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2007.04.24

あんぐりと口が開いたアングリーな話

 週に一度のレディースデイだったので、私はまたしても映画館に足を運んだ。観た映画は、『ロッキー・ザ・ファイナル』である。しかし、今日は映画のレビューを書きたいわけではない。

 いつもたくさんの女性たちで溢れ返っているはずのレディースデイなのに、今回の『ロッキー・ザ・ファイナル』は観客がとても少なかった。女性たちは、上映されている他の作品を鑑賞しているのかもしれない。実は、私がこの映画を観ようと思ったのも、積極的な選択ではなく、いわば消去法を採用したからだった。上映されている他の作品は、既に観てしまっていたり、前売券を購入したりしていたので、千円で観られる別の映画として、どれにも当てはまらない『ロッキー・ザ・ファイナル』を選んだのである。私はこのシリーズの映画を一本も観ていなかった。おそらく、レディースデイでなければ観なかった映画だろう。登場人物の台詞はそれなりに深いのだが、正直な感想を言ってしまえば、同じようなテーマであっても、少し前に観た『シンデレラマン』のほうがずっと深い感動を覚えた。

 受付で発行してもらった指定席についてみると、同じ列には誰もいなかった。レディースデイとなると、いつもひしめき合って座っているので、これはとてもロッキー、いやいや、ラッキーだと思っていた。しかし、そんな喜びも束の間、上映時間ギリギリになって、一組のカップルがやって来て、私の左側に、席を四つほど挟んで座った。男性はポップコーン、女性はビールを片手に持っていた。彼らを見たとき、何だか嫌な予感がした。そして、その嫌な予感は見事に的中してしまったのである。

 彼らは予告編の間中、ずっとおしゃべりを続けていた。「予告編だから、まあいいか」と私は気楽に構えていた。ところが、本編が始まっても彼らのおしゃべりは止まらなかった。特に、女性のほうは映画を観る気などないらしく、本編の上映中に席を立って劇場の外に出て行った。しかも、その歩き方は、椅子に座って真剣に映画を鑑賞している観客のことを配慮して腰をかがめるわけでもなく、正々堂々と立って歩いて行ったのである。しばらくすると、女性は席に戻って来た。相変わらず、二人のおしゃべりは止まらない。ああ、気が散る。私はイライラして、彼らをキッと睨みつけた。更に、小さな声で、
「うるさいなあ」
と声に出してみたりもした。しかし、彼らはチラッとも私のほうを見ようともしない。完全に自分たちの世界を作り上げているのだ。

 映画に集中したいのに、二人のことが気になって気になって仕方がなかった。自宅でDVDを鑑賞しているんじゃないんだぞ? 私の心の中は彼らへの怒りでいっぱいだった。そして、映画がクライマックスに差し掛かった頃、更に信じられないことが起こった。何と、女性が煙草に火をつけて、自分の席で煙草を吸い始めたのである。もちろん、スクリーン内は禁煙だ。男性は、女性が火を付けたその煙草をひと口、ふた口、吸った。煙草はやがて女性の手に戻り、女性は一層伸び伸びと煙草を吸った。

 私は心の中で、"Incredible!"とつぶやいた。そして、とうとうたまりかねて、後ろの席の様子をうかがい、席が空いていることを確認すると、荷物を持ってコソコソと移動した。鑑賞している他の人たちの邪魔にならないように、腰を低くして、彼らの吐く煙と、彼らの話し声が届かないところへ逃避したのだ。そうして何とか安泰を得たものの、心の中はメラメラと怒りに燃えていた。後ろの席から彼らの座っている席を観察していると、女性が吐き出す煙がもくもくと立ち昇っていた。何という二人なのだろう。

 私はどちらかと言うと、周りの影響を受け易いタイプだ。通勤電車の中でも、人の話し声が気になってしまうし、仕事中も集中力を高めるために、耳栓を使用している。それは、ポジティヴな言い方をすれば、他の人たちの存在を常に身近に感じていて、切り離せない状態にあると表現することもできる。つまり、自分のいる世界から除外できないのだ。だから、彼らのように、周りの人たちがどのように反応しているかということについて、鈍感であり続けるということが理解できない。

 彼らが話をしているときに、私が彼らを「きっ」と睨んでも、彼らの視界には入っていなかったというのだろうか。それとも、視界に入ってはいるものの、無視したのだろうか。実際、私は彼らのことをチラチラと見ていたが、彼らとは一度も目が合わなかったのである。ここまで自分たちの世界を守り続けることができるというのは、普段、揺れ易い私からすれば、ある意味うらやましいことでもある。

 しかし、こういうことがあるからこそ、「どんなことがあっても揺れずに自分らしくいる」ということに対し、抵抗したくなってしまうのかもしれない。自分の世界を守り続けることは大切だが、ちょっとは周りにも注意を向けよう。そう言いたくなってしまうのだ。

 それにしても、私は一体何に対してこんなに怒っているのだろう。おそらく、彼らの記憶の中に、私という存在が何も残らなかったことに腹を立てているのだ。私の中には、彼らの記憶が残った。しかし、私自身は、彼らに何の影響も与えてはいないのである。例えば彼らと街ですれ違ったとして、私は彼らのことを思い出すだろうが、彼らは私のことなど思い出しもしないだろう。何しろ、顔を合わせてはいないのだから。彼らに向かって自分自身の気持ちを表現することができず、こうしてブログに綴ることしか選択できなかったことに対しても苛立ちを感じているのだろう。しかし、そんな彼らを引き寄せたのは、私自身が積極的な態度で映画を観なかったからではないだろうか。何となくレディースデイだから映画館に足を運んでしまった。そして、同じように、何となくレディースデイだから映画館に足を運んだ人とかち合ってしまった。これが私の、あんぐりと口が開いたアングリーな話である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 喫煙については、これまでにも取り上げて来ましたが、とても不思議ですよね。嫌煙家の方でも、親しい人の煙は大丈夫、という方が、いらっしゃるのではないでしょうか。私自身もそうだと思います。煙が苦手なのではなく、何の了解もなく煙草を吸われることが嫌なのではないでしょうか。ある程度、親しい間柄であれば、「吸ってもいい?」の一言くらいあるでしょう。嫌煙家にとっては、その一言がとてもうれしかったりします。しかも、相手が遠慮していると、こちらから、「吸ってもいいよ」などと言ったりすることもありますよね。映画館の中で煙草を吸い始めたこの二人には驚きましたが、この記事を通して言いたいのは、「マナーを守ろう」ということではありません。マナーばかりにとらわれると、返って見失ってしまうものもありますよね。そうではなく、「もっと周りを見渡そう」です。自分たちだけの世界を作らず、自分たちの行動が他の人たちにどのような影響を与えているか、常に意識しながら生きて行きたいものです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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