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2006.11.27

西太后と頤和園(いわえん)

※連日に渡り、写真を貼り付け過ぎて重いかもしれません。もしも重いと感じられる方がいらっしゃいましたら、サイドバーに設置しているカレンダーの下に一日ずつの記事へのリンクがありますので、そちらからご覧ください。カレンダーの日付をクリックしてくださっても、一日ずつの記事へのリンクになっています。

 また北京の話? まあまあ、そうおっしゃらずに、もうしばらくお付き合いくだされば幸いである。何しろ、駆け足のツアーだったため、自分が体験して来たことを消化するには、こうして写真を整理しながら歴史を紐解く時間が必要なのである。

 駆け足と言えば、ここ数日の「ガンまる日記」を読んだガンモが、
「まるみは写真をいっぱい撮ってる」
とうらやましそうに言った。ガンモは、駆け足で説明する現地係員の男性に遠慮して、あまり写真を撮れなかったらしい。いや、私だって、納得の行く構図で写真を撮ったわけではない。写真を撮るのはカメラだが、どの風景を切り取るかは、自分で決めなければならない。納得の行く構図にするには、ある程度、試行錯誤の時間が必要なのである。

 今日は、そんな駆け足の観光で、二日目に出掛けた頤和園(いわえん)をご紹介しよう。世界遺産にも登録されている頤和園は、西太后が軍事費を使って大幅に修復し、別荘として使用していた場所で、映画『西太后』の舞台にもなっているという。映画『西太后』は、公開時にかなり話題に昇った映画だったと記憶しているが、私はこの映画は観ていない。『ラストエンペラー』をもう一度観るなら、『西太后』も併せて観ておきたい。

北京の三輪バイク

 さて、いきなりではあるが、頤和園の入口に停車していた北京の三輪バイクである。北京では、自転車もそうだが、荷物を運べるような工夫がなされ、自転車の後ろに大きな荷台が付いていたりする。これは、バイクを三輪にして囲いを施したものである。タクシーとして利用されている場合もあるようだ。

麒麟

 仁寿門をくぐって正面にあるのが、中国の伝説上の動物、麒麟(きりん)である。日本のキリンビールのキリンは、こちらの麒麟らしい。

人工の昆明湖

 頤和園の大部分を占める昆明湖である。人工の湖だそうだが、とても美しかった。

昆明湖を眺める窓のある回廊

埋め込まれた窓から眺めた昆明湖

 その昆明湖を眺めながら歩けるように、回廊には洒落た窓が埋め込まれている。実はこの窓、いろいろな形をしていた。

西太后が住んでいた楽寿堂

たくさんの絵が描かれた長廊

 昨日ご紹介した壮大な故宮にも驚いたが、頤和園の七百五十メートルもある長廊に描かれた数多くの絵にも驚かされる。しかも、一つ一つが違う絵なのだ。長廊に描かれた絵の数は八千枚以上もあると言われている。これらの絵を、一人の画家が描いたのだろうか。このようなところに絵を描けるのは光栄かもしれないが、数が膨大なだけに、どのような絵を描くか頭を悩ませたのではないだろうか。

 人工の湖といい、八千枚を超える絵と言い、ここでもたくさんのお金がかけられているのがわかる。またしても、庶民の生活は大丈夫だったのだろうかと想像してしまうのだった。

 西太后は、第一婦人の東太后に対し、第二婦人の意味で使われている。西太后は、皇子を出産した頃から権力への執着が強くなり、やがて独裁への道を歩むことになる。権力を完全に自分のものにするために、東太后を毒殺したという説もあるとか。歴史的に名の残る人物だからこそ、映画にもなるのである。

毛筆をしている老人

老人が書いた字

 長廊の隣にある石畳に、毛筆で何か書いている老人がいた。薄い墨のようなものを使っていた。中国ならではの風景である。いや、ちょっと待てよ。世界遺産に落書きをしてもいいのだろうか? それとも、落書きなどではなく、有名な書道家だったのだろうか。

頤和園の中の広場で大きな赤い扇子を持って踊りの練習をする人たち

 また、広場では、大きな赤い扇子を持って踊りの練習をしている人たちがいた。扇子を広げるときに、大きな音がする。

雲輝玉宇

排雲門

豪華な回廊

石舫

屋形船?

トンネルの上にも小さな建物がある

ユニークな橋

 故宮は広さを感じさせる場所だったが、頤和園は贅沢を感じさせる場所だった。西太后が軍事費を使って修復しなければ、頤和園はもっと質素な場所に留まっていたかもしれない。

 やはり、権力は寂しい。そのことを、今回の北京訪問でつくづく実感させられた。私は、故宮や頤和園のような広大で豪華な建物の対比として存在している、初日に訪れた庶民の街である胡同(フートン)を思い出した。決して広いとは言えなくても、ついさっきまでそこに立っていたのではないかと思わせるほど生活感の溢れた台所や、狭くても整頓された寝室がある。家族が団欒するテーブルがある。あのときの住人の女性の笑顔が忘れられない。見知らぬ観光客の私たちに、にこにこしながらお茶を入れてくれた。西太后は、彼女のようににこにこ笑ったことがあっただろうか。何を幸せと感じるか、価値観の違いかもしれない。しかし、どんなに権力があったとしても、胡同の彼女のような笑いを知らなければ、満たされない想いをいつまでも抱え、求めることを止められないのではないだろうか。そう思うと、今更ながら、北京でもっともっともっと庶民と触れ合いたかったと思うのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 撮影した写真の整理をしていたら、こんな時間の更新になってしまいました。いかんですね。北京のことを書き始めてからというもの、一回の記事作成に時間が掛かり過ぎています。(^^; あともう少し、北京の話題が続きますが、明日からはできるだけ写真を減らしますね。それにしても、今回の旅行で撮影した写真は、構図が気に入りません。普段なら、もっと構図を練ってから撮影するのですが。もっと撮影の時間が欲しかったと思います。・・・・・・と言い訳です。(^^;

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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