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2006年12月

2006.12.31

二〇〇六年総括

 大晦日の夜から元旦の朝にかけてガンモが仕事納めをするため、身体のリズムを整えておこうと、私たちはゆうべ、朝方近くまで起きていた。先日の東京出張に出掛けた際、ガンモがパソコンで地上デジタル放送を受信できる装置を秋葉原で買って来たので、それを取り付けて見ていたのだ。それを使えば、パソコンのハードディスクにテレビ番組を録画できるらしい。時代も進んだものである。

 この一年間を振り返る余裕もなく、二〇〇六年が過ぎ去ろうとしている。確か二〇〇六年の元旦は、私が三朝温泉の湯治から帰って来たところから始まったのだ。あの再会を思い出すと、思わず目頭が熱くなる。ガンモは、私が湯治に出掛けている間、一人でこの家に残り、生活していた。私は、湯治に出掛けたその日に生理が始まってしまい、湯治の効果が現れ始めるのが遅くなったために、当初の予定よりも延泊して滞在したのだ。元旦に宿を引き払い、三朝温泉から高速バスに乗って三宮に着いたとき、景色がまるで違って見えたのを覚えている。これまで自然と仲良くしていたはずなのに、いきなり人工的な街にやって来たかのようなぎこちない感覚だった。まるで魔法が解けてしまったかのように、私は再び都会の生活に馴染んで行った。湯治から帰宅した直後、私はベッドに寝ていたガンモと固く固く抱き合った。あの抱擁からもう一年経ったのだ。

 ガンモを一人残して湯治に出掛けた私は、その後、ガンモのハワイ出張で孤独を感じることになる。ガンモのハワイ出張により、私はガンモと初めてインターネットの原始的なチャットを体験した。ハワイと日本の時差を感じていた私たちだったが、ようやくハワイの時間に身体が慣れた頃、ガンモが帰国した。ガンモの乗った飛行機がちゃんと飛び立ったかどうか、私はインターネットのフライト情報を何度も何度も再読み込みしながら確認していた。すっかりハワイが気に入ったガンモの提案により、結婚十周年の記念旅行として、夏休みに二人でハワイに出掛けて行った。そして、私もハワイがとても気に入った。

 ハワイから帰って来てからは、海外旅行ムードが漂い、年内にもう一箇所だけ海外に行こうと、近場の北京を選んだことは記憶に新しい。とにかく、今年もいろいろな鉄道に乗り、いろいろな場所を旅した。ゴールデンウィークには東北地方まで足を伸ばした。目を閉じれば、鳴子温泉の硫黄の匂いが漂って来る。石巻の仮面ライダーが目に浮かぶ。そうかと思えば、秋には九州に出かけ、別府で地獄めぐりをした。

 このように、過去のことは思い出そうと思えばいつでも思い出すことができるが、こうして過去を思い出している間にも、現在という時間は容赦なくどんどん過ぎ去って行く。私たちは、現在という名のレコードの針に沿って音を奏でながら、自分の中心へと向かって行くレコードのような存在なのかもしれない。

 二十三時頃、仕事に出掛けて行くガンモに、おにぎりと熱いお茶と熱いコーヒーを用意して送り出した。結婚して十年経ったが、ガンモと二人で新年を迎えることのほうが珍しい。ハード屋さんのガンモは、そういう仕事を担当している。世間とは違うお正月でもいいのだ。仕事による一時的な寂しさは、すぐに過ぎ去ってくれる。決して何日も離れるわけではないのだからと、自分に言い聞かせている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 時間的には、もう、「あけましておめでとうございます」ですね。この一年間、「ガンまる日記」をご愛顧くださいまして、誠にありがとうございます。更新がひどく遅れたこともありましたが、皆さんの応援と励ましのおかげで、二〇〇六年も毎日、書き続けることができました。先日の記事で「波打つように」という言葉を使いましたが、乗っているときは本当にそんな感じで文章を書いています。ただ、スランプも多々ありました。(苦笑)それでも書き続けることができたのは、毎日のように読みに来てくださっている皆さんのおかげです。本当は、皆さんに聞いてみたいことがたくさんあります。例えば、「エクスプローラを使ってますか?」とか。(笑)いや、それは冗談ですが、「『ガンまる日記』を毎日読んでくださっている理由は何ですか?」とか。皆さんから応援をいただいているにもかかわらず、記事を書くことに専念するあまり、掲示板の返信がいつも遅れがちで申し訳ありません。まだ返信できていないコメントに関しては、ときどき記事の中に返信に近い内容を盛り込んだりしています。どうかお見逃しなく。(笑)二〇〇六年、本当にありがとうございました。二〇〇七年も「ガンまる日記」をどうぞよろしくお願い申し上げます。m(__)m

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2006.12.30

ロールプレイング

 何となくきのうの余韻を引きずっている。きのうは淡々と出来事を並べてしまったので、今日は出来事に付随する感情をもう少し書き留めてみようと思う。

 私は普段から、人と話をするときも、頭の中でそっと文章を組み立てている。そのため、頭の中である程度、話の構想が出来上がっている。しかし、人と話をする場合、文章を書くのとは違って、自分が組み立てた文章が完結しないこともあることに気がついた。文章の場合、自分の言いたいことをすべて書いてしまってから筆を置くことができる。しかし、人と話をするということは、相手からの相槌や反論や第三者の介入などにより、自分の書いたシナリオが変わってしまうことがある。そのため、自分で書いた筋書き通りにはことが運ばず、むしろアドリブ勝負になってしまう。

 言い換えると、文章における交流のほうが、お互いに長い時間、主張ができる仕組みになっているということである。関西に移住してからの私は、人と会ってもあまりしゃべらなくなっていた。これは、私自身がホームページやブログなどで自分の表現したいことを表現できているからだと、つい最近まで思っていたのだが、それは違うとわかって来た。何故なら、私自身がアドリブに弱く、文章で表現することのほうが性に合っていることに気がついたからだ。

 このことは、関西に来てから知り合った友人たちがとてもおしゃべり好きだったことも関係している。かつての私には、二人で会って食事をしたり、一緒にお酒を飲みに行ったりしていた友人たちが今よりもたくさんいたのだが、次第にそういう機会が少なくなってしまった。それは、おしゃべり好きな関西の友人たちに圧倒されてしまい、彼女たちの話に対して受身に徹することができなくなってしまったからだと思う。次から次へと話をするのが好きな人と、アドリブに弱く、頭の中で文章を組み立てるのが好きな私とは、ペースが合わなかったのだ。おしゃべり好きな友人たちは、必ずと言っていいほど別れ際に、
「まるみちゃんの話も聞きたかったのに」
などと言ってくれるのだが、彼女たちとの会話の中に、私自身が自分のことを話せる隙間などなかったと言える。ちなみに、現在も交流が続いている関西在住の友人たちは、話し上手でもあり、聞き上手でもある。

 ところで、きのう会食した友人たちは、私と同じように仕事を持っていた。一人は学習塾の先生、もう一人は小学校の先生である。思うに、私のように自分のやりたいことを大事にしている人たちは、結婚してからも仕事を続けている人たちが多い。仕事をすることで、誰にも頼らず、自分の好きなことに没頭できる環境を整えているのかもしれない。世間の人たちは、仕事を持って、経済的に自立している女性をどのように思っているかわからないが、私は、経済的に自立して、自分のスケジュールを管理し、自分のやりたいことに向かって行く人の姿は美しいと思っている。学習塾の先生も、小学校の先生も、私のように休暇を取ることに関し、融通の利く仕事ではない。とりわけ、小学校の先生は朝が早くて大変なのではないだろうか。それでも、休みの日には何とか都合をつけてコンサートに足を運んでいるところに情熱を感じる。私は、そういう情熱が大好きだ。

 会食しているときに、カラカラに揚がった春巻を食べていた一人が、
「こんなふうにカラカラに揚げるにはどうしたらいいんだろう。何度やってもうまく行かないのよ」
と言った。料理に詳しくない私は、
「かなりの高温で、ささっと揚げるんじゃないですかね」
などと適当なことを言った。

 コンサートが終わったあと、デジカメの画像をどのようにしてパソコンに取り込むかという話になった。コンサートの前に、一人が持って来ていたデジタルカメラで記念撮影をしたのだ。私は、
「メディアをパソコン本体に挿せるなら、エクスプローラで画像ファイルを確認して、メールに添付して送ってくださいね」
とお願いした。すると、
「メディアの取り出し方もわからないし、エクスプローラが何だかもわからない」
という答えが返って来て驚いた。

 パソコンにメディアを挿せると聞いたのでそう言ったのだが、一般的に、女性は機械には疎いものだ。また、思考そのものがあまりロジカルではない。機械の操作を理解することを、最初から諦めてしまっているようでもある。私にとっては、エクスプローラは当たり前の存在だったので、この当たり前の感覚を言葉でどのように説明したらいいか、困ってしまった。家に帰ってからガンモにこの話を聞かせると、
「エクスプローラよりも、マイコンピュータを使ってる人が多いんじゃないかな?」
という答えが返って来た。なるほど。そう言えば、職場でも、プログラムの開発を担当していない人は、マイコンピュータをクリックしてフォルダの中身を参照しようとする。私も、そのような操作をしている人のパソコンの画面を覗き込んだことがあるが、フォルダの中身が大きなアイコンのまま表示されていて、とてもわかりにくかった。

 私のように、プログラムの開発を担当している人たちは、マイコンピュータはほとんど使わない。スタートボタンを右クリックして(左クリックだと、スタートメニューが表示されてしまう。スタートボタンの右クリックは、隠しコマンドのようなものだ)、エクスプローラを直接呼び出して、フォルダの中身をアイコン表示ではなく、詳細表示にして使う。こうしておけば、フォルダの中身を更新された順に並べ替えて表示させて、目的のファイルを探し出すことが容易なのだ。しかも、登録されている拡張子も隠しファイルまでも表示させる設定にしておく。おまけに、Windowsに標準のメモ帳は使い辛いので、もっと使い易いエディタをフリーウェアやシェアウェアの公開サイトからダウンロードして、.txtに関連付けして使っている。これが技術者の標準的な使い方だ。

 私は、エクスプローラの一件で、さきほどの料理のことを思い出した。私の場合、世の中の主婦が当たり前のように知っていることを、料理やその他の分野においては知らないことが多い。その代わり、コンピュータ業界で長く働いている分、コンピュータに関してはそれなりに詳しい。しかし、何かを知っているから偉いなんて、誰も言えない。何かに詳しいということは、同時に他の何かには詳しくないということだ。あらゆる分野に詳しい人なんていないのだから。「ガンまる日記」や掲示板にも書いて来たが、自分の中で足りていないものを認め合い、お互い分け合って生きて行くことができたらいいのにと常々思う。ロールプレイングゲームなどでは、これが成り立っている。そろそろ私たちの人生そのものを、ロールプレイングゲームに置き換える必要があるかもしれない。もともと私たちは、人生でそれぞれの役割を演じている(ロールプレイング)はずなのだから。

 きのうの記事に、「一つの方向に向かっているから一つだ」と書いたが、全体という大きな「一つ」の中に、役割を持って組み込まれていることもまた、「一つ」と呼べるのではないだろうか。ということは、おしゃべり好きな関西人の友人たちも、おしゃべりをするという役割を持って生まれて来ていることになる。ただ、相対的な関係において、それが生かされるかどうかだけの違いだ。私自身が彼女たちに生かされているという実感がなかったにしても、おしゃべり好きな関西人の友人は、おしゃべり好きではない私の前では生かされていたことに気がついた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お忙しいところ、読んでくださって感謝しています。とうとう二〇〇六年も、残すところあと一日となりましたね。皆さん、お正月の準備は万全でしょうか。私も今日、ようやく年賀状を投函することができました。若い頃は、元旦に届けられる締切日までに必ず投函していたものですが、今は大量印刷もできるようになって、とても便利になったというのに、年賀状を出すのも遅れがちになってしまいました。不思議なものです。

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2006.12.29

会食とライブ納め

 ガンモは朝から仕事に出掛けて行った。私は今夜は、好きなアーチストのコンサートに出掛けることになっていた。ライブ納めである。コンサートの前に友人たちと一緒にご飯を食べる約束をしていたので、私は十四時過ぎに家を出た。きのうから寒いと思っていたら、外では雪がちらついていた。初雪である。

 一緒にご飯を食べた友人たちというのは、十年前に私が関西に来て初めて派遣された企業の隣の部署の部長さんの奥さんと、その奥さんのご友人である。奥さんと私は、関西方面のライブではいつもご一緒させていただいている。奥さんのご友人にお会いするのは、今回で三回目か四回目だろうか。何と、今回のコンサートには、わざわざ横須賀から遠征されてのご参加である。

 集まった三人で、お互いの馴れ初めについて語り合った。奥さんと横須賀のご友人は、私も知っている奥さんの別のご友人とコンサート会場で席が隣同士だったことがきっかけで、交流が始まったのだそうだ。人の縁とは実に不思議なものである。コンサート会場で席が隣同士になっても、まず、会話を始めなければ何も始まらない。しかも、その先で会話が盛り上がって、お互いに連絡先を交換し合わなければ、次に繋げることはできない。現在の交流は、そうしたプロセスを経て、それ以来続いているご縁なのだ。

 奥さんと私の馴れ初めに話題が移ったとき、奥さんは、ご主人さん(私の派遣先だった会社の隣の部署の部長さん)に、
「○○さん(私の苗字)ってどんな人?」
と尋ねられたそうである。すると、ご主人さんは、
「△△さん(私の好きなアーチストの苗字)を女にしたみたいな人」
とおっしゃったそうだ。これには大爆笑してしまったが、ご主人さんが私に対してそんな印象を持ってくださっていたことがとてもうれしかった。

 奥さんには、常日頃からとても良くしていただいているのだが、何と、今日お会いしたときに、私たちの結婚十周年のお祝いにと、今から五十一年前に発売された古いカメラをいただいた。奥さんのお父様がリアルタイムの時代に購入されたリコーフレックスVIISという二眼レフである。ずっと押入れの中に眠っていたらしく、レンズは既に回らなくなってしまっていたが、シャッターとセルフタイマーは生きていた。ファインダーにも汚れはあったが、磨けば何とかなるだろう。レンズが回らなくなってしまっていることに関しては、ガンモが何とかしてなおしてくれるだろう。奥さん曰く、このまま家に置いておいても、捨てるだけだからということらしい。私は、大変恐縮しながらも、ありがたくいただいた。

 横須賀のご友人は、コンサートのあと、夜行列車で帰宅されるとのことだった。夜行列車と聞いて、まず最初に思い浮かべたのが、青春18きっぷだった。
「まさか、青春18きっぷですか?」
と尋ねてみたものの、コンサートを終えて青春18きっぷで利用できる列車はないことに気づき、
「もしかして、急行銀河ですか?」
と言い直したところ、大当たりだった。先日の出張でガンモも利用した急行銀河を、横須賀のご友人はしばしば利用されているとのことだった。しかも、他の寝台列車も良く利用されているらしく、会話の中に歴代の寝台列車の名前が次々に飛び出して来る。特急北陸にも乗車されたことがあるとか。
『あさかぜ』が好きだったので、『あさかぜ』があった頃は、『あさかぜ』を利用していたんですけども」
とおっしゃった。やはり、あちこちの地方まで遠征されている方は、鉄道にも詳しい。さすがである。

 今回のコンサートには、奥さんと横須賀のご友人との共通のご友人であるもう一人のご友人も参加される予定だったのだが、どうしても仕事の都合がつかなくなり、参加できなくなってしまったのだそうだ。そのご友人のチケットを余らせないようにするため、急遽、二十歳になる奥さんの息子さんがコンサートに参加されることになった。ご飯を食べたあと、息子さんとの待ち合わせ場所に行き、初めて息子さんとご対面させていただいた。とても温和な感じの息子さんだった。

 奥さんと息子さんの会話を聞きながら、親子の会話というものは、愛情があるために、ある程度、省略されるものだと感じた。年頃の息子さんは、お母さんと一緒に行動することがとても照れ臭いご様子だった。年齢を重ねて来ると、いつまでも子供の頃のように、もっとも身近な存在である親に対しては、素直ではいられなくなってしまうのかもしれない。私も、自分の若い頃を思い出していた。

 コンサートは、ツアーファイナルということで、アーチストがとてもハイになっているのがわかった。彼らは、突き抜けて行くような演奏をしていた。きっと演奏中にエクスタシーを感じていたに違いない。

 今回のツアー中に、メンバーの一人がまったく声を出せない状態に陥り、他のメンバーがフォローしたというハプニングがあったらしい。そのことを、メンバーの一人がMCで話したのだが、
「そんなハプニングがあってからも、彼からフォローしたお礼を言ってもらってないけど、俺らは一つだからいいんだ。逆に、お礼なんか言って欲しくない!」
と言った。私は、「俺らは一つだから」という表現にいたく感動した。活動期間の長い彼らは、第三者からそのように表現されることも多いかもしれない。しかし、第三者がそう表現するよりも、こうしたハプニングを例にしてメンバーの誰かが自発的に表現したほうが、ずっと現実味がある。

 先日、別の友人からメールが届き、彼らのコンサートを既に五百本観たと書かれてあった。彼女は、一度のツアーで、旅行も兼ねていくつもの地方を回り、何百本もコンサートを観ているのである。彼らのコンサートには、人を夢中にさせる何かがある。そうでなければ、同じアーチストのコンサートを五百回も観ないだろう。私もその何かを探しに彼らのコンサートに通う。一体、彼らの何に取りつかれているのかわからない。しかし、そこにある何かを感じるためにコンサートに足を運び続けているのは確かだ。

 三時間半余りの熱演のあと、彼らのツアーファイナルは幕を閉じた。今年一年、お疲れ様。また来年、お会いしましょう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 仕事納めに続いて、ライブ納めも終わりました。会場が一つになると、会場内のエネルギーが高まっているのがわかります。会場が波打つのです。「一つ」の定義はなかなか難しいですね。同じことをしているから一つになっているのでしょうか。接点を共有しているから一つになっているのでしょうか。または、彼らの言うように、サポートし合っているから一つになっているのでしょうか。少なくとも、一つの方向に向かっているから一つであることは間違いないようです。

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2006.12.28

ガンモの帰宅と仕事納め

 朝、玄関のドアが開いて、ガンモが東京出張から帰って来た。およそ三日ぶりの再会を果たした私たちは、喜びに打ち震えながら、抱き合ってキスをした。毎回、私はガンモと再会すると、まるで堤防が決壊したかのようにわんわん泣くのだが、今回は泣かずに済んだ。ガンモの顔を見た途端、ガンモ不在の非日常からガンモのいる日常に戻ることができたからである。

 三泊四日の出張のうち、ホテルに二泊したガンモだったが、ホテルでも帰りの急行銀河でも、ほとんど眠れなかったと言う。ホテルで眠れなかったのは、決して周りの音がうるさいとか、部屋の明かりを消してもネオンが明る過ぎるとか、そういう理由ではないらしい。何となく、なかなか寝付けない部屋だったのだそうだ。

 すぐに仕事に出掛けなければならなかったガンモは、素早くシャワーを浴びて、寝不足でだるそうな身体のまま出掛けて行った。そのあと、私も支度を整えて、仕事に出掛けた。とても慌しい再会だった。私は今日が仕事納めだったが、ハード屋さんのガンモの仕事納めはまだまだ先のことらしい。

 私は、明日から始まる年末年始の休暇のことを思うと、うきうきした気持ちでいっぱいだった。職場では、本日付けで、同じプロジェクトの派遣社員の女性(話の長い女性)が退職されることになっていたので、プロジェクトのみんなで彼女に花束を贈った。私の職場では、派遣社員が退職するときは、プロジェクトのみんなでお金を出し合って、花束を贈呈するしきたりがあるのだ。その花束は、同じプロジェクトの別の派遣仲間の女性が昼休みに買いに行ってくれたものだ。花束を受け取った彼女はとても感動していた。

 それに対し、退職して行く派遣社員の多くは、高級なお菓子を買って来て、お世話になった人たちに配りながら最後のあいさつをする。派遣社員をどんどん使い捨てて行く企業と違って、私の派遣先は、派遣社員をとても大事にしてくれていると思う。だから、辞めて行く人も、「はい、さよなら」では終わらないのだ。今日退職して行った彼女も、同じプロジェクトの人たちを中心に、高級なお菓子を配っていた。

 仕事納めということで、定時になると、会議室で納会が行われた。納会では、ビールにおつまみ、お寿司やピザなどが出され、普段、話す機会のない人たちとの会話を楽しむことができる。私たち派遣社員も納会に参加していいことになっているので、私も少しだけ参加した。

 私は、九月末に退職した直径十二センチの彼女の後任の派遣仲間のことが気にかかっていた。彼女の後任の派遣仲間は男性なのだが、彼が上司とやりとりをしている様子が、私の席からとても良く聞こえて来るのである。その上司は、私の元上司でもある。とても頭の回転の速い、実に切れ者の上司だ。私の上司だった頃の彼は、プロジェクト全体のとりまとめとプログラムの開発を担当していた。しかし、プロジェクトで新たな仕事を請け負うようになり、彼はその新たな仕事のリーダーを担当するようになった。そこに投入されたのが、直径十二センチの彼女だったのである。

 直径十二センチの彼女は、その上司に追い込まれ、仕事のプレッシャーに耐え切れずに仕事を辞めた。切れ者の上司は、自分のペースでことを進めるので、そのペースについて行けない人は、かなりのプレッシャーを感じてしまうことになる。例えば、過去事例の検索方法が妥当であるかどうかを、クイズ形式で尋ねられる。その問いかけ方には逃げ道がなく、問いかけに答えられないでいると、コンプレックスを感じてしまうほど追い込まれて行くのだ。

