロは、私たちがベランダの窓を開けた直後から既に怒っている。「クウ!」と言いながら寝室に乗り込んで来ては、私たちに噛み付いたり、鳩パンチをけしかけて来るのである。

 それにしても、何故、自分の家の窓を開けた途端、鳩に怒られなければならないのだろう。それだけではない。キッコロは、餌にありつけると思ってやって来た母ちゃんに激しく噛み付くようになった。母ちゃんの首の毛がむしり取れてしまうくらい、真剣に噛み付いているのだ。私は、
「こらっ! キッコロ、禁止!」
と言いながら、母ちゃんからキッコロを引き離し、キッコロを両手で抱きかかえて空高く上げた。しかし、キッコロを放すとすぐに母ちゃんの元に戻り、またしても母ちゃんに激しく噛み付いてしまう。その度に私はキッコロを抱きかかえ、母ちゃんを噛むなと言い聞かせたのだが、キッコロが何度も何度も同じことを繰り返すので、私はとうとう堪忍袋の緒が切れて、キッコロを抱きかかえたあと、寝室の窓からベランダに落とした。落としたと言っても、キッコロには羽があるので、ベランダに落ちる前に飛び立ってしまう。つまりは、形ばかりのおしおきである。

 すると、形ばかりのおしおきでも懲りたのか、キッコロが私を避けるようになった。これまでは、私が窓を開けると、すぐに近くまで寄って来て、「クウ!」と言いながら私の手を突付いていたのだが、開いている窓の奥のほうで遠慮がちに待機するようになってしまったのだ。ガンモがそれを見て、
「キッコロ、どうした?」
と尋ねたので、
「あまりにも母ちゃんをいじめるので、抱きかかえて言い聞かせたあと、寝室の窓からベランダに落としたんだよ。まあ、羽があるから意味はなかったけどね」
と答えた。するとガンモは、
「何てことするー。あんなに遊んでくれる鳩、いないのに」
と言った。
「遊んでくれる鳩?」
なるほど、キッコロは私たちと遊んでくれる鳩だったのか。そこで私は思い直し、キッコロとの仲直りを試みた。仲直りをするには、キッコロの警戒心を解くべく、餌を与えてやるのが一番である。ガンモがその役を買って出た。するとキッコロは、最初は恐る恐るやって来たが、やはり食欲には勝てないのか、ガンモが与えた餌をパクパクと突付いて食べ始めた。

 猫は三日経ったら忘れると言われているが、鳩も同じようなものである。間もなくキッコロは、寝室の窓を開けると同時に私たちの手に噛み付くキッコロに戻っていた。キッコロが警戒心を持って私たちの様子をうかがっていたとき、
「もう遊んでやらないからな」
などと思っていたかどうかはわからない。しかし、こうして元に戻ってみると、勢い良く私たちに噛み付いて来る姿が最もキッコロらしいと思えるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鳩はどうやら、個人主義のようです。餌を食べているときに、自分がうまく餌にありつけないでいると、例えそれが愛する妻であろうとも、既に餌にありついている妻をねたんで、盛んに突付いて攻撃します。また、たくさんの餌がそこにあったとしても、妻のために餌を残しておくようなことはしません。そんなことがあっても、まるで何事もなかったかのように、寒い日は寄り添って、お互いの体温を感じながら寒さをしのいで過ごしています。鳩は、一時的に感情をむき出しにするけれども、決して根には持たない動物なのかもしれません。

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2008.02.27

ホットヨガ(九十二回目)

カメラが取り持つご縁(後編)の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 果たしてI医師は、私のカルテに「ペンタックスSPの話をした」などというメモを残してくださったでしょうか。I医師と共有した時間が、I医師の記憶の中にも留まるといいのですが。前回の記事にはたくさんの応援クリックをいただきました。心より感謝致します。いつもいつも、心が躍るような出来事が起こるわけではなく、たまにはテンションが低くなることもありますので、ここぞというときに皆さんからたくさんの応援クリックをいただくと、ああ、本当に毎日読んでくださっているのだなあと新たな感動が沸き起こります。これからも、できる限り、毎日読んでくださっている皆さんの期待(?)を裏切らないように務めたいと思います。感謝をこめて。

 今月は、月に一度の定時退社日が異例の最終月曜日に設定されていた。私は迷わずホットヨガのレッスンを予約することにした。いつもならば神戸店でレッスンを受けているのだが、レッスンスケジュールと照らし合わせてみると、月曜日の夜は三宮店で脂肪燃焼コース2のレッスンが行われていることがわかった。私は、会員番号上は三宮店の会員だというのに、ここのところ、神戸店にばかり通っていた。夜に脂肪燃焼コース2のレッスンが開催されているなら、たまには三宮店でレッスンを受けてみるのもいいのではないか。そう思い、三宮店へと足を向けたのである。

 エレベータを降りて、三宮店の入口のドアを開けてみると、かつて脂肪燃焼コース2のレッスンで何度もお世話になったインストラクターが一人で受付に立っていた。久しぶりのごあいさつを交わし、ロッカーの鍵を受け取った。残念ながら、今日のレッスンのご担当は彼女ではないらしい。聞くところによると、南森町店からわざわざ応援に駆けつけてくれたインストラクターが、今回のレッスンを担当してくださるそうだ。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、ヨガマットはわずか八枚しか用意されていなかった。三宮店で行われる平日の夜の脂肪燃焼コース2は穴場なのかもしれない。結局、キャンセルされた方が一人出て、今回のレッスンはわずか七名の参加者で始まった。人数が少ないので、隣に敷かれたヨガマットとの間に開きがあり、のびのびとポーズを取ることができた。これくらい少ない人数でレッスンを受けるほうが、参加者の意志が一つにまとまりやすいように思う。そして、その場にいる人たちのことをもっともっと知りたいと思えるのだ。

 そんな少ない参加者の中に、何と外人さんがいらっしゃった。インストラクターは日本語だけでレッスンを行っているので、おそらくその外人さんはきっと、日本語がペラペラなのだろう。ただ、どういうわけか、彼女はレッスンが始まってから三十分も経たないうちにスタジオから出て行ってしまった。

 参加者が少ないので、ついつい鏡越しに他の参加者の方たちを観察することに身が入ってしまう。私はかつて、三宮店で受けていた七十五分のアクティヴコースのレッスンで何度か顔を合わせたことのある、ポーカーフェイスの女性がいらっしゃることに気が付いた。私の知る限り、ポーカーフェースの女性は、レッスン中にまったく表情を変えない人だったが、いつの間にか、以前よりもずっと柔らかい表情になり、感情が読み取れそうな雰囲気に変わっていた。左手の薬指に指輪をされているので、どうやら奥様のようである。

 南森町店から応援に駆けつけてくださったインストラクターは、とてもユニークなインストラクターだった。南森町店には何度か足を運んだことがあるのだが、彼女のレッスンを受けたことは、これまでに一度もなかった。彼女の動きはどことなくコミカルで、動くときに腰からエンジンを掛けて動き始めるような雰囲気の女性だった。彼女の発する言葉の一つ一つには感情がこめられ、これまた丸暗記ではない独特のレッスンを展開してくださった。私は、最初から最後まで、彼女から目が離せなかった。カリスマ的というよりも、彼女のキャラクターそのものに強く惹かれたのだ。彼女のレッスンは、単に時間が過ぎて行くのを待っているようなレッスンではなかった。一時間という限られた時間枠を責任を持って担当し、楽しい時間に創造して行くようなインストラクターだった。言葉の発し方一つで、レッスンに愛情をこめることができるということを、彼女が証明してくれたように思う。彼女のレッスンを確実に受けられるなら、わざわざ南森町店に通ってもいいと思えるくらいだった。

 こうして気持ち良くレッスンを終えて、シャワーを浴びて着替えを済ませて受付にロッカーの鍵を返しに行った。三宮店では、ビルの営業時間の関係で、夜のレッスンを終えたあとは、通常のエレベータが使用できなくなってしまっている。そのため、スタッフの方が従業員用エレベータまで私たちを案内してくださるのだ。今回の案内役は、かつて脂肪燃焼コース2のレッスンで何度もお世話になったインストラクターだった。そして、私と一緒に従業員エレベータに乗り込んだのは、ポーカーフェイスの女性だった。

 インストラクターは私たちに、
「南森町店のインストラクターのレッスンはいかがでしたか?」
と尋ねた。すると、ポーカーフェイスの女性が、
「いやあ、そんなに変わりはありませんでしたよ。どの方がレッスンをされても、だいたい同じですよね」
とおっしゃった。ポーカーフェイスの女性は、意外にも声が高かった。私は、今回のレッスンについて、ポーカーフェースの女性とはまったく違う感想を抱いていたのだが、黙っていた。ただ、
「時間が足りなくなったときに、途中で休憩を挟まずに、続けて次のポーズにすぐに移るといった時間配分を工夫されていましたので、それがとても新鮮でしたよ」
と答えた。そう、今回のインストラクターには、実際にそのような時間配分に対する配慮がうかがわれ、感動したのだ。すると、案内してくださったインストラクターが、
「なるほどお。私も真似しようっと」
とおっしゃった。

 エレベータはすぐに一階に着き、案内してくださったインストラクターに別れを告げた。ポーカーフェースの女性は意外にも気さくな方で、マフラーを首に巻きながら、とりとめのない話をした。私はお腹が空いていたので、近くのマクドナルドに寄って帰ろうと思い、ポーカーフェースの女性にあいさつをして別れた。

 しかし、マクドナルドに入ったつもりが、そこはマックカフェだったので、私はすぐにお店を出た。お店をすぐ出たところには、ポーカーフェースの女性が立っていた。さきほど別れを告げたばかりの人と直ちに再会してしまい、私は何となく気まずい思いを抱えていたのだが、ポーカーフェースの女性は普通に話し掛けてくださった。
「レッスンのあとってお腹が空きますよね。いつもレッスンのあとにご飯を食べてるんですか? 私は先に食べてしまうんです」
もしかすると、ポーカーフェースの女性などというのは私の勝手な思い込みに過ぎず、彼女は人とのコミュニケーションにも物怖じしない、むしろ社交的な女性なのかもしれないと思い始めていた。私は、
「そうですね。空腹のままレッスンを受けたほうが、汗のかき方が全然違いますね」
と答えた。すると、ポーカーフェースの女性は、
「へええ、私はいつもしっかり食べてからレッスンを受けてますよ」
とおっしゃった。そうこうしているうちに、マックカフェではないマクドナルドが見えて来たので、私は
「じゃあ、私はここに寄って帰りますので」
と言って、再びポーカーフェースの女性と別れた。

 私は、人を見掛けだけで判断してはいけなかったと反省した。彼女の魂に触れてもいないのに、私は彼女がどういう人なのか、頭の中で勝手に決め付けていた。ほんの少し話をしただけで、まだまだ彼女の魂に触れたわけではないが、こうした意外性に打ちのめされてみるのもいいものだと思った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 同じ職場に、あまり表情の変わらない派遣仲間がいるのですが、以前、身体のどこに汗をかきやすいかという話を彼女としていたときに、私が顔だと答えたのに対し、彼女は顔にはほとんど汗をかかないと言っていました。私は、とにかく感情が顔に表れやすく、汗をかくのもだんぜん顔です。彼女の話を聞いたとき、彼女の顔にあまり感情が表れないのは、顔に汗をかかない体質だからだろうと勝手に推測しました。またしても勝手な推測ですが、もしかすると、ポーカーフェースの女性も彼女と同じ体質なのかもしれません。顔に表れる表情だけで人を判断してはいけないというお話でした。

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2008.02.26

カメラが取り持つご縁(後編)

カメラが取り持つご縁(前編)の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ちょっと中途半端なところで区切ってしまったかもしれませんね。ごめんなさい。m(__)m 続きが読みたくて、一日中悶々としていた、なあんていう人はいらっしゃらないとは思いますが、今日は後編をお届けします。

 I医師は、撮りたてほやほやのMRIフィルムを見ながら、私の筋腫の物語を語り始めた。まず、最も見やすい画像の中から、白く写っている子宮内膜を指し示し、子宮内膜に接触している筋腫が大量出血の原因を作っていることや、子宮鏡を使った手術で取れるのは、子宮内膜周辺の筋腫であることを説明してくださった。また、出産経験がなくても、女性ホルモンの分泌を抑制する注射で筋腫を小さくしておけば、開腹せずに筋腫を取ることができるだろうともおっしゃった。これらは、私が初めてMRIフィルムを持ち込んだときに聞かせてくださった物語と、ほぼ同じような内容である。

 私は、物語の終わりにI医師から手術を勧められるのかどうか、びくびくしていた。しかしI医師は、
「いえ、手術をしろとは言いませんよ」
と言ってくださった。やはりI医師は、手術をしなければならないギリギリのところまで見守ってくださる覚悟があるのだ。私はI医師に、
「ありがとうございます。まるで命拾いしたような気持ちです」
と言って、感謝の気持ちを述べた。私は、本当にいい医師に巡り合うことができたと実感している。このとき私は、多くの産婦人科医が、自分自身の持つ恐れから、患者に手術を勧めるのだと悟った。子宮筋腫は、切ってしまえば、月経過多から来る貧血などの症状は治まるからだ。

 私はI医師に、
「注射でごまかしながら、閉経まで持ち越すことはできないでしょうか?」
と尋ねてみた。すると、I医師は、
「あなたが五十二歳ならそうした治療も考慮に入れますが、四十二歳ではそれはお薦めできませんね」
とおっしゃった。女性ホルモンの分泌を抑制する注射で一時的に筋腫を小さくすることができたとしても、それを繰り返すことにより、身体に負担が掛かってしまうだけでなく、注射を止めればすぐにまた筋腫が大きくなることがわかっているからだろう。実に的確な見解だと思う。

 以前、I医師に貧血の症状について尋ねられたとき、私は貧血の症状は出ていないことを告げたあと、自分のヘモグロビン値を伝えた。I医師はそのこともカルテに書き留めてくださっていたようで、私の顔色をご覧になりながら、
「貧血は起こってないと、前に言うとったよね。確かに、貧血のようには見えんね」
とおっしゃった。おそらく、私の血色がいいので、貧血は起こっていないだろうと判断してくださったのだろう。I医師は、
「でも、念のために、結果が出るまでには時間がかかるけれども、今回は採血しておきましょう」
とおっしゃった。私は、貧血が起こっていないことを証明するためにも、
「はい」
と答えた。

 I医師は、
「それでは、また二か月分の漢方薬を出しておきますので、しばらくそれで様子を見ましょうか」
と言ってくださった。私はその言葉に喜び、
「はい。ありがとうございます」
と答えた。そのとき、私はふと思い立って、ここのところ生理と前後して頻繁に見舞われている頭痛について相談してみた。するとI医師は、
「うーん、生理と前後してますか。そういった症状も、この薬で緩和されるんやけどね」
とおっしゃった。私は、
「そうですか。わかりました」
と言って引き下がった。私にとって、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)は、生理は軽くなったとしても、頭痛には効いていないようだ。

 I医師が処方箋を書いてくださっている間、私は、今回のMRIフィルムを写真に収めておきたいと思ったので、
「MRIフィルムを撮影させていただいてもよろしいでしょうか?」
とI医師に尋ねた。するとI医師は、
「いいですよ。どうぞ」
と、私がMRIフィルムを撮影することを許可してくださった。私はお言葉に甘えて、ミスタードーナッツでもらったクーラーボックスに忍ばせて持ち込んだデジタル式の一眼レフを取り出して撮影を始めた。実は、以前の病院では古い携帯電話に付いているしょぼいカメラでしかMRIフィルムを撮影することができなかったため、今回はデジタル式の一眼レフを持ち込んだのだ。

 シャッターを切ると「カシャン!」と大きな音がしたからだろう。処方箋を書くために机に向かっていたI医師が振り返った。そして、私がMRIフィルムを撮影している様子を見守りながら、
「あなたはいつもそんなカメラを使っているのですか? 撮影されるなら、正面から撮影されたほうがいいですよ。正面から撮らないと、周辺が歪曲しますから」
とアドバイスしてくださった。私は、
「さすが、良くご存知ですね」
と言った。実は、I医師は、遠隔地に住む方のために、MRIフィルムの診断を受け付けている。I医師が担当している相談掲示板で、MRIフィルムをデジタルカメラで撮影する最も適切な方法を、遠隔地の患者さんにアドバイスされているのを拝見したことがあったのだ。

 I医師は、
「そんなカメラを使って、そういうお仕事をされてましたっけ?」
と私に尋ねた。私は、
「いえ、まったくの趣味です」
と答えた。すると、I医師は、
「私も若い頃は、今のようなデジタルカメラじゃなく、マニュアルの一眼レフを使ってましたよ。自分で現像やプリントもしていました」
とおっしゃった。私が、
「私も古いカメラはわかりますよ。どんなカメラをお使いでしたか?」
と尋ねると、I医師は、
「ペンタックスです」
とおっしゃった。私はそれを聞いて、
「Kマウントですか?」
と尋ねたが、I医師がそれには反応を示さなかったので、
「SPですか?」
と聞き直した。ペンタックスのSPとは、その昔、一世を風靡したポピュラーなカメラだ。当時はスクリューマウントと言って、ねじ式のレンズを使っていた。ペンタックスのSPなら、我が家にも何台かあるはずだ。私が最初に口にしたKマウントのカメラというのは、SPよりもかなりあとに発売されたねじ式のレンズではなく、カチっと音のするバヨネットマウントのレンズを採用しているカメラだ。I医師は、
「そうです。SPです」
とおっしゃった。それからI医師は、ご自分のカバンの中からデジタルカメラを取り出して見せてくださった。それは、キヤノンのIXYだった。
「最近は私もこういうカメラばかりです」

 いやはや驚いた。I医師のホームページには、写真がご趣味であるとかそんなことは一言も書かれていなかったはずだ。ただ、先ほども書いた通り、I医師のホームページからリンクされている相談掲示板で患者さんにMRIフィルムの撮影方法をアドバイスされているのを拝見したときに、写真に関して詳しいと感じたのは事実だ。しかし、それはMRIフィルムをデジタルカメラで撮影する際の技術に特化したものなのか、それともI医師が写真全般について詳しいのか、判断がつかなかったのだ。I医師は確かに私の持ち込んだカメラに興味を示してくださった。私はそのことが素直にうれしかった。

 I医師がカバンの中からIXYを取り出して私に見せてくださったとき、ほんの短い時間ではあったが、I医師が私の主治医としての役割から外れ、お互いの趣味の世界を共有できたと思った。これは、今までお世話になった医師たちとは決して共有することのできなかった特別な時間だった。普段の生活においても、デジタルカメラを大事そうに持ち歩き、自分で現像やプリントを楽しんだことのある人とはほとんど巡り合うことはできない。

 これまでの経験から言えば、私と縁が深くなる人は、写真撮影を趣味としている人だ。そして、親しくなれる人は、出会ったときのポジションから脱線して、まったく別の話ができる人だ。I医師と私で言えば、医師と患者という枠組みから外れてしまうことだ。私は、これからのI医師の診察がますます楽しみになった。

 結局私は、いつものように二か月分の漢方薬を処方していただいて診察室を出た。その後、別の部屋で貧血の検査のための採血をしてもらったあと、二ヵ月後の診察の予約を入れて病院をあとにした。ちなみに、MRIの検査と診察代込みで六千六百円余りだった。これで、少しは待合室にある立派なソファの足しになったことだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の記事を書くにあたり、以前お世話になっていた医師とのやりとりを綴った記事を少し読み返しました。当時は、診察に行くのもプレッシャーを感じていて、「今日はどんなこと言われるのだろう」と、内心びくびくしていたことを思い出します。主治医がI医師に変わってからは、気持ち的にもずいぶん楽になりました。診察を受けることに対するストレスがないというのは、患者にとって、とても大切なことだと思います。思えば私は、ロジカルな説明を医師に求めていたのだと思います。I医師は、知識の押し付けではなく、ロジカルな説明をしてくださるので、話の内容も一環していて、納得できるのです。それに、主治医とカメラや写真の話ができるというのも、わくわくしますね。

