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2007.03.24

渦巻く葛藤

 久しぶりにガンモとともに一夜を過ごし、新しい朝を迎えた。さて、郊外型の鳥取で車のない私たちがどのように過ごしたのか、ご紹介しよう。

 週末といえども、ガンモは客先で何かトラブルがあればすぐに対応する待機要員の当番だった。そのため、ホテル周辺でしか休日を過ごすことができない。万が一、客先に何かトラブルがあれば、ホテルに帰って着替えをして、仕事道具を持って出掛けて行かなければならないからだ。私には、鳥取に来る前からそのことがわかっていたので、ガンモの顔を見て安心したら、一人で三朝温泉に出掛けて行く計画を立てていた。ところが、いざガンモの顔を見ると、離れ難くなってしまったのである。

 そこで、二人で鳥取県立図書館に出向き、本を読んだりして過ごすことにした。本来ならば映画を観て過ごしたかったのだが、きのう書いたような事情により、鳥取市内で観たい映画を観ることはできなかった。鳥取市にある映画館は、神戸地区よりも上映期間が少しずれている。単刀直入に言えば、既に観た映画が上映されていたのである。

 私は小さい頃から本が好きだったので、図書館で一日を過ごすというのはかなり贅沢な時間だと感じていた。図書館であれば、テーブルと椅子もあるので、心置きなく「ガンまる日記」を書くことができる。見ると、私のテーブルのすぐ近くのテーブルで、ノートパソコンを広げてしきりに何か打ち込んでいる人がいる。ああ、あの人も「ガンまる日記」を書いているのか。あっ? 違う?

 私たちは、お腹が空くと近くの飲食店に出向いて昼食をとり、再び図書館に戻って熱心に本を読んだ。本当に贅沢な時間である。それなのにガンモは、このような贅沢な時間にそろそろ悲鳴を上げ始めている。というのも、自宅に帰ればするべきことが山のようにあるはずなのに、鳥取では時間ばかり十分にあって、本来片付けるべきことが片付かないからである。さすがに一週間も鳥取に滞在し続けるのは、かなり厳しいようだ。

 また、鳥取では生活時間帯も違う。お店が閉まる時間が実に早いのだ。ガンモの話では、一般の小売店は、十八時半頃にはお店を閉めてしまうらしい。確かに、二十時頃に商店街を歩いてみると、ほとんどのお店がもう閉まっているし、もともと週末にお店を開けているところも少ない。これは、私がゴールデンウィークに好きなアーチストのコンサートで鳥取に足を運んでいた頃からの感想である。しかし、鳥取県民の友人曰く、鳥取は、働く女性の満足度が高いそうだ。というのも、例えば託児所の充実など、子供を持つ女性が働き易いような設備が他県よりも整っているらしい。そういう意味では、県民のために税金が適切に使われている県であると言えるのではないだろうか。

 夜になると、一層寂しい気持ちが込み上げて来た。ガンモを鳥取に残して、明日には帰らなければならないという寂しさである。ガンモが帰宅するのは次の水曜日の夜である。それまでの間、私たちは再び離れ離れになってしまうのだ。私は、ガンモの鳥取出張に合わせて三朝温泉に行く予定だった。しかし、三朝温泉に行くということは、ガンモと一緒に過ごす時間を削ってしまうということでもある。やはり、ガンモとは離れ難い。後ろ髪を引かれる思いだ。以前、三朝温泉に湯治に出掛けていたときもそうだったが、三朝温泉に行くときはいつも、ガンモと離れる孤独と引き換えにしなければならない。

 私は鳥取に来て、普段、私たちが自宅で一緒に過ごしている時間と、鳥取で一緒に過ごす時間は同じものではないということに気がついた。普段、私たちが自宅で一緒に過ごしている時間は、限定されない連続した時間である。だから私は、ホットヨガに出掛けたり、ガンモの仕事が忙しければレイトショーを観て帰ったりすることができる。しかし、鳥取で過ごす時間は限定された時間である。限定されているのだから、その期間しかないわけである。ガンモと離れて一人で三朝温泉に行くことは、限定された時間を投げ打ってまで取る行動なのだろうか。しかし、いくらだだをこねたとしても、帰りのバスの時間が来れば、私たちは離れなければならない。その時間が三朝温泉に行くことによって少し早まるかどうかだけの違いなのではないか。私の中で、いろいろな葛藤が渦巻いていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 普段の私は優柔不断な性格ではなく、バサバサ切り捨てるタイプなのですが、時として、このような激しい葛藤を経験することがあります。ということは、私は何かを切り捨てるときに、愛を注がずに切り捨ててしまっている可能性が高いようです。反対に、寂しさを押し殺して自分の道を行くということは、果たしてどのようなことなのでしょう。私は、それができる人が怖いのかもしれません。決していつも寄り添うことだけが愛情ではないのですが、寄り添わない人に出会ったときに、どのように接したらいいのかわからなくなるのだと思います。これが、面の付き合い(面の付き合いに対する言葉としては、接点の付き合い)をベースにしている人の弱みかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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