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2007年8月

2007.08.31

巫女失格

 子供の頃のことを突然思い出したりするのは、それだけ歳を取った証拠なのだろうか。今回は、私の中学の頃のことを書いてみようと思う。

 私が生まれ育ったのは、愛媛県にある人口わずか三万人ほどの小さな町だった。私が生まれた頃にはまだ市ではなく町だったのだが、やがて市になり、私が中学の頃にちょうど市制十周年を迎えていたと記憶している。

 当然、そんな小さな市には結婚式場の数も少なかったので、農協の所有する小さな会館で結婚式が行われることも多かった。農協で結婚式をするなんて、驚かれる方も多いかもしれないが、田舎の人たちにとっての農協は、銀行の役割もあったりと、常に市民と密接な関係を持っていたのである。

 どういうきっかけかはわからないのだが、中学の頃、友人のFちゃんとYちゃんが、農協で行われる結婚式の巫女さんのアルバイトをしていた。そのアルバイトは、二人で組になり、新郎新婦の三々九度のお手伝いをさせていただいたり、新郎新婦の三々九度の儀式を終えたあと、ご親族の方たちにお神酒をお注ぎするというかなり重要なものである。確か、アルバイト料は一回千円か二千円だったと記憶している。しかし、時にはFちゃんとYちゃんの都合がつかないこともあり、いつの間にか、MちゃんやKちゃんや私がピンチヒッターでお手伝いすることになっていた。

 ピンチヒッターを引き受けることが決まったときだったろうか。Fちゃんが、これまで体験して来た巫女さんのアルバイトで最もおかしかったというエピソードを、ピンチヒッターの私たちに聞かせてくれた。Fちゃんによれば、神主さんがお祓いのとき使う大麻(おおぬさ)の、紙の部分でできている紙垂(しで)が、結婚式のお祓いの最中に外れてしまい、どこかにポーンと飛んで行ってしまったらしい。それでも、神主さんは何事もなかったかのようにお祓いを続けたそうだ。その様子を見ていたFちゃんは、厳粛な結婚式の最中におかしくてたまらなってしまい、必死に笑いをこらえていたのだそうだ。私も、Fちゃんからその話を聞いただけでもおかしくて、お腹を抱えて笑った。

 そして、いよいよ私がピンチヒッターを担当したときのことである。そのとき、誰と一緒に組んだかは覚えていない。農協が用意してくれた巫女の衣装に着替え、着物用の足袋も履き、うっすらとお化粧もして準備は万全だった。しかし、とうとう結婚式が始まり、神主さんのお祓いが始まったとき、Fちゃんが聞かせてくれた話を思い出して、おかしくてたまらなくなってしまった。何しろ、中学生と言えば、箸が転がってもおかしい年頃なのである。紙垂(しで)が転がった話を思い出したのだから、箸以上におかしいに違いない。笑ってはいけないと思うと、余計におかしさが込み上げて来る。これは困った。何か悲しいことを思い出して踏ん張ろう。そう思って、私は小学生のときに亡くなってしまった祖父のことを思い出して、心の中を悲しみで塗り替えた。すると、にわかに笑いは止まった。悲しい思い出のおかげで、ようやく、込み上げて来ていたおかしさを胸に収めることができたのだ。

 ところが、新郎新婦の三々九度のお手伝いの出番がやって来ると、今度は緊張して来た。私は震える手で新郎新婦の杯にお神酒を注いだ。その後、新郎新婦の親族の方たちの杯にもお神酒を注いで行ったのだが、私の緊張はまだまだ収まらなかった。ところが、親族の方たちも緊張されているのか、私がお神酒を注ごうとすると、親族の方が差し出した杯と、私が手に持っているお神酒の入った急須のような入れ物が接触し、ガチガチと音を立てるではないか。それを見たとき、再びおかしさが込み上げて来た。緊張のために手が震えているのは私だけではなく、親族の方も同じだったということで一気に安堵し、それが笑いに繋がってしまったのだと思う。私は必死で笑いを堪えながら、すべての親族の方たちに何とかお神酒を注ぎ終えた。

 新郎新婦にとっては、一生に一度、あるかないかの大切な結婚式の場で、私は必死で笑いを堪えながら巫女をつとめた。「Fちゃんが、あんな面白い話を聞かせてくれるものだから」と、当時の私は、自分の笑いが止まらなくなってしまった原因をFちゃんに求めたものだが、今になって思えば、例えFちゃんが面白い話を聞かせてくれなかったとしても、親族の方が手をガチガチ震わせているのを見ただけでおかしくなってしまったので、状況はそれほど変わらなかったのではないかと想像している。

 振り返ってみると、既にあれから三十年以上もの年月が流れている。今でも、私の通っていた中学校の後輩たちが、農協で結婚式が行われる度に、巫女のアルバイトをしているのかどうかわからない。私たちの成長とともに、市も少しずつ成長して来たので、今ではすっかり近代的な結婚式場が出来て、農協で結婚式を挙げる人は少なくなってしまったかもしれない。

 しかし、昔、農協の会館で結婚式を挙げる人たちがいて、その地区に住む中学生が必死で笑いを堪えながら、巫女のアルバイトをしていた。そんな時代があったことを、ここに書きとめておきたくなったという次第である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 厳粛なはずの結婚式で、笑いが止まらなかったとは、かなり不謹慎な話でありますね。巫女失格であります。しかし、今になって思えば、演じる=自分の中の真実を隠すことができない子供だったからこそ、素直に笑うことができたのだと思います。おかしくても笑わないでいられるということは、自分の中の真実を隠すことでもあるんですよね。大人になると、少しずつ、当たり前のようにそれができるようになって来ます。大人であれ、子供であれ、自分の中の真実を隠すことが必ずしも良い方向に転ぶとは限りませんし、また、その逆も有り得ます。私の場合はたまたま、このとき誰にも咎められることなく、巫女のアルバイトを終えました。運が良かったと言えば良かったのかもしれません。でも、こうした経験から、これから先、誰かの結婚式に出席することがあるとしたら、笑いを必死に堪えようとしている巫女の気持ちを理解してあげたいと思っています。

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2007.08.30

中古マンションの情報公開に思う

 思うところがあって、インターネットの検索エンジンのキーワードに、私たちの住んでいるマンションの名前を入力してみた。すると、不動産会社のページがヒットし、私たちの住んでいるマンションの外観や間取りまでが紹介されていた。おそらく、私たちのマンションに住んでいる誰かが、所有している区画を売却したがっているのだろう。そこで、話を持ち掛けられた不動産会社は、インターネットで私たちのマンションの情報を公開し、「このマンション、いかがですか?」と宣伝しているわけである。

 それにしても、自分たちの住んでいるマンションの情報が、自分たちのまったく意図しないところで公開されているというのは、あまり気持ちのいいものではない。いつの間に撮影されたのか、その紹介ページには、様々な角度からの私たちのマンションの写真が掲載されている。ご丁寧に、掲載されている写真には、「クリックすると拡大します」などという言葉が添えられている。「クリックして大きな写真を表示すると、我が家の鳩が写っていたら面白いのに」などと思ったが、写っていなかった。

 少し前に、Google Earthの精度が高過ぎることが問題になっていた。プライバシーの侵害にもなりかねないということらしい。そうだとすると、こうした中古マンションの紹介ページについてもどうなのだろう。マンションの特定の区画を個人が所有することはできても、例えば一戸の空き家を売るために、同じ場所に住んでいる人たちにとって、共通の情報であるマンションの外観や間取りまでが公開されてしまうのはどうなのだろう。

 実は、私たちのマンションは、入居してから、空き巣の被害が既に数件報告されている。空き巣は、中古マンションの紹介ページを見て、間取りを確認したりしないのだろうか。同じ階だからと言って、すべてが同じ間取りとは言い切れないが、異なる階の同じ場所なら、同じ間取りである可能性が高い。また、空き巣がここうした情報を利用するとなると、売りに出されている区画は空き家になっていることが多いという理由から、売りに出されている区画の隣の区画が狙われたりしないのだろうか。

 インターネットで情報を公開するとき、それが常に的確な相手に向けて発信されているとは限らない。だから、発信する側は、下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるとばかりに、大多数に向けて情報をばらまくことになる。インターネットに限らず、例えば街角で何かの宣伝のためにティッシュを配るにしても、そのティッシュは確実にその情報を欲している相手の手元にだけ届くわけではない。便利になった世の中でも、まだまだ改善の余地があるとすれば、情報を的確な相手にだけ届けるということではないだろうか。

 インターネットで中古マンションの情報を掲載するのであれば、他の区分所有者の人たちにも了解を得た上で情報を公開し、更に、その情報を参照する人たちの個人情報を提示していただくようにして、他の区分所有者も、参照されている人たちの情報を参照できるようにするのが望ましいと思う。そうでなければ、参照される側だけが常にオープンで、参照している側は常に匿名といった、不公平な状況が発生してしまうからだ。しかし、実際のところ、こうした不公平を当たり前のように思っているケースが多い。ひとえに、オープンでありたい対象に向けて、的確に情報が発信されないことが原因である。こうした問題は、今後の社会にとっての大きな課題となって行くことだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もちろん、中古マンションの情報の中には、販売価格も掲載されていました。外観や間取りの情報も、そこに住んでいる人たちにとってはあまり気持ちのいいものではありませんが、販売価格はもっとデリケートな問題ですよね。ちなみに、私たちの住んでいるマンションは、築九年ですが、販売価格は購入価格のおよそ半額でした。九年間でそれほどたくさんのローンを返済できるわけでもないのに、マンションの価格は早くも半額になってしまうものなのですね・・・・・・。(注意:販売価格は階によって異なっているので、半額とは言い切れないかもしれません。)

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2007.08.29

エンジン始動

 何故だかわからないが、急にエンジンが掛かった。仕事が遅くなると言うガンモがまだ帰宅せぬうちに、私はシャワーを浴びながらせっせとお風呂を磨く。また、汗だくになりながらトイレを掃除し、新しい便座カバーをかける。スポンジで洗面所をゴシゴシ洗う。私にも、ようやく主婦としての自覚が出て来たのだろうか。いや、違う。ガンモを驚かせたいのだ。

 主婦の方の多くは、口を揃えて、夫の喜ぶ顔が見たいと言うだろう。しかし、私は違う。私はガンモの驚く顔が見たい。ひどく汚れ切った状態から、突然、掃除の行き届いた状態に移行させなければ、ガンモを驚かせることはできない。毎日少しずつ掃除をして、きれいな状態を維持して行くようでは、ガンモを驚かすことはできないのだ。ようやく私にエンジンが掛かり、今、そのときがやって来た。だから、ガンモの帰りが遅いとわかっているときに限って、私は次々に仕掛けをする。そして、帰宅したときのガンモの驚いた顔を確認するのが、私は楽しくて仕方がない。ガンモにしてみれば、信じられないような光景が目の前に広がっているからだ。

 「どうした? 急に」
と、驚いたガンモは言う。私は、
「うん、何だかエンジンが掛かっちゃってね」
と私は答える。おそらく、少し痩せたからだろう。自分に嫌気がさしていた状態から、立ち直りつつあるのだ。ようやくガンモも、
「まるみ、痩せたなあ」
と繰り返し、言ってくれるようになった。また、職場の人たちも、少しずつ私の変化を認めてくれているようだ。
「何か雰囲気、違うよねえ。髪型のせい?」
と。しかし、
「いや、違う違う。七キロくらい痩せたのよ」
と、説明を加えなければならないところがまだ悲しい。

 実生活でエンジンが掛かると、ネットの世界にも影響して来る。私は、しばらく停滞していた掲示板のコメントに少しずつ返信できるようになって来た。掲示板のコメントについては、つい先日、私のホームページを訪問してくださっている愛ちゃんが、私の書いた数ヶ月前のコメントに返信してくれた。それが、とてつもなくうれしかった。愛ちゃんが丁寧に書いてくれたコメントのおかげで、私が実現させたかったのは、そういう交流だということを思い出させてくれたのだ。スローでもいい。丁寧で確実なコミュニケーションを実現させたい。そのことを思い出させてくれた愛ちゃん、どうもありがとう。

 今の私は、変化が楽しいときである。余分なものがそぎ落とされて行く肉体の変化、それに伴う心の変化。肉体と心は連動していることを実感しつつある。何かが停滞してしまうと、他のことも同じように停滞してしまう。しかし、何かが動き始めると、他の何かも連動してツルツルと動き始める。

 私は、これまで複数冊に分けて持ち歩いていた手帳を大きなリングのシステム手帳にまとめ、内容ごとにタグをつけた。そのシステム手帳に、掲示板の返信リストやメールの返信リストを作成し、実践したものにはチェックマークを付けて行った。他に、ホームページやブログの更新ネタなども次々にリストアップしている。もちろん、観たい映画リストや買い物リストアップしている。リストを作って消化して行くことは、達成感があり、着実に前に進むことができるようだ。

 大殺界が開けて半年以上も経って、ようやく私のエンジンが始動した。変化を楽しめるのは、ほんのわずかの期間のことだろう。変化が日常に変わってしまう前に、今の変化を思う存分楽しみたい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今の私は確かにエンジンが掛かっています。しかし、走行するのにスピードは出しません。達成感を味わいながら、少しずつ前に進んで行きます。用途ごとにバラバラに持ち歩いていた手帳を、現在、一つにまとめつつあるのですが、これはとても効果的だったと思います。手帳を分散させていたことは、思考を分散させることに繋がっていたのかもしれません。思考が分散してしまうと、切り替えに時間が掛かってしまうようです。手帳を一つにまとめて、頭の中にあるものを、より引き出し易くなったといったところでしょうか。

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2007.08.28

郵便屋さんの楽しみ

 夫婦共働きの私たちは、不在時に配達された大きな郵便物や宅配便を宅配ボックスで受け取ることが多い。宅配ボックスは、私たちのような夫婦にとって、大変便利なツールである。しかし、宅配便については、特にこちらからお願いをしなくても積極的に宅配ボックスに入れてくださるのだが、郵便局の方が配達してくださる大きな郵便物については、こちらから特にお願いしない限り、積極的に宅配ボックスには入れてもらえない。例えば、ゆうパックが私たちの手元に届けられようとしていたとしても、私たちが不在の場合、宅配ボックスには入れてもらえず、配達員の方が一度、郵便物を局に持ち帰ってしまう。おそらく郵便局としては、荷物を確実に配達したい気持ちが強いのだろう。ときどき、電話で「宅配ボックスに入れて欲しい」とお願いすると、「万が一、宅配ボックスでの受け取りに問題があった場合でも、お荷物の保障はできませんが、よろしいですか?」と聞かれるからだ。そんなとき、私は考えた末に、「郵便局までわざわざ取りに行くよりはいいか」と、妥協してしまうのである。

 あるとき、定形外郵便の不在連絡票がポストに入っていた。定形外郵便で不在連絡票が入っているということは、届けられようとしていた郵便物がポストに入る大きさではなかったということである。その翌日、私は郵便局に電話を掛けて、その定形外郵便を宅配ボックスに入れてもらうようにお願いした。郵便局の受付の女性は、
「受け取り印が必要なので、宅配ボックスにはお入れできませんが・・・・・・」
と宅配ボックスへの配達を渋る。もともと宅配ボックスには、配達に来られた方が荷物を預けると、受け取り印を押すことができるようになっている。だから、受け取り印に関しては問題はないはずだ。それに、今回のような定形外郵便なら、そもそも受け取り印は不要なはずである。私は、
「郵便物の種類が定形外になっていますので、受け取り印は不要のはずですが・・・・・・」
と言った。すると、郵便局の受付の女性も、こちらが申し出たお問い合わせ番号から郵便物の種類を確認し、
「失礼しました。そうですね。では、本日、宅配ボックスに入れておくよう、配達員に伝言しておきます。ご連絡、どうもありがとうございました」
と言ってくださった。しかし、仕事から帰宅してみると、宅配ボックスに入れておいて欲しいとお願いしたはずの郵便物の不在連絡票が、再びポストに入っていたのである。その不在連絡票を見ると、その郵便物は夜間に再配達されたらしい。しかし、私たちの帰りが遅かったので、配達員の方は、不在連絡票をポストに入れて、郵便物を再び持ち帰ったようだ。

 宅配ボックスに入れて欲しいとお願いしたのに、再び持ち帰ってしまうとはどういうことだろう。私は、小さな怒りさえ感じながら、その翌日、再び郵便局に電話を掛けた。きのう、宅配ボックスに入れて欲しいとお願いしたのに、宅配ボックスには入っていなかったので、今度こそ宅配ボックスに郵便物を入れてもらうよう、再度に渡ってお願いしたのだ。郵便局の受付の女性は、
「申し訳ありませんでした。配達員に伝えておきます」
と言ってくださった。

 ところが、前日よりも少し早めに帰宅してみると、宅配ボックスには郵便物が入っていなかった。前日は、郵便局の方が郵便物を宅配ボックスに入れずに持ち帰ってしまったが、もしかすると今日は配達されないままなのだろうか。私はそう思い、思い切って、郵便局に郵便物を取りに行くことにした。送り主の方にお礼を言いたかったし、郵便物を一日も早く受け取りたかったからだ。

 私たちは普段、JRを利用しているのだが、郵便局はJRとは異なる路線の駅前にある。そのため、仕事帰りに寄るのも少し遠回りになってしまう上に、自宅からの距離も、普段、利用しているJRよりは少し遠くなってしまう。「自宅に配達されていないことが最初からわかっていれば、仕事帰りに遠回りして郵便局まで取りに行ったのに」などと心の中で苦々しく思いながらも、私は元気良く自転車を漕いで、郵便局まで出向いた。

 郵便局の受け取り窓口で不在連絡票を渡したとき、
「今日、再配達をお願いしていたんですけど、まだ配達されていないようですので、取りにうかがいました」
と言った。受け取り窓口の方は、奥に引っ込んでごそごそと私の郵便物を探していたようだが、やがて手ぶらで窓口に戻って来た。そして、
「ちょうど今、配達にうかがっているようですがね」
と言った。時計を見ると、既に二十時半を回っている。私が、
「何時頃まで配達されているのですか?」
と尋ねたところ、
「二十一時頃まで配達していますので、おそらく、そろそろ配達にうかがう頃だと思います」
という答えが返って来た。

 せっかく郵便局まで取りに行ったのに、今度は配達忘れではなく、配達中だった。それにしても、配達員の方が、二十一時まで配達されているとは知らなかった。私は入れ違いになってしまったことを残念に思いながら、再び元来た道を引き返した。

 マンションに戻り、宅配ボックスを見てみると、まだ私の郵便物は配達されていないようだった。さて、どうしよう。自宅にはガンモが居たが、我が家はまだまだ連携プレイの障害物競走の状態なので、配達員の方にチャイムを鳴らしてもらったとしても、郵便物を受け取るのは至難の技である。あと少しで配達員の方が配達してくださるのなら、マンションのエントランスで待つことにしよう。私はそう思い、電話でガンモに事情を説明し、部屋には上がらずに、そのままマンションのエントランスで待機することにした。

 二十一時少し前だろうか。バイクの音が聞こえて来たかと思うと、私たちのマンションの前で音が止まった。来た! と私は思った。間もなく、マンションのエントランスの扉が開いて、郵便局の配達員の方が入って来られた。見ると、定形外郵便物と思われる郵便物を手にしている。私は、自分宛の郵便物に間違いないと思い、
「○○○号室の□□です」
と言って部屋番号と苗字を名乗り、さきほど郵便局まで持参した不在連絡票を配達員の方に手渡した。すると、配達員の方は、不在連絡票と郵便物の宛名を丁寧に照らし合わせながら、私の名前を読み上げた。
「○○○号室の□□さんですね。はい、こちらがお荷物になります」
そう言って、郵便物を私に手渡してくださった。

 このとき、初めて私は悟ったのだ。郵便局の配達員の方は、このように、郵便物を直接手渡すことを喜びとしていることを。前日の夜に、一度再配達に来てくださった配達員の方は、私たちの帰宅時間が遅いと思い、私宛の郵便物を後回しにして、もっとも遅い配達時間である二十一時頃に再配達しようと試みてくださったのだ。だから、私が帰宅したときには郵便物がまだ配達されていなかった。前日、宅配ボックスに入れて欲しいとお願いしたことが叶わなかった理由は良くわからない。しかし、配達員の方が私に郵便物を手渡してくださったときに感じたであろう満足感を、私は確実に感じ取った。私たちはこれまでに何度も、「郵便物を宅配ボックスに入れてください」とお願いして来たが、それは配達員の方の楽しみを奪う行為だったことに気がついた。宅配便の業者からは、自分が担当した荷物はさっさと届けてしまいたい気持ちがひしひしと伝わって来る。不在連絡票を片手に、再配達のお願いの電話を掛けると、
「今日はご在宅ですか?」
と、向こうから聞かれるからだ。そうではなく、こちらが指定する方法で受け取りたいから電話を掛けているのに。だから、宅配ボックスにも喜んで預けてくれる。そうすれば、担当している荷物を少しでもさばけるからだ。しかし、郵便局の配達員の方は、郵便物を手渡しすることに喜びを感じている。配達員の方から郵便物を受け取った私は、確かにそう感じた。宅配業者と郵便局の違いは、おそらくそこにあるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 前日の再配達指定時に、宅配ボックスに入れてもらえなかったのは、もしかすると配達員の方の責任とこだわりだったのかもしれません。とにかく、郵便物を確実にお届けしたいという意気込みが、その配達員の方からは感じ取れました。いろいろなことが無人化されて便利な世の中になったとは言え、手渡しの配達を喜びとしている人にとっては、宅配ボックスはきっと味気ないものなのでしょうね。宅配ボックスでは、郵便物を受け取った人の喜びも、直接的には伝わりません。ひたむきな人の、ささやかな楽しみを奪ってはいけないと思いました。

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2007.08.27

ホットヨガ(六十五回目)

 ちょうど私が目を覚ます頃、ガンモが徹夜明けの仕事を終えて帰宅することになっていた。目を覚ましてトイレに立ったときに携帯電話をチェックしてみると、ガンモからメールが入っていた。そのメールが送られたのは、およそ十分ほど前のことである。メールを開封してみると、
「今、○○」
と書かれている。○○とは、私たちの最寄駅よりも二つばかり先にある大阪寄りの駅である。どうやら徹夜明けのガンモは、睡魔に襲われて、最寄駅を通過してしまったらしい。私は、すぐにガンモに電話を掛けてみた。すると、電話の向こうから、間もなく電車が最寄駅に着くというアナウンスが流れて来た。ガンモはすぐに神戸方面の電車に乗り換え、折り返したようである。ガンモに、
「お疲れさん。寝過ごしちゃったの?」
と尋ねると、電車の中に居たガンモは小声で、
「うん」
と答えた。

 それから十数分後にガンモは帰宅した。私は、ガンモが寝室で休んだのを確認すると、物音を立てないようにひっそりと別の部屋で過ごした。お昼過ぎからはホットヨガのレッスンに出掛けることになっていたので、私は静かに支度を整えて家を出た。

 今回は、神戸店でスクイーズクラスのレッスンを受けたのだ。脂肪燃焼2のレッスンがとても心地良かったのだが、九月いっぱいでいったん終わってしまうスクイーズクラスのレッスンも外せないのである。

 「今回も、吉本興業のインストラクターだと楽しいのになあ」と思っていると、彼女が受付に立っていた。しかし、インストラクターではない格好をしている。私が神戸店に着いたのは、レッスン開始ギリギリの時間帯だったので、この時間に着替えていないということは、彼女が今回のレッスンのインストラクターを担当してくださるわけではないことになる。私は少しがっかりしながら、
「今日はレッスンを担当してくださらないんですか? また、漫才を拝見できるかと期待してたんですよ」
と言った。すると彼女は、
「今日は○○先生が担当させていただきますぅ」
とおっしゃった。○○先生とは、私が初めてレッスンを受けたときに担当してくださったインストラクターだ。そう、吉本興業のインストラクターに鋭い突っ込みを入れてくれるベテランインストラクターである。彼女が○○先生と呼んでいるからには、ベテランインストラクターが神戸店で最も実力のあるインストラクターなのかもしれない。私は、
「そうですか。わかりました」
と言って、ロッカーの鍵を受け取り、準備を整えてスタジオに滑り込んだ。ギリギリセーフで、何とかレッスンの開始には間に合った。

 ベテランインストラクターに軽くあいさつをしてから、空いているヨガマットを探した。ギリギリセーフでスタジオに滑り込んだので、あまり選択肢はない。私は、憧れのフリーパス会員のあの方の隣のヨガマットに腰を下ろす。もう何度も一緒にレッスンを受けているのだから、いい加減、憧れのあの方にごあいさつをすればいいのに、と自分でも思う。しかし、あの方も私も、お互いに言葉を交わすことはない。

 それにしても、久しぶりのスクイーズクラスのレッスンである。私は、スクイーズクラスのレッスンは、神戸店でしか受けていないはずなので、確かバレエヨガよりも一回前のレッスンに参加したのが最後だったのではないだろうか。ということは、およそ一ヶ月振りのスクイーズクラスのレッスンということになる。スクイーズクラスは、脂肪燃焼のコースがあまりにもきついために開設されたコースだと聞いている。昔々、英検一級があまりにも難しいために、準一級の資格が誕生したようなものだろうか。

 今回も、レッスンでたくさんの汗をかいた。以前、ベテランインストラクターが、満月の日は、デトックス効果が最も高まるというようなことをおっしゃったのだが、私が以前、読んだ本にはそれとは逆のことが書かれていた。身体のむくみは、月の満ち欠けに呼応していると書かれていたのである。更に、女性の場合は、生理が近くなると体に水分を溜め込み、生理が始まると開放するらしい。今の私は、次の生理がそろそろ近いはずだ。それでも、大量の汗をかいたということは、本に書かれていたことよりも、ベテランインストラクターが言っていたことのほうが当てはまっていることになる。

 レッスンを終えてシャワーを浴びるためにTシャツを脱ぐと、Tシャツが絞れそうなくらい大汗をかいていた。このまま持ち帰るのは重いのではないかと心配になったほどだ。しかし、絞るのも何なので、私はそのままホットヨガ専用の衣類圧縮袋に詰め込んだ。

 私はホットヨガのレッスンには、自宅で使っているボディーソープとシャンプーを小さな容器に小分けして持参している。半透明の容器だが、シャンプーの色も、ボディーソープの色も同じ白なので、見分けが付きにくい。容器の底に、1と2という番号が振られているので、1の容器にボディーソープ、2の容器にシャンプーと覚えていた。しかし、使う前にいちいち容器の底を確かめるのは面倒なので、レッスンに出掛ける前に、容器の中身を識別する手書きのシールを貼った。水に濡れても大丈夫なように、手書きで書いた文字の上にコーティング加工できるシールである。

 私はそのシールを頼りに、まずはシャンプーを使った。しかし、あれれ? 髪のなめらかさがいっぺんに失われてしまったようなごわごわした手応えがあった。私は慌てて容器に貼った手書きのシールを確認してみた。そこにはちゃんと、「シャンプー」と書かれている。しかし、この感触は紛れもなくボディーソープの感触だ。私は、もう一つの容器に貼られているシールを確認してみた。すると、そこには「リンス」と書かれてあった。私は、普段から、リンスを持ち歩かないようにしている。自宅でも使っていない。それなのに、小分けした容器には「リンス」と書かれている。ああ、間違えた! 本当は「ボディーソープ」が入っている容器に「シャンプー」のシールが貼られていて、本当は「シャンプー」が入っている容器に「リンス」のシールが貼られているのだ。実にややこしい。しかし、自分の犯した間違いに、何だか笑いが出て来た。リンスなんて持ち歩いていないのに、勘違いとは恐ろしいものである。私は、髪の毛がパサパサになってしまったのを感じたので、「リンス」のシールが貼られた本当の「シャンプー」を手に取り、もう一度、髪の毛を洗い直した。すると、失われたはずの髪のなめらかさが再び戻って来た。