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2008.02.25

カメラが取り持つご縁(前編)

かっぽうぎの魔法の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 久しぶりに文章が踊りました。(^^) やればできるもんですね。しかし、そんな私の想いとは裏腹に、ランキングの順位はエネルギッシュなブログにどんどん追い上げられて、下がって来ているようです。内心、トホホであります。(苦笑)

 ガンモの仕事が休みだった土曜日、私はお昼頃から一人で神戸に出掛けて行った。いつものように、ホットヨガのレッスンに行くのではない。およそ八ヶ月振りのMRIの検査とI医師の診察を受けるために出掛けたのだ。

 出掛ける前に、
「多分、十五時頃には診察が終わると思うから、終わる頃に神戸に来る?」
とガンモを誘ってみたのだが、ガンモは日頃の疲れが溜まっているらしく、自宅でゆっくりしたいと言った。そこで私は、ガンモを残して一人で出掛けることにしたのである。

 せっかく神戸まで出掛けて行くのだから、MRIの検査とI医師の診察が終われば、ホットヨガのレッスンを受けたいとも思っていた。しかし、過去にMRIの検査を受けていた病院では、検査の直前に腸の動きを止める注射を打たれていた。この注射を打たれると、検査後にひどく喉が渇いたり、身体の調子がいつもとは違っていると感じてしまうため、ホットヨガのレッスンは控えたほうがいいと思い、レッスンの予約はしなかった。

 MRIの検査は十三時半の予約だったが、予約票には、少し早めに受付を済ませるように書かれていたので、十五分前に受付を済ませておいた。すぐにロッカールームに案内され、体操着のような検査着に着替え、大きな荷物をロッカーの中に押し込んだ。身に着けている貴金属はすべて外すように指示されたので、一つ一つ外してロッカーに備え付けの小さな箱の中に収めた。着替えを済ませて椅子に座ってしばらく待っていると、間もなく名前を呼ばれ、検査室に案内された。検査室に入ると、三十代後半くらいの男性検査技師が私をMRIの寝台まで案内してくれた。

 その検査技師に、まだネクレスを着けたままであることを指摘され、慌てて外した。指輪やピアスは外したのだが、ネックレスを着けていたことはすっかり忘れていたのだ。私が寝台の上に横になると、検査技師は、
「腸の動きを止めるために、お腹を固く固定します」
と言った。ええっ? 注射で腸の動きを止めるわけではなかったのか。それならば、注射の副作用がないので、ホットヨガのレッスンを予約しても良かったのに。そんなことを考えているうちに、私のお腹は板のようなもので固く固定された。
「普段、お腹は痛みますか?」
と検査技師の方に尋ねられたので、
「はい。歩くときに少し痛みを感じています」
と答えると、
「板で固定させましたけど、痛かったらおっしゃってくださいね」
と言われた。板で固く固定されてはいるものの、何とか我慢できる程度の痛みだった。

 それから私は、宇宙船の中へと入って行った。MRIの機械がまるでカプセル型の宇宙船のような格好をしているので、私が勝手にそう呼んでいるのだ。検査技師の方は私に、何かあったときのために鳴らすナースコールのスイッチを手渡したあと、ヘッドフォンを耳に掛けてくださった。ありがたいことに、ヘッドフォンからは音楽が流れていた。私はこれまでMRIの検査を受けたことのある病院との違いを感じながら、ゆったりとした気持ちでMRIの検査を受けた。十五分ほどいろいろな音を聞いているうちに、検査は終わった。私は宇宙船の旅を終えて、地球へと帰還した。以前の病院では有り得ないことだったが、MRIフィルムはすぐにI医師のもとに届けられ、それを見ながらこれからI医師の診察が始まるのである。

 私は再び着替えを済ませて、I医師のいる診察室の前のソファでしばらく待っていた。すると、I医師が階段を上って来られたので、軽く会釈をした。そのあと、看護婦さんが、
「以前のMRIフィルムはもうお持ちじゃないですよね?」
と声を掛けてくださった。おそらく、今回撮影したMRIフィルムと見比べるのだろう。当然、私は持っていなかったので、
「いえ、持っていません」
と答えた。それを聞いた看護婦さんは、
「以前の病院に返却されました?」
と尋ねてくださったので、私は、
「はい」
と、申し訳なさそうに答えた。かつて私が持ち込んだMRIフィルムは、元の病院からの借り物だったので、I医師に画像診断していただいたあと、元の病院に返却したのだ。

 間もなく私の名前が呼ばれ、診察室の中に入ってみると、さきほど撮影したばかりの私のMRIフィルムが白い蛍光灯で照らし出されていた。自分のMRIフィルムは、これまでに何度か見ているので、そこにいくつもの筋腫の影が映っていたとしても、私は驚かなかった。

初公開。私のMRIフィルム。
黒く写っているのが筋腫。
一番大きな筋腫は、バストのすぐ下にある

 I医師は、いきなり本題には入らずに、
「まず、十二月と一月の生理はいかがでしたか?」
と尋ねてくださった。処方してくださっている漢方薬が効いているかどうか、確認されているのだろう。私は、
「はい、良好です」
と答えた。手術を恐れて嘘を言っているのではない。実際に出血量も少なく、ずっと良好なのだ。

 I医師は、MRIフィルムを見ながら再び口を開いた。
「前回のMRIフィルムがないから正確なことはわからないけれども、カルテに描き残しておいたスケッチを見てみると、若干大きくなっているようやね」
I医師は、かつて私が別の病院から持ち込んだMRIフィルムのスケッチを取っておいたくださった。そのスケッチには、MRIフィルムに映し出されていた筋腫のほか、一番大きな筋腫のおおよその大きさが記されていた。

 確かに以前よりも大きくなっていると、私自身も感じてはいた。かつては筋腫が柔らかくなったり固くなったりしていたものだったが、ここのところ、私の筋腫はずっと固く、そして以前よりも成長していると感じていたのだ。
「前回よりも、一番大きな筋腫が更に一センチくらいは大きくなってるみたいやね。これまで現れていなかった筋腫も現れて来ているようだし。でも、急激に大きくなってるわけじゃないですね」
おそらく、私の筋腫が急激に大きくなっていないことをI医師が強調してくださったのは、子宮肉腫の疑いを否定する材料を挙げられたのだと思う。筋腫でなく肉腫の場合、急激に大きくなるからだ。以前の病院から持ち込んだMRIフィルムを診断してくださったときも、現在のところ、肉腫の可能性はないと診断してくださったが、その状態が継続しているということで、ひとまずは安心である。

 それからI医師は、私が初めてMRIフィルムを持ち込んだときのように、MRIフィルムを見てわかることを物語のように語ってくださった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ごめんなさい。記事が長くなり過ぎましたので、この続きは後日書かせていただくことにしますね。今回の記事だけでは、タイトルに掲げた内容まで及びませんでした。決してタイトルを付け間違えたわけではありませんので、ご心配なきよう。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.02.24

かっぽうぎの魔法

映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m もしかすると、記事にするのはまだ少し早かったのかもしれませんね。ごめんなさい。それでも、あたたかい応援クリックに感謝しています。何を隠そう、少し前まで、私は映画のレビューが書けなかったのです。自分の中に既にあるものを表現するのはそれほどの労力を必要としなかったのですが、受け取ったものを自分の言葉で表現するのはとても苦手だったのです。そのため、数行程度の感想しか書くことができませんでした。映画のレビューを書き始めてからは、受け取ったものを自分の言葉で表現する練習になっています。これからも、まだまだ練習は続いて行くと思います。さて今回は、受け取ったものを自分の言葉で表現するのではなく、自分の中にあるものを表現してみました。(笑)

 最近、私の中ではかっぽうぎブームが密かに沸き起こっている。何を隠そう、私はかっぽうぎを一枚も持っていなかった。かっぽうぎはおろか、エプロンでさえも、日常生活においてはまったく使用していない。確か、ずっと以前に誰かからプレゼントしてもらったエプロンが家のどこかの棚に眠っているはずなのだが、ほとんど使用することがなかったので、今ではどこに仕舞い込まれているのかさえもわからない状態だ。私が日常生活で使用しているのは、エプロンでもかっぽうぎでもなく、せいぜいカッパくらいだ。

 何故、私の中で、かっぽうぎブームが沸き起こっているのか。そもそも私は、幼稚園時代の制服がとても気に入っていた。両手の袖口がゴムで絞られ、左右にお行儀良く取り付けられた深いポケットには、ハンカチやティッシュなどを入れておくことができる。おそらく、幼稚園時代の私は、片方のポケットにはハンカチを、もう片方のポケットにはチリ紙(当時はテュッシュではなく、チリ紙と言った)を入れて幼稚園に通っていたはずだった。

 大人になってからも、幼稚園の制服(当時は園服『えんぷく』と言った)を着ていたかった。画家にでもなれば、幼稚園の帽子に似たベレー帽をかぶって、園服に似たスモックを着て仕事をすることができたのかもしれない。しかし、私は画家にはならなかった。絵が下手なのだ。

 かっぽうぎのことが本格的に気になり始めたのは、去年の暮れに水漏れ事件(5)を起こしたときに、下の階の奥様が、かっぽうぎではないが、かわいらしい平べったいエプロンを身にまとっていらっしゃるのを見たからだ。それ以来、エプロンやかっぽうぎへの憧れが一層強まったのだった。

 実際に店頭に並べられているエプロンやかっぽうぎを何度手に取って見たことだろう。しかし、どうせ買っても活躍の場がないことを考えると、店頭の商品を手に取っては元の場所に戻し、また別の場所で手に取っては戻すといったことを繰り返していた。

 ところが先日、とうとうかっぽうぎを安売りしているお店を見付けてしまった。これまで見て来たどのお店よりも安い。しかも、かわいらしいデザインのかっぽうぎが多数揃っている。同じ値段で平べったいエプロンも並べられていたのだが、私が欲しいと思ったのは、かっぽうぎのほうだった。

 結局、私はそのお店でかっぽうぎを四枚購入して帰宅した。そして、ガンモの前で着て見せた。ガンモは私が何度も何度も店頭でかっぽうぎを手に取って見ていたのを知っているので、
「おお、とうとう買ったか。良く似合うなあ」
と言ってくれた。その言葉に気を良くした私は、すぐに洗面所の鏡を見に行った。そして、洗面所の鏡に自分のかっぽうぎ姿を映し出して眺めた。自分で言うのも何だが、確かにかっぽうぎ姿が似合っていると思った。

 かっぽうぎを着ると、不思議なことが起こる。家事をしたくなるのだ。私は台所に立ち、普通の奥様みたいにてきぱきと家事をこなした。きっと、かっぽうぎには、女性たちが家事をてきぱきこなせるような魔法がかけられているのだ。私は、てきぱきと家事をこなすことのできるかっぽうぎがますます気に入り、
「職場でもかっぽうぎを着てみようかな」
と言ってみた。するとガンモは、
「まるみなら大丈夫だよ。だって、インドの神様のTシャツを着て仕事をしているくらいだから」
と言った。私は、
「そうだね。じゃあ、職場にかっぽうぎを持って行ってみるよ」
と言った。

 私は実際に、四枚購入したかっぽうぎの一枚をオフィスに持ち込んだ。そして、出勤すると、何食わぬ顔でかっぽうぎを頭からかぶり、仕事を始めた。誰かが何かを言って来るのではないかと内心びくびくしていたが、誰からも何も言われなかった。私なら、かっぽうぎを着て仕事をしていてもおかしくないと思われているのかもしれない。

 ありがたいことに、かっぽうぎは、オフィスの空調から身を守ってくれることがわかった。オフィスの空調は、冬であるにもかかわらず、いくつものパソコンの出す熱で暖かくなった室内を冷やすために、外気を取り入れている。私の席は、その外気が入って来る場所に近いため、頭の上から冷たい風が降りて来るのだ。だから私は、セーターの上から薄手のショールなどを羽織って防寒しながら仕事をしている。しかし、かっぽうぎを着ると、ちょうど薄手のショールくらいの保温力があるため、心地良いのだ。おまけに、ズボンのポケットには収まりにくいタオルハンカチも、正面にあるポケットがすっぽり包んでくれるので、二重にありがたい。また、仕事を終えると、かっぽうぎを脱ぐことで、仕事とプライベートの切り替えができる。とにかく、いいことづくめのかっぽうぎなのだ。

 かっぽうぎがひどく気に入った私は、ガンモにこんなことを言ってみた。
「かっぽう料理屋でもやろうかな」
ガンモは何も言わず、黙っていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 全国のかっぽうぎファンの皆さん、こんにちは。かっぽうぎは、エンジンのかかる服だと思います。どういうわけか、「よおし、やるぞお!」という気持ちになることができますね。かっぽうぎを着てみて、「なあんだ、私だって、ちゃんと家事ができるじゃん」と思ったのであります。全国の奥様が、家事をちゃんとこなしているのは、家事をするエネルギーを注ぎ込んでくれるかっぽうぎを着ているからだと思います。(笑)

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2008.02.23

映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』

 仕事が落ち着いて来たので、派遣会社の福利厚生サービスを利用して購入しておいた映画の前売券を有効活用すべく、映画館へと向かった。観た映画は、イギリスとスペインの対立を背景にイギリス女王エリザベス一世の孤独と苦悩を描いた作品である。この映画の前作として、同じ監督がエリザベス一世役のケイト・ブランシェットを主人公に起用した作品があるらしいが、私は前作を観ていない。

 この映画を観たとき、昨年六月に観た映画『クィーン』を思い出した。あの作品の中でも、女王であるがゆえの苦悩と葛藤が実に良く描かれていた。映画『クィーン』では現在のエリザベス女王が描かれ、今回の作品ではエリザベス一世が描かれているというのに、二人の女王像が重なってしまうのは、女王としての苦悩と葛藤が同じように伝わって来たからだろう。

 そんな女王の苦悩とは裏腹に、女王の権力を利用しようとする人たちが次々に女王に謁見を望んでやって来る。しかも、彼らは女王に対し、お世辞ばかり並べ立てて、女王に気に入られようとする。女王は、そんなお世辞にはもう慣れっこで、彼らに下心があることをちゃんと見抜いているのだった。権力を持つということは、実に悲しいものである。何故なら、下心のない本物の感情に出会うチャンスを失ってしまうからだ。また、頂点に立つということで、誰かと対等な関係を結べなくなってしまうことにも孤独を感じてしまう。

 こういう映画を観ると、女王という地位は「職業」なのだと思ってしまう。何故なら、私たちが仕事を通して体験しているように、本音とは別のところで決断を下さなければならないことが多々あるからだ。女王としての威厳を保ちながら、また、規則に縛られながら、心の中では泣いている。自分と対等な人物がいない立場は、何と孤独なのだろう。常に誰かの上に立たなければならない人には、自分の弱い部分を見せることのできる人物が誰もいないからだ。そんな中にあって、女王の権力を利用するというよりも、できる限り素の状態で女王と接しようとしたウォルター・ローリーとは、良好な関係を築いて行く。

 忘れられないのは、女王がローリーと侍女のベスを踊らせるシーンだ。女王は、自分よりも自由に動き回ることのできるベスに自分自身を重ねようとする。自分は自由に動き回ることができないものだから、彼女の経験を自分自身の経験に重ねることで、自由の喜びを間接的に感じようとするのである。女王がローリーとベスを踊らせたということは、すなわち、自分自身がローリーと踊りたかったということに他ならない。女王であるがゆえに、ローリーと踊りたくても、踊って欲しいと口にすることができなかった。一国の頂点に立つ者としてのプライドが邪魔をして、自分自身の気持ちに素直に振舞うことのできなかった女としての悲しさと、ベスに託したローリーへの強い想いが伝わって来る印象的なシーンだった。

 ただ、良くわからなかったのは、ローリー自身の気持ちだ。実際のところ、彼は女王に対し、どのような感情を抱いていたのだろうか。最初のうちは、何としてでも女王に謁見したがっていたローリー。最終的に、彼が親密な関係を結んだのが女王ではなかったのだとすると、果たして、彼が女王に謁見したがっていた目的は何だったのだろうか。また、女王の暗殺計画など、登場人物が多過ぎて、なかなか追い切れないシーンも多かった。特に、スコットランド女王メアリーとの確執の部分は、理解し切れなかった部分も多い。ただ、私は気づかなかったが、至るところに細かい史実が取り入れられ、歴史ファンにはたまらない作品に仕上がっているらしい。

 女王のファッションの豪華さや、これから黄金時代を築いて行くにふさわしい物質的な豊かさとは裏腹に、本当の気持ちで誰とも繋がることのできなかったエリザベス一世。権力を持つということは、同時に何かを失うことでもあったのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m イギリス英語に興味のある私は、映画の中で語られているイギリス英語にじっと耳を傾けていたのですが、王室の人たちが話す英語なので、ロンドンで聞き取った英語とは抑揚が違っていました。今ではクィーンズイングリッシュという言葉は広い意味で使われているようですが、この映画で王室の英語が忠実に再現されているのだとすれば、確かに美しい英語だと感じました。エリザベス一世役のケイト・ブランシェットは、映画『バベル』にも出演されていましたが、やはり主役を演じるとなると、女優さんとして大いに映えますね。本当に苦悩する女王のようでした。パイレーツ・オブ・カリビアンシリーズでキャプテン・バルボッサを演じていたジェフリー・ラッシュも海賊とはうって変わって、正統派の役で登場しています。キャストと言い、ファッションと言い、とても贅沢な映画だと思います。

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2008.02.22

良く頑張りました

ホットヨガ(九十一回目)の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 平日の夜のレッスンのあとは、シャワーを浴びたばかりなので、私は自宅でお風呂に入らずに自分のやりたいことを優先させることが多いのですが、この日の夜、ガンモが「俺、別府に行って来るから」と言いました。仕事で急に別府に行くことになったのかと思いきや、何と、別府の温泉の入浴剤で一人でお風呂に入るという意味だったのです。結局ガンモは一人でお風呂に入りましたが、ああ、私もガンモと一緒にお風呂に入りたかったなあと思いました。やっぱり、夫婦別行動は寂しいものですね。

 そろそろ、今月の初めに受験したTOEICの結果が郵送されて来るはずだった。最近、ガンモのほうが私よりも帰宅時間が早いので、私はガンモに、
「もしもTOEICの結果が郵送されて来てたとしても、私よりも先に開封しないでね」
と念を押しておいた。「今日は届いているかな?」と思い、先に帰宅しているガンモに電話で尋ねてみると、「まだ届いていない」という返事が返って来ることが何日か続いた。

 ホットヨガのレッスンを終えたあと、先に帰宅しているガンモに電話を掛けてみると、ガンモが何やら意味深な様子で受け答えしているのがわかった。会話と会話の間に、妙な間が空くのだ。
「もしかして、TOEICの結果が届いてるの?」
とガンモに尋ねてみると、ガンモは、
「届いてるから」
と言う。ついに二百点アップした結果が郵送されて来たのだ。ああ、早く帰宅して結果を見たい。私はガンモに、
「絶対に先に開封しないでよ」
と釘をさしてから電車に飛び乗った。

 ところが、帰宅してみると、ガンモの様子が更におかしいのだ。私の顔を見るなり、ニヤニヤ笑うのである。私は、
「さては開封したなあ?」
とガンモに詰め寄った。するとガンモは、
「良く頑張りました」
などと言うではないか。ガンモはやはり、私の帰宅を待ち切れずに、私よりも先に私のTOEICの結果を開封してしまったのである。私が二百点アップなどと宣言したものだから、自分の最高スコアが私に抜かされてしまうのではないかと気になったのだろう。

