« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007年1月

2007.01.31

神との仕事

 きのうあたりから、左耳に何かが詰まっているような感覚に襲われていた。飛行機の高度が上がったときに気圧の変化によって感じられるような、もしくは、耳の中に入ってしまった水がなかなか出て行ってくれないような、そんな気持ちの悪い感覚だ。

 一年ほど前のことだろうか。突然、左耳が痛くなったので、仕事帰りに職場近くの耳鼻科に立ち寄り、診ていただいたことがある。そのときは外耳炎と言われ、耳に点す耳薬を処方していただいた。しかし、今はどうにもこうにも仕事が忙しいため、できれば通院せずに済ませたかった。そこで私は思い切って、そのときに処方していただいた耳薬がまだ有効期限内であることを確認した上で、その耳薬を耳の中に点してみた。しかし、かつてはそれで症状が緩和されたものだったが、今回はまったく症状が変わらなかった。そこで、午前中だけ休みを取って、出勤前に再びその耳鼻科に寄ってみようと思ったわけである。

 耳鼻科に着いて、保険証と一年ほど前に作っていただいた診察券を提示すると、何と診察まで二時間待ちと言われた。午前中は、予約の患者さんでほとんどいっぱいなのだそうだ。これまた一年ほど前に、私が小学生の頃から耳が悪く、プールに入る度に中耳炎になり、母の運転する車で隣の市にある耳鼻科に足繁く通っていたことを書いたと思う。その頃から、耳鼻科はいつも混み合っていた。だから今回も、受診するに当たって、耳鼻科で待つということは覚悟していたが、出勤前に二時間も待つのはちょっと気が重い。それでも、今の慌しい自分に与えられた貴重な休憩時間だと思い直し、私は受付票に書かれた診察の目安時間を確認すると、病院の外に出て行った。待ち時間が二時間もあるので、駅の周辺を散策しようと思ったのである。

 私はまず、図書館に向かった。少し前に「ガンまる日記」のカテゴリにも登場したように、私は児童図書が大好きだ。特に、道徳的な分野の本がお気に入りである。図書館の児童図書コーナーには、これからの世の中を担って行く子供たちが夢いっぱいの少年少女に育って行くように、たくさんの児童図書が並べられている。その中の何冊かを手に取って読んでみた。大人が読む本と同じように、児童図書の表現方法にも幅がある。魂に響いて心に残る本もあれば、ゴシップのように、右から左へと流れて行ってしまう本もある。

 実は、久しぶりに手に取った児童図書で心にずしんと響いたのは、図書館を出たあと少し早めの昼食を取り、耳鼻科に戻ってから待合室で読んだ『トムテ』という絵本だった。トムテとは、スウェーデンの農家を守る小人らしい。ヴィクトール・リードベリという人が書いた詩に美しい絵が添えられている。短い詩の中には、思わずはっとさせられるような美しい表現がちりばめられている。言葉が他の言葉と結び付いて、さも楽しそうに踊っているのだ。

 絵本は、文章を綴る人と絵を描く人の壮大なコラボレーションだ。感動的なコラボレーションが完成したとき、それは神との仕事になっている。神との仕事は、パワーの源に繋がることができることによって、素晴らしい産物をもたらす。

 耳鼻科に戻ったのは、診察予定時間の十五分前だった。受付で順番を確認してもらうと、私の順番はまだだと言う。飛ばされていなくて良かった。しかし、実際に名前が呼ばれたのは、それから四十分くらい経った頃だろうか。

 待合室には、小さい子供さんを連れたお母さんがいる。子供さんに絵本を読んで聞かせているお母さんもいる。子供さんの名前が呼ばれて診察室に入ると、中から子供さんの泣き声が聞こえて来る。小さいお子さんたちにとって、耳鼻科で診察していただくことには恐怖が伴うのだろう。私は、自分が小学生のときに母に連れて行ってもらった耳鼻科を思い出す。待ち時間の長い耳鼻科で、私は母の時間を奪っていた。しかし、あれから何十年も経って、私は母と同じような立場のお母さんたちをここで見ている。そこにあるのは、子供さんへの献身的な愛だ。子供さんのために一緒に耳鼻科に通うこともまた、神との仕事だった。

 ようやく順番が回って来て、先生に診察していただいたところ、特に悪いところは見受けられないと言う。本格的な聴力の検査も行い、左右ともに聞こえにくい結果は出ていないと言われた。三日分の薬を出してくださったので、それを服用し、それでも状況が改善されなければ、再び検査に来てくださいと言われた。先生は、朝からずっと一人で何十人もの患者さんを診察して来られた。先生が名医だからこそ、これだけたくさんの患者さんたちがここに集まって来ている。例え二時間待つことになったとしても、先生に診察していただきたいのだ。先生の仕事もまた、神との仕事に違いない。

 結局、午後から出勤するはずの仕事は、三十分遅刻する羽目になってしまったが、いくつもの神との仕事に振れることができて、私はとても満足だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これを書いている今は、処方していただいた薬のおかげなのか、左耳が聞こえにくい症状は少し緩和されつつあります。もしかすると、私に神との仕事を見せるために、左耳が聞こえにくくなったのかもしれません。今回のことを通して思ったのは、私自身の仕事は神との仕事なのかということでした。私は文章を書いているとき、ふわっと身体が軽くなることがあります。そのとき、私は神との仕事をしていると実感していたのですが、実は先日、職場で仕事をしているときにその現象が起こりました。身体がふわっと軽くなると、頭がカチカチと働いて、仕事をてきぱき片付けることができます。今の仕事も少しずつ、神との仕事に近づいているといいのですが。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.30

真冬の孵化

 今日は鳩の話を書こう。父ちゃんが新しいお嫁さんをもらい、この真冬に卵を産んで温めているという話を少し前にここに書いた。ビッグの妹であるスモールが巣立ってからは、父ちゃんとビッグの対立が一層激しくなった。私は、ビッグが新しいお嫁さんに求愛しているものだとばかり思い込んでいたのだが、どうやら父ちゃんとビッグで権力争いをしているらしい。ガンモの証言によれば、父ちゃんとビッグがしばしば突付きあっていると言うのだ。その突付き合いはとても激しく、ビッグは自分の親である父ちゃんに対し、容赦のない態度を取っているそうだ。

 更にビッグは、父ちゃんの新しいお嫁さんのことも追いかけ回して突付いていると言う。ガンモ曰く、
「ビッグから見れば、父ちゃんの新しいお嫁さんは、単なる新参者だから」
なるほど。優先的に餌にありつくために、ビッグは新しいお嫁さんに対して、自分のほうが強いと威嚇していたのである。

 あるとき、ビッグがベランダで新しいお嫁さんを追い掛け回して突付き始めたので、新しいお嫁さんがあちこち逃げ回っていたそうだ。しかし、そこで新しいお嫁さんは頭を使った。巣の中で卵を温めていた父ちゃんのところに駆け込み、ビッグにいじめられていることを訴えたと言う。新しいお嫁さんの訴えを聞きつけた父ちゃんが巣から出て来てからは、父ちゃんとビッグの戦いになったとか。その様子をじっと見守っていたガンモは、新しいお嫁さんはなかなか賢いと感心していた。

 ビッグが強いように見えていても、実際にここの縄張りを仕切っているのは父ちゃんである。ガンモは、父ちゃんに見つからないように、寝室の窓からそっと他の鳩に餌を与えることがある。父ちゃんとビッグが一緒にいるときに餌を与えると、必ず餌の取り合いで突付き合いになるからだ。しかし、父ちゃんに隠れて餌を与えていることが父ちゃんにばれると、父ちゃんはものすごいスピードで餌のところにやって来るそうだ。

 ところで、先日、新しいお嫁さんによって真冬に産み落とされた卵だが、先日、ガンモが台所の奥にあるベランダの様子をうかがっていると、卵の殻が転がっているのが見えたそうだ。どうやら、この真冬に卵が孵ったらしい。しかし、卵の殻が一つしか見当たらなかったので、もう一つの卵は孵らなかったのかと残念に思っていたところ、別の場所に転がっているのを後日発見して安心したそうだ。

 ガンモは巣の中を覗き込んだらしいが、雛の姿は確認できたものの、ぴくりとも動かなかったと言う。どうも、寒さのために活発には動けないらしい。そう言えば、雛のピーピーという鳴き声も聞こえて来ない。やはり、彼らにとって、真冬の孵化は、相当厳しいものだったのではないだろうか。私も巣の中を覗き込んでみたが、生まれたばかりの黄色い雛が二羽、ひしめき合っているのが見えた。確かに雛の首は据わっているものの、実に静かな様子である。雛の姿を確認した私は、新しいお嫁さんに、
「でかした!」
と言った。新しいお嫁さんが産んだ卵が孵化したので、これからは、以前の母ちゃんを旧母ちゃんと呼んぶことにして、新しいお嫁さんを母ちゃんと呼ぶことにしよう。

 ガンモは、
「まだ羽の柄(がら)はわからないけど、もしも白い鳩が生まれて来るようなら、父ちゃんは騙されてるから」
と言った。ガンモは、新しいお嫁さんが若くて上品なので、父ちゃんが騙されているのではないかと気にかけているようである。新しいお嫁さんは、父ちゃんとほとんど同じ柄(がら)なのだ。だから、父ちゃんの子供なら、父ちゃんと同じような柄の雛が生まれるに決まっているのだ。

 出会ってすぐに結婚して、巣作りを始めた父ちゃんと新しいお嫁さん。そして、真冬であるにもかかわらず、卵を産み、その卵が孵化した。私なら、しばらく新婚さんで居たいと思うだろう。鳩は何のために番(つがい)になるのだろう。子孫繁栄に貢献していることは確かだが、やがて子供たちが一人立ちできるように、早いうちからとことん突き放してしまう。そして、子供を育てていないときは、夫婦でいつも一緒にいる仲良しの鳥である。もしかすると、人間が鳩から学ぶべきところも多いのかもしれない。

 鳩は、一羽一羽、性格も違っていて実に面白い。頭を使って、父ちゃんに助けを求めた新しいお嫁さん。攻撃的なビッグ。餌を食べるときに、いつも一歩引いていたスモール。ビッグは強くても、まだ巣立ちをしていないのだから、本当の意味で強いとは言えないだろう。ビッグよ、男なら、立派に巣立ってみせなさい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鳩たちとの付き合いも次第に長くなって来ました。最近、忙しさのあまり、自宅で過ごす時間が少ない私は、鳩たちをかまってやることができていないのですが、平日に休みのガンモがいろいろと観察して、私に報告してくれています。母ちゃんから生まれた雛たちが元気に巣立ってくれることを望みます。彼らがもっと活動的になったら、また記事を書くことにしましょう。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.29

ホットヨガ(三十一回目)

 日曜日、ガンモは朝から仕事に出掛けて行った。私は、ホットヨガの回数券を期限内に消化するため、土曜日に続いてホットヨガのレッスンを受けに行った。行き先は、私のホームである神戸店である。活性酸素が増えたためか、土曜日のレッスンのあと、首回りの血行不良から頭痛がしていたのだが、首をカイロで温めてやることで、何とか回復することができた。今度こそレッスン後に具合が悪くならないように、マツモトキヨシで酸素の水を買って行った。

 スタジオに入り、回りを見渡してみると、例の、細くて美しいポーズを取るフリーパスのベテランさんがいらっしゃった。週末の七十五分のアクティヴコースで良くお会いする方だが、週末に限らず、毎日のようにレッスンを受けていらっしゃるのだろうか。何だかうらやましい。今回、同じレッスンを受けた人の数は十八人くらいだったろうか。予約をキャンセルされた方が多いのか、レッスンが始まっても、数個のヨガマットが空いていた。最初から予約が入っていなければ、もっと広々とマットを敷くはずだろう。

 インストラクターは、過去に一度だけレッスンを受けたことのあるインストラクターだった。私は、神戸店のインストラクターの顔はほとんど覚えてしまっている。今回も、土曜日に梅田店で受けたのと同じ七十五分のアクティヴコースのレッスンを受けたのだが、神戸店のアクティヴコースは、梅田店よりもポーズのアレンジが緩かった。梅田店のレッスンでは、初めて取るアレンジされたポーズが多かったのだ。新しいポーズに慣れていない分、ぎこちないポーズになってしまうのだが、その反面、とても新鮮な気持ちでレッスンを受けることができた。

 レッスンを終えると、小走りにシャワールームへと急いだ。しかし、またしてもシャワールームの争奪戦に敗れてしまい、空きが出るまでしばらく待つことになってしまった。待っている間、冷えた汗が体温を奪い、少し寒かった。ようやくシャワールームが空いて順番が回って来たとき、身体にはりついたレッスン着を脱ぎながら、ふと、先日ガンモが言っていたことを思い出した。

 ホットヨガのレッスンを受けると、レッスン着が汗でびちょびちょになってしまうのだが、脱いだレッスン着を自宅に持ち帰り、脱衣場に置いておいたところ、洗濯担当のガンモがこんなことを言った。
「まるみがホットヨガで着てたやつ、濡れてるから、まだ干してない洗濯物かと思って干そうとしたら、汗くちゃかった。禁止!」
「・・・・・・」

 そうだった。私がこうしてレッスンに通えるのも、ガンモがいつも洗濯を担当してくれているからだ。ガンモのおかげで、私は洗濯されてきれいになったバスタオルや下着を用意して、新たなレッスンにのぞめるのだ。そう思うと、何だか熱いものが込み上げて来た。ガンモ、いつも本当にありがとう。

 私は身体に張り付いてびちょびちょのレッスン着と下着を脱いだ。そして、シャワーを浴びる前に、自分の身体の体温を感じてみた。スタジオで身体を思い切り動かした直後だからか、身体のほとんどの部分が温かかった。しかし、お腹だけは冷たかったのだ。私は、お腹の血行が悪いために、筋腫がたくさんできてしまったのかもしれないと思った。何とかしてお腹を温かくする方法はないものだろうか。そんなことをぼんやりと考えながらシャワーを浴びた。

 シャワーを浴びて着替えを済ませ、身支度を整えてからロッカーの鍵を受付に返しに行った。すると、さきほどのインストラクターが受付に立っていた。インストラクターは、私の回数券を確認したあと、
「まるみさん(実際に呼ばれたのは私の苗字)の回数券は、次回で終了なんですね」
と言った。私は、
「はい、そうなんですよ。それで、その回数券なんですけども、今日、購入できるんでしょうか? 実は、次回のレッスンは神戸店に来られそうにないんです」
と尋ねた。インストラクターによると、この場で次回だけでなく、更にその次の予約を入れることができるなら、今、ここで新しい回数券を購入できると言う。そういうことならば、次回の予約とその次の回の予約を、今、ここで入れておこうと思った。できる限り、馴染みの支店で回数券を購入したいと思っていたのだ。
「じゃあ、回数券を今日、購入して、次回のその次の分の予約まで入れておきます。神戸店の売り上げにご協力したいと思いますので」
と私が言うと、そのとき受付に立っていた三人のスタッフから一斉に拍手が沸き起こった。その中には、いつもお話をさせていただいているスタッフの方も含まれていた。

 私は、次回は梅田店でレッスンを受けようと思っていることを告げた。ところが、受付にある端末から、梅田店の予約状況を調べてもらうと、私が希望した日の七十五分のアクティヴコースは既に満員だと言う。それどころか、同じ日のベーシックコースも既に満員だと言うのだ。私が土曜日に受けたレッスンには少し空きがあったはずだが、あれは幻だったのだろうか? 梅田店は、ゆったりできる場所だと思い込んでいたのに。
「アクティヴコースがお好きなんですか?」
とスタッフに言われ、
「そうなんです。自分をいじめてやらないといけないと思いまして」
と言うと、受付に立っていたスタッフが一斉に笑ってくれた。しかし、梅田店の予約は取れない。私は、梅田店の予約は諦め、
「わかりました。じゃあ、やはり神戸店に来ることにします。回数券はそのときに購入させていただきます」
と言って、神戸店をあとにした。

 レッスンのあとは、三宮で友人と一緒にご飯を食べることになっていた。以前から、相談ごとがあるので、平日の仕事が早く終わる日があれば、三宮あたりで会えないかと言われていたのだが、現在の私はWindows Vista対応でてんてこまいなので、週末に会うことになったのである。

 友人との待ち合わせ場所に出掛ける前に、朝から仕事に出掛けて行ったガンモに電話を掛けてみると、夜中まで仕事になってしまったと言う。そのため、日曜日は友人と一緒に晩御飯を食べながら、五時間ほどおしゃべりをしてから帰宅したわけである。友人の相談ごとについてはここに書けないが、「自らが放棄したものは、今度は失う形で気づかされる」といったところだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 週末も、このような形で慌しく過ぎ去って行きました。リアルの世界とネットの世界は、いつもアンバランスに存在しているものなのでしょうか。私の場合、リアルの世界で忙しくしていると、ネットの世界がおろそかになり、ネットの世界で活発に動き回っていると、リアルの付き合いがおろそかになってしまいます。当たり前のことかもしれませんが、ホームページやブログを運営している以上、両者のバランスを取りたいものです。しかし、今のところ、どちらかに傾くことしか知りません。これでは、時間差のあるバランスですよね。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.28

映画『それでもボクはやってない』

 梅田店のホットヨガのレッスンの帰りに、『ファンシイダンス』や『シコふんじゃった。』、『Shall we ダンス?』などの周防監督の最新作『それでもボクはやってない』を観た。今回は、周防正行の「いつもデジカメ撮ってます」 powered by ココログ:映画についてTBしよう!にトラックバックさせていただくので、ネタバレ厳禁のお約束で記事を書かせていただくことにする。

 先日も書いたように、この映画を観たとき、梅田の大きな映画館がほぼ満員状態だった。映画サイトのユーザーレビューに目を通してみても、ほとんどの方たちが満点の評価を付けていた。それだけ注目度、評価の高い映画であると言える。

 タイトルからも想像されるように、この映画は裁判を扱った映画である。実際は、痴漢などしていないのに、電車の中で女子中学生に対し、痴漢行為を働いたと嫌疑をかけられた主人公が、裁判で自分は絶対に痴漢行為をしていないと懸命に主張し、とことん戦うストーリーである。

 一言で言うと、この映画は、被害者主体の日本の裁判の盲点をついている。ストーリーなどの詳細については、周防正行監督最新作『それでもボクはやってない』公式サイトをご参照あれ。

 この映画を観ると、多くの人たちは次のように思うのではないだろうか。裁判は本当に公平なのか。これまで有罪の判決を下された人たちは、本当に有罪だったのだろうかと。固定観念の領域から出ない警察の取調べ方法や、決め付けの態度を取るお役人たちの態度に腹が立って来る。形式やルールにこだわり、真実を見極めようとしないその保守的な姿に。

 仕事に対する安定は、変化を望まない体質を作り上げる。できれば、仕事で特殊処理などしたくない。一度捕まえた犯人が、どうか真犯人であって欲しい。「それでもボクはやってない」と主張されようが、真犯人を探し出す労力を惜しんでいるかのように見える。つまり、仕事が楽なほうへ楽なほうへと逃げているように見えるのだ。その人たちの判断で、犯人とされた人の人生が大きく変わるというのに、とにかく自分に与えられた仕事をこなしてさえいればいい。作業を右から左に流すだけ。そんな雰囲気さえもうかがえる。仕事が安定しない一般の企業のほうが、もっと何かを求めて前進しているように見えてしまう。そう、「求めて勝ち取る」という姿勢が感じられないのだ。

 現在の私の仕事も、長い間、発売され続けて来たアプリケーションの開発業務である。そこにはある種の安定があり、仕事のやり方を変えて行こうとか、古いプログラムに手を入れて、もっと使い勝手の良いアプリケーションにしようという動きはない。新たな方法や手段を受け入れるよりも、現状を維持することに必死になっているのだ。だから、現在行っているWindows Vista対応の作業のように、新しいOSに対応するなど、現状を維持することに対する労力は惜しまない。ただ、私の業務は、現状を維持することが、誰かの人生を大きく変えたりはしないというだけのことである。

 周防監督は、裁判についてとことん研究し、この映画を製作されたと聞いている。この映画を観ると、世の中に対し、周防監督が映画という表現方法で必死に訴えかけているものがひしひしと伝わって来る。間違いなく、映画という表現方法を知っている人が映画監督になったのだと感じる。そういう意味で、この映画は、社会に対して大きな波紋を投げかけるだけの影響力を持っていると思う。

 しかし、実際に真実を見極めるのはとても難しい。中には、無実を主張し続ける極悪人もいるだろう。警察に決め付けられて、やってもいない罪をしぶしぶ認める人もいるだろう。この映画のように、本当は罪を犯してもいないのに、罪を犯したとされる人もいるだろう。裁判では、そういう人たちが入り混じって裁かれる。そのような状況の中で、裁判官が極悪人に騙されることも屈辱であり、警察が検挙した被告を無罪と判断することも、国家を敵に回すようで勇気が要る。となると、どうしても保守的な裁判になってしまう。

 本当に裁くことができるのは誰なのか。そのことが、この映画の最後の部分で述べられている。とにかく、社会に対し、大きな問題提起をした作品である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画を観て、私たちは、自分なりの表現方法を持っているのだと感じました。周防監督は、映画という方法で世の中に伝えたいものを表現しました。自らの表現方法に気づき、表現して行くこと。もしかすると、私たちが生きている意味は、こういうところにあるのかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.27

ホットヨガ(三十回目)

 この週末は、ガンモに仕事の予定が入っていたので、私はホットヨガの新たな支店を開拓しようと、梅田店の予約を入れていた。ところが、直前になって、
「土曜日は休みになったから」
とガンモが言う。
「だったら、梅田店に一緒にホットヨガに行こうよ。あそこは男性会員もいることだし」
と私が言うと、ガンモは、
「嫌だ」
と言う。
「何で嫌なの?」
と尋ねると、
「身近にホットヨガをやってる人がいるんだけど、なかなか痩せないから」
「・・・・・・」
それって私のこと? 確かに、ホットヨガを始めて半年経つが、まだ本格的には痩せていない。しかし、旅行に出掛けておいしいものをたくさん食べているはずなのに、その分、太ってもいない。それに、完全ではないものの、肩こりの解消には十分役立っている。何故なら、ホットヨガを始めてからというもの、ピップエレキバンも磁気ネックレスも一度も使用していないからだ。

 だから、梅田に行くならガンモと一緒に出掛けようと思っていた。しかし、ガンモは、
「家に居たい」
と言った。

 確かに、ガンモの気持ちも良くわかる。私たちのように、平日にめいいっぱい仕事をして、週末にあちらこちらに旅に出掛けていると、たまにはどこにも出掛けない休日を切望するようになるものだ。私だって、本当は出掛けたりせずに家でのんびり過ごしたい。家でやりたいこともたくさんある。しかし、ホットヨガの回数券を余らせるわけには行かないのだ。

 結局私は、一人で梅田に出掛けることになった。ホットヨガの梅田店は、阪急梅田駅の茶屋町口が最も近い。我が家からは、阪神電車もJRも阪急電車も利用できるのだが、通勤にJRを利用しているため、JRの最寄駅近くの駐輪場に自転車を預けることができる。そのため、JRで出掛けることにしたのだった。

 私は、今後のことも考えて、大阪駅までのJRの回数券を買った。土日祝日と平日の昼間に利用できる回数券である。その回数券を、駅の駐輪場に預けた自転車のポケットの中に一枚だけ忍び込ませ、ガンモにメールを送った。
「もしも気が変わって大阪まで来るなら、駅の駐輪場にある私の自転車のポケットの中に回数券を入れとくから、それを使って」

 関西に詳しい方には当たり前のことだが、JRの駅名は大阪駅、阪神、阪急、地下鉄の駅名は梅田駅と言う。地下鉄に限っては、西梅田や東梅田という駅名もある。関西には、他にもこのような性格の駅がある。例えば、天王寺。JRの駅名は天王寺駅だが、近鉄の駅名はあべの橋駅である。

