« ホットヨガ(四十五回目) | トップページ | 毒だし報告 »

2007.05.14

映画『ユー・ガット・メール』

 今回のような旧作DVD半額レンタルキャンペーンはとてもありがたい。しかし、実際にレンタルDVDショップに足を運んでみると、三つのパターンで悩んでしまう。一つ、劇場で観て面白かった新作DVD(今回のキャンペーンでは半額にならない)も借りたい。二つ、劇場で観て面白かった旧作DVDを借りたい。三つ、まだ観ていない旧作DVDを借りたい。特に、一つ目と二つ目は、ガンモと一緒に観ていない映画に関してそう思う。面白い映画だったので、ガンモにも紹介したいのだ。しかし、半額にならない新作は何とか我慢できても、旧作となると迷う。まだ観ていない旧作を選ぶか、既に観た旧作を選ぶか。はてさて、どちら?

 結局、今回のキャンペーンでは、二つのレンタルDVDショップで、まだ観ていない旧作DVDを複数レンタルすることになった。会員証が全国共通なので、そのようなレンタルの仕方も可能なのだ。

 ところで、今回の旧作DVD半額レンタルキャンペーンでは、レンタルするときに半額クーポンを提示することが半額の条件になっている。レジに並んでいるときに他の人たちの様子をうかがっていると、私以外の人はみんな携帯電話を提示していた。私は普段、ノートパソコンを持ち歩いているため、携帯電話のWeb機能をほとんど使っていない。だから、パソコンからプリントアウトしたクーポン券を紙で提示した。しかし、携帯電話と紙を比べると、紙のほうが原始的な存在に思えてしまった。ノートパソコンよりも小さいPDAを持ち歩いていた頃は、クーポン画面をブラウザで開いて提示したこともある。携帯電話の画面に対抗しようと思ったら、PDAを使うしかない。別に、こんなことで対抗する必要もないのだが。

 さて、こうした旧作DVD半額キャンペーンを利用していくつか借りて来たDVDの中で、今回は『ユー・ガット・メール』にスポットを当ててみようと思う。

 この映画が好きという人は多いのではないだろうか。メグ・ライアンとトム・ハンクス主演のあまりにも有名な映画で、公開当時、大ブレークしたことも覚えているのだが、実は私はまだ観ていなかった。しかし、少し前に、「この映画が好き」と宣言している方のブログを拝見して以来、この映画のことがずっと気にかかっていたのだ。かつて二人が共演した『めぐり遭えたら』は、劇場で観ている。そのとき、監督・脚本を手掛けたノーラ・エフロンが、この映画においても監督・脚本を担当している。ノーラ・エフロンと言えば、『恋人たちの予感』の脚本も書いている。確か、『恋人たちの予感』には、ひどく泣かされた記憶がある。

 ご存知の通り、この映画はインターネットのチャットで出会った二人がメールを交わすようになった上に現実にも出会い、オンとオフの狭間ですったもんだしながらも、最終的には結ばれるというものだ。私自身、ガンモとの出会いがパソコン通信だったので、どうしても自分と同じ視点で観てしまう。そのせいか、ついついレビューも辛口になってしまう。単刀直入に言ってしまうと、この映画には最初からどこか引っかかるものがあるのだ。

 まず、メグ・ライアン演じるキャスリーンにも、トム・ハンクス演じるジョーにも、同棲している恋人がいる。映画の中では、同棲している恋人の目を盗んでメールを交換しているような展開になっている。ここでまず、何故? と思う。同棲するほどの間柄なのに、何故、メールのやりとりをしている異性がいることを隠すのだろうと、単純に不思議に思ってしまうのである。相手が例え異性であっても、メールの交換をしている相手がいることを同棲相手に話せばいいのではないだろうか。相手がこんなこと言った、あんなこと言ったという情報についても、共有すればいいのにと思う。映画の中では、キャスリーンもジョーも、互いの同棲相手が不在のときにメールをチェックしている。異性とメールのやりとりをしていることを同棲相手に秘密にしなければならないということが判明した時点で、私の中では何となくダークなイメージが広がってしまったのだった。