 それにしても、ガンモが言った「良く頑張りました」は、どのようにとらえたらいいのだろう。まさか、本当に二百点アップしているのだろうか。そうなると、私はガンモの最高スコアを抜いたことになる。しめしめ。私の心は躍っていた。そして、震える手で、ガンモが既に開封したというTOEICの封筒を開いたのだ。果たして、そこに印字されていた私のスコアは・・・・・・。

 「ええっ?・・・・・・」
そのスコアを見たとき、私は「何故?」と思った。そう、二百点アップにはとても及ばなかったのである。それでも、ガンモが私に「良く頑張りました」と言ってくれたのは、前回よりも五十点アップしていたからだ。まだまだ喜べるような点数ではないものの、私としては、初めてのン百点台に突入したわけである。誤差の範囲内かどうかはわからないが、前回よりもリラックスした気持ちで試験を受けることができたので、リラックスした分の効果だけは現れているようだった。

 しかし、まだまだ自分の思い描くスコアには及ばない。私ははたと閃(ひらめ)き、
「そうだ、ツインソウルの誕生日のスコアを目指すことにしよう!」
と言った。実は、私が今回獲得したスコアは、私にとって、ある縁(ゆかり)のある人の誕生日を意味するスコアだったのだ。そこで私は、自分の周りにいる人たちの誕生日を思い浮かべ、TOEICのスコアとして目標にできそうな誕生日の人がいるかどうかを検討した。その結果、すぐに思い浮かんだのがツインソウルの誕生日だったのである。
「何てったって、ガンモの誕生日のスコアは、もうクリアしてるもんね」
と私は言った。ガンモの誕生日は一月五日である。だから、ガンモの誕生日を目指すとなると、百五点だ。さすがにそれはクリアしているので、もう目指せない。同じ目指すのなら、○○点以上という曖昧な領域に踏み込もうとするのではなく、狙ったスコアそのものを目指してみるのも、英語学習の楽しみが増えるというものだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m やはりTOEICの試験は、受験英語とは違いますね。毎回、結果が郵送されて来る度に、「これが私の本当の実力なの?」と落胆してしまいます。それと同時に、私は実用にもならないことを、時間を掛けて一生懸命覚えて来たのだろうかと残念にも思うのです。もしかすると、受験英語は、日本だけに閉じた英語なのかもしれません。現時点で、ガンモと私の最高スコアとの差はガンモの誕生日と同じ百五点です。私のほうがガンモに負けています。ガンモは仕事で英語を使うことが多いので、実用英語に強いのでしょう。実際に、業務で英語を使っていることでTOEICの点数が伸びているなら、やはり、受験英語はあまり役に立たないということになりますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.02.21

ホットヨガ(九十一回目)

SPITZ JAMBOREE TOUR 2007-2008 "さざなみOTR" in 神戸の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 何だか最近、気ばかり急いてしまって、なかなか文章を踊らせることができていません。昼休みの終了時間を気にしながら、慌てて書き上げているという感じです。自分の持ちこみノートパソコンを開いて「ガンまる日記」を書いていますので、昼休みが終われば、ノートパソコンをぱたりと閉じなければならないのです。昼休みが終わる頃にはいつも、「ああ、早くアップしたい! でも、まだ推敲が終わっていない!」そんな葛藤が渦巻いていますが、推敲が終わっていなくても、「早くアップしたい!」という気持ちのほうが、いつも勝ってしまうのです。

 ようやく仕事が落ち着いて、比較的早い時間に帰宅できるようになった。今月末納品の仕事をもう一つ抱えてはいるのだが、そちらの作業にはまだ余裕がある。そこで、平日のレッスンの予約を入れてみることにした。毎度のことながら、平日のレッスンの予約はドキドキする。いつ、仕事の状況が変わるか、まったく予測できないからだ。最悪の場合、レッスンの予約をキャンセルすることも考慮に入れておかなければならない。キャンセル可能な時間帯に状況がわかれば良いのだが、キャンセルできない時間帯に緊急事態が発生してしまった場合、レッスンに参加できなくても回数券が消費されてしまう。そのため、平日のレッスンの予約は、一か八かの賭け事みたいにドキドキしてしまうのだ。

 この日はもともと、月に一度の定時退社日に該当する日だったのだが、どういうわけか、定時退社日は別の日になったという案内メールが届いていた。つまり、定時退社日ではないものの、かつて定時退社日の候補に上がっていた日というである。仕事も落ち着いて来たことだし、仕事を早く上がる理由としては十分な条件だ。

 水曜日のレッスンというと、神戸店で行われている七十五分のアクティヴコースがある。仕事を終えた私は、いつものように地下鉄を乗り継いで、神戸店のある神戸へと向かった。

 ロッカールームで、着替え中のフリーパス会員の方と目が合った。いつも私の記事に登場しているフリーパス会員のあの方と親しくお話をされていた方だ。どうやら私のことを認識してくださっているらしく、軽く挨拶してくださった。何となくうれしい。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、いつもよりも参加者の数が多かった。レッスンを担当してくださったインストラクターは、前回のレッスンでお世話になったインストラクターだった。インストラクターの話によれば、三宮店が休館日のため、この日のすべてのレッスンが満員状態だったのだそうだ。

 私がスタジオに入ったとき、ヨガマットはスタジオの奥のほうと手前のほうの二つしか空いていなかった。奥のほうまで足を運ぶのが面倒だったので、手前のヨガマットを選んだのだが、レッスンが始まってみると、その場所はひどく熱のこもる場所だということがわかった。そのため、インストラクターがときどき空調の電源を入れて、冷たい空気を送り込んでくださった。そういうヨガマットが最後まで残っているということは、一度でもその場所にあるヨガマットでレッスンを受けたことのある人たちがわざわざ避けているとしか思えなかった。私はこれまで、インストラクターのすぐ近くにあるヨガマットでレッスンを受ける傾向が強かったが、これを機会に、いろいろな場所のヨガマットでレッスンを受けてみるのも、それぞれのヨガマットの事情がわかって面白いのではないかと思った。

 前回は、九十分のアクティヴコースだったが、今回は同じアクティヴコースでも七十五分のレッスンなので、少し気が楽だった。ただ、夕食をとってしまったためか、熱がこもる場所でレッスンを受けているにもかかわらず、汗があまり出て来なかった。

 さきほどのフリーパス会員の方も含め、何度か顔を合わせている人たちが同じレッスンを受けていた。そのうちの一人が、レッスンを終えて着替えをしている私と接触し、
「ごめんなさい」
と、鷲のポーズのように片手を立てて謝った。何となくそのときの表情が、ずっと以前から私のことを認識してくださっていることをほのめかすような言い方だったので、次回からは、彼女と軽く挨拶できそうな気がした。

 着替えを済ませてロッカールームを出て行こうとしたとき、レッスン前に軽く挨拶をしてくださったフリーパス会員の方がまだ着替えをしていた。私は少し迷ったが、彼女に軽く挨拶をしてからロッカールームを離れることにした。彼女は私に、にこやかに挨拶を返してくれた。ああ、何だろう、この気持ちは。素直にうれしい。

 これまで何度か顔を合わせている人とのコミュニケーションがどのように発展して行くか、何となくわかったような気がする。コミュニケーションを始めるときに、自分も相手も同時に開いていることが大切だった。コミュニケーションは、接点から始まるのだが、その接点が、他と接続可能な状態にあるかどうかで、コミュニケーションを始められるかどうかが決まるのだ。例えば、私が使っている携帯電話の充電器は、コンセントに接続する端子が折りたたみ式になっている。充電器とコンセントでコミュニケーションを始めようとするときは、折りたたんでいる端子をわざわざ起こして接続する。端子を折りたたんだままではコンセントに接続することができないからだ。お互いに何度も顔を合わせているのに、コミュニケーションを始めないのは、お互いに端子を折りたたんでいる状態に等しい。しかし、相手の端子が折りたたまれていないとわかると、自分の端子も開くようになる。先に端子を開いてくれている人と、端子を折りたたんでいる人が出会うことで、コミュニケーションが始まる。そういうことだったのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もっと若い頃は、より多くの人たちに対しても端子を開いていたように思います。でも、年を重ねて来ると、次第に保守的になって来ますね。交流する人を増やすことで、既に交流を築き上げた人たちとのコミュニケーションがこれまでと同じペースで実現できなくなってしまうのを恐れているかのようです。開いている人に出会うと、自分が閉じているのがわかりますね。(苦笑)

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2008.02.20

SPITZ JAMBOREE TOUR 2007-2008 "さざなみOTR" in 神戸

 ホットヨガのレッスンのあと、映画『潜水服は蝶の夢を見る』を観た私は、三宮にある神戸国際会館の前でガンモと待ち合わせをした。そう言えば、前日も映画『母べえ』を観るために神戸国際会館に足を運んだばかりだった。

 今回のライブのチケットも、スピッツのファンクラブであるスピッツベルゲンで申し込んでおいたものだ。スピッツベルゲンでは、コンサートのチケットを一人二枚に限り申し込みできるようになっている。スピッツベルゲンからは、去年のうちにチケットが確保できたとの知らせが入っていたので、私はガンモに、
「二月十七日はスピッツのライブがあるから、仕事の予定を入れないでね」
と言っておいた。ガンモは確かに、
「わかった」
と答えたのだが、二月の出勤スケジュールが組まれるときに、コロッと忘れてしまっていたらしい。二月に入り、
「もうすぐスピッツのライブだけど、大丈夫だよね?」
とガンモに確認すると、
「えっ? いつだったっけ?」
と言う。私は、
「十七日だよ。前から言ってたでしょ?」
と口を尖らせた。するとガンモは、自分のスケジュールを確認したあと、
「それはいかん。仕事の予定、入れちゃった」
と言うではないか。私は、
「ええっ? ずっと前から言ってたのに!」
と声を荒げた。ガンモは、私が口頭で述べたスケジュールを、スケジュール帳に書き込んで管理していなかったのだ。仕方がないので、私は誰か別の人を誘ってライブに出掛けようかと思い始めていた。スピッツのライブなら行きたいという人は、周りにたくさんいるのだ。

 ところがガンモは、
「何とか調整するから」
と言う。ガンモもまた、スピッツのライブなら行きたいと思っている一人だったのである。幸か不幸か、ガンモの仕事は十八時頃から深夜に掛けての仕事だった。そこで、一緒にペアを組んで仕事をする後輩に頼み込んで、スピッツのライブが終わってから参加するということにさせてもらったというわけだ。

 会館に続くエスカレータを登ると、入口横にはたくさんの立見客が列を作って並んでいた。立見でもいいからライブに参加したい情熱を持った人たちである。これだけの立見客が出るということは、座席指定のチケットは既にソールドアウトということでもある。

 私たちの席は、一階席の後ろのほうだった。神戸国際会館のホールは、例え後ろのほうの席であっても、ステージを見渡せるような造りになっている。おそらく、設計がいいのだろう。観客席の両脇には、かつて私の友人が「味噌汁」と呼んだお椀型のせり出した特等席がある。ステージに登場したヴォーカルのマサムネは、観客に向かって、こうしてライブに足を運んでくれたお礼を述べたあと、
「横丁の人たちも"ようこちょ"」
と言って笑いを取っていた。

 スピッツのライブに参加するのは、これで何回目だろう。かつて私は、近県のライブだけでなく、日帰りで静岡の磐田まで遠征していたこともあった。じかし、今ではライブに参加するペースも年に一回程度に落ちてしまい、遠征していた頃に出会ったライブ仲間たちとも交流が途絶えてしまった。どんなアーチストにも熱心なファンはいるもので、私が遠征していた頃に知り合ったライブ仲間たちも、遠征回数が多いために遠慮がちに休暇を取りながら、格安料金で移動できて時間も節約できる夜行の高速バスを利用して、ライブ通いを生きがいにしている人たちが多かった。そうした人たちは、ライブ前になると互いに連絡を取り合って、ライブ前に何となく集まって、互いにスピッツへの情熱を確認し合ったりする。私は、そうした時間がとても好きだった。

 いろいろなアーチストのライブに足を運んで来た私から見ると、どういうわけか、彼らにはアマチュアバンドのような雰囲気が漂っているように思える。アマチュアバンドを感じさせるような素人っぽさが、私にはとても新鮮なのだ。素人っぽさを感じるのは、素直で堅実な音楽性だからだろうか。ヒット曲も多いので、シングルで発売された曲が流れると、たいていは良く知っている曲である。私は、普段からちょっとひねくれたプログレッシブロックに耳が慣れているので、スピッツのような素直で堅実な音楽を耳にすると、音楽の原点に帰って行くような気がする。ヨットヨガのポーズで言うと、ビギナーコースかベーシックコースに参加したような気持ちになるのだ。

 彼らがアマチュアバンドのように感じられるもう一つの理由として、場慣れしていないMCを挙げておこう。私が最も良く足を運んでいるアーチストが芸人さん並に場慣れしているので、観客とのコミュニケーションが、どことなく素人っぽく感じられるのかもしれない。ファンから、歌よりもしゃべりを重視されているさだまさしさんのようなアーチストもいるくらいだが、おそらくスピッツのメンバーは、しゃべりで観客を惹きつけようとする打算がないのだと思う。そういう意味においても、とても素直なバンドであると感じるのである。

 毎度のことながら、スピッツのライブは、最初は大人しく、エンディングに近付くに従ってどんどん盛り上がる。言い換えると、最初のうちは、手拍子だけで耳を傾ける軽快な曲が演奏される。それがやがて、エンディングに近づくに従って、次第に乗りのいい曲に変わって行くのだ。最初は大人しい観客たちも、最後には総立ちになるというパターンだ。私がいつも参加しているアーチストのライブは、前半はぶっ飛ばし、中ほどは少しお休みし、後半も再びぶっ飛ばすが、最後はしっとりと終わるパターンが多い。それに対し、スピッツは観客がはじけたままで終わる。それぞれのアーチストのライブに参加した観客のテンションをグラフにしてみるのも面白いかもしれない。

 幅広いファンに支持されているスピッツのライブは、およそ二時間余りで幕を閉じた。コンサートの記念に、私はTシャツを二枚購入した。スピッツのTシャツは、私よりもガンモが好んで着ている。ガンモはときどき、これ見よがしに、私の好きなアーチストのライブに、スピッツのTシャツを着て行くことがある。私も、大多数の人たちに受け入れられているスピッツのTシャツなら、そのTシャツを着て、街を歩いていても恥ずかしくないと思ってしまう。つまりは、私が好きなアーチストのTシャツは恥ずかしくて着られないということだ。スピッツは、音楽性も素直だが、ファンもまた、素直にスピッツを好きと周りに宣言できるバンドなのだと思う。

 ライブに参加したあと、後輩を待たせているガンモは深夜の仕事へと出掛けて行った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、新しいアルバムが発売されているというのに、予習もせずに参加してしまいました。(苦笑)それでも、往年のヒット曲や、これまでライブで聴かせてもらった曲もたくさん演奏されましたので、楽しむことができました。ライブでは、耳にすると、突然スイッチの入る曲がありますよね。私たちにとっては、「燃えるようなアバンチュール♪」で始まる「俺のすべて」でした。それまで椅子に座って聴いていたガンモも立ち上がり(私はもちろん立っていましたが)、身体全体で乗りまくっていました。盛り上がったままライブが終わるので、ライブが終わったあとは、実に燃え尽きた感じなのであります。

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2008.02.19

映画『潜水服は蝶の夢を見る』

 ホットヨガのレッスンのあとは、いつものように神戸店のスタジオのすぐ隣の映画館に足を運び、観たい映画の入場整理券を発行してもらってから昼食をとった。ミニシアター系の映画館の多くは、指定席ではなく、受付で発行してもらった入場整理券の番号順に入場する仕組みになっている。しかし、私のように、上映の二時間前に足を運んだとしても、一番の入場整理券を獲得できないことがある。できるだけ良い席で映画を観たいと思う情熱がそうさせるのか、早い時間に映画館の窓口に足を運び、先に受付で入場整理券を発行してもらってから自分の用事を済ませる人が多いようである。かくいう私も、映画の上映まで二時間ばかりあったので、昼食をとってから「ガンまる日記」を書き上げた。書き上げたあとは、またしても映画の上映時間にちょうどいい時間となっていた。

 再び映画館に戻ってみると、いつになくたくさんの人たちがこの映画の入場待ちをしていた。いつもならば、観客の数は、少ないときで数人程度、多いときでも十数人程度といったところである。しかし、私が申し込んだ上映回には、軽く見積もっても三十人以上の人たちが集まっていた。舞台挨拶に当たる日は別としても、これほど多くの人たちがこの映画館に集まって来るのは珍しい。この映画は、余程話題に上っている映画に違いない。私はと言えば、単にこの映画の予告編が頭の片隅に残っていたことと、昼食をとって、「ガンまる日記」を書き上げてから観るのにちょうどいい時間帯に上映されているというだけの理由でこの映画を選んだのだった。実際、上映されてからわかったことだが、あちらこちらでいろいろな賞を獲得し、世界的にもかなり評価の高い映画だったのである。

 この映画は、実話に基づいて製作されている。原作は、この映画の主人公である雑誌"ELLE"の編集長ジャン=ドミニック・ボビーだ。突然、脳梗塞(のうこうそく)を患(わずら)い、病院に運ばれた彼は、左目を二十万回のまばたきさせることによって、一冊の本を完成させた。それが、この映画の原作となっている本である。本の執筆にあたっては、言語療法士がアルファベットを一つずつ読み上げながら根気強く彼に問い掛け、該当する単語のときに彼がまばたきをして答える方法を取ったと言う。彼の唇は動かず、ぐにゃりと醜く曲がったまま固く閉じられている。映画の中では、アルファベットを順番に読み上げるシーンが何度も何度も登場する。そうした光景を目にすると、私たちは根気強くコミュニケーションを取り続けることの大切さについて考えさせられる。肉体的には、自分の意志を伝えることに問題のない私たちは、今や情報化社会に埋もれ、一人の人と根気強くコミュニケーションを確立させることが困難な状況になってしまっている。相手の言っていることがわからなくても、また、吸収できなくても、そこで立ち止まらずにとにかく前に進んで行くしかない。そんな生き方を選んでしまっている私にとって、アルファベットを一文字ずつ読み上げながら行うコミュニケーションは、特に心に響いた。

 この映画が多くの賞を取ったのは、脳梗塞という危機的な状況を描写しながらも、原作者、そして監督ともに、ユーモアの精神を忘れなかったからではないだろうか。例えば、主人公の鼻の頭に蝿が止まる。両手を自由に動かすことのできる私たちは、手を動かして蝿を追い払えばいい。しかし、身体の自由がきかない主人公は、自分の鼻の上に止まっている蝿すら追い払うことができない。そうした一見些細な不自由さを見逃さずに、主人公の心情を面白おかしく描写しているところに、この映画のユーモア精神が表れている。また、医師により、自由のきかなくなった右目を縫い付けられるシーンはとてもリアルだったが、右目を縫い付けられることに対し、主人公の抵抗する心情が面白おかしく、そして的確に表現されていた。

 主人公は、身体の自由がきかないことを、「まるで潜水服を着ているようだ」と表現している。潜水服を着ているように身体は重くても、思考は蝶のように軽い。だから、映像はしばしば、主人公の蝶の思考へとトリップする。それがまたおかしくもある。主人公の頭の中は、結婚していながらも、女性のことでいっぱいだ。愛人もいたようである。愛人からの電話に対し、妻が主人公の言葉を主人公のまばたきで一文字ずつ拾い、単語を解釈して愛人に伝えるといった残酷なシーンもある。そのあたりの主人公の生き方には共感できなかったが、映画としてとらえるならば、彼にはまだまだ身体を動かしながら実践したいことがたくさんあったととらえることができる。