 更に、同じ駅名でも、乗り換えのできない駅もある。例えば、阪神の御影(みかげ)駅と阪急の御影(みかげ)駅。同じ名前の駅名なので、乗り換えができるものと思っていると、二つの駅はかなり離れていて、バスで移動しなければならなかったりする。

 さて、大阪駅に着いてから、阪急梅田駅の茶屋町口まで歩くのに、二十分くらいかかってしまった。関西に移住してから既に十年経つというのに、梅田周辺にはまだまだ不案内だ。ホットヨガの梅田店は、地図で確認したときは毎日放送の向かいのビルにあるはずだったのだが、毎日放送まで歩いてみると、毎日放送の向かいのビルはLoftだった。確か、Loftのビルではなかったはずだ。

 時計を見ると、レッスン開始まであと十五分くらいしかなかった。大阪駅に着いてから、茶屋町口まで出るのに思いのほか時間がかかってしまったからだ。レッスンの開始時間が目前に迫っているというのに、ホットヨガの梅田がどこにあるのかわからない状態で、私はかなり焦っていた。リュックの中のノートパソコンを取り出して、インターネットに接続し、梅田店の地図をもう一度確認しようかと思い始めた。そのほうが確実かもしれない。そう思った矢先に、大きな通りを挟んだ向こう側のビルに、ホットヨガのマークが見えて来たのだ。私は、ほっと胸を撫で下ろし、大きな通りを渡ったのだった。

 ホットヨガの梅田店は、そのビルの三階にあった。ホットヨガのどんなスタジオもビルの中にあるため、いつもはエレベータに乗ってスタジオに向かう。しかし、そのビルでは、螺旋階段で三階まで上るのだった。受付で会員証と回数券を渡し、ロッカーの鍵を受け取る。初めてのスタジオなので、ロッカールームの場所を尋ねると、スタッフの方が案内してくださった。少し入り組んではいるが、なかなか広い感じである。

 ロッカールームは、狭いながらも工夫のこらされたレイアウトになっていた。しかし、初めて来た人は、迷ってしまう構造である。梅田店は、男性会員も受け入れているので、ロッカールームが男性と一緒だったらどうしよう、お嫁に行けなくなるのではないかなどと思っていたが、ちゃんと女性専用のロッカールームだった。

 着替えを済ませてスタジオに入ったのは、レッスン開始の二分くらい前だったと思う。今回のレッスンも、七十五分のアクティヴコースだった。ヨガマットは十八人分敷かれていたが、四つか五つ空いていた。ほとんどが女性で、男性は二人だけだった。私は、高校時代のクラスを思い出した。高校時代、私が選択していたのは文系コースだったのだが、男子の数が極端に少なかった。四十五名ほどの定員に対し、男子の数はわずか七人しかいなかったのだ。梅田店も、男性会員を受け入れているとはいえ、まだまだ男性会員の数は少ないのだと理解した。私が参加したレッスンは、遅れて入って来た人が何人か居て、最終的には十六人くらいのレッスンになったと思う。

 インストラクターは若いインストラクターだったが、ヨガの基本から教えてくれるインストラクターだった。ヨガで言う上半身とは、骨盤から上であることなどを丁寧に教えてくださった。身体を折り曲げるときに、その境界を強く意識するように言われた。そうすることにより、自然なポーズが取れるということを教わった。

 他の支店と違っていたのは、真ん中にいるインストラクターのヨガマットが、レッスンを受ける人たちと同じ縦方向ではなく、横方向に敷かれていたことだった。おそらく、スタジオの形から、そのような敷き方になったのだろうと思う。また、ポーズのアレンジもユニークで、七十五分のアクティヴコースに何度も参加して来た私にとって、初めて取るポーズもいくつかあった。

 それにしても、同じスタジオに男性がいるのは、奇妙な感じである。ポーズを取っている最中に、私のスパッツが少しずれて、腹巻が丸見えになってしまった。男性に私の腹巻を見られてしまったかもしれない。女性だけのレッスンなら気にしないようなことも、男性が一緒だと気になってしまう。

 心地良い汗をたくさんかいて、七十五分のレッスンが終わった。シャワールームの数も多く、レッスンに参加した人の数がそれほど多くないせいだろうか。レッスン直後のシャワールーム争いはなかった。私はのんびりとシャワーを浴びて、着替えを済ませた。シャワーユニットの向きが、他の支店と反対方向に設置されていたのも面白かった。他のすべての支店では、シャワーユニットは向かって右手に設置されている。しかし、梅田店の一部のシャワーユニットは、向かって左手に設置されていたのだった。

 また、トイレの数が多いのもありがたかった。他の支店では二つしかないので、レッスンの開始直前にはひどく混み合う。しかし、梅田店はトイレが四つもあるのだ。なかなかくつろげるスペースだし、インストラクターの教え方も素晴らしかったので、私はまたここに来たいと思ったのだった。 

 スタジオを出て、ガンモに電話を掛けてみると、やはり、家でのんびり過ごしたいと言う。観たい映画もあったので、私はご飯を食べて映画を観て帰ることにした。久しぶりに梅田で観る映画である。映画館は、これでもかというくらいに混雑していた。いつも、三宮か神戸の映画館で映画を観ていたのだが、梅田の映画館はさすがに大きいと感じた。

 しかし、レッスンのあとに水素の水を取らなかったせいだろうか。首の後ろがひどく重く、時折頭痛がしていた。帰宅してからカイロを首に巻いて、首の後ろを温めてやると少し回復したが、激しい睡魔に襲われ、とうとう「ガンまる日記」を書かずに寝てしまったのである。

 この時期、外を歩くときはコートを着込んでいるのに、建物の中に入ると暖房が効いていてとても暑い。私は、夏のクーラーも苦手だが、冬の暖房も苦手だと感じた。やはり、体温調節の機能が劣化してしまっているのかもしれない。仕事先のオフィスでも暑くてたまらない。外気に合わせて服を着込んでいるため、外気と著しく異なる温度設定に弱いようだ。特に、残業時間中になると、パソコンの熱を抑える送風が止まってしまうため、ひどく暑くなってしまうのだ。この真冬に、オフィスの中を半袖のセーターで歩き回っているのは私だけだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またまた更新が遅くなり、申し訳ありません。またしても、睡魔に負けてしまいました。(苦笑)今回、久しぶりに梅田の街を歩きました。しばらく来ないうちに、街は大きく変わっていました。我が家からは、三宮や神戸に出掛けて行くよりも、梅田に出掛けて行くほうが若干近いのです。梅田店のある周辺は、映画館も多く、なかなか良い感じなので、梅田店には今後もお世話になる可能性大です。大阪には、他の支店もあるので、いつか、他の支店にも足を伸ばしてみたいと思っています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.26

別の時間の住人

 今日は、仕事の切りが良かったので、何と何と、いつもより三時間も早く仕事を上がることができた。仕事を終えてガンモに電話を掛けたところ、いつもは「メシ、残業」コールなのに、「もう上がったよ」コールなので、ガンモも驚いていた。本当に久しぶりにガンモと三宮で待ち合わせをしたのだが、あまりにもはしゃぎ過ぎて、電車に乗るまでにかなり寄り道をしてしまった。いつもならとっくに閉まっているはずのお店が開いていることがうれしくてたまらなかったのだ。そのため、三宮でガンモをひどく待たせることになってしまった。

 いつもなら、私が三宮に着いてもガンモの仕事がなかなか終わらなくて私が待つことが多いのに、今日に限ってガンモは仕事を早く終わることができたようだった。ガンモは私の到着を待ちくたびれて、何度も私に電話を掛けて来ていたのだが、早く仕事を上がることができてはしゃぎ過ぎていた私は、ガンモからの電話に気づかずにショッピングを続けていたのだった。私がガンモからの電話に気づいたときには、ガンモは少々ご機嫌ななめだった。

 ようやく三宮で待ち合わせることができたので、私たちは久しぶりに一緒に晩御飯を食べた。何だか久しぶりにデートする恋人同士のような気分だった。仕事帰りに待ち合わせて一緒に帰ると、いつまでも恋人のような気分でいられるのかもしれない。そう言えば、去年の暮れ頃だったか、二人で飲食店に入ったときに、
「お会計は別々ですか?」
と尋ねられた。結婚して数年経ってからも、同じようなことを言われて驚いていた私たちだが、結婚して十年も経つというのに、
「お会計は別々ですか?」
と聞かれるのは、恋人同士に見られたのか、それとも男女の友達に見られたのか、本当のところはわからない。

 ガンモと一緒にご飯を食べて電車に乗り、最寄駅に着いてもまだいつもよりも早い時間だったので、私はかなりはしゃいでいた。
「いつもより早い時間の帰宅で、とってもうれしいよ」
するとガンモは、
「俺はいつもより遅い時間だから。いや、いつもと同じくらいかな」
と言いなおした。私が忙しくしている間も、ガンモは一人で帰って一人でご飯を食べているのだ。そのことを思うと、少し胸が痛んだ。

 久しぶりに自宅のパソコンを触ることができたので、サーバ上に残していた電子メールを一気に受信した。普段、持ち歩いているノートパソコンからもメールの受信はできるのだが、自宅のパソコンでメールをまとめて管理しているため、持ち歩いているノートパソコンから受信するときは、サーバ上にメールを残しているのだ。逆に、自宅のパソコンからメールを受信してしまうと、サーバ上にメールが残らないため、普段、持ち歩いているノートパソコンからは、過去に受信したメールの返信ができない。

 忙しい毎日が続くと、当たり前のことがとてもありがたく感じられる。久しぶりに、自宅のブロードバンド環境でじっくりとインターネットに接続することができたので、しばらく拝見することのできなかった皆さんのサイトを訪問した。ここのところ、32Kの超スローなモバイル環境での接続が中心だったため、サクサクとサイトを参照できる高速なブロードバンド環境の存在がとてもありがたかった。

 皆さんのサイトを拝見して思ったことは、回覧板のように、私の皆さんへの時間が止まってしまっていたとしても、それぞれの時間はちゃんと進められていたということだった。しばらくの間、出遅れた私は、いつか再び交流している人たちの時間に加わることができるだろう。それは、もう少し先のことになりそうなのだが。

 仕事の帰りにお店が開いているという当たり前のことを、私はこの先、もう少し失い続けることだろう。その間、私は別の時間の住人になっている。しかし、別の時間の住人になったからこそ、仕事の帰りにお店が開いている喜びを感じることができる。ガンモと待ち合わせる喜びを感じることができる。ブロードバンドのありがたさを感じることができる。もしも毎日、早い時間に帰宅できていたとしたら、私は時間を有効活用することができただろうか。時間のありがたさを実感することができただろうか。もしもモバイル環境もブロードバンドだったら、ブロードバンドのありがたさを実感することができただろうか。おそらく、できはしないだろう。どんなときも、存在しないということが、存在のありがたさを教えてくれるのだ。

 ほんの一時的であるにしろ、私は久しぶりに自由な時間に酔いしれることができた。Windows Vista対応が終わる頃には、もっと本格的な解放感を味わうことだろう。そのときを目指して、仕事をもう少し頑張り抜こうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモが、「Windows Vistaの発売はもうすぐだ」と言って、私を急かせます。(笑)急かされても、私が担当している仕事は、Windows Vistaの発売の時期とは関係がなく、勤務先のメーカーの決めた別の締め切りがあるのです。新しいOSであるWindows Vistaは、画面がとてもきれいです。画面を美しく見せるために、それだけ高性能のパソコンが求められるわけですが・・・・・・。買い換える方も多いのかもしれませんが、これまでのOSで問題なく動いていたアプリケーションが動かなくなる可能性がありますので、注意が必要ですよ。(^^)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.25

ひょうたんからこま

 毎年、この時期になると、私の出身地のラジオ局で私の好きなアーチストの特別番組が組まれ、ゲストに呼ばれている。「ガンまる日記」を書くようになってからも、私の好きなアーチストが私の出身高校を訪問したり、高校時代、私が受験勉強に励んでいた図書館に足を運んだりと、感動的なシーンがあった。去年は確か、入場整理券のことで主催者側の方たちとお話をさせていただいて、学びの多い公開録音となった。

 さて、今年も例年通り、私の好きなアーチストの特別番組が私の出身地のラジオ局で組まれることになり、その公開録音に参加すべく、ガンモと私はもちろんのこと、実家の母の名前まで借りて応募した。しかし、二百名も当選するという状況にありながらも、残念ながら、入場券の抽選に漏れてしまった。今年はもう参加できないのだろうかと諦めかけているところへ、友人からメールが届いた。

 今年になってから、あるイベントで彼女とひょっこり顔を合わせたとき、彼女は、今年も私の出身地のラジオ局で公開録音が企画されていることを教えてくれたのだった。彼女は友人の名前を借りて応募したところ、めでたく当選したそうだ。彼女に「当選おめでとう」のメールを送ってしばらく経った頃、彼女からもう一通、メールが届いた。
「友人の友人がもう一通当たってるので、行く?」
「行く! 行く!」
私はすぐに返信のメールを書いた。返信しながらも、毎年、ガンモとこのイベントに一緒に出掛けているのに、ガンモの入場券がないのは申し訳ないと思っていた。これまでにも、私だけが当選して、ガンモと一緒に参加できないこともあったのだが、今回は二人揃って外れたのに、私だけが友人から譲ってもらった入場券でその公開録音に参加するのは、ガンモに対する裏切りのような気がしていたのだ。

 彼女は早速、入場券を私の自宅に配達記録で発送してくれるよう、手配してくれたと言う。私の中には、公開録音に参加できることのうれしさと、ガンモを差し置いて自分だけが公開録音に参加することへの罪悪感のようなものが同時に芽生えていた。

 ところが、入場券を譲ってもらえるようになったことをガンモに話すと、
「俺、その日は仕事になったから」
などとちゃっかり言うではないか。何だ、それ。今回の公開録音への参加は諦めかけていたのに、ガンモは仕事が入ってしまい、私は友人から入場券を譲ってもらえることになった。ガンモは、
「その仕事は、俺の担当の顧客のトラブル対応だから、絶対に外せないんだよ」
と付け加えた。実に複雑な気持ちではあるが、公開録音が行われる日に、ガンモは仕事に出掛けて行くように動き、私は公開録音に参加できるように動いたとしか思えなかった。

 今回、入場券を譲ってくれることになった彼女とは、八年前に別の公開録音で知り合った。早朝から、公開録音の行われる会場の前で順番待ちをしていたところ、話をするようになったのだ。お互いに、どこから来たのかという話を始めてみて驚いたのは、二人とも兵庫県の同じ市に住んでいたことだった。しかも、かなりのご近所さんである。同じ市に住んでいてご近所さんなのに、知り合った場所が住んでいるところとはかけ離れた場所であったことは実に興味深い。

 彼女は、知り合った年に行われた公開録音のイベントで最前列に座り、好きなアーチストを目の前にしてポロポロと感動の涙をこぼしていた。それほどそのアーチストのことが好きなのかと、私は彼女のピュアな涙に強く心打たれたものだった。実に不思議なことなのだが、私は自分の好きなアーチストが人にとことん愛されるとうれしくなる。だから、このときもうれしかったのを覚えている。

 彼女とはその後、二人で飲みに行ったりと、様々な交流を重ねて来た。私たち夫婦が宝塚歌劇団の公演を頻繁に観劇するようになったのも、彼女の協力があってのことである。しかし、お互い仕事を持つ忙しい身のため、しばらく本格的な交流は途絶えていた。年末に、好きなアーチストのライブに五百本参加した友人がいると書いたが、実は彼女のことである。彼女は、自分が働いて得た給料のほとんどを、彼らのライブと遠征ツアーに費やしている。ライブのために遠征して全国あちらこちらに出掛けているので、私たちが寝台特急の話をしてもちゃんと通じるのだ。

 今回は、彼女から入場券を譲ってもらうことになったが、以前にも、別の友人から公開録音の入場券を譲ってもらったことがある。長年、一つのアーチストを応援し続けているからか、互いにライブのチケットや入場券を融通し合えるような連絡網としてのネットワークが出来上がっている。こんなふうに、良き友人たちに恵まれているおかげで、何か特別なイベントがあるときも、入場券がなくて、参加できずに苦い思いをしたことはほとんどない。私がアーチストのことを好きになって出会った友人たちが、いつも幸運をもたらしてくれるのだ。そんな貴重な友人たちに出会えたのも、アーチストに出会えたおかげである。

 ところで、私がこの公開録音に参加すると、ホットヨガの回数券を一枚余らせてしまうことになってしまう。そのことをガンモに言うと、
「回数券を余らせるの、禁止!」
と言う。そこで私は、とっておきのプランを考えたのだった。そのプランについては、公開録音の翌日にでもお話しすることにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m パワー不足のときに元気をいただいています。(^^) またまた更新が遅くなり、申し訳ありません。とにかく仕事が忙しいので、仕事生活を何とかエンジョイしようと、勤務先のパソコンに「南の楽園スクリーンセーバー」なるものをインストールしてみました。本来ならば、フリーソフトのインストールは禁じられているのですが、そんなこと言ってられません。(笑)吸い込まれるような三百六十度パノラマのスクリーンセーバーで、去年の夏に出掛けたハワイを思い出します。興味のある方は、以下からダウンロードしてみてください。「南の楽園スクリーンセーバー」の他にも、楽しいスクリーンセーバーがたくさんあります。

スクリーンセーバーのダウンロードサイト

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.24

ねこまんま

 Windows Vistaへの対応に向けて、とにかくてんてこまいの毎日である。とうとう午前様帰宅になってしまい、「ガンまる日記」を書くことよりも、身体を休ませることを優先させてしまった。こんな状況が、あと二週間は続くことになりそうだ。

 帰宅すると、ガンモがお風呂に入るのを待っていてくれていた。ガンモの顔を見ると本当にほっとする。私が、
「忙しい。とにかく忙しい」
と連発していると、ガンモは、
「以前よりはずっとマシだから」
と言った。確かにそうだ。結婚して間もない頃は、休日出勤もした上で、平日はタクシーに乗って二時や三時に帰宅していたことがあった。仕事があまりにも忙し過ぎて、幽体離脱しそうになっていた頃だ。あの頃の忙しさに比べれば、今の忙しさなんてかわいいものだ。休日出勤していたあの頃は、今日が何曜日かもわからない状態だったが、今は今日が何曜日かちゃんとわかるのだから。

 現在の私の仕事は、これまでリリースして来たアプリケーションを、Windows Vista上でも問題なく動作するように、プログラムを作り変えることである。Windows Vistaは、これまでのOSとは異なる思想を持っているため、Windows Vista対応のアプリケーションにするためには、Windows Vistaの仕様に合わせたアプリケーションに作り変える必要があるのだ。例えば、Windows Vistaでは、以前から出回っていたWinHelp形式のHELPファイルが標準サポートされなくなってしまっている。そのため、HELPそのものをHTML Helpに作り変えることはもちろんのこと、アプリケーションからHELPを呼び出している箇所もプログラム修正しなければならない。

 最も大きな変更はアクセス権限の問題で、何も指定しなければ、アプリケーション固有の情報をログオンユーザごとに書き出してしまうため、どのユーザがログオンしても共通の情報を参照/設定するように、インストーラ(アプリケーションをインストールするプログラム)をせっせと作り変えている。しかし、製品も多い上に修正箇所が多岐に渡っているというのに、現在、プログラムに手を加えることのできる人が、私ともう一人しかいないのだ。そんなこんなで、とにかくてんてこまいなのである。

 そんな仕事生活の中で、私は楽しみを一つ見つけた。それは、夕方の休憩時間のときに社員食堂でご飯を食べるとき、ねこまんまにして食べるということである。ねこまんまをWikipediaで調べてみたら、東日本と西日本でねこまんまの意味が違っているらしい。東日本では、ご飯に鰹節を混ぜ込んだものをねこまんまと言うらしい。その上に醤油をかける地方もあるそうだ。私の言っているねこまんまとは、西日本で言うところのねこまんまで、ご飯に味噌汁をかけて食べる方法である。

 ねこまんまにすると、不思議と食が進む。ご飯を流し込むようにして食べていると、何故か幸せな気持ちになれるのだ。しかも、ねこまんまはお行儀の悪い食事作法とされているので、社員食堂で人目を忍びながらささっと味噌汁をかけるものだから、スリル満点でとても楽しいのだ。人の多い社員食堂で、ここぞというチャンスを狙って、味噌汁をご飯の入った茶碗の中に素早く流し込む。今の私には、たまらない楽しみの一つなのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅れて申し訳ありません。ねこまんまは、あまりお行儀の良い食事作法とは言えませんが、始めてみると、何故か病みつきになります。毎日、ねこまんまをしないではいられなくなってしまうのです。もしかすると、ねこまんま病にかかってしまったのかもしれませんニャー。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.23

笑点もどき

 今日は、久しぶりにショートショートをお届けしよう。いつものように、前日の記事を題材にしてみたのだが、何しろ仕事が忙しくて頭の中がぐちゃぐちゃなので、とんでもないストーリーになってしまうかもしれない。

 ホットヨガのレッスンには、六十分のビギナーコース、七十五分のベーシックコース、九十分のベーシックコース、七十五分と九十分のアクティヴコース、六十分の脂肪燃焼コースがある。支店によっては他のコースも用意されているのだが、だいたいこのようなコースとなっている。実は、これらのコースは、レッスンを受ける人たちだけのものではなかった。スタッフの方たちも、これらのコースに参加していたのだ。と言っても、同じであるのはコースの名前だけで、コースの内容はまったく異なっている。あるとき私は、それらのコースを見学する機会に恵まれた。そのときの様子をお伝えしようと思う。

 私たちがいつもレッスンを受けているスタジオの中に、スタッフの方たちが勢ぞろいしていた。ヨガマットを床に並べ、その上にバスタオルを敷き、胡坐(あぐら)をかいて座っている。いつもインストラクターが使っている正面のマットには、年配の女性がスタッフの方たちに顔を向けて座っていた。手には、大きなパネルのようなものを持っている。
「はい、それでは次の会員さんです。この方はどなたでしょう? はい、わかる人?」
年配の女性はそう言って、大きなパネルをスタッフの方たちに見えるよう、上に掲げた。すると、後列で胡坐をかいていたスタッフの一人が手を挙げて、
「その方は、A山B子さんです」
と言った。年配の女性は、パネルの裏側に書かれている情報を確認し、
「はい、正解です」
と言った。すると、スタジオの隅の方からヨガマットを手に持った人が歩いて来て、さきほど正解したスタッフのヨガマットの上にもう一枚、ヨガマットを重ねた。ヨガマットを重ねてもらったスタッフは、新たに重ねられたヨガマットの上にバスタオルを敷き直して再び胡坐をかいた。
「では次。この方はどなたでしょう? はい、わかる人?」
再び、年配の女性が大きなパネルを上に掲げながらスタッフに問いかけると、今度は別のスタッフが手を挙げて、
「C川D美さんです」
と答えた。年配の女性は、パネルの裏側に書かれている情報を確認したが、間違っていたのか、答えたスタッフを軽く睨みつけた。
「残念、違います。はい、彼女のマットを持ってって」
年配の女性がそう言うと、さきほどヨガマットを運んで来たスタッフが、今度は間違って回答したスタッフのマットを取り上げに行った。間違って回答したスタッフは、ヨガマットを取り上げられて、マットなしの状態になってしまった。そう、スタッフの方たちは、テレビ番組の「笑点」のルールで、ホットヨガの会員の人たちの顔と名前を覚えていたのである。

 「では、ここで汗をふいて、水分補給を行いましょう」
年配の女性がそう言うと、レッスンに参加しているスタッフの方たちは、タオルでそれぞれ自分の身体の汗をふき取り、持っていたペットボトルの水を飲んだ。会員の顔と名前を覚えるレッスンといえども、ホットヨガのレッスンらしく、三十八度の室温、六十五パーセントの湿度の環境で行われているのである。

