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2007年12月

2007.12.31

iKnow!

 英語の得意な派遣仲間から、iKnow! 無料学習コミュニティという英語学習のためのSNSサイトを紹介してもらったので、早速参加してみることにした。SNSサイトと言っても、誰かと交流する機能はおまけみたいなもので、メインは英語学習である。リスニングを中心とした英語学習が無料で実践できることや、Webアプリとしても良く出来た教材に感動し、私はこのSNSサイトがすっかり気に入ってしまった。早速ガンモにも教えようと思い、ガンモを招待したのだが、ガンモは登録だけは済ませたものの、なかなかまとまった時間が取れず、しばらくそのままになっていた。

 普段、ノートパソコンを持ち歩いている私たちだが、SNSサイトは機能を充実させるあまり、サイトの表示がひどく重たいことが多く、私たちのスローなモバイル環境ではアクセスが非常に困難である。iKnow! 無料学習コミュニティも決して例外ではなかった。かと言って、モバイルカードの接続料金を毎月定額で支払っている上に、わざわざ別料金を支払って、パソコンでアクセスできるはずのサイトに携帯電話からアクセスするのももったいない。だから、高機能で重たいSNSサイトにアクセスするには自宅のブロードバンド環境に頼ることになるのだが、これまた自宅で過ごす時間が少ない私たちには、まとまった時間の取れないことが多い。だから私も、週末を中心に自宅でiKnow! 無料学習コミュニティのレッスンを楽しんでいた。

 しかし、ガンモの登録が終わったあと、私が何度尋ねてみても、ガンモは単に初回の登録を済ませただけで、学習を始めるには至っていないと答える。私は、とても楽しい教材だから、是非ともログインするように何度も何度も促した。しかしガンモは、既に自分が使用している英語学習の教材があるので、それが終わるまでは他の教材には手をつけたくないと言い出したのだ。確かに、ガンモが言っていることもわからないでもない。制限された時間の中で、あれもこれもという気持ちにはなれないのだろう。

 しかし、私自身はこんなにも楽しく英語学習をしているのにと思うと、その楽しさをガンモにも見せ付けたくなった。そこで私は、ガンモの目の前でわざとiKnow! 無料学習コミュニティにログインし、英語学習を始めることにした。すると、ガンモがすぐさま興味を示し、私のすぐ後ろに座って、iKnow! 無料学習コミュニティの画面を覗き込んだ。それだけでなく、ネイティヴスピーカーが読み上げる例文を大声で一緒に読み上げるのだ。しかも、私が学習しているというのに、私よりも大きな声で例文を読み上げるのである。な、何だ?

 やがて私は、iKnow! 無料学習コミュニティにログインしたままの状態でガンモと一緒にお風呂に入った。ガンモのほうが先にお風呂から上がり、私はお風呂の残り湯で洗濯をして寝室に戻るのがガンモよりも遅くなってしまった。私が寝室に戻ってみると、パジャマに着替えたガンモがパソコンの前に座り、またしても大きな声で例文を読み上げていた。
「ちょっとちょっと。それ、私のアカウントでしょ?」
ガンモは、お風呂に入る前にログインした私のアカウントをそのまま使い、英語学習を続けていたのだ。これまで、あれほど私がログインしたかと何度尋ねても、ログインしなかったはずのガンモなのに。ガンモはどうやら、iKnow! 無料学習コミュニティの楽しさを実感したようである。これは、私の作戦勝ちと言っていいだろう。

 その後も、ガンモは私のアカウントで英語学習を続けていた。学習の状態は保存されるので、私はガンモが回答を間違える度に冷や冷やした。そしてそのまま、とうとう一レッスンが終了してしまったので、
「切りのいいところで自分のアカウントでログインし直してよ」
と私はガンモに懇願した。ガンモは、
「こんな面白いものをまるみは一人でやってたの?」
などと言う。
「そうだよ。だから何度もログインしてって言ってたじゃない」
と言った。ガンモは、
「iKnow! 気に入った」
と言って、今では自主的にログインして英語学習を進めている。やはり、百聞は一見に如かずである。楽しいものを人に薦めるには、言葉で説明するよりも、薦めたい本人の前で実践してみるのが一番いい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 来年のことを言うと鬼が笑うと言いますが、去年のことを言うと誰が笑うのでしょうか。年が明けてもまだ去年の記事を書いていることをどうかお許しください。このあと、余力があれば、新年のごあいさつを書かせていただこうと思っています。(と思っていたのですが、ごめんなさい。余力がありませんでした(^^; ) ところで、記事の中でご紹介したiKnow! 無料学習コミュニティは、誰かに招待されなくても自主的に参加することができます。無料で参加できますので、興味がある方は参加されてみてはいかがでしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.12.30

リピーター

 仕事納め、映画納めと来れば、やはりライブ納めもしておくべきだろう。毎年、この時期になると、好きなアーチストのコンサートがツアーファイナルを迎えている。結婚して関西に住むようになってからは、仕事納めをしたあとに、ツアーファイナルに参加するのが恒例となっている。

 仕事で待機要員の当番に当たっているガンモを自宅に残して、私はツアーファイナルに参加するために家を出た。コンサートの前に人生の先輩であるお友達と一緒に食事をすることになっていたので、待ち合わせ場所へと向かった。既に夕方に近い時間帯と言っていいはずなのに、運良くランチサービスを提供してくださる自然食のお店を見つけ、そこに入った。お料理もおいしく、食事のあともゆっくりとおしゃべりを楽しみながら過ごせるお店だったのは、とてもありがたいことだった。

 食事のあと、そこから歩いて会場へと向かった。もう十二月も下旬だというのに、外はとても暖かい。だからだろうか。せかせかした年末の雰囲気が漂って来ないのは。

 会場に入り、席に着いた。今回は、大ホールのスタンド席だったため、ステージまでひどく遠かった。おまけに、いつものように正面を向いて立つのではなく、会議室に設置されたホワイトボードに身体を向けて会議をするときのように、身体を斜め前に向けて立たなければならなかった。

 開幕した途端、私は「あれれ?」と思った。二ヶ月前に参加したときも思ったが、音質が悪いのである。エレキの音は割れてしまっているし、マイクを通して聞こえて来るヴォーカルの声も少し不快に感じてしまったのだ。私は最初、自分の身体が正面を向いて立っていないために、音のバランスが崩れているのかと思っていた。だから、両手を耳に添えて、本来の音質を確認できるようにしてみたのだ。しかし、どうやら立っている場所が問題ではなさそうだった。これまでクリアなサウンドに安心し切っていたというのに、今回のツアーから音質が極端に下がってしまったのだろうか。それとも、あまりにも多くの電気を使い過ぎて、音質の調整が取れないでいるのだろうか。原因は良くわからないが、これまで、他のアーチストと比べてとてもクリアなサウンドのコンサートを演出していただけに、とても残念な気持ちでいっぱいだった。

 ところで、私の周辺には、コンサートに一人で参加しているノリノリの男性が二人も居た。彼らは、スタンド席のわずかなスペースを完全に自分の世界にしてしまい、力いっぱい身体を動かし続けていた。一人で参加してそこまで身体を動かすことのできる彼らは、いつの間にかどこかにしまい込んでしまった私自身の情熱を思い出させてくれた。愛し合う男女が街角で抱擁し、キスを交わすのと同じように、コンサート会場で手加減せずにノリノリになることは、そのときどきの感情を加工せずに表現するという意味で、自分自身に正直な生き方を選択していると言える。そのことを、若い女性ファンからではなく、若い男性ファンから教わることになろうとは・・・・・・。

 一八時過ぎに開演したコンサートは、二十二時前に終演した。実に四時間足らずもの熱演である。決して若くはないはずのバンドなのに、音楽活動に関してはどこまでもタフである。バンドが若くないだけに、参加しているファンもそれほど若くはない。

 世の中にはいろいろなアーチストがいるが、彼らは会場を一つにするのがとても上手い。おそらく、生半可な気持ちでコンサートに参加するファンが少ないせいもあるのだろう。そうした一体感を感じることができるから、観客はリピーターとして再びコンサートに足を運ぶようになり、また、演奏する彼らもその感動を忘れることができないのだろう。

 私の周辺でノリノリになっていた男性たちも、おそらくリピーターに違いない。リピーターはやがて群れを成し、パワーを倍増させる。群れることが楽しければ、リピーターとしての活動もより活発になって行く。次第にそういう循環を作り上げて行くものだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 記事の更新が遅れていましたので、本日二つ目の記事更新となりました。ああ、それでも、大晦日の記事を書くことができませんでした。大晦日の記事を元旦に書かせていただくことをあらかじめご了承ください。「ガンまる日記」を何度も訪問してくださっているリピーターの皆さん、今年も一年、応援ありがとうございました。m(__)m 皆さんのおかげで書き続けることができました。これからも書き続けて行きたいと思いますので、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.12.29

映画『アイ・アム・レジェンド』

 仕事納めの日に仕事を早く上がることができた私は、このまま帰宅してしまうのがもったいない気持ちでいっぱいだった。ガンモに電話を掛けてみると、職場の同僚と飲みに行くことになるかもしれないと言う。しめしめ。それならば、仕事納めもしたことだし、映画納めもしておかなければ。私はそう思い、レイトショーを上映している三宮駅前のミント神戸に足を運んだのだった。

 職場の最寄駅周辺で、少しだけショッピングを楽しんでから向かったので、三宮に着いたのは二十時頃だった。いつもならば、観たい映画があると、映画の情報サイトを参照して、映画の内容や上映時間をチェックしておくのだが、急に思い立ったために、何のチェックもしていなかった。映画館に着いてみると、二十時台に上映される作品がいくつかあった。時計を見ると、既に予告編が始まっている時間帯だったが、私は心惹かれるままに『アイ・アム・レジェンド』を選んだのである。

 確かこの映画の予告編は、劇場で一度か二度、目にしているはずだった。しかし、内容についてはまったく覚えがなかった。他の映画の予告編が終わり、いよいよ本編の上映が始まったとき、映画の中でいきなり野球のニュースが流れ始めた。スポーツ観戦がひどく苦手な私としては、「ひょっとして、野球の映画だったらどうしよう」などと、少し不安になったものだ。しかし、結論から言えば、この映画は野球とはまったく無縁の映画だった。ただ、この映画の感想を、私自身をバッターに例えて述べるならば、恐る恐る振りかざしてみたバットがボールに当たり、思いがけずホームランを打ってしまったような心境だろうか。

 時代は近未来。正体不明のウィルスに感染した動物たちが、凶暴になり、まだウィルスに感染していない動物たちを次々に襲っている。そんな状況の中で、たった一人生き残った科学者ロバート・ネビルをウィル・スミスが好演している。

 いきなり映し出されるのは、荒野と化したニューヨークの風景である。私はニューヨークを訪れたことはないが、映像から、そこがニューヨークだとわかる。舗装されたアスファルトの間からは雑草が生え、たくさんの車が路上に乗り捨てられている。また、いくつかの建物には、何かから守ろうとするかのように、巨大なシートがかぶせられている。ロバート・ネビルが愛犬を同行させて車を運転している以外には、人影は見当たらない。やがて、鹿の大群が目の前に現れ、ロバート・ネビルは銃で鹿に狙いを定めようとする。おそらくCGなのだろうが、大都会であるはずのニューヨークに鹿の大群が発生していることに驚きを覚え、私たちは思わず目を見張る。

 物語は、殺伐としたニューヨークで何が起こったのか、特別な説明がなされないまま進行して行く。何故、ロバート・ネビルはたった一人なのか。彼は一体何者なのか。ウィルスに感染した人間たちはどこでどのような生活をしているのか。また、彼らの苦手なものは何なのか。そうしたことが、言葉による説明ではなく、映像を通して自然に理解できるような構成になっている。ただ、ロバート・ネビルが自宅で自家発電装置のようなものを使用していたとは言え、実際に食べ物や水などをどのように入手しているのかまでは不明だった。もしも私が彼と同じ状況に追い込まれたとしたら、いつまで続くのかわからないこの状況に危惧して、もっともっと電気や水や食べ物を節約しようとするのではないかと思ったのだが、この映画の中ではそうではなかった。ただ、そういうことを抜きにしても、十分楽しめる映画だったと言える。

 科学者として、感染者に効力を発揮する血清の研究にエネルギーを費やし続けたロバート・ネビル。ウィルスに感染しなかった人間としては一人かもしれないが、ウィルスに感染して凶暴になってしまった人間たちはたくさんいる。そうした人間たちをも含めると、決して一人であるとは言い切れないのだが、感染者たちとは心を通い合わせることができないだけに、激しい孤独を感じたことだろう。それだけに、ロバート・ネビルにとって、愛犬サムの存在は大きかったと想像する。大多数の感染者と同じように、朱に染まって赤くなってしまえば楽なはずなのに、ロバート・ネビルはいくつもの壁にぶち当たりながらも、ウィルス感染に有効な血清の研究を続けて行く。

 この映画の中で、一体何がレジェンドなのかは、物語の最後にわかることだろう。ロバート・ネビルが絶体絶命の危機にさらされたときに、彼が何を思ったかを私は想像することができる。かつては言葉を使い、互いに心を交わし合ったはずの人間たち。そうした人間たちが、ウィルスに感染し、凶暴な人間と化してしまい、今にも自分に襲い掛かろうとしている。もう、彼らに何を言っても無駄であることがわかってしまった。そんなどうにもならない空しさと、大勢いるはずの彼らと心を通い合わせることのできない孤独。ロバート・ネビルは、とうとう決意を固める。彼は、窮地に立たされても、科学者としての道を歩み続けた。それがすなわち、レジェンドとなった。

 仕事帰りにふらっと映画館を訪れ、どの映画を観るのか狙いを定めることなく観た映画にしては、今年の映画納めを飾るだけの迫力と面白さを感じさせてくれた映画だった。私にとっては、仕事に対する取り組みについても大いに考えさせられる映画だったとも言える。自分の命と引き換えに何かを選択しなければならないような状況は、その仕事に対して命を燃やしているからこそ起こり得るのかもしれない。

 映画を観終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモもちょうど飲み会が終わったところだと言う。グッドタイミングな私たちは、三ノ宮駅で待ち合わせをして一緒に帰宅したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は、ウィル・スミス主演の『幸せのちから』を観ていないのですが、彼は涙が似合う役者さんですね。涙が似合うというのは、情が深い証拠だと思います。今回の映画では、実の娘さんとの共演が叶ったそうですが、娘さんと離れ離れになるシーンで流す涙が特に印象的でした。そうそう、話は変わりますが、いつの間にか三十万アクセスを突破していました。いつもアクセスしてくださっている皆さんに深く感謝致します。これからも書き綴って行きたいと思いますので、今後とも「ガンまる日記」をよろしくお願い申し上げます。m(__)m

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2007.12.28

猫の手にはなれなかった

 今年最後の仕事は、猫の手となって、他のプロジェクトの仕事のお手伝いをするはずだった。しかし、私が担当しているプログラムに障害(バグ)があり、他のプロジェクトのお手伝いをするどころではなくなってしまったのだ。

 仕事納めの前日になってもバグがなかなか収束しなかったため、私の上司はとてもキリキリしていた。そして、上司は私にこう言ったのだ。
「今夜は、バグが収束するまで帰らないで欲しいんですよ」
驚いた私が、
「えっ?」
と言うと、上司は、
「いつまで経ってもバグが収束しないですしね。今夜は、すべてのバグを修正したあと、製品としてCD-ROMに焼き込んだもので動作確認が取れるまで残ってください」
と言うのだ。それは、つまり、終電を気にせずに仕事が終わるまで帰宅しないで欲しいという意味だった。いつも温和な上司からそのような言葉が出たので、上司はかなり焦っている状況にあると思われた。

 私が担当しているのは、来年早々にはリリース予定の製品である。それにも関わらず、次から次へと様々なトラブルが発生し、特に私の担当しているプログラムがうまく動作しなかった。そのプログラムは、上司が作成したプログラムと連携して動作するのだが、実際に連携テストを行ってみると、うまく動かない部分がたくさん出て来てしまったのだ。

 作業がなかなか捗(はかど)らないのは、連日の残業で疲れが出ていたこともあった。それに加え、年齢を重ねるごとに、以前ほどカチカチと頭が回転しなくなって来ているのを感じてもいた。また、筋腫のせいで集中力が失われていることも原因の一つだった。そろそろ私の技術者としての役割も幕を閉じようとしているのかもしれなかった。上司の話を聞きながら、ぼんやりと、そんなことを考えていたのだ。

 上司が、
「今、見付かっているバグの修正は、どれくらいで終わりますか?」
と私に尋ねた。既にその時点で、上司と話を始めてから数十分経っていたので、私は少し息抜きをしてからバグの修正をしたかった。あまりにも長い時間、頭を動かし続けると、疲れも出て来る。それに、このまま上司と話を続けると、食間に服用しているはずの漢方薬を飲むことができないことも気に掛かっていた。あと十数分も経てば、夕方の休憩時間だったが、夕方の休憩時間には残業食を食べるため、いつもならばもっと早い時間に漢方薬を飲んでいたのだ。

 私は常日頃から、誰かのペースに合わせて仕事をするのではなく、自分のペースで仕事をしたいと思っている。誰かにべったり張り付かれて仕事をするのは、とてもやりにくい。特に、相手が男性だと、話が長くなってしまったときに、トイレに立つこともままならない。そういうストレスは、以前の上司と一緒に仕事をしている頃から感じていた。以前の上司はもっとマイペースな人で、休み時間であっても関係なく、仕事の話を持ちかけて来た。仕事が忙しい時期の休み時間に自分自身をリフレッシュさせることは、自分自身のバランスを保つ上でとても重要なことであったはずなのに。以前の上司は、それを理解してくれない上司だったので、その点においてはとても仕事がやりにくかった。休み時間も気にせず延々と仕事を続けられるほど、私はタフではないのだ。

 ストレスを抱えるのも嫌だったので、私は薬を飲む時間が気になっていることを上司に主張した。すると、上司は、
「薬は飲んでください」
とは言ってくれるものの、まだ私の席から離れて行こうとはしなかった。顆粒タイプの漢方薬を飲むには水が必要なのに、席を立てない。何だ、この状況は。ああ、もう、こんな仕事なんて辞めてしまおうか。でも、それは逃げなのではないか。そう思うと、自分に負けてしまうことが悔しかった。

 とうとう私は自分から席を立ち、コップを持ってトイレに駆け込んだ。そこで水を汲み、食間に服用するはずの漢方薬を飲んだ。ああ、いやだいやだ。私は何だかムカムカしていた。さきほど上司に言われた「最後まで残ってください」というのは、どういうことなのだろうと考えていると、また腹が立って来た。上司の住んでいる家は、職場の最寄駅のすぐ隣の駅である。だから、通勤には三十分と掛からないだろう。しかし私は・・・・・・。はあ・・・・・・。

 席に戻り、職場のインターネットで終電の時刻を調べた。地下鉄の終電に合わせるとなると、JRの終電には間に合わない。果たして、JRの終電までに帰宅できるのだろうか。万が一、終電に間に合わないときは、タクシー代を出してもらえるのだろうか。

 しかし、待てよ。いつも温和なはずの上司がこれだけのことを言って来るのは余程のことである。それを考えると、仕事がなかなかうまく行かなくてストレスを抱えているのは上司も同じではないだろうか。そう思うと、決して私だけが苦しいわけではないのだとわかり、自分のことばかり考えてしまったことを恥ずかしく思った。

 そういう気持ちが、その後の仕事に生かされたのかもしれない。夕方の休憩時間が終わり、仕事に戻ると、バグはてきぱきと修正できた。修正したプログラムで再び動作確認を行ってみると、確かにバグが修正され、きちんと動作していることがわかった。ところが、再び上司と確認を取ってみると、さきほどの修正は生かされているものの、結局は修正する前の状態のほうが良かったことに気が付いた。そこで、先ほどの修正を元に戻すことになり、修正後に再び動作確認を行ったあと、製品としてCD-ROMに焼き込んだ。そして、CD-ROMからインストールを行って、更なる動作確認を行ったところ、正常に動いていることが確認された。夜の間もバッチプログラムを流しておくことになり、ようやくその準備も終わった。上司は、
「じゃあ、今日はこれでOKですよ」
と私に言ってくれた。時計を見ると、いつもの時間と変わりがなかった。
「あれ? 今日は徹夜じゃなかったんですかね? 帰っても大丈夫なんですか?」
と私が言うと、上司は苦笑いしていた。こうして、いつも以上に遅くなることもなく、私は無事に帰宅したのである。

 そして、とうとう仕事納めの日がやって来た。前日の夜に動かしておいたバッチプログラムの動作履歴を確認してみると、私の担当のプログラムは問題なく動作していた。ようやくこれで出荷に向けての準備を進められそうである。ただ、連携している他のプログラムに遅れが出ているので、年が明けたあと、再び動作確認を行う必要がありそうだ。しかし、私たちの製品としては、ひとまず、今年の作業はこれでおしまいである。私は、残作業をてきぱきとこなし、無事に今年の仕事を終えたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 皆さんも、無事に仕事納めされたでしょうか。一年間、お仕事、お疲れ様でした。中には、まだ仕事納めされていない方もいらっしゃるかもしれませんね。年末年始も関係なく仕事をされる方もいらっしゃるかもしれません。私は仕事納めのあと、職場の納会に出席して、一八時半頃に職場を出ました。こんな早い時間に帰宅できることがもったいなくて、ついつい寄り道をしながら帰宅してしまいましたよ。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.12.27

曜日を差別しないカレンダー

いびつでもいい。愛着を感じさせて欲しいの記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 記事の中に、実際の卓上カレンダーの写真を掲載しておきましたので、よろしければご覧くださいませ。卓上カレンダーの話が出て来ましたので、今回は、カレンダーに対する私のこだわりを綴ってみたいと思います。

 カレンダーは、私たちにとって、必需品であると言っても過言ではない。曜日が相対的な感覚の位置づけならば、年月日は絶対的な位置づけとなっている。カレンダーには、大きく分けて単に見るだけのカレンダーと、書き込むためのカレンダーがある。単に日付を確認するだけのカレンダーならば、私も特にこだわりはない。しかし、書き込むためのカレンダーには、多少のこだわりを持っている。

 年末になると、新しい年に向けて、様々なルートから卓上カレンダーを入手したり、新しいスケジュール帳を購入したりするだろう。それらの中で、私が手元に置いておきたいと思うカレンダーとそうでないカレンダーは明確に分かれる。その判断基準は、すべての曜日が対等に扱われているかどうかだ。

 月初めが何曜日から始まるかによって、同じ月に同じ曜日が五回存在する月がある。そうした月がカレンダーとして表示されるとき、四回目と五回目の曜日が通常の半分しかないカレンダーがある。そのようなカレンダーは、私にとっては失格である。これでは、四回目と五回目に巡って来る曜日に書きたいことを書き込むことができない。ダイエットを始めてからの私は、毎朝体重を計り、体重計の近くに置いてある卓上カレンダーに自分の体重を記入している。しかし、四回目と五回目に巡って来る曜日に体重を記入するとなると、あまりにも小さ過ぎてはみ出してしまうのだ。小さい欄に書き込みをすると、ストレスになる。このようなカレンダーは、表示型のカレンダーとしては合格かもしれないが、記入型のカレンダーとして不合格だと思うのだ。

四回目と五回目に巡って来る曜日の欄がひどく小さいカレンダー。
毎日書き込んでいる体重はヒ・ミ・ツ

 しかし、良く見てみると、このようなカレンダーは、最初から週末の曜日の欄が小さいことに気づく。おそらくそれは、ビジネス優先のカレンダーとして製作されているからなのだろう。