 前半においては、身体の自由のきかない主人公の視点からの映像で構成されている。つまり、主人公が実際に見ていたであろう、左目だけのカメラワークだ。それが、突然、ぼやけてしまったり、そうかと思えば鮮明になったりとおぼつかない。そうした不安定な映像が、睡魔を誘う。実際、私は前半の途中でコックリコックリ居眠りをしてしまった。しかしそれは、映画が退屈だったと言うよりも、映像が催眠術のようで心地良かったととらえるべきだろう。それに対し、後半は、いきなり視界が広がり、通常の映像となる。となると、前半の描写が潜水服で、後半の描写が蝶ととらえるべきなのだろうか。

 シリアスな題材を扱っているにもかかわらず、泣けて来るシーンがないのは、さきほども書いた通り、この映画がユーモア精神に溢れているからだと思う。主人公と同じように、観客自身も蝶になって思考をトリップさせる。そういう方法で自分自身の思考をこの映画に預けてしまうことで、映画としての面白さを実感できる作品なのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 残念なことに、主人公は既に亡くなってしまっているそうです。しかも、亡くなったのは、二十万回のまばたきで完成させた本が発売されてわずか十日後だったとか。まるで、本の発売を待っていたかのようですね。エンドロールで氷山が崩れ落ちるシーンが繰り返されていますが、それが監督の表した脳梗塞のイメージなのでしょう。私たちにとっても、脳梗塞は身近な病気となって来ました。実際に身体が動かない状況になったとしても、コミュニケーションを取る方法は残されているのだということを心に留めておきたくなりました。更には、「死」についても考えさせられました。もしかすると、お葬式の最中に、故人は棺の中で「俺は死んでなどいない! ただ、心臓も脳も止まってしまっただけだ!」と叫びたい気持ちでいっぱいかもしれません。

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2008.02.18

ホットヨガ(九十回目)

映画『母べえ』の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 文面からも伝わったかと思いますが、何だか久しぶりに思うように言葉が出て来ませんでした。確かにいい映画ではあったのですが、なかなか感想を述べにくい映画だったのかもしれません。さて今回は、久しぶりにホットヨガの話題をお届けします。

 先日、三宮店のスタッフが、私の携帯電話にメッセージを残してくれていた。一体何事だろうと思いながらメッセージに耳を傾けてみると、もうすぐ私の回数券の有効期限が切れてしまうが、期限内に次の回数券を購入すれば、現在の残り分を持ち越しできるので、どうぞご検討くださいという案内だった。私も、もうすぐ回数券の有効期限が切れることはわかっていたのだが、ここのところ週末のイベントが多かったため、しばらくレッスンから足が遠のいてしまっていた。それはさておき、私は神戸店の会員なのに、何故、三宮店から連絡があるのだろうと、とても不思議に思っていた。

 ようやく日曜日に時間が取れて、久しぶりにレッスンを受けられることになった。ガンモは深夜の仕事が入っていたので、私は十時から神戸店で行われるレッスンに参加するため、朝の早いうちに家を出て、ガンモが仕事のために備えておく睡眠を妨げないようにした。実は、ガンモは深夜に仕事が入ってはいたが、夜は私と三宮で待ち合わせをして、スピッツのライブに出掛けることになっていた。

 久しぶりに受けたレッスンは、九十分のアクティヴコースだった。休日は、できるだけ時間を有効活用したいため、どうしても朝の早いうちにレッスンを受けておきたくなってしまう。朝の早い時間に受けられる刺激的なレッスンということで、久しぶりに九十分のアクティヴコースを選んだのである。九十分のアクティヴコースは、他の支店ではレッスンを受けたことがあるのだが、神戸店で受けるのは初めてのことだった。ちなみに、神戸店に九十分のアクティヴコースが登場したのは、比較的最近のことである。

 レッスンを担当してくださったのは、インド好きなインストラクターだった。彼女のレッスンは、もう何度も受けている。そして、今回のレッスンには、フリーパス会員のあの方も参加されていた。

 レッスンが始まってしばらくすると、私の隣のヨガマットにバスタオルを置いてヨガマットをキープしていた方が入って来られた。しばしばお見掛けする会員さんである。確か、私が着替えを済ませてロッカールームを離れたとき、ロッカールームには誰もいなかったはずだ。それならば、彼女は一体どこからやって来たのだろう。不思議に思っていると、彼女の身体にうっすらと汗がにじんでいるのがわかった。さきほど入って来られたばかりなのに、身体にうっすらと汗がにじんでいるのはおかしい。やがて私は、おそらく彼女もフリーパス会員で、九時半から別のスタジオで行われていたレッスンに参加されていたのだろうと想像した。

 レッスンの間中、いつもは壁に掛かっているはずの時計がインストラクターの目の前に置かれているのでどうしたのだろうと思っていた。インストラクター曰く、時計の電池を交換したところ、壁に掛けられなくなってしまったので、手元に置いているのだそうだ。インストラクターが、
「時計が私の手元にあるので見えにくいかと思いますが、十一時からのレッスンに参加される方は、そろそろお時間ですので、どうぞ」
とおっしゃったので、そこで何となく事情がわかってしまった私はクスクス笑った。フリーパス会員の方たちが、一日に何レッスンも参加されているのを知っていたからだ。すると、さきほどのインストラクターの言葉を受けて、フリーパス会員のあの方と、レッスンの途中から入って来られた方がスタジオから出て行った。なるほど、彼女たちはこれから別のレッスンに参加されるというわけだ。

 インストラクターは、二人のフリーパス会員の方たちを見送ると、
「凄いですよね。朝九時半から十四時半くらいまでずっとレッスンを受けてらっしゃるんです」
とおっしゃった。確か、私の記憶では、インストラクターが担当するのは一日一レッスンと聞いていた。インストラクターが一日一レッスンのペースだというのに、パワフルなフリーパス会員の方たちは、一日に何レッスンも受けていらっしゃるのだ。そうした効果が出ているのか、フリーパス会員の方たちのポーズはきりりと美しく、身体には余分な脂肪もついていなかった。私も時間が許すなら、一日中、飽きるほどレッスンを受けてみたいと思う。しかし、レッスンウェアは受講するレッスンの回数分、持参するのだろうか? 水を持参するだけでもかなり重いのではないだろうか?

 レッスンを終えて、受付で新しい回数券を購入した。今回から三十回券を卒業し、五十回券を購入した。三十回券は、半年間有効なのだが、五十回券は一年間有効なのだ。私のペースでは、三十回券は、期限内に消費し切れないことが多かったので、五十回券で一年間有効なら、ちょうどいいのではないかと思ったのだ。

 私が回数券を購入したことを、受付で対応してくださったスタッフが、事務所の中にいるさきほどのインストラクターに伝えてくれたらしい。すると、事務所の奥からさきほどのインストラクターが出て来て私にあいさつしてくださった。私は、
「この間、三宮店から、そろそろ回数券が切れるので、繰り越しのご案内をいただいたのですが、三宮店とも連携しているんですか?」
と尋ねた。すると、インストラクターが私の会員番号をご覧になり、
「いつも神戸店で回数券をご購入いただいているのですが、まるみさん(実際に呼ばれたのは私の苗字)は、三宮店の扱いになっていらっしゃいますね」
とおっしゃるのだ。驚いた私が、
「ええっ? どういうことですか?」
と尋ねると、
「確か、最初は三宮店にお問い合わせいただいて、それから神戸店に来られたんですよね」
とおっしゃる。確かにインストラクターの言う通りだった。三宮店でトライアルレッスンを受けようとしたところ、三宮店のトライアルレッスンの枠が既にいっぱいだったため、まだ空きのある神戸店をご紹介いただいたのだ。どうやらその時点で、私を識別する番号に、三宮店の番号が割り振られてしまったらしい。インストラクターは更に、
「三宮店の会員番号は、06から始まりますが、神戸店はXXなんですよ」
とおっしゃったのだ。
「うわあああああああ! 私の会員番号は確かに06から始まっていますが、それは、二〇〇六年に入会したからだと思ってました」
私はずっと神戸店の会員だと思っていたのに、実際は三宮店の会員だったのだ。例えはあまり的確ではないかもしれないが、今までずっとお母さんだと思っていた人が、実は血の繋がりのない里親だとわかったようなものだ。私はすっかり衝撃に打ちのめされてしまった。
「でも、ホットヨガ全体では同じですからね」
とインストラクターに慰められ(?)、何とか落ち着いた。

 スタッフの方たちに、これからの予定を聞かれたので、このあと隣の映画館で映画を観ることと、夜には三宮にある神戸国際会館で行われるスピッツのライブに出掛けることを話した。スピッツのライブに出掛けることに関しては、かなりうらやましがられてしまった。こうして、三宮店の会員だったのに、あたかも神戸店の会員であるかのように振る舞い続けていた私は、ちょっぴり複雑な思いを抱えたまま、神戸店のスタジオをあとにしたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これから隣の映画館で映画を観ることを告げると、
「あそこの映画館で映画を観たあとは、二時間くらい一人で喫茶店にこもって、考えごとをしたくなりますよね」
とインストラクターが言いました。私は彼女の表現がすっかりツボにはまり、大爆笑してしまいました。そうなんです。神戸店の隣にある映画館は、そういう映画館なんです。

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2008.02.17

映画『母べえ』

さらば三木鉄道の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m かなり鉄分の多い記事でしたので、とてもうれしく思います。きっと三月になれば、廃線前に乗り潰しておこうという人も一段と多くなるはずです。そして、もっともっとたくさんの感動的なドラマが生まれるのでしょう。私たちも、これまでいろいろな廃線を見送って来ましたが、その歴史を知らないのに、思わず感極まり、時には涙することさえあります。例えその路線と密接な関係になかったとしても、終わりは何だか物悲しいんですよね。

 派遣会社の福利厚生ページからは、時々思わぬ価格で映画のチケットが手に入ることがある。今回観た映画『母べえ』は何と九百九十円だった。ちょうどガンモもこの映画を観たいと言っていたので、ガンモと一緒に観るつもりで申し込んでおいたのである。

 時代は第二次世界大戦が始まる前の昭和十五年。父べえ、母べえ、初べえ、照べえと呼び合い、質素ながらも幸せに暮らしていた家族に、突然の不幸が降りかかる。ドイツ文学者である一家の大黒柱の父べえが反戦を唱えたとして治安維持法違反で逮捕されてしまうのだ。現代ではとても考えられないことだが、当時は言論の自由、思想の自由が認められていなかったため、自らの考えを自由に述べると逮捕されてしまうというようなことが起こっていたらしい。むしろ、こうした時代を乗り越えて来たからこそ、今のような時代に繋がっているのかもしれない。映画の中では、父べえの逮捕以降、母べえが二人の子供たちを立派に育てて行く様子が丁寧に描き出されている。

 不幸は、父べえの逮捕だけでは終わらなかった。父べえの長期不在のまま、間もなく戦争が始まってしまうのだ。私は戦争を知らない世代だ。だから、戦争というものに対し、今一つピンと来ない。働き盛りの男性たちが兵隊として招集されて行く。働き盛りの男性たちが家に居ないという点においては、父べえの長期不在と変わりがないのだが、当時の人たちは、お国のために戦争に出掛けて行くことは、大変名誉なことであると考えていたようだ。だから、何らかの事情で召集されない男性に対し、あたかも非国民であるかのような言葉を投げ掛けもする。犯罪者として捕らえられている父べえたちに至っては、「犯罪者に食べさせるような飯はない」とまで言われる始末だ。しかし、実際にすべての人たちがお国のために戦争に出掛けて行くことが名誉であると思っていたとは考えにくい。この時代、本音と建前をうまく切り分けることのできる人たちが太陽の光を浴びながら堂々と生きて、本音でしか生きられない人たちが日陰に回ることになってしまっているように思えるからだ。父べえも、建前を使えば家に帰ることができたのかもしれない。しかし、父べえは自分の考えを譲ろうとはしなかった。黒いものを白いとは言えない。そんな父べえのまっすぐな生き方を、彼を捕らえた人たちは、本当はうらやましく思っていたのかもしれない。

 母べえもまた、家の中では本音で生きることを教えていた。だから、娘たちが獄中の父べえに手紙を書くときに、心に思っていることをそのまま書けば良いと助言する。そして、周りから何と言われようとも、父べえは悪いことをして捕まったわけではないと主張する。その芯の強さに、私たちは心を打たれる。本音と建前で生きている人たちが多い中で、母べえや父べえの本音を貫く生き方が映えるのだ。

 この映画を観ていると、実の父でさえも母べえの味方になってくれないことを腹立たしく思うことだろう。母べえの実の父は警察関係者である。だから、自分の娘婿である父べえが逮捕されたことを心憎く思っている。それは、自分の立場を守るためでしかない。実の父もまた、建前で生きている人間だったのだ。建前で生きる父を持ちながらも、母べえが本音で生きることを選択したのは、母べえと父べえが本物の愛で結ばれていたことに他ならない。おそらく、母べえと父べえの間に建前など必要ないことが、とても心地良かったのだろう。

 母べえを取り囲む存在の中で決して忘れてはならないのが、父べえの教え子である山ちゃんの存在である。私は、○べえというニックネームが家族の間で流行っているのだから、山ちゃんも山べえで良いのではないかと思いながら観ていた。山ちゃんのニックネームに山べえが採用されなかったのは、家族と一線を置きたかったからなのだろうか。

 浅野忠信氏が演じている山ちゃんは、忠実にその時代を生きた男性像が再現されているかのようだった。果たして、浅野忠信氏以外に山ちゃんの役を演じ切ることのできる俳優さんがいるだろうか。そう、この映画はありとあらゆる人が適役を演じていたと思う。とりわけ、三十代からの母べえを演じた吉永小百合さんの演技は素晴らしい。彼女以外に、母べえの役を演じ切ることのできる女優さんがいるだろうか。鶴瓶師匠以外に奈良のおじちゃんの役を演じ切ることのできる俳優さんがいるだろうか。そして、でんでん以外に・・・・・・。

 私にとっては、時代背景を理解するのがなかなか難しい状況にはあったものの、建前で取り繕ろうとせず、本音で生き抜く家族の生き様をまざまざと見せ付けられた気がする。山ちゃんが母べえへの想いを必死に心に秘めていた設定もいい。金づちなのに、家族を海水浴に誘うなんて、普通ならできないことだ。例え逆境の中にあったとしても、一生懸命支えてくれる人たちに出会うことができて、母べえの人生は波乱万丈ではあったものの、きっと最期には幸せだったと言える人生だったに違いない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 予告編を観たときに、父べえが逮捕されるシーンが映し出されていました。一体どんな罪で逮捕されたのだろうと、実際に映画を観るまでわからなかったのですが、現代っ子の私が観ると、「なんでそんなことで逮捕されなければならないの?」という疑問を持ちました。しかし、かつては本当に「そんなこと」で逮捕されていたのですよね。こういう時代に学問を続けるということは、至難の業だったことでしょう。感情的に大きく盛り上がるようなシーンはなかったのですが、おそらく、当時の日本の様子が忠実に再現された映画なのだろうと思いました。私たちが歴史をとらえるときに、百年単位でとらえがちですが、わずか数十年前の日本は、今の日本とはまったく違う世の中だったのですね。過去を振り返るとき、失ったものもあれば、得たものもあると思います。だから、一概にこの時代が良いとは言い切れないのですが、思想の自由、言論の自由という点においては、現代のほうがずっと生き易いのは言うまでもありません。父べえも、今の時代に生きていれば、捕らわれることもなかったのです。

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2008.02.16

さらば三木鉄道

かいわれだいこん!の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ガンまる用語はこれからも増えて行くことでしょう。そう言えば、「禁止!」というのもガンまる用語でしたね。実は、「禁止! 禁止! 禁止!」と言いながら、両手を挙げる踊りもあるのです。二人だけで生活していると、二人だけの文化が出来上がって行くのですよ。さて今回は、さらばシベリア鉄道ではなく、廃線が決まっている三木鉄道のお話です。

 兵庫県三木市を走る第三セクターの三木鉄道が三月末をもって廃線になるという。そこで私はホットヨガのレッスンをキャンセルし、ガンモと二人で三木鉄道にお別れを言いに出掛けて行ったのである。

 私たちはJRの新快速電車に乗り、ひとまず加古川へと向かった。途中の三ノ宮駅で、私たちの乗った新快速電車が停止信号を受けたため、三ノ宮駅のホームにしばらく停車することになった。アナウンスによれば、先行の新快速電車が三ノ宮駅の先の兵庫駅で人と接触したため、安全確認を行っていると言う。人身事故を想像して、もしも本当に接触しただけなら、命だけでも助かっていて欲しいと願っていると、今度は別のアナウンスが流れた。何と、空(から)のベビーカーが新快速電車に接触し、線路内に落ちたため、安全の確認を行っていると言う。情報が交錯し、一時的に間違った情報が流れるのは良くあることだ。人身事故じゃなくて良かったと、ホッと胸を撫で下ろした。なかなか発車しない新快速電車を見切って、次々に入線して来る快速電車や普通電車に乗り換える乗客が多い中、私たちは新快速電車に座れたのをいいことに、人の少なくなった新快速電車に残り、のんびりと発車の指示を待っていた。ようやく安全が確認され、私たちの乗った新快速電車が動き始めた。

 私たちは加古川で降りて加古川線に乗り換え、厄神(やくじん)で降りた。厄神は、三木鉄道の乗り換え駅となっている駅だ。三木鉄道は、厄神から終点の三木までをおよそ十二、三分程度で結ぶ短い路線である。

 廃線を控えた土曜日とあって、本格的なカメラを持った鉄道ファンが多く見られた。廃線の決まった路線に乗車する度に思うのだが、普段からこれだけ多くの人たちが利用してくれたら、廃線に追い込まれることもないのにと、運転士さんたちは思っていることだろう。どんな路線も、廃線前に多くの鉄道ファンを集め、必ずひと花咲かせるのである。

 三木鉄道の走行中に広がるのどかな田園風景は、鉄道ファンにとっては格好の撮影ポイントになるだろう。おそらく来月になれば、もっと多くの鉄道ファンが押しかけて来て、田んぼの中からカメラを構えることだろう。

 第三セクターの運営は、市町村が行っている。三木鉄道の廃線が決まったのは、三木鉄道の廃線を政策として掲げた市長が当選したことによるものらしい。すなわち、市政を立て直すために赤字経営の三木鉄道を切り捨てる政策を掲げたのである。

 わずか十数分で終点の三木に到着した。私たちは三木鉄道の車両と駅舎をカメラに収めた。そして、散策がてら、神戸電鉄の乗り換え駅へと歩き始めた。途中、消防署の人たちがホースを洗って干しているという珍しい光景に出会った。三木市は、昔ながらの古い建物の多い町だと思った。

 三木市立金物資料館に立ち寄り、三木市で造られている金物を見学した。資料館の入口では、「村のかじや」のメロディーが私たちを迎えてくれた。資料館には、ナイフやのみ、のこぎりなど、多くの金物が展示されている。申し訳程度に並べられているのではない。狭い館内に、本当にたくさんの金物が真剣に陳列されているのだ。それらの中に、豆ナイフと書かれた小さなナイフが展示されているのが目に留まった。カメラの世界にも豆カメラがある。その道を究めた人たちにとって、通常よりも小さいサイズの道具は、愛でるために思わず手元に置いておきたくなる一品なのだろう。こういう展示物は、コレクター精神をくすぐってくれる。金物資料館を訪れて、同じ兵庫県の住民として、三木市が金物で有名だったということに驚きと感動を覚えた。

 そこから神戸電鉄三木上の丸まで歩き、神戸電鉄に乗り、神戸駅近くの新開地(しんかいち)まで出た。新開地からは、歩いて神戸まで出る予定だったのだが、このあと観る予定にしていた映画の上映時間が迫っていたため、阪急電車に乗り、三宮まで出た。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、さらば三木鉄道をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 三木鉄道は、走行距離がわずか六.六キロという短い鉄道です。車窓に広がるのどかな田園風景をもっともっと眺めていたいのに、走行距離があまりにも短過ぎるため、すぐにまた折り返してもう一度味わいたいような衝動に駆られます。国鉄から第三セクターになり、市町村が三木鉄道の運営に関わることになったわけですが、私が三木市民なら、三木鉄道を廃線にするという政策を掲げている人を市長には選ばないでしょうね。(苦笑)もちろん、廃線に追い込まれるには様々な理由があるのでしょうが、何も鉄道の廃線だけでなく、他のことも含めて、切り捨てることで守ろうとするのではなく、生かすことで守ろうとする姿勢(市政)のほうが好感が持てます。市政を立て直すプロセスにおいて、人々がどんな感情を味わうかが大切なのではないでしょうか。切り捨てようとすると、やりきれない気持ちや悲しみが伴いますが、生かそうとすると、希望や喜びを味わえるシーンもあるのではないでしょうか。

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2008.02.15

かいわれだいこん!