 かつて、私がその上司と一緒に仕事をしていたとき、私は元上司に限りなく反発していた。元上司に対し、私は言いたいことをストレートに言っていたと思う。時には、周りの人を冷や冷やさせることもあったくらいだ。それは、私が技術者だから実現できたことである。自分の中にある技術力で上司に対抗できたのだ。しかし、すべての人が私と同じように反論できる立場にあるとは限らない。実際、直径十二センチの彼女も元上司にはほとんど反論できなかったし、後任の彼も、元上司に追い詰められると黙り込んでしまう。私は、そうしたやりとりが心配でたまらない。この先、直径十二センチの彼女の二の舞になってしまうのではないかと心配なのだ。

 私は、納会の席でこっそりと、後任の彼に言ったのだ。
「○○さん(元上司の名前)に、もっと反論してもいいんですよ。なるべく言いたいことを溜めないようにしてくださいね」
と。彼はにっこり笑っていたが、元上司に対し、心の中でどのように感じているか、読み取れなかった。

 直径十二センチの彼女と私は、毎日のようにメールのやりとりをしている。彼女に後任の彼と元上司のやりとりのことを伝えたところ、彼の気持ちが良くわかると言っていた。私が、彼の気持ちを聞くために飲み会を開くかもしれないと言うと、その飲み会に参加してもいいと言ってくれた。私が今の職場で得たものは、こうした派遣仲間たちとの交流かもしれない。これまでの派遣先では、同じ派遣会社からの派遣仲間の数はとても少なかったのだ。時には、派遣社員は私一人だけということもあった。だから、派遣社員特有の悩みがあっても、同じ職場の誰かに相談できる状況になかった。ところが、現在の職場には、八人もの派遣仲間がいる。そのため、時には営業を通して解決するような問題も、たいてい派遣仲間同士で解決できている。

 私は、納会が一時間程度でお開きになるのを知っていたので、それよりも少し早めに失礼して、途中の駅でガンモと待ち合わせをして帰宅した。まだ仕事納めにもならず、寝不足のガンモはどことなく元気がなかったが、私は一人で浮かれていた。そして、自分自身に「一年間、お疲れ様」と言った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 皆さんも仕事納めをされましたでしょうか。一年間お疲れ様でした。私も、ようやくこの一年の仕事を終えました。この一年間、仕事と言うよりも、職場の人間関係でいろいろあったように思います。私が今の職場に派遣されてから、既に四年半が経過していますが、これまで当たり障りのない付き合いを続けていたために、何も起こらなかったということがわかりました。私よりも派遣期間の長い女性(以前、私と大喧嘩をした派遣仲間)がいるのですが、現在の職場の状況をずっと見守って来た彼女と話していたところ、「これまで平和だった派遣仲間の間にいろいろあったね」と言っていました。確かにその通りでした。でも、それは、これまで当たり障りのない付き合いをしていたために、摩擦までたどり着かなかったのだと思います。もっと交流を深めようとすると、摩擦が起こる場合もありますね。心の中では合わないと感じているのに、密に関わろうとすると、どんどん歪が出て来るようです。その歪を矯正できるのが愛のある関係で、矯正できないまま離れてしまうのが社会的な関係なのかもしれませんね。

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2006.12.27

ガンモの選んだ非日常

 ガンモが出張でいない最後の夜。明日、ガンモが帰って来ることを思うと、気持ち的には落ち着いているものの、今夜はどんなふうにグレてしまおうかと思案していたところ、残業になってしまった。どうやら、毎晩のようにグレさせてはくれないようである。現在、Windows Vistaの発売に向けて、これまでリリースして来たアプリケーションをWindows Vista上でも問題なく動作するように作り変えているところだ。この作業を来年二月の初旬くらいまでには終わらせなければならないことになっている。年が明けてから、大きな山場を迎えそうである。

 十七時半頃、ガンモから、東京での仕事が終わったので、これから秋葉原に行くとメールが届いた。何だ、そんな時間にもう仕事が終わっているなら、新幹線で帰って来てもいいじゃないかと思うのが普通だろう。だが、ガンモは、秋葉原を堪能したあと、飛行機や新幹線よりも高い料金を払って、夜行列車である急行銀河に乗って帰って来るのである。大阪到着は翌日の朝だ。急行銀河は寝台料金がかかるので、少々割高になってしまうのだ。これが、ガンモの選んだ非日常である。

 ガンモは私と同じように明日も出勤の予定だが、いったん帰宅してから仕事に出掛けて行くと言う。そこで、およそ三日ぶりの再会となるわけである。現在、これを書いている間、ガンモは急行銀河に乗っている。寝台列車に乗っているため、携帯電話で話をすることができないので、ガンモからはメールが届いた。そのメールには、「おやすみ、あいしちゅ」と書かれている。ちなみに、「あいしちゅ」は、愛シチューと同じ意味である。

 二日間とも、ホテルでなかなか寝られなかったと言っていたガンモ。揺れの激しい急行銀河の中でも、熟睡できるとは思えないが、睡眠不足が続いているなら、いつもよりは良く寝られるかもしれない。でも、もしも眠れない夜を過ごしているなら、寝台のカーテンをそっと開けて、外の景色を眺めていることだろう。そして、静かにカメラのシャッターを切っている。そんなガンモが目に浮かぶ。

 私たちがいつも急行銀河に乗るときは、一つの寝台に寄り添って眠る。急行銀河のA寝台は、少し広いのだ。我が家のシングルベッドとあまり変わらない広さである。私たちは、自宅のシングルベッドに寄り添って眠るように、急行銀河のA寝台に寄り添って眠る。しかし、今夜はガンモが一人でA寝台で眠っているのである。私が、いつもガンモと寄り添って寝ている自宅のシングルベッドに一人で寝ているように。

 帰宅すると、Rちゃんから「ガンモおたま」が届いていた。きゃはは。うれしい。ガンモがハワイに出掛けて不在のときも、私を励ますためにおたまを送って来てくれた。今回も、Rちゃんがガンモの不在をおたまで励ましてくれた。今夜はガンモおたまを抱いて眠ろう。明日になれば、ガンモおたまが、本物のガンモを連れて来てくれる。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ようやく明日が仕事納めになります。そして、明日になれば、ガンモも帰って来ます。明日の朝は大騒ぎですぞ。(^^) 今夜はガンモおたまと一緒に眠ります。それでは、おやすみなさい。

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2006.12.26

映画『大奥』

 朝、ガンモにモーニングコールをしてから出勤した。わずかの間でも、こうして離れ離れで生活していると、遠距離恋愛期間中を思い出す。あの頃は、私が東京に住んでいて、ガンモが兵庫県に住んでいた。今の状況(と言っても、ガンモは今、東京に住んでいるわけではないが)とまるっきり逆である。妙な感じだ。

 夕方、ガンモからメールが届いた。
「ヨロバシに行って来る(^^)」
ニコニコマークなんか付いていて、ガンモはやけにうれしそうだ。「ヨロバシ」というのは、ヨドバシカメラのことである。メールが送信された時間は、まだ十七時前だった。東京で非日常を過ごしているガンモは、いつもよりも早めに仕事が終わったため、ショッピングを楽しみたいようである。私のほうは、ガンモがいなくてグレてしまいたいくらいなのに、ガンモは東京生活を満喫しているようである。何だか悔しいではないか。

 ようし、今日はせっかくのレディースディだ。私も早めに仕事を上がって映画を観て帰ろう。どうせ、家に帰ってもガンモはいないのだから。そう思って、レイトショーに間に合う時間に仕事を上がった。ガンモに電話を掛けてみると、東京は大雨なので、ヨドバシカメラに行くのは諦めたと言う。私が、
「これから映画を観て帰るから。どうせ家に帰っても誰もいないしね」
と言うと、ガンモは、
「わかった」
と言った。それからガンモは、私が映画を観ている間に一眠りしたようである。

 さて、今日観た映画は、『大奥』である。私は、子供の頃から時代劇を観るのをとことん避けて生きて来た。おそらく、時代劇の中の男性の髪型や服装があまり好きではなかったのだと思う。だから、『遠山の金さん』も、『水戸黄門』も観ることなく大人になった。そんな私が、何となくこの映画に惹かれ、「レディースディで千円で観られるなら観てもいいか」、くらいの気持ちになったのは、自分でも意外である。レイトショーの対象になっている他の映画は既に観ていたので、観たい映画の候補として消去法で残ったのがこの映画だったとも言える。実は、これが大当たりだった。

 題材になっているのは、絵島生島事件である。かなり有名な事件なので、ご存知の方も多いことだろう。私も何度か漫画で読んだことがある。しかし、漫画で読んだのとはストーリーが少々異なっている。私が漫画で読んだのは、絵島が生島を大奥に招き入れて密通していたというストーリーだった。絵島生島事件によれば、歌舞伎などではそのストーリーが使われているが、実際はそのような事実はないらしい。

 漫画のストーリーに染まっていただけに、実際に映画を観るまでは、「あの絵島の役を仲間由紀恵ちゃんが? ええっ?」という印象だった。しかし、実際に映画を観てみると、仲間由紀恵ちゃんは、単に関西でICOCAのコマーシャルをやっているだけの女優さんではないことを再認識させられた。彼女はこの映画で、絵島の役になり切っている。この役に賭けているのがわかるのだ。目線と言い、発声の仕方と言い、演出だけで、ここまで女優さんが変身できるものなのかと驚いてしまった。

 高島礼子さんの悪役もいい。『極道~』は観ていないが、あれほどの迫力はないにしても、悪役も主役もこなせる女優さんは実力があると思う。杉田かおるさんも出演されているのだが、彼女は悪役が板について来たなあと思う。彼女が涙を流しながら火を放つシーンは印象的だった。多分、私が彼女と同じことをするときも、きっと目に涙を浮かべるだろうと思ったからだ。

 ミッチーこと及川光博さんは、まだまだ役に幅が出て来ない役者さんではあるが、それは彼の容姿が邪魔しているのだろうと思う。何を隠そう、私はかつてミッチーのファンクラブに入っていて、彼のライブに何度か足を運んだことがある。彼に対する音楽的なコメントは控えたいが、彼のライブは思い切りユニークだった。彼は、ファンを楽しませる方法を知っているアーチストの一人だ。だから、音楽を聴きに行くというよりも、ライブを楽しみに足を運んでいた。

 さて、話を映画に戻そう。豪華で個性的なキャストに加え、この映画は音楽がまたいいのだ。映画のオープニングから、とても心地良い音楽が流れている。時代劇など苦手だと思っていた私が、もう、それだけでこの映画に引き込まれてしまったのである。

 それだけではない。この映画は、立派な恋愛映画でもある。大奥という、男性とはほとんど縁のない場所で働く女性たちが繰り広げる名誉欲と嫉妬の入り混じった人間模様と、二組の相思相愛の男女が描かれているのである。

 何が本当で何が嘘かわからない策略の中で、真実の愛を見つける絵島と生島。「それだけで満足だった」。二人を説明するのに、この一言に尽きる。恋を知る前の女性と恋を知ったあとの女性の表情の違いも良く描かれていた。恋を知ると、女性は表情が柔らかくなる。また、恋多き男性は、真実の愛を見つけると、One of themではなく、Oneになる。そういうことを感じさせてくれる素晴らしい映画だった。口の固い生島に、生島の最後の笑顔に、誰もが泣けるだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私がグレるとは、せいぜい映画を観て帰ることくらいです。この映画は、『ラ・マン(愛人)』にも通じるところがあると思いました。それから、記事には書いていませんが、『エラゴン』、『シャーロットのおくりもの』も良かったです。『シャーロットのおくりもの』は、友情とは何か、子供を産んで世代交代するということを教えてくれた映画でもありました。

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2006.12.25

ソウルメイトの孤独

 今日はガンモが東京まで出張に出掛けて行く日である。もともとガンモは、今日は休みを取り、青春18きっぷを使ってガタンゴトン移動する予定だったらしいのだが、どうしても外せない仕事が入ってしまい、神戸空港から最終便の飛行機で羽田まで飛ぶことになった。

 ガンモは、前日の夜にせっせと出張の準備を始めた。久しぶりの東京出張で、心なしか浮かれているようである。何だ、私と離れることが寂しくないのかと、私はちょっぴりふてくされた。たいていの場合、出掛けて行く側は、非日常という新しい世界が待っているため、寂しくないものである。しかし、家に残って日常を過ごす側は、日常の中に存在しているはずのパートナーが不在になるため、寂しい想いを抱えてしまうのである。

 「十九時くらいに三宮で待ち合わせできれば、一緒にご飯を食べられるけど?」
とガンモは言った。私の職場から十九時に三宮に到着するには、かなりの覚悟がいる。
「ううん、多分、無理だな」
と私は答えた。

 いよいよ仕事を終えて夕方になった。私は、周りの様子を見計らいながら、コソコソと仕事を上がった。「クリスマスなんだから、まあ、いいか」と自分に言い聞かせていた。もっと正々堂々と仕事を上がればいいのだが、私の職場はどうもそういう雰囲気ではない。私は逃げるように職場を離れ、ガンモに電話を掛けた。
「行くから!」
ガンモは仕事を終えて、荷物をまとめ、自宅方面から三宮に向かっているところだった。
「わかった!」
とガンモが言った。

 およそ一時間後に、三宮のポートライナーの乗り場でガンモと落ち合った。神戸空港に行くには、ポートライナーを利用するのである。私たちはポートライナーに乗り、およそ二十分で神戸空港に着いた。開港したばかりの頃は、たくさんの人で溢れ返っていた神戸空港も、今は落ち着いた雰囲気である。あの頃は、
「神戸空港、行った?」
と確認し合うのがブームだった。そういう私たちも、三月の終わりに神戸空港を訪れている。

神戸空港

 久しぶりに神戸空港に降り立つと、フェリシモハッピートイズプロジェクトの神戸空港会場のツリーが視界に入って来た。フェリシモハッピートイズプロジェクトの展示は今日までと聞いていたが、諸々の都合から、神戸空港会場には足を運べないだろうと思っていた。しかし、ガンモの東京出張のおかげで神戸空港のツリーも確認することができたのである。しかも、Rちゃんの作品は、神戸空港に展示されていたのだ。

 私は、神戸空港に行けるとは思っていなかったので、カメラを持参していなかった。そこで、ガンモが出張用に持って来ているコンパクトカメラで撮影してもらった。私も少しだけ、携帯電話で撮影した。あまり写りの良くない携帯電話の画像を貼り付けるのは少々気が引けるのだが、手元にこの画像しかないので申し訳ない。

 他の会場と違って、ツリーが白いのが特徴だ。また、人形を手に取ることができる配置になっているためか、一つ一つの人形にナイロンの糸が取り付けられていた。それがまるで、人形の自由を奪っているかのように見えてしまったので、糸で固定されている人形が気の毒に思えてしまった。確かに、一般の人の手の届くところに人形があるわけだから、人形を守りたくなる気持ちもわかるのだが・・・・・・。

 フェリシモハッピートイズプロジェクトの展示に別れを告げた私たちは、一緒に晩御飯を食べた。ご飯を食べ終わると、ガンモは入場ゲートに入って行ったのだ。私は、ガンモの荷物チェックが終わるのを見守っていた。新婚当時のような、涙の別れにはならなかった。新婚当時は、東京出張のために新神戸から新幹線に乗るガンモを見送ると、お互い、離れるのが辛くて涙を流し、新幹線が発車すると新大阪で新幹線を降りようと思ったほどのガンモがいたのに。

 ガンモを見送り、自宅近くまで帰って来ると、ガンモから、無事に着いたと連絡が入った。家に帰り、誰もいない家の中に入ると、急に寂しさがこみ上げて来た。ガンモが床を歩くペタペタという音が聞こえて来ない。ガンモがいるときに聞こえるはずの生活の音が聞こえて来ないのだ。なるほど、そうだったのか。ガンモも私が湯治に出掛けているときは、こんなふうに寂しく過ごしていたのだ。

 一人で生きられる方向に向かって行くツインソウルと、二人一緒でなければ生きられないソウルメイト。ツインソウルは、一緒に居ても孤独を感じる存在。ソウルメイトは、二人一緒でなければ孤独を感じてしまう存在。このように、ツインソウルの孤独とソウルメイトの孤独は、まったく別物である。ツインソウルの孤独を知っている人は、人間は、それぞれ一人だと思っているが、ソウルメイトの孤独を知っている人は、人間は一人ではないと思っている。だからこそ、一人のときが孤独なのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 遅ればせながら、メリークリスマスであります。皆さん、楽しいクリスマスを過ごされましたか? 私のサイトでは、ソウルメイトに出会っている方よりも、ツインソウルに出会った方のほうがたくさん書き込みをしてくださっていますが、ソウルメイトに出会っている方によれば、安定しているために、男女の愛について誰かと語り合う必要がないのだとか。確かに、愛ちゃんも最近、語りませんねえ。(笑)愛ちゃん、お元気ですか? そう言えば、先日、書籍化されるブログがあるという話を書きましたが、書籍化されているブログの多くは、波乱万丈の人生を歩んでいる人たちのブログのようです。映画でもそうですね。面白かったと評価されるのは、山場がいくつもある映画です。それに対し、ソウルメイトの愛は、緩やかな山場がずっと続いて行く愛なのです。

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2006.12.24

二人で過ごすクリスマス・イブ

 朝十時半頃、ガンモは仕事から帰宅した。私は珍しく、まだ寝ていた。休日といえども、私がこんな時間まで寝ているのはとても珍しい。ガンモも驚いていた。

 帰宅してからお風呂に入ったガンモは、ベッドに横になった。
「眠いの?」
と尋ねると、ガンモはやはり、
「眠い」
と答える。徹夜で仕事をこなして来たのだから無理もない。ハード屋さんのガンモは、この時期になると、顧客の営業に差し支えない時間帯にシステムの入れ替えなどを担当するのだ。

 私はしばらく寝室でごそごそしていたが、私が活動する音がガンモの睡眠を妨げているのではないかと気がかりでもあった。ベッドで何度も寝返りを打つガンモに、
「うるさくない? 大丈夫?」
と聞いてみたが、ガンモは
「大丈夫」
と言う。別の部屋に行って活動しようかとも思ったが、あれだけたっぷり睡眠を取ったはずの私も何だか眠くなってしまい、そのままガンモの隣に潜り込んだ。ガンモは徹夜で作業をしていたから当然なのだが、私の場合、ウィークディの睡眠不足が影響しているようだ。私は、そのままガンモと一緒に三時間ほど眠った。そして、ガンモが目を覚ますと、私も一緒に目を覚ました。ガンモと一緒に眠ることは、別の部屋で音を立てないように活動するのと同じくらいの効果があったようである。ガンモのおかげで、私の睡眠不足もすっかり解消された。

 さて、今夜はクリスマス・イブである。去年のクリスマス・イブは、私が鳥取県の三朝温泉に一人で湯治に出掛けていたために、別々に過ごしたのだ。お互い、とても寂しいクリスマスを過ごすことになった。ガンモと離れ離れになったときに感じたあの孤独は、決して忘れることができない。孤独な湯治で体験したのは、自然の恵みを受けるということだった。いつまでもおばあちゃんたちに愛され続けている株湯。孤独の中で見出した、一筋の光だった。

 「クリスマス・イブだから、ピザでも取ろうか」
とガンモが言った。ここしばらく注文していなかったピザだが、ときどき注文していたピザ屋から、一月生まれのガンモへのバースディプレゼントとして、千円分の割引券が送られて来たのだ。
「これを使えば割引になるし」
とガンモが言う。私たちはどのピザを注文するか、相談した。確か、Webからも注文できたはずだったが、そのサイトにアクセスしてもなかなか繋がらない。もしかしすると、クリスマス・イブで注文が殺到しているのかと思い、今度は電話を掛けてみるが、何度掛けても話し中だった。
「きっと、繋がっても配達してもらえるまでに三時間くらいかかるよ」
とガンモが言ったので、私は近所のスーパーに買い物に行くことにした。その間に、ガンモがクリスマス・ケーキを作ってくれることになった。

 クリスマス・ケーキを作ると言っても、二日ほど前に買っておいたスポンジケーキに、これまた買っておいたホイップクリームを塗り、フルーツを乗せるだけだ。フルーツは、先日、私の実家からキウイフルーツをたくさん送って来てもらったので、それらをスライスしてスポンジケーキの間に挟み込んだ。

 私が買い物から帰ると、ガンモ製のクリスマスケーキが出来上がっていた。
「去年は、俺一人でこれを食ったんだよな」
とガンモがぼそっと言った。そう言いつつも、実は、明日から二十八日まで、ガンモが東京に出張に出掛けることが確定している。
「ふうん。でも、今年のクリスマスはガンモがいないんだよねえ」
と私が切り替えした。去年は私が湯治のために不在だったが、今年はガンモが出張に出掛けるためにクリスマスを別々に過ごすことになる。そう思うと、一分でも一緒に居たいと思う私たちなのであった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 年末・年始は年賀状の準備やクリスマス、大掃除、お年始などで、とにかくイベントが盛りだくさんですね。この時期は、仕事なんかしている場合じゃないくらい忙しい方も多いのではないでしょうか。でも、仕事収めまでもう少し。仕事収めの日にガンモも帰って来ます。仕事収めの日まで、早回しで毎日が過ぎて行きますように。皆さんも、素敵な年末年始をお過ごしください。

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2006.12.23

ホットヨガ(二十五回目)

 今日はガンモに徹夜の仕事が入っていた。徹夜の仕事がある日は、ガンモは昼間のうちに睡眠を取って、夜に出掛けて行くことになる。私はガンモにゆっくり休んでもらうために、ホットヨガの予約を入れた。行き先は、思い出の京都四条通店である。私は年内のうちに、もう一度あのインストラクターのレッスンを受けたいと切望していた。たった一度のレッスンで、あれほどまでに私を虜にさせた幻のインストラクターにもう一度会いたいと思ったのだ。