 スタジオ内を見渡すと、既に何枚もヨガマットを獲得しているスタッフがいた。このレッスンは、決められた時間内にどれだけたくさんのヨガマットを集められるかを競い合うものだった。六十分のビギナーコースでは、入会年数が二年以上の会員の写真が使われる。つまり、ビギナーコースは、既に馴染みの会員の写真ばかりなので、答え易くなっているのだ。七十五分のベーシックコースでは、入会年数が一年以上の会員の写真、九十分のベーシックコースでは、入会年数が半年以上の会員の写真がそれぞれ使われている。七十五分と九十分のアクティヴコースでは、入会年数がそれぞれ半年以上と三ヶ月以上の会員の写真が使われのだが、写真が掲げられる時間が超ウルトライントロクイズ並に短い。そのため、レッスンを受けているスタッフは、瞬間的に掲げられる写真を決して見逃すまいと、じっと目を凝らして見つめているのだった。

 どのコースも、レッスンが終わる頃には全身が汗でびっしょりになる。中でも、六十分の脂肪燃焼コースは、スタジオ内の高い場所に掲げられた写真を何度もジャンプして確認しなければならないので、かなり激しいレッスンとなっている。しかも、高い場所に掲げられる写真の中には入会したての会員の写真もある。運動量の激しい脂肪燃焼コースのレッスンは、脂肪燃焼に高い効果をもたらしているのである。

 現在は、脂肪燃焼コースよりも激しいコースはないのだが、あまりにも優秀なスタッフが多いために、近々、脂肪燃焼コースよりももっと厳しいコースが開設されることになっているそうだ。そのコースは、自分たちの勤務している支店だけでなく、他の支店の会員の顔と名前も覚えるというものだという。

 このようにして、ホットヨガのスタッフの方たちが、自分たちの勤務する支店に登録されている会員の顔と名前を一生懸命覚えていることは、会員の皆さんにはあまり知られていないことだろう。今度、少し早めにレッスンに出掛けて行って、使われていないスタジオの中をそっとのぞいてみるといい。もしかすると、ヨガマットを使って、笑点もどきのレッスンをしているスタッフの方たちに出会えるかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このショートショートは、神戸店のスタッフの方が、私の名前と顔をちゃんと覚えてくださっていることから想像してみました。実際は、どのようにして覚えていらっしゃるのでしょう。顔写真を提出しているので、それが手がかりになっていることは確かだと思います。ちなみに、私はスタッフの方たちの名前をなかなか覚えられません。(^^; インストラクターの方は、いつもレッスンの前に口頭で名乗ってくださるのですが、耳で聞くだけなので、時間が経つと頭の中から離れて行きます。名札をつけてくださっていたら、ちゃんと覚えられると思うのですが・・・・・・。名札と言えば、以前、カメラ関係のオフなどで、名札を付けて参加していたことがありました。名前を覚えてもらえるので、このアイディアはとても効果的でした。私が参加しているカメラ関係のサークルでも、名札を付けて参加するパーティーがあります。名札があると、話しかけるきっかけにもなります。お互いの名前を示し合うことは、コミュニケーションの第一歩だったのですね。ホットヨガのレッスンで、他の会員の方とのコミュニケーションがなかなか始まらない原因がわかったような気もします。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.22

ホットヨガ(二十九回目)

 やはり、ホットヨガの記事を書いておこう。次にホットヨガの記事を書くときは、別のことを感じてしまいそうだから。

 自宅でやりたいことがたくさんあったので、二日間連続でレッスンに出掛けるのはかなり厳しい状況だった。先週末も出掛けているし、平日は仕事のために毎晩、遅い帰宅である。どうやら私の人生は、自宅でのんびりできる計画ではないようだ。とは言え、ホットヨガの回数券を余らせてしまうのはもったいない。回数券を余らせたくないがために、私は日曜日もレッスンの予約を入れておいたのだ。場所は三宮店である。

 ガンモは朝から仕事に出掛けて行った。やがて私も身支度を整えて、三宮へと向かった。三宮店を選んだのは、レッスンの帰りに映画を観たいと思っていたからだ。

 三宮店に着き、受付でタオルとロッカーの鍵を受け取ってロッカールームに入った。ここ数日のうちに、私の中で一つの想いが固まりつつあった。それは、神戸店のスタッフの方が私の名前を覚えてくださっているのは、私が神戸店の会員だからではないかということだった。

 というのも、私はこのように、三宮店にも何度も足を運んでいるが、三宮店のスタッフは、誰一人として私の名前を覚えてくださってはいないからである。もしかすると、ホットヨガのポリシーとして、その支店でレッスンを受けている人たちの名前は必ず覚えることになっているのかもしれない。これまで何度も通っているというのに、三宮店では、スタッフの方とまだ一度も立ち話をしたことがないのだ。つまり、私のホームは神戸店であり、他の支店においては、あくまでゲストに過ぎないのではないかということだ。

 これは私の勝手な憶測だが、人間の心理として、誰かと親しくなりたいと思っていても、相手がジプシーのように定着しない存在ならば、単なる気まぐれでレッスンを受けに来ただけかもしれないと判断し、最初から距離を置いてしまうのかもしれない。しかし、もしも私がスタッフなら、レッスンを受けにやって来た人がどこか遠い場所の支店の所属なら、
「今日はご旅行か何かでこちらにいらっしゃったんですか?」
と尋ねることだろう。ところが、京都四条店においても、名古屋栄店においても、そのようなことは一切聞かれなかった。また、三宮店や神戸店では、
「次回のご予約はいかがなさいますか?」
と聞いてくださるのだが、他の支店ではまったくそれを聞かれない。これも不思議な現象の一つであるが、ホットヨガなりに、何かポリシーがあるのかもしれない。

 レッスンは、七十五分のアクティヴコースを受けた。いけないと思いつつも、ついつい、先日の名古屋栄店と比較してしまう私である。三宮店はロッカールームがひしめき合っていて狭い上に、レッスンを受ける人の数も多い。今回、同じレッスンを受けた人の数は、名古屋栄店の倍も居た。レッスンが終わると、みんなが一斉にスタジオから出て、シャワーを浴びに行く。私はその流れに乗り切れず、出遅れてしまったため、シャワールームはすぐにいっぱいになり、空きが出るまでしばらく待つ羽目になってしまった。シャワーを浴びたあとも、狭いロッカールームにたくさんの人たちがいるので、素早く身支度を整えて出て行くことになる。

 受付にロッカーの鍵を返して外に出ようとしたとき、名古屋栄店のスタッフの方たちがエレベータが閉まるまで見送ってくださったことを思い出した。人の出入りが激しい三宮店では、スタッフの方と関わる時間がひどく短い。スタッフの方が私と対応してくださっている間に、別の人たちが次々にロッカーの鍵を返しに来る。私は、名古屋栄店ののんびりとした雰囲気が急に懐かしくなった。しかし、私が日常、レッスンに通えるのは、三宮店と神戸店なのだ。その他の支店は非日常である。他の地域の支店をどんなにうらやましがっても、ここが私の環境なのだ。

 神戸店や三宮店がこれだけ繁盛しているなら、これから先、芦屋か西宮に別の支店ができないだろうか。そうなると、その近辺から通っている会員が分散され、現在の混雑が緩和されるのではないだろうか。私自身もレッスンに通う支店の選択肢が増えて、楽しみも増えるというものだ。

 混雑した三宮店を出た私は、コンビニでおにぎりと飲み物を買って、ミント神戸(映画館)へと向かった。前売券を指定券に変えてもらうために並ぼうとして、ものすごい混雑ぶりに圧倒された。この日は、『愛の流刑地』と『マリーアントワネット』を観たのだが、『マリーアントワネット』は最前列しか席が空いていないと言われた。それでも、この次はいつ映画館に足を運べるか危うい状態だったので、私は思い切って最前列で観ることにした。最前列で観た映画は、広角レンズで下から見上げているかのような映像だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 先日、ホットヨガの用意がないのに、仕事帰りに必要なものを揃えてレッスンを受けたとき、荷物をコンパクトにする方法を学びました。本当に必要なものかどうかを見極める力がついたようです。あの思い切りがなかったら、私は今でも抱え切れないほどの荷物を抱えてホットヨガに通っているかもしれません。既に持っているものを購入して、ずいぶん割高のレッスンになってしまったけれど、得たものは大きいように思います。信じられないことですが、現在は、リュックでレッスン通っています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.21

映画『愛の流刑地』

 今日は、きのうに引き続きホットヨガに出掛けたのだが、ホットヨガの記事が連続してしまうので、次回のホットヨガのレッスンのあとにまとめて書かせていただくことにしよう。現在、ホットヨガの回数券も消化中だが、実は、派遣会社の福利厚生で購入した映画の鑑賞券についても消化中なのである。そこで今日は、ホットヨガの帰りに観た二本の映画のうち『愛の流刑地』について書いてみたい。

 この映画の原作者は人気作家の渡辺淳一さんである。原作となった小説は、日本経済新聞に連載されていたらしい。私はその頃を知らないのだが、日本中に賛否両論を巻き起こしたとか。かつての『失楽園』と言い、渡辺淳一さんは、次第に逃げ場を失くしてしまう恋愛を描写するのがお好きなようである。若い頃、渡辺淳一さん原作の映画『化身』を見て、渡辺淳一さんの描く愛の世界に引きずり込まれてしまったものだったが、私自身の中にある愛が育って行くにつれて、逃げ道を失くしてしまう愛の描写を次第に好まなくなってしまった。だからこの映画も、批判的な姿勢で鑑賞し始めたのだった。

 予告編程度に簡単なストーリーをご紹介しておくと、妻と別居中の作家である菊治が、菊治のファンだという人妻の冬香との情事の最中に、冬香に殺して欲しいとせがまれて絞殺してしまうというものである。

 どういうわけか、この映画の宣伝文句は「純愛」である。しかし私には、純愛どころか、愛と欲望がごっちゃになっているように思えた。例えば、菊治が初めて冬香にキスするシーンがある。冬香の同意も求めずにいきなりキスするのは強引だ。更には、冬香と初めて肉体的な関係を結ぶシーンも、菊治の一方的な誘いから始まる。菊治自身は妻と別居中の身であるにしても、人妻である冬香にキスをしたり、肉体的な関係を迫ることによって、冬香を苦しい立場に立たせてしまうことが果たして愛だと言えるのだろうか。私には欲望に見える。

 映画の中で、男女の肉体的な愛の描写を見るとき、いつもがっかりしてしまうことがある。それは、セックスが個々の喜びとしてしか表現されていないことである。愛し合う男女は個々の喜びに浸らず、互いに見つめ合い、微笑み合いながら結び付くのではないだろうか。そして、お互いに自分の持っているものすべてを相手に与えようとする。そうすることによって、肉体だけでなく、心と心をも通い合わせることができる。心と心を通い合わせた与え合うセックスは、個々の喜びにはならず、二人の喜びになる。心と心を通い合わせないセックスは、精神的な繋がりを持たず、肉体的な繋がりしか持たない。だから、客観的に見ると、肉体的な快楽に溺れているように見えてしまう。この映画の中で描写されているのは、個々の喜びに浸るセックスだと思う。互いに与え合うセックスではなく、求め合うセックスとして描かれている。

 恋愛には、二つの形があると言っていい。一つは、広がりを持つ恋愛で、もう一つは、行き場を失くした恋愛である。広がりを持つ恋愛は、二人が関わり合うことによって、人間関係がどんどん広がって行く。しかし、行き場を失くした恋愛は、世界がどんどん狭くなり、やがて、死という形でゴールを迎える。

 映画の中に、「三人のお子さんの父親になるという選択肢はなかったのですか?」という問い掛けがある。これがまさしく広がりを持つ恋愛の典型だと思う。二人の関係を公にし、相手の環境をも含有して行く展開だ。しかし、二人が選んだのは、世界を狭くする方法だった。だから、相手を想う気持ちが強くなれば強くなるほど、世間からどんどん離れ、最終的には死を選ぶことになったのだと思う。

 冬香の夫役として、同じ大学の同級生だった仲村トオルくんが出ていた。大学では一度も顔を合わせたことはなかったが、彼とは同じ文学部だった。だから、私は勝手にトオルくんと呼んでいる。そのトオルくんと冬香もまた、心を通い合わせた夫婦ではなかったようだ。トオルくんは仕事が忙しい役柄で、自分自身の問題に精一杯であるように見えた。つまり、妻である冬香のことを心から愛しているようには見えなかった。

 考えさせられたのは、夫婦関係がそういう状況にある中で、冬香が菊治と激しい恋に落ちてしまい、女としての肉体の喜びを知ったということである。冬香がそこから抜け出せなかったことも、理解できないわけではない。冬香にとっては、それだけで満足だった。だから、いつ死んでもいいと思っていた。そういう話なのである。

 私はここで、パトリス・ルコント監督の映画『髪結いの亭主』を思い出した。結婚して幸せの絶頂にある妻が、ある日突然、自殺するという話である。私は、その結末に納得が行かなかった。しかし、芸術映画を支持する人たちは、「もっとも幸せなときに死を選んだ妻の気持ちがわかる、美しい映画だ」と言っていた。『愛の流刑地』が表現したかったことも、つまるところは『髪結いの亭主』と同じようなことなのかもしれない。しかし、『髪結いの亭主』は人間の感情を描かずに、芸術的でさらっとした展開で締めくくられているが、『愛の流刑地』では、人間の感情が表現されている。

 この映画を観て、何を愛だと思うかは、人それぞれなのだと思った。映画の中で、菊治はしきりに冬香を愛していたことを主張している。強い感情や激しい感情が必ずしも愛だとは限らないはずなのに。おそらく、愛には無限に広がって行く方向と、袋小路になってしまう方向があるのだ。二人は袋小路に迷い込んでしまった。しかし、少なくとも冬香にとってはそれで満足だった。この映画は、そういうことを表現したかった映画なのだと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この映画を観ながら、大林宣彦監督の『SADA』や大島渚監督の『愛のコリーダ2000』を思い出しました。そう、阿部定事件です。おそらく、阿部定事件で定に殺された吉も、冬香と同じような心境だったのではないでしょうか。相手に殺してくれと頼まれて成立した殺人は、罪に問われるのか。そういうことについて、考えさせられる事件/映画でもありました。しかし、どの映画も、肉体的には強く結び付いてはいるものの、精神的な結びつきは弱いですね。あたかも足りていない精神的な結びつきを肉体的な結び付きでカバーするかのように、肉体的に激しく求め合っています。どこかに、肉体的にも精神的にも深く結び付いている男女を描写した映画はないものでしょうか。そのような映画をずっと探し続けているのですが、なかなか出会うことができません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.20

ホットヨガ(二十八回目)

 二月四日まで有効のホットヨガの回数券があと五回分残っている。そのため、今月は有無を言わさずホットヨガの回数券消費月間なのである。それに加え、青春18きっぷも一回分だけ残っている。青春18きっぷは五回分がセットで売られているので、二人で旅行していると、必ず一回分余ってしまうのだ。さて、この一回分を誰が使うのか。しかも、青春18きっぷの使用期限は今日までである。

 ガンモはきのう、仕事が休みだった。いつもなら、残った青春18きっぷを、ガンモが一人で名古屋に出掛けて行って消費していた。しかし、これまでに何度も同じことを繰り返して来たので、ガンモも一人で名古屋に出掛けて行くことにはそろそろ飽きが来たようである。おまけに、ガンモは今日、仕事の待機要員だった。待機要員とは、客先でトラブルが発生した場合、すぐに出掛けて行く当番のことである。

 ということで、残った青春18きっぷを消費するのは、必然的に私の担当となった。私は以前から、ホットヨガのいろいろなスタジオに出掛けて行くことに喜びを感じていたので、名古屋のホットヨガのレッスンも受けてみたいと思っていた。そこで、名古屋栄店の予約を入れておいたのである。名古屋には、名古屋栄店の他に名古屋駅前店もあるのだが、青春18きっぷで移動する時間的なことと、希望のコースとの兼ね合いで、名古屋栄店となったわけである。

 尼崎から近江塩津行きの新快速列車に乗り換え、米原で降りた。米原から大垣行きの普通列車に乗り換え、大垣から更に豊橋行きの快速列車に乗り換えて、名古屋の次の金山で降りた。そこから地下鉄名城線に乗り換え、矢場町で降りた。いつもはガンモと一緒に旅行をしているので寂しさは感じないが、今回は一人旅なので、ちょっぴり寂しい。時刻表を片手に確認してくれるガンモが側にいないのである。

 我が家から名古屋までは、普通列車を乗り継ぐと、接続が良ければだいたい三時間くらいである。名古屋にはしばしば足を運んでいるので、私は休日に利用可能なユリカ(名古屋市営地下鉄の回数カード)を持っている。休日用のユリカを地下鉄の改札機に通し、まるで名古屋市民であるかのように振舞っていた。実は、矢場町に着いたのは、レッスン開始の十五分くらい前だった。かなり矢場、いや、やばかった。

 名古屋栄店のスタジオの作りは、京都四条通店のスタジオの作りととても良く似ていた。スタジオを挟んだ通路を通ってロッカールームへと向かう。今回、初めて名古屋栄店を訪れたため、ロッカールームの場所がわからず、スタッフの方に案内していただいた。

 名古屋栄店のロッカールームは、とても広くて好感が持てた。座って着替えたり、荷物を整理したりできるソファーも至るところに設置されている。三宮店や神戸店は、ロッカールームがとても狭くてひしめき合っている。私は、名古屋栄店に通っている人たちがうらやましいとさえ思った。

 着替えを済ませてスタジオに向かったつもりだったが、どのスタジオでレッスンを受けたらいいのかわからず、再び受付に聞きに行った。確か、案内をしていただいたときに教えていただいたはずなのに、そのスタジオのドアがホットヨガのスタジオらしからぬ和風のドアだったので、単に新しいスタジオができましたと案内されただけなのかと思い込んでいたのだった。

 スタジオに入ってみると、室内の温度が少し低いように思えた。しかし、レッスンが始まると、温度は間もなくホットヨガの適温になった。驚いたのは、パソコンの本体のような装置が何台か設置されていることだった。どうやらそれは最新式の加湿器らしい。湿度を示すパーセントがデジタル表示されていた。

 更に驚いたのは、レッスンを受ける人の数が十人にも満たなかったことだ。三宮店や神戸店のあの異常なほどのひしめき合いからすれば、実にのびのびと手を広げることができる。また、全体的にせかせかした雰囲気がない。レッスンに遅れて来る人もいなければ、途中で退場する人もいなかった。

 人数が少ないせいだろう。三宮店や神戸店では、レッスンが終わると、われ先にとシャワーを浴びに行くものだが、名古屋栄店では、レッスン終了後、急いで立ち上がってスタジオを出て行く人は誰一人としていなかった。ロッカールームが広いだけに、シャワールームもたくさんあるので、競争がないのである。

 今回のレッスンは、七十五分のベーシックコースを受けた。気持ちとしては七十五分のアクティヴコースを受けたかったのだが、土曜日はそのコースがなかったのである。

 やはり、地域が違うとインストラクターの教え方も違う。今回指導してくださった名古屋栄店のインストラクターは、教え方がとても上手だった。はっきりとした発声と、休息タイムでの催眠術のような心地良い誘導が印象的だった。最後の瞑想に入る前に、レッスン時間の七十五分が来てしまったのだが、
「時間になりましたが、お急ぎの方はいらっしゃいますか?」
と聞いてくださった。このような配慮は、他のどの支店でも体験したことのないものだった。

 競争心のないのんびりした雰囲気と、くつろげるロッカールームの雰囲気が合わさって、着替えを済ませるともう十七時を回っていたというのに、私はソファーの上でしばらくくつろぎ、なかなか出て行こうとしなかった。他の人たちも同様で、せかせかした雰囲気がなく、のんびりと身支度を整えている様子だった。しかし私は、これから再びガタンゴトンで三時間掛けて帰るのである。さすがにそろそろ出発しなければと思い、後ろ髪を引かれる思いで重い腰を上げて受付に進んだ。

 名古屋栄店がこれまでの支店と変わっているところは、エレベータを降りたあとに最初に入る入口のドアが開いていたことだった。他のすべての支店では、このドアを自分で開けることになる。しかし、名古屋栄店ではそのドアが開いていた。当然、帰るときもそのドアは開いたままなので、私がエレベータに乗っても受付の方が見送ってくださる。そして、エレベータが閉じようとするとき、受付の方たちが私に深々とおじぎをしたのである。まるで高級ホテルをチェックアウトしたかのような気持ちになってしまった。こんな丁寧な支店は見たことがない。決してそうした対応が心地良いというわけではなく、むしろ恐縮してしまうほどなのだが、広々としたロッカールームと言い、レッスンを受ける人の数が十人未満であることと言い、ひょっとすると、名古屋栄店は穴場かもしれないと思う私であった。それにしても、往復六時間掛けて名古屋までレッスンに通うのは、時間の消費に対して贅沢過ぎるのではないか。

 ビルの外に出てみると、辺りはもう暗くなっていた。これからどうしようか。せっかくだから、栄まで足を伸ばしてみようか。矢場町から繁華街の栄までは、地下鉄名城線で一駅である。私は地下鉄には乗らずに、大きな通りを歩いて栄まで出た。しかし、栄に着いても何のあてもなく、ただぶらぶらとサカエチカを歩き回っただけだった。

 私は再び地下鉄名城線に乗り、金山まで戻った。金山は、JRや名鉄、地下鉄が交差している大きな駅である。以前、名古屋に来たときに、金山駅前の「明日なる」という広場の存在を知ったのだ。そこに足を運んでみると、ステージの上でソロライブを行っている人がいた。

明日なる

AsuNal Live!!