十二周年と四周年の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 毎年バレンタインデーがやって来ると、ガンモと交際を始めた頃のことを思い出します。ちょうどバレンタインデーを過ぎた頃、銀座にある松屋デパートで中古カメラ市が開催され、そのときに初めてみんなの前で手を繋いで登場したんですよね。あの頃は照れ臭いやらうれしいやらで舞い上がっていましたが、今となってはとても懐かしい思い出です。

 ガンモに送信したメールの返事が返って来ると、時々「あれっ?」と思うことがある。メールのタイトルには、私が送信したメールのタイトルにRe: が付加されてはいるものの、私の書いた内容にはまったく答えずに、自分の言いたいことだけを書いて来ることがあるからだ。私はその度に、
「ちょっとガンモ! これじゃあ、全然会話になってないじゃん!」
と言って怒っている。

 最近、そういうことが多くなって来たので、私たちは「会話になっていない」ことを示すガンまる用語として、「かいわれだいこん」を新設した。「かいわれ→会話割れ」のようなイメージである。メールのやりとりにおいても、また、日常会話においても、相手の言葉を受けずに自分の話を始めてしまう行為に対し、
「かいわれだいこん!」
と指摘するのだ。

 相手の発言を受けずに、自分から新しい話を始めてしまうのは、携帯電話のメールを使ったコミュニケーションに多いように思う。携帯電話はとてもお手軽なコミュニケーションツールではあるのだが、パソコンに慣れている人にとっては、文字が入力し辛かったり、また、課金のことが気になって、長いメールを送信したくないと言った事情も絡んでいるように思う。多くの場合、携帯電話のメールで相手の言葉を受けるのは、「ノー」のときだけであり、「イエス」のときはその話題に触れないでいることによって、コミュニケーションを省略してしまっているのではないだろうか。「かいわれだいこん!」は、そんなコミュニケーションではいけないという戒めの言葉でもある。

 携帯電話のメール以外にも、特にO型には思考が飛びがちな傾向が強い。ガンモも私もO型だ。カラオケに行って、他の人が歌っている間に自分の歌いたい曲を検討するのと同じように、相手が話をしている間に様々なことが頭の中を駆け巡り、相手の話が途切れた段階で、相手が直前に言ったこととは関係なく、自分の思っていることを口にしてしまうのだ。そんなときも、
「かいわれだいこん!」
は効果的である。

 本来ならば、ギッコンバッタンとシーソーのように成り立って行く会話も、「かいわれだいこん!」の状態になると、そこでいったん途切れてしまう。しかし、「かいわれだいこん!」で渇を入れることによって、元の話題に戻ることができるのである。ふと我に返ることのできる一言、「かいわれだいこん!」を、皆さんも日常生活の中に取り入れてみてはいかがだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これまでにもご紹介して来ましたが、私たちはいろいろな用語を生み出して来ました。その一部をここでおさらいしておきますね。「お客さん(生理)」、「守衛さん(ナプキン)」、「先客(タンポン)」、「学校(会社)」、「愛シチュー(愛している)」、「前シッポ(おチンチン)」、「飯、残業(ご飯を食べて残業するよ)」、「パン食ってっから(パンク修理してるから)」などであります。こうして振り返ってみると、人生を面白おかしく生きているのが伝わりますかね。(苦笑)

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2008.02.14

十二周年と四周年

自分自身の身体だけが知っているの記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの反響に驚いています。きっと、情報の海に溺れそうになっているのは、私だけではないのでしょうね。現代社会を生きて行く上で戸惑うのは、もはや情報量の多さだけではありません。私は、スピードの速さにも対応できなくなってしまいました。数時間後にメールの返事を返さなければ、「返事が遅くなってごめんね」などと謝るのが当たり前になっている世の中は変だと思います。と言いつつも、こうして「ガンまる日記」を毎日更新している私は何者でしょう?

 私にとって、バレンタインデーは、二つの記念日と重なっている。一つは、ガンモと私が交際を始めた日。そしてもう一つは、私が「ガンまる日記」を書き始めた日だ。ガンモと私が交際を始めて今年でちょうど十二年になる。私たちが付き合い始めて十二年ということは、ガンモと迎えるバレンタインデーも今年で早くも十三回目になるわけだ。

 バレンタインデーだというのに私は残業だった。昨年から続いていたプロジェクトがようやく大詰めを迎え、納品に向けて本格的に動き始めたのだ。現在、納品のための準備であたふたしているところだ。

 残業を終えた私は、いつものようにダ○エーに向かった。もちろん、水をもらって帰ることも目的の一つだったが、ガンモに渡すバレンタインのチョコレートをまだ用意していなかったので、買って帰ろうと思ったのだ。どのチョコレートにするかは、私の中ではもう決まっていた。先月のガンモの誕生日にも購入したチロルチョコレートである。

 ガンモの誕生日のときは、一口サイズのチロルチョコレートしか見つけることができなかったのだが、今回は目的の板状のチロルチョコレートを見付けることができた。どうやらダ○エーに行けば、常に手に入るようである。他に、電車の形をした箱に入ったチョコレートも見付けたので、一緒に求めた。確かこのチョコレートは、ガンモも食べたことがあるはずだった。

 帰宅してガンモにチョコレートを渡すと、ガンモはうれしそうに受け取ってくれた。そして、深夜だと言うのに、すぐに電車の形をした箱を開けて食べ始めた。中に入っているチョコレートを見せてもらったのだが、まるで鯉の餌のような小粒のチョコレートが申し訳程度に小さな袋に小分けされ、二袋入っているようだった。電車の形が細長いので、チョコレートの粒の大きさにも制限があるのだろう。おそらくだが、この手のお菓子は、中に入っているチョコレートがメインではなく、電車の箱がメインなのだ。

 私はガンモに、
「私にもチョコレート、ちょうだい」
とねだった。チョコレートを買うときに、私も一緒に食べようと思い、少し大目に買っておいたのである。ガンモは、電車の箱に入っていたチョコレートを渡してくれたが、私は、
「そっちじゃなくて、チロルチョコレートのほう」
と言った。するとガンモは、
「じゃあ、三宮のダ○エーで買ったチロルチョコレートをまるみにあげよう」
と言って、チロルチョコレートを一本手渡してくれた。
「えっ?」
私は驚いた。ガンモはいつの間にか、三宮のダ○エーで買ったというチロルチョコレートを隠し持っていたのである。私がいつも、
「甘いものの食べ過ぎは禁止!」
と口をすっぱくしながら言っているので、ガンモはチロルチョコレート私の目に触れないところに隠しておいたようである。

 私は、とても複雑な気持ちのまま、ガンモの手渡してくれたチロルチョコレートを夜中に食べた。結局のところ、バレンタインデーにチョコレートをもらったのは私のほうだったというわけだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の記事で、ガンまる日記も四周年を迎えました。こうして毎日書き続けていられるのも、毎日のように読んでくださり、応援してくださっている皆さんのおかげであります。本当にありがとうございます。検索エンジンからたどり着かれる方も多いようですが、何と言ってもうれしいのは、お気に入りやホームページからアクセスしてくださっている皆さんの存在です。近年、いただく年賀状に、「いつもガンまる日記を読んでるよ」と書いてくださっているのがとてもうれしかったですね。続きもののブログならば、続きが気になって、ついつい読みたくなるという気持ちもわかるのですが、続きものではないガンまる日記をいつも読んでくださっているのは、私たちの人生を見守ってくださっているようなあたたかさを感じます。いつも様々な話題にお付き合いくださって、本当に感謝してます。これからも、皆さんをいろんな話題で振り回すことになろうかと思いますが、末永くお付き合いくだされば幸いです。

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2008.02.13

自分自身の身体だけが知っている

の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 火曜日に火と来たら、次は水だと思うのですが、水については、先日、運びゃんせで記事にしてしまいましたね。日から始まって土で終わるシリーズをいつか書き上げてみたいものです。(苦笑)

 ここのところ、毎日のように頭痛に悩まされている。頭痛はたいてい、首の凝りと一緒にやって来る。かつては年に数えるほどしか見舞われることのなかった頭痛だが、今ではほとんど毎日のように訪れては、私を苦しめている。頭のてっぺんにある百会(ひゃくえ)のツボを刺激したり暖めたりすると治まるので、頭を確実に暖める方法を模索しているところだ。自分でも回避策がわかるのか、頭が痛くなると、百会のあたりをむしょうに暖めたくなるのだ。頭のてっぺんにお灸をすえるのが一番いいようだが、お灸の火が頭皮に燃え移るのが怖くて実践できない。そのため、タオルマフラーにカイロを貼り付けたものをかさ地蔵のように頭に巻きつけてしのいでいるという話を、以前、ここにも書いたと思う。

 私を悩ませている頭痛の原因は何なのだろうと思いを巡らせてみたところ、思い当たるフシが二つあった。一つは更年期障害、もう一つはホルモンバランスの崩れだ。しかし、前者に関しては、可能性としてはまだ低い。更年期には女性ホルモンのエストロゲンの減少が見られるはずだが、エストロゲンで成長するとされている筋腫が小さくなっていないことから、私の更年期障害はまだ始まっていないことになる。となると、後者のホルモンバランスの崩れが有力候補となる。

 私はかつて、リー博士の医者も知らないホルモン・バランス―自然なプロゲステロンが女性の一生の健康を守る!続・医者も知らないホルモン・バランス―自然なプロゲステロンが女性の健康を守る!という二冊の本に出会い、生理の周期に合わせて天然のプロゲステロンを皮膚から補充していた。しかし、昨年九月より私の主治医となったI医師に、
「プロゲステロンも筋腫を成長させるよ」
と言われ、天然のプロゲステロンの補充を止めてしまったのだ。思えば、その頃から、私のホルモンバランスが崩れ始めてしまったように思う。やはり、私の身体はエストロゲン優勢に傾いていたのだろう。エストロゲン優勢に傾いた状態が、天然のプロゲステロンの補充により、ある程度、緩和されていたのではないだろうか。しかし、天然のプロゲステロンの補充を止めてしまったものだから、私の身体は再びエストロゲン優勢に傾いてしまったと思われる。

 毎日のように悩まされている頭痛から解放されるには、ホルモンバランスの崩れを取り戻さなければならない。私の身体がエストロゲン優勢に傾いていることはほぼ間違いないので、やはり、天然のプロゲステロンの補充を再開しようかと思っている。とは言うものの、I医師に言われたことも気にかかっている。

 私は今月、再びMRIの検査を受けることになっている。その検査の結果を見て、去年よりも筋腫が成長していれば、天然のプロゲステロンの補充を再開しても差し支えないのではないかと思っている。というのも、私はこの半年間、天然のプロゲステロンを補充していないからだ。それでも筋腫が成長していれば、天然のプロゲステロンの補充は、少なくとも私に関しては、あまり影響を与えてはいないと判断できるのではないかと思うのだ。

 ただ、私の知る限りでは、実際に天然のプロゲステロンの補充で筋腫が小さくなった人はいない。しかし、さきほどご紹介したリー博士の本には、筋腫が小さくなった人たちの例がいくつか取り上げられてはいる。正直言って、何が有益な情報なのか、判断できない時代になって来たことを危惧している。

 インターネットで女性ホルモンについて調べていると、明らかに間違った記述がなされているページにたどり着くことがある。そのようなページは、女性特有の症状を緩和するための商品を販売しているページに多い。正確な商品知識を披露することよりも、あの手この手を使って売り上げを伸ばしたがっているのがわかる。例えば、大豆イソフラボンは女性ホルモンに似た働きを持つので、女性特有の症状を緩和してくれるといった記述がある。しかし、一方では、大豆イソフラボンはエストロゲンに似た働きを持っているため、過剰に摂取するとエストロゲン優勢になってしまい、エストロゲン優勢の人に特有の症状が現れるとも言われている。そうかと思えば、植物エストロゲンは、体内に入ると、エストロゲンレセプターと結び付いて、体内のエストロゲンを排出してくれるという説もある。それならば、大豆イソフラボンは、実際にどのような働きをするのだろう。考えていると、つじつまが合わなくて、わけがわからなくなってしまう。

 私は、I医師の言う通り、天然のプロゲステロンの補充が本当に筋腫を成長させるのかどうかを知りたい。しかし、真実を知りたいと思っても、現代のような情報化社会においては、多くの情報に惑わされがちだ。真実を知っているのは、自分自身の身体だけだ。少なくとも私は、天然のプロゲステロンの補充を止めてから、頭痛に悩まされることが多くなった。それだけは事実なのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m インターネットの普及により、多くの情報を手軽に入手できるようになったことはとても有り難いことなのですが、あまりにも多くの情報が溢れ過ぎていて、一体何が真実なのかが見えなくなり、情報に振り回されてしまっているような気がします。「これは身体に良い」と聞くと、まだそれほど時間が経たないうちに、「それは身体に害がある」という正反対の情報を得ることも珍しくありません。もう、何を信頼すればいいのかわかりませんよね。結局は、自分自身の身体に聞いて行くしかなさそうです。そう言えば、女性ホルモンの働きを整えるてくれる「マカ」というものがあるらしいのですが、これもまだ調査段階です。

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2008.02.12

「足」が教えてくれたことの記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 抽象的な表現で、なかなか伝わりにくかったかもしれませんね。(苦笑)あの記事を書きながら、谷川俊太郎さんの「これが私の優しさです」という詩を思い出していました。私たちは長い長い年月をかけて、あの詩の本当の意味にたどり着くことになるのかもしれませんね。さて今回は、「火」に関するお話を、火の星座である獅子座生まれの私がお届けします。ちなみに今回の記事は、推敲が終われば火曜日の記事になるはずです。(笑)

 ロンドンのカムデン・マーケットとソウルの南大門が大規模な火災で焼けてしまった。私は、南大門には行ったことがないが、カムデン・マーケットには、去年の夏休みにガンモと二人で出掛けている。小さなお店が密集しているだけに、火の回りも速かったのかもしれない。実際に訪れて買い物を楽しんだ場所が焼けてしまったとなると、もう同じ光景を見ることはできないのかと胸が痛む。カムデン・マーケットの最寄駅である地下鉄カムデン・タウン駅は、混雑を避けるために、毎週日曜日の十三時から十七時半までは入場禁止になってしまうほどの盛況ぶりだ。一見、原宿に似た雰囲気を持つカムデン・マーケットだが、どんなに原宿駅の利用客が多かったとしても、日曜日の十三時から十七時半まで入場規制されて、退出のみとなってしまうようなことはないだろう。カムデン・マーケットは、それほど多くの人たちでにぎわうマーケットなのだ。

 寒い毎日が続いている今、火は、適切に使うことで、私たちに暖をもたらしてくれる。しかし、火というものは、足りなければ凍えてしまい、過剰になると火災が発生する。水も然りだ。水は、私たちが生きていく上で欠かせないものだが、欠乏したり過剰になったりすると、私たちの生命を脅かしかねない。火も水も、私たちにとって適切な量で存在することで、私たちと共存することができる。

 ところで、三連休をガンモの実家で過ごしたあと帰宅してみると、ベランダの鳩たちがお腹を空かせて待っていた。三日間、餌に有りつけなかったのだから無理もない。ガンモが台所の扉を開けて餌を与え始めると、父ちゃんとキッコロの身体に、黒い煤(すす)のようなものが付着しているのが見えた。ガンモは、
「どうした、父ちゃん。餌がなくて、炭鉱にでも出稼ぎに行ったのか?」
と尋ねた。もちろん、ガンモの問いかけに対し、父ちゃんが返事をするはずもない。

 鳩は、鏡を見る習慣がないので、自分の身体が煤で黒く汚れてしまっていることなどまったくおかまいなしだ。父ちゃんの妻である母ちゃんもまた、父ちゃんの身体の汚れには無頓着である。人間ならば、
「あら、あなた。りりしい身体が煤で汚れているわよ。私がはらってあげましょうね」
となるのだが・・・・・・。煤のつき方は、キッコロよりも父ちゃんのほうが激しく、頭と首のあたりに付着している。それに対し、キッコロは、羽の一部分に付着しているだけだ。三日間、餌に有りつけなかったので、どこかよそへ出掛けて行って、煤のあるようなところに入り込んで餌を食べたのだろうか。それにしても、敵対しているはずの父ちゃんとキッコロが同じ場所に餌を求めて出掛けて行くのは考えにくい。まさか、火災が発生したカムデン・マーケットから帰って来たのだろうか? それとも、もっと近場の南大門だろうか?