もともと、このカレンダーは、週末の曜日が小さい

 こうした現象は、スケジュール帳にも起こり得る。ウィークリー型のスケジュール帳で、週末の予定を書き込む欄がひどく小さいものがある。おそらく、こちらもビジネス優先のリフィルとして設計されているのだろう。こうしたスケジュール帳をプライベート優先で使用すると、週末のスケジュールを遠慮がちに書き込まなくてはならず、これまたストレスを感じてしまう。私は、ウィークデイだろうとウィークエンドだろうと、曜日はすべて対等だと思うのだ。しかし、それが実現されたウィークリー型のスケジュール帳は実に少ない。私が使用しているシステム手帳を例に挙げてご紹介させていただくことにしよう。

初公開。これが私のシステム手帳。
いくつもの手帳を一冊にまとめたので、分厚いのが特徴

通常のスケジュールを書き込むスケジュール欄。
やはり、土日の欄が小さい。

こちらは、ツインソウルから届くエネルギーを書き込んでいるスケジュール欄。
何時にどのくらいの強さで届いたかを書き込んでいる。
しかし、やはり、土日の欄が小さい

 ウイークリー型のリフィルは、見開きで一週間分の予定を書き込むようになっているため、どうしてもこのような設計になってしまうのかもしれない。もしも一週間が偶数ならば、もっと違う設計になるのかもしれないが。

 マンスリー型のリフィルも、卓上カレンダーと同じ運命を辿ることが多い。マンスリー型の多くのリフィルもまた、土日が小さくなっているのだ。しかし、以前、「ガンまる日記」でもご紹介した筋腫日記に使っている百円ショップで購入しているリフィルは、すべての曜日が同じ大きさで割り振られているため、重宝している。

百円ショップで購入したリフィルに書き込んでいる筋腫日記。
生理の周期と期間、症状などを書き込んでいる

 実は、このリフィルは、様々なチェックリストにも使用している。チェックリストとしては、備忘録用のリフィルも使用しているのだが、見開きページで四角い枠が三十余りも用意されているため、チェックリストとしても活躍できるのである。ちなみに、チェックリストとしては、「メールの返信チェックリスト」、「掲示板の返信チェックリスト」などを作成している。

マンスリー型のリフィルは、チェックリストにも使用している。
完了したものについては、ペンの色を変えて、項目を丸で囲んでいる

 このように、曜日を差別をしないことで、重宝されるカレンダーになるのだ。カレンダーを設計されている方たちの参考になれば幸いである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m カレンダーの曜日を差別しないということについて、書く楽しみを持っている人ならば、少しは共感してくださったかもしれませんね。来年分の体重を書き込む卓上カレンダーは、曜日を差別しない卓上カレンダーをゲットしました。(^^) これで、体重測定がもっと楽しくなることでしょう。

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2007.12.26

いびつでもいい。愛着を感じさせて欲しい

 毎年この時期になると、私が応援しているアーチストのファンクラブから、来年度の卓上カレンダーが届けられる。ガンモはいつもこのカレンダーが届くのを楽しみにしている。

 というのも、カレンダーに付属の、コンサートツアーの予定が印刷されたシールを貼り付けて行くことが楽しみなのだ。そのシールには、「○月△日 □□会館」といったツアースケジュールが印刷されていて、一つ一つのスケジュールを切り離せるようになっている。ガンモはそれらのシールを一つ一つはがして、卓上カレンダーの該当する日付に貼り付けて行く作業が楽しいらしい。

 その卓上カレンダーは、両面に印刷されている。表(おもて)面は、一ヶ月分のそれぞれの日付が、わずかな書き込みスペースとともに四角いボックスの中に納まっている、卓上カレンダーとしては最も良くあるデザインだ。裏面も同じ月のカレンダーなのだが、一ヶ月分の予定が、ノートと同じように二列構成の横長の罫線で区切られている。

卓上カレンダーの裏面

 卓上カレンダーについて来るツアースケジュールのシールも横長なので、おそらく、ツアースケジュールのシールは、裏面の横長の罫線のカレンダーに貼り付けて行くものなのだろう。しかし、ガンモはどういうわけか、それらを表面の四角いボックスの中に貼り付けてしまうのだ。横長のものを四角いボックスの中に納めようとするものだから、どうしてもスペースが足りなくなってしまう。そのためガンモは、ツアースケジュールのシールを斜めに配置したり、縦に配置したりする。それが、何ともいびつでおかしい。

ガンモがツアースケジュールのシールを貼り付けた卓上カレンダーの表面。
これぞいびつな卓上カレンダー

 「ねえ、ガンモ。何でツアースケジュールを裏面に貼り付けないの? 裏面だったら、シールと同じ横長なのに」
と私が尋ねると、ガンモは、
「だって、普段、俺らはカレンダーの表面を見てるだろ? だったら表面に貼り付けたほうがいいじゃん」
と答える。単純な私は、ガンモにそう言われると、「まあ、いいか」
と思ってしまうのだった。

 ところが、いつもはクリスマス頃には届いているはずの卓上カレンダーが、今年はなかなか届かなかった。それが、ようやく届いたのだ。私は、ガンモがツアースケジュールのシールを貼ることをとても楽しみにしているので、先に中を開けて確認してみた。すると、驚いたことに、そのカレンダーには、ツアースケジュールがあらかじめ印刷されていたのだった。すなわち、ガンモの楽しみはなくなってしまったということだ。

 おそらく、これまで、ファンクラブから届く卓上カレンダーにツアースケジュールのシールが添付されていたのは、カレンダーの製作時期とツアースケジュールの決定時期が微妙にずれていたためだろうと思われる。しかし、今年はツアースケジュールが決定した段階でカレンダーの製作に入ったために、ツアースケジュールをカレンダーに印刷することが可能になったのだろう。そのため、ツアースケジュールのシールは添付されなかったのだ。

いびつではなくなってしまった卓上カレンダー。
あらかじめ、ツアースケジュールが印刷されている

 シールが添付されていないことを知ったガンモは、とてもがっかりしていた。私としても、毎年ガンモが貼り付けてくれるいびつな形のツアースケジュールのシールがなくてちょっぴり寂しい気もしている。あまりにも整い過ぎた卓上カレンダーが、味気なくも思えるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ツアースケジュールがきれいに印刷された卓上カレンダーよりも、横長のツアースケジュールがいろんな方向に貼り付けられたいびつな卓上カレンダーのほうがずっと愛着が沸くというのは、どこかおかしいのでしょうかね。昔、「わんぱくでもいい。たくましく育って欲しい」というコマーシャルがありましたが、「いびつでもいい。愛着を感じさせて欲しい」なんていうキャッチコピーはいかがでしょうか。

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2007.12.25

ピーンと来た日

※暮れのお忙しい時期に「ガンまる日記」をご訪問くださいましてありがとうございます。m(__)m また、ガンまるクリスマス・イブ2007の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m あの記事は、最も私たちらしさを打ち出した記事の一つでしたので、とってもうれしかったです。(^^) さて、今回の記事は、勘が冴えたお話であります。

 自宅の最寄駅から深夜に自転車で帰宅中のことである。救急車が私を追い越して行った。そのとき何となく、あまりいい気がしなかった。その救急車が、私たちのマンションに向かっているような気がしたからだ。私が交差点の手前まで移動したとき、前を走っていた救急車が私たちのマンションの方向に向かって左折するのが見えた。ああ、これであの救急車が私たちのマンションに向かっている可能性がいよいよ高まってしまった。同じマンションの誰か病気になって救急車を呼んだのでなければいいのだが。

 私はそう思いながら、交差点を渡り、救急車と同じように左折した。小さな路地を曲がって間もなく、私たちのマンションが見えて来たとき、私たちのマンションの玄関の前に救急車が停車しているのを確認した。ああ、いやな予感が的中してしまった。そう思いながら、マンションの玄関の様子をチラチラうかがっていると、救急隊の人たちだけでなく、警察の人たちも何人か来ているようだった。一体何事だろう。まさか、このマンションで、何か事件が起こってしまったのだろうか。

 私は、慌ててマンションの奥にある駐輪場に自転車を止めた。そのとき、ちょうどゴミを出すために下に降りて来られた同じマンションの住人さんがいらっしゃったので、マンションの前に救急車が止まっていることと、警察の方も来られていることを話し、一緒に玄関まで歩いて行った。すると、警察の方と年配の男性が何やら軽くもみあっているのが見えた。救急車のすぐ近くに自転車に乗った十代後半の男の子が居て、その様子をじっと見守っていた。どうやら、一緒に歩いて来た同じマンションの住人さんがその男の子と顔見知りだったらしく、その男の子に事情を尋ねていた。すると、男の子は、マンションの玄関の植え込みのあたりで酔っ払いの男性が寝ていたため、誰かが救急車を呼んだのだと教えてくれた。救急車だけでなく、警察の方も出動され、年配の男性は、職務質問らしきものを受けているようだ。年配の男性の顔は良く見えなかったが、ろれつが回っていない様子だった。ひとまず、病人や怪我人が出たというわけではなさそうだったので、私は警察の方たちにお任せして、そのまま部屋に上がった。

 帰宅してから、私よりも先に帰宅していたガンモに、玄関での様子を伝えたが、ガンモは特に驚いた様子も見せず、淡々としていた。きっと、病人や怪我人が出たわけではなかったので、心配するには及ばないと思ったのだろう。それにしても、私たちが住んでいるマンションは静かな住宅街にあるため、酔っ払いが迷い込んで来て横になるような環境ではないはずだった。それなのに、この年の瀬に、年配の男性に一体何が起こったのだろう。

 帰宅途中に救急車が私たちのマンションに向かっていることをそれとなく感じ取った私は、このあとも冴えていた。ひょっとすると、ガンモは翌日、仕事が休みなのではないかと見破ったのだ。何も特別な根拠があったわけではない。ただピーンと来て、
「ガンモ、もしかして、明日、休み?」
と尋ねてみたところ、ガンモはしばらく置いてから返事を返して来た。
「最近、鋭いなあ。できるだけ早めにお風呂に入るように心掛けてるのに、何でわかるの?」
とガンモは言う。そう、いつも休日出勤して、平日に代休を取っているガンモは、特に冬場になると、平日の休みを私にギリギリまで黙っておく。そして、朝、起きたときに布団の中で、私に
「行ってらっしゃい」
と言うのを楽しみにしているのだ。

 しかし、最近の私は、ガンモの夜の態度から、ガンモの翌日の休みを敏感に感じ取ってしまう。例えば、いつもはもっと早くお風呂に入ろうとするのに、休みの前日になると、私がお風呂に入ろうと言ってもなかなかお風呂に入ろうとしなかったりする。また、いつもよりも遅くまでパソコンをいじっていたり、本を読んだりもする。そうした兆候を私が敏感に感じ取って、ガンモが翌日、休みであることを指摘すると、たいてい当たっていることが多いのである。ところが、私がずばずばガンモの休みを言い当ててしまうものだから、ガンモとしてはつまらないらしい。何故なら、寒い冬に暖かい布団の中で、これ以上の幸せなど考えられないほどの至福の表情をしながら、私に「行ってらっしゃい」を言って、私を悔しがらせることがガンモの楽しみだからだ。私は悔しがりながらも、至福の表情を浮かべているガンモに優しくキスをして仕事に出掛けて行くのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 寒い冬の朝に、暖かい布団にくるまっているガンモに、「行ってらっしゃい」と見送られるのは、かなり複雑な気持ちであります。そのとき、至福の顔をしているガンモの顔を、皆さんにもお見せしたいものです。世の中に、そういう人形が売られていたとしてもおかしくはありません。名付けて、「行ってらっしゃいガンモ人形」でしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.12.24

ガンまるクリスマス・イブ2007

映画『マリと子犬の物語』の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 既にご覧になられた方も多いのでしょうか。私は、この映画を観て初めて、山古志村が長岡市に近いことを知りました。新潟へは、大阪から急行きたぐにに乗って何度か出掛けたことがありますが、長岡市へも、かつてガンモと一緒に青春18きっぷのガタンゴトンツアーで訪れているんですよね。あの近くであのような大惨事が起こっていたとは・・・・・・。当時、何も力になれませんでしたが、山古志村の人たちも、この映画を観て元気になって欲しいですね。さて、今回はクリスマス・イブのお話をお届けします。

 三連休の最終日はクリスマス・イブだった。ガンモに、
「メリー・クリスマス!」
と言うと、ガンモからは、
「メリー・ポピンズ!」
と返って来た。私は、「わはは」と笑った。ガンモは、夏休みに出掛けたロンドンで鑑賞したミュージカル『メアリー・ポピンズ』のことが忘れられないのだ。もちろん、私も忘れられない。今、思い出してみても、今年の夏休みのイギリス旅行は本当に素敵な旅だった。

 夜になり、クリスマス・ケーキを作ることになった。と言っても、あらかじめスーパーで買っておいたチョコレートベースのスポンジ・ケーキにホイップクリームを塗りたくって、間にフルーツなどを挟みこむだけの簡単なクリスマス・ケーキだ。私たちは近所のスーパーまで出掛け、クリスマス・ケーキの間に挟みこむ材料を探した。クリスマス・イブの夜ということで、驚くほど人が少なかった。きっと、家族で団欒している最中だったのだろう。

 せっかくスーパーまでやって来たというのに、クリスマス・ケーキの間に挟みこむ材料として、心惹かれるものに出会うことができなかった。そこで仕方なく、プリンと桃の缶詰を買って帰宅した。

 帰宅してから、私がもたもたしている間に、ガンモがクリスマス・ケーキをささっと作ってくれた。台所に行くと、既に大きなお皿の上にクリスマス・ケーキが盛られている。見ると、どうやらクリスマス・ケーキの間に挟みこんだのは、プリンとホイップクリームだけのようである。
「わあ、できたんだね。これ、写真を撮って、『ガンまる日記』に載せていい?」
とガンモに尋ねてみると、
「やめといたほうがいいと思うよ」
とガンモが私を制した。確かに、私たちにとっては斬新なクリスマス・ケーキだったとしても、中にはご自分でスポンジ・ケーキを焼く人もいれば、デコレーションに凝る人もいるだろう。そうした人たちからすれば、私たちのクリスマス・ケーキはひどくお粗末かもしれない。写真を掲載するのはやめておこうか。

 それから二人で一つのスプーンを使って、かわりばんこにクリスマス・ケーキを突付いた。狭い台所で、立ったまま食べるガンモの手作りクリスマス・ケーキ。ケーキが甘いので、熱い紅茶を入れてストレートで飲んだ。甘いクリスマス・ケーキには、熱い紅茶がぴったりだ。

 私は、こういうときにガンモと結婚したことの幸せを実感する。私たちは、体裁を整えることに無頓着で、お互い、いつも自然体でいられる。私たちにとっては、それがもっとも大切なことだ。家を片付けていることで、味わえる喜びも確かにあるだろう。しかし、私たちは、散らかったままの家でいつも幸せを実感している。これは、ガンモとでなければ実感できない、底から湧き上がって来るような幸せだ。そうした喜びを、愛情表現が異なる人たちに向けて、どのように表現したらいいのかわからない。でも、わからなければわからないでいい。私たちがこういうときに幸せを実感しているのは確かなことなのだから。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 愛情表現の方法は、本当に人それぞれですよね。私はかつて、私たちのこうした幸せが第三者に通じなくて、とても悲しい想いをしたことがあります。でも、考えてみれば、私は自分の愛情表現を否定される以前に、私の愛情表現を否定した人の愛情表現を受け入れていなかったのです。否定は否定を生むということでしょうか。そして、否定から肯定が生まれるとき、魂は大きくステップアップできるのかもしれませんね。

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2007.12.23

映画『マリと子犬の物語』

※皆さん、メリークリスマスであります。ホットヨガ(八十三回目)の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。この三連休の間に記事の更新を通常ペースに戻す予定でしたが、とうとう追いつくことができませんでした。「師走」というくらいですから、皆さんも走っているのでしょう。私も走っています。みんなが一斉に走るので、冬になるとマラソン大会が行われるのでしょうか。

 ガンモが一日中、仕事だったので、私はホットヨガの帰りに映画を観て帰ることにした。実は、本町店に足を運んだもう一つの目的は、四天王寺で開催されているはずの骨董市・四天王寺大師会(してんのうじだいしえ)に足を運びたいと思っていたからだ。しかし、雨天のため、骨董市は開催中止だろうと思い、インドアで楽しめる映画鑑賞に切り替えたのである。

 鑑賞したのは、二〇〇四年に発生した新潟県中越地震の被災地となった山古志村で、実際に起こった出来事を基に書かれた絵本『山古志村のマリと三匹の子犬』の映画化作品である。仕事がそれほど忙しくない頃の私ならば、派遣会社の福利厚生サービスを利用して映画の前売券を購入して、映画を鑑賞していたのだが、やはり仕事が忙しいことと、神戸店でホットヨガのレッスンを受けたあと、神戸店のスタジオのすぐ隣にあるミニシアター系の映画館において、毎回千二百円で映画を観られることなどから、派遣会社の福利厚生サービスを利用することから遠ざかっていた。この映画も、派遣会社の福利厚生サービスを利用すれば、千百五十円で前売券を購入できたはずなのだが、そのサービスを利用することから遠ざかってしまっていたため、この映画を観る予定も立てていなかったのだ。しかし、既にご覧になった方たちの評価が高いことや、私自身が犬好きであることから、私も映画館に足を運んでみようと思い立ったわけである。ただ、本来なら千百五十円で観られるはずの映画を定価で観るのは少々悔しかったので、私は大阪駅周辺の金券ショップに足を運び、東宝の株主優待券を千四百円で購入して鑑賞するに至った。

 映画館に足を運んでみると、三連休ということで、大阪の映画館はひどく込み合っていた。しかし、何とか無事に、次回上映の指定券を獲得することができたのである。土曜日だからだろう。やはり、子供さん連れのご家族が多かった。

 参考までに、簡単なあらすじを書いておこう。山古志村に住んでいる二人の仲良し兄妹は、母を病気で亡くしていた。母がいないだけに、兄妹の絆は強い。母が遺してくれた手紙を、毎晩、寝る前に兄が妹に読んで聞かせている。小さな子供たちにとって、最愛の母を失った傷はどこまでも深い。兄は、妹のために自分がしっかりしなくてはといつも思っている。妹の面倒をみることが、母の遺言でもあるからだ。ある日、兄妹は捨て犬を見つける。自分たちと同じように母のいない子犬。自分たちには父がいるが、子犬には母だけでなく、父もいない。そんな子犬をどうしても見捨てることができず、何とかして子犬を家に連れて帰りたいと思ったが、自宅には犬嫌いの父がいる。しかし、やがてこの子犬は兄妹の元へとやって来ることになり、マリと名付けられる。この映画は、そこから始まる感動ストーリーなのである。

 まず、妹役の佐々木麻緒ちゃんの演技が素晴らしい。私は、自分自身の感情を押し殺すことなく、喜怒哀楽を伸び伸びと表現している人をついつい応援したくなってしまう。私自身がそのような生き方を選択しているために、激しく共感してしまうからかもしれない。特に、自衛隊のヘリに救出され、マリを一緒に連れて行くことができないとわかったときに泣き叫ぶシーンは、思わず私たちの胸をえぐる。そうだよ、そうだよ。大人になってしまえば、子供にとっては理不尽なことがたくさんある。大人はそうした理不尽なことを、自分自身を騙すことで受け入れながら生きている。私たちが子供を生んで育てようとするのは、子供たちが、そうした理不尽なことを思い出させてくれる存在としての大きな役割を持っているからかもしれないとも思う。

 あるとき、船越英一郎さん演じる父は、兄妹の兄に言い聞かせる。大人になると、自分ではどうしようもできないことがたくさん起こって来る。でも、それを受け止めながら、だんだん大人になって行くのだと父は言う。おそらくそれは、父にとって、兄妹の母である最愛の妻を亡くしたことをも含んでいるのだろう。それに対し、自分でできる限りのことを実践しようとする兄。震災のあと、危険を冒し、すべての交通手段が遮断されてしまった山古志村に残して来たマリを、兄妹だけで探しに行くシーンは、観ているだけでも手に汗握るシーンの連続である。生きて行く上で何が一番大事なのか。自分自身が大事だと思っている対象と、自分自身を大事だと思ってくれている対象に応えて行くことへの葛藤が見事に描き出されている。究極の状態に立たされたとき、人はそのときどきで最善の選択を強いられ、何かを切り捨てて行かなければならない。このシーンには、本当は切り捨てたくないのに切捨てなければならないことへの辛さと葛藤が良く描かれているのだ。

 もう一つ、この映画を観て強く感じたのは、人間と強い絆を結ぶことのできる動物は、猫ではなくて犬なのだということだった。つい先日も、派遣仲間たちと、犬が好きか猫が好きかという話をしたばかりだ。驚いたことに、私の周りにいるほとんどの人たちは、犬よりも猫を好んでいる。理由を尋ねてみると、人間にとっても猫にとっても、お互いに都合の良いときだけピンポイントで関わることができるという理由かららしい。以前、「ガンまる日記」でも接点と面の話をしたと思うが、猫との付き合いは接点であり、犬との付き合いは面に相当するのだろう。そして、多くの人たちが、面の付き合いには挫折してしまうというわけだ。

 私が好んで読んで来たスピリチュアルな本に、『シルバーバーチの霊言集』がある。その本の中に、人間に一番近い動物は犬だと書かれていた。犬は、人間にかわいがられることで、人間により近い存在として霊的に進化して行くのだそうだ。それは、この映画を観ても明らかである。魂は、それぞれの経験を蓄積して行く。そして、犬と人間は、互いの中に芽生えた親しさを蓄積して行くことができる。だから、この映画で描かれているような救出作業も成り立つわけである。

 私は、この映画を観て、ますます犬のことが好きになった。お互いの中に親しさを蓄積して行くこと。例え人間同士であっても実現されないようなことが、この映画の中に登場する犬と人間の間には実現されている。それだけでなく、子供を抱える母として、子供を守りながら自然の中で強く生き抜くということ。そうした母性に感動せずにはいられなかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画を観たとき、天災の凄まじさを改めて実感するとともに、被災地ではない地域に住んでいた者として、自分自身ができることに対し、目を瞑っていたことを深く反省しました。この物語は、想像を絶するほどの恐怖を体験した人たちに、勇気と希望を与えてくれた物語ではないでしょうか。この映画が教えてくれた親しさの蓄積を、もっと身近なところで実践して行きたいものです。

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2007.12.22

ホットヨガ(八十三回目)

 関西圏にあるホットヨガのスタジオには、京都駅前店と本町店以外はすべて足を運んでいる。まだ足を運んでいないどちらの支店も新しく、オープンしてからまだ一年しか経っていない。そのため、ビギナー向けのレッスン中心に行われているのが特徴である。そうした背景も手伝って、これらの支店に足を運ぶ機会に恵まれなかったのだが、ホットヨガのホームページを見ていると、今月二十八日をもって本町店が閉店するということがわかった。そこで私は、「次回のレッスンは本町店で受けてみよう」と心に決めたのである。できれば、脂肪燃焼コース2のレッスンを受けたかったのだが、本町店には脂肪燃焼コース2のレッスンが開設されていなかったため、九十分のベーシックコースを受けることにした。

 自宅を出たのはレッスン開始のおよそ一時間前だった。最寄駅に着いて時計を見ると、これから初めてのスタジオに出掛けて行くには少し遅い時間だったかもしれないと後悔した。おまけに、外はあいにくの雨だった。私が休日に大阪に出掛けて行くときは、いつも雨が降っているような気がする。

