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2008.01.27

映画『子猫の涙』

ホットヨガ(八十七回目)の記事にの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m インストラクターによれば、片足だけでポーズを取るときに、足の指でヨガマットをぎゅっと掴んでバランスを取らないほうがいいそうです。実は私は普段から、気が付いてみると、靴の中で左の足の指だけが丸くなってしまっています。右足の指は普通にリラックスしているのに、どうも左足だけリラックスしていないようなのです。気が付いたときに、緊張を解くように、左足の指をリラックスさせているのですが、もしかすると、身体の歪みと何か関係があるのかもしれませんね。さて、今日はホットヨガのレッスンの帰りに神戸店のスタジオのすぐ隣にある映画館で観た映画のレビューをお届けします。

 ホットヨガ神戸店のスタジオのすぐ隣には、ミニシアター系の映画館がある。いつだったか、エレベータの中で一緒になった買い物客のおばさまが、お連れの方にこんなことをおっしゃっていた。
「このビルの中にある映画館に行ったことあんねんけどな、お客が七六人しか入ってへんかってん。あんなんで映画館としてやって行けるんやろか?」
私は、心の中でこっそり思っていた。
「でもね、おばさま。その七人の方たちは、映画の本編が終わってエンドロールが始まっても、決して席を立たなかったでしょう? それだけ映画好きの人たちが集まって来ているんですよ」

 そう、大きな映画館に出入りしている人たちと、ミニシアター系の映画館に足繁く通っている人たちの映画に対する思い入れは違う。大きな映画館に出入りしている人たちの中には、数人でどやどやと映画館にやって来て、上映中もポップコーンなどをほおばりながら音を立てていたかと思うと、本編が終了するや否やエンドロールには目もくれず、まるで何かを消化したかのように、さっさと立ち上がって出て行く人が多い。しかし、ミニシアター系の映画館は違う。たいてい、一人またはカップルでやって来て、静かに席に着き、本編が終了しても決して席を立とうとしない。まるで最後の一粒までも楽しむかのように、エンドロールが終了して、場内が明るくなって初めて席を立つ人が多いのだ。また、映画館の優待会員になって、毎回、映画を格安料金で鑑賞している人が多いのも、ミニシアター系の映画館の特徴だ。

 これまでいろいろな映画を観て来てわかったことは、私はミニシアター系の映画に心惹かれることが多いということだ。だから、私も二つほど、三宮・神戸界隈のミニシアター系の映画館の優待会員になっている。そんな私にとって、ホットヨガのレッスンのあとに観る映画は、心休まるひとときなのである。

 さて、前置きが長くなってしまったが、先日の記事にも書いたように、この日は映画を二本観る計画を立てていた。ホットヨガのレッスン終了時刻と、二本目の映画の上映時刻に都合がいいように、見事にスケジューリングされていたのがこの映画だったのだ。

 実は、『子猫の涙』というタイトルが掲げられてはいるが、子猫が主人公の映画ではない。映画の内容は、メキシコ・オリンピックで銅メダルを獲得したボクサー森岡栄治氏の波乱に満ちた人生を再現したものである。監督を務めたのは、森岡栄治氏の実の甥に当たる人物なのだそうだ。私はたったそれだけの情報で、この映画はきっとアマチュアが作ったような仕上がりに違いないという偏見を持って鑑賞し始めた。ところがどっこい。カメラワークもストーリーも、どれを取っても素晴らしかった。何のことはない。この作品の映画監督は、過去にも作品を発表しているプロの映画監督だったのだ。

 周りの人たちから栄ちゃんと呼ばれて慕われ、はちゃめちゃな人生を生き抜いた森岡栄治氏を武田真治くんが好演している。いやはや、彼はいい役者さんに成長したと思う。台詞を覚えて栄ちゃんの役を一生懸命演じているのではない。彼の身体から、魂から、栄ちゃんのエキスがにじみ出ている。私は栄ちゃんを知らないが、彼は栄ちゃんそのものだ。そんな気迫さえ感じられた。