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最近、火災の事件が多いですよね。我が家もファンヒーターを常用していますが、皆さんもどうか火の元には十分お気を付けください。そう言えば、私は火事の夢を良く見ます。火事の夢は、恋愛面においては、二人がアツアツであることの証なのだそうです。こういう火ならば、過剰になっても命を脅かすことはありませんので、どんどん燃やしたいものですね。

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2008.02.11

「足」が教えてくれたこと

 ガンモの実家に二泊したあと、私たちは帰路についた。今回の帰省で、私は様々なことを思った。一つは、「足」があることの重要性についてである。歩くための肉体的な足ももちろん重要だが、今回の帰省で強く感じたのは、車の「足」である。

 公共の交通機関がそれほど発達していない田舎で不便なく暮らして行くには、「足」があることが必要不可欠だ。田舎では、良く足を運ぶ施設が駅前に集中しているわけではない。「足」としての車が発達しているせいか、良く足を運ぶ施設はあちらこちらに散在している。また、最寄駅から自宅まで歩こうものなら、数十分も掛かってしまうというのに、路線バスも運行されていない。通勤するにも、買い物に出掛けて行くにも、病院へ通うにも、車は必需品となっている。しかし、家族はそれぞれの意志を持って行動している。だから、車が一家に一台だけでは足りない。夫が仕事に出掛けている間に、妻も買い物に出掛けたい。そのためには、最低でも車が一家に二台は必要だ。

 思えば、私の実家は、父と母で別々の車を所有している。その上、母も車の免許を持っている。母の年齢で車の免許を持っているのは珍しい。だから母は、父が車で出掛けて不在のときであっても、自ら車を運転して、入院している祖母を見舞うことができる。一家に複数の車があるだけでなく、自分で車を運転できるということは、田舎で不便なく暮らして行くために、とても重要なことである。

 私は、それぞれの人が持っている役割の重要性についても考えた。人が役割を果たすとは、それぞれの環境で実現できることをこなして行くことだと思う。母はかつて、叔母たちにも祖母の世話を分担して欲しいと思っていたらしい。しかし、叔母は、「足」がないことを理由に、祖母の世話を母に任せてしまった。

 当時は私も、母の負担を考えて、母の妹や弟が分担して祖母の世話をするのが当たり前だと思っていた。しかし、今となっては少し違う。もしも本当に世界が一つで繋がっているなら、それぞれの人はそれぞれの環境で、決して怠けることなく、自分自身の目の前にある問題に取り組んで行くことが大切なのだと思う。「足」がないのに、無理矢理「足」を作って動き回っていては、他の人をも巻き込んでしまうばかりか、長続きしないだろう。

 世の中は、私たちが思っている以上に良く出来ているものだ。例えば、私の知っている人は、お酒をたくさん飲むと、眠くなって、電車の中で寝てしまう。そして、気持ち良く眠ったまま、終点まで行き着いてしまい、既に折り返しの電車もない時間に目覚めると、高い料金を払ってタクシーで帰宅するか、奥さんに電話を掛けて迎えに来てもらっているらしい。お酒の好きな人の奥さんに「足」があるというのは、実に良く出来ていると思う。そうだとすると、私に「足」がないのは、ガンモがお酒を飲まないからだろうかとも思う。本当に、世の中、良く出来ているものだ。私たちは、こんなふうに良く出来た世の中を、もっともっと信頼してもいいのではないかと思うようになったのである。

 大切なことは、今の自分が無理なくできることに出会うことだ。それは、直面している問題から逃げることとは違う。今の自分を一生懸命生きている人には、逃げるという表現は当てはまらない。世界が本当に一つなら、今の自分を一生懸命生きるということは、直面している問題にもいつか繋がって行くはずなのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この他にも、踏み越えてはいけない領域も、時期が来れば、いつかは踏み越えられるようになるということも感じ取りました。時期が来るまでは、奇妙な遠慮が働きます。しかし、そうした遠慮は、あたかも他の人のことを想っているようでいて、自分を守っているに過ぎません。抽象的な表現で申し訳ありませんが、これが精一杯の描写です。

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2008.02.10

出張床屋

再び、うどんの国への記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「さぬきうどんツアー」なるものがあちらこちらで企画されているようですが、きっとマニアックなうどん屋さんを回るのでしょうね。本場のうどんの国では、マニアックなうどん屋さんこそ面白く、こだわりがあり、うどんの味もおいしいかと思います。さて、今回は、出張床屋のお話です。

 ガンモが、
「まるで落ち武者みたいだから、親父の髪の毛を切ってやってくれ」
と私に言った。確かに義父の髪の毛は、実に良く伸びていた。糖尿病を患い、普段、出掛けることもなく、家の中で過ごしているため、いつの間にか髪の毛も伸ばし放題になってしまったようだ。ご存知のように、ガンモの髪の毛は、入浴時に私がカットしている。ガンモは私の腕を見込んで、そのような話を持ち掛けて来たのだろう。床屋としては光栄である。私は、
「ええっ? いいけど、サービス満点にするの?」
とガンモに尋ねた。すると、ガンモはすかさず、
「いやいや、サービス満点にしなくてもいいから、服を着たままで切ってくれ」
と言った。私は、
「うん、わかった」
と答えた。

 そうと決まれば話は早い。私たちは、駅前のスーパーに出掛けて、散髪セットを買って来た。夕食を終えた頃、ガンモが義父に話を切り出した。カットする場所はいつものようにお風呂ではなく、台所だ。台所の椅子を一つ引いて、義父に座ってもらう。そこに、さきほどスーパーで買って来た、カットした髪の毛を受け取る針金入りのケープのようなものを義父の頭の上からそっとかぶせる。準備が整うと、ぬるいお湯の入った霧吹きで義父の頭をシュッシュと拭きつけた。

 ありがたいことに、義父は、動かずにじっとしてくれていた。私は義父の髪の毛をすくい、いつものようにカットし始めた。義父の髪の毛は、全体的にそれほど多くはないのだが、髪質がとても柔らかかった。義父が動かずにじっとしていてくれたおかげで、あっという間にカットが終わった。本物の床屋に行き慣れている義父は、そのまま髭剃りもしてもらえると思っていたらしい。そのことに気が付いたガンモが、
「ひげはあとでお風呂の中で自分で剃ってね」
と言った。義父は、
「わかった」
と言ってうなずいた。

 カットしたあとは、ガンモと共同で、掃除機を使って、義父の首の周りに落ちた毛を吸い取った。義父は、とてもさっぱりした様子だった。ひとまず、カットした髪の毛を集めて掃除機で吸い取ると、今度はガンモがその椅子にどっかりと腰を下ろした。そして、
「俺も切ってくれ」
と言う。私は、
「今日は床屋業が忙しいなあ。出張床屋でお客さんを二人もカットするなんてね」

 私はいつもの手順でガンモの髪の毛をカットした。何度も場数を踏んで来たので、実に手馴れたものである。服を着たままガンモの髪の毛をカットするのは少々おかしな気分だったが、お風呂の椅子に座っているガンモよりも、台所の椅子に座っているガンモのほうが、圧倒的にカットし易かった。お風呂の椅子は低過ぎて、中腰にならなければカットできなかったからだ。作業をするときは、対象物と自分の視線を合わせておくのが一番いいことに気が付いた。髪の毛をカットしたガンモは、一気に若返っていた。

 しばらくすると、義弟がやって来た。義弟は、義父を一目見るなり、
「散髪行って来たんか?」
と義父に尋ねた。そこで私がすかさず、
「私が切りました」
と告白した。すると、
「ありがとうございます。良かったやん。もう、髪の毛が少なくなっとるのに、何千円も散髪代を取りよるし、もうけたやん」
と言って喜んでいた。私は、
「今、○○さん(ガンモのこと)の髪の毛も、今、切ったところなので、○○くん(義弟のこと)の髪の毛も切りましょうか?」
と申し出た。すると、義弟は遠慮がちに苦笑いしながら、
「先月切ったばっかりやきん、まだええわ(先月切ったばかりだから、まだいいです)」
と言った。その遠慮がちな様子が、何ともおかしかったのだが、私自身も、自分から申し出たものの、
「じゃあ、俺もお願いします」
と言って椅子にどっかり腰を下ろされてしまったらどうしようかと、内心、冷や冷やものだったのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回のような出張床屋もいいですね。昔、老人ホームを回って、ご老人たちの髪の毛をカットしてあげている美容師さんの物語を漫画で読んだことがあります。老人ホームでは、介護師さんがご老人たちの髪の毛を切ってあげているのでしょうか。それとも、ここに書いたような出張床屋が実現されているのでしょうか。他の人たちがカットされている光景を目にしながら順番待ちをするのも、何だか楽しそうですよね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.02.09

再び、うどんの国へ

ルーチンワークと思い込みの記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「いつも○○だから、今回もそうだと思ってた」というのは、実際に良くあることですよね。私たちは、現状では足りていない情報を、過去の経験から穴埋めする必要に迫られることがあります。そう言えば、TOEICにも穴埋め問題があります。その穴埋めが、吉と出ることもあれば、凶と出ることもあるということなんですね。さて今回より、三連休を利用して、ガンモの実家に帰省したときのことを綴って行きます。ただ、ガンモの要望により、詳細を綴ることができませんので、例え婉曲的な表現になっていたとしても、想像力を働かせながら読んでくだされば幸いです。三年ほど前から「ガンまる日記」を読んでくださっている皆さんは、ある程度、事情を察してくださっているかもしれませんね。

 三連休の初日。朝、起きてみると、雪がしんしんと降っていた。屋根にも雪がうっすらと白く積もっている。関西地方でこれだけ雪が降るのは珍しい。おそらく、ベランダにいる鳩たちにとっては、初めての本格的な雪になるのではないだろうか。

 この三連休は、ガンモの実家で過ごすことになっていた。ガンモの実家には、お正月に帰ったばかりだが、事情があって、この三連休を利用して再び帰省することにしたのである。途中、島全体がアートで構成されているというベネッセアートサイト直島に寄りたかったので、九時には出発するつもりで準備を始めたのだが、出発する時間になってもなお雪は降り続けていた。しかも、以前よりも雪の量が増えているようにも思えた。

 「どうする? 車で帰るのに、大丈夫なの?」
と私が尋ねると、運転手のガンモは、
「大丈夫だとは思うけど、ベネッセアートサイト直島は、また今度にしようか」
と言った。確かに、雪の日にベネッセアートサイト直島に足を運んだとしても、屋外に展示されているアートを鑑賞する楽しみは半減してしまうことだろう。やはり、ベネッセアートサイト直島には、もっと暖かくなって、お天気のいい日に足を運ぶことにしよう。結局私たちは、雪が小降りになるのをしばらく待ってから出発することにした。しかし、雪の勢いは、お昼を過ぎてもいっこうに弱まる気配がなかったので、私たちはとうとう意を決して、雪の中をガンモの実家に向けて出発することになった。

 自宅を出てからすぐに高速道路に入ったものの、神戸市に入るまでにかなり渋滞していた。思えば、本格的な雪の日に遠出をするのは初めてのことである。神戸方面に向かって車を走らせていると、フロントガラスに雪が吹き付けて来る。
「まるで口の中に雪が入って来るみたいだね」
と言いながら、私たちの車は西へ西へと向かった。

久し振りの本格的な雪

 何とか神戸市を抜けると、次第に渋滞も緩和され、また、雪の量も幾分落ち着いて来た。私たちは途中で少し遅めの昼食をとり、再び西へ西へと向かった。

 いつもならば、明石海峡大橋を渡って徳島県に入るのだが、今回は岡山まで足を伸ばして、瀬戸大橋を渡ることにした。というのも、本州でもっと西に進んでおくか、四国に入ってから更に西に進むかの違いだけだからだ。ガンモの実家は、瀬戸大橋を渡ってすぐのところの香川県坂出市にあるのだ。坂出市と言えば、昨年十一月に日本全国を震撼させるほど大きな事件のあったところだ。あの事件が起こった頃、私たちはひどく胸を痛めながら、インターネットのニュースに注目していた。私たちにとって、とても身近な町であのような事件が起こってしまったことに対し、とにかくやり切れない気持ちでいっぱいだった。

 途中で休憩を挟みながら、ガンモが運転する車が坂出に到着する頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。私たちは、坂出駅前のスーパーで買い物を済ませ、いつも足を運んでいるセルフのうどん店でうどんを食べようと思い立ち、再び車を走らせた。しかし、そのお店の営業時間は二十時までだったため、既に閉店してしまっていた。せっかくうどんの国に来ているのだから、是非とも夜はうどんを食べたい。私たちはそう思い、まだ空いているセルフのうどんのお店を探すことにした。

 すると、全国的に有名なあの「はなまるうどん」の看板が視界に飛び込んで来た。うどんの国である香川県生まれのガンモからしても、うどんの国のお隣の愛媛県生まれの私からしても、セルフのうどん店と言えば絶対に「かな泉」だ。特に、かな泉のセルフのお店では、うどんの玉を自分でゆでることになっている。それが楽しみで、私たちは高松に出掛ける度に、かな泉のセルフのお店に足を運んでいた。

 しかし、全国的にはどういうわけかはなまるうどんのほうが知名度が高い。私たちの中では、はなまるうどんは、最近進出して来た、新しいセルフのうどんのお店という位置づけである。それなのに、今ではすっかりセルフのうどんの代名詞のようになっている。それが、私たちにとっては何ともしっくり来ないのである。本家であるうどんの国で、まだ一度も食べたこともないセルフのうどんのお店が全国展開されているのがとても不思議なのだ。

 それでも、私たちはどうしてもセルフのうどんを食べたかったので、まだ営業しているはなまるうどんに入った。うどんの国でこのお店に入るのは、何とも奇妙な気がしてしまう。

 私たちがセルフのお店に入ると、注文するのはたいていかけうどんだ。かけうどんをベースにして、様々なトッピングを楽しむ。うどんに関しては、私よりもガンモのほうがずっと厳しい。ガンモは昔から、
「ぶっかけうどんは、讃岐うどんとして認めない」
などと言っている。だから、どんなお店に入ろうとも、ガンモは絶対にぶっかけうどんを注文しない。私も、どちらかと言うと、ぶっかけうどんよりもお汁に浸されているうどんのほうが好きである。

 はなまるうどんのうどんは、とてもおいしかった。しかし、全国にチェーン店が展開されているだけに、自分が今、どこでうどんを食べているのか、わからなくなってしまう。その感覚は、旬の時期と関係なく栽培されている野菜や果物を味わうようなものかもしれない。私たちにとってはむしろ、うどんの国ではなまるうどんのうどんを食べていることのほうがおかしいくらいだったのだ。

 また、はなまるうどんは、店舗も新しく、とてもきれいで、うどんを作り続けてン十年という口数の少ないうどん職人さんのいらっしゃるようなお店ではなかった。はなまるうどんはおそらく、ビジネスとして成功したセルフのうどん店なのだろう。本当に、うどんの国の昔ながらのセルフのうどん店を味わいたいと思ったら、やはりうどんの国にやって、直接味わうしかないだろう。きっと、ビジネスではないセルフのうどん店を体験できることだろう。

 こうして、不思議な気持ちのまま空腹を満たして満足した私たちは、ガンモの実家へと向かったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 雪というと、三朝温泉にこもって湯治をしていた頃のことを思い出します。私にとっては、三朝温泉が山陰地方の雪を初めて体験した土地だったのですが、普段、私たちの住んでいる地域で降る雪とは、雪質がまったく異なっていました。山陰地方に振る雪は、粒が細かくて、歩くと「きゅっきゅっ」と音がしました。きっと、細かい粒が地道に降り注いで、隙間を埋めて行くからでしょう。しかし、私たちの住んでいる地域で降る雪は、カキ氷のようにいつも大粒で、すぐに解けてしまいます。そして、雪が積もっているところを歩くと、サクサクという音がします。粒の大きさが違うために、密度が違うのでしょう。この日、降っていた雪もやはり大粒でした。積もったあとを見ても、何だか隙間だらけでしたね。気温もそれほど高くない上に、雪の粒も大きいものだから、すぐに解けてしまうのでしょうね。雪だるまを作るには、山陰地方に降っているような、小粒の雪が適しているように思えます。ただ、小粒の雪で雪合戦をすると、雪が詰まっているだけに、当たると痛いかもしれません。(苦笑)

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2008.02.08

ルーチンワークと思い込み

ブラジャーはいやじゃーの記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「そろそろブラジャーを外す時間ですので、今日はお先に失礼ます」なんて言って、女性たちが仕事を早く上がれるようになればいいですね。いやいや、もしかするとその反対で、「そろそろ女性たちがブラジャーを外す時間ですので、男性の方たちは一斉に退社してください」なんていう館内アナウンスが流れて、女性だけが残って残業をする羽目になる可能性もなきにしもあらずですかね。

 風邪を引かないはずの私なのに、この冬二回目の風邪を引いてしまい、この忙しい最中に仕事を休んでしまった。朝からあまり具合が良くなかったので、仕事に出掛けて行くガンモに、
「今日は仕事を休むよ」
と言って送り出した。

 私の場合、風邪はたいてい喉からやって来る。風邪は引き始めが肝心なので、多少なりとも喉に不快感を感じてしまうと、念入りにうがいを繰り返す。たいていの場合、その方法で初期のうちに風邪を撃退してしまうのだが、今回はしばらくそれで持ち堪えていたものの、風邪の熱心なアプローチにとうとう根負けしてしまったのである。

 安静にして、たっぷり睡眠をとると、夜にはもう回復していた。私は、ガンモがそろそろ仕事を終える頃だと思い、ガンモに電話を掛けた。電話に出たガンモはちょうど三ノ宮駅で電車に乗ろうとしていると言うので、私は手短に話をしてすぐに電話を切った。

 数十分後に帰宅したガンモは、私が家に居ることに対し、ひどく驚いていた。まるで、お化けでも見ているかのような表情で私を見ている。そして、
「びっくりしたあ。あれっ? 確か、『飯、残業』メールくれたよね?」
と言う。「飯、残業」メールというのは、私が夕方の休み時間にガンモに送信する「今夜残業だよ。ご飯は勤務先の食堂で食べるよ」という内容のメールである。いつもは電話を掛けて残業を知らせるのだが、ガンモが仕事で電話に出られないときなどは、そうした内容のメールを送信しておくのだ。ガンモは、私が送信した「飯、残業」メールを今日も受け取ったはずだと言う。それを聞いた私は、
「今日は仕事を休んで家に居たから、『飯、残業』メールは送ってないよ。今朝、出掛けて行くときに、今日は仕事を休むって言ったじゃん」
と言った。ガンモは、
「あれ? そうだったっけ? 俺、まるみから『飯、残業』メールが届いたような気がしてたから、まるみはてっきり今日も残業なんだと思い込んでたよ。それなのに、家に帰ったら電気が点いててびっくりした」
と言う。ガンモが帰宅したとき、私はベッドで休んでいたのだ。

 かくいう私も、先日、仕事で使うサーバにリモートでログインしようとしたところ、いつもすんなり接続できるサーバに繋がらなくて少々慌ててしまった。そのサーバは、私の席から少し離れたサーバルームにあるため、使用する前にサーバルームに入って電源を入れたあと、自席からリモートで接続して使用していたのだ。確か、電源を入れておいたはずなのにおかしいなと思いながら、サーバルームに入り、そのサーバの状態を確認してみると、まだ電源が入っていなかったのである。どうやら、私がサーバの電源を入れたのは前日のことで、その日はまだサーバの電源を入れていなかったようだ。

 ルーチンワークは時に激しい思い込みを引き起こす。いつの間にか、ガンモの中では、私から「飯、残業」の通知を受け取ることがルーチンワークになっていた。そのルーチンワークが、私が風邪で仕事を休んでいるという非日常さえも打ち消してしまった。また、私にとっては、サーバルームにあるサーバを立ち上げることがルーチンワークになっていた。皆さんも、昨日と今日の区別をなくしてしまうルーチンワークには気をつけよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 以前もここに書いたかもしれませんが、昔、社員として働いていた東京のソフトウェア会社の部長さんが、新人の頃、毎日のように遅刻をして、出社すると必ず総務の女性に遅刻の申請書をもらっていたそうです。しかし、あるとき、きちんと就業時間前に出勤したのに、いつもの癖で、総務の女性から遅刻の申請書を受け取ってしまったとか。ぼーっとしていると、いつもとは違うことをしていても、日常と区別がつかなくなってしまうんですね。でも、例え新人の頃に毎日遅刻をしていたとしても、のちに部長に昇進されたのですから、遅刻を侮ってはいけません。毎日遅刻ができるくらい度胸が据わっている人こそ、部長に昇進できるとも言えますよね。ちなみに、その部長さんは、とても仕事ができて頭の切れる部長さんで、社員からとても慕われていました。私にとっても憧れの存在でしたね。

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2008.02.07

ブラジャーはいやじゃー

いい湯だな♪の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 日替わり温泉気分で癒されています。たった五百八十円で二十箇所の温泉を回ることができるのですから、かなりお得ですよね。これに、岩風呂の壁紙などがおまけで付いていたら、もっともっと雰囲気が出て来るのですが。(笑)さて今回は、インターネットで話題になっているという乳がんのリスクのお話です。

 ブラジャーを十二時間以上着用すると、乳がんのリスクが二十一倍に増大するという調査結果が話題になっているようだ。元記事によれば、「特に(ワイヤー入りブラのように補正力が強く)体にきついものを身につけた場合、乳房組織が締め付けられ、リンパ系の毒素排除機能が妨げられてしまう」そうだ。そして、乳房に毒素が溜まり、ガン細胞を発生させやすくするらしい。

 実は、この手の話は、ずいぶん前にラジオの深夜放送で耳にしたことがある。確か私が学生の頃だったので、既に二十年ほども前のことだ。だから私も、夜寝るときはブラジャーを外して寝ていたし、帰宅するとすぐにブラジャーのホックを外すようにしていた。というよりも、もともと身体を締め付けるものがあまり好きではないので、腕時計も好まなければ、余程のことがない限り、ベルトも着用しない。旅館に用意されている浴衣でさえ、ゴムの帯であって欲しいと願うくらいなのだ。当然のことながら、ブラジャーも、できることならつけないで過ごしたい派だ。

