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2007年2月

2007.02.28

ドメスティック・バイオレンス

 真冬に生まれた二羽の雛たちは、元気にすくすくと育っている。ガンモの話によると、近距離ならば、もう飛べるようになっているらしい。巣から出て、ベランダに置いてあるダンボールの上にちょこんと乗って、ちょっとした冒険を楽しんだりしているそうだ。また、ピジョンミルクを卒業し、餌も自分で食べているという。

 新しい母ちゃんから生まれた雛たちは、旧母ちゃんから生まれた雛たちとは性格も違っているのか、ガンモが巣を掃除するために巣の中に手を突っ込んでも、鳩パンチ(参考:[ペシッ][続・ペシッ])を加えなかったのだそうだ。新しい母ちゃんは美人なので、雛たちもお上品なのかもしれない。

 さて、気になる雛たちの柄(がら)だが、九十パーセント以上、新しい母ちゃんとほぼ同じ柄である。旧母ちゃんから生まれた雛たちも、のちに区別が付かなくなるほど旧母ちゃんにそっくりの柄に育って行ったので、鳩は母親の柄をほぼ全面的に引き継ぐのかもしれない。

 最近、ひどく気になっているのが父ちゃんの態度である。少しずつ暖かくなり、精力旺盛になって来たのか、父ちゃんが餌を求めて次第に凶暴になって来た。夜遅くに帰宅して寝室の窓を開けると、お腹を空かせた彼らが餌を求めて窓のすぐ側まで寄って来る。鳩は夜は目が見えないので、ほとんど活動はしないはずなのだが、台所や寝室の電気を付けると、ベランダも少し明るくなるのだ。以前、仕事から帰って来てからベランダを明るくして餌を与えていたこともあり、彼らは私たちが帰って来ると餌をもらえるものと思って寄って来るのである。

 ガンモが私よりも早く帰宅したある日のことだった。ガンモはベランダから彼らに餌を与えたそうだ。すると、餌にありつけることに興奮した父ちゃんに押されて、ビッグが私たちの寝室になだれ込んで来たらしい。ビッグはおどおどしながら寝室内を飛び、突っ張り棒の上にちょこんと座ったそうだ。ガンモは、緊張すると糞をする鳩の習性を知っているので、ビッグが室内を糞で汚したりしないか、とても不安だったらしい。寝室にやって来たビッグはおどおどしながら、ベッドの上も歩いたそうだ。やがてガンモは慎重にビッグを窓まで導き、ベランダに出すことに成功したという。これは、餌にハッスルした父ちゃんが、ビッグを押したために起こった出来事である。これだけならまだかわいい。

 先日の夜のことである。彼らを甘やかすのもあまり良くないと思い、私が餌を与えずに知らん顔をしていると、母ちゃんは、かつて寝室の窓から私たちが餌を与えたときの残りかすを一生懸命拾って食べ始めた。それを父ちゃんが目ざとく見つけ、餌があると思い込み、突進して来た。突進して来たまでは良かったのだが、そのあとの態度が何とも気にくわなかった。何故なら、父ちゃんが、母ちゃんを嘴(くちばし)で突付いたからだ。まるで、
「ここの餌は俺のものだ。お前は食べるな! 俺によこせ!」
と威張っているかのようだった。私は父ちゃんに、
「こらっ。母ちゃんのことを守る立場なのに、いじめるとは何事だ!」
と父ちゃんを叱った。

 少なくとも父ちゃんは、旧母ちゃんに対してはそのような態度を取っていなかったはずだ。新しい母ちゃんと一緒になってから、父ちゃんの性格がすっかり変わってしまったのかもしれない。それとも、人間と同じように、鳩も年を取って来ると頑固になるのだろうか。しかし、これは立派なドメスティック・バイオレンスだ。

 母ちゃんが、暴力を振るう父ちゃんのことをどう思っているのかはわからない。母ちゃんは、他の鳩にもいじめられているのに、父ちゃんが母ちゃんを突付いたりして何事だ。母ちゃんと結婚するとき、あんなに激しく求愛したはずなのに。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 父ちゃんは、子孫も増えて来て、自分の縄張りで餌を守ることにやっきになっているのかもしれません。でも、暴力はいけませんよね。鳩にとっては、他者を愛するというよりも、自分を愛する延長線上に愛する相手を存在させているのかもしれません。

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2007.02.27

運命の二人

 悠長に旅行の記事などを書いて来たが、実はウィークディはバグズ・ライフのために火の車の毎日を送っている。このような状況に陥ると、仕事の休み時間がとてつもなく貴重な時間に思えて来る。一日のほとんどを仕事に費やしていると、自分自身を取り戻す時間がどうしても必要になって来るのである。もちろんその時間は、「ガンまる日記」を書く時間に当てている。しかし、大バグに対処するための対策会議やプロジェクトメンバとの共同作業などで貴重な休み時間がどんどん削られて行く。そうなると、自分自身を取り戻す時間が細切れの時間になってしまい、「ガンまる日記」をなかなか更新できない。文章というものは、ある程度まとまった時間に集中しなければ書き上げることができない。周りが騒がしくても書けない。これまで継続して来たことが実現できなくなると、私は情緒不安定な状態に陥ってしまう。しかし、何とか仕事の合間をぬって更新できると、残業時間の仕事にも身が入る。

 貴重な休み時間を少しでも多く確保するため、私は最近、夕方の休み時間に社員食堂でねこまんまをせずに、机の上で残業食を食べている。そのため、通勤途中のコンビニでお弁当を二つ買う。しかし、コンビニの店員さんはお箸を一つしか付けてくれない。つまり、私が一度にお弁当を二つも食べると勘違いされてしまっているのだ。いくら私でも、一度にお弁当を二つも食べることはできない。そんな些細なことでちょっぴり落ち込む。まあ、こうして日記ネタにはなるのだが。しかし、そんなふうにして懸命に確保した休み時間も、無常に過ぎて行く。

 そんな忙しさの中にあって、思わずほっこりした出来事があるので、皆さんにご紹介させていただくことにしよう。仕事帰りにガンモに電話を掛けてみると、ガンモの携帯電話が電波の届かない地域にあるというメッセージが流れ、繋がらなかった。ガンモと連絡が取れないまま、三宮の先にある芦屋まで帰ったところでガンモから電話が入った。ちょうど、私の乗っている快速列車が芦屋に停車しているときのことだった。ガンモは、
「今、どこ?」
と言う。私が、
「芦屋だよ」
と言うと、何と、
「俺も芦屋」
と言うのだ。驚いた私が、
「今、快速列車に乗ってるよ」
と言うと、ガンモは、
「俺は普通」
と言った。

 芦屋駅では、快速列車や新快速列車と、先に着いた普通列車が待ち合わせを行っている。ガンモは、私が乗っている快速列車の隣のホームに停車中の普通列車に乗っていると言う。ガンモと話をしているうちに、快速列車のドアが閉まり、発車してしまった。普通列車と待ち合わせを行ったあとは、速い列車のほうが先に発車するのである。動き始めた快速列車の中から、普通列車の車両を見ると、ロングシートに座っているガンモの姿が目に入った。私は、ガンモの姿を確認しただけであたたかい気持ちになった。まるで、戦士が戦いをやめて鎧を脱ぐような感覚だった。仕事でキリキリしている表情が、一瞬のうちにほころんだ。私たちは、最寄駅で待ち合わせをすることにして電話を切った。そして、最寄駅で無事に再会を果たしたのである。

 ガンモとは、これまでにも、このような偶然が何度か重なっている。もしかしたら私にとって、最も頻繁にばったり出会う人はガンモなのではないだろうか。普段利用している最寄駅ではない駅からガンモが歩いて帰って来たときも、まるで申し合わせたように自宅近くの交差点でばったり出会ったり、特に時間を指定したわけでもないのに、同じ時間に三宮駅のホームにいたりと、ガンモとの縁は実に不思議な形で現れる。もしもガンモと結婚する時期がずっと先にずれ込んでいたとしても、あまりにも良く街でばったり出会うので、
「良く会いますね」
などと言いながら、運命を感じてゴールインするような展開もあったかもしれない。

 先日、いつもより三十分早く出勤して、いつもとは違う世界を垣間見た話を書いたと思うが、時間と空間が一致していなければ、人と人は顔を合わせることができない。しかも、お互いの乗っている電車が芦屋駅に停車している間にガンモが私に電話を掛けて来たことを考えると、私たちはものすごい確率で出会っていることになるのだ。

 会いたい、会いたいと思っていると、会えるものなのだろうか。それとも、電話が通じなかったことを気にせずに途中の駅まで帰って来たから、執着を手放したご褒美に偶然会えたのだろうか。どちらにしても、このようなタイミングを意図的に狙うことはとても難しいので、私たちが帰宅途中に運命的に引き合わされたとしか言いようがないのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 時間と空間の一致は不思議です。運命の二人とは、時間と空間と想いが一致して出会うことを言うのではないでしょうか。時間が一致しても、二人が東京と大阪に居たのでは出会えません。同じ場所に立っていても、時間が違っていれば出会えません。想いが一致しなければ、出会いはどんどん通り過ぎて行きます。「『運命の二人』なんて、大げさなタイトルをつけて」と思われるかもしれませんが、仕事が忙しくて余裕がないと、こうしたハプニングに救われるのですよ。(*^^*)

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2007.02.26

大宰府天満宮

 柳川の川下りを満喫したあと、昼食を取り、腹時計ではないちゃんとした時を刻んでいる時計を見てみると、帰りの新幹線までもうあまり時間がなかった。私たちは、このまま西鉄大牟田線を乗り潰すために大牟田まで行って折り返すか、それとも最初の計画通り、大宰府を観光するかで少し迷っていた。しかし、せっかく福岡まで来たのだから、単に鉄道を乗り潰すよりも、大宰府を観光して帰ろうということになり、柳川から西鉄福岡(天神)方面に向かって特急電車で折り返した。西鉄大牟田線の柳川から先の大牟田までは乗り潰しができなかったことになるが、また別の季節に来ればいいのである。

 大宰府へは、特急電車を二日市(ふつかいち)で降りて、大宰府行きの支線である大宰府線に乗り換えた。二日市から大宰府までは、わずか二駅だ。

 大宰府で降りて最初に感じたのは、「私はここが好きだ!」ということだった。たくさんのお土産売り場が立ち並ぶ活気に満ちた駅前通りを、一目見て気に入ったのである。駅にはレンタサイクルもあった。天気がいいので、できれば大宰府の町をレンタサイクルで駆け抜けたいところだ。しかし、レンタサイクルを借りるにはあまりも時間がなさ過ぎたので、私たちは駅前通りをてくてく歩くことにした。

大宰府駅前通り(1)

大宰府駅前通り(2)

大宰府駅前通り(3)

 特に気合を入れて大宰府天満宮を目指さなくても、駅前通りを歩いていれば、おのずと大宰府天満宮の入口まで導いてくれる。受験のときにお世話になったはずの天満宮のお守り。私たちは、京都の北野天満宮で毎月二十五日に行われている骨董市にも時々足を運んでいる。大宰府天満宮は、そんな縁のある天満宮のうち、もっとも有名な天満宮だ。

 北野天満宮でもそうだが、お宮の入口にも、お宮の中にも、御神牛の像が設置されている。確か、都に向けて藤原道真公の遺骨を運ぼうとしていたときに、牛が動かなくなってしまったことから、牛がお祀りされているらしい。特に、入口の御神牛の鼻は、参拝客に撫でられてツルツルになっていた。天満宮の御神牛ではないかもしれないが、自分の身体の悪いところを撫でると症状が回復するなどという話を聞いたことがある。御神牛の鼻がツルツルになっていたということは、参拝客の中に花粉症の人が多いのかもしれない。かくいうガンモも御神牛の鼻を一生懸命撫でていた。

御神牛

立派な手水舎

 大宰府天満宮の入口に設置された手水舎は、見るからに立派である。手水舎を見れば、その神社なりお宮がどれくらい活気づいているかがわかるものだ。私は、町並みだけでなく、大宰府天満宮の雰囲気にも強く惹かれ始めていた。

 ご覧の通り、お宮の中は、たくさんの参拝客で賑っていた。地元の受験生などは、どうしても足を運びたくなってしまうスピリチュアルスポットなのではないだろうか。吊り下げられたたくさんの絵馬にも、希望校合格への熱い想いが綴られていた。

本殿

 ところで、大宰府天満宮と言えば、梅なのだ。私たちが訪れたとき、折しも、梅の季節だった。思わず梅に向けてカメラを構える。しかし、この梅は、私にあまり写真を撮られたくないように見受けられた。何故なら、あまりうめえ写真は撮れなかったからだ。

大宰府天満宮と言えば梅

 私が大宰府天満宮の雰囲気を気に入ったのは、私たちに語りかけてくれているような大木の存在を確認したからだ。私は、大きな木を見つけると、思わず擦り寄りたくなってしまう。私が最も好きな場所の一つに、名古屋の熱田神宮がある。熱田神宮に一歩足を踏み入れると、熱田神宮の木々が優しく語り掛けてくれるのを実感することだろう。熱田神宮に行くと、木々から発せられるポジティヴなエネルギーを感じることができる。エネルギーを感じるスポットでは、木々がとても生き生きとしているのだ。太宰府天満宮にある木も、同じ場所で何百年も人々を見守って来たのではないだろうか。

大宰府天満宮の大木(1)(決して、木が売り出されているわけではない)

大宰府天満宮の大木(2)

 そんなエネルギーに満ちた場所で、猿芝居のパフォーマンスをしている人がいた。ご覧の通り、赤い服を着ているのが猿である。しかし私は、猿の動きよりも、猿の向こう側にある大木に心を奪われていた。

広場で行われていた猿芝居

 緑の木々からポジティヴなエネルギーをたくさん受け取って、私たちは大宰府天満宮をあとにした。大牟田まで乗り潰していないし、柳川の川下りの別の季節も体験してみたいし、大宰府周辺をレンタサイクルで走りたい。そんな欲望で後ろ髪を引かれながら、私たちは西鉄福岡(天神)まで戻り、そこから地下鉄に乗って博多まで出て、新幹線に乗って帰宅したのである。

おまけ:大宰府天満宮の猫

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m エネルギーに満ちている場所には、人がどんどん集まって来るものなのですね。私は、他力本願があまり好きではないので、大宰府天満宮に行っても何をお願いしたらいいか戸惑ってしまいました。(笑)特に、相手は学問の神様ですし。(^^; そう言えば、お守りをたくさん集めるとお守りが喧嘩するなどというジンクスがありましたが、あれは嘘だと思います。神様は、人々が他力本願であり過ぎることに腹を立てたのではないでしょうか。でも、記事にも書きましたが、ポジティヴなエネルギーを感じられるスポットですので、熱田神宮同様、お気に入りスポットの一つに加えたいと思います。

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2007.02.25

柳川の川下り

 久留米のホテルをチェックアウトしたあと、私たちは大牟田方面に向かう特急電車に乗り、大牟田の少し手前の柳川(やながわ)で降りた。堀割がめぐらされた柳川は、掘割の周辺を柳がしなやかに舞う美しい城下町である。北原白秋の生家もあり、町のあちらこちらに白秋の歌碑が立てられている。私たちはここで柳川の川下りを体験したのである。

 川下りと言うと、夏の城崎温泉に出掛けたときに体験した丸山川の川下りが記憶に新しい。海と違ってうねりのない静かな川を、貸切状態の屋形船で下るという体験をした。

 柳川の川下りは、船頭さんが率いる「どんこ舟」という木製の舟に乗り、およそ七十分かけて堀割を案内してもらう。気温が低いこの時期のどんこ舟は、こたつ付きだ。こたつと言っても、細長いテーブルの上に布団が掛けられているだけのものである。しかし、それだけでもかなり暖かい。見知らぬ者同士が同じこたつに足をつっこむ。とびきりの非日常を前にして、そこにはおのずと譲り合いの精神が生まれる。

 川下りを請け負っている業者は全部で六社あり、船の色で識別できるようになっている。私たちは、インターネットで割引券を入手していた白い舟に乗船することにした。

柳川の川下り(1)

柳川の川下り(2)

柳川の川下り(3)

 船頭さんのほどんどは、地元のおじいちゃんたちである。船頭さんは、竿竹一本だけで、十数人を乗せたどんこ舟を巧みに操る。写真のように、七十分間、ほとんど立ちっぱなしである。非常に地味な運動ではあるが、かなりの体力を使うはずである。良く見ていると、船頭さんの動きには無駄がない。余分なエネルギーを使わないからこそ、七十分もの立ち仕事を難なくこなせるのかもしれない。柳川で育った小学生の多くは、船頭さんに憧れ、「大きくなったらおじいちゃんのような船頭さんになりたい」と作文に書いて来たのではないだろうか。

 そんな船頭さんの導きで、どんこ舟は順調に漕ぎ出し、大海原ならぬ堀割の中へと進んで行った。

柳川の川下り(4)

 途中、船頭さんにリクエストをすれば、水上売店に寄ることができる。水上売店では、お菓子や飲み物などを注文できるのだ。どんこ舟の上で過ごす時間が七十分と長いので、何か購入したい人は、買い物をしたいと船頭さんに申し出る。すると船頭さんは、水上売店の真横に上手にどんこ舟をつけてくださる。その舟の寄せ方は、まさしく職人技である。

柳川の川下り(5)

 水が当たり前のように存在している水の町・柳川では、掘割が庭のようなものだ。堀割に面した各家庭には、堀割へと続く二、三段の階段が作られている。昔はそこで洗濯をしていたらしい。水を怖がって遠ざけるのではなく、水を生活の中に取り入れていたことがわかる。

柳川の川下り(6)

柳川の川下り(7)

 柳川の川下りは観光名物になっているため、途中で何艘ものどんこ舟と擦れ違う。どんこ舟に乗っている人たちは、みんな子供のような顔をしている。何しろ、擦れ違う舟に乗っている私たちに対し、見知らぬ人が手を振ってくれるのだから。普段の生活の中では、見知らぬ人に手を振るなどということはほとんどあり得ない。どんこ舟というとびきりの非日常が、私たちを童心に帰らせてくれるのだろう。私は、以前、黒部峡谷鉄道のトロッコ列車に乗ったときのことを思い出した。あのときも、擦れ違うトロッコ列車に乗っている大人たちが童心に帰り、最高の表情をしていた。

 船頭さんは、どんこ舟を漕ぎながら、北原白秋の歌や柳川にちなんだ歌をメロディ付きで私たちに聞かせてくださった。きっと、もう何十年もこの仕事に取り組んでいらっしゃるのだろう。雨の日や風の日、体調の悪い日もあったに違いない。船頭という仕事を通して、四季折々の柳川の風景をその目に焼き付けて来たことだろう。これまで多くの困難に見舞われたとしても、こうして天気の良い週末に、船頭さんの姿は大いに輝く。

 昔、昔、お城を守るために十六年もかけて造られた掘割は、のちに観光客を呼び寄せる風物詩となった。まだまだ肌寒い季節であるにもかかわらず、お天気が良かったせいもあるのだろう。たくさんの観光客が川下りを楽しんでいた。私たちも、水の上で過ごす優雅な時間に酔いしれていた。

柳川の川下り(8)

 川下りの料金は、大人一人千五百円である。インターネットで割引券を印刷して持参すれば、更に一割引きになる。千五百円で七十分もどんこ舟に揺られて優雅な時間を過ごせるのは、かなりお得だと私は思う。

 ちなみに、柳川は、お雛様のときに飾る「さげもん」の名産地でもある。こちらは、西鉄柳川駅に飾られていたお雛様の隣にあった「さげもん」である。

柳川のさげもん

 私たちは大満足のうちに柳川をあとにし、次なる目的地へと向かったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とても優雅な七十分を過ごすことのできる柳川の川下りは、皆さんにも是非ともお勧めしたい観光スポットです。今回は、冬の訪問になりましたが、また別の季節に柳川を訪れ、同じ船頭さんにお会いしたい気持ちでいっぱいです。写真を撮るときは、自分たちが乗っているどんこ舟を撮影するよりも、他の人たちが乗っているどんこ舟を撮影したほうが全体を見渡すことができました。自分たちが乗っている舟を撮影するのも、臨場感があっていいのですが、近過ぎる距離からの部分的な描写よりも、水と調和しながらすいすい進んでいる舟の全体像を写真に撮るほうが美しいと感じました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.02.24

さようなら、一部の西鉄宮地岳線

 慌しいウィークディから気持ちを切り替えて迎えた週末。まだ乗り潰していない福岡の西鉄電車の一部の区間が来月いっぱいで廃線になってしまうというので、私たちは新幹線に乗り、ひとまず博多までやって来た。