 大阪に向かう電車の中で、私の隣に座った男性が、ずっと携帯電話で話をしていた。どうやらこれから人と会うらしい。そのため、いろいろな人から彼の携帯電話に電話が掛かって来たり、彼自身も、いろいろな人たちに電話を掛けていた。しかも、その話し声が大きい。私は、彼の大きな話し声にストレスを感じていたが、時々ギロっと彼のほうに顔を向けるくらいで、実際は何も言うことができなかった。

 電車が大阪駅に着いたとき、彼はまだ携帯電話で話をしていた。大阪駅で降りるのだろう。私が立ち上がると、彼も立ち上がった。すると、向かいのシートに座っていた三十代前半とおぼしき男性が、相変わらず携帯電話で話をしていた彼の腕をつかみ、怒りをぶつけた。
「お前、うるさいねん」
うわあ! 言ってくれた。携帯電話で話をしていた男性は、怒りをぶつけて来た男性に謝りながら、慌てて電話を切った。やれやれ。

 向かいのシートに座っていた男性は、あれだけのことを口にながら、どっしりと構えていた。私は、心の中で「うるさいなあ」と感じながらも、彼に対して何も言葉を発することができなかったというのに。万が一、「電車の中なので、静かにしてくれません?」などと言うにしても、言葉を発すると決意するまでにかなり気持ちが揺らいでしまうことだろう。それなのに、向かいのシートに座っていた男性は、正々堂々としていたのだ。私は、向かいのシートに座っていた男性に何か一言お礼を言いたいと思ったのだが、それさえも口にすることができなかった。私が言いたかったその一言を言ってくれてありがとうと。

 大阪駅の改札を出たとき、時刻は既にレッスン開始二十分前だった。ああ、これでは間違いなく遅刻だ。私はそう思った。これから地下鉄御堂筋線に乗り換えて本町まで移動するわけだが、乗り換え時間も考慮すると、少なくともあと十数分は掛かってしまうだろう。そこから徒歩四分と言われている本町店に無事にたどり着くことができるのだろうか。

 本町に着いて地上に上がってみると、家を出たときよりも更にたくさんの雨が降っていた。それにしても、本町店は一体どこにあるのだ? 地下鉄を降りて地上に上がると、方向がわからなくなる。私は、直前にノートパソコンを広げて確認した情報を思い出しながら、勘を頼りに歩き始めた。誰かに道を尋ねようにも、道を歩いている人がいない。そう、このあたりはオフィス街なのだ。ええい、導かれるままよ。私はそう思いながら、遅刻を覚悟して本町店を探し歩いた。

 すると、運良く、地図に書かれていた通りまで出ることができた。本町店の正確な情報は、ノートパソコンを広げなければわからないが、この雨の中、ノートパソコンを広げるわけにもいかなかった。しかも、雨が降っているというのに、私は傘をリュックの中にしまいこんだままだった。もはや、いったんリュックを下ろして傘を取り出す時間はない。私は傘もささずに、その通りを自分が思う方向に歩いて行った。すると、ありがたいことに、目印の建物が見えて来たのだ。ああ、何とか迷わずにたどり着くことができた。

 私は、エレベータに乗り込み、ビルの三階まで上がった。受付に居たスタッフが私をあたたかく迎え入れてくれて、ロッカールームの鍵を渡してくれた。迷いながらロッカールームに入ると、レッスンはもう始まっているようである。私は大急ぎで着替えを済ませてスタジオに滑り込んだ。

 スタジオの中では既に、ウォーミングアップのストレッチが行われていた。私は空いているヨガマットに腰を下ろし、準備を整えた。一度でも遅刻を経験すると、肝が据わって来るのだろうか。それとも、本町店のインストラクターのことを良く知らないからだろうか。私は、遅刻してしまったことを悪びれる様子もなく、マイペースでレッスンを受けた。私が淡々としているのと同じように、レッスンもまた、実に淡々と行われていた。

 実は、今回のレッスンは、生理が始まって二日目のレッスンとなってしまったのだ。そのため、ポーズを取っている間も、布ナプキンの接触具合が微妙に気になってしまっていた。漢方薬の効き目が表れているとは言え、やはり二日目は不安である。ただ、いつになく、たくさんの汗が出て来たことがうれしかった。やはり、生理中は、排泄力がアップしているようである。また、本町店は、スタジオはそれほど広くはないが、レッスンを受けている人の数も少なく、広々としていい感じだった。

 レッスン終了まであと二十分という段階になったとき、私はとうとうスタジオを出る決意を固めた。やはり、布ナプキンの接触具合が気になってしまったのだ。タイミング的にも、このあと確か、血液を逆流させるポーズを取ることになるため、生理中の人はお控えくださいとインストラクターから案内があるはずだった。それならば、一足先に失礼させていただこう。私はそう思い、インストラクターと目も合わさずにスタジオを出てしまった。神戸店においても、インストラクターに気兼ねなく、レッスンの途中で出て行く人たちがいらっしゃるが、今回は私がそのような人になってしまったのだ。遅刻して来た上に、途中から出て行ってしまうとは、何と無礼な参加者だろう。

 ロッカールームに戻り、私は一足早めにシャワーを浴びることにした。ロッカールームにほとんど人がいらっしゃらなかったのをいいことに、私は携帯電話を取り出して、本町店の様子を携帯電話のカメラにこっそり収めた。もうすぐ閉店してしまう本町店の様子をカメラに収めておきたかったのである。(※携帯電話が古いため、画像が悪くてごめんなさい)

ロッカールーム(左)と洗面台(右)

シャワールーム(左)と温度調節のできるシャワー(右)

化粧台

 着替えを済ませてロッカールームの鍵を受付に返却しに行くと、さきほどのインストラクターが対応してくださった。遅刻して来た上に、途中で退出してしまった私は、インストラクターに詫びを言うべきなのに、なかなか言葉が出て来なかった。何故だろう? 最後まで悪者に徹してしまいたかったのかもしれない。そのせいか、さきほどのインストラクターもどことなく無機質な感じだった。

 しかし、どういうわけか、インストラクターの隣にいらっしゃった別のスタッフが、
「いつもは神戸店でレッスンを受けてらっしゃるのですね」
と私に声を掛けてくださった。きっと、私の受講履歴を参照されたのだろう。私が、
「はい、そうなんです」
と答えると、
「私もイベントレッスンで神戸店に入ることもありますので、よろしくお願いします」
とごあいさつしてくださった。私は思い切って、
「もしかすると、Kさんですか?」
と、声を掛けてくださったスタッフに尋ねてみた。確か、情報誌か何かでKさんのお名前を拝見したことがある。それに加え、さきほどロッカールームで着替えをしていたときに、Kさんの書かれた手書きのチラシに目を通したばかりだった。それは、本町店の閉店にともない、イベントレッスンを行うというものだった。私の知る限り、Kさんは、ホットヨガでは有名なインストラクターのはずで、カリスマインストラクターというイメージがあったのだ。すると、声を掛けてくださったスタッフは、
「そうです」
と答えたが、ご自分がカリスマインストラクターであることは謙遜された。

 どうやらKさんは、本町店が閉店してしまうことを私が知らずに、本町店にやって来たのではないかと心配してくださったようだ。私は、
「はい。閉店されることを知って、こちらでレッスンを受けておこうと思いました」
と答えた。今後、本町店のスタッフは、梅田店や南森町店に移ることになるそうだ。

 Kさんは、私が靴を履いて出て行くまで、わざわざ受付から出て来て見送ってくださった。さすが、ご本人は謙遜されていたとしても、私の中ではカリスマインストラクターである。そのとき、レッスンを担当してくださったインストラクターは、別の会員の方と親しくお話をされていた。

 私にとって、今年のホットヨガ収めになった本町店。新しい支店だけあって、設備も新しく、シャワーの数も多かった。温度調節のできるシャワーが付いているのは、他の支店にはない特徴である。そんな本町店が閉店してしまうのは、オフィス街にあるからだろうか。閉店してしまう明確な理由はわからないが、支店が一つ減ってしまうのは、会員として、やはり寂しいものだ。それでも、本町店の終わりの時期に出会うことができたカリスマインストラクターのKさん。彼女との再会が、今後、梅田店や南森町店でレッスンを受けるときの楽しみになって行くことだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m インストラクターとお話をさせていただくと、社交術というものを強く意識します。特に、カリスマインストラクターと言われている人たちは、社交術を身につけていらっしゃいます。ホットヨガのインストラクターも技術を身に付ける仕事だと思います。私たちの職業もそうですが、何らかの技術を身に付けるということは、黙々と自分だけの世界に浸りがちなのです。でも、それを外に向けて行くことも大切なんですよね。自分だけの世界に浸らずに、他の人と接点を持って行くこと。それが社交術だと思います。

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2007.12.21

猫の手

 ようやく仕事の忙しさに終わりが見えて来たというのに、上司のまた上司から、いきなり、
「実は、他のプロジェクトに大幅な遅れが出ているので、支援して欲しい」
と話があった。遅れが出ているプロジェクトとは、私たちのプロジェクトと密接な関係にあるプロジェクトで、もともと、私たちのプロジェクトと一緒に十二月末の出荷が予定されていた。ところが、そのプロジェクトは立ち上げ当初からかなりの遅れが出ていた。私たちのプロジェクトも、そのプロジェクトの遅れに影響されて、途中で作業が止まったりした。仕事に遅れが出ている分、人材を投入する必要があるのだが、社内で調整した結果、私たちのプロジェクトがそのプロジェクトと最も密接な関係にあるために、仕事への理解も早いだろうということで、抜擢されたのだ。

 その後、上司の上司から招集がかかり、私たちは会議室に集結した。話を聞いてみると、私を含めたプロジェクトメンバの三人が、来週から別のプロジェクトの支援に回ることになると言う。せっかく現在の忙しさに終わりが見え掛けていたというのに、ゴールが伸びてしまい、残念ではある。しかし、そのプロジェクトは本当に忙しいプロジェクトで、実際に他からの支援が必要な状況にある。何しろ、中には朝七時頃まで仕事をしたあと、いったん帰宅して、ほんの少しだけ睡眠を取ったあと、再び同じ日に出勤して来る人もいるという、猫の手も借りたいほどのプロジェクトなのだ。つまり、まさしく私たちがその猫の手になるというわけである。

 私たちが猫の手になることが決まったプロジェクトには、現在、百名くらいの人たちが関わっているそうだ。好敵手に書いた派遣仲間も、そのプロジェクトのメンバである。彼女が言うには、私用で三日ほど休暇を取ると、次に出勤して来たときに未読メールが七百通余りも溜まっていたそうだ。つまり、彼女は、一日に二百通以上のメールに目を通しながら、自分の仕事もこなしているわけである。ちなみに、私が参加しているプロジェクトでは、一日に受信するメールの数は百五十通程度だ。やはり、プロジェクトに参加する人の数が増えれば増えるほど、流れるメールの数も増えるようだ。

 だから、猫の手も、多ければ多いほど仕事の効率が上がるというものではない。例え猫の手であったとしても、それぞれが自由意志を持って生きている。いくつもの自由意志を一つにまとめるのは、大変骨の折れる仕事である。また、猫の手が一人立ちして仕事をすることができれば一番いいのだが、何らかの壁にぶち当たったときは、たいていの場合、猫の手は自分自身では判断を下すことができず、誰かの指示を仰ぐことになる。しかし、忙しいプロジェクトの場合、猫の手に指示を出せる人たちがあまりにも忙し過ぎて、的確な指示を出すことができない場合が多い。もしも猫の手が充分に力を発揮できるとしたら、指示を出す人とのコミュニケーションが極端に少なくて済む場合だろう。今年最後の一週間、私たちが優秀な猫の手になることができるといいのだが。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今年最後の仕事が猫の手になろうとは思いもよりませんでした。猫の手という言葉は、もともと、人手(ひとで)に対して使われた言葉なのでしょうか。人の手を集められないなら、せめて猫の手でもいいから借りてしまいたいということなのでしょうか。猫の手は招き猫の手でもありますね。商売繁盛ということでしょうか。あれ? 福をかき集めるのは熊手でしたっけ? そして、かゆいところに手が届くのは孫の手ですよね。最後の手段は奥の手。猫の手が、奥の手を使ったら、合いの手を打ってください、なんちゃって。

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2007.12.20

ソフトウェア技術者の晩餐会

 月に一度の定時退社日の話を書こう。仕事に遅れが出ていたため、先月の定時退社日は残業になってしまった。今月も残業を覚悟していたところ、一緒に仕事をしている社員の方たちが定時で上がりたいとおっしゃった。社員の方たちは、毎日、私よりも遅くまで残業されているだけに、定時で上がりたいとおっしゃったその一言がずしんと胸に響いた。私は勝手に、いつも残業をしている社員の方たちは、仕事が好きなのだと思い込んでいたのだ。しかし、実際はそうではなく、責任感の強さから遅くまで残業しているだけだったのだ。社員の方の一人が、
「早く上がりたい気持ちはみんな一緒なんですよ」
とおっしゃったとき、私がこれまでいかに残業から逃げていたかを思い知らされた。

 定時退社日に社員の方たちが定時で仕事を上がるということは、私たち派遣社員も気兼ねなく仕事を上がることができるということである。私は、久しぶりに残業から解放される喜びをかみしめていた。

 実は、この定時退社日に、好敵手に書いた派遣仲間たちと一緒に晩御飯を食べに行く話が持ち上がっていた。その誘いを受けたとき、「私はきっと残業になると思う」と言って、いったん断ったのだが、めでたく定時退社できることになったため、私も彼女たちとの晩餐会に参加できることになったのだ。

 そもそも、晩御飯を食べに行く話が持ち上がったのは、以前、同じ職場で働いていた別の派遣仲間が、同じビル内の別会社で働き始めたと聞いたからだ。現在の私の職場は、あるメーカの子会社がいくつか集まっているビルの中にある。不思議なことに、現在の私の職場で契約を満了したとしても、再び同じビル内の別会社に派遣される派遣仲間が多い。反対に、別会社での契約を満了した派遣仲間が、現在の私の職場に派遣されて来ることもある。そういう派遣仲間が、少なくとも私の周りに六人はいる。おそらく、派遣会社の営業担当が、同じビル内の企業を一括して担当しているために、仕事を融通しやすい状況にあるのだろう。ただ、派遣仲間としては、同じビル内で働くということは、以前の職場の人たちと顔を合わせる可能性もあるため、例え別会社であるとはいえ、多少の気恥ずかしさもあるらしい。しかし、派遣社員として働いていると、こうしたことは良くあることなのだ。私も、状況は違うのだが、別々の職場に派遣されていたというのに、そこから更にその仕事の発注元の会社に常駐して仕事をすることになったとき、どちらも同じ発注元だったという経験がある。実にややこしいのだが、C社に常駐して仕事をするのに、以前はA社の人間として働いていたが、ある時期からはB社の人間として働くという複雑な気持ちを抱えたことがあるのだ。こうした状況に対処するには、ある程度の割り切りが必要だ。

 それはさておき、晩餐会に集まった三人は、ソフトウェアの開発を担当しているソフトウェア技術者だった。会話の内容としては、現在の職場の状況や、別会社で働き始めた彼女の近況報告などで盛り上がった。三人ともソフトウェア技術者なので、ソフトウェア開発の技術的な話題に対し、遠慮のいらないところがとても刺激的だった。女性が三人集まって、オブジェクト指向の話をしているのだから面白い。

 私たちは、英語圏に足を運ぶと、英語圏に住んでいる人たちに通じるように、英語を話す。それと同じように、ソフトウェアの技術者は、コンピュータに実践させたいことを、コンピュータが理解できるようにプログラミング言語を使って処理を書く。

 世の中には様々なプログラム言語が存在している。その中で、私が主に実務に使って来た言語は、C言語とC++言語、それからC#言語だ。これらの三つの言語の中では、C言語の歴史が最も古く、次いでC++言語、それからC#言語の順となっている。C言語からC++言語に移行するには、オブジェクト指向という概念を理解する必要がある。私が業務で初めてC++言語を使うようになったとき、かなり四苦八苦したことを覚えている。ところが、この度、別会社に派遣された彼女は、これまでC言語しか経験していなかったが、C++言語をすっ飛ばして、いきなりC#言語をで開発するのだと言う。おそらく、それはものすごく大変なことになるだろうと私は彼女に言った。

 そのあと、何となく話の流れで、それぞれの時給の話になった。三人の中で最も時給が高かったのは、好敵手に書いた派遣仲間だった。彼女は何と、現在の職場に派遣されてから、千円近くも時給を上げてもらったのだそうだ。私は、時給に対して無頓着だったので、現在の職場に来てから時給交渉をしたのは二回だけだ。しかも、上げてもらった金額も実に微々たるものである。ただ、彼女と私は、実務経験に違いがあったために、スタート時点の時給が四百円違っていた。つまり、ある時期までは、私のほうが時給が高かったのだが、彼女は時給を上げてもらうために、自分が実践していることを部長にアピールしたり、派遣会社の営業担当に再三、時給交渉をお願いしたりと、時給アップをアピールし続け、現在の時給を確立したそうだ。確かに彼女は残業もこなし、スキルアップを続けて来たと思う。私は完全に負けを認めるしかなかった。やはり彼女は私にとって、好敵手だった。そして、私よりも更に時給に対して無頓着だったのが、別会社で働き始めた派遣仲間だった。彼女はこれまでの派遣生活の中で一度も時給交渉をしたことがないのだそうだ。それだけに、こうした情報交換はとても貴重だと感じた。それにしても、良くもまあ、極端な三人が晩餐会に集まったものである。

 私は、好敵手の派遣仲間に対し、好敵手の記事に綴ったようなことを伝えた。彼女は現在、次の仕事を派遣会社の営業担当に探してもらっているらしいが、何と、現時点で既に、同じビルの別会社の仕事があるのだと言う。しかし、派遣会社の営業担当からは、さすがに現在の職場を辞めてすぐには同じビルの別会社の仕事を紹介することはできないと言われているらしい。現在の職場を惜しまれながら辞めて行くので、現在の職場に申し訳が立たないということだ。だから彼女は、一つか二つ、どこか別の場所で仕事をしてから、また今のビルでの仕事があれば戻って来たいと言っている。そうすれば、またこうしてソフトウェア技術者の三人で集まることができるねと彼女は言っていた。好敵手の派遣仲間が現在の職場を去って行くことに寂しさを感じていた私だったが、今後、タイミング良く同じビルの別会社の仕事があれば、こうした晩餐会を開くことができる可能性も残されていることを素直に喜んだ。何だかまるで、来世で出会う約束でも交わしたみたいだ。

 とは言うものの、彼女が同じビルの別会社に戻って来る頃まで、私はまだまだ現役でいられるのだろうか。それを思うと、ほんの少し複雑な気持ちもするのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私がまだ現在の職場にいるうちに、好敵手の派遣仲間が同じビルの別会社に戻って来たら、きっと刺激的でしょうね。別会社で働き始めた派遣仲間とも、まさかこのような形で身近に再会できるとは思ってもいなかったので、可能性は残されています。ひとまず、その日を楽しみに待ち続けることにします。

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2007.12.19

天国と地獄

 ガンモが先月末に受験したTOEICの結果が出た。Webサイトから公開テストの申し込みをすると、指定されたページにアクセスするだけで、自分のスコアがわかるようになっているらしい。ガンモは、通勤の途中、文法の参考書を一生懸命読み続け、夜になると、ニンテンドーDS Liteの英語教育ソフトを使って学習していた。果たして、それらの成果がどのように現れたのだろうか。

 指定されたページにアクセスするなり、ガンモは喜びの声を上げた。
「やったア! ○点!(注:○と書いたが、これは伏字であり、ゼロではない)」
それはガンモにとって、自己最高スコアだった。これまでの自己最高スコアを十点上回ったのだ。九月末に受験したときは、勉強不足のために自己最低スコアを取得してしまい、シュンとしていたガンモだったが、たった一ヶ月の間、本腰を入れて学習しただけで、いきなり自己最高スコアを記録したのである。ガンモの歓喜する姿を見ていると、私までうれしくなった。

 それからしばらくして、今月初めに私が受験したTOEICのスコアシートが派遣会社から送付されて来た。ガンモの学習方法とは異なるが、私だって、一ヶ月間、一生懸命頑張ったのだ。いきなり成果は現れなかったとしても、十年ほど前に受験したときに比べると確実にアップしているはずだ。何しろ、初めて受験した十年前のスコアと言えば、自分でも信じられないくらいひどかったのだから・・・・・・。当時の時点で既に、私はガンモに百点ほど差をつけられていた。だから、今度こそ、ガンモに私の英語力を見せ付けなければ・・・・・・。そう思いながら、私は送付されて来たスコアシートを開封した。

 しかし、そこには信じられない数字が印字されていた。
「有り得ない!」
私はその数字を見るなり、本気でそう思った。これが一ヶ月間、英語学習を重ねて来た私のTOEICのスコアだと言うのか? 何かの間違いなのではないのだろうか? そこに印字されていたのは、十年ほど前に獲得したひどいスコアを更に下回る大変恐ろしいスコアだったのだ。私は、自宅の玄関でそれを開封し、奥から出て来たガンモにがっくりした表情を見せた。
「TOEICのスコアが返って来た。もう、ショック!」
と私が言うと、
「見せろー」
とガンモが明るい表情で言った。
「いやだ!」
と私が拒むと、
「何言ってんの。見せろー」
と催促して来た。私は、
「絶対笑わない?」
とガンモに尋ねてみた。すると、ガンモは、
「いや、それはわからない」
と答えるではないか。私は、
「何で!? 絶対笑わないって約束するなら見せるよ。笑ったら離婚だからね」
と言った。ガンモはそれに対し、
「約束はできない」
と言いながら、もうその時点で笑っているのだ。
「ガンモは、私がスコアを見せる前から笑ってる!」
と私が指摘すると、
「だって、まるみが笑ってるんだもん」
と言い訳した。

 結局、私は、届いたスコアシートをしぶしぶガンモに見せた。スコアを一目見たガンモは、
「えっ?」
と言いながら目を丸くした。見ると、明らかにガンモの顔は笑っている。
「こら、笑ったな!」
と私は怒った。私のスコアを見たガンモは、どうしても笑わずにはいられないらしい。
「だって、笑わないって約束しなかっただろ?」
とガンモは言う。私は完全にふてくされた。

 「だってさ、私、ニンテンドーDS Liteでガンモが単語や熟語の勉強をしてるとき、ガンモよりも単語や熟語をたくさん知ってたよね? それなのに、何でこんなスコアなの?」
ガンモに文句を言っても仕方がないのだが、私はどうしてもそのスコアに納得が行かなかったのだ。今回、私たちは同じ試験を受けたわけではないが、信頼性が高いと言われているTOEICで、ガンモと私には百五十点ほどの開きが出てしまった。十年ほど前に受験したときも、実力を発揮できなかったと感じて自分を慰めた私だったが、今回も実力を発揮することができなかったのである。こうなると、これが私の実力だと認めるしかないだろう。自分ではもっとスコアを獲得できると思い込んでいただけに、とにかくがっくりである。

 私は明らかに、リスニングが弱い。やはり、試験当日にリスニングの問題で退屈してしまっただけのことはある。それでも私は、この一ヶ月、リスニング中心の学習を重ねて来て、少しずつ実力を付けて来たはずだったのだ。それなりに手ごたえを感じてもいた。それなのに、ガンモはすぐに学習の成果が現れて天国を体験し、私は地獄を体験することになってしまったのである。