 私の記憶に間違いがなければ、ワイヤー入りのブラジャーは、まだそれほど歴史が古くないはずだ。私はワイヤーなしのブラジャーを好んでつけていたのに、ある時期からワイヤー入りのブラジャーが主流になり、非常にストレスを感じ始めたのを覚えている。今でもワイヤー入りのブラジャーにはストレスを感じ続けてはいるが、ワイヤー入りのブラジャーが主流になってしまったのだから仕方がない。

 それはさておき、十二時間の着用時間で乳がんのリスクが大きく分かれてしまうのは、どうしたものだろう。例えば私は、毎朝七時過ぎに起きている。そこから十二時間後がタイムリミットになるのだとすると、十九時過ぎだ。十九時過ぎにブラジャーを外せる状態かというと、状況はかなり厳しい。もちろん、多くの女性がそうだろう。仕事中にブラジャーを外すわけにもいかないだろうし、街を歩いているときや、電車に乗っているときにブラジャーを外すわけにも行かないだろう。ノーブラで街を歩くには、かなり勇気が要る。となると、長時間着用しても乳がんのリスクが高くならないブラジャーが開発されることを期待するしかない。

 そう言えば、胸がまだそれほど大きくなかった学生の頃、私はスポーツブラを好んで着用していた。スポーツブラは胸を締め付けないので、とても楽ちんだったのだが、一方で、バストの形が悪くなるという説もあった。ワイヤー入りのブラジャーは、身体に緊張感を与えながら、バストの形は保ってくれるものの、締め付ける力が強く、リンパの流れを妨げ易い。一方で、スポーツブラなどのラフなスタイルのブラジャーは、リラックス感を与えてはくれるものの、バストの形が崩れ易い。乳がんのリスクを考えると、現代のように、バストの形に重点を置いたブラジャーではなく、リラックス感を与えてくれるようなブラジャーが望ましいのではないだろうか。ブラジャーのメーカーさんには、できる限り長時間着用できる、両者のギリギリのラインを探り当てて新商品を開発して欲しいものだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 十二時間のタイムリミットを利用して、こんなお話はいかがでしょう。昔、あるところに、継母と義理の姉たちにいじめられている少女がいました。少女は、魔法使いの力を借りて、お城で開かれる舞踏会に参加することができたのですが、ブラジャーを着用してから十二時間以内にブラジャーを外して帰宅しなければなりませんでした。しかし、憧れの王子様と踊っている間に、十二時間が過ぎようとしてしまいます。慌てた少女は王子様を残してお城を立ち去りました。少女の立ち去ったあとには、かわいいブラジャーが落ちていました。少女のことが忘れられない王子様は、そのブラジャーがぴったり合う女性を探し当てるべく、町中の女性たちのもとを訪ねます。とうとう少女の家にも王子様がやって来ました。少女のかわいいブラジャーは、義理の姉たちにはサイズが合いません。少女がそのブラジャーを着けると、驚くほどぴったりでした。こうして少女はめでたく王子様と結婚し、お城で幸せに暮らしました。しかし、王子様と結婚してからも、相変わらず、十二時間経つとブラジャーを外さなければならないという制約からは逃れられませんでした。

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2008.02.06

いい湯だな♪

 勤務先の売店に、「旅の宿二十周年限定 二十箇所の湯めぐりセット」なる入浴剤が売られていた。発売元はカネボウで、日本全国二十箇所分の温泉気分を味わうことのできる入浴剤が合計二十個も入っている。価格は一セット五百八十円だった。私は、ただ何となく気になって、あまり深く考えもせずに二セット購入したのだが、購入した入浴剤を持ってオフィスに戻ってみると、ある男性社員の方が、
「僕もこれを買いましたけど、これだけ入って五百八十円は安いですよね」
と話し掛けて来た。そのときになって初めて、私は、「そうか、安いのか」と思った。確かに、観光地などで入浴剤のセットをお土産に買おうとすると、三個程度しか入っていないのに三百円から五百円はする。それを考えると、いろいろな温泉の入浴剤が二十個も入って五百八十円はかなりお得な価格だ。

旅の宿二十周年限定 二十箇所の湯めぐりセット

 最近は、私の帰宅時間が遅いために、私が帰宅すると、ガンモが私と一緒にお風呂に入るのを待ちかねている。私は、売店で買って来た入浴剤をガンモに見せた。
「全国二十箇所の温泉の入浴剤なんだよ。どこの温泉にする?」
私がそう尋ねると、ガンモはすかさず、
「登別」
と答えた。ガンモは北海道の温泉に興味があるらしい。
「わかった。じゃあ、今日は登別ね」
と言って、張ったばかりのお湯の中に登別の入浴剤を溶かし込んだ。

 登別の温泉は、深緑色のお湯だった。普段使用している、缶に入った入浴剤とは違って、少し濁った緑色が、北海道の温泉のミステリアスな雰囲気を演出していた。
「ああ、登別のお湯は、熱いね。身体が温まるよ」
熱いのは、ぬるいと感じた私が、熱いお湯をあとから足したからだが、そんなことはさておき、私たちは温泉気分を味わいながら、ゆっくりと湯船に浸かった。

 私はこの入浴剤がとても気に入ったので、翌日も勤務先の売店で同じものを二セット購入した。売店の営業は、朝とお昼休みと夕方の決められた時間だけである。朝、確認したときは、商品が補充され、おそらく十セットほど店頭に並んでいたはずだった。ところが夕方になって、残業食を食べるために食堂に降りたついでに確認してみると、残りあと四セットになっていた。その四セットが、残業食を食べた直後にはわずか二セットになっていたのだ。そこで私は、慌てて残りの二セットを購入したというわけである。

 仕事から帰宅するや否や、私はガンモに、
「今日はどの温泉に行く?」
と尋ねた。ガンモはまたしても、北海道の温泉に入りたがった。そこで私は、パッケージを見ながら、登別の他にも北海道の温泉があるかどうかを確認した。すると、ニセコ五色温泉の入浴剤があることがわかったので、私は「ニセコ五色」と書かれているパッケージを取り出して、お風呂に溶かし込んだ。ニセコ五色温泉は、水色の乳濁色の温泉だった。
「ああ、いい湯だね」
私たちはいつの間にか、ドリフターズの歌を口ずさんでいた。

 温泉気分たっぷりの地方色豊かな入浴剤は、慌しい毎日を過ごしている私に、ほっこりとした時間を与えてくれる。これらの入浴剤が、今の私にとって、ささやかな癒しとなっているのは間違いない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m カネボウの社名が変わる前の売れ残り商品なのでしょうか。インターネットで検索してみると、現在はあまり売られていないようですね。やはり、五百八十円というのは破格値のようです。性格かもしれませんが、一つのパッケージに、いろいろな種類のものが詰め込まれているのは、とても楽しいのです。これが食べ物ならば、おいしいものを一番最後に取っておくのですが、入浴剤となると、どれでもいいやという気分になります。これから、日本全国の温泉を旅する気持ちで、日替わりメニューを楽しむことにします。(^^)

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2008.02.05

「ロジカルじゃないですよ」

運びゃんせの記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 水をもらいに行くよりも、おいしい水を供給してくれる浄水器を購入するという手もあるかもしれませんね。でも、ダ○エーで水をもらっていると、「浄水器よりも、この機械が我が家にあったらいいのに!」なんて思ってしまうのです。(笑)

 先月末から仕事が忙しくなり、残業の毎日が続いている。現在の作業は、もともと、それほど時間の掛かる作業ではないと見込まれていたのだが、蓋を開けてみると、あれもうまく行かない、これもうまく行かないという状況に陥ってしまっている。

 現在、私が担当しているのは、同じプロジェクトの社員の方が別のプロジェクトに異動することになったために、引き継ぐことになった作業である。プログラムの開発環境はLinuxだ。現在の職場では、主にWindowsアプリケーションの開発に携わって来たものの、もともと私はunix畑の人間なので、開発作業にもviエディタ(注:viエディタとは、昔からunix環境にある標準のエディタ。手が馴染めば、Windowsのメモ帳よりもずっと使い易い)を好んで使用しているくらいだ。だから、Linuxでプログラムの開発を行うことに関しては、それほど抵抗はなかった。しかし、問題はそこにあるのではなく、プログラムを作成するに当たり、依存関係が掴めないことにあった。

 Windowsであれ、Macであれ、Linuxであれ、OS上で動作するプログラムはすべて、特定のプログラム言語で書かれたソースコードを、専用のツールを使って、コンピュータが理解できる機械言語に翻訳している。出来上がったプログラムが動作するときには、ターゲットのシステムが持っているリソースを拝借して動作する場合もあれば、他と依存することなく、単体で動作する場合もある。皆さんも、プログラムを起動させたときに、「○○が足りないため、動作しません」といったようなエラーメッセージを目にしたことがあるだろう。それは、そのプログラムが動作するために必要なものが揃っていないときに表示されるメッセージである。プログラムを動作させる環境に、そのプログラムが動作するのに必要な別のプログラムが足りていなかったり、また、異なるバージョンのファイルがインストールされていたりすると、作成したプログラムが動かないという現象が発生することが良くあるのだ。

 そうした現象に立ち向かうべく、調査を始めたのだが、私の前に作業をしていた社員の方も、以前、別の社員の方からその作業を引き継いだらしく、開発環境を整えるための勝手が良くわからなかったのだと言う。簡単に言えば、前任の社員の方から作業を引き継いだ彼が良くわからないまま開発環境を構築し、半ば手探り状態でプログラムを作成したプログラムに、私が少し手を加えて製品化しようとしているというわけだ。

 そのプログラムを動かしてみると、まったくわけのわからないエラーが表示されてプログラムが異常終了してしまう。私はもうお手上げ状態だった。そこで、上司に相談し、応援を仰いだのだが、上司もLnuxの開発環境には詳しくない。考えた挙句、上司は、問題のありそうな箇所を地道に切り分けて行く方法を選んだ。

 前任の社員の方が作業されていた頃には確かに問題なく動いていたという実績があるプログラムの開発環境を元に、今回、新しく手を加えたものの差分を取り、問題のある箇所を特定して行った。その結果、今回から、新しいライブラリを参照してプログラムを動作させていることがわかった。ライブラリというのは、簡単に言えば、プログラム開発者のために部品化された、特定の機能の詰まった共通のお道具箱のようなものである。例えが極端過ぎるかもしれないが、作成するプログラムをお弁当に例えるとすると、ライブラリはお惣菜に相当する。つまり、自分が作ったおかずと、お惣菜を組み合わせて、一つのお弁当を作るようなイメージだ。

 上司の提案した地道な作業のおかげで、ライブラリのバージョンの違いに問題があることがわかったのだが、そこから先の解決方法につまづいてしまった。地道な作業を厭わない上司は、
「とりあえず、××の環境でプログラムを作ってみてください」
と私に指示して来た。お弁当に例えるなら、同じお惣菜をダ○エーで買うか、ジャ○コで買うかといったところだろうか。つまり、ダ○エーで買ったお惣菜と、自分たちで作ったおかずの相性が良くないので、ジャ○コで買ったお惣菜で試してみようということである。

 しかし、これまでの流れからすると、絶対にダ○エーのお惣菜の組み合わせのほうが正しかったのだ。だから私は、どうしてダ○エーのお惣菜ではうまく行かないのかを調べる必要があると思っていた。しかし上司は、ダ○エーでうまく行かないなら、ジャ○コのお惣菜で試してみましょうと言ったのだ。私にはその指示が、何の論理的な根拠もない指示に思えたので、強く反論した。
「こっちが駄目ならあっちで試そうというのは、納得が行きません。だって、全然ロジカルじゃないですよ。論理的な根拠もなく、手探り状態のままで作業をするのは、私は嫌です。それに、今までの仕事のやり方も、これまでの大きな流れがちゃんとあるのに、急に流れを変えて来ましたよね。そういうやり方って、あとになってから、『あれ、どうなってたっけ?』と訳がわからなくなることが多かったじゃないですか。とにかく、そういう仕事のやり方が嫌なんですよ。ロジカルじゃないのは嫌です」
そう言うと、上司はちょっと震えたような声を出して言った。
「じゃあ、言いますけど、納期がしっかりと決められている状態で、『調べても調べてもわかりませんでした』では済まされないでしょう? 例え納得が行かなくても、今、できることを地道にやって行くしかないじゃないですか。結果を出すことが重要なんですから」

 そう言われると、私は何も言い返せなかった。確かに私たちの仕事は、結果を出さなければならない。例え道が急に折れ曲がって、あとになってから、その軌跡がわからなくなってしまうとしても、今、できることに取り組んで行かなければならない。自分に納得が行かなくても、決められた納期を守らなければならない。そういう意味で、芸術を生み出す作業とは大きく異なるのだと思った。

 結局この問題は、上司と私と、先日まで作業を担当していた社員の方で知恵を出し合うことによって、ようやく一つの道が見えて来た。どうやら、私が調べて口にしたことがヒントになり、先日まで作業を担当していた社員の方が、思い当たる節を調べてくれたらしい。そこで、ようやくロジカルな原因にぶち当たったのだ。そのことを、上司が私に報告してくれたのだが、それを耳にするや否や、私は、
「すごいロジカルですね。すっきりしました」
と言った。上司も、その調査結果には納得していたらしい。三人寄れば文殊の知恵とは言うものの、一人では解決できないことであっても、他の人の持っている知識や調査結果で救われることもあるということだ。

 おかげで、その問題は解決したのだが、またしても新たな問題に直面し、現在も格闘しているところだ。今回の経験は、Linuxの開発環境に慣れていない私たちにとって、回り道をした分、「格闘」という方法でLinux環境の使い勝手をわからせてくれた。まだまだ戦いは続くが、この戦いが終わる頃には、Linuxの開発環境とも、もっと仲良くなっていることだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 派遣社員は、「はい、はい」と言いながら、にこにこして、社員の方の言うことをきくほうが、かわいげがあるのかもしれません。でも、現在、私たちがLinuxの開発環境と格闘しているように、格闘した結果、最終的に何かを得られるならば、最初からまっすぐな道を歩むよりも、実りが大きいような気がしています。

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2008.02.04

運びゃんせ

ホットヨガ(八十九回目)の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実は、日曜日もホットヨガ梅田店のフロウコースレッスンの予約を入れていたのですが、ガンモが仕事で自宅待機の当番だったことと、私自身も自宅で実践すべきことが山積みの状態だったので、キャンセルしてしまいました。おかげで、いろいろな作業をこなすことができたのですが、普段、家を空けていることが多いだけに、一日くらいでは終わらない作業がてんこもり状態であります。(^^;

 少し前まで、我が家の飲み水は、私の実家から海洋深層水を送ってもらっていた。当然、ホットヨガのレッスンにも、海洋深層水を持参していた。しかし、そのままでは私の実家に負担を掛け過ぎてしまうので、最近になって、自力で飲み水を確保しようとする動きが強まった。インターネットで検索してみると、定期的に海洋深層水を配達してくれるサービスもあるようだが、海洋深層水はやはり割高である。そこで私たちが目を付けたのが、スーパーで提供している無料の水だった。

 スーパーダ○エーでは、カード会員のために無料の水を提供してくれている。ダ○エーのカード会員ならば、専用のボトルを購入するだけで、いつでも無料の水を持ち帰ることができるのだ。我が家から少し離れたところにもダ○エーがあり、ガンモも私もダ○エーのカード会員なので、専用のボトルを二つ購入し、車で買い物に出掛ける度に二つの専用ボトルに水をもらって帰宅していた。

 しかし、私が車の免許を持っていないため、近所のダ○エーに車で出掛けて行くには、ガンモと私の休みが一致する必要がある。もちろん、ガンモが平日休みの日もあるのだが、余程のことがない限り、ガンモが一人でダ○エーに出掛けて行くようなことはない。そのため、二人で揃ってダ○エーに出掛けて行って、二つの専用ボトルに水をもらって帰るのは、月に一回程度の割合となっていた。

 ちなみに、一つの専用ボトルには、三.八リットルの水を入れることができる。しかし、例え三.八リットル入りの専用ボトル二本に水を入れて持ち帰ったとしても、私たちがそれらの水を消費してしまうのはあっという間のことである。それでも、ダ○エーに出掛けて行く頻度を上げることはできない。

 そこで私たちは、もっと頻繁にダ○エーの水を手に入れる方法はないかと考えた。その末に思い付いたのが、私の職場近くにあるダ○エーを利用することだった。ありがたいことに、私の職場近くには、二十二時半まで営業しているダ○エーがあるのだ。

 私は大きなバッグを用意し、その中に専用ボトルを一つ納めた。それを持って仕事に出掛け、仕事帰りにダ○エーに寄り、水をもらって帰るという作戦である。実際にそのバッグを手に持ってみると、これはなかなか大それた計画だと実感した。私は普段から、持ち歩いている荷物がひどく多いのだ。大きなリュックの中には、ノートパソコン、以前もご紹介した大きなシステム手帳、それから、ノート、ショール、レインコート、傘、道具箱、ノートパソコンのACアダプタ、英語の勉強セットなどが所狭しと入っている。その上に、用意したおきなバッグには、専用ボトル一つと、お弁当、毒だしホットジュースの入った水筒を入れた。これだけでも、山篭りができてしまいそうなくらいの大荷物である。はっきり言って、重い。しかし、帰りはこれに三.八リットルの水が加わり、更に重くなるのだ。

 仕事を終えた私は、いつものようにオフィスを出た。折しも、派遣仲間と一緒になり、途中まで一緒に帰ることになった。私は彼女に、
「帰りにダ○エーに寄って帰るのよ。水をもらって帰ろうと思ってね」
と言って、大きなバッグの中の専用ボトルを見せた。すると、彼女は驚いて、
「そうなんや。でも、そんなん持って帰っとったら、めっちゃ重いんちゃううん? 三宮にもダ○エーあったから、三宮でもらって帰ったほうがええんちゃうん?」
と言った。そう言われてみれば、確かに三宮にもダ○エーがある。しかし、地下鉄を降りたあと、ほんの少し歩かなければならないし、何よりも、専用ボトルを持って歩いている人を見掛けたことがない。同じダ○エーとは言え、もしかすると三宮店では水の無料サービスを行っていないかもしれない。それを思うと、仕事帰りに気軽に立ち寄ることのできる職場近くのダ○エーでもらって帰るのが確実だ。

 私は、ダ○エーに向かう道の手前で彼女と別れ、ダ○エーに寄って、念願の三.八リットル分の水をもらい、帰路についた。正直言って、重かった。何しろ、職場から自宅までは一時間半の道のりなのである。

 帰宅すると、ガンモは私に、
「でかした!」
と言った。ガンモとしても、無料の水が手に入ったことがうれしいらしい。
「重かったけど、まあ、大丈夫だよ」
と私が言うと、
「大丈夫、大丈夫。まるみは十キロのお米を転がして帰ったこともあるからね」
と言った。ガンモの言う通り、私は以前、別の職場近くのお米屋さんでお米が安売りされているのを知り、コロコロ転がせるバッグを持って行って、仕事帰りに十キロのお米を買って我が家に辿り着いた実績があるのだ。十キロのお米に比べれば、三.八キロのお水なんてちょろいものである。

 翌朝、仕事に出掛けて行く準備を整えていると、台所付近に放置していたはずの私の大きなバッグがなくなっていた。一体どうしたものかと不思議に思っていると、その大きなバッグが玄関付近で見付かった。私がバッグの中を確認してみると、何と、バッグの中には空の専用ボトルが入っているではないか。きっと、今日も水をもらって来てくれという意味で、ガンモがもう一つの専用ボトルを私の大きなバッグに入れた。しかも、そのバッグを私が忘れないように、わざわざ玄関に置いておいたのだろう。私は、
「ガンモ! 今日も水を持って帰って来いってこと?」
と尋ねた。ガンモはにこにこしながら、
「今日もよろしくね。お米よりは軽いから」
と言った。