 今回の福岡行きが決定したとき、私はガンモに、
「博多や天神にもホットヨガのスタジオがあるんだけど、レッスンを受ける時間はあるのかな?」
と聞いてみた。鉄道乗り潰しの旅とホットヨガのレッスンがセットになっていれば、それはそれは楽しい旅になるに違いないと思ったからである。しかし旅の企画を担当しているガンモは、
「乗り潰しと観光に時間がかかってしまうので、多分、無理だね」
と答えた。ホットヨガのレッスンは、平日は遅い時間までスケジュールが組まれているのだが、休日は比較的早い時間にレッスンが終わってしまうのである。そのため、博多や天神でホットヨガのレッスンを受けようと思えば、乗り潰しや観光を諦めなければならないようである。名古屋のように、青春18きっぷを使って往復できない距離にある福岡では、どうやらしばらくレッスンを受けられそうにない。少し残念ではあるが、あれもこれも一度に選べないので、今回は乗り潰しと観光に徹することにしよう。

 さて、博多に到着した私たちは、地下鉄に乗って天神まで出て、コインロッカーに荷物を預け、それから昼食を取った。天神界隈をうろうろして驚いたことがある。やはり、関西に比べて福岡は暖かい。そのせいか、マフラーを首に巻いている人が少ないのだ。コートさえも着ていない人もいる。マフラーを首に巻いている人は、全体のおよそ一割程度だった。春先の北海道に行くと、地元の人たちがひどく薄着で歩き回っているものだが、暖かい福岡でも同じような現象が起こっているとは驚きだった。

 私たちは再び天神から地下鉄に乗り、西鉄の乗り換え駅である貝塚まで出た。そこから更に西鉄宮地岳線に乗り換え、一部廃線が決定した津屋崎(つやざき)まで乗り潰した。

西鉄宮地岳線終点津屋崎駅

 福岡には、これまでに何度も訪れてはいるものの、西鉄電車に乗車したのは初めてのことだった。一部の区間の廃線が決定している西鉄宮地岳線は、営業区間も短く、のどかな風景が広がっていた。週末ともなると、一部の区間が廃線になるという情報をキャッチした全国の鉄道ファンが、カメラを持って訪れているのだろう。私たちが乗車したときも、カメラを構えた鉄道ファンが何人もいた。かくいう私たちも、これまでに岐阜を走る名鉄の路面電車や日立電鉄、愛知の桃花台線など、廃線の情報を聞きつけ、いくつかの路線を見送って来た。

 終点の津屋崎駅には切符の自動販売機はなく、窓口で切符を購入することになっていた。しかも、窓口を担当しているのは六十代くらいの女性一人だけで、しかも、駅の窓口だけでなく、売店の担当も兼任している。駅の待合室にいると、他の人たちがどの区間の切符を購入するかのやりとりが聞こえて来る。その中に、区間の異なる切符を一枚ずつ購入している人がいた。津屋崎から一区間分の切符と、津屋崎から途中の駅までの切符である。その人には連れはいないはずなのに、変わった切符の買い方をする人だなあと思っていたのだが、やがてその人が、一区間分の切符を記念に取っておくために購入したのだろうと想像できた。廃線になってしまう鉄道を見送るには、私たちのように単にカメラに収めるだけでなく、いろいろな方法があるものだと知った。

 乗り潰しを終えた私たちは、天神まで戻り、コインロッカーに預けた荷物を取り出して、天神にある西鉄福岡駅から宿泊先のホテル方面に向けて出発した。この日は何かイベントが開催されていたのか、福岡市内のホテルがどこもいっぱいだった。そのため、私たちは久留米のホテルに宿泊することにしていたのだ。西鉄大牟田線に乗って久留米まで向かうということは、西鉄大牟田線の一部の乗り潰しも兼ねているということである。

 駅のホームに、いかにも古そうな車両が停車していたので、私たちは急行小郡行きと掲げられたその電車に飛び乗った。どうせ乗車するなら、新しい車両よりも古い車両のほうが趣きがある。新しい車両には、これからいくらでも乗車できるが、古い車両はいつ引退してしまうかわからない。そう思って、古い車両に惹かれて飛び乗ったものの、その電車は、久留米の手前の小郡までしか行かないことがわかってしまった。

 急行電車の終点である小郡駅に着いたとき、特急電車がぶいーんと優越感いっぱいに通り過ぎて行った。その特急電車は、私たちが乗車した急行電車のおよそ二十分もあとに西鉄福岡駅を発車したはずの電車だった。焦らずに、西鉄福岡駅で特急電車の発車を根気強く待っていれば、久留米まではそれほど時間を掛けることなく到着することができたはずだった。

急行小郡行き。久留米の手前までしか行かないが、古い車両に惹かれて乗ってみた

 小郡から先に向かう電車の接続は悪く、私たちは先ほど猛スピードで通り過ぎて行った特急電車をうらめしく思った。そう言えば、行きの新幹線でも、あとからやって来たのぞみに軽く追い越されてしまった。時刻表を慎重にチェックしていれば、このような悔しい思いをしなくても済んだのかもしれない。私たちはひかりに乗車していたのである。しかも、そのひかりは、ツアー客で満杯の車両だったため、仲間たちとの旅行気分で盛り上がった人たちでひどくにぎやかだった。ツアー客が新山口駅で降りたあとは、私たちを入れても四、五人程度しか残っていないほど静かな車両となった。

 さてさて、ようやく小郡から先に向かう電車がやって来た。急行花畑行きである。花畑に連れて行ってくれるなんて、何とロマンチックな電車なのだろう。私たちはこの電車に乗り、ようやく久留米に到着することができたのである。

急行花畑行き。これに乗ると、お花畑、いや、久留米まで連れて行ってくれる

 ホテルに到着すると、ガンモの花粉症がひどくなり、くしゃみを連発した。目がかゆく、鼻がむずむずするらしい。私自身は、多少目がしょぼしょぼする程度で、ほとんど花粉症の症状は現れない。ガンモは、ホテルの部屋で、
「福岡は花粉が多い」
などと言いながら、
「へーっくしょい」
を繰り返していた。

 それからガンモは寝不足を解消するためにベッドに横になり、二時間ほど眠った。金曜日の夜、私たちは二人とも仕事で帰宅が遅かったので、旅行の準備を整えるのが深夜に及んでしまったのだ。そのため、いつものように寝不足のままで旅行を強行してしまったわけである。目を覚ましたガンモと一緒に、晩御飯を食べるために夜の久留米の街に繰り出したのだが、ほとんどのお店が既に閉まっていた。久留米にはラーメンが多いと聞いていたので、ラーメンを食べるつもりだったのだが、西鉄久留米駅前周辺では、ラーメン屋さんは少なくとも一軒しか見当たらなかった。私たちは、商店街の脇で見つけたラーメン屋さんで念願のラーメンを食べてホテルに帰った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またまた更新が遅くなりまして、申し訳ありません。やはり、福岡は暖かいですね。マフラーを首に巻いている人が少ないのには驚きました。福岡にはマフラーが売られていないのだろうかと心配になりましたが、手袋もマフラーも帽子もちゃんと売られていたので安心しました。福岡は、気温が暖かいだけでなく、人々の気質も熱いですね。その熱い気質が、ラーメン作りや芸術の分野に生かされているように思います。

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2007.02.23

バグズ・ライフ

 いつもより早く起きて支度を整えていると、ガンモも一緒に起きて来た。
「何、ガンモも今日は早いの?」
と尋ねると、
「大バグがあるから、早く仕事に行かなきゃ。バグズ・ライフ」
などと言う。ご存知の通り、バグというのはプログラムの不具合のことである。ガンモはそのバグにわざわざ大を付けて、今回のバグの重大性を強調した。バグズ・ライフというのは、十年近く前にMacのゲームにも登場した映画のキャラクターだ。バグズ・ライフ、すなわち虫の生活が表現されている。特に私のようなソフトウェア技術者にとって、バグズ・ライフという響きは、それほど楽しいものではないはずだ。

 大バグ、バグズ・ライフなどと言われても、大バグを抱えているのはガンモではなく、この私だ。おそらく、ガンモがいつもよりも早起きしたのは、自分の仕事の都合だろう。それでもガンモは自分の仕事の都合だとは言わず、
「大バグを出した人の夫としても、早起きしないといけないからね」
などと言いながら、支度を始めていた。

 結局ガンモは、比較的遠方の顧客のところで仕事が入っていたらしく、私よりも早く家を出て行った。私は、ガンモが出掛けたあとに、いつもよりも三十分早く家を出た。三十分も早いと、通勤電車の混み具合がまったく違う。同じ通勤ルートを通っているはずなのに、まるで別世界にいるかのようだった。

 地下鉄三宮駅に降りて行く階段で、前日のお食事会で一緒だった派遣仲間とばったり会った。彼女は今、三宮の企業で働いているのだ。いつも、この時間に出勤しているらしい。三十分早く家を出ただけで、同じ通勤ルートでも出会う人たちが違って来る。もしも自分の環境を変えたいと思うなら、生活時間を変えてみるのもいいかもしれないと私は思った。

 出勤してみると、今回の欠陥がグループ内で既に大問題になっていた。いろいろな人たちを巻き込みながら、みんなで知恵を出し合って、原因を究明して行く。そして、ようやく怪しい箇所を割り出した。詳しくは書けないが、どうやらこの欠陥は、様々な要因が重なって発生しているらしい。単刀直入に言ってしまえば、私が他の人から引き継いだ私の担当部分に障害が発生している。そして、そのプログラムを修正できる一番の候補は私だった。

 深刻な状況に陥り、グループ全体の取りまとめをしているリーダーが私のところにやって来て、
「最悪の場合だけど、明日、休日出勤できる?」
と聞いて来た。
「ああ・・・・・・」
と私は困った顔をした。週末は、ガンモと二人で旅行に出掛ける予定が入っているのだ。私は正直に、
「申し訳ありませんが、旅行の予定が入っていて、神戸を離れてしまいますので、休日出勤はできません」
と答えた。例え深刻な状況に陥っていたとしても、旅行をキャンセルしてまで休日出勤するほどの状況までには至っていないだろうと判断したからだ。

 そうこうしているうちに、ようやく回避策に辿り着き、私はプログラムを修正することができた。そのプログラムを使って、再び様々なOSで動作確認テストを行う。何はともあれ、皆目検討が付かないという状況からは回避できて、何とか目処が立った。帰り際に、一緒に仕事をしている男性に休日出勤をするのかと尋ねてみると、何とか目処も立ったので、今の状況ならば休日出勤しなくても大丈夫だろうということだった。ただ、これからおよそ一週間掛けて本格的にプログラムを修正して再テストを行い、再納品することになるので、それまでは気を引き締めて頑張りましょうということになった。

 実は、今回の欠陥は、納品直前に発生していた現象でもあった。しかし、別の手段でその現象の正当性を確認し、この結果ならば問題ないだろうと判断し、そのまま納品へと進んだのである。あのとき立ち止まって原因を追求してしていれば、納品の期日には確実に間に合わなかっただろう。現在は、いったん納品したものが世の中に出回る前にCD-ROMに焼き付けられ、そのCD-ROMの内容に問題がある場合はプログラムを修正して再納品できるチャンスの期間でもある。だから、欠陥が見つかったとは言え、修正の猶予が与えられていると言っても過言ではないのである。むしろ、あのドタバタ劇の中で、この欠陥が確定してしまったときのほうが恐ろしい。

 それにしても今回のことで、新しいことにチャレンジしたり、これまで使っていたものとは違うものを新たに導入したときは、より多角的な方面からテストを行う必要があることを思い知らされた。一つ一つの要因は大きな力を持っていなくても、別の要因と重なったときに大きな力を持ち、重大な欠陥として現れることがある。様々な出来事が互いに作用し合っていることを再認識させられるような現象だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の出来事は、日常生活にもそのまま応用できるように思います。何か気がかりな現象が発生しているときは、やがて別の何かと連鎖して、大きな出来事を生み出そうとしているというメッセージを送ってくれているのかもしれません。でも、その大きな出来事は、しかるべきときに起こるように、万全の準備を整えていると思います。今、こうしてみんなで知恵を出し合うことができるのも、一旦納品を終えた今の時期だからこそ実現できることだと思っています。そう考えると、メッセージが送られているときに食い止めることが、常に最善の策ではないような気がします。その先に起こるであろう、激しくて感動的なドラマを体験することができないからです。

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2007.02.22

先約

 仕事がひと段落ついたので、かつての派遣仲間たちと一緒にご飯を食べに行くことになっていた。三宮で待ち合わせの予定だったのだが、体調が万全ではない私は、人と会うことに対し、かなり消極的な気持ちになっていた。今夜はあまりおしゃべりをせずに聞き役に徹することにしよう。そんなことを思いながら仕事をしていると、とてつもなくやっかいなことが起こってしまった。

 先日納品したばかりのWindows Vista対応製品に大きな欠陥があることがわかってしまったのである。幸か不幸か、その欠陥は、製品が世の中に出回る前に見つかった。しかし、そのような現象が発生する原因もまだ特定できていない。もしも原因を特定できたとしても、それと同じような現象が発生する製品が他にも存在するかどうかを調査しなければならない。しかも、OSごとに。

 私は、一緒にご飯を食べに行くことになっている派遣仲間たちに事情を話し、「もしかすると今日は行けないかもしれない。もしも行けなかったらごめんね」と連絡を入れた。それにしても、納品した製品に欠陥があることが、私が派遣仲間たちと一緒にご飯を食べに行くことに対して消極的になっていたことから引き起こしたものだとすると、この問題はあまりにも大き過ぎた。原因をつきとめ、プログラムを修正して新たに納品し直すにしても、企業のお偉いさん方たちに事情を説明し、承認をもらわなければならない。私はとても暗い気持ちになっていた。プログラム開発の細かい事情を知らないお偉いさん方に状況を理解してもらうのはかなりやっかいなことだとわかっていたからだ。

 原因不明の現象と格闘しながら、私は職場のパソコンのディスプレイに向かい、本当は自分がどうしたいのかを冷静に考えていた。かつての派遣仲間たちと一緒にご飯を食べに行くことは、滅多に実現できるものではない。それに、彼女たちとの約束のほうが仕事よりも先約だったはずだ。私は、仕事のためにこのお食事会に参加できなくなってしまって本当にいいのだろうか。派遣仲間たちとの交流よりも、仕事を選ぶのだろうか。そんなことを考えていたのだ。

 私は、みんなで一緒にご飯を食べることえを決めてから交わしたメールを通して、久しぶりの再会をみんながとても楽しみにしていることがわかっていた。久しぶりで積もる話もあるだろうと、わざわざ集合時間を繰り上げたくらいなのである。それほどみんなが楽しみにしているお食事会に、私は参加できなくていいのだろうか。そう思うと、かつての派遣仲間たちに申し訳ない気持ちでいっぱいになり、私は思い切って、一緒に仕事をしている男性に申し出た。
「実は、今日は残業にはならないだろうと思って、予定を入れてしまってるんですよ」
一緒に仕事をしている男性は、しばらく考えていたが、私の事情を理解してくださり、翌朝、少し早めに出勤することを条件に、私の帰宅を了承してくださったのである。

 仕事を終えて三宮に向かう前に、派遣仲間たちに一時間ほど遅れると連絡を入れた。三宮駅に着いて、お店のある方向に足を向けていると、後ろから私の肩をとんとんと叩く人がいた。またまた大阪のおばちゃんが私に声を掛けて来たのかと思い、振り返ってみると、かつての派遣仲間だった。彼女は、お食事会に参加するメンバーではなかった。本当に偶然に、そこで出会ったのだ。

 かつて、彼女と私は女子トイレでしばしばまじめな話をする間柄だった。しかし、八年近く勤めたであろう現在の私の職場を、彼女は突然、辞めてしまったのである。辞めて行くときの彼女は、まるで自分自身を見失ってしまったかのように、笑顔がなくなってしまっていた。女子トイレで良く話をしていたのに、辞めるときに私にあいさつもしてくれなかったので、私は少し寂しく思っていたのだ。

 その彼女と、職場近くの図書館で再会したのは、それからしばらく経ってからのことだった。私は彼女に声を掛けたが、場所が図書館だったのであまり話もできず、軽くあいさつだけして彼女から離れた。あれから二年ほど経ち、今度は彼女のほうから声を掛けてくれた。彼女はまるで、憑き物が取れたみたいに元気になっていた。以前の明るい彼女に戻っていたのである。

 私は、彼女が辞めて行くときに別人のように感じたことを素直に話した。すると彼女は、
「今更こんなことを言うのも何だけど、あの頃は、仕事がとても忙しくて、上司の人たちもみんなキリキリしていたの。有給を申請するときも、何でこんなことを言われなくちゃいけないのだろうと思うくらいひどいことを言われて、心身ともにおかしくなっていたのよ」
と話して聞かせてくれた。なるほど、そういうことだったのか。彼女は時間を掛けて、新しい環境で自分を取り戻すことができたのだ。私は、以前の彼女に戻っていたことがとてもうれしかった。

 彼女と別れて、私はかつての派遣仲間たちの待つお店へと向かった。およそ一時間の遅刻である。集まったメンバーは、いつもの四人組だ。途中でばったり出会った先ほどの彼女をお誘いしても良かったのだが、彼女のことを知らないメンバーもいるので、敢えて声を掛けなかった。お食事会の話題のほとんどが、かつての職場の人たちのことであったことは少々残念だったが、これからこの関係を発展させて行くためには、職場以外の話題で盛り上がることが必要になって来るだろう。職場という領域から話題が出て行ったときに、派遣仲間は友達に変化するのだ。

 会は二十三時頃にお開きになった。ガンモに電話を掛けてみると、ガンモはまだ仕事をしていた。ガンモがそのような時間まで仕事をしているのは珍しい。それにしても、私が遅くなるときに限って、ガンモも帰りが遅いのは面白い。私たちは、見えない何かで引き合っているに違いない。案の定、ガンモは、私が帰宅して十分も経たないうちに帰宅したのである。そのタイミングの良さに私は驚いた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅れてしまい、申し訳ありません。ははあ、またしても、仕事が深刻な状況に陥ってしまいました。これから一週間余り、再び気を引き締めて頑張りたいと思います。寒さが少し戻って来たようですね。皆さんも、体調管理に気をつけて、寒さを乗り切ってください。春はもう、すぐそこまで来ています。そうそう、私の体調が最近おかしいのは、どうもフローエッセンスの好転反応のようです。ここ一ヶ月ほど、仕事が忙しかったので、フローエッセンスを煎じて飲むのを止めていたのですが、それを再開したところ、現在の状況に陥りました。フローエッセンスが身体に馴染むまで、身体がだるくなったり、眠気を感じたりするようです。

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2007.02.21

ホットヨガ(三十四回目)

 最近、体調があまり万全ではない。かつてのような倦怠感が首をもたげ、睡眠不足でもないのに、日中、ひどく眠い。下腹部に手を当ててみると、筋腫が大きくなっているのを感じる。原因はこれか。こんなときは、人と会うのも億劫になってしまう。

 毎月第三水曜日は月に一度の定時退社日だ。私は、ホットヨガの予約を入れていた。ホットヨガに行くことはガンモに伝えてあったのだが、確認のために仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモは自宅近くの客先で仕事をしていた。
「これからホットヨガに行って来るよ」
とガンモに告げると、ガンモは快く、
「行ってこーい」
と言ってくれた。

 今回は、私のホームである神戸店で七十五分のアクティヴコースのレッスンに参加した。平日にアクティヴコースのレッスンを受けるのは初めてではないだろうか。かつてはビギナーコースの平日のレッスンに参加していたのだが、ビギナーコースを卒業してからは仕事が忙しくなり、次第に平日のレッスンから遠ざかってしまったからだ。

 レッスン後に増えてしまう活性酸素に備え、マツモトキヨシで「酸素プラス」を購入した。エレベータを降りると、ビルのトイレから出て来た馴染みのインストラクターに出くわした。どうやらホットヨガのスタッフは、ロッカールームにあるトイレではなく、ビルのトイレを使用されているらしい。彼女は、これから私が受けるレッスンのインストラクターを務めてくれるようだ。

 受付でロッカールームの鍵を受け取ったとき、
「平日のレッスンはお久しぶりですね」
とスタッフの方に言われた。ばれたか。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、十八個のヨガマットが並べられていた。アクティヴコースになると、やはり、レッスンが始まるまでの時間を利用して積極的に身体を動かしている人が多い。このレッスンに参加している人たちは、ヨガに対して決して受身ではないのだと感じる。

 私は、いつも神戸店のアクティヴコースのレッスンで顔を合わせるフリーパス会員の女性の姿を求めた。しかし、彼女の姿は見当たらない。私の心の中で、一抹の寂しさがよぎる。言葉を交わさなくても、私は彼女の存在を感じながらレッスンを受けていたことに気がついた。彼女の存在は、いつの間にか、神戸店でアクティヴコースのレッスンを受ける私の拠り所となっていたのだ。彼女は平日のレッスンには顔を出さないのだろうか。

 レッスンが始まり、こわばった身体をほぐすために足首を回す運動をしていると、入口のドアが開いて人が入って来た。何と、フリーパス会員の女性だった。やはり、彼女の髪の毛は濡れている。さきほど別のレッスンを受けて、シャワーを浴びて来たばかりのようである。それでも、場所を確保するために、ひとまずヨガマットの上にバスタオルだけを置いてシャワーを浴びていたようである。彼女の姿を確認した私は、思わず安堵の息を漏らした。やはり、彼女の姿を確認しなければ、神戸店でレッスンを受けた気がしない。あちらこちらの支店に顔を出している私にとって、ホームである神戸店の常連さんの存在は、私を心地良い安心感で満たしてくれる。

