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2006.12.03

まるみ軒

 今日は久しぶりにショートショートをお送りしよう。

 ホットヨガのレッスンに出掛けたものの、替えのズボンを忘れてしまい、私はすっかり途方に暮れていた。これからどうしようかと思案しながら更衣室でひらめいたのは、ひざ掛け用に持っていた二枚のショールをスカート替わりに腰に巻きつけることだった。とりあえず、ショールをスカート替わりにしてホットヨガのスタジオを出たあと、どこかでラフなズボンを買って履き替えよう。そう思っていたのだ。私は二枚のショールを腰に巻きつけたあと、ドキドキハラハラしながらホットヨガのスタジオを出て、おぼつかない足取りで三宮のセンター街を歩き始めた。

 しばらく歩くと、男が一人、私のところに寄って来た。そして、おもむろに私の足元にうずくまると、腰に巻いているショールをペロンとめくって中に入ろうとしたのだ。
「ちょ、ちょっと、何をするんですか!」
私は驚きの声をあげた。すると、男はきょとんとした顔をして、
「何だ、まだ営業中じゃなかったの?」
と言った。
「営業中?」
私が眉間にしわを寄せながら尋ねてみると、男は更にこう言った。
「いや、営業中だと思ってたんだよ。営業中じゃなかったのならごめんよ。また来るよ」
そう言って、男はスタスタと人ごみの中に消えて行った。はて、彼は一体何者なのだろう?

 さきほどの不可解な出来事が何なのかわからないまま、私はセンター街の衣料品店を探しながら歩いた。ラフなズボンを売っているお店を探していたが、なかなか見つからない。少々焦りを感じながら更に歩いていると、今度は見知らぬ女性が近づいて来た。そして、やはり私の足元でうずくまり、私のスカートをペロンとめくって中に入ろうとしたのである。
「ちょ、ちょっと、どういうことですか、一体」
私が悲鳴をあげて後ずさりすると、その女性は、
「あら、のれんが出てるから営業中だと思ったんですよ。ごめんなさいね」
と言いながら立ち去った。のれん? 営業中? 一体どういうことなのだろう。

 もしかして・・・・・・? いや、まさかそんなことが有ろうはずがなかった。しかし、それでも私は不安になって、自分の腰に巻きつけているショールに目をやった。すると、何と、私がショールだと思いこんでいた布は、いつの間にかのれんに変わっていた。しかも、「まるみ軒」などと書かれている。「まるみ軒」の文字の周りには、ラーメン屋にありがちな赤いグルグル巻きの模様が描かれていた。震える手で「まるみ軒」と書かれたのれんをペロンとめくってみると、おいしそうなラーメンの匂いが漂って来た。なるほど、人々はこの匂いと「まるみ軒」ののれんにつられてやって来たようである。しかし、自分でも気づかないうちに自分の身体の一部がラーメン屋さんに変わっていたとは驚きだ。

 もっと中を覗き込もうとすると、中から、
「へい、いらっしゃい!」
という威勢のいい声が聞こえて来た。中に誰かいるのか! 私は恐る恐る、腰をかがめてのれんの中をのぞき込んだ。すると、白い服を着て頭にねじりはちまきをつけた小人が、厨房のようなところで湯気を立たせながらラーメンを作っていた。私と目が合った小人が、
「まいどお!」
と言った。
「いや、ちょっと待ってよ。一体これはどういうこと?」
私は驚きを隠し切れずにおろおろしながら言った。
「どういうことって、まるみさんがここで店を出してみないかって誘ってくださったんじゃありませんか」
と小人は言う。
「私が?」
「そうですよ。おかげ様で、長年の夢が叶いました。本当にありがとうございます」
小人は深々と私におじぎをした。

 私はわけがわからなかった。小人と話しているうちに、男性客がやって来た。
「へい、いらっしゃい!」
と小人は元気良く言った。え? いらっしゃい? ということは、この男性は私のショールをめくって中に入って来たというのか? そう思うやいなや、男性客の身体はみるみる小さくなり、店の中のカウンターに腰を下ろした。
「肉団子ラーメンちょうだい」
「はいよー」
小人はてきぱきと麺をゆでて、麺の上に肉団子を盛り付けた。
「はい、当店名物の肉団子ラーメン、上がりぃ」
「ありがとう。この肉団子がうまいんだよねえ」
男性客は、小人の作った肉団子ラーメンをおいしそうにすすり始めた。「まるみ軒」の名物である肉団子ラーメンは、麺の上に大きな肉団子が三つ乗っかっていた。私は、一連の様子をあっけに取られながら見ていた。スカート替わりに巻いたショールがラーメン屋ののれんになっていて、その中で肉団子ラーメンがせっせと作られているなんて、一体誰が想像できようか。

 私が店の様子を観察している間にも、お客は次から次へとやって来た。どうやらこのラーメン屋はひどく繁盛しているようである。しかも、やって来るお客のほとんどが肉団子ラーメンを注文している。
「肉団子ラーメンって、そんなにおいしいの?」
と私は小人に尋ねてみた。すると小人は、目に涙をいっぱい浮かべながらこう言ったのである。
「おかげ様で、肉団子ラーメンは大好評ですよ。でも、もうすぐ私の役目も終わりです」
私には、小人が何故、目に涙をいっぱい浮かべているのかわからなかった。

