見送る人
ガンモの出張先の鳥取で過ごす週末。その一日目は、再会の喜びに満ち溢れた日だった。しかしそんな喜びも束の間で、二日目には再び離れ離れになってしまうことへの寂しさに打ちのめされていた。
私は、朝起きたときからもう心に決めていた。今回は、三朝温泉に行くのは見送ろうと。私の三朝温泉への思い入れは、過去の記事からも充分ご想像いただけることと思う。鳥取に来るまでは、天然のラジウムの恵みをたっぷりと受け取ることのできる大好きな三朝温泉に入りたいと思っていた。しかし、私の身体は一つしかないのだから、二つ同時には選べない。
私はガンモに言った。
「今回は、三朝温泉に行くのはやめるよ」
しかし、私が三朝温泉に行くのを楽しみにしていたことを知っていたガンモは、
「三朝温泉、行ってこーい」
と言った。それでも私は、
「いやいや、私はガンモと一緒にいる」
と、きっぱり宣言したのである。三朝温泉の放射線を測定しようと、旅行バッグの中にガイガーカウンターまで忍ばせていたというのに。
こうして私たちは、前日と同じように、鳥取県立図書館に出掛けた。ホテルに連泊すると、部屋を掃除してもらうために、しばらく部屋を空けたほうがいいのだ。連日のように、図書館でガンモと過ごす贅沢な休日。私は、『チベット医学』や中野京子さんの『恋に死す』などの興味深い本を熱心に読み、ガンモはガンモで海外旅行のガイドブックをこれまた熱心に読んでいた。
お腹が空いたので、図書館から出て近くのレストランで昼食をとった。昼食を食べていたときにガンモが、
「ロンドンに行くから」
と私に言った。一体どういうことなのかと思って尋ねてみると、今年の夏休みにロンドンに行きたいと言う。ガンモが熱心に読んでいたのは、ロンドンのガイドブックだったようだ。
「ヒースローに着いたら、旅行会社の用意してくれた送迎バスじゃなくて鉄道を使ってホテルまで行くの」
とガンモが言った。どうやらガンモは、ロンドンの鉄道にすっかり魅せられてしまったらしい。十数年前に一度だけロンドンを訪れたことのある私は、
「ロンドンの鉄道かあ。地下鉄なら乗ったけど。確か、一日乗車券を買ったような」
と密かに自慢した。
「ハリーポッターは、何行きの列車に乗るんだっけ?」
とガンモが聞いて来たので、
「ホグワーツ行きだったと思うけど?」
と答えると、
「ホグワーツ行きの番線に記しがついてるらしいから。観光客はそこで写真を撮ってるみたいだよ」
と上気した顔でガンモが言った。ガンモはすっかりロンドンに行くつもりになっているようである。
夏にロンドンに行くとなると、ツアー料金がずいぶん割高になるだろう。ヨーロッパに行くなら、比較的航空運賃の安い冬にしたいところだ。しかしガンモは、夏しか長期の休みが取れないので、是非とも夏休みに行きたいと言う。ロンドンなら私も望むところだが、果たして、この計画が実現するかどうかは未定である。
昼食をとったあと、私たちは再び図書館に戻り、閉館になるまで静かにそこで過ごした。鳥取では、閉館の時間になると、『蛍の光』ではなく、「うさぎ追いしかの山」の『故郷(ふるさと)』が流れる。因幡の白兎をイメージしているのだろうか。流れて来る曲が『蛍の光』なら寂しさを感じて泣いてしまったかもしれない。
図書館も閉館になり、帰りのバスの時間も迫って来たので、私たちは切ない気持ちで鳥取駅に向かってトボトボ歩き始めた。もうすぐ離れ離れになってしまうのかと思うと、ガンモも私も無口である。
「まるみ、帰るの? 帰るの?」
と、沈黙を破ってガンモが言った。私だって一人では帰りたくない。
「ガンモ、一緒に帰ろうよ」
と言ってみたものの、そんなことが叶うはずもなかった。ガンモは、
「鳥取の一週間は長い」
と寂しそうにつぶやいた。一人で帰ろうとしている私に、
「まるみは鳥取まで何しに来たの?」
と言うので、私は、
「添い寝しに来たの」
と答えた。
駅のバスターミナルに着いてバスの乗車券を発券してもらい、待合室でしばらく待っていると、私の乗車するバスが乗り場に入って来た。三宮から乗車した金曜日の夕方のバスもひどく混み合っていたが、鳥取から出る日曜日の夕方のバスもまた、ひどく混んでいた。やはり、週末を鳥取で過ごす人たちが多いようだ。
私はガンモとあいさつを交わし、バスに乗り込んだ。見ると、あいさつを済ませたガンモは私を見送らずに駅ビルに向かってずんずん歩き始めている。何だ、最後まで見送ってくれないのか。確かに、見送ってもらうよりも、さっと離れたほうが諦めもつくのかもしれない。そう思っているうちにとうとう発車時刻になり、バスが発車した。
バスが動き始めると、見送りの人たちがバスに向かって一斉に手を振っている。見送りの人たちは一人や二人ではない。十人近くはいたのではないだろうか。おそらく、週末を一緒に過ごした人を、親しい人や離れて暮らしている家族が見送っているのだろう。それぞれの想いが伝わって来る感動の一瞬だ。みんな同じ気持ちで親しい人を見送るのだ。私はガンモの姿を探したが、やはり見当たらなかった。
サービスエリアでの休憩のときにガンモに電話を掛けてみると、ガンモはバス乗り場から少し離れた交差点で私を見送ってくれていたらしい。
「まるみは気づかなかっただろう」
とガンモが言った。なあんだ、ちゃんと見送ってくれてたのか。もっとわかり易い場所に居てくれたら良かったのに。でも、もしもガンモの姿を見つけていたら、泣いていたかもしれない。
バスに向かって手を振ることのできる人たちは素直だ。もしかすると、ガンモのように、手を振るのが恥ずかしくて、少し離れた場所でそっとバスを見送った人も居たかもしれない。週末ごとにこのような感動的なドラマがあるとは思えないが、バスが三宮を離れて行くときの無機質な感覚と、鳥取から離れて行くときの暖かい感じを私は忘れない。都会暮らしは、人の感情を不器用にさせるのではないだろうか。そんなことを思いながら、私は一人で寂しく帰宅したのである。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 結局、三朝温泉にも行かず、図書館でガンモとまったり過ごしました。まるで遠距離恋愛でもしているかのようでした。私たちは、ほんの四ヶ月しか恋愛期間がなかったのですが、結婚してからも、こうして恋愛しているのですね。(^^)
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