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2007.04.20

映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』

 ガンモが職場の人たちと飲み会だと言うので、またしても私は映画を観に行った。実は、前日の夜も私は映画を観に行っている。ほとんど病気かもしれない。治すつもりはないのだが。前日の夜に観たのはジャッキー・チェン主演の『プロジェクトBB』だ。手元に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』の前売券があったので、レイトショーで観るつもりで映画館に出掛けて行ったのだが、受付で私は何を思ったのか、『プロジェクトBB』と言ってしまったのである。何故、そんなことになってしまったかと言うと、どの映画を観るか、直前まで迷っていたからだ。レイトショーは千二百円、購入している前売券は千百五十円である。つまり、私がいつも購入している前売券の値段はレイトショーと五十円しか変わらない。レイトショーの受付で前売券を差し出すと、
「レイトショーは千二百円ですが、よろしいですか?」
と聞かれることがある。ほとんどの映画の前売券は千三百円で販売されているので、「前売券の値段よりもレイトショーの値段のほうが安いですがよろしいですか?」と、受付の方が警告を発してくださっているのである。そう言われると、前売券を購入している映画とは違う映画を観たくなってしまうのは、人間の自然な心理ではないだろうか。そうして、思わず口を突いて出て来たのが、『プロジェクトBB』だったわけである。そんな経緯から、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』を見送ってしまったので、その翌日の今日、レイトショーを上映していない映画館の最終上映で観ることにしたわけである。レイトショーを上映していない映画館なら、千二百円というレイトショーの値段に惑わされることもないからだ。

 この映画もまた、映画館で予告編を何度も観ている映画である。確か、予告編の中でも表現されていた思うが、扱っている内容は、誰にでも起こり得ることである。つまり、子供が親を亡くす物語だ。この映画の中では、子供の役をオダギリジョー、おかんの役を樹木希林さんが演じている。

 田舎から東京の大学に出て行くことの大変さは、私も良く心得ているつもりだ。親から仕送りされたお金を大事に使えなかったことも、大学をさぼり気味だったことも、私自身の東京での学生生活と大きく重なる。また、大学を卒業しても、田舎には帰らずに、東京に残ったことも同じだ。簡単に言ってしまえば、一人暮らしは堕落し易い。そして、一度堕落した人が這い上がって行くのはなかなか大変なことである。しかし、オダギリジョー演じる主人公の"ボク"は、見事に這い上がって行った。何故、這い上がることができたかと言うと、彼自身が地の底を体験したからだと思う。自分が堕落している間にも、田舎で一生懸命働いて仕送りしてくれた母のことを想うと、これ以上は堕落できないと思ったのだろう。更には、同じ志を持った仲間との出会いが彼の創作意欲を掻き立てたのだと思う。

 文章を書いたり、絵を描いたり、曲を作ったり、写真を撮ったりといった作業は、一人で続けて行くにはとても孤独な作業である。しかし、同じ志を持った仲間に巡り合うことができると、互いに刺激し合いながらぐんぐん伸びて行く。"ボク"にもそういう出会いがあった。そして、自らチャンスを生かし、やがて自分の活動を支えてくれる人たちとも出会うことができた。だから、九州の田舎に一人で住んでいたおかんを東京に呼ぶことができたのだ。

 田舎を離れて東京に出て来たおかんは、ある意味、柔軟だと思う。田舎の人たちは、田舎を離れたがらない。おかんを私の母に置き換えてみると一目瞭然である。私の母なら、一人で田舎に残りたいと主張するだろう。しかし、おかんは、妙な意地を張らなかった。もちろん、病気に対する孤独もあったのかもしれない。おかんが状況することによって、それから先の物語が、"ボク"を取り巻く人たちとの調和という感動的なストーリーに仕上がって行く。みんな、おかんが大好きだった。お料理が得意で気さくなおかんが。

 おかんの若い頃の役を、樹木希林さんの実の娘さんである内田也哉子さんが演じている。そう、シブガキ隊のもっくんの奥さんである。樹木希林さんの実の娘さんなので、樹木希林さんと顔もそっくりだ。私は、おとんと長きに渡って別居生活を送っているおかんの人生を、樹木希林さんそのものの人生と重ねてみる。おとんは、内田裕也さんほどはちゃめちゃではないにしても、何故かこの映画の中の夫婦生活もうまく行かなかった。

 それでも、おかんは"ボク"の存在に救われていた。病気のおかんを見舞うために病院に足繁く通い、おかんのいる病室で仕事をする"ボク"。おかんにとっては、"ボク"が仕事をしている姿を見ることが喜びになっていた。ただ、やがて抗ガン剤の副作用に苦しむおかんの姿は、例えスクリーンを通しての演技であったとしても、思わず目を背けたくなってしまった。しかし、現実には、肉親のこのような姿にしっかりと向き合っている人たちがいるのだろう。私は、今でも祖母の看病を続けている実家の母のことを思った。自分の肉親が変わり果てて行く姿を見るのは辛い。しかし、そこから目をそらさず、病院任せにせずに愛情を注いで行くまっすぐな姿がある。

 いつかは受け入れなければならない親の死。先日観た『アルゼンチンババア』は、妻の死を受け入れることができずに逃げ回っていた夫の話だった。しかし、今回観た『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』は、母の死から逃げようとしなかった息子の話である。この映画は、むしろ、観終わってから余韻に浸ることのできる映画だと思う。つまり、その場で決して終わりにはならない映画だ。そして、映画の様々なシーンの中に、誰しも、過去や未来の自分の姿を垣間見る。そういう映画なのだと思う。

 平成のこの時代に、昭和の匂いがプンプン漂うこの映画。カメラ好きの方たちには、フジカシングル8(比較的新しいタイプのもの)と、ハッセルブラッドが登場するのでお見逃しなく。 オダギリジョーは、ハッセルブラッドを手持ちで使っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 似顔絵を描いているシーンで、私一人でバカ受けしてしまったシーンがありました。「これ、誰の似顔絵?」と、描いている人に"ボク"が尋ねるのですが、「○○○の○○○」と答えるんです。その似顔絵がとにかく似ていなくて、噴出してしまいました。あのような方の似顔絵を描くシーンがあるとは、ちょっとこの映画はマニアックですぞ。(^^)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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