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2008.01.25

映画『アース』

 話題の映画『アース』を観た。この映画も、映画館で予告編を観たときに気になって、派遣会社の福利厚生ページで前売券を購入しておいた作品だ。スクリーンいっぱいに渡り鳥が飛んでいる予告編は実に壮大で、公開されたら是非とも観に行きたいと思っていたのだ。しかし、実際に鑑賞してみると、私が想像していた内容とは少し違っていた。違っていたからと言って、この映画が素晴らしくないと言っているわけではない。私の中で勝手に想像を膨らませていたに過ぎない。

 私は、NHKのこの手の番組を観てはいない。テレビでこの手の番組を観ていたのは、もうずいぶん前のことだ。だから、この手の映像ならテレビでも十分観られるとコメントされている人たちと同じ視点に立つことはできない。というのも、私自身が普段からカメラを持ち歩いているからだろうか。いつの間にか、私は映画を撮影する側の視点でこの映画を観ていた。

 台本通りに演じてくれない野生動物を撮影するには、長い時間、フィルムを回し続けて、決定的な瞬間が訪れるのをひたすら待ち続けることになる。ということは、映画の中では決定的なシーンばかりが採用されてはいるものの、公開されない決定的でないシーンのほうがはるかに膨大であろうことを想像する。つまり、この映画は、製作スタッフの努力と根気で撮影された作品だと言える。

 素晴らしいと思ったのは、野生動物たちの映像ばかりでなく、音までも同時に拾っているということだ。カメラで映像を撮影するだけならば、遠距離から高性能な望遠レンズが仕事をしてくれる。しかし、同時に音まで拾えているのはどういうことなのだろう。例えば、北極で冬眠から目覚めたばかりの白熊が映し出される。鹿児島名物の白熊ではない。生きている白熊だ。白熊は、生まれて間もない小熊たちを連れて、雪で覆われた斜面を半ば滑りながら歩いている。そうした映像において、生まれて間もない小熊たちの泣き声がきちんと収録されているのである。つまり、仕事をしていたのは単に望遠レンズだけではないということだ。音を拾うためのマイクも同時に仕事をしていたことになる。極寒の北極で、白熊たちが足を滑らせてしまうほどの雪で覆われた斜面をどのように撮影しながら音を拾ったのだろう。

 また、草食動物を真剣に追いかける肉食動物もいくつかとらえられているが、万が一、ターゲットが草食動物でなく、撮影中の人間に切り替わってしまったとしたらと想像すると、恐ろしいことだ。走る動物たちを追いかけるスピードはすこぶる速いはずなのに、手ぶれは見られず、確実にその瞬間をとらえている。遠くから望遠レンズを使って撮影する場合、被写体との距離が遠ければ遠いほど、素早く動く被写体を的確にとらえるのは難しい。一体どれくらいの距離から撮影されたものなのだろうか。鑑賞中、そんなことが気になっていた。

 この映画では、肉食動物が草食動物に喰らいついてからの、最も残酷なシーンはほとんどカットされてしまっている。弱肉強食の真実を映し出していないという点においては、賛否両論があるかもしれないが、私は映画を観る人への気配りだと解釈している。

 この映画を観ていて思ったことは、もしかすると、人間以外の動物は群れる傾向にあるのではないかということだった。人間は、この映画の中で取り上げられている動物たちと違って、比較的少数で行動したがる。動物たちのように生活の場を変えることはあるが、その原因は、仕事の都合による出張であったり、転勤だったりする。それらの移動はあくまで人為的なものであり、生活するためにより良い環境を求めて旅をしているわけではない。自分の意志で移動しているというよりも、移動させられているという表現のほうがしっくり来る。しかし、動物たちは、より良い環境を求めて、時には何百キロ、何千キロと集団で移動する。彼らはそれだけ自然の環境に左右されやすいということだ。渡辺謙さんの吹き替えによるナレーションの中にも、我々生き物にとっては、太陽と水が大切だということがしきりに力説されている。

 文化を持たず、自然の環境に左右されやすい動物たちは、水がないという危機に直面することもある。しかし、文化を持つ人間にはそれがない。だから、地球温暖化の影響があると言われても、あまりピンと来ないのかもしれない。文化で何とかなると思っているのではないだろうか。地球温暖化の問題は、私たちにとって、まだまだ間接的な問題であり過ぎるのだと思う。

 しかし、もっと直接的にとらえるならば、自分自身の身体の問題に置き換えてみるといいのではないだろうか。身体の問題として最も顕著なのは、昔はそれほど多くなかった病気が増えて来ているということだ。地球と私たちの身体は同期していると思う。何故なら、環境や食べ物が私たちの身体を造っているからだ。だから、地球の環境を整えるということは、私たち自身の身体を整えるということに等しい。環境汚染や地球温暖化の問題にピンと来ないなら、自分自身の身体を整えて行くためにはどのようにすれば良いかを考えてみるといいのではないかと思う。それが、地球の環境を整えて行くことに繋がって行くと私は思うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画が問題提起しようとしている内容については、あまりピンと来ない人も多かったようです。確かに、地球温暖化の問題は、最後に取って付けたようなアプローチになっていました。私は、地球温暖化の問題は、私たち人間の生活が便利になり過ぎて、自然の暑さや自然の寒さを我慢し切れなくなってしまったことにも要因があるように思います。もっと自然の暑さを受け入れたり、自然の寒さを受け入れるような生活をしてみるというのはどうでしょうか。というのも、私自身が、夏の冷房や冬の暖房があまり好きではないからなのですが。人間がもともと持っている力をもっと信頼することで、地球の変化を最小限に食い止めることができるのではないかとも思えます。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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