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2007.01.01

年賀状と元旦営業の床屋さん

※皆さん、改めまして、あけましておめでとうございます。エネルギーの低迷期にはたくさんお世話になり、ありがとうございました。ようやく大殺界も明けて、自分らしさを取り戻せそうな年回りが巡って来ました。これから少しずつ上昇して行きたいと思っています。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 年が明けたので仕事中のガンモに電話を掛けてみたが、呼び出し音は聞こえて来るものの、電話はなかなか繋がらなかった。そう言えば、今回、ガンモが作業を行う顧客のマシン室は、携帯電話の持込が禁止されていると言っていたのを思い出した。

 何はともあれ、新しい年が明けた。この年明けは、私たち夫婦にとっての夜明けかもしれない。三年間続いた私の大殺界と、ガンモの厄年からようやく解放されたからだ。三年前の元旦に、近くの厄除け寺にガンモと二人で歩いて出掛け、ガンモの手をぎゅうっと握ったことを思い出す。あのとき、どんなことがあっても、決してこの手を離すまいと固く心に誓った。この三年間、私のエネルギーはすっかり落ちていたが、ガンモも私も特に大きな出来事に見舞われることなく過ごすことができたのは、厄除け寺のパワーのおかげかもしれない。または、ぎゅうっと握った手を離さずにいたからだろうか。とにかく、近いうちに、三年間に渡る厄除けのお礼参りに出掛けたいと思っている。

 大晦日から元旦にかけて、私は結局、夜中の三時過ぎまで起きてゴソゴソ活動したあと、ようやく眠りに就いた。目が覚めたのは八時頃だったが、まだ少し眠かったので、もう一度布団の中に入って眠った。次に目を覚ましたのはお昼前だった。

 ガンモが帰宅したのは、十四時過ぎだっただろうか。帰宅すると、ガンモはベッドに横になって睡眠を取った。ガンモ、一年の仕事納め、お疲れさん。

 ガンモは、ポストに配達された年賀状を運んで来てくれた。ここしばらく、年賀状を書いたり書かなかったりしていたというのに、継続的に年賀状を送り続けてくれる友人たちに深く感謝した。何故、年賀状を書かなかったかと言うと、年賀状を通じて大量生産される言葉に責任が持てなくなってしまったからだ。年賀状を出すことに対し、感情がこもらず、機械的になりつつあったのだと思う。もちろん、アナログの年賀状よりも年賀メールに移行しつつあったことも原因の一つだ。こちらが返事を出さないでいると、年賀状の数は次第に減って来た。しかし、今年いただいた年賀状には、いつになくあたたかいものを感じたのだ。何故なら、いただいた年賀状に対し、絶対的な友情を感じたからだ。

 もしも私たちが毎年のように年賀状を書き続けていたら、このようにあたたかい感情を感じることはできなかっただろうと思う。機械的に書いて投函するだけの年賀状ではなく、本当に書きたい人に年賀状を書くという、言葉を大量生産しない年賀状が実現されている。年賀状は何故書くのか。書きたいから書くのだ。決して、返事を受け取るために書くのではない。返事がないから書かないのではない。そのことを、今年受け取った年賀状で実感させられた。

 今年、年賀状をくださった方の中に、この「ガンまる日記」をいつも読んでくださっていると書いてくださっている方がいた。意外だったが、とてもうれしかった。Mさん、どうもありがとう。(^^)

 ところで、年末あたりからずっと、
「髪を切ってくれ」
とガンモに懇願され続けていたのだが、夜はなかなか時間が取れず、ずっと延ばし延ばしになっていた。延ばし延ばしになっているものだから、ガンモの髪の毛も伸び放題だった。そして、今日になってようやく、新年早々、ソウルメイトの床屋さんを営業した。元旦から営業している床屋さんは珍しい。ガンモには、お正月料金をもらってもいいかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ようやく年が明けましたね。元旦からお仕事をされている皆さん、お疲れ様です。お医者さん、看護婦さん、郵便屋さん、スーパーやコンビニの店員さんなど・・・・・・。郵便屋さんと言えば、私が投函した年賀状は、まだ実家には届いていないと言われました。三十日の夕方に投函したので、大晦日に投函したのも同じですが・・・・・・。(^^; 忘れた頃に届く年賀状も、またいいですよね。(^^) 元旦にいただいた年賀状は、元旦のうちに投函させていただきました。こちらは、もっと忘れた頃に届く可能性アリです。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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