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2007.04.17

映画『ホリデイ』

 またしてもガンモに呆れられながら、映画館に孤独を感じに行った。そう、毎週火曜日はレディースデイである。公開中の前売券のストックも何枚かあるのだが、千円で映画を観られるレディースデイに千百五十円で購入している前売券を使用するのはもったいない。そう思って、私は前売券を購入していない映画を観ることにした。

 とは言うものの、何を観よう。こういうときは、「迷ったときの映画情報サイト頼み」である。そこで候補に上がって来たのが、この『ホリデイ』だった。映画館に通い詰めているので、既に予告編は何度も観ている。しかし、『ブラッド・ダイヤモンド』同様、予告編を観た限りでは、観たい気持ちを掻き立てられなかった。いやいや、そんなことを言うなら、予告編で観たい気持ちを掻き立てられたが、実際はとても静かな映画だった『蟲師』はどうなるのだ。予告編で観たい気持ちを掻き立てられなかった『ブラッド・ダイヤモンド』だって、予想に反して感動してしまったのだ。となると、もはや予告編など当てにできない。そこで、『ホリデイ』をご覧になった方たちの評価をカンニングしてみると、驚くなかれ、五点満点中、四点以上の点数が付いているではないか。しかも、私の大好きな恋愛映画と来ている。今日はこれを観るしかない。私はそう思い、レイトショーを観るために三宮へと向かった。

 いつものことながら、レディースデイの映画館は女性たちで溢れ返っていた。女性同士はとにかくおしゃべりが大好きだ。予告編が始まっても、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃおしゃべりを続けている。まさか本編が始まってもこの調子だったらどうしようなどと不安になったが、さすがに本編が始まると静かになった。

 この映画を撮影したのは、『恋愛適齢期』の女性監督さんである。『恋愛適齢期』も泣かせてくれる恋愛映画だったが、『ホリデイ』も涙と笑いに溢れたとても素敵な恋愛映画だった。やはり、強烈なシーンだけが切り取られた予告編に騙されてはいけない。

 映画のストーリーは、失恋の痛手から立ち直るために、アメリカのロスに住んでいるアマンダとイギリスのロンドン近郊の田舎町に住んでいるアイリスが、お互いの住む家を交換して、二週間の休暇を楽しむというものである。何しろ、お互いの住む家を交換するという発想からして面白い。観光が目的ではなく、失恋の痛手から立ち直るために環境を変えることが目的なのだから、無機質なホテルに長期滞在するよりもお互いの家を交換するほうが、近所付き合いや交友関係といった人間同士の触れ合いがある分、効果的かもしれない。

 現実的な面から考えると、インターネットで知り合ったばかりの人とすぐに家を交換するというのは、非常にリスクが高いと思う。知り合ったばかりで、相手がどんな人であるかもまだわからないからだ。しかし、二人はそんなリスクよりも、とにかく早急に環境を変えてしまいたかったのだと思う。だからこそ、この映画が成り立っているわけである。

 詳しい内容については記述を控えることにして、男女の愛という観点から、映画の中でいくつか気になる台詞があったのでご紹介したい。まずは、アイリスの失恋相手である二股男が失恋の痛手を受けているアイリスに向かって言った台詞についてである。二股男は、再会したアイリスに、
「君に会えなくてとても寂しかった」
とか、
「君からメールが来なくなって気が狂いそうだった」
というようなことを言った。私はこの台詞を聞いて、この二股男を蹴飛ばしてやりたくなった。これは愛の言葉などではない。完全なる自己愛の言葉だ。
「君に会えなくて、どても寂しかった」
も、
「君からメールが来なくなって気が狂いそうだった」
も、愛している対象はまぎれもなく自分だ。そのような言葉は、独り言として言うならまだしも、相手に向けて使う言葉ではないように思う。だからなのか、二股男からはアイリスに対して「君を愛している」という言葉は出て来ない。何故なら、愛しているのは自分だからだ。二股男は、まだまだ人を愛する修行が足りていない。男女が真剣に愛し合うことと依存は違う。この台詞は、両者の違いをはっきりと認識させてくれる台詞だった。もしも脚本家が二股男の台詞を書くときに、これらの表現を完全なる自己愛と意識しながら書かれていたのだとしたら、私は脚本家に拍手を送りたい。

 一方、感動した台詞もある。それは、二股男の台詞ではなく、アマンダの恋の相手の台詞だ。彼のことを、昔、何かの映画で拝見したはずだと思っていたら、デヴィッド・クローネンバーグ 監督の『イグジステンズ』だった。あの映画も面白い映画だった。脱線しそうなので、話を『ホリデイ』に戻そう。あまりあらすじを書きたくないので遠回しに言ってしまうと、彼は、これからの二人の有り方について思案に暮れているアマンダに対し、
「お互いの状況がどうであれ、僕が君を愛していることは間違いない」
というようなことを言う。実際は、周りの状況に流されて頭で考え過ぎてしまい、このようなことを相手に伝えられない場合が多いのではないだろうか。例えば、遠距離恋愛は相手を寂しくさせてしまうから、敢えて愛していると告げずに相手から去ってしまうといったように。しかし、『イグジステンズ』の彼はそうではなく、
「そういうことはまず除外して、君を愛している。これは事実だ」
と言ったのである。もっとも大切なことを言わずに押し込めてしまう恋愛が多い中で、こうしたストレートな愛の表現は胸にずしんと響いて来る。私はもう、そのシーンが流れた途端、ぐわーんと涙を流していた。彼の背中に残っていたバイオポートが反応して彼にこの台詞を言わせたのかどうかはわからないが、とても胸に響く名台詞だと思った。

 更に、この映画に登場する小さな子供たちがとてもかわいい。しかも、子供たちは、二人の女性のうちの一人にとても良くなつくのだ。私には、子供たちの存在が天使に見えた。

 果たして二人は、環境を変えることで、失恋の痛手から立ち直ることができたのか。それは観てのお楽しみである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m アマンダ役のキャメロン・ディアスも、『イグジステンズ』に出ていたジュード・ロウも、私と同じくらいか、私よりも年上の人たちだと思っていたのですが、何と何と、私より七歳も年下だったのは驚きでした。外国の俳優さんたちは、とても大人っぽく見えるのですね。もしもこの映画が気に入って、まだ『恋愛適齢期』をご覧になっていなければ、ゴールデンウィークにDVDでご覧になってくださいませ。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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