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2007.10.02

映画『ミス・ポター』

ホットヨガ(七十三回目)の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ホットヨガのレッスンそのものよりは、心の中の描写のようになってしまいましたが。(^^; 今日は、気を取り直して、映画のレビューをお届けします。(^^)

 先日のとんかつではない和幸のライブをご一緒させていただいた人生の大先輩であるお友達から、映画『ミス・ポター』をご紹介いただいた。ピーター・ラビットの作者であるビアトリクス・ポターの半生を描いた作品で、イギリスの美しい湖水地方が舞台になっているという。お会いしたときはまた公開前だったので、公開をとても楽しみにしているとおっしゃっていた。それからしばらくして、そのお友達から映画をご覧になったという内容のメールが届いた。映画館で購入されたパンフレットによれば、ブルーベル鉄道が撮影に使われているという。ブルーベル鉄道と言えば、夏休みにガンモと二人で乗車したイギリスの保存鉄道である。これは是非とも、ガンモと一緒に観に行かなければなるまい。私は、派遣会社の福利厚生のページにアクセスして、映画の観賞券を申し込んだ。

 日曜日、ガンモはTOEICの試験に出掛けて行った。十五時過ぎにはTOEICの試験が終わるので、そのあとは二人で映画を観られるチャンスだ。そこで私たちは、ガンモのTOEICの試験が終わる頃に神戸で待ち合わせをして、『ミス・ポター』を観賞したのである。

 映画の舞台は一九〇〇年代初めのロンドン及び湖水地方である。上流階級の家庭に生まれたビアトリクス・ポターは、絵を描くことに命を燃やしている。絵と言っても、水彩画や油絵などの美術的な分野に属する絵ではなく、服を着た動物たちが登場するチャーミングで楽しく美しい絵だ。しかも、ポターの描く絵には、絵に登場する動物たちの物語がちゃんと用意されている。

 映画は、彼女が出版社に自分の描いた絵を持ち込むところから始まる。運良く出版が決まり、やがてポターは自分の絵本の編集を担当してくれることになったノーマンと恋に落ちる。それは、上流階級の娘と、出版社の息子という身分違いの歓迎されない恋だった。

 ポター役を演じているのは、『シンデレラマン』で妻の役を演じていたレニー・ゼルウィガーだ。確か彼女はアメリカ生まれのはずだったが、この映画の中ではイギリス式のアクセントで英語を発音していた。気になったので、Wikipediaを参照してみたところ、彼女は既に他の作品でイギリス英語をマスターされて高い評価を得ているようだ。

 さて、気になるブルーベル鉄道がどこに登場していたかと言うと、ポターとその家族が夏の三ヶ月を湖水地方で過ごすために、蒸気機関車に乗って移動する。その移動の手段として、ブルーベル鉄道が登場した。ああ、あの品のいい緑の駅舎は・・・・・・! そう、私たちが長い長い時間を過ごし、駅員さんが、帰りの路線バスを手配してくださったHorsted Keynes駅である。それを確認した私たちは、上映中、手を取り合って喜んだ。あの駅に確かに私たちも降り立ったという感動がこみ上げて来た。

 ただ、実際のブルーベル鉄道は、ロンドンから湖水地方に向けて走る蒸気機関車ではない。湖水地方はイギリスの北西部に位置しているが、ロンドン市内からブルーベル鉄道に乗ろうとすると、ロンドンの南のほうにあるヴィクトリア駅から出発することになるのだ。すなわち、方向が全然違う。おまけに、ブルーベル鉄道には、映画の中に見られるような石橋もない。ということは、どうやら発着する駅には関係なく、湖水地方に向かって走って行く列車として、ブルーベル鉄道の蒸気機関車が採用されただけのようである。

 それにしても、真剣に愛し合う男女の姿はとても美しい。湖水地方とロンドンでしばらく離れることになっても、手紙でじっくりと愛を交わし合うポターとノーマン。ただちに返事を書くのが当たり前になってしまった薄っぺらい現代の交流とは違う。きっと、届いた手紙を何度も何度も読み返しながら、じっくりと返事を書くのだ。

 愛し合う二人の伏線に、ノーマンの姉であるミリーとポターの厚い友情がある。三十歳を過ぎても独身の二人。今でこそ、晩婚が当たり前になっている時代だが、当時の時代背景としては、二人とも肩身の狭い思いをしていたようである。しかし、ポターもミリーも結婚には魅力を感じていない。生涯独身を貫き通す意気込みでいる。実は私にも、彼女たちの気持ちが良くわかるのだ。というのも、ガンモに出会うまでの私は、彼女たちと同じように「結婚なんてしたくない」と思っていたからだ。しかしそれは、結婚したいと思える男性に巡り合えなかっただけのことだ。出会ってしまえば、人は大きく変わる。

 感動的なのは、ポターがノーマンへの愛に気づいたときに交わす、ミリーとポターの会話だ。ポターがノーマンへの気持ちを認めることは、ミリーと交わした独身を貫くという共通の意志を揺るがすことにもなりかねない。もともと、ノーマンはミリーの弟である。ミリーは、そんな複雑な事情もそっちのけで、二人を心から祝福するのだ。しかし、幸せなはずの二人に待ち受けていた愛の結末は・・・・・・。

 誰かを愛したことのある人ならば、この映画を最後まで観ると、エンドロールで流れる曲に涙せずにはいられないだろう。エンドロールで流れる曲には、じわじわとこみ上げて来る感動がある。そう、誰かを愛したことのある人ならば、必ず立ち返る過去があるのだ。例えば、初めて愛の告白を受けた想い出の場所、初めて手を繋いだ想い出の場所などである。エンドロールで流れる曲は、私たちをそうした過去に導いてくれる。ポターにとっての立ち返る過去は、近親以外は招き入れたことのなかった自室で、初めてノーマンに踊りを教えてもらった想い出だった。ポターがその想い出をとても大切にしていることは、一人で自室にいるときに、そのときのことを思い出して、涙さえ目に浮かべながら一人でステップを踏むシーンで良くわかる。恋が始まったばかりの乙女心が実に良く描き出されたシーンである。だからこそ、エンドロールで流れる曲が映えて来る。

 ピーター・ラビットという世界中に知れ渡った絵本の作者であるミス・ポターの一人の女性としての生き様を描いたこの映画に、何らかの結論が導き出されるわけではない。しかし、生きるということは、何かを残すということだということを、この映画は教えてくれているように思う。ノーマンとの恋がどのような結末を迎えようとも、ポターの中にはノーマンとともに過ごした素晴らしい想い出が残った。この恋の結末よりも、二人が出会い、恋に落ちて、立ち返る過去に記しを刻んだことのほうが重要だと私は思うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 世の中に功績を残した人は、実に波乱万丈の人生を送っていらっしゃるように思います。ポターもまた、その一人だったのですね。大きく感情を突き動かすような経験が、作品に深みを与えるのでしょうか。それとも、陰も陽も融合させることのできる人が大物になっているのでしょうか。それはわかりませんが、ポターが再び絵を描くことができるようになって良かった、彼女に絵があって良かったと思いました。ミリーとの美しい友情も、ある意味、とてもうらやましく思いました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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