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2007年3月

2007.03.31

期限付きの券に誘われて

 「高松行きのフェリーの回数券が余ってるので、今度の週末は高松に行く」
とガンモが言った。お正月にフェリーでガンモの実家に帰省したときに、四枚綴りの回数券があまりにもお得だったため、回数券を購入したのである。しかし、帰りはフェリーを利用しなかったので、三ヶ月間有効のフェリーの回数券が余ったままになっていたのだ。そろそろ乗船しないと、せっかくの回数券が無駄になってしまう。それに加え、青春18きっぷも一回分残っていた。そこでガンモは、フェリーの回数券と青春18きっぷの消化ツアーを計画したようである。

 私たちは午前中のフェリーに乗り込み、予定よりも少し遅れて十五時前に高松に着いた。フェリーの無料連絡バスで高松駅近くまで送ってもらった私たちは、ことでん(高松琴平電鉄)に乗り換え、瓦町(かわらまち)を経由して志度方面へと向かった。

ことでん長尾線(琴平線)

ことでん志度線

 ことでんには以前、こんぴらさんに出掛けて行くために琴平まで乗車したことがある。今回乗車したのは志度線である。たまたま乗車したのが古い車両で、あたかも路面電車であるかのような風格があった。

 志度線に乗ることを思いついたのは、映画『ハッピーフィート』を観たいとガンモが言うので、映画の前売券を購入していたためだった。しかし、忙しい私たちは、なかなか一緒に映画を観に行く時間を確保することができなかったので、高松で時間を作って観ようと計画していたのである。そのプランと合わせて、ガンモが乗り潰しのプランを抱き合わせたようだった。そして、そのプランを実行するため、映画館の最寄駅では降りずに、八栗(やくり)駅で降りて、そこからてくてく歩き始めたのである。

 ガンモはいつも、私を驚かせるために旅のプランの詳細を言わない。私は、一体どこまで歩いて行くのだろうと思いながら、ガンモにくっついて歩いていた。ガンモは、
「四国八十八箇所の八栗寺(やくりじ)に行く」
と言った。いくら私たちが四国出身だとは言え、ガンモが自ら四国八十八箇所のお寺に行くなどと言い出すのは珍しい。これは何かあると思っていると、途中でケーブルカーの案内が見えて来た。なるほど。ガンモはケーブルカーに乗るために八栗駅で降りたのだ。私が、
「わかった。ケーブルカーでしょ」
と言うと、ガンモは、「ばれたか」というような顔をして笑った。

 八栗駅からケーブルカーの乗り場までの道のりは、思っていたよりも遠かった。いや、遠いというよりも、帰り道にようやく認識したことなのだが、緩い坂道がずっと続いていたのである。駅から数分の感覚で歩き始めたのに、行けども行けども乗り場が見えて来ない。私は途中で何度も挫折しそうになった。この道を再び歩いて戻るのかと思うと、気が遠くなる想いだった。

 二十分ほど歩いて、ようやくケーブルカーの乗り場が見えて来た。着いた頃にはへろへろだったが、乗り場に停車しているケーブルカーを見た途端、これまでの疲れが一気に吹っ飛んだ。何だ、このケーブルカーは。そこには、ひと昔もふた昔も前のボンネットバスを思わせるようなケーブルカーが待機していたのである。

 往復乗車券を購入して改札をくぐると、どこかで見たことのある三人組がいた。あれれ? 彼らはフェリーで一緒だった三人組ではないか。確か、私たちの座っていたエリアのすぐ側でトランプを楽しんでいたはずだ。わざわざ関西方面からフェリーに乗ってやって来て、八栗ケーブルに乗ろうとしているのだから、彼らも鉄道ファンなのだろうか。しかし、それにしては、携帯電話のカメラしか持ち合わせていないようである。私たちは、彼らに声を掛けるわけでもなく、マイペースでくつろいでいた。

八栗ケーブル1号

八栗ケーブル2号

 ケーブルカーと言えば、私たちは国内にある半分以上のケーブルカーを既に乗り潰しているのではないだろうか。これまで乗車したケーブルカーで最も傾斜がきつかったのは、琵琶湖近くにある坂本ケーブルだ。坂本ケーブルは、立山・黒部アルペンルートで乗車したケーブルカーよりも傾斜がきつかった。それらの傾斜に比べれば、今回の八栗ケーブルの傾斜はずっと緩い。更に、お寺に参拝するためのケーブルカーというと、京都の鞍馬山のケーブルカーを思い出す。今回乗車した八栗ケーブルは、これまで乗車したケーブルカーの中でももっとも時代を感じさせてくれるものだった。

 山頂に着いてみると、その道は八栗寺まで向かって伸びていた。こんぴらさんと言い、香川県は高いところに神仏を祀る傾向にあるようだ。人々の信仰心を問いたかったのかもしれない。

 フェリーの到着が遅れたことや、八栗駅から八栗ケーブルの乗り場まで思いのほか時間がかかってしまったこともあり、私たちは八栗寺でのんびり過ごすこともできず、ただちに折り返さなければならなかった。八栗寺にはおよそ二十分ほど滞在しただけで、私たちは十七時十五分発の八栗ケーブルの終電に乗り、ふもとまで折り返したのである。もちろん、終電ということで、フェリーで出会った三人組も一緒だった。

 ところが、ふもとに着いてみると、三人組の彼らは停めてあった自家用車に次々に乗り込んだ。つまり、彼らは車を利用してフェリーに乗船していたのである。てっきり彼らも歩きだと思い込んでいたので、これは驚きの展開だった。正直なことを言うと、彼らに話し掛けて仲良くなっておけば、帰り道に八栗駅まで車で送ってもらえたかもしれないのになどと、よからぬことを思った。私たちは元来た道を二人でとぼとぼ歩いてことでん八栗駅まで戻ることにした。

 しかし、結果的には帰りも歩いて良かったと思う。というのも、帰りは緩い下り坂だったために、行きで感じたほどの苦痛はなく、むしろ快適なくらいだった。また、このあたりの家は一戸建てが多いため、ほとんどの家の庭には飼い犬がいた。番犬のように飼われている犬もいれば、愛玩動物として飼われている犬もいた。彼らの顔を見ながら坂道を下って行くのも、また楽しかったのだ。

広い庭で放し飼いにされている犬

土手で犬のお散歩

 また、このあたりには都会では見られないような土手があり、犬の散歩道として利用されているようだった。私も実家で犬を飼っていたときに、近所の土手に散歩に連れ出していたことを思い出す。都会の道路はすべてアスファルトで埋め尽くされ、もはや犬の散歩には適さない。また、マンション暮らしの多い都会では、ペットを飼うことのできないマンションも多いだろう。ペットと一緒に暮らせる状況にあったとしても、土手のような散歩に適した環境がなければ、ストレスも溜まり易いのではないだろうか。私は、このような土手の存在がうらやましいとさえ思った。ここでは、都会のせかせかした生活を思わせるものは何もなく、私たちが過ごしている時間とは別の時間が流れているかのようだった。

 八栗駅に戻ると、ガンモは、
「終点の志度まで行って折り返すから」
と言った。終点まで行けば、ことでん志度線の乗り潰しがめでたく完了する。こうして私たちはことでん志度線を乗り潰したのであるが、ことでん志度に着いて時計を見ると、映画館のある駅まで引き返し、そこから映画館まで歩いて行くには、映画の上映時間ギリギリの時間になってしまっていた。例え上映時間に間に合うことができたとしても、歩き回ってお腹がぺこぺこなのに、夕ご飯を食べずに映画を観ることになってしまう。私たちはノートパソコンを広げ、次に映画を観ることのできるお互いの時期と映画の公開期間を照らし合わせた。その結果、高松で映画を観るのは見送ることにした。ちょうどガンモの頭に寝癖がついていて、ペンギン映画である『ハッピーフィート』を観るには最適なスタイルだったのに残念である。このような芸術的な寝癖は、人工的にはなかなか生み出せるものでもないのに。

 私たちは瓦町で電車を降りて夕ご飯を食べ、コインロッカーに預けておいた荷物を取り出して、高松市内のホテルにチェックインして疲れた身体を休めた。

<おまけ>

香川のストップマーク

 香川に行くといつも不思議に思うのが、このストップマークである。まず、足が広がり過ぎである。この足に合わせて立とうとすると、かなりのガニ股になる。しかも、足と足の間に何かがある。私は香川出身のガンモに、
「これは男性用?」
と尋ねたことがある。ガンモ曰く、
「私は、必ず、守ります」
という三拍子の宣言らしい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m フェリーの回数券、青春18きっぷ、映画の鑑賞券と、期限付きの券を消化しようと出掛けて来たわけですが、あれもこれもと欲張り過ぎてしまったようです。期限付きの券は、料金が安いので良く利用しますが、計画が短い期間に集中してしまうので、返って自由度がないような気もしないではありません。期限付きの券は、「頻度」と密接な関係にあると思います。青春18きっぷにしても、映画の鑑賞券にしても、私の周りにいる人たちの活動状況と照らし合わせてみると、私たちの使用頻度はかなり高いようです。もしかすると、お得な券を購入するから余計に使用頻度が高くなっているのかもしれませんね。

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2007.03.30

二分咲き

 直径十二センチの彼女の後任として、半年間、同じグループで働いて来た派遣仲間の男性が、今月いっぱいで退任されることになっていた。今日は、月末の金曜日ということで、彼の最後の勤務日だったのだ。彼が退任することに関しては、私は少し前に派遣会社の営業から聞いていたのだが、こうした情報は、直前まで公にはされない。そのため、私も当のご本人には声を掛け辛い状況にあった。

 私のオフィスは、仕事以外の交流が実現されにくい環境にあると思う。もともと、業務に関係のない話をすることを躊躇してしまうような雰囲気なのだ。休み時間にせっせと仕事をしている人も多いし、何よりも、机と机の間隔がひどく狭いのはコミュニケーションを阻む原因になっていると思う。また、派遣社員には、それぞれ担当の上司がついているのだが、例え同じグループであっても、上司が異なる場合がある。その上司を差し置いて、派遣社員に声を掛けるのは、何となく憚(はばか)られるのである。派遣仲間に声を掛けたいだけなのに、彼の隣では私のかつての上司である彼の上司がじっと聞き耳を立てている。そんな状況なのだ。女性同士ならば、女子トイレで話をすることもできるが、相手が男性であればなおさらコミュニケーションを取ることが難しい状況にある。

 昼礼のときに、ようやく彼の仕事が最終日であることが、更なる上司から発表された。彼自身もグループのみんなの前であいさつをした。仕事の内容が、自分の持っているスキルを生かせる内容ではなかったたために、仕事が思うように捗(はかど)らなかったらしい。来月からは、別の会社で正社員として働くことが決まっているそうである。

 夕方になり、彼の仕事が片付いて、間もなく本格的に帰る準備を始めるであろう頃、私は思い切って立ち上がった。そして、彼の上司がすぐ横に座っているにもかかわらず、彼の席まで出向き、
「お疲れ様でした。正社員になっても頑張ってくださいね」
と声を掛けた。彼は、
「ありがとうございます」
と答えてはくれたものの、それだけで会話が終わってしまった。

 残業時間に入った頃、彼は帰るために自分のカバンを手に抱えた。彼は、彼の上司に最後のあいさつをして帰ろうとしたのだが、彼の上司はノートパソコンに向かって黙々と仕事をしていた。彼が最後のあいさつをすると、彼の上司は彼のほうをちらっと見て、
「お疲れ様でした」
と一言言っただけで、再び視線をノートパソコンに移してしまった。それを見ていた私は、すかさず、
「冷たいですねえ。ドアの前まで見送ってあげるとかしないんですか?」
と彼の上司に言った。すると彼の上司は、
「熱い想いを語り合いましたので、いいんです」
などと言った。熱い想いを語り合ったならなおさら、最後に彼のことを見送ってあげればいいのに、と私は思った。彼はそのまま出口まで歩いて行き、セキュリティのかかったドアを総務の女性に開けてもらい、一人寂しくオフィスを去って行った。何と孤独な終わり方なのだろう。あまりにも孤独過ぎる。帰り道、夜空を見上げながら、彼はどんなことを思っただろう。自分のスキルを生かすことができなくて、おそらく辛い思いを重ねて来たであろう職場で、ようやく仕事を終えることができた解放感と、最後のあいさつの寂しさが入り混じって、とても複雑な気持ちだったかもしれない。

 半年前に直径十二センチの彼女が退任して行くときも、彼女の上司は同じような態度を取ったと言う。彼女はお世話になったいろいろな人たちにあいさつをして職場を去って行ったのだが、一番最後に上司にあいさつをしたとき、あまりにもあっけなくて力が抜けてしまったそうだ。上司の立場からすれば、せっかく仕事を覚えてもらいつつあったのに、次に来る派遣社員にまた同じことを教えなければならないという脱力感もあるのだろう。しかし、願わくば、最後くらいは花を咲かせて欲しいものである。

 花と言えば、私が残業を終えて電車に乗っていると、お花見をしていたガンモから電話が掛かって来た。
「お花見どうだった?」
とガンモに聞いてみると、
「うん、楽しめたけど、花はまだ二分咲きだった。思ったよりも暖かかった。でも、まだ二分咲きだから、周りには誰も人がいなかった」
と答えた。花はともかく、お酒の飲めないガンモは、赤い象さんのじょうろを頭に被って、お酒が飲める人たちとそれなりに楽しめたようである。「なるほど、二分咲きか」と私は思った。もしかすると、彼の上司が退職して行く彼に咲かせた花も、二分咲きだったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「終わり良ければすべて良し」という言葉がありますが、私自身の経験に置き換えてみると、派遣先の仕事を終えるという意味では、その通りかもしれません。かつて私は、今よりもずっと忙しく、ぐちゃぐちゃの体制の職場で働いていたことがありました。「何かを犠牲にして、いい仕事なんかできないんだ!」と仕事中に泣きながら叫んだ職場であります。(^^; その職場を去るときに、一緒に仕事をしていた上司が暖かく見送ってくださったのが印象的でした。就業期間中にそのような出来事があったとしても、最後に咲く花が美しければ、思い出は美化されるのかもしれません。

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2007.03.29

パンク再修理と下戸の苦労

 鳥取から帰って来たガンモは、翌日、仕事が休みだった。そう、翌日の仕事が休みだったからこそ、鳥取から何時間も掛けて青春18きっぷでトロトロ帰宅することを決意したようでもある。ガンモは私が仕事に出掛けている間に、パンクしてしまった私の自転車をもう一度修理してくれた。ガンモが鳥取に出掛ける前に修理してくれたはずの前輪のタイヤが再びパンクしてしまったために、またしても私はバス通勤を余儀なくされていたからである。

 近々納品を控えているため、私は残業になってしまった。帰宅してみると、玄関に置いてあったはずの私の自転車がマンションの駐輪場まで移動されていた。「ガンモが私の自転車を修理してくれたんだ!」と私は思った。自転車の前輪を確認してみると、確かに空気がパンパンに入っている。

 ガンモの話によれば、前回、パンク修理をするときにあまりにも慌ててしまったために、チューブに穴が開いていることに気づかないまま作業を進めてしまったらしい。使用したのは、何年か前に骨董市で購入した新品タイヤのはずだったが、慌てて取り付けたために力が入ってチューブが裂けてしまったか、購入してからしばらく放置していたために劣化していたかのどちらかだ。いずれにしても、ガンモがチューブの穴をしっかり塞いでくれたので、これでめでたくパンク修理が完成したことになる。

 パンク修理だけでなく、ガンモはブレーキの油も挿してくれたようだった。私の自転車は、油がすっからかんになっていて、ブレーキをかけると「ぶぶぶぶ」と鈍い音が聞こえていた。しかし、ガンモがブレーキに油を挿してくれたことにより、ブレーキの操作が滑らかになり、「ぶぶぶぶ」という鈍い音も聞こえなくなった。更には、たるんでしまって外れ易かったチェーンにも手を入れてくれたらしい。私の古びた自転車は、ガンモのおかげで、至れり尽くせりの乗り心地のいい自転車に変身していたのだった。

 私の父も、ガンモのようにメカをいじることが大好きで、家のものが何か壊れる度に修理してくれていたので、私たちはものを長く使い続けることができた。また、家には父が既製品を見様見真似で作った手作りの品々もあった。私自身、そうした環境でずっと育って来たので、同じような環境をいつまでも継続できるように、ガンモと出会ったのかもしれないと私は思った。

 さてさて、そんなガンモは、何やらお遊戯会の準備を始めていた。いかにも百円均一のお店で買って来たと思われる赤い象さんの「じょうろ」と「なわとび」が寝室のパソコンの前に置かれていたのだ。
「ガンモ、これ、何?」
と尋ねてみると、
「明日、職場の人たちと花見なんだけど、俺、酒が飲めないから、こういうもので盛り上がらないとね。これ、ラッキィ池田のネタだから」
と言う。良く見ると、じょうろの上部に穴が開けられていて、そこに造花の桜がささっていた。下部に開けられた穴には、なわとびが通されていた。ガンモはじょうろとなわとびを手に取り、あたかも帽子であるかのごとく、頭の上にじょうろを被った。何だかその仕草が切なかった。

 お酒が飲めないのに、会社の人たちとお花見に行くというガンモ。そう言えば、私と出会った頃も、飲めないビールを無理して飲んでいたっけ。私と結婚してからは、ガンモにビールを注ぎに来る人がいると、私がこっそりガンモのグラスに注がれたビールを飲んでいたのだが・・・・・・。

 ガンモ曰く、
「この時期はまだ寒いのに、お酒も飲まずに外でお花見するのは大変だよ」
なるほど。お酒を飲むことができれば、寒さも忘れられるだろうし、身体も温まり、それなりに体温も上がるだろう。しかし、お酒を飲まないとなると、寒さは一層増すのではないか。ガンモなりに一生懸命考えて、お酒が飲める人たちと一緒にお花見を楽しめるように、その赤い象さんのじょうろとなわとびで宴会グッズを手作りしたわけか。やはり切ない。

 お酒が飲めて仕事ができる人で、終電の中で眠りこけてしまい、自宅の最寄駅で降りられずに終点まで行き、しばしば奥さんに車で迎えに来てもらっている人を私は知っている。奥さんに電話を掛けると、いつも怒られるのだそうだ。ううん、こちらも切ない。お酒が飲めても飲めなくても、それなりの苦労はあるようである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お花見の季節になりましたね。でも、夜はかなり寒いようです。夜桜見物に出掛けられる方は、どうか暖かくしてお出掛けください。さくらの名所と言えば、先日、JR神戸線に新しい駅が出来ました。駅名は、桜の名所、夙川(しゅくがわ)に近いということで、「さくら夙川」と名づけられました。実は、私たちも先日、そのさくら夙川に行って来たのですが、改札の色が桜色でした。 と言っても、お花見に行ったわけではなく、新しい駅が出来たので降りてみただけなのですが、今では桜が咲いて、新しい駅もにぎわっていることでしょう。この週末は、お天気に恵まれてお花見を楽しめるといいですね。

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2007.03.28

やっぱりウチがいい

 一週間と一日の出張生活を終え、ようやくガンモが鳥取から帰って来る。夕方の休み時間にガンモに電話を掛けてみると、何故か電話が繋がらなかった。最終のスーパーはくと(鳥取-京阪神間を結ぶ特急列車)で帰って来ると聞いていたので、ガンモはまだ鳥取にいるはずだが、電話が通じないというのはどういうことなのだろう。私は不思議に思っていた。

 私はそのまま残業することになり、社員食堂で夕ご飯を食べたあと、自分のデスクに戻った。休み時間だったので、いつも持ち歩いているノートパソコンを開いてみると、ガンモからメールが届いていた。

タイトル:鳥取脱出

もうすぐ、浜坂出発(^^)

これで、18きっぷが半端にならない、いひ。

 なぬ? 何だと? メールが送信された時間は、最終のスーパーはくとの発車時間よりも前の時間だった。この時間に浜坂にいるということは、まさかガンモ、青春18きっぷで帰って来るつもりなのだろうか? 仕事を終えてガンモに電話を掛けてみても、やはり電話は通じなかった。おそらく列車が山道を走っていたのだろう。

 ガンモからは、途中で何度も「今、○○に居る」とメールが届いていた。ガンモは鳥取に出掛けて行くときに青春18きっぷを使っている。そのままだと五枚綴りを二枚購入した青春18きっぷが奇数で残ってしまうので、帰りも使うことにしたらしい。何たることだ。早く家に帰って妻の顔を見たいとは思わないのだろうか。と思いつつも、私も残業で遅くなり、帰宅したのは二十二時半頃だった。

 ガンモは、日付が変わる直前に帰宅した。日曜日に鳥取で寂しく離れ離れになってから三日ぶりのご対面である。いつもならば、私はここで大泣きするところなのだが、週末に鳥取に出掛けてガンモに添い寝したため、少し落ち着いていた。それでも、私たちは再会を喜び抱き合った。鳥取で過ごす週末があったからこそ、持ちこたえることができたと思う。

 ガンモは、
「あんなふうに図書館まで歩いて行くのもいいね」
と言った。以前も書いたが、我が家から図書館までは少々遠い。ホテルから歩いて図書館まで行き、閉館まで過ごせるというのは、やはり贅沢な時間だった。

 そして、お風呂から上がってくつろいでいると、
「やっぱりウチがいい」
とガンモが言った。相変わらず家の中は散らかっているし、旅行続きで洗濯物も溜まっているし、ベランダには鳩もいて汚い。ベッドだって、鳥取で泊まったホテルのようにセミダブルではなくシングルだ。それでもガンモはウチがいいと言う。
「どうしてウチがいいの?」
とガンモに尋ねると、
「あったかいから」
と答えた。むむむ、何があったかいのだろう? 少なくとも、ガンモが宿泊していたホテルも暖かい部屋だったはずなのだが・・・・・・。温度のことではなく、あったかい気持ちになれるということなのだろうか。

 他の人たちから見れば、家が散らかっているとか、洗濯物が溜まっているとか、ベランダに鳩がいるとか、そうした要因は、マイナスポイントになってしまうのだろう。しかし、それでもやっぱりウチがいいと言ってくれるガンモがいる。おそらくこの感覚は、きちんと家事をこなしている人にはわからないだろう。

 だから、何度も書くように、立場の違う人がああだこうだなんて言えないのだ。それは私も同じである。家をきれいにすることは確かに愛だ。でも、私たちのようなライフスタイルで生きている人たちが愛に満ちていないとは言い切れないのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私たちのようなライフスタイルは、あまり多くの人には理解されないかもしれません。誰かに触発されてライフスタイルを変えようと思ったこともありましたが、やはり、私たちにはこのライフスタイルが合っているのだと思います。自分に無理をせず、自然体で生きて行きたいものです。(苦笑)

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2007.03.27

酸素不足

 次第に暖かくなり、オフィスにも冷房が入るようになって来た。まだ三月の終わりだというのに、冷房には早過ぎるのではないかと思われる方も多いことだろう。私もそう思う。しかし、私の勤務しているオフィスは、毎年早いのだ。去年、さんざん悩まされたオフィスの空調との戦いが、今年もまた始まろうとしている。