 リスニングが弱いのは、これからの学習でカバーして行くことにしよう。リーディングについては、文法問題や文章の中の具体的な情報を見付ける問題では正解率が高いのだが、それ以外がからっきし駄目だ。ガンモに聞いてみると、
「俺はやっぱり仕事で使ってるマニュアルが英語のことも多いから、長文を読むことに慣れてるんだよ」
と言った。なるほど! ガンモの会社は外資系だから、英語のマニュアルを読むことも日常茶飯事らしい。一方、私はというと、日本の企業で働いているため、仕事で英文を読むことはあるにはあるが、ほとんどないと言っていい。そうした環境の差が、ガンモと私に百五十点もの差をつけてしまったようだ。

 「ようし、来年二月にIPテストが開催されるから、また頑張るよ」
と、少し立ち直った私はガンモに言った。今回は、ひどいスコアを獲得してしまったが、見方を変えてみれば、これよりひどいスコアを獲得することのほうが、かえって難しいかもしれない。そう思うと、メラメラと闘志が沸いて来るのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモには、「まるみはライバルにもならないなあ」などと言われてしまいました。中学・高校時代、英語が好きだっただけに、とても悔しいです! TOEICの試験は、受験英語とはまったく違いますね。受験英語よりも、もっと日常に近い気がします。だから、生活の中に英語が溶け込んでいる人ほど、点数が高いのかもしれません。それにしても、百五十点の差は大きいですね。挫折してしまいそうにはなりますが、追い抜き甲斐もあります。(苦笑)

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2007.12.18

水漏れ事件(7)

ホットヨガ(八十二回目)の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m せっかくペースを取り戻したのに、またまた更新が遅れて申し訳ありません。週末には、何とかこれまでのペースを取り戻したいと思っています。さて、今回は、水漏れ事件(6)の続編をお届けしますね。

 水漏れ事件(6)から数日経ったある夜のことである。私は仕事帰りにはたとひらめいて、先に帰宅しているガンモに電話を掛けた。
「あのね、○さんの子供さんたちにクリスマスプレゼントを贈ろうと思うの」
○さんとは、先日、私たちが水漏れ事件を引き起こしてしまった、マンションの下の階の住人さんのことである。私の提案に対し、ガンモは、
「実は、俺もそう思ってたから」
と答えた。

 そうと決まればすぐにでも実行に移したかったが、平日は相変わらず帰宅時間が遅かったため、どうにもこうにも身動きが取れなかった。かつて夕方の休み時間に商品券を買いに出掛けたときのように、職場のビルで所有している自転車を借りて、再び職場近くの百貨店に足を運ぶことも一度は考えた。しかし、商品券のように目的が定まっているならともかく、クリスマスプレゼントを選ぶとなると、三十分の休憩時間ではとても足りない。そこで私は、ホットヨガのレッスンのあと、神戸駅近くにある百貨店で子供さんたちへのクリスマスプレゼントを選ぼうと思っていた。

 百貨店に入り、おもちゃにするか、それともお菓子にするかで、少し悩んだ。普段、テレビを見ていない私は、現代の子供さんたちがどのような対象に興味を示しているのか、良くわからない。おまけに、子供さんたちの正確な年齢もわからない。それならば、無難なお菓子にしよう。そう思い、地下の食料品売り場へと足を向けた。

 百貨店の食料品売り場には、実に品のいいお菓子が並んでいる。見ているだけでも楽しくなるのだが、やはり見ていると、誰かにプレゼントしたくなる。私は、もうすぐ退職が決まっている派遣仲間のことを思い出し、彼女の最終勤務の日に、彼女の好きなチョコレートをプレゼントしようと思い立ち、かわいらしいクリスマスツリー型のボックスに入ったチョコレートを購入した。思えば、残業時間中に彼女からチョコレートをしばしば差し入れしてもらったものだった。

 この時期、誰かとちょっとした接点を持つのに、クリスマスというイベントの存在はありがたい。百貨店の食料品売り場に足を運べば、かわいらしい入れ物に入った品のいいお菓子がたくさん並んでいる。それらを手に取って見たり、誰にプレゼントしようかと思いを巡らせるだけでも楽しくなって来るものだ。しかも、夕方の三十分の休み時間などという限られた時間ではなく、一日の予定をほぼ終えたゆったりとした時間は、プレゼント選びに最適な時間だった。

 それから私は、特設コーナーに、クリスマスプレゼント用にラッピングされたお菓子が山積みされているのを見付けた。下の階の二人の子供さんは、それぞれ男の子と女の子である。となれば、同じものをプレゼントするよりも、一つ一つ違ったものを贈ったほうがいいのではないか。そう思い、かなり試行錯誤を繰り返しながらも、私はラッピングされたお菓子の中から、お菓子のセットを二つ選んだ。どちらも、お菓子がメインではなく、おまけがメインのお菓子。

 帰宅する前に、私はガンモに電話を掛けた。ガンモはこのあと、またしても客先で徹夜の仕事が入っていたため、私が出掛けている間はずっと自宅で充電していた。さすがに夕方になると充電も終わっているだろうと思い、電話を掛けてみたのだ。
「おまけがメインのクリスマスのお菓子を買ったよ。帰ったらすぐに○さんのところに行くから、準備しといて」

 帰宅してすぐに、ガンモと連れ立って下の階の部屋の呼び鈴を鳴らした。水漏れ発生直後は、毎日のように深夜の訪問を繰り返していたが、奥様と最後にお話をさせていただいてから、既に五日ほど経過していた。そのため、今回はまだ二十時過ぎだというのに、ちょっぴり緊張してしまう。

 インターホンで名前を告げると、いつものように、奥様が出て来てくださった。私は、
「夜分にすません。その後、いかがですか?」
と、洗面所の壁紙に変化のないことを願いながら尋ねてみた。もしかすると、乾いた壁紙に何か変化が起こっているかもしれないと思ったのだ。すると、奥様は、
「いえ、うちはもう落ち着いてますよ。臭いもなくなりましたしね」
と答えてくださった。

 玄関まで出て来てくださった奥様は、ちょうどお掃除中だったらしい。何となく、「今頃どうしたのだろう? この件はもう片付いたはずなのに」といった感情が伝わって来た。私は、
「そうですか。今回は本当に申し訳ありませんでした。実は、これを子供さんたちにと思いまして・・・・・・」
と言って、百貨店で購入したおまけがメインのお菓子を差し出した。すると、奥様は、
「いえ、この間、お菓子をいただいていますし」
とおっしゃったのだが、私は、
「あれだけではどうしても私たちの気が済みませんので」
と言って、もう一度、袋を差し出した。奥様は、少しの間、躊躇されていたが、間もなく受け取ってくださった。それから私たちは、揃って深々とおじぎをしながらもう一度謝罪し、失礼した。

 これでようやくこの件も落ち着いたと思えたのだが、私には、今回、玄関に出て来てくださった奥様が、水漏れ事件(6)のときに電話でお話しをさせていただいたときのハイテンションだった奥様とは別人のように思えた。あの頃、確かに、奥様と私の間には、ある種の親しさのようなものが形成されつつあった。しかし、五日間というブランクを経て、形成されつつあったものが少し後退してしまったように思えた。私には、そのことが少し残念に思えたのである。

 通常の人間関係も、時を経て行くうちに、前進したり後退したりする。良好な人間関係とは、いったん後退しても、後退した分をただちに取り戻せるということではないだろうか。下の階の住人の方たちと私たちが、これからどのような関係を築いて行くのかわからない。しかし、既に形成されつつあったものが、後退していると実感するような状況は寂しい。そのために、新たな事件は必要ないとは思うのだが、今回の出来事を何とかして次に生かすことができればいいのにと願うのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最近は、ゲームでも、いったん電源を切ると、前回の状態を覚えてくれていますよね。ゲームの場合、一度記憶されたものは、機械が壊れでもしない限り、保存され続けます。でも、アナログである人間関係は、なかなかそうは行かないものですよね。これは、まだまだ始まりの段階なのかもしれませんが、むしろ始まりだからこそ、寂しく感じてしまうのでしょうか。

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2007.12.17

ホットヨガ(八十二回目)

処方箋クエストの記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 薬剤師さんには、「お薬の用意ができなくて申し訳ありません」と恐縮されてしまったのですが、実際問題として、薬は食べ物と同じで有効期限がありますので、薬の在庫を多く抱えるのは難しい状況にありますよね。しかも、多くの在庫を抱えていたとしても、実際にその薬を必要とする人がやって来ないかもしれません。その薬を必要とする人の手元に確実に届けるには、処方箋の予約などの方法を取ったほうがいいのかもしれませんね。

 ひとまず一カ月分の処方箋を手に入れた私は、途中の自動販売機で五百ミリリットル入りのミネラルウォーターを二本求めると、ホットヨガ神戸店まで一目散に走った。神戸店に到着したのは、レッスン開始のわずか数分前だった。私は大急ぎで着替えを済ませ、スタジオに滑り込んだ。I医師の診察のあと、余裕をもって十六時からのレッスンを予約しておいたというのに、滑り込みセーフとは情けない。あたかもそれは、私の日常を象徴しているかのようだった。

 スタジオには既に、今回のレッスンを担当してくださるインストラクターが控えていた。インストラクターと目が合った途端、私は「あっ」と驚きの声をあげた。何故なら、いつも受付でお話をさせていただいているインストラクターなのに、レッスンを担当してくださるのはずいぶん久しぶりのことだったからだ。しかも、私は彼女の名前をおぼろげながらシステム手帳に記入してはいるものの、名前の正確さにはあまり自信がなかった。そのため、私は絶対に彼女の自己紹介を聞き漏らすまいと心に決めて、レッスンに臨んだのだった。

 ところが、あろうことか、肝心の自己紹介のときに、彼女の名前に意識を集中させることができず、聞き漏らしてしまった。誰しも、自分の名前を口に出して言うのは照れるものだ。彼女の自己紹介は、TOEICのリスニングのように、あっという間に私の耳から聞きこぼれてしまったのだ。いつも、良くお話をさせていただいているだけに、今更彼女に名前を確認することなど、どうしてできようか。彼女が再びインストラクターを担当してくださる日を心待ちにするしかなかった。

 さて、今回、私が参加したのは、久しぶりに脂肪燃焼コース2のレッスンだった。いつもの九十分のベーシックコースのレッスンは、私が自宅近くの歯科でデンタルケアを終えた頃に始まってしまったため、参加することができなかったのである。そこで、I医師の診察のあとでレッスンに参加できるように、夕方からの脂肪燃焼コース2を予約しておいたのだった。

 夕方からのレッスンだったからだろうか。参加者は十一名と少なかった。その中には、憧れのフリーパス会員のあの方もいらっしゃった。しばらくベーシックコースのレッスンを受けていたため、久しぶりに取る太陽礼拝のポーズがひどく懐かしかった。脂肪燃焼コース2は、六十分という短い時間の中に、身体を動かすポーズが集約されている。そのため、九十分のベーシックコースに比べて、出て来る汗の量が格段に違っていた。

 そこで私は考えてみた。九十分のベーシックコースのほうが、レッスンの時間が長い分、レッスン中に水をたくさん補給することになる。それにもかかわらず、六十分の脂肪燃焼コース2に比べると、汗の量は比較的穏かである。ところが、脂肪燃焼コース2は、六十分のレッスンなので、それほどたくさんの水を補給することにはならないが、ポーズが激しいので大量に汗をかく。ということは、ダイエットを目指すなら、脂肪燃焼コース2のほうがだんぜん近道であるということだ。

 レッスンを終えたあと、待ち行列を作ることもなく余裕でシャワーを浴びた。着替えを済ませて受付に行くと、さきほどのインストラクターが受付に立っていた。私は、久しぶりにレッスンを担当してくださったことへのお礼を述べた。すると、彼女の口から驚くべき言葉が飛び出したのだ。それは、私の動作が以前よりも軽やかになっているというものだった。彼女は、私がスタジオの扉を開けて、空いているヨガマットに腰を下ろすまでの間にそのように感じてくださったらしい。また、レッスン中もポーズが伸びていると褒めてくださった。私は素直にうれしかったが、いつの間に身に付いたのだろう。やはり、ベーシックコースで基礎を固めたことが実を結んだのだろうか。

 もしも本当にポーズが伸びているなら、再び脂肪燃焼コース2に戻ってもいいのかもしれない。そのほうが大量に汗もかくし、六十分という凝縮された時間を過ごすことができる。あとは、各支店のスケジュールとにらめっこしながら、できるだけ午前中のレッスンを受けるようにして、レッスン後の休日を有意義に過ごすことができればいいと思っている。

 いつも同じインストラクターが担当してくださるのもいいが、こうして久しぶりに担当してくださるインストラクターが、私の変化を敏感に感じ取ってくださるのもありがたい。私を喜ばせてくれた彼女に私ができることと言えば、今度こそ彼女のレッスンのときに彼女の名前を確実に聞き取って、彼女の名前をさりげなく呼ばせていただくことだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 九十分のベーシックコースでしばらく修行を積んで来たことが、実を結びつつあるようです。これまでの脂肪燃焼コース2のレッスンでは、後半のテーブルのポーズあたりからほとんど身体を動かせないでいたのですが、筋腫をかばいながらも、動かせる範囲内で積極的に動かすことができるようになりました。どうやら、私の中で何かが形成されつつあることは、間違いないようです。私にとって、ベーシックコースに戻ったことは、大変有意義でした。ただ、まだまだ身体は硬いですね。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.12.16

処方箋クエスト

ギャップのない診察の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こうして記事を書いていても、I医師と出会えたことの喜びがふつふつと沸き上がって来ます。「選択肢はこれしかない」のではなく、患者の望む治療方法を許容できるということ。そうした許容範囲の広い治療こそが、今後の医療に強く求められるのではないでしょうか。

 I医師の診察を受けたあと、私は神戸駅周辺で処方箋を受け付けてくださる保険調剤薬局を探していた。I医師の診察を受けているのが毎回土曜日ということと、これまで神戸駅周辺で保険調剤薬局を見付けられなかったことから、私は毎回、平日の朝の出勤時間を少し遅らせて、自宅の最寄駅近くの保険調剤薬局で処方箋を受け取っていた。

 処方箋は、どこの保険調剤薬局でも受け取ることができるという利点があるものの、自宅の最寄駅近くの保険調剤薬局で処方箋を受け取っていると、いつもの重役出勤が社長出勤の時間帯までずれ込んでしまうため、できればI医師の診察を受けたあと、神戸駅周辺の保険調剤薬局で処方箋を受け取りたいと思っていた。そこで私は、前回の診察のときに、病院の受付の方に、神戸駅近くに保険調剤薬局があるか、尋ねてみたのだ。すると、ステーション薬局という名前の保険調剤薬局があるということを教えてくださった。前回の診察の帰りに、そのステーション薬局を探し回ったのだが、私の探し方が悪かったのか、あいにく見付からなかった。このとき私は、うちはツムラなんですの記事にも書いたように、土曜日に処方箋を受け取るということは、至難の技であることを改めて実感することになったのだ。

 前回の診察のあと、病院の受付の方にご紹介いただいたステーション薬局が見付からなかったため、私はまたしても自宅の最寄駅近くの保険調剤薬局で処方箋を受け取り、社長出勤したのだった。自宅の最寄駅近くの保険調剤薬局では、二カ月分の処方箋の在庫がないため、毎回、郵送していただいている。しかし、ステーション薬局を探し当てることができれば、社長出勤をする必要もなければ、二カ月分の処方箋をまとめて持ち帰ることができるのではないかと期待し、今度こそ神戸駅前にあるというステーション薬局を探し当てようと、ノートパソコンを広げてインターネットを検索し、狙いを定めた。

 ところが、歩けども歩けども、目的のステーション薬局は見当たらない。確かに、地図に示されている周辺を歩き回っているはずなのだが、どこにもステーション薬局の看板が見当たらないのだ。保険調剤薬局らしい薬局はいくつかあったが、土曜日の午後ということで、やはり、どこも閉まっていた。

 実は、I医師の診察を終えてから一時間ほど、午前中に書き上げた「ガンまる日記」をせっせと手直ししていたので、ステーション薬局を探し始めたときは既にホットヨガのレッスンの時間が差し迫っていた。せっかくだが仕方がない。今回もステーション薬局を諦めるしかないのかと思いながら、神戸駅ビルの人気(ひとけ)の少ない入口をくぐろうとしたところ、そこにステーション薬局の案内があるのを見付けたのだ。ああ、何ということだ。私は、ステーション薬局が駅ビルの中にあるとは知らずに、神戸駅周辺の通りをあちこち歩き回っていたのだった。ステーション薬局と名前が付いているくらいだから、駅ビルの中にあってもおかしくはなかったのである。

 ようやく見付けたステーション薬局で、私はI医師が書いてくださった処方箋を差し出した。ありがたいことに、ステーション薬局は、土曜日も十六時まで営業しているとのことだった。ただ、既に閉店間際ということもあってか、薬剤師さんが一人で切り盛りされていた。私は、初めての利用ということで、住所などの個人情報を、ステーション薬局に備え付けのアンケート用紙に記載することになった。ふと時計を見てみると、ホットヨガのレッスン開始まであと二十分しかない。できれば遅刻はしたくない。しかし、処方箋も受け取っておきたい。私の心は葛藤で揺れていた。ああ、まだレッスンに必要な水も買っていないというのに。

 そう思いながら後ろを振り返ってみると、ステーション薬局の待合所に「南アルプスの天然水」と書かれたミネラルウォーターのサーバーが設置されていた。私は、薬剤師さんが薬を出してくださるまでの間にミネラルウォーターのサーバー蛇口をひねって、手持ちのペットボトルにホットヨガのレッスン用の水を注ぎ込みたい衝動に駆られたが、理性でぐっと我慢した。

 そうこうしているうちに私の名前が呼ばれた。今回も、I医師に二ヶ月分の桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を処方していただいたのだが、現在、こちらの薬局には一カ月分の在庫しかないので、残りの一カ月分は、発注後に郵送してくださるという。何のことはない。いつも、自宅の最寄駅近くにある保険調剤薬局で受け取っている方法と同じだった。それでも、社長出勤にならないだけ、まだましというものである。私は、残り一カ月分の郵送をお願いして、ステーション薬局をあとにした。

 土曜日に医師の診察を受けられるのはありがたい。しかし、処方箋を手に入れるのは至難の技だ。ステーション薬局はなかなか見付からないし、ホットヨガのレッスンの時間は差し迫って来るし、薬剤師さんは一人だし。また、待合所に設置されている南アルプスの天然水が飲み放題であったとしても、ホットヨガのレッスン用にペットボトルに入れて持ち帰るわけには行かないし。土曜日に処方箋を手に入れようとするのは、細い細い管の中を探るようなものだ。

 しかし、例え細い細い管の中を探るような作業であったとしても、世間が休みを取っている土曜日に働いてくださっている方たちのおかげで、社長出勤から逃れられることに対し、感謝の気持ちを忘れないでおきたいと思うのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は今回、記事を書くにあたり、演歌風のタイトルに決めたいと思っていたのです。例えば、「雨の処方箋」とか「涙の処方箋」とか。でも、実際は雨も降っていなければ、涙も出ていないので、演歌風のタイトルにすることを断念しました。演歌風のタイトルにしてしまったら、詩も書かなければなりませんしね。「雨の処方箋 雨の中 私は一人 神戸駅周辺を彷徨う 歩けども歩けども ステーション薬局は見付からない 一体どこにあるの ステーション薬局 歩き疲れた私の身体に 雨が冷たく突き刺さる」こんな感じでしょうか。演歌風にするとちょっと暗い感じがしますね。(苦笑)

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2007.12.15

ギャップのない診察

 いつもならばホットヨガのレッスンに出掛けているはずの土曜日の午前中は、三ヶ月に一度のデンタルケアに当たっていた。ずいぶん前に近所の歯科で虫歯を治していただいたあと、三ヶ月に一度の割合でデンタルケアをお願いするようになったのだ。

 午後からは、I医師の診察の予約を入れていた。二ヶ月前に診察を受けたときは、漢方薬の桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を処方していただいていからの生理がまだ始まっていなかったため、I医師に漢方薬の効果をお伝えすることができなかった。そこで再び二ヶ月分の桂枝茯苓丸を処方していただき、しばらく様子を見ましょうということになっていたのだ。

 いつものように十三時半からの予約だったので、私は十分ほど前に受付を済ませた。待合所で待っていると、午前中は別の病院に勤務されていたI医師が出勤された。思えば、初めてI医師のお姿を拝見したのもこの待合所だった。私はI医師のお顔をホームページなどで再三拝見していたので、まるで有名人にでも出会ったかのようなミーハーな気持ちになったものだった。I医師の診察は今回で三度目となっるわけだが、回を重ねるごとに余裕も出て来たのか、ミーハーな気持ちもすっかり収まって、冷静な気持ちでI医師と接することができるようになった。

 私の名前はすぐに呼ばれ、診察室に入った。私の状況はカルテに詳しく書き込まれているらしく、I医師は私に、
「前回の診察では、まだ生理が始まらないということでしたが、いかがでしたか?」
と尋ねてくださった。私は、待ってましたとばかりに、出血がいつもよりも少なかったこと、これまで出ていた血の塊も減少していることなどをご報告した。I医師は、黙ってうなずきながら、
「その生理はいつから始まって、いつ終わりましたか?」
と尋ねてくださった。私は、システム手帳を取り出して、生理が始まった日付と日数を答えた。実は、私は通常のスケジュールとは別に筋腫日記なるものをつけていて、自分の身体の変化を記録しているのだ。筋腫日記には、生理の周期と始まった日付を書き込み、生理期間中は日付を赤丸で囲むようにしている。また、筋腫の固さや伸縮具合についても、気が付いたことがあれば書き込んでいる。

 筋腫日記に書き込んだ内容から、I医師に確認しておきたいことがあったので、私は思い切ってI医師に尋ねてみた。実は、桂枝茯苓丸を服用し始めてから最初の生理と次の生理の間に、炭のような黒いおりものが出て来たのだ。インターネットで調べてみると、黒いおりおものの正体は古い血液らしい。I医師は、
「それは多分、出血ですね。排卵の時期に出血をする場合もありますが、子宮がん検診を受けられて問題なければ、大丈夫ですよ」
とおっしゃってくださった。私は、以前の病院で今年の五月に子宮体がんと子宮頸がんの検診を受けている。I医師は、
「子宮頸がんだけじゃなく、子宮体がんも受けてますか?」
と確認してくださったので、私は、
「はい、二つとも受けています」
と答えた。やはり、不正出血となると、子宮がんと結び付けて考えるようだ。その時期にがん検診を受けて問題がなかったのであれば、こうした出血については特に気にしなくても良いそうだ。

 「では、もう少し今の漢方薬で様子を見ることにしますか」
とI医師がおっしゃってくださったときには、私は思わず喜びの声をあげた。しかし、I医師はそんな私に対し、
「でも、あなたの場合は筋腫も大きいし、数も多いので、あと二~三年のうちに、特にバストの下の大きな筋腫が成長して来て、我慢できなくなってしまう可能性もありますよ。そのときは、手術も考慮に入れなければならないと思います。ただ、特に症状がなければ、手術はしなくてもいいと思いますが、相変わらずトイレは近いですか?」
とおっしゃった。私が、
「はい、最近は特に近いように思います」
と答えると、I医師は、
「そうですか」
と答えた。