 京都四条通店のドアを開けると、何と、受付に幻のインストラクターが立っていた。およそ一ヶ月ぶりの再会である。しかし、彼女は私のことなど覚えてくれてはいない。待ち焦がれた人にようやく会えたというのに、何とつれない素振りだろう。しかも、見ると、彼女はレッスン着を着ていなかった。レッスン間近なのに彼女がレッスン着を着ていないということは、彼女は私がこれから受けるレッスンでインストラクターを担当してはくれないということである。わざわざ一時間半もかけてやって来たというのにがっかりだった。

 今回私が受けたのは、九十分のベーシックコースである。最近の私は、このコースをまっとうすることに喜びを見出している。スタジオに入ると、二十二名分のヨガマットが敷かれていた。レッスンが始まって、遅刻して来た人も居たが、やがてすべてのヨガマットが埋まった。さて、レッスンが始まる時間に入って来たのは、やはり、別のインストラクターだった。受付の状況を見て覚悟していただけに、それ以上の落胆はなかったが、これからの九十分間、私は幻のインストラクターの面影を求めながらレッスンを受けるのかと思うと、少し空しい気持ちになっていた。幻のインストラクターがすぐ近くにいるのに、彼女のレッスンを受けられないなんて・・・・・・。しかも、今回のインストラクターは、一見、とても若かった。そのため、余計に今回のインストラクターに対して期待を抱けない状況に陥ってしまった。しかし、いつまでも落胆の感情を引きずっていてはいけない。私は気を取り直してレッスンにのぞんだ。

 レッスンが始まってしばらくすると、私の目からぽろぽろと鱗が剥がれ落ちた。私はコンタクレンズを愛用しているが、決してコンタクレンズが剥がれ落ちたのではない。若いと思っていた今回のインストラクターが、幻のインストラクターと同じくらい素晴らしい存在だということを認識したからだ。人を見かけで判断してはいけない。今回のインストラクターもまた、とても深いものを感じさせてくれるインストラクターだったのだ。

 幻のインストラクターについて、私は、「ヨガの物語を聞かせてもらっているかのよう」と表現したが、今回のインストラクターは、呼吸の物語を聞かせてくれるかのようなインストラクターだった。幻のインストラクターも、呼吸法について熱心に説明してくださったが、今回のインストラクターは、骨盤から息を吸い上げて背骨を通って頭のてっぺんまで呼吸の道を通すことを熱心に教えてくださった。彼女の誘導で、私はレッスン中に初めて、自分の背骨の歪みを認識することができた。いつもレントゲン写真を見せてもらうときの背骨の曲がり具合を、彼女の誘導による呼吸法で感じ取ることができたのである。

 今回のインストラクターは、これまで出会った中で最もスピリチュアルなインストラクターだと感じた。彼女は、「本に書いていること、誰かが言ったことを鵜呑みにするのではなく、自分の身体が望んでいることを引き出してあげてください」と言った。まるで、私の持っている退行催眠CDのように語り掛けてくれる彼女の声は、私にはとても心地が良かった。レッスン中に「魂」という言葉を使ったのは、今回のインストラクターが初めてだったのではないだろうか。

 幻のインストラクターと言い、今回のインストラクターと言い、京都四条通店のインストラクターはとてもスピリチュアルだ。京都四条通店では、一体どのような教育が行われているのだろう。ここで行われているのは教科書通りのレッスンではない。インストラクターが、自分自身の中にあるものを引き出しながらレッスンを行っている。

 立ちポーズから座りポーズに変わるとき、今回のインストラクターは、いきなり座らせるのではなく、全員を立たせ、まずは手をぶらんとさせて、次に頭をぶらんとさせて、手や首の重みを感じながら、重力で下に引っ張られて行くように、身体をヨガマットの下に沈めて行き、最も自然な形で座りポーズへと移行するように誘導してくださった。このようなことは初めてだった。

 また、今回のインストラクターは、レッスンの最後に、「『今』が一番大切なんです。『今』がなければ、過去も未来もありません」と言った。何だ何だ? 精神世界のはなしか? しかし、これこそがヨガなのだ。私がこれまで受けて来たレッスンが、あまりにも肉体的に偏り過ぎていたのである。こうしたことを恥ずかしげもなく語れる人こそ、本物のヨガのインストラクターだ。

 今回のレッスンで、自分の身体の骨の歪みを改めて認識することになった私は、歪みがあるために取りにくいポーズがあることに気がついた。例えば、ヨガでは足を投げ出して座るときに、足を天井に向けて座るのだが、私の身体は、足を天井に向けて座ることが苦しいのである。しかし、あぐらをかいたり、足を折り曲げて、両足の裏をくっつけた状態から太ももを開くポーズはたやすいことから、骨盤を広げるポーズは取り易い。ということは、普段から骨盤が開き気味なのではないかという気がしたのだ。普段からもっと、骨盤を締めることを意識しながら動くことが大切であるように思えた。

 レッスンを終えた私は、シャワーを浴びて着替えを済ませ、新京極へと向かった。新京極でガンモの腹巻を探したのだが、寅さんが付けていたような腹巻は見当たらなかった。仕方なく、男性用のちょっとおしゃれな腹巻を二枚買い、映画を観るためにMOVIX京都へと向かった。前回は、MOVIX京都に辿り付くまでにひどく迷ってしまったが、今回は新京極から素直に行ったので迷うことがなく無事に辿り付くことができた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 新京極はクリスマスセールまっさかりでした。ホットヨガ帰りの重い荷物を抱えながら、私はガンモの腹巻を探しました。ガンモのためと言いながら、自分の腹巻がこれ以上伸びないことを祈っていたりして。(苦笑)これは、ガンモへのクリスマスプレゼントですね。寅さんの腹巻も、もう少し探してみたいと思います。

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2006.12.22

伸びた腹巻

 「冬はつとめて」とは言うものの、決して早朝と胸を張って言えるほどの時間帯に起きて活動しているわけではない。ガンモの仕事が休みの日、私は一人で布団から起き上がる。隣に寝ているガンモの顔を見ると、暖かい布団にくるまって、とても幸せそうだ。私にとっての冬の朝の趣は、ガンモの仕事が休みの日に、まだ布団の中にいるガンモの幸せな顔を見ることだ。私がガンモの幸せそうな顔にすりすりすると、ガンモは一層幸せそうな顔をする。こんな寒い朝に一人で仕事に出掛けて行くのかと思いながらも、せっかくの休みだから、日頃の疲れをゆっくり癒して欲しいと願いをこめて、ガンモに優しくキスをしてから私は布団を出る。

 さて、そんなガンモは、私が普段使っているものを気に入って良く使う。例えば、私が仕事に履いて行こうと買って来たズボンを、いつの間にか自分のお気に入りにしてしまう。買っておいたはずのズボンが見当たらないと思うと、いつの間にかガンモの着替えの中に混じっているのだ。ちなみに、何度も書いているが、私たちの服のサイズは上下とも同じである。

 好きな色が似ているので、服を一枚しか買わないでいると、ガンモは、
「これ、俺んだから」
と言って自分のお気に入りにしてしまう。「いやいやガンモ、それは私のお気に入りなんだよ。こんなことならもう一枚買っておくんだったなあ」といつも思うのだ。

 あるとき、ガンモがいつものように、
「いいものがあった」
と言って、私の愛用している腹巻を使い始めた。冬になると、お腹が冷えるのだろう。
「まるみがいつも使ってるから、どんなに暖かいんだろうと思ってたけど、腹巻がこれほどあったかいものだとは知らなかったよ。気に入った!」
しかし、良く見てみると、何と、衣服の上から腹巻を付けているではないか。私が使っている腹巻は、肌の上に直接当てるタイプのものだ。決して寅さんのように、下着の上から付ける腹巻ではない。それなのにガンモは、夜、寝るときに、パジャマの上から羽織っている薄手のノースリーブのパーカーの上から腹巻を付けている。それを見た私は、
「腹巻が伸びるからやめてよー。肌の上から直接付けてよ」
と懇願した。しかしガンモは、
「もう伸びてるから」
と言って(失礼な!)、そのまま寝てしまった。我が家では、できるだけ寝冷えをしないようにするために、パジャマの上に薄手のパーカーなどを羽織って寝ているのである。

 朝、ガンモがパジャマを脱いだあとを確認してみると、びよーんと伸びた腹巻がベッドの上に転がっていた。私の腹巻なのに・・・・・・。

 二、三日経つと、ガンモは、
「腹巻、あったかいから気に入った。この間まで付けてたのは、もう洗濯してるから」
と言う。
「ええ? じゃあ、今、付けてるのは別の腹巻?」
と私が尋ねると、ガンモは、
「そう」
と、涼しい顔で答えたのである。ああ、私の腹巻がどんどん伸びて行く・・・・・・。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 良くわかりませんが、寅さんが肌着の上から腹巻を付けているように、男性用の腹巻は、衣服の上から付けるものなのでしょうか。女性用の腹巻は、薄手で肌の上から直接付けるものだと思っています。このままでは、私の腹巻がどんどん伸びて行くので、ガンモには、寅さんみたいな腹巻を買ってあげようかしら。やはり、腹巻を付けると、お腹が暖かくなり、調子がいいそうです。

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2006.12.21

「もしかして:ガンまる」計画

 ここ数日、ブログランキングの上位に輝いているブログをいくつか読ませていただいている。私が登録しているブログランキングのカテゴリで公開されているブログはいつも読ませていただいているので、別のカテゴリに登録されているブログをしばらく拝見していた。さすが、ブログランキングの上位だけあって、とても読みごたえのあるブログが多い。思わず、投票ボタンをクリックしてしまう。しかし、そんな読み応えのあるブログでも、書き始めの頃は少しヨロヨロしている。ところが、注目度が上がり、ブログランキングの上位にランクインされるようになると、次第に文章がしっかりして来る。また、記事の中で、書き手と読み手の対話が行われるようになる。そうなると、読み手が書き手にパワーを与えて、感動的な記事をどんどん書かせるようになる。書き手は、水を得た魚のように書き続ける。このようにして、ブログの良い循環が出来上がって行くのである。

 私は、気に入ったブログを見つけると、数日から数週間かけて、すべての記事に目を通す。続きもののブログを書かれている方が多いため、続きを読みたくて、とにかく惹きつけられるのである。時には胸が締め付けられるほど苦しくなり、ブログの書き手を応援したくなるブログもいくつかあった。

 ブログランキングの上位に輝いている人たちは、特殊な経験をされている方も多く、注目度が高いためか、既に書籍化されているブログもいくつかある。出版社の方の目にとまり、声を掛けていただいているようである。しかし、ブログが書籍化されることに関しては、読者の方から賛否両論が出て来るようである。ブログの内容にもよるのかもしれないが、書籍化が決まると、コメント欄がひどく荒れるらしい。これまで無料で読むことができていたブログが書籍化という形で有料になり、更には印税と結びつくからかもしれない。書籍化が決まると、これまで無料で公開していたブログの記事を削除してしまう書き手もいる。書き手の意志ではなく、出版社の希望かもしれないが、おそらく、無料で読んでいただくよりも、印税の入って来る書籍で読んで欲しいのだろう。また、ブログのテーマを決めて、ある出来事を続きもののブログとして書かれている方たちの中には、一連の出来事を綴り終わると、ブログの執筆を終えてしまう方もいらっしゃった。

 書籍化されるほど有名なブログのコメント欄に書き込みをされる方たちの中には荒らしの人もいて、荒らしが更にエスカレートすると、一人の人がハンドルをいくつも変えながら、自作自演のコメントを書き連ねる場合もあるようだ。ブログの書き手は、そうした荒らしや誹謗中傷のコメントを一生懸命削除されているらしい。つまり、ブログが多くの人の目に留まれば留まるほど、共感してくれる人も多いが反感する人も多くなっているということである。人気の高い芸能人も同様である。人気の高い芸能人のことをものすごく好きな人もいれば、かなり苦手だと言う人もいる。人気の高い芸能人であればあるほど、両極を持つようになる。ということは、好きも嫌いも交じり合って初めて人気が高いと言えるわけである。

 私の書いている「ガンまる日記」は、続きものでもないし、そもそも、カテゴリが多岐に渡り過ぎている。おまけに、コメント欄を開放していなければ、トラックバックも拒否している。それでも、毎日のように訪れてくださっている方たちがいるのはとてもありがたいことだ。ただ、アンチ「ガンまる日記」の方がまだまだ少ないのは、ありがたいことなのかどうか。

 もしも出版社の方から、「『ガンまる日記』を本にしませんか?」というお話をいただいたとしたら、私はうれしいと思うのだろうか。それとも複雑な気持ちになるのだろうか。ふと、そんなことを考えてみた。おそらく、とても複雑な気持ちになると思う。その一つに、まずは無料から有料になってしまうことへの抵抗がある。それでも、実際に、「ガンまる日記」を書籍化するかどうかは別として、出版社から声をかけていただけるのだとしたら、その行為自体はうれしいだろうと思う。その行為が、「ガンまる日記」そのものの出版ではなく、次に繋がるようになればと願うことだろう。

 もともと「ガンまる日記」は、Webで公開することを目的として書き始めた日記である。最初から、書籍化を目的としているわけではない。書籍化を目的とするならば、もっと別の書き方をしたはずだ。現在の書き方のように、一つ一つが増えて全体に向かって行くのではなく、最初から全体を意識した上で一つ一つの記事を書いたはずだ。

 ただ、書籍化に関しては、紙で記録を残すという意味ではちょっと興味がある。というのも、「ガンまる日記(ミラー)」をお借りしているはてなダイアリーから、以下のような紹介メールが届いて、心が揺れたからだ。

はてなダイアリーブック

 これは、「ブログの記事を自分で本にしませんか?」という宣伝である。つまり、「あなたのブログを本にさせてください」という出版社からのお願いではなく、こちらから本を作ってくださいとお願いするのである。しかし、これはなかなか面白いアイディアだと思う。ただ、はてなダイアリーブックで出版するとなると、これまで書いて来た記事を「ガンまる日記(ミラー)」に移行しなければならず、それはかなり面倒な作業なので、現在書いているココログでも同じようなサービスがないか調べてみた。すると、あったのだ。

ココログ出版

 一度、「ガンまる日記」を本にして、本の雰囲気を味わってみるのも楽しいかもしれない。これまで自分の歩んで来た道を振り返るのだ。新しい記事がどんどん上に来る設定にしているブログは、過去ログも読みにくい。しかし、書籍化されていれば読みやすいだろう。ちなみに、他のブログを書かれている方で、ご自分のブログを本にされたい方は、下記サイトをご参照あれ。

ブログ出版局

 こうした本が、やがて別の形で店頭に並ぶようになったら楽しいのではないか。私の場合、「ガンまる日記」を元ネタにするなら、カテゴリごとに出版したほうがいいだろう。ソウルメイトの夫婦愛をまとめた本であるとか、ショートショートの作品集であるとか。そのための第一歩として、これまでの「ガンまる日記」を自分で本にまとめることができたらと思うのである。

 実は、先日、検索エンジンのGoogleを使って、Flashについて調べようとしていたとき、Flashの綴りを間違えてFlasjなどと入力してしまった。すると、Googleの検索結果の一番先頭に、

もしかして: Flash

と表示されたのだ。これは、Flashというキーワードを入力して検索されている方があまりにも多いために、GoogleがFlashのことを覚えていて、「あなたの入力した検索キーワードはFlasjではなく、Flashの間違いではないですか?」と確認してくれているのである。私は、「これだ!」と思った。「ガンまる」という言葉を世の中に広めて、Googleに覚えてもらい、いつの日か、Googleで「ガンまる」を検索するために誰かが文字を入力し間違えたら(例えば、「ガンまろ」など)、

もしかして: ガンまる

と表示されるようになろう。流行語大賞までは狙わないから、せめて

もしかして: ガンまる

を実現させたい。これが私の「もしかして: ガンまる」計画なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「ガンまる日記」を書籍化して、一度過去を振り返ってみたい希望はあります。そのときは多分、すべての記事ではなく、記事をかなり厳選するとは思いますが・・・・・・。もしもそれが実現したら、「ガンまる日記」を愛読し、応援してくださっている方に抽選でプレゼントできたらいいなと思っています。まだ実現できるかどうかわかりませんが、そのときは、ご応募をお待ちしています。(笑)

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2006.12.20

期待と怠慢

 今日は、月に一度の定時退社日だった。そのことをすっかり忘れて出勤したのだが、仕事中に、
「今日は定時退社日なので早く帰りましょう」
というメールが流れて来て妙に得した気分になった。月に一度の定時退社日は、正々堂々と定時に仕事を上がることのできるうれしい日なのである。

 仕事を終えた私は、ガンモに電話を掛けた。ガンモはとても忙しそうに仕事をしていた。まだまだ仕事は終わらないと言う。私は、
「じゃあ、これから映画を観るね」
と言って電話を切り、映画館へと急いだ。上映時間が差し迫っていたからだ。

 私の手元には、全部で七種類分の映画の前売券があった。どれも、派遣会社の福利厚生を利用して購入したものである。私は、それらの前売券の中から、『犬神家の一族』を選んだ。リメイクされた今回の作品は、三十年前と同じ市川崑監督の作品で、主役の金田一耕介役を三十年前と同じ石坂浩二さんがを演じている。しかし、正直言って、全体的に、三十年前の同じ作品よりもインパクトに欠けているように思えた。私には、大きな山場もなく、ただ流れて行くだけのドラマのように感じられたのだ。それでも、金田一耕介役は、石坂浩二さんにしかできないであろうことを再認識させられた。それだけ石坂浩二さんの存在は、金田一耕介役としてのイメージを世間に定着させているのだろう。また、三十年前と同じテーマ音楽が流れていたことも救いだった。

 リメイクと言えば、今年リメイクされた『日本沈没』に対しても同じようにがっかりしたのを覚えている。この映画もまた、山場のない映画だった。映画を製作する技術は確実に進歩しているのに、映画を製作する側の情熱を感じることができなかったのは私だけだろうか。リメイクされた『日本沈没』が公開されているとき、あまりにも現代の技術に頼り過ぎているなどという声もちらほら上がっていた。同様に、今年見た『イルマーレ』も、リメイクされる前の韓国映画のほうが観た人の評価は高い。

 過去に衝撃や感動を与えた映画をリメイクするのは、かなりのプレッシャーを背負う作業になるとは思う。何故なら、過去の作品を観て衝撃や感動を得た人は、新しい作品を観ても、かつてと同じくらいの衝撃や感動を得られるはずだという期待を抱いてしまうからだ。だから、過去の作品で衝撃や感動を味わった人たちの期待に応えるのは並大抵のことではない。過去の作品の衝撃や感動から生まれる期待に応えた上で、更に面白いと感じてもらうためには、リメイクされる作品は、過去の作品を絶対に上回らなければならないのだ。期待のないまま初めて映画を観ることと、過去の衝撃と同等の期待を抱いた状態で映画を観るということは、まったく別物なのである。

 また、過去に大当たりした映画をリメイクする場合、過去にヒットした映画であることへの安心感が、返って映画作りを怠慢にさせてしまうかもしれない。過去の映画を観た人が抱く期待と、過去にヒットした映画であることへの安心感から来る製作側の怠慢が、リメイクされた映画から、映画作りの情熱や面白さや衝撃といったものを奪い去ってしまっているのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「リメイクされた映画が面白くなかった」という感想は、映画に対する期待から、感情がどれだけ動いたかで判断していたのですね。原作を読んでから映画を観る人にも同じことが言えるのではないでしょうか。ある意味、期待せずに映画を観るということは、その映画に対して完全に受身になることかもしれません。だからと言って、最後まで期待をまったく抱かないまま終わってしまうのは、投げやりな人生を送っているようにも思えます。もちろん、期待通りで面白いと感じることもあると思います。期待をまったく抱かずに、扉をぴしゃっと閉めてしまうのではなく、受け取るものを受け取ることができるだけの扉を開けてのぞむことが大切なのでしょうね。

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2006.12.19

父ちゃんの求愛

 私が尋ね鳩の記事を書いてしまうのを待ちかねていたかのように、父ちゃんに変化が起こった。

 今朝のことである。いつものように、鳩の様子を見るために窓を開けたガンモが、
「あれ? 父ちゃん柄(がら)の鳩がいる」
と言った。見ると、ベランダの手すりのところに、父ちゃんと同じ柄(がら)だが、父ちゃんよりも少し小さめの鳩が止まっている。これまで一度も見たことのない鳩だった。大きさからして、雌鳩のようである。父ちゃんはやけに落ち着かない様子で、朝から低い声でホーホーと鳴きながら、ベランダに置いてある荷物の隙間に入り込み、クルクルと回っている。更には、父ちゃんのすぐ側で、ビッグもホーホーと低い声を出しながら、クルクルと回っているのだ。朝から父ちゃんとビッグの落ち着きがなく、ホーホーと鳴きながらクルクルと回ったかと思えば、ばさばさと飛んでみたり、とにかくベランダが騒がしい。

 私は父ちゃんが、この新しい鳩に恋をしたのだと思った。ビッグは、父ちゃんが新しいお嫁さんを迎えることになるために、複雑な思いを抱えて戸惑っているのだろうと思っていた。ちなみに、ビッグは父ちゃんと同じ雄である。

 一方、父ちゃん柄(がら)の雌鳩は、やけに落ち着いていた。私が窓から顔を出しても、ベランダの手すりから飛び立って行かない。私は、父ちゃんとこの鳩は結ばれるだろうという予感がしていた。

 そのまま仕事に出掛け、仕事を終えて一緒に帰宅すると、ガンモはすぐにベランダの様子を見に行った。そして、
「父ちゃん柄(ガラ)の鳩がいる!」
と言った。やはりそうだったか。しかも、
「父ちゃんと羽をくっつけて並んでる!」
と言うではないか。あらららら。ガンモは更に、
「もしも母ちゃんがひょっこり帰って来たらどうするんだろう?」
などと言った。私もそれはどうなるか知らない。鳩もやはり、修羅場を迎えることになるのだろうか。