 着替えを済ませて受付にロッカーの鍵を返しに行くと、ビギナーコースでたくさんお世話になったインストラクターが対応してくださった。彼女とはこれまで、ほとんど個別に話をしたことがなかったのだが、ありがたいことに、私がロッカーの鍵を返却する前から私の回数券を手に取ってくださっていた。つまり、ロッカールームから歩いて来る私の姿を確認し、受付に預けている回数券に書かれた名前を確認して、私に回数券を返却するために手元に用意してくださったのだ。私はこれまで、彼女が私の名前を覚えてくださっているという実感はなかったのだが、彼女は私がこれから返却するロッカーの鍵の番号と、回数券を保管している箱に控えている番号を照らし合わせることなく、私の回数券を手に取ったのだ。これまで個別に話をしたことのないインストラクターだっただけに、彼女のその行為はちょっぴりうれしかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 間違って貼ってしまったシールですが、実はまだ貼り直していません。(苦笑)次回のレッスンまでには貼り直しておきたいと思います。今回、スクイーズクラスに参加して思ったのは、レッスンは、それなりの段階を経て参加するものだということでした。というのも、本文にも書きましたが、スクイーズクラスは、脂肪燃焼コースを緩くしたコースなので、ポーズのアレンジ元が、脂肪燃焼コースになっているのです。ということは、脂肪燃焼のコースを体験した人が楽しめるレッスンということになるのですね。私はこれまで、脂肪燃焼コースのレッスンを体験していなかったので、スクイーズクラスがどのようなポーズのアレンジから生まれたのかわからなかったのです。でも、脂肪燃焼コースに参加してから、わかるようになりました。脂肪燃焼コースに参加して、スクイーズクラスのルーツを探ることができて良かったと思っています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.08.26

映画『シド・アンド・ナンシー』

ホットヨガ(六十四回目)の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お腹を意識する脂肪燃焼2のコースは、お腹に力を入れることから逃げないことを教えてくれた貴重なレッスンとなりました。もしかすると、私に最も適しているコースなのかもしれません。近いうちに、2の付かない脂肪燃焼コースも体験したいと思っています。

 ホットヨガの帰りに観た映画は、『怪談』という破滅的な男女の恋を描いた作品である。正直言ってしまうと、私にはあまりピンと来ないテーマだった。確か、劇場で繰り返し観ていた予告編では、黒木瞳さんの「死んでも愛してる」という台詞が流れていた。「死んでも愛してる」か。ううむ。言葉から想像する世界だけならまだ美しい。もしも死に行くとき、愛し合った相手に遺す言葉なら、「あなたと愛し合ったことを忘れない」という意味にも取れるからだ。しかし一言で言って、この映画で表現されているのは、「愛」というよりもむしろ「執着」である。予告編でも流れていたが、黒木瞳さんは、「この先、女房を取れば、必ずや取り殺す」という手紙まで残していた。このように、破壊的な男女の恋として描き出されていたわけである。

 この映画をついつい観てしまったのは、決して他の映画と間違えたわけではなく、『怪談』を上映している映画館で観た映画の半券が六枚分溜まり、それら六枚分の半券と引き換えに、映画を一本無料で観られることになっていたからだ。そのサービスの有効期限は九月末までだったというのに、思わず早まってしまったというわけである。

 映画を観終わったあと、同じ破滅的なら、自分なりにもっと感動的な男女の愛が表現されている映画を観たくなった。そこで私は、独身時代に観て切なくなった『シド・アンド・ナンシー』のDVDを観ることにした。映画『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』の記事にも書いたように、この映画で主演しているのは、ハリー・ポッターシリーズでシリウス・ブラックを演じているゲイリー・オールドマンである。映画『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』を観て、およそ二十年後の彼を知っているだけに、若い頃の彼を観るのはちょっと妙な気がしたが、彼ははちゃめちゃなパンクロッカーの役を見事に演じていた。

 一九七〇年代後半に実際に起こった出来事をベースに製作されたこの映画は、ロンドンで活動していたパンクロックグループ、セックス・ピストルズのベーシストであるシド・ヴィシャスが、次第に麻薬に溺れ、アメリカ人の恋人ナンシーとともに破滅に向かって行くさまが描き出されている。破滅的な二人だが、どうしても離れることができない。映画から感じ取れる雰囲気では、二人は特に精神的に深く結び付いているわけでもなければ、セックスに溺れているわけでもない。それなのに、二人を引き離せない何かがある。二人はお互いにとって、なくてはならない存在だったのだ。そのため、シドがアメリカに遠征ツアーに出掛けて行くことをひどく寂しがるナンシー。映画の中では声も大きく、騒々しい上に厚化粧の女性なのだが、シドを想う態度がとてもピュアでかわいい。一方、アメリカに遠征に出掛けたシドも、ナンシーと離れ離れになってしまったことで心のバランスを崩し、何となく調子が出ない。

 歴史的事実なので、映画の結末を書いてしまっても差し支えないだろう。のちにナンシーは、シドと一緒に連泊していたニューヨークのホテルで、刺殺体で発見される。あれだけ愛し合っていたはずの二人に一体何が起こったのか。実は、このときの二人は麻薬中毒者になっていて、精神的にかなりおかしな状態だった。だから、二人が宿泊していたホテルの一室で何が起こったのか、正確なことはわからない。シドはナンシー殺害の容疑でいったん連行されるが、間もなく保釈されたと言う。しかし、シドはその後、自殺未遂をはかり、一命を取り留めたものの、わずか二十一歳の若さで麻薬中毒で亡くなったそうだ。シドは自分の亡骸をナンシーと一緒に埋めて欲しいと遺書にしたためていたらしいが、ナンシーの両親に拒まれたことで、シドの母親がシドのお墓を掘り起こし、ナンシーのお墓にシドの遺灰を撒いたという。

 この二人がこれほどまで破滅的になってしまったのは、ひとえに麻薬から足を洗うことができなかった弱さのせいだろう。『怪談』のように、相手に執着するような破滅ではない。シドとナンシーは、どこか世間から外れたような生き方を選んでしまった。二人の世界は、連泊しているホテルの一室だった。その世界から、他のどの世界とも繋がることができず、二人は自分たちだけの世界に没頭し、どんどん堕ちて行った。

 この映画の感動的なシーンは、何と言ってもラストだろう。シドが街で出会った子供たちと一緒に曲に合わせて踊っていると、どこからともなくタクシーが現れる。そのタクシーには何と、ホテルで亡くなったはずのナンシーが乗っていて、シドを見てうれしそうに微笑む。その微笑みを確認しただけで、シドに刺されたかもしれないナンシーは、既にシドを許していることがわかる。ここで初めて、二人が破滅的な愛から解き放たれる。吸い込まれるようにタクシーに乗り込むシド。ようやく二人に本当の幸せが訪れた。そう思ったところで、映画が終わるのだ。若い頃、私はこのラストシーンに涙したものだった。

 このラストシーンに登場する子供たちを天使とする解釈があるようである。つまり、天使が出て来た時点で、シドが天に召されることを意味しているという。実際、タクシーのシーンの直後に、シドの死を伝える文字がスクリーンに映し出される。この映画のラストシーンは、二人が死んで幸せになったという意味で、『怪談』のラストシーンにも通じるものがある。

 何だろう、これほどまで凄まじい破滅的な男女の愛は。私は良く、「ガンモと二人で一緒にいるだけで幸せだ」と思う。しかし、シドとナンシーは、お互いに深く愛し合いながらも、二人で一緒にいることでどんどん破滅に向かってしまった。そうなると、どんなときも愛し合う二人が一緒にいることが最高の愛ではないことになってしまう。二人で一緒にいるだけで幸せと断言できるには、他に何か必要なものがあるようだ。それは多分、強さだ。愛を維持するには、二人の生き方を軌道修正する強さも必要なのだ。二人は麻薬から足を洗うことができなかった。それは、弱さから来るものだ。二人は、そんな弱さを共有してしまった。そこに破滅の原因があったのではないだろうか。

 しかし、そう思うのは私の客観であって、シドとナンシーの主観においては、例え麻薬の影響により、最愛の人を失うことになったとしても、二人で過ごした時間は幸せだったと言い切れるのかもしれない。そうだとすると、あのラストシーンは、状況がどうであれ、二人が幸せだったことを象徴しているのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この作品の舞台の半分はロンドンですが、私が見て来たロンドンとは異なるロンドンが描き出されています。子供たちが道を歩きながら、高級車を足で蹴ったり、また、棒で叩いて傷つけたりしています。シドもまた、ロールス・ロイスのガラスを叩き割ります。もしこれが現実に起こっている出来事なのだとしたら、日本は何と平和な国なのでしょうか。パンクロックなどの方法で、究極的な世界を表現して行くということは、こうしたはちゃめちゃな行動を取りやすくしてしまうものなのでしょうか。彼らは何か、自分が社会や身近な人に受け入れられていない怒りのようなものを抱え込んでいるのでしょうか。私には、はちゃめちゃな行動を取る彼らはあたかも開いているように見えているけれど、実際は閉じているのだと感じました。そして、何らかの怒りを原動力にして、音楽活動を続けていたのでしょうか。しかし、そうしたエネルギーが、結局は人を破滅に向かわせたという物語でありました。

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2007.08.25

ホットヨガ(六十四回目)

見覚えのある人の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何かに迷ったとき、実際に行動を起こすかどうかで、それからの人生は変わって来るものなんでしょうね。もしもあのとき主治医に声を掛けていたら、来月半ばの診察のときに、主治医に対する親しさが、もっと増していたかもしれません。でも、私は、その道を選ばなかったことになるのですよね。

 久しぶりに三宮店でホットヨガのレッスンを受けた。今回は何と、六十分の脂肪燃焼2のコースに初めてチャレンジすることになった。あとでわかったことだが、脂肪燃焼2というコースは、どうやらホットヨガのレッスンの中でもっともきついレッスンであるようだ。コースの名前に2が付いていることからすると、2の付かない脂肪燃焼コースもあるのだが、私は2の付かない脂肪燃焼コースを素通りして2の付く脂肪燃焼コースに参加してしまったようである。何故、脂肪燃焼2のレッスンを予約してしまったかと言うと、2の付かないレッスンを予約しようとして間違えてしまったのだ。レッスンの前日になって、2が付いていることに気が付いて少し慌てたのだが、「まあ、いいか」と思い、キャンセルせずにそのままレッスンに臨んだわけである。また、三宮店の脂肪燃焼2のコースの開始時間が比較的早い時間帯だったということも、他のコースに変更しなかった理由の一つである。

 脂肪燃焼2のコースは、脂肪を燃焼させたい人たちが集まる人気のコースなのだろうと思い込んでいたのだが、準備を整えてスタジオに入ってみると、わずか十一名ほどのヨガマットしか用意されていなかった。少人数のレッスンが好きな私は、いつも人数が少ないのなら、継続的にこのレッスンに参加することも考えようと思った。レッスンに参加されている人たちを見てみると、これ以上、燃焼させる脂肪など持ち合わせていないのではないかと思えるくらい、スタイルの整った方も何人かいらっしゃった。そういう方たちは、きっと更なるステップアップを目指して脂肪燃焼2のコースに参加されているのだろう。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、以前、受付で、私の使っているレトロなレッスンバッグをご覧になり、
「お酒の袋ですよね?」
と聞いてくださったインストラクターだった。レッスン開始前に、彼女が、
「脂肪燃焼のレッスンが初めての方、いらっしゃいますか?」
と聞いてくださったので、私はそっと手を挙げた。私の他にもう一人、手を挙げている方がいらっしゃった。どのレッスンでも、
「○○のコースが初めての方、いらっしゃいますか?」
と、参加者に問い掛けてくださることがある。それは、毎回ではない。だが、問い掛けてくださるときは必ずそのレッスンに初めて参加される方がいらっしゃる。おそらく、そのレッスンに初めて参加する人たちに向けたメッセージを伝えるために、初めての参加者がいるかどうかを、毎回、ちゃんと把握されているのだろう。インストラクターの説明によれば、脂肪燃焼2ではお腹を意識したレッスンになるのだそうだ。

 実際、ウォーミングアップの段階から、お腹を意識したポーズを取って行った。私がこれまでに参加したレッスンでは、最初は呼吸法から入り、ストレッチへと移行して行く。しかし、脂肪燃焼2のコースでは、いきなり太陽崇拝のポーズから始まった。このポーズは、野外ヨガ in 京都御所で初めて体験したポーズだが、最初から何セットも繰り返すので早くも苦しくなる。太陽崇拝のポーズがどのようなポーズなのか、あまり覚えていないため、なかなか文章に表すことができない。確か、胸の前で合掌した手を上に伸ばしたあと、片足を前に踏み出してかがみ込み、「よういドン!」のようなポーズを取ったかと思うと、にわかに腕立て伏せのようなポーズに切り替わったように思う。それからもポーズは続くのだが、良く覚えていない。私は、太陽崇拝のポーズを取りながら、野外ヨガ in 京都御所のことを思い出していた。あのとき、メインインストラクターを勤めてくださった方のエネルギーと、今回のインストラクターのエネルギーは似ていると感じた。それは、人を強く惹き付けるエネルギーだ。

 今回、インストラクターを担当してくださった方も、野外ヨガ in 京都御所のメインインストラクター同様、とても存在感のある魅力的なインストラクターだった。私はすぐに彼女のレッスンに引き込まれ、すっかり彼女のファンになっていた。ホットヨガのインストラクターにも、陰と陽のインストラクターがいる。彼女は間違いなく陽のインストラクターだ。

 太陽崇拝のポーズの次に行ったウォーミングアップは、確かお腹を膨らませたり凹ませたりすることを意識する呼吸法だったと思う。呼吸法の具体的な名前がインストラクターの口から出たのだが、覚えられなかった。インストラクターに、お腹に手を当てるように言われたので、私たちは言われた通り、自分のお腹に手を当てた。お腹に手を当てることで、意識が確実にお腹に向くことを意図しているらしい。そして、お腹を意識して息を吸い込み、お腹を意識して息を吐いた。吐くときが特に変わっていて、プッシュ式のポンプのように少しずつ吐き出すのだ。あれは何のリズムに似ているのだろう。美容院で、美容師さんが椅子を上げたり下げたりするときのリズム。自転車に空気を入れるときのリズム。素早く霧吹きを掛けるときのリズム。そんなところだろうか。

 実際のポーズに入ると、一部、ブロックを使うポーズもあった。ブロックは、スクイーズクラスでも使用しているので驚かなかった。ブロックは、もっと身体をねじるための補助として、また、身体への負担を軽減するための補助としての役割を果たしていた。

 全体的にアレンジされたポーズが多く、例えばバランスのポーズである木のポーズでは、通常通り足を引っ掛けて軸足で立ったあと、身体だけねじって両手を花のように開き、今度は正面を向いて軸足を曲げたあと、今度はブロックに手をついて、片足を上げるようにアレンジされていた。私は、このようなアレンジにもひるまなかったので、少しずつ私の中で育っているものがあるのだと実感した。

 ただ、難しいポーズもあった。初めて取ったポーズだったので、何のポーズだったのか、覚え切れていない。確か、腕立て伏せのようなポーズが入っていたと思う。後半の苦しいときだったので、私はポーズを取るのを諦めてしまったが、隣の人は、歯をくいしばって頑張っていた。他に、テーブルのポーズ(身体をテーブルのようにする逆四つん這いのポーズ)やブリッジ(逆四つん這いでアーチを描く)なども盛り込まれていた。ブリッジのポーズは、脂肪の少ない人が取るととても美しいポーズだと気がついた。人間の身体がこんなにも美しかったとは驚きだった。

 さすが、脂肪燃焼に2が付いているだけあって、汗は申し分なく大量に出ていた。だから、身体がどんどん水分を欲しがる。ただ、自分でも不思議だったのだが、七十五分のアクティヴコースのあとは酸素がたくさん溶け込んだ水を飲まなければ頭痛に悩まされていたのに、今回は酸素の水に頼らなくても頭痛がしなかった。その変化が何を意味しているのか、私にはわからなかった。私の身体が変化して来たのか、それとも、脂肪燃焼2のレッスンが私に合っていたのか。

 それと、お腹に意識を向けてポーズを取ることは大切なことだと気がついた。私はお腹に筋腫があるために、これまでのレッスンでは、お腹を守ることばかり考えていたように思う。しかし、それは逃げであることに気が付いた。お腹を過保護に守るのではなく、お腹に意識を向けながら、お腹を使うポーズも取って行く。そうすることで、お腹は喜び、もっと活性化されることに気がついた。

 レッスンを終えたあと、いつものように顔がほてることを予想して、ドライヤーをクールのモードにして顔を冷やしてみた。クールにすると、ドライヤーは扇風機に早変わりすることがわかった。涼しい風が私の顔を冷やしてくれたが、それは一時しのぎに過ぎなかった。スタジオを出てしばらくすると、いつものように顔がほてり始めたからだ。ガンモが夜勤だったので、自宅で寝ているガンモを起こさないように、映画を観てから帰宅したのだが、ほてりは帰宅してからも続いた。運動をしたあと、これほど顔が熱くなってしまうのは、実は、ただの更年期障害だったりしないのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 初めて受けた脂肪燃焼2のレッスンは、後半が特にきつくなりました。しかし、初めてアクティヴコースのレッスンを受けたときの疲労感を思うと、それほど激しい疲労感を伴ったわけではなかったので、やはり、私の身体に変化が起こっているのだと思います。酸素の水を身体が強く欲しなくなったのは、驚きの変化でした。レッスン後に頭が痛くならないのは、本当に気持ちがいいものです。実は最近、冷房の効いた部屋でも、首にスカーフを巻く必要がなくなって来ました。冷房が直撃して来るときは別として、少々のことでは首を守らなくても過ごせるようになって来ました。これも、足と同じように、冷房に対して守るのではなく、むき出しにすることを心掛けてみたのです。おそらく、酸素の水を欲しがらなかったのも、レッスン後に頭痛に悩まされなかったのも、以前よりも首周りの凝りが解消されて来たということなのではないかと思っています。もしそうだとすると、やはり、冷房に対しては過剰に守り過ぎないこと。これが鉄則ではないでしょうか。

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2007.08.24

見覚えのある人

我が家のベランダ事情の記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久しぶりの鳩の記事だったので、少々長くなってしまいましたが、根気強く読んでくださって感謝します。以前から状況が変わって来ていることに驚かれたでしょうか。また変化がありましたら、こちらでご報告させていただくことにします。

 ガンモの仕事が休みだったので、私は一人で帰宅しようとしていた。こんな日は、私しか移動することができないので、ガンモに会える時間がずっと後にずれ込んでしまう。私は、少しでも早く帰宅できるように、帰り道を急いでいた。

 いつものように三ノ宮からJR線に乗り換えると、見覚えのある人が座っていた。いや、決して休みのはずのガンモが、職場の若い女性と並んで座っていたわけではない。私は、見覚えのあるその人が誰なのか、すぐには思い出すことができなかった。後になって考えてみると、すぐに思い出すことができなかったのは、その人がいつもとは違う服装をしていたからだ。ええと、ええと、誰だっけ? 結局、思い出すのに十秒くらい掛かってしまったのではないだろうか。その人は、私が子宮筋腫を診ていただいている産婦人科の主治医だった。

 実は、来月の半ばに診察の予約を入れているので、私は直属の上司に診察日の休暇願いをメールで送付したばかりだった。そのメールには、「これから病院を変わる予定なので、少しの間、旧病院と新病院を行き来することになるかもしれません。そのときは休暇をいただいたり、午前中だけお休みをいただくこともあろうかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」と書いたのだ。つまり私は、目の前にいる主治医から間もなく離れようとしている患者だった。

 ラフなスタイルの主治医を前にして、私はとても複雑な気持ちを抱えていた。主治医は、私の向かい側のロングシートの一番右端に腰を掛けて、真剣な顔つきで携帯電話をいじっていた。「先生も、携帯電話をいじったりするのね」というのが私の率直な感想だった。普段、仕事の顔しか拝見していないので、私がそのように感じるのも無理はないだろう。一方、私はというと、主治医の向かい側のロングシートの一番左側に腰を掛けて、主治医の様子をチラチラうかがっていた。そう、顔文字に良くある「チラッ」である。

 私が主治医の様子をチラチラとうかがいながら、頭の中で考えていたことは、今、ここで主治医に声を掛けて、MRI画像の貸し出しができるかどうかを確認してみたいということだった。もし貸し出しができないのなら、焼き増しをお願いできないだろうか。そうすることで、私が現在通っている病院に通う回数を一回分、減らすことができるかもしれない。しかし、そんな申し出は、あまりにも自分本位じゃないだろうか。しかも、白衣を脱いで電車に乗り、携帯電話をいじっている主治医は、医師であるとは言え、いわばプライベートな時間を過ごしている人でもある。そのような人に仕事の話を持ち掛けるのはどうだろう。私だって、帰宅途中に職場の上司とばったり電車で顔を合わせたとして、
「そう言えば、あの仕事、どうなってたっけ?」
などと聞かれるのはあまりいい気はしないものである。主治医だって、ようやく仕事を終えて、帰宅している途中なのだ。そんなときに、患者である私が声を掛けることは、主治医のプライベートな時間を奪うことになってしまう。

 実は、それ以外にも、私自身が主治医に声を掛け辛い理由があった。それは、産婦人科の主治医と患者という間柄だったからである。普段、子宮筋腫の診察がどのように行われているか、皆さん、ご存知だろうか。出産経験のある方ならご存知のことと思うが、下着を脱いで、産婦人科特有のあの診察台の上に乗るのである。つまり、医師と患者という割り切りがあるとは言え、とても恥ずかしい姿を見せている人なのである。ここが病院ならば、まだ恥ずかしくない。しかし、ここは電車の中だ。もしも私が声を掛けることで、カルテが手元にない主治医が何かを思い出すとしたら、一体何を思い出すのだろう。それを思うと、声を掛ける勇気が湧いて来なかった。

 笑い話だとは思うのだが、以前、産婦人科の先生は、患者の顔ではなく、診察している部分を診て患者を特定しているという話を聞いたことがある。つまり、顔ではなく診察している部分を記憶しているということだ。いやはや、そうだとしたら恥ずかしい。大きな病院なので、きっと何十人、いや、何百人も患者を抱えていらっしゃるかもしれない。だから、患者一人一人の診察している部分を記憶しているとは思いたくないのだが、そういう笑い話もあるということを思い出し、とうとう声を掛けることを踏みとどまったのである。

 主治医は、私よりが降りる駅よりもずっと手前の駅で降りた。ほっとしたような、チャンスを失ってしまったような、またまた複雑な気持ちである。もしも同じ駅で降りていたら、恥ずかしさを押し殺して声を掛けていたかもしれない。

 今回の出来事は、一体何を意味していたのだろうと考えてみた。私が病院を変わろうとしていた矢先に起こった出来事である。何となく、今の自分が、主治医の信頼しているものに反発しようとしているみたいで、あまりいい気はしなかった。これは、病院を変わるのはちょっと待てというメッセージなのだろうか。そうだとしても、主治医は二ヶ月前の検診で、手術を拒み続ける私にこう言ったのだ。
「もう、これ以上、来てもらっても、同じことを言うだけですよ」
と。だから、別の病院の医師に判断を仰ごうとしている。それなのに、私の中の人間的な部分が何か反応している。私は次の診察日までに、これの続きの何かが起こるのを待っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m それにしても、ばったりお会いするものですね。電車というのは、八両から十数両に渡って編成されています。しかも、数分ごとの運行です。その中で、ホームに入って来た電車の、自分が乗り込んだ車両に、自分の知っている人が乗っている確率は一体どれくらいなのでしょう。良くわかりませんが、この出来事は、私だけが主治医に気づき、主治医が携帯電話をいじっていたというのがポイントなのかもしれません。つまり、主治医が何かこちらに主張して来るのではなく、受身の状態で何か決断を待っているのかもしれません。

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2007.08.23

我が家のベランダ事情

 我が家の鳩の話をいつから書いていなかっただろう。相変わらず、父ちゃん、母ちゃんを中心とした鳩ファミリーは、我が家のベランダを住処としている。私たちは、隣のマンションで生まれたであろう二羽の雛たちに、「ヒー」と「フー」と名付けた。何故なら、どちらの雛も、ピーピーという雛独特の鳴き声がひどくかすれていて、まるで風邪でも引いているかのようなハスキーボイスだったからだ。父ちゃんと、現在の母ちゃんの初めての雛である真冬に生まれた雛たちも、最初は同じような鳴き声をしていたので、雛のハスキーボイスは現在の母ちゃん譲りかもしれない。以前の母ちゃんたちの雛たちには現れなかった現象だからだ。「ヒー」も「フー」も、我が家にはときどき餌を食べにやっては来るものの、今では立派に巣立ちしているようだ。

 「ヒー」と「フー」が成長したあと、父ちゃんと母ちゃんは再び我が家のベランダに巣を作り、卵を温め始めた。とにかく彼らは我が家のベランダが気に入ってしまったようである。これまで観察を続けて来た私たちにも、母ちゃんが産気づいた様子がわかるようになって来た。母ちゃんがあまり餌を食べなくなってしまうと、ベランダの物陰にいつの間にか立派な巣が出来上がっているというわけである。

 卵は最初、二つあったのだが、温め方が良くなかったのか、一つしか孵らなかった。その雛も、私たちがロンドンから帰る頃には立派に巣立ちしていたので、ロンドンで宿泊したホテルの掃除機の名前と同じヘンリーと名付けた。(屋根裏部屋に憧れての記事では、ルーム係の女性が掃除機にHenryと名付けていると書いたのですが、どうやら掃除機そのものがHenryという名前だったようです。失礼しました。m(__)m)

 ところで、私たちがロンドンに出掛ける少し前から、我が家の鳩ファミリーに新しいカップルが誕生していた。それは、父ちゃんと現在の母ちゃんの初めての子供たのうちの一羽(私の好きなバンドのメンバーのニックネームを付けているので、ニックネームは割愛)と、これまで父ちゃんの天敵だったはずのキッコロが結び付いたのである。ガンモが初めてそのことを発見したとき、私はまだ半信半疑だった。しかし、実際に我が家のベランダでいちゃいちゃしている二羽を目にしたときは、驚きを隠し切れなかった。キッコロも、まだ独身だった頃はギスギスしていたが、お嫁さんをもらってからは、少し性格が柔らかくなったようである。それでも、相変わらず、父ちゃんとキッコロは権力争いを続けている。言うなれば、父親と娘婿の仲が悪いわけだが、これが人間社会なら、複雑な感情が伴うために多少の手加減も有り得るだろう。しかし鳩社会では、キッコロがいくら娘婿であろうとも、お互いに容赦はしないようである。

 我が家のベランダは、父ちゃん、母ちゃん、キッコロ夫婦の他にも、どこの鳩かわからない鳩がやって来て、もはやしっちゃかめっちゃかの状態になりつつあった。我が家のベランダには、夜になると、合計七羽もの鳩がやって来て、寝泊りするようになったのである。まだクーラーを付けずに窓を開けて寝ていた頃は、七羽の鳩が朝四時くらいからホーホーと大合唱を始めるのでうるさくて仕方がなかった。鳩の鳴き声で目を覚ました私は、カラスの声を真似たりして彼らを静かにさせようとしていたのだが、このままでは近所迷惑にもなってしまうと思い、次第に危機感を抱き始めた。

 父ちゃん、母ちゃんとその雛たちだけという小さなファミリーだけならば、私たちも面倒をちゃんと見切れるし、歓迎もする。しかし、七羽もいっぺんに面倒は見切れない。七羽が大人しいならまだしも、寝場所確保の縄張り争いのために夜中でもかまわず羽を広げて鳩パンチのフェンシングを繰り広げる。挙句の果てには、嘴(くちばし)で噛み付く。鳩同士の縄張り争いはとても激しいのだ。

羽を使った鳩パンチを終えて、次なる鳩パンチをふりかざそうとしている瞬間。私たちはこれをフェンシングと呼んでいる

鳩パンチの果ての噛み付き合い

 このままでは、私たちがロンドンに出掛けている間、ベランダがどんな状態になっているかわからない。ここで寝泊りする鳩が更に増えているかもしれない。そこで私は、意を決して百円ショップに足を運び、鳩が嫌がる匂いを発するという固形の小さな白いブロックを買って来た。そのブロックを四等分して、恐る恐るベランダの隅に数箇所に分けて置いてみた。しかしそれを置いても、糞の量が若干、減っただけで、彼らがそのブロックを嫌って私たちのベランダに近づかないということはほとんどなかった。彼らは四等分されたブロックの上を平気で歩いていたし、ブロックのすぐ横でも安心して座り込み、休息を取ることさえあった。

 実は、鳩が嫌がる固形の小さなブロックの他に、ベランダに張る網も買って来た。それは蚊帳のようなもので、ごく狭い範囲だけを覆うためのものである。私は、それを使うのは最終手段だと思っていた。