 もう一つ、引っかかった点がある。それは、交わしているメールの内容が、日常会話に過ぎないということだ。映画の設定では、何でも話し合える間柄ということらしいが、それにしてはメールの内容がいまひとつピンと来ない。ネットで知り合った者同士にとって、リアルにおける交流が始まる前に交わされる言葉というのは、お互いの魂に強く響くようなやりとりが展開されるのではないかと私自身は思っている。そのやりとりの中には、他の人とは達成し得なかった、お互いにしかわからない暗号のようなものが隠されているはずなのだ。お互いに、その暗号を解くことができたからこそ、大多数の人が同時に出会えるネットの中で、「この人だ!」と思えるのだと思う。ひとたびその暗号を解いてしまうと、お互いに話し出したら止まらない。そうした描写が、この映画には足りていないと思った。

 映画の中で面白いのは、この二人がリアルでも出会うという点だ。しかも、リアルの世界では互いに敵対し合っている。果たして、オンのときに抱く感情が真実なのか、それとも、オフのときに抱く感情が真実なのか。映画を観ている私たちはドキドキハラハラする。しかし、当の映画の登場人物たちは、途中までオフでも出会っている相手だということを知らない。キャスリーンに至っては、物語の終わりまで気付かない。

 この映画の中で最も重要なのは、これまで敵対していた二人が次第に友情を育んで行くシーンだと思う。そう、物語がほとんど終わりに差し掛かろうとしている頃だ。多くの時間を共有する中で、次第にオフで会っている二人の中に恋心が芽生え始めているのが手に取るようにわかる。しかも、かつての同棲相手には明かせなかった、メールを交わしている異性がいることまで、キャスリーンはジョーに話す。おかしなことに、その相手はジョー自身のことなのだが。その時点で、かつての同棲相手に対してはオープンに出来なかった交流が達成されているわけである。だからもう、メールのやりとりをしている異性とは顔を合わせなくても良い。キャスリーンのそんな満足感が表現されたあとに、ジョーの正体がわかっても良かったのではないかと思う。

 おそらく、脚本を書いたノーラ・エフロンは、軽いタッチで、しかも一筋縄では行かない恋愛物語の脚本を書きたかったのだろう。もしも私がこの映画の脚本を手掛けるならば、もう少しシリアスなタッチに変えた上で、二人がメールで交わす言葉を宙に投げ、暗号を解読できる鍵を持った二人だけがお互いの真実を受け取れるように描きたい。

 それにしても、『恋人たちの予感』と言い、メグ・ライアンは、ノーラ・エフロンが脚本を手掛けた、反発する女性の役を演じるのがうまい。彼女は、ノーラ・エフロンの脚本に応えられる、ぴったりの女優さんだと思う。特に、怒った姿がかわいい女優さんにはなかなか出会えないので、彼女の存在はとても貴重だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「この映画が好き!」という方、ちょっと辛口のレビューを書いてしまってごめんなさい。m(__)m 自分自身の経験上、どうしても、こうした題材に対しては厳しい目で観てしまうようです。こうした交流には、言葉のキャッチボールを続けて行くことに喜びを感じる、二人にとっての「魔法の言葉」のようなものがあるはずだと思うのです。映画を観ながら、一生懸命それを探していましたが、とうとう見つかりませんでした。その部分の描写が少し物足りないと感じてしまったのですが、オフで出会ったときのハラハラドキドキの展開は良かったです。映画を観終わると、愛も憎しみも隣り合わせだという感想を抱くのですが、ツインソウル的な関わりとは違うように思いました。それと、この映画を観ていて思ったのですが、本当に嫌いな人に対しては、無視したり、言いたいことが言えなかったりするように思います。キャスリーンはジョーに対し、心の中で思っているネガティヴなままの感情をフィルターをかけずにぶちまけました。そうした行為は、本当に嫌いな人に対してはできない行為だと思いました。そう考えると、キャスリーンとジョーの間にあった敵対心も、最初から気になる存在として、相手をもっと知りたい気持ちがあったからかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

« ホットヨガ(四十五回目) | トップページ | 毒だし報告 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18521/15085098

この記事へのトラックバック一覧です: 映画『ユー・ガット・メール』:

« ホットヨガ(四十五回目) | トップページ | 毒だし報告 »