母ちゃん:「アンタ! その若い娘は誰よ!」
父ちゃん:「お、お前、帰って来たのか!」
母ちゃん:「そうよ。道端で怪我していたことろを、人間に拾われて手当てしてもらっていたのよ。ようやく羽が治ったので、こうして帰って来られたのよ」
父ちゃん:「そうだったのか。それは大変だったな」
母ちゃん:「アンタ! 私が帰って来て、うれしくないの?」
父ちゃん:「・・・・・・」
母ちゃん:「その若い娘を追い出してちょうだい! ここは私の家なんだから!」
父ちゃん:「ホーホー・・・・・・」
母ちゃん:「こら! ホーホー言ってごまかさないの!」
新しい嫁さん:「さっきから、そこでぎゃあぎゃあ言ってるおばさんだあれ?」
母ちゃん:「んまあ! おばさんですって。生意気な!」
・・・・・・。これ以上書くと、母ちゃんのキャラクターが醜くなるのでやめよう。

 母ちゃんが行方不明になってから、既に一ヶ月余りが過ぎている。だから、そろそろ新しいお嫁さんをもらってもいい頃なのかもしれない。鳩の寿命は二十年と聞いている。人間の寿命を八十年と仮定して、鳩の一ヶ月を人間の時間に換算してみると、前の伴侶と別れてわずか四ヶ月で新しいお嫁さんをもらうことになる。なかなか立ち直りの早い父ちゃんである。

 今、これを書いている間も、父ちゃんはベランダの外でばさばさと動き回ってとても騒がしい。この騒がしさと、今朝、ビッグもクルクルと回っていたことを合わせて考えると、もしかすると、父ちゃんとビッグで新しい雌鳩を取り合っているのかもしれない。つまり、新しい雌鳩は、父ちゃんとビッグの両方から求愛を受けているのではないだろうか。しかし、父ちゃんと羽をくっつけて並んでいたところからすると、新しい雌鳩は、父ちゃんの求愛を受け入れたのだろう。

 インターネットで調べてみると、雌が雄の求愛を受け入れれば成立するらしい。私たちとしては、母ちゃんのこともあり、少々複雑な気持ちはあるが、父ちゃんの新しいお嫁さんを受け入れようと思っている。そうなると、新しいお嫁さんの呼び方を考えなければ・・・・・・。

 彼らは、夜でも台所の電気をつけていればベランダは明るいので餌を食べる。さきほどガンモが餌を与えたところ、新しい嫁さんは食べなかったそうだ。しかし、そう遠くない将来、新しい嫁さんも私たちに対する警戒心を解いて、かつての母ちゃんのように、父ちゃんと頭をくっつけながら、餌箱をつつくようになるのだろうか。

 ほんの少し前まで、ベランダの手すりの上に止まり、遠くを見つめながら母ちゃんの帰りをずっと待ち続けていたはずの父ちゃん。私自身が母ちゃんとの間に築いていた絆もあり、少々複雑な気持ちもないわけではないが、かつて母ちゃんと愛し合っていたように、仲良しの姿を見せてもらえるなら、父ちゃんの選択を喜んで応援しよう。もしも母ちゃんがこの世にいないのなら、父ちゃんの幸せを一番に願っているはずだから。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人間の時間に換算して、わずか四ヶ月で求愛活動を始めるとは、鳩の立ち直りはずいぶん早いのですね。しかし、それと同時に、子孫を残して行こうとする彼らの行動力にも感服します。しかも、自分とほとんど同じ柄(がら)の雌とめぐり合うなんて、珍しいことだと思います。父ちゃんと新しいお嫁さんはソウルメイトなのでしょうか。きっと、二羽にそっくりの子供が生まれるのでしょう。

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2006.12.18

フェリシモハッピートイズプロジェクト

 今日は、フェラガモじゃなくて、フェリシモの話を書かせていただこうと思う。フェリシモと言うと、ほとんどの女性がご存知のことと思うが、かわいらしい雑貨などの通信販売を行っている会社である。ずっと以前の職場でフェリシモのお世話係をしてくれていた仕事仲間がいて、彼女の勧めで私も良く注文していたものだった。お世話係の女性が職場の人たちの注文をまとめてくれて、彼女の自宅に届いた商品を職場に持参して、みんなに配ってくれるのである。

 フェリシモで私が良く買っていたのは、何と、お弁当箱だった。一度申し込めば、購入を停止しない限り、毎月ユニークなデザインのお弁当箱が届く。フェリシモは、雑貨のバリエーションを楽しみたいときに、女性の心をくすぐってくれる商品が揃っている。

 さて、そんなフェリシモが、「手作りのぬいぐるみを世界の子供たちに贈ろう」というプロジェクトを進めている。このプロジェクトは、今年で何と十年目を迎えるのだそうだ。その話を、先日のおたまと一緒に書かせていただいたRちゃんから聞いたのは、つい先日のことだった。私は、Rちゃんが紹介してくださったページを拝見して、うっと目頭が熱くなった。何だ何だこのプロジェクトは。泣かせてくれるじゃないか!

FELISSIMO HAPPY TOYS PROJECT 2006

フェリシモ ハッピートイズブログ

 このプロジェクトに参加すると、神戸と北京のいくつかの会場で応募作品が展示されたあと、世界の子供たちに贈られるのだそうだ。Rちゃんもこのプロジェクトに参加されていると言う。

 何も考えずに生きていたら、世界の子供たちに何かできることがあるなんて、一体誰が思いつくだろうか。私の貧困な発想では、募金くらいしか思いつかないのに、思いついた人がいるのだ。手作りのぬいぐるみを作るのが好きな人と、世界の子供たちを結び付けようとしたフェリシモの発想に脱帽である。

 会場が、神戸市内に三箇所、そして北京ということで、私は先日のホットヨガのレッスンのあと、会場の一つである六甲アイランドの神戸ファッション美術館に足を運んだのである。Rちゃんから教えていただいたサイトを拝見したとき、神戸ファッション美術館での展示がもっとも大規模なのではないかと思ったからだ。しかし、結論から言えば、三宮のほうが大規模だった。

 六甲アイランドとは、神戸市にある人口の島である。神戸市には、六甲アイランドの他に、ポートアイランドという人口の島もある。神戸空港は、そのポートアイランドに建設された。高層マンションが多く、ファッションに関する学校や建物が多くあり、とてもおしゃれな街となっている。外人さんも多い。

六甲アイランドはこんなところ

 さて、神戸ファッション美術館に出向いてみると、入口に大きなツリーが飾られていた。そのツリーの周りに、たくさんの手作りのぬいぐるみたちが並べられている。

フェリシモハッピートイズプロジェクト<神戸ファッション美術館>(1)

フェリシモハッピートイズプロジェクト<神戸ファッション美術館>(2)

フェリシモハッピートイズプロジェクト<神戸ファッション美術館>(3)

フェリシモハッピートイズプロジェクト<神戸ファッション美術館>(4)

 規模はそれほど大きくはなかったが、個性的な手作りのぬいぐるみが仲良く並べられていた。これらのぬいぐるみが世界の子供たちに届くなんて・・・・・・。

 私は、子供の頃にとても大事にしていたトッポジージョの人形のことを思い出した。どこに行くにもいつも抱いて出掛けていたっけ・・・・・・。もう一つ、ピッキーちゃんという名前のぬいぐるみをもっていたが、こちらは布製だったため、あまりに大事にし過ぎて汚れてしまい、何度も洗濯してもらったっけ・・・・・・。子供の頃に気に入ったぬいぐるみは、きっと誰にとってもそんなものだ。ここにあるぬいぐるみたちも、世界中の子供たちに贈られて大事にされるのだろう。私はそんな感動を覚えながら、六甲アイランドをあとにした。

 そして、今日、仕事帰りに三宮会場に寄った。神戸ルミナリエの会場近くにある神戸朝日ビルディングの一階に、数本のツリーとぬいぐるみがずらりと並べられていた。夜だったため、ライトアップされていて、とてもきれいだった。クリスマスツリーを飾るなら、昼間よりも夜のほうがずっと映える。そう思いながら、私は夢中でシャッターを切った。

フェリシモハッピートイズプロジェクト<神戸朝日ビルディング>(1)

フェリシモハッピートイズプロジェクト<神戸朝日ビルディング>(2)

フェリシモハッピートイズプロジェクト<神戸朝日ビルディング>(3)

フェリシモハッピートイズプロジェクト<神戸朝日ビルディング>(4)

 残念ながら、Rちゃんの応募作品を見つけることはできなかったが、Rちゃんと同じ想いで手作りのぬいぐるみを作った人たちの作品にたくさん触れて来た。

 個人が作る、一つ一つのぬいぐるみが、こうして一箇所に集められると、大きなパワーを発揮することを知った。一人では達成し得ないことを、フェリシモという会社が企画し、そこにたくさんの人たちが集まって来る。このプロジェクトでは、パワーを集結させることの大切さを学んだ。一人の人がぬいぐるみを一つ作る時間を、すべての応募作品で掛け合わせたら、このプロジェクト全体で一体どれだけの時間がかかっていることになるのだろう。

 こうして集結されたパワーは、再び世界に向けて分散される。しかし、やがて贈られた一人一人の子供たちの宝物になり、何度も洗濯して乾かして、一緒に寝るようなぬいぐるみであって欲しいと思う。どうか、このプロジェクトに参加された方たちの想いが、世界の子供たちに届きますように。

フェリシモハッピートイズプロジェクト<神戸朝日ビルディング>(5)

 皆さん、少し早いけど、メリークリスマス!

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鳩の母ちゃんの記事に対し、たくさんの応援をありがとうございました。世界の子供たちにぬいぐるみをプレゼントするなんて、本当に素晴らしいプロジェクトだと思います。お金で買ってもらうのではなく、プレゼントなんですね。もちろん、全員には行き届かないとは思いますが、お金を介さずに需要と供給が成り立つという、人間、本来の姿がここにあるような気がしてなりません。そして、自分ができることは何だろうと思いました。もしかして、世界の子供たちに、ショートショートを書くことでしょうか? 誰かに翻訳してもらわなければならないですが・・・・・・。(笑)あと、絵を描くのが得意な方も。(^^)

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2006.12.17

尋ね鳩

 鳩のことを記事に書くのは、実に三ヶ月ぶりのことである。我が家の鳩事情に関して、詳しくは、サイドバーのカテゴリをご覧あれ。今回は、ガンモが撮影した写真も交えながら、その後の鳩ファミリーのことを書いてみようと思う。

 確か前回の記事では、父ちゃんと母ちゃんの間に生まれたタップの話を書いた。そのタップが立派に巣立って行ったのち、夏休みのハワイ旅行から帰って来た私たちを待ち受けていたのは、新しい卵を抱いている母ちゃんの姿だった。「母ちゃんのお腹は、一年中、休む暇もないのか?」と思いつつも、我が家でまた新たな生命が誕生することを喜んでいた。

餌を食べる父ちゃんと母ちゃん。頭と突合せて、仲良く餌箱をつつく(撮影:ガンモ)

餌を食べる父ちゃんと母ちゃんとタップ(撮影:ガンモ)

 やがて、卵は二つとも孵った。これまで、一つしか卵が孵らなかったので、二つとも無事に孵ってくれたのはとてもうれしかった。ガンモがベランダの掃除をするときに、カラス避けのダンボールをめくって雛の様子を観察したところ、新しく生まれた雛のうち、一羽は身体が大きく、もう一羽は身体が小さいことがわかった。私たちは彼らに、ビッグ(身体の大きい方)とスモール(身体の小さい方)と名付けた。

ビッグ(右)とスモール(左)。巣の中は糞まみれなので、ガンモがホースで水を流しながら掃除をする(撮影:ガンモ)

 ビッグとスモールも元気に育ち、やがて巣立って行くかのように思えたのだが、彼らの巣立ちは遅かった。というよりも、現在に至るまで、正確にはまだ巣立ちが終わっていない。

 しかし、十一月の初め、父ちゃんと母ちゃんは、新しい巣を私たちのベランダに作った。と同時に、父ちゃんと母ちゃんはビッグやスモールを新しい巣から遠ざけようと、彼らを追いかけては嘴でつつくようになった。もう一人前なのだから、早く巣立ちせよということらしい。

 十一月に入っていたので、外はもう肌寒かった。寒い中で、母ちゃんが一生懸命卵を温めていた。以前は、父ちゃんとほぼ均等な交代制で卵を温めていたが、この頃は、父ちゃんが卵を温めるのはほんのわずかの時間だった。

 十一月のある日のことだった。朝、起きたときにベランダを見ると、卵を温めているはずの母ちゃんの姿が見えなかった。寒空の下(と言っても、カラス対策のために、ガンモが囲いを作ってやった)に、二つの卵が放置されたままである。母ちゃんの身に何か起こったのだろうか? 少し心配になったものの、以前にも二日ほど母ちゃんが行方不明になったことがあったので、きっとまたふらっと帰って来るだろうと思っていた。実際は、卵を放置したままいなくなることは考えにくかったのだが・・・・・・。

 母ちゃんの不在から一日経ち、父ちゃんも異変に気づいたのか、自分の当番の時間帯ではないのに、巣の中に篭(こも)り、卵を温めていた。

 しかし、母ちゃんは、二日経っても三日経っても帰っては来なかった。一人では卵を温め切れないと判断した父ちゃんは、卵を放置してしまった。母ちゃんの姿なき巣の中で、母ちゃんによって産み落とされた卵だけが痛々しい姿で残っていた。

 母ちゃんには、巣に帰れない特別な事情があるのだろう。以前も書いたが、母ちゃんの右目はつぶれていた。つぶれた目を父ちゃんがちょんちょんと、愛情たっぷりの仕草でつついているのを見て、私は涙を流したものだった。そんな母ちゃんが帰って来ないとなると、目が良く見えないことが原因で、何か事故に巻き込まれたのかもしれない。右目が見えなくても、元気になったはずだったのに。

 父ちゃんは、ホーホーと寂しい声で鳴いている。今まで聞いたこともないような悲しげな声だ。父ちゃんは、ときどきベランダの手すりの上に立ち、遠くを見つめながら、母ちゃんの帰りとじっと待っているように見えた。私は、
「母ちゃん、どうしたんだろうねえ。帰って来ないねえ」
と、一生懸命父ちゃんに語りかけていた。父ちゃんは、私に、
「母ちゃんのことで何か知っていることでもあるのか?」
とでも言いたげに、首をかしげながら私のほうを見ていた。

 あれから一ヶ月経ったが、母ちゃんはまだ帰って来ない。おそらく、何らかの事故に巻き込まれてしまい、もうこの世にはいないのかもしれない。ガンモに、今日は鳩のことを記事にするから、写真をちょうだいと言ったところ、母ちゃんの写った写真を何枚かもらった。私はその写真を見て、涙が溢れて来た。

 私が寝室の窓を開けると、餌くれモードで私のすぐ近くまで寄って来た母ちゃん。寝室のすぐ側に、布団を干せる竿があるのだが、母ちゃんはそこに止まり、私が手を伸ばせば届く距離まで近づいて来た。母ちゃんと私はしばしばそこで見詰め合ったものだった。私が手に持っていたノートパソコンの上に乗ったこともある。その母ちゃんは、おそらくもうこの世にはいない。

在りし日の母ちゃん(撮影:ガンモ)

母ちゃんの右目はつぶれていた。笑っているように見えているが、実は見えていない(撮影:ガンモ)

 少し前に、マンションのポストに「尋ね人」ならぬ「尋ねリス」のチラシが入っていた。同じマンションの人が飼っていたリスが、家出をして行方不明になったらしいのだ。そのチラシには、リスの写真とともに、「このリスを見かけたらご一報ください」という内容のことが書かれてた。ガンモはそれを見て、
「俺らも母ちゃんのチラシを作る? 右目のつぶれた鳩を見掛けたらご一報くださいって」
と言った。私は、それを聞いて笑ったが、こうして改めて母ちゃんの写真を見ると、この魂にはもう触れられないのかと、辛い気持ちがこみ上げて来る。

 母ちゃんは、父ちゃんとペアを組んで、たくさんの子供たちをこの世に送り出した。最初に生まれたモリゾー、よそで生まれたキッコロ。そして、ダンボールの上でタップを踏んでいたタップ。ビッグとスモールは、母ちゃんの最後の子供たちとなってしまった。

一番最初に生まれたモリゾー(左)と、そのあとによそで生まれたキッコロ(右)(撮影:まるみ)

 父ちゃんと母ちゃんは、いつも一緒にいた。ガンモと私は、
「鳩はほんとに仲がいいねえ」
と感心していたものだ。これから先、父ちゃんが新しいお嫁さんをもらうかどうかはわからない。鳩ではないが、別の鳥の実験によれば、離れ離れになった片割れのことを二ヶ月で忘れてしまうと言う。もしもこの法則が鳩にも当てはまるのなら、父ちゃんが母ちゃんのことを忘れてしまうのもあと一ヶ月だ。それまでに母ちゃんが帰って来てくれたら・・・・・・。という淡い期待を抱きながら、私は毎日、窓の外を眺めるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 子供の頃に飼っていた鳩は、遠くで放すと必ず家に帰って来ていました。これが帰巣本能なのでしょうね。母ちゃんに一体何が起こったのか、それはわかりません。でも、たくさんの子供たちをこの世に残してくれました。モリゾーはもう餌を食べに来ませんが、ビッグとスモール、それからキッコロと他の仲間も加わって、現在、我が家には五羽の鳩がいます。しかし、父ちゃんと、ビッグ、スモール以外はうちでは餌を食べません。キッコロは、我が家で生まれた鳩ではないために、どうやら遠慮しているようです。おそらく、鳩の掟があるのでしょうね。

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2006.12.16

ホットヨガ(二十四回目)

 ホットヨガ(二十四回目)の今日は、久しぶりに神戸店に出掛けて行った。我が家から通うには、神戸店よりも三宮店のほうが近い上に、ホットヨガ後のお楽しみである映画館も充実している。そのため、ここのところ、三宮店を中心にレッスンを受けていた。前回は、替えのズボンを忘れてショートショートまで書き上げる騒ぎになってしまったので、今回は忘れものをしないように細心の注意を払ってから家を出た。

 神戸店に着くと、二回目にレッスンを受けたときのお気に入りのインストラクターが受付で対応してくださった。
「お久しぶりですね」
と声を掛けてくださったので、
「はい、実はしばらく三宮店で浮気してました」
と正直に答えた。すると、お気に入りのインストラクターは、
「浮気ですかあ?」
などと言いながら、私を軽く睨んだ。何だかしばらく通いつめた飲み屋を久しぶりに訪れたサラリーマンの気分だった。

 今回のレッスンは、九十分のベーシックコースを受けた。先月、京都四条通店で初めて九十分のベーシックコースを受けたあと、前回の三宮店でのレッスンで七十五分のベーシックコースを受けたところ、やはり、もう少し長めの九十分のベーシックコースを受けたいと思ったのだ。三宮店でも九十分のベーシックコースのレッスンは受けられるのだが、レッスン後に活動することを考えると、神戸店のほうが早い時間帯だったため、久しぶりに神戸店にやって来たのだ。インストラクターは、さきほどの方ではなく、いつも受付をしてくださっているもう一人の方だった。確か、私がインドの神さまTシャツを着ていると、いつも声を掛けてくださる方だと思うが、受付ではなくインストラクターとして働いているときは、まるで別人のようにきりりとしている。

 レッスンを受ける人の数は、インストラクターを除いて二十一名だった。スタジオ内には二十二名分のマットが敷かれていたが、最後までマットが一つ空いたままだった。私は、レッスン開始前に周りを見渡しながら、レッスンを受ける人たちの身体が既に整っているのを感じていた。ヨットヨガを始めてからこれだけ身体が整って来たのか、それとも、身体が整っている人がホットヨガのレッスンを受けているのか。それは良くわからなかったが、レッスン開始前から、これまでの雰囲気とは違う真剣な空気が流れているのを感じ取っていた。

 というのも、レッスン開始前に、準備運動として本格的なポーズをとっている人たちが多かったからだ。身体もしっかりと引き締まっていて、余分な肉がなく、取っているポーズも美しい。神戸店のベーシックコース九十分は、ホットヨガのエリートコースだと感じた。

 私はというと、少し身体が訛(なま)っていたのか、レッスンを受けるのがやっとだった。レッスンの時間が長いというよりも、一つのポーズを取り続ける忍耐力がないといった感じだった。九十分のベーシックコースでは、六十分のビギナーコースよりも、一つ一つのポーズを取る時間が長いのである。おそらくだが、これほど肉体的に苦しかったのは、生理が目前に迫っているために、身体がそれなりの準備を始めていたからだと思う。実は、今、この日記を書きながらも、私の息は大きい。

 ところで、今日のレッスンで新たな発見があった。ホットヨガ(二十回目)の記事に、電解水素水の話を書いたが、その水をホットヨガのカウンターで購入すると、会員価格三百五十円で購入できる。しかし、わずか三百ミリリットル入りで三百五十円というのはちょっと高い。ところが、それに代わる水と言っていいのか、「酸素プラス」というラベルのついた五百ミリリットル入りのペットボトルを持参している人がいたのだ。しかも、その人の側にはマツモトキヨシ(薬局)の袋が転がっている。ホットヨガの神戸店のあるビルには、マツモトキヨシも入っている。その人は、レッスン前にマツモトキヨシに寄って、この「酸素プラス」という水を購入されたようである。

 レッスンを終えた私は、早速マツモトキヨシに寄ってみた。「酸素プラス」はドリンクコーナーですぐに見つかった。価格は何と、五百ミリリットル入りのペットボトルが税込百四十四円だった。カナダの水に通常の十倍の酸素を溶かし込んでいるのだそうだ。飲んでみると、なるほど、身体が欲しているのがわかる。これはいい!

