« 映画『夏物語』 | トップページ | 「赤きっぷ」を求めて »

2007.02.19

散骨

 いつも通勤に利用している地下鉄のホームに、仏壇の広告パネルがある。あるとき何気なくその広告パネルを見つめながら、広告パネルに採用されている仏壇の写真に自分の写真が入っていることを想像してみた。すると、自分でもすぐには理解できなかったのだが、どうしようもなく切ない気持ちが込み上げて来たのだ。肉体を去って行くことが怖くないわけではないが、決してそのときのことを想像したわけではない。私の仏壇を、一体誰が世話してくれることになるのだろうと想像した途端、ひどく切ない気持ちになってしまったのだ。

 私たち夫婦には子供がいないので、私の仏壇を世話してくれるのは私たちの子供ではない。だからと言って、そのことが切ないわけでもない。もしも私たち夫婦の間に子供がいたとしても、私の生きるテーマは男女の愛に大きく傾いてしまっているので、自分の子供に私の仏壇を世話して欲しいとは思わないだろう。もしも仏壇という形でこの世に生きた証を残すなら、私は、私のことを最も深く愛してくれた人に仏壇の世話をして欲しい。それは誰なのだろう。真っ先に思い浮かぶのは、やはり夫であるガンモだ。つまり、私にとっての愛は、血縁とは別のところに重心があるということである。

 しかし、前世でそうであったように、ガンモを置いて先に旅立ってしまうわけには行かないし、ガンモもまた、私と共に年を重ねながら生きている。突発的な事故や病気で肉体を去って行くことを除外すれば、私たちよりもずっと年齢の若い人が私の仏壇を世話してくれることになるのだろう。しかし、私の仏壇の世話をすることになってしまう人からすれば、決して深く愛しているわけでもない私の仏壇の世話をするのは、まるで貧乏くじでも引いてしまったような気持ちになるのではないだろうか。そう思ったときに、どっと涙が溢れて来たのである。すなわち、私のことを最も深く愛してくれた人と、私の仏壇の世話をしてくれる人が必ずしもイコールにはならないであろうことを頭の中で勝手に想像し、仏壇という形でこの世に生きた証を残すことは、果たして意味があるのだろうかと、ひどく切ない気持ちになってしまったのである。

 もともと私たち夫婦は、例えどちらかが先に旅立つことになったとしても、お墓もいらないし、仏壇もいらないと話をして来た。単刀直入に言ってしまえば、私たちは散骨を望んでいる。しかし、実際にはそうはならないだろう。天涯孤独の老人ならばともかく、そのようなことを血縁の人たちが許すはずがない。だから、血縁の人を頼って、どこかのお墓に入れてもらうことになるのだろう。例え肉体を去って行った私が望んでいなくても、世話をしてくれる人が私の仏壇を世話をすることを心から望んでいなかったとしても、しきたりや世間体でそのような流れになってしまうことは容易に想像がつく。

 先月末、コンピュータ業界の著名人であるジム・グレイ氏が、母親の遺骨を散骨するために自分のヨットで出掛けてサンフランシスコ湾で行方不明になった。有志の人たちが衛星中継された画像をインターネットで解析するなど、画期的な捜索方法が取られて来たが、このほど、捜索が打ち切られてしまった。ジム・グレイ氏がどのような気持ちで母親の遺骨を散骨しに出掛けられたのか、私は想像するしかないのだが、おそらく散骨については、故人の遺志だったのだろうと想像する。自分の母親の骨を散骨するためにヨットで出掛けて行くなど、母親に対する深い愛がないと実現できないことだと私は思うのだ。散骨は、単なる放置とは違う。肉体の一部を、愛をもって自然に返す行為だと思うからだ。

 私たちは、儀式や形式に対していつまでも頑なにならず、もっともっと柔軟になっても良いのではないだろうか。大切なのは、故人を偲ぶ気持ちであり、仏壇やお墓という形式にこだわる必要はないと思うのだ。最も親しい人に対して散骨ができるなら、それは尊い愛だと私は思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 通勤の途中にいつも見ている仏壇の広告パネルから、散骨に対する思いを綴ってみました。残念ながら、ジム・グレイ氏はまだ見つかっていません。行方不明になってからずいぶん日にちが経過してしまっているので、もはや生還への望みは薄いのかもしれません。この出来事をきっかけに、儀式や形式について再考される人たちが増えて来るかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

« 映画『夏物語』 | トップページ | 「赤きっぷ」を求めて »