 私は、繁盛している「まるみ軒」の様子をうかがいながら、これから衣料品店でラフなズボンを買う計画をどうしようかと思案していた。私が思案している間にも、お客は次から次へとやって来た。私はラフなズボンに履き替えて映画を観に行きたかったが、映画を観るよりも楽しい光景がそこには広がっていた。

 小人は一人で「まるみ軒」を切り盛りしながら、せっせと肉団子ラーメンを作り続けた。私は、働く小人の様子を見守りながら、いつの間にか彼に微笑みを送っていた。お客の足が途切れた頃、小人が私にささやいた。
「肉団子ラーメンは、あと二食でおしまいです。そうしたら、まるみさんともお別れですね」
私は、小人が何を言っているのか良くわからなかった。小人は相変わらず、目に涙をいっぱい浮かべていた。

 まもなく、二人連れのお客がやって来て、肉団子ラーメンは売り切れになった。小人は、とうとう最後の肉団子ラーメンをお客に出した。彼にとって、お店を閉めることがそれほど辛いのだろうか。最後のお客は、彼の作った肉団子ラーメンの汁まできれいにたいらげると、満足して帰って行った。

 最後のお客を送り出した小人は、しんみりとした口調で私に話し掛けて来たのである。
「まるみさん。これで私の役目はおしまいです。まるみさんのおかげで、ラーメン屋になるという長年の夢が叶いました。本当にありがとうございました。まるみさんもどうかご健康で。また私がここで肉団子ラーメンを作ることがありませんように」

 小人はそう言うと、店の外に出て、「まるみ軒」ののれんを裏返しにした。その途端、小人の姿もお店も、ラーメンの匂いもすっかり消えてしまったのである。私は何が起こったのかわからずに、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

 ふと我に返ると、目の前に衣料品店があった。店先には、ラフなズボンが並んでいる。私はそこでラフなズボンを買い、お店の中の更衣室を借りて、買ったばかりのズボンに履き替えた。そのとき、身につけていたショールをペロンとめくってみると、中から小さなラーメン鉢が二つ転がった。拾い上げた小さなラーメン鉢には、「まるみ軒」のロゴが入っていた。それらのラーメン鉢の匂いをくんくん嗅いでみると、小人の作っていた肉団子ラーメンの匂いがした。私はこみ上げて来る感情を抑えながら、それらのラーメン鉢をそっとティッシュに包み、ポケットの中に大事にしまいこんだ。

 それから数日後、私は半年に一度の婦人科検診に出掛けて行った。私の子宮にはいくつもの筋腫があるために、半年に一回の割合で医師の診断を受けているのである。エコーの機械を手にした主治医が、モニタを見ながら何やらぶつぶつ言っている。何を言っているのかと耳を傾けてみると、
「まさか、こんなことがあるとは思えないけどなあ」
などと言っているのだった。
「どうしたんですか?」
私は診察台の上に身体を倒したまま主治医に尋ねた。すると主治医は、信じられないといった口調でこう言った。
「あなたの子宮には、筋腫がひとつもありません。手術をされたあともないし、一体何が起こったのでしょう? 何か心当たりはありますか?」
「いえ、特に何も・・・・・・。あっ、そう言えば、デトックスのためにカナダのハーブティーを飲んでいますが・・・・・・」
と言いかけて、私は、あっと思った。まさか、まさか、あの肉団子ラーメンは・・・・・・。

 そう思うと、小人の顔が思い出され、とめどなく涙が溢れて来た。私は、ポケットの中をまさぐった。ちょうど、あのときと同じジャケットを着ていることを思い出したからだ。ポケットの中からティッシュに包まれた小さなラーメン鉢を見つけ出した私は、その小さなラーメン鉢を握り締めてわんわん泣いた。あの小人は私に対して、絶対的な愛情を注いでくれる存在だったのだ。そして、自分の役目が終わると同時に姿を消してしまった。小人は、私を救うことの喜びと、役目を果たしてしまうともう二度と会えなくなることの寂しさの中で揺れていたのだ。

 おそらく小人は、私の筋腫を削って肉団子ラーメンを作った。そのおかげで、私の子宮から一切の筋腫がなくなっていた。私は、肉団子ラーメンを作ってくれた小人と、小人の作った肉団子ラーメンをおいしいと言いながら食べてくれた人たちに心から感謝した。しかし、主治医にそんな話をしても信じてもらえるはずがない。しきりに首をかしげる主治医に別れを告げて、私は静かに病院をあとにした。これから先、あの小人にはもう会えないだろう。しかし、もしも彼に会えるとすれば、私の中に再び筋腫ができたときだろう。小人は、私との再会を喜んでくれるのだろうか。それとも、悲しむだろうか。

 私は、「まるみ軒」で拾ったラーメン鉢をピアスに加工して、今でも大事に耳に付けている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「のれん」を題材にして書き始めたところ、思いもよらない結末を迎えてしまいました。自分のことを絶対的に愛してくれる存在が、役目を果たすと目の前からいなくなってしまうかどうかはわかりません。皆さんにも、そのような存在に心当たりがあるでしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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