 空調の件でお世話になったビル管理の方と顔を合わせたとき、
「これから暖かくなるので、また寒い風が出て来ますよ。フロア内に暖かい席があるのなら、暖かい席と変わってもらえばいいのに」
と声を掛けてくださった。私は、
「確かに冷たい風がもう出て来てますねえ。席は、去年、暖かいところに変わっていただいたんですよ」
と報告した。どうやら私の冷房嫌いはビル管理の方をも巻き込み、有名な話になっているようである。

 それはさておき、私はときどき頭痛に悩まされることがある。頭痛はたいてい、首のあたりの不快感から始まる。首のあたりが凝り固まっているのを感じると、じわじわと頭痛が襲って来るのである。時には激しく嘔吐することもあり、私は頭痛の症状が出始めると、首の後ろにカイロを当てて、首を温めて対処している。すると、カイロの熱で血行が良くなり、次第に症状が緩和されて来るのである。

 ネットで調べてみると、首のあたりの血行が悪くなると、脳に酸素が足りなくなってしまうために頭痛が起こるらしい。「筋緊張型頭痛」などという名前が付けられている。なるほどなるほど。もしかすると、ホットヨガのあとに酸素プラスを飲まないでいると頭が痛くなってしまうのも、これと同じような原理なのかもしれない。激しい運動をして、脳に酸素が足りなくなってしまうために頭痛が起こり、酸素がたっぷり溶け込んだ水、酸素プラスを飲むと収まるというわけだ。

 実はこの酸素プラス、同じ職場の派遣仲間の男性が、毎日のようにオフィスのデスクで飲んでいるのを発見した。私はいつも、ホットヨガに行くときに酸素プラスをあちらこちらの薬局で探し回っているので、彼が一体どこでそれを買っているのだろうと興味津々だった。職場の最寄駅にあるコンビニで売られているならラッキーだ。いや、駅前のコンビニなら、私もしばしば利用しているが、酸素プラスが売られているのは見たことがない。もしかすると、彼自身の地元の最寄駅で買って持って来ているのだろうか。いやいや、男性は面倒臭がりなので、そのようなことはしないだろう。あれこれ思考を巡らせながら、私は思い切って彼にその酸素プラスはどこで売っているのかと尋ねてみた。すると彼は、まるで当然のように、
「下の売店にありますよ」
と答えるではないか。私は驚いた。いつも探し回っていたはずの酸素プラスが、勤務先の売店で売られていたとは・・・・・・。灯台下暗しとはこのことか。

 あるとき私は仕事中に頭が痛くなってしまった。朝、起きたときからあまり調子が良くなかったので、首の後ろにカイロを当てて出勤したのだが、オフィスの冷房に当たると更に調子が悪くなった。そこで、休み時間に売店に下りて行き、酸素プラスを探した。ショーケースに目をやると、一目でわかった。あった、あった。確かにあった。しかも、いつも購入しているマツモトキヨシよりも安い価格で。うぬぼれかもしれないが、まるで私のために勤務先の売店に現れてくれたかのようだ。

 私は酸素プラスを買って、酸素を補給してみた。すると、確かに頭痛が和らいで来るのがわかった。なるほど、こういう原理だったのか。冷房が効いていると、部屋が乾燥した状態になり、酸素不足の状態に陥りやすいそうだ。酸素プラスを飲むと、身体が酸素を著しく欲しているのがわかる。何故なら、喉も渇いていないのに、身体がどんどん欲しがるからだ。普通の水ならば、喉も渇いていないのに飲み続けることはできない。私は、あっという間に飲み干してしまったので、夕方の休み時間に売店までもう一本買いに走った。

 酸素プラスのおかげですっかり調子が良くなった私だが、水分が私の身体に抵抗なくタルタル入って行くので、次第に身体がちゃぷちゃぷして来る。しかも、仕事中はほとんど座りっぱなしなので、何となく足が重い。水分を多く取るので、必然的にトイレも近くなってしまう。身体中の水分が失われているホットヨガのあとに酸素プラスを飲むのは確かに効果的ではあるのだが、いくら身体が酸素不足に陥っているとはいえ、喉も渇いていないのに、酸素がたくさん溶け込んだ水を飲んで人工的に酸素を補うのはいかがなものか。これでは根本解決にはなっていないのではないか。本来ならば、首の後ろの血行が良くなるように、身体の調子を整えて行くことが大切なのではないだろうか。また、酸素プラスを飲むことで容易に酸素が補われてしまうとなると、身体は酸素を運ぶことをどんどんサボってしまうのではないだろうか。酸素プラスが身近になったおかげで、そんなことまで考えてしまった。

 おそらくだが、私の首周りの血行不良は、普段の姿勢の悪さから来ているのだろう。身体の歪(ひずみ)が姿勢を悪くし、ホルモンバランスも一緒に崩しているのではないか。どうやら、酸素不足という一つの現象は、様々な要因と密接な関係にあるようである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 酸素を補って調子が良くなるということは、身体の中に酸素が足りなくなっていたからなのですね。更には、何故、酸素が足りなくなっているのか。もっと突き詰めて行くと、そこにも根本原因があるのでしょう。酸素プラスが身近になったことで、そうした現象を突き詰めて考えるきっかけになりました。首周りの血行を良くするために、ひとまず首をグルグル回しています。そのもっと根本原因へは、少しずつ進んで行けたらと思っています。もしも私と同じような症状を抱えている方がいらっしゃいましたら、ご参考になれば幸いです。

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2007.03.26

映画『蟲師』

 「蟲師」と書いて「むしし」と読む。映画を観る限り、蟲というのは必ずしも昆虫とイコールではなさそうである。原作を読んでいないのでわからないが、寄生することで、人間に何らかの影響を与える虫のことを言っているように思える。そのように、人間に取り憑いた蟲を退治する人が蟲師というわけである。昔から、腹の虫が治まらないとか、虫の居所が悪いなどと言うが、蟲師が必要になるくらい、人間の中に虫が棲んでいた時代もあったのだろうか。確か、先日、鳥取県立図書館で読んだ『チベット医学』の本にも、病気の原因として虫が取り上げられていたように思う。

 公開されて間もないので、できるだけストーリーには触れないでおこう。というよりも、ストーリーがあまりにも難解であるために触れられないと言ったほうが正しい。映画を観ながら、「『ガンまる日記』には、この映画のレビューを書くのは無理だ」と思っていた。しかし、映画を観終わったあと、またしてもYahoo!映画 - 蟲師 - 作品ユーザーレビューを読みに行き、皆さんが書かれているレビューを拝見しているうちに、私もこの映画のレビューを書きたいという気持ちがふつふつと沸いて来たのである。何故なら、単に面白かったでは済まされないこのような映画こそ、レビューを綴ることに意義があると思ったからだ。私が映画を観ているのは、衰えつつある自分自身の感情を引き出し、映画を観て受け取ったことを文章で表現して行きたいからだ。

 ほとんどの方たちが、この映画はとても難解で、観ていてとても退屈だったと書かれている。実際、私にとっても難解だった。映画を観ている間、何度も何度も姿勢を変えて座り直した。映画に集中できなかった証拠である。眠りを誘う映画などとコメントされている方も多いが、私の場合、さすがにそこまでの状況には陥らなかった。

 既に多くの方たちがコメントされているように、映像は確かに美しい。映画の題材としてもユニークだ。それなのに、何故か引き込まれない。脚本が良くないと指摘されている方も多かったのだが、一言で言うと、いろいろなものがあれもこれもいっぺんに詰め込まれ過ぎていて、山場がないのである。おまけに謎も多い。説明が省略されているため、観客がストーリーの進行から取り残されてしまうのだ。例えば、トコヤミの意味。トコヤミの黒いエネルギーと、淡幽を襲った黒いエネルギーが別物であること。更にはそれら二つの黒いエネルギーがギンコを襲うこと。ラストでギンコがぬいに施したこと。原作を読んでいればわかるのかもしれないが、原作を読んでいない私には謎だらけだった。

 Yahoo!映画 - 蟲師 - 作品ユーザーレビューを拝見する限り、私と同じような感想を抱かれた人たちも多いのだが、この映画を観てたくさんのものを受け取った人たちのレビューを拝見すると、文章を書くことを喜びとしている者として、このままではいけないと危機感を感じてしまう。映画を観て、単につまらなかったというだけの感想を抱くことは、映画を観るという自分自身の選択を無駄にしている。そうではなく、その映画を観て何を受け取ったかを表現することが大切なのではないだろうか。そして、監督が映画を通して表現したかったものを想像するプロセスも必要だ。

 この映画を撮影した大友監督は、普段はアニメ畑で活躍されている方のようだ。私はアニメがあまり好きではないので、もしもこの映画がアニメであったならば、ほぼ百パーセント観ることはなかっただろう。監督作品ではないが、手塚治虫先生の『メトロポロリス』が映画化されたときに脚本を手掛けた方でもある。『メトロポリス』は、アニメがあまり好きではない私も観に行った。このように、普段、アニメ畑で活躍されている監督だからこそ、実写で映画を撮るときにこだわりたい部分もあったのではないだろうか。それが、今回の作品ではCGの美しさで実現されている。映画の中でCGが生きることで、リアルと幻想の共存が実現された作品であると言ってもいいのかもしれない。そうした映像美にとことんこだわりたかったなら、台詞やストーリーでわざわざ立ち止まる必要もなかったのだろう。観客には、映像美に酔って欲しかったに違いない。

 Yahoo!映画 - 蟲師 - 作品ユーザーレビューで高い評価をつけている人たちは、監督が表現したかった映像美の世界を理解しようと試みて成功した人たちだ。そうした姿勢が、映画だけでなく、他の世界においても必要なのではないだろうか。わからないと言って途中で投げ出して、過ぎ去った時間を無駄にしてはいけない。この映画は私にとって、そうしたことに気づかせるためのきっかけを与えてくれる映画でもあった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ちょっとわかりにくい部分も多いのですが、この映画のベースには陰陽の考えがあるように感じました。左巻きと右巻き、闇と光といった題材が散らばっていました。蟲師は、陰か陽か、どちらか一方に傾いてしまった人を、正反対のエネルギーを加えることによってバランスを取り戻すように持って行く人なのかもしれません。そうだとすると、西洋医学の考えとは違いますね。蟲師、現代にはいらっしゃらないのでしょうか。いらっしゃるとすれば、私の蟲も診ていただきたいのですが・・・・・・。(苦笑)

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2007.03.25

見送る人

 ガンモの出張先の鳥取で過ごす週末。その一日目は、再会の喜びに満ち溢れた日だった。しかしそんな喜びも束の間で、二日目には再び離れ離れになってしまうことへの寂しさに打ちのめされていた。

 私は、朝起きたときからもう心に決めていた。今回は、三朝温泉に行くのは見送ろうと。私の三朝温泉への思い入れは、過去の記事からも充分ご想像いただけることと思う。鳥取に来るまでは、天然のラジウムの恵みをたっぷりと受け取ることのできる大好きな三朝温泉に入りたいと思っていた。しかし、私の身体は一つしかないのだから、二つ同時には選べない。

 私はガンモに言った。
「今回は、三朝温泉に行くのはやめるよ」
しかし、私が三朝温泉に行くのを楽しみにしていたことを知っていたガンモは、
「三朝温泉、行ってこーい」
と言った。それでも私は、
「いやいや、私はガンモと一緒にいる」
と、きっぱり宣言したのである。三朝温泉の放射線を測定しようと、旅行バッグの中にガイガーカウンターまで忍ばせていたというのに。

 こうして私たちは、前日と同じように、鳥取県立図書館に出掛けた。ホテルに連泊すると、部屋を掃除してもらうために、しばらく部屋を空けたほうがいいのだ。連日のように、図書館でガンモと過ごす贅沢な休日。私は、『チベット医学』や中野京子さんの『恋に死す』などの興味深い本を熱心に読み、ガンモはガンモで海外旅行のガイドブックをこれまた熱心に読んでいた。

 お腹が空いたので、図書館から出て近くのレストランで昼食をとった。昼食を食べていたときにガンモが、
「ロンドンに行くから」
と私に言った。一体どういうことなのかと思って尋ねてみると、今年の夏休みにロンドンに行きたいと言う。ガンモが熱心に読んでいたのは、ロンドンのガイドブックだったようだ。
「ヒースローに着いたら、旅行会社の用意してくれた送迎バスじゃなくて鉄道を使ってホテルまで行くの」
とガンモが言った。どうやらガンモは、ロンドンの鉄道にすっかり魅せられてしまったらしい。十数年前に一度だけロンドンを訪れたことのある私は、
「ロンドンの鉄道かあ。地下鉄なら乗ったけど。確か、一日乗車券を買ったような」
と密かに自慢した。

 「ハリーポッターは、何行きの列車に乗るんだっけ?」
とガンモが聞いて来たので、
「ホグワーツ行きだったと思うけど?」
と答えると、
「ホグワーツ行きの番線に記しがついてるらしいから。観光客はそこで写真を撮ってるみたいだよ」
と上気した顔でガンモが言った。ガンモはすっかりロンドンに行くつもりになっているようである。

 夏にロンドンに行くとなると、ツアー料金がずいぶん割高になるだろう。ヨーロッパに行くなら、比較的航空運賃の安い冬にしたいところだ。しかしガンモは、夏しか長期の休みが取れないので、是非とも夏休みに行きたいと言う。ロンドンなら私も望むところだが、果たして、この計画が実現するかどうかは未定である。

 昼食をとったあと、私たちは再び図書館に戻り、閉館になるまで静かにそこで過ごした。鳥取では、閉館の時間になると、『蛍の光』ではなく、「うさぎ追いしかの山」の『故郷(ふるさと)』が流れる。因幡の白兎をイメージしているのだろうか。流れて来る曲が『蛍の光』なら寂しさを感じて泣いてしまったかもしれない。

 図書館も閉館になり、帰りのバスの時間も迫って来たので、私たちは切ない気持ちで鳥取駅に向かってトボトボ歩き始めた。もうすぐ離れ離れになってしまうのかと思うと、ガンモも私も無口である。

 「まるみ、帰るの? 帰るの?」
と、沈黙を破ってガンモが言った。私だって一人では帰りたくない。
「ガンモ、一緒に帰ろうよ」
と言ってみたものの、そんなことが叶うはずもなかった。ガンモは、
「鳥取の一週間は長い」
と寂しそうにつぶやいた。一人で帰ろうとしている私に、
「まるみは鳥取まで何しに来たの?」
と言うので、私は、
「添い寝しに来たの」
と答えた。

 駅のバスターミナルに着いてバスの乗車券を発券してもらい、待合室でしばらく待っていると、私の乗車するバスが乗り場に入って来た。三宮から乗車した金曜日の夕方のバスもひどく混み合っていたが、鳥取から出る日曜日の夕方のバスもまた、ひどく混んでいた。やはり、週末を鳥取で過ごす人たちが多いようだ。

 私はガンモとあいさつを交わし、バスに乗り込んだ。見ると、あいさつを済ませたガンモは私を見送らずに駅ビルに向かってずんずん歩き始めている。何だ、最後まで見送ってくれないのか。確かに、見送ってもらうよりも、さっと離れたほうが諦めもつくのかもしれない。そう思っているうちにとうとう発車時刻になり、バスが発車した。

 バスが動き始めると、見送りの人たちがバスに向かって一斉に手を振っている。見送りの人たちは一人や二人ではない。十人近くはいたのではないだろうか。おそらく、週末を一緒に過ごした人を、親しい人や離れて暮らしている家族が見送っているのだろう。それぞれの想いが伝わって来る感動の一瞬だ。みんな同じ気持ちで親しい人を見送るのだ。私はガンモの姿を探したが、やはり見当たらなかった。

 サービスエリアでの休憩のときにガンモに電話を掛けてみると、ガンモはバス乗り場から少し離れた交差点で私を見送ってくれていたらしい。
「まるみは気づかなかっただろう」
とガンモが言った。なあんだ、ちゃんと見送ってくれてたのか。もっとわかり易い場所に居てくれたら良かったのに。でも、もしもガンモの姿を見つけていたら、泣いていたかもしれない。

 バスに向かって手を振ることのできる人たちは素直だ。もしかすると、ガンモのように、手を振るのが恥ずかしくて、少し離れた場所でそっとバスを見送った人も居たかもしれない。週末ごとにこのような感動的なドラマがあるとは思えないが、バスが三宮を離れて行くときの無機質な感覚と、鳥取から離れて行くときの暖かい感じを私は忘れない。都会暮らしは、人の感情を不器用にさせるのではないだろうか。そんなことを思いながら、私は一人で寂しく帰宅したのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 結局、三朝温泉にも行かず、図書館でガンモとまったり過ごしました。まるで遠距離恋愛でもしているかのようでした。私たちは、ほんの四ヶ月しか恋愛期間がなかったのですが、結婚してからも、こうして恋愛しているのですね。(^^)

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2007.03.24

渦巻く葛藤

 久しぶりにガンモとともに一夜を過ごし、新しい朝を迎えた。さて、郊外型の鳥取で車のない私たちがどのように過ごしたのか、ご紹介しよう。

 週末といえども、ガンモは客先で何かトラブルがあればすぐに対応する待機要員の当番だった。そのため、ホテル周辺でしか休日を過ごすことができない。万が一、客先に何かトラブルがあれば、ホテルに帰って着替えをして、仕事道具を持って出掛けて行かなければならないからだ。私には、鳥取に来る前からそのことがわかっていたので、ガンモの顔を見て安心したら、一人で三朝温泉に出掛けて行く計画を立てていた。ところが、いざガンモの顔を見ると、離れ難くなってしまったのである。

 そこで、二人で鳥取県立図書館に出向き、本を読んだりして過ごすことにした。本来ならば映画を観て過ごしたかったのだが、きのう書いたような事情により、鳥取市内で観たい映画を観ることはできなかった。鳥取市にある映画館は、神戸地区よりも上映期間が少しずれている。単刀直入に言えば、既に観た映画が上映されていたのである。

 私は小さい頃から本が好きだったので、図書館で一日を過ごすというのはかなり贅沢な時間だと感じていた。図書館であれば、テーブルと椅子もあるので、心置きなく「ガンまる日記」を書くことができる。見ると、私のテーブルのすぐ近くのテーブルで、ノートパソコンを広げてしきりに何か打ち込んでいる人がいる。ああ、あの人も「ガンまる日記」を書いているのか。あっ? 違う?

 私たちは、お腹が空くと近くの飲食店に出向いて昼食をとり、再び図書館に戻って熱心に本を読んだ。本当に贅沢な時間である。それなのにガンモは、このような贅沢な時間にそろそろ悲鳴を上げ始めている。というのも、自宅に帰ればするべきことが山のようにあるはずなのに、鳥取では時間ばかり十分にあって、本来片付けるべきことが片付かないからである。さすがに一週間も鳥取に滞在し続けるのは、かなり厳しいようだ。

 また、鳥取では生活時間帯も違う。お店が閉まる時間が実に早いのだ。ガンモの話では、一般の小売店は、十八時半頃にはお店を閉めてしまうらしい。確かに、二十時頃に商店街を歩いてみると、ほとんどのお店がもう閉まっているし、もともと週末にお店を開けているところも少ない。これは、私がゴールデンウィークに好きなアーチストのコンサートで鳥取に足を運んでいた頃からの感想である。しかし、鳥取県民の友人曰く、鳥取は、働く女性の満足度が高いそうだ。というのも、例えば託児所の充実など、子供を持つ女性が働き易いような設備が他県よりも整っているらしい。そういう意味では、県民のために税金が適切に使われている県であると言えるのではないだろうか。

 夜になると、一層寂しい気持ちが込み上げて来た。ガンモを鳥取に残して、明日には帰らなければならないという寂しさである。ガンモが帰宅するのは次の水曜日の夜である。それまでの間、私たちは再び離れ離れになってしまうのだ。私は、ガンモの鳥取出張に合わせて三朝温泉に行く予定だった。しかし、三朝温泉に行くということは、ガンモと一緒に過ごす時間を削ってしまうということでもある。やはり、ガンモとは離れ難い。後ろ髪を引かれる思いだ。以前、三朝温泉に湯治に出掛けていたときもそうだったが、三朝温泉に行くときはいつも、ガンモと離れる孤独と引き換えにしなければならない。

 私は鳥取に来て、普段、私たちが自宅で一緒に過ごしている時間と、鳥取で一緒に過ごす時間は同じものではないということに気がついた。普段、私たちが自宅で一緒に過ごしている時間は、限定されない連続した時間である。だから私は、ホットヨガに出掛けたり、ガンモの仕事が忙しければレイトショーを観て帰ったりすることができる。しかし、鳥取で過ごす時間は限定された時間である。限定されているのだから、その期間しかないわけである。ガンモと離れて一人で三朝温泉に行くことは、限定された時間を投げ打ってまで取る行動なのだろうか。しかし、いくらだだをこねたとしても、帰りのバスの時間が来れば、私たちは離れなければならない。その時間が三朝温泉に行くことによって少し早まるかどうかだけの違いなのではないか。私の中で、いろいろな葛藤が渦巻いていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 普段の私は優柔不断な性格ではなく、バサバサ切り捨てるタイプなのですが、時として、このような激しい葛藤を経験することがあります。ということは、私は何かを切り捨てるときに、愛を注がずに切り捨ててしまっている可能性が高いようです。反対に、寂しさを押し殺して自分の道を行くということは、果たしてどのようなことなのでしょう。私は、それができる人が怖いのかもしれません。決していつも寄り添うことだけが愛情ではないのですが、寄り添わない人に出会ったときに、どのように接したらいいのかわからなくなるのだと思います。これが、面の付き合い(面の付き合いに対する言葉としては、接点の付き合い)をベースにしている人の弱みかもしれません。

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2007.03.23

春の訪れ

 今夜はもうグレなくていい。何故なら仕事を終えたあと、高速バスに乗ってガンモの出張先の鳥取まで出掛けて行くことになっていたからだ。

 私はそそくさと仕事を終え、三宮から鳥取行きの高速バスに乗り込んだ。かつては大きな道路を挟んだビルの前にあるバス停から出ていたはずの高速バスも、ミント神戸(映画館もある大きなファッションビル。私が良くレイトショーを観に行くところ)がオープンしてからは、ミント神戸一階にある共通のバスターミナルから高速バスが発着するようになっていた。

 鳥取行きの高速バスは、これまでにもしばしば利用していたのだが、私が利用していたのは休日の朝だったためか、いつも空いていた。このような利用状況で、運営が成り立って行くのだろうかと心配になっていたほどだった。しかし、金曜日の夜の高速バスは、ほぼ満席と言っていいくらいの大盛況ぶりだった。やはり、一週間の仕事を終えて、鳥取で休日を過ごす人が多いのかもしれない。

 三宮から鳥取までの高速バスの所要時間はおよそ三時間である。途中のサービスエリアでおよそ五分間のトイレ休憩が入った。いざとなればバスの中にも備え付けのトイレはあるし、何よりもひどく眠かったので、私はサービスエリアに着いてもバスの中でじっと目を閉じて休んでいた。

 高速バスは順調に走り、予定よりもおよそ十分早く鳥取駅に着いた。ガンモに電話を掛けてみると、駅まで迎えに来てくれていると言う。私は駅のコンビニの前にいるというガンモの姿を求めた。居た、居た! 懐かしいガンモが、確かにコンビニの前で私を待っていてくれた。

