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2006.12.08

マッサージチェア

 今日は、昨日の予告通り、ショートショートをお届けしよう。

 私の職場にはリフレッシュコーナーがあり、マッサージチェアに座って、身体のコリをほぐせるようになっている。リフレッシュコーナーには同じマッサージチェアが二台並んでいる。これらのマッサージチェアは、好きな時間に利用できるので、私もしばしば利用している。

 そのマッサージチェアは、電気で動いているため、機械のもみ方や叩き方が激しくて痛みを感じても、決して加減してはくれない。もしもこのまま機械が暴走してしまったらどうなるのだろうという不安が常にある。この不安は、機械と人間のコミュニケーションが一方通行であるために生まれている。

 もともとマッサージチェアは、人間がコリをほぐす動作を同じ力で供給し続けることが体力的に難しいために開発されたものである。しかし、利用者からは、あまりにも無機質であることへの不満の声も上がっていた。しかし、その一方で、見知らぬ生身の人間に身体をほぐしてもらう恥ずかしさを感じなくても良いというメリットもあった。

 ご存知の通り、私の仕事はソフトウェアの開発業務である。主にWindows上で動作するソフトウェアを開発しているが、ときには特殊な機器を制御するソフトウェアを開発することもある。

 あるとき、マッサージチェアの制御用ソフトウェアの開発業務の仕事が私のもとへ舞い込んで来た。マッサージチェアのコントローラから発信される信号を受け取り、マッサージチェアの本体に命令を送ったり、コントローラのユーザインターフェースを考える仕事である。コントローラのユーザインターフェースとは、平たく言えば、コントローラが表示するメニューをどのような使い勝手にするかということである。私は、マッサージチェアの会社に出向き、どのような方針でソフトウェアを開発したらいいか、話を聞きに行った。

 マッサージチェアの担当者は、次にリリースするマッサージチェアでは、他社の類似製品に大きな差を付けたいと言った。マッサージチェアは、どこの製品にもそれほど大差がなく、ユーザの決め手になっているのは価格くらいだと言う。しかし、他社製品にないようなマッサージチェアを開発できれば、売り上げはぐんぐん伸びるだろうという目論見(もくろみ)だった。

 「私は肩こりの症状に悩まされることも多いので、社内に設置されているマッサージチェアを良く利用していますが、一回につき十五分程度座っていると、その間に何か別のことができないかなあとは思いますね。そう言えば、以前、同じ職場の人と話をしていたんですが、マッサージしてもらっているときに、芸能人が語りかけてくれるようなマッサージチェアがあれば面白いんじゃないかと」
私がそう言うと、マッサージチェアの担当者は、目をキラキラさせながらこう言った。
「なるほど。利用者の方の生の声はとてもありがたいです。あはは、芸能人の声ですか。いやあ、これはなかなかいいアイディアだと思いますよ」
「そうですか、ありがとうございます。コントローラでメニューを選ぶときに、好みの芸能人も一緒に選べるようにしておくんです。そして、自分の選んだ芸能人の語りかける声を聞きながら、身体をほぐしてもらえるようにすれば、利用者も楽しめると思うんです」
「おお、それはすばらしいアイディアですね!」
マッサージチェアの担当者はかなり乗り気の様子だった。しかし、そのやりとりを傍で聞いていた別の担当者が途中で口を挟んで来た。
「芸能人の声を起用しても、その芸能人が不祥事を起こしたり、人気が下火になったりすると、マッサージチェアの売り上げも急激に落ち込みますよ。また、こんなことはあまり言いたくないですが、その芸能人が他界したりしたら、すぐに作り変えなければなりません」
せっかく盛り上がっていた芸能人バージョンのマッサージチェアの話も、別の担当者の一言でかき消されてしまった。