酸素プラス

カナダの水に10倍の酸素を充填

 ネットで調べてみると、どうやら、テレビの「発掘! あるある大事典」で、酸素特集が放送されたのだそうだ。そのため、「酵素プラス」の水も良く売れているらしい。まったくと言っていいほどテレビを観ない私は、そのあたりの事情を知ることができなかったのである。私なりに、水素水と酸素を多く含む水の違いについて考えてみた。おそらくだが、水素水の場合は、水素を補うことで、身体の中にある活性酸素と結び付いて水になり、活性酸素を消去させることを目的としている。それに対し、酸素を多く含む水は、身体に足りていない酸素を補うという足し算の発想なのではないだろうか。

 さてさて、今日はガンモの仕事が十五時までだったので、私は映画を観ずに、JR神戸から電車に乗り、住吉で降りて六甲ライナーに乗り換え、六甲アイランドへと出掛けた。実は、六甲アイランドでとあるイベントが開催されているのである。これについては、また後日ご報告させていただくことにしよう。

 六甲アイランドをあとにした私は、仕事を終えたばかりのガンモと住吉で落ち合って帰宅した。今夜の晩御飯は、久しぶりに愛シチューだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 十二月のお忙しい中、「ガンまる日記」を読んでくださってありがとうございます。m(__)m 三十回分の回数券を購入したホットヨガも、あと数回で回数券を使い切る予定です。もちろん、次回も三十回券を購入するつもりでいます。他の支店に出掛けて、いつもとは違う雰囲気を味わうことや、レッスン後の映画のお楽しみも次第に定着して来ました。派遣会社の福利厚生でちゃんとしたヨガマットをもらえることになっているので、ポイントが溜まるのを待っているところですが、100円ショップで売られているヨガマットらしきものにも心引かれています。(笑)

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2006.12.15

大殺界が明けようとしている

 今日は、ガンモが仲の良い職場の同僚たちと忘年会を開いている。私はというと、比較的早く仕事を上がることができたのだが、一人で家に帰ってもガンモがいないので、途中でかなり寄り道をしてから帰宅することになった。しかし、特に当てもないまま街をぶらぶらするにはあまりにも寂し過ぎる。今日まで公開の映画のうち、観たい映画はほとんど観てしまったし、かつての派遣仲間たちとの忘年会だか新年会の話も持ち上がってはいるものの、今月はやはり忙しいらしく、なかなか積極的な動きがない。そんなわけで、何となく一人で三宮をぶらぶらしていたのだった。

 神戸ルミナリエが開催されている三宮は、たくさんの人たちで溢れ返っていた。三宮駅近くの横断歩道を渡っていると、左手から救急車がやって来た。私はすぐに立ち止まったのだが、十数人の人たちは、救急車のために止まらずに、そのまま横断歩道を渡ろうとした。すると、救急車に乗っていた救急隊の人がスピーカーを通して、
「救急車が通ります。道を開けてください」
と言った。その言葉を聞いたとき、私の胸にきゅーんとこみ上げて来る感情があった。この救急車は、今、命を運んでいる。中に乗っている患者さんがどのような状態かはわからない。しかし、少なくとも、救急車を呼ぶほど切羽詰った状態にあるのだ。そうした状況と、何の目的もなくぶらぶらと三宮を歩き回っている自分との対比、それから、救急車のサイレンの音が聞こえていたはずなのに止まらなかった人たち。そうした様々な思いがごちゃごちゃになって、こみ上げて来る想いに変わったのである。救急隊の人の声がスピーカーから流れると、横断歩道を渡っていたすべての人たちが救急車のために道を開けた。救急車は、私たちの前を駆け抜けて行った。

 そう言えば、今朝の通勤の途中にも、同じように胸がきゅーんとする感覚に襲われたことを思い出した。乗っていた地下鉄が途中の駅に停車したとき、何やら女性の泣き声のようなものが聞こえて来たのだ。一体どこから聞こえて来るのだろうと思いながら周りをきょろきょろ見渡してみると、駅のホームに設置されたベンチの上で、中年の女性が横になり、わんわん泣いているのが見えた。その女性の側で、駅員さんが水の入ったコップを持って女性を介抱していた。側にはもう一人、駅員さんが立っていた。水の入ったコップを手に持った駅員さんは、女性の身体を優しくさすってあげていたのである。私はそういう光景に弱い。すぐに目が潤んで来るのだ。人が一生懸命生きている姿だとか、仕事を超えたところで人と関わっている姿に強く胸を打たれるのだ。その女性は、何が辛くて泣いているのかはわからなかった。夜ならば、酔っ払いで済ませてしまうような現象も、朝からわんわん泣いているとなると、どこか身体が悪いのだろうかと思ってしまう。しかも、駅員さんが水の入ったコップを持っているということは、女性は既に長い時間、その場所で泣いているはずなのだ。停車時間も短く、私の乗った地下鉄はすぐに発車してしまったが、今朝、あの地下鉄のホームで一体何が起こっていたのだろう。

 一日のうちに二回も、こみ上げて来る感情に襲われたということは、私が少しずつ、自分らしさを取り戻しつつあることの兆しなのかもしれない。大殺界だったこの三年間、私は本当に不調だった。特に去年は、地の底を這うような感覚を何度も味わい、やる気も失せて、パワー不足の日々が続いていた。それでも、皆さんからの強い励ましのおかげで、何とか「ガンまる日記」を書き続けることができた。励ましてくださった皆さんには本当に感謝している。今でもまだ少し、自分のチャンネルが合っていない感じは残っているのだが、自分らしさを失って苦しかった大殺界が、あと二週間余りで明ける喜びに打ち震えている。更にうれしいことに、ガンモの厄年も一緒に明けるのである。

 大殺界なんてあまり信じたくはないが、やはり、人間、生きて行く上でのサイクルは存在していると思う。果たしてそれが十二年なのかどうかはわからない。そんな中にあって、私は沈黙と友達になることができた。以前は怖くてたまらなかった沈黙が、もう怖くなくなった。その分、これまでよりも「受け取る」力が発達して来た。そのもっとも顕著な例が、映画のレビューを書けるようになったことである。

 私はこれまで、映画を観ても、ほんの数行程度の感想しか書けなかったのだ。しかし、ようやく少しずつ、映画の感想らしい感想が書けるようになって来た。まだまだ読みは浅いので、他の人たちの読み方を研究させていただいている。特に、逆説的な表現方法に弱い。だから、『Sad Movie <サッド・ムービー>』を観ても泣けなかった。

 これまで映画の感想をきちんと書くことができなかったのは、生きるスピードが速過ぎたせいもあるかもしれない。消化が速過ぎて、過去を振り返る必要がなかったのだろう。だからこそ、先日の北京の旅行記と言い、しつこいほどに振り返る時間を設けた。そのことで、頭の中で自分の体験して来たことが何度も反復され、記憶に焼付けられ、受け取ったものを表現する言葉が生まれて行く。これまでの私には、そうしたプロセスを辿ることができなかったのだ。

 ようやく自分らしさを取り戻しつるあるこの頃。果たして来年は、どんな年になるのだろう。十二年サイクルだとすれば、始まりの年である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m リアルタイムで綴る日記、いいですねえ。(^^) この三年間、鏡の向こう側から世界を眺めているかのような毎日でした。これまでの人生が順風満帆過ぎたのでしょうね。そのために、これまで見えていなかったことがたくさんあったことに気づかされました。大殺界の頃に、ある方から、「まるみさんは、悪いほうへ悪いほうへと選択されているように思えます」と言われたことがあります。その方が見ていたのは、大殺界で道に迷っていた私だったのでした。これから少しずつ、眠りから目覚めて行きたいと思います。二週間あまり残ってますが、大殺界の間、根気強く見守ってくださった皆さん、どうもありがとうございます。

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2006.12.14

『いやいやえん』

 幼稚園の頃に読んで以来、ずっと心の中に残っていた本がある。それがとても有名な本だったということを知るのは、ずっとあとになってからのことである。図書館に置かれているのは何度か見掛けたが、どうしても手元に置いておきたくて古本屋を何軒も回ったが、なかなか見つけられなかった。インターネットが普及してから、ネットオークションに出品されているのをときどき見掛け、何度か入札してみたものの、何度入札しても落札することができなかった。それほど人気の高い本だったようである。そう、その本の名前は、『いやいやえん』である。

 幼稚園のときに初めてこの本を読んだのだが、同じ幼稚園に通っていた男の子で、幼稚園になかなか顔を出さなかった子がいた。この本の中身とは少し違うのだが、私はその男の子とこの本のタイトルを関連付けて記憶していた。だから今でも、『いやいやえん』というと、その男の子のことを思い出すのである。ちなみに、その男の子の名前は、しげるではなかった。

 この物語の主人公であるしげるは、ちゅーりっぷほいくえんに通っている。この本の中の九十パーセントは、しげるの日常が描かれている。しかし、「いやいやえん」と付けられた最終章だけは、ちゅーりっぷほいくえんに行くのを嫌がったしげるが連れて行かれた特殊な幼稚園のことが描かれている。つまり、最終章の「いやいやえん」は、しげるの非日常を綴った章なのである。

 実は、九十パーセントの割合で描かれているしげるの日常よりも、わずか十パーセントしか描かれていない「いやいやえん」の章のほうがインパクトが強い。幼稚園の頃の記憶を辿ってみても、この最終章の記憶が最も強烈だった。自分もあの「いやいやえん」に連れて行かれてしまったらどうしようと心配していたのである。だから、大人になってこの本を読み返したとき、あまりにも普通の書き出しに拍子抜けしてしまったのだ。

 私が持っている『いやいやえん』は、一九九八年に印刷された新しいものだが、この時点で第93刷と印刷されている。ということは、今は既に百刷を超えてしまっているかもしれない。長年探し続けたそんなポピュラーな本をようやく見つけたのは、何と地元の古本屋さんだった。自分の手元にやって来てからというもの、今でも何度も読み返している好きな本の一つである。

※今回は、記事を二つ更新させていただきました。これにより、しばらくの間、一日遅れで書いていた日記が、ようやく現代に追いつくことができるようになります。これからは、更新が0時を回ったときだけ、日付と時間の更新をしたいと思っています。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 『いやいやえん』は、一度聞いたら忘れられないタイトルです。『いやいやえん』が発表されたのは、何と一九五九年七月のことだそうです。私が初めてこの本を読んだ一九七一年の時点で、既に発売から十二年も経っていたことになります。しかも、それ以降も、実に多くの人たちに支持され続けています。

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2006.12.13

『ぼくは王さま』

 今日は、思い切って記事を二つ更新しようと思う。それにより、一日遅れで書いている記事が現在に追いつくかもしれない。

 きな粉の予感にも書いた通り、私は子供の頃、きな粉にお砂糖をかけたおにぎりを食べるのが大好きだった。そして、将来出会う男性もまた、きな粉にお砂糖をかけたおにぎりを食べるのが大好きに違いないという予感があった。結婚するまでに何人かの男性に出会ったが、どの男性も、きな粉にお砂糖をかけて食べるという習慣はなかった。しかし、ガンモがまさしくその人だった。不思議な予感もあるものである。

 大人になるに従って、私は次第にきな粉にお砂糖をかけたおにぎりから遠ざかってしまった。しかし、そんな私にも、子供の頃からずっと好きな食べ物がある。たまごである。

 今日、ここで皆さんにご紹介するのは、寺村輝夫さんの『ぼくは王さま』シリーズである。私と同じように、いや、私以上にたまごが大好きな王さまの話である。

 王さまはとてもわがままで、たまごやきを食べてさえいれば機嫌がいい。勉強からは逃げるし、嫌いな食べ物もある。まるで子供のような王さまである。しかし、何故か憎めない。それは、王さまがいつも一つの方向を向いていて、その方向に向かってまっしぐらに進み、計算がないからだと思う。

 他の登場人物としては、だいじんやはかせがいる。彼らはいつも、王さまのわがままに振り回されているのだが、王さまを本気で嫌う人はいない。王さまを主人公とする物語は、二通り存在するのではないだろうか。一つは、『ぼくは王さま』シリーズのように、子供のようにわがままな王さまに対し、理性的なだいじんとはかせ。もう一つは、威厳を持った王さまに対し、媚びへつらうだいじんとはかせ。この物語は、紛れもなく前者である。

 文庫本に描かれている和歌山静子さんの挿絵もいい。憎めない王さま、王さまの言葉にあたふたするだいじんやはかせが描かれている。シリーズでキャラクターが統一されているだけに、本当にどこかの国でこのようなたまご好きの王さまがだいじんやはかせを振り回しているのではないかと想像してしまうくらいだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何を隠そう、私は今でも図書館に行くと、児童書コーナーで長時間過ごすことがとても多いのです。そんな幸せな時間の中で、ついつい手にとってしまうのが、この『ぼくは王さま』シリーズなのです。子供の本は、夢があっていいですね。(^^)

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2006.12.12

『ハンカチの上の花畑』

 何を隠そう、私は小学生の頃から本を読むのが大好きだった。小学校の教室には学級文庫と言って、図書館の本とは別枠で貸し出しが行われている本があった。私は毎日のように学級文庫から一冊、図書館から一冊と、合計二冊の本を借りては、家に帰って読みふけっていた。オリジナルのお話(今で言うショートショートのようなもの)を書き始めたのもこの頃だった。原稿用紙に鉛筆で書いたお話が、今でも私の手元に残っている。

 小学校の頃、一番熱心に読んでいたのは、モーリス・ルブラン原作のアルセーヌ・ルパンシリーズだった。確か、南洋一郎氏が翻訳された子供向けのハードカバーで、小学校の図書館にあったこのシリーズはすべて読み尽くしたはずだ。堀口大學氏もモーリス・ルブラン原作のアルセーヌ・ルパンシリーズを翻訳されていたのだが、私には、南洋一郎氏訳の子供向けの訳本が一番読み易かったのである。実は、大人になってから、古本屋さんでこのシリーズをせっせと集めたおかげで、我が家にはこのシリーズのほとんどの本が揃っている。

 ガンモもまた、小学生の頃に、学校の図書館にあったこのシリーズの本を読みふけっていたようだ。しかし、読んでもあとに残らないことがわかり、これ以降は読書をするのをやめてしまったそうだ。一方、本の面白さに取りつかれていた私は、小学校六年生のときに図書委員会の部長をつとめた。中学生になっても本好きは変わらないだろうと思っていたのだが、この頃になると、読むことよりも書くことに夢中になっている。課外活動として新聞部に入部したり、友人と演劇に夢中になり、自分で脚本を書いて、自作自演のテープを作成したりしていた。とにかく書くことが大好きで、文化祭でも自分の書いた小説やエッセイなどを展示していた。

 高校に入学してからは、一気に生活が変わった。一年生の頃から受験のことを考慮したクラス分けがなされ、受験ムードが漂う中で、大学受験には関係のない読書や創作からは次第に遠ざかってしまった。ただ、中学のときに目覚めた演劇をやりたくて、課外活動は演劇部に入った。更に、授業の中で行われる部活動として、文芸部に所属していた。しかし、それらの活動を行う時間も、二年、三年になると、次第に受験勉強の時間に塗り替えられて行った。

 高校生のとき、私は汽車通学をしていた。電車通学ではなく、汽車通学というのがミソである。今は合併して一つの市になっているが、当時は別々の市である隣の市に高校があったのだ。私は、汽車で片道二十五分ほどかけて通学していたのである。田舎なので、汽車は一時間に一回しか運行されていない。できる限り、その時間の汽車に間に合うように学校を出るのだが(汽車通学の生徒たちからは、四時の汽車とか五時の汽車とか呼ばれていた)、時には間に合わないこともあり、次の汽車の時間までおよそ一時間、街の中や学校近くの図書館で時間を潰すことが多かった。そうした場所で、どうしても手にとってしまうのが、受験勉強にふさわしい本ではなく、子供の頃に読んで面白かった本だったのである。前置きが長くなったが、今回から、「子供の頃に夢中になった本」という新しいカテゴリを追加してお送りしたい。

 一番最初にご紹介するのは、安房直子さんの『ハンカチの上の花畑』という作品である。安房直子さんと言えば、『ハンカチの上の花畑』よりも『きつねの窓』のほうが有名かもしれない。夢のある、とてもいい作品を書かれている作家さんである。『きつねの窓』は、教科書にも採用されているようなので、ご存知の方も多いのではないだろうか。

 『ハンカチの上の花畑』は、子供心をくすぐってくれるとても夢のある作品である。郵便屋の良夫さんが、酒屋のおばあさんからつぼを預かる。このつぼに向かって、「出ておいで 出ておいで 菊酒つくりの小人さん」と呼びかけると、つぼの中からおろされた小さなはしごをつたって小人の家族が降りて来て、ハンカチの上に菊の苗を植える。そして、ハンカチの上の花畑で育った菊をつぼの中に収穫し、収穫を終えた小人の家族が一人ずつつぼの中に帰ってしまうとおいしい菊酒が出来上がっているというとても不思議な物語だ。おばあさんからつぼを預かるとき、良夫さんは二つの約束をする。一つは、小人が菊酒を作っているところを誰にも見られていはいけないということ。もう一つは、出来上がった菊酒を人に売ってはいけないということ。果たして、良夫さんはおばあさんとの約束を守ることができるのだろうか。

 つぼの中から小人の家族が出て来てハンカチの上に菊の苗を植えて菊酒を作るという発想は、とても夢があって楽しい。これからの未来を背負って行く小さなお子さんたちに是非とも読んで欲しい作品の一つである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 子供の頃に夢中になった本の中で最も心に残っているのが、この『ハンカチの上の花畑』です。子供の頃に読んで以来、ずっと心の中に残っています。もちろん、大人になってからも何度も読み返しました。アルセーヌ・ルパンシリーズも一生懸命読んでいたのですが、本を読んでいる最中は思い切り楽しむことができても、心の中に感動が残らず、すぐにストーリーを忘れてしまったのです。しかし、『ハンカチの上の花畑』は、子供の心の中に何かを残してくれる作品です。そして、何かが残ると、私のような空想好きな人間に育って行くのかもしれません。(笑)

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2006.12.11

流行語大賞

 先日、二〇〇六年の流行語大賞が決まったとインターネットのニュースで知った。

新語・流行語大賞

 実は、ここだけの話だが、私はトップテン大賞に選ばれている「イナバウアー」を知らなかった。ただ、仕事でしばしば参照している技術系の掲示板に「イナバウアー」と名乗っている人がいて、妙なハンドルだなあと思いながら見ていたのである。私はガンモに、
「ねえねえ、今年の流行語大賞の『イナバウアー』って何?」
と尋ねてみた。するとガンモは、
「あのね、『イナバウアー』を知らないのは、多分、うちのマンションの中でまるみくらいだよ」
と答えた。何だそれ。「イナバウアー」? 「いないいないばあ」の仲間か?