 ビギナーコースに参加していた頃からわかっていたことだが、平日の夜のレッスンは、早く家に帰りたい気持ちが先走るのだろう。最後の休憩のポーズや瞑想をパスしてスタジオを出て行ってしまう人が多い。このときも、およそ半数の人たちがスタジオから出て行ってしまった。フリーパス会員の女性も然りである。

 いつものように、私は最後までレッスンを受け、シャワーを浴びるために少し並んだ。シャワールームは、先にスタジオを出て行った人たちで既に満室だったのである。やがてシャワールームから人が出て来て、シャワールームが空いたことがわかった。出て来たのは何と、フリーパス会員の女性だった。憧れの女性が使ったあとにシャワーを浴びることができると思うと、私は一人でにやにやしていた。ここでシャワーを浴びれば、彼女のように美しいポーズを取ることができるようになるかもしれないのだ。

 シャワーを浴びて着替えを済ませ、受付にロッカーの鍵を返しに行くと、さきほどのインストラクターの女性が応対してくださった。
「いろいろな支店に足を運ばれているそうですね」
と彼女が言う。あれれ? かつて、受付でその話をしたときに、彼女がそこに居たかどうか、私ははっきりと記憶していない。しかし、コンピュータに受講履歴が残るので、それを参照されたのかもしれない。もしもそうだとすると、会員のためにそこまで歩み寄ってくださるのはとてもありがたいことだ。
「そうなんですよ。最近、いろいろな支店に出掛けて行くことにかなりはまってます」
と私は答えた。
「やはり、支店によって違いますか?」
と尋ねられたので、
「違いますねえ。ロッカールームで迷ったりしますしね(笑)」
と答えた。神戸店や三宮店のロッカールームは狭いですね、とは言えなかった。

 久しぶりに受けた平日のレッスン。常連のフリーパス会員の女性にも会えたし、スタッフの方とコミュニケーションも取れたし、とても満足である。私は、仕事帰りの心地良い疲れを感じながら、ガンモの待つ我が家へと急いだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私自身は流れ者のように、あちこちの支店に出掛けているというのに、ホームである神戸店で馴染みのスタッフと会話をしたり、常連さんと顔を合わせることには大きな安心があります。自分自身が変化しやすい状態にある場合、変化しないでいることを他力本願にしているのかもしれませんね。

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2007.02.20

「赤きっぷ」を求めて

 ガンモの仕事が休みだったので、いつもよりも早めに仕事を上がった。これから一時間半かけて帰宅するわけだが、乙女心としてはどこかでガンモと合流したい。ガンモに電話を掛けてみると、青春18きっぷが発売されたので、できれば大阪駅まで買いに行きたいと言う。そこで私たちは、自宅の最寄駅を通り越して、大阪駅で落ち合うことになったのだ。

 何故、駅の窓口で普通に購入できる青春18きっぷをわざわざ大阪駅まで買いに出掛けて行くのかと言うと、「赤きっぷ」を購入するためである。青春18きっぷを駅の窓口で普通に購入すると、印字された近代的なきっぷになってしまう。しかし、大阪駅で「『赤きっぷ』をください」と申し出ると、昔の企画きっぷのような紙に印字された青春18きっぷを出してくれるのである。

普通の青春18きっぷ(フリーの画像:ウィキメディア・コモンズより拝借)

 しかも、青春18きっぷは通常、五枚綴りのものが一万千五百円で発売されているのだが、何と何と、今回の青春18きっぷはJR発足二十周年記念ということで、五枚綴りのものを八千円で購入することができるのだ。そのため、早めに購入しておかなければ、「赤きっぷ」が売り切れてしまうとガンモは懸念していたようである。

 いきなり大阪駅に集合と言われても、私の職場は神戸市のはずれのほうにある。大阪までは、二時間近くかかってしまうことだろう。ようやく三宮に着き、確認のために再びガンモに電話を掛けてみると、どうしたことか、ガンモは大阪環状線に乗って鶴橋に向かっていると言う。鶴橋と言えば、韓国ムードの漂う焼肉の街である。何故、ガンモがそのような場所に向かっているのかわからなかったのだが、とにかく私もガンモが向かっているという鶴橋を目指すことにしたのだった。

 大阪駅に着いて大阪環状線に乗り換える。神戸方面を走っている電車と違って、ホームも車内もかなり混雑している。それにしても、ガンモは一体どうして鶴橋に向かったのだろう。

 鶴橋にいて、ようやくガンモと合流することができた。ガンモの話によれば、いつも大阪駅で購入している赤きっぷが既に売り切れになってしまっていたので、以前、ネットで見掛けた情報を頼りに、鶴橋駅に足を運んだのだそうだ。このように、赤きっぷを入手できる駅は限られているのだ。ガンモは、鶴橋駅でめでたく赤きっぷを購入することができたと言う。

JR発足二十周年記念・青春18きっぷの赤きっぷ(撮影:ガンモ)

 五枚綴りで八千円ということは、一日わずか千六百円でJRの普通列車を乗り放題できるわけである。ガンモはこの赤きっぷを、私と一緒に旅行するために二枚購入したらしい。
「私が名古屋のホットヨガに出掛けて行く分は?」
前回、青春18きっぷの端数を使って名古屋までホットヨガのレッスンを受けに行った私がガンモに尋ねると、
「今回は二枚買ったから、端数は出ないよ」
とあっさり言われてしまった。それは残念。五枚綴りの切符が一枚だけなら、二人で旅行すれば一回分余るのに。でも、ガンモが名古屋の上前津近辺のパソコンショップを巡回している間に、私が名古屋栄店でホットヨガのレッスンを受けるというパターンがあってもいいのではないだろうか。

 さてさて、せっかく鶴橋までやって来たので、ご飯を食べて帰ろうという話になった。鶴橋と言えば焼肉だが、焼肉という気分ではなかったので、お好み焼きを食べて帰った。

 帰りの大阪環状線の中で、見知らぬおばちゃんに声を掛けられた。おばちゃんは、私の身体をトントンと叩き、
「ズボンの紐が外れとるで」
と言う。見ると、確かに私のズボンにくっついている紐が、電車の床の上にストンと落ちていた。私は、
「ああ、どうもありがとうございます」
とお礼を言ったものの、おばちゃんが立ち去ってからガンモとそっと顔を見合わせた。
「やっぱり、大阪のおばちゃんは、神戸のおばちゃんとは迫力が違うね。神戸のおばちゃんは、見知らぬ人には話し掛けて来ないもんね」
ガンモもそれに同意していた。

 声を掛けて来るのは何もおばちゃんばかりではない。先日、大阪の街をデジタルカメラに収めていたときのことである。撮影を終えて一息ついているところを、見知らぬおじさんに声を掛けられた。
「えー写真撮れたかあ?」
このときも、私はガンモと顔を見合わせた。見知らぬ人に気安く声を掛けるというのは、大阪ならではの情趣でもある。

※青春18きっぷを大きな写真で掲載したまま、しばらくネットに接続できない状態にありました。申し訳ありませんでした。さきほど、サイズをコンパクトにしておきました。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 五枚綴りで八千円の青春18きっぷは、大変お買い得だと思います。これまで大人しく過ごされていた方も、お子さんのお休みに合わせて、ご家族でお出掛けされてみてはいかがでしょうか。ちなみに、青春18きっぷの発売期間と利用期間は、以下の通りとなっています。

・発売期間:2月20日~3月31日
・利用期間:3月1日~4月10日

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2007.02.19

散骨

 いつも通勤に利用している地下鉄のホームに、仏壇の広告パネルがある。あるとき何気なくその広告パネルを見つめながら、広告パネルに採用されている仏壇の写真に自分の写真が入っていることを想像してみた。すると、自分でもすぐには理解できなかったのだが、どうしようもなく切ない気持ちが込み上げて来たのだ。肉体を去って行くことが怖くないわけではないが、決してそのときのことを想像したわけではない。私の仏壇を、一体誰が世話してくれることになるのだろうと想像した途端、ひどく切ない気持ちになってしまったのだ。

 私たち夫婦には子供がいないので、私の仏壇を世話してくれるのは私たちの子供ではない。だからと言って、そのことが切ないわけでもない。もしも私たち夫婦の間に子供がいたとしても、私の生きるテーマは男女の愛に大きく傾いてしまっているので、自分の子供に私の仏壇を世話して欲しいとは思わないだろう。もしも仏壇という形でこの世に生きた証を残すなら、私は、私のことを最も深く愛してくれた人に仏壇の世話をして欲しい。それは誰なのだろう。真っ先に思い浮かぶのは、やはり夫であるガンモだ。つまり、私にとっての愛は、血縁とは別のところに重心があるということである。

 しかし、前世でそうであったように、ガンモを置いて先に旅立ってしまうわけには行かないし、ガンモもまた、私と共に年を重ねながら生きている。突発的な事故や病気で肉体を去って行くことを除外すれば、私たちよりもずっと年齢の若い人が私の仏壇を世話してくれることになるのだろう。しかし、私の仏壇の世話をすることになってしまう人からすれば、決して深く愛しているわけでもない私の仏壇の世話をするのは、まるで貧乏くじでも引いてしまったような気持ちになるのではないだろうか。そう思ったときに、どっと涙が溢れて来たのである。すなわち、私のことを最も深く愛してくれた人と、私の仏壇の世話をしてくれる人が必ずしもイコールにはならないであろうことを頭の中で勝手に想像し、仏壇という形でこの世に生きた証を残すことは、果たして意味があるのだろうかと、ひどく切ない気持ちになってしまったのである。

 もともと私たち夫婦は、例えどちらかが先に旅立つことになったとしても、お墓もいらないし、仏壇もいらないと話をして来た。単刀直入に言ってしまえば、私たちは散骨を望んでいる。しかし、実際にはそうはならないだろう。天涯孤独の老人ならばともかく、そのようなことを血縁の人たちが許すはずがない。だから、血縁の人を頼って、どこかのお墓に入れてもらうことになるのだろう。例え肉体を去って行った私が望んでいなくても、世話をしてくれる人が私の仏壇を世話をすることを心から望んでいなかったとしても、しきたりや世間体でそのような流れになってしまうことは容易に想像がつく。

 先月末、コンピュータ業界の著名人であるジム・グレイ氏が、母親の遺骨を散骨するために自分のヨットで出掛けてサンフランシスコ湾で行方不明になった。有志の人たちが衛星中継された画像をインターネットで解析するなど、画期的な捜索方法が取られて来たが、このほど、捜索が打ち切られてしまった。ジム・グレイ氏がどのような気持ちで母親の遺骨を散骨しに出掛けられたのか、私は想像するしかないのだが、おそらく散骨については、故人の遺志だったのだろうと想像する。自分の母親の骨を散骨するためにヨットで出掛けて行くなど、母親に対する深い愛がないと実現できないことだと私は思うのだ。散骨は、単なる放置とは違う。肉体の一部を、愛をもって自然に返す行為だと思うからだ。

 私たちは、儀式や形式に対していつまでも頑なにならず、もっともっと柔軟になっても良いのではないだろうか。大切なのは、故人を偲ぶ気持ちであり、仏壇やお墓という形式にこだわる必要はないと思うのだ。最も親しい人に対して散骨ができるなら、それは尊い愛だと私は思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 通勤の途中にいつも見ている仏壇の広告パネルから、散骨に対する思いを綴ってみました。残念ながら、ジム・グレイ氏はまだ見つかっていません。行方不明になってからずいぶん日にちが経過してしまっているので、もはや生還への望みは薄いのかもしれません。この出来事をきっかけに、儀式や形式について再考される人たちが増えて来るかもしれませんね。

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2007.02.18

映画『夏物語』

 ガンモが仕事に出掛けて行ったので、仕事を終えたガンモと待ち合わせをするために、私は三宮まで映画を観に行った。今回観たのは、一生にただ一人の人を愛し続けて生涯独身を貫いた、感動的な男女の愛の物語である。実は先日、映画『どろろ』のレビューを書いたばかりだったので、別の映画のレビューを書くのはしばらく控えようと思っていたのだが、Yahoo!映画のユーザーレビューを見ていたら、どうしても自分の感想を書かずにはいられなくなった。

 私はこの映画を観て、切なさと感動が入り混じった涙で顔がぐじゅぐじゅになった。映画を観てこんなに泣いたのは、本当に久しぶりのことだった。それは単に、「泣ける」というレベルのものではない。私は映画館で、声を上げて泣いていたのだ。そして、この映画の中で繰り広げられた男女の愛の物語を「ガンまる日記」の中でも皆さんにご紹介し、広く伝えて行きたいと思っていた。そして、それはもう少し先のことにしようと思っていたのだが・・・・・・。

 映画を観終わったあと、私はこの映画を観た人たちが、私と同じようにその切なさに涙し、この映画を高く評価しているものと思いながら、Yahoo!映画のユーザーレビューを見に行った。私が評価するなら、間違いなく五点満点中の五点だ。きっと他の人たちも同様の評価をつけているに違いない。そう思っていたのだが、あろうことか、総合評価の平均点は三点にも満たない状態だった。私は、予想外の出来事に言葉を失ってしまった。事実を確認しようと、Yahoo!映画のユーザーレビューの詳細に目を通してみると、四点や五点などの高い評価をつけているいる人もいるが、一点などという最低の評価をつけている人がチラホラいるのである。

 最低の評価をつけている人たちのコメントを拝見すると、「どこで泣けるのかわからない」とか「つまんない」とか「くだらない映画」とか「手に負えない陳腐なドラマ」とか、まったくもって、ひどいことが書かれている。もしかして、一人の人がいろいろなYahoo! JapanのIDを取得して、IDを変えながら嫌がらせを書いているのだろうか? 私は本気でそう思ったくらいである。しかし残念なことに、この映画を観て泣けなかった人、つまらないと思った人は実在するようなのだ。自分の顔が涙でぐじゅぐじゅになるくらいの映画を、「どこで泣けるのかわからない」と言われたら、力を入れてレビューを書きたくなるのは当然のことだろう。しかし、この映画を観て何も受け取ることができなかった人たちに向けて、言葉で訴えかけて行くのはもっと難しい。だからせめて、これからこの映画を観ようとしている人たちがこの映画から遠ざかってしまわないように、このレビューを書いておきたい。

 ネタバレにならない程度に映画の内容を少しだけ述べておくと、初老になっても独身を貫き通している大学教授ユン・ソギョンを韓流スターのイ・ビョンホンが演じている。ソギョンは、大学生の夏休みに、仲間たちと田舎までボランティア活動に出掛ける。そこで、スエ演じる図書館で働く女性ジョンインと出会うのだ。この二人は、最初のやりとりからして、ツインソウル的な関わり方をしている。とにかく素直になり切れず、互いに反発ばかりしているのだ。しかし、最初から反発ができるということは、出会った直後から既に反発できるほどの親しさをお互いに感じている証拠である。反発し合いながらも、そこには同時に許しが起こっているのである。スクリーンを通してそれがわかるだけに、既にその時点からじわじわと感動が沸いて来る。そんな二人がやがて互いに深く愛し合うようになるにもかかわらず、時代に翻弄され、引き裂かれて行く。しかし、時代に引き裂かれながらも、決してひと夏だけで終わらせることのない一生の愛へと発展して行く。

 この映画は、ラブシーンが濃厚ではなく、まさしく純愛という名にふさわしい映画であると言えるだろう。だからこそ、二人がしっかりと抱き合うシーンが映えて来る。もしかすると、本当に愛し合っているのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 この映画を観て泣けた人と泣けない人、その違いは一体何なのだろうと考えてみた。感動というものは、超音波のように周波数があり、振動が許容する範囲内にいる人しか反応できないのかもしれない。それは、生きているテーマであるとか、過去の経験にもよるのだろう。更に、もしかすると、映画というものは、いや、映画に限らずどんな感動的な出来事も、既に自分の中にあるものしか引き出すことはできないのかもしれない。この映画を観て泣けなかったという感想を読んで、ふとそんなことを思ってしまったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画を観て泣けるか泣けないか、まだご覧になっていない方は是非とも劇場に足を運んでみてくださいませ。そう言えば、年末に、『ウィンター・ソング』という金城武さん主演の香港映画を観ましたが、その映画で、私はまったく泣けなかったのです。切ないラブストーリーでありながらも、どこか自己愛的なものを感じてしまいました。一言で言えば、周波数が合わなかったのかもしれません。(^^;

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2007.02.17

ホットヨガ(三十三回目)

 先週、かに道楽にカニを食べに出掛けたときに、ガンモは大阪駅前のヨ○バシカメラにブローニーのベタ焼き(ブローニーとは、紙巻きのフィルムで、最も一般的な35ミリのフィルムよりもサイズが大きく、だいたい60ミリぐらいのフィルムである。ベタ焼きとは、日光写真のように、引き伸ばしレンズを通さずに、ネガの上から直接、印画紙に焼き付けることを言う)を注文していた。そのベタ焼きが仕上がっているはずなので、ガンモは大阪まで引き取りに行きたいと言う。私は、ホットヨガの神戸店の予約を入れていたのだが、ガンモに同行するため、神戸店の予約をキャンセルして、心斎橋店に予約を入れ直した。心斎橋店は、初めての場所である。実を言うと、最初は梅田店を希望していたのだが、既に予約がいっぱいで取れなかったのである。

 朝、ガンモと一緒に家を出て、大阪駅で分かれ、ガンモは山へ柴刈りに、私は川へ洗濯に行った。いや、間違い。ガンモはヨ○バシカメラへ、私は心斎橋へと向かった。思えば、こうして心斎橋に出掛けて来るのも久しぶりのことである。ホットヨガのサイトで紹介されている地図で確認した地下鉄の出口から、なんば方面に向かって御堂筋沿いを歩いた。しかし、徒歩五分と書かれているのに、なかなか目的のビルが見つからない。もしかすると、徒歩五分というのは間違いで、実際は七分も八分もかかってしまうのだろうか。時計を見ると、レッスン開始まであと二十分足らずだった。

 私は、ノートパソコンを取り出して、再び心斎橋店の地図を確認した。確かに方向は合っている。しかし、目的のビルが見当たらないのは何故なのだろう。これは困った。今回から新しい回数券を使い始めるというのに、初回から遅刻するのは嫌だ。これまでだって、一度も遅刻したことはないのだから。

 私は、心斎橋店の住所と電話番号を手帳に書き写し、ノートパソコンをパタンと閉じた。来た道を戻るべきか、それとももっと先へ行くべきか迷っていたので、私は思い切って心斎橋店に電話を掛けてみた。初めて心斎橋店に行くのだが、ビルが見当たらないので、向かいのビルの名前がわかれば教えて欲しいと告げた。電話に出てくださったスタッフは、丁寧に応対してくださった。その結果、私は目的のビルを通り過ぎてしまっていることがわかった。私は、目的のビルまで歩いて戻り、何とか無事に辿り着くことができた。新しい支店に出掛けるときは、とにかくひやひやものである。

 受付のスタッフには、私がさきほど電話を掛けた人物であることがすぐにわかったらしく、ロッカールームの場所とレッスンを受けるスタジオの場所を教えてくださった。ロッカールームは、それほど広くはないが、混雑していなかったため、比較的ゆったりと着替えを済ませることができた。

 スタジオに入ったのは、レッスン開始の五分前だった。心斎橋店のスタジオは、前後の奥行きがなく、とても小さなスタジオだった。レッスンの開始を待っている人たちは全員、ヨガマットの上に仰向けになって寝ていた。誰一人として、ウォーミングアップのために身体を動かしている人がいないのは、とても不思議な光景だった。ヨガマットは前後合わせて十五個くらい敷かれていたが、レッスンが始まっても三個ほど空いていた。

 時間になると、インストラクターがスタジオに入って来て、レッスンが始まった。今回は、じっくりとポーズを取りたかったので、九十分のベーシックコースに参加した。ベーシックコースは、ビギナーコースを卒業した人たちが進むコースである。そのためか、一緒にレッスンを受けている人たちは少し大人しい。いつも参加しているアクティヴコースに見受けられるような熟練者がいない。

 支店が異なると、インストラクターの教え方が違っていて面白い。今回のインストラクターは、骨盤の上から背骨を一本一本まっすぐに伸ばして行くイメージをしきりに強調していた。また、レッスン開始直後に行うストレッチも、初めてのストレッチが多く、とても新鮮だった。

 ベーシックコースは、アクティヴコースのように、きついポーズは少ない。ただ、お腹を下にして身体を反らせるポーズは、相変わらず苦手である。特に、ベビーコブラのポーズやバッタのポーズは、筋腫が破裂してしまうのではないかという不安が伴うため、私にはとてもできない。おまけに生理が始まって、筋腫がとても敏感になっていたので、私はいつもよりも慎重にポーズを取っていた。

