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2007.09.07

映画『シッコ』

 『シッコ』とは、マイケル・ムーア監督がアメリカの健康保険制度にメスを入れたドキュメンタリー映画である。ドキュメンタリー映画と言っても、事実だけを淡々と並べるお堅い表現方法ではなく、深刻な状況にありながらも、観客が声を出して笑えるほど涙と笑いの入り混じった作品に仕上がっている。

 日本で病気や怪我をした場合、社会保険に加入していれば、健康保険証を提示するだけで、ほとんどの人が一部の負担金額だけで治療を受けることができる。また、社会保険に加入していない場合であっても、ほとんどの人が国民健康保険に加入しているので、やはり一部の負担金額だけで治療を受けることができる。つまり、日本は国民が全員保険に加入する国民皆保険なのだ。それに加えに、民間の保険に加入している場合、保険の適用範囲内であれば、民間の保険会社が入院や手術などの費用を負担してくれる。日本の企業では、休み時間になると、民間の保険会社のセールスレディがいそいそと保険の勧誘にやって来る。

 しかし、アメリカではそうではないらしい。結論から言ってしまえば、アメリカは日本のように国民皆保険ではないので、保険に加入していない人が多い。いや、加入していないというよりも、加入したくても加入できないケースが多いのだそうだ。国民皆保険ではないアメリカでは、民間の保険会社が権力を握っている。しかし、民間の保険会社は、保険料を支払いたくないばっかりに、専属の医師を雇い、健康状態に問題がありそうな人から保険加入の申請があると、いろいろと難癖をつけて却下してしまうと言う。つまり、日本のように、「保険に入りませんか?」と積極的に勧誘が行われているわけではなさそうである。更に驚くべきことに、保険会社専属の医師は、健康に問題がありそうだと判断した人からの保険加入を却下することによって、保険会社に優遇されるという。そのため、ますます国民が保険に加入しにくい状況になっているという。まったくもって恐ろしい社会だ。そのような社会だから、保険に加入できない人は、高い治療費を払うことができずに病院の治療を受けられず、やむなく死を受け入れるケースも少なくないという。マイケル・ムーア監督は、アメリカのこうした健康保険制度にメスを入れたのである。

 この映画の本編は、足に怪我をして、ぱっくりと開いた傷口を針と糸で縫い合わせている男性の映像が映し出されて始まる。健康保険に加入することができない彼は、高額な治療費を支払って病院で治療を受けるよりも、自分で傷を縫い合わせて怪我を治そうとしているわけである。日本では到底考えられない光景だ。

 また、仕事中に二本の指を切断してしまった男性が、指をくっつけ合わせるのに、予算と相談して決断しなければならなかった。健康保険に加入していない彼が指の接合手術を受けるのに、薬指なら一万二千ドル(およそ百三十五万6千円)、中指なら六万ドル(およそ六百七十万円)掛かると言われたという。結局彼は、予算の事情で中指を諦め、薬指だけを接合してもらったのだそうだ。

 他にも、保険に加入することができずに高い治療費を払い続け、ついには自己破産し、自宅を手放すことを余儀なくされ、娘夫婦の物置に身を寄せることになった老夫婦の夫婦の姿も映し出されていた。一見しただけで、老夫婦がそれほど歓迎されていないのが見て取れる。娘夫婦のところだけでなく、他の兄妹間でも老夫婦を数年単位の持ち回りで受け入れようとする話し合いが真剣に行われている。老夫婦、すなわち彼らの親を受け入れることで、これまでの生活が一変してしまう老夫婦の子供たち。受け入れに対する子供たちの消極的な姿勢を見て、みじめな思いを抱えている老夫婦。どう見ても、みんな、ちっとも楽しそうじゃない。

 アメリカでは、保険会社だけでなく、病院の対応にも問題があると言う。健康保険に加入していない患者は、高額な治療費や入院費を支払うことができないため、驚いたことに、入院中の患者をタクシーに乗せて慈善施設の前に放り出すケースまで確認されているそうだ。つまりアメリカでは、医療が商売になっているわけである。だから、飲食店で無銭飲食する客を見せから追い出すように、儲けにならない患者を強制的に病院から追い出すのだ。

 マイケル・ムーア監督は、他の先進国の医療の現場を視察するために、カナダやイギリス、フランス、キューバへと出掛けて行く。訪問したほとんどの国で、マイケル・ムーア監督は、病気や怪我をした人たちの医療費が無料であることを知り、驚いている。その驚き方がいかにもおかしい。医療費について、社会主義的な考え方が取り入れられているので、治療を受けた人はすぐさま小麦畑で働かされるのではないかと勝手に想像し、小麦畑で歌を歌いながら楽しそうに働いている人たちの映像まで挿入されているのだ。私はそこで大爆笑してしまった。この監督は表現方法が面白い。純粋にそう思ったのである。