 I医師が私の状況をピタリと言い当てるので、私はI医師が書き込んでいるカルテをそっと覗き込んだ。すると、私のカルテには、私の筋腫の絵が書かれてあった。確かI医師は、私がMRIの画像を持ち込んだときにMRIに写し出された内容を丁寧に書き写してくださっていたのだ。それが、現在の診察にも大いに役に立っている。I医師の診察内容はとても適切だった。確かに、私のバストの下の筋腫はとても大きく、最も気になる部分だったのだ。私の状況を知り尽くしたI医師の言葉に、私は力なく、
「はい」
と答えた。確かそのときI医師は、漢方薬もずっと服用できるわけではないというようなことをおっしゃったように思うが、あまりはっきりした記憶がない。以前の病院から手術を強く勧められ、I医師のところへ逃げ込んで来た私は、再び経過観察という状態にあることに対し、舞い上がり過ぎていたのだった。そのため、I医師と交わした前後のやりとりがすっぽり抜けてしまったのである。

 ただ、私は最近、お腹、そしてバストのすぐ下にある大きな筋腫が少しずつ成長して固くなっていると感じてもいる。おそらく、ストレスのせいだろう。仕事も忙しい上に考えることが多過ぎるのだ。現在、処方していただいている桂枝茯苓丸は、生理のときの出血量を少なくして貧血を防ぐための漢方薬であって、服用し続けても筋腫が小さなるわけではない。そこで、やはり気になって、
「今年の六月にMRIを撮ったばかりですが、まだ撮らなくても大丈夫でしょうか?」
とI医師に尋ねてみると、I医師は、
「MRIは年に何度も撮るものではないので、撮るとしても、来年でいいでしょう。年に二回も三回もMRIを撮ると、保険が適用されなくなることもありますしね」
とおっしゃった。その後、I医師は、
「ただ、あなたの場合は筋腫が大きいし数も多いので、エコーではわかりにくいんですよね」
とつぶやいた。私は、
「そうですか」
と答えたのだが、そのあとI医師が、
「じゃあ、次回の診察のときにMRIを撮ってみましょうか。普通なら、MRIを撮ってから別の日に診察ということになりますが、ここではMRIを撮ったその日に診察できますのでね」
と提案してくださった。私は流れるままに、
「はい。お願いします」
と答えた。

 それからI医師は、いつものように二か月分の処方箋を書いてくださり、更にはMRIの予約票も書き込んでくださっているようだった。私はI医師にお礼を述べて診察室を出た。素晴らしい。漢方薬を処方してくださるときもそうだったが、私の提案が毎回受け入れられている。プロゲステロンの補充のように、I医師の意にそぐわない提案はただちに却下されるはずなので、私の提案は、I医師の方針とそれほどかけ離れているわけではないということだ。私にとってそれは、とてもありがたいことだった。

 今回の記事を書くにあたり、これまでの病院で交わした医師との会話を読み返してみたのだが、例えば、漢方薬の処方に関しても、これまでお世話になっていた医師には、いつも私の提案を却下されてばかりいたように思う。これまでの医師とは、医師として実践したい治療と、患者として受けたい治療が一致していなかったのだ。しかし、I医師と私の間には、そうしたギャップが少ないと言える。だから、I医師は私の提案を受け入れてくださり、私がI医師の診察を受けるときは、心理的にとてもリラックスしていられる。I医師の診察を受けるのに緊張感がないのも、患者としての選択を否定されていないことがわかっているからなのだろう。

 しかも、土曜日に診察を受けることができて、完全予約制のため、待ち時間が少ないこともありがたい。診察ばかりでなく、MRIの検査まで土曜日に受けることができて、そのあとすぐにI医師の診察も受けられるというのだ。かつては、公立の大きな病院に足を運ぶことが私の中での大きな安心だった。だから、病院に足を運ぶ度に毎回有給休暇を取得して病院に出掛けた。公立の病院では、予約して順番待ちをしているにも関わらず、当たり前のように一時間以上待っていた。また、MRIの検査を受けるときは、MRIの検査のためだけに休暇を取り、その結果を聞くために、後日、再び休暇を取っていた。まさか、土曜日にそれらがいっぺんに実現できる病院があろうとは、思いもよらなかったのだ。しかも、完全予約制のため、ほとんど待つこともなく。

 今回の診察代金もまた、たった五七〇円だった。まだまだ私の診察代金では、待合室のふかふかのソファは買えない。しかし、この次にここを訪問するときは、MRIの検査を受けることになる。少しは待合室のソファーの足しになるのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 仕事にも、上司と部下、あるいは同僚との間に相性があるように、医師と患者の間にも相性があるように思います。過去の記事を読み返してみて、患者として、自分がいかに医師に受け入れられていなかったかということを実感して悲しくなりました。今になって思えば、これまでの医師は、子宮筋腫という症状に対する自信がなかったのかもしれません。だから、切るしかないという思い込みがあったのでしょう。しかし、I医師は違うのです。確かに、初回の診察で私のMRIフィルムをご覧になり、手術を勧められはしましたが、これまで診ていただいていた医師のように、「手術をしないなら、何度来てもらっても同じだ」というような態度は決して取りませんでした。結局、現在も、手術をしなければならないギリギリのところまで経過観察を許容してくださっているという感じです。本当に、医師によって、診察の内容は異なりますね。I医師は、子宮筋腫の治療に自信があるからこそ、ギリギリのところまで経過観察を受け入れてくださるのではないかと思えます。そして、私の症状に対し、I医師から語られる内容にギャップがないことが何よりも有難いのです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.12.14

ハリセンボンたちと私たちの間の相対性

好敵手の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 芸術の分野で活躍している人たちにも、スポーツの分野で活躍している人たちにも、好敵手の存在は欠かせませんね。むしろ、活躍している人ほど、好敵手に恵まれているように思います。好敵手との出会いが、お互いの能力を伸ばして行くような気がしてなりません。それを考えると、好敵手である彼女が現在の職場を去ろうとしている今、私自身が現在の職場を去る時期もそろそろ近づいて来ているのかもしれないと感じます。

 水漏れ事件(1)が発生した頃から、私たちはベランダのハリセンボンたちに餌を与えるのを自粛していた。実際のところ、水漏れ事件(1)のことで頭がいっぱいで、ハリセンボンたちに意識を向ける余裕がなかったのも事実だが、台所に立ったときに、お腹を空かせているであろうハリセンボンたちに対し、
「今は事情があって自粛してるのよ」
と語りかけることもあった。

 不思議なことに、私たちが餌を与えないでいると、ハリセンボンたちは私たちに餌を求めて来なくなった。もはや餌をもらえないと諦めてしまったのか、それとも、私たちが語り掛けた言葉の意味を理解してくれたのか、それはわからない。

 やがて、水漏れ事件(6)がひとまず落ち着いたとき、私たちはこれまでよりもベランダが静かになっていることに気が付いた。餌を欲しがって、毎日のように私たちの寝室の窓辺で張り込みを続けていたジェットや、ガンモの父性の主人公になったジャンプ、それから、ヒー、フーの合計四羽がいなくなっていたのだ。

 ジェットとジャンプに関しては、ちょうど巣立ちの時期と重なっていたのかもしれない。しかし、ヒーやフーに関しては、我が家のベランダではほとんど餌を食べていなかったはずなので、いなくなってしまった原因が良くわからなかった。きっと、何らかの事情で、我が家のベランダに見切りを付けたに違いない。というわけで、現在、残っているのは父ちゃん、母ちゃんと、TKMY、キッコロの二世帯家族となった。家族と言っても、鳩は夫婦を中心とした家族で構成されるので、父ちゃん、母ちゃんの子供であるはずのTKMYも、キッコロと結婚してしまえば、父ちゃん、母ちゃんとは縄張りを争い合う敵同士だ。

 それでも、私たちのベランダで巣を作った実績のある彼らは、例え餌に恵まれなかったとしても、ここを離れ難いようである。相変わらず、父ちゃんとキッコロはフェンシングをしているし、最近では、TKMYが母ちゃんをいじめたり、また、母ちゃんもTKMYに反発したりしている。どちらかが縄張りを侵すと、すぐに喧嘩になるのである。

 ガンモがベランダの掃除をしたとき、父ちゃん、母ちゃんが枝を集めて巣を作っているのを発見したそうだ。鳩は、冬の間は子作りをしないと鳩に詳しいサイトに書かれていたはずだが、我が家の鳩たちは冬の寒さも関係なく、年中お盛んらしい。ガンモは、せめて冬の間だけでもベランダの静けさを保つために、母ちゃんが卵を産む前に巣を撤去した。しかし、撤去した巣の材料を排水溝のあたりに放置しておいたところ、TKMYがそこにうずくまっているのを見つけた。TKMYはどうやら、いいものを見つけたと思い、父ちゃん、母ちゃんたちが集めて来た巣の材料を再利用する気になったらしい。
「ちょっとちょっとTKMY。また排水溝で卵を産む気?」
と思っていると、幸い、TKMYはまだ卵を産んでいないことがわかった。私は慌てて、TKMYが巣から離れている間に、排水溝にあった巣の材料を撤去した。ジェットとジャンプ、ヒーとフーがベランダを離れ、ほんの少しだけ戻って来た我が家のベランダの静寂。その静寂を少しでも守るためにも、せめて寒い冬の間は、子育てをお休みして欲しいと願う私たちだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 突然ですが、こちらが、ハリセンボンのように身体を膨らませたキッコロです。いかにも寒そうにしてますよね。

キッコロ・ハリセンボン

「キッコロ・ハリセンボン」、「TKMY・ハリセンボン」と、彼らの名前の後ろに「ハリセンボン」を付けて呼んでいるうちに、彼らがまるでプロレスラーのように思えて来ました。(苦笑)餌を与えずにいた間は私たちに餌を求めて来なかった彼らも、私たちが再び餌を与えるようになると、餌をねだって来るようになりました。媚びないハリセンボンであっても、彼らなりに、人間との距離の保ち方を心得ているのかもしれませんね。ここに、ハリセンボンたちと私たちの間の相対性を見出したわけであります。

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2007.12.13

好敵手

映画『PEACE BED アメリカVSジョン・レノン』の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画を観たことで、ジョンとヨーコという運命的なユニットについて見直すきっかけになりました。まさしく、ジョンとヨーコを再発見したような感じであります。真に愛し合う男女が寄り添う姿を目にするだけでも、私たちは大きなエネルギーを感じ取ることができるものなのですね。ただ、私としては、ソウルメイトとツインソウルの違いというものを改めて実感することになりました。仮に、愛し合う二人が死を迎える時期がお互いに別々なのだとすれば、ソウルメイトの夫婦よりも、ツインソウルの夫婦のほうが精神的にずっと気丈なのではないかという気がしました。魂の片割れを失っても、自分自身で陰陽のバランスを取りながらヨーコが強く生きて来られたのは、ヨーコが今でもジョンの魂と交信できている証なのかもしれませんね。

 もうすぐ、二人の派遣仲間が現在の職場での勤務を満了することになっている。一人は同じプロジェクトで仕事をしている派遣仲間で、もう一人は、しばしば一緒に飲みに出掛けている派遣仲間である。同じプロジェクトの派遣仲間とは、まだ一年半程度の付き合いで、個人的な付き合いは特にないのだが、しばしば一緒に飲みに行っている派遣仲間とは、私が現在の職場に派遣されてからの付き合いなので、もう五年半になる。今回は、派遣仲間としては長い付き合いになる彼女への想いを綴ってみたい。

 私が彼女への想いを綴ろうと思ったのは、私の中で、彼女が職場を去って行くことに対して、ひしひしと寂しさのようなものが込み上げて来ていることに気が付いたからだった。彼女と私は年齢も近く、夫婦二人だけで生活していることや、夫がコンピュータ業界で働いていること、夫婦が出会ったきっかけが彼女の場合はインターネットのML、私はパソコン通信と、共通点が多かった。また、関東出身の彼女の話し方は、結婚する直前まで東京で生活していた私に安心感を与えてもくれた。根本的なところは縦と横の織り糸のようにまったく異なっていたのだが、職場で席が隣同士になったときは、仕事も忘れて、いや、時間が経つのも忘れて良く話し込んだものだった。

 仕事においては、彼女が参加しているプロジェクトと、私が参加しているプロジェクトは対照的だった。というのも、彼女が参加しているプロジェクトは新しい技術がふんだんに盛り込まれた新しいプロジェクトだったが、私が参加しているプロジェクトは、長きに渡って愛用され続けている製品の保守及び開発だったからだ。一言で言うと、彼女は新しい製品を開拓する立場にあり、私は古いものを守り続ける立場にあった。

 彼女とたまたま一緒に仕事をすることになったときに、そんな対照的な立場にある彼女とは、仕事上で激しい喧嘩に発展してしまったことがあった。しかし、それはほんの一時的なもので、すぐにお互いに水に流すことができた。私にとっては、女性同士でありながらも、激しい喧嘩を繰り広げても壊れなかった存在はとても貴重である。ただ、あとから彼女に当時の感想を聞いてみると、どうやら私一人が烈火のごとく怒っていたらしい。

 現在の職場には、同じ派遣会社から十名程度の派遣社員が派遣されている。しかし、派遣社員の女性の多くが技術者のサポート的な存在であるのに対し、女性で技術者として働いているのは彼女と私だけだ。他に、技術者の派遣社員としては、男性が三名いる。そうした背景も手伝って、彼女と私は、技術的な情報交換や、お互いの近況報告などを、職場の電子メールを使ってしばしばやりとりしていた。考えてみると、私には、同じ職場で、彼女の他にそのようなやりとりが実現できる派遣仲間がいないのだ。もともと、職場の雰囲気が全体的に無機質で、お互いのプライバシーにはほとんど介入して来ないようなドライな雰囲気がある。他の派遣仲間たちとは、単にトイレで顔を合わせたときに話をする程度の軽い付き合いだということに、今更ながら気が付いてしまったのだ。

 現在はほとんど使われなくなってしまったが、「好敵手」という言葉がある。私にとって、職場における彼女はそんな存在だったのかもしれない。その好敵手が、もうすぐ現在の職場を去ろうとしている。彼女はもう、現在の職場に出勤して来なくなるのだ。彼女にしてみれば、あまりにも忙し過ぎる職場からようやく解放されることになるわけだから、きっと新しい門出になるに違いない。しかし、何だろう。好敵手を失ってしまうかのような私の中のこの寂しさは。

 彼女の新しい門出を祝うには、私の寂しさはどこかに押し込めてしまうべきなのだろう。私の感じている寂しさは、どこか自己愛的だ。彼女に対する想いではなく、単に自分が寂しいという想いに過ぎない。しかし、これまでこのような気持ちになったことがないだけに、戸惑いを覚える。直径十二センチの彼女が現在の職場を去って行くときは、これからも職場以外の場所で会えるという希望に満ちていた。しかし、彼女とは、きっとこれからも職場以外の場所で会って食事をしたりする間柄であることには変わりがないのだが、そうなると、好敵手という存在からはかけ離れてしまうような気がして、余計に寂しさがつのるのだと思う。ジョン亡きあと、ヨーコが自分自身でバランスを取りながら生きて抜いて来たノウハウが、現在の私にも欲しいところである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅れて申し訳ありません。唐突ですが、ブログを更新し続けることは、トランプの七並べに似ているように思います。場に出すことのできる札が、ブログの記事としてストックしているネタです。そして、場に出すタイミングが、毎日の更新のタイミングに相当します。七並べの場合、場に出すことのできる札が手元になくても、ジョーカーが手元にあれば、一回パスの難を逃れることができます。しかし、ブログの更新にはジョーカーがないので、一回パスをすることになってしまいますね。しばらく自分の感情とじっくり向き合う時間が欲しかったので、更新に時間が掛かってしまいましたが、ようやく引き出すことができました。なあんて、たまには七並べではなく、御託(ごたく)を並べてみました。

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2007.12.12

映画『PEACE BED アメリカVSジョン・レノン』

水漏れ事件(6)の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 水漏れ事件の余韻に浸りながら、今回は映画の記事を書かせていただくことにしますが、映画の感想そのものよりも、映像を通して感じ取ったジョンとヨーコの男女の愛について触れて行きたいと思います。

 ホットヨガのレッスンのあと、下の階のお宅訪問までまだ時間があったので、私はホットヨガのスタジオのすぐ隣にある映画館で映画を一本観てから帰宅した。今回観たのは、ビートルズのメンバーだったジョン・レノンが生涯を通してエネルギーを費やした平和活動にスポットを当てた『PEACE BED アメリカVSジョン・レノン』というドキュメンタリー映画だ。私がこの映画を観たのは公開初日で、奇しくもジョンの命日だった。

 ジョンが心ないファンによって射殺されたとき、その悲報は世界中に知れ渡った。近年、ダイアナ妃の死を世界中の人たちが嘆き悲しんだように、ジョンの死もまた、世界中の人たちの心の中にぽっかりと穴を開けた。

 この映画の製作には、ジョンの奥さんであるヨーコが大いに関わっている。もちろん、映画の本編にもジョンの意志を正確に伝える存在として、再三登場してもいる。ジョン・レノンと言えば、何につけ、ビートルズでの活動がクローズアップされがちである。更にビートルズと言えば、夏休みに訪れたイギリスのリバプールが記憶に新しい。そう、ビートルズはリバプールで誕生したのである。時間の都合でビートルズ博物館には足を運ぶことができなかったが、街の中を、ビートルズのイラストの入った観光バスが走っていたことを思い出す。

 さて、ヨーコと出会ってからのジョンは、人生が百八十度変わってしまったと言っても過言ではない。ビートルズ時代のジョンの活動を見守って来た一部の人たちからは、ビートルズを解散させたのはヨーコだとまで言われている。それくらい、ジョンとヨーコの出会いは、互いに影響を与え合う刺激的な存在になった。二人が出会ってから、平和活動という人生最大の目的を見出したとも言えるのだ。二人が出会ってからの変化を見届ければ、二人の出会いがいかに運命的であったかが良くわかる。

 私は、ジョンとヨーコはツインソウルだと思う。今回、二人の映像を観て確信した。ツインソウルのカップルというのは、見ているだけでも圧倒されるものだ。例えば、二人が街を歩くシーンがある。二人は数歩歩くごとに抱き合い、キスをする。ヨーコのほうが学年にすると八学年も年上のはずなのに、二人の間にはエネルギーの調和が見られる。お互いの放つエネルギーが似ていると、顔の雰囲気まで似て来るのだろうか。ジョンはイギリス人、ヨーコは日本人であるにもかかわらず、どことなく顔の雰囲気が似ているのだ。

 二人が出会ったのは、ジョンがまだ前妻のシンシアと結婚しているときだった。それでも二人は強烈に惹かれ合い、夫婦になった。私は、これまでずっと、彼らの出会いに対してよからぬ先入観を持ち続けていた。しかし、この映画を観て、二人は出会うべくして出会ったのだと実感した。出会ってから年月が経過していても、二人が強烈に惹かれ合っていることは、映像を観てもびんびん伝わって来た。

 二人は、平和活動の一環として、新婚旅行をホテルのベッドで過ごしたそうだ。それが、PEACE BEDと言われているものである。マスコミに対し、二人がベッドで過ごしている写真を撮影しても良いが、必ず"PEACE"という文字を入れてくれと要求したらしい。平和への要求が徹底しているのだ。

 ただ、映画を観た感想を率直に述べると、二人のやりかたは少々強引だったのではないかとも思えた。何故なら、「主張」になってしまっているからだ。ここで私は、ロバート・ケネディが暗殺される直前までの様子を同じホテルに居合わせた人たちのドラマとして描いた『ボビー』という映画を思い出した。映画の中で、ロバート・ケネディの実際の演説を聴きながら、思わず涙がこぼれて来たものだった。少なくとも、ロバート・ケネディの演説は「主張」ではなかった。彼の中にあるものをただ伝えていただけだった。「主張」は、感情によって意識を「加工」してしまう。しかし、実際に人の心を突き動かす言葉というのは、それを伝える人の奥深いところに根付いている。それを引き出せたとき、伝える側と耳を傾ける側が、お互いに奥深い部分でわかり合うものなのだ。

 二人はニューヨークを平和活動の拠点にしていたが、アメリカという国は、ジョンの平和活動を快く思っていなかったらしい。やがて二人を国外追放しようとする動きが出て来る。「主張」は「危険」だと警戒されたのだろう。

 ジョンとヨーコは、出会うべくして出会い、夫婦として、また、同志として、波乱万丈の人生を生きた。平和活動はともかく、この映画を通して二人が通って来た軌跡を辿るだけでも価値があるなどと書いてしまうと、この映画の製作を心から喜んでいるヨーコをがっかりさせてしまうかもしれない。しかし、私はこの映画を通して、平和活動というジョンとヨーコの人生最大のテーマよりも、二人の男女として、また、同志としての関わり方に注目した。

 実際、ジョンはヨーコと出会ってからも、ヨーコ一筋ではなかったと何かの本で読んだことがある。それでも、二人は過去のことを水に流し、再び深く結び付いた。そして、ジョン亡き今も、ヨーコは自分自身で陰陽のバランスを取りながら、ジョンへの深い愛情を今でも世の中に発信し続けていると強く感じる。そんなヨーコは、男女の愛が不滅であることを証明し続けてくれている一人であるように思えるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画を観ると、二人の出会いがいかに強烈だったかが良くわかります。ツインソウルは、互いに激しく感化し合うのですよね。二人が共に過ごすには、きっと苦しいこともたくさんあったはずです。でも、過去のことを振り返ったとき、記憶に残っているのは、苦しさなどよりも、二人がたくさん愛し合ったことなのだと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.12.11

水漏れ事件(6)

水漏れ事件(5)の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 愛を感じさせてくれる生き方というのは、困惑している人に向かって、大きく回り込むことなのかもしれません。今回の出来事を通してそう思います。加害者である私たちに対しても決して壁を作らず、回り込んでくださった下の階の奥様とご主人様の存在は、私たちにとって、今後も大きくなりそうです。

 日曜日の夕方、ガンモは鳥取から無事に帰宅した。下の階の奥様から、一度預けたはずの商品券が返却されたことや、思いのほか和気藹々とした雰囲気で洗面所や浴室を見せていただいたこことなどを報告すると、ガンモは、
「多分、奥さんにとっては、ご主人の存在が大きいんだよ」
と言った。

 確かに、お家の中を拝見しているときも、奥様の様子がいつもと違っていることに気が付いていた。これまで、夜中に訪問していたせいだろうか。奥様はお風呂に入られたあとで、お化粧はほとんどされていなかったのだが、土曜日に訪問したときは、ばっちりお化粧をされていた。もともと、とてもきれいな奥様なのだが(格付けしてはいけないと思うのだが、マンション一の美人だと私は思う)、土曜日はエプロン姿というラフなスタイルであるにもかかわらず、とても美しかった。私には、久しぶりにご主人様が出張から帰って来られるので、おめかしをしているように思えたものだ。実際、ご主人様が出張から帰宅されたことで、精神的にも安定されたのかもしれない。それに加え、ご主人様が今回の水漏れに対して寛大な態度を示してくださったので、奥様もご主人様の意見に沿ってくださったのだ。だから、ガンモの言うように、奥様にとって、ご主人様の存在が大きいことは間違いないだろう。

 そうこうしているうちに、とうとう月曜日がやって来た。私たちは、すべてを天に任せて通常通り仕事に出掛けて行った。その日の状況については、私が奥様に電話を掛けてうかがうことになっていた。いつも仕事帰りの深夜の訪問だったので、
「外でお話しするのは寒いですし、電話でいいですよ」
と奥様が気遣ってくださったのだ。

 仕事をこなしているうちに、いよいよ業者の方との約束の時間がやって来た。不思議なことに、私の気持ちはとても穏やかだった。これ以上、悪い状況にはならないという予感がしていたからかもしれない。業者の方が訪問される時間が過ぎると、私は何時頃、奥様に電話を掛けるべきか見計らっていたのだが、とうとう意を決して、十九時半頃、オフィス内の公衆電話から奥様に電話を掛けた。電話が繫がった直後、私は何を思ったか、
「今、よろしいですか? 晩御飯のお時間ではなかったでしょうか?」
などと言ってしまった。奥様は、
「晩御飯ですか? もうとっくに食べましたよ」
と答えてくださった。気のせいだろうか、奥様の声のトーンがいつもと違って、ひどく高いように思えた。