 九十分のベーシックコースに参加したのは久しぶりのことだったが、七十五分のアクティヴコースのような激しい疲労感はなかった。だから、「酸素プラス」を飲まなくても大丈夫だろうと思っていたのだが、実はそれが甘かった。

 いつものように、レッスンを終えてシャワールームへと向かった。心斎橋店はシャワーの数が多いので、競争もなく、実にゆったりとシャワーを浴びることができた。それから着替えを済ませ、簡単にメイクしたあと、受付でロッカーの鍵を返却した。既に次回の予約を済ませているからだろう。
「次回のご予約の変更はありませんか?」
と聞かれた。私はにっこりと微笑み、心斎橋店をあとにした。また、ここに来たいと思っていた。

 外に出てみると、本格的な雨が降っていた。ガンモは傘を持っているのだろうか。ガンモに電話を掛けてみると、ガンモは既に私のいる心斎橋まで移動していた。ガンモと合流して一緒に昼食を取り、心斎橋からなんばまで歩いた。しかし、この頃になると、次第に私の具合は悪くなっていた。運動をしたために、身体の中で活性酸素が増えてしまったのだろう。首のあたりに強い不快感を感じた。しかも、首からは一眼レフタイプのデジタルカメラをぶら下げて歩いていたので、首周りの血行不良に更に拍車をかけていたようである。私は、「酸素プラス」を飲みたい! と思ったが、どの薬局で探しても見当たらなかった。おまけに、生理が始まって鉄分が失われているせいか、ひどく眠い。目がトロンとして来た。早く家に帰って眠りたい。ただひたすら、そんなことを考えていた。

 私たちは、久しぶりに訪れたなんばの街を堪能したかったのだが、ガンモもたくさん歩いてひどく疲れている様子だった。雨の中を、疲れた身体で、ホットヨガの荷物に加え、ノートパソコンにデジタルカメラを持って歩くのはなかなか大変なことだった。

 帰宅した私たちは、ただちにベッドに横になった。首をカイロで温めながら一眠りすると、すっかり元気になっていた。ガンモと一緒に大阪方面まで出掛け、私がホットヨガのレッスンを受けている間にガンモも自分の用事を済ませるという新たなパターンを見出した私たち。ガンモは久しぶりに京都に行きたいと言っているので、この新たなパターンが、またどこか別の支店に生かされるのも、そう遠くないかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回から新しい三十回回数券を使用していますが、その第一回目は心斎橋店でのレッスンとなりました。もう少し暖かくなったら、心斎橋店の帰りに、鏡子さんに教えていただいたラドン温泉に入って帰りたいと思います。具体的な銭湯の名前は確認していませんが、おそらく、===みんなのお風呂===清水湯===だと思われます。心斎橋は、雨の日でも、たくさんの人たちで賑わっていました。商店街にはアーケードがあるので、雨が降っていてもあまり影響はないのかもしれません。人ごみの中に出るとひどく疲れてしまうのは、人が多くて酔ってしまうというのもあると思います。

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2007.02.16

映画『どろろ』

 ガンモと一緒に映画『どろろ』を観たい。平日の仕事帰りならば、レイトショーに行くことができる。ありがたいことに、レイトショーならば千二百円で映画を観られる。そう思って、仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモはレイトショーの上映時間までには仕事を上がれそうにないと言う。それは残念。この週末は、ガンモと出掛ける予定が入っているが、金券ショップで映画の鑑賞券を購入しない限り、ガンモは定価では映画を観たがらないだろう。もともと、『どろろ』の前売券を持っているのは私だけだ。よし、私だけでも観て帰ろう。そう決心して、私はガンモにレイトショーを観て帰ることを告げると、映画館へと向かったのである。

 『どろろ』が公開されたのは、確か先月の最終土曜日だったはずだ。公開されてから既に三週間近く経っているというのに、レイトショーにしては観客が多かった。私はしばしばレイトショーに足を運んでいるが、平日のレイトショーは、いつも観客がまばらなのである。公開されてから比較的時間が経っているというのに、これだけの人たちがレイトショーに足を運んでいるのだから、かなり人気の高い映画なのだろう。実際、私も存分に楽むことができた。何しろ、本編が始まった直後から、「やっぱりこの映画はガンモと一緒に観たかったなあ。できればガンモと一緒にもう一回観たいなあ」などと思い始めていたのだから。映画を観終わってからもう一度観たいと思うならわかるが、たった今、観始めたばかりの映画をもう一度観たいなどと思えるほどの映画にはなかなか巡り合えないものだ。

 ただ、原作の『どろろ』を読んでいたせいか、『どろろ』役の柴咲コウの身長が小さくないのは少々違和感があった。また、『どろろ』が女性であることも最初からわかり過ぎて、意外性がない。それでも、彼女が体当たり演技を見せてくれたので良しとしよう。主人公のガンまる、いや、百鬼丸は妻夫木聡が演じていた。実際にこの映画を観るまでは、こんなかっこいい俳優さんに、あの暗い百鬼丸の役がこなせるのだろうかと心配だったが、彼は寡黙な百鬼丸の役を見事に演じていたと思う。『春の雪』を観たときにはそれほど感じなかったが、彼の端正な顔立ちと口数の少なそうな性格は、私の好みかも。

 私の最もお気に入りのシーンは、原田芳雄さん演じる百鬼丸の育ての父親が、失われた百鬼丸の身体を少しずつ創造して行くシーンだ。原作があまりにも有名なのでご存知の方も多いと思うが、百鬼丸は、彼の父親の天下を取りたい野望と引き換えに、魔物に身体の四十八箇所を奪われた状態でこの世に生まれて来た。そのため、産みの親に見放されてしまう。川に捨てられた百鬼丸を救出した育ての父親は、百鬼丸の失われた身体の部品を丁寧に創り、まだ赤ん坊の百鬼丸に慎重に継ぎ足して行く。継ぎ足した身体が百鬼丸になじむように、百鬼丸を容器の中で培養するのだが、そのシーンが鉄腕アトムの誕生を強く連想させ、手塚治虫先生の原作ならではの作品に仕上がっている。

 育ての親の死後、百鬼丸は、魔物に奪われた自分の身体の一部を求めて魔物と戦う旅に出る。魔物を倒す度に、百鬼丸の身体の一部が戻って来る。魔物を倒したあとは、百鬼丸のどの身体の一部が戻って来るのかが楽しみで、スクリーンに引き込まれてしまう。このようなアイディアを思いついた手塚治虫先生は天才だと思う。そして、これを見事に映像化された塩田監督も素晴らしい。

 塩田監督のこれまでの作品は、『黄泉がえり』と『この胸いっぱいの愛を』を拝見した。実のところ、『黄泉がえり』にはとても感動したのだが、『この胸いっぱいの愛を』で少々がっかりしてしまっていた。しかし、今回の『どろろ』で大きく巻き返した。原作を読んでいる人は、あのシーンがこのように映像化されているのかという視点で、この映画を十分楽しむことができるだろう。この映画では、少しずつ自分の身体を取り戻して行く百鬼丸が、次第に人間らしさをも取り戻して行くプロセスが見事に描かれている。もちろん、百鬼丸が人間らしさを取り戻すのは、単に自分の身体を取り戻したからだけではない。どろろの存在も大きく関わっていることと思う。

 物語の終わりに差し掛かると、登場人物たちの間に大きな葛藤が起こる。ここに来て私たちは、「因果」という言葉を連想せずにはいられない。百鬼丸とどろろが出会ったのも、因果のためだったのかもしれない。私たちは、そのときそのときで、そのときの自分にぴったりの選択をしている。時には遠回りをしながらも、最終的には自分に納得の行く人生の選択ができるように生きている。そんなことを感じさせてくれる映画だった。だからなのだろうか。登場人物たちの変化が面白い映画でもある。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 主人公の名前がそのままタイトルでなく、主人公と一緒に旅をする人物の名前がタイトルになっているのは不思議ですね。この『どろろ』、皆さんはどこにアクセントを置いていますか? 今回、映画館の受付で前売券を指定席と交換してもらうときに、隣にいた若者が、「ろろ」と、「ど」にアクセントを付けていました。ちなみに私は、「どろ」と、最後の「ろ」にアクセントを付けています。まるで、彼氏(カレ)と彼氏(レシ)みたいですね。

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2007.02.15

いじめ

 先日、父ちゃんが私たちの手から餌を食べるようになったことをここに書いたばかりだが、バレンタインデーに仕事が休みだったガンモの話によれば、父ちゃんと母ちゃんが肩を寄せ合って、ガンモの手から餌を食べたと言う。父ちゃんが初めて私の手から餌を食べたとき、かなり警戒心が強くて実現するまでに時間が掛かったはずなのに、母ちゃんは警戒心を抱くことなく、ガンモの手からすんなりと餌を食べたと言うのだ。ということは、父ちゃんが母ちゃんに、
「人間の手から餌をもらったけど、大丈夫だったよ」
と話して聞かせたに違いない。思った通り、父ちゃんと母ちゃんは、密なコミュニケーションを交わしているようである。

 先日の日記には、ガンモが負けず嫌いであると書いたのだが、この話を聞いて私もうらやましくなった。私は、事情があって仕事を休んで家にいたので、これはチャンスだと思い、父ちゃんと母ちゃんが揃っているときに一掴みの餌を寝室の窓から差し出した。すると、ガンモの言った通り、父ちゃんも母ちゃんも警戒心を抱くことなく、私の手から餌を食べたのである。これは感動だった。私は、是非ともこの様子を写真に収めておきたいと思った。しかし、巣の中に雛がいる間は、父ちゃんと母ちゃんは交代で餌を探しに出掛けているのか、二羽が揃っていることはあまりない。そのため、父ちゃんが餌を食べているときの様子しか写真に収めることができなかったのだが、皆さんにご紹介しておこう。

警戒心も解けて、一心に餌を食べている父ちゃん

残り少なくなっても、このあと、一粒残らず平らげた

 しばらく経って、私が寝室でくつろいでいると、ベランダから何やら大きな音が聞こえて来た。まるで、何かと何かが格闘しているような激しい音だった。一体何事かと思い、窓を開けて見てみると、何と、母ちゃんが別の鳩に襲われているではないか。母ちゃんを襲っているのは小さな鳩で、嘴(くちばし)を使って母ちゃんに噛み付いたり、羽でベシッと叩いたりしている。
「こらっ、母ちゃんをいじめるな!」
と私が声を上げたのだが、母ちゃんを襲っている小さな鳩は知らん振りだ。

 母ちゃんを襲っているのは、普段、私たちのベランダにはあまりやって来ない鳩である。しかし、その鳩の番(つがい)と思われる鳩がもう一羽、待機していた。その柄(がら)を見ると、旧母ちゃんの柄と同じだった。身体つきからすると、ビッグではない。もしかすると、モリゾーかもしれない。仮にその鳩をモリゾーとすると、母ちゃんを襲っている何しろ、旧母ちゃんの子供たちは、みんな同じ柄なので見分けがつかない。小さい鳩は、モリゾーのお嫁さんのようである。それにしても、女性同士の醜い戦いとはおかしなものだ。何故、モリゾーのお嫁さんが母ちゃんをいじめるのだろう。しかも、母ちゃんをいじめているのはモリゾーのお嫁さんだけではなかった。モリゾーのお嫁さんが母ちゃんから離れると、今度はモリゾーが攻撃に入ったのである。

 私はおろおろして、ベランダに向かって、そのへんにあったものを振りかざした。すると、母ちゃんが私に助けを求めてすり寄って来た。
「よしよし、母ちゃん、大丈夫だよ。でも、父ちゃんはどうした? 父ちゃんは助けに来てくれないの?」
と尋ねながら、辺りを見渡した。どうやら父ちゃんは、餌を探しに出掛けて不在のようである。

 私が威嚇すると、モリゾー夫婦はいったん飛び去って行ったのだが、しばらくするとまた舞い戻って来た。そうこうしているうちに、父ちゃんが帰って来てくれて、今度は父ちゃんとモリゾー夫婦の戦いになった。我が家のベランダは大騒ぎである。

 母ちゃんは、子供を産んだとは言え、鳩社会の中ではまだまだ新参者なのかもしれない。一体何を求めて戦っているのかが良くわからないのだが、とにかく、父ちゃんが強いということだけはわかった。父ちゃんは立派にモリゾー夫婦を追い払ってくれたのだ。人間社会にもいじめはあるが、鳩社会にもいじめはあるようである。しかし、人間のように陰険ないじめではなく、暴力的ないじめであるところが、鳩社会のいじめの特徴であるようだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鳩にも様々なドラマがあるようですね。こうした苦難を乗り越えながら、父ちゃんと母ちゃんの絆はどんどん強くなっているのかもしれません。今、巣の中にいる雛たちが大きくなったら、もっともっと新しいドラマが生まれるのでしょうね。彼らが成長して行く様子もまた、ここでお伝えしたいと思います。

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2007.02.14

「ガンまる日記」三周年記念

 早めに仕事を終えて、ガンモの待つ自宅へと急いだ。ガンモは仕事が休みだから、もしかしたらチョコレートを一人で食べてしまったのではないか。そんな心配もよぎったが、帰宅してみると、ガンモはまだチョコレートには手をつけていなかった。

 バレンタインデーと言えば、いろいろな記念日が重なっている。チョコを贈るより、ハートを贈ろうにも書いたように、バレンタインデーは、私たちが交際するきっかけとなった日だ。交際を始めてからすぐに結婚を決意した私たちは、ここに来て、めでたく交際十一周年を迎えたわけである。

 バレンタインデーは更に、私が「ガンまる日記」を書き始めた日でもある。そう、二〇〇四年のバレンタインデーから「ガンまる日記」を書き始めて、丸三年が経過したのだ。それ以来、一日一記事を目指してずっと書き続けて来た。

 書き始めた当時の日記を読み返してみると、一回に綴る文章が実に短い。当時はまだ、書くことに関して乗りに乗った状態ではなかったのだろうと思う。しかし、一日一記事のペースで書き綴るうちに、読んでくださる方も増えて来て、更にはブログランキングにも参加させていただくようになり、次第に乗って来たように思う。

 実は、「ガンまる日記」を書籍化しようと、お正月休みに「ガンまる日記」をお借りしているココログのエクスポート機能を使って、すべてのログを別ブログに移行してみた。しかし、あまりにもカテゴリが多岐に渡り過ぎていて、書籍化の指定に四苦八苦している。というのも、ブログを書籍化するサービスはだいたいどのレンタルブログにも存在しているのだが、書籍化するときに指定できるのは期間のみであり、カテゴリ指定できないのが難点なのである。カテゴリを指定して書籍化するには、インポートした記事の中から別のカテゴリの記事をいったん削除するか無効にしておかなければならない。せっかく書籍化するのだから、カテゴリごとに記事を分けたいと思っているに、なかなかそれが実現できなくて足踏みしている状態である。

 さてさて。自宅で一緒にご飯を食べたあと、デザートにメリーチョコレートを食べることになった。ガンモが紙袋からうやうやしく包みを取り出して、ちょっと手の込んだリボンを慎重に解いて行く。ガンモは取り外したリボンを興味深そうに眺めていた。まるで、ここ何年か、こんな手の込んだリボンは見たことがないとでも言うように。慎重に箱を開けたガンモは、
「BLADEチョコレートとそっくりだ」
と言って喜んだ。ガンモが一粒取って口の中に入れたので、私も一粒取って口の中に入れた。品のいい甘さが口の中でとろけた。ご飯を食べたあとだったので、ガンモは二粒目を食べなかったのだが、私が代わりに二粒目と三粒目を食べておいた。ふとチョコレートの箱に目をやったガンモが、不在になったチョコレートの数を数え、
「三つも食べたの?」
と私に言った。私はおすまし顔で、
「うん」
と答えた。ガンモが糖尿病になるのも心配だったし。

 これ以上、チョコレートの蓋を開けたままにしておくと、私に食べられてしまいそうだと判断したガンモは、メリーチョコレートの箱に蓋をして、箱にかかっていたリボンを元通りに戻した。その行為はまるで、
「残りのチョコレートは全部、俺んだから」
と主張しているかのようだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m おかげ様で「ガンまる日記」もめでたく三周年を迎えることができました。これまで書き続けることができたのも、皆さんのご支援のおかげです。書くことを優先させていただいたおかげでもあります。もしも誰も読んでくださる方がいなかったら、私はとても書き続けることができなかったことでしょう。もはや、「ガンまる日記」は一人で書いているのではない、そんな気さえしています。ご支援くださった皆さんには、感謝の気持ちでいっぱいです。これからも、多岐に渡るカテゴリと格闘しながら(笑)綴って行きたいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.02.13

どろどろ

 公開中の映画『どろろ』を観に行きたい。私は公開前から派遣会社の福利厚生を利用して映画の前売券を購入している。購入するとき、ガンモも一緒に観に行くかどうかを確認したのだが、ガンモは面倒臭そうに、
「観に行かない」
と言った。

 ガンモが映画『どろろ』に柴咲コウが出演していることを知ったのは、ずっと後になってからのことだった。そのことを知ったガンモは、
「面白そうだから、やっぱり観に行きたい」
と言い出した。しかし、私は千百円で鑑賞できる前売券を持っているのに、一緒に観るガンモが定価の千八百円で鑑賞することになってしまうのもまた悔しい。同じ前売券を購入しようにも、既に派遣会社の福利厚生のページでは、映画『どろろ』の前売券は売り切れになってしまっている。

 そこで思いついたのが、火曜日のレディースディを利用することだった。レディースディなら、私は千円で映画を観ることができる。そして、私が既に購入している前売券でガンモが鑑賞すれば、すべてが丸く収まるのではないか。そう思い、私は仕事を終えてガンモに電話を掛けた。Windows Vista対応がようやく落ち着いたので、仕事帰りにガンモと三宮で待ち合わせできると思ったのだ。

 ところが、ガンモは何と、自宅近くの顧客のところで仕事をしている言う。しかも、仕事はまだまだ終わりそうもないらしい。ガンモの様子では、移動時間も考えると、映画の上映時間にはとても間に合いそうになかった。がっかりである。映画『どろろ』だけでなく、私の手元には映画の前売券が三枚あるのだが、なかなか映画館に足を運ぶタイミングを掴めないでいる。それらの映画に導かれるのはいつのことなのか。

 ところで、先日出掛けたラジオの公開録音のときに、ラジオ番組のスポンサーであるTOYOTAから、BLADEという新製品の販促ツールと思われるいくつかの景品をいただいた。その中に、BLADEのロゴ入りのチョコレートが入っていた。コンピュータ業界で働いている私たちにとって、BLADEと言えば、すぐさまBLADEサーバーのことが頭に浮かぶ。ガンモは、
「TOYOTA VISTAにBLADE」
などと言いながら、私を笑わせてくれた。

 BLADEのロゴ入りチョコレートは、全部で三粒あった。三粒と言っても、メリーチョコレートにより製造された、立派なチョコレートである。私は、自分も一粒食べて、ガンモにも一粒分けてあげた。そして、ガンモがトイレに行っている間に、もう一粒残っていたチョコレートをペロリとたいらげてしまった。というのも、ガンモの血縁には糖尿病の人が多いので、ガンモ自身も甘いものを控える必要があると思ったからだ。それでなくても、ガンモはいつもスーパーで買った甘いお菓子をおいしそうにほおばっているので、糖分を取り過ぎないように注意を呼び掛けていたのである。また、私自身が参加したラジオの公開録音でいただいた景品であることも、私に優先権がある理由の一つだった。

 トイレから出て来たガンモは、
「チョコレート、あと一つ残ってたでしょ?」
と聞いて来た。私はあっさりと、
「うん、食べたよ」
と答えた。ガンモは驚いて、
「ええっ? 半分くれるんじゃなかったの?」
と残念そうに言った。そう、いつも私たちは食べ物を半分こして食べて来たからだ。
「いやいや、糖尿病になるといけないし」
と言い訳したものの、おいしいメリーチョコレートを一粒しか食べられなかったガンモが少しかわいそうに思えて来た。よし、バレンタインにはメリーチョコレートを買って来よう。私はそう決心したのだった。

 私は、仕事帰りにデパートのお菓子売り場に立ち寄り、メリーチョコレートを探した。時期が時期なだけに、デパートのお菓子売り場はたくさんの女性たちで賑わっていた。メリーチョコレート、メリーチョコレート・・・・・・。おお、あったあった! 私はメリーチョコレートのショーウィンドウを覗き込んだ。そして、つい先日、食べたばかりのBLADEチョコレートにそっくりのチョコレートを探し当てることに成功したのだ。同じものはなかったが、BLADEチョコレートにできるだけ近い商品を選び、二人で一緒に食べられるようにと、少し大きめのチョコレートを買った。それを、ガンモに見つからないように、玄関の茂みにそっとしまっておいた。

 帰宅してゆったりとくつろいでいるうちに、零時を回った。ガンモは私の顔を見ながら、
「バレンタインデーだけど?」
と言った。私は、
「そうだね」
と言った。

 我が家は、零時を回ってからお風呂に入ることが多い。お風呂と玄関はすぐ近所にある。トイレに立ったついでに、私は玄関の茂みの中から買っておいたチョコレートを取り出して、ガンモがお風呂にやって来るのを密かに待った。そして、お風呂に入るためにやって来たガンモに、さっと差し出したのだ。
「はい、これ。メリーチョコレート」