 三日ぶりの再会を果たした私たちは、腕を組み、ホテルまで一緒に歩いて行った。風が吹いて、私たちの頬を優しく撫でて行った。どうやら本格的に春がやって来たようである。

 ガンモが仕事を終えてホテルに帰ったとき、
「本日はお二人様ですね?」
とフロントの人に確認されたらしい。フロントでは、担当が変わっても、ちゃんと特記事項が伝わっているようである。

 フロントで鍵を受け取り、ガンモが宿泊している部屋に入った。私たちは荷物を置いてすぐに、再会を祝福して抱き合った。ホテルの部屋は小ぢんまりしているが、機能的な工夫のこらされた部屋だった。旅の多い私たちは、あちらこちらのホテルを利用しているが、ホテルによってはインテリアにこだわり、機能性がまったく無視された設備を整えているところも多い。例えば、テーブルと椅子の高さがちぐはぐだったり、電灯のスイッチがベッドから離れたところにあるなど、実際にその部屋に宿泊する人の目線での便利さが追求されていない場合が多いのだ。

 しかし、ガンモが宿泊しているホテルはそうではなかった。備品を揃える人が実際に客室に宿泊し、利用者の目線で一つ一つ揃えて行ったであろうことを容易に想像される備え方だった。だから、多少狭くても、まるで自宅のようにくつろげるスペースになっていた。

 ただ、ホテル館内やその周辺にもコインランドリーがないとかで、ガンモは自分で下着類を洗濯して部屋に干していた。ホテルにはランドリーサービスもあるらしいが、見知らぬ人に下着の洗濯をお願いできるほど、ガンモはオープンではないらしい。既に三日間を過ごしたガンモの部屋は、生活感に溢れていた。
「ガンモはここに住んでいるの?」
と私は言った。それくらい、その部屋はガンモに馴染んでいた。

 ベッドに枕が二つ並べてあったので、私はガンモに聞いてみた。
「私が来るまで、枕は一つだけだったの?」
するとガンモは、
「うん、そう」
と答えた。ということは、私がチェックアウトすれば枕はまた一つに戻るのか。

 ガンモが宿泊しているのはもともとシングルの部屋だが、ホテルに備え付けのセミダブルベッドは我が家のシングルベッドよりも広かった。自宅では一つのシングルベッドに寄り添って寝ている私たちだが、結婚して肉体的な成長を大きく遂げた私たちには、ホテルのセミダブルベッドがちょうど良い広さだった。私たちは、三日ぶりに寄り添って眠る喜びをかみしめながら、眠りに就いた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ようやく春がやって来たようで、風も暖かくなりましたね。皆さん、どのような週末をお過ごしでしょうか。鳥取市は県庁所在地なのですが、とても静かで大人しい街です。何もかもが郊外型なのでしょう。大きな映画館も、鳥取市からは遠く離れた場所にあります。地元の方たちの移動は、電車ではなく、自家用車が中心なのでしょうね。私の実家も、高校を卒業する頃にはみんな自動車教習所に通って自動車の免許を取るので、車は一家に一台だけでなく、個人でそれぞれ持っていたりします。そのため、軽自動車が多いのが特徴です。鳥取もそれに近い雰囲気があります。自家用車を中心とした生活を送っていらっしゃる方からすれば、現在の私のように、仕事帰りにレイトショーを観て帰るなど、別世界の出来事なのかもしれませんね。

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2007.03.22

自分探し

 今度は何をしてグレたかと言うと、仕事帰りに三宮で友人と待ち合わせをしてベトナム料理を食べに行った。
家に帰ってもガンモがいるわけでもないのに、
「これから○○○○(友人の名前)とご飯を食べて帰るから」
などとガンモに連絡を入れてから待ち合わせ場所へと向かった。

 詳しくは書けないのだが、友人はずっと悩みを抱えていて、現在、カウンセラーの力を借りて自分探しを行っている。悩みがあっても人に相談しない私とは大違いだ。私は、カウンセラーの力を借りて自分自身を引き出すことについて、友人に尋ねてみた。
「周りの人たちを鏡にして自分自身を映し出してみるのと、カウンセラーに自分自身を引き出してもらうのとでは、やっぱり違うものなの?」
すると彼女は、カウンセラーによっても違うが、自分にはカウンセラーに引き出してもらうほうが性に合っていると語り始めた。彼女は以前にも別のカウンセラーの力を借りて自分探しをしていたことがあったらしい。しかし、かつてのカウンセラーとは相性があまり良くなかったのか、自分探しはそれほど捗らなかったそうだ。現在のカウンセラーとは相性が良いらしく、カウンセリングを受けても、毎回、新しい発見の連続だと言う。

 彼女の話に耳を傾けていると、彼女の自分自身に対する洞察力は、私の想像をはるかに超えるものだということがわかった。彼女の掘り下げ方は、周りの人たちを鏡にして自分自身を映し出す方法よりもずっと深いものだった。複数の問題に対する意味付けがしっかりと行われ、それらに対する解決策まで既に見出されていたのである。また、彼女は決してカウンセラーの言うことを鵜呑みにしているわけではなく、彼女自身がそれらの答えを既に自分のものにしていた。そこまで深く掘り下げることができるならば、カウンセラーの力を借りるだけの意味は十分にあると思った。

 私は、人に悩みを相談しない自分のほうが、自分自身の問題を深く掘り下げずに、ただ何となく生きているだけのように思えて来た。人に悩みを相談できるということは、それだけで既に心を開いていることになるのではないだろうか。周りの人を鏡にして自分自身を映し出す方法などを提示した自分が恥ずかしくもなった。やはり、プロのカウンセラーの力は偉大だと言える。

 しかし、見方を変えれば、彼女はカウンセラーに相談せずにはいられないほどの状況にまで追い込まれていたとも言える。そこまで追い込まれたことによって、これまで見えなかったものが見えるようになった。人に悩みを相談しない私は、まだまだそこまで追い込まれてはいない。だから、問題を深く掘り下げられない。そういう見方もできるだろう。

 彼女は、人とぶつかることが怖くて、いつも自分自身を押し殺してしまうのだそうだ。カウンセラーには、「もっと人とぶつかりなさい、身近な人と喧嘩をしなさい」と言われているらしい。私は、
「喧嘩の方法なら教えるよ」
と言ったあと、はっと気がついてしばらく口ごもった。確かに私は、職場でもはっきりものを言い、周りの人たちを冷や冷やさせるくらい喧嘩をして来た。しかし、そんな私にも、喧嘩ができない相手が存在していることを思い出したからだ。
「確かに喧嘩ができない場合もあるね。だけど、喧嘩ができる相手とできない相手の違いって何だろう?」
そう言って、私はしばらく考え込んでいたのだが、喧嘩をできる相手に対しては、ベースとして何らかの好意が存在していることに気がついた。つまり、好意のない相手とは喧嘩をすることができずに、言いたい言葉を引っ込めてしまう場合が多いということである。おそらく、喧嘩をしないでいることは、他人行儀なのだ。他人行儀だからか、好意のない相手と喧嘩をすると、その喧嘩が別れの決定打に発展してしまう場合が多い。

 私はかつて、彼女に言ったことがある。自分が我慢して、ものごとを丸く収めてしまうことは、自然を捻じ曲げていることに等しいと。あるべきものの姿を捻じ曲げてしいまうのは美しくないと。

 かと言って、言いたいことをずけずけ言い過ぎてしまうことにも問題がある。そういう人は、彼女のように言いたいことを押し殺してしまう人とペアを組んで、立場の違う者同士の学びを体験することになる。そのとき、お互いにもたらす気づきがあるとすれば、相手の態度を作っているのは自分自身だということだ。お互いがそのことに気がついたとき、ようやく繰り返しから抜け出せるのではないだろうか。

 彼女とあれやこれやと話し込んでいるうちに、いつの間にか二十三時を回っていた。彼女と分かれてガンモに電話を掛けてみると、
「俺も今日は飲み会だったから」
とガンモが言った。
「なあんだ。私たち、気が合うね」
と言って、笑い合った。すっかり帰りが遅くなってしまったので、終バスは既になくなってしまっていたのだが、私はすがすがしい気持ちで家までてくてく歩いて帰った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 正直言うと、私にはカウンセラーの力を借りて自分探しをすることは、他力本願だという先入観がありました。しかし、実際はこのような的確な自分探しが行われていたのですね。彼女に、冗談っぽく、「この経験を生かしてカウンセラーになったら?」などと言ってみたのですが、「いやあ、カウンセラーは、人の自殺を背負い込むほど大変な仕事だから、私には無理」という答えが返って来ました。彼女に言われて、私自身もそのことを想像し、いかに大変な仕事であるかを再認識しました。彼女のおかげで、また一つ、見えなかった世界が見えて来ました。彼女の悩みそのものは苦いけれど、彼女の苦い経験にありがとうです。

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2007.03.21

四天王寺大師会と極楽湯

 「俺が鳥取に行ってる間、骨董市に行って、タイヤを買って来てくれ」
というガンモの言いつけ通り、私は毎月二十一日に行われている四天王寺大師会(してんのうじだいしえ)に足を運ぶべく、ガンモに修理してもらったばかりの自転車に乗って出掛けようとしていた。ところが、マンションの駐輪場から自転車を出してみると、自転車の様子がどこか変である。見ると、先日ガンモに修理してもらったばかりの前輪のタイヤの空気がすっかり抜けてしまっているではないか。

 私たちのマンションの駐輪場では、自転車のタイヤの空気が抜かれてしまうといういたずらが頻発していたが、まさか、その手のいたずらだろうか。しかし、私が自転車を停めている駐輪場は立体駐輪場なので、いたずらをするにも、前輪のタイヤの空気を抜くことは考えにくかった。何故なら、立体駐輪場では、前輪に付いている鍵を施錠するだけでもやっかいなほどの狭さだからだ。いたずらをするなら、作業しやすい後輪を狙うだろう。

 となると、ガンモが取り替えてくれたタイヤに不具合があったのだろうか。私はひとまず、自転車をエレベータに乗せ、自宅の玄関の前まで移動させて、空気を入れてみた。しかし、空気を入れても入れてもタイヤは固くならず、代わりにプシュプシュと音が聞こえていた。どうやら、どこかから空気が漏れているようである。

 私はガンモに電話を掛けた。
「もしかすると、ムシが外れているのかもしれないな」
とガンモは言った。ムシというのは、チューブに付いているゴム管のことである。そう言えば、修理をしていたときに、ムシがころころ転がって行ったのを私は見ていた。そのあと、ガンモがムシを拾い上げてチューブに差したはずだったが、うまくささっていなかったのかもしれない。私は、空気が抜けている箇所を探し出すために、手でタイヤの一部を少しずつ押してみた。すると、一箇所だけ、手で押すとプシュプシュと空気が抜ける音がする箇所があった。どうやら、そこから空気が漏れ出しているようである。しかし、ムシの位置からは少しずれていた。

 あまり時間もなかったので、私は自転車をそのままにして、バスに乗って最寄駅まで出た。もしも先日取り替えたタイヤに不具合があるのなら、何が何でも骨董市に出掛け、新しいタイヤを仕入れなければならない。そう思いながら、骨董市が開催されている天王寺へと向かったのである。ちょうど春のお彼岸と重なっていたため、天王寺界隈はたくさんの参拝客で賑わっていた。

 四天王寺に向かう途中、ご夫婦で参拝されて、財布を紛失された方がいた。天王寺駅から四天王寺に向かう参道にあるお店で買い物をしようとして、お財布がないことに気づいたらしい。私がそのお店で買い物をしていると、
「こんなこと初めてやわあ」
という声が聞こえて来た。財布を失くして電車賃もないので、知り合いの人に電話を掛けて、お金を持って来てもらおうかと夫婦で話していた。駅の改札さえ出なければ、交通費も余分にはかからないので、改札で受け取ればいいなどと話している。私は大阪のおばちゃんではないが、こういうとき、大阪のおばちゃんならどうするのだろう。心の中では、千円くらいならこの人たちにあげてもいいかなと思っている。しかし、小心者の私は声を掛けることができなかった。例えその千円が私の手元に返って来なかったとしても、大きく落胆するようなことはなかったはずなのに。

 声を掛けそびれてしまった私は、気を取り直して歩き始めた。毎度ながら思うのは、四天王寺には信心深いお年寄りがたくさん集まって来ているということである。大師会が開催される毎月二十一日には、四天王寺の境内にはおよそ数百もの露店が並ぶ。関東地方では、これだけの規模の骨董市は少ないのではないだろうか。関西地方には、四天王寺のほか、京都の東寺や北野天満宮でも骨董市が開催されているが、露店の数からすると、四天王寺がダントツだろう。

四天王寺大師会(1)

四天王寺大師会(2)

四天王寺大師会(3)

 食料品はもちろん、衣料品や骨董品、レコード、おもちゃ、バッグなど、いろいろな露店が並んでいる。

四天王寺大師会(4) 油絵も売られている

四天王寺大師会(5) 油絵を描いている

 中には、油絵を売っている人もいた。売っている人は、絵を描くことも好きなのだろう。キャンバスを広げて絵を描きながら油絵を売っているようだった。サークルの名前が掲げられているので、売られているのは、売主の描いた絵ではないかもしれない。お天気も良く、気温も高くなったので、絵を描くにはもってこいの一日となったことだろう。

四天王寺大師会(6) 身体の悪いところを木槌で叩く

 四天王寺大師会に参拝される方々は、お年寄りが圧倒的に多い。上の写真は、身体の悪いところを木槌で叩いて治すという信仰だ。木槌で身体を叩く前に、木槌の側にある木臼を木槌で叩くという儀式を行う。そして、自分の身体の悪いところを木槌で叩くと、叩いたところの症状が緩和されるというものである。私も肩とお腹を叩いてみた。すると、心なしか、症状が少し緩和されたような気がした。

 こうした信仰を生み出したのは、どこかの修行僧なのだろうか。詳しいことはわからないが、もしも修行僧だとすると、彼らは人々の苦しみを救うために修行を重ね、その修行で得た智恵を、修行をしない庶民に惜しみなく分け与えたことになる。仏教というものは、亡くなられた人と生きている人たちの橋渡しとなる位置づけにあると思っていたが、こうした智恵で人々の苦しみを最短距離で救う役割も果たしていたのである。

四天王寺大師会(7)

 ところで、何百という露店を探し回ったが、残念なことに、これまで出店されていた自転車屋さんはなくなってしまっていた。何しろ、四天王寺大師会に足を運ぶのはおよそ一年ぶりのことである。出店されているお店もかなり変わってしまっていて、興味あるところでは整体の露店まであった。骨董市で売られている自転車のタイヤは、ホームセンターなどで売られているタイヤよりも品(しな)のいいものだったのに残念である。

 お目当ての自転車屋さんがないので、私は興味深げに整体の露店の回りをぐるぐる回った。しかし、いくらオープンな私でも、他の人たちに整体の様子を見せられるほど自開症(じかいしょう)ではない。整体の料金が三千円と格安なのは、整体院の宣伝も兼ねているのだろう。でも、何度か足を運ぶうちに、いつか青空整体を体験するときがやって来るかもしれない。

 夕方になると、早朝からお店を出している露店は、少しずつ店じまいモードになって来た。お目当ての自転車屋さんはなかったが、その他のものをたくさん買い込んだので、私はとても満足していた。また夜がやって来るわけだが、さて、今夜はどのようにグレようか。私は、お風呂道具を持参したことを思い出し、どこかでお風呂に入って帰ろうと思っていた。どうせ家に帰ってもガンモはいないのだし。そして、私が選んだのは、尼崎にある極楽湯である。

極楽湯

 私の記憶が正しければ、尼崎の極楽湯は、ここ数年のうちに開店したばかりなのではないだろうか。いつもJRを利用して大阪方面に出掛けて行くとき、電車の窓から見えているので気になっていたのだ。尼崎駅で降りて、電車の窓から見えていた建物のほうへと歩いて行ったのだが、電車に乗っているときは駅から歩いてすぐのように見えていても、実際に歩くとかなり距離があった。あとから知ったことだが、尼崎駅から無料送迎バスが出ていた。

 極楽湯に着いて驚いたのは、駐車場にたくさんの車が止まっていたことだった。祝日ということもあるのだろう。とにかく大繁盛しているようである。残念ながら、お湯は循環式だったが、お肌がつるつるになるような泉質だった。いろいろなお風呂があり、かなり楽しめた。施設も新しくてお金をかけている印象を受けた。うれしいのは、一日のうちに何度でもお湯に入ることができて、整体と韓国式あかすりの有料サービスが整っていることだろうか。しかし、お値段もそれなりに張っていて、休日の利用だと、平日よりも五十円高くて大人一人七百五十円だった。会員になれば多少は安くなるらしい。それでも、ガンモがいない夜にグレるには十分だった。

 帰りは無料送迎バスで尼崎駅まで送ってもらい、優雅に帰宅した。今度はガンモと一緒に足を運んでみようと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ぽかぽかしたいいお天気で、格好の骨董市日和となりました。予めお風呂道具を持参したことと、骨董市の買い物で、私の荷物は大変なことになってしまい、極楽湯ではコインロッカーを二つも借り切っていました。(^^; 私は個人的には、桶型のまん丸の湯船が好きです。極楽湯にも、桶型のまん丸の湯船はありましたが、天然ではなく、人工的な造りだったのが少し残念でした。職場の人の話だと、兵庫県にはいろいろな天然温泉の日帰りスパがあるようなので、今度は日帰りスパで岩盤浴を体験してみたいと思います。極楽湯は、天然温泉の日帰りスパでも、消毒液のいやな匂いがあまりしないのは快適でした。

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2007.03.20

ガンモの鳥取出張とホットヨガ(三十八回目)

 翌朝から鳥取で仕事が入っているため、ガンモは出張に出掛けて行った。私はガンモに、
「ガンモ、出張行くの? 出張行くの?」
と何度も尋ねた。週末婚で会えることになっているものの、毎日一緒にいる人が不在になってしまうのは、ひどく寂しいものである。私は、
「ガンモがいないからグレてやるぅ」
と言った。ガンモが出張に行くときはいつもこんな感じだ。しかし、私がグレると言っても、仕事帰りにレイトショーを観て帰るくらいのものだ。そのことを知っているガンモは、
「まるみはいつもグレてるから」
などと言った。なるほど、ホットヨガに行ってグレることもあれば、レイトショーを観てグレることもある。なあんだ、ガンモが出張に行かなくても、確かに私はグレていた。

 ガンモは、私が仕事に出掛けて行ったあとに出張の準備を整えて出発し、青春18きっぷで八時間も掛けて鳥取入りしたようである。途中、何度も乗り換えのための待ち合わせ時間があり、「今、○○にいる」とメールが届いていた。

 ホテルに着いたガンモは、週末に私が来ることをホテルの人に伝えてくれたらしい。ホテルの人は、快く承知してくださったそうだ。ありがたいことに、ガンモは部屋を変わることなく、私の滞在分として、わずかな追加料金を支払うだけで良いそうだ。特殊なケースでも、申し出てみるものである。

 さて、これだけでは短いので、日曜日に出掛けたホットヨガの様子をお伝えしておこう。レッスンは、久しぶりに三宮店で受けた。やはり、七十五分のアクティヴコースのレッスンを受けたのだが、以前、同じレッスンを三宮店で受けていた頃にときどき顔を合わせていた人たちの姿が見えなかった。あれから何ヶ月も経っているし、その方たちは別のコースに進まれたのかもしれない。ポーカーフェースの女性にお会いしたかったのに。

 インストラクターは、以前、ハートのチャクラという言葉を使って私を泣かせてしまった、お気に入りのインストラクターだった。彼女のレッスンを受けるのは、これで二回目だろうか。私は、
「あなたのレッスンを受けたかったのよ」
と心の中で思っていた。今回も彼女は、レッスン開始前に合掌したときに、
「ハートのチャクラにプラスとマイナスのエネルギーを集めてください」
と言った。うわあ、この人、やっぱりただものではないと私は思った。

 彼女のレッスンが楽しいのは、アクティヴコースというちょっと息切れしそうなレッスンで、インストラクターである彼女自身が息切れしているからだ。息切れしている彼女を見ていると、彼女も私と同じ人間なのだという親近感が沸いて来るのである。しかし、そういう私も、実はそろそろ七十五分のアクティヴコースには慣れて来て、以前ほど息切れしなくなっていた。さすがに、南森町店で九十分のアクティヴコースのレッスンを受けたときはかなり息切れしたのだが、七十五分のレッスンであれば、私の身体にはちょうどいいレッスンになっていた。

 心地良いレッスンを終えて、メイク台の前で髪の毛を乾かしていると、次のレッスンを受けるためにやって来た人が着替えているのが鏡に映って見えた。な、何と、レッスン着に着替えるのに、下着(パンティー)まで脱いでいる人がいる。ど、どういうことだ? と思いながら、気になってチラチラ見ていると、その人は、下着を付けずにピチピチのレオタードを履いていた。下着不要のレオタードだったのかもしれない。身体の線がくっきりと映し出されるレオタードを身に付けられるのは、ボディラインに自信のある証拠だ。うらやましい。

 その後、トイレに並んでいると、その女性がトイレから出て来て私と目が合った。その女性は、私に向かってにっこり微笑んでくれた。その笑みは、
「トイレ、空きましたからどうぞ」
という意味だった。まるでモデルさんのような洗練された笑みだった。このような人がレッスンに参加されているとは、三宮店に来る楽しみも増えるというものである。

 久しぶりに三宮店でレッスンを受けて思ったことがある。それは、私のように神戸店や三宮店を行き来している人は少ないのかもしれないということだった。私は、通勤定期を購入するときに、神戸の少し先の駅まで購入している。私の通勤経路からすれば、最寄駅から三ノ宮駅までの通勤定期で十分なのだが、神戸駅の先の駅まで延長して通勤定期を購入しても同じ金額なのだ。そのため、私はその区間を自由に行き来できる立場にある。しかし、通常は、例えば地下鉄沿線に住んでいる人など、三宮に出て行くのに都合のいい人たちが三宮店を利用しているのだろう。そういう人たちは、わざわざ電車を乗り換えてまで神戸店に足を運んだりはしないのではないか。三宮と神戸はJRでわずか二駅でも、私のように普段からJRを利用し、自由に行き来できる立場になければ、なかなかあっちへ行ったりこっちへ行ったりはできないのではないだろうか。逆に、私がもしも通勤定期を持たなくなったとしたら、ホットヨガに通うのも億劫になるのではないだろうか。そう思うと、私にとっては仕事も何もかもセットになって、互いに連鎖し合いながら私の周りに存在しているとしか思えなかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモが出張に出掛けた日、私がどのようにグレたかと言いますと、やはり映画を観て帰りました。観た映画は『ナイトミュージアム』です。映画のレビューは書きませんが、アメリカ映画らしい、面白い映画でした。とても楽しめる映画ですので、どの映画を観ようか迷っている方がいらっしゃいましたら、お勧めします。実は、『ナイトミュージアム』以外にも、最近、『デジャヴ』と『ステップ・アップ』を観ましたが、どちらも詳細な感想は述べられません。(笑)『ナイトミュージアム』は、『パフューム ある人殺しの物語』 にはかないませんけど。(笑)あの映画はダントツです。

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2007.03.19

運命のネジ(後編)