 ソロライブも終わり、ステージ周辺が静かになってしまった。ガンモに電話を掛けてみると、結局ガンモはどこからも呼び出されずに済んだと言う。ガンモが、
「早く帰って来い」
と私に言うので、私は、再び来た道を戻り、ガンモの待つ我が家へと帰宅した。帰りは少々接続が悪く、三時間以上かかってしまった。ガンモに旅で感じた寂しさのことを伝え、
「やっぱり旅はガンモと一緒がいい」
と言うと、私たちは再会を喜びながら、固く抱き合った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 名古屋の地下鉄に乗ると、いつも気になるものがあります。それは、改札口周辺に設置された「六時間後は消します」と書かれた地下鉄の伝言版です。「六時間後は消します」というのは変な日本語ですよね。名古屋の地下鉄は、誰にも指摘されずに、この構文を守り続けているのでしょうか。「六時間を経過したものは消します」ならわかるのですが。(^^; でも、この伝言板を長年見守り続けているので、日本語らしい日本語になってしまったら、ちょっぴり寂しくなってしまうような気もしています。

六時間後は消します

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.19

ペア

 「自分のコピーロボットが欲しい」
などと言いながら、毎日毎日、Windows Vista対応のためのプログラム改造に追われている。とにかく、猫の手も借りたくなるほど忙しい。どこかにプログラムを作ってくれる猫がいないものだろうか。

 そんな状況の中、出勤前にこんなことがあった。

 我が家の洗濯担当はガンモなのだが、ガンモが干してくれたペアの靴下を物干しクリップから外して履こうとすると、何やら様子がおかしいことに気がついた。ペアの靴下の色はとても良く似ているのだが、形が違っていたのだ。そう、最近流行の五本指ソックスと、通常のソックスが一つずつでペアになって干されていたのである。どちらも、グレーと黒のボーダーラインのソックスだった。ガンモが、脱水を終えた洗濯機の中から取り出して物干しクリップに挟むときに、同じ柄(がら)の靴下だと思い込み、ペアにして干したのだ。

 私は、ガンモのかわいい間違いに、心がほっこり温かくなった。ガンモが気づかずに物干しクリップに干したことがかわいくて、また、おかしくて、私は一人でクックと笑った。そして、異なるペアの靴下をそのまま仕事に履いて行ったのだ。そのほうがこの状況を楽しめると思ったからだ。

 帰宅してからガンモに状況を説明すると、ガンモも自分の取った行動を楽しんだ。ガンモとは、常にこういうことを共に楽しめる良き間柄である。しかし、もしもこの日に座敷に上がるようなイベントに遭遇したら、他の人には説明のつかないことでもある。

 さて、今日はガンモの仕事が休みだったので、ガンモは先日壊れた私のノートパソコンをなおしてくれると言っていた。私は、数日前からガンモのノートパソコンを借りて持ち歩いていたのだが、かつて私が使っていたノートパソコンよりも高性能なガンモのノートパソコンにすっかり気持ちが傾いてしまい、古いノートパソコンがなおるということに対して、とても複雑な想いを抱えていた。何故なら、ガンモから借りていたノートパソコンは、私が使っていたノートパソコンよりも立ち上がりも速い上に、処理スピードも格段に速かったからだ。私は、
「何なら、私のノートパソコン、なおさなくていいよ」
と言ってみた。もしかすると、ガンモの高性能のノートパソコンをこの先も使い続けることができるかもしれないと思ったからだ。しかし、自分のノートパソコンを取り戻したいガンモは、
「それは禁止!」
と言った。どうやら、是が非でも自分のノートパソコンを取り戻したいようである。ちなみに、ガンモに借りていた高性能のノートパソコンは、ガンモが社内販売で購入したものである。ガンモに借りたノートパソコンも、私が使っていたノートパソコンも、ガンモ社製のノートパソコンだ。ガンモには、仕事のために会社から貸与されたノートパソコンがあるため、そのノートパソコンを使っていなかったのだ。

 夕方、ガンモに「メシ、残業」コールをしてみると、
「もしもし、えー、お客様のパソコンですけれども、無事に修理が完了していますので、お引き取りをお願いします」
とサポートセンター風の口調でガンモが言った。ハード屋さんのガンモは、決してノートパソコンを担当しているわけではないのだが、不具合を検出して修理するのが得意である。私は、とうとうあの高性能のノートパソコンを手放すときがやって来たかと思うと、とても複雑な気持ちになった。

 ガンモの話によれば、敦賀の日帰り温泉でノートパソコンを分解したときに、メモリが不安定な状態でささってしまっていたのだそうだ。ハードウェアが、不安定にささったメモリを完全に認識し切れずに、エラーが頻発していたらしい。

 仕事から帰宅すると、ガンモがすぐに自分のノートパソコンを取り返しにやって来た。何だ、もうお別れなのか。私は、高性能のノートパソコンとの別れが惜しくて、しばらくグズグズ言っていた。しかし、ガンモになおしてもらった古いノートパソコンに触ってみると、私の手に見事にフィットしているのがわかる。ああ、しばらく離れていたけれど、確かなこの感触。キーボードを打つときのこの感じ。ACアダプタを挿す位置。LANケーブルを挿す位置。そうしたものが、間もなく私にフィットして来た。ガンモ、私のノートパソコンをなおしてくれて、どうもありがとう。

 今、私は、この「ガンまる日記」をガンモになおしてもらった古いノートパソコンで書いている。修理から上がった直後は、スピードも遅いし、ガンモに借りていたノートパソコンのほうが良かったなどと思っていたが、しばらく使っているうちに、ガンモに借りていたノートパソコンの記憶は消え去ってしまった。こうして私たち(私とノートパソコン)は、再びペアを組むことにしたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 異なる組み合わせの靴下のペアと、ノートパソコンと私のペア。今回は、ペアの話をペアにしてみました。異なる組み合わせの靴下のペアですが、同じペアがもう一組ありました。ガンモは異質なペアを引き離さずに、そのままにしています。洗濯機の中で、再び同じペアが引き合うのを待っているのかもしれません。私も、それに従おうと思っています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.18

ホットヨガ(二十七回目)

 きのうは月に一度の定時退社日だった。あろうことか、この楽しみな日を、私はすっかり忘れてしまっていた。勤務時間中に、「今日は定時退社日です。早めに仕事を終えて帰宅しましょう」という内容のメールが届いて思い出したのだが、現在の仕事の忙しさからすると、せっかくの定時退社日であっても、一緒に仕事をしている社員の方たちは、残業の届出を提出して残業されるのだろうと思っていた。

 定時退社日は、企業の労働組合により定められているもので、普段、残業の多い社員が月に一度でも早く帰宅できるように考案されたものである。社員の方が定時退社日に残業をするには、当日の十五時までに上司に届出を提出して、承認をもらうことが必須である。その届出を提出したかどうかを、一緒に仕事をしている社員の方たちに確認してみると、提出していないという答えが返って来た。

 労働組合に加入していない私たち派遣社員は、企業の定める定時退社の制度にはまったくの無関係だ。しかし、派遣社員は、同じグループ内に社員が誰も残っていない状態で、一人で残業することはできないという決まりがある。もちろん、社員の方が残業される場合でも、派遣社員は残業せずに帰宅してもいいのだが、現在の仕事の状況としては、定時退社日といえども、残業せずには仕事を終わらせられないような状況だった。しかし、そのあと、同じグループの社員の方たち全員が帰宅されると聞いたので、必然的に私たち派遣社員も帰宅できることが確定した。私は、突然振って沸いた定時退社のプレゼントに狂喜した。

 さて、定時に仕事を上がって何をしようか。真っ先に思いついたのは、二月四日まで有効なホットヨガの三十回分の回数券が、あと六回分余っていることだった。私は、この回数券を消費できる日を単純計算してみたのだが、平日のレッスンにも参加しなければどうしても消化し切れない。できれば、このチャンスを生かしたい。しかし、定時退社日であることをすっかり忘れてしまっていた私は、ホットヨガの準備をしていなかった。シャワーを浴びるときに使用するお風呂道具、着替えの下着、レッスン着・・・・・・。レッスンを受けるには、これらのものを何とかして調達しなければならない。

 待てよ、派遣会社の福利厚生で購入している映画のチケットもある。ホットヨガは諦めて、映画を観て帰ろうか。こちらも消費しておかなければもったいないではないか。私は悩んだ末に、やはりホットヨガを選んだ。百円ショップを駆使すれば、何とか調達できるだろうと思ったのである。

 定時のチャイムが鳴ったあと、私はホットヨガの神戸店に電話を掛けた。十九時半からのアクティヴコースのレッスンを予約できるかどうか尋ねてみると、「お取りできます」という答えが返って来た。私は、着替えなどその他もろもろを調達することはさておいて、十九時半からのアクティヴコースのレッスンを予約した。それから、ガンモにも電話を掛けて、
「ホットヨガの回数券が余ってるから、行って来るよ」
と言った。ガンモは普段から、回数券を余らせるのは大禁止と言っているので、
「ホットヨガ、行って来い。回数券、余らせんな」
と言って、私の急な申し出を喜んで受け入れてくれた。

 それから大急ぎで仕事を上がり、私は職場近くの百円ショップに向かった。そこで靴下やタオル、ボディタオル、下着などを購入した。しかし、大きな入れ物に入ったシャンプーとリンスは見つけることができたものの、旅行用の小さな入れ物に入ったシャンプーとリンスのセットが見当たらない。できれば、小分けされたシャンプーとボディソープのセットが欲しいところだ。そう思いながら、売り場を何度もうろうろしたが、見当たらないのだ。時間もないので、私は諦めて神戸方面へと向かった。神戸店の入っているビルにも、大規模な百円ショップがあることを思い出したからだ。

 しかしその前に、レッスン着も調達しなければならないし、レッスン中に補給する水も用意していない。水は、神戸店と同じビルにマツモトキヨシがあるので、そこで調達することにしよう。何よりも大切なのは、レッスン着だ。私は、以前、レッスン後に履く着替えのパンツを忘れて大変なことになり、ショートショートまで書く羽目になったことを思い出した。今回もショートショートを書くことになるのか。いや、この忙しさからすれば、ショートショートを書いている時間はない。できれば、哀れなショートショートを書きたくない。そんなことを思っていた。

 神戸に着くと、ホットヨガのスタジオまで行く途中に、雑貨屋さんがある。そこに、安いラフなズボンやスパッツ(スピッツではない)などが売られていたので、私はそれを求めた。それからマツモトキヨシに寄り、酸素の水を二本買った。その足で百円ショップに出向き、小分けされたシャンプーとボディーソープのセットを探した。お店に入ってすぐに後悔したのは、こちらの店舗のほうが規模も大きく、品揃えが豊富だったことだ。最初からこちらの店舗で購入すれば時間の節約になったのにと思ったのだ。しかし、肝心の小分けされたシャンプーとボディーソープのセットは見当たらなかった。私は仕方なく、シャンプーとボディーソープを別々に購入した。

 何はともあれ、ホットヨガのレッスンに必要なものをすべて買い揃えたので、私はそのまま同じビル内にあるスタジオへと向かった。回数券を無駄にしたくないとは言え、かなりの出費になってしまったことは確かだ。これからは、急なレッスンにも対応できるように、職場にホットヨガセットを置いておこうかと考えたほどだ。

 アクティヴコースのレッスンは、何度受けてもやはり刺激になる。今回のインストラクターは、受付で何度かお話をさせていただいているインストラクターだった。久しぶりにお会いした感じである。私は、その美しい肉体がうとてもらやましかった。

 レッスンが始まって数分経った頃、常連さんの一人がスタジオに遅れて入って来た。その方は、以前にも何度かお目にかかったことのある熟練者だ。どういうわけか、その方の髪の毛は、まるでシャワーを浴びて来たばかりであるかのように濡れていた。髪の毛だけでなく、レッスンのときにレンタルできるフェイスタオルも濡れている。一体どういうことなのだろうと思っていたのだが、どうやらその方は、フリーパスの会員らしい。ということは、一つ前の別のレッスンを受けて、シャワーを浴びたばかりなのだろう。連続してレッスンにチャレンジするなんて、何というバイタリティの持ち主なのだろう。しかも、フリーパスの会員なんて、とても優雅だ。先日、出掛けたばかりの敦賀の日帰り温泉じゃないが、日帰りホットヨガが可能になる。何も、フリーパス会員でなくとも、日帰りホットヨガは可能なのだが。とにかく、着替えさえ持っていれば、可能な限り、レッスンを受けられるのだ。ちなみに、その熟練者の方の身体はとても細い。

 レッスンを終えて、シャワーを浴びたのだが、百円ショップで購入したシャンプーとボディソープは、女性の身体にはあまり良い影響を与えてくれそうにない品質だった。というのも、女性の場合、有害物質が皮膚から吸収されると、子宮に溜まり易いのだそうだ。今回のように、用意のなかった私を助けてくれた商品ではあるが、やはり、自分の身体のために身体が喜ぶものを使って行きたいと強く感じたのだった。

 着替えを済ませて受付に行くと、さきほどのインストラクターの女性が、
「○○さん(私の苗字)、お久しぶりですね」
とあいさつをしてくださった。ありがたいことに、神戸店のホットヨガのインストラクターは、私の名前を良く覚えてくださっている。私は、
「ここのところ、三宮店に通うことが多かったので・・・・・・」
と説明した。つい先日も、神戸店で別のインストラクターに同じことを説明したばかりだ。私は更に付け加えた。
「最近は、京都四条通店にも足を運んでいるんです」
と言うと、
「京都四条通店はどんな感じですか?」
と聞かれたので、更衣室が広いこと、スタジオが三つあることなどを話した。そして、
「支店によってスタンプの色が変わったりはしないんですかね」
と言ってみた。いろいろな支店に足を運んで、いろいろなバリエーションのスタンプを集めたいと言ったのだ。すると、
「では、上の者にそのように言っておきます」
と言ってくださった。もしもこれが実現したら、回数券を眺めるのがきっと楽しくなるはずだ。

 インストラクターの方に聞いた話では、神戸近辺のインストラクターは、梅田に集められて教育を受けるのだそうだ。なるほど、神戸店も三宮店も、教え方にそれほど違いがない理由がわかった。

 インストラクターの方と話をしながら、私は先日の骨董ジャンボリーのことを思い出していた。ホットヨガのレッスンがメインなら、こうしたコミュニケーションはおまけのようなものだろうか。しかし、骨董ジャンボリーの場合、コミュニケーションがメインで、買い物をするのがおまけみたいな感じである。コミュニケーションがおまけでも、メインでもいいのだが、今の私には、とにかく、こうしたコミュニケーションが楽しいと思えるのだった。もしかすると、三年間の大殺界が明けた今年は、コミュニケーションの年になって行くのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回のホットヨガは、レッスンの用意をしていなかった分、かなり割高になってしまいました。こうした選択は、皆さんにはあまりお勧めできないですね。(苦笑)しかし、今回のことがきっかけになり、荷物を減らそうと思えばもっと減らせることに気づきました。シャンプーやリンスは、ホテルから持ち帰った小さな容器に詰め替えれば良いのですね。更に、スパッツはズボンよりも場所を取らないので、遠出するときはコンパクトで便利だと思いました。タオルも、バスタオルでなくても良いかもしれません。そして、衣類の圧縮袋を持ち歩けば完璧です。(^^) 私の回数券の残りはあと五回。果たして、使い切ることができるでしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.17

心惹かれたものたち

 さてさて、当たり前の風景の続きである。

 ひとまず買い物も済ませて落ち着いて来たので、私たちは昼食を取るために東京ビッグサイト内のレストラン街へと移動し、HさんとRちゃん、そしてガンモと私の四人でラーメン屋さんに入り、ラーメンを食べた。

 空腹が満たされると、私たちはさきほど馴染みのお店で購入した戦利品を取り出して、カメラ談義に花を咲かせた。今回、私が購入したのは、進研ゼミ小学生講座のチャレンジ3年生の付録で「かんさつカメラ」という二台のプラスチックカメラである。「かんさつカメラ」という名前の通り、何かを観察するカメラなのだが、私から見ても、これらのカメラはとてもユニークだった。

かんさつカメラ(1)

夏のかんさつカメラミニトランク(1)

夏のかんさつカメラミニトランク(2)

 一般的に、カメラメーカー以外で製造されたカメラは、カメラというお決まりの枠を超えたものに仕上がっている。ソニーのデジタルカメラなどがその典型だろう。これは、進研ゼミが教材の付録として製造したもので、「かんさつ」という目的を果たすための構造となっている。

 たいていの場合、中古カメラには取扱説明書がついていない。むしろ、取扱説明書がついていることのほうが珍しい。当然、私の購入した「かんさつカメラ」にも、元箱付きではあるものの、取扱説明書なるものはついていなかった。そこで、三人寄れば文殊の知恵ではないが、カメラそのものを手に取っていじくり回しながら、その使い方をあれやこれやと検証して行ったのである。実際、その場に居たのは四人だったので、文殊以上の知恵が出たはずである。

 文殊以上の知恵を出し合った私たちは、カメラについているフィルターが万華鏡のような役目を果たすこと、そのカメラを使って接写できるように、ギリギリまで被写体に寄れるような設計がなされていることなどを発見した。どうやら、接写することを「かんさつ」と呼んでいるようである。「かんさつ」用のツールは、普段はカメラの中に仕舞い込まれている。いざ、接写を行う段階になって初めて、そのツールを引っ張り出して使用するのである。

かんさつカメラ(2)

夏のかんさつカメラミニトランク(3)

 前出のカメラのほうが前期型で、後出のカメラのほうが後期型だろうと誰かが言った。何故なら、後出のカメラのほうが、「かんさつ」用のツールが、よりコンパクトに仕舞い込まれていたからだ。

 私は、「かんさつカメラ」の不思議が一つ一つ解明されて行くことが楽しくて仕方がなかった。そこに居た全員が、まるでそれぞれの役割でも持っているかのように、「かんさつカメラ」の不思議を次々に解明して行ったのである。

 食事のあと、売り手のKさんに再会したので、私は息を弾ませながら、
「あのカメラ、最高ですよ」
と言った。するとKさんは、
「すっげーうれしいですよ」
と喜んでくれた。Kさんは、あのカメラの良さがわかる人に買って欲しいと思っていたようだった。おそらく、「かんさつカメラ」の不思議を解明しないまま手放してしまったであろうKさんに、「かんさつカメラ」の不思議を写真を交えて説明したいような、そんな衝動に駆られた。

 私たちは、骨董ジャンボリー内の別のお店もくまなく回った。その中でもいくつか心惹かれた品物があるので、ここでご紹介しておきたい。まずは、かわいいペンギンのソルトケースだ。その他にも、何故か、ホーロー製の台所用品に心惹かれた。
「心惹かれる台所用品を少しずつ集めて、楽しい台所に変身させるというのはどうだろう」
とガンモに提案すると、
「そんな夢みたいなこと言ってんじゃないの」
とすぐに却下されてしまった。

 続いて心惹かれたのは、○○酒店などと書かれた布製のお酒入れである。おそらく、お酒が割れないように、配達のときに使用されたか、お得意さんに配られたものだと思われる。大きさは、ちょうど小学生が学校に持って行くような水着入れと同じくらいである。私は、固い布で作られたバッグが大好きなので、このお酒入れにも心惹かれ、買おうかどうしようか迷いながら、何度も手に取ったり戻したりしていた。何故、迷っていたかと言うと、どうせ買うなら、もう少し大きな入れ物が欲しいと思っていたからだ。しかし、開催最終日で一つ千円に値下がりしていたので、思い切って二つ買った。「気になるものは買ってしまえ」である。袋の取っ手のところがちょうど水着入れと同じような紐になっているので、いずれ、手芸用の太い紐と付け替える予定である。

 もう一つ、とっておきの心惹かれるものに出会った。それは、このブログのプロフィール画像でも使用している歓喜天である。塗金された立派な歓喜天がアジア雑貨のお店に並んでいるのを発見したのだ。歓喜天は、いつ見てもいいものである。値段を尋ねてみると、三万九千円だと言う。お店の人は、
「最終日なので、少しお勉強しますよ」
と言ってくださったのだが、私はうーんとうなった。私が持っている歓喜天も、十数年前に骨董店で見つけ、確かお勉強してもらって三万円くらいで購入した覚えがある。他に坐像も持っているし、歓喜天のコレクターになるのはもうやめよう。そう思って、お店の人に、
「いえ、やっぱりいいです」
とお断りしてその場を立ち去った。かつての私が歓喜天に心惹かれて購入したように、あの歓喜天は、歓喜天好きの誰かの目に留まっただろうか。

 私たちは、最終便の飛行機で神戸空港まで飛ぶことになっていた。会場内をゆっくりと回っているうちに夕方になったので、私たちはHさんとRちゃんたちと再会を約束して、会場をあとにした。それからりんかい線に乗り、天王洲アイルで東京モノレールに乗り換え、羽田空港へと向かった。Hさん、Rちゃん、お会いできて本当に楽しかったよ。また会おうね。

 神戸空港行きの最終便は満席だった。今回はスカイマークエアラインズを利用したのだが、こちらが恐縮してしまうような過剰なサービスがなくて、とても心地良かった。大手の航空会社であれば、搭乗直前に搭乗券を自動改札に通す作業を、制服を身にまとったお姉さんが代行してくださるのだが、スカイマークでは自動改札に搭乗券を通す作業もセルフサービスだった。また、機内食や飲み物のサービスもなく、羽田-神戸間という一時間程度の短い時間を逆にゆったりと過ごすことができた。また、大手の航空会社では、録画された救命衣などの説明が大きなスクリーンに映し出されるのだが、スカイマークは実演なのである。これもまた新鮮で楽しむことができた。

 サービスのないことが返って喜ばれることなど、あまり思いつかないのではないだろうか。スカイマークがそうしたサービスを行わない代わりに、大手の航空会社よりも運賃が抑えられているのは、利用客にとってはありがたいことである。これこそが、真のサービスかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 長い旅行記を読んでくださってありがとうございます。途中、ココログのメンテナンスで休憩が入りましたが。(笑)骨董ジャンボリーは、商品を手に取って見るのも楽しいですが、お店の人や同じ視点を持った仲間たちとのコミュニケーションもまた楽しいですね。売り手から、「今年も来ると思ってたんだよ」という暗黙の了解を感じられることが、買い手にとっての最大の喜びかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.16

別荘にて

※ココログのメンテナンスが終了しましたので、ガンまる日記(ミラー)に書いた内容を転載します。

 きのうの続きは本家に書かせていただくことにして、今日はせっかく別荘に来ているのだから、いかにも別荘らしい記事をお届けしたい。

 まず最初に、感動したことがある。私はこれまで自分のホームページの掲示板は、どんなに忙しくても毎日欠かさずチェックしていたのだが、とうとうきのうはアクセスできずに一日が終わってしまった。最近、掲示板にいただいているコメントにもろくに返信できていないため、しばらく掲示板をお休みしたほうがいいのだろうかと思い、管理人として何か一言書いておこうと、一日ぶりに掲示板を開いてみた。すると、てんちゃんからの書き込みがあって、何だかふわっとあたたかくなった。

 絶対的とか相対的とかいう話を「ガンまる日記」にも書いて来たが、こうしたアプローチは絶対的だと思う。これは、私が今年の年賀状で体験したことだ。書きたいから書く。それでいいのだ。だからもう、掲示板に余計なことを書くのはやめた。てんちゃん、どうもありがとう。これが、自分をしっかり持つということにも繋がっているのだろう。

 今夜も残業だったのだが、元上司と帰りが一緒になった。実は、先日、元上司に、
「○○さん(直径十二センチの彼女の後任の派遣社員)にあんまりきつく言わないでくださいよ」
と言ったのだが、そのとき、元上司は私に対して何か言いたそうな様子だった。元上司が私と一緒に帰ることに同意するということは、きっとそのことで話があるのだろうと思っていたのだが、案の定、その通りだった。

 詳しくは書けないが、元上司の言い方がきつくなるのには、それなりの理由があることがわかった。しかし、エネルギーの弱いほうはいつも隠れていて見えにくく、エネルギーの強いほうだけがいつも目立ってしまう。私たちは、エネルギーの強いほうだけを感じ取って、物事を判断しがちだ。しかし、片方のエネルギーが極端に強くなってしまうのは、もう片方が何らかの原因を作っていたのである。

 それともう一つ、今更ながら、コミュニケーションを取ることはとても大切なことだと思った。気持ちの中ではムカムカしていても、ムカムカしている相手と話をしてみると、ムカムカが収まることがある。コミュニケーションを取らずに黙っていると、ムカムカが余計に悪化する傾向にあるようだ。

 以前、防犯がらみで警察の方にマンションに来ていただいたことがあるのだが、そのときに、マンション内で出会った人同士であいさつをすることを奨励された。何故なら、これまで検挙された多くの泥棒たちが、過去に盗みを思い留まった原因として、住人に声を掛けられたことを挙げているからだそうだ。つまり、コミュニケーションを取ることで、盗みができなくなるということである。コミュニケーションを取ると、ムカムカが収まって来るのと似ていると思う。

 それでは、今夜はここまでにさせていただくことにしよう。別荘らしく、とても短い日記となった。おやすみなさい。

|

2007.01.15

当たり前の風景

 新橋駅で、黒酢バーという看板の掲げられたお店が目に留まった。私は、健康のために琉球もろみ酢をときどき飲んでいるが、以前は黒酢を水で薄めて飲んでいたことがある。しかし、その組み合わせでは飲む度に気合が必要なので、今では琉球もろみ酢の飲み易さに甘えている。

 黒酢ドリンクの専門店で、試しに黒酢と豆乳のブレンドを注文してみたところ、驚くほどおいしかった。マスコミなどで人気のお店なのだろうか。女性客が絶えずやって来る。小さな紙コップ一杯に二百五十円というのは少々割高な気もするが、黒酢と豆乳とはちみつが見事に調和していて、おいしいのだ。黒酢のすっぱさを、甘いはちみつが見事に抑えている。それに対し、豆乳は甘くもなくすっぱくもなく、ニュートラルだ。この調和を生み出した人は素晴らしい。私は、じっくりと味わいながらいただいた。