 意外な展開にガンモはとても驚き、そして喜んでいた。ガンモが先日食べそびれたメリーチョコレートが、ちゃんとした紙袋に入って、ちゃんとした包装紙に包まれていたからだ。私は、
「二人で食べるんだから、一人で全部食べてしまわないようにね」
と釘をさしておいた。

 バレンタインデーの当日、ガンモは仕事が休みである。暖冬のためにチョコレートがどろどろにならないうちに、いや、私の分のチョコレートがなくなってしまわないうちに、いやいや、ガンモがチョコレートを食べ過ぎて糖尿病にならないように、早めに帰宅しなければ。

※一日一日記のため、日付と時間を変更してしまいますが、この日記は零時を過ぎたバレンタインデーの前夜の出来事です。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモの喜びぶりを見て気がついたのですが、結婚してからというもの、バレンタインデーにちゃんとしたデパートのお菓子売り場でチョコレートを買ったのは久しぶりだったかもしれません。何しろ、我が家は「毎日がバレンタインデー」でしたので。年に一度のバレンタインデーを受け入れるということは、バレンタインデー以外の日はバレンタインデーではないのですよね。ちょっと複雑な気持ちです。(^^;

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2007.02.12

映画『書を捨てよ町へ出よう』

 寺山修司監督の映画は、二十年ほど前に映画館やビデオで集中的に観ていたことがある。映画館で観たのは『草迷宮』といくつかの短編映画、ビデオで観たのは『さらば箱舟』と『田園に死す』だったと思う。書籍も何冊か読んだ。

 いくつかの映画や書籍から感じ取ったことは、寺山修司監督がこだわり続けているのは、「母」と「時計」なのではないかということだった。今回の作品の中にも、「母」と「時計」は登場している。しかし、他の作品のように、これでもか、これでもかと訴え続けるほどのインパクトを持って登場しているわけではない。『書を捨てよ町へ出よう』では、街のあちらこちらに張られている「どもり」を改善する施術院のポスターが目についた。こうした間接的なアプローチが、いかにも寺山修司監督らしい。

 さて、この映画はストーリーはあるのだが、主人公が頭の中で思い描いたことや関連性を持つ出来事が、まるでホームページのリンクボタンをクリックするかのように、次から次へと別の映像に切り替わる。イメージのシーンにはフィルターがかけられているのか、スクリーンの彩りが異なっている。例えば、主人公を取り巻く通常のストーリーはフルカラーで表現されているのだが、主人公が生活する「家」を描いたシーンには緑のフィルターがかけられている。また、主人公の夢である人力飛行機で空を飛ぼうとしているイメージには、紫のフィルターがかけられている。主人公以外の登場人物が思い描くイメージになると、時にはモノクロ映像になることもある。

 クルクルと切り替わる映像を忠実に追い掛けながら、寺山修司監督の言わんとしていることを理解しようとすると、逆に映画の世界からどんどん取り残されてしまう。取り残されないようにするには、理解しようとして立ち止まらない勇気を持つことが必要かもしれない。

 映像美としては、主人公が連れて行かれた娼婦の部屋が印象的だ。アマチュアの描いた浮世絵かと思えるようなカーテンに、お経の書かれた布団。そんな怪しげな布団の中で、主人公は娼婦に抱かれるのだが、行為の最中に、バックには般若心経が流れ、男のすすり泣く声さえ聞こえている。一体、何のためのお経なのだろう。布団にお経を書いておけば、そのような行為も清められるということなのだろうか。しかし、男のすすり泣く声は? 私は、娼婦とそのような行為をしたくない主人公が、行為の最中に泣いているのだと思っていた。しかし、主人公は泣いてはいなかったのだ。主人公は、娼婦の前では泣かなかったが、心の中では泣いていたのかもしれない。

 それから、後半の部分に登場するバスタブに浸かった若かりし頃の美輪明宏さん。脇の下にうっすらと毛が生えてはいるのだが、もう、美しいの一言に尽きる。今ではすっかり尊い存在となってしまった美輪明宏さんも、かつてはこのような役もこなされていたのである。

 この映画は、一九七一年の作品なのだそうだ。映画を観ながら強く感じるのは、古い映画特有のエネルギッシュな要素があちこちにちりばめられていることである。映画そのものがエネルギッシュというよりも、時代がエネルギッシュだったのかもしれない。例えば、新宿の歩行天国の若者によるパフォーマンス。世の中が便利になった分、人間が怠け者になってしまったのか、現代では感じられないほどの強いエネルギーを感じる。しかし、映画の中の若者たちから強いエネルギーを感じるというのに、全体的に暗いのだ。

 ここで私は、二年ほど前の夏休みに観た青森のねぶた祭りを思い出してみる。青森と言えば、寺山修司監督の出身地である。冬になるとたくさんの雪が積もり、活動を節制することを余技なくされる雪国青森で、「夏がやって来たぞ! 活動できるのは今だ!」と言わんばかりの強いエネルギーが交わされていた。しかし、温暖な四国で育った私からすると、彼らが底力を使って弾けているように見えてしまう。つまり、普段は静かなはずの青年たちが、思い切り活動できる夏に、期間限定で弾けているように見えてしまったのだ。温暖な四国で育った私には、この底力的な強いエネルギーが理解し難かった。

 寺山修司監督の映画にも、ねぶた祭りと同じような強いエネルギーを感じる。そして私は、映画の解釈のために、芋づる式につるつると関連性を持たせてみる。題材にするのは東洋医学だ。東洋医学のベースとなっている陰と陽。それに、動と静の要素を加えてみる。温暖な四国で育った私にとって、エネルギッシュであることは、常に陽+動だった。しかし、青森のエネルギーは、陰+動の組み合わせなのだ。だから、理解し難かったのかもしれない。普段からずっと熱いというよりも、いざというときに強さを見せてくれる。寺山修司監督の映画からは、そんな底力的な強いエネルギーを感じさせてくれた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m どなたかがレビューに書いていらっしゃったのですが、寺山修司監督が表現して来たような映画を製作できる人は、確かに今の日本にはいませんね。物事を詳細に、そして正確に描写できる映画監督であることもまた素晴らしいとは思いますが、寺山修司監督のように、鑑賞する人のイマジネーションを掻き立ててくれる監督もまた貴重な存在だと思います。イマジネーションを膨らませば膨らますほど、幾通りの解釈もできますし。寺山修司監督の映画は、他にもいくつかDVD化されているので、また時間を作って観てみようと思っています。

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2007.02.11

ぼたもちと負けず嫌いのガンモ

 この真冬に雛が孵化してから幾日かが過ぎた。寒さのために動きが鈍かった雛たちも、ここ最近の陽気のせいか、元気に活動し始めたようである。寝室でゆったりとした時間を過ごしていると、父ちゃんや母ちゃんに餌をおねだりしている雛たちの鳴き声が聞こえて来る。窓を開けてそっと様子をうかがってみると、父ちゃんや母ちゃんが身体を震わせながら、雛たちにピジョンミルクを与えている。鳩は、一度食べたものを戻すような形で、身体の中で柔らかくした餌を雛たちに与えるのだ。

 雛たちがようやく活気づいて来たので、ガンモも安心したのか、ガンモはベランダにカメラを持ち出して、雛たちを撮影することに成功した。ガンモはこの状態の雛を「ぼたもち」と呼んでいる。

真冬に生まれた雛たち。雛たちを脅かさないようにするため、巣のあたりはまだ掃除ができないので、床は糞だらけ(撮影:ガンモ)

 生まれたばかりの雛たちは、羽が黄色いので、どのような柄(がら)になるのかわからない。しかし、次第に産毛も取れ、写真のように「ぼたもち」の頃になると、羽の模様を確認できるようになって来る。どうやらこの雛たちは、正真正銘の父ちゃんの子供らしい。ガンモは、
「父ちゃんが騙されてなかったみたいで良かった」
と言った。

 雛たちにピジョンミルクを与えるため、この時期の父ちゃん、母ちゃんはいつもお腹を空かせている。餌を与えても与えても、いつも物欲しそうな顔で寝室を覗き込んで来るのだ。私たちは寝室の窓を開けて、ベランダに一掴みの鳩の餌をパラパラと振り撒くのだが、お腹を空かせている父ちゃん、母ちゃんは、ぺろりと平らげてしまう。いつもお腹を空かせている彼らは、やがて人懐っこい行動に出て来る。私たちにできる限り近寄って来て、私たちの心をくすぐり、餌をおねだりするのである。

 熱心なアプローチに負けたガンモが再び餌を一掴みし、手に餌を盛ったまま父ちゃんに差し出した。そんなに餌が欲しいなら、手の平の中にある餌を直接食べてみよということである。しかし、いくら人懐っこい態度を取っているとはいえ、相手は野生の鳩である。まだまだ餌を人間の手から食べるほどの信頼関係は出来上がっていない。父ちゃんは、ガンモのすぐ近くまで寄って来るのだが、寄っては床に降りて、窓の近くまで飛んで来ては再び床に降りるといった行動を繰り返していた。ガンモはとうとう諦めて、手に持っていた一掴みの餌を床に振り撒いた。父ちゃんは、床に落ちた餌をぺろりと平らげた。

 しばらくすると、再び父ちゃんが寝室の窓を覗き込みに来た。「腹減った、もっと餌くれ」ということらしい。今度は私が一掴みの餌を手の平に収め、父ちゃんに差し出した。しかし、父ちゃんはやはり警戒している。ガンモのときと同じように、近寄っては離れ、離れては近寄り、の繰り返しだ。私は、父ちゃんに語り掛けた。
「大丈夫だよ。何もしないから。ここから食べてごらん」
それでも父ちゃんは、近寄っては離れ、離れては再び近寄って来る。私は更に熱心に語り掛けた。
「父ちゃん、大丈夫だから。何もしないよ。ほら、お食べ」
私は、父ちゃんに差し出した手を動かさないように、じっとしていた。少しでも手を動かすと、父ちゃんが警戒すると思ったからだ。そんな格闘が十分余りも続いただろうか。父ちゃんは恐る恐る近づいて来て、ようやく一口、食べた。一口食べると安心したのか、二口目も食べに来た。ガンモは驚いていた。そして、父ちゃんは、私の手の平にある一掴みの餌をすべて平らげてしまったのだ。

 「食べた! 父ちゃんが、私の手から餌を食べた!」
と喜んでいると、ガンモは、
「念のため、手をちゃんと洗っておいたほうがいいよ」
と言った。父ちゃんは野生の鳩だ。私はガンモの指示に従って洗面所にまで行き、薬用石鹸で手を洗った。

 手を洗ってから寝室に戻ってみると、ガンモが窓を開けて何かしている。見ると、私の真似をして、一掴みの餌を父ちゃんに与えているようだった。父ちゃんが私の手から直接餌を食べたのが、ガンモにとっては私に一歩リードされたみたいで悔しかったようだ。私の手から直接餌を食べて安心した父ちゃんは、ガンモの手から直接餌を食べても大丈夫だと信頼してくれたらしい。ガンモの手からも、ちゃんと餌を食べたのである。

 それにしても、いつになっても負けず嫌いなガンモである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 野生の鳩が、手から直接餌を食べてくれるのは、なかなかうれしいものですね。しかし、鳩と私たちの間に直接的なやりとりがあるわけではなく、「餌」という媒体を介しています。父ちゃんが私たちとのスキンシップを望んでくれたわけではなく、「餌を食べる」という目的を達成するための手段として、仕方なく(?)利用したわけです。今回は父ちゃんだけでしたが、いつか母ちゃんにも同じことを実践してみたいと思います。初めて私たちの手から餌を食べる母ちゃんの警戒心が、最初の父ちゃんほど強くなければ、父ちゃんと母ちゃんのコミュニケーションは、きちんと成り立っていると言えるでしょう。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.02.10

カニ尽くし

 仕事がひと息ついて、めでたく三連休に突入した。私たちの頭の中は、カニを食べることでいっぱいだった。お昼過ぎまで自宅でのんびりと過ごし、十五時過ぎから大阪に出掛けた。

 大阪に行くと毎回、必ず足を運ぶのは、大阪駅前にあるヨ○バシカメラ梅田店である。そこで、Windows Vistaへの注目度をそれとなく観察していると、Windows Vistaのジャンパーを着たキャンペーンスタッフに声を掛けられそうになった。彼らに声を掛けられても、Windows Vistaについて、何かお力になりますという姿勢を示されると困ってしまう。もしも声を掛けられたら、
「Windows Vistaは既に仕事で使っているので良く知っているのですが、あなたが着ているWindows Vistaのジャンパーが気になります。そのジャンパーは、どうしたら手に入るのですか?」
と言って、困らせてみようと思っていた。しかし、そんな私の気持ちを察しるとは思えないが、キャンペーンスタッフは、私に声を掛けてくれそうで声を掛けてはくれなかったのである。

 少しお腹が空いて来た私たちは、店内でこまごまとした買い物を済ませ、本日のメインイベントであるカニを食べに行くことにした。私たちはいろいろ悩んだ末に、梅田のかに道楽に行くことにしたのである。

 かに道楽に向かうまでの通りには、十二星座のキャラクターたちが一つ一つ飾られていた。その中に、蟹座のキャラクターも含まれていた。まるでカニが私たちに、おいでおいでと言っているかのようだった。

十二星座の蟹座のキャラクター

 やがて、曽根崎心中のゆかりの地である「お初天神通り」へと出て行く。ライトアップされた商店街の入口は、少々不気味である。

お初天神通り」の入口

 少し歩くと、目的の「かに道楽梅田店」が見えて来た。全国のほとんどのかに道楽は、建物に大きなカニが張り付いているものだが、梅田店のかに道楽は、ビルの一角にあるめか、大きなカニのオブジェが見当たらなかった。

かに道楽梅田店

 エレベータで八階まで上ると、受付があった。着替えを済ませてスタジオに入ると、ヨガマットが二十枚ほど敷かれていた。梅田店のインストラクターは・・・・・・、あっ、ホットヨガの話じゃない? 失礼、かに道楽梅田店の話だった。受付では、品のいい男性が申し訳なさそうに声を掛けてくださり、
「これからですと、一時間待ちになりますが、よろしいでしょうか?」
と言われた。私たちは顔を見合わせ、一時間待つことに同意した。すると、品のいい男性は、
「いったん、外に出て行かれますか? それともこちらでお待ちになりますか?」
と私たちに聞いてくださった。私たちは、外へ出掛けても特に当てがあるわけではなかったので、一時間くらいなら店内で待とうと思い、
「こちらで待たせていただきます」
と答えた。すると、品のいい男性は、私たちを店内の奥のほうにある待合室にご案内してくださったのである。

 待合室まで用意されているとは、さすがかに道楽である。しかも、単に椅子が並べられているだけではなく、ちゃんとしたテーブルまで用意されている。待合室に入ると、既に数組の人たちが待機されていた。私たちはテーブルの上に荷物を広げ、そこで一時間近くを過ごした。

 お店に入ったのは、少し早めの十八時半過ぎだった。しかし、時間が経つにつれて、私たちよりも後からやって来た人たちが、待合室の外に並べられた椅子にも人が座り始めた。思えば、私たちが入店した時間が比較的早い時間だったからこそ、一時間の待ち時間だけで済んだのかもしれなかった。

 最初の案内通り、およそ一時間経つと名前を呼ばれ、ようやく席まで案内された。待合室で一時間待って、既にお腹はぺこぺこである。私たちは、カニすきが含まれたコースを注文し、本格的なお料理が運ばれるまで、かに道楽のグッズを観察した。

かに道楽の座布団

かに道楽の箸置き

カニすき用のカニ型のお鍋

 最初に運ばれて来たのは、カニのお刺身だった。一口食べて、そのプリプリ感に思わずため息を漏らした。おいしい! 近場ではあるが、かに道楽に来て本当に良かった。私はお刺身を食べただけで、既にそう感じていた。

カニのお刺身

 続いて運ばれて来たのは、カニの茶碗蒸である。これまで食べて来た茶碗蒸よりも小さ目の茶碗に入っているのだが、味がまた絶品である。茶碗蒸の上には、透明の液体のようなものがかかっているのだが、その液体と茶碗蒸が絶妙なコンビネーションを形成し、口の中で、これまで食べたことのないような味が広がった。

カニの茶碗蒸

 続いては、焼きガニである。これまた、ほっぺたが落ちるくらいおいしかった。私たちを、いろいろなバリエーションのカニで楽しませてくれるのは、かに道楽が既にカニを知り尽くしているからだ。

焼きガニ

 そして、いよいよメインのカニすきである。さきほどのカニ型のお鍋に野菜と一緒に生のカニを浸す。野菜は煮えるまでに少々時間がかかるが、カニはすぐに食べられる。熱くてほくほくのカニである。おいしい! この上ない幸せである。

カニすき(1)

カニすき(2)

 カニすきを食べ終わると、カニ雑炊である。これがまた楽しみなのだ。
「雑炊がついていますが、お持ちしてもよろしいでしょうか?」
と聞いてくださった。もしかしたら、同じコースでも、
「お腹がいっぱいになったから、雑炊はもういいよ」
とおっしゃるお客さんもいらっしゃるのかもしれない。そのために、私たちは飲み物を注文しなかった。ビールでお腹がいっぱいになってしまって、カニを食べられなくなってしまったら、何のためにわざわざカニを食べに来たのかわからないではないか。
「はい、お願いします」
と答えると、お店の方がご飯を持ってやって来て、カニ雑炊を丁寧に作ってくださった。具のなくなったカニ型のお鍋の中にお水を足して出汁を薄め、出汁が煮立ったところでご飯を入れる。ご飯を下のほうに沈ませて、余分な出汁を取り去って、卵を丁寧にとき、お鍋の中にさっと振り掛ける。やがて、卵と出汁とご飯が絡み合い、おいしい雑炊の出来上がりである。その上に海苔を振り掛けていただく。これまたおいしい!

 旅館に泊まって食べるカニ料理は、過剰なほど次々に料理が出されるものだが、かに道楽のコースは、食べ過ぎにならないところで終了となる。カニ料理を食べ過ぎると、「しばらくカニ料理はいい」と拒否反応を示すほどになってしまうので、少々高価ではあるが、かに道楽のコースは、お腹にはちょうどいいと感じた。

 最後にデザートをいただき、私たちは大満足のうちに道楽をあとにした。食べ終わったあとのすがすがしさは大切だと思った。日帰りカニツアーに参加しようものなら、過剰なカニに対応し切れなくなり、しばらくカニとは無縁の生活を送りたくなっていたかもしれなかった。

かに道楽の店内にいたカニ。ありがとう、とってもおいしかった

 ガンモは毎年、会社の人たちと鳥取にカニ料理を食べに出掛けている。そこでは、食べやすくカットされた生のカニをぼーんと出され、焼いてもいいし、お鍋にしてもいいので、好きな方法で食べてくださいというセルフサービスのもてなし方なのだそうだ。かに道楽のように、お店の方が雑炊を作ってくださるところもあれば、ガンモが会社の人たちと出掛けているように、セルフサービスのところもある。どちらがいいかは、カニを食べたくなった人の選択によるのだろう。かに道楽のように至れり尽くせりのお店を堪能すると、セルフサービスのお店も堪能したくなってしまうのだった。

 かに道楽を出たあと、ガンモとじゃんけんをした。私がチョキを出すことを知っていたのか、ガンモはグーを出した。これがほんとのGuGuガンモ?

 おまけ画像として、これまで撮り溜めた、カニの顔抜きをご紹介しておこう。顔抜きとは、観光地に設置されている、顔をはめて撮影する板である。

カニ男?

カニ女?

