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2007.01.12

失われた時間を取り戻す

 私たちは、午前五時半に起きて、伊丹空港から飛行機に乗ることになっていた。しかし、会社の飲み会に参加しているガンモがなかなか帰って来ない。外資系のガンモの会社は、一月が年度始まりなので、人事異動もこの時期に行われる。今年はお世話になった部長が異動することになり、会社の人たちで部長の送別会を開いているようだ。私は、「ガンまる日記」を書き上げてから午前一時過ぎにガンモに電話を掛けてみた。すると、ガンモはまだ宴会の真っ最中だった。声の様子から、ガンモは今夜の飲み会にはとことん付き合うという意気込みを感じられた。早起きなのに大丈夫だろうかと思いつつも、何年間かお世話になった部長との別れを惜しみながら、お酒も飲めないのに遅くまで送別会に参加して部長を送り出そうとしているガンモに、温かい人間味を感じていた。

 もともとこの送別会は、今日、行われる予定だったらしい。ガンモは今日は旅行に出掛けることになっていたので、ガンモは送別会に参加できないことをとても残念がっていた。すると、誰かがスケジュールを調整してくれたのか、送別会が一日繰り上がり、ガンモも参加できるようになったのだそうだ。ガンモは送別会の前日までに旅行の準備を済ませ、送別会にのぞんだのである。

 私は、午前二時過ぎにベッドに入った。そのまま朝まで目を覚まさなかったのだが、いつの間に帰宅したのか、麻になると、ガンモのほうが早く起きていた。ガンモは、私が五時半にセットしていた目覚ましで起きたと言う。帰宅したのは三時だったそうだ。早起きしなければならない前日に、送別会で帰りが遅くなってしまったことを一言もこぼさなかった。ガンモが本心から、部長を送り出したいと思っていた証である。

 こうして、眠い目をこすりながらも、何とか支度を整えた私たちは、午前六時半過ぎに家を出た。我が家から伊丹空港まで出るには、脱線事故現場を通過することになる。これまでにも何度か脱線事故現場を電車で通過して来たのだが、いずれも夜だったので、脱線事故現場の様子を目にすることはできなかった。しかし、今回は朝だ。脱線事故現場の様子が視界に入って来ることだろう。

 電車は、脱線事故現場を通過する直前になると、速度を緩めていた。やはり、同じ過ちを犯さないように、気を引き締めているのだろう。そう考えると、あの事故は本当に悲惨な事故ではあったが、世の中に対し、同じ過ちを犯さないような強烈なメッセージを送り届ける役割を持っていたのではないかと思う。あれだけ大きな事故が起これば、誰もが自分たちは大丈夫なのかと我が身を振り返ることだろう。そのことで、大事に至らずに済んだ出来事も多いのではないだろうか。

 脱線事故のあったマンションには、事故の傷跡がまだ生々しく残されていた。そして、その先には白い献花台も残っていた。私は、脱線事故のおよそ一ヵ月後に事故現場を歩いて訪れたことを思い出す。あの場所では、言葉にならないほどの空気が流れていた。あれからもう一年余りが過ぎたのだ。

 伊丹駅で降りた私たちは、伊丹空港行きのバスに乗った。今回は、ガンモのバースディ割引を使って、いわて花巻空港に飛ぶのである。バースディ割引なので、通常の料金の半額以下である。空港カウンターで免許証を提示して航空券を受け取ったのだが、バースディ割引ということで、航空会社の方が、ガンモに「お誕生日おめでとうございます」と言ってくださったそうだ。なかなか面白いサービスである。

 飛行機は、ジャンボ機ではなく、こぢんまりした飛行機だった。狭いコックピットの中に機長の姿が見える。
「機長、どうぞよろしくお願いします」
と心の中でつぶやきながら、機内に入った。新幹線と同じ、横三列と横二列の構成だった。設備の整ったジャンボ機も快適だが、このようにこぢんまりした飛行機もなかなか好感が持てる。利用客全員が知り合いのような気がして来るからだ。

 それにしても、伊丹空港から一時間十分程度で花巻に着いてしまうのだから、飛行機がいかに高速の乗り物であるかがわかる。寝不足のためにこっくりこっくりしているうちに、
「あとおよそ十分でいわて花巻空港に着陸します」
というアナウンスが流れ、慌てて目を覚ました。

 着いてからわかったのだが、花巻は宮沢賢治さんの生まれ故郷らしい。私にとって、宮沢賢治さんの作品として心に残っているのは、『注文の多い料理店』だ。「あめゆじゅとてちてけんじゃ」、「オラオラデヒトリエグモ」という言葉も心に残っている。決して明るい響きではないはずなのに、言葉の中に強い意志を感じる。これが、東北の人が隠し持っている強さなのだろうか。「イーハトーヴ」という言葉を生み出したのも、宮沢賢治さんである。宮沢賢治さんは、今でも地元の人たちに愛され続けているのだろう。地元の企業のイメージなどに、それとなく影響を与えている。

 いわて花巻空港から花巻駅まで路線バスに乗り、花巻から盛岡まで出た。盛岡で昼食も兼ねて三時間ほどぶらぶらしたあと、盛岡から大館(おおだて)まで向かう直通列車に乗り、大館で青森行きの列車に乗り換え、青森県のとある温泉旅館に辿り着いた。盛岡から大館までは、およそ三時間もの間、同じ列車に乗り続けることができたので、睡眠不足だった私たちは、列車の中でゆっくりと睡眠時間を取り戻すことができた。美しい雪景色を眺めることもなく、私たちはひたすら列車の中で眠り続けた。おかげで、体調は見事に回復した。列車は、長椅子シートでとても空いていたので、ガンモは長椅子シートに寝転がって寝ていた。ときどき、そういう人を電車の中で見掛けることがあったが、それなりの事情があるのだと理解した。こうして私たちは、過去に失われた時間を取り戻すことに成功した。しかし、美しい雪景色を見ずに眠り続けたという新たに失われた時間は、どこで取り戻されるのだろう。取り戻したと思っている私たちは、また一つ、失ってしまっただけかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m やって来ました、冬の青森です。青森方の皆さん、こんにちは。青森にやって来たのは、二〇〇五年の夏以来でしょうか。あのときは、大阪から寝台特急日本海に乗り、青森で降りました。それから、浅虫温泉に入り、ねぶた祭りを見てから函館行きの特急列車に乗りました。現在、宿泊している旅館にも、青森特有の浮世絵の線を太くしたような力強い絵が飾られています。今回は写真をアップできなくて申し訳ありません。実は、パソコンは何とか立ち上がったのですが、宿泊している旅館からモバイルカード経由でインターネットに接続すると、電波状態が非常に悪く、この記事も確実にアップできるのかどうか、おぼつかない状況であります。それにしても、普通列車の中で眠った三時間は至福の時間でした。温泉の温度も高く、雪景色の露天風呂にも入りました。たくさんのカニ料理をいただきました。冬の寒さは厳しいけれど、東北の温泉はいいですね。東北の人たちがうらやましいです。(^^)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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