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2007.05.11

映画『スパイダーマン』

 最初にお断りしておくが、これは、現在公開中の『スパイダーマン3』のレビューではない。二〇〇二年に公開された、まだ2も3も付かない『スパイダーマン』である。まずは、この映画を観ることになったきっかけからお話しすることにしよう。

 ジョニー・デップが好きという派遣仲間とトイレで顔を合わせたとき、
「そろそろ『パイレーツ・オブ・カリビアンの公開だね』
と彼女が言った。その話題から公開中の映画全般の話になり、彼女が『スパイダーマン3』を観に行きたいが、まだ映画館に足を運べていないと残念そうに言った。私の職場は、場所がらなのか、私のように兵庫県の西のほう(つまりは大阪寄り)に住んでいる人は少なく、兵庫県の西のほう(つまりは岡山寄り)に住んでいる人のほうが圧倒的に多い。だから、私のように、仕事帰りに三宮で映画を観て帰るというような人はほとんどいない。つまり、映画館の集中する三宮や神戸を経由して通勤する人が少ないのだ。そのため、映画を観るのは週末に集中しているらしい。

 私は、映画館で予告編を何度も観ていることもあって、『スパイダーマン3』が公開されていることは知っていたが、前作も前々作も観ていないので、おそらく劇場で『スパイダーマン3』を観ることはないだろうと思っていた。『スパイダーマン』のように、大多数の人たちから支持を受けているような映画は、私が観なくても大いに盛り上がっているので、積極的に観たいという気持ちが沸き上がってこなかったのだ。それでも、心の中では何となく気にはなっていた。そのことが彼女にも伝わったのか、彼女が私に、
「『スパイダーマン2』のDVDなら持ってるから、今度、持って来るよ」
と言ってくれた。私は彼女の申し出を喜んで受け入れた。

 『スパイダーマン2』のDVDを借りられるなら、できれば『スパイダーマン』も観ておきたい。そう思っていると、折しも、私がいつも利用している全国的なレンタルビデオショップで旧作DVDの半額レンタルキャンペーンが開催されていた。そこで、仕事帰りにガンモを誘って、近くのレンタルビデオショップに足を運んでみたのである。ちょうど金曜日の夜だったので、まあ、人の多いこと。みんな、考えることは同じなのだろう。そこで私は、『スパイダーマン』を含む数枚のDVDをレンタルしたわけである。

 観終わった感想としては、さすが、大多数の人たちに支持されているだけあって、とても面白い映画だと感じた。と同時に、子供の頃に観た『アメリカン・ヒーロー』という映画を思い出した。『アメリカン・ヒーロー』は、もともとアメリカのテレビ番組が映画になったものだと記憶しているが、テレビ番組の吹き替え版も日本で放映されていたので、私は毎週欠かさず観ていた。やはり、何となく冴えない男性がパワーを得てヒーローになり、悪者をやっつけるのである。しかも、マドンナ的存在も登場する。

 『スパイダーマン』にも、『アメリカン・ヒーロー』と同じような要素が散りばめられていた。ヒーローになりたての頃は、例えヒーローであってもちょっとかっこ悪い。『アメリカン・ヒーロー』では、ヒーローがうまく空を飛べなくてヨロヨロしていたし、『スパイダーマン』では、変身後のスーツがいかにも素人っぽい。途中から今のスーツに変わるのは、スポンサーでも付いたのだろうか。過去に私が『アメリカン・ヒーロー』にはまったように、『スパイダーマン』にどっぷりはまってしまう人も少なくないだろうと感じた。実は、私は『スーパーマン』も観ていないのだが、『スーパーマン』にもやはりマドンナが登場し、一般の人たちには誰がスーパーマンに変身しているかを内緒にしているのだろうか。多くのヒーローものには、いくつかの共通点が存在しているように思う。

 そして、おそらくこの先マドンナに恋するヒーローに悩みができるとすれば、本当の自分はヒーローに変身する前の自分なのか、それともヒーローに変身した自分なのかということなのではないだろうか。更には、例えマドンナのハートを射止めることができたとしても、彼女が想いを寄せているのは変身前の自分なのか、それともヒーローに変身しているときの自分なのかということについても悩むことになるだろう。普段、冴えない男性であるだけに、このような悩みを抱えてしまうことは容易に想像できる。『スパイダーマン』では、変身前の自分と変身後の自分の狭間に立たされて悩むというようなシーンはなかったのだが、『スパイダーマン2』、『スパイダーマン3』でどのような展開になるかは見物である。

 それにしても、映画だからなのか、正義の味方が登場する世界には必ずそれに対抗する悪が存在するのは面白い。善と悪は同時に生まれ、実際は常にバランスの取れた状態にあるということを説いているのだろうか。しかも、その悪は、『スパイダーマン』の中では、ヒーローにとって身近な人物であるのは意外である。

 マドンナであるMJの生き方は、同じ女性として、あまり共感できるものではなかった。彼女はいつも、誰かに好きと言われて付き合っている。だからだろうか。MJが付き合っている相手の男性のことを心から愛しているという気持ちが映像から伝わって来なかった。そうした彼女を、ピーターはずっと見守って来た。ようやくMJが主体性を持つことができたのは、ピーターの真っ直ぐな愛がMJに通じたからではないだろうか。更に、墓場でMJとピーターがキスをしたとき、キスを終えたMJは自分の唇を軽く押さえた。それは、その唇の感触を既に知っているというサインだったのではないだろうか。おそらくだが、『スパイダーマン2』では、MJは、ピーターがスパイダーマンであるということに気づいてしまうのではないだろうか。

 『スパイダーマン3』の興行成績が思いのほか伸びているので、『スパイダーマン』シリーズはこれからも製作されることになるらしい。これだけ多くの人たちに支持されているのも、ピーターとMJを簡単に結び付けないでいることも人気の理由の一つなのかもしれない。人々は、一筋縄ではいかない恋に燃えるように、一筋縄ではいかない映画に燃えるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 皆さんは、『スパイダーマン3』をもうご覧になりましたか? 『スパイダーマン3』を観るかどうかは、『スパイダーマン2』を観てから決めたいと思います。『スパイダーマン』でピーターの伯父が亡くなるシーンに泣けました。伯父といえども、まるで本当の親子みたいな家族だったからです。確か、この映画が公開された頃、ガンモと二人でユニバーサルスタジオジャパンに行きましたが、『スパイダーマン』のアトラクションがひどく混み合っていたのを思い出します。今では『スパイダーマン3』のアトラクションが出来ているのでしょうか? 私は個人的には、『バックトゥーザフューチャー』のアトラクションが好きです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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