 運命のネジを手にして帰路についた私は、時間も遅かったので、自宅近くの飲食店でガンモと落ち合った。ガンモにそのネジを見せると、ガンモはポケットの中から、私の自転車の前輪に残っていたネジを取り出した。ガンモがそのネジを持っていたのは、自転車屋さんに出向き、このネジと同じものがあるかどうか尋ねたかったらしい。ガンモは二つのネジを飲食店のテーブルの上で重ね合わせた。それらはピタリと重なった。しかも、私が十年間乗り続けた自転車に残っていたネジと、自転車屋さんからいただいた錆びたネジは、使い込まれた金属の材質も雰囲気も、まるで双子のようにそっくりだった。ガンモは二つのネジを眺めながら、
「こいつら、今から再婚するから」
と言った。そのとき、私の頭には、鳩の父ちゃんと母ちゃんの姿が浮かんだ。

 夜も遅かったが、ガンモは翌日から鳥取に一週間の出張に出掛けることになっていたので、帰宅してすぐにタイヤの交換作業に取り掛かった。ガンモはまず、古い前輪のタイヤのゴムとチューブをすっかり取り外した。そして、新しいタイヤとチューブを前輪にセットし始めた。通常のパンク処理ならば、チューブを水に浸して、穴が空いているところを探し出すのだが、今回は消耗が激しいことから、チューブごと取り替えることになったのである。

 外はとても寒かったので、私は熱心に作業をしているガンモの首にマフラーを巻きつけた。それでもまだ寒かったので、今度はガンモの頭に毛糸の帽子をかぶせた。私は、ガンモの首にマフラーを巻いたり、毛糸の帽子をかぶせたりするのがとても好きだ。見るからに寒そうなので、マフラーや帽子によってガンモが暖かくなると、私まで幸せな気持ちになって来るのである。

 タイヤの交換作業は、タイヤの中に空気の入っていないチューブをしまい込み、少しずつ前輪に取り付けて行くのだが、ガンモが一人で作業をしていると、タイヤが前輪からはみ出してしまうこともしばしばだった。そのため、ガンモはじっと見守っている私に向かって、
「チューブをタイヤに差し込んだままの状態で、ここを押さえてて」
と声を掛けて来た。ガンモに言われた通りに手で押さえていたところ、
「二人でやると早い!」
とガンモが喜んでいた。

 みるみるうちに新しいタイヤとチューブが前輪に取り付けられた。今度はそれに空気を入れる。ポンプから空気を送り込むと、タイヤは伸びをするように起き上がった。続いて、そのタイヤを自転車に固定させる。ここでいよいよ運命のネジの出番である。私は、ガンモの指図通り、ガンモが前輪を取り付け易いように、自転車のハンドルを持ち上げた。するとガンモは、みるみるうちに自転車に前輪を取り付けた。その間、
「やっぱり二人でやると早い」
と喜んでいた。

 私はいつも、ガンモにパンク修理を任せっきりで、まったく手伝っていなかった。しかし、自転車のメンテナンス作業には、手で固定させることで作業が捗(はかど)ることが多かった。そうした作業から、女性は遠ざかってしまいがちなのだが、例え機械に疎くても、機械に強い人をサポートすることはできるのだ。

 こうして私の自転車は元通りになった。ついでに、ベルやミラーもメンテナンスしてもらった。ベルは、ずっと壊れたままだったので、この機会に新しいものに取り替えた。ミラーは、ある時期から邪魔になって倒していたのだが、再び起こしてもらった。

 取り替えてもらった前輪のタイヤは、ゴムの突起が新しいためか、回転するときゅっきゅっと音を立てた。実は、このタイヤは、骨董市に出掛けたときに安く購入しておいたものである。骨董市には、自転車のパーツを安く売っているお店があり、私たちはタイヤをはじめ、自転車の籠やライトなどを格安で購入しているのである。

 今回のメンテナンス作業で、タイヤのストックがなくなってしまった。そこでガンモは、
「俺が鳥取に行ってる間、骨董市に行って、タイヤを買って来てくれ」
と言った。私は、
「うん、わかった」
と答えた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 少々大げさですが、運命のネジは、めでたく運命の出会いを果たし、見事に私の自転車を復活させてくれました。ネジが一つ足りないだけで自転車を乗り換えるのは、実にもったいない話ですよね。今回、特にありがたいと思ったのは、ネジを分けてくださった自転車屋のおじさんと私が運命的に出会えたことです。そして、自転車を自分で修理するのが好きなガンモが運命的に私の夫であったことです。これらの要因が重なり合わなければ、私の自転車は蘇らなかったのです。そうしたことからも、私のところにやって来たネジは、来るべきところにやって来た、運命のネジであったと言えましょう。

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2007.03.18

運命のネジ(前編)

 最近、私はバス通勤をしている。バス通勤と言っても、自宅から最寄駅までのほんのわずかの区間だけなのだが。というのも、愛用の自転車の前輪のタイヤがパンクしてしまったからだ。

 我が家から最寄駅までは、徒歩でおよそ十五分ほどかかる。そのため、私たちにとって、自転車は必須アイテムとなっている。路線バスの利用は時間に拘束されがちだが、自転車ならば雨の日を除けば自由自在だ。しかし、私の自転車は、購入してから既に十年くらい経っているためか、前輪のタイヤがかなり劣化してしまっていた。かつて、パン屋の前でパーンを体験したガンモには、
「まるみの自転車もいつかパーンする(パンクする)から、暖かくなったら前輪を取り替えてやるから」
と言われていた。

 しかし、ここのところ、外で自転車のメンテナンス作業を行うにはあまりにも寒い日が続いていた。そうしてメンテナンス作業を延ばし延ばしにしているうちに、ある日、自転車に異変が起こったのだ。通勤の途中、私が自転車に乗っていると、前輪がやけに重いことに気がついた。ハンドルを取られるとはこのことだろうか。一体何が起こっているのだろうと思い、前輪を見てみると、いつの間にか空気がすっかり抜けてしまっているではないか。とうとう来たか、と私は思った。

 それでも、私は出勤前でとても急いでいたので、空気の抜けた前輪がガタガタ音を立てているにもかかわらず、自転車に乗ったり降りたりしながら、最寄駅の駐輪場に何とか自転車を停めて仕事に出掛けた。そして、その日の夜はパンクした自転車を転がしながら帰宅した。

 ガンモに自転車の前輪がパンクしたことを話すと、次の休みにパンク修理をすると言ってくれた。ところが、先日も書いたように、休みのはずの土曜日に仕事が入ってしまい、日曜日もガンモは仕事だったので、なかなかパンクの修理ができない状態にあった。このまま私のバス通勤は続くのだろうか。そう思っていると、夜になって、ガンモが、
「やっぱりパンクの修理をしよう」
と言ってくれたのだ。

 寒い中、玄関のわずかなスペースで、ガンモが私の自転車の前輪を分解しようとしたとき、ガンモが
「あーっ!」
という驚きの声を上げた。一体何ごとかと思い、ガンモのところに駆け寄ってみると、
「前輪を止めているネジが片方ない。こんな状況で良く乗ってたなあ」
と言った。確かに私の自転車は、前輪がグラグラしていた。どうやらそのネジは、昨日、今日、取れてしまったものではなさそうだった。それなのに、私は片方だけ止まったネジで走り回っていたのだ。

 ガンモはしばらく考えていたが、
「今日は中止」
と言って片付けを始めた。そして、私にこう言ったのだ。
「明日にでも、○○○(近所の自転車屋さん)に行って、自転車を買って来ーい」
「ええっ? いやだ!」
と私は咄嗟に反論した。確かに私の自転車は安物だし、十年間、乗り続けて来て、かなりガタも来ている。しかし、前輪のネジがなくなったくらいで自転車ごと買い換えるなんて、そんなこと、絶対にしたくない。私は、
「いやだ! ネジを探す!」
と宣言した。すると、ガンモは、
「自転車屋さんに、前輪のネジだけあればいいけどね」
と呟いた。

 そして、これを書いている今日(「ガンまる日記」は、いつも一日遅れで書いている)、私は仕事帰りに職場近くの自転車屋さんに寄り、
「前輪を留めるネジ、ありますか?」
と尋ねてみた。すると、店長さんが奥のほうから古びたネジを取り出して来た。そして、近くにあった自転車の前輪のネジと比べたあと、私にすっと差し出した。
「はい、これ」
私が、
「ありがとうございます! おいくらですか?」
と尋ねると、
「いや、錆びてるからいいよ」
と言ってくださったのだ。私は丁寧にお礼を言って、喜び勇んで自転車屋さんをあとにした。

 すぐにガンモに電話を掛けて尋ねてみた。
「ネジってさ、凸のネジ? それとも凹のネジ?」
するとガンモは、
「ナットのほうだよ」
と言った。
「ナットって、ワッカになってる指輪みたいなやつのことだよね? 『101回目のプロポーズ』で指輪になったやつだよね?」
と私が尋ねると、ガンモは、
「そうそう、まるみの指には入らないけどね」
と言った。私は、
「さっき、自転車屋のおじさんにもらった! お店で聞いたら奥から出して来てくれて、錆びてるからお金はいいって!」
「でかした!」
とガンモが言った。

 これで私の自転車が生き返る。そう思うと、寒い帰り道も心が弾むのだった。果たして、私のところにやって来た運命のネジは、私の自転車の前輪にぴったり合うのだろうか。まだ帰宅途中なので、この続きはまた後日。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、この日はホットヨガに出掛けて行ったのですが、ホットヨガの記事が連続してしまうので、自転車の記事を書かせていただきました。本当に寒い毎日が続いています。何故か、真冬の寒さよりも身体に堪えるのは、そろそろ暖かい春が来ると思っていたのに、なかなか来ないからでしょうか。早く暖かくなるといいですね。

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2007.03.17

ホットヨガ(三十七回目)

 私が、ホットヨガの予約を入れると言うと、ガンモは、
「土曜日は、久しぶりに家でゆっくりしようよ。日曜日なら俺は事だから、まるみはホットヨガに行けばいい」
と提案して来た。確かに先週も旅に出掛けていたので、土曜日くらい家でのんびり過ごすことにしようか。そう思って、私はホットヨガの予約を入れなかった。

 ああ、久しぶりに自宅でのんびりできる土曜日だ。旅に出掛けて行くこともわくわくして楽しいのだが、自宅でのんびり過ごす休日も大好きだ。本を読んだり、デジタルカメラで撮影した写真を整理したりと、旅に出掛けていてはできない作業ができる。そんな思いが膨らんでいたのに、午前中、ガンモに仕事の電話が入ってしまい、ガンモは仕事に出掛けて行くことになった。休日といえども、ガンモは待機要員(客先にトラブルがあればすぐに出動する当番)だったのだ。

 ガンモの仕事は夕方まで掛かりそうだと言うので、私はホットヨガに出掛けようと思っていた。そして、出掛けて行くガンモに、
「行ってらっしゃい。じゃあ、私もホットヨガに行くからね」
と言って送り出した。ガンモも、
「うん、わかった」
と言って出掛けて行った。

 それから私は、ホットヨガの神戸店に電話を掛けてレッスンの予約を入れた。支度を整えて、駅まで向かう途中でガンモに電話を掛けた。
「これからホットヨガに行って来るよ」
するとガンモは、
「ええっ? 俺はそろそろ上がろうとしてるのに」
などと言うのだ。私はその一言にムカッと来た。もともと、土曜日は家でゆっくりしようと言ったのはガンモのほうだった。それなのに、ガンモは夕方まで仕事が入ってしまい、私は急遽、ホットヨガの予約を入れた。すると今度は、自分の仕事がそろそろ終わりそうなのに、などと言う。
「こらこら、私を振り回すな。私はホットヨガに行くよ」
と言って電話を切った。このあと、仕事が片付き始めていたはずのガンモは、何故か仕事にはまってしまい、結局、私がレッスンを終える頃まで仕事に専念していたらしい。

 神戸店での休日の昼間のレッスンは久しぶりのことである。着替えを済ませてスタジオに入ると、フリーパス会員の女性がいた。彼女のすぐ近くのヨガマットが空いていたので、私はそこに座った。ここで、
「いつもお会いしますが、フリーパスの会員さんですか?」
などと話し掛ければドラマになったのだろうが、小心者の私にはそれができなかった。憧れの女性がすぐ近くにいるというのに、あまりジロジロ見てしまっては失礼だと思い、わざと無関心な態度を装っていた。

 インストラクターは、顔なじみのインストラクターだった。コースによって、担当が決まっているのかもしれない。今回、珍しいと思ったのは、ビギナーコースで何度もインストラクターを担当してくださっていた方が、一緒にレッスンに参加していたことだ。しかし、このことは、奇跡というか、のちにあらかじめ用意された出来事として繋がって行くのだ。

 レッスンが始まってからしばらく経って、遅れて入って来た女性がいた。彼女は私の斜め前の空いているヨガマットにやって来た。レッスンの途中、彼女は一度、スタジオから出て行った。トイレに行ったのか、スタジオの外の涼しい空気に触れたかったのか、それはわからない。彼女がスタジオに帰って来てからしばらく経って、バランスのポーズに入ったとき、私の目の前でポーズを取っていた彼女がぱたんと倒れた。一瞬、スタジオ内に緊張が走った。インストラクターもすぐに彼女が倒れたことに気づき、
「すみません、ちょっと休憩を入れます」
と宣言して、倒れた彼女のところに駆け寄り、彼女を起こしてスタジオの外に連れて行こうとした。しかし、実際にその作業を請け負ったのは、一緒にレッスンを受けていた別のインストラクターだった。

 緊張の中で、私は、インストラクター同士の言葉にしない連携プレイをじっと観察していた。多くの言葉を必要とせず、自分たちにとって何が一番大切かということを的確に判断しながら行動されていた。レッスンを担当してくださっていたインストラクターにしてみれば、別のインストラクターに彼女の付き添いを任せてしまうことで、レッスンを中断せずにいられた。そのことが、一緒にレッスンを受けていたインストラクターにもわかっていた。

 もう一つ、思ったことがある。それは、ヨガマットの役割の大切さである。彼女は私の目の前でばたんと倒れた。倒れるときは、自分自身の身体をかばう余裕などない。打ち所が悪ければ、危険である。幸い、彼女の立っていた場所にはヨガマットが敷かれていた。ヨガマットがクッションになり、彼女の身体の一部を守っていた。

 途中、レッスンを担当してくれていたインストラクターがスタジオの外に出て行き、その後の彼女の様子を確認したところ、スタジオの外に出てからの彼女は、すっかり元気を取り戻していたと言う。しばらくすると、彼女に付き添っていたインストラクターが入って来て、彼女の持っていた水を運び出して行った。おそらく彼女は、元気になって歩けるようになり、帰宅することになったのだろう。やがて、彼女に付き添っていたインストラクターもスタジオに戻り、再び一緒にレッスンを受けていた。

 レッスンが終わり、ロッカーの鍵を返すために受付に行くと、さきほどのレッスンを担当してくださったインストラクターがいた。インストラクターは、私たちがレッスンに集中できなかったのではないかと気遣ってくださった。私が、
「そんなことありませんよ。確かにびっくりしましたけど。でも、別のスタッフの方がいらっしゃって良かったですね」
と言うと、
「そうなんです。本当にたまたま居合わせてくれたんですよ」
とおっしゃっていた。私としても、これまで神戸店で何度もレッスンを受けているが、別のインストラクターが一緒にレッスンを受けている光景には出くわしたことはなかった。たまたまそのときに倒れた人がいるということは、いろいろな意味で不幸中の幸いだったのではないかと思えた。

 今、この記事を書きながら、何故か感動が込み上げて来る。自分の取るべき行動に迷うことなく対処されたインストラクター同士の連携プレイと、それが起こったタイミング、それからヨガマットの存在、スタジオの外に出ると元気になったという彼女。それらの出来事は、私の胸にいろいろなことを焼き付けて行った。

 スタジオを出て、ガンモに電話を掛けてみると、あれから仕事にはまってしまい、ようやく仕事を上がれそうだと言う。何だろう、この絶妙なタイミングは。ガンモは車で仕事に出掛けていたので、私がガンモの仕事先の最寄駅まで電車で移動し、車に乗ったガンモに拾ってもらって一緒に帰宅したのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ホットヨガは三十八度の室温、六十五パーセントの湿度に保たれたスタジオで行うので、体調によっては身体に負担がかかりやすいのかもしれません。彼女がいったんスタジオの外に出て行ったのも、自分の身体と対話してのことだったのだと思います。それにしても、見事な連携プレイを拝見させていただきました。私たちが互いに連鎖し合いながら生きていることを実感させられるような、とても感動的な出来事でした。

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2007.03.16

筋腫のその後

 今日は、久しぶりに筋腫の状況についてまとめてみたいと思う。先日の日記に、筋腫が大きくなっているようだと書いたところ、同じような症状を抱えていらっしゃる方たちからお見舞いメッセージをいただいた。こうした症状を見逃さないでいてくださって、大変心強い限りである。それにしても、皆さん、いろいろな症状を抱えていらっしゃるようである。同じような症状の方も、異なる症状の方も、お互い励まし合って行けたらいいと思う。今日は、そのためにこの記事を書くのだ。これからお話しするのは、私の失敗談である。同じ失敗をしないためにも、ご参考にしていただければ幸いである。

 実は、あれからまた筋腫が柔らかくなり、以前と変わらない感触まで戻った。本音を言うと、そろそろ手術が必要なのではないかと、しばらく弱気になっていたのだ。しかし、プロゲステロンクリームを塗る時期がやって来たので、いつものように寝る前に塗り続けていると、生理が始まる前に元の柔らかさに戻ったのである。確か、生理前はいつも筋腫が膨張して固くなっていたはずなのに、おかしなものである。もしかすると筋腫の収縮は、生理のサイクルではなく、月の満ち欠けと関連性があるのではないかなどと思い始めている。

 ところで、今回、筋腫が大きくなってしまったのは、おそらく、粗悪なシャンプーを使用したことが原因だろうと思っている。筋腫が大きくなる少し前に、ホットヨガに持って行く荷物をできるだけ少なくするために、洗面道具の容器のサイズを全体的に小さくしたのだ。そのとき、ちょうどお手頃サイズの容器に数年前のシャンプーが入っているのを見つけた。明らかにそのシャンプーからは、既に薬品が分離してしまっているようなきつい匂いが漂っていたのだが、捨ててしまうのはもったいないと思い、思い切って使ってしまったのだ。シャンプーを使用している間、不快感が伴うほど変質していたのだが、小さな容器に残っていたシャンプーなので、わずか二、三回分程度の使用なら大丈夫だろうと思っていた。

 しかし、どうやら私が使ったシャンプーは、経皮毒に相当するくらいの威力を持っていたようである。皮膚から吸収される化学物質は、子宮にどんどん溜まって行くと言われている。羊水からママレモンの匂いがしたという話も聞いたことがあるし、ヘアメイクの専門学校に通っている知人も同じようなことを言っていた。皮膚から吸収する製品に関しては、できるだけ化学的な刺激の少ないものにすることがとても大切なことのようである。口から摂取するのと違って、皮膚から吸収すると、有害物質が排出されにくいらしいのだ。そうしたことは、知識としては頭に入っていたが、身をもって体験したのは初めてのことだった。女性の皆さんは、皮膚を通して吸収される化学物質には、特に注意が必要だということだ。

 参考までに、私が実践していることをまとめておきたい。

温められたペットボトルに入った飲み物は飲まない

 プラスチックが溶け出すと、環境エストロゲンとして体内に取り込まれるため、極力避けている。プラスチックのお弁当箱も然りである。これの応用で、プラスチックの容器を電子レンジで加熱することも避けている。去年の十一月に北京に行ったとき、北京の人たちはガラス瓶にお茶を入れて飲んでいた。少なくとも、ペットボトルを持ち歩いている人は見掛けなかった。中国の女性に子宮筋腫が少ないことが実証されれば、温められたペットボトルは子宮に優しくないということになる。

ハーブティーを飲んでいる

 愛飲しているのは、ジェイソン・ウィンターズ・ティーだ。筋腫が大きくなったとき、しばらくの間ジェイソン・ウィンターズ・ティーを飲んでいなかったことを思い出し、再び飲み始めた。筋腫には、デトックス効果のあるお茶が良いと思う。それから、ハーブティーではないが、フローエッセンスは強力である。

白髪染めなどのヘアカラーは極力使わない

 皮膚に負担のかかる白髪染めなどのヘアカラーは極力使わない。皮膚に負担がかかっているかどうかは、ヘアカラーを使ったときの感覚でわかることだろう。実は、今回使用してしまったシャンプーには、ヘアカラーを使っているときのような刺激があった。

生理の周期に合わせてプロゲステロンクリームを塗っている

 プロゲステロンクリームに関しては、progesteron_BHRT_revというMLに参加し、研究を重ねている。プロゲステロンとは、エストロゲンに拮抗する女性ホルモンである。子宮筋腫などの症状は、エストロゲンが優勢になっているため、エストロゲンのパワーを抑えるために天然のプロゲステロンを皮膚から吸収している。私がプロゲステロンクリームを塗り始めて一年余りが過ぎた。今回のことで一時的に筋腫が大きくなってしまったものの、やはりプロゲステロンクリームは筋腫が大きくならないように働いているのではないかと、私自身は思っている。

身体の歪みを意識して矯正する

 これまで髪の毛は左分けだったのだが、右分けにした。背骨の歪みがホルモンバランスを崩しているのだとすれば、傾いている方向とは逆のポーズが必要だと思ったわけである。その一環として、髪の毛を分ける位置を変えてみた。また、常に身体の歪みを意識し、身体が左右どちらかに傾いているならば、傾いていないほうに力を入れてみる。(これは、写真を撮ってみればわかる。身体が傾いていると、撮影した写真も傾いている)

一日のうち、ほんのわずかでも自分自身に返る時間を持つ

 実は、これはとても大切なことだと思う。子宮筋腫があるということは、身体の中に停滞を作り出していることに等しい。ほんのわずかな時間でも自分自身に返り、自分に最も正直な状態を作り出すことで、エネルギーの流れを良くし、停滞を取り除くのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もしも私と同じような症状を抱えていらっしゃる方がいらっしゃいましたら、上記MLで私に呼びかけてくださいませ。少し前に、同じ職場にいた直径十二センチの彼女が手術したときの筋腫の画像を見せてもらいました。かなりグロテスクな画像でした。同じようなものが自分の中にいくつもあるのだと思うと恐ろしくなりましたが、同じような症状を抱えていらっしゃる方がこれだけ多いということは、何か共通事項があるのでしょうね。私は何とかしてそれらを洗い出したいと思っています。そのためにも、できるだけ情報を一箇所に集めたいと思っています。そして、みんなで励まし合って行きましょう。

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2007.03.15

週末婚の予感

 ガンモが一週間の出張に出掛けることになった。行き先は鳥取である。一週間とは長いじゃないか。週の半ば頃から出掛けて、週末をまたいで次の週の半ば頃に帰って来るらしい。そう言えば、去年の今頃は、ガンモのハワイ行きが決まってあたふたしていたことを思い出す。同じ一週間程度の不在でも、今回はハワイではなく鳥取なので、近いと言えば近い。一週間も鳥取に滞在して、ガンモは鳥取の羽合(はわい)温泉にでも行くつもりなのだろうか。