 しかしガンモは平日の仕事休みの日に、父ちゃん、母ちゃんの巣があるところを外し、それ以外の狭いエリアに限って、その網を使ってみようと思い立ったらしい。そして、意を決してその網を張った。すると、運悪くその網に、雛のヘンリーが引っかかってしまったらしいのだ。ヘンリーがもがけばもがくほど、網はヘンリーに食い込んだと言う。ガンモは慌てて網をハサミで切り取り、雛を救出したそうだ。ガンモは、
「俺一人だったので、このまま雛が死んでしまうんじゃないかと思って、冷や冷やしたよ。網、禁止!」
と言って怒っていた。網を使ったのはガンモなのに、網を買って来た私に怒っていたのだ。

 そんな冷汗をかいたはずなのに、ロンドンから帰った翌日、私が時差ボケを解消するためにぐっすり眠っている間に、ガンモは再びその網をベランダに張った。雛が網に引っかかってしまったのは、まだ大人になっていないからだとガンモは判断したようだ。その雛が巣立ちしたので、大人の鳩だけなら大丈夫だと思ったらしい。そして、時差ボケを解消するために、そのまま私と一緒にしばらく眠っていた。

 数時間後に私が目を覚まし、窓をのぞいてみると、鳩が二羽、網に引っかかっているのが見えた。私は一瞬にして青ざめた。一羽はバタバタもがいていたが、もう一羽は足が伸びていて動かない。私は慌ててガンモを叩き起こし、二人で急いでベランダに出た。ガンモも青ざめていた。
「ハサミを持って来て!」
とガンモが言うので、私はハサミを探して再びベランダに駆けつけた。まず初めに、ガンモは既に動かなくなっているほうの鳩を抱きかかえた。もう駄目なのだろうか。息をしていないのだろうか。私たちは、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、鳩の様子を見守った。すると、動かなくなっていたはずの鳩がすぐにジタバタ動き始めたので、私たちはほっと胸をなでおろした。しかし、鳩がジタバタ動く度に、網が鳩の身体に食い込んで行く。私たちは、
「ごめんな、ごめんな」
と心から謝りながら、鳩の身体にからみついた網をハサミで丁寧にカットして行った。そのときガンモが、
「ハサミの刃を見せたら鳩が怖がるから、見せないで」
と私に言った。

 抱きかかえた鳩の身体は、見た目よりもずっと小さかった。鳩はからみついた網が少しずつほどかれて行くのを実感して安心したのか、最初はバタバタ暴れていたものの、身体が自由になる頃には大人しくなっていた。
「ごめんな、ごめんな」
私たちは何度もそう言って謝りながら、鳩にからみついた網をすべてほどき、鳩を放した。鳩は元気に飛び立って行った。

 そしてもう一羽。バタバタと暴れていたので、まだ元気があると後回しにしてしまったが、この鳩も動く度に網がからみついて、大変なことになっていた。網に引っかかったストレスからなのか、尻尾のあたりを糞でひどく汚している。もしや、この柄(がら)は、キッコロモドキだろうか? キッコロモドキとは、キッコロに良く似た柄の鳩のことである。さきほどと同じように、ガンモが鳩の身体を押さえ、私が鳩に絡みついた網を丁寧にハサミで切って行った。鳩を怖がらせないように、慎重に、慎重に。ようやくすべての網を取り除いたので放してやると、その鳩はすぐには飛び立とうとしなかった。自分が自由になったことをまだ実感できなかったのだろうか。キッコロモドキと思われる鳩は、しばらくベランダでじっとしていたが、やがて元気に飛び立って行った。

 ふう。こんなことはもうゴメンだ。私たちが張った網に、鳩が引っかかってしまうなんて。とにかく、彼らが生きている間に救出することができて本当に良かった。しかし、朝の大合唱、夜の激しいフェンシングという問題は残る。

 網に引っかかった二羽のうち、一羽はキッコロモドキだったが、もう一羽は「ヒー」か「フー」のどちらかだったようだ。彼らが再び私たちのベランダにやって来ないのは寂しいと思っていたところ、しばらくすると二羽とも戻って来た。何はともあれ、良かった。しかし私たちは、自分たちがどうしたいのか、わからなくなってしまった。七羽という集合体には困惑しても、その集合体から例えば一羽だけを選んで切り離すことなどできない。彼らの元気の良さに圧倒されながらも、彼らとの間に溝ができてしまうことが悲しいのは、私たちがそれだけ彼らと密に関わり始めているという証拠なのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 網に引っかかった鳩を見たときは、時差ボケもいっぺんに吹き飛びました。とにかく、「ごめんね、ごめんね」と二人で一生懸命謝りながら、網を外しました。二羽が元気に飛び立って行ってくれていて良かったと思いました。彼らは私たちに、これまで知らなかったいろいろな世界を見せてくれます。しかし、その一方で、数があまりにも増え過ぎてにぎやかになると、朝早くから起こされたり、糞の量が増えたりもします。現在、平日の休みごとにガンモがベランダの掃除をしてくれていますが、かなり負担になっているようです。一方、私は玄関の掃除を担当しています。彼らはベランダだけでなく、玄関も糞で汚すのです。この間、同じく百円ショップで購入した発泡スチロール製の猫を玄関に置いてみたのですが、まったく効果がありません。(笑)まだまだ彼らとの付き合いは続きそうであります。

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2007.08.22

日陰の存在

 以前も書いたように、私たちは仕事帰りに特に待ち合わせをしなくても、どこかでばったり出会うことが多い。私たちはお互いに、同じ時間の同じ場所で交差しやすい間柄にあるようだ。そんな私たちの決まり文句は、
「良くお会いしますね」
である。

 ガンモの仕事が遅くなると言うので、私は先に帰宅するつもりで職場の最寄駅から地下鉄に乗った。しかし、三宮で降りてから何となく買い物がしたくなったので、センター街で少し買い物をしたあと、いつも利用しているJR三ノ宮駅へと向かった。センター街でしばらく時間を潰していたので、もしかしたらガンモの仕事もそろそろ終わる頃なのではないかと思い、私はガンモの携帯電話に電話を掛けてみた。しかし、呼び出し音は鳴っているものの、ガンモは電話に出なかった。仕事を持つ多くの人がそうであるように、ガンモもまた、仕事が忙しいときは電話よりも仕事を優先させるタイプである。私は、ガンモの仕事がまだ忙しいのだろうと思い、特に気にも留めず、JR三ノ宮駅の改札をくぐった。

 すると、反対側の改札から、良く知った人が歩いて来るではないか。それは、紛れもなくガンモだった。私にわかる、ソウルメイトの親しさのオーラを発しながら、たくさんの荷物をコロコロと転がして歩いて来るのですぐにわかった。仕事で使うマニュアルなど、荷物の多いガンモは、コロコロ転がすタイプの大きなカバンを使用している。つい最近まで使っていたカバンが壊れてしまったので、私がNTT DoCoMoのプレゼント応募で当てた転がすタイプのカバンに変えたばかりだ。

 「あっ、ガンモだ」と私は思った。しかし、ガンモは一人ではなく、若い女性と一緒に歩いていた。ど、ど、どういうことだ? 私は驚いて、反対側の改札から入って来たガンモに私の存在を気づいてもらえるように、ガンモに熱い視線を送った。すると、ガンモも私の存在に気が付いたようである。なかなか表情には表れないが、ガンモが驚いているのがわかった。しかし、そこですぐに合流しないのが私たちの面白いところである。ガンモはいったん振り返って、指で私に少しだけ合図をすると、通り過ぎて行った。私は、ガンモの後を何気なくつけて行こうかと思ったが、とりあえず、ガンモが上がったのとは反対側のエスカレータに乗り、ホームに着いた。

 ちょうどホームに着いたとき、今にも新快速電車が発車しようとしていた。しかし、私は新快速電車には乗車せずに、次に入って来る快速電車に乗るつもりでいた。おそらく、ガンモもそうするだろうと思っていたからだ。私は、ホームの障害物を利用しながら、ガンモの様子をこっそりうかがっていた。そう、顔文字に良くある「チラッ」である。

 見ると、ガンモのすぐ側には、私の知っているガンモの会社の後輩の姿があった。ということは、ガンモと一緒にいた女性もガンモの会社の後輩のようである。おそらく、JR通勤組の何人かが仕事を終えて一緒に事務所を出て来たのだろう。私は、ガンモに気づかれないように、相変わらずチラチラとガンモの様子をうかがっていた。

 間もなく、快速電車がホームに入って来た。ガンモも、ガンモの会社の同僚たちも、みんなその快速電車に乗り込むようである。私もガンモに気づかれないように、隣の車両に乗り込んだ。ガンモが乗っている隣の車両の様子は、かろうじて、連結部分のドアからうかがい知ることができた。このとき私は、自分が探偵になったような気持ちだった。

 何故、ガンモの会社の人たちの前でガンモとあかの他人のような素振りを見せてしまったかと言うと、やはり、私が名乗り出てしまうと、会社の人たちが私たちに気を遣ってしまうのではないかという心配があったことと、私自身がガンモの会社の人たちの持つカラーとはかけ離れたファッションであったこと、それから、毒出しホットジュースで七キロ近く痩せたとは言え、まだまだ人様に好印象を与えられるほどの体型ではないことなどが理由だった。私たちは同じコンピュータ業界で働いているが、ガンモはハードウェア屋さん、私はソフトウェア屋さんである。客先を回ることの多いハードウェア屋さんは、ビシッと決めている人が多いが、社内で開発をしているソフトウェア屋さんは、ラフな格好をしている人が多いのだ。実際、私はTシャツにラフなズボン、リュックにサンダルという格好だった。

 快速電車が私たちの最寄駅に近づいて来た頃、私の携帯電話にガンモからメールが届いた。おそらく、会社の後輩たちが途中の駅で降りて一人になったのだろう。もうすぐ最寄駅に着くので、私はガンモを驚かせようとして、わざとメールを返さなかった。

 やがて、快速電車が私たちの最寄駅に着いた。私は、隣の車両に乗っているはずのガンモに見つからないように素早く快速電車から降りると、エレベータを呼び出して、エレベータの中で待機していた。カバンをコロコロ転がしているガンモが、いつもエレベータを使っているのを知っていたからだ。私がエレベータの中で待機していると、ガンモがカバンを転がす音が近づいて来た。私は、クックと笑いが込み上げて来たが、笑いをこらえて静かに待っていた。エレベータが開いていることに気づいたガンモは、急いでエレベータに滑り込んで来た。そして、私の姿を確認したのである。

 「良くお会いしますね」
とガンモは言った。三ノ宮駅で素直になれなかった私は、ちょっぴりすねて見せて、ガンモの言葉にツーンとした態度を取った。ガンモは私に話し掛けて来たが、私は、
「どうせ私は日陰の存在だから」
などと言って、おすまし顔でエレベータを降りた。本当は、おかしくてたまらなかった。ガンモと三ノ宮駅の改札でばったり会ったのに、私は会社の人たちに名乗り出ることもできずにコソコソしていたし、ガンモも会社の人たちに私を紹介しなかった。私たちは、こういうところがとても良く似ている相性なのだとつくづく思った。

 私は、自分が日陰の存在であることに対し、しばらくふてくされていたが、やがて何事もなかったかのように自転車に乗り、ガンモと連れ立って帰宅した。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 新婚の頃は、ガンモが会社の人たちと一緒に居ても、積極的に交流していたものです。確かに体型も変わりましたが、それ以外にも、個性が確立して来たというのも一つあると思います。それと、情報過多の問題でしょうか。以前は、ネットで知り合った人たちとのオフにも積極的に出掛けていたのに、最近はそのような機会もめっきりと減りました。歳を重ねて、攻めよりも守りの段階に入ったのかもしれません。「日陰の存在」と言うと、何だか聞こえが悪いですが、それでもこうして記事を書いて、自分の取った行動を振り返ることができました。こうして読み返してみると、私たちは自分たちの行動を結構楽しんでいたのだと実感しました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.08.21

屋根裏部屋に憧れて

イギリスで出会った情熱カップルの記事にたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私がイギリスから持ち帰った刺激が皆さんにも伝わりましたでしょうか。もしも伝わったなら、とてもうれしく思います。抱き合うシーンもいいですが、キスシーンもいいですよね。私たち日本人も、恥ずかしがらずに愛を表現して行きたいものです。

 今日は、私たちがロンドンで宿泊したホテルをご紹介しよう。ホテルの名前はShaftesbury Premier Hyde Park Paddington。パディントン駅から徒歩三分ほどのところにある、古いアパートを改造した三つ星から四つ星クラスのホテルだ。高級感というよりも、清潔感の漂うホテルである。部屋の鍵はカードになっていて、チェックイン時にガンモと私の分として二枚を受け取った。宿泊客はカードを持っているために、出掛ける度に鍵をフロントに預けたり、また、受け取ったりする手間がなく、自由に出入りすることができる。ただ、エレベータを使用するときはフロントの前を通るので、フロントにいる人たちと目が合えば、軽くあいさつを交わす。

 私たちの部屋はイギリスで言うところの六階にあった。イギリスでは、フロントのある階がグランド・フロアとなっている。そこが実質的な一階に相当するのだが、イギリスで言うところの一階は、グランド・フロアの上の階からとなっている。つまり、日本で言うところの二階が、イギリスで言うところの一階に相当しているのである。よって、私たちが宿泊していた六階は、日本式で言ってしまえば七階に相当する。

 私たちがこのホテルを予約したとき、「ハイジの部屋に泊まれる」と喜んでいたのを覚えてくださっているだろうか。結論から先に言ってしまおう。チェックインを済ませて部屋に入ってみると、そこはハイジの部屋ではなかった。屋根裏部屋でもなかったし、干草も用意されていなかった。もちろん、山羊もいなかったし、ペーターも遊びに来ていなかった。それに、想像していたよりも少し狭かった。どうやら屋根裏部屋は、私たちのすぐ上の階である七階(日本式に言えば八階)に用意されていたようである。

 屋根裏部屋があるからだろうか。エレベータは、私たちの宿泊している六階までしか運行されていなかった。エレベータに乗ったとき、七階の宿泊客に出会ったのだが、彼らはエレベータを六階で降りたあと、わざわざ階段を利用して七階まで上がっていた。出掛けるときは毎回、その手間が必要になってしまう上に、スーツケースを運ぶとなると、ちょっと大変そうだった。しかし、六階で降りて七階まで階段で上がる手間と引き換えに、ハイジの部屋が手に入ったかもしれないのである。とは言うものの、私たちは用意されたその部屋をキャンペーン価格で利用させていただいているのだから、「ハイジの部屋に変えて欲しい」などと贅沢なことは言えない。六階からの見晴らしも良かったので、私たちは用意されたその部屋で過ごすことにしたのだった。

 スライドショーで示した写真の通り、ベッドはダブルベッドで、テーブルの上にはインスタントコーヒーやティーバック式の紅茶や砂糖、ミルク、お茶菓子が用意されていた。また、電熱棒の入った素早く沸かせる湯沸かし器が用意されていて、私たちはその湯沸かし器を駆使して自分の飲みたいものを次々に作った。何しろ、中に電熱棒が入っているので、急速にお湯を沸かすことができる。日本のホテルに設置されている湯沸かし器は、初めから大人しくて、下からちょろちょろ沸いて来るといった感じだが、イギリスの湯沸かし器は電熱棒から熱を出すために、スイッチを入れた途端、騒がしくなり、急速にお湯を沸かすのである。私が毒出しホットジュースを作ることができたのも、この湯沸かし器のおかげである。

 そう言えば、イギリスの水道水は癖があると聞いていたが、私はすぐに慣れた。毒出しホットジュースのほとんどは、水道水から作った。もちろん、おいしい紅茶やコーヒーを飲みたいと思ったときは、パディントン駅前にあるスーパーで買った飲料水を使った。ちなみに、ガンモはコーヒー党、私は紅茶党である。ホテルにあったのと同じ湯沸かし器をガンモがリバプールのお店で見つけたのだが、二四〇ボルト仕様だったため、日本では使えそうにないらしい。

 急速にお湯が沸くユニークな湯沸かし器もそうだが、イギリス人は考えることが凝っている。どうも、私たち日本人がこだわらないところにこだわりを持っているようである。それは、バスルームを見ても明らかだった。

 バスルームに入って最初に驚いたのは、蛇腹式の透明なカーテンがあることだった。日本のホテルで使われているシャワーカーテンは、水をはじく布でできている。しかし、私たちが宿泊したホテルのシャワーカーテンは、蛇腹式の透明なカーテンだった。実に変わっている。イギリス人の発想から目が離せない。私は本気でそう思った。

 バスルームにシャワーが二つあることも変わっていた。固定式のシャワーと、引き寄せて流せるタイプのシャワーの二つだ。良く、ロンドンのホテルに宿泊された方たちの手記を拝見すると、ロンドンは水圧が低いと愚痴をこぼされているが、まったくその通りで、水もお湯もちょろちょろしか出て来なかった。しかも、私たちの宿泊したホテルでは、ときどきお湯が出て来なくなることがあり、シャワーを浴びるときに寒い思いをしたこともしばしばあった。それでも、ロンドンに来ていると思うと、「まあいいか」と思ってしまうから不思議だ。

 洗面所の排水口も変わっていた。日本の排水口には、取り外し可能な栓や、レバーを押したり引いたりすることで凹凸にスライドする栓が付いている。しかし、イギリスの排水口の栓は、回転式なのだ。排水したい場合は、自分の手を突っ込んで、栓を回転させるのである。

 トイレの排水ボタンも変わっていた。金属の丸いボタンが、大と小で分けられているのだ。丸の中の切り取られた半円の小さいボタンが小で、大きいボタンが大というわけである。

 また、トイレットペーパーは、洗面台の下にひっそりと置かれた、ペーパーカッターも付いていないワイルドな金属性のスタンドに掛けられていた。イギリス人の発想と日本人の発想では、何が必要か、何が必要でないかという概念が異なっているのが面白い。

 安全性の高さを実感したのは、ホテルの廊下に設けられたいくつかの防火扉の存在だった。日本のホテルでは、例えば六階に廊下があるとすると、たいていは長く続く一つの廊下になっている。しかし、私たちが宿泊したホテルの廊下は、それほど広い廊下ではないにもかかわらず、いくつかの扉が設けられ、仕切られていた。つまり、万が一火災が発生したとしても、それらの扉が防火扉の役割を果たし、火が燃え広がらないようになっているのである。普段、面倒に感じることであっても、いざというときは命拾いをすることもあるということだ。

 私たちがコンチネンタルブレックファストを食べるために地下一階の食堂を行き来していると、清掃係の女性としばしば顔を合わせることになった。彼女は実に丁寧に私たちの部屋を掃除してくれていた。そのお礼も兼ねて、枕の下にチップをしのばせておくと、毎回、ちゃんと懐に収めてくれている。私たちは彼女のおかげで快適なホテル生活を送ることができた。

 そんな彼女は、いつも使っている掃除機やバケツに名前を付けていた。掃除機の名前はHenry(ごめんなさい。Henryは掃除機の名前そのものでした)、バケツの名前はJULIEである。いつも自分が使うものに名前を付けることで、仕事が一層楽しくなるのだろうか。名前を付けることで道具をもっと大切に扱うことができるし、仕事のパートナーシップも生まれて来るのだと思う。私も、普段持ち歩いているノートパソコンに名前を付けてみようか。

 宿泊したホテルを振り返ってみると、変わった設備や清掃係の女性が部屋をきれいに保ってくれたことを思い出す。私たちは、クローゼットに服を収め、そこに住み始めていた。ロンドンの涼しい気候と、丁寧に掃除された部屋。チェックアウトするとき、このホテルを離れることがどんなに辛かったことだろう。私たちの肉体は日本に帰って来ても、魂の一部をホテルに置いて来た。私たちの魂のかけらは、今でもあのホテルのあの部屋から、外の景色を眺めている。私たちが七泊したロンドンのホテル。次回、ロンドンを訪れるときがあれば、是非ともお世話になりたいホテルである。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ひとまず、今回でロンドンの話をおしまいにしたいと思います。皆さん、長い間お付き合いくださいまして、どうもありがとうございました。また何か書き足りないことを思い出しましたら、またロンドンの話を書くかもしれませんし、書かないかもしれません。(笑)スライドショーに使った旅行ブログには、もう少し追加したい写真がありますので、引き続きアップさせていただく予定です。よろしければご覧くださいませ。

イギリスの変わっているものシリーズとして、もう少し加筆しておきたいことがあります。それは、ホテルのエレベータです。私たちが宿泊したホテルのエレベータは、独特の抑揚を持ったイギリス英語でしゃべっていました。上に行くときは、"Going up."、下に行くときは、"Going down."、ドアが閉まるときは、"Please mind the door. The door is closing."、ドアが開くときは、"Please mind the door. The door is opening."としゃべっていました。私たちはエレベータがしゃべる英語を良く真似たものです。女性の自動音声の英語なのですが、バスに乗ると同じような自動音声が聞こえて来て、「エレベータの女性がいる」などと言いながら笑っていました。エレベータの女性に、また会えるといいのですが。

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2007.08.20

イギリスで出会った情熱カップル

 ロンドンの街を歩いていたとき、もっとも刺激されたのは、情熱的なカップルに出会えたことだ。彼らは白昼堂々と、さも心地良さそうに正面からしっかりと抱き合い、愛を交わしていた。私は、そんなカップルを見るととてもうれしくなる。愛を交わすことを恥ずかしがっていないからだろうか。彼らの抱擁は、手塚治虫先生の漫画のようにスピリチュアルだ。肉体よりも先に、魂が喜んでいるのがわかる。魂よりも先に、肉体が相手を欲している姿とは明らかに異なっているのだ。だから恥ずかしさを感じないでいられるのだろう。羞恥心とは、肉体の持つ表面的な感情に過ぎないのではないだろうか。

 固く抱擁を交わしている彼らをついつい写真に収めておきたくて、私は情熱的なカップルを見かける度にシャッターを切らせていただいた。と言っても、こっそりとシャッターを切ったわけではなく、私も彼らの目の前で堂々と撮らせていただいた。これらの写真をオンラインアルバムに掲載させていただいても良いかどうか、普通なら迷ってしまうところだろうが、街角における彼らの堂々とした態度を思い返してみると、迷う必要などないと背中を押してくれるのだった。そもそも、こうした愛の行為を誰かに見られることを恥ずかしいと感じている人たちが、街角で堂々と愛を交わしたりしないのではないか。私にはそう思えるのだった。

 駅の改札やホームで固く抱擁を交わしている彼らは、分かれを惜しむカップルが多かった。しかし不思議なことに、これほど情熱的な彼らでも、離れるべきときはすっと離れて、すたすたと自分の道を歩き始めるのには驚いた。離れるときに後ろ髪が引かれるような名残惜しさが感じられないのは、彼らが愛のエッセンスを短時間のうちに集結させて、離れるタイミングを見計らっているからだとわかった。

 決定的な瞬間を写真に収めたくてずいぶん慌ててしまったために、撮影した写真の中には手ぶれ写真も多い。しかし、そんな手ぶれ写真でも思い切って掲載に踏み切ったのは、やはり、日本の人たちにイギリスの情熱的なカップルが愛を交わす瞬間を伝えたかったからだ。彼らがせっかく私の前で抱擁してくれているというのに、私が彼らの情熱的な愛を日本に伝えないなんて、彼らが私の前で抱擁してくれた意味がないのではないか。そんなうぬぼれさえ感じてしまうのだった。

 彼らが人前でしっかりと抱き合う姿を目にした私には、こうした愛情表現こそが、もっとも自然な男女の愛の形なのではないかと思えた。ガンモも私もそんな彼らに刺激を受けて、街角でキスをした。思えば、付き合い始めの頃は、カメラ仲間たちの前で良くキスをしたものだった。感情がオープンになると、とても気持ちがいいことを私たち自身も知っている。今更ながら、私も愛情表現豊かな欧米諸国に生まれたかったと思うのだった。

 日本では、夫婦が長年連れ添うと、倦怠期を迎えたような、愛のエネルギーを交わさない間柄に落ち着いてしまいがちだ。それは、いつの頃からか、愛を表現し続けることから遠ざかってしまうからだと思う。日本には、言わなくても察して欲しい受身の文化があるのかもしれない。そうした文化のために、何となく暗黙の了解でものごとを進めて行くことが普通になってしまうと、わざわざ愛情を表現しなくても良いだろうという方向に流れ行ってしまう。愛情は、表現しないでいる時期が長くなれば長くなるほど、再び表現することに恥ずかしさを覚えてしまうものだ。欧米の人たちが愛を表現することを恥ずかしがらないのは、休むことなく愛情を表現し続けているからだと思った。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。今回は、慌てて撮影したため、手ぶれ写真が多くなってします。あしからずご了承くださいませ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 街角でオープンに愛情を表現できるということは、それだけ愛が肉体的でなく、精神的で純粋なのだと思いました。イギリスにも、肉体が相手を欲しているような表現をするカップルがいるかもしれません。しかし、そういう人たちにはどこか後ろめたさがあって、街角で堂々と抱擁するというわけには行かないのではないでしょうか。おそらく、オープンでいられるということは、自分の中で「大きくイエス!」である証拠なんでしょうね。

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2007.08.19

英語の聞き取り珍道中

 今日は、「英語の聞き取り珍道中」と題してロンドン旅行における私たちの勘違いエピソードをご紹介したい。ちなみに、リスニングに大いに関連性のあるTOEICの点数は、ガンモと私では最高得点に百点以上の開きがある。悔しいが、ガンモのほうが点数が高いのだ。ガンモが勤めているのは外資系の会社ゆえに、英語教育のための研修セミナーを会社が開いてくれたり、また、これまでに何度もTOEICの試験を受けている。しかし、派遣社員というお気楽な職業の私は、これまでにたった一度しかTOEICの試験を受けたことがない。つまり、私のTOEICの点数は最高得点でもあり、同時に最低得点でもあるわけだ。

 最初の勘違いは、イギリスへの入国審査のときに起こった。イギリスの入国審査は、個人旅行客に関しては特に厳しいと言われている。私たちはヒースロー空港に到着して、かれこれ二時間も長い長い行列に並び、入国審査の順番待ちをしていた。私たちの少し前に並んでいた、韓国から留学のためにやって来たと思われる女性が、女性の審査官に厳しく追及されている姿が目に入って来る。その審査官は、顔を真っ赤にしながら彼女に対して何かののしっていた。どうやら簡単には通してもらえないらしい。私たちの入国審査も大丈夫だろうか。どうか、顔を真っ赤にした審査官に当たりませんように。そんなことを切に願いながら静かに待っていると、ようやく私たちの順番が回って来た。念願通り、私たちは顔を真っ赤にした審査官とは別の、優しそうな女性の審査官に当たった。

 まず最初に聞かれたのは、
"How do you know each other?"
という質問だった。私は咄嗟のことで頭が真っ白になり、「夫婦」に相当する英語がどうしても出て来ず、ガンモに助けを求めた。ガンモは冷静に私を指して、
"My wife."
と答えた。ガンモの回答により、審査官は私たちが夫婦であることを理解してくれたようだ。審査官が、
"Husband and wife?"
と念を押してくれたので、私たちは、
"Yes."
と答えた。あとで「夫婦」という単語を調べてみると、英語には夫婦に相当する明確な単語が存在していないらしい。married coupleでもいいそうだ。英語に、夫婦という明確な単語が存在していないのは面白い。「結婚したカップル」という「カップル」への修飾で夫婦を表すとは驚きだった。

 その後、審査官には、
「ロンドンには何日間滞在するのですか?」
と聞かれた。私は、
「七日間です」
と答えた。更に、
「イギリス以外に他の国も訪問されるのですか?」
と聞かれたので、
「いいえ」
と答えた。それに続いて、
「その後、日本に帰るのですか?」
と聞かれたたらしい。ガンモにはちゃんと聞き取れていたのだが、私には、
「パッケージツアーでこちらに来られたのですか?」
と聞こえてしまい、
「いいえ」
と答えてしまった。その審査官は怪訝そうな顔をして、
「イギリス以外にもどちらかに出掛けられるのですか?」
と聞き直して来た。私は再び、
「いいえ」
と答えた。何故、同じことを聞かれるのだろうと思っていたのだが、どうやら私が聞き間違いをしたために、話がややこしくなってしまったらしい。ガンモがフォローを入れてくれたおかげで、その後、もう一度、イギリス以外の国は訪問しないこと、七泊したあとは日本に帰ることへの応答が繰り返され、何とか無事に入国審査が終了した。

 入国審査を終えたあと、私はガンモに、
「『パッケージツアーでこちらに来られたのですか?』って聞かれたから、『いいえ』って答えたんだよ」
と言い訳をした。ガンモは笑い過ぎるくらいゲラゲラ笑いながら、
「パッケージツアーじゃないよ、俺たちに、七泊の旅行が終わったら、"go back to Japan?"と聞いて来たんだよ」
と言った。

