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2007.12.12

映画『PEACE BED アメリカVSジョン・レノン』

水漏れ事件(6)の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 水漏れ事件の余韻に浸りながら、今回は映画の記事を書かせていただくことにしますが、映画の感想そのものよりも、映像を通して感じ取ったジョンとヨーコの男女の愛について触れて行きたいと思います。

 ホットヨガのレッスンのあと、下の階のお宅訪問までまだ時間があったので、私はホットヨガのスタジオのすぐ隣にある映画館で映画を一本観てから帰宅した。今回観たのは、ビートルズのメンバーだったジョン・レノンが生涯を通してエネルギーを費やした平和活動にスポットを当てた『PEACE BED アメリカVSジョン・レノン』というドキュメンタリー映画だ。私がこの映画を観たのは公開初日で、奇しくもジョンの命日だった。

 ジョンが心ないファンによって射殺されたとき、その悲報は世界中に知れ渡った。近年、ダイアナ妃の死を世界中の人たちが嘆き悲しんだように、ジョンの死もまた、世界中の人たちの心の中にぽっかりと穴を開けた。

 この映画の製作には、ジョンの奥さんであるヨーコが大いに関わっている。もちろん、映画の本編にもジョンの意志を正確に伝える存在として、再三登場してもいる。ジョン・レノンと言えば、何につけ、ビートルズでの活動がクローズアップされがちである。更にビートルズと言えば、夏休みに訪れたイギリスのリバプールが記憶に新しい。そう、ビートルズはリバプールで誕生したのである。時間の都合でビートルズ博物館には足を運ぶことができなかったが、街の中を、ビートルズのイラストの入った観光バスが走っていたことを思い出す。

 さて、ヨーコと出会ってからのジョンは、人生が百八十度変わってしまったと言っても過言ではない。ビートルズ時代のジョンの活動を見守って来た一部の人たちからは、ビートルズを解散させたのはヨーコだとまで言われている。それくらい、ジョンとヨーコの出会いは、互いに影響を与え合う刺激的な存在になった。二人が出会ってから、平和活動という人生最大の目的を見出したとも言えるのだ。二人が出会ってからの変化を見届ければ、二人の出会いがいかに運命的であったかが良くわかる。

 私は、ジョンとヨーコはツインソウルだと思う。今回、二人の映像を観て確信した。ツインソウルのカップルというのは、見ているだけでも圧倒されるものだ。例えば、二人が街を歩くシーンがある。二人は数歩歩くごとに抱き合い、キスをする。ヨーコのほうが学年にすると八学年も年上のはずなのに、二人の間にはエネルギーの調和が見られる。お互いの放つエネルギーが似ていると、顔の雰囲気まで似て来るのだろうか。ジョンはイギリス人、ヨーコは日本人であるにもかかわらず、どことなく顔の雰囲気が似ているのだ。

 二人が出会ったのは、ジョンがまだ前妻のシンシアと結婚しているときだった。それでも二人は強烈に惹かれ合い、夫婦になった。私は、これまでずっと、彼らの出会いに対してよからぬ先入観を持ち続けていた。しかし、この映画を観て、二人は出会うべくして出会ったのだと実感した。出会ってから年月が経過していても、二人が強烈に惹かれ合っていることは、映像を観てもびんびん伝わって来た。

 二人は、平和活動の一環として、新婚旅行をホテルのベッドで過ごしたそうだ。それが、PEACE BEDと言われているものである。マスコミに対し、二人がベッドで過ごしている写真を撮影しても良いが、必ず"PEACE"という文字を入れてくれと要求したらしい。平和への要求が徹底しているのだ。

 ただ、映画を観た感想を率直に述べると、二人のやりかたは少々強引だったのではないかとも思えた。何故なら、「主張」になってしまっているからだ。ここで私は、ロバート・ケネディが暗殺される直前までの様子を同じホテルに居合わせた人たちのドラマとして描いた『ボビー』という映画を思い出した。映画の中で、ロバート・ケネディの実際の演説を聴きながら、思わず涙がこぼれて来たものだった。少なくとも、ロバート・ケネディの演説は「主張」ではなかった。彼の中にあるものをただ伝えていただけだった。「主張」は、感情によって意識を「加工」してしまう。しかし、実際に人の心を突き動かす言葉というのは、それを伝える人の奥深いところに根付いている。それを引き出せたとき、伝える側と耳を傾ける側が、お互いに奥深い部分でわかり合うものなのだ。

 二人はニューヨークを平和活動の拠点にしていたが、アメリカという国は、ジョンの平和活動を快く思っていなかったらしい。やがて二人を国外追放しようとする動きが出て来る。「主張」は「危険」だと警戒されたのだろう。

 ジョンとヨーコは、出会うべくして出会い、夫婦として、また、同志として、波乱万丈の人生を生きた。平和活動はともかく、この映画を通して二人が通って来た軌跡を辿るだけでも価値があるなどと書いてしまうと、この映画の製作を心から喜んでいるヨーコをがっかりさせてしまうかもしれない。しかし、私はこの映画を通して、平和活動というジョンとヨーコの人生最大のテーマよりも、二人の男女として、また、同志としての関わり方に注目した。

 実際、ジョンはヨーコと出会ってからも、ヨーコ一筋ではなかったと何かの本で読んだことがある。それでも、二人は過去のことを水に流し、再び深く結び付いた。そして、ジョン亡き今も、ヨーコは自分自身で陰陽のバランスを取りながら、ジョンへの深い愛情を今でも世の中に発信し続けていると強く感じる。そんなヨーコは、男女の愛が不滅であることを証明し続けてくれている一人であるように思えるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画を観ると、二人の出会いがいかに強烈だったかが良くわかります。ツインソウルは、互いに激しく感化し合うのですよね。二人が共に過ごすには、きっと苦しいこともたくさんあったはずです。でも、過去のことを振り返ったとき、記憶に残っているのは、苦しさなどよりも、二人がたくさん愛し合ったことなのだと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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