 実を言うと、鳥取と聞いて、私の目はキラリと光った。何故なら、私の大好きな三朝温泉に近いからである。ガンモが鳥取に滞在するなら、私も週末を利用して、ガンモに会いに行くついでに三朝温泉に行こう。そう思って、旅の計画を立て始めた。

 かつてのガンモは、東京方面への出張が多かった。遠距離恋愛中は、ガンモの東京出張のおかげで頻繁にデートを重ねることができたものの、結婚してからもそれが続いたので、私はガンモの出張に合わせて休暇を取り、しばしば東京まで出掛けていた。さすがに、ガンモの出張期間中、丸ごと休みを取ることはできなかったので、水曜日の夜あたりから仕事を終えて新幹線に乗り、ガンモの宿泊しているホテルに押しかけていた。もちろん、二人で泊まるときはホテルに申し出て、二人用の部屋に変更してもらっていた。

 私にとって、東京で過ごす平日は、とても贅沢な時間となった。朝から図書館に出掛けたり、知り合いと会ってランチバイキングを楽しんだりと、それはそれは優雅な時間を過ごしていたのだ。しかし、今月は、阿蘇に出掛けたときに既に有給休暇を取ってしまっているので、新たに休暇を申請するのは少々気が引ける。ガンモに会えるのは週末だけになりそうだ。

 仕事を終えて鳥取方面に向かうには、高速バスを利用するのが便利で格安である。高速バスを利用して、金曜日の夜中にガンモの待つホテルに押しかけるとするか。しかしガンモは、一週間の滞在ということで、ホテルのウィークリーパックを申し込んだと言う。つまり、週末に私が出掛けて行ったとしても、かつての東京出張のときのように、二人用の部屋に変更してもらうことはできないようなのだ。もしかすると、差額を払えば何とかなるのかもしれないが、もしもそれが駄目なら、私もガンモと同じようにシングルの部屋を申し込み、寝るときだけガンモの部屋に忍び込んで、同じベッドに寄り添って眠っていいのではないか。何だかわくわくするプランだ。

 または、こんなプランもある。三宮から高速バスを利用して鳥取方面に向かうには、倉吉行き、米子行き、鳥取行きの各方面への高速バスがある。仕事を終えて高速バスに乗るとなると、どうしても遅い時間になってしまうので、場合によってはホテルに泊まらずに、ネットカフェで仮眠を取るという方法もある。まるで学生みたいな乗りではないか。そんなことを考えていると、何だかとても楽しくなって来たのである。

 いつも、私たちが鉄道乗り潰しの旅に出掛けて行くときは、すべてのプランをガンモが綿密に立ててくれている。ガンモ添乗員は、当日にならないと、そのプランを発表してくれない。奇想天外なプランに私が驚くことを期待しているのだ。いつも、ガンモにプランを任せっきりだったので、私はしばらくプランを立てるという楽しみから遠ざかっていたのだが、やはり、自分で立てたプランを実行するというのも旅の楽しみの一つのようである。

 私も、今回のプランをガンモに内緒にしておこうか。ガンモがあっと驚くようなプランを立てて、ガンモの反応を見てみるのも面白いのではないか。そう思うと、プランを立てるのも一層力が入って来るものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 三月半ばを過ぎたというのに、寒い日が続いていますね。体調など崩さないよう、どうかお気をつけください。鳥取には、羽合(はわい)温泉という温泉が本当にあるのです。「はわいに行って来ました」などと書かれたおおまんじゅう(?)がお土産品として売られています。

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2007.03.14

映画『パフューム ある人殺しの物語』

 これまで観たこともないような映画を観た。他の映画を鑑賞するために映画館に足を運んだときに、この映画の予告編を何度となく観ていたのだが、予告編を観る限りでは、単なるサスペンス映画なのだろうと思っていた。ところがどっこい、そんな先入観は見事に打ち砕かれ、知らず知らずのうちに映画の中の独特の世界に引きずり込まれてしまった。映画の紹介ページを見てみると、この映画の原作は、世界中で千五百万部も売れたベストセラー小説だとか。確かに、ベストセラーに輝くだけの内容である。

 タイトルにもある通り、この映画は殺人者の物語だ。しかし、彼は単なる殺人者ではない。香を求めて殺人を繰り返す、人並み外れた嗅覚を持つ調香師なのである。この物語は、殺人を繰り返す男の話ではあるのだが、ある意味とても純粋な物語とも言える。この映画を観ると、目的に対してあまりにも純粋であり過ぎることについて、深く考えさせられるのだ。

 誰しも、曲がりくねった道よりも、まっすぐな道を歩きたがるのではないだろうか。しかし私たちは、決して自分一人だけで生きているわけではない。自分が歩こうとする道の途中には、第三者が立ちはだかっているかもしれないのだ。曲がりくねった道を歩くということは、自分の目的を達成しようとするときに、第三者の自由意思を尊重して避(よ)けて通っていることに等しいのではないか。反対に、まっすぐの道を歩くということは、第三者の自由意思を尊重せずに突き進んでしまうことに等しいのではないか。この映画を観ながら、私はそんなことを考えていた。

 この映画の中でのまっすぐな道とは、「匂いを保存したい」という調香師の目的を達成することである。しかしその匂いは、生きているからこそ存在している女性の匂いでもある。その匂いを何とかして「保存」するために、調香師は次々に女性たちを殺害し、究極の香水を作り上げて行く。つまり、調香師がまっすぐな道を進むためには、女性たちの「生きたい」という自由意思は尊重されず、彼によって奪われてしまうのである。それでも、調香師はどこまでもまっすぐな道を歩いて行こうとする。目的に対してどこまでも純粋で、障害をものともしないのである。

 そしてもう一つ、この映画を観ながら思い出したことがあった。それは、かつて神戸で起こった連続児童殺傷事件のことである。あるとき嗅覚の優れた調香師は、自分自身に体臭がないことに気が付く。そのとき調香師は、かなりの衝撃を受けたのではないだろうか。何故なら、彼の鼻は遠くのものの存在を正確に嗅ぎ分けられるほど発達していたからだ。

 それほどの嗅覚を持った彼が、自分自身の体臭を感じることができなかったということはつまり、彼にとっては、彼自身が世の中に存在していないのも同然だということだ。そこで彼は、「究極の香水を作り、その香を保存する」という方法で、何としてでも自分の存在を世の中に知らしめたかったのではないだろうか。確か、神戸の連続児童殺傷事件の少年Aも、自分の存在意義について考えていると犯行声明文に書いていたと記憶している。皮肉なことに、この映画の調香師には体臭がないために、他の人たちに彼の存在を印象づけることなく、殺人を繰り返すことができた。体臭がないということは、目的達成のために殺人を繰り返す上では大変好都合なのだが、もともと存在が薄いからこそ、究極の香水を作って世の中に自分の存在を知らしめたくなる。彼は、そんな矛盾と戦っていたのではないかと思う。

 私がこの映画を神戸連続児童殺傷事件と重ねたのは、それだけの理由ではなかった。もう一つ、愛し愛される喜びを実感しながら生きることの大切さについて、深く考えさせられたからだ。罪の意識もなく、連続的に人を殺めることができるということ。それはすなわち、加害者が愛し愛される喜びからかけ離れたところにいるということの証ではないかと思ったのだ。

 この映画の中の調香師は、生まれた直後に母親に捨てられ、誰からも愛されることなく大人になってしまった。愛のぬくもりを知らないのだから、命を持つ者が存在することの尊さもわからないのかもしれない。

 この映画には、娘を溺愛するハリー・ポッターのスネイプ先生が登場する。正確には、スネイプ先生を演じているアラン・リックマン扮する貴族の娘の父親だ。その父親は、ある意味、調香師とは対照的な存在である。娘への愛が過剰で、娘を失うことを常に恐れているのだ。そんな娘を、調香師は嗅覚を駆使して追い掛けて行く。

 最終的に、調香師は愛を知ることができたのだろうか。いや、できなかったのだ。それどころか、この映画には驚きの結末が用意されている。この意外な結末に、私たちは、いつまでも映画の余韻を引きずることになる。殺人という内容はともかく、映画として割り切って観るならば、ストーリーといい、時代の雰囲気といい、キャスティングといい、完璧な仕上がりだと私は思う。

 こうした映画を観ると、殺人者を更生させようとして刑務所に送り込むことは無意味だと感じてしまう。特に、この映画の調香師のように、罪の意識を持たない殺人者にとっては。彼らに必要なのは、愛し愛される喜びを知ることだ。冷たい刑務所の中では、愛し愛される喜びを知ることなどできないのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最近、思わずレビューを書きたくなるような映画に巡り合えることが多いようです。この映画も、何気ない気持ちで派遣会社の福利厚生で前売券を購入して出掛けて行ったのですが、大当たりでした。もしもこの映画を観ようかどうしようか、迷っていらっしゃる方がいらっしゃいましたら、私がポンと肩を押して差し上げます。(笑)

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2007.03.13

ペンション

 さて今回は、旅行中に予告させていただいた通り、ペンションについて書いてみようと思う。

 ペンションという言葉を辞書で引いてみると、「民宿風の小ホテル。民宿の家族的雰囲気とホテルの機能性を兼ね備えた宿泊施設」とある。今回宿泊したペンションにこの定義を当てはめてみると、「なるほど」と思った。

 いつもはホテルか旅館に宿泊している私たちが、今回に限ってペンションを宿泊先に選んだのは、すぐ近くにある大きな宿泊施設が満室のために予約ができなかったからである。私は学生時代にペンションに宿泊したことがあったのだが、ガンモは初めてだったようである。しかし私は、既に遠い昔の学生時代のことできれいさっぱり忘れてしまっていたので、ガンモと一緒に新鮮な気持ちでペンションの家庭的な雰囲気を楽しませていただいた。

 宿泊したペンションの外観は、以下のような感じである。

三角屋根のペンション

 この写真は出発直前の朝に撮影したものだが、着いたときは夜だったので、三角屋根の建物に明かりが灯され、いかにもメルヘンチックな雰囲気が漂っていた。

 ペンションを経営されているのは、熟年のご夫婦だった。昭和六十三年からの営業許可証が掲げられていたので、バブルの終わり頃に脱サラしてペンションを購入されたのかもしれない。

 先日の日記にも書いたように、私たちは迷いに迷ってようやくペンションに辿り着いたので、到着後、部屋に荷物を置いてすぐの夕食となった。入口の隣に吹き抜けの食堂があり、そこでオーナーの奥さんの手料理である洋食のコース料理をいただいた。

 食堂には、品のいいピアノ曲が流れていて、私たちはその雰囲気に酔いしれていた。チェックインの手続きをしてくださったオーナーの奥さんが、少しずつ手料理を運んでくださる。奥さんとご主人さんの他に従業員らしき人はいない。本当にご夫婦二人だけで運営されているペンションだった。

切り立った三角屋根

 宿泊客は、私たちの他にもう一組、カップルが居た。あとでわかったことだが、夕食を食べない六人組のグループも宿泊していた。

 コース料理には、肉料理のメインディッシュのほか、自家製の生野菜と温かいスープ、食後にはハーブティーと自家製のケーキが出された。また、あのあたりはおいしい水が豊富にあるらしく、おいしい水で炊き込まれたご飯がまたおいしかった。どのお料理もとてもおいしかったのだが、私が特に注目したのは、自家製のブレンドハーブティーである。

 そのハーブティーは、自家製のケーキと一緒に運ばれて来たのだが、その色合いからして勝手に緑茶だと思い込み、ケーキに緑茶とは珍しいものだと心の中で密かに思っていた。しかし、テーブルに並べられるときにオーナーの奥さんによって添えられた言葉は、ミントとカモミールをブレンドしたハーブティーということだった。私は、職場でもハーブティーを好んで飲んでいるのだが、このハーブティーは、これまで出会ったこともないくらい素敵な味だった。ミントとカモミール、両方のおいしさが存分に引き出されていて、私は感動のため息を漏らした。ああ、この感動をオーナーの奥さんご本人に伝えなければ・・・・・・と思っていたのに、オーナーの奥さんは、私たちがゆっくり食事が出来るように気を遣ってくださったのか、すべての食事を運び終わると、奥に引っ込んでしまわれたのである。

 オーナーの奥さんがケーキを運んで来てくださったときに、食事をしていたもう一組のカップルに向かって、
「あちらに本棚があるので、よろしかったらどうぞ」
と案内されているのが聞こえて来た。そのカップルたちは、食事が済むとさっさと部屋に上がってしまったが、私は本棚を見に行った。その本棚には、ハーブティーに関する本がたくさん並べられていた。本棚には張り紙がしてあり、本を部屋に持ち出しても良いが、必ず元の位置に戻しておいて欲しいと書かれてあった。私は、ハーブティーの本を一冊お借りして、部屋に戻った。この本は、さきほどいただいたばかりのおいしいミントとカモミールのブレンドハーブティの一部を作っているはずだ。そう思いながら、私はハーブティーの本から何かを学び取ろうと、必要な事項を書き留めたりしながら読ませていただいた。

 部屋にはベッドが二つ設置されていた。つまり、ツインルームである。傾斜のきつい天井には天窓があり、床暖房の暖かい空気が優しく私たちを包んでいた。
「床暖房、いいねえ。喉に優しいよ」
と言いながら、私たちははしゃいでいた。私たちの家にも床暖房の設備はあるのだが、フローリングされたリビングではなく、カーペットが敷かれた寝室にある。寝室にはものがいっぱいに溢れているので、現在は床暖房が機能していない。ペンションにあったフローリングの床暖房は、とても贅沢ではあるが、喉にとえてもやさしく、床にぺたんと座って本を読んだり、パソコンを開いたりすることがとても気持ちが良かった。人間の身体は、下から暖めるのが一番心地いいのではないだろうか。エアコンが苦手な私はそう思うのだった。

天窓

 私たちが部屋でくつろいでいると、ドアをトントンとノックする音が聞こえて来た。
「はあい」
と返事をすると、
「お風呂にはもう入られましたか?」
とオーナーの奥さんの声がした。そう言えば、さきほど、お風呂は地下一階にあり、二十三時までと聞いていた。まだ二十時を過ぎたばかりだったが、オーナーの奥さんがおっしゃるには、別のグループの方たちがそろそろ帰って来られるので、早めにお風呂に入っておいたほうがいいということだった。部屋にはトイレの設備はあるがお風呂はない。そこで私たちは、すぐに支度を整えて、お風呂に入りに行ったのである。

 お風呂と言っても温泉ではなく、普通の家庭のお風呂を大きくしたような浴室だった。浴室に続く更衣室には鍵を掛けられるようになっていて、グループ単位で占有することができた。つまり、いつも自宅で入っているのと同じように、ガンモと一緒にお風呂に入ることができるのである。温泉の大浴場だと男女別々に入るしかないが、家族風呂のように二人で一緒にお風呂に入れるのはありがたいことだと思った。お風呂を占有するためには、お風呂に入る前には「お風呂使用中」の札を掲げておくのである。

 お風呂は温泉ではないので、掛け流しでもなく、一般のお風呂と同じように風呂蓋がついていた。それも、大きな浴槽用にあつらえた大きな蓋だった。お湯が減った場合は、次の方たちのために注ぎ足してくださいと張り紙があったので、私たちは減った分のお湯を注ぎ足してお風呂から上がった。

 ホテルならば、歯ブラシや石鹸、シャンプー、浴衣などの備品が備えられているものだが、私たちが宿泊したペンションにはそれらの備品は用意されていなかった。しかし、私たちはそれらのものを用意して来たので、決して困らなかった。以前、飛行機のスカイマークエアラインズに乗ったときも思ったが、必要最小限のサービスで十分だと私は思う。

 トイレは洋式で、いまどきの暖かい便座ではなく、便座カバーが取り付けられているオーソドックスなものだった。ハンドソープと思われる石鹸は、洒落た模様付きの擦りガラス風のビンに収められていた。そして、トイレ内にも、室内にも、オーナーの奥さんの趣味と思われるちょっとした小物が飾られていた。私はそれらの小物を見ながら、ペンションの運営とは、オーナーが好きなもので固めた設備で訪問者をもてなすという意味で、ホームページの運営に似ていると思ったのだ。客室内や通路には、オーナーの奥さんの好きなものが至るところに飾られている。おそらく、そうした雰囲気を気に入った人たちがリピーターになるのだ。

おそらく、オーナーの奥さんの手作りのリース

ドライフラワー

 私たちは、暖かい床暖房の部屋でぐっすり眠った。翌朝の朝食は、手作りのパンとコーヒー、それからスクランブルエッグやサラダなどでもてなしてくださった。焼き立てと思われる手作りのパンが、これまたおいしくてため息が出た。ガンモもこのペンションがとても気に入ったらしく、
「また来るから」
と言った。

 朝食には、前日の夜には見掛けなかった六人グループが顔を出していた。大学を卒業して間もない社会人のグループのようだった。彼らはペンションに停車している車の台数を数え、「車の台数からすると、歩きのカップルがいる」と言っていたらしい。歩きのカップルとは、私たちのことだった。

 こんなふうに、快適な一夜を過ごしたペンションは、私たちに特別な思い出を残してくれた。冒頭に掲げたペンションの定義をもう一度掲載しておこう。「民宿風の小ホテル。民宿の家族的雰囲気とホテルの機能性を兼ね備えた宿泊施設」。確かに、民宿の家族的雰囲気とホテルの機能性を兼ね備えていた。しかし、もう少し宿泊客に干渉してくださっても良かったのにと思う。おいしかったハーブティーの感想や、お料理の感想をオーナーに直接話してお聞かせしたかった。音楽の趣味もとても良かった。それらを伝えそびれてしまったので、ここに書かせていただいた次第である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ペンションは、オーナーが自分流にもてなす宿泊施設なのだと思いました。ホテルは会社が運営していますが、おそらくペンションは個人経営のところが多いのでしょう。他に従業員がいない分、ペンションへの思い入れもひとしおだと思います。掃除や洗濯、それから宿泊客の食事の支度、後片付け、お部屋のコーディネイトなど、すべてが好きでなければなかなか続けられないことだと思いました。でも、自分流のもてなしを気に入ってくださる方がいるなら、それは大きな喜びに繋がると思います。しかも、ペンションで自分流にもてなすというのは、家庭に導きいれるにも等しい行為です。単に電話やインターネットの予約だけで、どんな利用客がやって来るかもしれないというのに、家族的にもてなすというのは、なかなかできないことだと思いました。そうしたことへの守りの部分が、オーナーたちなりの工夫として、利用客と適度な距離を保つという態度に現れていたのかもしれません。

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2007.03.12

竹瓦温泉に入り、帰路に就く

 いつもよりも少し早めにホテルをチェックアウトし、私たちは別府へと向かった。大分と別府は普通列車で十分余りのところにある。実は、昨年十月に訪れたときに改装中だった公衆浴場の竹瓦(たけがわら)温泉に入ろうと思ったのである。

 昨年十月に訪れたときは、二日続けて別府駅から近い駅前高等温泉に入った。しかし、街を歩いているときに偶然発見した竹瓦温泉の風格が忘れられず、この次に別府を訪れたときは絶対に入ろうと心に決めていたのだった。

竹瓦温泉の外観

 竹瓦温泉は、別府駅前から歩いておよそ十分のところにある。古い木造の建物は、長い間、人々に愛され続けて来たことを想像させる。竹瓦温泉の目玉は砂湯である。砂湯とは、砂場に仰向けに寝転んで、温泉で温められた砂を身体がすっぽり隠れるくらいに掛けてもらい、十五分ほどじっそとそのままで過ごすというものだ。

 私たちは、三年前の夏休みに鹿児島の指宿(いぶすき)温泉を訪れたときに、砂むし風呂に入った。指宿温泉の砂むし風呂は、浴衣を着たまま温泉で温まった海岸の砂の上に仰向けに寝て、砂を掛けてもらうというものだ。夏だったので、かなりの汗が噴き出した。しかし、あの頃は、健康上の問題もなく、砂むし風呂のありがたさを実感するには至らなかった。砂むし風呂が身体に良いということを知ったのは、その直後に筋腫が見つかってからのことだった。

二〇〇四年夏に訪れた指宿温泉の砂むし風呂

 竹瓦温泉の利用料金は、入浴のみが百円、砂湯+入浴は千円だった。私は迷わず砂湯を申し込んだが、ガンモは入浴のみにした。指宿温泉の砂むし風呂は、男女一緒に並んで利用できるのだが、竹瓦温泉の砂湯は男女別々だったので、ガンモは申し込まなかったらしい。

竹瓦温泉の砂湯入口

 竹瓦温泉の砂湯も、受付で受け取った浴衣を着て砂の上に仰向けに寝る。指宿温泉と違っていたのは、頭に砂がかからないように、木の枕を使わせてもらえることと、砂を掛けてくださるときに、身体のツボを刺激するように掛けてくださることだ。指宿温泉の砂むし風呂では、木の枕の代わりに、タオルを敷いていたように思う。

 さて、竹瓦温泉の砂湯だが、もう、酔いしれてしまうほど気持ちが良かったのだ。ちょうど時期的なものもあるのかもしれないが、温泉で温まった砂が、身体のツボを心地良く刺激してくれるので、「こりゃもうたまらんわい!」と言いたくなるくらい気持ちが良かったのだ。

 およそ十五分間、温かい砂を掛けられたまま過ごす。その間に、砂湯で働いている女性とお話をさせていただいた。砂湯の仕事は、一人分の砂を掛けるために、毎回、およそ百二十キロもの砂を移動させているのだそうだ。指宿の砂むし風呂は、単に砂を掛けるだけらしいのだが、竹瓦温泉の砂湯は、ツボを刺激するように砂を掛けているので、その方法を学ぶため、指宿温泉で働いている方たちが竹瓦温泉まで研修に来られることもあるという。

 今回、私は待ち時間なしですぐに砂湯に入ることができたのだが、どういうわけか、私のすぐ後に来た人は五十分待ちと言われていた。と言っても、私が十五分間、横たわっている間、利用客は私一人だけだったので、決して混雑しているわけではなかった。どうやら、時間によって、砂場を入れ替えているらしい。砂場は二つあり、一つの砂場で八人までの利用客を迎えている間に、もう一つの砂場は温泉に浸して砂を温め、殺菌しているのだそうだ。昨年十月に来たときに行っていた改装は、その設備を整えるためのものだったと言う。おそらく、砂場の入れ替えを決められた時間ごとに行っているのだろう。私が申し込んだときは、ちょうど砂場を入れ替える直前だったのではないだろうか。そのため、待ち時間もなく、すんなりと砂湯に入ることができたのだろう。

 砂湯は、温かくて重い砂で身体を塞いでしまうので、高血圧の人、生理中の人、妊娠中の人には向かないそうだ。血管が圧迫されるため、しばらくじっとしていると、血液がどっくんどっくんと流れて来るのがわかる。そのため、身体に負担が掛かり過ぎないように、砂湯の時間は十五分程度と決められているそうだ。普段、自分の血液が流れていることを実感できるようなチャンスはほとんどない。私は、気持ちがいいのと、自分の身体に血液がどっくんどっくん流れていることを実感して、感極まる思いだった。

 そこで働いている女性の話によると、砂掛けの仕事をされている女性の中には、最年長の方で六十歳を超えている人がいるのだという。これほどの力仕事を、何十年も続けていられるということに私は感動したのである。そのことを砂掛けの仕事をされている女性に伝えると、
「この仕事をしていると、怒るお客さんがいないんです。どのお客さんにも喜んでいただける仕事ですから、とてもやりがいがあるんです。それに、全国からいろいろなお客さんがいらっしゃいますしね」
とおっしゃっていた。