黒酢バー

 新橋からゆりかもめに乗り換え、国際展示場正門で降りた。そう、目指すは東京ビッグサイトである。東京ビッグサイトで行われている骨董ジャンボリーという大規模骨董市のイベントにやって来たのである。年に二回、夏と冬に行われている骨董ジャンボリーでは、東京ビッグサイトの大きなホールを一つ借り切って、和洋の骨董店がずらりと並ぶのである。

東京ビッグサイト

 私たちは、骨董ジャンボリーの初回開催からしばらくの間、皆勤賞でせっせと通い続けていた。通い始めた当初は、アーリーバイヤーと言って、一般の人たちよりも一日早い日に少し高めの入場料を支払って入場し、珍しいものや安いものを一般客よりも早く手に入れられるように参加していた。しかし、あるとき、何かの事情でどうしても参加できない年があった。それからは、まるで執着が取れてしまったかのように、開催二日目か最終日というのんびりとしたスケジュールで参加し続けている。

 骨董ジャンボリーで楽しみなのは、友人たちご夫婦に会えることだ。私たちは、ガンモの不在のときにときどきおたまを送って来てくれるRちゃんとボックスカメラの収集家であるHさん(Nさん、あるいはKさんとも言う)ご夫妻とおよそ一年ぶりの再会を果たした。

 以前も書いたことだが、もともとはRちゃんのご主人さんとカメラを通じての交流が始まったのだが、HさんとRちゃんはおよそ三年前にめでたくご結婚されて、こうしてダブルデートができるようになったのである。しかし、ダブルデートを始めてまだ三年も経っていないというのに、これまでずっと一緒にダブルデートを楽しんで来たような、そんなご夫婦なのだ。Hさんの環境に、Rちゃんがすっかり馴染んでいるのである。

 入口のところで、加入しているクラシックカメラクラブの会長さんたちご一行にお会いしたので、ごあいさつがてら、少し立ち話をした。私が東京を離れてからは、ずいぶんとご無沙汰してしまっている方たちであるが、来月の中古カメラ市のときに開催される写真展にお誘いいただいた。私もそのクラシックカメラの会員なのに、ここのところまったく作品を提出していない。会長さん、ごめんなさい。

 Rちゃんご夫妻とは、会場で待ち合わせていたのだが、クラシックカメラクラブの会長さんたちとの立ち話が終わると、すぐ側にRちゃんが立っていた。いち早く、私たちを見つけてくださったようである。しかし、Rちゃんを見ると、かなりの軽装である。思わず、
「そんな薄着で大丈夫?」
などと声に出してしまい、はっと我に返った。東北から移動して来た私たちは、まるで吹雪の中にでも出掛けて行くような出で立ちをしていたからだ。さすがに会場の中は暖房が効いていてとても暑い。と言うよりも、東京が暖か過ぎる。ちょっと着込んでおけば、コートなど必要ないくらいの暖かさだ。そんな暖かい会場で、丈の長いコートを着ている私たちは、見事に浮いていた。

 Rちゃんのご主人さんのHさんは、既に馴染みのカメラのお店でお店の人たちとカメラ談義を繰り広げていた。骨董ジャンボリーにやって来て、一体何が楽しいかと言うと、同じ趣味や視点を持つ人たちとコミュニケーションが取れることである。そうしたコミュニケーションから、馴染みのお店の方たちは、既にHさんの好みを見抜いている。Hさんが手にしていたのは、大型のボックスカメラだった。

 開催最終日なので、売り手としては、できれば大きな商品を持ち帰りたくない。だから、そのカメラを手に取って買おうかどうしようか迷っているHさんに、できる限り買ってもらいたい売り手の気持ちが伝わって来る。実は、その売り手とは、某ミュージシャンのSさんである。ミュージシャンであるSさんが、何故、このようなところにいらっしゃるのかは、話せば長くなるので、割愛させていただくことにする。

 Hさんが見ていたのは、ちょっと特殊なカメラだったので、このまま売れ残ってしまうと、この先、誰も買わない可能性も高い。このようなカメラに目を向けることができるのはHさんくらいなので、できればHさんに買って欲しいSさんである。すぐ側でそのやりとりを見守っている私には、Sさんの泣きが入っているようにも見えた。しかし、Hさんは、ずいぶんと悩んだ末に別のカメラを買うことにした。

 Hさんが見ていたカメラというのは、犯罪者の指紋を撮影していたカメラだったのだ。新年早々、そのカメラの素性がよろしくないということで、Hさんはそのカメラを見送ろうと決心されたようである。売り手のSさんも、
「これで殺人者の指紋を撮ったかも」
なんてことを黙っておけばいいのに、思わず口がすべって言ってしまったものだから、Hさんはカメラの素性が気になって仕方がなかったのだ。私はSさんに、
「売り方が下手ですよ」
などと言った。そのカメラをもっとポジティヴに宣伝すれば、Hさんもそのカメラにぐっと傾いただろうに、それをしないのがSさんなのである。そのフランクなところが面白い。

 私は、Sさんたちのお店の仲間のTさんやKさんとコミュニケーションを取っていた。Tさんは、関西コレクターと関東コレクターの橋渡しともなる存在の方である。本職はカメラ屋さんではないのだが、こうして骨董ジャンボリーの時期になると、SさんやKさんたちと一緒にお店を出している。関西で行われる中古カメラ市にも顔を出されているし、関西コレクターの方たちとも交流がある。私たちは、関西のクラシックカメラクラブにも顔を出している(出していた?)ので、Tさんとの話題はもっぱら、「あの方はお元気ですか?」といった内容になる。東京の人たちは、東京の市場だけに満足して、なかなか地方遠征まではしないものだが、Tさんはお付き合いをとても大切にされている方で、関西コレクターの方たちからお呼びがかかれば、東京からわざわざ関西方面へと出掛けて行って、出店されたりもする。

 一方、Kさんは、オモカメ(おもちゃカメラ)の人でもある。実際はそうではないのだろうが、私が勝手にそう思っているだけだ。何故なら、以前、フジペットという発売当時は子供向けのカメラを色違いで全部集めているとおっしゃったからだ。オークションなどで少しずつ集めていらっしゃるとか。だから、お会いする度に、
「フジペットは全色揃いましたか?」
とKさんに尋ねるのが合言葉になっている。

 そんなKさんが、とても気になるカメラを出品されていた。私はここ数年、デジタルカメラ以外のカメラを買っていないのだが、色合いといい、デザインといい、いかにもおもちゃのカメラといった感じで、とても心惹かれるカメラがKさんの前に並べられていたのだ。手に取って見てみると、「かんさつカメラ」と書かれていた。Kさんは、
「一台じゃ売りませんよ」
言う。つまり、一台だけ買って、もう一台売れ残ってしまうのも困るので、二台まとめて持って行ってくれということなのだ。最終日でお客さんが少ないからなのか、私は、こういう雰囲気が大好きだ。Kさんが、二台で千円にすると言ってくださったので、
「買います、買います」
と宣言し、めでたく久しぶりにカメラを購入したのである。

 どんな買い物であっても、買い物を一つ済ませると落ち着くものである。以前のように血走った目でカメラを見ることもなく、開催最終日で落ち着いた雰囲気の会場の馴染みのお店で、他愛もない話に花を咲かせる。年に一度か二度、顔を合わせるだけなのに、私がここを自分の居場所であるかのように感じられるのは、他愛もない話ができるからなのだろうか。ガンモがいいて、HさんやRちゃんご夫妻がいて、Sさんがいて、Tさんがいて、Kさんがいる。こうした光景が、いつの間にか私にとっての当たり前の風景になっていることに気がついた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m きのうに引き続き、皆さんにお知らせです。「ガンまる日記」をお借りしているココログのメンテナンスが、以下の日程で行われます。

◇メンテナンス日時
 2007年1月16日(火)15:00~1月17日(水)15:00の約24時間

この時間帯は、「ガンまる日記」の更新ができません。もしもこの時間帯の前後に更新できない場合は、いつものように、ガンまる日記(ミラー)で更新させていただくことになろうかと思います。

更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。とうとう睡魔に負けてしまいました。仕事も忙しく、おまけにノートパソコンも壊れてしまい、ガンモのノートパソコンを借りて書いています。私は自分のノートパソコンを使い易くカスタマイズするタイプなのですが、お気に入りのツールが揃っていないのであちこちからダウンロードして来たり、メーラーの設定をしたりと、なかなか大変であります。しかし、そんなことをしている間にそろそろココログのメンテナンスが行われることになっています。何とかして、メンテナンスが始まるまでに記事を書き上げようと頑張っていましたが、ちょっと無理のようです。(^^; 今回の記事は、少々マニアっぽくなってしまったかもしれませんね。でも、これがカメラ好きの世界です。できる限りわかりやすいように描写しているつもりですが、わかりにくい部分がありましたらごめんなさい。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.14

寝台特急あけぼのと朝湯

※ガンまるコムサーバのディスク障害により、1月8日以降にアップロードした画像が表示されなくなってしまっていました。ガンモが復旧作業を行い、データを何とか復活させることができました。皆さまには度々ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。m(__)m

 ゆうべ私たちは、弘前を十八時四十六分に発車する寝台特急あけぼのに乗車した。寝台特急あけぼのは、青森と上野をおよそ十三時間で結ぶブルートレインである。本来ならば、始発の青森から乗車したかったのだが、ストーブ列車に折り返し乗車したあと、青森からの寝台特急あけぼのの発車時刻に間に合うように、青森まで移動できる列車がなかったらしい。それに、青森-弘前間は、かつて大阪から寝台特急日本海に乗車して既に乗り潰していたので、今回は弘前から乗車することにしたわけである。

弘前駅に入線して来た寝台特急あけぼの

 きのう、少しだけ寝台特急あけぼのの車内をご紹介したが、今回利用したのはシングルデラックスというタイプの個室だった。カプセルホテルほどの狭い個室に、上段だけ折りたたみ式の二段ベッドがある。部屋には小さなテレビとこれまた折りたたみ式の洗面台も設置されている。カプセルホテルと違うところは、部屋に鍵がかかることだ。部屋を出るときに、暗証番号を設定しておくと、ドアに電子ロックが掛かり、設定した暗証番号を知っている人だけがドアを開けることができるのだ。JRとしても、利用客にいちいち鍵を配布しなくて良いので、こうした電子ロックシステムはなかなか良いアイディアだと思う。

 ありがたいことに、シングルデラックスには、コンセントが二つも付いていた。以前、高松から東京まで寝台特急サンライズ瀬戸のサンライズツインに乗車したときは、髭剃り用のコンセントしか用意されていなかった。その髭剃り用コンセントに、私たちが普段持ち歩いているパソコンの電源ケーブルを差し込んでみると、ブレーカーが落ちてしまったのである。ガンモは冷静にブレーカーを元に戻した。それからの私たちは、ノートパソコンの消費電力を計算しながら、ブレーカーが落ちないように工夫して電源コードを使用していた。しかし今回は、髭剃り用の消極的なコンセントではなく、正々堂々としたコンセントが二つも付いていた。おかげで、ノートパソコンやらカメラの電池の充電やらの電源ケーブルをいくつか差し込んでも、ブレーカーが落ちることもなく快適に過ごすことができた。おまけに、32Kというナローバンドは変わらないまでも、電波状況も概ね良好だった。 

シングルデラックスの車内(1) 真ん中に見えるのが電源コンセント

シングルデラックスの車内(2) 折りたたみ式の洗面台

シングルデラックスの車内(3) ちょっとしたホテルのような感じである

 寝台特急あけぼのに乗車した私たちは、下段のベッドに二人並んで一緒にお弁当を食べた。私たちにとって、この時間は至福の時間となった。日常生活でも、私たちはいつも寝ているシングルベッドで肩を並べてご飯を食べることが多いのだが、旅行中であっても、日常と同じように、カプセルホテルのような狭い個室で、二人で並んでお弁当を食べるということに、大きな喜びを感じたのである。狭いスペースをお互いに譲り合って快適にしようと試みている姿勢を感じられるからだろうか。この時間は、これまでガンモと二人でいろいろな場所に出掛け、多くの時間を共有して来たことを実感できる時間となったのである。

 ご飯を食べたあと、ガンモはまたしてもすやすやと眠ってしまった。ゆうべ、宿泊先の旅館で私よりも先にぐっすりと眠りに就いたはずだったが、やはりまだ、生活時間に時差が残っているだろうか。ガンモが言うには、二十時頃になると、とにかく眠くて仕方がないようだ。私は、ガンモが寝ている間に「ガンまる日記」を書こうと思っていた。上野到着まで十二時間もあると高を括っていたのだが、デジタルカメラで撮影した写真を整理しているうちに、あっという間に0時を回ってしまった。結局、「ガンまる日記」を書き上げたのは午前一時前だった。上野到着は午前七時前の予定である。ああ、早く寝なければ・・・・・・。

 寝台特急あけぼのは、機関車が引っ張る列車なので、時折カクンカクンと大きく揺れる。それにもかかわらず、午前一時過ぎに眠りに就いた私は、上野の手前の大宮到着まで一度も目を覚ますことなく熟睡することができたのだった。私よりも早く眠ったはずのガンモも、午前二時半頃に一旦目が覚めてしまったが、目を覚ましてしばらく横になっているうちに、再び眠りに就いたようである。

シングルデラックスの車内(4) 私が眠った上段のベッド

 寝台特急あけぼのは、定刻通りに上野に着いた。一日の本格的な活動に入る前にお風呂に入っておきたいと思い、私は上野駅周辺で朝湯に入れる銭湯をインターネットで調べてみた。すると、上野の次の駅に当たる御徒町に、朝から営業している銭湯があるとの情報が得られた。

 私たちは、寝台特急に乗ると、必ずその寝台特急が回送するのを見送ることにしている。寝台特急あけぼのとの別れを惜しむように、回送して行くのを見送ると、私たちは上野から京浜東北線で御徒町に出て、目的の銭湯へと向かった。

 御徒町駅のコインロッカーに大きな荷物を預け、地図で示された場所に着いてみると、確かに銭湯は営業中を現すのれんが掲げられていた。

燕湯

 入湯料を払って中に入ってみると、まだ朝の八時頃だと言うのに、おばあちゃんたちで賑わっている。脱衣場に設置されたロッカーも大きく、カランの数も多い。中には大きな荷物を抱えた若者もいる。やはり、私たちのように、夜行列車で上野に到着した人が利用しているのかもしれない。あとからガンモに聞いた話によると、男湯はひどく混み合っていたと言う。

 お湯の温度は東京都の条例で定められているため、東京都の銭湯はどこも熱い。かつての私は、その温度に慣れていたはずだったが、久しぶりに入ってみると、やはり熱かった。それでも、寝台特急で上野に着いたあと、朝湯に入ることができると、とても幸せな気分になれるものである。御徒町駅から歩いて七分くらいなので、夜行列車を利用されて上野に着く予定がある方は、利用されてみてはいかがだろうか。

燕湯
住所:東京都台東区上野3-14-5
電話:03-3831-7305
営業時間:06:00-20:00
料金:大人430円
貸しタオルもあり
地図はこちら

 かつて東京に住んでいた頃の私は、銭湯通いをしていたので、東京の銭湯に入るのはとても懐かしかった。東京の銭湯に入ったのは、一体何年振りだろう。自転車で東京都内を走り回っていた私は、銭湯の煙突を見つけては自分で銭湯マップを作って、いろいろな町の銭湯まで遠征していたものだった。

 現在の東京都の入湯料は、何と四百三十円である。私が通い始めた頃は、まだ二百円代だったはずだ。三百円代に値上がりしてから頃も、まだ通っていたが、今ではとうとう四百円代になってしまったようである。利用客が少なくなってしまったからなのだろうか。

東京都入浴料金変遷表

 朝湯に入ってさっぱりした私たちは、上野に戻って朝食を食べて、新橋へと向かうのである。長くなってしまったので、この続きはまた明日。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m まずは皆さんにお知らせです。「ガンまる日記」をお借りしているココログのメンテナンスが、以下の日程で行われます。

◇メンテナンス日時
 2007年1月16日(火)15:00~1月17日(水)15:00の約24時間

この時間帯は、「ガンまる日記」の更新ができません。もしもこの時間帯の前後に更新できない場合は、いつものように、ガンまる日記(ミラー)で更新させていただくことになろうかと思います。

これを書いている現在は、東京より帰宅しています。東京で、友人たちご夫婦に会ったりと、おかげさまで一泊三日の充実した旅となりました。(^^)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.13

雪景色の露天風呂とストーブ列車

 ゆうべは、ガンモが先にすやすやと眠り始めたので、私はじっくりと「ガンまる日記」を書き上げた。しかし、ブログの管理画面にログインし、書き上げた内容を記事に反映させることができたのは奇跡だった。何故なら、常に虫の息ほどの電波状態だったからだ。かろうじてインターネットに接続できたとしても、電子メールを読むこともままならず、サイトを開いてもその内容を表示させるまでにひどく時間が掛かってしまっていた。時間だけがいたずらに過ぎて行く中で、いざ更新という段階になって、まるで、「ほら書きなさい」と言わんばかりに電波状態が急に良好になったのだ。実にありがたいことである。

 今朝の私は、目覚まし時計の力を借りることなく自然に目を覚ますことができた。ゆうべ、夕食前と寝る前の二回、旅館の温泉に入ったのだが、夕食前は夕食まであまり時間がなかったために慌しく、寝る前は深夜だったために浴室の暗さにいらぬ想像力を働かせ、湯船にゆっくり漬かることができなかったのである。それでも、雪景色の露天風呂は格別だった。吸い込まれそうになるほどの暗闇の中に、くっきりと際立つ白い雪。黒と白の絶妙なコンビネーションである。

 他の宿泊客と利用時間がかぶらなかったので、私は温泉と雪景色を独り占めすることができた。しかし、暗闇ばかりでなく、明るい景色もこの目に焼き付けておきたいと思い、少し早起きして朝湯に入ろうと思っていたのだ。ガンモもそれに同意し、朝食の時間まで、ガンモと交代で朝湯に入ることにした。

 案の定、他の宿泊客は誰もいなかったので、私はゆったりと露天風呂を満喫した。こうなると、どうしても露天風呂と雪景色をカメラに収めておきたくなってしまい、部屋にカメラを取りに帰った。もしも撮影中に他の宿泊客がやって来たら、すぐにカメラを収めて出て行こうと思っていた。結局、撮影中も、他の宿泊客は入って来なかったので、私は雪景色の露天風呂をささっと撮影して部屋に戻った。

露天風呂

露天の桶風呂

 桶風呂は、城崎温泉のまんだら湯にもあるのだが、ここの桶風呂は、城崎温泉の二倍近い大きさだった。私は真ん丸の桶風呂が大好きなので、朝から桶風呂の感動に酔いしれていたのだった。

 ゆうべも雪は少し降っていたが、今朝はもっとたくさんの雪が降っていた。南国育ちの私たちには、雪は珍しい。雪は雨のように音を立てて打ち付けることなく、しんしんと静かに降り積もる。そして、解けた雪と低い気温がコラボレーションして、つららという芸術を生み出す。

南国育ちには珍しいつらら

 今回、宿泊した旅館は、碇ヶ関にあるあづましの宿 関の湯である。ここは、源泉の温度が五十五.五度もあるため、冬の露天風呂にちょうどいい熱さとなっている。お料理もお風呂も旅館の雰囲気もとてもいい。旅好きの私たちでも、「この宿にもう一度泊まりたい」と思うことはあまりないのだが、この宿は必ずもう一度来たくなる宿だと思う。

 行きも帰りも旅館のバスで送迎してくださったので、とても助かった。旅館をあとにした私たちは五所川原まで出た。途中、りんごの木が当たり前のように視界に入って来る。冬に見るりんごの木は、他の木と手を取り合っているようにも見えるし、ヨガのポーズを取っているようにも見える。新しい芽が上に向かって伸びているのは実に興味深い。時折、新しい芽の中にりんごが付いている木もあった。

りんごの木

 五所川原で昼食を取り、津軽鉄道のストーブ列車に乗ったのである。ストーブ列車とは、その名の通り、ストーブが設置されている列車である。雪国ならではの列車の一つだ。一つの車両に二つのストーブが置かれていて、時折、車掌さんが燃料の石炭を補給しにやって来る。

ストーブ列車(1)

ストーブ列車(2)

ストーブ列車(3)

 不思議なことに、ストーブ列車に乗っていると、見知らぬ人とのコミュニケーションがはずむ。何故なら、ストーブの上で、自分の持ち込んだ食べ物を思い思いに焼いて食べられるからだ。私は、隣の席に座った人に「するめ」をいただいた。その方が関西弁で語りかけてくださったので、どこから来られたのかと尋ねててみると、やはり、関西方面から来られたのだと言う。しかも、青春18きっぷだけでここまで来られたそうだ。使用中の青春18きっぷを見せてくださったので、思わず駅名の入ったはんこに目をやると、何と、私たちの最寄駅の隣の駅名のはんこが押されていた。つまり、その方は、私たちと同じ市の住民だったのだ。
「私たちは隣の駅が最寄駅なんですよ」
と言うと、その方も驚いていた。

ストーブ列車(4)

ストーブ列車(5)

 ガンモはたいやきと焼き芋をストーブの上で温めた。ガンモがたいやきをストーブの上に置くと、ガンモと同じように、たいやきをストーブの上に並べた人がいて、ストーブの上には三匹のたいやきが仲良く並んだ。五所川原駅前にたいやき屋さんがあるので、ストーブ列車に乗る人たちが考えることは良く似ていたということである。私たちの最寄駅の隣の駅から来られた方は、焼いた「するめ」を他の人たちにも勧めていた。さすが関西人である。

 私たちはストーブ列車を終点で同じストーブ列車に乗って折り返し、五所川原から更に元来た道を少しだけ折り返した。そして、次の目的地に向かうため、現在は寝台特急に乗って移動中である。

現在は、これに乗って次の目的地に移動中

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 東北に向けて出発する前は、せっかく東北に行くのに雪がないと東北らしくないなあと心配していました。しかし、私たちが出掛ける少し前に、慌てて雪化粧をしてくれたようです。私たちからすると、雪はたくさん積もっているはずなのに、地元の人たちからすると、雪はまだまだ例年よりも少ないのだとか。宿泊した旅館の最寄駅で地元のおばあちゃんと少し話をさせていただいたのですが、あのあたりは当たり前のように熱い温泉が出ていて、いつも、お湯で洗濯をされているとか。思わず、「いいなあ」と思いましたが、やはり、厳しい冬の寒さを乗り越えている人たちへの、自然からのプレゼントなのでしょうね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.12

失われた時間を取り戻す

 私たちは、午前五時半に起きて、伊丹空港から飛行機に乗ることになっていた。しかし、会社の飲み会に参加しているガンモがなかなか帰って来ない。外資系のガンモの会社は、一月が年度始まりなので、人事異動もこの時期に行われる。今年はお世話になった部長が異動することになり、会社の人たちで部長の送別会を開いているようだ。私は、「ガンまる日記」を書き上げてから午前一時過ぎにガンモに電話を掛けてみた。すると、ガンモはまだ宴会の真っ最中だった。声の様子から、ガンモは今夜の飲み会にはとことん付き合うという意気込みを感じられた。早起きなのに大丈夫だろうかと思いつつも、何年間かお世話になった部長との別れを惜しみながら、お酒も飲めないのに遅くまで送別会に参加して部長を送り出そうとしているガンモに、温かい人間味を感じていた。

 もともとこの送別会は、今日、行われる予定だったらしい。ガンモは今日は旅行に出掛けることになっていたので、ガンモは送別会に参加できないことをとても残念がっていた。すると、誰かがスケジュールを調整してくれたのか、送別会が一日繰り上がり、ガンモも参加できるようになったのだそうだ。ガンモは送別会の前日までに旅行の準備を済ませ、送別会にのぞんだのである。