 そのとき、私の頭の中には、今回の旅行はパッケージツアーではなく個人旅行であるという意識が強く残っていて、「いや、パッケージツアーじゃなく、個人旅行です」と主張したかったのだと思う。とりわけ、入国審査のとき、パッケージツアーで来られた方たちは個人旅行客とは列が別になっていて、審査官にほとんど何も聞かれることなくスルーしていた。つまり、パッケージツアーの方たちの待ち時間はほとんどなかった。おそらく、添乗員さんが付いていらっしゃるからだろうと思う。しかし、私たちは長い長い行列に二時間も並んでいたので、パッケージツアーではないということを強く主張したかったのだろう。とにかく、ガンモがフォローを入れてくれたおかげで、私たちは無事に入国審査を終えることができたのである。

 その後、ホテルに到着したときも、私がまたしてもドジを踏んだ。ホテルの宿泊料の支払いは、既に日本の仲介業者を通じてクレジットカードで済ませてあったのだが、フロントで、名前の確認のためにクレジットカードの提示を求められた。確かハワイのホテルでも同じようなことがあったので、ガンモはとあるクレジットカードを差し出した。すると、フロント係の男性が、
「このカードで認識できるのかな?」
と同僚に向かって言った。私は何を思ったか、
「はい」
などと答えてしまった。このときの私の言動は、今、思い返しても謎なのだが、おそらく、
「このカードは○○カードですよね」
と自分たちに話し掛けられていると勘違いしたのだと思う。チェックインのときに恥をかいてしまった。

 ホテルでの私の失態はそれだけでは終わらなかった。私たちが予約したホテルでは、朝食のサービスがセットになっていた。日本の仲介業者からキャンペーン価格で申し込んだため、私たちの朝食は、イングリッシュブレックファストではなく、パンとコーヒーまたは紅茶のコンチネンタルブレックファストのみだった。初めての朝、食堂に降りて行ったとき、
「コンチネンタルブレックファストの方が取っていいのは、ここからここまでです」
とはっきりと説明を受けた。その説明は、私にも良く理解できた。しかし、「ここからここまでです」と言われた先のそのまた先に、フルーツがたくさん盛られているのが見えた。私は何を思ったのか、さきほど私たちが取っても良いとされるコンチネンタルブレックファストの有効範囲の説明を受けたばかりなのに、大きな皿を取り、イングリッシュブレックファストを食べる人たちのために用意された料理に手を出してしまった。そのとき私は、フルーツだけがイングリッシュブレックファストの方たちのためにあるものと思い込み、フルーツの手前の料理までは食べてもいいと勝手に判断してしまったのだ。

 当然、ホテルの方が驚いて私に駆け寄って来た。そして、
「イングリッシュブレックファストを召し上がる場合は、追加であと五ポンドいただきます」
と言われてしまった。それを側で聞いていたガンモが、またしても大笑いしていた。私はお店の人に謝って料理を元の皿に戻したあと、ばつが悪そうにガンモのいる席に戻った。
「さっき、『ここからここまでです』って説明を受けたばかりだろ?」
と、ガンモが笑いながら私に言った。
「うん、わかってたけど、テーブルの向こうにフルーツがあったから、私たちはフルーツだけが駄目なんだと思っちゃったんだよ」
と私は弁明した。するとガンモは、
「まるみはコンチネンタルブレックファストがわかってない」
と言って更に笑った。
「コンチネンタルって確か、『大陸の』っていう意味だったよね?」
と私は言った。ガンモは、
「コンチネンタルブレックファストで、パンと飲み物だけの軽い朝食のことだよ」
と教えてくれた。
「へええ、そうなの」
私は、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだったが、それからは、
「イングリッシュブレックファストには一切手を付けません」
と誓いでも立てたかのように、実に大人しくコンチネンタルブレックファストを食べていた。

 翌日も、その翌日も、私たちは五ポンドの追加料金を支払うことなく、コンチネンタルブレックファストを食べ続けた。他の宿泊客は最初からみんな優雅にイングリッシュブレックファストを食べていた。毎日、五ポンドの追加料金を支払うことが経済的に苦しかったわけではない。ほとんどの日本人は、五ポンドの追加料金を支払って、いとも簡単にイングリッシュブレックファストにグレードアップすることだろう。私たちがそういう日本人ではないということを主張したかっただけである。しかし、さすがにパンと紅茶、コーヒーだけでは物足りなかったので、前日の夜にスーパーで何か買っておいて、
「じゃあ、これから朝食の第二会場に移動しよう」
と言って、パンを食べたあと自分たちの部屋に上がり、朝食の続きを取っていた。素直に五ポンド支払えばいいのに、コンチネンタルブレックファストで華々しいデビューを飾っただけに、追加料金を支払うことが悔しかったことも否めない。

 恥をかいたのは私だけではない。ガンモもいくつかの言葉を聞き取ることができなかった。ブルーベル鉄道に乗るために路線バスに乗ったときに、バスの往復運賃を運転手さんが説明してくれているのに、財布を持って、今にも支払いを済ませようとしているガンモの耳には、運転手さんの説明がまったく聞き取れなかったらしい。ガンモの後ろでそのやりとりを聞いていた私には、運転手さんの説明が聞き取れていたので、
「ガンモ、一人二ポンドだってよ」
としきりに説明したのだが、私が説明しても、ガンモはぽわーんとしてなかなか理解してくれなかった。どうやら、ガンモも私も、自分が舞台に立つとぽわーんとあがってしまい、相手の言うことが良く聞き取れなかったり、また、聞き取れていたとしても、自分の中にある知識で勝手に穴埋め処理をしてしまい、あらぬ方へとトリップしてしまう傾向にあるようだ。だから、英語を話す人と直接対応するのではなく、一歩下がって客観的に会話を聞いているほうが、いつも聞き取りが正確だった。あとからガンモに感想を聞いてみると、
「運転手さんが何を言っているのか、さっぱりわからなかった」
と言っていた。

 最終日にスーツケースを預けるときにガンモが対応してくれたのだが、
「荷物は何個ですか?」
と聞かれているのに、またまたガンモがきょとんとして固まっていた。ガンモが反応を示さないので、私が、
「二つです」
と答えた。やはり、自分に直接話し掛けられていると思うと緊張してしまうのは確かなようである。だから、ガンモと二人で出掛けて良かったと思う。私が現地の人と対応しているときは、一歩下がった場所でガンモが冷静に耳を傾けているし、ガンモが現地の人と対応しているときは、一歩下がった場所で私が冷静に耳を傾けている。英語の聞き取りには、客観性が必要なのだとつくづく感じた旅行であった。自分が主観になってしまうと、どうしてもあがってしまい、冷静かつ正確に聞き取れないようである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「英語の聞き取り珍道中」、いかがでしたでしょうか。他にも、地下鉄の駅でいくら待っても列車が来ないと思っていたら、「○○行きの列車は、日曜日は○番ホームから発車します」と繰り返しアナウンスされているのに、ずっと聞き逃していたという小さなハプニングもありました。何本待っても、私たちが行こうとしていう方面の列車が入って来ないのです。「あれえ、おかしいなあ」と思いながら、ホームに流れているアナウンスに耳を傾けていると、そのアナウンスがようやく耳に入って来たというわけです。いろいろなことが笑いに変わったロンドン旅行でありました。

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2007.08.18

ベーカー街

 シャーロック・ホームズで有名なベーカー街に足を運んだのは、ロンドン滞在五日目の夜のことだった。ロンドン・アイに乗ったあとに立ち寄ったので、時刻は既に二十時前後だったと記憶している。それでも、夏のロンドンの夜はまだまだ明るいので、ついつい観光を続けてしまう。

 Circle線、Hemmersmith & City線、Bakerloo線、Metropolitan線、Jubilee線と五つの地下鉄路線が乗り入れしているベーカー・ストリート駅は、ロンドン滞在中に既に何度も通過している駅だった。しかし、様々な路線が走る中で、ベーカー・ストリート駅構内にシャーロック・ホームズの絵が掲げられているのは、どうやらBakerloo線のホームのみのようである。私たちは、シャーロック・ホームズの絵につられてBakerloo線のベーカー・ストリート駅に降り立った。

 改札に向かう駅の構内には、シャーロック・ホームズの壁紙が、まるでタイルのように敷き詰められている。禁煙を意味するプレートのすぐ側にも、パイプを加えたシャーロック・ホームズの壁紙が並べられているので、何となく説得力に欠けてしまう。「ここは禁煙ですが、シャーロック・ホームズ、あなたなら煙草を吸ってもいいですよ」とでも言っているのだろうか。もしくは、シャーロック・ホームズの壁紙が使用されたのは、地下鉄構内が禁煙になる前のことだったのかもしれない。そんな想像を膨らませながら、改札へと向かう。

 駅の外に出てみると、すぐにベーカー街が視界に入って来た。ガンモの持っているガイドブックと照らし合わせながらベーカー街を歩いてみることにする。ベーカー街は、通りを挟んで二手に分かれていたのだが、シャーロック・ホームズが住んでいたとされる221bは、駅を背にして右手のほうだとガンモが言った。

 ここでお断りしておかなければならないのだが、私はシャーロック・ホームズの熱烈なファンというわけではない。シャーロック・ホームズと出会ったのは、確か小学生の頃だった。『まだらの紐』という作品を読み、推理小説の面白さにとりつかれたのである。続いて『赤毛連盟』を読んだあと、ホームズが登場する作品をもっともっと読みたいと思っているうちにアルセーヌ・ルパンに出会い、今度はホームズそっちのけでアルセーヌ・ルパンにどっぷりとはまってしまった。

 今になって思えば、ホームズよりもルパンのほうに好感を持つようになったのは、ルパンのほうが感情を読み取り易く、身近に感じることができたからだと思う。ルパンは盗みをしながら警察を欺くが、決して殺しはせずに、盗みをするのもお金持ち相手だけだ。怪盗紳士と呼ばれ、女性に優しく、ルパンの周りにはいつも相思相愛の女性がいる。一方、ホームズは、探偵として完璧な人間であり過ぎて、なかなか親近感が沸いて来ない。

 モーリス・ルブラン原作のアルセーヌ・ルパンシリーズの中では、ホームズとルパンが対決している。ホームズの原作者であるアーサー・コナン・ドイルは、自分の生み出したキャラクターである探偵ホームズが、ルブランの作品に登場するのが気に食わなかったらしい。現代であれば、著作権問題にまで発展していたところだろう。当然、ルブランは、自分の生み出したルパンというキャラクターに華を持たせたがるだろう。ルブランの描く作品の中では、必然的にホームズは悪者となり、ルパンのほうが読者に好まれるキャラクターとなってしまう。そんな私も、ルブランが生み出した物語の中の出来事だとわかっていても、ルパンの恋人をピストルで撃って殺してしまったホームズに敵対心を抱くようになってしまったのである。

 ホームズは実在の人物ではないので、物語に登場したベーカー街221bという住所も、ホームズの作品が生まれた時代には存在しなかったそうだ。しかし現在は、221bに該当する番地は存在しているようである。残念ながら、私たちの下調べが足りなかったため、221bのプレートを掲げている場所に辿り着くことができなかったのだが、ベーカー街のABBEY NATIONAL銀行に221b番地を示すプレートが掲げられているそうだ。

 ただ、221bという番地については、最近、シャーロック・ホームズ博物館なるものがオープンし、その博物館の住所を221bとする説も上がっているらしい。そのシャーロック・ホームズ博物館だが、私たちが足を運んだのは二十時頃だったので、場所は把握できたものの、既に閉まっていた。博物館の中では、シャーロック・ホームズに関するグッズなども売られているらしい。また、作品に登場する部屋が人形によって忠実に再現されているらしい。開館時間内であれば、きっと中に入ってみたのにと思うと、少し残念ではあった。

 既に閉まっているカフェものぞいてみたが、店内にシャーロック・ホームズのパネルが何枚も飾られていた。実在の人物でなくても、観光客に楽しんでもらうために、こうしてパネルを用意しているのだろう。シャーロック・ホームズが住んでいたとされる221bには、今でもファンレターや事件の解決を依頼する手紙が届いているそうだ。実在の人物ではないとわかっていて、手紙を書く人もユーモアがあるが、そうしたユーモアを受け入れるかのように、221bの住所を示すプレートが掲げられていたり、博物館があったりと、なかなか面白い。

 私はイギリスで何人かの紳士に出会ったとき、ホームズの産みの親であるアーサー・コナン・ドイルは、ホームズをイギリスの紳士の代表選手として描きたかったのではないかと感じた。一方で、ルブランの生み出したアルセーヌ・ルパンもまた怪盗紳士と呼ばれていた。ドイルがホームズをルブランの作品に登場させて欲しくなかったのは、紳士に対する考え方が大きく食い違っていたからではないだろうか。イギリスで紳士に出会った私はそう思うのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ベーカー街221bが実際に存在し、今でもファンレターや事件の解決を依頼する手紙が届いているというのは興味深い現象ですよね。日本に置き換えると、明智小五郎氏宛に手紙が届くようなものでしょうか。シャーロック・ホームズ博物館を訪れた方の手記を拝見すると、事前に作品を読み返しておいたほうがいいそうです。それくらい、忠実に再現されているのでしょうか。思えば、小学生の頃の私は、推理小説にかなりどっぷり漬かっていました。三十年余りも経って、自分が実際にベーカー街を訪れるとは夢にも思っていませんでした。未来のことは予測がつかないものですよね。

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2007.08.17

リバプール

 翌日の帰国を控えたロンドン滞在七日目、私たちは四日間有効のBritRail Pass最後の遠出をした。地下鉄ユーストン・スクエア駅より徒歩わずか数分のところにあるユーストン駅からおよそ二時間半ほど特急列車に揺られ、リバプール・ライム・ストリートへと足を伸ばしたのである。リバプールと言えば、すぐに思い出すのがビートルズだろう。そう、リバプールはビートルズの出身地で有名なところである。

 BRの特急列車はサービスが充実していることがわかったので、私はノートパソコンのほか、無線LANカードと電源ケーブル及び変換アダプタを持参して列車に乗り込んだ。しかし、今回乗車した特急列車には、無線LANによる有料インターネット接続サービスはなかった上に、すべての席にコンセントが付いているわけでもなかった。コンセントが付いているのは、同じ車両の中に四つほど設けられたテーブル席に限られていたのである。しかも、あいにくそのテーブル席がすべて埋まっていた。私たちは、帰りこそテーブル席を確保しようと、闘志を燃やしたのだった。

 リバプールでは、特に大きな目的があったわけでもなく、とにかく街を歩き回った。まずは駅前のショッピングセンターに足を運び、99ペンスショップに入ってみた。日本でも百円ショップが流行しているが、イギリスにも1ポンドショップや99ペンスショップがあり、繁盛しているようだった。99ペンスとなると、日本の百円よりも高い金額なので、なかなか面白い商品が揃っていた。しかし、そのほとんどが生活用品だったため、日本まで持って帰るのは控えたい商品が多かった。その中でも、ガンモはいろいろなサイズの電池が五十個も入っている電池セットを購入した。 一つ一つのボタン電池の値段を考えると、五十個もセットになって99ペンスというのは破格値である。物価の高いイギリスだが、安いものは特別安いようである。

 ガイドブックによれば、イギリスの人たちは、食料品売り場に足を運ぶと、商品として並べられている食べ物の中身を勝手に開けて食べてしまうらしい。99ペンスショップでも食料品が扱われていたのだが、確かに商品の封が開けられ、食べかけの状態で放置されているものがいくつかあった。イギリス人は、お店の商品を勝手に開封して食べ始めると、食べかけの商品をそのままレジに持ち込んで支払いを済ませる習慣があるのだそうだ。しかし、私が見たのは、明らかに食べかけのまま放置されてしまった商品だった。イギリスという国は、紳士と呼ばれる人も多い中で、食べるということに関しては、ワイルドな人たちもいるものだと思った。

 ショッピングセンターを出たあと、私たちはリバプールの港へと向かった。港近くの倉庫には、ビートルズ博物館なるものがあるらしい。私はその昔、ビートルズの音楽を好んで良く聴いていたものだった。しかし、音楽の好みがプログレッシヴ・ロックに移行してからは、ほとんどビートルズを聴かなくなってしまった。せっかくリバプールまで足を伸ばしたというのに、ロンドンまで往復五時間も掛かってしまうとなると、なかなかゆっくり観光することができない。既にショッピングセンターで一時間ほど過ごしていた私たちは、港の雰囲気を少しだけ味わったあと、リバプール・ライム・ストリート駅まで折り返すことにした。

 港まで、迷いながらも長い時間を掛けててくてく歩いて来たので、できれば帰りはバスに乗りたい。とは言うものの、どのバス停からバスに乗れば、リバプール・ライム・ストリート駅まで運んでくれるのかさっぱりわからなかった。仕方なく、元来た道を歩き始めたところ、途中で目立たない駅を見付けた。ガンモに、
「ここからリバプール・ライム・ストリート駅まで行けるの?」
と尋ねてみると、既にガイドブックを読み尽くしているガンモからは、
「いや、それが行けないみたいなんだよ」
という返事が返って来た。しかし、駅に設置されている列車の運行表には、リバプール・ライム・ストリート方面に向かう列車があることが記載されていた。私たちはその運行表に従い、その駅からリバプール・ライム・ストリート駅まで戻ることにした。

 切符は自動販売機ではなく、有人の窓口で購入することになっていた。私たちがもじもじしていると、私たちの目の前で、自転車を転がしている人が切符を買った。私はそのやりとりを聞き取って、真似てみることにした。
「リバプール・ライム・ストリートまで片道二枚ください」
やった、通じた。私たちは、それぞれ切符を手にして自動改札をくぐり、ホームに出た。

 しかし、切符に印刷されている内容を目にしたとき、ガンモが
「あっ」
と言った。ガンモの「あっ」という声に驚いて、私も切符を見たあと、同じように、
「あっ」
と言った。そこには、BRのマークが印刷されていたからだ。地下鉄だと思っていたその路線は、どうやらBRグループの路線のようである。
「もしかして、わざわざ切符を買わなくても、BritRail Passで乗れた?」
と私が尋ねると、
「乗れたかもしれないね」
とガンモが答えた。それでも、その列車が私たちを確実にリバプール・ライム・ストリート駅まで運んでくれるならそれでいい。私たちが乗った列車は、確かにリバプール・ライム・ストリート駅に到着した。ホテルに帰ってインターネットで調べてみたところ、やはり、BritRail Passの有効範囲内であることがわかった。

 私たちはリバプール・ライム・ストリート駅で降りて、帰りの列車の発車時刻を調べた。私たちが特急列車のホームに着いたとき、ちょうどユーストンに向けて発車しようとしている特急列車がいたのだが、テーブル席を確保できそうになかったので、次の列車まで待つことにした。ホームで待つことおよそ一時間。こうして私たちはついにテーブル席を確保することができたのである。

 私は、ノートパソコンを使うべく、テーブルに付属のコンセントに変換アダプタと共に電源ケーブルを差し込んだ。なるほど、これは快適である。こうして私たちは、帰りの二時間半を有意義に過ごし、無事にホテルまで帰り着き、ロンドン最後の夜を迎えることになったのである。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 翌日の夕方帰国することを思うと、この日はとても切ない気持ちでいっぱいでした。私はガンモに、「ロンドンに転勤して」とまで言いました。(笑)写真へのコメントに、ロンドンのサラリーマンはスーツが似合うと書きましたが、夏でも涼しいからでしょうか。ホレボレしてしまうほど、スーツをスマートに着こなしている人たちが多いように思いました。リバプールに行ったのに、ビートルズ博物館に足を運ばなかったというのは、やはり、反則でしょうか。埼玉にあるジョン・レノン・ミュージアムには足を運んだので、それで許してくださいな。

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2007.08.16

アンテナの交換

※今回の記事まで、リアルタイムを語らせていただくことにします。ロンドンの話の続きは次の記事から書かせていただきますね。

 久しぶりに直径十二センチの彼女と会って食事をした。「ガンまる日記」にも何度となく登場している直径十二センチの彼女は、一年ほど前まで私と同じプロジェクトで一緒に働いていた派遣仲間である。彼女にも大きな子宮筋腫があることが発覚し、彼女は去年、筋腫だけを取る筋腫核手術を受けたばかりだ。彼女のことを直径十二センチの彼女と呼んでいるのは、MRI画像により彼女の主治医が判断した彼女の筋腫の大きさからである。しかし実際には、直径十二センチよりももっと大きな筋腫が彼女の身体の中で育っていたようだ。

 彼女と会って食事をしたのは、数ヶ月ぶりのことだろうか。待ち合わせ場所で顔を合わせるや否や、
「痩せましたねえ!」
と彼女に言われ、うれしさで顔がにやけてしまう私だった。痩せたおかげで以前と雰囲気が違って見えたのか、私に対して、何だか別人と顔を合わせるような物珍しさを感じているのが彼女の雰囲気から感じ取れた。私から見ると、彼女自身も、私と同じ職場に居た頃とは違って、すっかり自分らしさを取り戻しているように思えた。

 お互いの近況などを語り合う中で、オフィスの冷房対策の話になった。私は、このときぞとばかりに彼女にサンダル履きの裸足姿を見せると、彼女はとても驚いていた。彼女は去年、同じプロジェクトで仕事をしていたときに、私がひどく寒がっている様子を見守ってくれていたからだ。驚く彼女に私は、城崎温泉に出掛けたときに、素足に下駄を履いて雪道を歩いたら温かかったこと、オフィスで足を温かくするには、裸足になって足を発熱させることが有効だと気が付いたことなどを話して聞かせた。それを聞いた彼女はとにかく驚いていた。何しろ、去年の私ときたら、帰宅直後に電気式の足湯に足を突っ込んで温めなければ、夜も寝られない状況だったのだから。

 数ヶ月の間に私が大きく変身を遂げているのを見て、彼女は、
「筋腫は、これ以上大きくはならないんじゃないかと思いますよ」
と言ってくれた。彼女の身近にいるスピリチュアルな女性が言うには、子宮は自由を意味する第二チャクラにあるので、私が冷房の寒さから解放されて自由になったということは、第二チャクラにも良い影響を与えているのではないかということだった。私は、そのことについては良くわからないと答えた。六月の検診で主治医に言われたことなども、彼女には既にメールで報告していたが、もう一度、口頭で繰り返した。私の主治医が私に手術を強く勧めていて、手術をしないのなら、これ以上、ここに通ってもらっても同じことしか言えないと言われたことなどである。

 彼女はセカンドオピニオンを立てた経験者なので、彼女の辿った道をもう一度確認してみた。すると、最初の病院で撮影したMRI画像は、焼き増ししてもらったわけではなく、貸し出してもらったのだそうだ。そのため、MRIフィルムの焼き増し料金は掛からなかったそうだ。なるほど、そういう手もあったのか。しかし、やはりセカンドオピニオンとなると健康保険の対象外だったそうだ。その後、私がどのように動いているのかと彼女に聞かれたのだが、あちらこちらの病院に何度も足を運びたくないので迷っていると答えた。今月半ばになって、私には新たな有給休暇が二十日間発生しているが、次の病院はもう決めているものの、まだセカンドオピニオンに向けて本格的に動き始めてはいない。病院に通う回数を最も少なくするためには、これまでの病院に通うのをやめて、新しい病院で再度MRIの検査を受けるべきかどうか、迷っているのである。

 実は、先月受診した健康診断の結果が返送されて、おそらく筋腫の肥大による影響と思われる別の症状が発覚してしまった。しかし、どういうわけか重い腰がなかなか上がらない。ラジウム温泉通いも、暑さのせいで足踏みしてしまっている状態である。きっと、一度エンジンが掛かってしまえば、もっと動きが加速するのだろうが、あれだけ満ち溢れていたセカンドオピニオンに向けての意気込みが、今や落ち着きつつあるのである。

 筋腫話はさておき、彼女が聞かせてくれた話の中で、ここに書いても差し支えなさそうな話を書いておこう。自然が大好きな彼女は、植物に対する思い入れが特別強いそうだ。彼女は先日、大自然に囲まれた場所を旅行したとき、ある植物が死にかけているのを敏感に感じ取り、とても悲しくなってしまったのだそうだ。私はこれまであまり意識したことはなかったのだが、都会のように人間の手によって植えられた人工的な植物と、大自然の中で育つ野生の植物の持つエネルギーはまったく異なっているそうだ。彼女はやはり、伸び伸びと生息している野生の植物が大好きだと言う。彼女の話を聞きながら、おそらく私にとっては、動物に相当するテーマだと感じていた。

 人によって、アンテナを立てている対象は異なっている。しかし、例えアンテナを立てている対象が異なっていたとしても、異なっているものを自分の立てているアンテナの対象物に置き換えて感じ取ることで、お互いに何か通じ合うものを見出すことができる。人と人との交流は、そうした交換を行うことで、お互いが理解を深めるための新たな接点にもなり得るのだと感じた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 彼女から聞いた話ですが、サボテンは、人間の言葉がわかるそうですね。いやいや、これには驚きました。彼女は、自宅の庭でサボテンを植え替えながら大事に育てているそうです。「そんなにサボテンが好きなら、勤務先にもサボテンを持って行けばいいのに」と私が言うと、彼女は、植物は大地に根を下ろしている状態が一番いいのだと言いました。彼女のこの見解はまさしく、私にとっての動物のテーマと相通ずるものがありました。私が動物園にいる動物を哀れに思ってしまうのと、彼女が鉢植えや水に生けられた植物を哀れに思ってしまう気持ちは、どうやら同じであるようです。世の中の仕組みを理解して行くことというのは、自分の中にもアンテナの分野を持ち、他の人のアンテナの分野と交換して行くことにあるのかもしれませんね。

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2007.08.15

ホットヨガ(六十三回目)

※やはり、リアルタイムの出来事も綴っておきたいので、今回もロンドンの話はお休みさせていただきますね。

 三枚目の回数券に突入して初めてのホットヨガのレッスンは、前日も映画を観るためにその前を通過したばかりの神戸店で、久しぶりに七十五分のアクティヴコースのレッスンを受けた。

 いつものように受付でロッカーの鍵を受け取り、ロッカールームに入ってみると、レッスン用のズボンを忘れて慌てている人がいた。せっかくレッスンを受けにやって来たのに、汗びっしょりになってしまうホットヨガのレッスンでは、レッスン用のズボンに履き替えなければレッスンを受けることができない。私自身も、自宅からレッスン用のズボンを履いたままレッスンを受け、シャワーを浴びたあと、替えのズボンを忘れて来たことに気が付いて青ざめた経験があるので、その方の慌てる気持ちはとても良くわかる。

 お友達と一緒にレッスンに参加されていると思われるその方は、お友達に向かって、
「レンタル用のズボンがあるかどうか、受付で聞いてみるね」
などと言って、ロッカールームから出て行った。間もなくその方はロッカールームに戻って来られて、二百円でズボンをレンタルできることがわかったと、お友達に報告されていた。受付でズボンをレンタルできることがわかり、どうやらロッカーにお金を取りに戻って来られたようである。お友達が、
「へええ。良かったなあ。じゃあ、下だけじゃなく、上もあるんかなあ?」
と問い掛けたので、その方は、
「わかった。ついでに聞いてみるわ」
と言って、再びロッカールームから出て行き、今度は受付でレンタルされたと思われるズボンを手に持ってロッカールームに戻って来た。
「レンタルできることがわかって良かったわあ。そうそう、『上下取り揃えております』、やて」
と、お友達に報告されているのが聞こえて来た。つまり、ホットヨガではレッスン着を上下ともレンタルできるということである。これはいいことを聞かせてもらった。というのも、以前、突然思い立ってレッスンに出掛けたとき、お風呂道具やら着替えやらレッスン着やらを一式を揃えるのに何千円も掛かってしまったからだ。となると、もともとホットヨガでは、タオルや水や一回分のお風呂セットのレンタル及び販売は行っているので、下着の用意さえすれば、手ぶらのレッスンも可能なわけである。これは、回数券を有効活用するチャンスが広がるというものだ。(以下、独り言。さすがに、下着のレンタルはないだろう)

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、大きなスタジオなのに、ヨガマットが十二枚しか敷かれていなかった。おそらく、お盆でどこかに出掛けられている方が多いのだろう。水曜日の同じ時間のレッスンでお見掛けする憧れのフリーパス会員のあの方も、今回は参加されていなかった。それはそれでちょっぴり寂しいものだが、それでも、十二人というのはレッスンを受けるには快適な人数である。隣の人との距離がいつもよりも広いので、気兼ねなく両手を広げてポーズを取ることができた。