 私は何だろうと思いながら、インターネットで「イナバウアー」を検索した。困ったときのインターネット頼みである。そして、「イナバウアー」とは、もともとは一九五〇年代に活躍したドイツのスケート選手の名前であり、今年開催されたトリノオリンピックで日本の荒川静香選手が披露した技であることがわかった。実は、荒川静香選手の名前もこのとき初めて知った。普段からテレビを観ないことと、スポーツネタにはとことん疎いせいである。

 トップテン大賞に選ばれているもう一つの流行語である「品格」も、日本語の意味は知っているものの、何故、この言葉が選ばれているのかわからなかった。ガンモに聞いてみると、こちらもスポーツネタだとか。

 若い頃、流行音楽や流行歌手の名前を知らないおじさんに対し、知らないなんて信じられないと思っていたが、いつの間にか、私もそんなおじさんたちの仲間入りをしてしまったらしい。

 不安になった私は、過去の新語・流行語大賞を一九八四年から年度別に追ってみた。その結果、一九八四年から二〇〇三年くらいまでは、受賞した単語を知っていることがわかった。時代が古くなれば古くなるほど、単に言葉だけでなく、受賞した人たちに何が起こっていたかについても思い出すことができた。しかし、二〇〇四年くらいからほとんどわからない。ということは、私がおばさんになったのは、二〇〇四年からということになる。おばさんになって、もう二年も経つというのに、おばさんの自覚がなかったのである。自分自身も立派なおばさんなのに、関西のおばちゃんに、「学生さん?」と言われて喜んでいたなんて。

 過去の新語・流行語大賞に、「iモード」という言葉を見つけた。「iモード」なら正々堂々と知っていると言える。しかし、もしも私の周りに「iモード? 何、それ?」と言う人がいたら驚いてしまう。この人は、本当に同じ日本に住んでいたのだろうかと疑ってしまうことだろう。しかし、自分でも気づかないうちに、いつの間にか私もそういう人になってしまっていたのである。

 一部の方のご指摘によれば、他の人には簡単に通じることが、私には通じないらしい。しかし、それはお互い様だとも思っている。もしも私に対してそのように感じる人がいるなら、私自身も相手に対して同じように感じているということである。共感の喜びに打ち震えるのもいいかもしれないが、魂として分け合った知識をいつか集結させることができるなら、それで満足なのではないだろうか。

 過去に私は、職場でこんなギャグを同僚に聞かせたことがある。輪投げのターゲットのように、何十枚も重ねられたドーナツ型のCD-Rを収納する容器の蓋を取り、頭にかぶるような格好をして、
「チャーリーとチョコレート工場」
と言ったのだ。私はここで笑って欲しかったのだが、相手にはそれが通じなかった。何故なら、そのギャグは、映画『チャーリーとチョコレート工場』を観た人でなければわからないポーズだったからだ。私は、ドーナツ状のCD-Rを収納している容器の蓋を、ジョニー・デップが手にしていた山高帽に見立てたのである。どうも私は、清少納言の「くらげのななり」的な会話を望む傾向があるようだ。

 私はさきほど、自分がおばさんになったと書いたが、例えおばさんであっても、「イナバウアー」を知っている人は多い。「イナバウアー」を知らないことがおばさんとイコールにはならない。「イナバウアー」を知らないことで、大多数の人たちには驚かれるかもしれないが、「イナバウアー」を知らない分、他のことを知っていたらいいのではないか。そんなことを思いながら、自分を慰めている私であった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ゆうべの記事に書いたガンモの風邪は、わずか一晩で治りました。ガンモの治癒力は素晴らしいです。それとも、私の応援が効いたのでしょうか。それにしても、流行語を知らないと、世の中から取り残されたような寂しい気持ちになってしまうことは間違いないようです。いつか、「ガンまる」で流行語大賞をいただきたいものですね。(笑)

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2006.12.10

ガンモの応援に駆け付ける

 ガンモが風邪を引いた。コンコンと咳をして、おなかが痛いと言う。驚かれるかもしれないが、私は、
「風邪を引くなんて、自分の身体と対話できてない証拠だよ。禁止!」
と、風邪を引いたガンモに対してとても厳しい。そう、風邪を引いたときだけは、いつもこの調子なのである。それは、私自身がいつも風邪を引きそうになると、自分自身の身体と一生懸命対話をして、風邪の症状を最小限に食い止めているからだ。自分自身の身体とのそうした対話は、ガンモにもできると思っている。しかし、ガンモがそれをせずに風邪を引いてしまうので、
「まったく、自己管理がなっていない!」
などと、厳しいことを言ってしまうのである。

 ところが、今回は珍しく、おなかの痛みを伴っているようである。ガンモは、おなかが痛いと言いながら、トイレに駆け込んだ。私は、しばらく一人で寝室に残っていたが、何だかとてつもなくガンモのところに行きたくなって、私もトイレに駆けて行った。

 トイレの中をのぞいてみると、ガンモがおなかに手を当てながら、頑張っていた。いつもとは様子が違うようだ。ガンモは今、一人で頑張っているのか。そう思った途端、私たちは、世の中に二人だけの夫婦だということを思い出した。いつもガンモが楽しい旅の計画を立ててくれて、休みの日を合わせて二人で一緒に旅行に出掛けて行く。結婚してからずっと、二人で寄り添って来た。そんなガンモが、今、トイレの中でおなかの痛みと一生懸命闘っている。

 私は、便器の上に座っているガンモを抱きしめた。そう言えば、昔、私が便秘で苦しんでいたとき、ガンモが応援に駆け付けてくれたっけ。ガンモが、
「まるみ、頑張れ」
と励ましてくれたので、私はガンモの目を見ながら頑張った。出産でもないのに、ガンモに励まされながら、一生懸命踏ん張った。そんな思い出がある。今こそ、私がガンモを励ますときではないか。
「ガンモ、頑張れ。さっきはごめんな」
と言いながら、私はガンモの髪の毛をぐりぐりした。風邪を引いてしまったガンモをあまりにも強く突き放し過ぎたことを後悔して、涙が出て来た。

 トイレで用を足したガンモは、少しは楽になったようだった。風邪薬も飲んで、ほとんど咳もしなくなった。ガンモの風邪はとても不思議なのだ。比較的風邪を引き易いのだが、薬を飲むとすぐに治ってしまうのだ。ただ、今回は、おなかの痛みがやって来ているようで、苦戦しているようである。早く良くなれ、ガンモ。いつでも私が応援に駆け付けるから。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。風邪を引いても、ガンモはとても回復が早いのです。しかも、あまり重い症状には至りません。風邪を引く回数は多いようですが、回復が早いのが救いです。そのうち、良くなるでしょう。(^^) ガンモは、私の腹巻をおなかに巻いて、布団の中に入って来ました。そうそう、私たちは、どちらかが風邪を引いていても、平気でキスをしています。(*^^*)

ところで、最近、新しいOSであるWindows Vistaのリリースに伴い、旧Windows OSで動作させていた製品を、Windows Vista上でも動かせるように改良しています。新しいOSが出る度に、既存製品の動作確認は必要なのですが、Windows Vistaはとにかく特殊ですね。互換モードという思想があり、Windows XPなどで動作していたプログラムでも、互換モードで問題なく動かせるようですが、それではあまり意味がないということで、Vista上で完全に動作できるプログラムに作り変えています。これがなかなか大変な作業でして、過去の製品すべてに対応してその改良を行うというのですから、悲鳴を上げています。しかも、来年の二月くらいまでにその作業を完了させなければなりません。しばらく、Vistaとの格闘は続きそうです。

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2006.12.09

映画『エミリー・ローズ』

 『ラストエンペラー』と『西太后』のDVDを借りようとレンタルDVDショップを訪れたところ、どちらも有名な映画であるはずなのに、DVDでは見当たらなかった。『西太后』に関しては、DVDではなくビデオを見つけたのだが、我が家のビデオデッキが壊れてしまっているため、見送った。

 しかし、中国映画を観たいという気持ちは変わらず、その代わりに借りて来たのが、ジャッキー・チェン主演の『THE MYTH 神話』と、劇場で観て感動した『SPIRIT』、それから『エミリー・ローズ』である。『THE MYTH 神話』は、戦国ものではあるが、空想的な展開でとても面白かった。『SPIRIT』は、劇場では聴くことができなかったオリジナルのエンディングを聴くことができたので満足した。『エミリー・ローズ』は、中国の映画ではないのだが、少し前に話題になっていた映画である。

 この映画は、ドイツのバイエルンで実際に起こった事件をもとに製作された、悪魔祓いを題材にした映画である。ドイツでは、悪魔に取り憑かれたとされるAnneliese Michel(アンネリーゼ・ミシェル)という少女が、実際に亡くなっているのだ。この映画は、『エクソシスト』のようなオカルト的な展開ではなく、悪魔に取り憑かれたとされる少女エミリー・ローズに対し、悪魔祓いを行ったムーア神父が罪に問われ、裁判に立つというストーリーになっている。

 この映画の中で最も私の印象に残っているのは、初めての悪魔祓いを受けた翌日に、エミリー・ローズがムーア神父宛に書いた手紙の内容である。そこには、エミリー・ローズが聖母マリアと会話した内容が書かれていた。エミリー・ローズは、苦しみの中で聖母マリアと会話をする。何故、自分が悪魔に取り憑かれているのか。エミリー・ローズがそう尋ねると、聖母マリアは答えるのだ。何故なら、それが悪魔の定めだから。悪魔を振り払うために、死をもって、私とともに神のもとに旅立つ方法もあるが、どうするかと。しかし、エミリー・ローズは、自らこの世に留まることを選択する。彼女が悪魔に憑かれたということは、世の中に霊の世界の存在を知らしめることになると聖母マリアは言った。

 エミリー・ローズが聖母マリアに出会ったということ。実は、ここが大変重要なポイントである。自分の身体に何かが憑いていることを感じながら、激しい恐怖と戦い続けていたエミリー・ローズだからこそ、聖母マリアに出会うことができたということである。これは、真っ暗闇の中にいるときこそ、光を感じられるということなのではないだろうか。エミリー・ローズが聖母マリアと出会ったという経験は、私たちのスピリチュアルな部分に働き掛けて来る。

 映画の中で最も多く登場するのは、悪魔祓いのシーンではなく、法廷のシーンである。エミリー・ローズを病気だとして、医師の手当てを受けるべきときに悪魔祓いをしていたことで、ムーア神父が罪に問われている。法廷では、エミリー・ローズは病気か悪魔の憑依かということで議論が交わされている。繰り返される裁判のシーンは、少々退屈ではあるのだが、ムーア神父の弁護人であるエリンが、罪人ではないと感じているムーア神父を弁護する姿には好感が持てる。ムーア神父が罪人扱いされている法廷で、エリンは言う。
「私は、仕事柄、罪人を弁護することも多いです。しかし、ムーア神父はエミリー・ローズへの愛に溢れていました」
と。この台詞はとても感動的だった。要するに、自分は今、仕事として弁護士をやっているのではなく、人間としてムーア神父を弁護しているという意味だと思う。だから、伏線として、過去に弁護した罪人が再び罪を犯すという話が出ている。

 エリンがムーア神父にエミリー・ローズへの深い愛を感じたのは、ムーア神父が悪魔と闘う勇気を持っていたからだと思う。もしかすると、自分自身の命でさえも危険にさらされるかもしれない。そうした状況の中で、危険を承知した上で悪魔祓いを実践したムーア神父に、エミリー・ローズへの深い愛を感じずにはいられなかったのだろう。

 西洋ではキリスト教が信仰されているために、神と対抗する存在としては、悪魔が登場する。仏教国日本では、悪魔と言われてもピンと来ないところがある。仏と対抗する存在としては、幽霊や亡霊といったところだろうか。しかし、日本では、悪霊憑きはおろか、ポルターガイスト現象でさえもあまり聞かない。信仰が異なれば、心霊現象も異なるということなのだろうか。

 私は、オカルト映画はあまり観ないのだが、二十年以上程前に観た『エクソシスト』をもう一度観てみたいと思った。

エミリー・ローズ
エミリー・ローズオフィシャルサイト

Excite エキサイトシネマ:『エミリー・ローズ』公式ブログ
エミリー・ローズ公式ブログ

THE REAL EMILY ROSE
実際の事件の解説です。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 『エクソシスト』のストーリーを忘れてしまったのですが、『エクソシスト』もまた、実話に基づいた映画だったはずです。西洋では、悪魔祓いの例がいくつかあるようですね。『エミリー・ローズ』の中では、エミリー・ローズが霊に対して受け取り易かったために、悪魔に憑かれたとされる説が出ていました。もしもそうだとすると、憑依する悪魔は、そういう対象を選んでいることになります。やはり、悪霊の存在を知らしめることが目的だったのでしょうか。ただ、私は、世の中には常に拮抗するエネルギーが存在しているものだと日頃から感じてもいます。私たちは、拮抗するパワーに出会えない状態のことをアンバランスと呼んでいるのかもしれません。

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2006.12.08

マッサージチェア

 今日は、昨日の予告通り、ショートショートをお届けしよう。

 私の職場にはリフレッシュコーナーがあり、マッサージチェアに座って、身体のコリをほぐせるようになっている。リフレッシュコーナーには同じマッサージチェアが二台並んでいる。これらのマッサージチェアは、好きな時間に利用できるので、私もしばしば利用している。

 そのマッサージチェアは、電気で動いているため、機械のもみ方や叩き方が激しくて痛みを感じても、決して加減してはくれない。もしもこのまま機械が暴走してしまったらどうなるのだろうという不安が常にある。この不安は、機械と人間のコミュニケーションが一方通行であるために生まれている。

 もともとマッサージチェアは、人間がコリをほぐす動作を同じ力で供給し続けることが体力的に難しいために開発されたものである。しかし、利用者からは、あまりにも無機質であることへの不満の声も上がっていた。しかし、その一方で、見知らぬ生身の人間に身体をほぐしてもらう恥ずかしさを感じなくても良いというメリットもあった。

 ご存知の通り、私の仕事はソフトウェアの開発業務である。主にWindows上で動作するソフトウェアを開発しているが、ときには特殊な機器を制御するソフトウェアを開発することもある。

 あるとき、マッサージチェアの制御用ソフトウェアの開発業務の仕事が私のもとへ舞い込んで来た。マッサージチェアのコントローラから発信される信号を受け取り、マッサージチェアの本体に命令を送ったり、コントローラのユーザインターフェースを考える仕事である。コントローラのユーザインターフェースとは、平たく言えば、コントローラが表示するメニューをどのような使い勝手にするかということである。私は、マッサージチェアの会社に出向き、どのような方針でソフトウェアを開発したらいいか、話を聞きに行った。

 マッサージチェアの担当者は、次にリリースするマッサージチェアでは、他社の類似製品に大きな差を付けたいと言った。マッサージチェアは、どこの製品にもそれほど大差がなく、ユーザの決め手になっているのは価格くらいだと言う。しかし、他社製品にないようなマッサージチェアを開発できれば、売り上げはぐんぐん伸びるだろうという目論見(もくろみ)だった。

 「私は肩こりの症状に悩まされることも多いので、社内に設置されているマッサージチェアを良く利用していますが、一回につき十五分程度座っていると、その間に何か別のことができないかなあとは思いますね。そう言えば、以前、同じ職場の人と話をしていたんですが、マッサージしてもらっているときに、芸能人が語りかけてくれるようなマッサージチェアがあれば面白いんじゃないかと」
私がそう言うと、マッサージチェアの担当者は、目をキラキラさせながらこう言った。
「なるほど。利用者の方の生の声はとてもありがたいです。あはは、芸能人の声ですか。いやあ、これはなかなかいいアイディアだと思いますよ」
「そうですか、ありがとうございます。コントローラでメニューを選ぶときに、好みの芸能人も一緒に選べるようにしておくんです。そして、自分の選んだ芸能人の語りかける声を聞きながら、身体をほぐしてもらえるようにすれば、利用者も楽しめると思うんです」
「おお、それはすばらしいアイディアですね!」
マッサージチェアの担当者はかなり乗り気の様子だった。しかし、そのやりとりを傍で聞いていた別の担当者が途中で口を挟んで来た。
「芸能人の声を起用しても、その芸能人が不祥事を起こしたり、人気が下火になったりすると、マッサージチェアの売り上げも急激に落ち込みますよ。また、こんなことはあまり言いたくないですが、その芸能人が他界したりしたら、すぐに作り変えなければなりません」
せっかく盛り上がっていた芸能人バージョンのマッサージチェアの話も、別の担当者の一言でかき消されてしまった。

 しばらく沈黙が続く中、私はふと、先日の地下鉄の中での出来事を思い出した。
「あっ! 関西のおばちゃん!」
思わず声に出してしまったので、マッサージチェアの担当者たちは怪訝な顔つきで私を見た。
「関西のおばちゃん? どういうことですか?」
「すみません。関西のおばちゃんの話って、とにかく尽きないじゃないですか。そして、相手に笑って欲しいときに相手の肩をぱんぱん叩きます。そののエネルギーを肩叩きのエネルギーとして生かすんですよ。」
「それはイカスねえ!」
乗り気だった担当者は、どうやら洒落好きのようである。
「マッサージのコースを選択するコントローラでは、おばちゃんの話も一緒に選べるようにするんです」
「おお、これは素晴らしいアイディアだ。よし、それで行きましょう」

 話はとんとん拍子に進み、私のアイディアが採用されたということで、私はマッサージチェアの会社から十万円の謝礼をいただいた。

 マッサージチェアには、関西のおばちゃんの話を五十話ほど挿入し、周りに音が漏れないように、利用者だけがヘッドフォンで聞くことができる仕様にした。関西のおばちゃんの話は尽きなかったので、五十話程度の挿入話を録音するために、わずか数人のおばちゃんを集めただけで十分だったと言う。コントローラのユーザインターフェースも決まった。私の担当していたコントローラの制御の部分も、あらかじめコントローラからの信号の仕様が提示されていたので、命令を実行する部分を作り込むだけで終わった。そして、社内での結合テストが完了し、いよいよ本番テストの段階となった。

 私は、開発の担当者として本番テストに立ち会うために、再びマッサージチェアの会社を訪問した。そこには、私たちが納品したコントローラの制御プログラムが組み込まれた試作品があった。

 マッサージチェアの商品名は、ずばり、「関西のおばちゃん」と名付けられた。私は、出来上がったマッサージチェアの外見を見て驚いた。何と、ふっくらしたおばちゃんが、トレーナーを着て、笑みを浮かべて両手を広げているいるのである。そのマッサージチェアには、関西のおばちゃんの貫禄が見事に表現されている。マッサージチェアに座ると、トレーナーを着たおばちゃんのひざの上に乗るような形になる。
「あはは、トレーナーを着ていますね」
「ええ、実はこのマッサージチェア、母がモデルになってくれたんです」
「え? お母様が?」
マッサージチェアの担当者は、コントローラを私に差し出した。私は靴を脱いでマッサージチェアに腰掛け、ヘッドフォンを耳に当てた。リクライニングボタンを押すと、マッサージチェアは後ろに倒れた。倒れるときに、
『倒すでー』
という声がヘッドフォンの中から聞こえて来た。関西のおばちゃんの声である。私はぷっと吹き出した。コントローラからの命令が正常に動いているということは、どうやら私の作ったプログラムも正常に動作しているようである。コントローラのディスプレイには、マッサージの強さや速さを選べるメニューが表示されている。更に同じメニューから、関西のおばちゃんの挿入話を選択できるようになっていた。私は、「ボーリングに通う編」と表示されているメニューを選択し、実行ボタンを押した。

 わくわくしながら耳を澄ませていると、ヘッドフォンを通してガタンゴトンという効果音が聞こえて来た。
『へええ、いろんなことができるんやねえ。わたしゃ、さっぱりわからんわ』
関西のおばちゃんの声が聞こえて来た。いよいよ、おばちゃんの話が始まったようである。
『私ね、携帯電話も持ってへんのよ』
『こないだな、息子が電話掛けて来てな、そのあとお風呂に入ってん。そしたらな、お風呂に入っとるときに息子が帰って来よったんよ。まさか、家の近くまで帰って来とるとは思わへんやろ? もう、裸で出て行ったがな』
おばちゃんの声が聞こえるやいなや、肩をぱーんと叩かれた。両手を広げて立っていたはずのおばちゃんの人形の手が動いたのである。おばちゃんの人形の手は、人間の手のような特殊加工が施されていた。これはなかなか面白い。そう思いながらも、私はヘッドフォンから流れて来るおばちゃんの語り口調と話の内容に、どこか聞き覚えのあるものを感じていた。もしかして、もしかして? そう思っている間にも、おばちゃんの話はどんどん続く。
『学生さん?』
『えー、学生さんやないの? じゃあ、いくつ?』
『えええええええ! 四十一? 絶対見えへんわ』
そう聞こえた途端、おばちゃん人形が私の肩を連打した。四十一という年齢に驚いたおばちゃん人形が興奮して私の肩を叩いているのである。
「ううううう、効きますねえ、これは」
私は半分悲鳴のような声を上げていた。

 しばらくすると、おばちゃん人形は言った。
『これ、トレーナーやねん』
ああ、もう間違いなかった。私が選んだのは、先日、地下鉄で会ったあのおばちゃんの声だ。ということは、マッサージチェアの担当者は、あのおばちゃんの息子さんなのだろうか?

 おばちゃん人形の話は更に続いた。仲間たちとのボーリングを楽しむために、地下鉄沿線にあるボーリング場に向かう途中であること。トレーナーだけでは寒いので、袖のない薄い半纏を羽織っていること。この時間に出掛けて行っても、別のチームの人のプレイがまだ終わっていないので、すぐにはプレイできないこと。マイシューズを持っているが、荷物になってしまうので、毎回、二百円払ってシューズを借りていること。地下鉄に乗るために自宅からバスに乗ったが、目の前でバスが走り去ってしまって、次のバスまで十分待ったこと。もうすぐ神戸ルミナリエが始まること。今度、石川さゆりさんのコンサートに行くことなどを聞かせてくれた。そして、話の区切りごとに、私の肩をぱんぱん叩いた。
「これは確かに効きますねえ」
私はおばちゃんにぱんぱん叩かれながら、心地よい肩叩きの感覚に酔いしれていた。

 既にストーリーを知っていた私は、このメニューがいつ終わるかも知っていた。おばちゃん人形が、
『乗り過ごしたらあかん。ほな、またね』
と言うと、おばちゃん人形の動きは停止した。素晴らしい出来である。

 「素晴らしいですよ! それに、とっても楽しいですね」
「そうですか、そう言ってもらえるとありがたいです。母も喜びます」
とマッサージチェアの担当者は言った。
「実は私、以前、地下鉄の中でお母様にお会いしてます」
「ええっ? 本当ですか? じゃあ、もしかしてあのとき、毛糸の帽子を被っていた学生さんもどきはあなたのことだったんですか」
驚く担当者の様子を見て、私はぷっと吹き出した。やはり、おばちゃんは、帰宅してから私のことを息子さんに話して聞かせたようである。

 「関西のおばちゃん」のマッサージチェアは、売れ行きが良かった。オプション品として、関西のおばちゃんの挿入話が録音されたカセットが飛ぶように売れたことも、マッサージチェア業界では異例のことだった。オプションのカセットを入れ替えることで、様々な関西のおばちゃんの話を聞くことができ、そのおばちゃんの話に反応して、様々なバリエーションの肩たたきを実現することができたのである。

 「関西のおばちゃん」のプロジェクトが成功してしばらく経った頃、マッサージチェアの担当者と私は結婚した。それがガンモである。そして、ガンモの家でおばちゃんと同居するようになった。しかし皮肉なことに、私が肩こりを感じても、生のおばちゃんが話をしながら私の肩をぱんぱん叩いてくれるので、我が家にマッサージチェアは要らない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m エネルギーはできるだけ有効活用したいものですよね。この物語は、そうした想いから生まれました。例え十五分や二十分の時間であっても、できるだけ楽しく過ごしたいものですよね。こんなマッサージチェアがあったら、使ってみたいと思いませんか? しかし、これは、叩く専門のマッサージチェアかもしれません。どこかに「もむ」というエネルギーが余っていたら、そのエネルギーを有効活用したいものです。

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2006.12.07

関西のおばちゃん

 朝、通勤の途中に地下鉄の中でノートパソコンを広げていると、隣に座っていたおばちゃんに声を掛けられた。東京では有り得ないことだが、関西地方ではしばしばこういうことが起こり得る。以前も、道行く人たちの休息のために設置された椅子に座ってノートパソコンを広げていると、通行中のおばちゃんがわざわざ私の座っているところまで歩いて来て、私のノートパソコンを覗き込んだ。そして、
「ふうん、何をしとるのかと思とったら、そんなことやりよったんやね」
と言って立ち去った。