 しばらく沈黙が続く中、私はふと、先日の地下鉄の中での出来事を思い出した。
「あっ! 関西のおばちゃん!」
思わず声に出してしまったので、マッサージチェアの担当者たちは怪訝な顔つきで私を見た。
「関西のおばちゃん? どういうことですか?」
「すみません。関西のおばちゃんの話って、とにかく尽きないじゃないですか。そして、相手に笑って欲しいときに相手の肩をぱんぱん叩きます。そののエネルギーを肩叩きのエネルギーとして生かすんですよ。」
「それはイカスねえ!」
乗り気だった担当者は、どうやら洒落好きのようである。
「マッサージのコースを選択するコントローラでは、おばちゃんの話も一緒に選べるようにするんです」
「おお、これは素晴らしいアイディアだ。よし、それで行きましょう」

 話はとんとん拍子に進み、私のアイディアが採用されたということで、私はマッサージチェアの会社から十万円の謝礼をいただいた。

 マッサージチェアには、関西のおばちゃんの話を五十話ほど挿入し、周りに音が漏れないように、利用者だけがヘッドフォンで聞くことができる仕様にした。関西のおばちゃんの話は尽きなかったので、五十話程度の挿入話を録音するために、わずか数人のおばちゃんを集めただけで十分だったと言う。コントローラのユーザインターフェースも決まった。私の担当していたコントローラの制御の部分も、あらかじめコントローラからの信号の仕様が提示されていたので、命令を実行する部分を作り込むだけで終わった。そして、社内での結合テストが完了し、いよいよ本番テストの段階となった。

 私は、開発の担当者として本番テストに立ち会うために、再びマッサージチェアの会社を訪問した。そこには、私たちが納品したコントローラの制御プログラムが組み込まれた試作品があった。

 マッサージチェアの商品名は、ずばり、「関西のおばちゃん」と名付けられた。私は、出来上がったマッサージチェアの外見を見て驚いた。何と、ふっくらしたおばちゃんが、トレーナーを着て、笑みを浮かべて両手を広げているいるのである。そのマッサージチェアには、関西のおばちゃんの貫禄が見事に表現されている。マッサージチェアに座ると、トレーナーを着たおばちゃんのひざの上に乗るような形になる。
「あはは、トレーナーを着ていますね」
「ええ、実はこのマッサージチェア、母がモデルになってくれたんです」
「え? お母様が?」
マッサージチェアの担当者は、コントローラを私に差し出した。私は靴を脱いでマッサージチェアに腰掛け、ヘッドフォンを耳に当てた。リクライニングボタンを押すと、マッサージチェアは後ろに倒れた。倒れるときに、
『倒すでー』
という声がヘッドフォンの中から聞こえて来た。関西のおばちゃんの声である。私はぷっと吹き出した。コントローラからの命令が正常に動いているということは、どうやら私の作ったプログラムも正常に動作しているようである。コントローラのディスプレイには、マッサージの強さや速さを選べるメニューが表示されている。更に同じメニューから、関西のおばちゃんの挿入話を選択できるようになっていた。私は、「ボーリングに通う編」と表示されているメニューを選択し、実行ボタンを押した。

 わくわくしながら耳を澄ませていると、ヘッドフォンを通してガタンゴトンという効果音が聞こえて来た。
『へええ、いろんなことができるんやねえ。わたしゃ、さっぱりわからんわ』
関西のおばちゃんの声が聞こえて来た。いよいよ、おばちゃんの話が始まったようである。
『私ね、携帯電話も持ってへんのよ』
『こないだな、息子が電話掛けて来てな、そのあとお風呂に入ってん。そしたらな、お風呂に入っとるときに息子が帰って来よったんよ。まさか、家の近くまで帰って来とるとは思わへんやろ? もう、裸で出て行ったがな』
おばちゃんの声が聞こえるやいなや、肩をぱーんと叩かれた。両手を広げて立っていたはずのおばちゃんの人形の手が動いたのである。おばちゃんの人形の手は、人間の手のような特殊加工が施されていた。これはなかなか面白い。そう思いながらも、私はヘッドフォンから流れて来るおばちゃんの語り口調と話の内容に、どこか聞き覚えのあるものを感じていた。もしかして、もしかして? そう思っている間にも、おばちゃんの話はどんどん続く。
『学生さん?』
『えー、学生さんやないの? じゃあ、いくつ?』
『えええええええ! 四十一? 絶対見えへんわ』
そう聞こえた途端、おばちゃん人形が私の肩を連打した。四十一という年齢に驚いたおばちゃん人形が興奮して私の肩を叩いているのである。
「ううううう、効きますねえ、これは」
私は半分悲鳴のような声を上げていた。

