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2007.11.30

毛と毛皮

 寒い季節になった。手袋の使用はまだ本格的ではないが、できるだけ首を冷やしたくない私は、既にマフラーを使い始めている。このマフラーは、去年、直径十二センチの彼女が、もう使わなくなったからという理由で私にくれた、スコットランド製の三本のマフラーのうちの一本だ。肌触りも良く、とても暖かい。

 スコットランドと言えば、私たちが夏休みに出掛けたイギリスに近いところにある。だから私は、スコットランド製のそのマフラーを見ると、イギリスで放牧されていた羊たちのことを思い出す。そして、イギリスで撮影した羊の写真を見ながら、「この冬、お世話になってますよ」と彼らに向かって感謝の気持ちを述べている。

 放牧されていた羊たちの毛がとても短かったので、始めのうちは羊ではなく山羊だと思い込んでいた。羊にはむくむくしたイメージがあったからだ。しかし、旅行中に訪れたお土産売り場で、顔の中心が黒い動物のぬいぐるみに対し、sheepと表記されていた。そのときになって初めて、私たちが見て来た動物は山羊ではなく、羊であることに気が付いたのだった。

ストーンヘンジ周辺で放牧されていた羊。
毛が短いので、山羊だとばかり思っていた

 しかし、何故、羊の毛を刈るのだろう? 人間の防寒具に使用するためだろうか? 私は、毛を刈ってしまうことで、羊が羊らしくなくなってしまうのは、何だか羊に対して申し訳ないような気がしていた。そんな話を、帰国してから派遣仲間に聞かせると、
「羊は、毛を刈ってあげないと、毛がもつれて大変なことになるんでしょ。確かニュージーランドだったかな。しばらく毛を刈ってない羊がいて、テレビ中継でとうとうカットされたんじゃなかったっけ?」
そのニュースなら私も知っている。毛を刈られるのが嫌でずっと逃げ回っていたシュレックという名前の羊が、毛刈り名人によって六年振りにカットされたという話だ。

 刈り取られた羊の毛は、私たち人間の防寒具として多いに役に立っている。羊にしても、私たちに毛をカットしてもらうことで、肉体を快適な状態で維持することができる。何しろ、毛をカットしてもらっていないシュレック君の写真を見ると、見るからにパンパンで動きにくそうだ。羊と私たち人間は、持ちつ持たれつの関係だったのだ。ただ、何故、羊の毛は、刈り取ろうと考えたのですか?羊は、毛が伸びて、重さで死んでし... - Yahoo!知恵袋に書き込まれた内容からすると、毛を刈る必要があるのは、人間にとって都合がいいように改良された羊たちらしい。

 ところが、何度も生え変わる毛は良しとしても、毛皮となると話は別である。実は、一年前のこの時期に、インターネットで毛皮製造に関するある衝撃的な映像を目にした。有名な映像なので、既にご存知の方も多いことだろう。その映像へのリンクを張っても良いが、あまりにも衝撃的な映像なので、やはり直接リンクは控えておく。ちなみに、私は最後までその映像を観ることができなかった。その映像には、毛皮の作り方が実に生々しく収められている。今にも毛皮になろうとしている動物の目が映し出されているのだが、その目はとても悲しそうだった。そんな目を見ると、もうたまらない。覚悟のある方は、YouTubeで「毛皮の真実」という検索キーワードを指定されるとその映像に辿り着くことができるだろう。参考までに、直接リンクではなく、間接リンクを張っておく。

Google検索:毛皮の真実(リンク先への訪問は、各自の責任のもとで行ってください)

 その動物が生きている限り、一匹の動物からは、毛を繰り返し分けてもらえるが、毛皮はたった一度しか分けてもらえない。しかも、毛をカットすることは、羊にとっても人間にとってもメリットがあるとしても、私たちが動物たちから毛皮を分けてもらうことで、動物たちには何のメリットもないどころか、命さえ奪ってしまう。高い高い毛皮のコートを着込んでいるお嬢さん。あなたが今、着ている毛皮が、どのようにして作られているか、ご存知だろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一年前に、マフリャー(前編)マフリャー(後編)を書いたあと、ここに書いた毛皮のことを書こうと思っていました。しかし、映像を観た衝撃が強過ぎて、当時の私には書けませんでした。今回、毛をカットされた羊のことを書こうと思い立ったとき、ようやく関連内容として書く気になれたのです。「じゃあ、食べることはどうなの? 命を奪うという点では同じじゃないの?」という疑問も沸いて来ると思います。私もある時期までは、お肉を食べることができませんでした。しかし、今ではおいしくいただくようにしています。食肉よりも毛皮のほうが問題視されているのは、毛皮のあり方の問題でしょうか。食肉は、私たちが生活をして行く上での必要条件になっていますが、毛皮のコートを着ることは、十分条件なのだと思います。つまり、生きるための行為か否かなのですね。このあたりは、とても奥が深いことなので、いずれ、また。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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