 オリンピックで銅メダルを獲得するということが一つの頂点だとすれば、そこから下降して行く人生はどうなのだろう。映画の中にも、オリンピックでメダルを取った選手が一生暮らして行けるだけの保証を与えてくれる国もあるが、日本はそうではないという台詞がある。この一言には考えさせられた。

 実は、スポーツに興味がない私は、例えオリンピック開催中であってもオリンピックのテレビ中継を見ない。だから、メダルを取ったオリンピック選手が日本の誇り高き存在として崇められているという状況が良くわからない。良くわからないながらも、その栄光をたたえる人たちが、栄ちゃんと何らかの接点を持ちたがるであろうことは想像できる。しかし、プロに転向した栄ちゃんは、成績が振るわず、おまけに試合で片目が見えなくなってしまい、とうとう引退することになる。そこから始まる栄ちゃんの転落とも言える人生。オリンピックで銅メダルを獲得したのだから、その後の人生も輝き続けると思ったら大間違い。その後の栄ちゃんの人生は、やくざとの関わりや、夫婦の不仲、異性関係の乱れ、ついには離婚など、様々な問題を抱えていたようだ。それでも、子供たちはずっと栄ちゃんの側に居た。

 この映画は、栄ちゃんの娘である治子(はるこ)の視点から語られている。その治子は、父の栄光をリアルタイムでは知らない。オリンピックで銅メダルを獲得するということがどれだけ凄いことなのか、あまりにもピンと来ないので、リアルタイムの活躍を知っているおじいちゃんに確認している。治子から見れば、父は単なる女好きのスケベ親父である。とても尊敬に値するような人物ではない。それに、治子から見た父は、ボクシングジムのコーチの仕事をしているものの、本当にボクシングが好きなのかどうかもわからない。その疑問がずっと治子の中で引きずられ、物語の最後に花を咲かせる。

 やがて栄ちゃんは、あっけなくガンで亡くなってしまう。強がって別れることになった栄ちゃんのかつての妻も、栄ちゃんの棺の前で激しく泣き崩れる。それが彼女の真実だった。人が亡くなることで、これまでわからなかったことが次々に明るみになって行く。例えそれがどんな内容であったとしても、そこで知りえた真実は、故人の遺して行った断片を繋ぎ合わせる手掛かりとなる。生前、警察の取り調べまで受けることになった栄ちゃんが、本当にボクシングが好きだったかどうかを、取り調べを担当したという栄ちゃんファンの刑事さんが解き明かす。おそらく、この映画のクライマックスはそこにある。

 何と素晴らしいヒューマンドラマよ。事実は小説よりも奇なり。大きなことを成し遂げた人の人生ほど、波乱に満ちている。波乱が人を大きく成長させてくれるのだろうか。人生、山あり谷あり。そう、この映画は、人生の谷にスポットを当てた作品と言えるかもしれない。人生の山を体験した人が、谷をどのように生き抜いたか。谷の生き様を見せてくれる作品でもある。

 人間、どんなはちゃめちゃな生き方を選択したとしても、振り返ってみれば、そこには一本筋の通った人生の輝きがある。そんなことを感じさせてくれる素晴らしい作品だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 親がしっかりしていないと、子供がしっかり育って行くのでしょうか。だらしのない親を見ると、反面教師として、決して自分だけはそうなってはいけないと奮起するのかもしれませんね。世の中、うまく出来ているものです。家のことを何でもこなす母を持った私は、家庭的でない女性に育ってしまいましたが。(苦笑)この映画、上映されている映画館は少ないようです。このような素晴らしいヒューマンドラマが全国展開されないのはとても残念であります。映画館でご覧になれない地域にお住まいの方は、DVDが発売されるかどうかわかりませんが、心に留めておいてくだされば幸いです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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