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2007.03.10

三角線と南阿蘇鉄道

 寝台特急はやぶさ・富士は、およそ十分遅れで大阪駅にやって来た。列車の到着を待っている間、私は大阪駅のホームでヨガのポーズを取っていた。大阪駅のホームには、いつもたくさんの人が溢れ返っているものだが、深夜ということで、ホームにいるのは私たちと同じ列車に乗車するわずかな人たちだけだったのだ。

 寝台特急はやぶさ・富士が遅れたのは、線路内に人が立ち入り、安全を確認していたためらしい。私たちが大阪に向かうために乗ろうとしていた快速電車も、車内で乗客同士のトラブルがあり、途中の駅で十分ほど停車したため、遅れが出ていた。ガンモも、出発直前まで仕事をしていたので家を出るのが遅れそうになったが、まるでガンモの遅れをカバーするかのように、関連性のない複数の列車に遅れが出ていたのは不思議なことだった。

 寝台特急はやぶさ・富士が十分遅れでホームに入線して来たとき、私は再び始まろうとしている旅にとてもわくわくした。これだけ旅慣れているはずなのに、毎回わくわくするのは何故だろう。私はよっぽど旅が好きに違いない。

寝台特急はやぶさ・富士の車内(B寝台)

 門司で切り離しされた寝台特急はやぶさは、正午前に熊本に着いた。私たちがまず向かったのは、三角(みすみ)線のホームである。三角線を乗り潰すため、終点の三角で折り返して、再び熊本まで戻って来た。その途中、珍しい光景を目にしたので皆さんにご紹介しておきたい。

新地(さらち)にしたところに、ぺらぺらの木の札のようなものが規則正しく並べられている

 これは一体何なのだろう? 何かのおまじないなのだろうか。それとも、新種の稲なのだろうか? 日本は狭いと言われているが、まだまだ謎は多い。

 熊本まで戻って来たとき、駅ビルに続く改札口を通った。私たちがこれまで旅して来た大きな都市では、駅ビルと繋がっている改札口には、自動改札が導入されているところが多い。しかし、ここの改札には、ずっと改札を守り続けている年配の駅員さんがいた。その駅員さんは、私がこれまで出会った駅員さんとは違っていた。

 改札の向かいにある待合所の椅子に座ってその駅員さんの働きぶりをじっと観察していると、旅行中と思われる二人連れのおばあちゃんが駅員さんに声を掛けた。これから大分まで行って、今日は大分に泊まろうと思っているのだが、どの列車に乗ればいいか、駅員さんに尋ねたのだった。駅員さんは、次の特急電車の時間を案内したのだが、おばあちゃんたちは、
「青春きっぷなのよ」
と言って、青春18きっぷを駅員さんに見せた。青春18きっぷのことを「青春きっぷ」と言うところが、いかにもおばあちゃんらしい。それを見た駅員さんは、特急電車を案内したことが適切でなかったことに気づき、今度は時刻表をめくりながら、おばあちゃんたちの旅行のプランを丁寧に立て始めたのである。既に十五時を回っていたので、その時間からお年寄りが普通列車を乗り継いで熊本から大分まで出掛けて行くには、もう遅い時間だった。それでも駅員さんは、一生懸命、時刻表を目で追いながら、丁寧に応対されていた。私はその駅員さんの姿を拝見して、これぞ駅員さんの鏡だと思ったのだ。先日の映画『ボビー』の記事じゃないが、この人は、駅員という職業を演じているのではない。そして、このような駅員さんがこの改札口を守っているからこそ、この改札はいつまでも自動化されないのではないか。そう確信したのである。

「青春きっぷ」で大分に行きたいおばあちゃん二人と駅員の鏡の駅員さん

 それから私たちは豊肥本線に乗り、途中の立野から第三セクターの南阿蘇鉄道に乗り換えて、終点の高森で降りた。

南阿蘇鉄道

 今回は、ホテルではなく、高森のペンションに宿泊するのである。しかし、ペンションに連絡しておかなかったので、迎えの車はなく、私たちは高森駅から最終の路線バスを利用することになった。宿泊先のペンションは、高森駅から車で二分ということなので、バスに乗っても数分程度だろう。そう思ってバスに乗り込んだのだが、実はそのバスは循環バスで、しかも、循環する方向がペンションのある方向とは反対だった。そのため、目的地の付近と思われるバス停に着いたときには、バスに乗ってから既に数十分が経過していた。私たちは、循環バスで山道をぐるぐる回ることになり、目的地の近くにある大きな施設の辺りで運転手さんに声を掛けた。自分たちが行きたいペンションの名前を告げて、大きな施設のあるバス停よりも先なのか手前なのかを教えてもらったのだ。バスの運転手さんはとても協力的で、一緒に地図を見てくださった。そして、ありがたいことに、ペンション近くだというバス停でないところで私たちを降ろしてくださったのである。私たちは、運転手さんに感謝しながらバスを降りた。しかし、ペンションに電話を掛けてみると、そこから更に数分、歩かなければならなかった。

 大きな荷物を抱えて、暗い林道を歩くのは少々心細かった。私はペンションに連絡を入れなかったガンモにブーブー文句を言った。宿泊の二日前までにペンションに連絡しておけば、ペンションの人が来るまで迎えに来てくれたはずだったのだ。しかしガンモは、
「そんなに文句言わなくてもいいだろ。俺は楽しんでんだから」
と言った。ガンモのその言葉を聞いて、私ははたと気がついたのだ。私はただ、荷物を持って、暗い林道を歩きたくなかっただけなのだ。その怒りをガンモにぶつけてしまった。しかし、ガンモが楽しんでいるなら、一緒に楽しもう。そう思ったときに、目的のペンションが見えて来た。歩くと言っても、わずか数分の距離だったのだ。

 何とかペンションに辿り着き、私たちはそのメルヘンチックな造りに狂喜した。そこは、ご夫婦で運営されているペンションで、手作りのお料理と品のいいカントリー風のインテリアで、私たちをもてなしてくれた。いつもホテルに泊まっている私たちは、ペンションという新たな選択肢が広がったことに喜びを覚えた。ペンションについては、いろいろな感動があったので、この旅が終わったあとにゆっくりと書かせていただくことにしよう。

高森のペンション

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今、私たちは阿蘇近辺にいます。どうかどうか、「あ、そ?」なんて言って聞き流さないでくださいませ。(^^; 九州はどこに行っても暖かいと思っていたのですが、阿蘇は標高四百メートル以上もある高原なのですね。とっても涼しいです。東北の温泉のように、熱くはないのですが、このあたりもまた、温泉が豊富な場所であります。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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