 今回のインストラクターは、ビギナーコースで何度もお世話になったインストラクターだった。いつも、着実なレッスンを展開してくれるインストラクターだ。そう言えば、私は彼女とはほとんど世間話をしたことがない。だから、「お盆にレッスンを担当してくれてありがとう」。私は心の中でそうつぶやいていた。

 今回のレッスンでは、初めてアクティヴコースのレッスンに参加される方が二名ほどいらっしゃった。私は、自分がかれこれどのくらいアクティヴコースのレッスンを受けているのだろうと考えていた。もう思い出せないが、初めてアクティヴコースのレッスンを受けられる方がいらっしゃるということは、そろそろ私自身も脂肪燃焼コースなどの新しいコースに進んでもいいのではないかという気がした。いや、脂肪燃焼コースに進むよりも、いったんビギナークラスに戻ってみたほうが、何か新しい発見があるかもしれない。どちらにしても、次なる扉が私を待ってくれているような気がしたのだ。九月まで限定で行われるスクイーズクラスが継続して開設されれば、迷わずスクイーズクラスに通い続けるのだが。

 前回のバレエヨガのレッスンのあたりから、神戸店のヨガマットが新しくなった。神戸店が二周年を迎えた記念に新しく買い換えたのかもしれない。使い慣れたヨガマットも安心するが、まだ巻きの跡が残っている新しいヨガマットの上でポーズを取るのもなかなか気持ちがいいものだ。私自身の動きで、ヨガマットに勲章を刻み付けて行くような、そんな快感もある。

 今回も私は、鏡の前のヨガマットを選んでいた。鏡越しに自分の身体を確認しながら、確かに私は痩せたと実感した。自分で言うのも何だが、顔のあたりが今までよりもほっそりしているし、肩のあたりも肉が落ちている。そう、私は、ロンドンにも毒出しホットジュースの材料を持ち込んで、毎日せっせせっせと毒出しホットジュースを作って飲んでいたのだ。そのため、日本にいるときと同じように、夜になってもほとんどお腹が空くこともなく、小食で済んだのである。ロンドンから帰って来て体重計に乗ってみると、出掛ける前よりも更に一キログラム体重が落ちていた。継続は力なりというのは本当のことだ。私は、毒出しホットジュースを飲み始めてから三ヶ月でおよそ七キログラム痩せたことになる。

 久しぶりに運動をして汗をかいたのだが、何故かレッスンの途中ではあまり汗をかかずに、レッスンを終えたあと、顔から汗がどっと噴き出して来た。あまりにも汗が噴き出し過ぎてしまい、顔の判別ができなくなるほど顔が小さくなってしまったらどうしようなどと心配になって来た。そうなると、友人や知人には声を掛けてもらえず、こちらから声を掛けるしかない。しかし、例えこちらが声を掛けたとしても、相手に認識してもらえないかもしれない。そんなことでは困る。汗よ、止まれ! と思ったが、帰宅してからもダラダラと顔から汗が出続け、なかなか止まらなかった。何故、レッスン後に顔から汗がこれほど吹き出るのだろう。こんなに吹き出ると、顔から吹き出る汗で消火活動を手伝うショートショートを書きたくなってしまう。しかし、そんなショートショートを書いてしまうと、顔から火が出てしまうほど恥ずかしくなるので、やめておこう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 毎日暑い日が続いていますね。私たちの身体がチョコレートでできていたなら、とっくに溶けてドロドロになってしまっているのではないでしょうか。身体がチョコレートでできていなくて良かったと思います。残念なことに、熱中症で何人かの方が亡くなられているようです。ホットヨガの「では、皆さん、水分補給を・・・・・・」ではありませんが、水分を欠かさず取るようにして、倒れたりしないよう、気をつけてくださいね。しかし、これが地球温暖化の影響だとすると、暑いからと言って、クーラーを使い過ぎるのもまた悪循環なのですよね。

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2007.08.14

映画『私たちの幸せな時間』

※我が家に停電があったようで、「ガンまるコム」サーバがしばらくダウンしていました。そのため、「ガンまるコム」サーバから引き込んでいる画像が表示されていませんでした。アクセスしてくださった皆さんに大変ご迷惑をお掛けしましたことをお詫び申し上げます。古いサーバなので、停電からの復旧時に自動立ち上げできるように設定できないのです。(^^; ところで、ロンドンの話はもう少し続くのですが、レビューを書きたくなるような映画を観て来ましたので、今日は久しぶりに映画のレビューをお届けしたいと思います。

 夏休みを終えて初めてのレディースデイ。他の人たちよりも一足先に夏休みを取った私は、世間がお盆休みだというのに出勤している。出勤しても、同じプロジェクトの人たちが誰もいないので、堂々と仕事を定時に上がることができる。だから、レディースデイの映画鑑賞にも気兼ねなく足を運ぶことができるのだ。

 先月末に『殯(もがり)の森』を観て以来、映画館で映画を観ていなかった私は、ちょっぴり映画に飢えていた。ロンドンを往復する間に飛行機の中で何本か映画を観たが、小さなスクリーンでは何となく物足りない。映画館で映画を観たい。だからと言って、映画なら何でもいいわけじゃない。できれば、まだ多くの人たちの目に触れていない映画がいい。

 私は、映画の上映スケジュールとにらめっこしながら、気になっているいくつかの映画の中から、待ち時間に無駄のない映画を選んだ。それがこの『私たちの幸せな時間』である。この映画は、『殯(もがり)の森』を観た映画館、つまり、ホットヨガ神戸店のすぐ隣にある映画館で上映されていた。

 この映画は韓国映画である。韓国映画には感動させられることが多い。記憶に新しいのは、去年観た『『グエムル -漢江の怪物-』』や、今年の初めに観た『夏物語』などである。特に『夏物語』は、映画館でぐじゅぐじゅに泣いた。果たして、この映画はどんな感動を与えてくれるのだろう。できる限り受身になって、シートに深く腰を埋める。

 映画が始まってしばらくしてから、映画の展開とはまったく関係のないところで涙が出て来た。突然、何か予感がしたのだ。それは、既にこの映画を観て大きな感動を味わった人たちと同じ道を辿るであろうという、ゾクゾクするような予感である。その道が見えて来るや否や、私は瞬く間に映画の世界に引き込まれて行った。

 簡単なあらすじを書いておくと、この映画は、自殺願望のある裕福な女性ユジュンと、殺人罪のために死刑が確定している死刑囚ユンスとの淡いラブストーリーである。物語の初期の段階から、ユジュンが何故、実の母親に反発しているかが手に取るようにわかってしまう。母親の愛情を強く欲しているのだ。母親が愛してくれないから自分も愛さない。そんな構図が見えて来る。自分の問題に精一杯の母親は、ユジュンに愛情を注ぐことよりも、世間体や自分自身のことばかり考えている。そうした環境において、居場所をなくしたユジュンが自ら死を選ぼうとする気持ちは、それとなく察することができる。一方、ユンスもまた、弟と共に施設で育ち、自分たちを見捨てるしかなかった母親の愛情を求めていた。

 裕福な家庭に生まれ育ったのに母親に愛されずに生きて来たユジュンと、実の母に見捨てられ、自ら施設を飛び出したあと、物乞いをしながら何とか生き抜くしかなかったユンスは、互いの境遇の違いから、最初は反発し合う。そうした反発が、客観的に観ている私たちには面白おかしく映っている。何故なら、そうした反発は、相手との間に壁を作ろうとする防御の反発ではなく、お互いをもっと良く知ろうとするためのひねくれる反発だということが手に取るようにわかるからだ。

 人間は、あまりにも深い傷を抱えてしまうと、
「一体、お前に俺の何がわかる?」
というモードで、他の人が自分の領域に土足で入り込んで来ないように、壁を作って防御してしまう。壁の隙間からそっと顔をのぞかせるのは、自分の痛みを理解してくれそうな相手に出会ったときだけだ。光の中にいる人が壁の向こう側にいる人に向かって、
「こっちへおいで」
と声を掛けるのは傲慢だ。しかし、ユジュンとユンスは、壁で閉ざされた闇の中でお互いの姿を確認することができた。同じ闇の中にいるなら、次第に目が慣れてくればお互いの姿を確認することができる。そうしたプロセスが、ユジュンとユンスの初期の交流の中に描かれている。

 刑務所にいるユンスに、毎週木曜日の午前十時から午後一時時まで、週に一回の約束で会いに行くユンス。その特別な面会は、もとはと言えば、ユジュンの伯母であるシスターと囚人たちの交流のために設けられたものだ。しかし、シスターの計らいで、ユンスとの面会はユジュンが担当することになる。その時間帯ならば、刑務官の立会いのもとで、同じ部屋の中で二人を隔てる柵のないテーブルに向かい合わせで面談することができるのだ。

 やがて、ユンスにとってユジュンが癒しの対象になっているだけでなく、ユジュンにとっても癒しの対象になっていることが、映画を観ている私たちにもわかるようになって来る。お互いが良い影響を与え合っている証拠に、出会ってからの二人はどんどん変わって行く。刑務所で明るくなったユンス。更には、母に対してずっと抱き続けていた怒りの感情を解放しようとするまでに変化したユジュン。それは、ユンスが死刑から逃れられるように願掛けする意味もあったかもしれないが、ユンスが殺したという家政婦の母親がユンスに面会にやって来て、ユンスを赦そうとしたことに影響を受けているのは間違いない。

 個人的に印象に残っているのは、ユジュンがポラロイドカメラを使って撮影した写真のプリントをユンスにプレゼントしたときに、ユンスが、
「これまでで一番のプレゼントだ」
と言ってひどく喜んだことだ。ユジュンが撮影に使っていたカメラは、確かSX-70というポラロイドカメラだ。カメラ好きの私としては、そのカメラが決して新しい時代のものではないことを知っている。ということは、ひょっとするとユジュンは写真を撮ることがとても好きな女性なのかもしれないと想像する。おそらくユジュンは、自分の好きなことの中から、ユンスにできることを探して実践した。そうだとすれば、自分の撮影した写真のプリントをユンスが大喜びしてくれたということは、ユジュンにとっても大きな喜びだったはずなのだ。自分の好きなことで人に喜んでもらえたのだから。

 反対に、プリントを受け取ったユンスからすれば、自分が好きになったかもしれない女性の視点で撮影した写真のプリントを受け取ったという貴重さもあるのだろう。誰かを好きになればなるほど、その人が見ているものをその人の視線で見てみたくなるものだ。写真のプリントは、容易にそれを実現する。刑務所の中にいる自分は、外の世界を体験することができない。その代わりに、ユジュンが外の世界をユジュンの視点で写真に映し出してプリントしてくれた。写真のプリントをプレゼントしてユンスが大喜びするシーンは、そうした心理を突いていると思う。

 ユンスは、受け取ったポラロイド写真の一枚に、「木曜日の午前十時から午後一時まで 私たちの幸せな時間」とペンで記す。ここで、「私たち」という言葉が使われていることに注目したい。複数の人をまとめて「私たち」と表現するとき、自分以外の人も自分と同じ気持ちであるという了解が必要な場合がある。しかしユンスは、ユジュンの了解もなく、「私たち」と記した。つまりユンスは、自分に面会に来てくれたユジュンもまた幸せな時間を過ごしているということに気が付いていたのである。

 ラストはもう、涙、涙だった。劇場内からもすすり泣きの声が聞こえていたし、私自身も泣かずにはいられなかった。これだけの重いテーマを扱っているのに、押し付けがない映画は珍しい。押し付けがないということはつまり、お涙頂戴の映画ではないということである。

 死刑の制度については、これまで私も「ガンまる日記」で反論して来た。この映画の中で素晴らしいと感じたのは、ユンスが殺した家政婦の母親とユンスを面会により引き合わせていることだ。そのことで、人を殺めてしまったことへの後悔と直結して、ユンスの魂の成長はスピードアップしたように私には感じられた。殺人を犯した場合、本当は刑務所に閉じ込めて服役することよりも、遺族に会わせることが一番の戒めになるのではないだろうか。しかし、実際に事件が起こると、加害者と被害者はお互い冷静になるために極端に遠ざけられる。それでは、魂の成長は加速しないと私は思う。そして、魂の成長が加速しないから、死刑という間接的な戒めの道を選ぶことになる。この映画には、死刑執行のボタンを押す仕事をしている人の苦悩も描かれている。法とは、人間らしさを押し殺してまでも守り通さなければならないことなのだろうか。そんなことを訴えかけてもいる。

 とにかく、いろいろな人たちとの関わり合いが見事に描かれた作品であった。人々が互いに連鎖し合いながら生きていることが手に取るようにわかる作品でもある。死刑について考えさせられると同時に、赦すということについても考えさせられる。死刑に反対するということは、同時に赦すことでもあるからだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久しぶりに奥の深い作品を鑑賞しました。私が足を運んだ映画館には、明らかに二回目以降の鑑賞の方がいらっしゃって、私が状況を把握できずにまだ笑う準備が整っていないシーンで笑っていました。泣けるシーンもたくさんあります。子供時代のユンスが病気の弟を守ろうとするシーンなども、泣けて来ます。この物語にモデルとなった人物がいないのだとしたら、一からストーリーを組み立てた原作者は天才だと思います。ミニシアター系の映画館で上映されている作品のようですが、夏休み中に何か一本でも映画を観たいと思っている方がいらっしゃいましたら、是非ともお勧めしたい映画です。

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2007.08.13

旧硬貨を使う冒険

 今回の旅行では、私が十七年前にヨーロッパを旅行したときに持ち帰ったイギリスの硬貨を持参した。ガンモが珍しがって、それらの硬貨を自分の財布の中に入れて持ち歩いていたのだが、やはり異国の地で硬貨を使うのは少々勇気がいる。戸惑いながら、時間を掛けて硬貨で支払うよりも、少し大きな額面のお札を出してお釣りをもらったほうが楽ちんだからだ。しかし、それでは財布の中に硬貨がどんどん溜まって行く一方だ。それに、せっかく日本から十七年前の硬貨を持って来た意味がない。そこで思い切って、売店で飲み物を買ったときに、日本から持って来た硬貨を使ってみることにした。

十七年前にイギリスから持ち帰った硬貨

 飲み物の代金は、ガンモが財布の中から硬貨を取り出して支払った。十七年前に私が持ち帰った硬貨の単位がペンスではなくシリングだったため、ペンスへの換算方法が良くわからないので、「この硬貨、使えるかな?」という素振りを見せながら、レジの前のテーブルの上に並べた。すると、売店のおじさんがそれらの硬貨を見てひどく驚いた様子で、硬貨を手に取って眺めながら笑い始めた。そして、
「おお、この硬貨は年代ものです。これからもっともっと価値が上がるので、大事に取っておくといいでしょう」
と言ってくれた。そこで私たちはすぐにその古い硬貨を引っ込めて、今回の旅行で受け取った硬貨の中から代金を支払った。ユーモアに溢れたおじさんで良かった。

 どうやら、十七年のうちに、硬貨の制度が変わり、古い硬貨が使えなくなってしまったようだ。売店を離れたあと、私たちは二人で大笑いした。十七年前の硬貨が使えるかどうか挑戦してみたのは、私たちにとってはちょっとした冒険だったのだ。使えないならそれでもいい。使おうとしたことのほうが貴重な体験だ。思い切って使おうとしたおかげで、売店のおじさんから、"valuable"(価値のある)という言葉を聞くことができた。

 ホテルに帰ってからインターネットでイギリスの通貨を調べてみると、シリングは一九七一年に通貨単位に十進法が採用されてから既に廃止になっていた。それでも、しばらくの間は旧通貨も使用できたらしい。それにしても、私がヨーロッパを旅行したのは一九九〇年のお正月頃だったはずだ。一九七一年にシリングが廃止されてから、二十年近くも旧通貨が使用できたのだろうか。ガンモは、
「当時、もう使えなくなってる硬貨なのに、外国人だからわからないと思って、お釣りに使ったんじゃないの?」
などと言った。私は、
「そうなのかなあ」
と言ったが、できればそうは思いたくないものだ。

現在の硬貨

 それにしても、私たちが使おうとした2シリング硬貨は、売店のおじさんにとって、どのように映って見えたのだろう。反対に、私たち日本人が外国人に差し出されて驚く硬貨があるとしたら何だろうと考えてみた。硬貨はすぐに思い付かないが、五百円札なら想像できる。あとは、旧一万円札や旧五千円札。古いところでは百円札。確かに、これらのお札をいきなり差し出されたら、驚きとともに笑いが出て来るだろう。そして、
「これらは貴重なお金だから、取っておくと良いですよ」
と言いたくなるだろう。お金として使うのではなく、コレクションアイテムとして手元に残しておきたいものを私たちは使おうとしてしまったようである。

 実は、私は十七年前のヨーロッパ旅行で五ヵ国を回っているので、それぞれの国の硬貨が手元に残っている。ドイツのマルク、フランスのフラン、スペインのペセタ、イタリアのリラ。しかしガンモは、
「ヨーロッパはほとんどの国がユーロになってるから、まるみが持ってる硬貨はもう使えないよ」
などと言う。
「えっ? 本当?」
驚きを隠し切れない私は、再びインターネットで調べてみた。ヨーロッパのほとんどの国がユーロを導入したと、風の便りには聞いていたが、確かにドイツ・マルクもフランス・フランもスペイン・ペセタもイタリア・リラもすべて廃止され、ユーロに変わっていた。ユーロを導入していないイギリスでさえ、私が持っていたシリングの通貨は古くて使えなかった。私としては、とても複雑な気持ちだ。ちょうど、トランプ遊びをしているときに、手持ちの札があるのに出すことができないような、そんな複雑な気持ちである。でも、希少価値のある宝物が増えたと思えばいいのだろう。そう思うことにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ヨーロッパは、ユーロに変わってから、両替の手間が省けて便利になったのかもしれませんね。私も、以前、五カ国を回ったときは、国が変わる度に両替をしなければならないのは面倒だと思いました。両替には手数料が掛かるので、その分が、どんどん差し引かれて行きますからね。ただ、国ごとに個性ある通貨を手にするのも、旅行者にとっては楽しみの一つであったと思います。ご存知の方も多いと思いますが、イタリアのリラはペンダントにしてもいいくらい美しい硬貨でした。それにしても、通貨が変わるというのは、単にお札が変わるという感覚では済まされないほその強い影響力を持っているのでしょうね。しばらくは、ものの価値を判断しにくいのではないでしょうか。ユーロへの統一、よくぞやってくれましたという感じですね。

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2007.08.12

National Railway Museumと9と3/4ホーム

 BritRal Passを使用し始めて三日目の朝、私たちはハリーポッターで有名なキングズクロス駅からホグワーツ行きの列車に乗った。というのは冗談で、キングズクロス駅から特急列車に乗ってヨークへと向かった。

 イギリスの列車は、特急券も指定券も別料金は必要なく、指定席も無料で予約できるのだそうだ。そのためか、私たちが乗車した特急列車は、予約でほぼ満席の状態だった。その席が既に予約済かどうかは、席の上に予約区間が印刷されたチケットが挟まれているのですぐにわかる。席の上にチケットが挟まれていなければ、その席は空いていることになるので、私たちはチケットが挟まれていない席を一生懸命探して座った。例え予約されている席であっても、予約された乗車区間に誰も乗って来なければ、予約はキャンセルされたことになるらしい。そういう席には、座ってもいいことになっている。最初のうち、私たちは隣同士の席を確保できなくてバラバラに座っていたのだが、私の隣の席が予約席だったにもかかわらず、予約された乗車区間に誰も乗って来なかったので、別のところに座っていたガンモを呼び寄せて並んで座った。

 私たちが乗車した特急列車はとても豪華な車両で、車内に有料無線LANのサービスがあるほか、座席の横にはご丁寧に、パソコン用のACアダプタを差し込むことのできる電源コンセントまで用意されていた。私は、ホテルを出て来るときにノートパソコンと無線LANカードは持って出たが、ACアダプタは持って来なかったので、ちょっぴり悔しい思いをした。というのも、ホテルを出発するまでに「ガンまる日記」を書き上げることができなかったので、できればキングズクロスとヨーク間の往復四時間の移動時間を利用して書き上げたいと思っていたからだ。しかし、まさか自分の席の横に電源コンセントが用意されているとは夢にも思わず、往復四時間の間、私は古びたノートパソコンの電池をちびちび消費する羽目になった。

 イギリスには、有料無線LANのサービスが実に多い。列車などに備え付けられているのは、三十分八百円弱から利用できる有料サービスだ。支払いは、無線LAN接続後の管理画面にアクセスしてクレジットカード情報を入力して済ませる。書き上げた「ガンまる日記」をアップするくらいなら、三十分で十分なので、私はロンドン滞在中、このサービスを合計二回ほど利用した。

 ところで、私たちは何故ヨークに向かっているのか、よーく考えてみよう。実は、ガンモの希望で、ヨーク駅前にある国営のNational Railway Museumに足を運ぶためである。National Railway Museumには、イギリスの古い鉄道を中心に、現役を退いたたくさんの車両が展示されている。日本の0系新幹線も展示されているらしい。

 物価の高いイギリスだが、大英博物館同様、国営の施設は入場無料となっている。しかも、私たちのように税金を払っていない外国人観光客であっても、入場無料にしてくれるのは大変ありがたい。イギリスにおける外国人観光者は、こうしたところでもイギリス国民の援助を受けていることになる。

 館内に入ってみると、平日だというのに家族連れが多かった。やはり、夏休みがあるのはイギリスも同じのようだ。しかし、私たちのような外国人はほとんどいない。確かにそうだ。日本において、私たちが鉄道博物館を訪れるとき、外国人観光客とはほとんど顔を合わさない。他の博物館と違って、鉄道博物館は大々的な宣伝をしているわけではないので、外国人が訪れるには、余程念入りに調査をした人でないと、候補に上がらないのかもしれない。ガンモはロンドン行きを決めてからというもの、かなり念入りにイギリスについて調べていた。何しろ、四ヶ月もの間、毎晩、ベッドに入る前の数十分を、イギリスのガイドブックを読む時間に当てていたのだから、知識も増えるはずである。今回の旅の計画を立ててくれたのもガンモだ。

 私たちは、順番に館内を見学して回った。その中に、イギリス王室向けに造られた車両があり、ため息が出るほど豪華だった。王室のためにわざわざ豪華な客室を用意するということは、ある意味、国民に対する差別にもなりかねないのだが、現役を退いたあと、このような鉄道博物館に展示されることで、多くの人たちがため息を吐くほどの体験をさせてくれるのならいいのではないだろうか。

 屋外に出てみると、大人や子供を乗せたミニレールが運行されていた。ミニレールの利用は一回五十ペンスである。五十ペンスは一ポンドの半分なので、日本円にしておよそ百二十円くらいだろうか。日本でも、鉄道関係の催し物に足を運ぶと、ミニレールのサービスが大人気である。通常よりも小さなサイズのものに憧れるのは、人間の心理かもしれない。私たちはミニレールの利用券を購入し、長い待ち行列に三十分ほど並んだ。

 ようやくミニレールに乗車できる順番が回って来た。ミニレールは、電気自動車のような仕掛けだったが、ちゃんとレールの上を走り、すぐに折り返して帰って来る。私たちは童心に返って、わずか数分の旅を楽しんだ。

 ミニレールに乗車したあとは、いよいよ日本の新幹線の登場である。別棟に移動してみると、いきなり見慣れた懐かしい車両が視界に飛び込んで来た。古い古い0系新幹線である。中に入ってシートに腰を下ろすことができるからだろうか。イギリスの人たちも新幹線には興味津々のご様子で、室内のモニタから鑑賞できる新幹線の映像を熱心にご覧になっていた。私は、
「日本では、もっと新しい新幹線が走っているんですよ」
と言いたいのに、なかなか言えないもどかしさを感じていた。そのとき、はっと我に返ったのは、私が日本の鉄道博物館で外国の車両を見掛けたとしても、その車両が既に引退した古い車両ではなく、最新の車両だと思い込んでしまうだろうということだった。だから、わざわざ外国から車両が運ばれて来て、鉄道博物館に展示されるという時点で、それはその国の最新の車両だと思われても仕方がないのだ。

 私たちは、National Railway Museumで有意義な数時間を過ごし、再び同じ特急列車に乗って、キングズクロス駅に戻って来た。キングズクロス駅と言えば、是非とも見ておかなければならないものがある。そう、ハリーポッターに出て来る9と3/4ホームだ。私たちは、ひとまず9番ホームを目指した。きっとそのあたりに9と3/4ホームがあるはずである。あった、あった! 9と3/4ホームはわざわざ探す必要もなく、9番ホームを目指すだけですぐにわかるところにあった。そこでは、既に誰かが記念撮影をしていたが、間もなく撮影が終わり、私たちが撮影できる順番が回って来た。

 キングズクロス駅の9と3/4ホームには、ホームのプレートが貼られ、半分だけ壁に食い込んだカートが置かれていた。ハリーポッターの中では、カートに荷物を積んで、勢い良く壁に飛び込むと9と3/4ホームが開くことになっている。そこで私たちも、力任せにカートを押して、いかにも壁の中に入り込もうとしているようなポーズを取って、それぞれが記念写真を撮った。

 私たちが壁の中に入り込むことができなかったのは、ダイアゴン横丁で教科書を揃えることができなかったからかもしれない。もともと私たちはマグルのお金しか持っていなかったし、9と3/4ホームの案内は見つけられても、ダイアゴン横丁への案内図は出ていなかったので、仕方がない。ハリーのように、ダイアゴン横丁までハグリットが案内してくれるわけでもないのだから。

 ハリーポッターに忠実に9と3/4ホームがあり、壁に半分だけ食い込んだカートが置かれているところ。それがイギリス人のユーモアなのだと思う。日本人なら、9と3/4ホームまでは作っても、壁に半分だけ食い込んだカートは置かないのではないだろうか。イギリス人のユーモアに感心した私たちである。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今日も鉄分の多い記事となってしまいました。(^^; でも、ハリーポッターで締めくくったので、許してやってくださいな。皆さんは、夏休みをご満喫中でしょうか。故郷などでのんびりと過ごされている方も多いかもしれませんね。私は、一足早く夏休みをいただいたので、この一週間は仕事に出ています。でも、出勤している社員の人たちも少ない上に、定時で上がることができるので、身体はとても楽ちんです。何しろ暑い日が続いていますので、夏バテと冷房の当たり過ぎには十分ご注意くださいませ。

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2007.08.11

ブルーベル鉄道

 ロンドン滞在の四日目、私たちは地下鉄に乗ってヴィクトリア駅まで出たあと、ヴィクトリア駅の窓口でBritRail Passのヴァリテーションを行った。ヴァリテーションとは、簡単に言うと、チケットを有効にすることである。BritRail Passは、駅の窓口でヴァリテーションを行うことにより、指定した日付から指定された日数だけ使用できることになっている。私たちは四日間有効のBritRail Passを購入していたので、これから四日間、BRを乗り放題できることになる。

 早速私たちは、BritRail Passを使用してBRのローカル線に乗り、ロンドンから一時間ほど離れたEast Grinstead駅にやって来た。そこから路線バスに乗り換え、終点のKingscote駅前で降りた。Kingscote駅から、イギリスの保存鉄道の一つであるブルーベル鉄道の蒸気機関車に乗車するのだ。

 Kingscote駅の窓口では、背の高い上品な駅員さんが、私たちがどのような切符を持っているか尋ねて来た。私たちは、BritRail Passと、さきほど購入した路線バスの往復乗車券を駅員さんに見せた。すんなりと切符を販売してくれるわけではないところがいかにも英国紳士だ。つまり、これから乗車するブルーベル鉄道の乗車券を持っていないことを確認するために、わざわざ私たちが持っている切符を確認してくださったのである。

 ガンモの話では、保存鉄道の一つであるブルーベル鉄道は、ボランティアの人たちで運営されているそうだ。乗客が支払う運賃に含まれているのは鉄道の維持費のみで、駅員さんや乗務員さんたちの給料までは賄われていないらしい。ボランティアで働いている方たちの中には、かつては弁護士やお医者さんだった方もいらっしゃるそうだ。本職を退かれたあと、ブルーベル鉄道で楽しくボランティアをされている方が多いらしい。

 だからだろうか。蒸気機関車に乗るという私たちの喜びが、ボランティアの乗務員さんたちの喜びと直結している。私たちとボランティアの乗務員さんたちは、蒸気機関車が好きという共通の想いでただちに結ばれるのだ。