 晩御飯の時間というのは、家庭によって実に様々である。子供の頃、午後五時にスーパーで夕食の買い物をしているよその家のお母さんのことを、友人が驚きの表情で、
「○○ちゃんのお母さん、午後五時頃に夕食の買い物に行ってるんだって」
と報告してくれたことがある。きっと彼女の家では、午後五時頃には既に夕食が終わっていたのだろう。ちなみに、残業が多く、夫婦共働きの私たちは、夕食の時間が一定ではない。だから、奥様がいつもお家にいらっしゃる一般的なご家庭が、一体どのような時間に夕食をとっているのか、まったく検討がつかなかったので、念のため、確認させていただいたのである。

 それはさておき、予定通り、業者の方は来てくださったそうだ。そして、水漏れの起こった箇所を簡単にチェックしてくださったらしい。さらりと書いてしまったが、「念入りに」ではなく「簡単に」というのがミソである。結論から言ってしまおう。奥様の話によれば、全体的に、特に問題はないだろうということで落ち着いたらしい。しかし、保守契約を結んでいる大阪ガスの方の対応に比べて、私たちが手配した業者の方の調査方法はひどく消極的であり、奥様としては何となく、「これでいいのかしら。でも、まあ、いいか」という感想を持たれたようである。

 奥様の話では、業者の方は、今回の水漏れに関して詳しい事情も聞かされず、また、脚立(きゃたつ)も持たずにやって来られて、
「椅子、ありますか?」
と奥様に尋ねたらしい。保守契約を結んでいる大阪ガスの方は、脚立と懐中電灯を持参されて、わざわざ浴室の天井を開けて、水漏れの様子を念入りに調べてくださったという。しかし、私たちが手配した業者の方は、ほとんど目視のみで確認され、
「もう乾いているようなので、大丈夫でしょう」
とおっしゃったという。奥様は心配になり、
「懐中電灯をお貸ししましょうか?」
と提案されたらしいが、業者の方は、
「いえ、結構です」
と言って、奥様の申し出を断ったそうだ。

 奥様からそうしたお話を聞かされ、私は少々戸惑ってしまった。
「大丈夫というのは、私たちとしてはありがたい結果ですけども、○さんとしては心配ですよね。もしよろしければ、他の業者さんを探してみましょうか?」
と奥様に提案させていただいた。すると、奥様は、
「いえ、もういいですよ。あの業者さんを信じてみることにします。主人が言っていたように、やはり、壁の中には水を吸うとパンパンに膨らむ素材が入っていると業者さんもおっしゃってました。現状、その素材がパンパンに膨らんでいるわけではないので、業者さんの言う通り、おそらく大丈夫なんでしょう。ただ、今後、壁紙が剥がれることがあるかもしれないとはおっしゃってましたけど、もう十年経つことですし、それくらいはいいかあ、と思ってます」

 奥様は、いつになく明るい口調でそうおっしゃった。最初に奥様の声を聞いたとき、声のトーンが高いと感じたが、どうやらそれは私の勘違いではなかったようだ。奥様は、まるで親しい人に話しをするかのように、声を弾ませながら話しをしてくださっていたのである。その変化は、「今、私がお話しをさせていただいているのは、間違いなく下の階の奥様なのだろうか」と耳を疑ってしまうほどだった。最も驚いたのは、奥様が関西弁をしゃべる方だということを、初めて知ったということだった。これまで、奥様と私の会話は、ほとんど標準語で交わされていた。しかし、今回の電話の奥様は、トーンの高い声で関西弁をしゃべっていたのだ。私が、まるで別人と会話をしているような錯覚を覚えてしまったとしても無理はないだろう。業者の方のチェックはひどく消極的だったものの、奥様ご自身の中にも、おそらく大丈夫だろうという気持ちが芽生え、緊張感が解けたのかもしれなかった。

 しかし私は、予想外の結末に驚き、
「そうですか。では、また、夫と相談して、改めてごあいさつにうかがいます」
と申し出たのだが、奥様は、
「いえいえ、この件についてはもういいですよ」
と優しい口調でおっしゃってくださった。私は、
「いえいえ、それでは何だかこちらの気が済みませんので・・・・・・」
などと答えたものの、実際、これからどのようなアクションを起こせばいいか、まだ決めかねていた。

 奥様にお礼とお詫びを述べて電話を切ったあと、すぐにガンモに電話を掛けて状況を報告した。ガンモもまた、予想外の結末に驚いていたが、私たちの中では何となく、業者の方は、これまでにもっともっとひどい状況に直面され、それなりに場数を踏んで来られた方なのではないかという考えが浮かんでいた。そうした過去の状況からすれば、今回のケースは比較的軽症だったのではないかと想像するしかなかった。

 火曜日になり、今回、調査をお願いした業者から連絡が入り、調査料金として数千円を請求されることになった。ガンモが電話を受けたのだが、確か業者のホームページには「見積もり無料」と書かれていたはずなのに、料金を請求されるのはおかしいなと思いながらも、これでひとまず解決できたのだからまあよしとするか、と思ったらしい。

 ガンモといろいろ話し合った結果、奥様たちに対しては、このままで済ませるよりも、あと一度だけ何らかのアクションを起こすことにした。ただ、どのようなアクションを起こすかについては、まだまだ考えあぐねているところだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m まるでフェイドアウトするかのように、今回の水漏れ事件は静かに幕を閉じようとしています。ここ数日、私なりのスピリチュアルな発見と結び付けながら一連の記事を書いて来たので、不謹慎ながらも、連載が終わってしまうのは何だか寂しい気もします。(苦笑)「せっかく探し当ててくださった業者なのに、とても残念です」と、奥様も残念がってくださいましたが、業者の方は、これまで場数をいくつも踏んで来られた方だと思いたいです。ひとまずこれで一件落着となりますが、続きがあればまた書かせていただこうと思っています。ここまであたたかく見守ってくださった皆さん、どうもありがとうございました。m(__)m

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2007.12.10

水漏れ事件(5)

ホットヨガ(八十一回目)の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 少しずつ、これまでの感触が蘇って来るような、そんな手応えを感じています。

 午後五時には下の階のご主人様がご在宅だとうかがったので、私はホットヨガのレッスンから帰宅すると、午後五時半頃に下の階まで出向いて行き、呼び鈴を鳴らした。いつものように奥様がドアホンを受けてくださったあと、最初に奥様が顔を出してくださり、それから、出張帰りのご主人様が奥から出て来てくださった。もちろん、ご主人様とも、以前住んでいたアパートの頃からのご縁である。私は、
「お留守中にこのようなことになり、申し訳ありませんでした」
とご主人様にお詫びの気持ちを述べた。ありがたいことに、ご主人様も寛大なご様子で、水漏れの原因などについて、私に再度確認してくださった。私は、我が家の洗濯機の排水ホースが外れていたことや、二度に渡って水漏れを起こしてしまったのは、洗濯機の排水ホースが外れていたことに気づかないまま洗濯をしてしまったことが原因だとご報告した。ご主人様は、水漏れの症状が既に治まっていることを前向きに捉えてくださっているようだった。

 しばらくすると、ご主人様はいったん奥のほうに引っ込まれ、再び何かを手に持って出て来られた。それは、先日、私がお詫びのために奥様にお渡しした商品券だった。ご主人様はそれを私に差し出して、
「これは受け取れませんよ」
とおっしゃった。私は大変恐縮し、
「いえいえいえ」
とひどくたじろいだ。奥様も、
「この前は、いったんお預かりしますということでしたので・・・・・・。お菓子だけはいただきましたから」
とおっしゃる。確かに、商品券とお菓子をお詫びに持参したとき、何だか私が無理に押し付けたような展開になってしまった。きっとご主人様が出張から帰宅されて、ご夫婦で話し合われたのだろう。私がなかなか引き取らないでいると、奥様は更に、
「上と下の関係ですのでね」
とおっしゃった。それでも私は引き取りたくなかったので、
「じゃあ、じゃんけんをして、勝ったほうの言うことを聞きましょうか」
などと大胆なことを提案してみた。するとご主人様は、
「面白いことを言うねえ」
と言ってくださったが、私とじゃんけんをしてはくださらなかった。あまりにも熱心に返却を希望されるので、私はとうとう根負けして、一度お預けした商品券を引き取ることになってしまったのだ。私としては、とても複雑な気持ちである。

 それから、月曜日に業者の方が見積もりに来てくださる話になった。私は、仕事の都合でどうしても立ち合うことができないので、思い切って、この機会に現在の状況を確認させていただくことにした。奥様は、
「片付けてないんですけど」
とおっしゃりながらも、私を玄関のすぐ奥にある洗面所と浴室に案内してくださった。例え奥様が「片付けてない」などとおっしゃっていても、我が家と比べると百倍、いや、千倍も片付いたお家だった。多少の生活感を加えると、ちょうどホテルに一泊したくらいの美しさだろうか。私たちの部屋とほぼ同じ間取りのはずなのに、そこはまるで別世界だったのだ。奥様がいつも、しっかりと家を守っていらっしゃる証拠だ。

 奥様はまず、浴室の上部に取り付けてあるガス乾燥機から、色の付いた水が滴(したた)り落ちて来たことを聞かせてくださった。見ると、お風呂の蓋の上にほんのりとシミが付いている。おそらく、私たちが入浴剤を使ったお風呂の残り湯で洗濯をしていたために、色の付いた水が溜まって落ちてしまったのだろう。奥様のご家庭は、大阪ガスと保守契約を結ばれているとかで、ガス乾燥機が壊れていないかどうか、大阪ガスの方が点検してくださったそうだ。大阪ガスの方はとても丁寧に診てくださり、ガス乾燥機もちゃんと動いているので、現在のところは問題なさそうだと言ってくださったそうだ。

 浴室だけでなく、浴室のすぐ隣にある洗面所の上部の壁の間からも、水が滴り落ちて来たと奥様はおっしゃった。大きな傷跡は残っていなかったものの、洗面台の鏡に水しぶきが飛び散ったという。私は、とにかく謝罪するしかなかった。あとは専門の業者にお任せして、問題のあるところを治していただくしかない。

 ご主人様は、今回の水漏れ事件について、ロジカルに分析してくださった。私たちの部屋の洗濯機の排水ホースが外れていたことが原因だとすると、排水が床下を伝って浴室の床下まで流れ込み、ガス乾燥機の間から滴り落ちて来たのではないかおっしゃった。ガンモの見解もご主人様の見解とまったく同じだったので、ご主人様も理系のご出身かもしれない。更にご主人様は、このマンションで使用している壁には、なんとかかんとかという素材が使われているとかで、その素材が水分を吸収すると、見るからにぷよぷよに膨らんでしまうとおっしゃった。現状、そのような状況には至っていないので、おそらく業者に診てもらっても治すようなことにはならないだろうとおっしゃった。何ともありがたいお話である。

 和気藹(わきあいあい)々とそんな話をしたあと、
「それでは、月曜日によろしくお願いします」
とごあいさつをして、私は自宅に戻った。自宅の玄関に入って鍵を締めた途端、突き上げるような感動が込み上げて来て、どっと涙が出て来た。何ていい人たちなのだろう。水漏れを引き起こしてしまった私たちに対し、ここまで寛大に接してくださるとは・・・・・・。私は、本当にいい人たちに巡り合うことができた。上と下の関係だからという理由で、商品券を返して来られるなんて、なかなかできることではない。もし仮に、これと同じことが私たちの身の上に起こったとしても、果たして私たちは奥様たちと同じ選択がができるのだろうか。

 どんな出来事も、お互いをもっともっと知るため起こる。出来事によって、お互いを知るプロセスが違うだけだ。だから、そのチャンスをできる限り生かさなければ・・・・・・。そう思わずにはいられなかった。今回のようなことがなければ、これからも、同じアパートから越して来た者同士という接し方に過ぎなかったことだろう。

 私は、鳥取にいるガンモの携帯電話にメールを入れた。ガンモからは、
「一人で対応、ありがとな」
というメールが返って来た。

 こうして私たちは、今後のことを天に任せて月曜日を迎えたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 下の階のお家を拝見したとき、思いのほか衝撃が大きかったですね。美し過ぎて、溜め息さえ出て来ました。とてもきれいに片付けられ、掃除の行き届いたお家でした。女性が家を守るということについて、改めて考えさせられました。ベランダに鳩がいるなんて、とても考えられません。(苦笑)そんなお家を、洗濯機の排水で汚してしまったのです。それでも、このような展開になり、とてもいい人たちに巡り合えたことに感謝しています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.12.09

ホットヨガ(八十一回目)

水漏れ事件(4)の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ここのところかなり低迷気味だったので、皆さんの応援クリックが心に染み入ります。(^^) 転んでもタダでは起きないブログを目指して行きたいと思いますので、これからもよろしくお願い致します。m(__)m

 土曜日の早朝、ガンモは会社の人たちと鳥取までカニ三昧の旅に出掛けて行った。今回も、「放題」ではなく、「三昧」だろう。しかし、私たちが先日カニバイキング(前編)で体験したような「三昧」よりも、きっと限りなく「放題」に近いはずだ。

 参加者は三台の車に分乗して移動するそうで、そのうちの一台がガンモの運転する三十万円ベンツだった。ガンモは、先日、バッテリーを交換して復活したばかりの三十万円ベンツを自ら運転し、会社の後輩たちを拾って鳥取へと向かったのである。一泊旅行に出掛けて行くにあたり、私がいつもホットヨガのために持ち歩いているバッグが、一泊分の荷物を収めるのにちょうどいいとガンモが言うので、私はガンモにホットヨガ用のカバンを貸し出した。

 一方、私も、いつものように神戸店でホットヨガのレッスンの予約を入れていた。午前十時からのベーシックコースである。ガンモにホットヨガ用のカバンを貸し出したので、私はインド製の手提げカバンに荷物を詰めて出掛けた。

 スタジオに着き、入口の扉を開けると、先日、私が途中退出してしまったときに担当してくださったインストラクターが受付に立っていた。ああ、もしかしたら、今回も彼女がインストラクターを担当してくださるのだろうか。そうだとすると、前回、レッスンの途中で退出してしまったことへの正式なお詫びにもなる。今回のレッスンは、いつものように最後まで受けよう。そう思いながら、私は彼女と元気良くあいさつを交わした。

 インストラクターが私にロッカーの鍵を渡してくださるときに、
「今日は多いんですよ。二十二名いらっしゃいます」
とおっしゃった。私は、
「ええっ? じゃあ、こんな感じですかね」
と言いながら、両手を鳩の雛のように小さく広げて見せた。ホットヨガには、両手を大きく広げるポーズがいくつかある。参加者が多く、スタジオが混み合っていると、両手を広げるのも実にこじんまりしたポーズになってしまうのだ。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、ヨガマットが所狭しと並べられていた。隣の人のヨガマットの距離はわずか二十センチほどしかない。これは確かに狭い。とは言うものの、まだスタジオに入って来ていない人たちがたくさんいらっしゃるようで、ヨガマットの半分くらいは埋まらないままだった。

 レッスン開始時間の少し前に、インストラクターが入って来た。やはり、今回のレッスンを担当してくださるのは、さきほど受付で会ったインストラクターだった。
「今日は人数が多いので、申し訳ありませんが、隣の方に当たらないように前後にずれてポーズを取ってください。まだ来られていない方が多いようですが、あとからパラパラ入って来られると思います」
とインストラクターはおっしゃった。

 どういうわけか、二十二名もの予約が入っている割には、参加者の集まりが悪かった。きっと、遅れて来られる方が多いのだろう。そう思っていると、レッスンが始まってから、パラパラとスタジオに入って来られた方が数名いらっしゃった。しかし、レッスン開始後十分を経過しても、ヨガマットが三個ほど空いたままだった。ホットヨガのレッスンは、十分以上の遅刻は認められていないので、おそらくキャンセル扱いになったのだろう。今回のようにキャンセルが出た場合、支店によっては、例えレッスン中であっても、スタジオを広く使用するために、使用されないヨガマットをさっさと片付けてしまうところもある。しかし今回は、使われないヨガマットが並べられたままレッスンが行われた。

 スタジオ内を見渡してみると、やはり、毎回参加されている方々がいらっしゃった。毎回参加されている方たちは、いつも同じ場所にあるヨガマットでレッスンを受けていらっしゃるのでとてもわかりやすい。私は、毎回お会いする方々をさりげなく人間ウォッチングした。ああ、あの方は、いつもの水入れと違う。きっと、水を用意するのを忘れてしまい、スタジオで慌てて購入されたのだろう。また、休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)のときに、毎回、スタジオの外に出て行く人もいる。確か前回も出て行かれたはず。きっと涼しい場所で身体を休ませたいのだろう。人間ウォッチングもなかなか楽しいが、かくいう私もまた、誰かに人間ウォッチングされていることを覚悟しておいたほうがいい。例えば、あの人は、今日はどんな神様Tシャツを着ているのだろうとか。そう、以前も書いた通り、私はいつも、インドの神様Tシャツを着て、ホットヨガのレッスンに臨んでいるのである。やはり、ヨガの故郷であるインドの雰囲気を感じながらポーズを取ることは、私の中ではこだわりの一つなのだ。

 ところで、九十分のレッスンともなると、途中で退出される方が実に多い。九十分のレッスンを受け続けることが体力的に厳しい状況にある方たちもいらっしゃるのかもしれないが、やはり、シャワールーム争奪戦を避けたい気持ちもあるのだろう。しかし、私はいつものように最後までレッスンを受けた。私と同じように、最後までレッスンを受けていたのは、おそらく十名くらいだったと思う。この人数ならば、シャワールームも争奪戦にはならない。

 シャワーを浴びたあと、着替えを済ませてロッカーの鍵を返しに行くと、さきほどのインストラクターが対応してくださった。彼女は私に、
「今日は最後までレッスンを受けてくださってありがとうございます」
と言ってくださった。ああ、彼女は前回、私が途中で退出して謝ったことをちゃんと覚えてくださっていたのだ。だから、私がそのことを気に掛けていると思い、先回りしてくださったのではないだろうか。何とあたたかい心遣いだろう。そう思うと、何だか熱いものが込み上げて来た。私は、
「いえいえ、こちらこそ、どうもありがとうございました」
とお礼を述べて、スタジオをあとにした。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m インストラクターが言ってくださった、「今日は最後までレッスンを受けてくださってありがとうございます」という言葉が胸に響いています。良く考えてみると、「果たしてお礼を言うのは誰なのか?」という気がしてなりません。レッスンを受ける私たちからすれば、私たちのほうから、「九十分もの間、インストラクターを担当してくださってありがとうございます」と言うべきではないでしょうか。それなのに、何故、私がお礼を言われるのでしょう? 胸に響いたものの、何だかおかしな気がして来ました。(笑)勝手な想像ですが、九十分のレッスンを担当されるインストラクターとしては、途中退出される方が多い中で、「最後まで残ってくれてありがとう」という気持ちを表したかったのかもしれません。もしそうなら、これからも私は途中退出せずに、最後までレッスンを受け続けたいと思います。

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2007.12.08

水漏れ事件(4)

 翌日、私がピックアップした市内の業者にガンモが電話を掛けてくれた。その業者は、主にリフォームを請け負っている業者で、インターネットで調べた通り、水漏れの修理も引き受けてくださるそうだ。まずは現場を見て見積もりから始めることになると思われるので、下の階の奥様からは、その業者に奥様のご家庭の電話番号を教えても良いという了解を得ていた。ガンモがその業者に連絡を入れたあと、その業者と奥様が電話で直接話しをされ、月曜日の夕方に訪問が決まったと、ガンモにその業者から連絡が入ったそうだ。

 前日までは、勤務時間中にいろいろなことが頭を駆け巡り、心が揺れて仕事に集中できなかった。しかし不思議なことに、見積もりの日程が決まったことがわかった途端、急に意識がはっきりとして来て、地に足がついたようになり、そのあとの仕事がひどく捗ったのである。自分の揺れを何かのせいにしてしまうことは、自分自身の完全なる弱さだと思った。

 私は、毎晩二十三時頃にお宅を訪問するのも気が引けるので、仕事を終えたあと、職場の最寄駅近くの公衆電話から下の階の奥様に電話を掛けた。すると、奥様からも、月曜日の夕方に業者に来ていただくことに決まったとご報告を受けた。私は奥様に、
「何とか前進しましたね」
などと言った。自分が招いたことなのに、こんな言葉が出て来るのはとても不思議である。もっと不思議なのは、深夜に奥様のお宅を訪問しているときに、
「こんなときに申し上げるのも何ですが、○さんとは、以前住んでいたアパートの頃からのご縁なので、こうしてお話ができてとても良かったと思っています」
などという言葉が自然に出て来たことだ。それは、こんな機会でもなければ、お互いを知るチャンスがなかったという意味だった。普通に考えてみると、加害者である私が口に出して言えるような言葉ではない。しかし、何となくそれを口にできるようなコミュニケーションが形成されつつあった。加害者と被害者でありながらも、お互いを尊重し合えるような関係が既に構築されつつあると感じられたからかもしれない。

 奥様は私に、月曜日の見積もりに私も一緒に立ち合いできるかどうか、尋ねてくださった。奥様としては、私が立ち合わなくても問題はないそうなのだが、私が立ち合わないことで、私たちにとって不利な方向に話が勝手に進んでしまうのではないかと懸念してくださったのだ。私はそのご厚意をありがたく思い、
「ありがとうございます。でも、○さんの納得の行くように進めてくださったかまいませんので」
と答えた。実際のところ、私にはどうしても仕事を外せない事情があった。納期が控えている上に、仕事に遅れが出ていたのだ。そのため、どうしても仕事を外せないという理由を述べて、月曜日の立ち合いを丁重にお断りさせていただいた。

 実は、私には、立ち合いよりももっと気掛かりなことが一つだけあった。それは、今回の水漏れが発生してから一度も、下の階のご主人様にお詫びを申し上げていないことだった。奥様のお話によれば、ご主人様は現在出張中で、週末にならないと帰宅されないと言う。そこで私は、電話で奥様に、
「週末にご主人様が帰宅されたら、ご主人様にもお詫びにうかがいたいのですが」
と申し出た。すると、奥様は最初のうち恐縮されたが、やがて週末のご主人様の在宅時間を教えてくださった。ただ、この週末は、ガンモが鳥取まで会社の人たちと旅行に出掛けることになっているため、私だけの訪問になりますと伝えておいた。そう、ガンモが会社の人たちとカニを食べに行くツアーの日程と重なってしまったのである。

 奥様との電話を切ったあとは、何故かとてもすがすがしい気持ちだった。業者の見積もり予約まで何とか進み、これまで空に掛かっていた雲が少しずつ晴れて来たかのような、そんな前向きな気持ちになることができたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本日、二回目の更新となりました。相変わらず一日遅れの更新ではありますが、少しは遅れを取り戻せたでしょうか。次回は別の記事を書かせていただきますので、この続きはしばらくお待ちください。一歩一歩、着実に歩んでいます。今回のことを通して、何故、このようなことが起こるのか、少し見えて来た気がします。それについては、この続きを書くときに書かせていただきますね。

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2007.12.07

水漏れ事件(3)

