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2008.01.23

映画『シルク』

ホットヨガ(八十六回目)の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 更新が遅れがちで申し訳ありません。週末には何とか追いつきたいところですが・・・・・・。さあ、どうでしょう。メールや掲示板の返信もずいぶん遅れがちになってしまい、申し訳ありません。やはり、お返事には時間が掛かってしまっています。さて、気を取り直して、今回は、映画のレビューであります。

 この映画は、映画館で予告編を観たときから気になっていた映画だったので、派遣会社の福利厚生ページから前売券を申し込んでおいた。しかし、この時期、観たい映画がラッシュを迎えている上に、なかなか映画館に足を運ぶ時間を確保することができなかった。ようやく足を運ぶことができたものの、他にも前売券を購入している映画もあったため、どの映画を観ようかと思い悩みながら、上映スケジュールを優先して観たのがこの映画だ。

 美しい新妻エレーヌをフランスに残し、優秀な蚕の卵を求め、大胆にもフランスからヨーロッパ大陸を横断し、極寒のロシアから船で日本の酒田に入った蚕の卵の買い付け人エルヴェ。ヨーロッパから壮大な旅を続けて来た新婚の彼が、日本でとても気になる少女に出会ってしまうという心理的なラブストーリーである。

 ハッピーエンドではない映画だからだろうか。映画を観終わって二、三日は、映画の余韻を引きずっていた。ちょうど、登場人物たちの感情をそのまま預かってしまったような感覚だった。一見すると不倫の映画なのだが、必ずしもそうとも言い切れない何かがこの映画にはある。

 この映画は、フランス人の物語なのに、映画の製作国はカナダ/イタリア/日本となっている。そのせいか、フランス人の言葉も英語で語られている。フランス人の言葉が最初からフランス語で語られていれば、もっと違う映画になっていたことだろう。しかし、江戸時代に英語を話せる日本人がいたことだけでも驚異なのに、フランス語を話せる日本人がいることなどもっと考えにくい。だから、フランス人の言葉も英語で語られているのかもしれない。

 製作国に日本も加わっている通り、日本でのロケも多い。ただ、日本以外の国が美しくカラフルに描写されているのに対し、日本の描写は水墨画のように白い雪と黒い農村が映し出されている。しかも、この映画で描き出されている日本は、外国人の視点から捉えたとてもミステリアスな国に仕上がっている。そういう意味で、私たちにとっては、日本という国を客観的に観察できるチャンスになっているかもしれない。

 フランスからわざわざ蚕の卵の買い付けにやって来たエルヴェは、ほとんどしゃべらないが存在感のある妖艶な雰囲気を漂わせている日本人の少女のことが気になって気になって仕方がない。少女は、原十兵衛という男と一緒にいる。二人がどのような関係なのかはわからないが、もしかすると、男女の間柄なのかもしれない。エルヴェは、原十兵衛から優秀な蚕の卵を購入する。何故かこの原十兵衛、江戸時代の、しかもひどく田舎に住んでいるというのに英語が達者である。実に不思議な人物である。今やどんな映画にも出演されている役所広司さんが原十兵衛の役を演じていたが、もしも私が配役するなら、原田芳雄さんを抜擢したことだろう。

 少女は始終、エルヴェに対してずいぶん思わせ振りな態度を取っている。私は、彼女と同じ日本人女性として、それらの思わせぶりな態度に、「おいおい、そんな思わせぶりなこと、しないだろう」と反論したくてしょうがなかった。おそらく、日本人の演じるシーンも、日本人ではないスタッフが演出を手掛けたのではないだろうか。だからだろうか。とりわけ、少女については不可解な行動が多かった。しかし、映画の中では、彼女が日本人ではないというような表現もあったように思う。

 自宅の庭が特に美しいカラフルなフランスと、水墨画のような日本の対比はいいのだが、残念なことに、色彩が変化して行くフランスから日本に向けての長旅が、あまりにも早送りのシーンとして流れてしまっている。もっと細かい描写をしてしまうと、今の上映時間では収まり切れなかったのかもしれないが、あまりにも早送りなので、フランスから日本まで、いとも簡単に移動できてしまったのかと錯覚してしまうのだった。科学が発達した現代でさえ、飛行機で十数時間も掛かる距離なのだから、もう少し移動の大変さが表現されていても良かったのではないだろうか。

 私にとって、この映画で最も印象的だったのは、エルヴェとエレーヌのセックスシーンだ。愛し合う男女のセックスは、互いの感情を交し合い、動きもスローだ。決して喜びを一人だけのものにしてしまわずに、二人で同期を取りながらくつろいでいる。どちらか、あるいは両方が快楽に溺れているわけでもない。二人とも快楽に顔を歪めることなく、とても優しい表情をしている。

 それに対し、もう一つのセックスシーンは、エルヴェとエレーヌのそれとは対照的だった。互いに感情を交わすこともなく、喜びよりも戸惑いが感じられる。終わったあとに、その二人がどんな表情で衣服を身に付けたか、スクリーンに映し出されていなくても容易に想像することができた。セックスは、衣服を身につけるまででワンセットではないだろうか。衣服を身に付ける瞬間にどのような気持ちを抱くかで、そのセックスの素晴らしさが決まるように思う。とにかく、もう一つのセックスシーンは、状況からしてもとても不可解なものだったのだ。あまり詳しく書くとネタばれになってしまうので書かないが、一体何故? という疑問ばかり沸いて来た。

 映画の中には、いくつかのキーワードがある。庭、そして文(ふみ)。愛する妻のために、庭を完成させようとするエルヴェ。その一方で、日本の少女が書いた文に心を惑わされる。そこで登場するのが、日本語を理解するというリヨンに住む娼婦マダム・ブランシュ。庭は造り上げて行くものとして登場するが、文は解いて行くものとして登場する。庭の完成も、文の読解も、まるでパズルに挑戦しているかのようだ。そして、そのパズルを解いたとき、エルヴェの前には意外な結果が現れた。予測もつかない終わり方だったからこそ、エルヴェとエレーヌの愛のあり方を考えさせられ、私たちはこの映画の余韻を楽しむことができるのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「そう言えば、蚕の買い付けを命じたバルダビュー役の俳優さん、どこかで観たことがあるけど、誰だっけ? 何の映画に出てた人だっけ?」と、上映中、この映画とはまったく関係のないことが気になって仕方がありませんでした。レビューを書くにあたり、俳優さんの情報を参照してようやく思い出したのです。これまで、いろいろな作品に出演されている俳優さんではありますが、映画『スパイダーマン2』でオットー・オクタビアスを演じた俳優さんだったのですね。この映画は、日本がとてもミステリアスに描かれている作品としても、楽しめるかと思います。そして、愛のあり方についても十分考えさせられます。愛する人にすべてを話すことと話さないでいること。例え話さなくても相手が自分を許容してくれているのだとしたら・・・・・・。そこが、この映画を観終わったあとに感じられる余韻なのですね。別の視点からこの映画を一気に振り返るのです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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受信: 2008.02.05 06:11

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