鳥取駅

浜坂駅

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何と、かに道楽のお手洗いは、自動ドアでした。もちろん、個室じゃありません。入口のほうです。便座シートも柄(がら)入りで、高級な印象を受けました。私たちの近くのテーブルには、結婚式の帰りかと思えるほど髪の毛をきれいにアップした若くて美しいお姉さんと中年のおじさまが向き合って座ってカニ料理を食べていました。私は、お二人がどのようなご関係なのかが気になって、思わずチラチラ見てしまいました。まさか、これが同伴出勤と言われているものの直前の行為なのでしょうか? 足を踏み入れる場所が違えば、私たちは、いつもとは違う光景を目にすることになるのですね。この世は、いくつもの層になっているのかもしれません。かに道楽でおいしいカニをいただき、いつもとは違う光景を目にして、そんなことを感じてしまいました。

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2007.02.09

ラストスパート

 いよいよWindows Vista対応の締切日である。めでたく三連休にできるかどうかは、今日の状況にかかっている。

 フレックス出勤すると、
「プログラムに修正が入ったので、修正の入ったプログラムを含むインストーラをすべてビルドしなおしてください」
とプロジェクトリーダーから指示を受けた。インストーラのビルドとは、最新のプログラムをビルド対象にして、セットアッププログラムを作成しなおすことである。何ということだ。前日の夜にもプログラムに修正が入ってビルドしなおしたばかりだというのに、もう一度、同じことを実践しなければならなくなったとは。修正の入ったプログラムに影響を及ぼすのは、私が担当している十製品のうち、八製品あった。私は再び悲鳴をあげながらも、慎重にインストーラの再ビルドに取り組んだ。

 ビルドが終わると、テストを担当してくれている派遣仲間と手分けして、OSごとにインストーラの正当性をチェックする。テストを始める前に、私はプロジェクトリーダーに、今日の予定を確認した。
「今日のこれからの予定はどうしますか? すべてのテスト項目を消化していると、もう間に合わないことは確実ですが、何が何でも納品してしまいますか?」

 厳密に言えば、Windows Vistaという新しいOSに対応するために従来のプログラムに手を加えたのだから、Windows Vista上で動作確認を行うのはもちろんのこと、旧OSでも動作確認を行っておく必要がある。特に今回は、プログラムに対してデジタル署名を行ったので、デジタル署名されたプログラムが古いOSでも問題なく動作するかを検証しておく必要があった。更には、OSがWindows Vistaのときだけインストールされることになっているファイルもある。それらのファイルが、Windwos Vistaには確実にインストールされ、旧OSにはインストールされないことも確認しておく必要があったのだ。

 しかし、ようやくすべてのインストーラをビルドし終えると、もう十四時近くになっていた。いつもフルセットでインストールテストを行うと、二人がかりで取り組んでも丸二日は掛かっている。この時間からすべての製品に対し、旧OSも含めてインストールテストを行うには、あまりにも時間がなさすぎた。

 プロジェクトリーダーは私の問いかけに対し、
「何とかして今日中に終わらせましょう」
と言った。そして、すべてのOSに対して動作確認を行うことは諦めて、Windows Vistaと、旧OSの中から一つのOSだけをピックアップしてインストールテストを行うことになったのだ。
「それじゃあ、土曜日の出勤はないですよね?」
と私が言うと、
「特に大きな問題がない限り、ないでしょう」
と言ってくれた。その一言で元気が出たのは言うまでもない。私の頭の中で、カニがピースマークのポーズを取っていた。ここまで来たら、とにかくラストスパートに向けて最善を尽くすしかない。

 それからは、目を皿のようにしてインストール確認を行った。いつも私たちの作ったプログラムのテストを担当してくれている派遣仲間が旧OS、私がWindows Vistaを担当した。何か一つでも問題点が見つかれば、ただちにプログラムを修正し、再びインストーラをビルドしなおすことになる。圧縮ファイルにして納品するため、インストールテストを行うにあたっては、いったん圧縮して解凍したものを使うことになっている。ごく稀に圧縮プログラムに潜在しているバグが悪さをして、圧縮前と圧縮後で中身が異なっていることがあるため、最も確実なこの方法を採用しているのだ。

 ここで万が一、インストーラをビルドしなおすようなことになれば、再びすべてのインストーラを圧縮して解凍し、圧縮する前のものとバイナリコンペアを取ってから再びインストールテストという手順になる。プロジェクトメンバーの間に緊張が走った。

 夕方になり、旧OSのテストを担当してくれている派遣仲間の担当分が終了したと報告を受けた。特に問題はないと言う。一方、Windows Vista上で動作確認を行っていた私は、わずかのテスト項目を残してはいたものの、特に問題もなく順調だった。どうか、このまま問題なく無事に終わってくれますように! そう願いながら、てきぱきとインストールテストをこなした。その結果、最後まで何の問題もなくインストールテストを終了させることができたのである。

 プログラムの開発に携わっている者にとって、納品直前に自分が作ったプログラムをテストするのは、かなりびくびくするものだが、このように、緊張の中でテスト項目を消化して行くと、やがて安心感に結び付いて行くものである。プログラムの開発段階で不透明な部分を残したままにしてしまっている場合、プログラムを作った私には不透明な部分があることがわかっているので、テストを始める段階から何となく落ち着かないものである。しかし今回は、十四時過ぎからインストールテストを始めてからずっと順調だったので、次第に確実な安心感へと変わって行ったのである。

 インストールテストが終了し、無事に納品を終えた。あとは、およそ一週間ののちに、圧縮して納品した製品がCD-ROMに焼き付けられて送付されて来るので、今度はそのCD-ROM媒体を使って再び同じインストールテストを行う。基本的には同じ動作確認になるのだろうが、そのCD-ROMがマスタ媒体となり、そのまま製品として世の中に出回って行くので、注意が必要なのである。

 フリーソフトでもない限り、皆さんのお使いのパソコンにインストールされているアプリケーションもまた、このようなプロセスを経て製造されたものだろう。特に、一つの製品が数多くのOSに対応している場合、このOSのときにはこの処理を行うといった分岐が、プログラムの中では行われている。納品前には、その分岐を網羅するためのに十分なテストを行うことが必須である。

 今回は、一般の方たちにはブラックボックスになっているであろうソフトウェアの最終テスト工程を敢えて詳しく記載してみた。しかし、私と同じ業界で働いている人たちにとっては、初歩的で物足りない内容になっているだろうと思う。それは、私自身がこの記事を書くに当たって、専門用語を多用し続けることに躊躇したからだ。何故なら、「ガンまる日記」を読んでくださっているのは、ソフトウェアの製造とは無縁の方が多いからである。

 去年の十二月くらいから今日まで、慌しく通り過ぎて行ったWindows Vista対応。まだ事務処理が残ってはいるものの、ここに来てようやく一息つくことができた。ラストスパートをあまりにもあっけなく駆け抜けてしまったので、忙しさから解放された実感がまだまだ沸いて来ない。これから自分の時間をどのように使ったらいいのか、あまりにも後回しにして来たものが多過ぎて、途方に暮れている。

 そう言えば、先週の金曜日は、好きなアーチストの公開録音に出掛けるために、いつもより早めに仕事を上がった。もしもあの公開録音が一週間後にずれていたとしたら、私はこのラストスパートに集中できなかっただろうし、そもそも公開録音に参加することもできなかっただろうと思う。何かに導かれているときは、道を開けて待ってくれているものだと実感した。

 ガンモにもWindows Vista対応が無事に終わったことを電話で報告した。帰宅して一緒にお風呂に入っているとき、ガンモは私にこんなことを言った。
「まるみが『かにカニ』って言うもんだから、俺の頭ん中もカニのことでいっぱいになった。俺も絶対カニを食べに行きたい!」

 どうやら、カニを食べたくなる気持ちは、コンピュータウィルスのように感染してしまうようである。感染しないようにするためには、最新のカニワクチンを適用しておくのが一番だろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m Windows Vista対応も何とか無事に終了し、晴れ晴れと帰宅しました。掲示板の返信が滞っていたり、皆さんのサイトを訪問できなかったにもかかわらず、変わらぬご支援をいただき、ありがとうございました。これからぼちぼちと復活して行きたいと思います。知り合いの主婦の方に、「今、仕事がとても忙しいです。Windows Vistaと格闘してます」とメールに書いたところ、Windows Vistaが発売された頃、その方からメールが届き、「Windows Vistaの発売、おめでとうございます!」と書かれていました。どうやら、私がWindows Vistaそのものの開発に携わっていると思っていらっしゃったようです。(^^;

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2007.02.08

手がチョキになるほどカニを食べたい

 仕事が忙しいと言ったら忙しい。年末から取り組んでいたWindows Vista対応だが、いよいよ今週末が締切だというのに、直前になって、ばたばたと仕様変更が入ってしまった。その仕様変更に対処しなければ、アプリケーションがWindows Vista上で正常に動作するために必要なファイルがインストールされないことがわかってしまったのだ。私は、仕様変更に対処するため、フル回転で稼動していた。担当している製品が全部で十種類あり、それらすべてに同じ変更を加えて行く。そのあとは、十種類のインストーラをビルドし、対応OSごとにインストールテストを行う。もう、てんてこまいだ。そんなところへ、同じプロジェクトのメンバーが別の仕様変更の件で私に声を掛けて来るものだから、
「もう、私はいっぱいいっぱいなんです!」
と悲鳴をあげながら仕事をこなしていた。

 何とかして、この週末を三連休にしたい。そんな想いを胸に抱きながら、私はカチカチと頭を働かていた。不思議なことに、忙しくしているほうが頭も活性化して来るのか、冷静に対処することができるようだ。失敗して大きく後戻りをするよりも、少し時間を掛けながら、ゆっくりと丁寧に仕事をこなして行くほうが確実だ。

 家に帰るとすぐに、ガンモと一緒にお風呂に入る。私が帰宅するまで、ガンモはお風呂に入るのを待っていてくれる。良く、すれ違いが原因で、夫婦関係がぎくしゃくしてしまう芸能人がニュースに取り上げられているが、すれ違いが原因ではなく、お互いに愛情を持てなくなってしまったことが原因なのではないだろうか。夫婦というものは、お互いを繋ぎ合わせるコネクタのようなものでしっかりと結び付いている。そのコネクタは、どんなに仕事が忙しくても、愛がある限り、相手に向かって伸びているものだ。例え帰宅時間がちぐはぐでも、相手仕様のコネクタが存在している限り、息を合わせながら生活して行くことができるのではないだろうか。

 ところで、仕事でてんてこまいの私が、毎晩お風呂の中で口癖のように言っているのは、
「カニを食べに行きたい」
である。

 私たちは毎年、冬になると、城崎温泉にカニを食べに出掛けている。いつも利用している宿から、キャンペーンのご案内をいただいているのだ。しかし、今年はずいぶん前からご案内をいただき、いったん予約していたのにキャンセルしてしまった。実は、城崎温泉の宿に予約を入れたあと、東京に出掛ける用事が出来たため、東京まで移動するのに都合のいい東北方面の旅に切り替えたのである。

 青森の旅館で、カニをたらふくいただいたのだが、城崎温泉でいただいているカニとは種類が違っていたせいか、何となくカニを食べた気がしない。更に、仕事の忙しさも手伝って、達成されない想いがくすぶり始め、
「カニを食べに行きたい」
とお風呂の中で連発するようになったのである。

 実際、この時期の城崎温泉はひどく込み合っている。週末ともなれば、城崎温泉の七つの外湯はカニ目当ての観光客で溢れ返っている。私のお気に入りである「まんだら湯」のまあるい桶湯の露天風呂も、オフシーズンの初夏にはゆったりと浸かることができるのに、この時期は激しい争奪戦になってしまう。メジャーな城崎温泉では、オフシーズンにゆったりと温泉を楽しむか、冬場にカニを楽しむか、どちらかを選ぶことになるのだ。

 私が毎日、「カニを食べに行きたい」と連発しているものだから、ガンモが仕事帰りにカニツアーのパンフレットをもらって来てくれた。この時期は、城崎温泉のように、カニと温泉がセットになっている地域の宿泊はひどく高い。そこで、泊まりのない日帰りカニツアーを計画中だ。

  「じゃんけんをしてもチョキしか出せなくなるくらいにカニを食べたい」
子供のように、そんなことを言っている私なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ここのところ、更新が遅れてしまい、申し訳ありません。実は、これを書いている今は・・・・・・。詳しくは、明日の日記に書かせていただくことにしましょう。とにかく、今の私の頭の中はカニのことでいっぱいです。カニのことだけを考えて、この忙しさを乗り切ります。

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2007.02.07

あるある大臣伝

 今日は、柳沢伯夫厚生労働大臣の発言をネタに、ショートショートをお送りしよう。

 これからお届けするのは、テレビのトーク番組に、柳沢伯夫厚生労働大臣がゲスト出演されたときの模様である。

司  会  者 :「さて、今日も『あるある大臣伝』の時間がやって参りました。わたくし、司会のまるみと申します。『あるある大臣伝』では、毎回、日本の大臣をゲストにお迎えしていますが、偽りなく真実をお伝えして参りたいと思いますので、最後までどうぞよろしくお願い致します。今日は、『女性は産む機械』で見事に二〇〇七年流行語大賞に輝いた柳沢伯夫厚生労働大臣にお越しいただいてます。柳沢厚生労働大臣、どうぞよろしくお願い致します。」

柳沢厚生労働大臣:「こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」

司  会  者 :「では早速ですが、柳沢厚生労働大臣の発言がきっかけとなり、『産む機械』、更には『育てる機械』が実際に製造され、少子化社会に大きく貢献されたばかりでなく、大変な経済効果をもたらされました。まず最初に、そのあたりの状況やご感想などをお話しいただけたらと思います」

柳沢厚生労働大臣:「そうですね。最初のうちは皆さんもご存知の通り、非難囂囂(ひなんごうごう)だったわけですが、災い転じて福となすと申しましょうか。N社さんが『産む機械』や『育てる機械』を実際に製造してくださり、無事に少子化問題は解決され、経済効果も高まりました。N社さんにはとても感謝しています。」

司  会  者 :「この『産む機械』や『育てる機械』なんですけれども、どういった機械なんでしょうか」

柳沢厚生労働大臣:「一言で言いますと、女性の形をしたロボットですね。『産む機械』に対し、男性が働きかけることによって、『産む機械』は身ごもることができます。人間よりも早く子供が生まれるのが特徴です。『産む機械』によって子供がどんどん増えて行くものですから、今度は『育てる機械』が開発されたわけです」

司  会  者 :「そう言えば、柳沢厚生労働大臣も、実際に『産む機械』や『育てる機械』を購入されたそうですね」

柳沢厚生労働大臣:「はい。『産む機械』と『育てる機械』、それぞれ五台ずつ購入させていただきました。『産む機械』から生まれた子供たちを、『育てる機械』が引き取り、実に良く面倒をみてくれています」

司  会  者 :「なるほど。噂によりますと、機械のお手入れなどもご自分でなさっているとか」

柳沢厚生労働大臣:「はい。その通りです。どういうわけか、家内は機械に対してやきもちを妬いてますのでね。ただの機械のなのに、女性の心理はずいぶん複雑なようです。機械の世話は全部私が行っています。まあ、ときどき油を挿したり、なでてやったりする程度ですけども。『産む機械』と『育てる機械』、それぞれ五台ずつありますので、それなりに手入れも大変ですが、子供を十二人も産んでくれたので、国としてもとても助かっています」

司  会  者 :「そうですか。ところで、これは私の女性としての単純な疑問なんですけれども、『産む機械』と『育てる機械』を製作したN社は、どうして『子種を植えつける機械』も一緒に作らなかったのでしょうか?」

柳沢厚生労働大臣:「それは・・・・・・。N社の開発担当が男性だったからでしょう。男性が自ら、自分たちの愉しみを奪ってしまうとは思えませんからね」

司  会  者 :「とおっしゃいますと、男性たちは、『産む機械』に対して性行為を行うことを愉しみとされているわけですね。でも、それではずいぶん不公平ですね。今や、多くの女性たちは、出産を『産む機械』に任せっぱなしです。おそらくですが、女性の社会的な地位が向上したおかげで、男性に従順な女性が減って来たのでしょうね。それに対し、男性に従順な『産む機械』は、男性たちに広く受け入れられているのでしょう。その結果、もはや、生身の女性たちは、出産に関して出る幕がなくなってしまったと言っても過言ではありません。出産には、産む苦しみもあれば、苦労して生んだという大きな喜びもあろうかと思います。生身の女性たちは、それらの苦しみや喜びを『産む機械』に横取りされてしまっているのに、男性たちは自分たちの愉しみだけは取っているのですね」

柳沢厚生労働大臣:「おやおや、そういうご意見はおだやかではないですね」

司  会  者 :「おかしいとは思われませんか? 『産む機械』や『育てる機械』が存在するならば、『子種を植えつける機械』も同時に存在すべきです。しかし、実際はそうではありません。つまり、今の世の中は、男性と女性が対等ではないのです。日本はまだまだ男社会ということです。」

柳沢厚生労働大臣:「・・・・・・」

司  会  者 :「ところで、柳沢厚生労働大臣は、映画『マリーアントワネット』をご覧になりましたか?」

柳沢厚生労働大臣:「いえ、観てません」

司  会  者 :「そうですか。日本に限らず、海外においても、昔から、子供を産まない女性は虐げられて来ました。しかも、跡継ぎには男の子を産まなければなりませんでした。日本の皇室にも、かつては側室制度が存在していましたよね。権力者は、健康な男の子を産んでもらうために、たくさんの妾たちを囲っていました。それこそ『産む機械』だったのかもしれません」

柳沢厚生労働大臣:「ちょっと待ってください。私は少子化の話をしていたのです」

司  会  者 :「映画『マリーアントワネット』では、子供が誕生しないことに対し、マリーアントワネット自身が周りからとやかく言われます。でも、当時のフランス王室になかなか子供が誕生しなかったのには、それなりの理由がありました。マリーアントワネットは夫に対して彼女なりにアプローチしていたようですが、夫はいざという段階になると夫婦の営みから逃げてしまっていたようです。しかし、子供が生まれない理由が何であろうと、虐げられるのはいつも女性です。それもやはり、『産む機械』だからでしょうか」

柳沢厚生労働大臣:「あなたは一体何をおっしゃりたいのだ。少子化の話はどうなったんだ」

司  会  者 :「少子化ですか。ではおうかがいしましょう。柳沢厚生労働大臣は何故、そこまで少子化にこだわるのですか?」

柳沢厚生労働大臣:「それは、これから高齢化社会を迎えようとしているのに、今、子供が生まれていないと、やがて働き盛りの若者たちがいなくなってしまうからです」

司  会  者 :「なるほど、つまりは税金を納める対象の人たちが少なくなるために、日本の財政が赤字になることを懸念されていらっしゃるのですね。少子化に対し、命の尊さとか、次の世代に何か大切なことを伝えて行きたいという熱い想いはないのですか?」

柳沢厚生労働大臣:「もちろん、ありますとも。実際に、生まれたばかりの赤ん坊を見ていると、命の尊さを実感せずにはいられません。命の尊さよりも前に、生命の不思議とでも申しましょうか。この子たちを守って行きたい。そんな気持ちを強く抱きます」

司  会  者 :「柳沢厚生労働大臣。命の尊さを実感していらっしゃるのなら、新しい生命を望むことも積極的な行動の一つですが、政治家として、他にも実践すべきことがあるのではないでしょうか」

柳沢厚生労働大臣:「とおっしゃいますと?」

司  会  者 :「今でも世界のあちらこちらでは殺し合いが絶えません。新しく生まれて来る命も大切ですが、既に存在している命を守って行くことも大切ではないでしょうか」

柳沢厚生労働大臣:「むむむ・・・・・・」

司  会  者 :「もしご覧になっていなければ、『トゥモロー・ワールド』という映画をご覧になってください。『トゥモロー・ワールド』では、この世に子供たちが一人も誕生しなくなってしまう世界が描かれているのですが、それでもなお、人々は戦争を辞めようとしないという皮肉が表現されています。もしも命の尊さを実感していらっしゃるならば、どうか殺し合いを止めさせてください」

柳沢厚生労働大臣:「わかりました」

司  会  者 :「それから、さきほどの税金のことですが、昔と比べて、多くの女性たちが社会に進出して来ました。その社会で、男性たちと対等に働いている女性たちもいます。例えばその人たちは、国に対して、男性たちと同じように税金を納めています。その分を、その人たちの老後まで貯金していただくことはできないのでしょうか?」

柳沢厚生労働大臣:「それは・・・・・・」

司  会  者 :「つまりは、国の財政難を少子化の問題に摩り替えているだけなのではないですか?」

柳沢厚生労働大臣:「・・・・・・」

司  会  者 :「少子化問題は、様々な要因が重なって生じた課題だと思います。昔は、女性が外に出て働くということはあまりありませんでした。だから、育児に専念することができたんです。でも、今は違います。少子化の要因を女性にだけ求めずに、もっと広い視野で考えていただけないでしょうか。例えば、環境ホルモンにも目を向けるとか」

柳沢厚生労働大臣:「今度は環境ホルモンのお話しですか」

司  会  者 :「はい。環境ホルモンの中でも、特に環境エストロゲンと言われているものを生活中から排除できるよう、世の中に働きかけてください。環境エストロゲンは、男性の精子にも、女性の子宮にもよろしくない影響を与えているようです。具体的には、プラスチックの改良を進めてください。温められたペットボトルや、電子レンジで温められたプラスチックに入ったお弁当を飲食しても、私たちの身体に害がないようにしてください」

柳沢厚生労働大臣:「わかりました。環境問題を担当している大臣に相談しておきます」

司  会  者 :「ありがとうございます。それではお時間になりましたので、そろそろお別れの時間となりました。柳沢厚生労働大臣、本日はどうもありがとうございました」

※登場人物は実在の人物と大いに関係がありますが、会話の内容と実在の人物は必ずしも一致しません。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。いつの間にか、昼休みには書き切れないボリュームになってしまいました。この記事を書きながら、『シャーロットのおくりもの』という映画の中で、シャーロットという名前のクモが、たくさんの卵を産み落として亡くなってしまうシーンを思い出していました。そのシーンを観たとき、クモのシャーロットが自分の世代から次の世代に自分の持っているすべてを伝えて行くという重要な役割を果たしていると感じました。子供のいない私が言うのも何ですが、これが本来の動物のあるべき姿なのではないかと感じました。子供のいない私にも、そういうことを感じさせてくれるくらい、とても素敵な映画でした。