 翌日、勤務時間中に下の階の奥様から私の携帯電話に連絡が入った。その内容によれば、奥様が配管業者に問い合わせたところ、配管の状態を点検するには、まずは私たちの部屋から確認して行かなければならないとのことだった。そのため、その配管業者に私のほうから連絡を入れて欲しいと奥様はおっしゃった。私は、「わかりました」と言っていったん電話を切り、前日の夜に奥様からうかがった配管業者に電話を掛けてみた。すると、配管業者の担当者は、
「洗濯機の排水ホースが外れていたことが原因なんですよね?」
と私に念を押す。私が、
「はい、その通りです。それについてはほぼ確実です」
と答えると、配管業者の担当者は、
「それでしたら、しばらく様子を見ていただくのが一番よろしいかと思うんですがね」
と言う。つまり、配管業者にしてみれば、洗濯機の排水ホースが外れていたことが水漏れの原因であるとほぼ確定しているならば、配管に問題があるわけではないので、担当外というわけだ。そのため、最初から消極的な態度を取っているようだった。私たちとしても、洗濯機の排水ホースが外れていたことが原因だとわかっていることなので、配管を確認していただくことはあまり意味がないと感じてもいた。

 参考までに、
「土曜日や日曜日も来ていただけるのでしょうか?」
と尋ねてみると、
「はい。それはかまいませんが、今度の土日とも予定が入ってしまっているんですよね」
と言う。とは言うものの、やはり、配管以外に問題があることがほぼ確定しているので、私も、
「それでしたら、しばらく様子見ということにさせていただきます」
と言って、点検の予約を入れずに電話を切った。

 配管業者の担当者は、保険のことを口にしていた。実際に配管に問題があったときは、今回のような場合でも、マンションが加入している保険が適用されるそうだ。私たちのマンションがそのような保険に加入しているかどうか、現在、管理人さんが調べてくださっている最中だという。しかし、今回の場合は配管に問題があるわけでもなく、私たちの過失が原因なので、例えマンションが保険に加入していたとしても、その保険は適用されないはずだ。

 電話を切ったあと、折り返し、上の階の奥様に電話を入れた。やはり、配管が原因ではないので、我が家の点検に対し、消極的な姿勢を示されたということをお伝えした。しかし、配管業者に点検をお願いできないとなると、話は暗礁に乗り上げてしまった。一体、どの業者に点検をお願いしたらいいのかわからないというのだ。できれば、マンションの建設に関わった業者に点検して欲しいというのが当たり前の心情だろう。しかし、私たちのマンションは、ある時期から自主管理に切り替えたため、マンションが建設された当時に出入りしていた業者を、もはや特定できなくなってしまっていた。

 私たちのマンションは、入居直後は建設会社の子会社である管理会社にマンションの管理を委託していたのだが、入居三年目くらいから、管理会社の手を離れ、自主管理に入った。自主管理に切り替えたのは、管理会社に支払っている業務委託料金を、将来の修繕積み立て金に充てるためである。要するに、管理会社に管理業務を委託せずに、住人である私たち自身が役割を分担してマンションを管理し、管理会社に支払っていた業務委託料金を将来の修繕積み立て金に充てようとしているのだ。

 私たちのマンションが管理会社の管理下にあれば、管理会社と建設会社は親子関係にあるので、マンションが建設された当時の業者の情報も把握しやすかった。しかし、管理会社と手が切れてしまった今では、管理会社に建設時の出入り業者について問い合わせても、情報を提示してもらえないらしいのだ。そのため、今回のような事態が発生したとき、どの業者に点検をお願いするのが一番いいのかわからないという状況に陥ってしまったのである。

 下の階の奥様は、何をするにも、自分が仲介のような立場になってしまうので、できれば私たちにも積極的に動いて欲しいようだった。しかし、一日のほとんどを職場で過ごしている私たちからすると、身動きが取れない状況でもある。そこで思いついたのがインターネットの利用だった。どの業者に点検をお願いすればいいのかわからないということは、逆にどの業者に点検お願いしても良いと判断することもできる。私は、仕事の休み時間を利用して、同じ市内で水漏れの修理などを請け負っている業者を洗い出した。

 その業者のURLを、私よりも先に帰宅したというガンモにメールで送り、プリントアウトしてもらった。そして、プリントアウトした用紙を持って、私の帰宅とともに、再び二十三時頃に下の階の奥様のもとを訪れた。

 私たちがプリントアウトした情報は、一筋の光になったようだった。できるだけ早い時期に点検をお願いできなければ、家の中にカビが生えてしまうかもしれない。その業者に問い合わせてみることを奥様にご了承いただいて、翌日、私たちのほうからその業者に問い合わせをしてみることになった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実際、勤務時間中にこうしたやりとりを行うと、気持ちが大きく揺れますね。(苦笑)仕事のことやもろもろのことで頭が既にパンパンのときに起こってしまった出来事であり、一時は本当にどうなることかと思いましたが、業者を洗い出したことで、何とか前に進み始めています。今回の出来事を通して、人と人との関わりの有り方など、多くのことを学んでいます。ここのところ、更新が遅れがちなので、もしかすると夜にもう一つ、記事を更新することになるかもしれません。

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2007.12.06

水漏れ事件(2)

 帰宅直後に取るものも取りあえず、手ぶらで謝罪に向かった私たちだったが、後日、訪問するときは手ぶらというわけにも行かないだろう。翌日、私は職場近くの百貨店で、お詫びのために商品券を購入するつもりで家を出た。百貨店の開店時間は午前十時である。しかも、商品券売り場に足を運んでみると、お歳暮シーズンと重なっているためか、ひどく混雑していた。私はしばらく待っていたが、なかなか処理が流れないので、諦めて出勤することにした。待っているうちに、普段の重役出勤から更に社長出勤と言われても仕方のない時間になってしまった。

 今回の出来事について、仕事中もあれこれ思いを巡らせていた。考えることが多過ぎると、仕事もなかなかはかどらない。私はいろいろ考えた末に、夕方の休み時間にビルで所有している自転車を借りて、再び百貨店に出向くことにした。私の職場では、受付の警備員さんにお願いすれば、ビルで所有している自転車を借りられるのだ。三十分しかない夕方の休息時間を有効活用するためには、自転車はきっと強い味方になってくれることだろう。

 夕方の休憩時間を知らせるチャイムが鳴ると、私は一目散にオフィスを飛び出した。受付の警備員さんにお願いして、自転車を借りた。警備員さんは、快く自転車を貸してくださった。いつもはてくてく歩いている通勤路を、私はびゅんびゅん自転車を走らせた。歩いて十分ほど掛かる駅前まで、自転車を使えばわずか五分足らずで着いてしまった。

 私は、百貨店のすぐ側に自転車を停め、ひとまずガンモに電話を掛けた。しかし、ガンモは電波の届かない地域に居るらしく、電話が繫がらない。商品券を購入するに当たり、どれくらいの金額分の商品券が妥当なのか、相談しておきたかったのだ。ガンモと電話が繫がらないとなると、私自身で決めるしかない。時間もなかったので、私は意を決して商品券売り場へと急いだ。ありがたいことに、商品券売り場は、朝のような混雑は見られなかった。

 銀行などに良くある「番号カード」を引いて待っていると、お店の方がすぐに気付いて対処してくださった。商品券の種類と金額を告げると、
「『おのし』はどうされますか?」
と尋ねられた。「お主はどうするか?」ではない。私は、パソコンなどには詳しくても、「のし」の種類となるとひどく弱い。良くわからなかったので、
「実は、マンションで水漏れを起こしてしまいまして、下の階の方へのお詫びなんです」
と正直に言ってみた。すると、お店の方は、
「わかりました。では、無地の『おのし』に『お詫び』と書かせていただきますね」
と言ってくださったので、
「はい、それでお願いします」
と答えた。こういうときは、専門家にお任せしてしまうのが一番だ。

 実は、この百貨店で商品券を購入するのは、今回で二回目になる。一回目は、派遣仲間が退職することになったので、同じプロジェクト内のメンバーでお金を出し合って、商品券を購入したときだ。いつもはお花を贈呈するのだが、退職する派遣仲間は、退職後、すぐに引越しが決まっていたので、荷物にならないようにと思い、商品券にしたのである。そのとき、私が仕事帰りにこの百貨店に立ち寄って購入したのだ。確かそのときも、
「『おのし』はどうされますか?」
と尋ねられ、「お餞別」を指定したはずだった。

 お店の方は、実に手馴れた様子でてきぱきと商品券を包んでくださった。
「箱にしますか? 封筒にしますか? 包み紙はいかがなさいますか?」
それらの質問に答えて待つこと数分、私は無事に商品券を手にすることができた。そして再び自転車に乗ってオフィスに戻り、残業をこなした。

 ガンモに電話を掛けてみると、
「お子さんがいらっしゃるから、お菓子もあったほうがいいんじゃないかな」
と言う。しかし、私が帰宅する時間に開いているお店などあるのだろうか。そう思いながら、何とか仕事を上がり、職場の最寄駅に向かって歩いていると、喫茶店の灯りが見えて来た。喫茶店には、手作りのクッキーなどを扱っているお店もある。見ると、お菓子を並べているショーケースがあるではないか。よし、それにしよう。私は、灯りの点いた喫茶店の入り口をくぐった。喫茶店は、もう閉店し掛かっていたのだが、飲食ではなく、ご贈答ものということで、快く対処してくださった。こうして何とかお菓子も手に入れ、いよいよ我が家へと急いだのである。

 前日の夜、奥様に就寝時刻を尋ねてみると、午前十二時半頃まで起きていらっしゃるとのことだった。そこで、私たちの遅い訪問もひとまずご了承いただいたのだ。私は、前日の夜とほぼ同じ時間に再び呼び鈴を鳴らした。

 前日の夜同様、奥様が対応してくださり、昼間、マンションの管理人さんや管理組合の会長さんたちと話し合われた内容をうかがった。マンションを建設したときにお世話になった配管業者の電話番号を管理人さんが教えてくださったそうなので、私の了解が得られれば、そこに電話を掛けて、一度診ていただこうと思っているとおっしゃった。奥様は、そのために私の訪問を待ってくださっていたようだ。加害者の私たちに気を遣ってくださり、大変ありがたいお話である。ただ、そこは配管だけの業者なので、配管以外のことはどの業者に連絡を取ればいいのか、まだわからないとのことだった。今回の水漏れの原因は、水道の配管の破損ではなく、我が家の洗濯機の排水ホースが外れていたことによるものなので、おそらく配管業者の領域ではないだろう。ひとまず、私もその配管業者の電話番号をおうかがいした上で、私の携帯電話の電話番号もお伝えし、また、奥様のご自宅の電話番号をおうかがいしておいた。

 奥様と保険の話になったのだが、私たちは水漏れ事故に対処できるような保険には加入していなかった。加入していればしていたで、金銭的には助かるのかもしれないが、第三者が介入する分、何となく処理が事務的になってしまったり、また、連絡を取り合う人も増えてしまうので、私たちとしては加入していなくても良かったと思っている。

 帰り際に、商品券とお菓子を奥様にお渡しした。奥様は、
「費用を出していただくので気を遣わなくていいですよ」
と最初は受け取りを渋っていたが、最後には私の押しのほうが勝ってしまった。世の中、お金ではないと普段から思っている私が、このような行動に出たことは滑稽だった。

 こうして、少しずつ前に進み始めたかのように思えていたのだが、実はこのあと、私たちのマンションが、建設会社の子会社である管理会社の管理から離れ、自主管理をしていることが原因で、別の問題にぶち当たることになる。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このような感じで流れ始めました。いろいろ調べてみると、マンションの水漏れの場合、水漏れした箇所や原因により、保険の対象が異なるのだそうです。共有部分の水漏れならば、管理組合で加入している保険が適用されますが、まったくの個人の過失によるものならば、個人の加入している保険が適用されるとのことです。今回の場合は後者に相当しますが、私たちは保険に加入していません。さてさて、これからどうなりますことやら。(苦笑)

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2007.12.05

水漏れ事件(1)

 ガンモの下痢はまだまだ続いているようだったが、翌日、ガンモは通常通り出勤して行った。残業を終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモは、
「今日はトイレに住んでたから」
などと言った。仕事中に何度もトイレに駆け込んでしまったのだろう。そんなに無理しなくていいのに。

 残業で疲れ果てた身体を地下鉄のシートに埋め、三宮へと向かっているときのことだった。地下鉄の途中駅に停車中に、私よりも先に帰宅したはずのガンモから電話が掛かって来た。地下鉄に乗る前に話をしたばかりなのに一体どうしたのだろうと思っていると、ガンモは、
「えらいこっちゃ。○さんのところで水漏れが発生した」
と言う。ガンモが帰宅してみると、マンションの下の階の住人の方から、「水漏れしていますので、連絡してください」とドアに張り紙がしてあったそうだ。ああ、しまった。そう言えば・・・・・・。

 実は、先日、お風呂の残り湯で洗濯をしていたところ、洗濯機の周辺で水漏れしているのを発見した。しかし、原因が特定できないまま、後日、再び洗濯機を使用したところ、更にひどい水漏れが発生してしまったのだ。慌ててバスタオルなどで水分を吸収させたものの、それだけでは間に合わず、下の階まで漏れてしまったらしい。

 水漏れの原因は、洗濯機の排水ホースが外れていたことによるものだった。実は、布ナプキンをお風呂に備え付けの乾燥機で効率的に乾かそうとして、クリップ式の物干しに布ナプキンを縦方向に干すよりも、横に寝かせて干したほうが乾き易いと思い、洗濯機の隣のわずかなスペースに立てかけてあった金属製の棚用プレートをわざわざ取り出して使用したのだ。どうやらそのときに、金属性の棚用プレートが洗濯機の排水ホースに接触して外れてしまったらしい。

 困った。何を置いてでも、ガンモと二人で謝りに行かなければ。帰宅すると二十三時頃になってしまうが、例え深夜の訪問になってしまったとしても、今はそんなことを言っている場合じゃない。私は三宮に着いてから猛スピードでJRに乗り換え、最寄駅に降り立った。そして、猛スピードで自転車をこいで、自宅に到着した。

 帰宅すると、まだまだ身体が本調子ではないガンモは、とても苦い表情をしていた。ほんのわずかの不注意で起こってしまった私たちの過失。過去を振り返ってみても、また、どうかこれが夢であって欲しいと切実に願ってみても、進んでしまった時間はもう元には戻らない。私は、玄関に荷物を置いてすぐに、ガンモと一緒に下の階まで降りて行った。

 下の階の住人の方は、私たちが現在のマンションを購入する以前に住んでいた賃貸アパートにも同じ時期に住んでいたというとても不思議なご縁のご家族である。そのときも確か、私たちが二階に住んでいて、今回、私たちが水漏れの被害を負わせてしまった方たちが下の階に住んでいた。

 それはさておき、同じマンションの住民とは言え、深夜に呼び鈴を鳴らすのは、かなりの勇気が必要だった。しかも、こちらの過失で水漏れの被害に遭われている。何としてでも今日中に謝罪しなければ。私は、こちらの誠意をご理解いただくチャンスだと思い直し、深呼吸したあと、思い切って呼び鈴を押した。

 深夜であるにも関わらず、奥様が穏便に対応してくださり、被害の状況をうかがった。その結果、色のついた水が落ちて来たこと、洗面所のあたりに臭いが残っていることなどがわかった。このままでは心配なので、専門の業者さんに診ていただこうと思っているとおっしゃった。そのために、マンションの管理人さんや管理組合の会長さんたちと連絡を取り合い、どの業者にお任せするべきなのかを模索しているところだと言う。私たちはそれらのことを了解し、専門の業者さんに診ていただくことで費用が発生することになれば、もちろんこちらで負担させていただきますということで、ひとまず話を終えて帰宅した。

 奥様が穏便に対応してくださったからまだ救われたものの、私たちの気持ちはひどく暗かった。加害者になってしまったことへの責任の重さと、特に仕事が忙しい時期にそれが重なってしまったことで、精神的にかなりプレッシャーを感じてもいた。今の状況で、どれだけ誠意ある対応ができるかが今後の私たちに掛かっている。今になって思えば、ガンモの激しい下痢は、水漏れへの警告だったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 布ナプキンを効率的に乾かしたいという思いが、とんでもない事態を引き起こしてしまいました。あとで謝られましたが、実は、体調が万全でなかったガンモが私に対してかなり切れていました。(苦笑)健康でないときは、精神的な余裕がなくなってしまうものなのですね。しばらく、この話題が続くことになるかもしれませんが、どうかお付き合いくだされば幸いです。

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2007.12.04

カニバイキング(後編)

 部屋に戻って時計を見てみると、まだ午後七時半頃だった。私たちは珍しくテレビを付けて、BBCにチャンネルを合わせ、リスニングのトレーニングをしながらノートパソコンを操作していた。チェックインした直後は、ホテル全体に暖房が効いていてとても暖かく感じていたので、私はカニバイキングへも半袖のTシャツで出掛けて行った。しかし、部屋に戻ってしばらくくつろいでいるうちに、どこからか風がスースーと吹いて来るような気がして、少し肌寒くなって来た。そこで私は、半袖のTシャツの上に長袖のセーターを首から巻き付け、部屋の空調の温度も少し上げておいた。

 しかし、空調の温度を上げるのが遅かったのか、それまで空調の風が直接当たるところに座っていたガンモが、
「寒い」
と言いながら、ぶるっと身体を震わせた。すべてはその一言から始まった。ガンモは更に、
「やばい。風邪引いた。うう、気持ち悪い。お腹痛い」
と言いながら、トイレに駆け込んだのだ。カニバイキングに腹を立て、食べ過ぎてしまったこともあるのだろうか。ガンモは下痢をしているらしい。それからガンモは、何度も何度もトイレに駆け込んだ。聞くところによると、朝から何となく調子が良くなかったのだと言う。それなのに、カニバイキングの宿泊セットを予約していたものだから、ちょっぴり無理をしてしまったのだ。

 ガンモは見るからに具合が悪そうだった。ひとまず、風薬さえ飲んでしまえば落ち着くだろうと、ガンモは普段から持ち歩いている風邪薬を服用した。風邪の引き始めに風邪薬を飲むことで、ガンモはいつも風邪をブロックしている。不思議なことに、ガンモには風邪薬が効き易いのか、風邪を引いているように見えても、風邪薬を飲むとすぐに良くなるのだ。しかし、今回は風薬を服用してしばらくたっても、状況は良くなるどころか、もっとひどくなってしまったのだ。

 ガンモが、
「寒い」
と言うので、私は自分の首に巻き付けていた長袖のセーターを解いてガンモに渡した。ガンモは私のセーターを着込むと、布団にくるまって横になった。
「タオルを濡らして持って来て」
とガンモが言うので、私はタオルを濡らして、ガンモの額にそっと当てた。ガンモの額を触ってみると、ひどく熱かった。ホテルのフロントにお願いして氷枕をもらったほうがいいのだろうかと思いながらも、私自身が熱を出したときは、わざわざ布団をかぶって熱を追い出してしまうほうなので、冷やすよりも暖かくしたほうが良いと判断した。それでも、熱くなっている額だけは冷やしたほうがいいのだろうと思い、私は自力で何とかしようと、洗面所にあったハンドタオルと通常のタオルを濡らして冷蔵庫で冷やしておいた。そして、時間の経過とともに、せっせとタオルを取り替えた。

 ガンモは、
「俺、ここに何しに来たんだろう。ここに泊まっても、何もいいことなかった。カニは食べ放題じゃないし、食い過ぎるし、こんなことにはなるし」
とぼやいた。すべて、ガンモが自分で選んだことなのに、身体を悪くしたことにより、もはや自分の行動に責任が取れなくなってしまっているのだ。ガンモは、ベッドの中でも、
「○○旅行会社、禁止!」
としきりにぼやいていた。ぼやく体力が残っているくらいだから、きっと大丈夫だろう。

 セーターを着込んでもまだ寒いと言うガンモは、ホテルのベッドに備え付けの布団以外に、クローゼットの中にあった予備の羽毛布団をベッドに持ち込むと、やがて私の隣ですやすやと眠り始めた。私も電気を消してベッドに横になった。

 しかし、どうしたことか、私はひどく寝不足のはずだったのに、なかなか寝付くことができなかった。ガンモにとって、何もいいことがなかったと象徴されるように、とても品のいいホテルのはずなのに、私にとっても、どこか居心地の悪いホテルだったようだ。なかなか寝付けなかった原因を一つだけ挙げるならば、枕の高さが合わなかったのである。

 ようやく寝付いたとき、ガンモが起きてトイレに立っているのを感じ取った。何やらトイレで吐いているようである。ああ、ガンモ。大丈夫か? こういうときは、トイレに駆けつけて背中をさすってあげたいけれど、ごめん。ものすごく眠い。ごめんよ、ガンモ。私は睡魔に負けて、そのまま目を閉じた。

 朝、起きても、ガンモの具合は、ちっとも良くなっていなかった。
「この近くに病院ある?」
とガンモが尋ねるので、私は周辺に内科の病院があるかどうか、インターネットで調べてみた。しかし、総合病院はあるものの、徒歩で簡単に行けるような場所には内科はなかった。内科はないか。
「総合病院ならあるけど、一時間待ちは覚悟したほうがいいかもね」
と私が言うと、
「じゃあ、俺、三宮の病院で点滴を打ってもらう」
とガンモが言った。そう、風邪で苦しんでいるときは、点滴の処方が実に良く効く。私も、以前の職場近くの病院で何度かお世話になったことがある。三宮にも、風邪を引いたときに点滴を打ってくれる病院があるらしい。

 できるだけ長い時間、ガンモをベッドで休ませるため、私は午前八時半に出勤する予定を変更して、予定よりも遅めに朝食を食べに下に降りて行った。朝食の会場もまた、カニバイキングを食べた場所と同じである。やはり朝食もバイキングだったので、元気な私は食べたいものを次々にお皿に盛った。ガンモがそれを見て、
「うう、気持ち悪い」
などと、まるで妊婦さんのようなことを言った。夕べ食べ過ぎてしまったガンモは、フルーツとヨーグルト程度の軽い朝食を何とか口に運んでいた。しかも、室内なのに、ジャケットを着込んでいた。食べすぎに対し、反省の色がうかがえる。

 結局、午前八時半に出勤して社員の人たちを驚かせるはずだった私は、いつもの通り、重役出社となった。本当に、私たちは一体何をしにここに宿泊したのだろう。私は駅までガンモに付き添い、それから出勤した。

 仕事中、ガンモに電話を掛けてみると、予定通り、三宮にある病院で点滴を打ってもらい、少しは楽になったそうだ。しかし、血液検査の結果、白血球の減少が見られたそうである。きっと、免疫力が落ちているのだろう。それと、下痢を繰り返したので、水分補給するように医師に言われたそうだ。

 私は、せめて今日だけでも仕事を早く上がりたいと思っていたが、どう頑張ってみても、十五分早く上がるのが精一杯だった。私が仕事から帰宅すると、ガンモは起きてパソコンをいじっていた。
「そこまで回復したの? 大丈夫?」
と尋ねると、
「まあ、何とかね」
と言った。病院で処方していただいた薬が少しずつ効いているらしい。私は、
「明日、休めばいいのに。無理しないでよ」
と言ったが、責任感の強いガンモは、翌日は休まずに仕事に行くと言ってきかなかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ははははは。私たちの宿泊は一体何だったのでしょう? 以前にも、ガンモは食べ過ぎのために調子が悪くなってしまったことがあったのですが、どうもお腹の中で消化が間に合わない状態になると、アルコールを分解できなくて苦しむときと同じ状況になるらしいです。一体、何が原因でこのようなことが起こったのか良くわかりません。導かれてもいないのに、わざわざ選択してしまったといったところでしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.12.03

カニバイキング(前編)