 医療費が無料の国ということで、つい先日、訪れたばかりのロンドンが映し出されていた。確かにロンドンは物価の高いところだが、そのようにして国民から少しずつ集めた税金が病院の治療にも生かされているわけである。税金が高くなれば、おのずと物価も高くなるが、国民は、いざというときに無料で治療を受けられる。だから、アメリカのように、予算に応じて接合する指を選ぶこともない。つまりは、いつお金が必要になるかということだけなのではないだろうか。言い換えれば、いざというときに備えて、少しずつ税金を納めておくか、それともいざというときに一気に支払うかの制度の違いだと思う。『アリとキリギリス』に例えるならば、医療費が無料の国に住む人たちはアリ。アメリカに住む、健康保険に加入できない人はキリギリスだと言える。

 医療費が無料の国に関して言えば、例え高い税金を納めたとしても、実際は病院のお世話になる必要のない人もいるだろう。不思議なことに、そういう人であっても、医療費が無料の国に住んでいる人たちの間には、「持ちつ持たれつ」という連帯感が生まれている。もともとアメリカにだって、無料で本を貸し出してくれる図書館がある。そうしたことが既に実現できているのだから、医療に関しても応用できるのではないか。アメリカにおいても、医療費が無料の他の先進国と同じように、「私」から「私たち」への意識改革が必要なのだとマイケル・ムーア監督は言う。

 ただ、特定の組織が力を持ってしまうと、そこで働いている人たちは、なかなかその権力を手放そうとしない。しかし、中には良心の呵責に苛まれている人もいるようだ。例えば、保険会社の窓口担当の女性や、保険会社の専属の医師たちである。彼女たちは、ようやく保険に加入できると大喜びしていた人からの加入を却下したこと、また、保険が適用できないと判断したために、死に至らしめてしまったことなどを涙ながらに告白している。そして、そんな仕事が楽しくないと漏らしていた。単にお金を受け取るだけでは魂は喜ばないのだ。

 この映画は、既にアメリカでもかなりの反響を呼び起こしているようだ。マイケル・ムーア監督は、映画という形で、ブッシュ大統領に国民皆保険という大きな課題を突き付けたことにもなる。果たしてブッシュ大統領は、この映画をどのように受け止めるのだろう。映画の内容は、ここに書いた以外にも実に盛りだくさんで、9.11の事件で活躍した消防隊員たちも登場している。驚くべきことに、彼らも健康や医療に問題を抱えていたのである。

 ドキュメンタリー映画なので、最初は少し構えてしまったが、ユーモア溢れる展開に引き込まれながらも、先進国アメリカの悲惨な状況に驚きを隠し切れなかった。さきほど、『アリとキリギリス』に例えたが、キリギリスのアメリカは楽観主義者が多いために、将来に備えて計画的に行動するという発想が乏しいのかもしれない。そのときが楽しければいいという考えが、食べ過ぎからの肥満を引き起こしているのではないだろうか。去年、ハワイに出掛けたときに出会ったアメリカ人と、今年、ロンドンに出掛けたときに出会ったイギリス人の体型を比較してみると、そう思わざるをえない。マイケル・ムーア監督は、アメリカと他の先進国の平均寿命を比較していたが、楽観主義を改善しなければ、治療以前に、太り過ぎから来る病気も多いのではないだろうか。

 制度の面から言えば、特定の組織(アメリカの場合は保険会社)が権力を持ち続けるということは、そこのシステムが固定化してしまうということでもある。こうしたシステムは、固定化させるのではなく、常にフレキシブルな対応が必要なのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 『シッコ』という単語は、「病人」という意味で使っているようです。つまり、アメリカの健康保険制度は病気だということなのでしょう。映画を観ながら、「良い循環」というキーワードも浮かんで来ました。特定の組織が権力を握らないということは、固定化しないという意味においては、停滞とも無縁なのではないかと思いました。アメリカがこの問題に真剣に取り組んで行くためには、現在、甘い蜜を吸っている人たちが、甘い蜜を手放す覚悟を持たなければなりません。私だって、「あなたの時給は下がるけれども、そのおかげでたくさんの国民が救われるんだよ」と誰かに言われたら、考えると思います。(苦笑)でも、私が拒むことが、誰かの命に関わるのだとしたら、決して自分だけが甘い蜜を吸うわけには行きませんよね。この映画が、甘い蜜を吸っている人たちの良心に働き掛けて、人々の意識が変わり、アメリカの保険制度が変わるといいなと思います。

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