 今回、私に声を掛けて来たおばちゃんの年齢は、六十代後半くらいだろうか。髪の毛は真っ白に染まっていたが、とても元気のいいおばちゃんだった。元気がいいので、おばあちゃんと言うよりは、おばちゃんと表現したほうがふさわしい。おばちゃんは、私が開いているノートパソコンを横から覗き込み、
「へええ、いろんなことができるんやねえ。わたしゃ、さっぱりわからんわ」
と言いながら笑った。そして、自宅にも大きなパソコンがあり、息子さんがそれを使っているが、自分はさっぱりわからないのだと繰り返した。おばちゃんは更に、
「私ね、携帯電話も持ってへんのよ」
と言った。私は、
「必要ないんだったらいいんじゃないですか」
と言っておばちゃんに味方した。おばちゃんはそれには答えず、自分の話を始めた。

 おばちゃんの話によると、携帯電話を持ち歩いている息子さんから電話があり、話をして電話を切ってからお風呂に入っていると、すぐに息子さんが帰って来たのだと言う。おばちゃんは、まさか息子さんが家の近くまで帰って来ているとは思っていなかったので、息子さんが帰って来るまでには時間があると思い、お風呂に入ったのだと言う。ところが、息子さんは家の近くから電話を掛けていて、電話後、間もなく帰宅されたのだと言う。おばちゃんは驚いて、帰って来た息子さんにすっぽんぽんで対応されたのだそうだ。何だかかわいいおばちゃんである。

 おばちゃんは、話をしながら、私のほうへと少しずつにじり寄って来る。少しずつ、少しずつ。最初のうちは、間に小さな子供が座れるくらいのスペースが空いていたのだが、いつの間にか、おばちゃんは私のすぐ隣に座っていた。物理的な距離が縮まると、おばちゃんは話をしながら私の肩を叩くようになった。話をしながら笑いのタイミングを見計り、相手の肩をぱんぱん叩くのは、関西のおばちゃんの特徴である。
「まさか、家の近くまで帰って来とるとは思わへんやろ? もう、裸で出て行ったがな」
と言いながら、ぱーんと私の肩を叩く。それからは、話の切れ目ごとに私の肩を叩くようになった。

 私はおばちゃんに肩を叩かれながらも、友好的な態度を示していた。何故ならおばちゃんは私に、
「学生さん?」
と聞いてくれたからだ。四十歳を過ぎて
「学生さん?」
と聞いてもらえるのはとてもうれしい。私は、おばちゃんの夢を壊してはいけないと思い、とても本当の年は言えなかった。いや、夢を壊してはいけないと思ったというよりも、おばちゃんを驚かせて、また肩をぱんぱん叩かれないように、そっとしておいたというのが本音かもしれない。

 私が社会人だとわかると、おばちゃんは更に、私の職業を聞いて来た。私が、
「コンピュータ業界です」
と答えると、
「ははあ、なるほどね」
と言いながら納得していた。そして、私がどこに住んでいて、この地下鉄に乗ってどこまで仕事に通っているかについても尋ねて来た。

 次第に私に対して心を許して来たおばちゃんは、自分が着ている服を私に見せた。
「これ、トレーナーやねん」
と言う。確かにおばちゃんは、トレーナーを着ていた。電車に乗ってどこかに出掛けて行くにしては、やけにラフな格好である。おばちゃんは、自分が何故、トレーナーを着ているかを説明し始めた。おばちゃんの説明によれば、おばちゃんは、仲間たちとのボーリングを楽しむために、地下鉄沿線にあるボーリング場に向かう途中だと言う。そして、トレーナーだけでは寒いので、袖のない薄い半纏を羽織っていると言った。おばちゃんは、手にコートを持っていた。電車に乗るのにトレーナーを着ているのは、ボーリングに行くためだということを弁明したかったらしい。私がホットヨガに出掛けて行くときに、レッスン用のズボンを履いて行くのと同じだ。しかし私は、電車の中で隣になった人に声を掛けて、
「私がこんなズボンを履いているのは、これからホットヨガに出かけるためやねん」
などと、相手の肩を叩きながら弁明したりはしない。

 おばちゃんは、この時間に出掛けて行っても、別のチームの人のプレイがまだ終わっていないので、すぐにはプレイできないこと、マイシューズを持っているが、荷物になってしまうので、毎回、二百円払ってシューズを借りていること、地下鉄に乗るために自宅からバスに乗ったが、目の前でバスが走り去ってしまって、次のバスまで十分待ったこと、明日から神戸ルミナリエが始まること、そして、明日の昼間、石川さゆりさんのコンサートに行くことなどを聞かせてくれた。話の区切りごとに、私の肩をぱんぱん叩きながら。

 しばらくすると、おばちゃんの降りる駅が近づいて来た。おばちゃんは、
「乗り過ごしたらあかん」
と言いながら早々と席を立ち、私にあいさつをして、ボーリング場のある駅で降りて行った。とにかく、元気なおばちゃんだった。

 夜、ガンモにこの話を聞かせた。
「おばちゃんに、『学生さん?』って言われたんだよ」
と言うと、
「確かに、今日のまるみの格好なら学生に見られてもおかしくないかもね。その帽子、とても良く似合ってるよ」
と言ってくれた。私は、冬になると毛糸の帽子を愛用しているのだが、そのときかぶっていた帽子がどうも私を若く見せてくれるらしかった。
「話の区切りごとに肩を叩かれたよ」
と言うと、
「肩を叩くのは、関西のおばちゃんの特徴だから」
とガンモは言った。噂には聞いていたが、関西に住み初めて十年、ようやく本格的な関西のおばちゃんに出会うことができたようである。

 私がこうして「ガンまる日記」におばちゃんと出会ったときのことを綴っているように、おばちゃんもまた、家に帰って私のことを息子さんたちに話して聞かせたかもしれない。息子さんの肩をぱんぱん叩きながら。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m すべての関西人のおばちゃんが、今回ご紹介したようなおばちゃんであるとは限りません。中にはおとなしいおばちゃんもいますので、どうぞご安心ください。何だか、明日はまた、おばちゃんのことを題材にして、ショートショートを書いてしまいそうです。(笑)

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2006.12.06

映画『プラダを着た悪魔』

 仕事を終えて、ガンモと三宮で待ち合わせる約束をして三宮に向かっていると、ガンモから、仲良しの同僚と急に飲みに行くことになったと電話が入った。ガンモはお酒が飲めないが、私は二人がとても気が合っていることを良く知っているので、
「よしよし、行っておいで」
とガンモに言ったあと、映画のレイトショーを観に行くことにした。

 さて、何を観よう。そう思いながら、電車の中でノートパソコンを開いて映画館のタイムスケジュールを見ながら思案していた。レイトショーを上映している映画館では、既に観た映画もまだ何本か公開されている。それらの映画をすべて対象外にした上で、観たいと思う映画と、その映画がレイトショーの対象になっているかということ、更には、レイトショーの開始時間、それら三つの要因がすべて重なり合って、レイトショーで観る映画が一つ決まる。

 全部で三つの映画が候補に挙がった。これらのうちのどの映画を観ようか。観たい映画が既に決まっているときは利用しないのだが、今回のように候補がいくつかあって迷ってしまうときは、既にその映画を観た人たちが書いたレビューや評価を参考にさせていただくことがある。私が良く利用しているのは、Yahoo!映画だ。Yahoo!映画では、映画を観たユーザがレビューを書いたり、五点満点で評価をつけていて、とても参考になるのだ。

 私は、候補に挙がった三つの映画のうち、もっともユーザ評価の高い映画を観ることにした。候補に挙がった映画のうち、一つは洋画で、残りの二つは邦画だった。私がユーザ評価を参考にして選んだ映画は、『プラダを着た悪魔』だった。今日の私は何となく洋画を観たい気分だったので、ちょうど良かった。しかも、レイトショーの上映時間にぴったりの時間に映画館に着いたのだ。私は、縦と横の座標がかちっと合ったときのような満足感を覚えながら、指定席に腰を下ろした。さすが、人気の高い映画だけあって、レイトショーにしては混み合っていた。

 『プラダを着た悪魔』は、劇場で何度か予告編を観てはいたものの、予告編を観る限りでは、特に観たいと思える映画ではなかった。しかし、結果的にはこの映画を観て良かったと思うことになった。以下、できる限りネタバレにならないように、また、この映画を観る予定のない方たちにも差し支えないように感想を書いて行きたいと思う。

 この映画で描かれているのは、何かを失いながら、仕事に夢中になって行く女性の姿である。ほら、あなたの周りにもいるだろう。仕事に多くの時間を費やすあまり、周りから、
「仕事と○○と、一体どっちが大切なの?」
などと選択を迫られている女性が。え? 私? いや、状況は似ているかもしれないが、ちょっと違う。しかし、自分の置かれている状況と重ね合わせながら観ていたのは事実である。

 映画の紹介ページ程度に簡単なあらすじを書いておくと、ファッションにまったく興味のなかったアン・ハサウェイ演じるアンディが、ファッション雑誌の頂点とも言える雑誌の女性編集長ミランダのアシスタントを務めるようになる。メリル・ストリープ演じる超わがままな鬼編集長ミランダに公私ともに振り回されながら、次第にてきぱきと仕事がこなせるようになって行くアンディ。認められることで、仕事にやりがいを感じ始めるが、彼氏や古くからの友人たちは、どんどん変貌して行くアンディに対し、好意的な姿勢でない。

 私は先日の北京旅行で、自分のペースで行動できないということが、いかに大変かということを体験して来たばかりだ。誰かに合わせて行動するということは、自分の生理的な欲求を押し殺さなければならないことも多いため、ストレスも溜まりやすいし、疲労感も激しい。その大変さが良くわかるので、アンディがミランダに振り回されている姿を見て、良く頑張っているなあと感心したものだ。

 興味深かったのは、そんなアンディの変貌である。一流雑誌に勤めながら、ファッションにまったく興味を示さなかったアンディ。つまり、これまでは、相手(ファッション業界)が何者であるか、まったく知ろうとしなかったわけである。しかし、あることをきっかけにして、相手(ファッション業界)を知ろうとするようになる。そうすることで、自分の仕事のペースを築き上げ、ミランダに認められるようになったと言っても過言ではない。

 アンディが変われば周りも変わる。特に古くからの友人たちが、超多忙になってしまったアンディの仕事に好意的でないのは当然のことかもしれない。アンディの仕事は、ファッション業界を目指す人たちにとっては憧れの職業である。どんなに仕事が忙しくても、そこで働いているというプライドが、そこで働く人たちを仕事から引き離そうとしない。とりわけ、気難しいミランダからの信頼を少しずつ築いて行ったアンディは、別の夢を持ちながらも、なかなか仕事を辞めようとはしない。私には、このあたりの状況が痛いほど良くわかった。確かに周りから見れば、
「何故そこまでして働くの?」
という気持ちになってしまうのだろう。しかしそれは、外にいる人たちの見方だ。中にいる人たちからすれば、アンディが何故、仕事を辞めないでいるかがわかる。アンディの存在は、既にフを取り巻く環境の中で大切な歯車の一つになっているのである。おそらく、アンディと一緒に歯車の中にいなければ、その大切さはわからない。

 アンディが多くの仕事をこなしながらも、生き生きとした姿で描かれていないのは、彼女の中で過剰になっているものと、足りていないものを見せつけられるからだと思う。そう、バランスの取れている人から見ると、バランスを崩してしまっているように見えるのだ。しかし、過剰なものを持っている人からすれば、バランスの取れた人が物足りなく映ってしまう場合もある。

 そう言えば私も、先日、友人から、
「いつも忙しそうに見える」
と言われてしまった。とにかく私は、いつも余裕がないように映って見えているのだそうだ。余裕がないように見えるのは、例え忙しくても、仕事や生活を楽しんでいるようには見えないからなのだろう。

 私はこの映画を観て、あまりにも多くの時間を仕事に費やし過ぎている人たちが失いつつあるものをまざまざと見せつけられた。恋人や古い友人たちや家族とともに過ごす有意義な時間。その仕事に就くまでは、彼らのために割り当てられていた時間がもっともっとあったはずなのに、仕事が忙しくなるにつけ、一緒に過ごす時間が仕事のためにどんどん削られて行く。おまけに、外見までも変わってしまう。そのような状況なら、周りから文句が出てしまうのも無理はないだろう。

 どんなに忙しく働いても、本人が楽しい気持ちでなければ意味がない。私は、メリハリを持って仕事にのぞめるなら、ある期間までは目標を持って、ひたすら忙しく働いてもいいのではないかと思っている。私自身はそうした周期で仕事をしていると言える。納期に向かってまっしぐらに進み、納品を終えたらひと段落する。そして、自分のために休みを取って、ガンモと一緒に好きな旅行に出掛けて行く。仕事をこなしていると、自分はこれだけやっていますという主張ができるようになる。だから休みも取れるし、予定のある日は早く仕事を上がれたりする。このように、自分へのご褒美を与えながらの仕事が実現できているから、続けていられるのではないかと自分では思っている。

 ただ、この映画の中で描かれていたような、恋人や夫婦の絆が崩壊して行くことについては良くわからなかった。それは、私自身がどんなに仕事が忙しくても、男女の愛を守り抜いて来たからだと思う。更に、ガンモも私と同じコンピュータ業界で働いているために、私の仕事に対して理解があるという点も大きいと思う。

 忙しく働いている人を見ると、失っているものに対して焦点を当ててしまいがちだ。しかし、アンディのように、これまでの関係を失いつつも、鬼編集長ミランダの信頼という新しい宝物も得ている。そう考えると、仕事が忙しくても、単に失っているだけではないということに気がついて行く。ただ、その先で、失ったものと新しく得たものの狭間に立たされることになる。そのときに、どちらを選択するかが重要なのだ。

 結局、アンディが選んだのは・・・・・・。ここには書かないでおくが、私にはとても納得の行く選択だった。この映画は、鬼編集長を演じているメリル・ストリープがはまり役である。ミランダがタクシーの中で、アンディと自分が似ていると言うシーンはとても印象的だった。人と人が関われば、人はどんどん変わって行く。そんなことを感じさせてくれる映画でもあった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私の場合、仕事がどんなに忙しくても、プライベートな時間に電話が掛かって来るようなことはありませんが、この映画の中では勤務時間中だろうが恋人や古い友人たちと共に過ごすプライベートな時間だろうがおかまいなしに仕事を言いつけられるといった感じでした。それでも、ファッション業界の一流雑誌の編集長だから許されるようです。実際にそのような仕事が存在しているのでしょうか。まるで、売れっ子芸能人のマネージャーのような仕事だと思いました。

話は変わりますが、一月一日までパソコンテレビ GyaO [ギャオ] 無料動画  |映画|で、りさちゃんのお勧め映画『きみに読む物語』を上映中です。この映画はツインソウルの物語だと私は思います。『きみに読む物語』を無料で観るチャンスです。

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2006.12.05

見抜く

 ホームページのインフォメーションにも書かせていただいたのだが、私はいつも持ち歩いているノートパソコンから、「ガンまる日記」をお借りしているココログの管理画面にログインしっぱなしにしている。パソコンの電源を落とすときは、ハイバネーション機能を使っているので、ココログの管理画面にログインしなおす度に表示されていたはずの大規模メンテナンスの告知を見逃していたのだった。そのため、いつも「ガンまる日記」を読んでくださっている皆さんに大規模メンテナンスが行われることを予めお知らせすることができなかった。本当に申し訳ない。ハイバネーションという便利な機能を使うことで、落とし穴にはまってしまったわけである。

注)ハイバネーションとは、コンピュータの電源を切る直前の状態を保存して、次に電源を入れたときに電源を切る直前の状態から作業を再開する機能。「休止状態」とも呼ばれる。バッテリーで駆動するノートパソコンなどでは、コンピュータの使用をいったん中断する際に、作業状態を保存しつつ電力の消費を抑えることができる。中断する際に、メモリ上のデータをハードディスクに丸ごとコピーしておき、再開時にはハードディスクからメモリの内容を読み出し、電源を切る直前の状態に戻す。いちいちOSやアプリケーションソフトの終了や起動を行なう場合よりも時間や手間がかからず、消費電力も抑えることができる。(IT用語辞典 e-Wordsより)

 ホームページやブログを運営していていつも感動させられるのは、私の書いた記事を本当に丁寧に読んでくださっている方たちがいることだ。毎日のように読んでくださっている方もいれば、初めて訪問してくださったときに、過去ログを丁寧に辿ってくださっている方もいる。検索エンジンでアクセスしてくださった方のほとんどは、検索キーワードにマッチするページだけを読んでおしまいにされる方が多いのだが、中には過去ログを一生懸命辿って読んでくださっている方がいる。そうした行為は、「何かお気に召すものがここにありましたか?」と、こちらから尋ねたくなってしまうくらいうれしいものだ。

 また、何らかの事情でしばらくアクセスできない状態にあったとしても、わざわざ前回の続きから辿って読んでくださっている方たちもいる。掲示板やメールでまだ一度もお話しさせていただいていない方たちの中にも、また、いつも掲示板に書き込みをしてくださっている方たちの中にも、まるで日課のように毎日読んでくださったり、投票ボタンを押してくださっている方がいることも知っている。この場をお借りして本当にありがとう。m(__)m 皆さまからのそうしたご支援を、これからの記事の中に還元できたらと思っている。

 今回、ココログのメンテナンスを予め皆さまにお知らせできなかったことに関して、もしかしたら、それだけの情熱を持っていつも熱心に読んでくださっている方たちは、私が示す何らかの方法により、ミラーサイトを訪れてくださっているのではないかと安心している。そう思うと、ココログのメンテナンス中の憎たらしい画面も、私にこれまでの状況を振り返るきっかけを与えてくれるありがたい画面に変わって行くのだ。

管理画面にアクセスできないときに表示される憎たらしいココログのメンテナンス画面

 さて、今日は、そんな私にも、「雲隠れ願望」なるものを抱いていた時期があったことを暴露しておこう。以下は、三年ほど前に書いた文章である。

 私は、自分のサイト運営に関して、「雲隠れ願望」なるものを抱くことがある。つまり、自分のサイトを置き去りにして、突然、どこかに雲隠れしまいたくなるのだ。これは、ずっと以前からの願望で、心地良い凸凹を体験できなくなると出て来る持病のようなものだ。

 かつて、私はある人に、この雲隠れ願望のことを話してみたことがある。すると、その人はこう言ったのだ。

「まるみさんの場合は、どこどこの雲に隠れていますから、用があったら声をかけてくださいね、とまで言ってしまう」

 大爆笑だった。ここまで私のことをわかってくださるとは! この言葉を聞いた私の雲隠れ願望がいっぺんに吹き飛んだのは言うまでもない。
 また、私がこの人の紹介文を他の方に書かせてもらったときときも、ずいぶん的を得ていたようで、

「これからは、自分のことはまるみさんに聞こう」
と言われたのだった。

 この方とは今でも交流があるのだが、私のことを実に良く見抜いてくださっていると思う。こんな指摘をされて、「ばれたかあ」という感じだった。丁寧に参照してくださっているとともに、こんなふうに、自分を見抜いてもらえるのもまた、うれしいものである。

 余分なものが多過ぎる日常生活では、なかなか見抜いてもらえるような出来事に乏しい。文章というものは、相手の本質を最も見抜きやすく、魂の部分に触れやすい表現方法だと私は思っている。誰かに見抜いて欲しい。書くことが好きな人たちは、そう願っているのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こちらを更新できない間にも、何度も訪問して声援を送り続けてくださった皆さん、本当にありがとうございました。いつも皆さんに支えられていることを実感した二日間でした。ようやくココログの管理画面にログインできて、水を得た魚のようになっているまるみでございます。(笑)ガンまる日記(ミラー)に書いた内容を移植させていただきましたが、今日の分の記事は、またのちほどアップさせていただきます。

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2006.12.04

北条五百羅漢

 以前、五百羅漢と大雨という記事を書いた。私は、自分で撮影した五百羅漢の写真を皆さんにご紹介したかったのだが、写真を整理する時間が取れないまま、月日が流れてしまった。「ガンまる日記」の管理画面にログインできないというハプニングが、私に過去を振り返るきっかけを与えてくれた。

 北条五百羅漢は、兵庫県加西市の羅漢寺にある。私たちは、レンタサイクルを借りて羅漢寺を訪れた。中に入ってみると、およそ四百体の石仏が私たちを迎えてくれた。誰が何のために作成した石仏なのか、わかっていないという。全体的に彫っている線が細く、決して美術的にも評価の高い石仏ではないかもしれない。しかし、どの顔も異なっている。私たちは、四百体の個性に圧倒されて、夢中で写真を撮ったのである。

北条五百羅漢(1)

北条五百羅漢(2)

北条五百羅漢(3)

北条五百羅漢(4)

 お寺の中にずらっと並べられた石仏は、ただ静かに存在するだけで不思議な雰囲気を感じさせた。ほとんどの石仏が印を結んでいるのが特徴的だった。

 ガンモは、自分とそっくりの羅漢がいると言い、
「これ、俺だから」
と言った。まさかガンモは、数百年前に、メデューサによって石仏にされてしまったわけではないだろう。いや、ガンモだけでなく、ここにいる石仏がすべてメデューサの仕業によるものだとしたら・・・・・・。

北条五百羅漢(5)

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 十二月七日十五時まで、ココログメンテナンス中で「ガンまる日記」の管理画面にログインできなかったため、ガンまる日記(ミラー)からお送りしていました。事前に告知できなかったので、何度もここを訪れてくださった方たいらっしゃましたらごめんなさい。ひとまず、ガンまる日記(ミラー)にアップしていた内容からこちらに移植させていただきました。

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2006.12.03

まるみ軒

 今日は久しぶりにショートショートをお送りしよう。

 ホットヨガのレッスンに出掛けたものの、替えのズボンを忘れてしまい、私はすっかり途方に暮れていた。これからどうしようかと思案しながら更衣室でひらめいたのは、ひざ掛け用に持っていた二枚のショールをスカート替わりに腰に巻きつけることだった。とりあえず、ショールをスカート替わりにしてホットヨガのスタジオを出たあと、どこかでラフなズボンを買って履き替えよう。そう思っていたのだ。私は二枚のショールを腰に巻きつけたあと、ドキドキハラハラしながらホットヨガのスタジオを出て、おぼつかない足取りで三宮のセンター街を歩き始めた。

 しばらく歩くと、男が一人、私のところに寄って来た。そして、おもむろに私の足元にうずくまると、腰に巻いているショールをペロンとめくって中に入ろうとしたのだ。
「ちょ、ちょっと、何をするんですか!」
私は驚きの声をあげた。すると、男はきょとんとした顔をして、
「何だ、まだ営業中じゃなかったの?」
と言った。
「営業中?」
私が眉間にしわを寄せながら尋ねてみると、男は更にこう言った。
「いや、営業中だと思ってたんだよ。営業中じゃなかったのならごめんよ。また来るよ」
そう言って、男はスタスタと人ごみの中に消えて行った。はて、彼は一体何者なのだろう?