 私は、午前二時過ぎにベッドに入った。そのまま朝まで目を覚まさなかったのだが、いつの間に帰宅したのか、麻になると、ガンモのほうが早く起きていた。ガンモは、私が五時半にセットしていた目覚ましで起きたと言う。帰宅したのは三時だったそうだ。早起きしなければならない前日に、送別会で帰りが遅くなってしまったことを一言もこぼさなかった。ガンモが本心から、部長を送り出したいと思っていた証である。

 こうして、眠い目をこすりながらも、何とか支度を整えた私たちは、午前六時半過ぎに家を出た。我が家から伊丹空港まで出るには、脱線事故現場を通過することになる。これまでにも何度か脱線事故現場を電車で通過して来たのだが、いずれも夜だったので、脱線事故現場の様子を目にすることはできなかった。しかし、今回は朝だ。脱線事故現場の様子が視界に入って来ることだろう。

 電車は、脱線事故現場を通過する直前になると、速度を緩めていた。やはり、同じ過ちを犯さないように、気を引き締めているのだろう。そう考えると、あの事故は本当に悲惨な事故ではあったが、世の中に対し、同じ過ちを犯さないような強烈なメッセージを送り届ける役割を持っていたのではないかと思う。あれだけ大きな事故が起これば、誰もが自分たちは大丈夫なのかと我が身を振り返ることだろう。そのことで、大事に至らずに済んだ出来事も多いのではないだろうか。

 脱線事故のあったマンションには、事故の傷跡がまだ生々しく残されていた。そして、その先には白い献花台も残っていた。私は、脱線事故のおよそ一ヵ月後に事故現場を歩いて訪れたことを思い出す。あの場所では、言葉にならないほどの空気が流れていた。あれからもう一年余りが過ぎたのだ。

 伊丹駅で降りた私たちは、伊丹空港行きのバスに乗った。今回は、ガンモのバースディ割引を使って、いわて花巻空港に飛ぶのである。バースディ割引なので、通常の料金の半額以下である。空港カウンターで免許証を提示して航空券を受け取ったのだが、バースディ割引ということで、航空会社の方が、ガンモに「お誕生日おめでとうございます」と言ってくださったそうだ。なかなか面白いサービスである。

 飛行機は、ジャンボ機ではなく、こぢんまりした飛行機だった。狭いコックピットの中に機長の姿が見える。
「機長、どうぞよろしくお願いします」
と心の中でつぶやきながら、機内に入った。新幹線と同じ、横三列と横二列の構成だった。設備の整ったジャンボ機も快適だが、このようにこぢんまりした飛行機もなかなか好感が持てる。利用客全員が知り合いのような気がして来るからだ。

 それにしても、伊丹空港から一時間十分程度で花巻に着いてしまうのだから、飛行機がいかに高速の乗り物であるかがわかる。寝不足のためにこっくりこっくりしているうちに、
「あとおよそ十分でいわて花巻空港に着陸します」
というアナウンスが流れ、慌てて目を覚ました。

 着いてからわかったのだが、花巻は宮沢賢治さんの生まれ故郷らしい。私にとって、宮沢賢治さんの作品として心に残っているのは、『注文の多い料理店』だ。「あめゆじゅとてちてけんじゃ」、「オラオラデヒトリエグモ」という言葉も心に残っている。決して明るい響きではないはずなのに、言葉の中に強い意志を感じる。これが、東北の人が隠し持っている強さなのだろうか。「イーハトーヴ」という言葉を生み出したのも、宮沢賢治さんである。宮沢賢治さんは、今でも地元の人たちに愛され続けているのだろう。地元の企業のイメージなどに、それとなく影響を与えている。

 いわて花巻空港から花巻駅まで路線バスに乗り、花巻から盛岡まで出た。盛岡で昼食も兼ねて三時間ほどぶらぶらしたあと、盛岡から大館(おおだて)まで向かう直通列車に乗り、大館で青森行きの列車に乗り換え、青森県のとある温泉旅館に辿り着いた。盛岡から大館までは、およそ三時間もの間、同じ列車に乗り続けることができたので、睡眠不足だった私たちは、列車の中でゆっくりと睡眠時間を取り戻すことができた。美しい雪景色を眺めることもなく、私たちはひたすら列車の中で眠り続けた。おかげで、体調は見事に回復した。列車は、長椅子シートでとても空いていたので、ガンモは長椅子シートに寝転がって寝ていた。ときどき、そういう人を電車の中で見掛けることがあったが、それなりの事情があるのだと理解した。こうして私たちは、過去に失われた時間を取り戻すことに成功した。しかし、美しい雪景色を見ずに眠り続けたという新たに失われた時間は、どこで取り戻されるのだろう。取り戻したと思っている私たちは、また一つ、失ってしまっただけかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m やって来ました、冬の青森です。青森方の皆さん、こんにちは。青森にやって来たのは、二〇〇五年の夏以来でしょうか。あのときは、大阪から寝台特急日本海に乗り、青森で降りました。それから、浅虫温泉に入り、ねぶた祭りを見てから函館行きの特急列車に乗りました。現在、宿泊している旅館にも、青森特有の浮世絵の線を太くしたような力強い絵が飾られています。今回は写真をアップできなくて申し訳ありません。実は、パソコンは何とか立ち上がったのですが、宿泊している旅館からモバイルカード経由でインターネットに接続すると、電波状態が非常に悪く、この記事も確実にアップできるのかどうか、おぼつかない状況であります。それにしても、普通列車の中で眠った三時間は至福の時間でした。温泉の温度も高く、雪景色の露天風呂にも入りました。たくさんのカニ料理をいただきました。冬の寒さは厳しいけれど、東北の温泉はいいですね。東北の人たちがうらやましいです。(^^)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.11

結婚前に確かめ合うべき15の質問

 NYタイムズに、「結婚前に確かめ合うべき15の質問」という記事が紹介され、話題になっているらしい。さて、その「結婚前に確かめ合うべき15の質問」とは、以下の通りだそうだ。

1.子供の出産、育児について
2.金銭の遣り繰りや将来の計画について
3.家事について
4.病歴や精神面での隠し事について
5.どれほど愛しているかについて
6.セックスの好みや性癖について
7.寝室にテレビを置くかについて
8.相手の話(考え方や不満等)を聞けているかについて
9.宗教などの精神的信念、子供に与える宗教観や教育方針について
10.互いの友人を尊敬しているかについて
11.互いの両親を尊敬しているか、両親の問題について
12.互いの家族のことについて
13.結婚に際しての準備について
14.仕事で相手が赴任する場合について
15.結婚に対する互いの心構えを認め合い、どんな困難も二人で乗り越えると信じているかについて。

 じっと項目を眺めてみたのだが、私には、「これは確かにその通りだ」と思える項目があまりないように思える。そもそも、「結婚前に確かめ合うべき」の「べき」に引っかかってしまうのは、私だけだろうか。結婚に「べき」なんて必要なのだろうか。一体誰が、結婚に対して、「べき」などという表現を持ち出したのだろう。

 そう考えているうちに、はたと気がついたのだ。「べき」は、「結婚生活がうまく行かなかった」経験から来ているということに。つまり、ここに挙げられているのは、これらを確認しておかなかったために、結婚生活がうまく行かなかったと思っている人たちが挙げた項目なのではないだろうか。そういう観点で一つ一つを見直してみると、なるほど、納得が行く。例えば、寝室にテレビを置くことによって、何か夫婦間のトラブルを抱えてしまった人や、「セックスの好みや性癖が合わない」という経験をされた方は、これらを結婚前に確認しておくべきだと主張したくなるのだろう。

 では、結婚前にそれらのことを確認しておけば、快適な結婚生活を送ることができたのだろうか。それとも、これらの質問を相手に投げかけることにより、価値観や嗜好の異なる相手との結婚を解消する方向へと進んで行ったのだろうか。

 反対に、私自身がガンモと結婚する前に「確かめ合った」ことを挙げてみよう。(「確かめ合った」という表現にも、少々引っかかってしまうのだが・・・・・・。)どれもあまりピンと来ない項目なのだが、かろうじて挙げるとしたら、1と5と12と13くらいだろうか。15に関しては、あたかももっともだというご意見もあるかもしれないが、私は決して「誓った」わけではない。愛し合う男女に誓いなど必要ないと思っている。

 15の質問をして、相手に確認などしなくても、私たちのようにラブラブな結婚生活を送っている人たちもいる。だから、15の質問をしなかったことで、結婚生活がうまく行くようになるとは思えない。肝心なのは、二人がどれだけ引き合っているかだ。質問の項目からすると、5が一番大切だということになるのだが、どうしても、「確かめ合う」と「べき」という表現の前で立ち止まってしまうせいか、あまりピンと来ないのが本音である。

 だから、私なりに、もしも私がこれから結婚しようとする人に対し、チェックポイントを挙げるならという観点で書いてみた。以下のような感じである。

1.自分の直感に従うこと。

 結婚相手は、理性よりも、直感が連れて来てくれる。例え周りが勧める結婚であっても、その結婚に対して自分自身がわくわくしないのなら、自分を騙してその結婚話を無理に進めず、もう少し独身でいたほうがいい。

2.友達や家族に紹介したい相手であること。

 相手への想いをオープンにできることは、魂が知っている何かを引き出してくれる相手だと思う。中には、ゴールインするギリギリまで付き合っていることを隠しているカップルもいるが、魂が喜び始めると、到底隠し切れないものである。

3.相思相愛で、対等な関係を築いて行けること。

 一人の相手と長く向き合って行くには、エネルギーのバランスが大切である。どちらかの想いが強かったり、また、どちらかが一方的に我慢するような関係は長続きしないことが多い。何よりも一番大切なのは、二人の間に流れる愛のエネルギーのバランスだ。二人が相思相愛で、対等な関係を築いているなら、運命は、二人に道を譲るしかないのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 明日は休暇を取って、週末と併せてまたまた旅に出ることになっています。平日はめいいっぱい仕事をしているので、ほんの少し骨休みをして来ます。持ち歩いているノートパソコンの調子が悪く、なかなか立ち上がらなかったりするので、旅行中も通信環境はあまり良くないかもしれません。おまけに、32Kの超ナローバンドで通信環境がひどく遅いため、ここのところ、皆さんのサイトへの訪問がすっかり滞りがちですみません。ブロードバンド環境の整っている自宅にいる時間があまりにも短すぎるため、このような状況になっています。どうかご容赦くださいませ。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.10

ハワイで買ったお守り

 三連休が終わっても、ガンモは昼と夜を逆転させたままだった。ガンまるコムのディスクが壊れてしまい、徹夜で対応したことも、昼と夜の逆転を修正できなかった原因の一つだ。

 連休明けのきのう、ガンモは早朝から起きて活動していた。
「何時に起きたの?」
と尋ねると、四時だと言う。夜、眠りに就いたのは確か二時過ぎだったので、ガンモは二時間くらいしか寝ていないことになる。相変わらず、夜になっても眠れないのだそうだ。今日から仕事だと言うのに、仕事に差し支えないのだろうか。肉体的にも大丈夫なのだろうか。私は、その時点で既に残業が確定していたので、
「仕事が終わったら、早く家に帰って寝てな」
とガンモに言った。

 夜、残業のために社員食堂でご飯を食べながら、ガンモに「メシ・残業」コールを入れたとき、ふと思い出したことがあったので、私はガンモにそれを伝えた。
「ねえねえ、そう言えば、ハワイの薬局で買った睡眠薬があったよね。どうしても眠れなかったら、試してみたら?」

 去年の夏休みにハワイに出掛けたときに、天然のプロゲステロンクリームを購入するために薬局に行った。その薬局では天然のプロゲステロンクリームを扱っていなかったのだが、ホームセンターのような薬局だったので、私はハワイの滞在に必要なものをあれこれ買い物かごの中に入れていた。

 すると、しばらく他の売り場を彷徨っていたガンモがさささと寄って来て、私の持っていた買い物かごの中に素早く何かを入れた。私はそれが何であるのかをまったく確認せずに、そのままレジに進み、お会計を済ませた。ガンモが買い物籠に投げ込んだのはお菓子か何かだろうと思っていたのだ。

 お会計を済ませてガンモのところへ行くと、ガンモは、
「さっきのあれ、買ったの?」
と言う。一体何を入れたのかと思えば、ハワイの薬局で市販されている睡眠薬だったのだ。ハワイでは睡眠薬が正々堂々と売られているので、試しに買ってみようと思ったらしい。しかし、購入するときに、レジの人に何か聞かれるのかと心配だったので、私の様子をそっと見守っていたらしいのだ。実際、レジでは何も聞かれなかった。そうして購入した睡眠薬も、日本に持ち帰っただけで開封さえしていなかった。

 さて、きのう、仕事を終えて職場をあとにした私は、既に仕事から帰宅しているガンモに電話を掛けて、
「もしもあの睡眠薬を飲むなら、使用方法と量をちゃんと守ってよ」
と言った。睡眠薬は、日本ではきちんと医師の処方を受けてから服用する薬である。ハワイでは気軽に売られているとは言え、これまで一度も服用したことのない睡眠薬に対し、少し不安があったのだ。

 私が帰宅すると、ガンモはベッドの中で横になっていた。布団の上でノートパソコンを開いているが、私がガンモの顔を見ると、ガンモはトロンとした目を向けて来る。結婚して十年にもなるが、ガンモのそんなトロンとした目を見たのは初めてのことだった。まさか、本当に睡眠薬を飲んだのだろうか。私は不安になり、
「もしかして、睡眠薬を飲んだの?」
と尋ねた。すると、ガンモは、
「ううん」
と否定を意味する返事をした。私は、確認するために、もう一度同じことを尋ねてみた。すると、ガンモも同じ答えを返して来た。
「じゃあ、睡眠薬は飲んでないのね?」
と念を押すと、今度は、
「うん」
という答えが返って来た。私はほっと胸を撫で下ろした。ガンモが睡眠薬に頼ることなく、夜、寝られるようになったからだ。

 私は、眠っているガンモの邪魔にならないように、「ガンまる日記」を静かに書き上げた。午前一時半過ぎに書き上がったので、寝る準備を整えてからベッドに行くと、ガンモは目を覚まさずにぐっすり寝ていた。やはり、二時間しか寝ていなかったのが、かなり効いたようである。翌朝、ガンモは、
「久々にぐっすり眠れた」
と喜んでいた。

 こうしてガンモは、睡眠薬の力を借りることなく、自力で昼と夜の逆転を元に戻すことができた。めでたし、めでたしである。ハワイで買った睡眠薬は、一種のお守りだ。今回の危機は脱したが、いざというときのために取っておこうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最近、鳩の記事を楽しみにしてくださっている方がいらっしゃるようですね。どうもありがとうございます。いつか、父ちゃんと新しいお嫁さんの写真を撮影して掲載したいと思います。それにしても、ここのところ、Windows Vista対応のために忙しい毎日を送っています。仕事を終えてから「ガンまる日記」を書いているので、かなり寝不足にはなりますが、今はこの忙しさが苦痛ではありません。この調子で、まだまだ私の技術者としての生活は続いて行くのでしょう。そう言えば、先日の元旦の日に、パソコンに一月一日と表示されているのを見て、ギクリとしてしまいました。私と同じソフトウェア業界で働いていらっしゃる方ならわかってくださるかもしれませんが、一月一日というのは、値がデフォルトに戻ってしまったときに表示されるエラーの日付です。その表示を見ると、自分の作ったプログラムがうまく動いていないのではないかと、ギクリとしてしまうのですね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.09

真冬の愛の巣

 鳩の父ちゃんが新しいお嫁さんをもらったことは、以前、父ちゃんの求愛に書いた通りだ。あの記事からほどなくして、父ちゃんの新しいお嫁さんは、父ちゃんと一緒に私たちの与える餌を食べるようになった。最初のうち、新しいお嫁さんは、遠慮がちに餌箱に近づいて来て、餌箱の近くに落ちている餌を拾って食べていた。その姿がどことなくお上品に見えたので、父ちゃんの新しいお嫁さんは、きっと育ちのいいお嬢さんに違いないと思っていた。

 そんな新しいお嫁さんも、次第に警戒心を解いて来たのか、私たちが見ていても、父ちゃんと肩を並べて一緒に餌箱をつつくようになった。父ちゃんはまるで、新しいお嫁さんに、
「ここはいいだろう。冬でもこうして餌にありつけるんだぜ」
と自慢しているかのようだった。

 父ちゃんの求愛はその後も何度か続いた。やはり父ちゃんは、新しいお嫁さんを自分の息子であるビッグと取り合っているようだった。二羽揃って低い声で鳴きながら、落ち着きのない様子でくるくると回っている。しかし、新しいお嫁さんは、ビッグの求愛には応えようとせず、いつも父ちゃんと連れ立っている。

 やがて父ちゃんは、ベランダに細い木の枝を運んで来るようになった。まさか、こんな真冬に新しいお嫁さんとの愛の巣を作るつもりなのだろうか。ガンモがインターネットで調べた情報によると、鳩が卵を産むのは、年間を通して十一月くらいまでらしい。今はもう一月だ。こんな真冬に卵を産んで雛を育てるなんて、そんな無茶なことはしないだろう。

 ところが、先日、ガンモがベランダの掃除をしているときに、父ちゃんと新しいお嫁さんの愛の巣を見つけたと言う。ガンモは、
「巣ができてる」
と苦笑いしながら私に報告してくれた。
「まさか、こんな真冬に卵を産むつもりじゃないよね?」
と私が言うと、ガンモは、
「わからん」
と言った。私たちは、
「父ちゃんのエッチ!」
と言いながら、父ちゃんを冷やかしていた。こんな真冬だと言うのに、新しいお嫁さんをもらったら、せっせと愛の巣を作り、子作りの準備を整えているからだ。

 確かに、父ちゃんと新しいお嫁さんも仲がいい。しかしガンモは、以前の母ちゃんとの思い出が強烈なのか、
「でも、まだ乳繰り合って(ちちくりあって)るとこを見たことないだろ?」
と私に言った。ガンモの言う乳繰り合うとは、鳩が嘴を使ってキスをすることである。父ちゃんと、以前の母ちゃんは、私たちの見ている前で良く乳繰り合っていた。そんな姿を、私たちは微笑ましいと思いながら見守っていたものだった。

 あるとき、寝室の窓からベランダを眺めていると、父ちゃんと新しいお嫁さんが、嘴を使ってキスをしているのが見えた。例え鳩であっても、男女が仲睦まじくしている姿はとても微笑ましい気持ちになるものだ。ちょうど休日で、ガンモは仕事に出掛けていたので、私は仕事から帰って来たガンモへのお土産話にそのときの様子を話して聞かせた。するとガンモは、
「父ちゃんと新しいお嫁さんが乳繰り合っているところを、この目で確かめてみたい」
と言った。

 その数日後、ガンモもとうとう、父ちゃんと新しいお嫁さんが乳繰り合っている現場を目撃したらしい。ガンモは、
「新しいお嫁さんのほうが父ちゃんにキスしてる。これまでは反対だったのに」
と言った。ガンモの言う「これまで」とは、以前の母ちゃんとのことである。鳩の雄は情熱的に雌に求愛し、雌も情熱的にその求愛に応えるようである。

 そして、今日のことである。ガンモが台所に立ったとき、ふとベランダの様子をうかがってみると、父ちゃんと新しいお嫁さんとの愛の巣に、卵が一つあったそうだ。
「あいつら、この真冬に子供を産んで育てる気なのかなあ」
とまたまたガンモが苦笑いした。いやはや、このような厳しい寒さの中で卵を産むなんて、実に強烈な引き合い方だ。こうして、父ちゃんと新しいお嫁さんの、愛の共同作業が始まったわけである。

 それにしても、卵が孵って雛が生まれたら、新しいお嫁さんのことを何と呼んだらいいのだろう。以前の母ちゃんのことを、以前の母ちゃんと呼ぶことにして、新しいお嫁さんのこともやっぱり母ちゃんと呼ぶことにしようか。

 父ちゃんとそっくりな柄(がら)の新しいお嫁さん。きっと、これまでの子供たちとは違う柄の子供たちが生まれることだろう。寒さに負けず、元気に孵ってくれることを祈るばかりだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 父ちゃんの情熱的な求愛から始まって、真冬だと言うのにせっせと愛の巣を作り、早くも子作りにはげんだ父ちゃんと新しいお嫁さん。動物は、子供を産んでもどんどん突き放します。だからでしょうか。こんなにもせっせと子作りにはげむのは。(笑)そう言えば、長い間、巣立ちをしなかったスモールも、ようやく巣立ちをしたようです。スモールと同じ頃に生まれたビッグは、まだ巣立ちをしていないようですが、時間の問題でしょう。

ところで、皆さんにお知らせとお願いです。以前からチラチラと話題にはしていましたが、Windows Vista対応のため、仕事が本格的に忙しくなって来ました。二月半ばくらいまで、ウィークディは深夜の帰宅が続くことになりそうです。皆さんからいただいている掲示板のコメントの返信が更に遅延してしまいそうです。申し訳ありません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.08

ガンまる駅伝

 0時を過ぎた頃だったろうか。ガンモが突然、
「うちのサーバ、ダウンしてる」
と言った。私は半信半疑で、
「ホントに?」
などと言ったが、ブラウザからアクセスしてみると、確かに表示されなかった。
「おかしいな」
と言いながら、ガンモはマシンルームに行き、ガンまるコムの稼動状況を確認しに行った。このとき私は、サーバを再起動するだけで復旧するだろうと軽く考えていたのだ。何故なら、これまでにもガンまるコムは何度かシステムダウンしたことがあったからだ。しかし、システムダウンする回数が次第に増えて来たので、およそ一年ほど前に新しいサーバに切り替えた。それからは、時折CGIの動きはおかしくなるものの、ほとんどシステムダウンすることもなく、快適に動作していたはずだった。

 しかし、何十分経ってもガンモはマシンルームから帰って来なかった。これはおかしいと思いつつ、ブラウザでガンまるコムにアクセスしてみると、私がずいぶん前に作成した古いホームページが表示されているではないか。一体何が起こったと言うのだ? 私は青くなり、ガンモに声を掛けた。
「どうして古いホームページが表示されてるの? 一体何が起こったの?」
するとガンモは、
「ガンまるコムのディスクが壊れた。OSが立ち上がらない。だから、前に使ってた古いサーバをガンまるコムとして立ち上げた」
と言う。

 何ということだ。以前はデータのバックアップをまめに取っていたのに、私が使っているデスクトップのDVD-RWが壊れてしまってからは、バックアップを怠っていた。そんな状況の中、ガンまるコムのディスクが壊れてしまい、およそ一年前に稼動させていた別のサーバのバックアップしか存在していないとは・・・・・・。私は、目の前が真っ暗になった。

 結局私は、そのまま午前四時くらいまで起きておろおろしていた。「ガンまる日記」もまだ書き上げていなかった上に、ディスクが壊れたことも気にかかっていた。私はとにかく、皆さんがせっかく書き込んでくださったおよそ一年分の掲示板のログを消失してしまったことが気がかりだった。まだまだ返信できていないコメントがたくさんあるというのに・・・・・・。かろうじて、私が自宅で使っているデスクトップパソコンの中に、一年前の掲示板のログが残っていたので、それらをせっせとガンまるコムに転送した。ホームページの背景画像なども、ずいぶん変更していたので、それらもあわせて転送した。ようやく転送が終わり、それから「ガンまる日記」を書き上げると、とうとう力尽きてしまい、私はベッドに横になった。

 年末から夜勤の仕事が多く、すっかり夜行性に変身してしまったガンモは、ガンまるコムから取り外したディスクを別のパソコンに挿して、ディスクの中身を確認していた。ガンまるコムはガンモの自作パソコンなので、ディスクは引き出しの中に納まっている。ディスクの入った引き出しを本体から取り外し、別のパソコンに挿すことで、例えそのディスクに入っているOSが起動しなくても、別のパソコンに接続されたディスクとして認識され、ディスクの中身を参照できる場合があるのだ。