 なるほど。こうして働きながら、全国の人たちに自然の恵みの橋渡しをすることにより、利用客に喜んでもらえるということが、自分自身の喜びにも繋がっているという。良い循環が出来上がっている証拠である。私自身は、自分の仕事で良い循環を作り出しているのだろうか。仕事にやりがいを感じているのだろうか。

 私が兵庫県から来たと言うと、必然的に震災の話になった。
「震災は大変だったでしょう」
と言われたので、私は、震災のときはまだ兵庫県に住んでいなかったことを話した。その女性は、神戸の震災の日にちょうど出張で大阪にいらっしゃったのだと言う。伊丹空港から大阪まで出て行くのに、二時間もかかったとおっしゃっていた。

 あれこれおしゃべりを楽しんでいるうちに、タイムリミットの十五分が来てしまった。あまりにも気持ちがいいので、もう少しこのままでいたいと思っていたのだが、砂掛けの仕事をされている女性に誘導された通りに自分の身体の上にある砂を払って立ち上がり、砂を流すべくシャワーを浴びた。砂湯はとにかく気持ちがいい。私はもう大満足だった。

 いったん服を着て、ロビーに出てみると、ガンモは既にお風呂から上がっていた。私はこれから普通の湯船に入ることをガンモに告げた。ガンモは、私を待っている間に身体が冷えてしまったので、私が普通の湯船に入ると、もう一度湯船に浸かったらしい。

 公衆浴場は、駅前高等温泉と同じように、脱衣場と湯船の間に仕切りはなく、脱衣場と湯船が繋がっていた。脱衣場から湯船に行くには、階段を下りて行くのである。お湯の温度はひどく熱かった。カランの設備はなく、身体を洗ったり頭を洗ったりするには、三朝温泉の株湯と同じように、備え付けの洗面器で湯船からお湯を汲みだすことになる。ただ、地元のおばあちゃんたちも利用されているので、既に身体を洗い終えたおばあちゃんの足が汚れないように、気を遣うことも必要である。私は、通り道で身体を洗っていたので、地元のおばあちゃんがお風呂を上がるときに、
「ここはみんなが通るところなのよ」
と言いながら、私が身体を洗っていた場所をおばあちゃん自身が洗面器を使ってお湯を流してから通って行った。

竹瓦温泉の屋内の様子

 竹瓦温泉を堪能したあと、私たちは別府で昼食を取り、帰路に就いた。帰りは別府から普通列車を乗り継いで、新山口まで出てから新幹線に乗り換えた。しかも、新神戸まで乗車せずに手前の姫路で新幹線を降りて、新快速電車に乗り換えて、再び青春18きっぷを使って帰宅したのである。家に着いた私は、このような素晴らしい旅を企画してくれたガンモにありがとうと言った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 竹瓦温泉の砂湯は、本当に気持ちが良かったです。このような砂湯が近くにあるといいのですが・・・・・・。先日の日記に、九州の温泉は比較的ぬるめだと書いたのですが、竹瓦温泉の湯船はとても熱かったです。(笑)別府に足を運ばれたときは、竹瓦温泉に是非、足を運んでみてくださいませ。

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2007.03.11

駅の中にある温泉と阿蘇山

 私たちはチェックアウトを済ませ、バス停のある大きな施設へと向かった。心の中では、ペンションのオーナーが高森駅まで車で送ってくれることを密かに期待していたのだが、それは叶わなかった。送迎サービスも実施されているらしいので、こちらからお願いすれば送ってもらえたはずなのだが、小心者の私たちは、高森駅まで車で送って欲しいと口に出すことができなかったのである。

 そこで私たちは、ペンション近くの大きな施設の前にあるバス停から路線バスに乗るつもりで、大きな荷物を抱えて、長い坂道をえっちらおっちらと歩き始めたのだった。ガンモは、高森駅からペンションまでは車でわずか二分の距離なので、路線バスを利用することなく、高森駅まで歩いて行きたいと言った。しかし私は、大きな施設が宿泊施設だったので、チェックアウトの時間に合わせて路線バスが運行されているはずだと主張し、ガンモを大きな施設へと誘導したのだった。

 結果的にその選択は正解だった。そう、結果的には。しかし、私たちが大きな施設のバス停まで歩いて行くのにあと三分は掛かってしまいそうな距離にいるときに、一日に五本しかない路線バスが、無常にもバス停に向かって走って行くのが見えたのである。ああ、とても無念ではあるが、もう間に合いそうにない。そう思いながらも、形相を変えて歩いていると、次のバス停に向かうために、大きな施設のバス停を出発した路線バスが私たちの目の前までやって来た。「これが最後のチャンスだ!」私はそう思い、そのバスに乗せて欲しいという想いを込めて、バスの運転手さんに向かってありったけの態度で示した。とにかく、何が何でもそのバスに乗せて欲しいという気持ちを身体全体で表現したのである。

 すると、実にありがたいことに、運転手さんが私のメッセージに気がついてくださり、バス停ではないところでバスを停めてくださったのだ。おかげで私たちは、何とか路線バスに乗ることができたのである。このような特例は、一日に五本しか運行されていない路線バスだからこそ実現できることであり、本数の多い都会のバスならば、有り得ない光景だったことだろう。本当にありがたいことである。

 しかも、高森駅までのルートは、きのう乗ったルートとは逆廻りのルートだったので、わずか数分で高森駅に着くことができた。しかし、バスに乗って数分で到着とは言うものの、大きな荷物を持って歩いたなら、一時間は掛かってしまったのではないだろうか。ガンモもバスに乗ってからの風景をバスの窓からずっと眺めていたので、私は、「もしも歩いてたら大変なことになってたよね」とでも言うかのように、高森駅まで歩きたいと言ったガンモをギロッと睨んだ。思えば、バスの運転手さんに向かって、全身で訴えかけるだけのパワーがあったのなら、最初からペンションのオーナーに高森駅まで車で送って欲しいと頼めば良かったのである。誰かに懇願するという意味では同じなのだから。しかし、バスの運転手さんに全身で訴えかけることができたのは、自ら選択肢を狭めた結果、湧き上がって来たパワーだったとも言える。

 私たちは高森駅から再び南阿蘇鉄道に乗車した。実は、南阿蘇鉄道の阿蘇下田城ふれあい温泉駅には、駅の構内に温泉がある。私たちは、そこで降りて温泉に入ることにした。急に温泉に入ることに決めたので、ガンモは余分な下着を持っていないと言う。一方、私はと言うと、いつでも温泉に入れるように、普段から余分に下着を持ち歩いているので、
「じゃあ、私のパンツ貸してあげようか?」
と言ってみた。当然のことながら、ガンモは、
「いや、いい」
と言って、私の申し入れを断った。

 阿蘇下田城ふれあい温泉駅の温泉の入泉料は、村民の皆さんは二百円、村外の私たちは四百円だった。奥に休憩所があり、お茶を飲みながらくつろぐことができる。私たちはそこに荷物を置いて、一人ずつ交代で温泉に入った。

阿蘇下田城ふれあい温泉駅の温泉利用者のための休息所

 女性風呂には、先客のおばあちゃんがいた。軽くご挨拶をすると、私たちと同じ列車に乗っていて、阿蘇下田城ふれあい温泉駅で一緒に降りたおばあちゃんだった。地元のおばあちゃんで、毎日、この温泉を利用されていると言う。お風呂の中で、おばあちゃんの身の上話をじっくりと聞かせていただいた。おばあちゃんは、若い頃に編み物などに精を出して、右手を使い過ぎたためか、高齢になってから右手の自由が効かなくなってしまい、しばらく入院生活を送っていたのだそうだ。しかし、病院で治療を受けてもいっこうに良くならず、このままではいけないと、自主的に退院し、この温泉に足繁く通うようになったと言う。すると、あれだけ辛かった症状がみるみる緩和され、今ではすっかり元気になられたのだそうだ。私も、温泉から自然の恵みを受けられることは良くわかっているので、おばあちゃんの話を聞きながら、大きくうなずいていた。

 おばあちゃんは、若い頃に、全国の温泉を回られたそうだ。私が兵庫県から来たと言うと、有馬温泉にも行ったのよと話してくださった。おばあちゃんは、有馬温泉の赤茶色のお湯をしっかり覚えていた。それから、つい先日、親戚の方たちと、近くの高級温泉旅館に泊まったときのことを話してくださった。宿泊料を確認せずに予約したところ、何と一泊一万六千円もするお部屋だったこと、そんなに高いお部屋はいやだと、親戚の方たちに反対されたが、私がお金を払うからいいと押し切ったそうだ。しかし、実際にお部屋に案内されてみると、とても豪華なお部屋だったので、最終的には親戚の方たちもとても満足されたそうだ。それでも、宿泊料も確かめずに旅館を予約するものではないと、おばあちゃんは教訓のようにおっしゃっていた。

 お風呂から上がって休憩所に戻り、ガンモと交替した。休息所には地元のおばあちゃんやおじさんが次々にやって来て、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。地元のおばあちゃんは、お風呂で会ったおばあちゃんとは違う人だったが、お弁当を持参でやって来た。やはり、全国いろいろなところを旅されて、数年前に旅から引退したとおっしゃっていた。

 おじさんは、私が「ガンまる日記」を書くためにパソコンに向かっていると、インターネットで何かを調べているのだと思い、
「この辺の情報なら良く知ってるよ」
と話し掛けて来た。良くわからないが、南阿蘇周辺の人たちは、とてもおしゃべり好きなようである。あるいは、県外からやって来た人たちに対する警戒心がないとも言える。そのおじさんは、あとからやって来たお友達と合流し、待合所で酒盛りを始めてしまった。

 ガンモがお風呂から上がり、私が「ガンまる日記」を書き終えると、私たちは再び南阿蘇鉄道に乗り、立野まで出た。今度の宿泊先は、昨年十月に訪問したばかりの大分である。前回の訪問では別府に宿泊したのだが、今回は大分に宿泊することになっている。私たちは大分を目指して立野からJRに乗り換え、ひとまず宮地まで出た。

立野から宮地方面へと向かう

 お腹が空いたので、途中の阿蘇で降りて、昼食を取った。昼食には阿蘇の郷土料理である「だんご汁定食」をいただいた。

阿蘇駅

 恥ずかしい話だが、阿蘇で降りたというのに、阿蘇山がどこにあるのかわからなかった。これだと思えるような、突出した山がなかったからである。調べてみると、阿蘇山というのは、阿蘇五岳(あそごがく)という正式名称に対する俗称なのだそうだ。ということは、阿蘇山は、五つの山から成っているということなのだろう。おそらく、その辺に見えているのが阿蘇山なのだろう。

阿蘇を出発して、しばらく経ってから見えて来た山。これも阿蘇山

 阿蘇で昼食を取ったあと、私たちは宮地(みやじ)行きの列車に乗り、終点の宮地まで出た。宮地では、次の列車までおよそ二時間待つことになった。ガンモは、宮地駅のホームに入って来る列車を撮影したりして、忙しく動き回っていた。

 ようやく私たちが乗車する列車が入線して来たので、私たちは早々とその列車に乗り込み、列車の中でくつろいだ。そして、その列車で豊後竹田まで出たのである。豊後竹田は、お城風の面白い駅舎だったのかが、大分行きの普通列車への乗り換え時間がわずかだったので、駅を堪能する時間もなく、隣のホームに待機していた列車に飛び乗った。大分に着いたのは、十九時頃だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 駅の中にある温泉と言うと、私は上諏訪駅を思いだしますが、今はもう足湯になってしまいました。気候がそれほど厳しくないせいか、九州の温泉は、比較的ぬるめですね。ぬるい温泉にゆったりと長めにつかるからこそ、コミュニケーションが生まれるのかもしれません。それにしても、三月も半ばにさしかかろうとしているのに、全国的に寒いのでしょうか。大分も寒いです。先月、福岡を訪問したときは、九州の人はマフラーをしないものだとばかり思い込んでいたのですが、さすがに寒いのか、マフラーを首に巻いている人が多かったです。

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2007.03.10

三角線と南阿蘇鉄道

 寝台特急はやぶさ・富士は、およそ十分遅れで大阪駅にやって来た。列車の到着を待っている間、私は大阪駅のホームでヨガのポーズを取っていた。大阪駅のホームには、いつもたくさんの人が溢れ返っているものだが、深夜ということで、ホームにいるのは私たちと同じ列車に乗車するわずかな人たちだけだったのだ。

 寝台特急はやぶさ・富士が遅れたのは、線路内に人が立ち入り、安全を確認していたためらしい。私たちが大阪に向かうために乗ろうとしていた快速電車も、車内で乗客同士のトラブルがあり、途中の駅で十分ほど停車したため、遅れが出ていた。ガンモも、出発直前まで仕事をしていたので家を出るのが遅れそうになったが、まるでガンモの遅れをカバーするかのように、関連性のない複数の列車に遅れが出ていたのは不思議なことだった。

 寝台特急はやぶさ・富士が十分遅れでホームに入線して来たとき、私は再び始まろうとしている旅にとてもわくわくした。これだけ旅慣れているはずなのに、毎回わくわくするのは何故だろう。私はよっぽど旅が好きに違いない。

寝台特急はやぶさ・富士の車内(B寝台)

 門司で切り離しされた寝台特急はやぶさは、正午前に熊本に着いた。私たちがまず向かったのは、三角(みすみ)線のホームである。三角線を乗り潰すため、終点の三角で折り返して、再び熊本まで戻って来た。その途中、珍しい光景を目にしたので皆さんにご紹介しておきたい。

新地(さらち)にしたところに、ぺらぺらの木の札のようなものが規則正しく並べられている

 これは一体何なのだろう? 何かのおまじないなのだろうか。それとも、新種の稲なのだろうか? 日本は狭いと言われているが、まだまだ謎は多い。

 熊本まで戻って来たとき、駅ビルに続く改札口を通った。私たちがこれまで旅して来た大きな都市では、駅ビルと繋がっている改札口には、自動改札が導入されているところが多い。しかし、ここの改札には、ずっと改札を守り続けている年配の駅員さんがいた。その駅員さんは、私がこれまで出会った駅員さんとは違っていた。

 改札の向かいにある待合所の椅子に座ってその駅員さんの働きぶりをじっと観察していると、旅行中と思われる二人連れのおばあちゃんが駅員さんに声を掛けた。これから大分まで行って、今日は大分に泊まろうと思っているのだが、どの列車に乗ればいいか、駅員さんに尋ねたのだった。駅員さんは、次の特急電車の時間を案内したのだが、おばあちゃんたちは、
「青春きっぷなのよ」
と言って、青春18きっぷを駅員さんに見せた。青春18きっぷのことを「青春きっぷ」と言うところが、いかにもおばあちゃんらしい。それを見た駅員さんは、特急電車を案内したことが適切でなかったことに気づき、今度は時刻表をめくりながら、おばあちゃんたちの旅行のプランを丁寧に立て始めたのである。既に十五時を回っていたので、その時間からお年寄りが普通列車を乗り継いで熊本から大分まで出掛けて行くには、もう遅い時間だった。それでも駅員さんは、一生懸命、時刻表を目で追いながら、丁寧に応対されていた。私はその駅員さんの姿を拝見して、これぞ駅員さんの鏡だと思ったのだ。先日の映画『ボビー』の記事じゃないが、この人は、駅員という職業を演じているのではない。そして、このような駅員さんがこの改札口を守っているからこそ、この改札はいつまでも自動化されないのではないか。そう確信したのである。

「青春きっぷ」で大分に行きたいおばあちゃん二人と駅員の鏡の駅員さん

 それから私たちは豊肥本線に乗り、途中の立野から第三セクターの南阿蘇鉄道に乗り換えて、終点の高森で降りた。

南阿蘇鉄道

 今回は、ホテルではなく、高森のペンションに宿泊するのである。しかし、ペンションに連絡しておかなかったので、迎えの車はなく、私たちは高森駅から最終の路線バスを利用することになった。宿泊先のペンションは、高森駅から車で二分ということなので、バスに乗っても数分程度だろう。そう思ってバスに乗り込んだのだが、実はそのバスは循環バスで、しかも、循環する方向がペンションのある方向とは反対だった。そのため、目的地の付近と思われるバス停に着いたときには、バスに乗ってから既に数十分が経過していた。私たちは、循環バスで山道をぐるぐる回ることになり、目的地の近くにある大きな施設の辺りで運転手さんに声を掛けた。自分たちが行きたいペンションの名前を告げて、大きな施設のあるバス停よりも先なのか手前なのかを教えてもらったのだ。バスの運転手さんはとても協力的で、一緒に地図を見てくださった。そして、ありがたいことに、ペンション近くだというバス停でないところで私たちを降ろしてくださったのである。私たちは、運転手さんに感謝しながらバスを降りた。しかし、ペンションに電話を掛けてみると、そこから更に数分、歩かなければならなかった。

 大きな荷物を抱えて、暗い林道を歩くのは少々心細かった。私はペンションに連絡を入れなかったガンモにブーブー文句を言った。宿泊の二日前までにペンションに連絡しておけば、ペンションの人が来るまで迎えに来てくれたはずだったのだ。しかしガンモは、
「そんなに文句言わなくてもいいだろ。俺は楽しんでんだから」
と言った。ガンモのその言葉を聞いて、私ははたと気がついたのだ。私はただ、荷物を持って、暗い林道を歩きたくなかっただけなのだ。その怒りをガンモにぶつけてしまった。しかし、ガンモが楽しんでいるなら、一緒に楽しもう。そう思ったときに、目的のペンションが見えて来た。歩くと言っても、わずか数分の距離だったのだ。

 何とかペンションに辿り着き、私たちはそのメルヘンチックな造りに狂喜した。そこは、ご夫婦で運営されているペンションで、手作りのお料理と品のいいカントリー風のインテリアで、私たちをもてなしてくれた。いつもホテルに泊まっている私たちは、ペンションという新たな選択肢が広がったことに喜びを覚えた。ペンションについては、いろいろな感動があったので、この旅が終わったあとにゆっくりと書かせていただくことにしよう。

高森のペンション

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今、私たちは阿蘇近辺にいます。どうかどうか、「あ、そ?」なんて言って聞き流さないでくださいませ。(^^; 九州はどこに行っても暖かいと思っていたのですが、阿蘇は標高四百メートル以上もある高原なのですね。とっても涼しいです。東北の温泉のように、熱くはないのですが、このあたりもまた、温泉が豊富な場所であります。

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2007.03.09

うまさのさっさ

 今夜から寝台特急はやぶさ・富士に乗って熊本に出掛けることになっていた。寝台特急はやぶさ・富士は、熊本行きのはやぶさと大分行きの富士が東京から門司まで連結されて一緒に走る。去年の十月に同じ寝台特急に乗車したときは、大分に行ったのだ。そして、今回の目的地は熊本である。私たちは、先日購入した青春18きっぷを九州で堪能することにしたのだった。

 今回の旅が決まったとき、私たちはお風呂の中で、わらべ歌の「あんたがたどこさ」を一緒に歌った。歌詞の内容からすると、熊本の人たちはたぬきを食べていることになる。しかし、話題は更にその先に及んだ。
「確か『あんたがたどこさ』の最後は『うまさのさっさ』で終わるはずなんだけど」
と私が言うと、ガンモは、
「そんな歌詞、知らないよ。愛媛(私の出身地)の人が言ってるだけなんじゃないの?」
などと言った。そんなはずはないだろう。しかし、何故に愛媛だけ? ガンモだって愛媛の隣の香川出身のくせに。そう思いながら調べてみると、「あんたがたどこさ」をうまさのさっさで結んでいる人たちは私以外にも何人かいるようである。しかし、「うまさのさっさ」の人もいれば、「うまさがさっさ」の人もいるらしい。耳で聞いて覚えた歌は、これほどまでに不確かなものだったのか。

 小さい頃の私は、うまさのさっさに恐れさえ感じていた。猟師が鉄砲で撃って射止めたたぬきをぺろりとたいらげ、漫画に良く見られるように、満足した表情でぺろんと出した舌をよだれを垂らしながら左右に動かしている様子をイメージしていたからである。その表情は、「たぬき、もうないの?」と暗に訴えかけている。私たちは、そんな恐ろしい熊本に足を踏み入れようとしているのか。熊本に足を踏み入れたら最後、鉄砲で撃たれて煮て焼いて食われるかもしれないというのに。などと、熊本の人たちに失礼なことを書いているが、決して本気でそう思っているわけではない。実はガンモと鉄道乗り潰しを始めてから、熊本には足を運んでいる。そのときも鉄砲で撃たれて煮て焼いて食われたわけではないので、おそらく今回も大丈夫だろう。え? フォローになってない? 熊本の皆さん、ごめんなさい。(熊本訪問の証拠写真:熊本市交通局いさぶろう・しんぺい号

 ところで、寝台特急はやぶさ・富士は、大阪駅を午前一時八分に発車する。仕事を終えていったん家に帰り、お風呂に入ってくつろいでも、何とか間に合う時間だ。私は少し残業になってしまい、帰宅したのは二十二時半頃だった。ガンモも仕事が忙しいらしく、三宮駅で電話を掛けてみると、
「先に帰ってて」
と私に言った。

 私は、出発の準備を整えるために、ガンモよりも先に帰宅し、鳩に餌を与え、一人でお風呂に入った。ガンモの帰宅を待たなかったのは、もともと私の仕事が遅くなる可能性があったので、朝、家を出るときに、最寄駅のコインロッカーに大きな荷物を預けておいたからだ。その荷物が、零時を回ると新たに課金されてしまうため、零時前に最寄駅に着いて、コインロッカーから荷物を取り出しておきたかったのだ。

 ところが、二十三時を回ってもガンモが帰宅しない。おいおい、これから帰宅してお風呂に入り、大阪駅まで出掛けて行くのに、ガンモはちゃんと間に合うのだろうか。ガンモが帰宅したのは二十三時二十分だった。ガンモは大急ぎでお風呂に入り、出発の準備を整えてから家を出ることになった。コインロッカーから荷物を出しておきたい私は、ガンモよりも一足早く家を出た。ガンモも何とか支度を整え、最寄駅で私と合流した。

 こんなふうに、私たちの旅の始まりはいつもドタバタ劇である。旅慣れているからこそ、ドタバタを許してしまっているのかもしれないが。というわけで、月曜日を休みにしているので、しばらくは九州から「ガンまる日記」をお送りすることにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またまた旅の始まりでございます。もしかすると、夜の宿泊先は電波が届かず、インターネットには接続できない地域かもしれません。ネットに登場しなくても、たぬきと間違われて猟師に鉄砲で撃たれ、煮て焼いて食われているわけではないと思いますので、ご心配なきよう。ところで皆さんの地域では、「うまさのさっさ」と歌ってましたか?