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2007.02.06

さらば、ババシャツ

 ホットヨガの三十回分の回数券を使い切ったということは、ホットヨガを始めて半年経ったということである。そこで今日は、ホットヨガを始めてから私の身体に起こった変化について書いてみようと思う。

 夏頃からの「ガンまる日記」を読んでくださっている方たちはご存知のことと思うが、私は夏のオフィスの冷房にひどく悩まされ、仕事から帰宅するとぽかぽか足湯に足を突っ込んで、冷房で冷え切った足を温めていた。足を温めなければ、夜は寝られないようなひどい状況だったのだ。もともと足が冷え易く、冬はもちろんのこと、夏でも靴下を履いて寝るのが常だった。

 ところが、最近の私は、自分でもおかしいのではないかと思うくらい大きな変化を遂げている。というのも、この真冬に、仕事から帰宅するやいなや、すぐに靴下を脱いで裸足になってしまうからである。ガンモに、
「裸足で寒くないの?」
と驚かれているのだが、私は、
「寒くないよ」
と答えている。本当に寒くないのだ。むしろ、自宅で靴下を履いていることのほうが不自然に思えて来たのである。当然、夜、寝るときも靴下は履かない。

 仕事中の服装にも変化が訪れた。以前も書いたが、私の働いているオフィスは、冬の残業時間になると、ひどく暑くなる。オフィスにはたくさんのパソコンがあり、昼間はそれらのパソコンから放出される熱を下げるため、外気を取り入れているらしいのだが、夜になると外気を取り入れる装置が止められてしまうのだ。そのため、暖房だけが稼動することになり、パソコンから放出された熱がオフィス内にこもり、ひどく暑くなってしまうのである。

 去年までの私は、冬の残業時間になると薄着になっていた。薄着と言っても、下着として暖かいババシャツを着込んでいて、更にその上に薄手のセーターを着ていた。オフィスが暑くなると、薄手のセーターも暑いくらいなので、さっさと脱いでしまいたいのだが、何と言っても薄手のセーターのすぐ下は暖かいババシャツである。いくら度胸のいい私でも、暖かいババシャツで仕事をするわけにはいかない。かと言って、オフィス以外の場所では普通に寒いので、暖かいババシャツを手放すことができなかったのである。

 しかし、今年になってからというもの、私は暖かいババシャツの代わりに半袖のTシャツを着るようになった。もちろん、暖冬ということもあるのだろう。それでも、これまで冬の間、ずっと暖かいババシャツを手放すことができなかった私にとって、暖かいババシャツの代わりに半袖のTシャツを着ることは、本当に驚異なのである。しかも、これまで暖かいババシャツの上に着ていた薄手のセーターも長袖だったのに、半袖のTシャツに合わせて半袖のセーターに衣替えしたのだ。最近では、残業時間になると半袖のセーターでも暑いので、ノースリーブのセーターに切り替えたり、半袖のTシャツだけで過ごしている。

 これらの変化は、ホットヨガの効果なのか、それとも暖冬のせいなのか、わからない。しかし、夏でも靴下を手放せなかった私が、真冬に裸足で歩き回っているのだから、単に暖冬の効果だけではないだろう。とにかく、私の生活の中で、暖かいババシャツが不要になってしまったことだけは確かだ。今では暖かいババシャツを見るだけで暑いので、暖かいババシャツの出番がすっかりなくなってしまった。そこで仕方なく、暖かいババシャツをパジャマ代わりに使っている。

 それでも、私の身体にはまだまだ冷たく感じるところがある。それは、首回りと腰回りとお腹である。このあたりがまだまだ弱いのだろう。もしかすると、これまで冷えていた足をむき出しにすることによって足が一人立ちして行ったように、首回りや腰回りも、むき出しにすることによって、立派に一人立ちさせることができるのかもしれない。しかし、首回りはともかく、日常生活で腰回りやお腹をむき出しにするのはなかなかやっかいだ。

 私と同じようにたくさんの子宮筋腫を抱えていながらも、実に健康的な生活を送っていらっしゃる横森理香さんは、ベリーダンスにご熱心である。ベリーダンスは、お腹のあたりをむき出しにして踊るため、むき出しになった部分が次第に活性化して来るのではないだろうか。直径十二センチの彼女に、
ベリーダンスやりましょうよお!」
と誘われたことがあるのだが、踊っている写真を見ている人たちの姿を見て、
「いや、やめとく」
と断った。いくら腰回りを活性化させるとは言え、あのような恥ずかしい格好はできまい。

ベリーダンスの画像:フリーの画像、ウィキメディア・コモンズ:Image:BellyDancer2.JPGより拝借

 足の冷え以外にも、肩こりに悩まされることがほとんどなくなり、常用していたピップエレキバンや磁気ネックレスともさよならしたことは、以前、「ガンまる日記」に書いた通りだ。あとは、これらの変化をいかに応用させて行くかだろう。基本は、守るのではなく、むき出しにして一人立ちさせる。そういうことらしい。こうして、あと半年も経てば、「さらば、マフラー」などという記事を書ける日がやって来るかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が不定期になり、申し訳ありません。帰宅してからの更新ですと、どうしても深夜になってしまうため、しばらくの間、お昼休みに更新させていただくことにします。Windows Vista対応は、いよいよ今週いっぱいが大きな山場となりました。そのため、気を引き締めて取り組んでいます。できれば休日出勤することなく、三連休にしたいところです。職場では、洋式トイレの蓋を開ける時間も惜しむほど慌しく動き回っています。忙しく動き回りながら、首や腰やお腹を動かしてみると活性化できるのかもしれませんが、残念なことに、現在の私の仕事では首や腰やお腹の出番はほとんどありません。

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2007.02.05

ホットヨガ(三十二回目)

 とうとうホットヨガの三十回分の回数券を使い切るときが来た。私にとって今回のレッスンは、入会前の二回分のトライアルレッスンを含めて通算三十二回目のレッスンとなる。先日の予約通り、私のホームである神戸店でレッスンを受けた。今になって思えば、この流れもまるで約束されていたかのようだった。

 今回のレッスンの予約を入れたとき、私は好きなアーチストの公開録音を終えて、実家近くのフェリー乗り場から大阪に向けて出航する予定だった。そのフェリーに乗ると、大阪には日曜日の早朝に着くので、梅田で映画でも観ながら時間を潰して、梅田店でレッスンを受けようと思っていたのである。ところが先日も書いたように、この日の梅田店は予約が一杯で取れなかった。なるほど、私が実家に寄らずに松山から直接帰宅することは、梅田店の予約状況を確認したときから決まっていたようである。それが予め知らされずに進んで行くところが人生の面白いところでもある。

 実のところ、神戸店のレッスンを予約しておいたおかげでとても都合が良かった。レッスンの開始時間が午後からだったので、出掛ける直前まで、旅で疲れた身体をゆっくりと休ませることができた。もしも梅田店の予約が有効になっていれば、公開録音から直接帰宅した場合、神戸店に出掛けるよりも二時間早く家を出て行かなければならなかった。

 神戸店の受付では、馴染みのスタッフが対応してくださった。「お久しぶりですね」というあいさつから始まり、お正月休みにインドに行って来たことを報告してくださった。確かその方は、陸上をされているとかで、秋頃にもヨーロッパに研修に出掛けられていたはずだ。それほど期間も空けずにヨーロッパやインドを渡り歩くとはずいぶん豪勢である。ところで、何故、いきなりインドの話になったかと言うと、私がいつもインドの神様Tシャツを着てレッスンを受けているからだ。インドでは、お友達(以前、別のスタッフから、インドに魅せられて、日本に帰って来なくなってしまったスタッフの話を聞いたことがあるので、おそらく、かつてホットヨガで働いていたスタッフのことだと思われる)と会って、本場のヨガを体験されたそうだ。ホットヨガのようにアクティヴなヨガではなく、静かなヨガもまたいいものだとおっしゃっていた。私はとてもうらやましかったので、「いいですねえ」と連発した。その方は、またインドに行きたいとおっしゃった。私もいつかインドに行きたい。インドグッズで身の回りを固めてはいるものの、まだまだインドとは本格的なご縁がない。

 着替えを済ませてスタジオに向かうためにロッカールームのドアを開けると、
「そろそろアクティヴコースのレッスンが始まりまーす」
とスタッフの方がロッカールームまでわざわざ呼びに来てくださった。前回のアクティヴコースのインストラクターを担当をしてくださり、また、梅田店の予約状況を確認してくださったインストラクターである。今回もこの方がインストラクターを担当してくださるようだ。見ると、長かった髪の毛をばっさり切っている。
「髪の毛切られたんですか?」
と驚いた私が言うと、
「そうなんです」
と言いながら、短くなった髪の毛を手ですくって見せてくれた。

 スタジオに入ると、十六名分くらいのヨガマットが敷かれていた。ヨガマットはぎっしり埋まっている。フリーパス会員の細い常連さんもいらっしゃる。先日の公開録音じゃないが、こうして慣れ親しんだ場所にやって来て、同じ顔ぶれに出会えると安心する。鏡の中を覗き込むと、チラチラと視線が合う人がいた。もしかすると、「ガンまる日記」を読んでくださっている会員さんなのだろうか。自意識過剰かもしれないが、視線からそんなことを感じ取った。もしもそうなら、読んでくださってありがとう。

 レッスンが終わり、シャワールームに駆け込むレースでは、またしても敗れてしまった。公開録音に朝早くから並ぶことに関してはパワフルに取り組めるというのに、シャワールームの争奪戦にはいつも負けてしまう。しかし、負けるが勝ちというか、負けてしまって後に並んだほうが、後ろで待っている人がいない分、のんびりとシャワーを浴びることができる。

 ゆっくりとシャワーを浴びたあと、私は仕事中のガンモに電話を掛けた。今回のレッスンで回数券を使い切ってしまうので、新しい回数券を購入することになるのだが、回数券の購入時には、次回の予約を入れることが必須となる。今度の週末は三連休なので、ガンモに週末の予定を確認したのだ。私自身の予定はと言うと、Windows Vista対応が間に合わない場合、休日出勤も有り得る。そのため、土曜日は予約を入れないでおくことに決めたのだった。

 着替えを済ませてロッカールームを出ると、さきほどのインストラクターが一人で受付を切り盛りしていた。その上、私と同じように、着替えを済ませた人たちが次々とロッカールームの鍵を返しにやって来る。私は回数券を購入することになっているため、ずいぶんお手間を取らせてしまうので、ロッカールームの鍵だけを返却される方たちを優先した。

 さて、いよいよ回数券の購入となったわけだが、今回も三十回券を購入した。私のように腰が重い者にとっては、追い立てられるように回数券を消化して行くほうが性に合っていると思ったからだ。半年間で三十回というのは、決して消化し切れない量ではない。しかし、ホットヨガの回数券の購入でマイルが溜まるというのに、マイレージカードの番号を控えて来るのを忘れてしまった。いやあ、参る。(^^;

 次回のレッスンの予約も済ませると、受付をしてくださったインストラクターが、
「アクティヴコース、いかがでしたか?」
と聞いてくださった。私は、
ドッグポーズが難しいんです」
と正直に答えた。ドッグポーズは、ひざ小僧を床につけない四つん這いのポーズである。すると、
ドッグポーズは休憩のポーズなんですよ」
と教えてくださった。確か、レッスン中もそんなことをおっしゃっていたが、私にはかなりきついのである。もしかすると、余分な力を入れ過ぎているのかもしれない。インストラクターを担当してくださった方は、梅田店で講習を受けているときに、ドッグポーズが休憩のポーズだということに気付かれたのだそうだ。彼女は、
「今度、ポーズをしっかり観察してみてください」
と言ってくださった。

 それからインストラクターの方と梅田店の話になり、梅田店のロッカールームがまるで迷路のようだということで意見が一致した。インストラクターの方も、年に三回くらい掃除の当番で梅田店に出掛けられているのだそうだ。そのときに、自分はこうしてスタッフの服を着ているのに、ロッカールームの出口がわからなくなってしまったので、着替えをしている会員に、
「あの、出口はどこですか?」
と聞きそうになってしまったのだとおっしゃっていた。

 そんな会話を楽しんだあと、私は神戸店をあとにした。それから三宮で仕事帰りのガンモと待ち合わせて帰宅したわけなのだが、ガンモと待ち合わせるために三宮をふらふら歩いていると、前方から良く知った人が歩いて来た。何と、先日の公開録音で一緒だった一番の友人だった。彼女は、高松からの高速バスで三宮に着いたばかりだった。私たちは、何でこんなところでばったり会うのかと、お互い指を差して笑い合った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 先日、神戸の友人と食事をしたときに、その友人もヨガを始めたと言っていました。知り合いの人が開いているヨガ教室らしく、着替えをしたあとは、押入れの中に脱いだものをしまってレッスンを受けるのだそうです。ホットヨガではないので、レッスンのあともシャワーを浴びることなく、再び着替えをして帰宅するのだとか。ちなみに、レッスン料は一回千五百円だそうです。そんな静かなヨガにもちょっぴり憧れます。

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2007.02.04

思いがけない帰宅

 会場に入って来たアーチストは、一目見て、「今日はあまり気分が乗ってなさそうだなあ」とわかってしまった。顔が完全に笑い切っていないし、本当に乗っているときに見受けられるようなトークの爆走もない。公開録音の前夜も関東のラジオ局で夜の生番組をこなし、十四時からの公開録音に間に合うように、早朝の飛行機で松山入りされたに違いないのだから無理もないだろう。飛行機は高速の乗り物ではあるが、新幹線のように駆け込み乗車ができないので、例えフライト時間は短くても、余裕を持って空港に到着しなければならないものである。そんな過密スケジュールが、アーチストのテンションを留まらせたのかもしれない。しかし、爆走までには至らないものの、後半に差し掛かると、次第に気分が高まって来たのがわかった。

 毎年恒例のことだが、公開録音は、生ギターの弾き語りトークショーだった。アーチストが若い頃から影響を受けたり、じっくりと聴き込んで来たいくつかの曲をセレクトし、演奏の合間には、演奏する曲に関するエピソードなどを織り交ぜながら、私たちに聴かせてくれたのだった。

 わずか一時間の生ギター弾き語りトークショーは、あっという間に時間が来てしまった。この一時間のために、アーチストはわざわざ早朝から飛行機に乗って東京からやって来て、私たちも朝早くから並んでいた。そのことを思うと、とても贅沢な一時間になったと思う。

 公開録音自体は一時間の予定だったのだが、一時間を過ぎたあとも、アンコールに加え、整理券に印刷された番号を使っての抽選会が行われた。抽選会の景品は、去年の公開録音の会場となった施設から提供された美しいクリスタルと、アーチストの所属するバンドのスタッフジャンパーである。クリスタルは三つ、スタッフジャンパーは八着も用意され、普段、なかなか手に入ることのできない景品に参加者は息を呑んだ。クリスタルの箱には、既にアーチストのサインが日付入りで書かれてあり、スタッフジャンパーについては、当たったその場でアーチストのサインが書き込まれた。アーチストが、ラジオ局の方が用意してくださった箱の中から番号の書かれた紙を一つずつ引いて行ったのだが、私の整理番号は当ててもらえなかった。

 余興も含めた公開録音は、十五時過ぎにお開きになった。友人たちは、何とも言えない満足そうな表情を浮かべていた。一つのイベントが終わり、やや気が抜けているようでもある。朝早くから並び、最前列で公開録音を堪能したのだから無理もない。アーチストは、多くの人たちを同時に幸せにできる存在だ。そして、私がここに来れば、毎年、同じ顔ぶれに会うことができる。言葉を交わしたわけではないが、数年前の公開録音で最前列に座り、地元の高校生だと言っていた女の子が、今ではすっかり大人っぽい女性に成長し、今回も同じように最前列に座っていた。毎年のように参加されている車椅子の女性もいる。みんなみんな、この公開録音を毎年楽しみにしているのだ。そのことを思うと、熱い気持ちが込み上げて来た。

 参加した人たちは、公開録音が終わると、それぞれ自分たちの場所へと帰って行く。一番の友人は、これから高松まで出て、同じアーチストのファン仲間たちと、今回の公開録音の報告会を兼ねた宴会を開くそうだ。一方、私は、これから実家に寄って、夜のフェリーに乗って大阪方面まで帰る予定だった。
「じゃあ、また来年会おうね」
そう言い合って、松山の地元の友人たちと分かれた。このアットホームなイベントが、毎年のように、私たちを引き合わせているのだと思った。

 友人たちと分かれた私は、松山市駅へと向かった。松山から私の実家までは、特急列車で一時間ちょっと掛かる。しかし、特急列車よりもバスのほうが運賃が安いので、松山市駅からバスに乗って帰ろうと思っていた。バスの時間を見ると、十六時台と十七時台に一本ずつある。時計を見ると、まだ十五時半過ぎだったので、私は再び道後温泉に入りたい衝動に駆られた。しかし、道後温泉に入って松山市駅まで戻って来るとなると、最低でも一時間は掛かってしまうだろう。そうなると、必然的に十七時台のバスということになる。実家に着くのは十九時前後だ。フェリーの時間は二十二時台である。私が道後温泉に入ってしまうと、実家で過ごす時間を削ることになる。私は、友人たちとの昼食を優先させたように、道後温泉も諦めることにした。こんなふうに、私たちはいつも、何かを削りながら大切なものを選択し続けているのではないだろうか。

 松山市駅前のバス乗り場で実家方面に向かうバスの乗車券を購入しようとすると、
「片道でしたら、バスの中で買ってください」
と言われた。なるほど、高額でもない限り、バスの乗車券を予め購入するというのもあまり一般的ではない。私は納得して売り場を離れた。

 それから私は、実家に電話を掛けて、母に公開録音が終わったことを告げた。すると、母は、
「こんなに早い時間に終わるとは思わなかったよ。この時間なら、今日中にガンモのところに帰れるんじゃないの?」
と言う。私は驚いた。もともと実家に寄って、両親の顔を見てから夜のフェリーで帰る予定だったので、その日のうちに自宅に帰ることは想定していなかった。母は更に続けた。
「ガンモと一緒に帰って来るなら帰って来てもいいけど、あんた一人で帰って来るのはねえ・・・・・・。それに、今日は節分だし、夜に出歩くと鬼が出るし。でも、特急で帰るなら、駅まで行って、サラダと巻き寿司を渡すよ」
と言ってくれた。私の実家は、松山から岡山方面に向かう途中にあるのだ。神戸方面の新幹線に乗車するには、岡山まで出てしまうのが都合がいい。

 そう、この日は節分だった。だから、私の実家の最寄駅に特急列車が停車している間に、母が手作りのサラダと巻き寿司を手渡してくれると言う。しかし、私の実家の最寄駅は小さな駅なので、特急列車の停車時間はひどく短い。私は、
「特急で帰るにしても、停車時間は短いから、受け取るのは難しいと思う」
と言った。そしていったん電話を切り、じっくりと考えたのだ。その日のうちにガンモの待つ自宅へ帰るかどうかを。

 ガンモに電話を掛けて、母の提案を告げるうちに、私の決心は固まっていた。実家には寄らずにこのままガンモの待つ自宅に直行しよう。その夜も一人で眠ることを覚悟していたガンモは、驚き半分、喜び半分だった。こうして私は、松山から神戸行きの高速バスに乗る決断を下したのである。そのことを告げるために再び実家に電話を掛けると、
「あら、いいことを思いついたわね」
と母が伊予弁で言った。母にしてみれば、私が一人で実家に帰って来ることは、ガンモに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったようだ。母はしきりに、
「良かった良かった」
と連発していた。

 土曜日の夕方に松山を出て行く神戸行きの高速バスは、わずか数人しか乗客がいないほどゆったりとしていた。運転手さんの話によれば、日曜日の同じ便は、松山で週末を過ごした人たちで満席なのだと言う。松山から神戸までの所要時間はおよそ四時間である。この四時間のおかげで、私は前夜の睡眠不足を取り戻すことができた。もしも特急列車と新幹線の乗り継ぎであれば、これほどまとまった時間は確保できなかったはずだ。

 更に、バスの運転手さんが素晴らしくできた人で、乗客に対する気遣いが抜群だった。気分の悪い人はいないかとか、運転席隣に飲み物のサービスがあるが、熱いお湯を使うために走行中の利用は危険なので、サービスエリアの停車中にご利用くださいなど、決して事務的でなく、一つ一つの言葉を頭で考えて発しているという感じだった。運転手さんは、サービスエリアの休憩時間中にバスの点検を行い、異常のないことを確認したことなども伝えて私たちを安心させてくれた。

 三宮に着いたのは二十時半前だった。それから帰宅しても、二十一時半前にはガンモの待つ我が家に着いていた。マンションのドアを開けて入ると、私が帰宅した音を聞きつけたガンモが玄関まで迎えに来た。およそ一日半ぶりに再会した私たちは、固く固く抱き合った。