 例えば、私が写真を撮っていると、途中のHorsted Keynes駅に停車したとき、ボランティアの乗務員さんが、
「この駅でしばらく停車しますので、外に出て写真を撮るだけの十分な時間がありますよ」
と、にこにこしながら話し掛けてくださった。こうした会話も、「仕事」ではないからこそ成り立っているように思える。「仕事」ならば、カメラを構えた一個人に話し掛けるということは控える傾向にあるのではないだろうか。

 私たちはHorsted Keynes駅でいったん降りて、緑を基調にした美しい駅舎や蒸気機関車の車両などを次から次へと写真に収め、蒸気機関車が動き始める前に再び席に戻った。やがて私たちの乗った蒸気機関車は、終点のSheffeield Park駅に向けて走り始めた。車窓から見えて来るイギリスの田園風景が素晴らしい。ロンドンから普通列車でわずか一時間移動しただけで、これだけのどかな景色が広がっているのが不思議だった。

 終点のSheffeield Park駅に着くと、お土産売り場があったので、しばらくそこで過ごした。そのあと、さきほど乗って来た蒸気機関車に再び乗り、途中のHorsted Keynes駅まで折り返した。今度は、行きで利用した四人掛けのクロスシートではなく、映画『ハリーポッター』に出て来るような、十人くらいの人たちで共用できる二等個室を利用してみた。日本にはない車両編成に、私たちの胸は躍った。

 ブルーベル鉄道は単線なので、途中のHorsted Keynes駅で列車同士が待ち合わせをすることになっている。私たちの乗った蒸気機関車の対向でやって来たのは、私たちが乗車している緑を基調にした蒸気機関車ではなく、木目調の蒸気機関車だった。ガンモは、
「この蒸気機関車が折り返して来るのをここで待って、それに乗って帰ろう」
と言った。そこで私たちは、Horsted Keynes駅で長いこと待つことになる。

《今回の記事に登場する駅名》

   ●             ●             ●            ●              ●
ヴィクトリア駅 ←→ East Grinstead駅 ←→ Kingscote駅 ←→ Horsted Keynes駅 ←→ Sheffeield Park駅
  (BRの普通列車でおよそ一時間) (路線バス)  (ブルーベル鉄道)     (ブルーベル鉄道)

 どういうわけか、木目調の蒸気機関車はなかなか発車しなかった。あまりにも停車時間が長いのが気にはなってはいたが、木目調の蒸気機関車が折り返して来るまであと一時間余りもあったので、私たちはHorsted Keynes駅の外に出て撮影したりしていた。私たちがあちこち撮影している間に、ようやく木目調の蒸気機関車はSheffeield Park駅に向けて出発した。

 それからおよそ一時間経ち、いよいよ木目調の蒸気機関車に乗車するときがやって来た。Sheffeield Park駅から折り返して来る木目調の蒸気機関車は最終列車だ。しかし、待てど暮らせど、木目調の蒸気機関車がやって来る気配はなかった。時計を見ると、発車時刻をとうに過ぎている。私たちがさきほど乗って来た緑を基調にした蒸気機関車は、Kingscote駅から再び折り返してホームに待機していた。しばらくすると、緑を基調にした蒸気機関車で石炭を燃やす仕事をしている女性や運転士さんが降りて来た。彼らは、駅でもらった冷たい水を飲んでくつろいでいたかと思うと、やがて石炭を燃やす火力で温まったポットのお湯を使ってお茶を入れ、パンを食べ始めた。

 どこか様子がおかしい。どうやら、さきほどの木目調の蒸気機関車にトラブルが発生しているようだ。それなのに、駅のアナウンスもなければ、待ち合わせをしている対向の緑を基調にした蒸気機関車の石炭係の女性や運転士さんもまったく慌てていない。列車の遅れが気になるのは、私たちが日本人だからだろうか。もちろん、それもあったが、私たちはEast Grinstead駅行きの最終バスの時間が気になっていたのだ。East Grinstead駅行きの最終バスは、ブルーベル鉄道の最終列車に合わせて運行されていた。それに乗り遅れてしまうと、私たちはロンドンに帰れなくなってしまうかもしれないのだ。それに加え、来るときにバスの往復乗車券を購入していたので、無駄にしたくない気持ちもあった。

 待ち時間が長くなってしまったのでトイレに行きたくなり、ホームの中央のほうまで歩いて行くと、対向の緑の蒸気機関車に乗っている乗客が駅員さんに何か尋ねていた。おそらく、自分たちの乗っている列車がいつになったら発車するのか、確認していたのだろう。それに対し、駅員さんは、
「あと十分くらいで発車できます」
と答えていたように思う。私はすぐにガンモにそのことを報告した。

 時計を見ると、最終列車の発車時刻から既に四十分ほど過ぎていた。私たちは、最終バスが待っていてくれることを期待しながら、木目調の蒸気機関車がやって来る方角をじっと見つめていた。それからほどなくして、木目調の蒸気機関車がゆっくりとホームに入って来た。さきほどこの駅のホームで見かけたときは、車両がいくつも連結されていたはずなのに、連結されている車両が少ない。やはり、トラブルがあったようだ。ようやく到着した木目調の蒸気機関車に私たちが乗り込もうとすると、
「この駅で終わりなんです」
と言われてしまった。つまり、木目調の蒸気機関車は、最後の力を振り絞ってこの駅にやって来たらしい。私たちは、英語が良く聞き取れなかったので、隣のホームに停車している緑を基調にした蒸気機関車にいったん乗り込んだ。もう一度、終点まで行けば、何とかなるだろうと思ったのだ。しかし、妙な胸騒ぎがしたので、すぐに列車から降りた。

 緑の蒸気機関車は、待機していた対向の列車がやって来たので、今にも発車しようとしていた。私たちの挙動に気が付いた駅員さんが、
「あなたたちはどこに行きたいのですか? Sheffeield Park?」
と声を掛けてくださったので、私たちは、
「いいえ」
と答えた。ああ、どうしよう。私たちが行きたいのはSheffeield Parkではなくて・・・・・・。とっさのことで、Kingscoteの名前が出て来ない。すると、すぐに駅員さんが、
「Kingscote?」
と聞き返してくださったので、私たちは、
「そうです」
と答えた。駅員さんはひどく慌てた様子で、
「それでは、この駅からKingscote行きのバスに乗ってください」
と私たちに言った。ああ、良かった。ここからバスがあるのか。何はともあれ、ロンドンまで帰ることができそうだ。私たちはほっと胸を撫で下ろしながら、駅の外にあるバス乗り場を確認することにした。私たちがホームから離れると、緑の蒸気機関車はすぐに発車した。

 バス乗り場に向かう途中、行きのバスで一緒だったご家族がいらっしゃったので、
「バスはもうないのですか?」
と聞いてみた。バスがまだあるのなら、バス停で待っているはずなのに、駅の中に入って来ようとしていたからだ。すると、
「いえ、ありますよ。バスはこちらに向かっている途中です」
という答えが返って来た。私たちがバス乗り場で待っていると、さきほどの駅員さんがやって来て、
「バスはここから出ます」
と教えてくださった。それから、何か詳細な説明を始めたのだが、私たちには聞き取れない英語だった。

 間もなく、バスがやって来た。しかし、さきほどバスの時刻表で確認した時間よりもずいぶん早い。一体どうしたのだろうと思っていると、何と、私たちがKingscote駅から乗る予定だったはずの、ブルーベル鉄道の最終列車と連絡している路線バスが、わざわざ迂回してHorsted Keynes駅までやって来てくれたのだ。駅員さんは、私たちが聞き取れない英語で、そのことを説明してくださっていたのだ。

 バスに乗車したとき、私たちは行きで購入した往復乗車券を見せた。すると、その乗車券でそのままEast Grinstead駅まで運んでもらえることがわかった。四十分以上も列車が遅れたにもかかわらず、予定していた最終バスにも乗ることができた上に、購入しておいた往復乗車券も無駄にならなかった。私たちは感動に打ち震えていた。ブルーベル鉄道とバス会社は別会社なのに、わざわざ私たちを拾うためにルートを変えて迎えに来てくださるとは。このとき私たちはこのとき、イギリスは紳士の国だとはっきりと実感したのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。(調子に乗ってたくさんアップしてしまいましたので、ご注意ください)

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m わずか一日で時差ボケもすっかり解消しました。それにもかかわらず、更新が遅くなり、申し訳ありません。実は、写真の整理にひどく時間がかかっていました。電子アルバムに写真をまとめるとなると、あれもこれもと、どうしても欲張りになってしまうのです。保存鉄道の旅は、最終列車がなかなか来なくて、どきどきハラハラしましたが、イギリス紳士のおかげで救われました。ガンモの話では、鉄道発祥の地であるイギリスには、こうした保存鉄道が五十もあり、ボランティアの方たちの手により、貴重な鉄道が守られているのだそうです。Kingscote駅の駅員さんと言い、路線バスを回してくださったHorsted Keynes駅の駅員さんと言い、英国紳士そのものでした。紳士とは、さりげない気の回し方が実践できる人のことを意味するのではないでしょうか。

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2007.08.10

さらばロンドン

 七泊の予定でロンドンにやって来た私たちは、とうとう最後の夜を迎えようとしていた。楽しい時間は、いつもあっという間に過ぎ去ってしまう。明日になれば、荷物をまとめてホテルをチェックアウトしなければならない。最初はおどおどしながら歩いたロンドンの街も、今ではまるで住民のように自信たっぷりに歩いている。これだけ乗車を繰り返せば、地下鉄やBRも一人で乗ることができるだろう。七日間という短い期間ではあったが、とうとう私たちは慣れ親しんだロンドンを離れなければならない。そんな寂しさからか、一日の観光を済ませた私たちは、ホテルまでの道のりを無口のまま歩いていた。

 ホテルに帰ってからは、部屋の様子を一枚一枚、写真に収めた。私たちの部屋は、ルーム係の女性の行き届いた掃除のおかげでいつもきれいに保たれていた。彼女のおかげで、私たちはとても快適なステイを体験することができた。

 ロンドン滞在中の私たちは、いつも二十三時前にはベッドに入って休んでいたというのに、最後の夜は名残惜しくていつもよりも遅くまで起きていた。ロンドンを離れることが辛くて、私たちは顔を合わせる度にため息をついていた。

 とうとう私たちは、最後の朝を迎えた。ホテルで最後の朝食を取ったあと、スーツケースに荷物を詰め始めた。まずは溜まった洗濯物を次々に圧縮袋に詰めて行く。圧縮袋の余分な空気を押し出すと、煎餅のような洗濯物が二枚出来上がった。それから同じように、先日、コインランドリーで洗濯した衣類を圧縮袋に詰めて煎餅に仕上げて行く。すべての衣服の圧縮が終わると、今度は滞在中に使用したものや購入したお土産などで溢れ返ったスーツケースの中身を整理し始めた。やがて私たちがスーツケースにすべての荷物を詰め終わると、スーツケースは今にもはじけそうなくらいパンパンに膨らんだ。

 ホテルをチェックアウトする前に、お世話になったルームサービスの女性に、「ずっと部屋をきれいに保ってくれてありがとう。またここに滞在したいと思います」と手紙を書き、これまでよりもたくさんのチップを置いて部屋を出た。

 チェックアウトは、意外にもあっけなく終わった。私たちにとって、七日間滞在したホテルをチェックアウトすることは特別でも、ホテルは毎日のように世界各国からいろいろな人たちを迎えているのだから仕方がない。私たちは、いつもフロントで顔を合わせていたフロントマンにあいさつができなかったことを残念に思った。彼は、私たちが到着した日、
「日本から来たのですか? 日本語、知ってますよ。『さよなら』」
と言ったのだ。私たちは、
「今、到着したばかりなのに『さよなら』なんて」
と言って笑ったのだが、その言葉が彼の知っている唯一の日本語だったのだから仕方がない。彼は、本当に「さよなら」を言うべきときに姿を見せなかった。

 ホテルをあとにした私たちは、ホテルを振り返って、再び写真に収めた。そこからスーツケースを転がしてパディントン駅まで歩き、パディントン駅の構内の手荷物預かり所にスーツケースを預けた。いろいろな人たちのスーツケースを預かる商売としては、やはりセキュリティのためだろう。手荷物預かり所は空港と同じような設備を備え、預けられるスーツケースの中に危険なものが入っていないかどうか、X線を使ってチェックしていた。ガンモのスーツケースにはノートパソコンが入っていたので、スーツケースの鍵を開けて中を見せることになった。彼らのチェックは、どうやら電子機器に反応するらしい。私のノートパソコンはリュックの中だったので、スーツケースは中身をチェックされることなく預かってもらえた。

 スーツケースを預けて身軽になった私たちは、十九時四十五分の出発まで最後のロンドン観光を楽しんだ。ロンドンに来てから、一度もフィッシュ&チップスを食べていなかったので、念願のフィッシュ&チップスをテイクアウトして、広場の芝生で広げて食べた。思えば、ロンドン滞在中、私たちはずっと天候に恵まれ続けていた。ほんの少し雨が降ったものの、私たちが列車に乗っている間の出来事だったので、ほとんど観光に影響はなかった。お天気が良いと、木々の緑がとりわけ美しい。その美しさに誘われてか、芝生の周りでは、私たちの他にもたくさんの人たちがくつろいでいた。

 フィッシュ&チップスは、プリプリに身の詰まった魚のフライと親指サイズのポテトのフライにケチャップを付けて食べるものである。私は十七年前にロンドンを訪れたときにフィッシュ&チップスを食べた記憶があるのだが、どのような食べ物だったのか、もはや思い出すことができないでいた。また、当時はもっと多くのお店がフィッシュ&チップスのメニューを掲げていたように思うのだが、最近は、気合を入れて探さなければ、フィッシュ&チップスを食べさせてくれるお店を見つけることはできない。現在、フィッシュ&チップスを扱っているお店は、観光客向けにメニューを掲げているだけなのかもしれない。少なくとも、ロンドンの人たちがフィッシュ&チップスを好んで食べているようには思えなかった。私たちが食べたフィッシュ&チップスは、思っていたよりもボリュームたっぷりで、とても満足感があった。

 それから私たちは、お土産を買ったあと、ピカデリーサーカス周辺を少し歩いた。こうしている間にも、帰国時間は刻一刻と迫って来る。とうとう夕方になり、私たちは泣く泣く地下鉄に乗り、スーツケースを預けたパディントン駅に戻った。そこで預けたスーツケースを受け取り、ヒースローコネクトに乗り換え、ヒースロー空港まで出た。到着したときは、特急列車のヒースローエクスプレスを利用したのだが、帰りは普通列車のヒースローコネクトを利用することにした。ヒースローコネクトとヒースローエクスプレスでは、所要時間がわずか十五分異なるだけなのである。それならば、わざわざ特急料金を払わなくても、各駅停車でのんびり行こうということになったのだ。

 ヒースロー空港に到着し、チェックインを済ませた。ロンドンに滞在できるのもあと二時間余りだ。空港カウンターで、
「ただ今、ヒースロー空港では、安全のため、機内に持ち込める手荷物を一つだけに限らせていただいております。手荷物が二つ以上になりますと、搭乗できないお約束になっていますので、ご注意ください」
と言われた。噂には聞いていたが、ポシェットなども、手荷物の中にしまい込まなければならないらしい。それほどチェックが厳しいとは驚きだった。空港のあちらこちらでは、大きめのバッグを購入して中身を詰め替えている人もいれば、荷物を更にコンパクトにまとめようとしている人たちもいた。私たちも、ポシェットをリュックの中に何とか力任せに詰め込んで手荷物検査を受けた。

 私は、手荷物検査のときに毎回、ピーンと鳴る。関西国債空港から日本を出て行くときにも鳴ったのだが、ヒースロー空港でも鳴った。どうやら万歩計に反応しているようだ。女性係員に念入りにチェックされ、万歩計も外してようやくパスすることができた。その後、靴のチェックがあり、履いていた靴を脱いで機械に通した。かつての私は、ダイエットのために金属の入った重い靴を履いていたことがあり、飛行機に乗る度に靴が反応していたものだった。ロンドンにあのような重い靴を履いて来ていたら、絶対に怪しまれたことだろう。普通の靴で良かったと私は思った。

 さて、手荷物検査を終えた私たちを待ち受けていたのは、免税店街だった。と言っても、私たちは既にロンドンの街でほとんどお土産を買ってしまっていた。免税店の中にはHarrodsもあり、私たちが街で買ったお土産よりもずっと品のいいお土産が揃っていた。私は、先走りして購入してしまったことをちょっぴり後悔した。税金の高いロンドンにおいては、免税店はかなり強い味方になってくれることがわかった。今度いつロンドンに来られるかわからないが、次回、来たときは必ず免税店を利用しよう。そう心に誓ったのだった。

 私たちの乗った飛行機は、まるで私たちがロンドンを離れたくないとだだをこねているのを感じ取ったかのように、滑走路の混雑により、離陸が数十分遅れた。ようやく滑走路に空きが出て、飛行機が加速を始めたとき、私の目にはうっすらと涙がにじんだ。ロンドンを離れる辛さと感動が入り混じっていたのだ。少しでもロンドンの景色を目に焼き付けておこうと窓の外を眺めていると、芝生が視界に入って来た。私は窓際に座っているガンモに、
「羊は見える?」
と聞いてみた。BritRail Passを使って特急列車に乗っているときも、窓の外には放牧の羊が見えていた。もしかすると、空港にも羊がいて、私たちを見送ってくれているかもしれないと思ったのだ。しかし、羊は私たちを見送ってはくれなかった。

 機内に流れるニュースで、大阪の最高気温は三十五度前後だと知らされ、思わずため息が漏れた。ロンドンでクーラーを使用したのはたった一度だけだった。それ以外は、窓を少し透かしておくだけで、とても涼しく快適な夜を過ごすことができた。最高気温が二十三度のロンドンから、最高気温が三十五度前後の関西国際空港へ、私たちの乗った飛行機は勇ましく飛び立った。さらばロンドン。そして、私たちに楽しい楽しい夏休みをどうもありがとう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 旅行中も変わらず声援を送ってくださった皆さん、どうもありがとうございました。これを書いている今、私たちは無事に関西国際空港に到着しました。「ガンまる日記」は、いつも前日の日記を書いたあと、数時間後に日付を前日に戻しています。こうして私たちの七泊九日のロンドンの旅は幕を閉じました。夏のロンドン旅行は天候にも恵まれ、本当に涼しくて過ごし易いところでした。冷房の寒さと、自然の涼しさはまったく違うのですね。自然の涼しさには不快感がありません。私たちの滞在中、日本人の観光客にはほとんど会わなかったのですが、帰国する金曜日には、何人もの日本人と街ですれ違いました。おそらく、お盆前の一週間が標準的な夏休みなのでしょうね。私たちの夏休みのロンドン旅行は幕を閉じたのですが、まだまだ写真を交えてご紹介し切れなかったことがたくさんありますので、これからももう少しロンドン旅行の話題にお付き合いくだされば幸いです。

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2007.08.09

続・布ナプキン

 先日の日記に、ロンドン滞在二日目から、予定より四日も早く生理が始まってしまったことを書いた。しかし、布ナプキンのおかげなのか、それとも、前回の生理でタンポンを使わなかったからなのか、今回の生理は驚くほど軽く、私は自分がいくつもの子宮筋腫を抱え、生理の度におびただしいほどの血液が失われていたことなどすっかり忘れてしまうほどだった。出血量がそれほど多くないので、ロンドンに持ち込んだ鉄分補給のサプリメントも一粒も口にしていない。

 もともと今回のロンドン旅行では、旅の後半に生理がやって来るはずだった。私は、できる限り布ナプキンで対処しようと、大小様々なサイズの布ナプキンを用意していた。予備のために、いくつかの紙ナプキンとタンポンも用意していたのだが、どうしても使用しなければならない場合に限って使用すると心に決めていた。

 生理が始まる前までは、トイレの設備のない地下鉄を基盤にしてロンドン市内を観光していたので、このまま生理がやって来たとしら、トイレの利用に困ってしまうのではないかと心配していた。ところが、生理が始まった次の日から、私たちはBritRai Passで日帰りの旅に出て、一日のうちの何時間かを列車の中で過ごすようになった。当然、列車にはトイレが付いている。また、BritRail Passを使えるBRの駅には、地下鉄と違ってトイレの設備があった。そのことは、生理中の私にとって好都合だった。

 私は、今回持参したすべての布ナプキンをさも大事そうに持ち歩き、状況を見ながら取り替えた。ただ、布ナプキン初心者の私は、まだまだ布ナプキンを変えるタイミングをつかむことができないでいる。どうも早めに取り替え過ぎてしまうように感じるのだ。しかし、驚いたことに、タンポンを使っていたときよりもぐっと出血の量が減っている。これは一体どういうことなのだろうか。

 それだけでなく、布ナプキンを取り替えて手洗いする作業は、相変わらず楽しい。ガンモは私が布ナプキンをせっせと手洗いしているのを見て、感心している。ホテルの洗面台で、汚れた布ナプキンを洗うことを、汚いと思って目をそむけないガンモに、ただならぬ愛情を感じている。愛とは、お互いの汚いものを共有できる関係なのかもしれない。

 生理の二日目にBritRail Passで出掛けたとき、人気(ひとけ)のない駅のトイレを占有することができた。私は、汚れた布ナプキンを取り出して、手でゴシゴシ洗った。それが何とも気持ちが良かったのだ。私たちは何故、自分の汚したものをコソコソと汚物入れに捨ててしまうのだろう。みんながトイレの洗面台で、手を洗うのと同じくらい普通に、汚れた布ナプキンを洗うことができたらどんなに楽しいことだろう。実際に、布ナプキンを手で洗ったことのある人なら、この楽しさを理解してくださるのではないだろうか。布ナプキンを洗うことが楽しいと感じられなければ、布ナプキンを使い続けることはできないだろう。そして、布ナプキンを洗うことが楽しいと感じた人なら、そんな楽しいことを人前で行わずに人の見ていないところでこっそり実践しているということが、とても不自然なことのように思えて来るのではないだろうか。

 生理痛もなければ出血の量もそれほど多くないまま、もうすぐ私の生理は終わろうとしている。旅行中の生理はいつも憂鬱なものだが、布ナプキンのおかげでとても快適に過ごすことができた。これが布ナプキンのパワーなら、本当に素晴らしいことである。何故、こんな素晴らしいことに、もっと早く気が付かなかったのだろう。出血が多いからと言って、子宮はタンポンをひっきりなしに受け入れることを余儀なくされ、強いストレスを感じていたのかもしれない。今回の状況からも、まさしくそうとしか思えない状況である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 布ナプキンは、私と同じように、生理が重いと感じていらっしゃる方にお勧めしたいと思います。子宮に何らかの負担をかけているから、子宮が悲鳴をあげて、生理が重くなっているのかもしれません。布ナプキンの記事を書いたときは、まだ確信が持てませんでしたが、今回の生理でほぼ確信しました。何だか私はこの先、子宮筋腫がたくさんあることを忘れてしまいそうです。ただ、布ナプキンは、できるだけ時間の余裕のあるときに使うことが望ましいように思います。混雑した公衆トイレで、自分のすぐ後ろに人がたくさん並んでいると、なかなかリラックスして取り替えられないですね。あと、やはり、汚れたものはすぐに洗いたいですね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.08.08

ロンドン・アイ

 ストーンヘンジの帰り道、私たちは地下鉄の乗り換え駅であるウォータールーでひとまず降りて、世界最大の観覧車であるロンドン・アイに乗った。ロンドン・アイは遠くから眺めただけでも迫力のある大きさだった。一周するのにおよそ三十分掛かるらしい。

 乗り場近くにあるチケット売り場で、ロンドン・アイのチケットを購入するための列の最後尾に並んだ。平日の夕方だというのに、チケット売り場はチケットを求める人たちで長い行列ができていた。蝋人形館と提携しているのか、チケット売り場にはジェームス・ボンドの蝋人形があり、女性たちがジェームス・ボンドと並んで次々に記念撮影をしていた。チケットは大人一枚十五ポンド(一ポンド二百四十円として、日本円でおよそ三千六百円)とひどく高価だ。私が十五ポンドという金額に驚いていると、ガンモは、
「大丈夫。コインランドリーよりもほんのちょっと高いだけだから」
などとギャグを言った。

 ようやくチケットを購入し、今度はロンドン・アイの乗り場に並んだ。一度に二十五人乗れるからだろうか。チケット売り場よりも乗り場のほうが空いていた。

 何度かテロに見舞われているロンドンでは、多くの人たちが集まる場所に入場するときは、利用客の手荷物検査が行われることがある。先日のミュージカル『メアリー・ポピンズ』に入場するときも、私たちの持っているリュックやバッグの中を開いて見せることになった。セキュリティのために、利用客の手荷物に怪しいものが潜んでいないか、確認しているらしい。

 人によって検査の仕方が違うのだが、ミュージカル『メアリー・ポピンズ』のときはリュックの中を開けてチラッと見せただけでパスできたのに、ロンドン・アイではリュックの奥のほうまで調べられた。私がリュックをパンパンに膨らませていたため、怪しまれたのかもしれない。荷物を検査する警備員は、金属探知機のようなものを持っていた。

 手荷物検査に何とかパスしたものの、私は何となく気持ちが滅入ってしまった。私がリュックの中を提示することによって、ロンドンの安全が確認されている。私以外にも、たくさんの人たちが手荷物を開いて見せている。その中でも、私の手荷物検査は他の人よりも時間が掛かってしまったのではないだろうか。すなわち、警備員に疑われたということが、私の気持ちを暗くさせたのだ。私とお揃いのリュックを背負っているガンモは、私のようにリュックをパンパンに膨らませているわけではなかったので、私ほど念入りには検査されなかったらしい。

 少し前のテロの頃、ロンドンの地下鉄構内にリュックを背負った人が駆け込んで入って行ったとき、警官に
「止まれ!」
と呼び止められたそうだ。しかし、その人は警官の声が聞こえなかったのか、それとも、「止まれ!」という言葉が自分に向けられたものだとは思わなかったのかはわからないが、危機を感じた警官に銃で撃たれたという。撃たれた人が、実際にテロと関係があったかどうかはわからない。警官は、ロンドンを守るための使命を感じて撃ったのだろう。そして、犠牲者を出した。何とも痛ましい事件である。こうしたことが起こると、疑う側も疑われる側も、どちらもいやな思いをしなければならない。

 ロンドン・アイはBRITISH AIRWAYSがスポンサーになっているため、一つ一つのカプセルにはBRITISH AIRWAYSのロゴが入っている。私たちと同じカプセルに乗り込んだのは、スペインやフランスなど、様々な国籍の人たちだった。私たちの乗ったカプセルは、テムズ河を見下ろしながら、少しずつ上昇して行く。

 カプセルがかなり上の方まで来たとき、黒人の男の子がドンドンドンと大きく足を踏み鳴らし始めた。その度に、私たちの乗った大きなカプセルが少しだけ揺れる。高所恐怖症の私は、足を踏み鳴らすのをやめて欲しいと思っていたのだが、彼のお母さんは一緒にやって来たお友達との会話に夢中で男の子には無関心だ。私は、足を踏み鳴らすのを止めて欲しくて、黒人の男の子を軽く睨みつけた。少し寂しそうな彼の目は、父親の愛情を強く欲しているように思えた。それとも、足を踏み鳴らしていたのは、自分のことなどそっちのけで、お友達との会話に夢中になっているお母さんに向けてのメッセージだったかもしれないが。

 ガンモが、ビルの向こうに掛かる虹を見付けた。帰りの列車に乗っている間にほんの少し雨が降っていたので、雨上がりに現れたのだろう。とても大きな虹だった。世界最大の虹だったかもしれない。旅先で虹を見つけると、
「ようこそロンドンへ!」
と言ってくれているようでとてもうれしくなる。私たちは、美しい虹を写真に収めた。

 スペインからやって来たと思われる二人組の若い女性が、カプセルの中でまるでモデルになったかのようにポーズを決めながら、記念写真を何枚も撮っていた。彼女たちは、はにかみやさんの日本人とはまったく異なる行動を取っている。日本人は、自分を卑下する傾向にあるが、スペイン人の彼女たちは、自分の美しさに自信を持っているように思えた。日本人は、自分を愛することが下手なのかもしれない。彼女たちのように自分を愛することが上手になるにはどうしたらいいのだろう。

