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2007.05.06

物乞いおばあちゃん

 倉敷の商店街にある無料休息所でくつろいでいると、見知らぬおばあちゃんに声を掛けられた。あまりに突然のことで、正確には覚えていないのだが、確かおばあちゃんは私に、
「今日会ったばかりで申し訳ないんですけど、しばらく食べてないので、お金を恵んでもらえませんか。その辺で何か買って食べますので」
というようなことを言った。おばあちゃんの年齢は六十歳過ぎくらいだろうか。初夏を感じさせるほどの陽気にしては少し暑そうな服を着て、古ぼけたスニーカーを履いていた。突然のことに私が戸惑っていると、おばあちゃんは顔を歪めながら、自分の身の上話を始めた。夫にも先立たれ、子供もいないこと。今年の一月からお風呂に入っていないこと。自宅の電気は既に止められていること(確か、止められているのは電気のほうだったと思う。ガス代は、皆さんのご厚意により集められたお金で支払うことができたのだそうだ)。今年で六十五歳になるが、年金を受け取れるようになるのは誕生日を迎える十一月からであること。しかし、実際に受け取ることのできる国民年金は、本当に微々たるものであること。この年になって、このようなみじめな生活をするとは夢にも思ってもいなかったこと。そのようなことを、一生懸命私に説明するのだった。

 これまでにも何度か、物乞いおばあちゃんに出会ったことがある。やはり、旅先で出会うことが多かった。生まれて初めて物乞いおばあちゃんに出会ったのは、小さい頃、両親と一緒に買い物に出掛けたときのことだった。私の両親は、そのおばあちゃんを常習犯だと疑い、お金を差し出さなかった。そのとき私は、本当にお金に困っている人だけがこのような行為をするのではないことを知った。

 最も新しい記憶を手繰り寄せてみると、去年の十一月に北京を訪れたときに、やはり物乞いおばあちゃんに声を掛けられた。言葉は良くわからなかったのだが、何かしきりに訴え掛けて来て、私たちから何かを受け取りたい気持ちが伝わって来た。それを見ていたツアーの現地係員の男性が、
「北京には、あのようなお年寄りのグループがたくさんいるので、お金を巻き上げられないように注意してください」
と言った。現地係員の男性の話では、そうしたグループにはボスのような人がいて、組織化されているらしいのだ。つまり、本当にお金に困っているわけではなく、ビジネスとして成り立っているのだそうだ。私は、現地係員の男性の言葉に従い、何も差し出さなかったのだが、もしも本当に生活に困っていたらどうしようと、後味の悪い思いをしたのを覚えている。

 倉敷で出会った物乞いおばあちゃんに対して、どのように接したらいいか、私はしばらくの間、思案していた。できれば、かつてのような後味の悪い思いはしたくなかったし、千円くらいなら渡してもいいと心の中で思っていた。やがて私は意を決して、財布の中から千円札を取り出して、おばあちゃんに差し出した。その途端、おばあちゃんの表情がぱっと明るくなり、涙で目がにじんだ。私は、おばあちゃんの中で感情の玉が弾けたような手応えを感じたのを見逃さなかった。おばあちゃんは、
「ありがとう。ありがとう」
と何度も私に言った。しかし、一方で、私の中にはまだ完全におばあちゃんの貧困を信頼し切れない気持ちも残っていた。そして、もしも本当にお金に困っていないのであれば、こうして目的を達成できたことで、さっさと私の前から姿を消してしまうのではないかと思っていた。ところがおばあちゃんは、私が差し出したお金を左手に持ったまま立ち去ろうともせず、しばらく感慨にふけりながら、今度は自分の身の上話ではなく、私自身に意識を向けた。そして、
「どこから来られたの?」
と私に聞いて来たのだ。おばあちゃんがいわゆる常習犯ならば、犯行現場からは直ちに立ち去ってしまいたいのではないだろうか。私が、
「兵庫県の○○市です」
と答えると、おばあちゃんは、
「私も兵庫県の生まれなのよ。兵庫県の佐用(さよう)というところ」
と言った。それからおばあちゃんは、雪の日に長靴が買えなかったので、雪の積もった道を歩くのも大変だったという新たな身の上話を始めた。私が千円を渡したことがとてもうれしかったようで、身の上話の区切りが付くと、私が差し出した千円をまるで拝むように握り締め、
「これだけあれば、明日の分もあります。本当にありがとうございます」
と言って、私に深々とおじぎをした。やがておばあちゃんは立ち上がり、私に一歩近寄って、
「神様と仏様の思し召しです。ありがとうございます」
と目に涙を浮かべながら私に手を合わせて去って行った。おばあちゃんが「神様と仏様の思し召しです」と言った途端、私は、再びおばあちゃんの中で何かが弾けたのを感じ取った。私には、おばあちゃんのこらえ切れぬ感情が、思わず涙になってこぼれたと実感した。

 千円札を受け取ったときのおばあちゃんの反応からすれば、あの、おばあちゃんの中で感情の玉が弾けたような手応えは本物だったと確信している。その感情の玉が弾けたとき、おばあちゃんは思わず涙を流した。あの涙はおばあちゃんの真実だった。今、これを書きながら、私はそう思うのだった。

倉敷で撮影した写真。(写真に付加したコメントをご覧になりたい場合は、スライドショーの下にある吹き出しマークをクリック)

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 世の中には、本当にお金に困ってお金を分けてもらおうとする人と、そうでない人が混在しています。本当に貧困の状態にある人たちを見極めるのは、少々難しいかもしれません。何故なら、私たち自身は、最初から相手の話を身構えて聞いてしまうからです。このような状況に出くわすと、実にいろいろなことが頭を駆け巡ります。六十五歳を迎えようとしているおばあちゃんが、倉敷という観光地で、本当に食べて行くことができないほど仕事がないのでしょうか。仮にそうだとしても、今回のように私たちがお金を差し出すことは、おばあちゃんにとって、本当にプラスになっているのでしょうか。恥をしのんで、観光客にお金をくださいと頼み込むような状況にありながらも、国や県や市は、おばあちゃんに対して何も手を差し伸べないのでしょうか。何が一番いいのか、私にはわかりません。しかし、お金を差し出したことで、後味の悪さだけは免れました。ということは、私は自己満足のためにおばあちゃんにお金を差し出したのでしょうか。とにかく、考えさせられる出来事でした。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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