 さきほどの不可解な出来事が何なのかわからないまま、私はセンター街の衣料品店を探しながら歩いた。ラフなズボンを売っているお店を探していたが、なかなか見つからない。少々焦りを感じながら更に歩いていると、今度は見知らぬ女性が近づいて来た。そして、やはり私の足元でうずくまり、私のスカートをペロンとめくって中に入ろうとしたのである。
「ちょ、ちょっと、どういうことですか、一体」
私が悲鳴をあげて後ずさりすると、その女性は、
「あら、のれんが出てるから営業中だと思ったんですよ。ごめんなさいね」
と言いながら立ち去った。のれん? 営業中? 一体どういうことなのだろう。

 もしかして・・・・・・? いや、まさかそんなことが有ろうはずがなかった。しかし、それでも私は不安になって、自分の腰に巻きつけているショールに目をやった。すると、何と、私がショールだと思いこんでいた布は、いつの間にかのれんに変わっていた。しかも、「まるみ軒」などと書かれている。「まるみ軒」の文字の周りには、ラーメン屋にありがちな赤いグルグル巻きの模様が描かれていた。震える手で「まるみ軒」と書かれたのれんをペロンとめくってみると、おいしそうなラーメンの匂いが漂って来た。なるほど、人々はこの匂いと「まるみ軒」ののれんにつられてやって来たようである。しかし、自分でも気づかないうちに自分の身体の一部がラーメン屋さんに変わっていたとは驚きだ。

 もっと中を覗き込もうとすると、中から、
「へい、いらっしゃい!」
という威勢のいい声が聞こえて来た。中に誰かいるのか! 私は恐る恐る、腰をかがめてのれんの中をのぞき込んだ。すると、白い服を着て頭にねじりはちまきをつけた小人が、厨房のようなところで湯気を立たせながらラーメンを作っていた。私と目が合った小人が、
「まいどお!」
と言った。
「いや、ちょっと待ってよ。一体これはどういうこと?」
私は驚きを隠し切れずにおろおろしながら言った。
「どういうことって、まるみさんがここで店を出してみないかって誘ってくださったんじゃありませんか」
と小人は言う。
「私が?」
「そうですよ。おかげ様で、長年の夢が叶いました。本当にありがとうございます」
小人は深々と私におじぎをした。

 私はわけがわからなかった。小人と話しているうちに、男性客がやって来た。
「へい、いらっしゃい!」
と小人は元気良く言った。え? いらっしゃい? ということは、この男性は私のショールをめくって中に入って来たというのか? そう思うやいなや、男性客の身体はみるみる小さくなり、店の中のカウンターに腰を下ろした。
「肉団子ラーメンちょうだい」
「はいよー」
小人はてきぱきと麺をゆでて、麺の上に肉団子を盛り付けた。
「はい、当店名物の肉団子ラーメン、上がりぃ」
「ありがとう。この肉団子がうまいんだよねえ」
男性客は、小人の作った肉団子ラーメンをおいしそうにすすり始めた。「まるみ軒」の名物である肉団子ラーメンは、麺の上に大きな肉団子が三つ乗っかっていた。私は、一連の様子をあっけに取られながら見ていた。スカート替わりに巻いたショールがラーメン屋ののれんになっていて、その中で肉団子ラーメンがせっせと作られているなんて、一体誰が想像できようか。

 私が店の様子を観察している間にも、お客は次から次へとやって来た。どうやらこのラーメン屋はひどく繁盛しているようである。しかも、やって来るお客のほとんどが肉団子ラーメンを注文している。
「肉団子ラーメンって、そんなにおいしいの?」
と私は小人に尋ねてみた。すると小人は、目に涙をいっぱい浮かべながらこう言ったのである。
「おかげ様で、肉団子ラーメンは大好評ですよ。でも、もうすぐ私の役目も終わりです」
私には、小人が何故、目に涙をいっぱい浮かべているのかわからなかった。

 私は、繁盛している「まるみ軒」の様子をうかがいながら、これから衣料品店でラフなズボンを買う計画をどうしようかと思案していた。私が思案している間にも、お客は次から次へとやって来た。私はラフなズボンに履き替えて映画を観に行きたかったが、映画を観るよりも楽しい光景がそこには広がっていた。

 小人は一人で「まるみ軒」を切り盛りしながら、せっせと肉団子ラーメンを作り続けた。私は、働く小人の様子を見守りながら、いつの間にか彼に微笑みを送っていた。お客の足が途切れた頃、小人が私にささやいた。
「肉団子ラーメンは、あと二食でおしまいです。そうしたら、まるみさんともお別れですね」
私は、小人が何を言っているのか良くわからなかった。小人は相変わらず、目に涙をいっぱい浮かべていた。

 まもなく、二人連れのお客がやって来て、肉団子ラーメンは売り切れになった。小人は、とうとう最後の肉団子ラーメンをお客に出した。彼にとって、お店を閉めることがそれほど辛いのだろうか。最後のお客は、彼の作った肉団子ラーメンの汁まできれいにたいらげると、満足して帰って行った。

 最後のお客を送り出した小人は、しんみりとした口調で私に話し掛けて来たのである。
「まるみさん。これで私の役目はおしまいです。まるみさんのおかげで、ラーメン屋になるという長年の夢が叶いました。本当にありがとうございました。まるみさんもどうかご健康で。また私がここで肉団子ラーメンを作ることがありませんように」

 小人はそう言うと、店の外に出て、「まるみ軒」ののれんを裏返しにした。その途端、小人の姿もお店も、ラーメンの匂いもすっかり消えてしまったのである。私は何が起こったのかわからずに、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

 ふと我に返ると、目の前に衣料品店があった。店先には、ラフなズボンが並んでいる。私はそこでラフなズボンを買い、お店の中の更衣室を借りて、買ったばかりのズボンに履き替えた。そのとき、身につけていたショールをペロンとめくってみると、中から小さなラーメン鉢が二つ転がった。拾い上げた小さなラーメン鉢には、「まるみ軒」のロゴが入っていた。それらのラーメン鉢の匂いをくんくん嗅いでみると、小人の作っていた肉団子ラーメンの匂いがした。私はこみ上げて来る感情を抑えながら、それらのラーメン鉢をそっとティッシュに包み、ポケットの中に大事にしまいこんだ。

 それから数日後、私は半年に一度の婦人科検診に出掛けて行った。私の子宮にはいくつもの筋腫があるために、半年に一回の割合で医師の診断を受けているのである。エコーの機械を手にした主治医が、モニタを見ながら何やらぶつぶつ言っている。何を言っているのかと耳を傾けてみると、
「まさか、こんなことがあるとは思えないけどなあ」
などと言っているのだった。
「どうしたんですか?」
私は診察台の上に身体を倒したまま主治医に尋ねた。すると主治医は、信じられないといった口調でこう言った。
「あなたの子宮には、筋腫がひとつもありません。手術をされたあともないし、一体何が起こったのでしょう? 何か心当たりはありますか?」
「いえ、特に何も・・・・・・。あっ、そう言えば、デトックスのためにカナダのハーブティーを飲んでいますが・・・・・・」
と言いかけて、私は、あっと思った。まさか、まさか、あの肉団子ラーメンは・・・・・・。

 そう思うと、小人の顔が思い出され、とめどなく涙が溢れて来た。私は、ポケットの中をまさぐった。ちょうど、あのときと同じジャケットを着ていることを思い出したからだ。ポケットの中からティッシュに包まれた小さなラーメン鉢を見つけ出した私は、その小さなラーメン鉢を握り締めてわんわん泣いた。あの小人は私に対して、絶対的な愛情を注いでくれる存在だったのだ。そして、自分の役目が終わると同時に姿を消してしまった。小人は、私を救うことの喜びと、役目を果たしてしまうともう二度と会えなくなることの寂しさの中で揺れていたのだ。

 おそらく小人は、私の筋腫を削って肉団子ラーメンを作った。そのおかげで、私の子宮から一切の筋腫がなくなっていた。私は、肉団子ラーメンを作ってくれた小人と、小人の作った肉団子ラーメンをおいしいと言いながら食べてくれた人たちに心から感謝した。しかし、主治医にそんな話をしても信じてもらえるはずがない。しきりに首をかしげる主治医に別れを告げて、私は静かに病院をあとにした。これから先、あの小人にはもう会えないだろう。しかし、もしも彼に会えるとすれば、私の中に再び筋腫ができたときだろう。小人は、私との再会を喜んでくれるのだろうか。それとも、悲しむだろうか。

 私は、「まるみ軒」で拾ったラーメン鉢をピアスに加工して、今でも大事に耳に付けている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「のれん」を題材にして書き始めたところ、思いもよらない結末を迎えてしまいました。自分のことを絶対的に愛してくれる存在が、役目を果たすと目の前からいなくなってしまうかどうかはわかりません。皆さんにも、そのような存在に心当たりがあるでしょうか。

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2006.12.02

ホットヨガ(二十三回目)

 およそ二週間振りのホットヨガのレッスンは、三宮店で受けた。京都四条店でレッスンを受けたときの感動が忘れられず、今回も京都四条店に出掛けて行きたい気持ちがあったのだが、ガンモの仕事の関係で三宮店でのレッスンとなったわけである。

 ちょうど出掛ける頃に雨が降り始め、自転車に乗っていた私はすぐにびちょびちょになった。それでも、持ち歩いているノートパソコンが雨で濡れてしまわないように細心の注意を払いながら、最寄駅まで自転車を走らせた。寒い雨の日に自転車で最寄駅まで出掛けて行くのは、なかなかやっかいなものである。

 旅行に出掛けた直後のレッスンは、忘れ物をしてしまいがちだ。以前も、お風呂道具を忘れてしまい、石鹸やシャンプーのないままシャワーを浴びたという苦い経験がある。そうした苦い経験が、絶対にお風呂道具を忘れてはならないという信号を発してくれる。だから、お風呂道具は忘れずに持って来ていた。しかし、いつもよりも何となくバッグが軽いような気もしていたが、気にしなかった。

 今回のレッスンでも、初めてのインストラクターに出会うことになった。しかし私の中では、京都四条店で受けたレッスンが忘れられず、心ここにあらずといった感じだった。三宮店には私の好きなインストラクターが何人かいる。せめてその人たちのレッスンを受けたいと願っていたが、それは叶わなかった。インストラクターを比較してはいけないと思うのだが、京都四条店で受けたレッスンは、私にとっては特別だったようである。

 いつものようにレッスンを終えて、シャワーを浴びた。レッスンのあとのお楽しみである映画の上映時間が差し迫っていたので、私は少し焦っていた。いつもなら、先に髪を乾かして、お肌の手入れをしてから服を着るのだが、メイク台が込み合っていたので、私は先に服を着ようとした。そして、カバンの中をまさぐって、替えのズボンを持って来なかったことに気がつき、青ざめたのだ。

 私は、休日にレッスンに出掛けて行くときは、到着してからの着替えの時間を短縮するために、レッスンで履くズボンを履いて家を出る。そうしておけば、上着を脱いでTシャツになり、あとは靴下を脱ぐだけでレッスンに臨めるからだ。そのために、レッスンが終わったあとに履き替えるズボンを必ず用意している。しかし、今回はどうやら、替えのズボンを忘れてしまったらしいのだ。

 仕方がない。こうなったら、さきほど脱いだばかりの、汗でびちょびちょになったレッスン用のズボンを履くしかないのではないか。そう思っているところへ、メイク台が空いたので、私は荷物を持ったままずるずるとメイク台のほうへと移動した。シャワーで濡れた髪の毛を乾かしながらも、頭の中は替えのズボンがないことでいっぱいだった。しかし、どこか冷静な自分がいた。きっと何とかなるはずだ。そう思っていたのかもしれない。

 どこか冷静ではあったが、映画の上映時間も気になっていたので、メイク台での処理もそこそこに、私は再びシャワー室のほうへと向かった。三宮店の更衣室はとても狭いので、広々とした場所でもっと冷静に対処したかったのだ。私は、さきほど脱いだばかりのびちょびちょのズボンを取り出してみた。以前、びちょびちょになったレッスン着をきれいに折り畳んでいる人を見掛けたので、私もその人に習い、最近は脱いだレッスン着をきれいに折り畳むようにしている。丸めておいたズボンは、クルクルとはだけた。しかしどうしても、もう一度これを履く気にはなれなかった。

 そうだ! そのとき私はひらめいたのだ。映画館で寒くないように、私はショールを持ち歩いている。運良く、今回はショールを二枚持っていた。これらを重ね合わせてスカートを作り、とりあえず外に出て、どこかの衣料品店でラフなズボンを買おう。そう思って、ショールを一枚ずつスカート状に巻きつけた。これはなかなかのアイディアだった。しかし、もしも私が手を離せば、これらのショールはハラハラとはだけてしまう。私は緊張を隠しながらホットヨガのフロントを通過し、三宮のセンター街へと出た。三宮のセンター街というのは、神戸市で一番の繁華街と言っても過言ではない。

 センター街を歩く人たちの目線を追ってみると、私の下半身は見ていないようである。何だ、大丈夫じゃないか。そう思いながらも、久しぶりのスカートの感覚にスースーしながら、ショールがはだけてしまわないように手で押さえつつ、慎重にお店を探した。最初はセンタープラザと言って、室内にたくさんのお店が入っているところで探していたのだが、見つからなかったので、再びセンター街に出た。そして、しばらく歩いて、ようやくラフなズボンを売っているお店を見つけ、ズボンを一枚選んでレジに駆け込んだ。そのお店はセール中だったため、一階のレジはひどく混んでいた。ここで購入したズボンを持って、トイレの中で着替えなければならない。時計を見ると、映画の上映時間まで、もうあまり余裕がなかった。すると、お店の人が、
「お二階のレジでしたら空いていますよ」
と案内してくださり、私は階段を上がってすぐのところにあるレジの前に並んだ。ありがたいことに、並んでいる人は一人だけだった。しかも、その後ろに試着室が見えている。私の順番が回って来たとき、私はすかさず、
「これ、履いて帰りたいんですけども」
と申し出た。お店の人は快く了解してくださり、レジの後ろにあった試着室のカーテンを開けてくれた。私は試着室に滑り込み、ショールを取って、さきほど購入したばかりのラフなズボンに着替えた。サイズはぴったりだった。

 ショールをスカートにしている私の姿を、ホットヨガのフロントの女性も、通行人も、お店の人もジロジロ見なかった。それだけ自然な感じのスカートに仕上がっていたのかもしれない。しかし、心の中ではとてもドキドキしていた。万が一、ショールがはだけてしまったらと、気が気じゃなかった。それでも、落ち着いていれば、何とかなるものだと思った。というよりも、私の潜在意識が予め、大丈夫であることを教えてくれていたのかもしれない。

 試着室でラフなズボンに履き替えた私は、お店の人にお礼を言って、三宮駅へと向かった。観ようとしていた映画は、全世界から子供がいなくなってしまうという映画『トゥモロー・ワールド』である。三宮でも上映されていたのだが、ホットヨガのレッスンのあとで観るとなると、夕方からの上映になってしまうため、神戸ハーバランドまで移動したわけである。何とか上映時間にも間に合い、映画を楽しむことができたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 下半身を冷えから守ろうとする心掛けが、私をピンチから救ってくれました。神戸ハーバランドにある映画館に着いたのは、まさしく上映時間の直前でした。これから映画を観ようとしているのに、私自身が映画の主人公のような体験をしてしまいました。『トゥモロー・ワールド』は、何故あんなに人間同士が争うのか良くわからなかったのですが、出産シーンは涙ものでした。こうした感動は、以前の私からすると考えられないことです。私自身の中にも、大きな変化が起こっているのだと実感しました。

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2006.12.01

ライフスタイル

 北京の記事はもうおしまいと宣言しつつも、まだどことなくくすぶっている。ガンモとも、
「また中国に行きたいね」
と話してばかりいる。中国という国は、振り返れば振り返るほど、たった一回の訪問では済まされないとことを実感してしまう場所である。ガイドブックを開けば、今回訪れることができなかった場所がおいでおいでと呼んでいる。映画のページを開けば、胡同(フートン)のひまわりという映画が公開されていたことを知る。ああ、この映画も観たい。しかし、映画ばかり観ていたら、時間がいくらあっても足りないではないか。

 北京へのそんなくすぶった想いを抱えながら、今回は観光がらみではなく、気づきの観点から書き残しておきたいと思う。

 北京旅行を個人旅行ではなくツアーで体験した私たちは、同じツアーに参加していたもう一組のご家族と自分たちを対比させることになった。もう一組のご家族は、六十代くらいのご夫婦と三十代くらいの娘さんの合わせて三人のご家族だった。

 ツアーの中で、夫婦で写真を撮ると幸せになれるという場所があったのだが、現地係員の男性が、まず私たち夫婦を撮影してくださったあと、もう一組のご家族のご夫婦に声を掛けていた。そのとき、ご夫婦の娘さんも一緒に写真に写ろうとしたのだが、現地係員の男性が、
「ここはご夫婦で写真を撮る場所ですので、ご夫婦だけになってください」
と言った。すると、ご家族のお母様が娘さんに対し、
「そんなんだからその年になってもまだお嫁に行けないのよ」
というようなことを冗談っぽく言ったのだ。私は、微笑みながらそのやりとりを見ていたのだが、彼女くらいの年齢になってもお嫁に行かないでいることが、必ずしも気後れするようなことではないと感じていた。

 というのも、ガンモも私もそうだが、十代の頃から既に家を出て、寮生活または一人暮らしを始めている。そして、そのまま実家には戻らずに、都会に残って就職したあと、三十代前半に結婚している。すなわち、私たちは、十代の頃から親と離れてしまっているわけである。そんな私たちから見れば、三十代になっても両親と一緒に生活しているということは、親孝行だと言うことができる。単に、三十代の女性が両親と一緒に生活していることをどのような立場から見るかだけの違いだと思うのだ。

 また、私たちは、初日の胡同(フートン)以外のオプショナルツアーには参加しなかったのだが、もう一組のご家族は、現地係員の男性が勧めるオプショナルツアーに積極的に参加していた。二日目の夜も雑技団のオプショナルツアーに参加されたほか、終日フリータイムの日でさえ、天津(てんしん)まで出掛けるオプショナルツアーに参加されている。

 おそらくだが、もう一組のご家族は、旅を受動的に楽しむことに専念されたのだと思う。一方、私たちは、日頃から旅を能動的に楽しむことに慣れていたたため、オプショナルツアーにもあまり参加せず、自分たちの時間を持とうとした。どちらが良いとか悪いとかではない。自分たちのライフスタイルに合っているかどうかだと思うのだ。

 もう一組のご家族と私たちでは、お金の使い方もまったく異なっていた。もう一組のご家族は、先日書いたような策略めいたお土産品売り場でたくさんの買い物をされていた。私たちは、どこか策略めいた雰囲気があまり好きではなかったのと、他のお土産品売り場を見ていないために相場がわからなかったので、そうした場所ではほどんど買い物をしなかった。

 もう一組のご家族は、故宮を観光したあとに訪れた書道や水墨画を売っているお店で、著名な書道家の方が書かれた掛け軸を購入された。価格は三万円である。普段、海外旅行をすると、娘さんがしばしばブランドのバッグを購入されているのだそうだ。それを考えると安いものだと言いながら、その掛け軸を購入されたのである。もともとその掛け軸は五万円と言われていたものだったが、私たちとは別の日本人ツアー客が先に五万円で購入されたため、同じ日本人観光客ということで、二本目からは三万円にしてもらえたらしい。もう一組のご夫婦は、
「価値が出るといいわね」
と言いながら、三万円で購入できたことをとても喜んでいた。その売り上げ金は、著名な書道家の方の手元に届くのではなく、故宮の修復費用として寄付されるのだそうだ。故宮の修復費用を寄付するために、著名な書道家の方がボランティアで字を書かれていたのである。

有名な書道家の先生による書道の実演

 私たちとはまったく違うお金の使い方をされていることに驚きを覚えながら、故宮をあとにしたのだが、このご家族のような方たちが存在してくださっているからこそ、故宮の修復が可能になってもいるのである。私たちとはお金の使い方がまったく異なっていたとしても、それぞれが担っている役割があるのだ。今回、北京を訪問してみて、様々な異なる価値観に触れた結果、一つの事象を取り巻く関連性を無視して、部分的なところだけを切り取って判断し、誰かの生き方に意見したりするべきではないと考えるようになった。大切なのは、その人たちのライフスタイルに合っているかどうかなのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ソウルメイトの学びを実践している人たちは特に、相手と同じであることへの安心感にいつも包まれているために、自分と異なる価値観を持った人たちと上手に付き合うことが難しいと感じています。しかし、自分と異なる価値観を持った人たちによってもたらされる摩擦を通して初めて、自分自身もまた、異なるものを否定して来たことを知ることになります。そのようなプロセスを経てようやく、異なるものを排除するのではなく、受け入れて行くこと方向へと向かって行くことができるようになります。自分自身が否定されて初めて、守るべきものに気づいて行くのですね。

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