 しばらくすると、おばちゃん人形は言った。
『これ、トレーナーやねん』
ああ、もう間違いなかった。私が選んだのは、先日、地下鉄で会ったあのおばちゃんの声だ。ということは、マッサージチェアの担当者は、あのおばちゃんの息子さんなのだろうか?

 おばちゃん人形の話は更に続いた。仲間たちとのボーリングを楽しむために、地下鉄沿線にあるボーリング場に向かう途中であること。トレーナーだけでは寒いので、袖のない薄い半纏を羽織っていること。この時間に出掛けて行っても、別のチームの人のプレイがまだ終わっていないので、すぐにはプレイできないこと。マイシューズを持っているが、荷物になってしまうので、毎回、二百円払ってシューズを借りていること。地下鉄に乗るために自宅からバスに乗ったが、目の前でバスが走り去ってしまって、次のバスまで十分待ったこと。もうすぐ神戸ルミナリエが始まること。今度、石川さゆりさんのコンサートに行くことなどを聞かせてくれた。そして、話の区切りごとに、私の肩をぱんぱん叩いた。
「これは確かに効きますねえ」
私はおばちゃんにぱんぱん叩かれながら、心地よい肩叩きの感覚に酔いしれていた。

 既にストーリーを知っていた私は、このメニューがいつ終わるかも知っていた。おばちゃん人形が、
『乗り過ごしたらあかん。ほな、またね』
と言うと、おばちゃん人形の動きは停止した。素晴らしい出来である。

 「素晴らしいですよ! それに、とっても楽しいですね」
「そうですか、そう言ってもらえるとありがたいです。母も喜びます」
とマッサージチェアの担当者は言った。
「実は私、以前、地下鉄の中でお母様にお会いしてます」
「ええっ? 本当ですか? じゃあ、もしかしてあのとき、毛糸の帽子を被っていた学生さんもどきはあなたのことだったんですか」
驚く担当者の様子を見て、私はぷっと吹き出した。やはり、おばちゃんは、帰宅してから私のことを息子さんに話して聞かせたようである。

 「関西のおばちゃん」のマッサージチェアは、売れ行きが良かった。オプション品として、関西のおばちゃんの挿入話が録音されたカセットが飛ぶように売れたことも、マッサージチェア業界では異例のことだった。オプションのカセットを入れ替えることで、様々な関西のおばちゃんの話を聞くことができ、そのおばちゃんの話に反応して、様々なバリエーションの肩たたきを実現することができたのである。

 「関西のおばちゃん」のプロジェクトが成功してしばらく経った頃、マッサージチェアの担当者と私は結婚した。それがガンモである。そして、ガンモの家でおばちゃんと同居するようになった。しかし皮肉なことに、私が肩こりを感じても、生のおばちゃんが話をしながら私の肩をぱんぱん叩いてくれるので、我が家にマッサージチェアは要らない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m エネルギーはできるだけ有効活用したいものですよね。この物語は、そうした想いから生まれました。例え十五分や二十分の時間であっても、できるだけ楽しく過ごしたいものですよね。こんなマッサージチェアがあったら、使ってみたいと思いませんか? しかし、これは、叩く専門のマッサージチェアかもしれません。どこかに「もむ」というエネルギーが余っていたら、そのエネルギーを有効活用したいものです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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