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2007.10.18

映画『薬指の標本』

ヴィジョンの記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 記事を通して自分の考えを整理して行くうちに、少しずつ自分なりの考えが見えて来ました。私の葛藤にお付き合いくださいまして、ありがとうございます。m(__)m

 映画『博士の愛した数式』の原作者でもある芥川賞作家の小川洋子さんの小説がフランス映画になった。と言っても、製作年で言えば、『博士の愛した数式』よりも以前の作品である。私は、この映画が公開されてしばらく経った頃に、レンタルDVDショップでこの映画の存在を知った。タイトルからしてとても惹かれる映画だったので、DVDで鑑賞することにした。ちなみに、原作は読んではいない。

 結論から言ってしまえば、タイトルに魅了されたのは、それなりの意味を持っていたようで、最初から最後まで惹き付けられっぱなしの映画となった。と言っても、決して手に汗握るような、ドキドキハラハラの連続というわけではない。むしろ、とても静かな展開である。しかも、この映画で表現されていると言われている「フェティシズム」というのも、私には何だか良くわからない。ガンモに聞いてみると、
「まあ、現代風に言えば、『萌え』だろうね」
という答えが返って来た。「萌え」という言葉は、広く一般に使われているようだが、調べてみると、「フェティシズム」は、もっと学問的な分野として存在しているようである。私の知らない世界が描き出されているので、登場人物たちが考えていることを理解しようとすればするほど、画面から片時も目を離すことができなくなってしまったようである。言い換えると、この映画がとても美しい流れを持っていたということかもしれない。

 この映画には、台詞による回りくどい説明がない。また、誰一人にぎやかな性格の登場人物が存在しないのも、この映画の特徴と言えるだろう。静かな展開の中では、登場人物たちの行動と表情から、心情を察するしかない。だから余計に画面に釘付けになってしまう。そうなると、不思議なことに、「フェティシズム」が良くわからなくても、映画として、素直に美しいと感じてしまう。「良くもまあ、こんな美しい映画を作りましたね」というのが率直な感想である。

 主人公のイリスの仕事は、捨てることができないほど想い入れが強いのに、手元に置いておくと、前に進めなくなってしまう想い出の品々を、標本にするために顧客からお預かりするというものだ。想い出の品を標本にするという発想は、実にユニークである。映画の中で、そのようなビジネスが成り立っていることも面白い。しかも、顧客からお預かりした想い出の品々を標本にする標本製作士は、何故か白衣を着ている。それだけでも充分、不思議な雰囲気が漂っている。もともと、標本化を希望する品を持ち込む顧客たちが行列を作るほど繁盛しているわけでもないのだから、標本製作士がイリスの仕事である預かり業務を担当しても良いわけだ。それでも、若い女性が預かり業務の仕事を求めてやって来るところに意味がある。

 イリスを演じていたオルガ・キュリレンコは、『真珠の耳飾りの少女』で主人公を演じていたスカーレット・ヨハンソンを彷彿させる。『真珠の耳飾りの少女』の主人公もまた、台詞による回りくどい説明のない役柄だ。しかし、「男女の愛」という視点から観ると、『真珠の耳飾りの少女』のほうが共感できる。何故なら、『真珠の耳飾りの少女』では、家の主人である画家と召使という許されない間柄であるがゆえに、お互いが理性を保った行動を取っているところに好感が持てるからだ。

 しかし、この映画では、まず、標本製作士の生活は、まったく明らかにされていない。年齢的には、イリスの父親くらいの年齢なので、実際は家庭のある身なのかもしれないが、もしかすると、ずっと独身を通している人なのかもしれない。本当のところは良くわからない。そんな二人が、濃厚に絡み合うシーンが登場するのだが、そのシーンを観ても、本当に愛し合っているという登場人物の感情が伝わって来ない。しかし、そこに、この映画の狙いがあるように思える。「フェティシズム」を押し出そうとすると、恋愛感情は差し引かれて表現される。というよりも、そもそも「フェティシズム」そのものが恋愛感情とは別物なのだろう。だから、標本製作士は能面のような表情を通す必要があった。そして、イリスは、常に彼の行為を受ける対象である。標本製作士の能動に対し、イリスの受動で成り立っている。そうした役柄が徹底されているところが、映画として美しい。

 この映画の中で、標本製作士がこだわっているのは、靴だ。標本製作士は、イリスに靴のサイズを尋ねることなく、イリスの足に見事にフィットする靴を選び出してプレゼントする。そして、どんなときもその靴を履いていて欲しいと願う。しかし、その靴を履き続けることに対し、危険信号を発する人も出て来る。標本を預けにやって来た、靴磨きのおじさんだ。いやはや、実に良くできている。

 イリスが安ホテルから出勤するという設定もいい。しかも、その安ホテルの部屋は、見知らぬ男性との相部屋だ。同室の二人はお互いに相手の存在を気に掛けてはいるが、生活時間帯が違うために、出会えそうで出会えない。そのため、ストレートではなく、じわじわと回り込んで来るような感覚を味わう。

 この映画で描かれているのは、とても不思議な世界である。「フェティシズム」を知らなくても、映画の世界を充分楽しむことができる。しかし、もう少し人生経験を積んでからもう一度観てみたいような、そんな美しい映画だった。そのときはきっと、初めて観たときとは違う感じ方をするのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は観ていないのですが、『博士の愛した数式』もかなりヒットした映画でしたね。小川洋子さんは、何度もお名前を拝見している作家さんなのに、このような世界を描き出す作家さんだとは知りませんでした。私も創作の世界に足を踏み入れるなら、このような不思議な世界を描き出したいですね。実際はそれができないので、エッセイ止まりかもしれませんが。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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