 どこの国からやって来た人かはわからないが、カプセルの中で、携帯電話で長いこと話をしている女性がいた。「奥さん、十五ポンドもする景色ですよ?」と私は心の中でつぶやいていた。私などは、高所恐怖症だというのに、一生懸命踏ん張って、十五ポンドの景色を記憶の中に留めようとしている。今、そのときを楽しまなくちゃ。そう思うのだった。

 ゆっくりと三十分が過ぎて、私たちの乗ったカプセルは地上に着いた。三十分の間に私が見たロンドンの景色と、カプセルの中で感じた出来事。同じように十五ポンドを支払ったとしても、私たちと同じカプセルの中に居た人たちが、私たちと同じ体験をしたかどうかはわからない。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ストーンヘンジの記事に山羊がいると書いてしまったのですが、どうやら山羊ではなく羊のようです。(^^; 山羊を羊に訂正しておきました。ところで、ロンドン・アイ Wikipediaによれば、ロンドン・アイよりも大きな観覧車が、ラスベガスや上海に計画されているそうです。世界一の立場を守り続けるのも大変ですね。それにしても、ロンドンには実に様々な国籍の方がいらっしゃいます。国民性によって様々な違いが出ているのは面白いですが、時には驚くこともあります。そんなロンドンは、ロンドン・アイのように大きな器で様々な価値観を受け入れているのでしょうか。

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2007.08.07

ストーンヘンジ

 私たちは、日本でBritRail Passを購入していた。BritRail Passとは、外国人向けに発売されている、イギリスの旧国有鉄道であるBR(日本のJRのような鉄道)を四日間、乗り放題できる便利な切符である。

 ロンドン滞在五日目の今日は、いつものように地下鉄を使ってユーロスターの発着駅であるウォータールー駅に出た。ユーロスターは国際線の鉄道であるだけに、イギリス国内を走る列車とは違い、一般の人たちの目には届かないところに隔離されていた。すなわち、ホームが分けられているのである。

 今回、私たちが利用するのは、ユーロスターではなく、イギリス国内を走る特急列車だ。イギリスのBRはちょっと変わっていて、発車間際になってようやく出発ホームが決まる。利用客は、駅の出発案内板に目を凝らして、自分がこれから利用する列車が何番ホームから出発するかを確認しなければならない。しかも、出発時間のおよそ十数分前にようやく決まるので、ちょっとドキドキものだ。

 私たちが乗り込んだのは、ソールズベリー行きの特急列車である。ソールズベリーから直行バスに乗り換え、世界遺産のストーンヘンジを観光するのだ。特急列車の四人掛けのクロスシートには、ご丁寧にテーブルまで付いていて、読書をしたり、ノートパソコンを広げたりするのにとても便利だ。車内にはトイレの設備もあり、快適な列車の旅を楽しむことができる。ただ、車内は恐ろしく冷房が効いていた。

 私たちが乗車してしばらくすると、車掌さんが、
「切符を拝見します」
と言いながらやって来た。私たちはBritRail Passを提示して乗車券チェックにパスした。

 イギリスの鉄道は、自動改札が採用されている地下鉄は別として、基本的には乗車時も降車時もノーチェックだ。しかし、車掌さんに「切符を拝見します」と言われたときに切符を提示できなければ、およそ五〇ポンド(一ポンド二百四十円として、日本円でおよそ一万二千円)のペナルティが課せられることになっている。

 一時間余りで終点のソールズベリーに着いた。ソールズベリーは、ロンドンからおよそ二百キロ離れたところにある。そこから更にストーンヘンジ行きの直行バスに乗り換えて、私たちは目指すストーンヘンジへと向かった。直行バスは、ロンドン市内でも良く見掛ける二階建てバスだった。

 直行バスから見える景色は、まるでミステリーサークルでも出没しそうなくらいのどかな風景だった。そう言えば、私は昔、ミステリーサークルにどっぷりはまったことがある。結局のところ、ミステリーサークルは人為的なものだったという結論に達したようだが、実際はどうなのだろう。人為的なものだと発覚してから、ミステリーサークルは発見されていないのだろうか。日本からの飛行機がヒースロー空港に到着する前に、飛行機の窓からイギリスの田園風景が見えて来たとき、私は窓際に座っていたガンモに、
「ミステリーサークルは見える?」
としきりに尋ねた。ミステリーサークル好きの私は、イギリスで畑を見ると、すぐにミステリーサークルと結び付けたがるのだった。ストーンヘンジまでの二十分、私は目を皿のようにしてミステリーサークルを探したが、見えて来たのは馬や羊の放牧と、北海道で見たような干草の丸い塊だけだった。

 イギリスの美しい田園風景を眺めながら、私たちの乗った直行バスはようやくストーンヘンジに到着した。すぐ近くの駐車場には、自家用車やツアーバスが何台も停車していた。ストーンヘンジは世界的に有名な世界遺産なので、世界各地から訪れる人が多いのだろう。私たちは入場料を支払って、中に入った。

 今回、ストーンヘンジを観光することになったのは、私が勤務先のパソコンの壁紙に、ストーンヘンジを使用していることをガンモに話したことがきっかけだった。誰かが撮影した写真を壁紙にしているならば、自分で撮影した写真を壁紙にしようじゃないかということになったのだ。私が勤務先のパソコンで使用している壁紙には、観光客はただの一人も写ってはいなかった。しかし、実際にストーンヘンジに足を運んでみて思ったのは、ストーンヘンジを一目見ようと世界各国からたくさんの人たちが集まって来ているというのに、私が職場のパソコンで使用している壁紙に観光客の姿が写っていないのは不自然だということだった。私が職場で使用している壁紙のような写真を撮影するには、他の観光客が写真に写らないように、
「みなさん、すみません。本格的な写真を撮りたいので、しばらくストーンヘンジから離れてくださいませんか?」
とお願いしたのだろうか。もしそうなら、写真を撮りたいという誰かの欲望のために、観光客が一時的にストーンヘンジから離れたわけで、そのような写真を撮るということが、傲慢な行為であるかのように思えてしまったのだ。観光客が写っていない写真だけが素晴らしい写真ではない。観光客が写っていてもいいじゃないか。それが、本物のストーンヘンジの姿だ。私は、観光客の写らないストーンヘンジの写真は、どこか人為的に作られた写真であるかのように思えた。

 ストーンヘンジの周りには、放牧の羊がいる。私は、彼らにもっと近付きたいと思ったのだが、人間と彼らの間には十数メートルほどの距離があった。まず、彼らの周りは電気の通る柵が巡らされていた。彼らがその柵を乗り越えようとすると、電気が流れるらしい。おそらく、電気の柵の犠牲になった羊たちがいて、ここから逃げようとすれば自分も同じ目に遭うという恐怖を植えつけられているのだろう。そうした方法で、羊たちが逃げ出さないような秩序が保たれているのだった。こうした電気の柵は、放し飼いの動物園などでときどき見掛けるが、目にする度に心が痛む。電気の柵から十数メートル先に、人間たちの境界を示す柵がある。その柵には電気は流れていない。人間の足で簡単に乗り越えられる簡単な柵である。どうやら、人間たちは放し飼いされているわけではないらしい。ロンドンのスーパーには、羊のミルクが売られているが、こうした放牧により採取されたミルクなのだろうか。私は、ストーンヘンジの遺跡の写真を撮るのと同じくらい、羊の写真を撮った。動物は、存在してくれるだけで癒される。とてもありがたい存在だ。

 ストーンヘンジの周辺を回り、場所を変え、角度を変えながらストーンヘンジを撮影しているうちに、気付いたことがあった。もしかしたら、私にも観光客の写らない写真が取れるのではないだろうか。根気強くカメラを構え続ければ、それは可能かもしれない。私が職場で使用しているストーンヘンジの壁紙は、人為的な写真ではなかったかもしれない。私はそう思い、観光客の写らないストーンヘンジの撮影に挑戦してみた。その結果、私にも観光客の写らないストーンヘンジの写真を撮影することができたのである。あははは、私が職場で使用している壁紙の写真を撮影されたカメラマンの方、ごめんなさい。

 ストーンヘンジは、呼び掛けると返事をする石ではなく、紀元前から存在している環状列石である。これらの石がどのような意味を持っているかについては、諸説が飛び交っているらしい。私には、男女が両手を挙げて喜んでいるように見えた。ストーンヘンジの一部の遺跡は心ない人によって破壊されてしまったようだが、それでも、紀元前に造られた遺跡が今でも残っているというのは素晴らしいことだ。その遺跡を守ろうとする人たちの想いがずっと受け継がれているということである。

 私は、ストーンヘンジの周辺の芝生の上に寝転がり、大空を仰いだ。上限のない、突き抜けて行くような大空が私を包み込み、私の心は言い様のない喜びで満たされた。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅れて申し訳rありません。朝、更新する前にホテルを離れてしまい、インターネットに接続できない状況が続いていました。ストーンヘンジは、もっと辺鄙な場所にあるのかと思っていたのですが、ソールズベリーからバスで二十分というのはとても意外でした。芝生があって、羊や鳥もいる、とてものどかで癒される場所でした。イギリスは、芝生が多く、お天気の良い日は芝生の上に寝転がっている人たちがたくさん居ます。日本は日差しが強過ぎるのか、公園や観光地の芝生の上に寝転んでいる人を見掛けることは少ないように思います。または、芝生に寝転がってリラックスできる季節が限られているのかもしれません。イギリスの田舎に来ると、北海道を思い出します。広大な土地があり、干草(?)が丸く束ねられているからです。干草(?)を丸く束ねる技術は、一体どこが開発したのでしょう。飛行機で十二時間も掛かる場所に、日本と同じ文化があるのは大変興味深いことであります。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.08.06

ロンドンコインランドリー事件

 ロンドンに来てから毎日のように、撮影した写真を旅行ブログにせっせとアップしたあと、更に記事も書いていると、「ガンまる日記」を書き上げるのに四時間も掛かるようになってしまった。これでは身体が持たないなどと思っていると、久しぶりに記事に集中できる出来事が起こった。旅行ブログと連携してお伝えする記事は、もう少し時間的に余裕のあるときに書かせていただくことにしよう。

 ロンドン滞在四日目ともなると、そろそろ洗濯物が溜まって来た。そこで、一日の観光を終えたあと、ガンモと二人でホテル近くのコインランドリーで洗濯をすることにした。日本から持って来た大きな袋に洗濯物をパンパンになるまで詰め込んで、同じく日本から持って来た洗剤を持って、私たちはコインランドリーを訪れた。二十一時過ぎだというのに、外はまだほの暗い程度で、外を歩いている感覚としては、日本の十九時過ぎくらいの感覚でしかなかった。

 私たちが訪れたのは、日本を発つ前に下調べをしておいた、パディントン駅前にあるコインランドリーだ。そのコインランドリーは、パディントン駅からホテルまで歩いて行く途中にあるので、私たちは利用する前からコインランドリーに立ち寄り、本番に備えて洗濯機の操作方法などをシミュレーションしていた。そのコインランドリーは、少々ユニークなシステムを採用していた。それぞれの洗濯機にコインの投入場所が設置されているわけではなく、一箇所に設置された操作パネルで集中管理されていた。ただ、操作パネルで指定するのはどの洗濯機を使うかということと、利用代金の受付のみで、洗濯機に対する操作は実際の洗濯機で行うようになっていた。おそらくだが、コインランドリーの数が多いので、コインランドリーを運営する人が、洗濯機から利用代金を回収するときの手間を省きたかったのだろう。そのコインランドリーはお札が使えなかったので、私たちはコインランドリーを使用するために、せっせと硬貨を集めていた。

パディントン駅前のコインランドリー

 四日分溜まった洗濯物は、かなりの量になっていた。そのコインランドリーには、中型、大型、超大型の洗濯機がある。中型の洗濯機は一回三.五〇ポンド(一ポンド二百四十円として、日本円でおよそ八百四十円)、大型の洗濯機は一回五ポンド(一ポンド二百四十円として、日本円でおよそ千二百円)、超大型の洗濯機は六ポンド(一ポンド二百四十円として、日本円でおよそ千四百四十円)となっていた。ここまで書いた時点で、イギリスの物価がいかに高いかが、皆さんにもおわかりのことだろう。日本でコインランドリーを使用する場合、一回の利用料金はせいぜい二百円か三百円程度だ。乾燥機を使ったとしても、数百円以内に収まることだろう。それに対し、ここに表示したロンドンのコインランドリーの利用料金は、洗濯機の使用のみの料金だ。

 さて、いよいよ洗濯を始めるために、私たちは洗濯機を選んだ。遠隔操作なので、ガンモが集中管理された操作パネルを担当し、私が洗濯機の操作を担当することになった。しかし、私たちは何を思ったのか、四日分の洗濯物がパンパンに膨らんでいるにもかかわらず、一番小さい中型洗濯機を選んでしまった。洗濯機に洗濯物を詰め込んだあと、この洗濯機では小さ過ぎると気が付いたのだが、そのときは既にガンモが集中管理システムにコインを投入したあとだったので、もはやあとの祭りだった。洗濯物を入れて扉を閉めた洗濯機は、元気良く動き始めたのである。しかも、洗剤を入れる場所を間違えたのか、洗濯機の中に洗剤が送り込まれず、水洗いだけになってしまった。操作を誤った私たちはひどく慌てたが、一度動き始めた洗濯機は、どうあがいても途中で中断させることができなかった。私たちは、水洗いだけの洗濯機が元気良く動いているのを、指をくわえて見ているしかなかった。

 水洗いになってしまったのは諦めるとしても、私たちがホテルから持って来た袋の中には、洗濯物がまだ半分も残っていた。となると、洗濯機をもう一台稼動させなければ洗濯は完了しないことになる。洗濯物の量を考えて、最初から大型洗濯機を使用していれば無駄がなかったのに、私たちは中型洗濯機を選んでしまった。今更後悔しても遅いので、私たちは最初に使った洗濯機のすぐ隣にある中型洗濯機で残りの洗濯物を洗濯することにした。

 再びガンモが操作パネルを操作しながらコインを投入し、最初に使った洗濯機の隣にある洗濯機の番号を指定した。すると、まだ洗濯物も入れないうちから洗濯機が動き始めた。その洗濯機の指定は、Pre-Wash機能を使用する設定にしていた。というのも、日本のコインランドリーと同じ感覚で、Pre-Washを洗濯機の洗浄だと思い込んでいたからだ。日本のコインランドリーには、洗濯機を使い始める前に、洗濯機そのものを洗浄する機能が付いている。その機能を使用するときは、洗濯機の洗浄が終わったあとに洗剤を投入することになっている。それと同じ感覚で、Pre-Wash機能は、洗濯機の洗浄が終われば、洗濯機に洗濯物を投入できるものだとばかり思い込んでいたのだ。しかし、どうも洗濯機の様子がおかしい。Pre-Washの機能を使う場合は、洗剤を別のところに入れることになっていたのだが、どう見ても先ほど投入した洗剤がPre-Wash機能が終了する前から水の中に溶け込んでいるのだ。

 その後、洗濯機は、私が投入した洗剤を溶かし込んだまま、洗濯物を受け付けることなく、また、途中で排水して洗濯物を受け付ける様子もなく、最後まで動き続けた。つまり、日本から持参した貴重な洗剤を使って、洗濯物を洗わずに、洗濯機を掃除してしまったのだ。ロンドンのコインランドリーでのPre-Wash機能とは、二度洗いを意味する言葉だったらしい。何故なら、Pre-Wash機能を指定しないときは、一度洗いだったからだ。ううん、紛らわしい。自分の中にある知識は、今回のように邪魔をしてしまうこともあれば、反対に、役に立つこともあるということだ。

 洗濯機は無常にも、一度動き始めると最後まで処理を続けた。それでも、処理が一時中断されることを半ば期待して、私たちは洗濯機のレバーを力任せに握ってみたが、洗濯機の扉はガンとして開かなかった。ああ、もったいない。三.五〇ポンド(一ポンド二百四十円として、日本円でおよそ八百四十円)を二回分、無駄にしてしまった。一台目は洗剤を吸い込まずに単なる水洗い。二台目は洗濯物を入れないうちから洗濯機が動き始めてしまった。

 私は、せめて一台目の洗濯機だけでも正常な状態に戻そうと、洗濯機の上に設置された洗剤の投入口に残っていた洗剤を、上から手動で洗濯機に流し込んだ。すると、洗濯機が少しだけ洗剤を吸い込んだ。しかし、そのときは既に脱水が始まっていた。このままでは水洗いが完全でないまま、洗濯を終えてしまう。そう思っていると、やはりいやな予感は的中し、そのまますすぎをせずに洗濯が完了した。

 ホテルから運んで来た袋の中には、洗濯物がまだ半分、残ったままだった。やがてガンモは意を決したように、これまでの失敗を生かすために、まずは大型洗濯機の前に立った。そして、コインを投入するよりも先に洗濯機の中に洗濯物と洗剤を投入し、蓋を閉めた。さきほど洗濯したばかりの、洗剤を吸い込んだまま脱水に入った洗濯物も一緒に詰め込んだ。それから操作パネルの前に立ち、大型用の洗濯機の利用代金五ポンド(一ポンド二百四十円として、およそ日本円でおよそ千二百円)を支払った。洗濯機は無事に動き始め、私たちの洗濯物を一気に洗い始めた。こうして私たちは、何とか四日分の洗濯を終えることができた。

洗濯機の簡単な使い方。この使い方のほかに、詳細なフローチャートも掲げられていた

 結局、金額的には二台の中型洗濯機の利用料金七ポンド(一ポンド二百四十円として、日本円でおよそ千六百八十円)を無駄にしてしまったわけである。何故、このようなことが起こったかと言うと、私たちがコインランドリーに提示されている、フローチャートまで丁寧に書かれた説明をちゃんと読まなかったからだ。あくまで日本における感覚に過ぎないが、私たちはコインランドリーを知り尽くした気持ちになっていた。また、私たち二人ともコンピュータ関連の仕事をしていることから、機械を扱うのに操作説明書を読まないことが多い。何故なら、操作説明書を読まなくても、何となく使い方がわかってしまうことが多いからだ。そうした過信が、今回の出来事を招いたのだった。ハワイの出来事・コインランドリー編での失敗が生かされていないことになる。

 コインランドリーに費やしたお金は合計十二ポンド(一ポンド二百四十円として、日本円でおよそ二千八百八十円)にもなってしまった。当然のことながら、もう硬貨がなくなってしまったので、私たちは乾燥機も使わず(と言うよりも、使えず)、水分を含んで膨れ上がった洗濯物を引きずりながら、重い足取りでホテルに帰った。

 「まるみが最初に洗濯物を入れたときに、洗濯機が小さいって言ってくれたら良かったのに」
と言うガンモに、私は、
「『小さい』って言ったよ。でも、ガンモが先にお金を入れちゃったから、どうにもならなかったでしょ」
と負けずに反論した。しかし、どちらのせいというわけではなく、操作の詳細なフローチャートを確認しなかった私たちが悪い。そのことに気付いたとき、ガンモと私は固く握手を交わした。お互い、相手を責めるのはやめよう。二人だけの夫婦なんだから。お金のことでなんか喧嘩したくない。高い高い洗濯代を払ってしまったが、ハワイの出来事・コインランドリー編でそうであったように、このような出来事もまた「ガンまる日記」の記事となり、ロンドンの思い出として私たちの胸に深く刻まれるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 国によってコインランドリー事情が異なっているため、コインランドリーの使用は、なかなか一筋縄では行きません。数々の失敗を重ねながら、各国のコインランドリー事情などという本でも書こうかしらと思っている私です。(^^; 洗濯機の形も様々で、一見すると、洗濯機なのか乾燥機なのか、見分けが付かない場合もあります。ロンドンのコインランドリーは、日本では乾燥機の形をしているものですよね。それにしても、私たちが利用したコインランドリーは、私たちの他にほとんど利用客がいなかったので、観光客目当てのコインランドリーなのではないかとガンモが言っていました。皆さんも、海外でコインランドリーを使用されるときは、説明書を良く読んで、使い方に注意してくださいね。(笑)

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2007.08.05

カムデン・マーケットとタワーブリッジ

 またしても、ロンドン時間の午前三時過ぎに目が覚めてしまった。外は真っ暗だ。いつもならば、そこでゴソゴソと起き出して、「ガンまる日記」を書き始めるのだが、あともう少し眠っておきたいと思い、トイレを済ませたあと二時間ばかり眠った。再び目が覚めた頃には、睡眠不足も時差ボケもすっかり解消されていた。サマータイムが適用されている現在、ロンドンと日本には八時間の時差がある。私が「ガンまる日記」を書き始めるロンドンの早朝は、日本では夕方前に相当する。日本のほうが八時間早いのである。

 さて、ロンドン滞在三日目の今日は、地下鉄カムデン・タウン駅前のカムデン・マーケットに出掛けた。アンティークマーケットを期待して出掛けて行ったのだが、原宿のような雰囲気のお店が多かった。と言っても、利用客の年齢層は日本の原宿のように若者中心ではない。年配の方から若者まで、実に幅広い年齢層に支持されていた。しかも、あちらこちらで様々な国の言葉が飛び交っている。ロンドンは、ヨーロッパ各地からの観光客はもちろんのこと、世界各国から人々が移住したり、観光のために訪れたりしている。先日観た映画『ボルベール<帰郷>』で聞いたような情熱的な言葉が聞こえて来たとき、「あっ、これはスペイン語だ」とわかり、映画『ボルベール<帰郷>』をこれまでよりも身近に感じることができた。

 意外にも多いのは、インドからの移住者だ。ヒースロー空港に着いて、入国審査のために長い行列に並んでいたときも、インドから到着した人たちがたくさんいた。私は、今回の旅行にインドの神様Tシャツを持参しているのだが、インドの人たちが多い分、インドのお店も多く、私が着ているようなTシャツもあちらこちらで売られている。宿泊しているホテルにも、インドから移住したと思われる人がいらっしゃり、私の着ているTシャツに反応してくださった。インドがイギリスの植民地だった頃、インドの人たちの多くがイギリス本土にやって来たのだろうか。

 カムデン・マーケットから更に歩くと、カムデン・ロック・マーケットという大規模なマーケットがある。やはり、衣服中心だが、値段的には安いのか高いのか良くわからない。というのも、以前も書いた通り、ロンドンは非常に物価の高い街だからだ。アンティーク・マーケットとは言え、カムデン・マーケット、カムデン・ロック・マーケットともに、アンティークショップの数から言っても、日本の骨董市のような乗りで買い物ができるわけではなさそうだ。

 お腹が空いたので、私たちはカムデン・ロック・マーケット内で食べ物を扱っているお店を物色した。中国料理、インド料理、日本の寿司、タイ料理など、様々な屋台が出ている。中には、暑い中、ハッピを着てたこ焼きを売っている屋台もあった。悩んだ挙句、私たちはギリシャ料理を食べたあと、再び地下鉄カムデン・タウン駅まで歩いて戻った。

 地下鉄カムデン・タウン駅に着いてみると、駅の様子がどこかおかしかった。自動改札の入口には、"EXIT ONLY"の張り紙が掲げられていて、その周辺には、あたかも駅を閉鎖してしまうかのように鉄格子まで降ろされていた。それらは私たちに、
「ここから入らないでください」
と語りかけているかのようだった。地下鉄カムデン・タウン駅はカムデン・マーケットを訪れる人たちで賑わっていたので、出口としての機能を最大限に生かしたいのだと思い、私たちは別の入口を探すべく、駅の反対側に回ってみた。すると、やはり入口には鉄格子が降ろされていて、手書きで「この駅は、日曜日の十三時から十七時半までは入場禁止です。近くの他の駅かバスを利用して移動してください」という案内看板が掲げられていた。確かに、地下鉄カムデン・タウン駅はカムデン・タウンを利用する多くの人たちで賑わってはいたが、まさかこのような制度で駅の秩序が守られているとは驚きだった。利用客の中には、地下鉄を利用したいあまり、鉄格子を揺らして怒っている人たちもいた。

 仕方なく私たちは、隣の駅に向かって歩き始めた。しかし、途中で道に迷ってしまい、ロンドンバスに助けを求めることになった。購入している地下鉄の一日乗車券でロンドンバスを利用することができるのである。私たちは二階の一番前の席を確保し、上から見下ろす景色を楽しんだ。ロンドンバスの二階席は、一階席と違って、景色がどんどん間近に迫って来る。他の車とぶつかりそうに感じられるほど際どい感覚を何度も味わいながら、私たちはオックスフォードサーカスまで出た。

 オックスフォードサーカスから再び地下鉄に乗り、今度はタワーブリッジを見るために地下鉄ロンドンブリッジ駅を目指した。途中で何度も乗り換えを繰り返し、ようやく地下鉄ロンドンブリッジ駅に到着した。駅前にあるロンドン・ダンジョン(ロンドンで行われた処刑などを再現しているアトラクション)を見学する予定だったが、入場待ちの行列の長さに驚き、見学を見送ることにした。ガイドブックにも、一時間の入場待ちは当たり前というようなことが書かれていたが、それは極めて正確な情報だった。

 ガンモは、
「じゃあ、これからタワーブリッジを渡るから」
と言った。私は、
「ええっ?」
と驚いた。確か、十七年前にツアーでロンドンを訪れたとき、私はツアーバスを降りてタワーブリッジを眺めたに過ぎなかった。その先にあるロンドン塔も、添乗員さんの口頭による説明だけで、ちょっぴり触れた気分になっていた。しかしガンモは、恐れ多くもタワーブリッジを渡ると言う。

 きのうに引き続き、とても暑い一日だった。私たちは、ホテルを出る前に、飲み物の入ったペットボトルを持参していたのだが、あちこち歩き回っているうちに飲み干してしまい、喉はカラカラだった。ロンドンなのに、何故か日差しが強い。珍しく、三十度近くまで上がっていたのではないだろうか。タワーブリッジを歩いて渡るには、新たな水分補給が必要だった。

 私たちは、売店を見つけて飲み物を調達し、タワーブリッジへの階段を上り始めた。十七年前にタワーブリッジを遠くから眺めていただけの私は、十七年後に夫と二人でタワーブリッジを歩いて渡ることになることを知っていただろうか。知っていたからこそ、十七年後に楽しみを取っておくために、遠くから眺めたに過ぎなかったのかもしれない。タワーブリッジを歩いて渡るという経験は、スケジュールに縛られない、個人旅行ならではの醍醐味である。

 タワーブリッジを歩くことは、トラファルガー広場を歩くくらい簡単なことだった。何故、こんな簡単なことを、十七年前のツアーでは体験させてくれなかったのだろう。私が今、足を踏みしめているのは間違いなくあのタワーブリッジだ。すぐ下を流れているテムズ河にも、タワーブリッジの勇ましい影が映っている。私は確かに、十七年前に遠くから眺めていただけのタワーブリッジを歩いている。これはとても感動的なことだった。うれしくて、タワーブリッジの跳ね上がる場所もちゃんと写真に収めた。

 私たちはタワーブリッジの上を一歩一歩踏みしめながら、すぐ側にある修復中のロンドン塔を間近で眺めた。かつて、歴史的人物が閉じ込められていたロンドン塔。そうした残酷な思い出のある建物も、今では観光地となり、訪れた人たちが新たな思い出を刻んでいる。残酷な思い出も、時間が経てば緩和されてしまうということなのだろう。ガンモは、
「もうちょっと時間があったら、ロンドン塔にも入りたかったんだけど」
と言って残念がった。時計を見ると、もう夕方になっていた。ロンドンは、夜になっても外がまだ明るいので、時間が経つことも忘れてしまう。あちこち歩き回った私たちは、とても疲れていたので、再び地下鉄を乗り継いでホテルに帰った。

 ロンドンで三日間過ごしてみて思うことは、トイレの利用と自分なりの飲み物を補給するペースを摑む必要があるということだった。日本ならば、駅に行けば無料トイレがあり、自由に利用することができる。しかし、ロンドンの地下鉄の駅にはトイレがない。その代わり、マクドナルドやバーガーキングなどを始めとするファーストフード店に無料トイレの設置が義務付けられているので、トイレを利用したい人はファーストフード店に駆け込むようだ。また、飲み物に関しても、例え外が暑くても、冷たいコーヒーや紅茶などは売店に売られていない。売店で売られている冷たい飲み物は、ジュース系のものが多い上に、自動販売機もほとんどないので、自分が飲みたい飲み物を入れ物に入れて持ち歩く習慣が必要だと感じた。ホテルに帰ってからトイレに入ったとき、いつもよりも濃い尿が出た。トイレのことと言い、飲み物に関する自由度がないことと言い、ロンドンの人たちは、そうした環境に馴染むように、身体の中の水分を調節できているのかもしれない。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 毎日、精力的に動き回り、ロンドンを満喫しています。ロンドンの地下鉄は、かつての東京の地下鉄のようにクーラーの設備がなく、暑い日に乗車するとかなり暑いです。ロンドンバスにもクーラーはありません。基本的には、クーラーなど不要なくらい涼しい国なのでしょう。それなのに、この二日間はとても暑かったのです。トイレと飲み物の問題さえ自分なりにペースが摑めれば、ロンドンは、とても快適に過ごせる楽しい町だと思います。物価が少々高いのも難点ですが、観光客が多いからでしょうか。ロンドンに不案内な人に優しい人が多いように感じます。それはそうと、何と、予定よりも四日も早く生理が始まってしましました。(^^;

