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2007.08.28

郵便屋さんの楽しみ

 夫婦共働きの私たちは、不在時に配達された大きな郵便物や宅配便を宅配ボックスで受け取ることが多い。宅配ボックスは、私たちのような夫婦にとって、大変便利なツールである。しかし、宅配便については、特にこちらからお願いをしなくても積極的に宅配ボックスに入れてくださるのだが、郵便局の方が配達してくださる大きな郵便物については、こちらから特にお願いしない限り、積極的に宅配ボックスには入れてもらえない。例えば、ゆうパックが私たちの手元に届けられようとしていたとしても、私たちが不在の場合、宅配ボックスには入れてもらえず、配達員の方が一度、郵便物を局に持ち帰ってしまう。おそらく郵便局としては、荷物を確実に配達したい気持ちが強いのだろう。ときどき、電話で「宅配ボックスに入れて欲しい」とお願いすると、「万が一、宅配ボックスでの受け取りに問題があった場合でも、お荷物の保障はできませんが、よろしいですか?」と聞かれるからだ。そんなとき、私は考えた末に、「郵便局までわざわざ取りに行くよりはいいか」と、妥協してしまうのである。

 あるとき、定形外郵便の不在連絡票がポストに入っていた。定形外郵便で不在連絡票が入っているということは、届けられようとしていた郵便物がポストに入る大きさではなかったということである。その翌日、私は郵便局に電話を掛けて、その定形外郵便を宅配ボックスに入れてもらうようにお願いした。郵便局の受付の女性は、
「受け取り印が必要なので、宅配ボックスにはお入れできませんが・・・・・・」
と宅配ボックスへの配達を渋る。もともと宅配ボックスには、配達に来られた方が荷物を預けると、受け取り印を押すことができるようになっている。だから、受け取り印に関しては問題はないはずだ。それに、今回のような定形外郵便なら、そもそも受け取り印は不要なはずである。私は、
「郵便物の種類が定形外になっていますので、受け取り印は不要のはずですが・・・・・・」
と言った。すると、郵便局の受付の女性も、こちらが申し出たお問い合わせ番号から郵便物の種類を確認し、
「失礼しました。そうですね。では、本日、宅配ボックスに入れておくよう、配達員に伝言しておきます。ご連絡、どうもありがとうございました」
と言ってくださった。しかし、仕事から帰宅してみると、宅配ボックスに入れておいて欲しいとお願いしたはずの郵便物の不在連絡票が、再びポストに入っていたのである。その不在連絡票を見ると、その郵便物は夜間に再配達されたらしい。しかし、私たちの帰りが遅かったので、配達員の方は、不在連絡票をポストに入れて、郵便物を再び持ち帰ったようだ。

 宅配ボックスに入れて欲しいとお願いしたのに、再び持ち帰ってしまうとはどういうことだろう。私は、小さな怒りさえ感じながら、その翌日、再び郵便局に電話を掛けた。きのう、宅配ボックスに入れて欲しいとお願いしたのに、宅配ボックスには入っていなかったので、今度こそ宅配ボックスに郵便物を入れてもらうよう、再度に渡ってお願いしたのだ。郵便局の受付の女性は、
「申し訳ありませんでした。配達員に伝えておきます」
と言ってくださった。

 ところが、前日よりも少し早めに帰宅してみると、宅配ボックスには郵便物が入っていなかった。前日は、郵便局の方が郵便物を宅配ボックスに入れずに持ち帰ってしまったが、もしかすると今日は配達されないままなのだろうか。私はそう思い、思い切って、郵便局に郵便物を取りに行くことにした。送り主の方にお礼を言いたかったし、郵便物を一日も早く受け取りたかったからだ。

 私たちは普段、JRを利用しているのだが、郵便局はJRとは異なる路線の駅前にある。そのため、仕事帰りに寄るのも少し遠回りになってしまう上に、自宅からの距離も、普段、利用しているJRよりは少し遠くなってしまう。「自宅に配達されていないことが最初からわかっていれば、仕事帰りに遠回りして郵便局まで取りに行ったのに」などと心の中で苦々しく思いながらも、私は元気良く自転車を漕いで、郵便局まで出向いた。