 しかし、ガンまるコムのディスクにアクセスしたところ、ディスクから異音が聞こえて来た。これでは復旧は難しいかもしれないとガンモは言った。それでも、その後、ファイルシステムの整合性チェック(chkdsk)が始まり、めでたく正常終了したそうだ。正常終了したということは、ファイルシステムの修復が可能だったということである。

 とうとう力尽きてしまった私は、ガンモよりも先に眠ってしまった。朝になって、私が目覚めると、ベッドの横にある電気スタンドが点いていた。この電気スタンドは、私が寝る前に、もう少ししたらガンモもベッドにやって来るだろうと思って点けていたのだ。しかし、朝になっても電気スタンドの灯りが点いたままであるということは、ガンモは徹夜したのだ。

 ガンモはひとまず自分のデスクトップパソコンにガンまるコムのデータを丸ごとコピーし、それから何時間もかけて、コピーしたデータをガンまるコムのバックアップ用サーバに再びコピーしたそうだ。途中、何度も何度もコピーに失敗し、その度にやり直したと言う。ガンモの努力のおかげで、ガンまるコムを復旧させることができたのである。

 私が起きると、ガンモは、
「まるみは良く寝るね。ベッドの側でこんな灯りが点いていても寝られるんだから」
と言った。若い頃の私は、寝ることに関して、もっと神経質だったはずだ。しかし、ガンモと結婚してからは、良く眠れるようになった。何しろ、ガンモが夜中に仕事で呼び出されて出て行ったことにも気づかず、また、朝方、ガンモが仕事から帰って来たことも知らずに寝ているくらいなのだから。しかも、いまだにシングルベッドに仲良く寄り添って眠っているというのに。

 ガンモは私に、ガンまるコムの復旧に関する残作業を手短に話した。そして、
「眠い」
と言いながらベッドに潜り込んだ。私は、
「わかった。あとは私に任せて」
と言って、箱根駅伝のように、ガンモからガンまるコムの復旧作業を引き継いだ。

 私が行った作業は、ガンまるコムのサーバの運営に必要なファイルを最新の状態に更新することだった。今回、ディスクの中身を移行したサーバは、二〇〇五年の十一月頃まで実際に稼動させていたサーバである。ガンモがコピーを行ったのは、ホームページを構成するデータの部分についてのみであり、インストール作業が必要なプログラムの部分までは手が回らなかったそうだ。そこで、サーバの運営に必要なプログラムを最新にする作業を私が引き継いだのである。

 ガンモが寝ている間に、私はサーバの運営に必要な最新のプログラムをダウンロードしてインストールした。こうして、ガンモから引き継いだ復旧作業は無事に終了し、ガンまるコムが稼動し始めたというわけである。

 夕方になってガンモは目を覚ましたが、せっかくの休日で、夜行性を卒業するチャンスだったのに、またまた留年してしまった。明日からの昼間の仕事に差し支えなければいいのだが。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンまるコムのシステムダウンの件では、皆さんにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。心よりお詫び申し上げます。ところで、お正月休みにガンモの実家に滞在しているときに、テレビで箱根駅伝を見ました。いつもはこの手の番組はまったく見ないのですが、注意して見ていると、私の出身校の人たちも頑張って走っていました。関東の大学を卒業した人でなければ、なかなか楽しめないと言われている箱根駅伝ですが、私が見なくても、後輩たちはいつも頑張っていたんですね。でも、次の人にたすきを渡せない場合もあるということを、今回、初めて知りました。一生懸命走っても、たすきを渡すことができないのは無念でしょうね。それにしても、箱根駅伝で走っている人たちは、一体何のサークルなんでしょう。駅伝サークルなんてあったかしら? ちなみに、私の出身校は九位でした。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.07

ホットヨガ(二十六回目)

 今年初めてのホットヨガのレッスンを神戸店で受けた。家を出るのが思いのほか遅くなってしまい、レッスン着に着替えてスタジオに入ったのは、何とレッスン開始のおよそ二分前だった。これまで、これほど遅くなったことは一度もなかったはずなのに、新年早々、滑り込みセーフとなってしまった。

 スタジオに入るのが遅くなってしまうと、いつも必ずと言っていいほど空いているマットがある。それは、鏡と鏡の繋ぎ目に当たるマットだ。スタジオには前面と側面に鏡があるのだが、一枚の大きな鏡ではなく、鏡を複数枚繋げている。鏡の繋ぎ目に当たるマットに立つと、身体の半分がいかにも不自然な形で映し出される。そのため、繋ぎ目の部分に当たるマットは不人気なのか、いつも最後まで残っているのだ。つまり、ほとんどの人たちは、鏡に写る自分の姿を意識しながらマットを選んでいるということである。私は、残っていた繋ぎ目の部分に当たるマットに、やれやれと腰を下ろした。

 今回は、九十分のベーシックコースではなく、七十五分のアクティヴコースを受けた。このコースのレッスンを受けたのは、今回で二回目だ。以前のレッスンは確か、三宮店で受けた。そう、ポーカーフェイスの女性とご対面した日である。

 今回のインストラクターは、ホットヨガ(二十四回目)のレッスンでインストラクターをつとめてくれた馴染みのインストラクターだった。彼女は私の名前を覚えてくださっているのか、受付で私がロッカーの鍵を返す前に、私の会員証を返却してくださることが多い。だから、彼女の前では何となく、アクティヴコースの劣等生になってしまうのは恥ずかしかった。

 アクティヴコースは、下半身に重心を置くポーズが中心となっている。ポーズもかなりアレンジされていて、難しいものが多い。今回、レッスンを受けた人の数は、私を入れて十六名だった。アクティヴコースは、ベーシックコースのレッスンに慣れた人を対象としているため、レッスンを受ける人たちの中にはかなりの上級者もいた。私のすぐ隣にいた人は、インストラクターの説明よりも前に、ささっとポーズを決めていた。私には、身体が固くて取れないポーズだったり、脂肪が邪魔をして取り辛いポーズもあった。アクティヴコースの劣等生になりたくないと思いつつも、身体がなかなか言うことをきいてくれなかった。

 以前も書いたが、上級者と思われる人たちの身体は既に出来上がっている。余分な脂肪のない身体に玉のような汗が噴き出しているのを見ると、私は美しいとさえ思う。既に身体が出来上がっている人たちは、自分の身体と仲良くしているのがわかる。もっとも顕著なのは、足を抱え込むポーズを取るときだ。自分の身体と仲良くしている人たちは、足を大事そうに抱え込む。しかし私は、まるで聞き分けのない子供でも扱うかのように、足を抱え込むのだ。

 それにしても、ホットヨガのレッスンは寡黙だ。良く、サウナのあるスーパー銭湯に行くと、常連のお客さん同士がコミュニケーションを取っているが、ホットヨガにはそのような雰囲気は一切ない。コミュニケーションがどのようにして始まるのか、すっかり忘れてしまうほどだ。レッスンを受ける人が毎回同じ顔ぶれで、更にもっと少人数のレッスンならば、お互いに何かが始まるのかもしれない。

 レッスンを終えたあと、神戸方面に仕事に出掛けていたガンモと待ち合わせをして帰宅した。ガンモは今日、待機要員だった。ゆうべ、夜中にコールセンタから呼び出され、仕事に出掛けて行ったガンもは、朝、私が目を覚ます頃には私の隣で寝ていた。ガンモが帰って来たことに気づかずに寝ている私は幸せ者かもしれないが、起きたときに、夜中に出掛けて行ったはずのガンモが隣で寝ているのを確認するのはもっと幸せ者だ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、自宅サーバのガンまるコムのディスクが壊れてしまい、かなり動揺しています。皆様には大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。およそ一年分の掲示板のデータなどをすべて消失してしまいました。ガンモがディスクを復旧させるために頑張ってくれるようですが、ディスクにアクセスしようとすると異音がしているらしく、望みは薄いようです。最近、私のノートパソコンの調子が悪くなったり、自宅サーバのディスクが壊れたりと、何やら磁力に関係することで不具合が発生しているようです。エネルギーのバランスが崩れているのか、それとも、バランスを保とうとしているのかわかりませんが、そう言えば、去年から電動のものがいろいろ壊れています。パソコンに関しては、まめにバックアップを取るように心掛けていたはずですが、私が自宅で使っているデスクトップに取り付けているDVD-RWも壊れてしまっていたのです。アンラッキーなときは、いろいろな要因が重なるものですね。寿命であれば仕方のないことですが、用意のないまま起こったあまりにも突然の出来事に、ちょっとメゲています。(^^; 皆さんも、普段からバックアップはまめに心掛けてくださいね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.06

敦賀へ

 青春18きっぷのシーズンである。ガンモは、どこかに出掛けようと計画しているようだった。ゆうべ、
「明日はいつもと同じように起きて、ガタンゴトンするから」
とガンモが言った。ガタンゴトンというのは、ガンまる用語で青春18きっぷを使用した普通列車の旅のことである。行き先を尋ねてみると、福井県の敦賀だと言う。昨年十月のJR西日本のダイヤ改正で、京阪神を走っている新快速電車が敦賀まで直通運行するようになった。そこで、青春18きっぷを使って、敦賀まで出掛けようと考えたらしい。

 敦賀と言うと、私たちはこれまでにも何度か訪れている。青春18きっぷを利用したガタンゴトンツアーでは、敦賀への停車時間が長いため、駅のホームで寿司弁当を買うことが多かったのだが、実際に駅の外に出て街を歩き回ったこともある。銀河鉄道999の松本零士さんの作品のオブジェが街のあちこちに見られるのが特徴的だ。

 敦賀の街を歩き回ったのは、ちょうど九月のお祭りのときだったと思う。氣比神宮に足を運んでみると、たくさんの露店が並んでいた。その中におばけ屋敷もあり、私たちは興味本位でそのお化け屋敷に入ってみた。しかし、ほんの軽い気持ちで入ったそのお化け屋敷で、私たちは生まれてこのかた、お化け屋敷として一度も体験したことのないほどの恐怖を感じることになった。いや、決して、本物のお化けが出て来たというわけではない。そのお化け屋敷では、機械じかけて動く人形ではなく、生身の人間がお化けを演じていた。お化けの人形ならば、単に機械的に観客を驚かせるだけで、観客を追いかけては来ないだろう。しかし、生身の人間が扮するお化けは、観客を追いかけて来るのである。暗闇の中で人間の扮するお化けに追いかけられると、例えそれがパフォーマンスだとわかっていても、激しい恐怖を感じる。人間の動きは予測できないことが多いため、機械じかけの人形から成るおばけ屋敷よりも迫力があるのだ。生身の人間の恐ろしさを知った私たちは、出口を見つけると、大声を挙げながらまっしぐらに外に向かって飛び出した。出口に辿り着いたときには、命拾いをしたとさえ感じたものだ。「ほうほうの体(てい)で逃げ帰る」という言葉は、まさしくこういうときに使うのではないだろうか。

 さて、今回の旅は、あいにくの雨となってしまったため、土日のみ運行されている「ぐるっと敦賀周遊バス」に乗り込み、「敦賀きらめき温泉リラ・ポート」へと向かった。京阪神から新快速電車で敦賀まで直通で出掛けられるようになったからだろうか。敦賀駅も「ぐるっと敦賀周遊バス」も、とにかくたくさんの人たちで賑わっていた。駅の公衆トイレも長い行列ができていた。聞こえてくるのは、どこもかしこも関西弁ばかりだった。

 特に、一時間に一本だけ運行されている「ぐるっと敦賀周遊バス」は、路線バスよりも少し小さめの車内にたくさんの人を詰め込むものだから、停留所で誰かが降りようとする度に、立っている人たち全員がいったんバスから降りて、降りようとする人たちのために道を開けなければならなかった。また、停留所に着く度に、バスが来るのを待っていた人たちをすべて拾って行った。

 こうした状況はかなりのストレスになり、「全員乗せずに次のバスに乗ってもらうようにすればいいのに、あまりにも詰め込み過ぎだ」と、利用客からは厳しい批判の声が上がっていた。しかし、一時間に一本という運行スケジュールは、これまでの利用客の数を考慮しながら、じっくりと練られたスケジュールであるはずだ。一時間に一本の運行だからこそ、次のバスまで利用客を一時間も待たせるよりも、すべての利用客を拾って行きたいとバスの運転手さんが思うのも当然のことだろう。雨天といえども、敦賀行きの新快速電車が到着したばかりの時間帯で、おまけに三連休ということも手伝って、車内がとても込み合っていたと考えられる。

 そんな混雑した車内で、禁煙の札が掲げられているにもかからわず、堂々と煙草をふかしている人がいたのには驚いた。彼に対し、誰も何も言わなかったが、もしも私が彼に一言言うとしたら、どんな言葉を投げかけただろう。
「このバスの中は禁煙ですよ」
だろうか。いや、違う。それでは、「禁煙」という「ルール」を守るために煙草を吸わないように注意しているかのようだ。「ルール」を守ることが目的ではない。
「このバスに乗っている多くの人たちが、あなたの煙の道連れになっています。でも、逆にあなたは、ここにいる人たちの道連れになることができますか?」
こんなところだろうか。

 そうこうしているうちに、ようやく目的地のリラ・ポートに着いた。リラ・ポートは、露天風呂や温泉プールもある天然の日帰り温泉施設である。ちょうどお昼どきだったので、私たちはお風呂に入る前に腹ごしらえをすることにした。ガンモがインターネットで調べて、リラ・ポート内のレストランで食べられるかにかにバイキングを楽しみにしていたのだが、かにかにバイキングは既に予約でいっぱいだと言われてしまい、ガンモはとてもがっかりしていた。私たちは仕方なく、一般メニューの中からもっとも敦賀らしいメニューを選び、おいしくいただいた。

 お腹がいっぱいになったので、和室の休憩所でしばらく休んでからお風呂に入ることになった。休憩所では、私が持ち歩いているノートパソコンがモバイルカードを認識しなくなってしまったので、ガンモに診てもらった。ガンモは普段から持ち歩いているミニドライバを取り出して、私のノートパソコンを分解し始めた。さすがハード屋さんである。落ち着いて、ロジカルに一つずつ部品を取り外していた。ガンモは、取り外したネジが転がってしまわないように注意を払いながら、ミニドライバのケースの中に大事そうにしまいこんだ。そしてとうとう、モバイルカードが認識されない原因をつきとめた。私がモバイルカードを奥に挿し過ぎて、中のハンダが取れてしまっていたのだ。

 ガンモは、まるで素晴らしいアイディアでも思いついたかのように、
「スロットが壊れてインターネットに繋がらなくなってるから、まるみのパソコンはスタンドアローンだよ。今日の『ガンまる日記』のタイトルは、『続・スタンドアローン』にしたらどう?」
と言った。私は苦笑いをした。実際は、イーサネットのLANの口が生きているのでスタンドアローンではない。また、これまで使用していたスロットがモバイルカードを認識してくれなくても、もう一つスロットが生きているはずなので、アダプタを使ってそのスロットにモバイルカードを挿せば何とかなりそうだ。原因がわかったので、ガンモは再び慎重に私のノートパソコンを元に戻した。

 休憩所で周りを見渡していると、家族連れや友人同士と思われるグループがのんびりとくつろいでいた。敦賀駅からの「ぐるっと敦賀周遊バス」と言い、リラ・ポートと言い、三連休の初日である今日、多くの人たちが敦賀にやって来て、リラ・ポートでお風呂に入ることに同意したわけである。私たちもその中の一人だとすると、普段、別々の場所に存在している人たちが、同じ日の同じ時間帯、同じ場所に集まるということは、彼らと私たちは「気が合った」と言うことができるのではないだろうか。そう考えると、「ぐるっと敦賀周遊バス」が混雑していたとしても、「気の合う人たちが集まった」ととらえることができる。

 食後のお腹も次第に落ち着いて来たので、私たちはお風呂に入ることにした。水着を着用して利用する温泉プールは男女一緒だが、お風呂はもちろん、男湯と女湯が別々だった。私たちは、和室の休憩所で待ち合わせることにして、それぞれのロッカールームへと向かった。

 いつも、ホットヨガでお世話になっているロッカーだが、リラ・ポートのロッカーは、ホットヨガに設置されているロッカーのおよそ一.五倍はあっただろうか。広々としていて、私の大きなリュックも受け入れてくれた。お風呂の施設としては、露天風呂や座風呂もあり、カランも充実していた。今回、私たちは利用しなかったが、さきほども書いたように水着で入る温水プールもある。しかも、和室と洋風の休憩所の他、仮眠室もあるらしい。これだけの施設を利用できて千円というのは、とてもリーズナブルな値段だと思う。おまけにアルカリ性が強く、肌がすべすべして来るのを実感するほど気持ちのいい泉質だ。ただ、三朝温泉のように、下からこぽこぽ沸いて来る贅沢な温泉ではなく、掛け流し式の温泉である。そのせいか、少し塩素の臭いが漂っていた。

 それでも、休憩室や仮眠室を利用しながら一日ここに居れば、何度でもお風呂に入ることができる。それだけ人気も高いのか、団体客も多く、団体客を運ぶマイクロバスが出入りしていた。団体旅行でなくとも、京阪神から直通の新快速電車に乗って気楽に敦賀に来られるなら、青春18きっぷを使って敦賀まで足を伸ばしてみるのもいいかもしれない。

 お風呂の中は、利用客は多いものの、混雑を感じるほどではなかった。私たちはゆったりとお湯につかり、休憩所でたっぷりと休憩してから、再び「ぐるっと敦賀周遊バス」に乗って敦賀駅まで戻った。帰りの「ぐるっと敦賀周遊バス」は、行きとは違ってずいぶん空いていた。

 敦賀からの帰りは、行きと同じ新快速電車には乗らず、小浜線、舞鶴線、山陰本線を経由して福知山線に入り、脱線事故のあった場所を通過して帰宅した。途中、福知山線で人身事故があり、五十分程度、電車が遅れたが、何とかその日のうちに帰宅することができた。なお、人身事故は死亡事故には至らず、意識不明の重体だそうだ。私たちはほっと胸をなでおろしたが、その方のこれからの人生は、これまでよりももっと大変かもしれない。

 今回のガタンゴトンツアーは、行きと帰りでルートを変えたことと、これまで乗り潰しができていなかった一部の区間を乗り潰すことができたので、ガンモとしても達成感があったようだった。今後、敦賀は、青春18きっぷが余ったときにふらっと訪れてみたい場所の一つに加わるかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 新快速電車が敦賀まで運行するようになってから、福井県がこれまでよりも近くなった気がします。私たちが京都方面の新快速電車に乗るときは、いつも尼崎から乗っているのですが、尼崎から二時間程度で敦賀に着きました。ただ、青春18きっぷのシーズンということもあって、電車の中はひどく混み合っていました。この時期は、ご年配の方たちがともに連れ立って、たくさん旅行に出掛けられているようです。ちなみに、青春18きっぷの有効期間は今月の二十日までだそうです。そろそろチケットショップに、使い切れなかった青春18きっぷの余り券が売りに出される頃です。これから旅に出掛けられる方は、チケットショップをのぞいて、青春18きっぷの余り券を探されると、いつもとは違う旅ができるかもしれませんよ。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.05

年を重ねて丸くなる

 実家に帰るといつも昼頃まで寝ているガンモが、朝六時頃から起き出して、
「腹減った」
と言った。元旦のお昼過ぎに仕事納めをしたガンモは、昼と夜をまだ完全に逆転させていないらしかった。夜になっても、なかなか眠れないのだと言う。そのため、ガンモの実家に帰省していたときも、私の実家に向かう直前まで、ガンモは布団の中でうとうと眠っていた。

 母が起きていたので、食事の支度をしてもらい、いつもよりもかなり早い朝食を取った。案の定、食事のあとは強烈な眠気に襲われてしまい、私たちは揃ってひと眠りした。しかし、十四時過ぎのフェリーで大阪方面に向けて出発することになっていたので、ひと眠りしたあとはゴソゴソと起き出して、出発の準備を整えたのである。

 結婚するまでは、私の年末年始の休暇が長かった上に、一つの実家に帰るだけで良かったので、私が実家に滞在する期間もそれなりに長かった。しかし、ガンモと結婚してからは、ガンモの仕事の都合により、年末年始に帰省することができたとしても、このように駆け足の滞在となってしまっていた。滞在期間が短いため、結婚してからは、地元の友人たちとほとんど会っていない。そうは言っても、私にとってはガンモと一緒にいることが喜びなので、ガンモを自宅に残し、私だけが帰省するようなことはできる限り避けたかった。

 フェリーに乗る時間が刻一刻と差し迫ってはいたものの、どうしても寄っておきたい親戚の家があった。一年前に亡くなった伯父(と言っても、血の繋がりがあるのは伯母のほう)の仏壇の前で手を合わせておきたかったのだ。

 伯父は一代で会社を築き、父もそこで働いていた。私が小さい頃、私たち家族は伯父の敷地内に土地を分けてもらって建てた家に住んでいた。私は、小さい頃から伯父や伯母がすぐ側にいる環境で育ったのだ。国道沿いに建っていたその家は、しばしばハンドルを切り損ねた車が突っ込んで来た。目の前で起こった交通事故を目撃したこともある。そのときは、私の住んでいた家ではなく、向かいのガソリンスタンドに車が突っ込み、運転していた人が亡くなった。今になって思えば、私の家があった辺りは、何かの通り道だったのかもしれない。私の家に車が突っ込んで来たときに、事故を起こした人と伯父が話しをしてくれたのを覚えている。会社を経営していた伯父は、とても頼りになる人だったのだ。

 当時、伯母はとても厳しい人だった。私が良く口答えをしたからだろうか。私は何度も伯母に口をつねられ、伯母は怖い人だというイメージを焼き付けていた。しかし伯母は、乳がんの手術を受けたあと、一変して性格が丸くなった。そして先日、伯父にお線香をあげるために伯母の家を訪れたとき、以前にも増して丸くなっている伯母の姿がそこにあった。私は伯母に、
「丸くて、かわいいおばあちゃんになりましたね」
と言って伯母の肩を叩いた。

 思えば、伯父と伯母は、二人で一緒に良く旅行をしていた。私の知る限り、二人はいつも一緒だった。だからきっと、伯父が亡くなったことで、伯母は寂しくしているに違いないと思い込んでいたのだが、私の予想に反して、伯母はとても元気にしていたのだ。きっと、伯母の中で、伯父に対する後悔がないのだろうと思う。フェリーに乗るまでの、ほんのわずかな時間ではあったが、久しぶりに再会した伯母たちと楽しいひとときを過ごすことができた。人は、年を重ねるごとに角が取れて丸くなるものだと実感した。

 父母は、私たちをフェリー乗り場まで車で送り届けてくれた。お世話になった父母にお礼を言ったあと、大阪南港まで、七時間二十分もかけての船旅が始まった。次に父母に会えるのはいつのことだろう。私たちは、二等指定の切符を買い、大部屋でごろんと横になった。利用客が少なかったので、自分の席の周辺にある空席も利用させてもらった。このフェリーに関しては、私はこれまで夜行便しか利用したことがなかったので、いつものように混んでいると思い込んでいたのだが、昼間出航する便は利用客が少ないようだ。夜行便は、寝ている間に目的地に着くので便利だからか、いつも混んでいるのである。

オレンジフェリー

 私たちは、毛布をかぶって昼寝をしたり、お風呂に入ったり、ご飯を食べたりして、七時間二十分を有意義に過ごした。お風呂にはサウナもあったので、私はサウナに入って汗を流した。ガンモは睡眠不足を解消するために、実に良く眠った。しかし、さすがに七時間二十分も船に乗ると、飽きて来たらしい。最初の頃は、フェリーの中で好きなことができるので喜んでいたガンモだが、大阪南港に着く頃には、
「長い」
と言っていた。確かに、七時間二十分という時間は、昼間にしては長いが、夜間にしては少々短いかもしれない。夜行便では、さっさとお風呂に入ってしまわないと眠れないので、かなり慌しいのだ。