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2007.08.04

ミュージカル『メアリー・ポピンズ』

 あいたたたた。寝不足が続いていたからだろうか。朝、強烈なこむら返りで目が覚めた。時計を見ると、ロンドン時間の三時過ぎだった。ゆうべ二十二時過ぎにベッドに入ったので、およそ五時間は睡眠時間を確保できたことになる。しかも、私にとっては久しぶりの熟睡だった。完全とは言い切れないまでも、日本を離れる前からの睡眠不足はかなり解消されていた。こむら返りさなければ、もう少しゆっくり眠ることができたのに。と思いつつも、睡眠不足の解消は、睡眠時間ではなく、眠りの深さが重要であると感じてもいた。

 ロンドン滞在二日目の今日の最大の目玉は、「メアリー・ポピンズ」のミュージカルを観ることだった。ロンドンには、ミュージカルを上演するいくつものシアターがあり、「ライオンキング」や「レ・ミゼラブル」などの超メジャーなミュージカルがロングラン上演されている。私は、子供の頃から大好きだった「メアリー・ポピンズ」を是非とも観たいと思っていた。ガンモは「メアリー・ポピンズ」の愛読者ではなかったが、舞台がイギリスということで、「メアリー・ポピンズ」のミュージカルを観劇することに賛成してくれたのである。

 観劇好きの方なら既にご存知のことと思うが、ほとんどのミュージカルは夜に上演される。しかし、一部のミュージカルは、曜日を限って昼間に上演されている。夜の上演に対し、昼間の上演をマチネと言う。「メアリー・ポピンズ」は、木曜日と土曜日にマチネが上演されている。ミュージカルが盛んなロンドンでは、夜、ドレスアップしてミュージカルに出掛けて行くという習慣があるのだろうか。マチネのほうが比較的チケットを入手しやすいという話をどこかで聞いたことがある。そこで私たちは、「メアリー・ポピンズ」のマチネを観劇しようと計画していたのである。

 チケットについては、チケット業者がインターネットで売買しているチケットを入手すれば、既にソールドアウトになったチケットであっても、観劇することができるようだった。また、イギリスのeBay(ネットオークション)には、ホテルの宿泊とセットになったチケットが出品されていたりした。日本で言えば、「ライオンキング」の公演と、ホテルの宿泊券がセットになって売りに出されているようなものである。そのようなチケットが売買されているということからも、イギリスの人たちにとって、シアターに足を運んでミュージカルを観るということが大きな楽しみになっていることがうかがえる。

 しかし、インターネットで探し当てたどのチケットも、正規料金よりも割高なものばかりだった。そこで私たちは、劇場の窓口で当日券を求めるか、公式のチケット売り場で割安になったチケットを入手することにしたのである。

 マチネの上演時間よりも少し早めにホテルを出て、地下鉄パディントン駅に向かう。ロンドンの地下鉄は、九時半から利用料金が安くなるので、九時半過ぎにホテルを出た。みんな考えることは同じなのか、地下鉄のチケット売り場はチケットを求める人たちで溢れ返っていた。私たちは、一日乗車券を購入し、チケットを自動改札機に通して入場した。駅のホームを覗き込んでみると、片方のホームだけが混雑していたので、私たちは混んでいない反対側のホームに下りた。地下鉄パディントン駅は山手線のような環状線が走っているので、目的地が環状線の駅ならば、どちらのホームからでも乗車できるわけである。特に、私たちのような鉄道好きにとっては、乗車する時間が長いほうがありがたい場合もある。

 環状線が走っているとは言え、ロンドンの地下鉄事情は少々複雑だった。例えば、山手線を走っている駅には京浜東北線も並行して走っているように、いろいろな路線の列車が重複して走っている。そのため、途中の駅で何度も乗り換えをすることになった。日本と違うのは、ロンドンの地下鉄には行き先しか書かれていないことである。ただ、ロンドンの地下鉄に多少慣れた人ならば、色と小さく書かれた路線名で見分けることができる。ヨーロッパのすべての鉄道がそうなのかはわからないが、私も昔、フランスでヴェルサイユ宮殿に行くのに、別の路線に乗ってしまい、往生したことがあった。その土地に不案内な人は、やって来たすべての列車が自分の目的地まで連れて行ってくれると思いがちだ。

 何とか目的の駅に辿り着き、私たちはそこから元気良く歩いた。涼しいはずのロンドンが、何故か暑い。珍しく、三十度近くまで気温が上がっているようだ。それでも、日本よりも空気が乾燥しているからなのか、暑さに対する不快感は日本よりは少ない。

 「メアリー・ポピンズ」が上演されているのは、プリンス・エドワード・シアターだ。私たちは、そこを目指す前に、いくつかのチケット売り場を訪れた。さすが、ロンドンはミュージカルが盛んなだけに、チケット売り場の数も豊富である。土曜日ということもあって、チケット売り場はたくさんの人たちで賑わっていた。その中で、たまたま見つけて入ったチケット売り場で「メアリー・ポピンズ」のマチネの券があると言われ、二階正面の席を、定価よりも安い一枚三十五ポンドで購入することができた。私は、思いがけず、チケットを入手できた喜びに打ち震えていた。

 小躍りしながら迷い込んだ中華街であたたかい昼食を取り、私たちはマチネに臨んだ。日本では、宝塚歌劇団の公演をしばしば鑑賞して来た私たちである。ロンドンで観た「メアリー・ポピンズ」は、予想していたよりもはるかに感動的なものだった。

 第一に、出演者の本気が伝わって来る公演だった。一つ一つの演技に熟練という言葉が当てはまる。私は、ロンドンにはいくつものシアターが存在していることで、競争心がミュージカル全体のレベルを引き上げているのではないかと感じた。もちろん、人と人との戦いではなく、最終的には自分との戦いになるのだろうが。

 第二に、ミュージカルの世界にも現実の世界にも、太った人や痩せた人、背の高い人や低い人、子供や老人など、個性あるいろいろな人たちの存在が必要なのだと感じた。いろいろな人たちが登場することで、例えそれがミュージカルであったとしても、よりリアリティーが出て来る。ミュージカルは、商品のように均一化された役者さんたちばかりで構成されるべきものではない。見かけがバラバラであっても、個性が光り、一つの方向へと向かっている瞬間を感じさせてくれることに観客は感動を覚えるのではないだろうか。

 第三に、ロングラン上演ならではの大掛かりな仕掛けに驚かされた。上演期間が短ければ、念入りなセットを用意することに対し、消極的な姿勢を示してしまうだろうし、出演者が繰り返し同じ役を演じることでにじみ出て来る熟練の感触を感じ取ることもできない。更には一つのミュージカルのために注ぐ情熱。そういったものが、「メアリー・ポピンズ」には強く感じられた。

 第四に、台詞や歌の意味を完全に理解することはできなかったが、イギリス人のユーモア精神を垣間見ることができた。私の中には、イギリス人はプライドが高くてユーモアからはほど遠いという偏見があったのだが、それは彼らの言葉の抑揚から想像する偏見に過ぎなかったということに気がついた。アメリカ英語とは違う、イギリス英語特有の抑揚が、彼らをあたかもプライドの高い人間であるかのように見せ掛けていただけだった。

 第五に、ネタバレになってしまうが、「メアリー・ポピンズ」では、出演者の一人が壁や天井を歩くシーンがある。映画ではなく、生身の人間が観客の目の前でリアルタイムに壁や天井を歩くのだ。それがワイヤーで吊られた演出だとわかっていても、目の前でそのような光景を目にするのは驚きものだった。壁を歩けば身体は九十度傾き、天井を歩けば身体は逆立ちした状態になってしまう。それでも、その役を演じる役者さんは、あたかも普通に歩くように壁や天井を歩いたのだ。

 主人公のメアリー・ポピンズも、傘を手に持ち、風に乗って登場したり退場したりする。それらの大掛かりな演出に、会場は拍手喝采だった。ガンモも私も大満足で、
「いやあ、良かった、良かった」
と繰り返していた。英語を完全に聞き取ることができなくても、私たちにこれほど強いインパクトを与えたメアリー・ポピンズ。原作とは違う流れだったが、熟練された演技や完璧なセット、迫力のある仕掛けが私たちを十分に楽しませてくれた。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「メアリー・ポピンズ」はやはり、子供さんたちに親しまれているミュージカルなのでしょう。お子さん連れのご家族で鑑賞されている方たちが多かったです。小さい頃から、このような迫力のあるミュージカルを観ることができる環境にあるのは、とてもうらやましく思います。小さい頃から、このようなミュージカルを観ることで、今の子供たちがミュージカルを勉強して行くことに大いに役立つという良い循環を作り上げていると思います。ちなみに、購入したプログラムには、「子役募集」を意味する表現がありました。その募集要項には、身長や年齢が指定されていました。子供はすくすく育って行くので、ロングラン上演になると、同じ子役さんで上演し続けるのは無理があるのでしょうね。プログラムにも、同じ役柄に数人の子供たちの名前が掲載されていました。これからロンドンに足を運ばれる方は、是非ともシアターに足を運んでみてください。当日であっても、チケットは何とかなると思います。

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2007.08.03

ロンドン到着

 ガンモは私の隣ですやすやと寝息を立てていたが、私はロンドンに向けて旅立つという興奮のあまり、ほとんど一睡もできないまま朝を迎えた。六時に起きるために目覚ましをセットしてたものの、私は四時頃からベッドの中でゴソゴソしていた。このままベッドにいても睡眠をとることなどできないと判断した私は、ガンモを道連れにして、予定よりも早い時間から出掛ける準備を始めた。ロンドン行きを目前にして、私たちはハイテンションになっていた。

 自宅近くのバス停まで、ガンモと二人でスーツケースを転がしながら歩いて行った。やって来たバスに乗り込み、最寄駅へと向かう。そこから関空リムジンバスに乗り替え、関西国際空港へと向かった。関空リムジンバスは、すべての補助シートを使用しなければならないほどの混雑ぶりで、およそ一時間ほどのリムジンバスの乗車時間は、いつもよりもやや窮屈な空間で過ごすことになった。

 関西国際空港に到着した私たちは、早めにチェックインを済ませ、スーツケースを預けて身軽になった。離陸は十一時四十五分の予定だったので、私たちは関西国際空港ロビー内にあるクレジットカード会社の空港ラウンジを利用することにした。そこは、指定されたゴールドカードを提示するだけで、誰でも無料で利用できるラウンジである。中央には無料のドリンクバーがあり、その周辺には落ち着いた雰囲気の椅子とテーブルが並べられ、静かな雰囲気で出発前のひとときを過ごせるようになっている。私はそこで「ガンまる日記」を書き上げ、投稿予約した。

 ほど良い時間になって来たので、空港ラウンジを出て搭乗ゲートに足を運んでみると、たくさんの人たちで賑わっていた。ここにいる人たちが、私たちと同じようにロンドンに向けて旅立つ人たちなのだ。これからおよそ十二時間、同じ機内で過ごすわけである。十一時二十分頃から搭乗案内の予定だったが、何らかの事情で少し案内の開始時間が遅れ、それに伴って離陸時間も少し遅れることになった。

 ようやく搭乗案案内が始まり、私たちは飛行機に乗り込んだ。搭乗してからのおよそ十二時間は、とにかく長かった。乗り継ぎ便であれば、待ち時間も合わせると二十時間近く掛かる便もある。それを思うと、直行便でまだ良かったのかもしれない。私は、前日の夜にほとんど寝ていなかったので、飛行機の中で何とか睡眠を確保できるだろうと期待していたのだが、飛行機の中では、日本でまだ上映されていない映画がいくつか上映されていたため、思わず映画を三本も観てしまった。十二時間という長い時間は、映画を三本観てもまだまだ余裕がある。隣の席ではガンモがシャンハイのゲームに夢中になっていた。このシャンハイはかなり難しいらしく、なかなかクリアできないので、ガンモはやっきになっていた。私も映画を三本観て落ち着くと、シャンハイやらテトリスのゲームに挑戦して、時間が過ぎて行くのを静かに待っていた。

 機内への飲料の持ち込みが限られていたので、私はフライト中に喉が渇いてしまうのではないかと心配していた。しかし、出国審査をパスしてしまえば、空港内の自動販売機で飲み物を自由に購入して機内に持ち込むこともできる上に、機内で供給される飲み物はすべて無料なので、私は調子に乗って缶ビールをいただいた。これで少しは寝られるだろうかと期待したのだが、そのあと映画に夢中になってしまい、寝られなかったというわけである。機内では、本格的な食事が二回、おやつ程度のパンが一回出て来た。食事以外の時間帯であっても、フライトアテンダントの方たちが頻繁に飲み物を勧めてくださるので、飲み物に関しては何も心配は要らなかった。

 私たちの飛行機がようやくヒースロー空港に近づいて来たとき、私は窓の下を見下ろした。およそ十七年振りに訪れるイギリス・ロンドン。前回は、駆け足のツアーで訪れたため、ロンドンの記憶はほとんどない。今回、そのときの旅行で余った硬貨をめでたく発掘することができたので、持参した。十七年前の硬貨はまだ使えるのだろうか。

 ヒースロー空港に到着したとき、私たちはぐったりしていた。やはり、十二時間は長い。十二時間、あちこち歩き回るのも疲れるが、じっとしているのも疲れるものである。それでも、飛行機が着陸した途端、何とも言えない感動のようなものが込み上げて来た。まずは、私たちを無事に送り届けてくださった航空会社のスタッフの方たちに感謝した。飛行機に乗る度に思うのだが、彼らの仕事には常に命が掛かっているわけである。そんな命がけの仕事にありがとうと感謝した。そして、異国の地に向けて飛び立った十二時間、ずっと見守ってくれた私の守護霊にも感謝した。

 ようやく、十二時間という長い飛行から解放された私たちだったが、ヒースロー空港に到着してからも更なる我慢比べが待ち受けていた。何と、入国審査待ちのために並んでいる人の数の多いこと! ヒースロー空港の入国審査は、大まかに言って、ヨーロッパ各国とそうでない国に分かれている。私たちが並んだ「そうでない国」の列は、ヨーロッパ以外の国々からやって来た人たちの行列で、ひどく混雑していたのである。

 ヒースロー空港に着いたのは日本時間の午前0時過ぎだった。何と、私たちはそれからそこで二時間も長い長い行列に並び続けたのである。つまり、私たちの入国審査が終わったのは、午前二時過ぎだったのだ。寝不足の上に映画とゲーム三昧の十二時間の飛行、そして、とどめをさすかのような、二時間待ちの入国審査。私のコンタクトレンズは乾き、目がしょぼしょぼして来て、まばたきをすればコンタクトレンズが今にも剥がれてしまいそうだったが、眼鏡はスーツケースの中だったので、私は目をぱちぱちさせながら、一生懸命、目に酸素を送り込んでいた。

 入国審査では、かなり厳しいことも突っ込んで聞かれるのではないかと覚悟していたのだが、ガンモと一緒にパスポートを提示すると、二人の関係について、今回の旅行は観光目的かどうか、ロンドンには何泊するのか、今回の旅行はロンドンだけの滞在かというようなことを聞かれた。ガンモが一生懸命作った旅行の行程表は出番がなかったし、帰りの航空券の提示も求められなかった。

 ようやく入国審査をパスして、預けたスーツケースを引き取った。引き取ったと言っても、到着から既に二時間も経っていたので、私たちのスーツケースはベルトの上から降ろされていた。そこからヒースローエクスプレスの乗り場までスーツケースを転がして行き、チケットを購入してヒースローエクスプレスに乗り込んだ。ヒースローエクスプレスとは、日本で言うと「はるか」や「成田エクスプレス」に相当する列車である。私たちは、ヒースローエクスプレスの終着駅であるパディントンのホテルを予約していたのである。

 途中、おとぎの国のような街並みが見えて来た。ロンドンの街並みは不思議だ。同じような形の家がいくつも立ち並んでいる。

 パディントンに着いてみると、時刻はロンドン時間で二十時前だったというのに、外はまだ明るかった。確か、ヨーロッパの航空券が夏の間は割高で冬の間は割安になるのは、日照時間の関係だと前に聞いたことがある。夜になってもこれだけ明るければ、夜も楽しく過ごせるのではないだろうか。

 パディントン駅を出て歩き始めたとき、ガンモが興奮しながら、
「やっぱり、ここはロンドンだ!」
と言った。見ると、ロンドンタクシーや二階建てバスが当たり前のように道路を走っていた。
「ガンモ、私たち、本当にロンドンに来たから!」
寝不足にも関わらず、私たちは相変わらずハイテンションだった。

 私たちがホテルを探していると、親切なカップルが声を掛けてくださった。しかも、ありがたいことに、女性のほうは日本語を話せるらしく、一部、日本語で案内してくださった。その方のおかげで、目指していたホテルの場所が確実なものになった。横断歩道を渡るときも、歩行者のために車が止まってくれたりと、ロンドンの人たちはとても優しい。私たちは、たった一日でロンドンが気に入った。

 ホテルのチェックインも無事に完了し、いったん荷物を部屋に置いたあと、チップのお金を作るために、再びパディントン駅に戻って買い物をした。買い物から戻ると、睡魔に襲われ、シャワーも浴びずに泥のように眠った。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 無事にロンドンに到着しました。日本では猛暑が続いているでしょうか。台風の進路はどうなりましたか? ロンドンは、半袖で過ごすにはかなり涼しいですね。夜になるともっと涼しくなるので、半袖のTシャツを二枚重ねて着るときに、その間に毛糸のベストを挟んで重ねるとちょうどいい感じです。まだまだ到着したばかりでかなり記事が踊っていますね。私が英語を聞き間違えたりと、道中、もっといろいろなことが起こっているのですが、これについては、英語の聞き取り珍道中のような感じで別記事にまとめたいと思っています。

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2007.08.02

更なる演出効果

 とうとう出発前日の出勤日がやって来た。派遣仲間たちともしばらく会えなくなってしまうので、普段、良く話をしている派遣仲間には、出発前のあいさつをしておいた。あいさつを交わしたうちの一人が、卒業旅行で友達四人で連れ立って、ヨーロッパのユースホステルを回りながら旅をしたときの話を聞かせてくれた。私は彼女の話を聞いて、
「私たちも、最初はユースホステルを利用したいと思って、ユースホステルの会員になったりもしたんだけど、夫がユースホステルに対して消極的な姿勢を示したから、今回は普通のホテルになったんだよね。ユースホステル、いいよねえ。歳を取って来ると、だんだんと守りたいものが多くなって来て、身軽に動けなくなってしまうけれど、若い頃は、失うことも怖くないから、いろいろなことにチャレンジできるんだよね」
などと、おばさんめいたことを言った。歳を重ねて来ると、あれも守りたい、これも守りたいと、次第に失いたくないものが増えて来る。そのため、宿泊施設の設備に対しても、求めるものが多くなってしまう傾向にある。

 派遣仲間や同じプロジェクトの人たちからあたたかい見送りの言葉をいただいて、私は無事に夏休み前の仕事を終えて、勤務先をあとにした。ガンモに電話を掛けてみると、ガンモもちょうど仕事を終える頃だと言う。しかし、ガンモは自宅から徒歩で通える客先で仕事をしていたので、どこかで待ち合わせて一緒に帰ることはできなかった。ロンドン行きが目前に迫っていることで、私たちの気持ちは高揚していた。

 自宅の最寄駅に着いてからガンモに電話を掛けてみると、ガンモのほうが早く帰宅していた。私が、
「もしもし?」
と言うや否や、ガンモは、
「えらいこっちゃ。大事件が起こった」
と言った。私は、バードニュースくらいの軽い気持ちでガンモの声に耳を傾けていた。
「どうしたの? また鳩が何かやった?」
とガンモに尋ねると、
「違う違う。この間、大きなトラブルが起こった客先で、また別の大きなトラブルが起こった」
と言うではないか。
「俺、これから出掛けて、朝四時に帰って来ようか?」
などとガンモが言う。
「何、言ってるの。それは絶対に駄目!」
と私は言って電話を切った。

 私が帰宅すると、ガンモは仕事で使っているノートパソコンを広げて、何やら難しい顔をしていた。どうやら会社のネットワークに接続して、トラブルの状況を確認しているようだ。ガンモは私の顔を見るなり、
「えらいことだから」
と言った。重大なトラブルが発生してからは、ガンモと同じ技術者はもちろんのこと、部長までが客先に出向いて対応しているらしい。ガンモは、トラブルが重大なだけに、自分も手を貸したいが、翌日の出発を控えている状況で、徹夜作業を覚悟して仕事に出掛けて行く決心まではつかない様子だった。

 そんな状況の中、ありがたいことに、部長からガンモに電話があった。部長は、
「心おきなく旅行に行って来なさい」
と言ってくださったそうだ。大変ありがたいお話である。ガンモは深夜まで、仕事で使っているノートパソコンを広げて、状況をチェックしていた。
「俺は、運がいいのか悪いのかわからない」
とガンモが苦悩に顔を歪めて言った。同僚たちや部長が徹夜でトラブル対応しているというのに、自分は夏休みを取り、ロンドンに向けて旅立つということが、ガンモの中で、何となくしっくり来ないのだろう。私は心の中で、徹夜作業をしているというガンモの同僚や部長にエールを送った。

 ガンモの同僚たちを心の中で応援しながら、私は最終的な荷造りを始めた。それにしても暑い。急に本格的な夏がやって来たみたいだ。私は、再び汗だくになりながら、何とかスーツケースに荷物をまとめ、出発の準備を整えた。ガンモは、ベッドに入る直前まで仕事で使っているノートパソコンを開いて、トラブルの状況を確認していた。これが、多彩な演出効果の結末である。私たちの旅の演出家は、最後まで手を抜かなかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これを書いている今、私たちは関西国際空港の出発ロビーにいます。この記事は、数時間後の未来に投稿予約をして出掛けて行くことにしますね。この記事が公開される頃、私たちは空の上を飛んでいることでしょう。次回の更新はロンドンから行う予定です。それでは、行って参ります!

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2007.08.01

続・多彩な演出効果

 これから綴って行くことも、多彩な演出効果に該当するのかどうかわからないが、私の周りではおかしなことが立て続けに起こっている。

 一つは、普段、持ち歩いているモバイルカードの調子が悪くなり、ノートパソコンからインターネットに接続できなくなってしまったことである。何の前触れもなくそれは起こり、それ以降、何度接続を試みてもまったく繋がらなくなってしまった。ご存知のように、私は通勤時間や仕事の休み時間を利用して、一度書き上げた「ガンまる日記」に何度も手を入れている。それが実現できなくなってしまったので、思わず手を入れたくなるような文章を見つけたとしても、長時間に渡って修正できないことが気が気ではなかった。

 文章を書くときは、早くアップしたい一心で、一度書き上げた文章を十分に読み返すことなく慌ててアップしてしまうことが多々ある。しかし、自分の書いた文章を読み返してみると、途中で流れが途切れてしまっていたり、文章が走っていたりすることもしばしばだ。私は、できる限り流れるような文章を綴りたいと思っているので、流れが途切れないように、また、文章が走り過ぎてしまわないように、手を加える。これが、映画『映画『殯(もがり)の森』と舞台挨拶 』に書いた客観性を吹き込む行為なのかもしれない。ひとたび、主観のままアップされていることに気がついてしまうと、客観に変換したくなってしまうのである。

 モバイルカードの利用を継続したい私は、モバイルカードのサービスを提供している@niftyに問い合わせをしてみた。サポートセンタの方が丁寧に対応してくださった結果、私の使用しているモバイルカードは壊れてしまっていることがわかった。サポートセンタの方からは、モバイルカードの修理を依頼するか、モバイルカードの再購入について案内していただいた。修理を依頼する場合は、修理できるという完全な保障はないという。それならば、再購入のほうが確実だ。

 それにしても、不思議なものである。再購入か修理、どちらを選択するにしても、しばらくモバイルカードは使えないないことになる。車の修理のように、代車ならぬ代モバイルカードを貸し出してくれるわけではない。@niftyのホームページで、モバイルカードを新規契約される方への案内ページを拝見すると、申し込みから到着までおよそ一週間から二週間掛かるという。私の場合は新規契約ではないので、事務上の手続きが不要な分、もう少し対応が早いかもしれない。それでも、新しいモバイルカードの到着まで数日は掛かるだろう。ああ、何というタイミングなのだろう。私が日本を離れている間に、新しいモバイルカードの準備がせっせと整えられることになるのだ。私のモバイルカードは、壊れる直前まで踏ん張り続け、今がまさにそのときだと判断して力尽きたのではないだろうか。しかも、サポートセンタの方とやりとりに要する時間までぴったり計算して。

 もう一つは、鼻血がたくさん出たことである。お弁当に持参している毒だし脂肪燃焼スープが傷み易くなってしまったので、私はしばらく生野菜などを中心としたお弁当を持参していた。しかし、冷蔵庫に残っている野菜を無駄にしたくなくて、久しぶりに毒だし脂肪燃焼スープを作ってみた。なるべく作った毒だし脂肪燃焼スープが無駄にならないように、いつもよりも小さなお鍋で、およそ一食半分の材料をコトコト煮込んだ。その毒だし脂肪燃焼スープを朝食の前に少し食べ、お昼のお弁当でもたっぷりと食べたところ、仕事中に鼻血が垂れて来てしまったのである。かつて、毒だし脂肪燃焼スープを食べて同じように鼻血が出たことを、毒だし報告の記事に綴ったはずである。久しぶりに食べても鼻血が出たことから、やはり、鼻血が出るのは、毒だし脂肪燃焼スープを食べたことに原因があるようだ。

 仕事中だった私は、他の人たちとどのように接していいかわからず、密かにティッシュを丸めて自分の鼻の穴に詰めて、静かにうつむいていた。隣の人に声を掛けたい気持ちもあったが、鼻の穴にティッシュを詰めた人にいきなり声を掛けられても困るだろう。まるで、助けを求められているみたいだ。私は決して、助けを求めたいわけではない。ただ恥ずかしいだけだった。一人で恥ずかしさに耐えるよりも、誰かに声を掛けて恥ずかしさを紛らわせたかったのだ。しかし、実際は誰にも声を掛けずに一人で恥ずかしさの孤独に耐えていた。

 仕事中に出た鼻血はすぐに止まったのだが、帰宅してから、今度は大量に鼻血が出て来た。コンタクトレンズを外すために洗面台に立ったところ、ふと鏡を覗き込んで鼻血が垂れているのを発見した。良く、映画の中で誰かに殴られて鼻血が出て来るシーンがあるが、それと良く似ていると思った。それにしても、私の血は何てきれいな色をしているのだろう。そんなことを思う私は、鼻血が出ることに対して余裕が出て来たようだ。毒だし報告の記事のときは、驚きのあまり、午後から出勤したというのに。私は急いでガンモを呼び、再びティッシュを鼻に詰めた。

 鼻血がタラーっと垂れて来ると、私は東京の下北沢にあるタラートというお店を思い出す。バイキングを開催しているお店で、私も何度か足を運んだことがある。こんなことを思い出している私は、鼻血の出し過ぎでちょっとおかしいのかもしれない。

 モバイルカードが踏ん張ってくれたように、鼻血もまた、タイミングを見計らって出て来たのだとすると、その理由が良くわからない。下北沢のタラートを思い出すために、鼻血が出て来たのだろうか。

 こんなことを書きつつも、私はその翌日、再び、毒だし脂肪燃焼スープをお弁当に詰めて仕事に出掛けて行った。免疫ができたのか、今度は鼻血は出て来なかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 台風五号は、当初、予想されていたルートからは少し外れたようですね。外れたせいで、台風のルートに当たってしまった皆さん、ごめんなさい。m(__)m 私たちが願ったことで、ルートが変更になってしまったのたなら、この借りはいつかお返しさせていただきます。この次に台風が発生したときに、お力になれるかどうかはわかりませんが、反れるように一緒にお祈りさせていただきます。

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