 郵便局の受け取り窓口で不在連絡票を渡したとき、
「今日、再配達をお願いしていたんですけど、まだ配達されていないようですので、取りにうかがいました」
と言った。受け取り窓口の方は、奥に引っ込んでごそごそと私の郵便物を探していたようだが、やがて手ぶらで窓口に戻って来た。そして、
「ちょうど今、配達にうかがっているようですがね」
と言った。時計を見ると、既に二十時半を回っている。私が、
「何時頃まで配達されているのですか?」
と尋ねたところ、
「二十一時頃まで配達していますので、おそらく、そろそろ配達にうかがう頃だと思います」
という答えが返って来た。

 せっかく郵便局まで取りに行ったのに、今度は配達忘れではなく、配達中だった。それにしても、配達員の方が、二十一時まで配達されているとは知らなかった。私は入れ違いになってしまったことを残念に思いながら、再び元来た道を引き返した。

 マンションに戻り、宅配ボックスを見てみると、まだ私の郵便物は配達されていないようだった。さて、どうしよう。自宅にはガンモが居たが、我が家はまだまだ連携プレイの障害物競走の状態なので、配達員の方にチャイムを鳴らしてもらったとしても、郵便物を受け取るのは至難の技である。あと少しで配達員の方が配達してくださるのなら、マンションのエントランスで待つことにしよう。私はそう思い、電話でガンモに事情を説明し、部屋には上がらずに、そのままマンションのエントランスで待機することにした。

 二十一時少し前だろうか。バイクの音が聞こえて来たかと思うと、私たちのマンションの前で音が止まった。来た! と私は思った。間もなく、マンションのエントランスの扉が開いて、郵便局の配達員の方が入って来られた。見ると、定形外郵便物と思われる郵便物を手にしている。私は、自分宛の郵便物に間違いないと思い、
「○○○号室の□□です」
と言って部屋番号と苗字を名乗り、さきほど郵便局まで持参した不在連絡票を配達員の方に手渡した。すると、配達員の方は、不在連絡票と郵便物の宛名を丁寧に照らし合わせながら、私の名前を読み上げた。
「○○○号室の□□さんですね。はい、こちらがお荷物になります」
そう言って、郵便物を私に手渡してくださった。

 このとき、初めて私は悟ったのだ。郵便局の配達員の方は、このように、郵便物を直接手渡すことを喜びとしていることを。前日の夜に、一度再配達に来てくださった配達員の方は、私たちの帰宅時間が遅いと思い、私宛の郵便物を後回しにして、もっとも遅い配達時間である二十一時頃に再配達しようと試みてくださったのだ。だから、私が帰宅したときには郵便物がまだ配達されていなかった。前日、宅配ボックスに入れて欲しいとお願いしたことが叶わなかった理由は良くわからない。しかし、配達員の方が私に郵便物を手渡してくださったときに感じたであろう満足感を、私は確実に感じ取った。私たちはこれまでに何度も、「郵便物を宅配ボックスに入れてください」とお願いして来たが、それは配達員の方の楽しみを奪う行為だったことに気がついた。宅配便の業者からは、自分が担当した荷物はさっさと届けてしまいたい気持ちがひしひしと伝わって来る。不在連絡票を片手に、再配達のお願いの電話を掛けると、
「今日はご在宅ですか?」
と、向こうから聞かれるからだ。そうではなく、こちらが指定する方法で受け取りたいから電話を掛けているのに。だから、宅配ボックスにも喜んで預けてくれる。そうすれば、担当している荷物を少しでもさばけるからだ。しかし、郵便局の配達員の方は、郵便物を手渡しすることに喜びを感じている。配達員の方から郵便物を受け取った私は、確かにそう感じた。宅配業者と郵便局の違いは、おそらくそこにあるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 前日の再配達指定時に、宅配ボックスに入れてもらえなかったのは、もしかすると配達員の方の責任とこだわりだったのかもしれません。とにかく、郵便物を確実にお届けしたいという意気込みが、その配達員の方からは感じ取れました。いろいろなことが無人化されて便利な世の中になったとは言え、手渡しの配達を喜びとしている人にとっては、宅配ボックスはきっと味気ないものなのでしょうね。宅配ボックスでは、郵便物を受け取った人の喜びも、直接的には伝わりません。ひたむきな人の、ささやかな楽しみを奪ってはいけないと思いました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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