 やがて、私たちを乗せたフェリーは無事に大阪南港に着岸し、私たちのお正月休みも同時に幕を閉じた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今日が仕事始めの方もいらっしゃるかもしれませんね。しかし、有給を取って、この先の三連休と合わせて連続休暇にされている方も多いのでしょうか。駅の駐輪場も自転車が少なかったですし、電車の中も人影がまばらでした。ところで、一月五日はガンモの四十三回目の誕生日でした。(^^) 私は今日が仕事始めだったのですが、今月はWindows Vista対応のため、残業しなければ仕事が終わらないのに、来週から気を引き締めて頑張ろうと心に誓い、残業するのを見送ってガンモと待ち合わせをして帰りました。これから先、私たちも伯母のように、角が取れてだんだん丸くなって行くのでしょうか。身体が丸くなっているのは事実なのですが・・・・・・。(^^;

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.04

スタンドアローン

 特急列車が私の実家の最寄駅に着くと、私の父母が駅まで車で迎えに来てくれていた。今回は、急な帰省になってしまったにもかかわらず、父母は私たちをあたたかく迎えてくれた。父は、少し痩せたようである。聞いてみると、時間を見つけては一生懸命歩いているのだそうだ。仕事の休憩時間だけでな、寝室にもルームランナーを置いて、身体を動かすことに喜びを見出しているようだった。歩き続けることで、既に五キロも痩せたとかで、もっともっと歩いてもっともっと痩せるのだと意気込んでいた。

 私たちはその足で、祖母の入院している病院へと向かった。祖母が入院してからもう八年にもなろうとしている。その間、母は献身的に祖母の世話をして来た。このあたりの事情に関しては、以前、祖母の涙に書いた通りだ。

 祖母は、私がお見舞いに行く度に病室が変わっている。母は、他の患者さんのお見舞いにやって来る人たちや、看護師さんたちと親しそうにコミュニケーションを取っていた。出会う人をすぐに友達に変えてしまうのは、母の特技でもある。

 かつては自転車に乗って元気に私の実家まで遊びに来ていた祖母は、私がベッドを覗き込んでも、もはや声を掛けてはくれない。それでも、母は一生懸命、祖母に語り掛ける。母が語りかけると、意志を持った祖母の瞳が遠慮がちに動く。祖母の瞳は、既に視力を失っているようだが、私を認識してくれているようにも見える。何故なら、声にはならないが、口を動かして何か語ろうとするからだ。

 同室の患者さんは、祖母と同じくらい高齢のおばあさんたちばかりだ。病室の奥のほうのベッドで寝ているおばあさんが、ぶつぶつと独り言を言っているのが聞こえて来る。また、祖母の隣のベッドで寝ているおばあさんは、手を差し出して何かを求めようとしている。母に尋ねてみると、手を差し出すのがそのおばあさんの癖なのだそうだ。

 手を差し出すおばあさんは、入院したての頃、特別室に運ばれたのだと言う。そのとき、
「警察が来る!」
と言って、自ら病室に鍵を掛け、誰も寄せ付けないように引き篭もってしまったのだそうだ。どうやらおばあさんは、自分が病院に運ばれたことに気づかず、逮捕でもされてしまったのかと思い込み、自らの身を守るために病室に鍵を掛けたらしいのだ。あろうことか、病院は、特別室の合鍵を紛失してしまっていたらしく、鍵を壊して、やっとのことで特別室を開けたのだそうだ。

 母はたまたま、そのおばあさんが住んでいる地域の近くで生まれ育っていたらしく、小さい頃からそのおばあさんの存在を知っていたそうだ。そして、特別室に出向き、そのおばあさんに向かって語りかけたのだと言う。最初に、自分は○○(亡き祖父の名前)の娘だがわかるかと語りかけ、おばあさんは病気になって病院に連れて来られたこと、決して警察に逮捕されているわけではないことなどを話して聞かせたそうだ。母の語りかける言葉を理解したのか、それ以来、そのおばあさんは落ち着いたそうだ。そのおばあさんが、今は祖母の隣でおだやかに過ごしている。このように、病院では様々なドラマが生まれているようだ。

 それから実家に帰り、母の手料理を食べた。母は、私たちが帰って来るとわかると、腕によりをかけてたくさんの手料理を作ってくれていた。以前も書いたが、母は私と違って、とても家庭的なのだ。母は、自分のことよりも、他の人の幸せをいつも一心に願っている。

 ずっと以前に、ガンモの自作パソコンを父にプレゼントしたことを書いたが、先日、私の弟が新しいパソコンを購入し、古いパソコンを処分するにもお金がかかるので、弟の古いパソコンを父が引き取ったらしい。現在、父がメインで使用しているガンモの自作パソコンよりも、弟から引き取ったパソコンのほうが性能が良いため、できれば弟のパソコンにシステム移行したいと父は考えていたようだ。しかし、弟から引き取ったパソコンのマウスが使えなくなってしまっていたので、まずは私たちにそれを見て欲しいとのことだった。

 接続を確認してみると、キーボードとマウスの端子が入れ替わって接続されていた。ガンモがそれに気づき、双方の端子を入れ替えてみると、マウスは正常に動作し始めた。立ち上がりの直後に動かすのはマウスなので、マウスが動かなくなってしまったと父は判断したらしい。父は、いつの間にかそのような設定になっていたことを驚いていた。

 弟が使っていたパソコンがめでたく立ち上がったので、ガンモはそのパソコンにMS Officeをインストールした。弟が使っていたパソコンにインターネットの接続環境を整えても良かったのだが、弟はインターネットにも他のネットワークにも接続しないスタンドアローン機としてそのパソコンを使用していたため、当然のことながら、OSの最新のアップデート等は適用されていなかった。インターネットに接続する環境を整えるなら、外部からの攻撃から守るために、膨大な量のOSの最新アップデートやセキュリティ関連のソフトウェアをダウンロードしなければならない。しかし、実家のダイアルアップ環境もしくは私たちのモバイル環境でダウンロードするのは困難を極めることから、断念するに至ったのだった。実家はまだまだブロードバンド環境ではないし、私たちのモバイル環境もまた、128Kと32Kという超ナローバンドだったからである。以前、ガンモが自作パソコンをプレゼントしたときは、自宅のブロードバンド環境から、OSの最新アップデートを適用させて、セキュリティ関連のソフトウェアもインストールしておいたのだ。ブロードバンド環境でさえ、OSの最新アップデートをダウンロードして適用するには何時間もかかってしまうので、ナローバンドでそれを実践するのは、とにかく気の遠くなる作業だったのである。

 おまけに、パソコンが二台あるというのに、弟が持って来たパソコンにはモデムが生かされていなかった上に、イーサネット(LAN)の口もなかった。しかも、フロッピーディスクドライブも壊れてしまっていたのである。そう言えば、父が使っているパソコンのフロッピーディスクドライブもずっと壊れたままだ。また、実家にはCD-Rを焼く環境もなかった。そのため、二台のパソコンのデータ移行は非常に困難だった。

 今、これを書きながら思い浮かべているのは、父に弟から引き取ったパソコンの本体を送付してもらうことである。そうすれば、我が家のブロードバンド環境でOSの最新アップデートを適用した上に、セキュリティソフトもインストールし、メモリも増設し、フロッピーディスクドライブも正常に動作するものにガンモが取り替えてくれるだろう。

 パソコンというものは非常に便利なツールではあるが、それ自体の中身がどんなに充実していたとしても、単にスタンドアローンで存在しているだけでは役に立たない。スタンドアローンのパソコンは、媒体やインターネットなどを通じて他と繋がることができてこそ、本当の価値が見出せるような気がしてならない。例えば、スタンドアローンのパソコンで仕事を仕上げるにしても、成果物をフロッピーなどの媒体に収め、パソコンの外に持ち出さなければ意味がないのだ。会社に行って、「自宅のパソコンの中に文書がある」と主張しても、宿題を忘れた子供のような立場になってしまうだけである。

 そういう意味では、きっと人間もパソコンと同じなのではないだろうか。そう考えると、急な来客を受け付けることができない私たちはまだまだスタンドアローンだ。それに対し、今回の帰省のように急な来客を受け付けてくれる実家や親戚は、スタンドアローンではないと言える。

 ここまでが、きのう、実家に帰宅してからの出来事である。このまま書き続けるとひどく長くなってしまうので、この続きは後日書かせていただくことにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 年末年始のお忙しい中、お越しくださいまして感謝致します。年が明けてからというもの、私はこのように、人間模様を綴るのが好きだったことを思い出しました。人と会って感じたことを綴って行くのが好きなのです。ところで、母によれば、父は、パソコン周りであちこち不具合が出ていたために、私たちの帰省をずっと心待ちにしていたそうです。私たちが帰って来たら、あれも見てもらうんだ、これも見てもらうんだと言っていたそうです。父自身からは、私たちに対して申し訳なさそうにそれらの言葉が出て来たので、父は私たちに対して遠慮していたのではないかと思え、何だかじーんと来てしまいました。父は昔から壊れたものを自分で直して使う人ですが、電気関係には強くても、パソコン関係はなかなか思うようにならないようです。そういう気持ちも察することができず、二年もご無沙汰してしまったのは、やはり親不幸だったかもしれません。それにしても、プレゼントしたものをいつまでも大事に使ってもらえるのは、とてもうれしいことです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.03

親孝行とは?

 親の愛情は不思議だ。私たちは、義母の身体を気遣って、
「どこかで晩御飯を食べてから帰るので、用意しなくてもいいから」
と言っておいたのだ。しかし、ガンモの実家に着いてみると、義母は、
「ご飯を食べまい」(香川弁で、「ご飯を食べなさい」)
と言って、私たちを食卓に招いてくれる。義母は、私たちが帰って来る少し前から、せっせと食事の準備を進めてくれていたのだ。外でご飯を食べて来たというのに、私たちはもう一度、義母の用意してくれたご飯を軽く食べるのである。

 義母のことをここに書くことを、ガンモがあまり好まないのでこれまで書かなかったが、義母は去年、夏に続いて秋にもう一度手術をした。術後の体調もあまり芳しくないと聞いていたので、できるだけ義母の手をわずらわせないようにするために、晩御飯の準備はいらないからと、予め言っておいたのだ。しかし、そうは言っても、義母は私たちの帰省を歓迎するために、毎回、料理を用意して待っていてくれるのだ。

 考えれば考えるほど、何が親孝行なのかわからなくなって来た。そう言えば、私の派遣仲間は、お正月にご主人さんと一緒に帰省せずに、一人で帰省することにしているのだそうだ。理由を尋ねてみると、ご主人さんと一緒に帰省すると、彼女の実家のご両親とご主人さんの両方が気を遣うことになるために、お互いに遠慮し合ってそのように決めたのだと言う。私には、彼女の言っていることがなかなか理解できなかったのだが、私たちがガンモの実家に帰省するときに、義母の手をわずらわせないように外食をするのも、派遣仲間がご主人さんと一緒に帰省しないことと似ているのかもしれないと思った。

 義母に対し、食事の支度をしなくてもいいと宣言するのは、義母に食事の支度を求めてはいないわけである。それでも食事の支度をしてくれたのは、義母の自由意思だ。そうした自由意思からの行動に対し、私たちは受身になってもいいのではないかと思う。それさえも断ってしまったら、義母の自由意思は生かされない。おぼろげながら、親孝行とは、相手の自由意思を生かすことではないかと思えて来た。

 今日は、お昼過ぎに義弟たちの家族がやって来た。お父さん二号の記事にも書いた通り、義弟は映画『ネバーランド』のジョニー・デップのような存在である。私は、義弟の嫁の連れ子たちとの再会を楽しみにしていた。義弟からもらった年賀状に、彼らの写真が印刷されているのを見て、とてもいい表情をしている彼らに早く会いたいと思っていたのだ。写真はその人の魂を映し出す。魂が映し出された写真を、私は長いこと見入ってしまう。

 私たちが二階でくつろいでいると、彼らは恐る恐る、二階に上がって来た。階下では、一昨年前に生まれた義弟の子供である姪が義父や義母にとてもかわいがられているので、彼らは気を遣って、二階でゲームをしようとやって来たのである。彼らが、孤独なときも寄り添える兄弟という形で存在してくれて、本当に良かったと思う。

 私たちは、彼らにお年玉を渡した。すると、彼らはすぐさま義弟に報告に行ったのだ。ジョニー・デップの義弟は、彼らにとことん慕われているようだ。こういう光景を目にすると、親子の関係は、決して血縁ではないと実感する。義弟は、義妹を取り巻く環境までもひっくるめて愛したのだ。ガンモは、そんな義弟のことをとても尊敬しているようだ。

 彼らが遊びに来ていた頃、私はインターネットで調べ物をしていた。義母のために、近場にあるラドン温泉を調べていたのである。彼らが帰ったあと、私は義母に調べた結果を渡した。ありがたいことに、療養泉に指定されているほどのラドン温泉が市内にあることがわかった。かつては、義母を三朝温泉に案内しようと考えていたのだが、なかなか状況が揃わないまま月日が流れてしまった。ラジウム鉱石を風呂場に持ち込んで、自宅でラドン温泉が出来上がるかとも思っていたが、ガイガーカウンターは期待していたほどの数字を示さず、がっかりだった。やはり、天然のラドン温泉でなければ意味がないと思い始めていたので、市内に泉質の良い療養泉があることがわかったのはとてもラッキーなことだった。問題は、車を運転できない義母が、車で十二分ほどかかるその場所に、どのようにして通うかだった。ラドン温泉には、継続的に通わなければ意味がない。路線バスなど、公共の交通機関があれば良いのだが・・・・・・。

 そうこうしているうちに、とうとう夕方になってしまった。私たちはガンモの実家をあとにして、次の目的地である私の実家方面へと向かった。愛媛県にある私の実家と香川県にあるガンモの実家は、四国内の予讃線の特急列車で一時間半ほどである。私たちは、特急いしずちと特急しおかぜを乗り継いで、私の生まれ故郷に降り立ち、およそ二年ぶりに私の父母との対面を果たした。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今日でお正月三が日もおしまいですね。もしかしたら、明日から仕事始めの方もいらっしゃることでしょう。ちなみに私は、五日からの出勤です。五日も休みにして、長い連休にしてしまいたかったのですが、一月はWindows Vista対応で多忙になる上に、他に休みたい日があるので、そちらを優先させることにしました。それにしても、クラシックカメラという趣味を通じて運命的に出会った私たちが同じ四国出身だったことは、奇跡かもしれません。去年は、義母の入院などでガンモの実家に何度も帰りましたが、スケジュールさえ調整できれば、どちらかの実家にも平等に帰ることができるのは、大変良いことです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.02

小さな国家

 朝早くから起き出して、せっせと出掛ける準備を整えた。四国にあるガンモの実家に帰省するのである。

 三宮からフェリー乗り場までバスに乗り、高松行きのフェリーに乗り込んだ。高松までの所要時間はおよそ四時間である。フェリーの魅力は、列車に比べて占有できる面積が広いことだろうか。もちろん、列車のように、椅子だけの席もあるのだが、私たちが昼間のうちにフェリーを利用するときはいつも、広々とした和室に落ち着く。何故なら和室では、思い思いに寝転がることもできるし、運が良ければコンセントを利用することもできるからだ。ノートパソコンを持ち歩いている私たちにとって、四時間もの長旅でコンセントを利用できることはとてもありがたいことなのである。

 しかし、いざ私たちが和室に入ってみると、既にコンセント近くの席は埋まってしまっていた。もう少し早く乗船できていれば、コンセント近くの席を確保できたのにと思うと、少し残念だった。

 回りを見渡してみると、マットを借りて気持ち良さそうに寝転がっている人がいた。暖かい船内で、上着を脱ぎ、その上着を布団代わりに自分の身体の上に掛けて寝ている人もいた。最初から船の中で眠る計画を立てていたのか、自前の毛布を持参している人もいた。本を読んでいる人もいた。また、自宅から持ち込んだ食べ物を家族みんなで分け合って食べている人たちもいた。広い和室のスペースは、人々が家族単位で寄り合い、思い思いの時間を過ごしていた。

船内の和室

 こういう光景は、いいなあと思う。まるで、座席指定のない野外ライブで、のんびりと演奏に聴き入っているかのようだ。何かに対してがむしゃらになることもなく、ただ平らな時間が過ぎて行く。四時間という時間を、それぞれが自分の好きなことに費やしている。

 フェリーの和室の光景を見ているだけで、それぞれが、家族という単位で小さな国家を作っていることがわかった。お父さんがいて、お母さんがいて、子供がいる。寄り添う家族の間に暗黙の了解がある。誰かが家族の暗黙の了解からはみ出ようとすると、年長者が注意を促す。ほとんどの場合、そこで争いにはならず、年長者の意見に従うことになる。

 また、自分たちが陣取った周辺は、小さな国家の領域となる。そこに、他の小さな国家の人たちが立ち入って来ることを不快に思ったりもする。

 私はこれまでしばしば、国家の縮小形を家族に例えて来たが、もしもこの例えを続けるなら、いつまで経っても戦争はなくならないのではないかと思えて来た。仮に、家族という小さな結束集団があり、その結束集団と敵対する別の結束集団が存在するとしたら、ロミオとジュリエットを取り巻く家族のように、いつまでも敵対し続けることだろう。何故なら、敵対する結束集団は、内側の結束集団の絆を深めるために必要な存在だからだ。敵対する存在に出会うことで、内側の結束集団の絆がどんどん深まって行くからである。ロミオとジュリエットに例えて言うならば、互いに敵対する結束集団が存在しているために、ロミオファミリーの結束は固まり、ジュリエットファミリーの結束も固まるということである。

 反対に、敵対ではなく友好に向かうとしても、例えば複数の家族が一緒に住むなどして、友好的な家族同士がその単位を大きく広げるとは思えない。例えば、ロミオファミリーとジュリエットファミリーが家族同士の付き合いを深め、お互いに相手の家族を心地よい存在だと認識し合ったとしても、ロミオファミリーとジュリエットファミリーが同じ家に住むようにはならず、あくまでロミオファミリーとジュリエットファミリーという家族の最小単位をり抜くだろうと思われる。

 だとすると、いつまで経っても小さな国家が大きな国家に発展することはなく、大きな国家は、あくまでも小さな国家の集合体に過ぎないことになってしまう。それに、もともと大きな国家というものは、家族のように愛情や血縁で結ばれた関係ではなく、同じ人種や宗教で結ばれた人たちだ。だから、異質なものが自分たちの存在を脅かそうとすると、国家の内側で結束して国家を守り抜こうとする。それが戦争に発展しているのではないだろうか。すなわち、戦争をなくそうと思ったら、国家の内側の結束を固めることを必要としない世界を作り上げること、ということになってしまうのではないか。フェリーの和室の中で、新春早々、そんなことを考えていた私であった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お正月をいかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。私たちは、二人でガンモの実家に帰って参りました。毎年そうですが、普段、マンション暮らしをしている私たちが木造の実家に寝泊りすると、寒さのために風邪を引き易くなります。気密性の高いマンションでは、隙間風が入って来ることがあまりないために、外の冷たい空気から守られている部分が大きく、ついついマンションモードで動き回ってしまうのだと思います。普段、マンション暮らしをされている皆さんで、木造の実家に帰省される方は、どうか気を抜かないようにご注意くださいませ。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

2007.01.01

年賀状と元旦営業の床屋さん

※皆さん、改めまして、あけましておめでとうございます。エネルギーの低迷期にはたくさんお世話になり、ありがとうございました。ようやく大殺界も明けて、自分らしさを取り戻せそうな年回りが巡って来ました。これから少しずつ上昇して行きたいと思っています。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 年が明けたので仕事中のガンモに電話を掛けてみたが、呼び出し音は聞こえて来るものの、電話はなかなか繋がらなかった。そう言えば、今回、ガンモが作業を行う顧客のマシン室は、携帯電話の持込が禁止されていると言っていたのを思い出した。

 何はともあれ、新しい年が明けた。この年明けは、私たち夫婦にとっての夜明けかもしれない。三年間続いた私の大殺界と、ガンモの厄年からようやく解放されたからだ。三年前の元旦に、近くの厄除け寺にガンモと二人で歩いて出掛け、ガンモの手をぎゅうっと握ったことを思い出す。あのとき、どんなことがあっても、決してこの手を離すまいと固く心に誓った。この三年間、私のエネルギーはすっかり落ちていたが、ガンモも私も特に大きな出来事に見舞われることなく過ごすことができたのは、厄除け寺のパワーのおかげかもしれない。または、ぎゅうっと握った手を離さずにいたからだろうか。とにかく、近いうちに、三年間に渡る厄除けのお礼参りに出掛けたいと思っている。

 大晦日から元旦にかけて、私は結局、夜中の三時過ぎまで起きてゴソゴソ活動したあと、ようやく眠りに就いた。目が覚めたのは八時頃だったが、まだ少し眠かったので、もう一度布団の中に入って眠った。次に目を覚ましたのはお昼前だった。

 ガンモが帰宅したのは、十四時過ぎだっただろうか。帰宅すると、ガンモはベッドに横になって睡眠を取った。ガンモ、一年の仕事納め、お疲れさん。

 ガンモは、ポストに配達された年賀状を運んで来てくれた。ここしばらく、年賀状を書いたり書かなかったりしていたというのに、継続的に年賀状を送り続けてくれる友人たちに深く感謝した。何故、年賀状を書かなかったかと言うと、年賀状を通じて大量生産される言葉に責任が持てなくなってしまったからだ。年賀状を出すことに対し、感情がこもらず、機械的になりつつあったのだと思う。もちろん、アナログの年賀状よりも年賀メールに移行しつつあったことも原因の一つだ。こちらが返事を出さないでいると、年賀状の数は次第に減って来た。しかし、今年いただいた年賀状には、いつになくあたたかいものを感じたのだ。何故なら、いただいた年賀状に対し、絶対的な友情を感じたからだ。

 もしも私たちが毎年のように年賀状を書き続けていたら、このようにあたたかい感情を感じることはできなかっただろうと思う。機械的に書いて投函するだけの年賀状ではなく、本当に書きたい人に年賀状を書くという、言葉を大量生産しない年賀状が実現されている。年賀状は何故書くのか。書きたいから書くのだ。決して、返事を受け取るために書くのではない。返事がないから書かないのではない。そのことを、今年受け取った年賀状で実感させられた。

 今年、年賀状をくださった方の中に、この「ガンまる日記」をいつも読んでくださっていると書いてくださっている方がいた。意外だったが、とてもうれしかった。Mさん、どうもありがとう。(^^)

 ところで、年末あたりからずっと、
「髪を切ってくれ」
とガンモに懇願され続けていたのだが、夜はなかなか時間が取れず、ずっと延ばし延ばしになっていた。延ばし延ばしになっているものだから、ガンモの髪の毛も伸び放題だった。そして、今日になってようやく、新年早々、ソウルメイトの床屋さんを営業した。元旦から営業している床屋さんは珍しい。ガンモには、お正月料金をもらってもいいかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ようやく年が明けましたね。元旦からお仕事をされている皆さん、お疲れ様です。お医者さん、看護婦さん、郵便屋さん、スーパーやコンビニの店員さんなど・・・・・・。郵便屋さんと言えば、私が投函した年賀状は、まだ実家には届いていないと言われました。三十日の夕方に投函したので、大晦日に投函したのも同じですが・・・・・・。(^^; 忘れた頃に届く年賀状も、またいいですよね。(^^) 元旦にいただいた年賀状は、元旦のうちに投函させていただきました。こちらは、もっと忘れた頃に届く可能性アリです。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »