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2007.12.21

猫の手

 ようやく仕事の忙しさに終わりが見えて来たというのに、上司のまた上司から、いきなり、
「実は、他のプロジェクトに大幅な遅れが出ているので、支援して欲しい」
と話があった。遅れが出ているプロジェクトとは、私たちのプロジェクトと密接な関係にあるプロジェクトで、もともと、私たちのプロジェクトと一緒に十二月末の出荷が予定されていた。ところが、そのプロジェクトは立ち上げ当初からかなりの遅れが出ていた。私たちのプロジェクトも、そのプロジェクトの遅れに影響されて、途中で作業が止まったりした。仕事に遅れが出ている分、人材を投入する必要があるのだが、社内で調整した結果、私たちのプロジェクトがそのプロジェクトと最も密接な関係にあるために、仕事への理解も早いだろうということで、抜擢されたのだ。

 その後、上司の上司から招集がかかり、私たちは会議室に集結した。話を聞いてみると、私を含めたプロジェクトメンバの三人が、来週から別のプロジェクトの支援に回ることになると言う。せっかく現在の忙しさに終わりが見え掛けていたというのに、ゴールが伸びてしまい、残念ではある。しかし、そのプロジェクトは本当に忙しいプロジェクトで、実際に他からの支援が必要な状況にある。何しろ、中には朝七時頃まで仕事をしたあと、いったん帰宅して、ほんの少しだけ睡眠を取ったあと、再び同じ日に出勤して来る人もいるという、猫の手も借りたいほどのプロジェクトなのだ。つまり、まさしく私たちがその猫の手になるというわけである。

 私たちが猫の手になることが決まったプロジェクトには、現在、百名くらいの人たちが関わっているそうだ。好敵手に書いた派遣仲間も、そのプロジェクトのメンバである。彼女が言うには、私用で三日ほど休暇を取ると、次に出勤して来たときに未読メールが七百通余りも溜まっていたそうだ。つまり、彼女は、一日に二百通以上のメールに目を通しながら、自分の仕事もこなしているわけである。ちなみに、私が参加しているプロジェクトでは、一日に受信するメールの数は百五十通程度だ。やはり、プロジェクトに参加する人の数が増えれば増えるほど、流れるメールの数も増えるようだ。

 だから、猫の手も、多ければ多いほど仕事の効率が上がるというものではない。例え猫の手であったとしても、それぞれが自由意志を持って生きている。いくつもの自由意志を一つにまとめるのは、大変骨の折れる仕事である。また、猫の手が一人立ちして仕事をすることができれば一番いいのだが、何らかの壁にぶち当たったときは、たいていの場合、猫の手は自分自身では判断を下すことができず、誰かの指示を仰ぐことになる。しかし、忙しいプロジェクトの場合、猫の手に指示を出せる人たちがあまりにも忙し過ぎて、的確な指示を出すことができない場合が多い。もしも猫の手が充分に力を発揮できるとしたら、指示を出す人とのコミュニケーションが極端に少なくて済む場合だろう。今年最後の一週間、私たちが優秀な猫の手になることができるといいのだが。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今年最後の仕事が猫の手になろうとは思いもよりませんでした。猫の手という言葉は、もともと、人手(ひとで)に対して使われた言葉なのでしょうか。人の手を集められないなら、せめて猫の手でもいいから借りてしまいたいということなのでしょうか。猫の手は招き猫の手でもありますね。商売繁盛ということでしょうか。あれ? 福をかき集めるのは熊手でしたっけ? そして、かゆいところに手が届くのは孫の手ですよね。最後の手段は奥の手。猫の手が、奥の手を使ったら、合いの手を打ってください、なんちゃって。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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