 日曜日は、「私の職場近くのホテルに宿泊して、カニを満喫しよう!」というプランを決行した。ガンモが購読している旅行会社のメルマガで、私の職場近くのホテルでカニバイキングの宿泊プランが紹介されていたのだ。私たちはしばらく迷ったものの、ガンモの仕事の都合と休みの都合がぴったり重なったので、思い切ってそのプランに乗ってみることにしたのである。

 日曜日だったが、ガンモは私の職場の沿線にある顧客のところで仕事が入っていたため、朝から仕事に出掛けて行った。日曜日に出勤するため、ガンモは翌月曜日に振替休日を取っていた。だから、ホテルに宿泊した翌月曜日は、のんびり過ごせるというわけだ。私はというと、職場に近いホテルに宿泊するため、翌月曜日は、フレックス制度を利用せずに、朝八時半に出勤できることを夢見ていた。翌月曜日はたまたまノーフレックスデーに当たっていたので、社員の人たちは一斉に朝八時半に出勤して来るはずだった。いつもはフレックス制度を大いに活用して重役出勤している私が朝八時半に出勤するとなると、社員の人たちも珍しがってくれるのではないかと思うと、ハリセンボンのように期待で胸が膨らんだ。

 ガンモの仕事が終わる頃、私たちは私の職場の最寄駅周辺で待ち合わせをした。いつも私が通っている駅周辺にガンモがいると思うと、思わずにやけてしまう私だった。我が家から一時間半掛かる場所であるとは言え、ガンモの担当しているいくつかの顧客もこの駅周辺にあるので、ガンモはその駅に降りるのが決して初めてというわけではなかった。それなのに、私はちょっぴり先輩ぶって、ガンモに駅周辺を案内した。

 しばらくショッピングを楽しんだあと、私たちはホテルにチェックインすることにした。いつもは通勤の途中に外から眺めているだけのホテルの中に入るのだ。しかも、部屋を一つ、一晩だけ借りる。このホテルは、私の職場で深夜残業などの事情で帰宅できなかった人たちのために、何部屋かリザーブされているらしい。私の職場にも、実際に利用した人がいる。しかし、私は愛する夫と二人で泊まるのだ。しかも、カニバイキングのプランである。

 私たちは、ホテルの外観の割には地味なフロントでチェックインの手続きを済ませた。私たちのために用意された部屋は十六階のツインルームである。部屋に入ってみると、普段、私たちが旅行に出掛けるときに利用しているホテルよりもずっとおしゃれな雰囲気だった。私たちは、荷物を置いてすぐに、一階にあるカニバイキングの会場となっているレストランへと急いだ。

 レストランの入口で食事券を渡して部屋番号を伝えると、お店の人が私たちをテーブルに案内してくれた。あとはバイキングなので、自由に料理を取って食べていいことになっている。私たちは早速料理を取りに行った。

 さすが、ホテルのバイキングというだけあって、料理の質も高く、温かいものが並べられていた。私たちは、並べられている料理の周りをぐるっと一周した。私は、お腹が空いていたので、カニのことはすっかり忘れてしまっていたのだが、すべての料理を見て回ったガンモがぼそっと言った。
「カニはどこにある?」
「あっ? カニ? そう言えば、ないね」
そうだった。私たちはカニバイキングを食べに来たのだ。それなのに、目の前の温かい料理に目がくらんで、カニのことをすっかり忘れていた。ガンモに言われてようやくカニを食べに来たことを思い出したのだった。

 しかし、確かにガンモの言う通り、カニが山盛りされているようなスペースはどこにもない。もしかすると、私たちがショッピングを楽しんでいるうちに、山盛りのカニがなくなってしまったのだろうか? そう思いながら、注意深く観察してみると、あった、あった。まずはカニ飯。それから、カニすき。そして、カニのフライ。カニのせいろ蒸し。しかし、それだけだった。しかも、カニすきとカニのせいろ蒸しは、ホテルの人に装っていただくことになっている。そうなると、例えバイキングといえども、何度も何度も取りに行くわけにも行くまい。

 カニバイキングと聞いて、私たちは、カニ料理ばかりがバイキングのコースに並べられているのだと思い込んでいた。しかし、カニバイキングというのは、「バイキングの中にカニ料理もある」という程度のものだったのだ。ガンモは、
「あの旅行会社にやられた!」
と言った。そう、あの旅行社とは、夏休みのロンドン行きを検討していたときに、直行便の格安ツアーをうたっていた旅行会社だ。問い合わせをしてみると、「直行便は一ヶ月前にならないと予約が確定しないので、ひとまず乗り継ぎ便で押さえておいて、直行便の予約が始まって、予約が取れた時点で直行便に切り替えるという方法」を提示して来た。しかも、直行便が取れなかったときは、そのまま乗り継ぎ便を利用することになり、その際は、予め提示されている旅行代金よりも割高になるというものだった。何故、乗り継ぎ便に対して、直行便よりも高い金額を支払わなければならないのかと、私たちが怒りを覚えた旅行会社だったのだ。

 ガンモは、
「もう、腹が立った。○○旅行会社禁止!」
と言いながら、やけ食いを始めてしまった。それからのガンモは、とにかくハイペースで食べ続けていた。
「食べ過ぎは良くないよ」
と私が言っても、ガンモは、
「もう、腹が立った。腹が立った」
と言いながら、たらふくカニを食べられなかった怒りをバイキングにぶつけていた。そして、ホテルのバイキングらしいたくさんのケーキやフルーツも十分に満喫して、私たちは部屋に戻った。

 実は、部屋に戻ってから、大変なことが起こったのだ。長くなってしまうので、この続きは後日お届けすることにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ホテルの案内には、「カニ三昧」と書かれていました。冷静になって考えてみると、「カニ三昧」と「カニ食べ放題」は違うのですね。おそらく、「三昧」 < 「放題」なのでしょう。「カニバイキング」という表現は、決して間違いではないと思います。はい、「カニバイキング」という表現から、「カニ食べ放題」を想像してしまった私たちが悪いのです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.12.02

ホットヨガ(八十回目)

ロケットペンシルの活躍の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 長い記事でしたし、TOEICに特化した内容でしたが、応援してくださったことに感謝致します。次回のTOEICは来年二月の予定です。ホットヨガと同じように、TOEIC(○○回目)などというタイトルにしてしまおうかと思ったのですが、私の場合、一回目を受けたのが十年ほど前になってしまいますので、シリーズの記事を二回目から始めるというのもどうかと思い、見送りました。二ヶ月もあれば、もっといろいろな学習ができることでしょう。また、次回の人間ウォッチングをお楽しみに。(笑)

 TOEICの試験のあとは、昼食をとり、三宮店で九十分のベーシックコースのレッスンを受けた。かつて、脂肪燃焼コース2のレッスンのために足繁く通っていたはずの三宮店だったが、土曜日の午前中に神戸店で行われる九十分のベーシックコースに参加するようになってからは、すっかりご無沙汰してしまっていた。もしも私がホットヨガのインストラクターたちと交友関係を結んでいるならば、私は自分の状況を何らかの方法で彼女たちに伝えることだろう。例えば、
「これまで三宮店で脂肪燃焼コース2のレッスンでお世話になっていましたが、ポーズに自信がなくなって来たので、一旦ベーシックコースに戻ります。時間的には、神戸店のレッスンスケジュールが最も都合がいいので、しばらく神戸店のレッスンに通いますね」
などとお知らせするのではないだろうか。しかし、私は単なるホットヨガ会員の一人であり、インストラクターと個人的な交流があるわけではない。とは言うものの、とりわけ、脂肪燃焼コース2でお世話になっていたカリスマインストラクターに対し、参加するレッスンを彼女に黙って変更してしまったということが、ずっと気に掛かっていた。

 三宮店のドアを開けると、受付にカリスマインストラクターが立っていた。カリスマインストラクターは私に向かって、
「お久しぶりです」
と声を掛けてくださった。私も、
「お久しぶりです」
とごあいさつさせていただいた。そのときは、何となく立ち話ができる雰囲気ではなかったので、私はそのままロッカールームの鍵を受け取り、着替えを済ませていったんスタジオに入った。

 まだレッスンには早い時間だったので、スタジオには人が少なかった。少し早めにスタジオに入った人たちは、自分の好きな場所を確保したり、自分なりのポーズを取って身体を柔らかくしたりして、レッスンの開始を待っていた。私は、五百ミリリットル入りのペットボトルに入った水を二本用意していたが、もしかすると足りなくなる可能性もあると思い、いったんロッカールームに戻り、更なる水を持参した。そのとき、受付にはまだカリスマインストラクターが立っていたので、私はチャンスとばかりにカリスマインストラクターの名前を呼んで話し掛けた。
「○○さんは、ずっと脂肪燃焼コース2をご担当ですか?」
確か、以前、カリスマインストラクターに尋ねたとき、土曜日に行われる脂肪燃焼コース2のレッスンは、ずっと彼女が担当していると聞いていたからだ。すると、カリスマインストラクターは、
「そうですね。人が足りないときは、別のレッスンに入ることもありますけど」
とおっしゃった。私は、ポーズに自信がなくなって来たので、ベーシックコースに戻ったことをカリスマインストラクターに報告した。そんなこと、いちいち報告しなくても良かったのかもしれないが、何となく伝えておきたい衝動に駆られたのだ。カリスマインストラクターは、
「そうだったんですか。凄ーい、九十分コースに参加されてるんやと思っていました」
とおっしゃった。

 単なる自己満足かもしれないが、自分の状況をこうしてカリスマインストラクターに簡単に伝えておくだけでも、私の心はすっと軽くなった。言葉を繋げるというのは、こういうことなのかもしれない。例えば、コミュニケーションのキャッチボールを相手が止めてしまうと、どうして止まってしまったのかが、いつまで経っても気になってしまうことだろう。心にわだかまりがあると、次の言葉がなかなか繫がらない。言葉というものは、断片的な道具ではあるが、バラバラの言葉を繋ぐための言葉もちゃんと存在しているのだ。おそらく、普段、わざわざ口にしなくてもいいと思われている言葉が、そういう役割を果たしている。

 ところで、今回のレッスンを担当してくださったのは、かつて、神戸店でバレエヨガのレッスンが行われたときに、一緒にレッスンに参加されていたインストラクターだった。彼女のレッスンはとてもはきはきしていて、聞き取り易かった。しかも、発声する度に、左右均等に顔を向けて、レッスンを受けている人たちが取り残されないように配慮してくださった。彼女もまた、レッスンに参加している人たちの導き方が上手で、「伝える」という使命を持ったカリスマインストラクターの一人と思って間違いない。これまで何度も三宮店のレッスンを受けて来たというのに、一度も彼女のレッスンに当たったことがなかった私は、彼女が三宮店のインストラクターだったということに驚きをさえ感じていた。脂肪燃焼コース2でお世話になったカリスマインストラクターに言葉を繋げることもできたし、ベーシックコースのレッスンが自分のものになれば、再び三宮店に通ってみるのもいいかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久しぶりの三宮店のレッスンでありました。言葉を繋ぐ話を書きましたが、人と人がコミュニケーションを始めたばかりの頃は、お互いに押したり引いたりといった状況が手に取るようにわかりますよね。押すべきときに押さないでいると、疎遠になってしまいがちなのもこの時期です。そして、何となく気恥ずかしい気がしてしまうのもこの時期であります。また、「言わなくていいと思われている言葉」、すなわち、言葉と言葉を繋ぐ言葉を使うことで、一気に発展して行くのもこの時期です。そうして、お互いのコミュニケーションのペースが出来上がって行くのですね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.12.01

ロケットペンシルの活躍

毛と毛皮の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一年間、書くべきかどうしようか迷っていた内容だったので、書かせていただいて良かったと思っています。もしも映像をご覧になり、衝撃を受けてしまった方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。しかし、こうしたことは、できるだけブラックボックスにせずに、世の中に伝えて行かなければならないような気がしています。でも、例えば、食肉の過程も映像になっていたらどうでしょう。私たちは、ちゃんと正面からその映像を見据えて受け入れることができるでしょうか。まだまだ結論は出せませんが、一つだけ言えることがあるとしたら、「ブラックボックスにしてしまう」ことは、私たちの気づきを遅らせている要因の一つなのかもしれないということです。

 しばしば集まって、一緒にご飯を食べに行っている派遣仲間たちは、英語が得意である。一人は留学経験があり、もう一人はご夫婦で英会話スクールに通っている。二人とも、TOEICのベストスコアが九百点近いらしい。TOEICの試験が翌日に差し迫った金曜日の夕方、私は英語の得意な派遣仲間の一人に、派遣会社の福利厚生サービスを利用してTOEICの試験を受験することを報告した。すると彼女は、
「試験前に模擬テストをやっておくと安心できるよ」
と教えてくれた。模擬テスト? そう言えば、ガンモと一緒にTOEICを頑張ろうと決心してからというもの、ピンポイントの学習ばかりで、まだ一度も通しの模擬テストなるものを実践していないことに気が付いた。確か、我が家にも模擬テストに相当する教材があったはずだ。しかし、TOEICの試験はもう翌日に迫っているというのに、いつものように残業のために帰宅時間が遅い。結局私は、通しの模擬テストに必要な二時間を確保できないままTOEICの試験の当日を迎えることになった。

 TOEICの試験は、三宮にある派遣会社のオフィスで行われることになっていた。派遣社員の私たちは、余程のことでもない限り、派遣会社のオフィスに出向くことはない。派遣会社のオフィスには、セミナールームがあり、そこで二ヶ月に一回のペースで企業向けのTOEICの試験(IPテスト)が開催されているのだ。試験のための説明が開始される時間が午前十時だったので、私はいつもホットヨガに出掛けて行く時間に家を出た。

 派遣会社のオフィスが入っているビルは、自社ビルではないものの、とてもバブリーな雰囲気の漂うビルである。三宮支社だけがバブリーかと言うと、決してそうではなく、他の支社も同様のようだ。以前、健康保険の手続きをする時期に、たまたま東京に滞在していたので、手続きに必要な書類を持参して、東京の港区にある派遣会社のオフィスを訪れたことがある。そのビルもまた、受付でロボットでも出て来そうなくらい、バブリーな雰囲気の漂うビルだった。派遣会社は、派遣スタッフの時給におよそ三割程度の金額を上乗せして企業側に請求する。その中から私たち派遣社員に規定の時給が支払われ、残った分が派遣会社の取り分となっている。しかし、表向きはバブリーに見えていても、実際の中身はひどく地味だという声もある。何故なら、かつての私の営業担当が、サービス残業が多いと愚痴をこぼしていたからだ。派遣会社のビルの雰囲気がとてもバブリーであることをその営業担当に指摘すると、
「これは、社員のサービス残業のお金でまかなっているんですよ」
などと、冗談混じりに言われたことがある。

 それはさておき、今回のTOEICの試験に集まったのは、面識のない八名ほどの派遣スタッフだった。私にとってはおよそ十年振りの試験だったが、私以外の人たちはみんな、繰り返し、TOEICの試験を受けているようだった。

 公開テストを受けたときもそうだったが、試験を受けるときは、必ずしも一人掛けの席に座るわけではない。大学の講義室のような長い長い席ではないにしても、派遣会社のセミナールームに用意されていたのは、二人掛けの席だった。始めのうち、私の隣には誰も座っていなかったのだが、いよいよ試験のための説明が始まって厳粛な雰囲気の中にいるときに、少し遅れて入って来た人がいた。私の隣の席が空いていたので、遅れて来たその人は、私のすぐ隣の席に座った。まだTOEICに慣れないためにおどおどしていた私は、いきなり自分のペースが乱されたような気がして困惑した。こちらが厳粛な気持ちでじっと構えているのに、遅れてやって来たその人は、すぐさま筆記用具を取り出して、カリカリと音を立てながら自分の名前を解答用紙に記入し始めたのだ。まだ試験官の指示がなかったので、私は解答用紙に名前を書くのもためらっていたというのに、である。これは予想外の展開だった。まだ試験が始まったわけではなく、説明のための時間だったので、のちに何とか平静を取り戻すことができたが、どんなときも自分らしさを失わないでいるということは、意外と難しいということを身をもって体験したのだった。

 テープによる説明が流されたあと、試験官の指示により、必要事項をマークシートに記入した。私がもたもたしている間に、ほとんどの人たちは必要事項を記入してしまったようである。慣れない私は、何をするにも時間が掛かってしまっていた。やがて五分間の休憩に入り、遅れて来た人と一部の人たちは、トイレに立った。凄い。例え遅れて来たとしても、彼女は何から何まで自分のペースでことを運び、完璧な行動を取っている。私なら、遅れて来たことに動揺してしまい、本来の自分自身を取り戻すのに時間が掛かってしまうことだろう。

 五分間の休憩時間はあっという間に終わり、いよいよTOEICの試験の本番が始まった。試験時間は、リスニングが四十六分、リーディングが七十五分の、合計二時間一分となっていた。実は、私がこの一ヶ月間、力を入れて取り組んで来たのは、リスニングのほうだった。そのおかげで少しはリスニングの実力が付いたと自分では思っていたのだが、実際にTOEICの試験を受けてみると、まだまだだということに気が付いてしまった。あまりにも聞き取りが出来なかったので、私は不謹慎にも、途中で退屈してしまったのだ。

 しかし、リーディングの問題に入ると、私はようやく自分らしさを取り戻した。やはり、受験英語で培って来たものが私の中にまだ残っているのだろう。リスニングのときのような解答への不確かさはない。リスニングよりも、リーディングのほうが私には合っていると感じた。ということは、私がこの一ヶ月間、リスニング中心の学習を重ねて来たことは、弱点強化のためには大いに役に立っていたわけだ。

 とは言うものの、やはり、他の人の立てる音がひどく気になってしまう。例えば、マークシートを塗りつぶす音や、問題用紙のページをめくる音などである。それらの音により、自分が他の人よりも遅れを取っていると感じると、焦りが出て来てしまうのだ。特に私は、普段、仕事をしているときさえでも音に敏感なほうなので、音により、心理的に左右されてしまうようだ。

 唯一の救いだと感じられたのは、リーディングのペースがつかめてようやく自分自身を取り戻し、ふと時計を見たときに、まだ一時間余りも時間が残っているのを確認したときだった。TOEICの試験は時間が足りなくなってしまうとみんなは言うが、ひょっとすると楽勝なのではないのではないだろうか。そんなことを思いながら、ゆっくりとリーディングの問題に取り組んでいると、次第に時間がなくなってしまっているのを感じた。あれれ? さっきまでたっぷり残っていたはずの時間が、いつの間にか、もうなくなってしまっている。それなのに、私はまだすべての問題を解き終わっていなかった。初めて受けたときもそうだったが、私は手を付けることのできなかった問題に対し、すべて同じ記号をマークシートに塗りつぶして逃げた。

 とうとう試験の終了時間がやって来た。試験官の指示により、みんな一斉に鉛筆を置く。試験のために持参したロケットペンシルは、大いに役に立ってくれた。しかし、情けないことに、時間が全然足りない。派遣仲間が言ったように、通しの模擬テストを実践して、時間配分の感触をつかんでおくべきだった。

 試験が終わって派遣会社のセミナールームを一歩出ると、現在の営業担当にばったり出くわした。どうやら、休日出勤しているらしい。いつもはスーツ姿でビシッと決めている営業担当が、思いがけずラフな格好をしているので驚いた。珍しい状況に出くわして、ちょっぴり得した気分である。営業担当も、私が派遣会社のオフィスにいるので驚いた様子だった。休日出勤しているなんて、営業担当もきっと忙しいのだろう。平日は、企業を勢力的に回っているため、事務処理が追いつかないのかもしれない。

 派遣会社のオフィスを出てすぐに、私はガンモに電話を掛けた。電話に出たガンモに、
「リスニングのとき、退屈で退屈で仕方なかったよ」
と言うと、この一ヶ月、私がリスニング中心の英語学習を重ねてきたことを知っているガンモは、私が楽に聞き取りができたものと勘違いしたらしい。
「えっ? 退屈だったの?」
と驚いた様子で聞き返して来たのだ。私が、
「そうそう。わからなくて退屈しちゃったんだよ」
と言うと、ガンモはいきなり大爆笑した。あんまり大笑いするところじゃないと思うのだが。
「リーディングの問題は、バラエティに富んでいて楽しかったよ。最近は、e-mailとかWebを題材にした問題が中心なんだね」
と私が言うと、
「そうだから。時代を反映させてるから」
とガンモが言った。

 ところで、TOEICと言えば、ガンモも先日の日曜日に公開テストを受けたばかりだ。私は、これまでずっとシャープペンシルを使い続けていたガンモのために、ガンモがいつもTOEICの試験に持参している筆箱の中に、こっそりロケットペンシルを忍ばせておいた。試験直前になって、ガンモがその筆箱の中身を確認したとき、ロケットペンシルの存在に気付いたようだ。ガンモは、
「ロケットペンシル、何で一本しかないの? 転がったときのためにもう一本ちょうだい」
と私に言った。そこで私は、ロケットペンシルをもう一本、ガンモに差し出したのだった。

 ガンモの公開テストが終わったあと、
「ロケットペンシルの使い心地、どうだった?」
と尋ねてみると、ガンモは、
「うん。まあね。確かに、安心感はあるね」
と言った。TOEICでは、二百問もの解答を時間内にマークシートで塗り潰す。私は、ロケットペンシルを使うほうが、シャープペンシルで塗りつぶすよりもだんぜん時間を節約できると思っているのだが、ガンモにはその実感がなかったらしい。それでも、いつもよりも時間に余裕があったとガンモは言っていた。それはきっと、ロケットペンシルのおかげなのに。

 ガンモが受けたTOEICの試験と、今回、私が受けたTOEICの試験と、問題が同じだったのか、互いに確認し合ったところ、別々の問題であることがわかった。ガンモが受けたのは公開テストなので、スコアシートは写真入りの正式なものとなる。一方、私が受けたのは、企業向けのIPテストなので、三週間後に送付されて来るスコアシートには写真が添付されず、正式なものにはならないらしい。「TOEICで○○点です」と世の中に宣言するためには、ガンモのように公開テストを受けて、写真付きの正式なスコアシートを手に入れることが必要らしい。ただ、公開テストとなると、今回、私が受験したように、派遣会社の福利厚生サービスを利用して受験するよりも割高になってしまうため、しばらくの間は派遣会社のセミナールームで受験して、ある程度、スコアが安定して来たら、公開テストを受けてみようと思っている。

 ガンモのスコアシートが届く頃、私のスコアシートも届くことになっている。そのとき、ガンモにとってはニンテンドーDS Liteにおける成果が、私にとっては、リスニングの成果が現れているのかどうかがわかる。そして、私のスコアは、ようやくガンモを追い越すことができるのだろうか。三週間後にひとまずの結果が出る。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 英語学習は自分との戦いだと思っていたので、実際の試験に立ち向かうまでは、自分が音に左右されることになろうとは思いもしませんでした。でも、考えてみれば、普段から音に対してとても敏感なのだから、当たり前と言えば当たり前のことなんですよね。リスニングのときまで使いたいとは言いませんが、せめてリーディングの最中に耳栓を使用してもいいのなら、自分の世界に没頭できると思うのですが。(苦笑)音以外でも、私はいつも、自分にとって心地良い環境を構築しようとする傾向が強く、試験当日も、セミナールームの空調がひどく気になっていました。以前よりはずっとましになりましたが、身体を動かしていないときは、冷たい風が降りて来ると、気になって仕方がないのですね。他の人たちが上着を脱いで試験に取り組んでいるのに、私は持参したショールやらジャケットで空調の風を防御していました。とにかく、環境に対しては、人一倍神経質なのかもしれません。英語学習以外の課題が見えて来たTOEICの試験でありました。

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