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2007.05.18

一対一の交流

 仕事帰りに同じプロジェクトの派遣仲間と一緒になった。彼女は普段、バスで通勤している上に、同じプロジェクトと言っても私と一緒に同じ仕事をしているわけではないので、帰る方向も帰る時間も別々だ。しかし、彼女がたまたま三宮で用があるというので、三宮まで電車で一緒に移動することになった。

 彼女は二十代後半で独身である。スタイルも良く美人だ。そんな彼女は、女性専用車両を好んで利用したがった。彼女曰く、電車の中で、知っている男性が隣に座るのは気にならないが、知らない男性が隣に座るのは何だか落ち着かないのだそうだ。だから、電車に乗るときはいつも女性専用車両を利用しているという。むしろ、女性専用車両のほうが苦手な私とは大違いだ。私は思わず、彼女に、
「もしかして女子高出身?」
と尋ねてみた。しかし、彼女から返って来たのは、
「ううん、バリバリの共学出身」
という私の予想に反した答えだった。

 その後、ごく自然な流れで男女の愛の話になった。私がいつもガンモと待ち合わせて帰宅していることは、既に彼女の耳にも入っていたようだった。私は、結婚してそろそろ十一年になること、今でもシングルベッドに寄り添って寝ていることなどを彼女に話して聞かせた。彼女は、男友達はたくさんいるが、彼氏と呼べる人は現在、いないと言う。彼女の中では、男友達と彼氏は別なのだそうだ。しかし、最近、結婚生活というものに憧れを感じ始めたという。

 現在、彼女は甥っ子と一緒に住んでいるという。あるとき、その甥っ子が何かいたずらをしたので、
「悪いことをしたんだから謝りなさい」
と叱ったそうだ。その場には、彼女のお母さんや他のご家族もいたらしい。彼女以外の人たちも、甥っ子に対して
「謝りなさい」
と言ったそうだが、甥っ子はちょっぴりすねていたのか、なかなか謝ろうとしなかったと言う。その後、何かのはずみに、その甥っ子が、
「ごめんなさい」
と彼女に対して素直に謝って来たのだそうだ。彼女は甥っ子が謝るその姿を見て、まるでダムが決壊したかのように泣いてしまったのだと言う。彼女は普段、ご両親の前でも泣いた顔を見せたりしていないそうだが、ちょっぴりすねていた甥っ子がようやく心を開き、謝って来たことがとてもうれしくなり、思わず泣いてしまったのだろう。そのとき、甥っ子のことがかわいくてたまらなくなり、自分も早く子供が欲しいと強く思ったのだそうだ。

 電車の中で女性専用車両を好むことと言い、結婚するよりも先に子供が欲しいと思っていることと言い、私とはまったく違う価値観を持っている彼女だったが、彼女と一対一で話をしていることがとても心地良かった。彼女との一対一の会話を通じて、決して同じ価値観を持ち合わせた者同士が話をすることが楽しいわけじゃないと実感した。一対一の会話には、相手がどこを向いているのかがはっきりとわかる分、人と密に関わることの喜びがあったのだ。

 そんな彼女に、
「私たち夫婦には秘密がないんだよね」
と言うと、こんなことを聞かれた。
「じゃあ、一人になりたいと思うことはないんですか?」

 正直、この質問には驚いた。なるほど。彼女はまだ、自分と区別がなくなってしまうような男性には出会っていないのかもしれない。もちろん私は、
「ないよ」
と答えた。そして、
「私も昔は、一人で過ごす時間が好きだったけどね」
と前置きしてから、
「夫は自分と同等の存在だから、一人になりたいとは思わないよ。でも、私たち夫婦は、休みが別々のことも多いから、自然に一人の時間が出来てるけどね。それ以上は、わざわざ一人の時間が欲しいとは思わないなあ。それに、わざわざ一人の時間が欲しくなるような相手とは、夫婦として成り立たないと思うけどなあ」
と付け加えた。

 彼女は、これまでお付き合いして来た男性に対し、言いたいことを言えずに、ネガティヴな感情をどんどん溜め込んでしまったのだそうだ。相手に対して怒りを感じても、表面的には普通に振る舞うことが出来るという。しかし、ある日突然、怒りが爆発し、破局を迎えてしまうのだそうだ。おそらく相手の男性は、彼女が何故爆発したのかわからない状態のまま、別れを受け入れることになってしまうのだろう。私は逆にそれができない。怒りを押し殺したり、喜びを隠したりすることができない。何でも顔に出てしまうのだ。その分、ネガティヴな感情を溜め込まないので、どんどん忘れることができる。

 彼女と一緒に電車に乗ってみて、様々な発見があった。オフィスで仕事以外の話をするとなると、女子トイレで話をするしかない。しかし、女子トイレで話をしていると、入れ替わり立ち代り他の人たちがやって来るので、途中で話が中断されたり、他の人のことを気遣って、より突っ込んだ話ができないことも多い。もちろん、勤務中であることも、話に熱中できない理由の一つではある。だから、電車に乗っている間にいろいろな話ができるのはとても貴重な時間だと感じた。例え相手と違う価値観であっても、一対一で話をすることはとても楽しかった。自分とは違う生き方を尊重できるのは、一対一の交流が成り立っているときなのだと実感した。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もしもこの対話を多対多で始めていて、私と、私以外の人たちがみんな同じ意見だったとしたら、違う意見でも面白い対話ができたとは思えず、自分だけ取り残されてしまったような、ちょっぴり寂しい気持ちになっていたかもしれません。集団の持つ相性に振り回されることなく、どんなときも個人に目を向けることができれば、どんなコミュニケーションももっと円滑に運んで行くのかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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