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2007.03.30

二分咲き

 直径十二センチの彼女の後任として、半年間、同じグループで働いて来た派遣仲間の男性が、今月いっぱいで退任されることになっていた。今日は、月末の金曜日ということで、彼の最後の勤務日だったのだ。彼が退任することに関しては、私は少し前に派遣会社の営業から聞いていたのだが、こうした情報は、直前まで公にはされない。そのため、私も当のご本人には声を掛け辛い状況にあった。

 私のオフィスは、仕事以外の交流が実現されにくい環境にあると思う。もともと、業務に関係のない話をすることを躊躇してしまうような雰囲気なのだ。休み時間にせっせと仕事をしている人も多いし、何よりも、机と机の間隔がひどく狭いのはコミュニケーションを阻む原因になっていると思う。また、派遣社員には、それぞれ担当の上司がついているのだが、例え同じグループであっても、上司が異なる場合がある。その上司を差し置いて、派遣社員に声を掛けるのは、何となく憚(はばか)られるのである。派遣仲間に声を掛けたいだけなのに、彼の隣では私のかつての上司である彼の上司がじっと聞き耳を立てている。そんな状況なのだ。女性同士ならば、女子トイレで話をすることもできるが、相手が男性であればなおさらコミュニケーションを取ることが難しい状況にある。

 昼礼のときに、ようやく彼の仕事が最終日であることが、更なる上司から発表された。彼自身もグループのみんなの前であいさつをした。仕事の内容が、自分の持っているスキルを生かせる内容ではなかったたために、仕事が思うように捗(はかど)らなかったらしい。来月からは、別の会社で正社員として働くことが決まっているそうである。

 夕方になり、彼の仕事が片付いて、間もなく本格的に帰る準備を始めるであろう頃、私は思い切って立ち上がった。そして、彼の上司がすぐ横に座っているにもかかわらず、彼の席まで出向き、
「お疲れ様でした。正社員になっても頑張ってくださいね」
と声を掛けた。彼は、
「ありがとうございます」
と答えてはくれたものの、それだけで会話が終わってしまった。

 残業時間に入った頃、彼は帰るために自分のカバンを手に抱えた。彼は、彼の上司に最後のあいさつをして帰ろうとしたのだが、彼の上司はノートパソコンに向かって黙々と仕事をしていた。彼が最後のあいさつをすると、彼の上司は彼のほうをちらっと見て、
「お疲れ様でした」
と一言言っただけで、再び視線をノートパソコンに移してしまった。それを見ていた私は、すかさず、
「冷たいですねえ。ドアの前まで見送ってあげるとかしないんですか?」
と彼の上司に言った。すると彼の上司は、
「熱い想いを語り合いましたので、いいんです」
などと言った。熱い想いを語り合ったならなおさら、最後に彼のことを見送ってあげればいいのに、と私は思った。彼はそのまま出口まで歩いて行き、セキュリティのかかったドアを総務の女性に開けてもらい、一人寂しくオフィスを去って行った。何と孤独な終わり方なのだろう。あまりにも孤独過ぎる。帰り道、夜空を見上げながら、彼はどんなことを思っただろう。自分のスキルを生かすことができなくて、おそらく辛い思いを重ねて来たであろう職場で、ようやく仕事を終えることができた解放感と、最後のあいさつの寂しさが入り混じって、とても複雑な気持ちだったかもしれない。

 半年前に直径十二センチの彼女が退任して行くときも、彼女の上司は同じような態度を取ったと言う。彼女はお世話になったいろいろな人たちにあいさつをして職場を去って行ったのだが、一番最後に上司にあいさつをしたとき、あまりにもあっけなくて力が抜けてしまったそうだ。上司の立場からすれば、せっかく仕事を覚えてもらいつつあったのに、次に来る派遣社員にまた同じことを教えなければならないという脱力感もあるのだろう。しかし、願わくば、最後くらいは花を咲かせて欲しいものである。

 花と言えば、私が残業を終えて電車に乗っていると、お花見をしていたガンモから電話が掛かって来た。
「お花見どうだった?」
とガンモに聞いてみると、
「うん、楽しめたけど、花はまだ二分咲きだった。思ったよりも暖かかった。でも、まだ二分咲きだから、周りには誰も人がいなかった」
と答えた。花はともかく、お酒の飲めないガンモは、赤い象さんのじょうろを頭に被って、お酒が飲める人たちとそれなりに楽しめたようである。「なるほど、二分咲きか」と私は思った。もしかすると、彼の上司が退職して行く彼に咲かせた花も、二分咲きだったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「終わり良ければすべて良し」という言葉がありますが、私自身の経験に置き換えてみると、派遣先の仕事を終えるという意味では、その通りかもしれません。かつて私は、今よりもずっと忙しく、ぐちゃぐちゃの体制の職場で働いていたことがありました。「何かを犠牲にして、いい仕事なんかできないんだ!」と仕事中に泣きながら叫んだ職場であります。(^^; その職場を去るときに、一緒に仕事をしていた上司が暖かく見送ってくださったのが印象的でした。就業期間中にそのような出来事があったとしても、最後に咲く花が美しければ、思い出は美化されるのかもしれません。

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