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2007.03.08

後味の悪さ

 今年になってから、オフィスの女子トイレに煙草の臭いが漂うようになった。毎日ではなく、週に二日程度である。おそらく、喫煙ルームで煙草を吸うことをためらっている女性が、女子トイレでこっそり一息入れているのだろう。かつては私たちのフロアにも女性の喫煙者が何人か居たのだが、禁煙に成功したり退職したりして、現在は誰もいないようである。すなわち、女性の喫煙仲間がいないために、喫煙ルームに足を運びにくいのだろう。だからと言って、女子トイレで煙草を吸われるのは、ちょっと不快に思っていた。

 このような現象は、これまでにもあまり例がなく、今年になってから急に現れ始めた。ということは、今年から働き始めた女性が女子トイレで煙草を吸っている可能性が非常に高い。まだ職場の雰囲気に慣れ切っていないために、女性の喫煙仲間のいない喫煙ルームに足を踏み入れることを躊躇してしまう気持ちも想像できる。

 実は、私には思い当たる人がいた。昨年末で退職した女性の後任の派遣仲間である。何故、そう思ったかと言うと、その派遣仲間からほんのり煙草の臭いが漂って来たのと、トイレの時間が少し長いことがあるからである。その派遣仲間は、私の席の隣なのだ。しかし、決定的な瞬間を目撃したわけではないので、本人に直接確かめることもできず、もう何日も過ぎてしまった。私の見当違いだったら申し訳ないと思ったのだ。仮にその現場に居合わせることができたなら、確認することもできたかもしれない。しかし、そういうチャンスにはなかなか恵まれなかった。

 この現象について、他の派遣仲間たちとも話をしてみたところ、彼女たちも煙草の臭いを敏感に感じ取っていることがわかった。しかし、女子トイレの中で誰が煙草を吸っているのかについては、はっきりわからないと言う。私は、あくまで推測に過ぎないが、思い当たる人がいるという話をした。すると、後日、ある派遣仲間が、私の思い当たる人がトイレから出て行った直後に煙草の臭いが漂っていたと報告してくれた。

 その報告をしてくれた派遣仲間は、私よりも更に煙草の臭いが苦手な人だった。彼女と一緒にご飯を食べに行くことになると、必ずと言っていいほど彼女自身が禁煙席をリザーブするほどだ。彼女は、これまで快適だったトイレを守りたいと思ったのだろう。部長と総務の女性、それから私たち派遣社員全員宛に、相談メールを送って来た。そのメールには、最近、女子トイレから煙草の臭いが漂っていること、トイレで煙草を吸うことは、ビルの管理上も問題があるのではないかと書かれてあった。つまり彼女は、この問題に関して誰に相談したらいいのかわからなったので、思い切ってこのような行動を取ったらしい。

 そのメールは、私たち派遣社員全員に届いたので、当然、私の思い当たる人にも届いたはずだった。もしも本当に私の思い当たる人が該当者なら、部長にまでメールが回ってしまったことに驚いたことだろう。部長も女子トイレで煙草を吸っている人がいるという事実には驚き、次回の会議で話題にすると宣言してくれた。私の空調問題のときもそうだったが、私たちが働いているビルには、そのようなことを話し合う会議があるらしいのだ。

 彼女のメールのおかげで、女子トイレで煙草を吸っている人がいるという問題点については解決できそうなのだが、どういうわけか、私は何だかすっきりしないものを抱えている。果たして、このような展開が最善の策だったのかどうか、手放しで喜べない自分がいるのだ。部長たちにメールを送信して、問題解決のためのきっかけを作ってくれた彼女にはとても感謝している。しかし、偉い人を巻き込んで鬼退治をしてしまったような、すっきりしない気持ちが残ってしまうのである。

 私の思い当たる人は、この件に関して一言もコメントしていない。もしも本当に私の思い当たる人が該当者なら、動揺を隠し切れないはずである。更に、自分が女子トイレで煙草を吸っていたことを黙り続けるのだとしたら、これからその人はどうするのだろう。今後は女子トイレでは煙草を吸えなくなるのだから、煙草を吸うためには必然的に喫煙ルームに足を運ぶことになるだろう。しかし、その人としては、自分が女子トイレで煙草を吸っていたことは、どこまでも黙っておきたいのではないか。これまで喫煙ルームで煙草を吸っていなかった人が喫煙ルームへのデビューを果たすのは、相当な覚悟が必要なのではないだろうか。しかも、このようなメールが多くの人たちに流れてしまった後では・・・・・・。

 だからと言って、仕事中に席を立ったその人の後を付けて行き、女子トイレで煙草を吸っている現場を押さえることもできなかったことだろう。それに、私だって、女子トイレに煙草の臭いが充満してしまうのは好きじゃない。吸うなら所定の場所で吸って欲しいと願うのが本音である。そうなると、やはり、メールを送った彼女の取った行動が最善の策だったのだろうかと思ってしまう。しかし、何だろう。この気持ちは。そう、喫煙している人を追い込んでしまったような後味の悪さなのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 臭いの問題はとても微妙ですよね。言うまでもなく、煙草は嗜好品です。この記事を書きながら、私は自宅でお香を焚いていることを思い出しました。健康のためにお灸もします。更には、エネルギーを高めるために、アロマオイルを使うこともしばしばあります。そうした臭いも嗜好の類だとしたら、ある人にとってはその臭いが迷惑になっているかもしれません。ただ、基本的には、煙草は臭いを嗅いで楽しむものではありませんね。臭いを出すことが目的ではなく、別の目的を達成した結果として臭いが出ています。しかも、その臭いはあまり心地のいいものではなく、煙草を吸った本人しか幸せにすることができません。そこに問題があるのかもしれませんね。しかし、煙草を吸う人の主張はどうなのでしょう。そう言えば、私には、煙草の煙も愛しいと思った瞬間がありました。自然の中で、誰かとすれ違ったときにそう感じたのですが、いつもいつもそのように感じられるわけではありません。お香やアロマオイルのように、もっと香りのいい煙草が開発されると、状況も変わって来るのでしょうか。

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2007.03.07

ホットヨガ(三十六回目)

 毎月、第三水曜日が定時退社日だと思っていたのだが、今月は第三水曜日が祝日と重なっているからだろうか。いつもよりも繰り上がっての定時退社日だったので、私はホットヨガの予約を入れていた。場所は、私のホームである神戸店である。

 十九時半からのレッスンだったので、晩御飯を食べずに参加した。これまでの経験から、空腹のままレッスンを受けたほうがいいと思っていたからだ。レッスン後に活性酸素が増えて頭が痛くならないように、スタジオに行く前に、マツモトキヨシで「酸素プラス」を買った。

 参加したのは七十五分のアクティヴコースである。今回も、前回と同じ馴染みのインストラクターが担当してくださった。そう言えば、最近、ビギナーコースのレッスンを受けていた頃にしばしばインストラクターを担当してくださっていた女性の姿を見ない。彼女は一体どこへ行ってしまったのだろう。もしかすると、ビギナーコース専門のインストラクターだったのだろうか。

 インストラクターのすぐ近くのヨガマットしか空いていなかったので、そこに腰を下ろした。またしてもインドの神さまTシャツを着ている私に、インストラクターが話し掛けて来てくれた。
「それは、シヴァ神ですか?」
「いえ、これはドゥルガーです」
と答えた。インドの神々は、みんな同じように見えるのかもしれない。確か、シヴァ神を象徴するのは、コブラではなかっただろうか。そういう私も、インド料理屋さんでクリシュナの絵を見て、
「シヴァ神ですか?」
と尋ねたことがある。そのとき、インド人の店員さんに、
「これはクリシュナです。クリシュナは牛、シヴァはコブラで区別します」
と教えていただいたのだ。それからは、インドの神々と一緒に何が描かれているかを意識して見るようになった。

 ヨガマットは前後に十四枚並べられていた。レッスン開始後も、バスタオルを置いてリザーブされたヨガマットが一つ空いていたが、おそらくフリーパス会員の女性だろうと思い、密かに彼女の登場を待っていた。ウォーミングアップのストレッチをしていると、期待通り、髪を濡らした彼女が入って来た。登場するときに、インストラクターに向かってにっこり微笑む姿がとても美しい。一体彼女は一日に何レッスン受けているのだろう。

 私の隣には、いつもお友達と一緒に参加されて、にぎやかにおしゃべりを楽しんでいらっしゃる女性がいた。どうやら今回はお友達がお休みのようである。おしゃべりをする相手がいなくて、静かな姿が見られるのも珍しい。

 晩御飯を食べずに参加したので、少々お腹が空いていたが、レッスンが終わったら下のハーバーキッチンでねぎとろ丼を食べようと心に決めていた。ポーズを取る度に、ねぎとろ丼のことを頭に浮かべ、少しずつねぎとろ丼が近づいて来る喜びをかみしめていた。

 ビギナーコースに参加していた頃にも、夜のレッスンではあまり汗をかかないことがあったが、今回も同じような現象が発生した。現在の私はプロゲステロン期で、次の生理に向けて、身体が水分を溜め込んでいる時期でもある。そのせいだろうか。アクティヴコースだというのに、なかなか汗をかかないのである。そういうときは、水分もあまり欲しがらない。そのせいか、何となくレッスンに参加していることが空回りしているような感覚に陥ってしまった。

 更に私は、お腹をかばうあまり、取れないポーズがいくつかあることに対し、気後れしてしまった。私は私だと思っていても、周りの人たちが難なくポーズを取っているのを見ると、自分だけが劣等生のような気がしてしまったのである。神戸店の七十五分のアクティヴコースは、他の支店よりもレベルが高い。皆さん、本当に美しいポーズを取っていらっしゃる。

 と同時に、傷を嘗め合う集団と、傷を嘗め合わない集団の存在意義についても考えていた。傷を嘗め合う集団とは、例えば、私と同じように筋腫を持った人たちの集まりである。同じ症状を抱えた人たちの集まりは、確かに励みになる。しかし、状況を変えて行くきっかけには恵まれない。一方、傷を嘗め合わない集団とは、筋腫のある人と筋腫のない人が混在する集団だ。私は、どちらに属しているのが心地良いのだろうか。そう考えたとき、私は後者を選びたいと思ったのだ。先日観た映画『ドリームガールズ』も、黒人が白人の社会に進出しようとしたからこそ、頂点に立つことができたのではないか。そんなことを考えていたら、今のままでいいのだという気持ちに落ち着いて来た。そう思ったのは、アクティヴコースや脂肪燃焼コースなどと同じように、お腹をかばうコースが新たに設立されたとしたら、私はそのコースに参加するのだろうかと考えていたからである。

 七十五分のレッスンが終わった。ねぎとろ丼が一層近くなる。相変わらず、平日の夜のレッスンは、最後の休息や瞑想を行わないまま退場してしまう人が多い。私はいつものように、最後までレッスンを受けた。またしてもシャワールーム争奪戦に敗れ、シャワールームが空くのを待っていると、馴染みのスタッフの方が声を掛けてくださった。
「相変わらずいろいろな支店に足を運ばれてますか?」
私は、南森町店に行って来たことを話した。ロッカーが上下に分かれていて横幅が広かったこと、シャワールームに椅子があったことなどを話すと、馴染みのスタッフの方は、
「いいですねえ」
と言った。そのとき私は、「あっ」と思ったのだ。いくら私が外で見て来たことをお話しても、神戸店のスタッフの方たちは、ときどき梅田店に研修に出向いて行くくらいで、他の支店の様子を伺い知ることはできない。仮に他の支店の様子を伺い知ることができたとしても、面白くも何ともないのではないだろうか。静と動という性質からすれば、スタッフの方たちは同じ支店に出勤する静である。一方、あちらこちらの支店に足を運んでいる私は動である。静の人からすると、動の体験が面白いとは必ずしも言い切れないのではないか。そんなこと、「どう」だっていいのよなんて言われてしまいそうである。いや、何が言いたかったかと言うと、動である私が静の人に対して、こんなもの見て来ました、あんなもの見て来ましたと一生懸命になっていることがおかしくなってしまったのである。

 ようやくシャワールームが空いたので、私はシャワーを浴びて汗を流した。それから身支度を整えて神戸店をあとにし、同じビルの地下一階にあるハーバーキッチンで念願のねぎとろ丼を食べて帰宅した。

 家に帰ると、
「今日は何の映画を観て来たの?」
と、先に帰宅していたガンモに聞かれた。何しろ、毎日のように映画を観ているものだから、ガンモも麻痺しているらしい。私はおかしくなって、
「今日は映画じゃないよ。ホットヨガだよ」
と言った。ガンモには、朝、家を出て行くときも、ホットヨガに行く直前にも電話を掛けて念を押しているのだ。「今日はホットヨガに行くよ」と。それなのに、
「今日は何の映画を観て来たの?」
とガンモが言ったことがやけにおかしかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 体重計に乗っていないので、はっきりとはわかりませんが、どうやら私は、最近、少し痩せたようです。(^^) ガンモが言うには、以前よりも顔が小さくなっているとのこと。私自身の実感としては、以前はきつかったズボンが入るようになったことでしょうか。ここしばらく、骨盤を閉めることを意識しながら生活していたので、そのせいかもしれません。

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2007.03.06

映画『ドリームガールズ 』

 またしても映画館に足を運んでしまった。二日連続である。何故なら、火曜日は映画を千円で観られるレディースディだったからだ。

 今回観たのは、『ドリームガールズ』という映画である。実はこの映画、派遣会社の福利厚生のページから前売券を安く購入することができたのだが、ミュージカルの映画ということで、何となく敬遠して注文しなかったのだ。私はしばしば宝塚を観劇することもあるので、ミュージカルを生で観ることに関してはまったく抵抗はないのだが、映画で観るのはちょっと気が引けていたのである。しかし、この映画を観た人のレビューを拝見すると、なかなか楽しめたとのことだったので、私も観てみようと思ったのだ。

 映画館のカウンターで、
「どのあたりの席をご希望ですか?」
と聞かれたとき、
「真ん中の列の真ん中くらいにしてください」
とお願いしてチケットを発券してもらった。しかし、後になってから、このような指定の仕方はレディースディにはふさわしくないことがわかった。何故なら、上映時間になって、指定されたスクリーンに足を運んでみると、前後左右にびっしりと女性たちが座っていたからだ。しかも、私の右隣に座っている人たちが、上映中も音を立てておいしそうにポップコーンをほおばっていたので、ポップコーンの音に気を取られてしまい、映画に集中することができなかった。私は、観客が三人しかいなかった前日のスクリーンをとても懐かしく思った。レディースディのレイトショーは混雑する。人気の高い映画は特に。そう、この映画は人気の高い映画だったのだ。

 映画の内容は、女性三人で結成された「ドリームメッツ」という名前のコーラスグループのサクセスストーリーである。ちょうど、前日観たばかりの『ボビー』と同じくらいの時代背景だ。黒人と白人が明確に区別され、ラジオ局も黒人専用のものが存在していたようである。

 売り出す前の若い三人はとても仲が良く、夢と希望に満ち溢れていた。映画全体を通してみても、彼女たちが最も輝いていたのは、駆け出しの頃だったのではないだろうか。売れて来ると、メンバーの脱退やスタッフとの意見対立などのトラブルに見舞われ、バランスが崩れて来る。売り出すことに向けてみんなが気持ちを一つにしているときは、トラブルなど寄せ付けないのに、それぞれの目指すものが異なって来ると、エネルギーが分散され、次第にバランスを崩してしまう様子がとても良く描かれていた。夢と希望に満ち溢れたアマチュアの頃の三人と、頂点を極めた頃の三人を、本当に同一人物が演じているのだろうかと疑ってしまうほどの変身ぶりだった。

 売れて来ると、より高い名声やより多くの売り上げを求めて、グループの体制を崩してまで対処するという方針が、三人の絆を揺るがしてしまう。三人の中で最も歌がうまく、これまでリードヴォーカルを取っていたエフィーよりもルックスのいいディーナが、リードヴォーカルに抜擢されたのだ。エフィーは、歌はうまいが色気がなく、おまけにぽっちゃりさんだった。ドリームメッツを売り出そうとしているマネージャーのカーティスの指示により、エフィーの代わりにディーナをリードヴォーカルとする体制に変わったのである。当然、エフィーは面白くない。やがてエフィーはドリームメッツを脱退することになる。

 こうした決断が下されるのは、日本の芸能界でも良くあることなのかもしれない。そもそも、実力よりもルックスを重視する考えは、アーチストを受け入れる人たちがアーチストを見るときの視点でもある。アーチストを受け入れる人たちのすべてが、アーチストの歌をじっくりと聴き込むわけではない。世の中の人たちに広く受け入れられるためには、ルックスがいいほうが近道だとカーティスは思ったのだろう。いわゆるアイドル路線という決断だ。アイドルは、実力がなくてもルックスさえ良ければいいという発想である。確かにアイドルは、広く一般に受け入れられるかもしれないが、その反面、どんどん使い捨てられもする。

 マネージャーのカーティスは、ドリームメッツを売り出すための戦略を次々に実践する。かつてのカーティスはエフィーと愛情関係にあり、エフィーがドリームメッツを脱退したあとは、ディーナと愛情関係を結ぶ。しかし、カーティスは一体何を愛していたのか。彼が愛したのは女性ではなく、お金や名声だったのではないだろうか。そのために彼女たちを利用しただけなのではないだろうか。彼がそのことに気づくのは、彼女たちを失ってからのことだろう。

 この映画の見どころは、やはり、エフィーの歌唱力だろうか。ドリームメッツや彼女たちを取り巻く人たちはみんな黒人である。エフィーの歌声は、力強く私たちの胸に響いて来る。エフィーの他にも、エディ・マーフィー演じる売れっ子歌手のジェームズの歌も力強い。黒人たちの歌声は、どうしてこんなにも胸に響いて来るのだろう。おそらくだが、黒人と白人が明確に区別されていたこの時代、白人たちは優等生だった。黒人たちは、優等生の白人たちと対等になりたくて、何に対しても魂を注ぎ込んでいたのではないだろうか。私は、小さいときに読んだ「うさぎとかめ」を思い出した。優等生だった白人は、何も努力をしなかったために、黒人に追い越されてしまった。そんなことを想像してみた。黒人の歌には、白人にはない熱さを感じるからだ。

 私たちが夢に向かって行くとき、何のために夢を求めるのか。また、夢が叶ったときは、何を求めるべきなのか。順風満帆のときに保たれているバランスをいつまでも保ち続けるにはどうすればいいのか。そんなことを深く考えさせられる映画だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 三人の中で誰に一番感情移入したかと言うと、私は間違いなくエフィーでした。三人の中で、彼女が一番純粋な存在に思えました。純粋だからこそ、傷つきやすかったのかもしれません。彼女は、ジェームズのバックコーラスの誘いが来たときに、バックコーラスではなく自分たちの歌をやりたいからと、バックコーラスの仕事を嫌がるのです。その頃から、彼女の中には、有名になりたいというよりも、純粋に自分の歌を歌いたい気持ちがあったのでしょうね。

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2007.03.05

映画『ボビー』

 バグズ・ライフから解放された私は、比較的早い時間に仕事を上がることができた。ガンモに電話を掛けてみると、ガンモは仕事で遅くなると言う。そこで私は、レイトショーを観て帰ることにしたのだった。実際のところ、レイトショーを観ると決めても、すぐには観たい映画を思いつくことができなかったのだが、レイトショーの開始時間と映画の紹介ページに書かれている内容を照らし合わせながら、予備知識もなく臨んだのがこの映画である。

 映画館に入ってみると、驚いたことに、観客が私を入れて三人しかいなかった。ひょっとして、人々の心を大きく揺さぶる映画ではなかったのかと、一瞬不安になったものの、映画が始まってみると、そんな心配は一気に吹き飛んだ。私はこの映画から、非常に多くのものを受け取ることができた。最も引き込まれたのは、映画の中の台詞である。一言で言うと、この映画はとてもスピリチュアルな映画だ。スピリチュアルな感覚が好きな人は、この映画の台詞に強く引き付けられることだろう。とにかく、一つ一つの台詞がとても深いのだ。私は、このような深い台詞を書いた脚本家がとても気になった。調べてみると、この映画の脚本は、この映画の監督である俳優のエミリオ・エステヴェスが手掛けているのだそうだ。私はこの俳優を良く知らないが、とにかくスピリチュアルで素晴らしい脚本だった。おかげで、映画を観終わったあとも、とてもいい映画を観たという満足感でいっぱいだった。

 この映画は、先に暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の弟であるロバート・ケネディが暗殺される日に、暗殺現場となったアンバサダー・ホテルに居合わせた二十二人にスポットを当てたヒューマン・ドラマである。タイトルとなっている『ボビー』とは、ロバート・ケネディの愛称である。

 時代は一九六九年のアメリカである。ベトナム戦争の時代で、人種差別が深く根を下ろしている。登場人物は、アンソニー・ホプキンス演じるかつてのドアマン、金銭的に裕福な老夫婦、シャロン・ストーン演じるホテルの美容師、デミ・ムーア演じるアルコール依存症の歌手とその夫、ベトナム行きを回避するために結婚式を挙げる若いカップル、ドラッグでハイになっている若者たち、ホテルの厨房で働くメキシコ国籍の男性たちと、黒人の料理長などである。彼らが織り成すヒューマン・ドラマと、生前のロバート・ケネディの画像が巧みに繋げられている。当時を思わせるファッションや周りの雰囲気が、当時の画像と見事にマッチしている。個人的には、アメリカを代表するクラシックカメラが登場していたのが気になった。インスタマチックやアーガス、それから一六ミリカメラ(多分)などが、その時代の現役として活躍していた。

 ロバート・ケネディが政治活動を行っている映像が流れたとき、私はもう、映像を観ただけで、
「この人は政治家ではない」
と強く感じた。何だろう、この慈悲深い姿は。ロバート・ケネディは、貧困地区を視察し、その実像から目を背けることなく、そこで多くのものを受け取っていた。私はすぐに、現代の政治家を思い浮かべた。現代の政治家は、貧困地区を視察したりはしないのではないだろうか。ロバート・ケネディは、私が認識している政治家とは、顔の表情がまったく異なっていた。そして、気がついたのだ。私が政治家だと認識している人たちは皆、政治家という職業を演じている人だということに。政治家という職業を演じている人たちと、真に人の上に立つ人とは違うのだ。ロバート・ケネディは、真に人の上に立つ人だった。

 真に人の上に立つ人は慈悲深く、人種差別をしない。ロバート・ケネディは、国と国の違いを認めようと、政治演説の中で人々に訴えかけていた。力のこもったその政治演説に、彼の慈悲深さを感じて感動せずにはいられなかった。長い長い政治演説を、紙に書いた内容を読み上げるのではなく、自らの中から導き出しているという印象を受けた。そう、自発的に湧き上がって来るエネルギーを感じたのだ。ロバート・ケネディは、ベトナム戦争にも反対し、自分の国が平和でないのに、他の国に遠征すべきではないと訴えかけていた。真に人の上に立つ人は、政治演説をしても真実の言葉を使う。当時の彼の政治演説が大きなスクリーンに映し出されると、政治演説なのに、何故か聴いているだけで涙が出て来る。何故、涙が出て来るのだろう。何故ならそれが、真実の言葉だからである。

 アンバサダー・ホテルに居合わせた登場人物の中に、金銭的に裕福な老夫婦がいた。六十代後半と思われる老人には持病がある。ホテルの部屋でくつろいでいるとき、彼は長年連れ添った奥さんの目をじっと見つめ、
「君の服や靴ではなく、君の存在が愛しい」
と言う。ああ、この映画は素晴らしい。何でもないときにふと出て来る台詞が真実なのだ。相手をじっと観察し、相手の存在から愛を実感している証拠だ。その表現に思わず胸がじーんと熱くなる。私はこの映画が好きだ。この映画の脚本が好きだ。心からそう思えた映画だった。