 なるほど、こうした筋書きが用意されていたから、金曜日の夜にガンモの仕事はひどく遅くなったのだ。離れる時間が一日半くらいなら差し支えないだろうということで、会わなくてもいい筋書きになっていたに違いない。私の実家方面に向かうバスの乗車券を車内で買ってくださいと言われたのも、こうした結末が用意されていたからだった。あのとき窓口で乗車券を購入できていたら、すぐに払い戻しを申し出なければならなかった。それだけでなく、神戸から松山までのフェリーはしっかり予約していたのに、大阪方面に向かうフェリーは予約していなかったことも導かれていたことになる。私は、ガンモの仕事が長引いてイライラしたことを恥ずかしく思った。あれだけ慌てたのは、自分の身の上に何が起こるかを信頼できていなかったからである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 母は、翌日も電話を掛けて来て、「とにかく良かった」を連発していました。親にを見せに帰るだけが親孝行ではないのですね。夫婦が離れ離れにならず、一緒に過ごすこともまた、親孝行なのだと思いました。

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2007.02.03

静かな情熱

 フェリーは、六時半前に松山観光港に着いた。フェリーの中ではほとんど眠ることができなかったが、身体はとても元気だった。

 下船してからメールをチェックしてみると、五時から会場前に並び始めたと友人からメールが届いていた。今回の入場券を融通してくれた友人である。座席指定のない公開録音は、早く並べば並ぶほど前方の席を確保できる。この公開録音に気合を入れた彼女は、前日から現地入りして、今回の公開録音の会場となるホテルに宿泊していた。彼女からのメールによれば、一番乗りは彼女だが、彼女の後ろに既に一人並んでいると言う。彼女は、私の分も一緒に並んでくれていたらしいのだが、私はそれでは彼女に対しても他の人たちに対しても申し訳ないと思い、会場に到着したら最後尾に並ぶつもりだった。

 私が会場に到着したのは八時過ぎだった。公開録音の開場は十三時半だったのだが、ロビーには既に数人の人たちがソファーで待機していた。私は、友人が並んでいるという、今回の会場となる三階へと直行した。そこで友人と再会したわけなのだが、私が三階に上がって行くのをホテルの人が見ていたのだろう。ホテルのボーイさんが、三階で一番に並んでいる友人のところにやって来て、主催者のラジオ局の人がまだ来られていないので、ここでは待たずにロビーでお待ちくださいと言った。そこで私たちはいったんロビーに降りることにした。

 五時から並んでいた友人の後ろに並んだ人とは、八年前の公開録音で知り合った別の友人だった。メールをくれた友人とも、そのときの公開録音で知り合ったので、お互い、八年前からの共通の友人ということになる。更に、ロビーで待っていた人たちも、良く見ると顔見知りの人たちだった。一番に並んだ友人は、「主催者のラジオ局の方が来られて並びなおすことになったとしても、来た順番を守りましょう」とみんなに提案した。最後に到着した私は、その時点で九番だった。

 十時過ぎに主催者のラジオ局の方がホテルに到着され、整理券を発行してくださることになった。何とありがたいことだろう。去年、私たちがラジオ局の方に切にお願いしたことが実現されたのである。そして、私たちは到着した順番に並び、整理券を発行していただいた。私は九番のはずだったが、並び直したときにはどういうわけか十二番になっていた。

 実は、整理券が発行されることになる直前に、二番に並んでいた友人が別の友人を迎えに行くために、一時的にホテルを離れることになった。別の友人は、他の地方からやって来るので、ホテルの場所がわからないのだそうだ。二番の友人は、自分が不在にしている間に整理券が発行されることを懸念し、一番の友人に入場券を預けた。二番の友人がホテルを離れた直後に整理券が発行されることになり、少々慌ててしまったが、一番の友人は、ラジオ局の方に二番の友人の入場券も一緒に提示して、二番の友人の分まで整理券を受け取ることに成功した。私は、一番の友人の連携プレイに甚く感動した。私が九番ではなく十二番になったのは、一番の友人と同じようなことを、他の人も実践したのかもしれない。

 しかも、一番の友人は、ラジオ局の方が入場券を回収しますと言って来たのに対し、
「記念に持ち帰りたいんです」
と切願した。ラジオ局の方は、彼女の気持ちをわかってくれたようだった。彼女が切願してくれたおかげで、私たちは貴重な入場券を回収されずに済んだのである。

 整理券を発行してもらえたおかげで、私たちは十三時半の開場時間まで自由の身となった。私は道後温泉に行くための準備を整えていたのだが、せっかく友人たちと再会できたので、みんなと一緒に少し早めの昼食を取ることにした。実は、その日は好きなアーチストのライブのチケットの発売日に当たっていた。私はそのライブには参加しないのだが、今回、入場券を融通してくれた一番の友人がそのライブに参加したいと言っていて、電話予約の時間になったら電話を掛けるのを手伝って欲しいと言われていた。しかし、一番の整理券を発行してもらったあとの彼女は、とても満足していたからだろうか。
「電話予約はもういい。今、ここでみんなとこうして過ごしている時間のほうが大切」
と言った。私はその言葉に感動した。ライブのチケットなんて、本当に参加したと思ったら、あとからどうにでもなるものだ。それよりも、今、ここにいる人たちと過ごす時間のほうが大切なのだ。私が道後温泉に入ることを諦めたのも、一番の友人と同じ気持ちだったからだ。

 私たちは、ホテルから松山市駅前まで歩いて行き、少し早めの昼食を取った。しかし、二番の友人は、緊張のあまり食べ物が喉に通らないとかで、飲み物だけを注文した。私は、「もしも整理券が発行されなかったら、お昼ご飯も食べずに並び続けることになるかもしれない」などと空腹のまま公開録音に参加することになってしまうことを心配していたくらいなのに、二番の友人とは大違いである。二番の友人は、今回の公開録音に参加するために、目覚まし時計を三つもセットしてのぞんだのだと言う。二番の友人が、他の地方のライブに遠征しているところを何度か出会ったことがあるが、彼女を見ていると、好きなアーチストに対するひたむきが想いが伝わって来る。二番の友人にとって、好きなアーチストの存在は、「生きがい」や「心の支え」に相当する存在になっていると実感する。

 昼食を済ませた私たちは、再び会場に戻り、主催者の方たちの指示に従って、整理券の順番通りに並び直した。十三時を過ぎた頃には、会場の前はたくさんの人たちで埋め尽くされていた。中には整理券を持たずにやって来た人もいて、列の外でそっと待機していた。彼女たちは、すべての人の入場が終わったあとに、主催者の方と話をしていた。最初は断られていたようだが、熱意が通じたのか、入場を許可してもらえたようだった。

 やがて開場時間になり、私たちは十人単位で会場の中に流れ込んだ。一番の友人は、真ん中の席に座らずに、二番の友人に譲ったらしい。何故なら、二番の友人はラジオの公開録音が行われる地元である松山のファンだったからだ。いくら整理番号が一番だとは言え、県外からやって来た自分が地元のファンを差し置いて真ん中に座ることはできないと、一番の友人は判断したようである。私は、一番の友人のそういう精神に敬意を表する。

 十二番となった私も、真ん中よりは少し右寄りだが、最前列の席に座ることができた。先に入場した友人たちは、
「ああ、緊張して来た!」
などと言っていたが、私はまったく緊張していなかった。彼女たちと私の違いは何なのだろう? 私には、好きなアーチストに対する情熱が薄いのだろうか? それとも倦怠期なのだろうか? そう思っていると、一番の友人が、
「まるみちゃんはそろそろ銀婚式だからね」
と言った。なるほど、銀婚式か。つまり、ファンになって二十五年ということである。彼女は更に続けた。
「銀婚式の頃になると、更にまた燃え上がるらしいよ」
面白いなあ、彼女。

 しかし私は、自分の中の情熱が良く見えなくなっていた。最前列に座っても緊張しないでいることは、アーチストに対する情熱が足りていないのだろうか。空腹のまま公開録音に参加することを心配することも、アーチストに対する情熱が足りていないのだろうか。食事も喉に通らぬほど、緊張しなければ、情熱が足りているとは言えないのだろうか。

 私の周りには、一番の友人や二番の友人のように、わかりやすい情熱を示してくれる友人がわんさといる。しかし、彼女たちのような存在をあまり知らない人から見れば、私の取っている行動もまた、情熱たっぷりの行動に映って見えるかもしれない。それでも、私自身は、好きなアーチストを目の前にしても、ドキドキしたり緊張したりということはない。ガンモに対してもそうである。ドキドキしたり、緊張したりすることがなくても、深く愛していることには変わらない。

 わかっていることは、私にとって、好きなアーチストの存在は、もはや存在して当たり前の対象になっているということだ。当たり前だから、わずか一時間余りの公開録音のために、仕事が忙しくても時間を作って出掛けて行く。当たり前でも、前のほうで彼を見たいという欲望が少しだけ残っている。そんな状況だ。

 二百人余りの人たちが会場を埋め尽くす中、やがて音楽が流れ始め、ラジオの公開録音が始まった。入口から彼が入って来ると、喜びいっぱいの感情を示し、手で顔を覆いながら、身体を震わせているファンがいた。彼女の目の前を彼が通って司会者席に座る。憧れのアーチストを間近で見ることができて、彼女は感極まる様子だった。

 長くなってしまうので、この続きはまた後日。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m あまりにも濃くて長い一日でした。実は公開録音のあと、私は予定を変更してガンモの待つ我が家へと直行しました。このあたりのことは、後日、書かせていただきますね。やはり、狭くても、ガンモの隣で眠るのが一番よろしいようです。(*^^*)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.02.02

受け取れない日

 好きなアーチストのラジオの公開録音に参加するため、私は仕事を終えてフェリーに乗る予定だった。ガンモと三宮で待ち合わせをしてご飯を食べようと思っていたのだが、案の定、私は残業になってしまった。残業前の休憩時間にガンモに電話を掛けてみると、何やらガンモも仕事でバタバタしているようである。

 私は、フェリーの出航時間に間に合うように何とか仕事を上がり、三宮方面へと急いだ。フェリーには、三宮からポートライナーという新交通システムに乗って二つ目の駅で降りたところから乗船することになっていた。ところが、私が三宮に着いても、ガンモはまだ仕事をしていた。いつもは私よりも早く仕事を上がって帰宅しているというのに、私が出掛けて行くこの日に限って残業が長引くとは、一体どういうことなのだろう。今夜を逃すと、ガンモに会えるのは日曜日になってしまうと言うのに。

 それでも、フェリーの出航時間まであと三十分ほど余裕がある。私は三宮でガンモの仕事が終わるのをしばらく待つことにした。しかし、これからフェリーに乗るとなると、気ばかり焦ってしまう。ここのところ、ずっと仕事が忙しいせいで、何をするにも細切れの時間しか確保できていなかったからだろうか。早めにフェリー乗り場まで移動して、まとまった時間を確保したと思ってしまうのだった。

 三宮で二十分ほど待ち、再びガンモに電話を掛けた。私たちの働いているコンピュータ業界は、二十分やそこらで仕事の状況が変わるような仕事内容ではないことはわかっているはずなのに、とにかく気ばかり焦っていた私は、
「もしも仕事を上がれる見込みがあるならもう少し待つけど、もう上がれる見込みがまったくないなら、フェリー乗り場まで移動するよ」
とガンモに言った。するとガンモは、
「ごめん、そうして」
と早口に言った。一体どうしたのだ。まるで貧乏くじでも引いてしまったみたいだ。時間に余裕のない私は、今日に限ってガンモがなかなか仕事を上がれないことにイライラしていた。

 フェリーの出航時間が差し迫っていたので、私は三宮からポートライナーに乗り、フェリー乗り場まで移動した。フェリー乗り場に着いたのは、出航のおよそ二十分前だった。慌しく乗船手続きを済ませ、乗船口へと向かった。

 乗船口まで歩いている途中、ふと寂しさが込み上げて来た。いつもなら、私はガンモと一緒に旅行をしているはずだった。しかし、今日は一人だ。ガンモは仕事のために私の道楽の旅に同行できないのである。これから私は一人でフェリーに乗り込み、好きなアーチストのラジオの公開録音に参加する。好きなアーチストのラジオの公開録音への参加と引き換えに、孤独を体験するわけである。

 指定された船室に着いてみると、そこはレディースルームだった。私が一人旅なので、船舶会社の方が考慮してくださったのだろう。レディースルームでは、既に何人もの女性たちが毛布にくるまって横になってくつろいでいた。私は、ささっと支度を整えて、船内に設置されているお風呂に入りに行った。いつもはガンモと一緒なので、ガンモに荷物を見てもらってゆっくりとお風呂に入るのだが、今回は一人なので、カラスの行水並のスピードでお風呂から上がった。

 ああ、「ガンまる日記」も書いておきたい。しかし、出航ギリギリの乗船になってしまったせいか、いま一つ自分のペースを作ることができない。自分のペースを作り上げるには、少し早めに乗船して、自分の心地良い環境を少しずつ構築して行くことが必要だ。出遅れてしまうと、くつろいでいる皆さんの前でガサガサと音を立ててはいけないとか、そんなことを気遣ってしまい、自分にとって心地良い環境を整えることができないのである。

 その後、私は躊躇しながらも、船室内で電源コンセントを見つけ、ノートパソコンを充電することに成功した。しかし、多くの女性たちがくつろいでいる静かな船室内で、あまり音を立ててはいけない。私は遠慮がちにキーボードを叩いた。救いだったのは、船室内にテレビが点いていて、『千と千尋の神隠し』が上映されていたことだ。私が叩くキーボードの音は、『千と千尋の神隠し』にかき消されて行く。そう言えば、私は『千と千尋の神隠し』が好きで好きで、映画館で二回観た思い出がある。川の神様(?)が千尋のことを「覚えているよ」というシーンが特に好きで、映画館で感動のあまり涙を流したものだった。私が前世で深く関わった男性たちが、誰も私のことを「覚えているよ」と言ってくれないからかもしれない。「覚えているよ」という言葉に魂が震えたのである。

 そうこうしているうちに、『千と千尋の神隠し』の上映は終わり、あっという間に消灯時間がやって来た。消灯時間は二十三時半である。消灯時間になると、船室内の照明が落とされた。しかし、ここのところ二時前後に就寝するリズムが出来上がっていた私は、なかなか寝付くことができない。おまけに、消灯時間直前までノートパソコンをいじっていたため、お風呂から上がったあとの着替えもできず、私はセーターを着たまま横になる羽目になってしまった。

 暖房の効いた船室内で、セーターを着たまま寝るのはひどく暑い。私の両隣には、既に横になって静かに休んでいる人たちがいる。私が起き上がってセーターを脱ぐと、ガサガサと音を立ててしまうし、セーターの下は半袖のTシャツなので、もしかすると寒いかもしれない。そんな葛藤が頭の中でグルグルと渦巻いていた。結局、二十三時半の消灯時間に横になってはみたものの、なかなか寝付くことができず、私は横になったまま、「こんなにパッチリ目が覚めているのだから、『ガンまる日記』を書きたいなあ」などと思っていたのだった。二十三時半と言うと、いつもなら仕事から帰宅する時間だ。そんなリズムが出来上がっているのだから、二十三時半に就寝できるわけがない。二十三時半の私の頭はまだカチカチと活動していたのである。

 自分のペースを失い、目の前で起こっている出来事を受け取ることができなくなっていた私は、これからの公開録音が無事に終わることをただただ祈るばかりだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m セーターを着たまま寝たので、少々肩が凝っています。(苦笑)これを書いている今、私はガンモに電話を掛けて、仕事中のガンモを急かしたことを謝りました。船の中ではほとんど眠ることができませんでした。私はガンモと一緒にいるときに、自分がいかにリラックスした状態にあるかということに気付かされました。なかなか眠ることができなかったのは、隣にいる人が違うということもあったと思います。これは、人とくっつき合って眠らないということが、いかに不自然かということだと思います。しかし、今になって思えば、滅多に利用することのないレディースルームも、もっともっと満喫したかったと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2007.02.01

敬意を払う

 「今日も『ガンまる日記』を書きたい!」と思っていると、まるでこれを書いて欲しいと言われているかのような出来事が身近で起こる。

 仕事を終えてひとまず三ノ宮に着いて、三ノ宮からJRに乗り換えるために駅のホームに上がってみると、新快速電車が到着しようとしているホームに、見慣れない制服を着た男性が二人、立っていた。外はとても寒かったが、その人たちは制服姿で仕事をしているためか、コートも着用していなかった。しかし、その人たちは寒そうな様子を微塵も見せず、顔には笑みさえ浮かべて、二人で何か会話を交わしながら新快速電車の到着を待っている様子だった。

 彼らは、ポケットに何十枚もの白いペーパーの入ったベルトを腰に巻き付け、手には塵取りを持っていた。更にその近くでは、年配の駅員さんが携帯電話で誰かと話をしていた。部分的に漏れ聞こえて来た会話の内容は、
「これから清掃です」
というものだった。

 電話を終えた年配の駅員さんが、制服を来た男性たちに何やら場所を示すと、彼らは指定された場所に少し移動し、そこで待機した。どうやら彼らはJR西日本の清掃スタッフで、これからやって来る新快速電車の停車中に車内を清掃するらしい。時間的にも遅い時間帯だったので、おそらくお酒に酔った乗客が車内を汚してしまったのだろう。

 お酒に酔った人が口から戻したものを始末するのだとすると、その作業は決して心地のいいものではないはずだ。しかし、彼らは相変わらず笑みさえ浮かべながら、新快速電車の到着を待っていたのである。

 私は、これから到着する新快速電車に乗車するつもりだった。しかも、彼らが立っていたのは、たまたま私がいつも乗車している場所に近かったので、これから彼らがどんな仕事をするのかをそっと見守りたいと思っていた。

 やがて到着時刻になり、新快速電車がホームに入って来た。降りる人たちが降りてしまうと、彼らは私たち乗客を気遣いながら、車内へと入って行った。車内に目をやると、閉まっているほうのドアの上部から下部にかけて、嘔吐物でべっとりと汚れている。

 彼らは手際良く嘔吐物の処置に取り掛かった。私は、すぐ近くの補助椅子に座ってその様子を見守っていた。かつて、いつも通勤に使っている地下鉄に乗っていたときにも、このような光景を目にしたことがある。そのときは、途中の駅から駅員さんが乗り込んで来て、処置をしていた。そのときの駅員さんの態度からすれば、あまり楽しそうに作業しているとは思えなかった。他にその仕事をする人がいないので、仕方なくやっているという感じだった。しかし、三ノ宮駅で待機していた彼らは、丁寧に、そして乗客に敬意を払いながら手際良く処置をしていた。一人がペーパーでふき取ると、もう一人が液体スプレーを振りかけて更にきれいにする。そして、使用したペーパーを塵取りの中に素早くしまい込む。

 新快速電車は、彼らの処置が終わるまで、三ノ宮駅でしばらく停車していた。私は、彼らの処置を見守りながら、詰まるような感動で胸がいっぱいになっていた。ここに居る人たちは、他人の嘔吐物を処理することを、こんなにも気持ち良くこなしている。しかも、処置の最中に、他の乗客に敬意を払うことを忘れない。

 彼らは実に手際良く処置を終わらせ、乗客に一礼して電車から降りて行った。彼らが降りようとしているそのとき、四人掛けのクロスシートに座っていた中年の男性が、
「ありがとう」
と彼らに言った。私も同じ気持ちだったのに、「ありがとう」を言い損ねてしまった。

 彼らは降りたあともすぐには立ち去らず、新快速電車が発車してしまうまでドアの外に立ち、見送っていた。何という敬意の表し方だろう。彼らは決して、嘔吐物を処理することが嫌ではなかった。むしろ、電車をきれいにすることを喜びとしていた。彼らの仕事もまた、神との仕事に違いない。

 帰宅してから、彼らの制服にプリントされていた会社名から、彼らの会社のHPを調べてみた。彼らは、ジェイアール西日本メンテックのスタッフだった。私も、彼らが電車を降りて行くときに「ありがとう」と言いたかった。だから、このことを記事に書かせていただいた。私たちの乗る電車をきれいにしてくれてありがとう。



神との仕事をしているジェイアール西日本メンテックの清掃スタッフ。感動のあまり、携帯電話に付属のカメラで思わず撮影してしまった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 思えば、彼らは清掃を専門に行う仕事です。それに対し、私がかつて地下鉄で見掛けた駅員さんは、普段の業務とは違うことをしなければならないことで、「何で俺がこんな後始末をしなきゃいけないの?」という気持ちだったのでしょう。私は、全国あちらこちらを旅していますが、ジェイアール西日本メンテックのスタッフの方たちのような仕事ぶりは、他でも見たことがありません。乗客に対するあの敬意は一体何だったのでしょうか。まるで、自分たちのためにお急ぎのお客様をお待たせしてしまって申し訳ないといったように見受けられました。乗客に対し、そこまで敬意を払う必要はないと思いますが、一つの仕事を右から左に流さずに、笑みさえ浮かべながら素早く丁寧にこなしてくださったことに、私からも敬意を表します。

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