 そして私は仕事帰りに再びダ○エーに寄り、前日と同じように水をもらって帰宅した。帰宅すると、またしてもガンモは、
「でかした!」
と私に言った。
「ねえ、明日はもういいよね。水はたっぷりあるんだし」
と言った。しかし、その時点で、既に一つ目の専用ボトルを半分以上使い切っていた。ガンモはすかさず、
「○○スーパーの入れ物に移し替えればいいんじゃない?」
と言った。近所にある○○スーパーでも専用のボトルを購入した人に無料の水を供給しているのだが、現在、○○スーパーの専用ボトルが空だったのだ。ガンモは現在、ダ○エーの専用ボトルに残っている水を○○スーパーの専用ボトルに移し替えておけば、再び三.八リットルの水を持ち帰ることができるだろうと言うのである。私は、
「わかった、わかったよ。移し替えるよ」
と言って、ガンモの提案通り、ダ○エーの専用ボトルに残っている水を○○スーパーの専用ボトルに移し替えた。そして、再びダ○エーに寄って、水を持ち帰ったのである。

 確かに三.八リットルの水は重いが、こうした作業も、慣れてしまえば楽なものだ。運び屋の私は、最近、こんな歌を口ずさんでいる。

「運びゃんせ」

運びゃんせ 運びゃんせ
ここはどこの ダ○エーじゃ
西神さまの ダ○エーじゃ
ちょっと運ばせて くだしゃんせ
御用のないもの 運ばしゃせぬ
夫の七つの お願いに
お水を汲みに 参ります
行きはよいよい 帰りは重い
重いながらも
運びゃんせ 運びゃんせ

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 身体の中においしい水を取り入れるのは大切なことですよね。重いのには慣れたのですが、電車の中ではちょっぴり恥ずかしいですね。もしも電車の中でダ○エーの専用ボトルに入った水を持っている人を見掛けたら、それは非常に高い確率で私です。(苦笑)ちなみに、私はこの水を、ホットヨガのレッスンにも持参しています。

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2008.02.03

ホットヨガ(八十九回目)

二百点アップとうそぶいてみるの記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 語学の学習には、日々のちょっとした学習の積み重ねが生きて来るんですよね。私は最近、仕事で参照している技術系の掲示板に書き込まれた、外国の方のコメントを一生懸命、読んでいます。そして、知らない単語や言い回しが出て来ると、その都度調べて情報カードに書き込んでいます。この方法は、仕事のノウハウも蓄積されるし、英語の勉強にもなるし、一石二鳥であります。(^^)

 TOEICの試験のあと、ガンモとの電話を終えると、私はすぐにJRで神戸まで移動した。ガンモを自宅に残して来てはいるものの、私としてはせっかく出掛けて来たのだから、ホットヨガのレッスンを受けておきたかった。TOEICの試験が三宮で行われたので、そのまま三宮に残り、三宮店でレッスンを受けるという選択肢もあった。しかし、三宮店では、私が受けたい脂肪燃焼コース2のレッスンがTOEICの試験を受けている間に既に行われていたため、脂肪燃焼コース2のレッスンが夕方にセッティングされている神戸店のある神戸まで移動したというわけである。

 私は昼食を取ったあと、ノートパソコンを広げて「ガンまる日記」を書き上げた。ホットヨガのレッスンは十六時からの予定だったので、実のところ、ご飯を食べたあと、レッスンまでの空き時間に映画を観るか「ガンまる日記」を書き上げるかでずいぶん迷った。しかし、ここのところ「ガンまる日記」の更新がずっと遅れがちなので、「ガンまる日記」を書くことを選んだのである。「ガンまる日記」を書き上げてから時計を見てみると、レッスンにちょうどいい時間帯だった。相変わらず、一つの記事を書き上げるのに二時間ほど掛かってしまっているが、私にとっては、レッスン開始までのちょうどいい待ち時間となった。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、前回と同じインストラクターだった。久し振りに、フリーパス会員のあの方と一緒のレッスンだった。どうもスタジオ内がにぎやかだと思っていたら、他にもフリーパス会員の方が二人参加されていて、レッスン前にスタジオ内でにぎやかにおしゃべりをされていた。やはり、フリーパス会員同士は顔を合わせる回数が多いためか、すぐに打ち解けられるのだろう。フリーパス会員のあの方と私は、しばしば顔を合わせているにもかかわらず、お互いにまったく会話を始めようとしなかった。しかし、こうしてフリーパス会員の方たちがにぎやかにおしゃべりされているのを見ていると、フリーパス会員と回数券会員の間にちょっとした壁のようなものが存在しているように思えた。

 フリーパス会員の方の一人が、一週間振りのレッスンだとおっしゃっていた。三十回分の回数券を購入して、地道にレッスンに参加している私にとっては、一週間振りのレッスンなどごく当たり前のことだが、フリーパス会員の方にとっては、本当に久し振りのレッスンに相当するのだろう。考えてみると、フリーパス会員で一週間振りのレッスンというのは、少しもったいない気もする。

 前回のレッスン同様、参加者の数は少なく、十数名程度だった。私はいつも、インストラクターのすぐ前のヨガマットを選ぶのだが、今回はフリーパス会員の方たちが前列のヨガマットに集合されていたため、私は後列のヨガマットを使用することになった。後列でレッスンを受けてみて感じたのは、前列よりも後列のほうが熱がこもり易く、暑いということだった。

 暑かったせいか、レッスンが終了する頃には息も荒くなり、私はへとへとになっていた。レッスンを終えてシャワーを浴びると、ロッカールームからにぎやかな話し声が聞こえて来た。フリーパス会員の方たちが楽しくおしゃべりをされているのだ。普段は静かなはずのロッカールームが、笑い声でにぎわっている。その声を聞きながら、私は、かつて直径十二センチの彼女が同じ職場で働いていたときのことを思い出していた。集団の中にあって、特定の人を選んで密に交流を結ぶことに対するためらいの気持ちがあったことを思い出したのだ。

 いつの頃からか、私は「選ぶ」ということが苦手になっていた。すべての人に対し、公平であるべきだと考えるようになったのである。もしかすると、ホームページを運営するようになってから、このような考えが芽生えたのかもしれない。そして、平等な部分についてはオープンにできるが、平等でない部分は隠すようになった。例えば、ホームページを訪問してくださっている方と電子メールを交わすとする。電子メールの内容を伏せることは当然のことだが、電子メールを交わしたことさえも公には言わない。私だけでなく、ホームページやブログを運営している人たちの多くが、私と同じように振舞っていらっしゃる。公の場で、誰かと親しくしていることを隠す傾向にあるのは、心のどこかに、すべての人に対して平等であるべきだという理想があるからではないだろうか。

 私はオフィスで、直径十二センチの彼女と、まるでオフィスラブでもしているかのようにこそこそと連絡を取り合っていた。平坦な人間関係の中で、特定の人と親しくなるのは、他の人に対して公平でないような気がしていたからだ。

 しかし、フリーパス会員の方たちは、例え平坦な人間関係の中にあっても、特定の人と親しくなっている。それを、私自身が誰とも会話をしない状況の中で耳にするのは、何となく嫉妬に近い感情が芽生えていることにも気が付いた。自分では成し得なかったことを、他の人がいとも簡単に実践していることへの嫉妬である。

 着替えを済ませて受付に行くと、さきほどのインストラクターが立っていた。彼女に、先日、梅田店で受けたフロウコースの話をした。神戸店ではまだ取り入れられていないレッスンだが、彼女も今後、梅田店でフロウコースのインストラクターとしての講習を受けるのだそうだ。つまり私は、神戸店のインストラクターよりも早くフロウコースのレッスンを受けてしまったというわけだ。フロウコースの感想を聞かれたので、太陽礼拝のポーズのアレンジと、去年の夏に受けたスクイーズコースのアレンジで構成されていたと答えた。私は、
「もしも神戸店にフロウコースが取り入れられるなら、歓迎しますよ」
と言って、神戸店をあとにした。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 平坦な人間関係の中で、私がいつも気をつけていることがあります。例えば、派遣仲間と話をするときは、すぐ側で話を聞いているだけの別の派遣仲間にも話を振るようにしています。何故、こんなことをしているのかと自分なりに分析してみたのですが、今と昔ではコミュニケーションの方法が異なって来ていることに気が付きました。昔は、誰かと誰かが話をしていると、すぐ側で話を聞いている人は必ずその話に首を突っ込んで来たものです。しかし、今では無関心を装っている人が多いですよね。そこで、平等に接するために、その話に巻き込むのです。何か変ですか? こんなことをしているのは、私がO型だからでしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.02.02

二百点アップとうそぶいてみる

映画『迷子の警察音楽隊』の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 大きな映画館で全国一斉に上映されるような映画ではないので、おそらく、ご覧になられる方も少ないだろうとは思います。でも、こういう静かな映画が全国展開されないのはちょっぴり残念な気がしますね。ミニシアター系の映画館で上映される映画は、人間の感情をこと細かに描写している作品が実に多いのです。そうした繊細な人間描写に出会うと、人生の中でほんの少し立ち止まって、自らを振り返る時間を持つことができたような満足感を覚えるのです。

 「行って来まーす」
と言って、珍しく土曜日に仕事が休みのガンモを残して、私は元気良く家を出た。私はこれから、通算三回目となるTOEICの試験を受けに行くのである。

 実は前日の夜、職場では遅ればせながらの新年会が開催されることになっていた。しかし、先月末より、私は再び仕事が忙しくなり、残業の毎日を送っていたため、平日はほとんど英語学習のために時間を費やすことが出来なかった。毎日書こうと決めた「ガンまる日記」を綴るだけでも精一杯である。とは言うものの、例え仕事がどんなに忙しくても、こうして「ガンまる日記」だけは書き続けているのだから、私としては英語学習よりも、日本語の文章を綴って行きたいのだろう。

 当然のことながら、飲み会の日は社員の人たちが仕事を早く上がる。となると、飲み会に参加するしないに関わらず、私たち派遣社員も仕事を早く上がることができる。派遣社員だけが残業することはできない決まりになっているからだ。しかし私は、飲み会に参加するよりも、TOEICを受けるための勉強をしておきたかった。だから、飲み会には参加せずに、そのまま帰宅することにしたのである。もともと職場全体で企画される飲み会には、派遣社員は参加しない傾向が強いので、参加を見送り易い状態にあった。

 帰宅途中と帰宅後に、私は少しだけ英語の勉強をした。しかし、英語の勉強は、試験前日の夜に慌てて実践しても、急に身に付くものではない。しかも、久し振りの勉強で、頭があまり良く回らない。そのため、今回のTOEICはほとんど勉強することなく、試験当日を迎えることになってしまったのである。

 前回と同じように、試験は三宮にある派遣会社のオフィスで行われることになっていた。試験は十時からだというのに、もたもたしているうちに家を出るのが遅くなってしまい、試験会場となる派遣会社のオフィスに着いたのは、試験開始のおよそ五分前だった。受験票には、「試験開始の五分前までに入室してください」と書かれているので、何とかギリギリセーフである。

 私は、受付で自分の名前を告げると、試験官に受験票を見せた。どうやら、前回と同じ試験官が担当してくださるようである。名前の確認が終わると、
「空いている席にお座りください」
と言われたので、会場に入ったところ、最前列の席しか空いていなかった。最前列ならば、リスニングのテープの音が良く聞こえるはずだと前向きに考えることにしよう。

 今回は、前回よりも受験者の数が少なく、わずか四名だった。四名のために、試験官は、わざわざ休日出勤してくださっているのだろう。

 私は時計を見て、まだ時間があることを確認した上でトイレに立った。不思議なことに、前回よりもかなりリラックスしているのがわかる。前回は、久しぶりのTOEICの試験でかなり緊張していたのだろう。しかし今回は、再び同じ会場で試験を受けられるということで、かなりリラックスすることができたのだ。

 そうして試験が始まった。気持ち的にはずいぶん楽ちんだった。問題を解くために他の人たちの立てる音も、それほど気にならなかった。今回の試験では、自分の実力を十分発揮できたと思う。前回と同様、リーディングの問題で時間は足りなくなってしまったが、リスニングの問題を放棄してしまいたくなるほど退屈してしまうようなこともなかった。TOEICの試験で、回を重ねるごとにスコアアップしている人が多いようだが、おそらくそれは、心理的なものも大きいのではないだろうか。初回あるいは久し振りの試験では、なかなかリラックスすることができず、実力を発揮することができないものだ。しかし、次第に勝手がわかって来ると、リラックスして試験を受けることができるために、実力を発揮することができるのだ。私にはそんな気がしてならなかった。

 試験終了後、試験官が言うには、次回からのTOEICのIPテストは、梅田で行われることになるそうだ。定員は五十名だそうだ。これまでは、三宮と大阪で別々にIPテストが行われていたため、大阪でどのくらいの申し込みがあるのかはわからない。少なくとも、三宮の会場では数名程度の参加が限度である。しかし、五十名も受験できるとなると、比較的大きな部屋で受験することになるのだろう。私が受けているのは企業向けのIPテストだが、大きな部屋で開催されるとなると、本番の公開テストに近い状況を体験できるかもしれない。

 派遣会社のオフィスを出たあと、私は晴れ晴れとした様子でガンモに電話を掛けた。
「どうだった?」
と尋ねるガンモに、
「いやあ、いきなり二百点アップかもね」
などとうそぶいた。
「多分、ガンモの最高スコアを抜いたわ。わっはっは」
結果が返って来るまでなら何とでも言える。私は豪快に笑った。ちなみに、今回の結果は、今月十八日に自宅に郵送されるそうだ。今度こそリベンジとなるのだろうか。果たしてどのような結果が出るのか、今から楽しみにしている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 感触としては、確かに良かったのです。でも、これでまた最低スコアを記録してしまったら、今度こそ立ち直れないかもしれません。(苦笑)ちなみに、この時期、公開テストは行われていないようですね。大学入試の時期と重なっているからでしょうか。そんな時期に、派遣会社のIPテストで受験できたのは、少しお得な気がしています。ああ、今度こそ天国を体験できますように!

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.02.01

映画『迷子の警察音楽隊』

 予告編を観ただけで虜になってしまう映画がある。この映画がまさしくそんな映画だった。先日、映画『子猫の涙』を観たときに、この映画の予告編が流れた。ミニシアター系の映画館同士は仲がいいのだろうか。この映画は、映画『子猫の涙』を上映していた映画館とは別のミニシアター系の映画館で上映されている作品だった。私はこの映画の予告編を観た途端、絶対にこの映画を観たいと思ったのだ。

 この映画を上映しているのは、三宮と梅田にある同系列のミニシアター系映画館だった。私はその系列の映画館の優待会員なので、三宮と梅田のどちらの映画館で観たとしても、優待サービスを受けられることになっていた。そこで、梅田店でホットヨガのレッスンを受けたあと、梅田でこの映画を観ることにしたのである。

 この映画の製作国は、イスラエルとフランスとなっている。おそらくこの映画が私にとって初めての、劇場で観るイスラエル映画になったはずだ。舞台となっているのは、一九九〇年代のイスラエルである。そのイスラエルに、かつて敵対していた隣国のエジプトから、文化交流のために歴史の古いアレクサンドリア警察音楽隊がやって来る。しかし、空港に来ているはずの迎えも見当たらず、市役所に電話を掛けても取り合えってもらえず、右往左往したアレクサンドリア警察音楽隊は、とうとう自力で路線バスに乗り、文化交流の目的地に向かうことにする。ところが、目的地を間違えて迷子になってしまう。間違えて訪れた小さな町には、演奏を行う予定の文化センターはおろか、ホテルさえもなかった。そこで、道を尋ねたるために会話を交わしただけの食堂の女主人の家と、食堂の常連客たちの家に、迷子の警察音楽隊が分散してお世話になるというたった一夜の物語が始まる。

 この映画は、観ているだけでおかしさがこみ上げて来る作品に仕上がっている。しかし、決して最初から笑いを狙って制作された作品ではない。この映画で表現されているのは、例えかつて敵対していた国同士の国民であっても、言葉や習慣の違いを乗り越える方法があるということだ。それは、音楽であったり映画であったりする。事実、イスラエルからはるか遠い日本に住んでいる私にも、イスラエルで製作されたというこの映画が胸に響いている。

 警察音楽隊としての古い歴史を頑なに守り続け、考え方も保守的な警察音楽隊の団長と、今、そのときを楽しみながら自由奔放に生きている食堂の女主人との対比が面白い。女主人が団長に話し掛ける度に、団長の中の頑なな何かが溶けて行くようにも思える。ああ、もう少し、もう少し。もう少しで団長がほぐされて行く。スクリーンで繰り広げられる会話を追いながら、何度も何度もそう思う。しかし、女主人は最後に・・・・・・。

 この映画の中で、私の中に最も印象に残ったシーンがある。それは、迷子になった警察隊を自宅に泊めることに決めた食堂の女主人が、迷子の警察隊の団長に、
「子供の頃、エジプトの映画をテレビで良く見ていた。エジプトの映画がとても好きだった」
と語り掛けるシーンだ。エジプトとイスラエルでは、言葉や習慣が異なっている。それでも、女主人の子供の頃に
は、エジプトの映画がイスラエルの言葉に翻訳され、テレビで放映されていたのだろう。もともと島国である日本の、更に島である四国で生まれ育った私には、陸続きの地に異なる文化が存在するという感覚は良くわからないが、相手と何らかの接点を持とうとして、かつて相手の世界に自分も足を踏み入れた経験があることを相手に示すという歩み寄りに心を打たれる。

 食堂の男性客の家にお世話になった別の警察音楽隊のメンバーたちの家族団欒においても然りである。その日はたまたま、食堂の男性客の妻の誕生日に当たっていた。そんな大切な日に、出会ったばかりで異国の、しかも、かつて敵対していたエジプトの警察音楽隊の複数のメンバーを泊めることになる。当然、事情を聞かされていない他の家族の対応はぎこちない。それでも、突然、その家の主が音楽の話題を警察音楽隊に振る。主は若い頃、楽器を演奏していたのである。その話をきっかけに、決して大げさな展開にはならないが、少しずつ、一体何を話していいものかわからずに黙りこくっていた沈黙の状況から救われる。この映画では、そうした細かい動揺や感動や歩み寄りによる進展が、見逃されることなくこと細かに描写されている。

 見知らぬ町で見知らぬ現地の人の家に泊めてもらう一夜は、観ている私たちが冷や冷やするほど長い。食堂の女主人と団長は、夜の町に繰り出して、ちょっとしたお店に入る。お店の中で、自分がリクエストした曲をかけてもらう女主人。その曲は、一体誰に聴いて欲しい曲だったのだろうか。

 警察音楽隊には、女性と接するのが得意な若い隊員もいる。そんな彼が、奥手な男性に恋の手ほどきをする。そのシーンが何ともおかしい。国の違いが問題ではない。人と人が触れ合うために、まずは話を始めてみることが大切なのだ。決して感情が大きく揺れ動くような作品ではないが、ストーリー全体を通して、接点を持ちながら語り合うことの大切さを教えてくれる心温まる作品だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m どこかの映画サイトの解説に、「かつて敵対していた国同士で、国家もなし得なかったことを、一個人がいとも簡単にやってのけた」というような表現がありました。なるほど。もともと、同じ国の人間同士でさえ、知り合ったばかりの人を自分の家に泊めるという行為ははばかられます。でも、それを実践できたということは、この人たちを家に泊めても大丈夫だと太鼓判を押すに至った何かがあったのでしょう。おそらく、物語はそこから始まっているのですね。個人的に、ラストはちょっぴり残念でしたが、人間に個性があるように、映画の中の登場人物の個性が映える作品でありました。でも、それが食堂の女主人の生き方なんでしょうね。国が違っても、名曲や名画と言われるものは、国境を越えて通じるものなのですね。言葉に依存しないからこそ、それが可能になるのだと思いますが、そういう意味においても、芸術の存在は大きいと思います。

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