 この映画を観れば、ロバート・ケネディの存在が多くの人たちから支持されていたことがうなずける。しかし、出る杭は打たれてしまった。その事実を変えることはできない。しかし、今のアメリカは、暗殺されたロバート・ケネディの遺志を継いだ未来になっているのだろうか。なってはいない。だからこの映画を、私は現代のアメリカ大統領や日本の首相、政治家たちに観て欲しいと思うのだ。誰が見てもわかることだろう。ロバート・ケネディが政治家という職業を演じているのではないことを。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 脚本が好きだと思えるような映画にはなかなか巡り合えないものですが、今回は巡り合うことができました。この映画を観て、アメリカに対する考え方が大きく変わりました。アメリカにも素晴らしい政治家がいたのですね。(苦笑)もしもロバート・ケネディが大統領になっていたとしたら、今のアメリカは大きく変わっていたかもしれませんね。上に誰が立つかで、国自体が大きく変わるのではないでしょうか。果たして、日本の今の首相の政治演説は、これが真実の言葉だと涙を流せるような内容でしょうか。

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2007.03.04

ちちんぷいぷい

 以前、我が家の車が故障して動かなくなってしまった話をここに書いたと思う。既にご存知の方も多いと思うが、我が家の車は、八年ほど前にカーナビ付きを三十万円で購入した一九八八年製のメルセデスベンツ190Eである。つまりは、ちょっぴり年代ものの中古車だ。

 確か、動かなくなってしまったのは、四国にあるガンモの実家に帰ろうとして、マンションの駐車場に停めてある車にガンモがエンジンをかけようとしたときのことだった。いつものように、ガンモが車にキーを差し込んで回してみても、エンジンの乾いた音が聞こえて来ただけで、エンジンは掛からなかった。何度もトライしてみたのだが、その日はとうとう掛からなかった。そのため、予定を変更して、公共の交通手段を使ってガンモの実家に帰省したのである。

 その後も、何度か車のエンジンを掛けることにチャレンジしたが、途中まで音はするものの、中で火がついていない様子で、エンジンはいっこうに掛からなかった。私たちのマンションの駐車場は立体駐車場なので、メンテナンスのために駐車場を長時間占有するわけにも行かず、駐車場に車を放置したまま半年余りが過ぎてしまった。古い車であるだけに、ガンモの中には廃車にするか、それとも修理に出すかの激しい葛藤があったようである。

 免許のない私には、車のことは良くわからないのだが、四月になると、何やら税金が掛かるらしい。その税金を納めるに当たって、いよいよ車を廃車にするかどうかを決断しなければならないようだった。動かない車に対して税金を払うのは、とてももったいない話だからだ。

 実は、去年の年末に、ガンモが新しいバッテリーを購入していた。重いバッテリーを、自転車でえっちらおっちら運んで帰ったのだ。前回、バッテリーを交換したのはおよそ一年前であることがわかっていた。一年間でバッテリーが消耗してしまうとは考えにくいので、バッテリーを取り替えても駄目だったら、もう廃車にしてしまおうとガンモは言っていた。しかし、バッテリーは購入したものの、年末年始はどうしても時間が取れず、あれよあれよと言う間にとうとう三月になってしまった。

 三月は青春18きっぷのシーズンなので、せっかくの休日だから、日帰りでどこかに出掛けようという話も持ち上がっていた。しかし、ここのところ、自宅でゆっくり過ごす時間がまったく取れていなかったので、ガンモと話し合って、どこにも出掛けない休日にすることにした。私も、自宅でやりたいことが山ほどあったので、出掛けない休日になったことはとてもありがたかった。そして私たちは、長い間放置していた車に息を吹き込むために、マンションの人たちが車の出し入れを行わないであろう十五時過ぎを狙って、新しいバッテリーを持参し、立体駐車場まで降りて行ったのである。

 我が家の車は、開いたボンネットを支えるつっかえ棒が既に壊れてしまっているので、ガンモがメンテナンスをするには、私が手でボンネットを支えていなければならない。私が手を離してしまうと、ボンネットの中に首を突っ込んで作業をしているガンモが、たちまち首を挟んでしまうのである。そのため、車の修理も命がけの共同作業だ。

 ガンモはボンネットの中に首を突っ込み、しばらくバッテリーと格闘し、古いバッテリーを外して新しいバッテリーに付け替えた。そして、半年振りに車の中に乗り込んだ。緊張の一瞬である。このとき私は、ちちんぷいぷいとおまじないを唱えた。どんなおまじないかと言うと、プラスとマイナスのエネルギーが結び付いて電流が流れるように、ツインソウルのエネルギーを拝借したのである。私が持っている陽のエネルギーと、ツインソウルの持つ陰のエネルギーを接触させたのだ。実はこの方法で、これまでにも何度か、壊れた電気製品に息を吹き込んで来た。

 すると・・・・・・。まるで長い眠りから覚めて伸びをするかのように、車のエンジンが掛かったのだ。
「やったー! エンジンがかかった!」
私たちは、驚きと喜びの笑顔でお互いの顔を見合わせた。ガンモは車に対し、
「あけましておめでとう」
と言った。

 それからガンモは、駐車場からそろそろと車を出してみた。エンジンの音から判断すると、どうやら快調のようである。車を駐車場に戻すと、ガンモはしばらくエンジンを掛けっぱなしにしておいて、車の内部にも電気のエネルギーが行き渡るようにした。
「よし、夜になったら買い物に行こう」
とガンモが言った。半年以上もの間、車が動かなかったので、これまで車で出掛けていた地元のスーパーに出掛けて行くことができなかったのだ。しかし、ようやく車が動くようになったので、久しぶりに地元のスーパーに車で買い物に出掛けることにしたのだった。

 半年以上振りに出掛けた地元のスーパーは、店内も改装されてすっかりきれいになっていた。私たちは、浦島太郎のような気持ちで買い物を楽しんだ。半年振りに車のエンジンが掛かり、スーパーに出掛けることができただけで、私たちはかなり興奮していた。

 去年、カーナビがショートして煙が出てしまったり、ETCを取り付けたりして、バッテリーに負荷が掛かり過ぎていたのかもしれないとガンモは言った。それに加え、鉄道乗り潰しの旅に出掛けて行くことが多くなり、車を利用する機会が極端に減ってしまったため、バッテリーが充電されなかったのだろうとガンモは推測していた。

 とにかく、ちょっぴり年代ものの中古車とは言え、廃車にせずに済んだことを、私たちは心から喜んだ。とてもいい一日だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 半年以上もの間、エンジンの掛からなかった車が動きました。車がなくて不便だったのは、この冬、灯油を買いに行けないことでした。私たちは、去年、まるまる残しておいた灯油を節約しながら、この冬を過ごしていました。暖冬だったおかげで、ずいぶん助かりました。暖かくなり、車も冬眠から覚めたのかもしれませんね。

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2007.03.03

ホットヨガ(三十五回目)

 めでたく仕事から解放されることになった土曜日の午前中は、朝から歯医者に行った。と言っても虫歯があるわけではなく、およそ三ヶ月に一回の割合で、デンタルケアをしていただいているのである。お昼頃からガンモが仕事に出掛けて行くことになっていたので、私もホットヨガに行きたいと思っていた。しかし、休日出勤になる可能性があったので、予約を入れていなかった。ホットヨガの規約により、予約を直前キャンセルすることになると、例えレッスンに参加できなかったとしても、直前のキャンセル料として、回数券が消費されてしまうからである。

 これまでの経験では、ほとんどのレッスンにおいて、レッスン開始後もヨガマットが空いていることが多かった。しかし、Webで予約状況を問い合わせてみると、予約が取れないことも多い。ということは、いったん予約しておいて、後からキャンセルされる方が多いということだ。リアルタイムの予約状況は、電話で確認するのが一番速い。それにしても、今回はどこの支店でレッスンを受けようか。

 実は私は、まだ観ていない映画の前売券を持っていた。前売券を購入しておきながら、ばたばたして映画館に足を運べていなかったのである。調べてみると、その映画は、既に神戸地区では公開が終わってしまっていることがわかった。幸い、大阪の映画館なら上映している。そこで私は、大阪方面にある支店まで出掛けて行くことにしたのである。そして、ホットヨガのホームページとにらめっこしながら、大阪のどの支店に行くか、これから出掛けて行く時間と、受けたいと思っているレッスンの開始時間と、映画の上映時間とを照らし合わせながら、一生懸命考えた。その結果、導き出されたのが、初めての支店である南森町(みなみもりまち)店で九十分のアクティヴコースを受けるというアイディアだった。

 南森町店は、初めて足を運ぶ支店である。しかも、これまで七十五分のアクティヴコースを中心にレッスンを受けて来た私にとって、九十分のアクティヴコースに参加することは、かなり厳しい状況かもしれない。何しろ、七十五分のアクティヴコースでも、かなりの運動量に、ぜーぜー言っているのだから。そのような状態で、もしも九十分のアクティヴコースに身体が慣れてしまったりしたら、もはや七十五分のアクティヴコースでは満足できない身体になってしまうのではないか。ホットヨガのレッスンは、支店によって異なっているため、神戸地区には九十分のアクティヴコースは用意されていない。だから、九十分のアクティヴコースでしか満足できなくなってしまっては困るのである。しかし私は、一回のレッスンで身体が馴染んでしまうとは思えなかったので、思い切って九十分のアクティヴコースのレッスンを受けてみることにしたのである。

 南森町店に電話を掛けてみると、指定した時間の九十分のアクティヴコースにはまだ空きがあるようだった。私がそのコースを予約すると、電話の応対をしてくださったスタッフに、
「こちらの南森町店のご予約でよろしいでしょうか?」
と言われた。やはり、端末にアクセスすると、どの支店の会員かがわかるようになっているのだろう。
「はい、南森町店でかまいません」
と私が答えると、
「場所はおわかりになりますか?」
と聞いてくださった。私は、
「地図を見ながらうかがいますので、大丈夫だと思います」
と言って、電話を切った。

 さて、大阪駅に着いて、南森町に行くために地下鉄谷町線の乗り場を目指したのだが、まだまだ大阪には不慣れな私は、地下鉄の乗り場を探すだけで一苦労してしまった。当たり前のことかもしれないが、大阪の地下鉄は、地上から行こうとせずに、地下街を歩いたほうがずっと分かり易いようである。

 南森町は、地下鉄谷町線を東梅田(関西に住んでいない人にとっては実にややこしいのだが、大阪駅、梅田駅、東梅田駅、西梅田駅がほぼ同じ場所にある)からわずか一駅だけ乗車したところにある。そこから、ホームページに記載されていた出口を上がり、地上に出たのだが、徒歩一分と書かれているにもかかわらず、目的のビルが見当たらない。困った。またまた迷ってしまったようである。レッスン開始時間までまだ余裕があったので、私は落ち着いてノートパソコンを開き、南森町店の場所を再確認した。すると、交差点から歩いて来る方向を九十度間違えていたことに気が付いた。慌てて引き返すと、何とビルの一階にホットヨガの入口が見えて来た。これまでいろいろな支店を訪問して来たが、一階に受付があるのは初めてのことだった。

 中に入ってみて更に驚いた。スタジオは二階だったのである。何だか面白い。私は、初めて来たことを受付に告げずに自ら二階に上がって行ったのだが、梅田店のような複雑な造りにはなっていなかったので、無事にロッカールームまで辿り着くことができた。ロッカールームに入ってみると、更に驚いた。ロッカーの形が、他のすべての支店と異なっているのである。他のすべての支店は、細長いロッカーだ。しかし、南森町店のロッカーは、横幅は広いが、上下に分かれている。いつも細長いロッカーに自分の荷物を収めるのに一苦労している私にとって、ロッカーの横幅が広いのはとてもありがたかった。リュックの中身を分散させることなく、ロッカーに荷物を収めることができたからだ。おまけに、ロッカーの前に置かれている細長い椅子もうれしかった。そこに腰掛けながら、ゆっくりと着替えができるからである。

 着替えを済ませてスタジオに入ると、ヨガマットの色が他の支店と違うことに驚いた。他の支店のヨガマットは、片面が紫色でもう片面がピンク色なのだが、南森町店のヨガマットは赤色に近かった。ヨガマットは十七個敷かれていて、レッスン開始後に余っていたのは一つだけだった。そして、何故かお化粧をしっかりしたインストラクターが入って来た。汗でびちょびちょになってしまうホットヨガのレッスンで、念入りにお化粧をしているインストラクターに出会うのは珍しい。

 さて、初めて受けた九十分のアクティヴコースのレッスンだが、正直言って、かなりきつかった。一つのポーズを取る時間が長いというよりも、七十五分のアクティヴコースにはないポーズが少しずつ加わっているという感じだろうか。九十分のベーシックコースで取っているポーズも加わっている。かなり体力を使うせいだろう。いつもよりもたくさんの汗が噴き出した。

 九十分のコースは長いからだろうか。やはり、途中で退場される方が実に多かった。私はとても苦しかったが、最後までレッスンを受けた。ただ、やはり、お腹を下にしてうつぶせになるポーズは、筋腫のことが気になるのでお休みさせていただいた。レッスンを終えたあとは、とにかくフラフラだった。

 最後の瞑想を終えて、ロッカールームに戻ったとき、多くの人たちが途中で退場された事情を理解した。シャワールームの数が極端に少なかったからである。数を数えてみたのだが、全部で七つしかなかった。神戸店のシャワールームの数が少ないなどと嘆いていたが、南森町店のシャワールームの数の少なさは、おそらく世界一だ。

 しかし、レッスンでフラフラになっている私には、すぐにシャワーを浴びる気力はなく、むしろシャワーが空くのを待っている間に休息することができて良かったくらいだ。ようやく順番が回って来て、更に驚いたのは、シャワールームの設備が他の支店とまったく異なっていたことだ。何と、南森町店のシャワールームには、一つ一つ、椅子が付いているのである。水圧も良好で、水とお湯の量を調節しながらお湯を出すカランではなく、指定した温度のお湯を出してくれるカランだった。これはありがたい。私は、椅子に座ってゆっくりとくつろぎながらシャワーを浴びた。このユニークなシャワールームを何とかして写真に収めておきたいと思ったのだが、私がシャワーを浴び終わる頃、別のレッスンを終えた人たちがどやどやとシャワールームに流れ込んで来て、長い行列を作った。その様子では、当分の間、シャワールームは空きそうになかった。椅子のあるシャワールームを撮影しておきたかったのに、とても残念である。

 身支度を整えて、受付に鍵を返しに行くと、
「次回のご予約はどうされますか?」
と聞いてくださった。これまでのホットヨガのポリシーからすれば、別の支店の会員にはそのようなことは一切聞いてくださらなかったのに、南森町店はあらゆる点において他の支店とは違っていると感じた。

 私は、「酸素プラス」を購入していないことが気にかかっていた。激しい運動をしたあとに、酸素を補給するか、水素を補給するかしなければ、いつも具合が悪くなってしまうのだ。案の定、私はまた頭が痛くなってしまった。しかし、地下鉄の駅の自動販売機で五倍の酸素を取り込んだ「酸素水」という水に助けられ、何とか持ち越した。

 地下鉄に乗って再び東梅田まで戻り、映画を観てから帰宅したのだが、映画の鑑賞中にうっかり眠ってしまった。ずっと働き詰めで疲れていたところへ、九十分のアクティヴコースという激しいレッスンを受けたからだろうか。それとも、映画そのものに引き込まれなかったのだろうか。ちなみに、観た映画とは、『天国は待ってくれる』である。

 ガンモに電話を掛けてみると、まだ仕事が終わっていないようだった。私は眠くて眠くて仕方がなかったので、ガンモよりも早く帰宅して、首の後ろをカイロで温めながら、横になってぐっすり眠った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 南森町店は、何から何まで新鮮でした。梅田からも近いので、映画を観て帰る楽しみも残されているわけです。ふと思ったのですが、私がホットヨガに通い続けているのは、いろいろな支店に足を運べるからではないかと・・・・・・。私自身、変化を好まない人間だと思っていたのですが、ホットヨガでいろいろな支店を回っていると、違いが面白いことに気がつきました。それから、最近、一緒にレッスンを受けている方たちの服装に注目しています。鏡越しに、Tシャツの柄(がら)などを観察させていただいてます。服装は、自分を主張する手段の一つなので、それらを観察するのはとても面白いことだと気がつきました。「共通」、「同じ」というソウルメイトの学びを実践している私も、個性に目を向けることができるようになったのかもしれません。

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2007.03.02

控えめな解放感

 午前中いっぱいまで問題点の調査を続行したが、解決の糸口はつかめないままだった。いくら再納品できるとは言え、締切時間は刻一刻と迫っている。もともと、金曜日の定時までに再納品して欲しいと言われていたのだが、何とか頼み込んで、月曜日の朝一まで延ばしてもらったのである。すなわち、金曜日の夜と土日も含めて取り組む時間を確保できたわけである。

 しかし、抱えている現象に対し、これまで一生懸命調査し、情報を集めて来たが、どうしても原因を特定することができない。週末も潰して取り組んだところで、解決できるという保障はない。そこで、午後から上司も交えて打ち合わせを行った。現在発生している現象について、どうしても解決の糸口がつかめないでいること、私たちのグループではないが、同系列の別会社が開発した別商品でも同じような現象が発生していることを報告し合った。その結果、今回は制限付きで納品することに決定したのである。

 制限付きで納品できるなら、現在の状況をフィックスさせてきちんとした製品に仕上げた上で、再びすべてのOSでテストを行う必要がある。金曜日中にすべてのOSで動作確認を行うことができれば、休日出勤の必要はないのではないか。結局のところ、そのような結論に達したのである。

 それからは、みんなで必死にテストを行った。みんなで手分けして、今回、修正を加えた部分を丁寧にテストして行く。同じ現象は発生しないか、新たな現象が発生しないか、とても慎重に。

 テストを行っていたメンバーから、私が修正を加えた部分がうまく動作しないとの報告を受けた。状況を確認してみると、今回、修正を加えた部分が他の動作に影響しているようだった。大急ぎで原因を突き止め、再び修正を加える。休日出勤をなくし、再納品が目前に迫っているだけに、他の人も一緒に修正のレビューに加わった。そして、この修正が本当に的確であるかを慎重に検証して行く。レビューの結果、方針が固まり、再び製品として仕上げる。

 テストでNGが出たので、振り出しに戻り、再び同じことをテストする。前回もそうだったが、緊張の一瞬である。前回は、全国に出回る前の段階だったので、まだ再提出の可能性を秘めていたが、今回はもう後がない。時間はもう待ってはくれないのである。

 手分けしてテストをしていた最後のメンバーが、
「問題なく終わりました!」
と報告して来た。やった! やっと終わった! この週末は私のものだ!

 テストが終わったとの報告を受けた別のメンバーが再納品手続きを行う。再納品処理は、指定されたFTPサーバに製品のバイナリファイルを転送するのである。「転送が完了しました」というメールが流れて来たら、再納品終了である。何はともあれ、とにかく終わった。

 しかし、前例があるだけに、何となく不安だ。他のプロジェクトメンバーも同じことを言っていた。前回の納品後も、このように解放感に満たされ、週末を楽しく過ごすべく元気良く帰宅した。私などは、かに道楽までカニを食べに出掛けて行ったくらいだ。前回の喜びがぬか喜びだっただけに、今回の喜びは、何が何でも本物にしたい。そんな想いから、喜びを十分に表現し切れず、控えめな解放感となったわけである。

 仕事を終えてガンモに電話を掛けて、休日出勤の必要性がなくなったことを報告した。すると、ガンモは、仕事が終わったことを喜んではくれたものの、何故か残念そうなのである。何故、私が休日出勤をしないことが残念なのか、帰宅してからわかった。土曜日に客先で仕事が入っているというガンモに、
「土曜日はどこに行くの?」
と尋ねてみた。するとガンモは、
「○○○○」
と答えたのだ。何と何と、その駅は、私の勤務先の最寄駅だったのである。ガンモは、私が休日出勤することになれば、私と一緒に出勤できると思って楽しみにしていたようなのだ。そのことを、土曜日の朝まで黙っておいて、私を驚かせるつもりだったらしい。そんなガンモをがっかりさせてしまって申し訳なく思う私だったが、ガンモと一緒に仕事先の最寄駅に降り立つ自分を想像してみると、何だかにやけて来るのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ようやく再納品が終わりました。はあ、それにしても、ここまでの道のりはとても長かったです。新しいことに挑戦するときは、未開の領域を開拓するだけでなく、これまで開拓されて来たはずの道も崩れてしまっている可能性が潜んでいることを改めて認識させられました。新しい道は、未来にだけ向かって伸びているのではなく、過去の道を潰した道かもしれないということですよね。前回も書かせていただきましたが、掲示板の返信など遅れてしまい、申し訳ありませんでした。それにもかかわらず、たくさんのご支援をありがとうございます。また少しずつ返信させていただきますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.03.01

頼りになるガンモ

 バグズ・ライフからなかなか抜け出せないでいる。あれから次々に問題点が発覚し、そのうちの二つまでは何とか解決させたのだが、残りの一つがどうしても解決できないでいる。勤務先のいろいろな人たちを巻き込みながら、解決の糸口を探しているところではあるが、出口まで辿り着くまでの道のりは、まるで迷路のように複雑に入り組んでいる。

 何しろ、Windows Vistaという新しいOSのために、同じ現象で悩んでいる人たちの情報が極端に少ないのである。しかも、職場のインターネット環境は、メーカ以外のサイトの掲示板など、多くの人たちが出入りするページにはアクセス制限がかけられていて、参照できないようになっている。Googleに検索条件を入力して、手掛かりになりそうなページを見つけることができたとしても、アクセス制限のために参照できないことが多いのだ。

 帰宅してから、私が取り組んでいる現象について、ガンモに相談してみた。ガンモも私と同じコンピュータ業界で働いているので、Windows Vistaのことがわからなくても頼りになる。もちろん、私が手を差し伸べたくなるくらい不得意な分野もあるのだが。例えば・・・・・・。いや、やめておこう。

 ガンモに助けられたことと言えば、確かまだ新婚の頃、私が勤務先のパソコンのシステムファイルを削除してしまい、パソコンが立ち上がらなくなってしまったことがあった。そのときに、ガンモに携帯電話で助けを求めて無事に復旧させることができたのである。ガンモは冷静に、そしてロジカルにものを考えることができるので、いざというときにとても頼りになるのだ。

 ハード屋さんのガンモは、私たちソフトウェア開発者とは異なる視点や知識で私をカバーしてくれる。今回の問題についても、ガンモがいくつかのキーワードを与えてくれた。その情報を元に、職場で更なる調査を進めてみようと思う。

 このままだと、土曜日の出勤はまぬがれないかもしれない。しかし、土曜日に出勤したとしても、解決できない可能性も高い。上司の判断に任せるしかないだろう。ああ、ホットヨガやガンモとの青春18きっぷのガタンゴトンツアーが遠のいて行く。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何だかパワー不足のためか、なかなか面白いお話を書けなくてごめんなさい。以前のように、文章を書いていても、仕事をしていても、身体がふわっと浮かなくなってしまったのです。魔法が解けてしまったのかもしれません。あっ、人間たちに尻尾が見えてしまっているかも・・・・・・。

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