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2007.09.24

映画『レディ・イン・ザ・ウォーター』

 またしても評価の分かれる映画を観てしまった。公開中、映画館に張り出されていたポスターに強く惹かれて、是非とも観たいと思っていた映画だったが、時間が取れなくてとうとう観ることができなかった『レディ・イン・ザ・ウォーター』をDVDで鑑賞したのである。映画のポスターから想像する内容とはまったく異なっていたが、私は、今まで見たこともない物語の展開に驚き、そして、映画の中で繰り広げられる現代版おとぎ話を存分に楽しんだ。きっと、他の人たちもこの映画を楽しんだに違いないと思いながら、いつものように、Yahoo!映画 - レディ・イン・ザ・ウォーター - 作品ユーザーレビューに目を通してみると、驚いたことに、私のように「面白かった、映画を十分に楽しめた」という感想を持っている人は、ごくわずかのようである。そういう映画だと知ると、私はついついレビューを書きたくなってしまうのだ。

 現代版おとぎ話と言われているこの映画は、フィラデルフィアのコープ荘というアパートの管理人クリーブランドとその住人たち、そして、アパートのプールの下に住んでいたストーリーという名前(映画のレビューを書くには、ちょっと紛らわしい名前である)の若い女性の登場人物で構成されている。ストーリーはクリーブランドに、自分がナーフであることを告げる。ほどなくしてクリーブランドは、韓国人のアパートの住人から、韓国のおとぎ話にナーフが登場することを聞かされる。ナーフとは、ニンフ(精霊)のような存在だったのである。クリーブランドは、韓国人の住人の部屋に何度も何度も足を運び、ナーフのおとぎ話の情報を聞き出す。実際にナーフに詳しいのは韓国人の大学生のお母さんのほうであるが、お母さんは英語が話せないため、大学生の娘が通訳をする。英語が話せないために、クリーブランドに対して警戒心を抱いているお母さんだったが、ナーフのおとぎ話を熱心に聞きに来るクリーブランドに少しずつ心を開いて行く。全体的に、ナーフのおとぎ話に従って、ナーフであるストーリーを元の世界に戻そうとする展開となっている。

 本来は別世界に住む人物が元の世界に戻って行くおとぎ話と言えば、日本にも『かぐや姫』がある。『かぐや姫』のおとぎ話をこの映画に置き換えると、かぐや姫に相当するストーリーが月に帰って行くのを、アパートの住人たちが手助けするようなイメージだろうか。ただ単に、ストーリーが元の世界に帰るのを手助けするだけでなく、アパートの住民がそれぞれの役割を見つけて力を合わせ、ストーリーが元の世界に戻るのを邪魔する怪物から命がけで守るのである。

 ナーフであるストーリーを演じているのは、ブライス・ダラス・ハワードという女優さんだが、まだ何色にも染まっていないと思わせる彼女の無垢なキャラクターは、ナーフ役にぴったりだと思う。彼女が本当にナーフであったとしてもおかしくはないくらいだ。彼女は何と、『シンデレラマン』や『ダ・ヴィンチ・コード』の映画監督であるロン・ハワード氏の娘さんなのだそうだ。

 この映画の中には、いくつものスピリチュアルなエッセンスが盛り込まれている。おそらく、その部分を受け入れられるかどうかで、この映画の評価が分かれるのだろう。もともとこの物語は、この映画の監督であり、脚本家であり、また、映画の中でも作家の卵として登場しているM・ナイト・シャマラン氏が、自分の子供たちのために考え出した物語なのだそうだ。シャマラン氏がインドのご出身だからだろうか。とても哲学的な物語に仕上がっている。

 人々が役割を持って生きているという思想は、『聖なる予言』や『第十の予言』を思い出させてくれる。とりわけ、この映画の中で展開されている物語は、『第十の予言』に通じるものがある。しかも、面白いのは、役割が間違って配置された場合、効力を発揮しないところだ。

 アパートの住民たちは、ストーリーを無事に元の世界に戻すために、自分たちの役割に従って行動する。例えば、ストーリーが元の世界に戻るための暗号を解く通訳を担当する者、怪物に襲われてダメージを受けたストーリーを癒すヒーラーなどである。最初はその役割が間違って配置される。しかし、間違って配置された人たちは自分の力を発揮することができない。やがて、役割が間違っていることに気がつき、正しい役割で再配置されたとき、物語は躍動し始める。人々が自分の持っている役割に気がついたとき、もはや誰の指図も要らない。例えば、ヒーラーが傷ついたストーリーを癒し始めたとき、後ろから七人の姉妹がヒーラーの肩にそっと手を添える。私はそのシーンで涙がじゅわんと出て来た。ああ、何だろう。この映画は。そんなさりげないシーンで泣かせてくれるとは。それぞれが役割に気が付いたために、自分がすべきことを誰かに指図されなくても能動的に動くことができるのだ。

 この映画は、人々が自分の役割に気づいて行くことの大切さを教えてくれている。役割に気づくまでには、いくつもの試行錯誤や迷いの繰り返しだ。しかし、役割に気づいたとき、その人生で約束された大きな流れに乗り始め、互いに人生の目的を達成することができる。役割を持った人々が互いに関わり合い、支え合いながら、一つの目的を達成して行くプロセスが、美しい映像を交えながら描かれているのだ。ストーリーを狙う怪物もユニークでいい。とにかく、日常生活に応用できるスピリチュアルなエッセンスがたくさん詰まった映画なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人と人がどのように作用し合っているかを、間接的に伝えてくれる映画でもありました。こんな映画は、これまでに観たことがありません。普段、私たちがうまく行かないと思っていることは、もしかしたら適切な役割ではないのかもしれませんね。逆に、世の中で成功している人は、自分の役割を既に見つけた人なのかもしれません。自分の役割とは何なのでしょう。そんなことを考えさせてくれる映画でありました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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