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2008.01.06

うどんの国

甘党の矛盾、辛党の矛盾の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一般的に、あまりお酒が飲めない人は甘党で、お酒が飲める人は辛党ですよね。ちなみに、私は小さい頃から和菓子のあんこがとても苦手で、和菓子を食べるときは、中のあんこを避けて、あんこのない周りだけを食べていました。今でもほとんどの和菓子は苦手ですが、ほくほくのたいやきや、姫路名物の御座候(ござそうろう)は、あんこがおいしいので好きです。ガンモは和菓子も大好きで、大福やかしわ餅なども好んで食べています。私は、あんこが入ったおもちはほとんど食べません。しかし、いつだったか、ガンモの実家に帰ったときに、あんこ入りのお雑煮を食べさせてもらったことがあるのです。そう、ガンモの出身地である香川県のお雑煮は、あんこ入りのお雑煮なのです。もともと、あんこ入りのお餅が好きではない私は、恐る恐る食べたのですが、こちらは意外においしかったです。残念ながら、今回の帰省ではあんこ入りのお雑煮を食べることはできませんでした。さて、今回は、そんなうどんの国の実情を書いてみたいと思います。

 うどんの国で生まれ育ったガンモは、大晦日に年越しそばを買うためにスーパーに足を運んだとき、奇妙なことを口にした。
「やっぱり、年越しそばじゃなく、年越しうどんだろ?」
「えっ? 香川の人たちは、年越しそばじゃなくて年越しうどんを食べるの?」
と私が尋ねると、ガンモは、
「当たり前だから」
と言った。

 結婚十一年の私たちは、これまでにも、きっと同様の会話を交わして来たに違いない。しかし、ガンモの仕事の都合で、これまであまり大晦日を一緒に過ごした記憶がない私は、過去にそんな会話をしたことさえもすっかり忘れてしまっていたのだ。

 香川県が本格的なうどんの国であると実感したのは、幼くして亡くなってしまったガンモの弟の三十三回忌の法要のときのことだった。お経をあげてくださったお坊さんのことも、法要に来てくださった親戚の人たちのことも、うどんでもてなしたのである。もともと私は、そばよりもうどんが好きなので、うどんの国の出身のガンモと結ばれたことは願ったり叶ったりだった。しかし、そのあとも遠縁の人の法事があるとかで、親戚の人たちが、
「ああ、またうどんを食べるんかね」
と言うのを耳にしたときには、
「ひぇええええ! またうどんですか?」
と言いながら、既に夕方だという理由で私たちは帰路に就くことにしたのだった。いくらうどんが好きだと言っても、お昼と夜に連続で二食もうどんを食べるのは厳しい。

 ところで、村上春樹さんのエッセイでも有名になったなかむらうどんが、ガンモの実家から比較的近いところにある。なかむらうどんは、「ねぎが入っていなければ、近くの畑で取って来い」というようなことを店主に言われてしまうほどのワイルドなうどん屋さんとして、全国のうどん愛好家たちに知られている。そんな人気のなかむらうどんは、午前中のうちに、うどんの玉が売り切れになってしまうらしい。実は、数年前、お昼過ぎに足を運んでみたところ、もはや玉が売り切れになってしまったため、お店が閉まっていた。お店と言っても、納屋を改造したような、これまたワイルドな建物である。それ以来、なかむらうどんは訪れていない。というのも、実家に帰っているときに、朝早くから外にうどんを食べに出掛けて行くのは、久しぶりに帰省した私たちに食事の支度をしてくれている義母に対して申し訳ないと思っていたからだ。


 今回の帰省でも、午前中までしかうどんの玉が持たないなかむらうどんには足を運ばなかった。しかし、しばしば足を運んでいるセルフのうどん屋さんに入り、お腹いっぱいになるまでうどんを食べた。香川県には、セルフのうどん屋さんが実に多く、リーズナブルでボリュームたっぷりのもてなしをしてくれる。私たちがしばしば足を運んでいるうどん屋さんは、小がうどん一玉、中がうどん二玉、大がうどん三玉ほどのボリュームである。いつもの癖で、ついつい「中」を注文すると、そのボリュームの多さに驚いてしまう。うどんの国はうどんの産地なので、うどんを出し惜しみしないのである。

 トッピング用のてんぷらなどを取り皿に取ったあと、備え付けの蛇口からうどんの出汁を注ぐのが香川県のセルフのうどん店の特徴だ。それから、ねぎやしょうがを盛ったりする。今回、私はしょうがを多めに盛ってみたのだが、これがなかなかおいしかった。あらあら、記事を書いているうちに、またうどんを食べたくなってしまったではないか。

 赤ちゃんの離乳食としてうどんを与え、法事でもうどんを食べ、大晦日にも年越しうどんを食べるうどんの国の人たちは、さぬきうどんブームをどのようにとらえているのだろう。もしかすると、食べたいときにだけうどんを食べるなんて、まだまだ甘いと思っているかもしれない。食べたくないときでさえもうどんを食べてこそ、真のうどん好きとして認めてもらえるのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は九連休だと言うのに、ガンモは飛び飛びで仕事が入っていたため、冬休み中の帰省は、ガンモの実家に一泊するに留まりました。ガンモの話によれば、今では少なくなりましたが、昔はお豆腐屋さんや魚屋さんと同じように、うどんを売りに来る行商の方がいらっしゃったようです。わざわざお店まで買いに出掛けなくても、うどんが手に入るのは有難いですよね。ところで、現在、全国のあちらこちらにあるセルフのうどん屋さんの原型は、香川県には早くからあったようです。そう言えば、香川県には、セルフのうどんの他に、セルフのガソリンスタンドもたくさんあります。今回、帰省したときに、給油するためにガソリンスタンドを探していると、ガンモが、
「セルフと書いてあっても、うどん屋かもしれないしなあ」
などとぼそっとつぶやいたのが妙におかしかったです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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